――――2003年、6月。




 世界各地で起きていた紛争は、この日を境に終幕を迎えることになった。

 月と地球の間。

 24万kmの距離に突如、黒い月が出現したのだ。


 銀色に輝く月光を遮る黒い月。







 そして。ソレに続く、人類の天敵の出現により人間同士で戦っている事態ではなくなったのだ。

 人類の敵。コレを幻獣という。


 神話の時代の獣達の名を与えられた。本来、我々の世界にいないはずの生物。


 幻のように現れ、身に蓄えられた栄養が尽きるまで戦い。

 死んで幻に還る、ただ人を狩るだけの人類の天敵。


 
 人はソレがなんであるか理解する前に、そして人類同士の戦いの決着を見る前に。

 まず自身の生存の為に、人間達は天敵と戦う事を余儀なくされた。

 



 世界各地で同時に起きた幻獣との戦いは混乱を極めた。

 特に、軍隊を持たない国であり。

 実戦訓練も少なく。

 有事の際、弾薬をすぐさま手に入れることのできない国。



 さらに、民間人で銃を持っているものはほとんどいない上に。

 徴兵制度がないため、軍事訓練をほとんどの人間が知らない国。


 “日本”の混乱は想像以上の物であった。 




 同じ中立国でも、軍事力があるスイスとは訓練の錬度もまったく違っていた。

 スイスでは、軍隊の訓練は当たり前であり。

 徴兵制度が敷かれ、更に家庭にはStgw90というアサルトライフルが登録された上で支給されている。

 あの銃器大国、アメリカでさえ【銃を持たない権利】 があるにもかかわらず。

 銃を持つコトを強制されているのだ。


 そして他国に傭兵として働きに出るものも多数いたため、それなりの軍事力があったのだ。



 極論すれば、平和とは戦って勝ち取るものだと明言している国。それがスイスであった。




 だが、いくら軍事力があろうと。

 数で勝る幻獣を倒すのは容易ではなかった。
 


 一対一なら、幻獣に勝てる兵器はいくらでもある。

 だが、突然実体化するという能力。

 さらに、圧倒的な物量。

 それらは最新兵器すら凌駕する『数』の脅威であった。




 そして、マギステル・マギは。

 魔法使い達は、彼らを助ける事は許されなかった。



 マギステル・マギ。ソレは魔法を世に知られることなく人を救う魔法使い。

 彼らには、魔法を知られてはいけないという決まりがある。

 しかし、魔法を使わなければ軍隊と共に幻獣と戦えない。

 表の世界と共に戦うという選択肢がない以上。

 “人間を幻獣から守れない”という判断は当然といえた。



 故に各戦線で、人類は次々と敗退することになる。

 最新装備、それに新型の爆弾は戦術的な勝利をもぎ取ることには成功するが。

 圧倒的な戦力。個体数をもつ幻獣に徐々に戦線を突破され蹂躙されていった。


 
 各国は圧倒的多数の幻獣を倒すために、なけなしの兵力で各個に対応するしかなかった。





 そんな状況の中。魔法界は一つの決断をする。
 


 今回の幻獣の出現。

 これに、魔法界と人間世界の断絶を推奨する派閥の発言力が増大する。

 そして、世論。さらには国民の安全。

 これらを重く受け止め。魔法界“ムンドゥス・マギクス”は人間世界“ムンドゥス・ウェトゥス”との決別を決めた。

 

 地球の約三分の一の表面積しか持たない魔法界にとって。

 数で押す、幻獣に対抗できる人数が少ないこと。

 更に戦力が低いこと。

 戦車を越える能力をもつ魔法使いなど、ほとんどいない。

 まだ大戦の傷が塞がっていない魔法界にとって。

 幻獣との戦いは危険すぎた。






 
 更に世界の11ヶ所にしかないゲート。

 

 “ココ”を封印することができれば。

 幻獣の侵攻を食い止めることができるという、計算もあった。




 それは、決して卑怯なことではない。

 魔法界にとって。最も大事な者は自国の国民。



 他国を犠牲にしても、救わなければならないもの。

 どんなに罵られようと、ソレを決断した魔法界のトップはある意味。立派であった。





 これに賛同し。世界中の魔法使いは魔法界へと避難を開始する。

 彼らにとって最も大事なモノは、自分の国。

 誰かを助けることを生業にしようとも、見知らぬ誰かのために。

 ――――― 己の身内を犠牲にすることはできなかった。



 彼らを卑怯者と断ずることは誰にもできない。

 彼らはただ、誰よりも大事な者がいるだけなのだから。






 だが、ここで。魔法界においてエリート集団の長。

 近衛近右衛門は一つの決断をする。



 “――――――困った人間を助けるコト、それがマギステル・マギじゃろう?”



 
 彼は、そういうと。

 己が魔法使いであることを、日本中に伝え。

 ココ麻帆良で幻獣と戦うコトを伝えた。



 世に言う“失笑モノの宣言”である。



 この世に“魔法”があるといって、誰が信じるだろう?

 目の前に神話の時代から抜け出したような幻獣がいようと。

 己の常識から抜け出せない人間はあまりにも多く。




 彼を嘲笑う人間と、馬鹿な事をと蔑む魔法界の住人がいた。

 己が安全に生きることができるのに、進んで危険に立ち向かう必要はない。

 マギステル・マギなど所詮、圧倒的な強者であるからこそできること。

 相手が圧倒的な戦力を持っているというのに、戦う必要などない。




 一般人、そして魔法界の住人に嘲笑われた“宣言”



 

 だが、その一方で。

 その愚かな宣言に心を動かされた人たちがいた。



 ―――――魔法使い達である。

  


 あるものは学園長に心酔し。

 あるものは、この世界で出会った親しい友の為に。

 また、あるものは。………己の生徒を護る為に。



 戦うコトを誓い。


 ココ麻帆良に集うことになった。



 これは、そんな時代に生きた少女達の物語である。








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       魔法先生!の使い魔?Xガンパレードマーチ






 はるか遠い空では、轟音のあとに巨大な空中要塞“スキュラ”が真っ赤な炎に包まれて落下していった。



 スキュラ、30mほどの長い尻尾を持つ飛行船のような身体に、小型幻獣が多数寄生した空中要塞。

 それらが一斉に放つレーザーは非常に強力で、戦車すら一撃で破壊すると言われている。



 世界で唯一といっていいほど戦争を行うことを否定した日本。

 それだけに、戦車砲、小銃の銃弾の管理は徹底していた。

 

