――――――日が沈もうとしていた。









 雲に覆われた空は日没の光もとどめずに白く凍りつこうとしていた。




 やがて昏い青から藍へと色彩を変えていく夕闇と夜の狭間、戦いが終わったあとも戦士達の仕事は続いていた。

 熱を持った銃身を冷やし、燃える車両を消化剤で消していく戦士達。

 戦いの熱気は、気化熱と煙によって急速に冷えていき。彼らの体を芯から凍えさせた。

 冷えた体に負った傷を癒すために病院に運ばれる怪我人を勇気づける声。


 そんな雑多な音が、大気に濁った幻獣の体液と硝煙の臭気が混ざった風に乗って消えていく。

 最近では見慣れてしまった戦いの終りの風景。




 厚い雲に覆われ霞む夕日と黒い月、そして硝煙の焦げる匂い。

 そして鉄錆くさい血の香りと共に、疲れきった溜息が漏れている。

 


 今日も生き残ったことを喜ぶ声、死んでしまったものを悼む声。

 その聞こえてくる声を無視して。




 ―――――私達はエヴァンジェリンの館へと急いでいた。






 急ぎながらも、考えをまとめなければならない。 


 
 今まで、この時間帯に幻獣が攻めてくることはなかった。

 数少ない幻獣の情報。

 
 だが、口がなく。知性を感じることができないその姿から、彼ら幻獣は決まった行動パターンしか持たない。

 そう思っていた。

 だが、今回の戦い。
 

 あまりにもタイミングのいい、この戦闘に。


 幻獣に、知性があるのかもしれない。

 それが長谷川千雨が感じた。最初の違和感であった。    





    

              魔法先生!の使い魔?Xガンパレードマーチ―――――後編。
       






 沈みかけた夕日を背に、私達はエヴァンジェリンの別荘に向かっていた。

 夕日を見て、以前見たネットの情報が頭に浮かぶ。




 黄昏時。 誰彼はと、人の区別がつきにくい時分。

 そして、盛りがすぎて終わるコトをさす言葉。


 いやな予感が頭から離れない。


 あまりにも言いえた時間帯。

 言霊なんざ信じたくないが。今の状況を言い表すにはぴったりの言葉だ。





 「―――――早乙女、後どれくらいでつく?」
  
 「スグだよ、スグ♪」




 笑いながらも、早乙女はスピードを緩めない。

 空を飛ぶ、ゴーレム。

 学園祭で何度も見た光景。


 こんなモンまで創れる、こいつのアーティファクトが少し羨ましい。

 



 「さっきもコイツが使えればよかったんだけどね〜♪」
 
 「ソレはダメだつったろ」

 「はいはい、千雨ちゃんは固いなぁ」




 私の緊張を解くためだろうが、くだらないことを早乙女はほざく。

 戦闘において、上空。

 もしくは高い位置を取ることは基本であるとされている。

 

 古くは戦国時代から、ソレが常識だ。

 だが、それは。圧倒的な運動性能とそれを操る技術があってこそ“生きる”ことだ。



 戦闘に不慣れな女子中学生が空飛ぶ乗り物なんかに乗り。

 銃を乱射できるかというと、かなり怪しい。

 銃には当然だが反動というものがあり。揺れる場所で反動の強い銃を撃つというのはかなり熟練の技術を必要とする。


 
 そして、2つ目。

 空を飛ぶということは、誰よりも“目立つ”。

 魔法防御ができる魔法使いと違い、一般人が目立つ場所にいけば生体ミサイルの一撃で死にかねない。



 ……そんな映像は腐るほど見てきた。

 自衛隊、各国の戦闘機。戦闘ヘリ。

 それらが圧倒的な物量に押され、破壊されていく映像。

 
 幻獣にも、スキュラ、きたかぜゾンビ、ロック鳥など空中ユニットがある以上。

 私たちに空中戦をやる余裕などない。


 下手に目立てば危険だし、そういうのは魔法防御が完璧な魔法使いに任せておけばいい。

 私たちが魔法使いに魔法防御をしてもらい空中戦。


 そんな事する意味も無い。

 
 ただでさえ不慣れな戦闘。更に不慣れな空中戦なんざさせたくねぇ。


 
 なにより、早乙女のゴーレムが活動できる時間は20秒。

 しかも3m以上は離れることができない。


 

 ということは、ゴーレムの活動限界がきた瞬間に幻獣の中で孤立。

 なんてことになりかねない。



 更には、3m以上は離れることができないという条件があるため。

 多くの飛行ゴーレムを作ることができない。


 これらから、囮としても飛行ユニットを創ることは禁止した。

 私達や早乙女から、3m以上離れて飛べない飛行ゴーレムなんざ意味がない。

  
 下手すりゃ目立つだけで、生体ミサイルやレーザーに瞬殺される。




 正直。幻獣が撤退している状況でも、空なんざ飛ばない方がいい。

 

 だが、今だけはスピードが欲しい。

 エヴァンジェリンの別荘。あそこに少しでも速くつかなくては。






 ◇◆◇◆◇





 その頃、別荘にある魔方陣の前にはネギ達がいた。

 幻獣、世界の敵。

 突如現れた彼らに、対抗するための修行。


 何時か見た、超との決戦前を思い出す。
 

 騒がしくも厳しい修行。

 たった一日ではあるが、それを終えた今。
 
 学園に戻るゲートの前に、全員がそろっていた。

 後は、八房ジローとネギのみ。



 だが、彼らはまだ彼女達の元に行かず。

 話があるといって、ネギは八房ジローを人気のない場所へとつれてきていた。
 


 使い魔であり。ネギの兄である青年に、ネギは小さく話しかけた。




 「………ジローさん」



 誰よりも親しい人。

 頼りになる仲間であり、兄であった人。

 だからこそ、聞いて欲しい。



 だが。



 それっきり、黙ってしまったネギをみて。ジローはため息をついた。

 先程からコレの繰り返しだ。

  
 言葉を濁し、意味もなく室内をうろつき回っているネギ。

 彼の行動に、よき理解者であり。よき兄であろうとする青年も、少し苛立つ。


 

 「……続けろよ、ネギ。それじゃなんだか解らないぞ?」


 
 まだ若干10歳の少年といえども、教師であり。

 今の状況では、貴重な戦力である魔法使い。

 厳しく接する必要があった。


 だが、その一方で。

 こんな状況に追い込まれ、まだ10歳の少年がどれほど心を痛めているのかも解るつもりだ。


 突然、幻獣というよくわからないモノが侵攻してきた。

 そして、父親に会うべく努力し。もうスグ、イギリスに行く筈だったネギ。

 だが、そんな場合ではないとココで戦うコトを決めた。

 

 父親に会いたいという“焦燥”。ココとクラスの皆を守らなければならないという“責任感”。
 
 自分の力で何人を救うことができるのか、という“絶望感”。

 
 全てにおいて、迷っていた少年の心を。使い魔である青年は誰よりもわかっているはずであった。


 そして、その原因がどこにあるのか?

 ということも。


 


 「ジローさん。超さんが言っていたコトって―――――このことだと思う?」

 

 

 学園祭で超を否定すると決め。倒すために立ち上がった。


 それこそが、ネギが迷っている原因であった。




 自分自身が“悪”を成すと決めた。

 自分達自身の日常を守るために、悪を成す。

 その覚悟。


 だが、この“幻獣の侵攻”コレ自体が。超の言う、悲劇ではないかと。





 超鈴音のいう、悲劇。

 全人口が死ぬことはないが。多くのものが巻き込まれる悲劇。そして超の親しいものを守るために必要なこと。



 幻獣の侵攻は、その全ての要素を含んでいた。


 ――――――実際、幻獣が攻めてこようと。人類が滅びることはなかった。

 
 

 日本以外の最先端の軍事技術を持っている国々は、戦線を何とか維持し。

 反撃を狙っているという。


 
 普通の人間が攻勢に出ることができれば、魔法界も力を貸してくれるかもしれない。

 それに、巻き込まれる人類のことを考えなければ。………原子爆弾という最悪の手段もある。



 だが。もし、あの時。超一派が世界に魔法の存在を教えることができたなら。

 今頃、幻獣を相手に魔法使いと軍が協力し。もっと犠牲者が少なくてすんだのではないかと。



 超達が火星に住んだのも、人間が幻獣相手に攻め込まれ。この星から逃げ出したという可能性もある。



 そして、超の世界ではそれは未だに続いている悲劇なのかもしれない。

 魔法使いが戦うことなく、幻獣と戦わなければいけなかった世界。



 正気では考えられない、人体改造。

 超鈴音に施された呪文処理は、術者の肉体と魂を代償として力を得る狂気の技。

 幻獣に滅ぼされかかった人類は、肉体改造、遺伝子処理、クローン技術などで幻獣に対抗しようとしたのではないだろうか?

  
 今でも、裏社会ではあるかもしれない悲劇。
 
 だが、あれほど進んだ科学技術を持ちながら。なお力を得なければならなかった超鈴音がもし。未だに幻獣と戦っているのだとすれば。


 確かに地球、もしくは人類滅亡という究極の事態にはなっていない。

 夕映がいっていた最悪の事態ではないだろう。



 それでもあの時。超の計画をとめなければ。

 助かった命は確実に多い。



 そうやって過去の行いを後悔しているネギに、ジローは優しく言葉をかけた。




 「ネギ、落ち着け―――――。超鈴音がいた時代に幻獣がいたとは限らないんだぞ?」




 そう。それは考えてみれば当たり前のことだった。

 超鈴音は言っていた。

 本来、異常気象がなければもう1年いられたと。

 ならば、“彼女の過去には異常気象がなかった”ということになる。


 彼女の過去であり、ネギ達の未来であった世界樹の発光。


 その時間を超鈴音が“間違えるはずなどない”のだ。



 過去が変わらないというのなら、世界樹の発光は例年どおり。

 早まることはなかったはず。早まったとしても超鈴音は“知っていなければならない”。



 だが、彼女は“知らなかった”。ならば、超鈴音の過去とネギ達の時代は違っていた可能性がある。
 


 
 
 「それに、あの超鈴音がこんな危険なこと教えない筈がないだろ?」



 そう。なにより、ココまで危険な幻獣という存在を。あの優しい超鈴音が教えない筈がない。


 決して学園側に死者を出そうとしなかった超鈴音は優しかった。

 アレだけの事件を起こしながら、誰一人殺そうとしない甘さ。



 彼女なら、幻獣の存在を必ず教えた筈。




 ならば、ナニを悩む必要があるのかと。

 超鈴音の未来と自分達の未来が違っている可能性があり。

 超鈴音がこんな危険を教えない筈がない。

 ならば。きっと自分達と彼女の未来は違う、いわば並行世界の話なのに。




 「でも。もしあの時。超さんの計画が成功して………魔法が世界中に認識されたなら」



 だが、ジローの言葉にネギは素直にうなずくことができなかった。

 超鈴音がいた世界に「幻獣」はいなかったかもしれない。


 だが、彼女の計画通り“悪を行い、世界に対して僅かながらの正義を成す”ことができれば。

 “魔法の存在”を世界中が知ることができれば。
 



 少なくとも、幻獣に対して巨大なアドバンテージを持つことが出来たのだ。



 幻獣という、存在しない筈の生き物。

 この不気味な姿に多くの人間はまず思考を停止してしまった。


 眼前にいきなり映画でしか見たことがないモノが現れたのだ。

 各国の首脳はまず最初に失笑、次にその報告をした兵を嘲笑い。報告を正確にするように求める。


 当然だ。どこの世界にいきなり“バケモノが現れた、攻撃してもいいか?”

 等と聞かれて、マトモに反応する人間がいるだろうか?