 銃弾と小銃はバラバラに管理され。

 砲弾と戦車も同じ場所におくことはなかった。


 このため、奇襲に対して素早く対応することができなかった。



 更に、最初に幻獣と接触した海上自衛隊。

 彼らには、有事法制という難しい問題から突然の幻獣に対する攻撃が難しかった。

 複雑怪奇な手続き、さらに敵の目的不明。

 

 実際、法律の不備により。数々の領土侵犯に対応できなかった。

 密航船、潜水艦の領土侵犯。

 これらに対抗できる軍事力がありながら、見逃し続けた彼ら。

 海上自衛隊は幻獣の攻撃に対し、攻撃許可を求めるが。世論を恐れた政府からの命令が遅れ。

 次々と破壊されることになる。



 数艦の艦艇は、命令を待たず。果敢にも幻獣を攻撃するが、統率が取れていない艦艇など戦力にならなかった。

 いくら最新の装備を持っていようと、攻撃できなければ宝の持ち腐れ。

 
 

 幻獣の奇襲に素早く反応できた議員はおらず、世界有数の軍事力を持ちながら。

 自衛隊の主力はあっという間に壊滅状態に陥ってしまった。




 本来、日本は壊滅する筈であり。

 幻獣と戦う勢力など存在しなかった。


 むろん、スキュラなどという巨大幻獣を殺すコトができる戦力もないはずであった。



 ここにいる。彼ら“魔法使い”がいなければ。





 「―――――すっげえな、高畑」

  
 

 あの馬鹿でかい、スキュラを簡単に叩き落す力に今更ながらに呆れちまう。

 あのトンデモ武道大会で分かっちゃいたが、トンデモねえ“力”だ。


 戦車砲ですら、スキュラを叩き落すのは難しい。
 
 一撃じゃ、まず不可能。

 しかもスキュラのレーザーの有効射程は約二千四百。

 通常兵器じゃ近づくことすら難しい。



 そんなバケモノを軽々と殺しちまう魔法使いって奴が、今更ながら少し怖えぇ。




 「千雨ちゃん! ボっとしてないで弾幕はって、弾幕!」



 アイヨ、と答えて自衛隊から借りた12.7mm機銃を伏射でぶっ放す。


 考え込んでる暇はねぇ。
 
 今は自分に出来ることをやるしかない。



 12.7mmの銃弾に体長1m程度のゴブリンが列を成し。踊りながら死んでいく。

 後ろにいる2m程度のゴブリンリーダーもこの距離なら、脅威にならない。


 多すぎて数を数えることすらイヤになる、ゴブリンの群れ。

 肉切り包丁と仇名されるこの機銃がなけりゃまずかったかもしれねぇ。


 だが、所詮は小型幻獣。

 弾薬が切れなきゃ、何とかなる。

 委員長には感謝だな。

 雪広財閥の力でこんだけ豊富な弾薬を得ることができたんだ。

 
 


 後の問題は、中型幻獣。

 ヤツラが浸透してきたら厄介だということだ。 
 

 12.7mm機銃じゃ対抗できないかもしれねえ。



 正直、こんな重いモン普通の中学生につかえるわけねぇ。

 あのネギ先生からの魔力供給があるから、伏射でなら何とか使えるが。

 


 「――――にしても、まだかよ! アイツラは!」 




 そう、本来。

 戦闘能力がまったくない、千雨が戦うなんてコトはありえない。

 そして、魔法使いがいるというのに。

 戦闘の素人が戦うということも。



 だが、自衛隊。そして警察のほとんどが壊滅状態にある以上。

 動けるものは、全て“戦士”であった。



 在日アメリカ軍がいる場所では、自衛隊に変わって彼らが民間人を助けている。

 本来、日本人など無視をして自国に帰りたい彼らだが。

 水平線に溢れる幻獣軍をみて、米軍基地で拠点防衛を決意した。



 自国までの危険な旅路より。

 補給が簡単で、地に足がついた状態で戦える基地周辺での戦いを決めたのだ。



 だが、ココ。麻帆良には近くに米軍基地などなかった。

 近くにあるのは、学園祭で使った各部活の遊戯。

 工学部のロボット、ティラノザウルスを囮、もしくは白兵戦ように動かし。
 
 中型幻獣との時間稼ぎに使い。

 自衛隊の武器を借りて弾幕を張るのが精一杯であった。

 

 



 だが、この地。麻帆良には“魔法使い”がいる。

 魔法先生は下手な戦車より遥かに強い。

 

 そして“強い”ために、生徒と共に戦うわけにはいかなかった。
 


 幻獣軍の基本的な戦術は蹂躙突破。

 各戦線を突破して、蹂躙するという単純なものであった。

 

 そして、彼らの戦法も至って単純。

 まず、小型幻獣が攻め。次に空中ユニット。そして空中ユニットを守る中型幻獣。

 という順番になる。

 
 

 そして、学生兵。並びに歩兵にとって最も厄介なのが空中ユニットだ。

 前述した空中要塞スキュラ、そして自衛隊ヘリの残骸に寄生したきたかぜゾンビ、うみかぜゾンビ。

 それら空中からの攻撃に対応することは、素人同然の学生兵には難しかった。


 更に、スキュラのレーザーの射程距離が異常に長いため。

 生徒に被害が出る前に、先に倒さねばならない。




 生徒、軍人、民間人。

 彼ら全てを空中ユニットから救うには、魔法使いの数はあまりにも少なすぎた。


 


 故に、魔法使いは先行して空中ユニット。並びに中型幻獣を倒すことを基本戦術とした。

 空を飛べる魔法使いにとって、地を蠢くゴブリンなど敵ではない。



 地を蠢く中型幻獣でも恐いのは、ミノタウロス、ゴルゴーンなどの生体ミサイル。

 ナーガ、キメラなどのレーザーであった。


 それらを撃破しつつ、空中ユニットを破壊。

 その間、地を蠢き。蹂躙突破を図ろうとするゴブリンなど小型幻獣は学生、自衛隊の生き残り。

 更には警察官なども動員され、弾幕をはって幻獣の侵攻を食い止めていた。


 
 何時もなら、確実に追い返せる戦い。

 本来の魔法使いの戦力なら、決して不可能ではない戦い。


 だが、ココに。学園祭で活躍したネギま部。『白き翼“ALA ALBA”』とネギの使い魔。八房ジローの姿はなかった。

 


 学園の守りを固めるためには、戦力を増やすことが大事である。

 今いる戦力を大事にし、更なる戦力の増強に努める


 
 故に魔法使いであり、戦闘能力者の『白き翼“ALA ALBA”』のレベルアップのため。

 急場の策として、エヴァンジェリンの別荘で修行することになる。



 ベテランより、若手の育成。

 ベテランの戦闘能力は若手に比べてはるかに高い。

 だが完成しているため、能力が『伸びる』可能性は低い。


 ならば、能力が未だ未知数の若手の育成を中心に。と考えたのだ。




 外で一時間しか経過していないにもかかわらず、別荘では一日の修行が可能な空間。

 それだけにこの短い期間で、強くなるには格好の場所。



 そしてネギま部『白き翼“ALA ALBA”』のレベルアップに必要なもの。


 師匠である、エヴァンジェリン。ネギのライバルであり、友である小太郎。更に己の研鑽をするために八房ジロー。

 そして、刹那とアスナ。楓と古菲。夕映、のどかはそれぞれ、別荘に篭ることになる。

 同じぐらいの力を持ったライバルのほうが、お互いに切磋琢磨しやすい。

 気心の知れたもの同士、戦闘訓練をおこなうことになる。



 

 こちらの世界では僅か一時間の修行。


 幻獣軍の侵攻も今は小休止の最中であった。

 より大勢の人間を救うために。彼らは、今こそ修行すべきだと別荘に篭った。

 そして、彼ら全員が別荘に入った瞬間に――――幻獣軍がココ麻帆良に攻め込んできた。

 あまりにも、完璧なタイミング。ありえないと、誰もが口にしたが。

 愚痴をいってる暇はなかった。





 ◇◆◇◆



 

 「――――千雨ちゃん! 弾幕は!」

 「張ってるよ、それより早乙女。ゴーレムはまだか!」
 
 「あいよ、待っててね〜♪」
 
  
 この状況でも、軽い対応の早乙女を怒鳴りつけようと振り向いたが。

 

 ………何も言わず、また弾幕を張った。

 無理してやがる。

 早乙女の能力“落書帝国”でつくられたゴーレムは射程3m、再生時間は20秒しかねぇ。

 この場にいるネギま部は私とコイツだけ。

 
 そして、生き残りの自衛隊から借りた12.7mm機銃は普通の女子中学生に動かせるモノじゃなかった。

 できるとしたら、魔力で能力アップできる私か。

 筋力マッチョのゴーレムを作る早乙女だ。


 単純に弾幕を作るだけのゴーレム。



 だが、僅か20秒しか持たないソレ。

 更にゴブリンどもの浸透を防ぐために、白兵戦用のゴーレムまで書いてる早乙女のペン先は血がにじんでいた。




 ゴーレムの破壊。

 これは僅かにとはいえ、早乙女にダメージを与える。

 他の生徒を守るためとはいえ、ゴーレムを壊されるたびに早乙女は傷ついていった。


 
 それでも、コイツが書かなきゃこの戦線は崩壊する。



 戦闘の素人、更に心のよりどころであるネギま部の不在。

 魔法使いがいない状況で、私達にできることはあまりに少ない。


 

 それでも、この中で死ににくいのは私達2人だ。

 魔力の供給、アーティファクトという道具。

 この2つを持っている私達がビビッたら、素人であるコイツラがもっと混乱する。

  