 
 いるわけがなかった。

 

 さらに、あまりにも常識はずれなそのカタチに。軍は的確な攻撃支持を出すことができなかった。

 1人1人が歴戦の兵士であろうと、集団戦である以上【団体】として機能できなくては意味がない。



 各戦闘機、戦車、戦艦はそれぞれその高性能を生かし戦術的な勝利を手にするも。

 補給基地、飛行場、拠点にも幻獣が出現したため。

 効果的な補給を得ることができず敗退していった。



 補給基地、飛行場、拠点。

 今となっては遅いが。

 これらに効果的な作戦支持をだすことができれば、開戦初期に幻獣のほとんどを消滅させることすら可能であったかもしれない。


 




 だが、世界に強制認識魔法で“世界中が魔法を信じる”ことになればどうだろうか。

 “魔法”がある以上、そんなバケモノがいてもおかしくない。

 そう思い、攻撃や情報にためらいがなくなる。


 戦闘において最初の一撃。

 コレで勝敗が決まるといっても過言ではない。


 正確な情報とそれを信じ。判断する首脳。

 これらがあれば、開戦直後の混乱はかなり少なかった筈。


 また、魔法が世界中に知れ渡る以上。

 魔法を使うことに抵抗がなくなる。

 幻獣と戦うために、軍と魔法使いの連携がもっと早い段階でできただろう。



 現代の軍隊と、魔法使いの連合軍。

 犠牲は多いだろうが、今よりもっと有効な手立てが打てたはず。



 そして、結局。

 人々を救うために、近衛学園長は“禁”を破り。

 魔法の存在を世界中にばらした。


 超鈴音の目的はすぐ後に、達成されたのだ。 


  



 「――――だったら、僕はあの時!」



 超鈴音を止めるべきではなかったのではないかと、言おうとした瞬間。



 「ストップだ。ネギ」



 言ってはならないことを言おうとしたネギに、使い魔である青年は割って入った。


 
 「でも、ジローさん」

 「その考えは胸にしまっておけ。いくら考えても答えなんかでるはずがない」 



 そう答えなど出るはずがなかった。

 未来が見えないモノ達に出来るのは、その場その場で最善を尽くすのみ。

 
 あの学園祭。

 超鈴音を止め、悪を成すと決めたネギに。もう過去を振り返るコトは許されなかった。



 
 「なにより、あの時。……お前に協力するといった明日菜達のコトも考えてやれ」



 
 あの時。超鈴音が間違っていると判断し、ネギに協力したクラスメイト。

 そして、学園の魔法使い達。


 ネギが自分の行動を後悔し、誰かに話せば。

 それは話した相手を傷つけることになる。


 ネギを信じ、学園を信じたモノ達。

 彼らの決心を否定するようなことをしてはならない。



 「……でも」

 「でも、へちまも無しだ。それに今は生き残ることだけ考えろ……それでも、自分に罪があると思うなら」

 「思うなら?」

 「これからの行動で示せ」


 
 そういって、青年は赤毛の少年の髪をなでた。

 

 罪などあるはずがない。未来が視えないモノがあの時。アレ以上の決断はできなかった。

 それでも、全てを救いたいと願う少年にとって。
 
 死んでいったモノの命はあまりにも重く。



 だからこそ。


 「アイツも言っていただろう。起こってしまったことは変えられないって」


 
 嬉しいことであろうと、哀しいことであろうと。起こってしまえば全ては過ぎ去った過去。

 受け入れざるを得ない現実。だからこそ、人はその上に立って歩み行くしかない。

 そういったのは、夕映だっただろうか。



  
 「ネギ、お前が過去を振り返り反省するのはいい。だけど……」

 「だけど?」

 「過去に囚われて、今をないがしろにしたら意味はないぞ?」

 「………うん」



 まだ、納得したわけではない。納得できる筈がない。

 それくらい流れた血の量は多すぎた。

 だが。



 
 「それに、それを言ったら。俺が一番罪深い」



 と、ジローは小さくまとめた。




 超鈴音の計画を知りながら、学園に報告しなかった自分。



 本当に超鈴音を止めるつもりなら、あの時にガンドルフィーニに引き渡すべきだった。

 学園祭で何も混乱がなければ、その後。超鈴音を救い出すという手段もあったのだ。

 それをズルズルと引き伸ばしたがゆえに。カシオペア(タイムマシン)なんてモノを使われる事態になった。




 あの時。超鈴音を止めるのであれば。

 超鈴音をガンドルフィーニから守ったこと。それ自体が余分。

 結果論からいえば、ガンドルフィーニの決断はとても正しい。
 
 戦力が弱いうちに叩く。これは戦術の基本だ。

 まだカシオペアが使えない状態の超鈴音なら確実に勝てた。 

 その後の混乱と戦闘は偶然上手くいったとはいえ、危険はあまりに大きかった。



 そして、正直。魔法使いの判断は間違っていなかった。

 超鈴音を捕らえ、記憶を消す。

 これにより、事件は解決であった。

 ソレを止めたのは、ネギであり。自分であったのだ。

 

 あの時。超鈴音を止めれば。

 そうすれば、あの武道大会がなくなり。危険も去ったはずなのだ。

 あの武道大会を許可した学園長の判断は甘かったかもしれないが、超鈴音の記憶を消せていれば誤差の範囲内。

 充分に対応可能であったはずなのだ。



 さらに、あの時。ガンドルフィーニに超鈴音を差し出していれば。

 今現在、幻獣と戦う戦力は多数あったのだ。

 魔法力次第とはいえ、科学の力で動く機械兵士。

 彼らが大量にいれば、生徒達を危険にさらす可能性は確実に少なくなる。




 計画が未然に防がれようと、現実の脅威。

 幻獣を倒すために、超一派はその科学力を使ってくれるはず。

 立場の違いから、敵味方に分かれようと。

 目指す場所は同じだったのだから。





 逆に、その正当性。超鈴音に理があろうと。

 俺は、自分の道を信じた。

 ネギ達の味方をする。それだけを決めたのだ。

 

 もしネギのいうように、魔法が世界中に認識されたら。

 魔法界が手を貸してくれたかもしれないし。

 超鈴音が中心となり、魔法と科学によって世界を幻獣から守れたかもしれない。




 ならばどっちつかずの決定をした、自分の方が罪が重い。

 もっと、徹底すれば。確実にヒトを救えた。

 
 超鈴音の敵になるか、味方になるか。どっちを徹底しようと、今より確実に良い未来が築けたのだ。






 ならば、罪を負うべきは自分であり。

 責任をとるのも自分である筈だった。

 10才の子供より、年長者である自分こそが責任を取るべきだったのだ。




 「―――――え!?」




 ジローの呟きを聞き取れずに、聞き返すネギになんでもないと笑い。

 ムコウに行こう、そう伝えようとした瞬間に不機嫌な少女の顔が思い浮かんだ。


 



 「――――でかい悩みなら抱えて進め」

 「え!?」

 「長谷川が言ってたんだろ、その言葉」

 




 自分ではなく、年下の少女の言葉を伝えた。

 今回。多分、ネギも自分も多くの間違いを犯した。
 
 それは、吹っ切ることができないほど重いコトであり。開き直ることもできないコトでもある。

 


 「俺達は間違いを犯したかもしんねぇ」

 「うん」   

 「それでも、進んでいくしかないんだよな」


 
 悩みや疑問に答えてやることなんかできない。

 自分では答えが出ないことかもしれない。

 それでも、進むしかないんだと言っていた少女の顔が思い浮かんだ。



 ネギはそのときのコトを思い出したのか、痛そうに頭をさすりながらも笑っていた。

 長谷川の言葉が、ネギにとってどれほど大事なのか俺にはわからない。

 それでも、ネギの心。そして俺の心を軽くしてくれた言葉を思い出しながら魔法陣に向かって走り出した。  



 ネギと俺の心を軽くしてくれた、不機嫌そうな少女に心の中でお礼を言いながら。

 俺達はまた、前に進み始めたのだ。






 ◇◆◇◆◇





 魔方陣の前には皆が集まっている。
 
 それぞれの目には決意とこれからしなければならないコトに対する責任。

 その重圧に押しつぶされそうであった。



 どんな力を秘めようと、どれほど実力をつけようと。

 まだ10代半ばの幼いモノ達。

 

 たった一日の休憩と修行でどれだけ力をつけることができたのか?

 疑問に思わないものは無かった。


 だが、時間が無い。

 学園祭の時のように、ネギに演説でもしてもらい士気をあげておきたいところではある。

 しかし、この絶望的な状況。

 ネギに皆を力づけることは難しく、ただ黙って動くことしかできなかった。



 「―――――開門≪ヒスカツト≫」


 紡がれるは、コチラとムコウを繋ぐ呪文。

 迷い、戸惑い、恐怖。その全てを押し殺し光と共に彼らは元の世界へと返っていく。

 視界は白く染まり、元の世界。

 ミニチュアにしかみえない別荘から、ぞれぞれ等間隔に離れた場所に光と共に姿をあらわす生徒達。
 
 


 ――――だが、無事を喜ぶ生徒達の前に現れたのは無数のゴブリン達であった。






  
 ◇◆◇◆◇




 「――――――なっ!」



 目の前にいるのは、ゴブリン。

 小型幻獣といわれるモノたちだが、その圧倒的な物量によって人類を何度も窮地に追いやった厄介な敵。


 

 ミニチュアの別荘の周りには、幾つモノ壊された家財道具。

 ココに進入する時に壊したのか?

 ソレによって、何人か視界に入らない。



 ………あとで、エヴァンジェリンに怒られそうだな。

 いまだ別荘でくつろいでる、エヴァンジェリン。

 アイツに見つからないうちに、後で片付けておこう。




 

 だがソンナことは今はどうでもイイ。問題はなぜここにゴブリンが居るのか? ということだ。

 ココまで攻め込まれたのか?

 だが、ソレにしては銃声がほとんど聞こえない。

 

 ――――ならば。




 「刹那、楓。――――――宮崎さんや夕映ちゃんを頼む!」

 「了解しました」

 「――あいあい♪」




 この場で、最強の2人。

 なにより、分身ができる楓は最悪この2人を安全な場所に避難させることができる。


 自分自身が戦い、影分身が宮崎さんや夕映ちゃんを救う。

 もしくは結界を張ることができる刹那が助ける。


 後のメンバーはゴブリンに負けそうな奴はいないはず。


 
 
 「―――――。つーか、いらない心配かねこりゃ?」



 だが、ゴブリン程度に負ける奴がいないどころか。

 小太郎と古菲は嬉々として、ゴブリンを葬っていく。

 
 この分なら、宮崎さんや夕映ちゃんに敵がいくことも無かろう。

 だが、念には念をという言葉もある。


 

 大勢いる雑魚は小太郎たちに任せ、夕映ちゃんたちのところに走る。

 刹那と楓を信頼していないわけじゃないのだが、万が一ということもある。


 ネギは………大丈夫だろう。
 
 少なくともあの超鈴音を止めたのだ。実力はかなり上がっている筈。





 「――――――ッチィ!!」



 ネギに一瞬、視線を向けた瞬間にゴブリンが殺到してきた。

 人間に近い形をしていながら、決して人間ではないその形状は古流の組討術が効くかすら解らない。

 殺せばすぐに消えてしまうため、その肉体構造もわかっていない。

 
 故に、コイツラを引き裂くには単純な力勝負。

 

 アーティファクトを召喚する暇すら惜しく、真正面から襲い掛かるゴブリンの顔面に掌底を叩き込む。

 僅かに、浮き上がる身体。体長が精々1メートルだからこそ簡単に決まる技。

 
 その勢いのまま地面に―――――頭から叩きつける。



 ――――空手でいう合戦手の型である。


 本来は相手の顎を掌底に当て、頭を浮かした状態で叩きつける技だがそんな余裕はない。

 顎がわからないくらい埋まっているコイツを殺すには、まず一つしかない目玉を抉りながら掌底を決め。

 痛みに動きが止まった瞬間に、叩きつける。

 

 女子供に見せるには少々残酷な殺し方だが、今は少しでも相手が怯む戦い方をするべきだろう。


 多勢に無勢。波状攻撃でこられたら俺達はよくても、宮崎さんや夕映ちゃんに危険が及ぶ可能性もある。

 生徒の命は最大限、守らなければ。
  


 武器を抜きたいが、俺の武器は大きすぎて室内では同士討ちが怖い。

 ネギや小太郎は能力こそ高いが、まだまだ経験不足。

 狭い場所で大技を使われては俺達はよくても、のどかちゃんや夕映ちゃんが危険だ。

 ヘタに巻き込まれでもしたら、大怪我をしかねない。



 



  

 なにより………これ以上、この家を壊したら後でエヴァンジェリンに後で殺されかねない。

 ぶっちゃけ、幻獣よりエヴァンジェリンのほうが怖かったりする。



 

 「――――刹那、楓。2人を背負って動けるか?」

 
 壊された家財道具のせいで、一瞬見失ったが無事なようだ。
 


 だが、のどかちゃんと夕映ちゃんの戦闘能力は【まだ】低い。

 誰かに守ってもらう必要がある。



 ゆえに、負担を強いることになったが2人は何も言わずに頷いてくれた。

 こういうときは本当に素直でありがたい。



 

 ………いつも、こうだといいなぁ。 
 
 なんか最近、逆らうというわけではないが。凄く冷たい視線を感じるし。




 シャークティー先生と仮契約したコトで味わった生き地獄。

 あの恐怖の時間が過ぎ去ってから、あの2人が怖くて仕方が無い。



 
 ……まあ、カモの計略とはいえ。シャークティー先生をキズモノにしてしまったのは事実。

 


 だからと言ってはなんだが、学園祭終了後「―――――やっぱり責任を取って。シャークティー先生に結婚を申し込むべきかな?」
 
 
 
 と、刹那と楓に相談した時の2人は凄かった。

 もう思い出したくないほどに。



 いやね、分かるんですよ。それじゃ責任取ったことにはならない! とか。

 そもそも、生徒に恋愛相談持ちかける教師ってどうよ? とかは。



 でもなにも、泣きながら攻撃しなくてもいいじゃないか。



 危うく涅槃にいきかけたよ、俺は。



 そこまで嫌われてしまう自分が少し情けない気もする。

 楓や刹那からみても俺って、シャークティ先生に嫌われているように見えるのだろうか? 

 結構、教会の修繕とか頑張ってるのになぁ。





 「ぬう、なにやらもの凄く理不尽な怒りを感じるのでござるが」

 「――――私も、感じるな」
 

 

 この殺気に溢れた惨殺空間でも妙に勘のいい2人から意図的に視線を逸らしつつ、表にでる。

 あのままあの場所にいたら、なにを感づかれるか分かったものじゃない。

 もう、あの妙なプレッシャーは感じたくないのです。 
 

 

 まあ、今はそんな事を考えている場合でもない。



 待ち伏せしているであろう幻獣を警戒しながらも広い場所を求めて、外にでた。



 
 ………だが外にいるであろうと思われた幻獣の姿は無かった。


 

 おかしい。本来ならココにも多くの幻獣がいると思ったのに。

 最悪、ミノタウロスが外にいたら。

 生体ミサイルを家に撃ちこまれる可能性を恐れたんだが。


 違うのか? 防衛ラインが突破されたわけではないのか? 


 では、ココまで攻め込まれたのでないならば、俺達を狙っていた?

 情報を得て、暗殺しようとしたのか?





 だがソレにしては、数が少なすぎる。

 このメンバー、夕映ちゃんと宮崎さんを抜かせば戦闘タイプばかり。

 

 ………しかもかなり凄腕の。



 なにか、気になる。

 何を考えている? イヤ、そもそもコイツらに考える知性があるのか?

 口も存在しないコイツらにはそもそも意思疎通ができるかすら怪しい。

 唯一、口があるのはヒトウバンだが。

 コイツは人間を張り付かせて「助けて、苦しい」と叫ばせているだけ。

 もう死んでいるとしか思えない人間が喋ろうと、ソイツと意思疎通ができるとは思えない。




 ならば、偶然ココに辿り着いたのか?

 ソレにしては周囲からは戦いの気配が感じない、ということはココまで攻め込まれたわけじゃない。


 どういうことだ………。考えがまとまらない。

  

 


 迷ってる暇は無い、この場で怖いのは不意打ちぐらい。

 初手をかわせたのなら、後は殲滅するのみ。






 ◇◆◇◆◇
 




 「――――ちょっと、遅かったみたいだね」

 「――――だな」



 
 早乙女の言葉に頷きながらも、下を見下ろしていた。

 目の前に見えるのは、魔法や剣でゴブリン共を殺していく非常識メンバーズ。

 

 何度視ても、非常識にしか思えない。

 ゴブリンは力こそ幻獣の中で最弱と言われているが、その圧倒的な物量は何度も人類を苦しめてきた。

 
 
 だが、圧倒的多数だろうと所詮は小型幻獣。

 戦車より強いと言われる魔法使いとその従者にはかなわないのか。

 確実にその数を減らしていく。

 
 
 まだ下は危険だろうか?

 だが、もう下に降りなければならない。




 「………確かにここまで幻獣が来たことは、危険だが。ジロー君達でも対応できたんじゃないかな?」

 「そうじゃのう、むしろワシ達は後退する幻獣のケツを蹴っ飛ばしにでも行ったほうがいいんじゃないかのう?」

 


 私の横には龍宮から知らせを受けた、高畑と学園長がいる。

 少し下品な学園長の例えに、マユを顰めるがそういわれても仕方ない。

 小型幻獣は浸透しようと、人間で対処可能だ。

 大型幻獣は、隠れて学園内に侵入なんてコトは不可能。

 その大きさが邪魔をして、見つかっちまう。


 ならば後退する幻獣、大型や中型を魔法使いが少しでも削っておいたほうが後々戦いやすい。 


 ココまでゴブリンを浸透させることが、敵の目的なら恐れることはない。



 だが、必要なのはこれから。

 この先。彼らの戦力より、彼らの戦闘経験こそ必要になるはず。




 「葛葉先生はこれなかったんですか?」

 「ちょうど反対方向を守っていたからの、コチラには間に合いそうに無いんでそのまま追撃戦をお願いしたぞい」



 

 ――――チッ!



 仕方が無いとはいえ、危うく漏れそうになった舌打ちを噛み殺す。

 だが最高司令官である学園長が、一介の女子中学生の“たわごと”を聞いてくれたのだ。

 この機会を最大限、使わなくてはならない。 


 
 「下に一緒に降りてください」



 私の考えが間違っていれば、何も問題は無い。

 私が恥をかくだけのこと。

 


 だが「当たってしまったら」最悪のパターンになる。

 考えを口出すことはせず、学園長と高畑先生に頼み込む。

 

 そして、早乙女に合図をおくり。

 ゴーレムは静かに地上へと降りていった。



 


 ◇◆◇◆◇

 



 「――――――高畑先生!?」




 空から降りてくる私達4人。

 学園長、高畑先生、早乙女、そして私。


 その4人が降りてくるというのに、なぜか高畑先生しか目に入らないウスラバカ一名。

 だれかは、その名を言うまでもない。



 つうか、アンタには高畑以外はオマケか!?




 「恋する乙女っていうのは、盲目なもんだよ?」

 「そして、私の頭の中身を勝手に読むな。不良副担任!」




 ―――――酷っ!

 
 とか叫んでいるが、そんな抗議は受けつけない。

 私だけじゃなく、複数の女生徒から思慕の念を送られているのに気がつかず。



 にもかかわらず、こんなコトばかり気がつくのだから腹が立つ。


 
 そして、コイツを好きになった自分にはもっと腹が立っていたりする。





 「―――き、今日はどうされたんですか高畑先生」

 「それが、長谷川君に呼ばれてね」

 「え!? ――――――― 千雨ちゃんにですか?」



 そして、相変わらず私達のことには少しも気にしないで高畑にラブメッセージを送っている約一名。

 オマエ、ふられたんじゃなかったのか?

  

 そして生暖かく見守っている、いつもどおりの面々。

 戦闘が終わったばかりだと言うのに、コイツラは随分と余裕がある。



 
 だが、ソレも当然なのだろう。



 ゴブリンばかりが相手、更にはコイツラは“慣れて”いる。

 色ボケになってるバカレッドは、とりあえず無視するとして。

  

 小太郎に桜咲は“裏”のファンタジー世界じゃあ相当の能力者。

 小太郎は何度か死にそうな目に合ってると言っていた。

 それなりの死線はくぐり抜けている筈。




 甲賀忍者中忍である、長瀬楓の力はその小太郎を凌ぐほど。


 そして、通常人の中では極限まで体術を極め。氣をコントロールできるようになった古菲。

 

 クラスメイトを守らなければいけない、という責任が無い戦い。

 それに中型、大型幻獣がいなければコイツラならほぼ楽勝ってことか。

 

 ――――問題は。
  
 

 
 「大丈夫か綾瀬、宮崎」

 「は、はいです」

 「な、なんとか〜」



 
 この2人ぐらいだろう。

 2人とも一般人。氣や魔法なんてとんでもバトルどころか、ケンカすら知らない女子中学生。


 最近になって魔法を習い始めたとはいえ、まだ実戦的な能力はほとんど無い。

 目の前でおきた戦闘に腰を抜かしている。

 

 だが、まだ倒れてもらっては困る。

 特に、コイツには。




 「―――宮崎、疲れてるとこ悪いが。一つ頼みがある」 

 「はい?」




 不思議そうに、コッチを視ている宮崎に心の中でスマンと告げる。

 人一倍内気な宮崎に頼むには、少し心苦しい。


 だが。





 「オマエのアーティファクトで私の心を覗いてくんねえか?」




 言わなければならないことだった。



 


 ◇◆◇◆◇





 「オマエのアーティファクトで私の心を覗いてくんねえか?」





 修行先から帰ってきた、その瞬間を狙ったかのような幻獣の奇襲。

 それをやっと撃退したばかりだというのに、千雨さんがのどかに爆弾発言をしてきたです。

 



 「―――――な、なにを言っているデスか?」

 
  
 
 少し噛んでしまったが、気にしないです。

 何を考えているですか、千雨さんは?

 自分の心が読まれてしまうのですよ?

 隠していたい恥ずかしいこととか、知られたくない秘密とか。

 常識人なら、そんな事はしないはずです。




 ま、まさか。どさくさにまぎれてココでジローさんに告白しようなどと。


 公衆の面前で既成事実をつくり、しかも羞恥から告白できないという最悪の事態をさける戦略?


 そしてあわよくば、そのままなし崩し的にジロー先生のハートをゲットしようなどと――――。


 
 
 ――――ダメです。断固阻止するです!





 「ち、千雨さ――――ん!?」




 だが、あげようとした抗議の声はあまりにも真剣な千雨さんの顔をみて止まってしまった。

 これはふざけ半分でも、不埒なコトが目的でもない。

 

 なにより、その目が何かを訴えている。




 「の、――――のどか!?」


 
 そして、横では狼狽してるのどかの姿。
 
 のどかのアーティファクトは人間の心を読んでしまう能力。

 正確には【表層意識を探る能力】だが、その能力をのどかは決して悪用しない。


 ヒトの心を覗くことは“悪いこと”と考えている。


 そんなのどかの考え方は嫌いではないし、友人としてとても好ましく思っている。


 だからこそ、千雨さんの突然の言葉にパニックになっているのも解る。


 

 「あ、エ――――と」 
  
 「おお、イイジャン。イイジャン。千雨ちゃんのミステリアスな心の中身。私にも見せて〜♪」

 「早乙女、おまえは黙ってろ。綾瀬も止めんなよ?」

 「し、しかし―――ですね」
 
 


 どうすればいいのかパニックになってるのどかを、ハルナが囃し立てている。

 こんな危険な状況でも、ハルナの性根は変わらないですね。

 

 「で、でも。そんな事できないよ」 
 
 「イイジャン、千雨ちゃんがイイって言ってんだし♪」
 
 「そ、そんなー。綾瀬さんも、早乙女さんに何か言ってよ〜」

 




 のどかが嫌がっている。

 彼女は、基本的にヒトのプライバシーを暴くようなことはしない。

 いくら千雨さんが了承しているとはいえ、できるならそんなコトをしたくないに違いない。

 
 強引にアーティファクトを使わせようとしているハルナに、裁きの鉄槌とばかりに百科事典を振りかぶる。

 本は読むものであって、殴るものじゃない。とかそんな突っ込みは受けつけないです。
 
  


 ハルナに鉄槌を下すべく、本を振りかぶった瞬間。
 
 ハルナのかけている眼鏡に、後ろの景色が写った。

 それは先程、のどかに無理難題を押しつけた千雨さんの姿。

 その手には何故か中学生が握るには大きすぎる銃があり。



 なにを? ―――――と思った次の瞬間。



 その銃口が……火を噴いた。

 

 普通の一般人では決して見えないはずの弾丸。

 それがなぜかスローモーションのように、動いている。

 視界の隅には叫ぶアスナさんの姿。そしてコチラに走り出すネギ先生や刹那さんの姿。

 いつもなら決して見えない動き。


 
 にもかかわらず、まるで紙芝居のようにコマ送りに見えている。 



 だけど、なぜか追いつけない。

 見えている銃弾にも、みえている刹那さんやネギ先生の動きにも。




 そして、その銃弾は。最も親しい友である“のどか”の胸に小さな穴をあけた。

 一瞬、体がよろめいたかと思うと。そのままゆっくりと、のどかは崩れ落ちていく。



 胸にあいた小さな穴からは、何も流れず。


 ただ、紅い穴だけが空いている。
 




 「――――の、のどか?」




 なにが起こったのか、理解できない。

 【ドッキリ】なのか?

 いや、こんな悪趣味な冗談をのどかが協力するとは思えない。

 でも、あんな大きな拳銃。のどかのように小さな体ではもっと吹き飛んでもおかしくないのでは?

 テレビの映像ではもっと簡単にヒトは飛んでいた。

 では、コレはヤッパリドッキリ?

 そうだ、彼女が死ぬ筈なんてない。

 それも、親しい友人に殺されることなんてあるはずがない。
 


 だが、その次の瞬間。




 ――――――ゴフ!





 動かない筈の、のどかの口から血の塊が吐き出された。

 胸の穴からはおびただしい血液が流れ出している。

 その、鉄錆くさい匂いに。




 私のナニカが切れた。




 「―――あ、」 

 
 
 感情が追いつかない、見ているものが信じられない。




 「ッヅ――――は、ぁ」





 息が止まる、見ているものが理解できない。

 だが、硝煙と鉄錆の香りが脳髄に叩き込まれた瞬間。


 考えるコトすら忘れて、体が動き出した。

 


 ―――――アイツが殺した!