 だから早乙女は無理してでも笑う。

 それだけで、安心できる奴がいると信じて。



 「早乙女、アイツらがくるまで何分だ」

 「書いたゴーレムの数から考えて、後30分くらいだよ。もうすぐ、もうすぐ♪」

 「パルー本当に〜?」

 「嘘情報ばっかりだからな〜♪」



 
 アハハ、と軽い笑いが陣地に流れた。

 見回せば、本気で笑ってる奴なんざ一人もいない。

 皆、血走った目でゴブリンどもを睨んでいる。



 血と汗にまみれた戦場。

 そこで正気を保つのはあまりにも難しい。
 
 日常に逃避することで正気を保とうとするコイツラに心の中で、詫びた。




 ―――すまねぇ。私がもっと、頼れる“隊長”なら。




 
 だが、30分頑張ってきた。

 このままなら、40%以上の戦力の低下にヤツラも引き上げる筈。


 それに、ネギ先生達も間に合う筈だ。


 
 それに、ゴブだけならまだ何とかなる。

 でけぇのは、魔法使いが何とかしてくれる。

 私のアーティファクトはこういう場合、まったく使えねぇ。 

 正直、早乙女の“落書帝国”だけが頼みの綱だ。



 ………にしても、おかしい。

 ネギ先生たちが修行のために別荘にいった瞬間に、攻めてきた幻獣。

 タイミングがよすぎる。考えたくねぇが、最悪のパターンも考えておいたほうがいいかも。



 「―――――千雨ちゃん。あれ!」



   
 明石の声に前を見ると、ソコには白い岩の様なごつい肌をしたとんでもない巨人がいた。

 首がないくらい埋まった頭部。

 筋骨隆々といった体に、蹄のような足。9m近い体。




 「―――――ミ、ミノタウロス」





 学園祭の鬼神よりは小さいが、それでも人間に比べればはるかにでけぇ。

 しかも、あの時とは違ってコイツは“殺し”にきてる。



 「―――ひょ、ひょっとして!」




 ブルブル震えているのは、生体ミサイルを撃とうとしているのだろう。

 小型幻獣を倒すために、塹壕に篭ってはいるが。

 幻獣の奇襲に対応するために、小さな塹壕に入るしかなかった。

 生徒に被害者を出さないため塹壕は相当強化されている。


 しかし、生体ミサイルの強酸弾に耐えられるかといえば微妙だ。

 もって、数発。どんなに上手くいっても10発で壊れる。


 本来、あくまで小型幻獣から守るべき陣地であり。

 中型幻獣の攻撃に耐えられるようには、できていないのだ。
 




 そう、本来。

 中型幻獣を殺すのは、魔法使いの仕事である。

 空中ユニット。スキュラやヘリに寄生するきたかぜゾンビやうみかぜゾンビ。

 更に、中型幻獣を倒すのが魔法使いの仕事。

 自衛隊の生き残りも、懸命に中型幻獣を倒している。

 だがそれは、学園祭で活躍したネギま部『白き翼“ALA ALBA”』がいたからできたことである。


 本来、ネギの父親を探すために結成された部ではあったが。

 幻獣の侵攻によって、魔法界にいくことは出来なくなった。


 それならばと、学園を護る為に更なる“力”を求め。エヴァンジェリンの別荘に篭ったのだが。

 その向上心が完全にアダになってしまった。

 僅か一時間の修行。

 その最中に、幻獣が攻めてくるとは誰も思わなかった。

 確率的にも、時間帯的にもありえない奇襲。






 「ち、千雨ちゃん、早く早く!」
 
 「――――っせえな! 無理だこの距離じゃ。第一、弾幕を張らなかったらゴブリンでこの陣地が埋め尽くされるぞ!」

 「じゃ、じゃあ。パル!」

 「無茶ゆうな、早乙女の射程は3m。あそこまでいく前に殺されちまう!」





 そう、この場所から彼女達にミノタウロスを殺す能力はない。

 千雨のアーティファクトに、戦闘能力はない。

 では、早乙女ハルナに突破させ倒させる?





 ――――却下。




 複数のゴーレムを使おうと、ハルナ自身の戦闘能力が低いため距離をつめる前にゴブリンに殺される。

 では、この場から狙撃する?



 
 ――――却下。




 圧倒的な数のゴブリンが津波のように押し寄せているのである。

 下手に弾幕をとぎらせれば、ゴブリンが距離をつめる。


 では、魔法使いが来るのを待つ?



 ――――論外。




 そもそも、ネギたちがいないためココまでミノタウロスが攻めてこられたのだ。

 魔法使いに余計な戦力はない。

 とても間に合わない。

 故に、彼女達は生体ミサイルを受けて……死ぬ。



 誰も助けられない以上、ソレが避けられない運命。

 定められた未来。

 
 皆を護ろうとした少女達は、ここで死んでいく。





 そうココに、―――――彼女がいなければ。





 ◇◆◇◆






 9mに達するでかい図体をブルブルとふるわせ、生体ミサイルを発射しようとするミノタウロス。 

 

 ――――やばい、こんな所でつかいたくねぇ。

 だが、発射口が開き。ミサイルの頭が見えた。



 「――――っち。頼む、龍宮!」



 無線に怒鳴りつけると返事の変わりに、龍宮真名のH&K PSG−1が火を噴いた。

 本来、戦車砲ですらミノタウロスの装甲に穴をあけるのは難しい。

 数発撃ってやっとか、火気管制システムを極限まで強化するしかない。

 

 だが、この瞬間。

 ミサイルを撃つ瞬間だけは違う。

 H&K PSG−1の弾頭である、7.62mm×51NATO弾は生体ミサイルの誘爆を引き起こす。



 ミノタウロスは体内で生体ミサイルを爆発させ、周りのゴブリンを巻き込んで爆発した。

 戦場に一瞬だが空白ができる。

 その空白は、津波のように押し寄せるゴブリンにあっという間に埋め尽くされるが。あの“でかい”のがいなくなったのがありがたい。

 さっきまでパニックになってたヤツラが落ち着いた。

 

 だが、龍宮には悪い事をしちまった。




 
 私達の後方、陣地を護る為に龍宮はマントを羽織り。狙撃兵として隠れていた。

 魔法使いではない龍宮は私達のお守役だ。


 本来、狙撃兵である龍宮は単独活動が許されている。

 そもそも、自前の銃を使う龍宮にとって。私達と一緒に戦うメリットがあまりにも少ない。

 

 隠れて、いざという時に狙撃。

 要所要所で敵の動きをとめるのが仕事だ。


 それに、狙撃という立場上。塹壕に篭れない。
 
 というより、私達が足を引っ張ってしまう。

 
 だから、樹上で狙撃兵として息を潜めていた。

 だが、場所が分かればコレぐらい危険な場所もない。

 圧倒的多数のゴブリンに囲まれた場合、魔法使いでない龍宮は弾が無くなったら―――――ジ・エンド。終りだ。


 
    
 だから、本来。私達が撃つモノを頼むなんて事はしてはいけない。

 素人の私達がプロの龍宮に命令して、どんな不都合があるか分からない。

 


 「――――すまねぇ。ゴブに場所ばれなかったか?」 

 「……たぶん大丈夫だ。残り時間も少ない、自分の心配をしろ」 




 無線を使って謝るが、かえってきたセリフはとても冷たかった。

 当然だ。この状況、この通信。それ自体で龍宮の場所がばれる可能性がある。

 

 だが、おかしい。

 いつもならとっくに退却してる筈なのに、まだ攻めてくる。

  
 
 それに何時もは何も考えずに攻めるだけのヤツラが、なにかこう。意志のようなものを感じる。

 そう、何と言うか。統制がとれている。



 本来バラバラに攻撃し、攻撃した相手にのみ突撃するミノタウロスがココまでくることは無かった。

 だが、ここにきたミノタウロスは傷つきながらも戦線を突破しようとしていた。

 

 そう、傷ついているのに。

 傷をつけた“魔法使い”を無視したのだ。



 今まで無かったことだ。


 「―――――バレてんのか」

 「なに? 千雨ちゃん」



 なんでもない。そう言ってまた銃を構える。

 この位置。本来、戦闘力がない私達が割り振られることのない戦地。


 だが。



 「千雨ちゃん。そろそろ逃げないとヤバイよ!」

 「あと少しフンバレ! 後ろには病院があるんだ」



 

 後ろには各地で戦い、負傷した兵が倒れている。

 それだけではない。戦争で負傷した民間人、子供、教師などもいるのだ。

 彼らを魔法使いや医者が必死になって助けようとしている。

 
 私らがココから離れたら、彼らがどうなるか。

 喰われるわけじゃない。人間じゃない以上、辱められることもない。 

 