 


 私の親友を殺したモノに。懐に入れていたモノ。

 エヴァンジェリンさんに借りていた、儀式用の短剣を突き出した。

 儀式用とはいえ、それは立派な魔法の品。

 一般人レベルの彼女を殺すには、充分すぎる武器。




 

 ◇◆◇◆◇




 

 長谷川のいきなりの行動、それを止めようとした刹那たちは虚をつかれ“初動”が完全に遅れていた。

 彼女の手には、大きなリボルバーといわれる拳銃の姿。

 オートマチックに比べて、弾数は少なく。

 サイレンサーもつけにくいということから、使う人間はかなり少なくなっている。

 


 だが、そのオートマチックに比べて簡単な使い方や点検部品の少なさ。

 故障の少なさからまだ愛用している人間も多くいる。



 特に、実戦経験が少ない学生兵には人気の型らしい。


 その拳銃を握った長谷川は、カタカタと震え。

 今にもその拳銃を取り落としそうだ。


 彼女が幻獣に乗っ取られたのではないか、そう疑ったがソレはない。

 幻獣には死体に寄生したり、生きたまま体に取り込む奴もいる。

 だが、少なくとも撃ったコトに恐怖するなんてコトはない。

 

 ならば、彼女にはなんらかの目的があったということだ。

 ネギが尊敬しているといっていた少女。

 詳しい話を訊かなくてはならないが、長谷川を尊敬してるというのは俺も同感だ。

 常に冷静な判断ができる彼女の存在はネギにとって、きっといい影響を与えている筈。

 その彼女がおこなった凶行。それにはきっと意味があるはず。




 そう思い、長谷川に向き合おうとした瞬間。彼女に―――――刃がせまっていた。

 
 
 目の前で止められなかった凶行を悔いてか、それとも単純な怒りの衝動か。
 
 夕映ちゃんの手には、儀式用の短剣。




 それが長谷川の胸を突き刺そうとしているのを見て、気がついたら体が動いていた。

 高度な魔法も、体術もない反射的な行動。

 何も考えず、手に強化の【魔法】を叩き込む。

 
 狙いは、夕映ちゃんが持つ短剣。

 魔法で強化すれば、並みの武具ではその防壁を突破できないはず。

 無詠唱、咄嗟の行動。更にコッチにきて短い俺の魔法能力が悲鳴をあげる。

 きちんとした道筋を立てない術は、簡単に体を害していく。

 ソレを補うのは、鍛錬を重ねた業のみ。

 壊れかけた心臓≪エンジン≫に火をともし。ギアをあげて加速する。



 魔法が足りなきゃ、身体能力で。それでも足りなきゃ鼓動≪ギア≫を上げて加速する。

 脳のシナプスは破裂寸前。次々に起こる予定外のアクシデントにパニックをおこす。

 
 頭はパニック、心臓は破裂寸前。
 
 それでも、守るべきものに手を伸ばし。




 「――――――チィッ………!」





 ものの見事に、その短剣は俺の手を貫通していた。

 

 奔る鮮血、それは俺の手を通して長谷川の顔を濡らす。

 刺さる筈の短剣は、俺の掌を貫通し彼女の手前で止まってくれた。


 魔法の【強化】は最低限の効果はあったようだ。

 少なくとも、長谷川は守れた。


 

 だが、無理な術の行使。

 更にはいきなりトップギアに叩き込んだ心臓は急には止まれない。

 ドクドクと刻むビートは、掌の血管を通しわかりやすく噴射しながら存在を教えてくれた。

 心臓の鼓動と共に流れ出す血は、長谷川だけでなく夕映ちゃんまで赤く染め上げる。



 このビートは心臓を止めない限り止らないだろうが、とめるわけにはいかない。

 仕方無しに、ポケットに突っ込んだままのハンカチで手首から掌まで縛り上げる。


 
   

 「―――――っあ、ああ」

 「落ち着いて、夕映ちゃん。もう大丈夫だから」

 「で、でも。だって」
 
 

 
 パニックをおこしている夕映ちゃんを、懸命に落ち着かせる。



 つうか、痛みと突然の行動。更には次々と起こる異常事態に誰よりパニックをおこしていたのは俺だった。

 愛用の木刀を取り出すこともできず、アーティファクトすら召喚できず。

 長谷川を守ろうとして、掌で儀式用の短剣を受け止めちまった。


 
 戦闘が終わったばかりということもあり、気を抜いていたこともある。

 

 だが何より、夕映ちゃんの努力の成果でもあるのだろう。

 魔力で強化されたその短剣は。俺の魔法障壁を容易く破り、掌を貫通していた。



 ジクジクと痛む手を無視して、長谷川を見る。

 やはり、その瞳には【理性】がある。

 これは幻獣に操られているわけでも、乗っ取られているわけでもない。

 それにその理知的な目は、彼女が今の行動を少しも後悔していないことを意味していた。 

 寸前で止められた短剣をみて。顔が青くなっているがそれ以外は無事だ。

 それに、今はソレどころじゃない。







 「ネギ、アーティファクトカードの力で召喚しろ!」

   



 とりあえず、3分以内ならどんな怪我であろうと治す木乃香のアーティファクトにかけるしかない。

 ネギも了承したのか、すぐさま呪文を唱えようとしている。



 のどかちゃんのカードさえ死んでいなければ、生存の可能性はあるはず。



 
 「それだけじゃねぇ、宮崎も一緒に召喚しろ!」

 「――――え!?」
 
 「ワケはあとで話す、今は信じろ!」 

 「何いってんの、のどかはそこにいるじゃない?」




 外側から聞こえる声を無視し、長谷川はネギに向かって叫ぶ。



 ―――――どういうことだ?




 なにかわけがあるとは思っていたが。

 
 

 ネギも判断に迷っていたが、結果は同じ。

 宮崎さんがソコにいようと、召喚すれば自分の近くにくるだけ。


 そう判断し、紡がれるは召喚の呪文。


 

 ―――――召喚<エウオケム・ウォース>! ミニストラエ・ネギイ、宮崎のどか、近衛木乃香!




 紡がれし召喚の呪文に、光輝く六芒星が現れる。

 それは召喚の魔方陣。基本である六芒星をなぞりながら円が広がっていく。


 そこに現れたのは治癒術師、近衛木乃香。

 3分以内なら、どんな怪我でも治せるという最高峰のアーティファクトをもつ少女。

 完全治癒は一日一回しか使えないが、今はそれに賭けるしかない。




 そしてその傍らには、目の前で倒れている宮崎さんとは別の―――――。





 「え、これってどういうこと?」

 「み、宮崎さんが2人?」


 
 ―――――宮崎のどか、がいたのだ。








 ◇◆◇◆◇







 「――――――話は後だ、近衛。目の前にいる宮崎を治してくれ」

 「なんや分からんけど、解った!」




 突然召喚されて、多少驚きながらも近衛はすぐさま治療に入ってくれた。

 ありがてぇ。今はコイツみたいに図太い人間がいてくれるだけでありがたい。


 多分だが、宮崎の命に別状は無い筈。


 宮崎が死ねば、仮契約カードも死ぬ。

 ネギ先生が宮崎との仮契約カードで召喚できたのだから、死んじゃいねぇはず。



 私を警戒し、あわよくば攻撃しようとしていた桜咲や長瀬も事態の推移についていけずパニックをおこしている。

 仕方ねぇ思う。私がコイツラの立場だったら絶対に【私】を疑う。

 むしろ、いきなり味方を撃った私をすぐさま助けた【ジロー先生】が異常なのであって。
 
 私を殺そうとした綾瀬や、警戒してる桜咲や長瀬が普通なのだ。

 





 だが今は、礼を言ってる暇はない。




 「―――綾瀬、ソイツをアーティファクトで視てくれ!」

 


 綾瀬に手で後ろを振り返るように指示する。

 目の前には、かつて宮崎のどかだった【モノ】。


 見た目、華奢だった体は液体のように溶けてく。

   
 


 「な―――なんなのですか?」

 「幻獣だ、新種かもしれねぇ―――――急げ!」

 


 私の言葉に疑問を飲み込み、綾瀬はアーティファクトをだした。

 綾瀬のアーティファクト。


 【世界図絵】は魔法に関するあらゆる問いに答える魔法百科事典。



 疑問を感じつつも、冷静に対処できるのは流石だと思う。

 私が撃った宮崎が偽者だったコト。

 私がなぜそれを見破ったのか、そんな疑問をぶつけたいのを我慢し。今、しなければならないコトをしてくれている。



  


 「あ、ありました。でも何で?」

 「いいから、その情報を記録してくれ。ついでに、ソコにいる先生達に見せるんだ!」




 その言葉に慌てたように、そのアーティファクトを覗き込む先生達。

 ついでに万が一、宮崎に化けていた幻獣が『まだ』生きていても対処できる筈。




 ―――――これでこの学園を守る魔法使いに情報がいった。




 戦闘経験が多い、この2人。学園最強の魔法使い。

 できれば氣と剣術の達人。

 葛葉刀子にも見てもらいたかったのだが。

 本や情報と実際に見るのじゃ結構違う。魔法の専門家以外の意見も訊きたかった。


 

 だが、こないものは仕方がねぇ。

 生粋の戦闘者どころか、一般人レベルの私にできるのはこの程度。
 
 後はこの情報を、魔法使いが有効利用できるコトを祈るしかない。  





 幻獣の情報があったことに、綾瀬は驚いてるが少し考えりゃ分かることだ。



 

 確かに幻獣が【魔法】でできているとは思えねぇ。

 また、幻獣の種類まで言い当てる能力が【世界図絵】にあるとも思えねぇ。





 ――――だが、魔法界が知っている可能性はある。 
 



 いくらコチラと関係を絶ったからといって、幻獣が確実にムコウ。

 魔法界に攻め込まないとは限らない。

 

 ただでさえ幻獣のメカニズムは謎が多い。

 死ねばすぐ消える体。それは生け捕りにしない限り生物実験ができないことを意味する。
 
 そして突然現れる、その瞬間移動にも似た移動方法に多少の脅威を感じている筈。


 
 だから、情報収集をしている。

 コッチの戦争に関して、幾つモノ情報を魔法界が手に入れている可能性がある。

 

 いつか魔法界に幻獣が攻め込んでくる可能性。

 ソレを考慮すりゃあ、桜咲が使う式神みたいな使い魔。

 偵察専用の魔法具、私みたいなネット専用のアーティファクトで世界の情報を探っている筈。


 
 新しい幻獣、まさか日本で最初に使われたとは思えねぇ。

 これだけ巧妙に入り込んでいたんだ、以前に失敗してる筈。

 一回も失敗せずに、ココまで成功できるとは思えねぇ。
 

 

 だからきっと、もっと早く使われた場所があるとは思っていた。

 

 ならば、まほネットから自動更新できる綾瀬のアーティファクトなら。

 簡単に情報を引き出せると思ったが、ビンゴだったようだ。




 私がネットから引き出してもいいが、時間がかかりすぎるし。

 ハッキングしてることに気がつかれたら、それこそ取り返しがつかねぇ。

 つうか、魔法界とコッチがネットで繋がってるとも思えねぇ。

 回線を切っている可能性もある。




 今回情報を仕入れることができても、次回にガードされてたら厄介なことになる。


 

 「―――――っで、ソイツ死んでるのか?」 

 「はいです。どうやら人間に変身する能力があるらしく、第五世代というらしいです。それ以上は……」




 細かい能力は後で聞くしかねぇか。
 
 まほネットの情報と、今回の情報。上手くいけば魔法界と情報交換できるかもしれねぇ。



 だが。なによりラッキーだったのはコイツが銃弾で死んでくれるような奴だということだ。

 最悪、高畑レベルの強さだと不味いから学園長と葛葉先生も呼んだんだが。

 私でも不意をつけば殺せる奴で助かった。

 


 「―――――せっちゃん、皆。のどかが目を覚ましたぇ〜」




 あっという間に、怪我を治した近衛の近くで宮崎が首を押さえている。




 「だ、大丈夫ですか、のどか。一体なにがあったです?」

 「そ、それがなにがあったのか。別荘からでた瞬間になんかで首を殴られて。あとは」

 「気絶した瞬間に他の場所に連れてかれたんだろうよ」



 その、宮崎の言葉を受けて近づく。

 綾瀬が私を警戒しているが、そんな事を気にしている場合じゃねぇ。


 

 「宮崎、すまねぇがまず私の。それから皆の心を1人づつ読んでくれねぇか?」 

 「え、でも」

 「今、オマエに変装した幻獣がココにいた。もう一匹いるかもしれねぇ」

 「待つです、のどかは今治ったばかりですよ。それにさっきのコトもちゃんと説明を!」

 「ワリィが、説明してる暇はねぇ。最悪、もう1匹。その第五世代って奴がいたら……時間が勝負になる」 
 
 「む……もう一匹ですか」





 綾瀬は今が一刻を争う事態と分かってくれたのか、黙ってくれる。
 
 バカレンジャーの1人ではあるが、実際のコイツはかなり頭がいい。

 勉強も真面目にやれば、相当なレベルまでいける筈だ。 

 

 
 「よく分からないけど、分かりました」

 「すまねぇ。まずは私から、ついで学園長、高畑先生。後は戦闘メンバーから順番に頼む」




 まだ怪我から治ったばかりだったが、宮崎は緊急事態だと分かってくれたのかアーティファクトを呼び出している。

 もういないとは思うが、警戒だけはしておきたい。




 まずは、仲間を殺した私から。

 偽者とはいえ、宮崎を撃った私が一番疑わしい。

 そう思う奴が出てきてもおかしくねぇ。

 無用な疑いは先に晴らしておきたい。

 


 その次に、戦闘能力が高い奴から幻獣が化けている可能性を疑う。

 学園長が幻獣に擬態されていたら、最悪だ。

 学園最強の魔法使い、ソイツを奇襲で倒せるような相手なら。

 高畑先生と葛葉刀子で押さえ込むしかねぇ。
 
 魔法使いじゃ無理そうだから、戦闘者として優秀な高畑先生と剣士である葛葉刀子にお願いしようと思ったんだが。

 心配のしすぎだったか。

 不意打ちとはいえ、私でも殺せるレベルなら学園長が不覚をとる事もないだろう。

 ココに葛葉刀子がいない以上、学園長が幻獣に入れ替わってないことを祈るしかない。




 だが、もう一匹いれば。時間が立てばたつほど気絶させられた奴の危険が増える。

 最悪、殺される可能性もあるんだ。 

 


 戦闘はもう終わった筈なのに、親しかった友すら疑う冷たい時間が過ぎていった。





 


 ◇◆◇◆◇
 

 
 

 最後の1人が終り、全員が気が抜けたような顔になっている。
 
 宮崎のアーティファクト。
 
 それは名前さえ分かれば、ソイツの心を【読む】コトができる力。

 たとえ変身しようが、名前が変わるわけじゃねぇ。

 ならば【偽者】なら心が読めない筈。心が読めない人間。


 

 ――――――ソイツが、幻獣だ。

 

 だが、結局。宮崎以外の人間は誰一人、入れ替わっていなかった。

 その事実に安堵し、簡単な説明を終えた私の傍に綾瀬が来た。






 「それは、わかったですが―――――そもそも、なんでそれが貴女にわかったですか?」

 


 綾瀬が冷たい視線を私に送っている。
 
 そりゃそうだろう。

 偽者とはいえ、親友の『宮崎』を躊躇いもなく【殺した】んだ。

 
 
 それで、親友が助かろうが見たモノは決して消えない。

 下手すりゃトラウマになりそうな衝撃映像だ。
 
 こういうのは、理屈や理性じゃとまらねぇ。

 いつもはお気楽なメンバーも、私を疑いの目で見ている。

 

 疑惑の視線が私に突き刺さる。

 分かっちゃいたんだ、こうなるコトは。
  
 結果オーライですますにゃ、さっきのことは重すぎた。

 

 偽者と解っていようと、幻獣みたいなファンタジーの住人じゃねぇ。

 見た目がマトモな人間を殺せば、まわりから『浮く』ことぐらい解っていた。 




 だが、このまま逃げるわけにゃいかねぇ。

 きちんと説明し、皆に理解してもらい。これからのことを話さなくちゃならねぇ。





 ―――――だが、怖ぇぇ。
 




 元々、私は人前にでることは極端に苦手だ。

 それに、こんなリスクの高い勝負なんざしたかねぇ。

 話さなきゃいけねぇのは解ってる。さっきは戦闘後で興奮しまくってたから勢いでおせたが。



 今となっちゃ、怖くて動けねぇ。みんなの冷たい視線が私を縛りつける。


 せめて、だれか。私を信じてくれたら。

 そう思って、アイツを探した。


 

 ――――次の瞬間!






 「―――――って、なにしてやがんだ。テメェは!!」






 せめて、コイツだけは私を優しく見守ってる。

 そう思ってた副担任は、マッタリとのほほん茶なんか飲んでやがった!



 さっきまでの私の緊張を返せ! とばかりにアーティファクトの杖を投げつける。

 ぶっちゃけ、戦闘には無用の長物なので壊れたってきにしねぇ!



 「いや、戦闘で疲れちゃったから水分の補給を………」  

 「――――、ジロー君。それはアカンって」

 「………」





 近衛が優しくたしなめているが、他のメンバーは一様に白い目を向けている。

 ちなみに、私もその1人だ。

 人が一大決心して話してるってのに、なにしてやがるんだ。


 

 ―――――ったく。おかげでさっきまで私に向けていた白い視線も………?



 白かった視線が消え。


 さっきまでの張り詰めた空気が多少和らいでいる。

 しょうがないなぁ、という諦めや苦笑。なにより高畑先生や学園長までコッチをみて笑っている。

 その顔はまるで………。イタズラをした子供を見守るようで。






 ………わざとか?
 
 全員から、冷たい視線で見られてた私の緊張と皆をリラックスさせるために?

 自分から嫌われ役をかってでたのか?



 


 その意味と知り、もう一度アイツをみると。ニヤリと笑っていた。

 その顔をみて、全てわかった気がした。

 宮崎の偽者を殺したときも、それをみた綾瀬が私を殺そうとしたときも。

 当たり前のように、私を信じてくれていたんだと。
 

 そのために泥を被ってくれたんだと。



 その不器用な優しさに胸が温かくなり「さんきゅ」とちいさく答え、私は話しはじめた。

 私が知る、いやこの結果になるであろう推理と。これからのコトを。
 
 



 ◇◆◇◆◇
 






 「―――――最初に違和感を感じたのは、攻められたときなんだ」





 ネギま部『白き翼“ALA ALBA”』がいない時に攻め込まれた。

 戦力が少ないときに叩く、これはあらゆる戦場での鉄則といってもいい。

 学園祭で活躍したネギま部のメンバーの力。それは確かに驚異的であろう。



 そして、それを見越したように動く幻獣。

 あまりにもタイミングがいいその動きに、スパイがいる可能性がある。





 最初は、そう思っていたのだ。





 「ですが、―――――それは少し変なのでは?」 





 そう、綾瀬のいうとおりなのだ。

 仮にスパイがいるとして、攻めてくるタイミングがおかしいのだ。

 ネギま部の能力は、確かに戦力として大きい。 

 だが、戦力ということでなら。高畑先生や学園長にはまだまだ敵わない。

 


 ならば、ネギま部がいないときより。

 この2人がいないとき。もしくは疲弊して戦えないときに攻めて来るべきなのだ。

 どんな人間でも体力、魔力の限界はかならず来る。

 特に高畑先生の感卦法は、あらゆる能力がアップする反面。消耗が激しい。



 攻撃に緩急をつければ、いないときに攻撃をすることも可能なのでは?


 



 ――――――ならば、偶然か?





 だが、それにしてはタイミングが良すぎる。

 ネギま部、その戦力を警戒したのは間違いない。

 



 ――――――それでは、そのスパイがコチラの情報をほとんど知らなかった?


 

 ネギま部『白き翼“ALA ALBA”』より、高畑先生や学園長のほうが危険だということを知らなかった?


 
 これも、ありえない。

 少なくとも、ネギま部が別荘に篭ることを知っているレベル。

 外部からのスパイとしては相当優秀だ。

 隠密幽霊さよや、魔法をまったく使わない機械にすら気がつく“勘”のよさ。それが魔法使いにはある。

 そんな魔法使い相手にスパイ活動を続けられるのなら。

 相当なレベルと考えていていいはず。





 「だから、視点を変えてみたんだ」


 


 そう、これに気がついたのは。春日美空、奴の魔法だった。

 イタズラ魔法に特化した能力。




 つうか、シャークティ先生曰く、マジメに勉強していないだけだそうだが。

 その能力で特に目を引いたのが、ボイスチェンジに顔すら変える幻術。



 【イタズラ】にしか使ってなかったようだが、この能力が敵にあったらヤバイ。

 ありえないと思いたいが、似たような能力の奴は結構いる。

 魔法なら感知できるだろうが、幻獣の中にはワイトみたいに死体に寄生する奴。


 なにしろ、北風ゾンビなんかヘリに寄生してコチラを攻撃してくる。

 死んだ人間、無機物にすら寄生するヤツラ。

 


 ――――――もし、生きている人間に寄生。もしくは春日美空のように姿と声を変えていたら?

 



 そんな能力を持っていたらやばい。

 実際、ヒトウバンは生きてるんだが死んでるんだかわからねぇが。

 生きたまんまの状態で幻獣に張りつけられている。

 

 幻術ではなく、春日美空のように擬態されたら見破るのが難しくないだろうか?

 魔法使いを殺し、ソイツに擬態し内部情報を盗まれたら最悪のパターンになる。

 





 「―――――だが、この作戦にはすげぇ穴があることに気がついたんだ」





 皆、静かに聞いてくれている。

 ことの重大性に気がついてくれたようだ。





 そう、一般人を殺し。

 幻獣がソイツに成り代わり。擬態しようが寄生しようが、気がつかないかもしれねぇ。
 
 だが、魔法使い。

 それも仮契約をしてしまった従者や魔法使いならどうだろうか?




 「仮契約カードは、使用者が死んじまうとカードも死んじまう」




 ――――――ゴクリ。



 誰かが、ツバを飲み込んだ音が聞こえた。

 そう、敵が魔法使いと入れ替わるというなら。

 もし死ねば、仮契約カードは死ぬ。

 故に、ソイツが死んだことがバレちまう。

 だが、そんなコトは麻帆良じゃなかった。



 魔法使いが襲われるという話も、魔法使いが死んだという話も聞かない。



 では、仮契約カードの能力を知るくらいまで中枢に幻獣が侵入していた?

 だから、魔法使いを襲わなかった?

 もしくは襲ったとしても、生かしておき成り代わった?

 同じことを能力が低い魔法使いになら、できると思った?

 宮崎のどかなら、生け捕り可能なほど能力が低いから。わざわざ生け捕りにした?



 そこまで、情報を完全に盗んだのか?

 そこまで、スパイは優秀なのか?



 そんなこと………ありえねぇ。 



 スパイ活動が隠密裏に進められることは知っている。

 だが、全員が全員。成功なんてするはずがねぇ。

 しかも違う種族。考えが違ったり、間違いはあって当たり前。

 だが今。始末するまでコイツらは私達に尻尾をつかませなかった。

 今まで、ココ。麻帆良で一度も失敗しなかった。




 ――――ってことは、逆に言えば。どこかで失敗して経験を積んだってコトだ。


 
 絶対に失敗しない。コレは理想だがありえない。

 人間は必ず失敗するし。だからこそ、その経験を生かし発展する。

 古くはライト兄弟の飛行機から、そうやって発展してきたんだ。



 そして、幻獣も一緒だ。

 圧倒的な多数であり、突然現れる隠密性。巨大な戦力。

 人間と違い戦争に特化した種族。


 食事すら取る必要がないヤツラは、まさしく戦争のためだけに生まれたといってもいい存在だ。


 
 そんな存在が未だに人類を駆逐できない理由。
 
 それは、戦術戦略において幾つモノ【間違い】を犯したからに違いない。



 では、なぜ。今回はココまで隠し通すことに成功したのか?

 戦闘でなんども間違いを犯したヤツラが、なぜ諜報などという難しいモノを間違えないのか。




 ――――魔法界、もしくはコチラで魔法使いと戦闘になり。失敗した経験があるのではないだろうか?



 

 「――――だから、その情報がまほネットに接続してる【世界図絵】にのってる筈だと?」
 
 「ああ、ソイツは魔法という単語だけでなく竜種なんかもでてるって聞いてたからな」  



 
 ムコウの魔法界に生きる生物。

 コチラにはいないもの。ならば、いずれ攻めてくるかもしれない幻獣。

 その情報を仕入れるコトもしていると思っていた。




 ココまで話したとき。綾瀬の冷たい声音が響いた。




 「―――まだ、質問に答えてもらってないです。貴女はなぜ、のどかが偽者と見破ったのですか?」







 ◇◆◇◆◇
 




 宮崎が青くなっている。先程まで自分が危険な状況であったこと。

 更には、自分と同じにしか思えないものを躊躇いなく撃った私を見ている。


 基本的には、私は彼女の命の恩人ということになる。




 だが、理屈がどうであれ。その行為事態には嫌悪感を持っちまうのもわかる。

 



 「―――――気がついた理由か。そりゃ私が卑怯者だからだろうな」



 それでも、その理由を偽るわけにはいかなかった。




 先程言ったように、魔法使い。そしてその従者に成り代わるのは難しい。

 仮契約カードはその人間しか使えない。

 

 いくら幻獣が強いといっても、下手すりゃ戦車より強いっつう魔法使い相手に。

 誰にも知られずになり代わる。なんてことが可能だとは思えなかった。

 しかも強い魔法使いと弱い魔法使いを見分け、弱い魔法使いを生かしたまま捕まえて入れ替わる。

 そんな事をするには相当な情報を仕入れないと不可能な筈。

 

 
 ―――――じゃあ、変身して入れ替わる幻獣なんかいないんじゃ?

 そもそもスパイがいるという考え自体が間違えなのでは? 



 そうも思ったが、それじゃ不可解な幻獣の攻撃が説明できない。

 あまりに、完璧なタイミング。別荘に入った瞬間に襲うなど事前に情報を知らなければ無理。

 なら、スパイはコチラの詳細な情報を知っているってコトになる。





 ここで、もう一つ疑問ができる。



 こんなタイミングで攻撃したら、スパイがいるってバレやすくなるんじゃないか?

 ということだ。


 

 スパイがいるのではないか? と誰でも思うのではないか。

 事実、私ですら気がついた。
 
 タイミングが良すぎるこの行動を、誰も疑問に思わないはずがない。

 


 人間が言葉も喋れない幻獣に、裏切りたいという意思を伝えることは難しい。

 では、人間で裏切り者はまだ出ていないはず。




 ならば北風ゾンビのように、無機物に寄生するのではなく。

 ワイトのように死者に寄生して内部情報を探っているか。

 もしくは、春日美空のように擬態する幻獣がいるのではないかと私は思った。

 時間がたてば、この考えに行きつく人間は多いはず。

 私以外の人間も、この可能性を考えない筈はない。




 ―――――なのに、なぜソンナ危険を冒す?  




 この攻撃でスパイがいるかも知れないと疑われるほうが、よっぽどマズイ。



 あまりにもありえないタイミング。

 遅かれ早かれ、人間はスパイの存在を疑うに違いない。



 それなのに、こんなあからさまな軍事行動に移るだろうか?

 スパイ活動を警戒される、そんな危険を犯すほど馬鹿だろうか?

 そう思った。






 「―――――ここで、勘違いに気がついちまった」





 もし、私なら。スパイ活動をするなら絶対に気がつかれないようにする。

 目立たぬように、リスクの高い勝負なんざぜったいしねぇ。

 もし、魔法使いと入れ替われなんて命令されてもバックレル。

 無理だとか、適当な理由こさえて逃げ出してやる。




 ―――――だが、その魔法使いが自分を見つけ出す可能性があるとしたら?