 そう、ヤツラは幻獣は。死体を喰うことはない。

 ただ、………もて遊ぶだけだ。


 戦意高揚だかなんだか知らないが、そんな番組はココ最近腐るほど見てきた。

 頭と手足をバラバラに切り刻まれ、オブジェのように飾られた死体たち。

 
 眼球が腐れ落ちたモノもあれば、血を滴らせた新しい首もあった。

 見てるだけで、錆びくさい血の臭いと腐臭が鼻腔を刺激するようなネットの映像。





 ――――――なんで、こんな奴らがいる。

 胸くそ悪くなる映像を思い出しながら、弾丸をゴブどもに叩きつける。




 撃ちつづける7.62mm、それに私の12.7mm機銃の火線の前にゴブリン、ゴブリンリーダーが折り重なるように倒れていく。

 おびただしい体液を滴らせながら、一つしかない眼球でコチラを悔しげに見つめた後。


 
 塩をかけたナメクジのように消えていった。


 ヤツラは。幻獣は何も残さない。

 ただ現れて力の限り暴れて。そして消えていく。


 捕食のためでもなく、主義や思想のためでもない。

 ただ人間だけを殺し、そして人間の死体をもてあそび。………消えていく。


 理不尽にも消えていくのその姿に、怒りよりも吐き気がこみ上げる。



 何で、こんなヤツラがいる。

 胸くそ悪くなって、口に入った砂利を吐き捨てたとき。

 無線が鳴った。




 『千雨さん。―――――準備が整いました!』

 『委員長か? アッチは大丈夫なのか』

 『はい、豪徳寺さん達が参戦してくれまして』



 ああ、あの武道大会で一撃でやられてた奴等か。

 確かに、魔法使いや魔法生徒に比べりゃ戦力外もいいとこだが。

 少なくとも、一般生徒や私たちよりは戦力になる。



 『じゃあ、作戦開始ってことだな』 

 『――――はい!』



 委員長やクラスのヤツラもよく頑張る。

 つうか、かなり穴だらけの作戦だったんだが。

 学園祭の最後のイベントがあったとはいえ。コレはマジモノだ。

 あの時は服が脱げるだけだが。


 コッチは下手すりゃ死ぬ。



 「―――――皆、聞いてくれ!」



 塹壕内で、全員を見回すと。中にいるほとんど奴らの顔は泥まみれで、涙と汗でぐしょぐしょだった。

 軽口ばっか叩いちゃいるが、所詮は女子中学生。

 生きるか死ぬかの戦い。ソレに恐怖しない方がおかしい。


 それでも、コイツラは残ってくれた。


 病人を救うため、背後にいる見知らぬ誰かを護る為に。戦うコトを選んでくれたクラスメイト。

 


 「これから、早乙女のゴーレムに乗り後方の病院前まで撤退する。……早乙女、後、何分で書ける?」
 
 「速そうな奴だよね。3分あれば、スグスグ♪」
 


 ―――――すまねぇ。



 思わず、声が出そうになって。その声をかみ殺した。

 早乙女の手からは血が止まらなくなっている。

 接近戦のゴーレム、そして他のメンバーを護りながら新たなゴーレムを創り続けなければならない早乙女の負担は相当なものだ。


 時間制限があり、僅かとはいえゴーレムのダメージが自分に返ってきちまう。早乙女のアーティファクト。

 常に書き続け、更に操作し。目まぐるしく変わる戦場で手元と周りを見続ける早乙女。

 

 にもかかわらず、コイツは笑い続けている。

 今、パニックになるわけにはいかない。

 ネギ先生の魔法防御が使えるのはここでは私と早乙女だけ。


 だからこそ。他のメンバーより戦えるからこそ、冷静にならなくちゃならない。

 だからこそ。いつもどおり振舞って、皆を落ち着けさせなくちゃならない。

 それが解っているから、早乙女は笑っている。






 ――――ネギ先生、いやジロー先生さえいれば。



 いや、そんな事を今言っても仕方ない。

 
 
 「早乙女のゴーレムに乗って、私たちは一時離脱。その後はさっき言ったとおりだ」

  

 火薬のススと涙に汚れた顔で、皆うなずいてくれた。

 こんな時、私のアーティファクトが戦闘用じゃないことが悔やまれる。

 戦える奴は全員、ココにきた。


 「ゴーレムに乗るのは、最初は明石に、大河内」

 「あいよ」

 「うん」
 
 
 
 最終日に見せた明石の射撃能力。そして、裏の世界の住人から一目置かれるほど身体能力の高い大河内。

 この2人は銃撃戦のメインだった。


 「2番目、春日に早乙女」

 「ハイハイ」

 「……」



 アーティファクトを持つ、春日美空は逃げることにかけちゃ一流だ。

 いざという時、伝令を頼んだり陽動に使えるはずだった。

 それにコイツのイタズラ魔法は結構使える。

 戦闘能力こそ低いが、好奇心の多いゴブをひきつけるのに役立った。



 「ラスト、私だ」



 この場で、戦闘能力が最もなく。

 戦闘経験もない。魔法なんざ知らなかった私が隊長みたいなことをしている。


 
 だが。

 あのガキからの魔力で防御力が上がった私なら、いくらか敵の攻撃から身を護れる筈。

 そんな私が殿を勤めるのは、ある意味当たり前だ。




 「………私が殿のほうがよくない?」
 
 「ダメだ。こんな美味しい役は譲れねぇ」


 早乙女のセリフに強がっちゃいるが、正直足が震えている。


 ――――恐ぇ。


 テレビの画像、バラバラにされた人間のオブジェ。

 幻獣がいかに残酷に人の死体を弄ぶか。


 その映像が、頭から離れない。

 本来、こんな殿なんざ死んでもしたくねぇ。


 だが、早乙女はこの撤退の“要”だ。

 いくら大河内が人間離れしてようと、実戦でその能力を完全に再現できる保障はない。

 彼女はあくまで普通の女子中学生。

 戦場に慣れているとはおもえねぇ。

 それなら魔法のゴーレムに乗った方が確実だ。


 
 だから全員、ゴーレムに乗らなければならない。

 だが早乙女のアーティファクトの射程は僅か3m。


 あまり早乙女から離れるわけにはいかない。

 そして。早乙女に何かあればゴーレムがどうなるのか。

 考えるだけで恐ぇ。


  
 故に、早乙女の位置は俺たちの真ん中。

 できるだけゴーレムの射程を長くさせる位置にいさせるしかない。

 そして、春日美空。コイツも同じ理由で論外だ。


 コイツのアーティファクトは足が速くなるだけの能力。

 ぶっちゃけ、コイツを囮にするか。殿にしたいとこだが。


 早乙女に何かあった場合、春日に背負ってもらうしかない。

 万が一ってコトもあるし、最悪移動しながら早乙女に新しいゴーレムを作ってもらわなくちゃならない。


 そうしなければ、大河内と明石の身を護れない。



 だったら、攻撃魔法が使えて。足が速くなり。更に空を飛べる春日に早乙女を護ってもらうしかない。

 




 ―――――つうか、魔法使いなら私の変わりにマトメ役をやって欲しい。



 シャークティ先生から「あの子じゃ無理です」って言われたんだが。
 
 少なくとも私よりはマシな気がするんだが。



 「――――話は終りだ。早乙女、それで最後か?」

 「にひひひ、全てはこの天才パル様に任せなさい。どう? 自信作だよ」

 「いや、まあ。速そうではあるが」



 そう確かに速そうではある。

 目の前には、四足歩行の動物を象った簡易ゴーレム。
 
 全長は約3メートル。
 
 鋭いツメと牙をもち、頭部にはライオンのような頭と何故か、巨大なツメが生えた腕がある。



 「名づけて、雷電グリンガム。近づいたゴブリンはツメで倒してくれるから銃なんて撃たずに、ただしがみついてればOKだよ」

 「OK。すぐにそれぞれ行動開始だ」



 指示を飛ばしながら、なるほどと思う。

 早乙女はソコまで考えてたのか。

 簡易ゴーレムの上で素人が下手に銃なんざ撃てば、下手すりゃ同士討ち。もっと悪けりゃ、ゴーレムから落ちてゴブに殺される。


 ソレを防ぐための武装か。



 「まずは、最初は明石に、大河内――――いけ!」

 「千雨ちゃん、待ってるからね」

 「絶対、だよ」



 それぞれに言葉を残し、走っていく。

 3m以上は離れられない。弾幕を張りながら、春日と早乙女に合図を送った。


 もう、話す余裕はない。


 「早く、ね。千雨ちゃん」
 
 「漫画のモデルになる件、わすれないでよ〜!」

 
 早乙女は最後まで余計なコトを言いながら塹壕から、走っていく。

 ライオンに似たゴーレム。

 僅か、20秒しか持たないその姿がコレほど頼もしいなんてな。



 そして、私は銃を撃ちっぱなしにした。

 


 ――――――戻れる筈がない。





 そう、戻れる筈などない。

 今まで、5人だからなんとか幻獣の侵攻を食い止められていたのだ。

 ココで、誰かが死守しない限り。

 彼女達はあっという間に追いつかれてしまう。


 ゴブリンのスピードはかなり速い。

 更に追いつけないと悟ると、手斧を投げてくる。

 そのスピードは、素人がかわせるものじゃない。



 更に厄介なのが、さっき。“ワイト”をみた。
 
 小型幻獣の一種だが最悪な奴だ。

 戦死したらしい人間に寄生して戦う悪趣味な奴で、機関砲弾に似た生体兵器をつかう。


 
 この位置で撃たれたら、奴らの誰かが………死ぬ。



 「―――――ったく。隊長役なんざやるもんじゃねえな」
 
 

 思わずぼやいてしまう。

 だが、これは私以外の奴じゃ“ダメ”だ。


 委員長はクラス全体のまとめ役だし、雪広財閥のご令嬢。

 武器弾薬を用意できるコネを持ってる。

 ハカセは新兵器が作れる。他のメンバーもそれぞれ使える奴がいるし。

 ネギま部のメンバーでいるのが、私と早乙女しかいない以上。

 五人程度の小隊を任されるのは私ぐらいしかいなかった。

 

 そして、隊長の役目は。皆をぶじに生かすこと。

 戦争なんてものは突き詰めればいかに“効率よく味方を殺すか”ってことになる。


 ここで、大勢を生かす為に時間を稼ぐには。




 ………そう、ここで時間を稼ぐには犠牲が必要だった。

 何より必要な弾幕。迫り来る幻獣を僅かでも足止めしなければ、あの4人が陣地にたどり着くことは不可能。

 だが、長谷川千雨は魔力でいくらか身体能力が増しているとはいえ。

 所詮は一般人。

 雷電グリンガムに乗りながら、射撃など不可能。

 故に彼女はここで、死地に赴かなければならない。

 誰かを助けるためには、誰かの犠牲が必要。ソレが真実。



 だから、彼女はココで死ぬ決意をした。

 他のメンバーに黙って。1人で死ぬ。それが長谷川千雨が選んだ未来であった。


 



 

 『――――そうはいかないんだな。これが』

 「なっ!?」



 つけっぱなしにしていた無線機から早乙女の声が聞こえる。

 それに怒鳴り返そうとした瞬間に、襟首をひっぱられた。


 雷電グリンガムの腕である。


 「ちょ、首。絞まってるって!?」

 『がまん、がまん。そのままなら逃げながらでも弾幕はれるっしょ♪』


 
 思わず苦笑が漏れた。

 ココまで考えてやがったのか。


 私に後ろ向きながら、ゴーレムにまたがり。更に射撃するなんて離れ業は無理だ。


 だが、後ろに構えたまま“ナニカ”が私の体を支えてくれるなら話は別だ。

 自分で体を支えることはないし、動きながらだから命中率は下がるが。

 どっちにしろ目の前には、埋め尽くすような数の幻獣がいる。

 外したくても外せない。そんな状況だ。



 「―――――OK、頼むぜ。パル!」

 『にひひひ。やっとあだ名でよんでくれたね!』
 

 
 早乙女……いや、パルのセリフに苦笑した。

 そういや、仲間なんて思ってなかったな。

 もう私も、変人クラスの一員であり。ファンタジーの住人ってコトか。


 
 逞しい雷電の腕の感触に支えられ、弾幕を張り続けた。

 大河内と明石は陣地に着いただろうか?

 早く支援射撃をしてもらわないと、私たちもヤバイ。






 ―――――なにより。
 




 早乙女のゴーレムの再生時間は20秒しかもたねぇ。

 20秒以内に後方の塹壕に辿り着かなきゃ、ゴブリン共と命をかけたリアル鬼ごっこなんてオチになる。


 
 
 ―――――10秒。



 なげぇ。手元のストップウオッチの秒針が果てしなく長く感じる。

 速くつかなきゃならねえのに、もう間にあわねぇかもしれねぇ。



 ―――――15秒。


 まだか。もう目の前には病院を隠すように十字砲火のラインができている。

 LとVの間ぐらいしかない、ゆるい防衛線。

 クラスメイトに急いで作らせた塹壕は、素人が作ったにしては比較的マシに見えた。


 いや、人を使い慣れた委員長の力か。

 この塹壕を作り終えるまでの時間稼ぎ。

 
 そのために適当に選んだ5人。


 あの子供先生がいない状態での、パニック。

 笑って協力してくれた4人には、今でも頭が下がる。




 だが、もう時間が。





 ―――――20秒。

  