 「宮崎のアーティファクトは対象者の名を知ることで、ソイツの考えを知ることができる」
 
 


 
 そう、対象者の名前をしれば。ソイツの考えを知ることができる能力。

 ってことは、対象者の名前を知っても。対象者の考えが読めなければ。





 ………ソイツは偽者ってコトになる。






 「………だから、狙われるとすれば宮崎だと思ったんだ」





 宮崎のアーティファクトは、侵入した幻獣を察知できる可能性が高いのだ。

 1人1人確認作業をするのは大変だが、幻獣であるスパイを見つける可能性が【最も高いもの】

 宮崎が少し、心を読みたいと思えばスパイであるとバレてしまう。




 まったくスパイを疑っていない現状。

 これを何らかの偶然でいつひっくり返してもおかしくない、宮崎の存在。

 能力が低いにもかかわらず、魔法に関係しているため戦闘を指示しているオペレーターとも話すことが多い。

 ここまで情報を得ているのだ、中央にいるのは間違いない。


 中央にいるとき、何らかの偶然で宮崎がそのアーティファクトを使ったら?
 
 私がスパイなら、絶対怖い。


 今まで上手く騙してきたのに。

 宮崎の気まぐれで、自分がスパイだとばれてしまう可能性があるのだ。 







 ―――――ならば、消すだろうか?




 ありえない。

 何もいない状況で、彼女を殺せば。スパイがいるかもしれないことを学園に知られてしまう。

 せっかく誰もスパイを疑っていない状況。

 こんな美味しい状況を壊すはずがない。 
 



 じゃあ、入れ替わる?



 彼女。宮崎の能力は平均的な女子中学生。

 魔法を習ったといっても、まだまだレベルは低く対応可能。

 簡単に連れ去れるだろう。



 問題は………周りにいるヤツラ。




 「私だったら戦車とタイマンはれる奴なんかにバレずに、宮崎を誘拐できる自信がねぇ」



 宮崎は魔法の勉強をネギ先生に見てもらっているコトが多い。

 そして、ネギ先生は戦車とタイマン張れるどころか勝てるらしい。

 


 そんな奴が確実に目を離す瞬間。

 風呂かトイレと行きたいが、風呂は達人クラスが一緒にはいるし。

 トイレは以前。近衛が誘拐されたコトがあるため警戒が厳しい。


 戦闘中の事故で殺してもいいが、コレもリスクが高すぎる。

 戦力外の宮崎は基本は病院の手伝いか、魔法の修行。

 大勢の目があるところで暗殺はかなり難しい。



 ならば、答えは簡単。目がくらむスピードと光。さらに僅かな時間ですら大きく違う場所。

 ムコウとコチラ。エヴァンジェリンの別荘とコチラが繋がる瞬間。

 隙ができやすい場所を狙えばいい。

 

 達人が一緒にいるという心理的な隙をつけて、かつ邪魔が入りづらい。 



 ―――――そこで、宮崎と入れ替わる。 


 
 こんなこと、普通ならできる筈がない。

 だが、達人がいようと。圧倒的な実力者が相手だろうと。


 出来る可能性があるコトを【春日美空】が証明しちまった。




 ――――つうか、学園祭を思い出しちまっただけなんだが。




 春日美空はあの高畑先生を倒した、超鈴音。

 彼女が一瞬意識を他に向けた瞬間、神楽坂明日菜と桜咲刹那を奪還している。



 あの学園最強とも言われている高畑先生。更に神鳴流剣士である桜咲刹那、感卦法が使える神楽坂明日菜。

 この3人を相手取り、倒してしまった超鈴音からである。

 この3人と戦って勝てる奴がいるなんて信じられなかったが、コレは事実だ。


 学園祭限定とはいえ、あの時の【超鈴音】は間違いなく超一流の戦闘者であった。



 その超から、おちこぼれ(つうか、やる気がない)春日美空が2人を奪い去った。





 どんな強い人間でも、一瞬の隙はできる。
 
 その生きた実例を見ちまっていたから、この可能性に気がついた。  




 
 だが、出発する瞬間。

 いくら無警戒といえど、達人の目を欺くことは恐らく不可能。

 視線を遮るモノでもない限り、いくら移動の瞬間。

 眩しい程の光がでようと欺けるかはわからない。




 ――――では、でてくる時ならどうだろうか?




 別荘から出る瞬間。別荘のミニチュアを中心としてそれぞれ魔方陣の上に出現する。
 
 ココに障害物。進入する時に壊したように見せかける家財道具があれば。


 

 さらに、幻獣が襲ってくれば。


 
 一瞬、宮崎から視線が離れる筈。


 人間は僅かでも視界を遮られると、ホンモノと偽者を見分ける能力が極端に下がる。

 これはネットでも、テレビなどの実験でも証明されている。




 この瞬間。コチラとアチラが繋がる瞬間。無防備な宮崎を気絶させ。宮崎に変身する。

 そして、近くの家財道具に見張り役の幻獣と押し込む。

 もしくは春日美空のように1人が宮崎を連れ去り、もう1人が宮崎に成り代わる。




 これは超を騙しぬいた、春日美空なら可能だろう。
 

 そして変身とスピードに特化した、春日美空タイプの幻獣がいたら。

 スピードに特化した幻獣と変身に特化した幻獣。一匹づついればこの作戦は充分可能だ。


 春日美空が半分に分かれれば。簡単に言えばやる気がない魔法使いが2人いれば可能ということになる。



 


 
 「――――そして、内部情報を調べ逃げ出す。私ならそうするだろうな」 

 「だから、のどかを幻獣だと思って撃ったですか? そんな適当な推理で!」






 綾瀬が顔を真っ赤にして怒っている。

 危うく親友を殺されるところだったんだ、その怒りも当然かもしれない。

 そして、推理というより思いつきに近い私の考えで。宮崎を撃ったとすれば綾瀬が怒るのもわかる。

 ホンモノだったら、宮崎が死んでいたのだ。




 「だから、私の心を読めといったんだ。ホンモノなら私の心を読める筈だからな」




 そして仲間を疑うのだから、本心がバレルくらいのリスクは負うべきだと思った。

 偽者ならアーティファクトは使えねぇはず。

 そして、ホンモノなら一緒にスパイを探してもらうつもりだった。

 変身する能力が幻獣にあるとしても、春日美空のような瞬発力がある幻獣がいるとしても。

 彼女の能力はとても貴重だと思えたから。




 
 「―――――じゃあ、のどかが貴女の心を読むのを躊躇したから撃ったと!」

 「違ぇよ、そうじゃねぇ」



 
 あの時、おとなしい宮崎が私の心を読むことを躊躇したのは当然だった。

 それでも、納得してもらい。できれば私の推論。

 姿を変える幻獣か、死体に寄生する幻獣を探すことを協力して欲しかった。

 最悪、私の推論を聞いてもらうつもりだった。


 

 幻獣の立場なら、宮崎を殺すのが一番確実。

 宮崎に化けて更に情報を探るという可能性もあるとはいえ、あくまで可能性。


 だから、カマをかけた。 

 ただ一つのコトを、確認したのだ。 







 「――――――ゆえ、気がつかなかったの?」



 
 そこに、割って入ってくれたのは早乙女だった。

 事前に話しておいたように、気楽に話しかけてくれたコイツ。

 コイツの協力がなかったら、あんなに確信が持てなかった。




 「のどかが私を呼ぶ時は“パル”か“ハルナ”。ゆえのコト呼ぶ時は“ゆえゆえ”か“ゆえ”。あの時に変だって思わなかった?」 





 そう、私が宮崎、早乙女、綾瀬。

 3人を苗字でよぶ。決して綾瀬を名前でよぶなと早乙女に伝えていたのだ。


 
 宮崎はパニックになったときほど、綾瀬や早乙女を名前か愛称で呼ぶ。
 
 私に釣られて苗字で呼ぶことなんざ絶対ない。




 だが、アイツは。偽者は苗字で、しかも『さん』づけで呼んでいた。





 これは地下で、綾瀬が幻術を破った時にしたことをアレンジしただけだ。

 弐集院の娘さんが使った幻術、それを綾瀬が見破ったのは偽者の発した不用意な一言だった。 
 
 高畑先生の呼び方と違った偽者。

 ここから、幻術を見破った。

 

 
 
 個人の呼び方、細かいクセ。そこでホンモノか偽者か見破る。

 だが、私にはどうやってソレを引き出せばいいのか解らなかった。

 ソレを引き出すための演技なんざ、私には無理だ。

 私が警戒すれば。何かあるとおもって注意深く動かれる可能性がある。
 
 

 だから、早乙女に頼んだのだ。

 早乙女には、できるだけ軽く話しかけ。宮崎の警戒心を解くように。

 コイツの細かいところを見抜く洞察力。

 どんなときも変わらない、平常心。
 
 こういう時は、私より早乙女のほうが頼りになる。
 


 長い学園生活でも、弐集院先生の娘さんは高畑先生の綾瀬や神楽坂に対する“細かい呼び方”に気がつかなかった。

 だから地下で、綾瀬は彼女が使う幻術に気がついたのだ。

 ならば、幻獣も同じではないかと。

 細かい呼び名にまで、調べは進んでいない筈。





 「―――――賭けには違いねぇ。だが、できるだけ不確定要素は取り除いたつもりだ」
 
 「………。」
 



 普段、まず呼ばない苗字で呼んだ偽者の宮崎。

 キツク言われれば、ジロー先生の心を読んだ性格。

 そして、私の推理を裏づけるような幻獣の動き方。



 この3点から、幻獣の可能性は高かった。

 とはいえ、そこで「偽者だからホンモノを召喚しろ」とネギ先生に言うのは難しい。

 ジロー先生、桜咲、長瀬の一瞬の隙をつけるスピードがあるなら。

 最悪、近くにいる綾瀬を人質。もしくは殺される可能性がある。



 ならば、ホンモノでも簡単に死なない位置に弾丸を撃ち込み。

 それからホンモノと偽者の鑑定をするべきだと思った。

 
 十中八九、偽者だが。それでもギリギリまで考えたつもりだ。

 



 ◇◆◇◆◇
  




 もし、私がスパイだとして。

 警戒するとしたら、高畑や学園長より宮崎を警戒するだろう。




 映画や漫画のアクションスパイじゃないんだ。

 強い奴なんかにゃ、かかわらなければいい。

 裏切り者とみなされないレベルで、情報をムコウに送るだけ。




 だが、宮崎の存在。それはいつ、自分がスパイだとバレルか分からない。

 

 学園がスパイの存在を怪しめば。当然、宮崎はスパイ探しに協力するだろう。


 そして、戦闘が終われば。

 スパイの存在を、高畑先生か学園長は気がつくはず。

 誰より長い戦闘経験。
 
 その可能性に気がつく2人。

 だが、幻獣が撤退すれば。この2人は追撃戦をおこなう筈。



 弱った敵を殺すというのは、戦闘の基本。

 ゆえに、一番。スパイの可能性に気がつく2人がこの学園から離れるのだ。 





 ならばこのチャンスを逃すはずがない。スパイの存在に気がつく前に消す。もしくは“成り代わる”。

 長い期間は無理だろうが、ある程度の情報を知ればおさらばだ。 

 最悪、成り代わった後。戦闘中にでも宮崎の死体を転がしておけばいい。




 だから、宮崎を疑った。

 戦力としてはとてもなく弱く、だがスパイにとってとても厄介な相手。

 倒せる可能性が高く、スパイであることを見抜かれずにココで生きていくために必要な一手。

 他のメンバーは、幻獣に不意打ちされても倒されるとは思えねぇ。

 
 可能性としては綾瀬か宮崎。

 普段なら、他のメンバーが助けてくれるだろう。

 だが、別荘。ムコウとコッチを通るときは“光に包まれる”

 この瞬間に、しかも幾つモノ障害物があればいくら周りが強くてもフォローし切れないのでは?