 
 簡易ゴーレム。雷電グリンガムが消えていく。

 ソレと同時に、塹壕に逃げ込む大河内と明石。

 パルは急いでペンを走らせているがどう考えても時間がねぇ。



 私はそのまま、腰ダメに12.7mm機銃を構える。

 せめて、パルは助けないといけねぇ。

 ココで粘れば、美空のアーティファクトで助かるかもしんねえし。


 そう思って、引きがねを引こうとした瞬間。―――――カチン。


 そんな愉快な音を立てて、12.7mm機銃が沈黙した。

 一瞬呆気にとられ、狂ったように引き金を引くがウンともスンともいわない。





 ―――――ジャムった。



 ジャミング:排莢不良や装填不良のコトを言う。

 簡単に言えば弾が詰まったり、動かなくなったりすることだ。




 
 本来、12.7mm機銃は200〜300発で射撃をやめるか、銃身を交換しなくちゃいけない。

 銃身が加熱しすぎると、ライフリングなどがダメージを負い故障しやすくなるからだ。

 だが、幻獣の攻撃に休ませることなく連射しつづけたため、銃身は歪み。

 火薬のカスが溜まった状態での連続使用に、排莢不良を起こしてしまったのだ。
 





 ――――やばい、どうする。



 すぐさま、逃げるべきであるはずなのだが。
 
 戦闘経験自体少ない、千雨にとって。

 銃の故障などという突発的な事故に対して、どう対処すればいいのか。まったく解らなかった。

 

 だが、たちすくむ千雨。女子中学生など幻獣にとっては単なる障害物でしかない。
 
 弾幕が途絶えた以上、ゴブリン達に足を止める理由などない。

 そして、恐怖にすくんでしまった千雨に。彼らに対抗できる手段などなかった。



 ――――だからこそ。ここに、彼らがいる意味がある。





 「―――――伏せろお嬢ちゃん!」





 野太い声が、響きわたる。パニックになりかかっていた千雨はその声に反応し、しゃがみこんだ。

 その瞬間、ナニカが千雨の頬をかすめるように飛んでいく。


 それは光の弾丸と、刃であった。




 「―――――超必殺・漢魂!!」

 「―――――烈空双掌!!」


 
 武道大会では、まったく使えなかった豪徳寺と中村だが。

 一般人としては、かなりの氣の使い手である。

 なにより、その派手な攻撃に一瞬。ゴブリンの動きが止まる。

 あるものはひっくり返り、あるものは傷ついている。

 

 だが、それも僅かな時間稼ぎ。



 豪徳寺と中村には、数体のゴブリンが向かっている。

 もう一度、千雨の為に。“氣”を使った技などだす隙はない。

 彼らがやったことはあくまで一時しのぎ。

 そう、――――この瞬間の。





 「――――千雨ちゃ〜ん。捕まって!」
 
 そう言いながら、走り出したのは春日美空。足が早くなる。

 ただそれだけの能力を持つ、アーティファクト。

 ソレを駆使し。千雨を抱え込んだ。

 

 「――――すまねぇ。……腰がぬけた」
 


 千雨の言葉にアハハと笑いながら、

 「一般人じゃん、当たり前だって。むしろココまでよくやってくれたって感じ」



 そういいながらも、疾風の如く走りぬけ塹壕に篭った。

 ――――次の瞬間。




 「―――――撃てぇ!」


 雪広あやかの号令のもと。塹壕からゴブリン達に射撃が加えられる。

 本来、十字砲火を加えるならもっとキツイ角度。

 UとVの中間を描くぐらいが理想とされる。

 だが、ココにいるのは素人のみ。

 
 病院が危険としり、駆けつけたモノ達だけである。

 素人同士では同士撃ちが最も恐い。

 火線を急角度にすると、お互いを撃ちかねなかった。


 故に火線はゆるく、VからLの角度を描くように塹壕を掘った。



 
 そして、その塹壕を掘る時間を稼ぐために。前線にでたのは千雨、明石、大河内、春日……そして早乙女と龍宮であった。


 塹壕を掘る時間を稼ぐには最大戦力で当たらなければならない。

 だが、塹壕を掘るには時間が足りない。

 

 小隊を構成する、最少人数。

 ネギま部の主力がいない以上、戦闘力を測るのは学園祭最終日の戦闘成績が良かった順番と、ネギま部の2人。
 
 そして。実戦経験豊富な龍宮には塹壕の指導と千雨たちの援護という難しい位置にいてもらう。



 両方に気が配れ、しかも戦力になるものなど彼女しか居なかった。



 生死をかけた綱渡りのような戦闘と工事。

 素人だけのギリギリの賭け。


 ………だが、その綱渡りの成果がココにある。

 武道大会で、散っていった一般人。戦うコトすら知らなかった少女達が戦える場所。

 病院を護る防衛線がココに生まれていた。



 本来。T-ANK-α3(田中さん)や巨大ロボがあればこんな苦労はなかった。

 だが学園祭、最終日。それらのほとんどは生徒達との戦闘で壊れてしまった。

 僅かに生き残ったロボは、中型幻獣の攻略に使われている。



 故に、戦力にならない素人。彼女達に戦ってもらうしかなかった。



 

 ―――――50分経過。



 「踏ん張れ、後10分で、ネギ先生達が助けに来る!」


 
 別荘に篭れば、一時間は決して出ることができない。

 向こうでは24時間。コチラでは1時間。

 非常に効率のいい、修行環境。

 だが、今は完全に裏目に出ている。



 そして。1分が1時間に感じるほど、素人にとって戦闘は恐いものだった。


 だが、千雨達5人が稼いだ時間でできた塹壕と。

 先程より倍以上の人数で戦う戦闘は、かなり有利となる。


 ―――――そして。もうすぐ60分が経過しようとしていると。




 【――――幻獣が撤退していきます!】
 


 学園内に放送部のアナウンスが流れ。歓声を上げる生徒達の声が聞こえた。


 
 ――――今日も生き残ることができた。




 全軍の40%以上を破壊したのだろうか?