 そう思っていたのだ。



 あの超鈴音ですら、春日美空の奇襲には対応できなかった。

 ならば、このメンバーが対応できるとは思えない。




 

 ―――――だが、敵の計略は潰した。これからは楽になるはずだ。
 




 幻獣のスパイ。

 人間に化ける能力も、宮崎の前では無効になる。

 まずは名簿の作成。

 そして、本人かどうか宮崎に確認してもらう。



 質問は単純に「貴方は●△さんですか?」でいいだろう。

 名前が間違っていれば、心が見えない=幻獣だ。

 名前があっていれば、人間。それでも疑わしければ「幻獣についてどうおもうか?」

 とでも訊けばいい。幻獣に名前があるかは疑問だが、幻獣の名前で名乗られてもそれで対応できるだろう。


 

 宮崎も人間の心の奥底まで見なければ精神的に楽だろうし、護衛として魔法使いと一緒にいれば大丈夫の筈だ。

 


 そう簡単な打ち合わせをし、これから人間に化けた幻獣を駆逐する手伝いを宮崎に頼んだ。

 私も一緒にいくことを了承してもらい、一緒にいくのは魔法使い。

 もしくは戦闘者として桜咲か、長瀬に行ってもらうことにした。





 だが、細かい話をしている時も。綾瀬が私を見る疑いの視線は変わらなかった。








 

 ◇◆◇◆◇






 話が終り、それぞれが寮へと帰っていく。

 当分の間は、個人行動は慎むべきだろう。



 長谷川の推理、といっても本人曰くまぐれ当たりだといっていたが。

 なんにしても、彼女の機転のおかげで宮崎さんも無事だった。

 しかし、他人の呼び方にまで気を配ってるとは。

 前々から観察眼が鋭い子だとは思っていたが、やっぱりああやって物事を一歩引いてみるって大切なのかも。



 そう思って、今回功労賞の彼女を探していたのだが。





 ――――だが。





 「なあ、長谷川は?」

 「ん〜? そういや、見えへんなぁ。それよりジロー君の手ぇ治さなぁ」




 木乃香は心配そうに、さっき怪我をした俺の手を見ている。

 だが、そんなことは後回しだ。

 人間に成り代わっている幻獣がいるかもしれないのだ。

 個人行動はできるだけするべきじゃない。




 「いや、俺は長谷川を探してくるよ。皆にはそう言っておいてくれ」

 「あっ……ジロー君?」





 俺の手の治療をするために、呪文を唱え始めた木乃香をその場に残し。

 いなくなった、長谷川を探しに出かけた。






 


 ◇◆◇◆◇






 凍てつくような寒空の下。蒼白い月光が雲の隙間から降り落ちていた。

 見回せば、そこかしこに光がふわふわと漂っている。



 空を見上げれば縁取りに青みを滲ませながら、地上に光をこぼす月。

 それは、手を伸ばせば届きそうなほど大きい。

 清冽な川が奏でる水のせせらぎに耳を澄ませ。

 月を掴もうとした手に止まったのは、周囲を柔らかく照らしていた蛍であった。

 都会ではほとんど見られなくなった虫。

 いや、田舎でも見ることは難しくなったという。




 だが、目の前にいるコイツは。そんなコトは知らないとばかりに淡く輝いている。






 「―――――コイツも幻獣のおかげ……か」







 こんな時期にまで光っているのはヘイケボタルであろうか?

 本来、人間が汚した河川に生息できず減少傾向であったはずのモノ達。

 だが、人間を駆逐する幻獣。

 彼らが人間を根絶やしにした場所は自然が蘇っているという。




 「―――――まぁ。だからといって、感謝する気にゃなれねぇけど」




 蛍が増えた変わりに自分達が死んじまっちゃ意味がねぇ。

 私達がコイツラの居場所を奪ったというなら、私達が返すべきであり。

 他のヤツラに力づくで、居場所を奪われるいわれはねぇ。



 だから、まずは。幻獣から自分達を守らなくちゃならねぇ。



 ――――とは言っても、今日は少し疲れちまった。




 もう少し風にふかれてから、寮に帰ろう。
 

 戦いの熱はすっかり冷め。

 汗を吸い込んだ衣服は、夏だというのに私の体温を急激に下げていく。

 寒空なんていっちまったが、実際に寒いのは私だけで気温は思ったより高いのだろう。


 だが、今はただ。じっと風にふかれていたかった。


 
 それに太陽と違って、コイツらの光は好きだ。

 目を閉じりゃ、柔らかく包みこんでくれる。

 いっそ、このまま寝ちまうか?



 そんな事を考えていると、ガサガサと草を掻き分ける音が聞こえた。

 もう少し、1人にして欲しい。

 そう思いながら、音の方向に目を向けると。

 ダラダラと歩く、副担任の姿が見えた。

 



 「長谷川、こんなとこでなにしてんだ?」

 「――――月見」
 
 「目、閉じてなかったか?」


 


 うっせ、と呟いてそのまま目をつぶった。

 ……ったく、今一番に会いたくない相手だってのに。

 まあ、このまま黙ってりゃそのうち帰るだろ。


 そうタカをくくってたんだが、不意に空気が揺れた。


 草を踏む柔らかい音、そして草が折れたのか青臭い匂いがあたりに広がっていく。




 「なに、やってんだ?」 

 「―――――俺も、月見」 
 


 薄目をあけると、目が合った。

 いつもなら喜ぶとこなんだが、今日はそういうわけにいかねぇ。



 「そこにいると、邪魔なんすけど」 

 「1人は危険だよ、て。さっき自分で言ってただろ」



 ニヤニヤ笑いながら、私を見るジロー先生に仮契約カードを突きつける。
 
 私の仮契約カードの力は電子精霊を操ることができる。

 情報の読み出し、書き込み。個々の装置の接続。などが主な能力だ。

 

 私に何かあった場合、ココを守るシステムに知らせればいい。

 私が最悪消されても、ヤツラのうち一匹は捕まえられる。

 ヤツラもそんな無茶はしねぇだろう。





 ジロー先生は「なるほど」なんて納得してるが動こうとしねぇ。

 まだ何かあんのか?

 そう思ったが、口に出すことはせず。


 束の間の休息を楽しんだ。



 こんな時間があってもいいかもしんねぇ。

 平和な時なら、ここからなにか始まるのかものな。そう思っていると。



  


 「――――――まだ言ってないこと、あるんじゃないか?」





 ◇◆◇◆◇






 「――――――まだ言ってないこと、あるんじゃないか?」




 やっぱ、気がついてたか。

 ジロー先生の言葉を聞いてそう思った。



   
 
 私の行動、宮崎に化けた幻獣を殺したこと。

 そこにある矛盾。


 気がつくとしたら、高畑先生かジロー先生だとは思ってたんだが。
 


 「本当はさ、長谷川が殺さなくても。………高畑先生か学園長に頼んでも良かったんじゃないか?」




 だが何も言わない私を気にすることなく、ジロー先生は話を続けた。

 そう、んなコトは少し考えりゃ分かることだった。

 私達が別荘につく寸前、学園長と高畑先生には合流できた。

 ならば、幻獣のスパイがいる可能性を話し。

 これを確かめたいから、合図したら捕らえるか殺してくれ。

 

 そうやってお願いすればいい。




 その場は疑うだろうが、とりあえず意見として聞いてくれるはず。

 戦闘員として未熟な私なんかより、そのほうがよっぽど手っ取り早い。




 「私、頭悪いから。気がつかなかったすよ」  

 「―――――嘘つけ」
 



 ジロー先生の冷たい視線を、見なかったフリをして横を向いた。

 分かってた。そんな嘘なんて通じないことなんて。

 


 それでも―――――。





 「カッコつけたかっただけですよ。私みたいな一般人がこんなカッコイイことできるなんてそうないでしょ」




 嘘をつき続けていたかった。

 だって。そうしないと。



 

 「それも、嘘だね」

 「嘘じゃ『ウーソーだ』」




 だが、続けようとした嘘すら否定されてしまった。

 


 「【リスクの高い勝負はしない】前にそう言ってたよね。そんな長谷川が危険を犯してまで同級生を手にかけようとするはずない」
 



 それは、以前の私の基本的な考え。

 表の世界では、目立たず騒がず、危険を冒さず。
 
 リスクの少ない裏の世界でトップを取ろうとしていた。




 「目立ちたかった、そう言ったけど。それならあの推理、アレを皆に教えただけで充分カッコ良かった」




 むしろ、宮崎の偽者を殺したコト。それこそ余分。

 自分達の親しいものが目の前で殺される恐怖。

 それは、どんなに理路整然と後から説明しようとぬぐえない恐怖と疑心を植えつける。

 そんな役は、1人の女子中学生が負うべき責務ではない。


 
 それこそ「偽者がいる可能性がある」そういえば、高畑先生が被ってくれた余分な泥。





 「なのに、ソレをしなかった理由。それは―――――」 





 私はずっと怖かった。

 戦闘中も、この考えが浮かんだ時も。

 私みたいな、戦闘員として中途半端。戦術も戦略も知らない。

 そんな私の思いつき。――――それを、見破られるのではないかと。 






 「―――――俺達の存在だよ」




 





 ◇◆◇◆◇





 答えに辿り着いたジロー先生に、冷たい視線を向けた。

 そんなのは単なる自意識過剰だとでも言うように。

 

 だが、目を細めようと。睨もうと。

 笑ったまま動こうとしない。





 「いつ、気がついたんですか?」
 
 


 根負けして、話しかけると。笑みを更に深めた。





 「気がついた――――。というより、ガンドルフィーニ先生の言葉を思い出したってのが本音かな」




 頭をかきながら答えるジロー先生の姿を見ながら、あのガングロ野郎!

 と、心の中で毒づく。




 ―――――魔法使いは存在を秘するもの。



 無用な誤解と混乱を避け、現代社会と平和に共存するため。その方針を貫いている。



 彼、ガンドルフィーニはそう言っていた。
 


 だが、学園長は。その方針を歪めた。

 その考えに、否を唱えることはできない。

 学園長がそう決心しなければ、この学園都市に住んでいる大部分の人間は今頃この世にいない。

 だが。






 「ガンドルフィーニ、いや魔法使いが恐れ。長谷川が恐れたもの」 





 ――――――それは、太古の昔から。今に至るまで何度もくりかえされた歴史。




 ありえないとは思えない。

 事実、学園祭で私はそのファンタジー世界を嫌悪した。

 見えないもの、理解できないもの。ありえない世界。


 夢物語なんざ、ゴメンだと。

 なにより、………夢物語には続きがある。



 今はいいだろう。

 魔法使いは人類の救世主として、これから何人ものヒトを救うために働く。

 その存在は、疲弊した人類にとって間違いなく【希望の力】となる。

 最悪の選択肢、核兵器なんて使って地球ごと壊すなんてこともねぇ。

 


 幻獣を狩る、英雄。そうやって人類からもてはやされるに違いない。

 過去の伝説のように。



 
 人と魔と英雄。幻獣が【魔】だとすれば、魔法使いは間違いなく【英雄】

 それこそネギ先生の父親、サウザンドマスター並みの名声が得られるのかも知れねぇ。



 
 その存在は英雄として崇められるだろう。………幻獣がいなくなるまで。





 「本当に恐れていたのは―――――それはたぶん、情報操作」 




 情報、実に解りやすい言葉だ。

 魔法使いが恐れていたのは自分達、魔法使いの存在がいるという【情報】を世界に明かさないことであった。
 

 そして、今回は。人間に擬態できる幻獣の【情報】を。なぜかこの学園だけが知らなかった。



 そもそも、おかしいとは思っていたのだ。

 まほネットにのっている情報。

 魔法界が私達、人間界のとかかわりを恐れて情報を伝えないのはまだ解る。

 幻獣の行動理由が説明できない限り、中立の立場を崩すことなく情報収集に奔走するのも。



 ―――――だが【襲われた人間】から。なぜ情報が流れてこないのか?




 襲われた人間がいるとして、何人かは必ず捕まっている筈。

 軍人に偽装しようと、戦闘中に死ぬことでもあれば正体がバレル。

 まほネットで知られているなら、各国の首脳が知っててもおかしくはない。
 


 魔法界程ではないとはいえ、各国には諜報機関がある。

 更に。第三者を気取っている魔法界と違って当事者だ。

 最低限の知識は知っていなければならない。



 民間レベルなら、無用な混乱を恐れて情報を漏らさないのは解る。

 隣にいる人間が【幻獣】かもしれない、と教えればパニックになることはまず間違いないからだ。




 だが、ココ。麻帆良では学園長ですら知らなかった。

 日本で最も活躍してる、魔法使いの首脳がである。



 そこから、嫌な仮説ができた。

 過去の伝説からできた仮説。



 人間、魔、英雄は循環する勢力。

 人は魔に勝てず、魔は英雄に倒され、英雄は人に粛清される。
  

 

 【魔】が幻獣であるなら【英雄】は魔法使い。

 だが、ヒトが英雄を粛清するのではなく。





 ――――――権力者が【魔法使い】の存在を恐れたのではないかと。 






 人々を救うために、無償で働く魔法使い。

 彼らは間違いなく、英雄である。

 人々よりはるかに強い力で、幻獣を葬り去り。
 
 人々の為に生きる存在。



 そして、現代兵器でできないことを成し遂げている存在。



 


 ―――――各国の戦闘機、戦車。戦艦。

 個々の能力としては、幻獣より遥かに上な現代兵器はいくらでもある。

 だが、圧倒的な物量。そして奇襲によって敗れ去っていった。


 
 どんなに優秀な戦闘員やパイロットでも圧倒的多数の敵には敵わない。

 圧倒的な射程距離があろうと、弾が切れたら無用の長物と化す。

 そして、どんなに能力が高くても。燃料切れという問題が大きかった。

 圧倒的多数の幻獣と戦うには、どういても機動力が必要であり。

 そして、現代兵器の戦車、戦闘機の燃費は決してイイとはいえない。




 だが圧倒的多数でありながら幻獣は壊れない限り、燃料切れということは無かった。

 幻獣軍は弾切れがないかのように、生体ミサイルとレーザーをふんだんに使い人類を駆逐してきた。


 性能で凌駕していようと。物量には勝てなかったのだ。

 
 
 
 
 だが、人類に希望を見せるために。

 魔法使いは異端ともいえる能力を最大限使い、幻獣を退け。それを幾つモノ媒体を使い世界各国に放映したのだ。

 コレにより。世界中で戦っていた人間達の士気は高まっていく。戦闘機や戦車に頼らず、幻獣を倒す姿。

 まるで御伽噺にでてくる英雄のように、民衆は魔法使いをもてはやした。



 