 多くの場合、幻獣は自軍の損傷率が40%を超えると撤退していく。
 
 今回もそのパターンに当てはめると、恐らく。


 40%の幻獣を殺すコトに成功したのだろう。




 『――――こちら龍宮。コレより追撃戦に移行する』

 『すまねぇ。こっちは一杯一杯だ。早乙女と明石ぐらいは援護に回せるが、後のメンバーは病院の方に行く』




 無線で龍宮に答える。

 実際、流れ弾が病院に当たっていないとも限らない。

 それに、素人の私達は穴にこもって隠れて銃撃つのが関の山。

 下手に後を追って、反撃されたら目も当てられない。



 『了解だ。気にするな』

 『―――待ってくれ』



 気にしなくていい。そう言外に言ってくれた龍宮を呼び止めた。



 『――――なんだ?』


 声に不審そうな響きはない。

 戦闘に素人が出ること事態、異常だと解っている。

 拠点防衛。言い換えれば、穴倉にこもって弾幕張っていただけで十分だ。
 
 そう言っているのだ。

 

 そう、戦闘能力なんざ私にはない。

 戦略、戦術。そんなモンはハカセや学園のほうが詳しい。

 だが。………力がない。だからこそ気がつくことがある。




 『この戦闘、おかしくねえか?』

 『……それは』



 どういう意味か、とは龍宮は尋ねなかった。

 そう、彼女もなんとなく気がついているはずなのだ。


 だが、彼女は強い。

 どんな状況でも、自分1人なら生き残る自信があるだろう。



 だが、私は弱い。だから気がつく。

 弱い人間って言うのは、どんな陰険な手口でも思いつく。

 まだ、若干14歳のコイツラ。ネギま部や龍宮は戦車とタイマン張っても勝てるほど強くなった。

 そこに、どれほどの苦労があったのか。私は知らない。

 
 だが、それは。間違いなく異常な強さであり歪な強さだ。

 そして………歪な奴ほど、“陰険”な手口に弱い。


 
 学園祭。考えてみれば、超は優しく。

 策を講じようとも、誰も傷つけようとはしなかった。


 あれが、もっと陰険な手口で来られたら。………正直、私達じゃ対応できなかった。

 実際、私達が跳ぶ前の世界じゃ未来は変わったのかもしれない。


 そして。だからこそ。


 命のかかった、この時。アイツラの考えが読める気がする。



 『変、とは?』 

 『タイミングが良すぎる』


 
 そう、今回の戦い。

 全ての中心は“ネギま部”にあった。そういっても過言じゃない。


 ネギま部が別荘に入った瞬間、幻獣の攻勢が始まった。

 そして、ネギま部が戻ろうとしているこの瞬間。幻獣が撤退しようとしている。


 
 『――――スパイがいるかもしれないということか?』

 『もっと、ヤバイかもしれねぇ』



 スパイなら、まだ何とかなる。

 だが、それならもっといい方法なんざいくらでもある。

 味方である幻獣を殺してまで、スパイをコッチに紛れ込ませる意味がねぇ。




 学園の結界、侵入者を察知する結界は幻獣の攻撃により所々ほころびができている。

 まだ中型幻獣並みの大きさには対応できているが、小型幻獣となるとスキマからもぐりこんできちまう。


 小型幻獣だけならパトロール兵だけで充分だが。スパイとなると話は別。
 
 

 それに、今回の戦闘。スパイがいるのはほぼ確実。

 だが。それが『ナニ』を意味するのか。



 そもそも。ネギま部がいない状況に攻撃すること事態が疑問なのだ。

 私がスパイだとすれば。

 いかにも「スパイがいます」みたいな行動はしない。

 敵の身になって考えれば、腑に落ちないコトだらけ。


 敵で恐ろしいのは最強の戦力の筈。

 最強の戦力、それは学園長か高畑先生。

 封印結界に悩まされているエヴァンジェリンは、それほど脅威ではないだろう。

 戦闘経験からくる豊富な戦術はあれど、単純な火力は低いと思う。 




 ならば、今更。スパイがいるとコチラに「ばれる」ような攻撃をしてまで。

 ネギま部を恐れるというコトが理解できない。

 


 だが、もし。――――――戦力以外で恐れたとしたら。




 『―――じゃあ?』

 『すまねぇが、あんたから学園長に連絡取ってくれ。高畑、学園長。それに葛葉刀子をエヴァンジェリンの別荘に』

 『馬鹿をいうな、追撃戦で最大戦力に戦うななど………っなるほど! それか』


 


 
 やっぱり、生粋の戦闘者である龍宮でも同じ結論に辿り着いたか。

 薄汚ねぇ手だが、これならこのタイミングで攻めてきた意味が解る。


 追撃戦、特に背を向けた幻獣は火力がある魔法使いや戦車にとって格好の獲物になる。

 無防備に背中を晒す敵。

 ソコに最大戦力をあて、撃破数を稼ぎ。敵勢力を減らす。

 これは、幻獣と戦う場合の基本戦術の一つだ。

 

 だが、ソレ自体が“餌”だとしたら?
 



 学園長、高畑先生。学園最強ともいわれる2人だが。

 それは戦力に限定した話だけではない。

 何より怖いのは、その戦闘経験。

 


 『頼む、説明してる暇がない以上。私の言葉よりアンタのほうが信憑性がある』




 学園祭では敵味方に分かれて戦ったが、それだけに龍宮の強さがわかる。

 学園祭で特殊弾を使ったとはいえ。

 ほとんどの魔法先生を無効化した、龍宮の言葉なら私より信憑性があるはず。




 『オマエは?』

 『早乙女に運んでもらう』

 


 それ以上、余計な事は言わず。

 早乙女に空を飛ぶゴーレムを作らせ。別荘に急いだ。


 

 ネギ先生たちが向こうに行って、58分。

 多分、ネギ先生がでてくるのと同時かソレより遅く辿り着く筈。

 
 
 今は急ぐしかない。


 傷だらけの早乙女に治療薬をぶっかけながら、エヴァンジェリンの別荘に急いだ。

 本来、もっとゆっくり治してやりたいが今はコレが精一杯。

 近衛には今は頼れねぇ。




 コレより始まるのは、陰湿なコト。
 
 それだけに、これは私がやらなくちゃなんねぇ。

 力もない、魔力もない。頭じゃハカセ達に叶わない。

 戦略、戦術。実戦をくぐり抜けたアイツラに叶う筈がない。



 だから。私は嫌な奴になる。

 誰も、できないこと。考えつかないこと。陰湿な手口。


 弱いから。きっと私はそんな陰湿な手口はすぐ思いつくんだ。





 ―――――
後編へ―――――

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