 なんの見返りも要求しない、正義の味方【魔法使い】

 これに、各国の軍部さらには政府が警戒しないはずはなかった。


 
 魔法使いより、破壊力のあるミサイルも武器もある。

 だが、それらは膨大な手間と細かい計算。さらには数に限界がある。




 魔法使いにも魔力切れがあるとはいえ。

 現代兵器が苦戦する幻獣を、素手で駆逐する魔法使いの存在。

 そして、かれらは一般人に絶大な人気がある。


 それは、長年苦労して得た権力、武力、支配力を弱めるには充分すぎるものであった。

 故に、己の権力に固執する権力者。そして軍部は魔法使いのアラ探しをしだすコトは間違いない。


 権力者にとって、能力があるものが上を目指さないなど信じられない。

 力あるものは必ず、利権を求める。


 ………他ならぬ、自分達がそうであったのだから。




 だから、情報を回さなかった。

 恐らく各国の首脳、憲兵。警察機関は幻獣が人間に擬態化するものがいることを知っている。



 まほネットに接続した世界図絵、コレに人間に擬態した幻獣の情報が載っていなければこの可能性を疑わなかった。

 もしくは「いるらしい」という情報くらいなら。

 だが、固有名詞「第五世代」という名称。更には能力まで知っているところを見るとかなりの情報を掴んでいる筈。

 そして、魔法界だけがそれを掴んでいるとはおもえない。

 当事者である各国政府、さらには諜報機関がそこまで無能とは考えづらい。

 むしろ、その可能性こそ最も疑っている筈だ。

 開戦当時、いきなり現れた幻獣は的確に各国の軍事施設、補給基地、重要施設を破壊した。

 今、考えればあまりにも【的確すぎる】

 何らかの情報を持っていると想像した奴らは多いはずなのだ。



 それなのに、その可能性。情報が漏れている可能性すら教えなかった各国の諜報機関。

 今、幻獣と戦い。民衆の士気を高めるのに使える魔法使いを冷遇する理由。

 その可能性に気がついちまった。 
 
 

 最初はこんな仮説信じたくなかった。

 人類全てが、敵である幻獣を倒すために団結して戦っているんだと信じたかった。

 だが、人間というものを知れば知るほどその可能性は低く。

 仮説のほうが正しいと思っちまう。



 人類全てが、幻獣と戦う為に力を合わせる。
 
 コイツは理想だが、不可能に近い。

 幻獣が人類総勢で戦っても勝ち目が薄いなら、そんな可能性もあるだろう。

 だが、ヤツラの能力は恐ろしいが。単一の力で考えた場合、ヤツラを超える現代兵器はけっこうある。

 スキュラの射程を超えるミサイル。幻獣が持っている空中ユニットを超える速度を持った戦闘機。

 幻獣どころか、地球全土を数回殺せるほどの原子爆弾。



 これらの力に、権力者は酔いしれちまっている。

 実際には高価すぎて使えなかったり、下手したら人間自体が滅びかねない破壊力だから使えない兵器であるにもかかわらずだ。



 そして、もう一つ。幻獣の攻撃パターンがあまりにも単純すぎて油断しちまってる。

 物量を使った蹂躙突破。

 この作戦を基本とする幻獣の攻撃パターンをみて、戦術で何とかなる。そう思っちまってる。

 

 実際にはその物量に何度も負けているのに、もう戦後のコトを考え始めているのだ。 

 いかに戦後、利益を得るか。権力を握るか。
 
 

 そんな人間がいる可能性に気がついちまうのは、私が人一倍冷めていて。

 卑怯な人間であるからなのかもしれない。



 
 だが、この仮説が正しければ大変なことになる。

 この麻帆良に情報を回さなかったのは、魔法使いに対する牽制であった場合。

 権力者にとって、魔法使いは邪魔者だということだ。



 第一、現代兵器は補給さえ整えば、幻獣を倒すには充分な戦力がある。

 ならば、魔法使いには時間稼ぎに精々働いてもらい。

 時がきたら切り捨てるつもりに違いない。

 
 優れた英雄は死んだ英雄だけだ。とは誰の言葉であっただろうか。

 施政者にとって英雄とは邪魔者以外、何者でもない。

 

 できれば死んで士気高揚に役立って欲しいというのが、本音だろう。
 




 おそらく今回のような嫌がらせはこれからも続く。

 人間全体のタメに戦う魔法使い。

 ソンナ存在は大勢のものから搾取する権力者にとって邪魔以外、何者でもない。
 
 もし、この戦争後。




 彼らが政治に口を出してきたら圧倒的多数によって、支持されるだろう。

 それは、長年蓄えてきた自分達の利権全てを無くすぐらいに。


 そしてその推測は恐らく正しい。

 魔法使い、特にマギステル・マギなんかを目指しているヤツラの理想は世界平和。

 幻獣がいなくなれば貧困や戦争を無くすために、その力を使い続けるだろう。



 だがそれは、富を独占したいモノにとって目ざわり以外何者でもない。

 特に世界市場を持つ武器商人にとっては、魔法使いの存在自体が目障りだ。

 単純な戦力だけでなく、民衆から支持された魔法使いが戦争根絶を訴え。本当に紛争が少なくなれば。


 今まで独占してきた富が潰える可能性すらあるのだ。

 






 今は、人間同士で争ってる場合ではないというのにソンナ行動をおこす馬鹿共に腹が立つ。


 だが、これはどの国でもあったことだ。

 敵国があるというのに、内部で利権争いに奔走する軍部と武器商人。

 軍、政治。これらは決して一枚岩ではない。

 

 そして、ヤツラは。

 魔法使いの足を引っ張るには、この擬態化する幻獣は【使える】そう思ったのだろう。


 

 今までは幻獣を殺すことによって、民間人から絶大な支持を受けてきた魔法使い。


 だが、人間の姿をしたモノ。

 偽者とはいえ、人間を殺したことから見かたが変わる。

 圧倒的な暴力を隣人が持っていたことに気がつくのだ。 




 それは、魔法使い。そして魔法界が恐れていることであり。

 権力者が利用しようとしてることでもあった。



 巨大な力を持つ魔法使いなど、少ないといえども。

 異端者を嫌う人間達はあまりにも多い。


 その無用な差別と迫害を避けるため、魔法の存在を秘してきた。

 これは魔法界、魔法使い達が過剰に反応しているというわけではない。


 それは人間の歴史が証明している。



 多くの異端のものを殺した、魔女狩り。

 それらは、普通の人間であろうと不公平な裁判によって殺されるという凄惨なものであった。

 一説では4万人を超える犠牲者がでたとされる魔女狩りでは、あのエヴァンジェリンですら地獄を見た。


 

 魔法界が最も恐れたもの、無用な混乱と誤解。

 過去の魔女狩り、異端審問。人間は今でも、異端者を嫌う。
 


 ――――――幻獣は恐ろしい、だがソレを平然と殺す『魔法使い』のほうが恐ろしい。



 そう考える人間が増えるのに時間はかからないだろう。



 そして、ソレを煽るのが権力者達。

 自分達の利権を守りたいために、魔法使いが民間人に支持をされては困るモノ達。

 人間に化けた幻獣を殺す映像、それを民衆に放映されたら。

 民衆は魔法使いを恐れるようになる。


 おそらく、この戦争。勝てる見込みがついた時点でその情報操作はおこなわれる。



 そして、もし。人間と魔法使いが戦う事にでもなれば。

 喜ぶのは双方に武器を売り、儲けようとする第三者を気取った権力者か武器商人だろう。

 相手が幻獣では人間にしか売れない武器も、相手が魔法使いなら話は変わる。


 魔法使い専用の武器も多いし、コチラとあちらで武器の技術交換ができれば。

 双方に武器、情報を売り。儲けることができる。

 そう考えるヤツラも多いだろう。


 平和な魔法使いと人間の共存より、適度な緊張と戦争。

 そのほうが儲けがでて、商売になる。

 ソレを生み出すためには、人間と魔法使いの確執を作らなければならない。


 戦後、魔法使いをヒーロー。英雄にするのではなく。

 仮想敵として、操るために。

 そのために必要なのが【魔法使いは恐ろしい】という認識。


  
 魔法使いは英雄ではなく、信用の置けない隣人。そして何時、敵になってもおかしくないもの。

 そうすることで、魔法使いを疑う人間相手に武器が売れ。戦争ビジネスはより潤うことになる。



 この可能性。
 
 まだ推測でしかないが、このように動く人間がいる可能性を捨てきれず。

 人間、もしくは人間に擬態した幻獣を殺すコトは魔法使いにやらせるべきではない。


 そう考えちまった。幻獣がまだ人間の姿をしてる時、魔法使いにヤツラを傷つけさせるべきじゃない。





 「―――――だから、かね?」
 
 「………。そんなことできんのは、私だけですからね」
 



 ジロー先生の言葉を私は肯定した。

 魔法使いにとって。敵は幻獣だけじゃない。

 守ろうとするもの、そのものが敵になる可能性はあまりにも高い。


  

 そして、人間に擬態した幻獣がいるということは。言語がしゃべれる幻獣もいるということ。

 人間に扮した幻獣、幻獣側に裏切るかもしれない人間。

 それらを見張り摘発する人間が必ず必要になる。

 

 そして、ソレは私が適任だ。

 恐ろしい力をもった魔法使いが人間に扮した幻獣や裏切り者を殺すのは、あまりにもリスクが大きすぎる。

 人と違った力、それは余計な誤解と混乱を呼び込む可能性がある。

 まして、それを意識的に煽られたら。

 情報操作に弱い、魔法使いは対応できない。

 魔法使いが情報操作に弱いのは、学園祭のトンデモ武道大会でよく解った。




 ――――――だから、私がやる。
 


 弱くて卑怯な私なら、同じ卑怯な手で来る奴の考えがわかる。
 
 私のアーティファクトは情報操作に向いている、電子精霊を使える。

 悪意を消すことはできなくても、他に向けることぐらいできるはず。

 そして、一般人とほぼ同じ私が『人間』を殺したとしても魔法使いに悪意はむかない。


 だから幻獣が人間に擬態してるのだというなら、私が容赦なくソイツを殺してやる。

 一分一秒を争う事態なら、情け容赦なく躊躇なく、殺してやる。
 



 幻獣が本体、変身してた人間から幻獣になったら。

 戦闘力が上がれば、そばにいる魔法使いに任せる。  

 そのときは精々、みっともなく逃げ回ってやる。



 そして、私が。汚れ役を引き受けることは魔法使いにゃ話さねぇ。

 そんな余計な重荷はせおわせねぇ。

 
 そんな重荷はヒーローにゃ、余分だ。

 特に10歳のガキ。ネギ先生なんかにゃ背負えねぇ。
 


 魔法使いが、正義の味方に見えるように。

 魔法使いが、己を信じられるように。




 私が。せめて私が、背負ってやる。



 そんな事で、魔法使いの負担が減るとは思えない。

 こんなことやっても、魔法使いを迫害するやつはあらわれるかもしれねぇ。

 それでも。少しでも力になってやろうと思ったのだ。




 「やめることは――」

 「無理だな」




 この手の風評は始まってからじゃ遅い。

 ただでさえ、能力が高い魔法使い。

 そして、人類の想像を超えちまう幻獣の存在。

 それは下手したら集団ヒステリーを起こす可能性すらある。

 

 一説ではあの魔女狩りも集団ヒステリーに近いものだったという。

 

 コレをおこさないためには、魔法使いと人間が争わない土台作りが必要。

 

 だが、そんな時間を幻獣が作ってくれるとは思えない。

 人間と魔法使いが争わない【策】ソレができるまで、生贄が必要。

 汚れ役ができ、どちらにも角が立たない存在。


 力がありすぎる魔法使いは、人間に余計な疑心を植え付ける。

 かといって人間にやらせりゃ、嫌な仕事を押つけられたと愚痴をこぼす奴が出てくるだろう。


 だから、能力が低く。

 魔法なんざ一個も使えない。

 だが、立っている場所は間違いなく魔法使い。


 そんな私だから、できることなのだ。






 「―――――つらくなった場合、俺が交代するってぇのは……」

 「タコ、誰のタメにやってると思ってんだ」





 私の変わりに汚れ役を引き受けるといった、馬鹿に呆れた。

 魔法使い、しかも【使い魔】なんてファンタジーな奴が何を言ってんだか。

 この役は魔法関係者は論外。

 やるとしたら見た目も、能力も低い奴じゃなきゃ意味がねぇ。


 使い魔だか、魔法使いにこんなことさせりゃ。

 最悪、魔法使い全体が【恐怖の対象】として見られるように、事件をでっち上げられる。



 しかも、コイツはトンデモ武道大会であんだけ目立ったんだ。

 今更、一般人のマネなんかできるはずがねぇ。


 


 
 


 「―――そりゃ、ネギや魔法使い全体のこと思ってくれてんのは嬉しいけど」

 「……バーカ。ったく少しは考えろよ」

 「……むっ」





 見ず知らずの魔法使いのタメに、そんな事する気はねぇ。

 私はソコまで出来た人間じゃねぇ。

 

 勿論、10歳のガキにこんな重荷を背負わせたくねぇ。

 って、考えもある。

 
 
 だが、私が体を張る【本当の理由】その本人だけが、その理由を知らねぇ。

 やってらんねぇ、とは思うが。

 ただでさえ教師、使い魔、魔法使い。と身を削って行動してるコイツ。

 

 コイツにこれ以上、余計な重荷を背負わせたくはない。
 
 



 「―――――ったく、厄介な奴に惚れちまったもんだ」

 「ん? ………なんか言ったか」




 「なんでもない」と呟いて。もう一度、蒼く滲む月を見上げた。

 何事もなかったように光をこぼす月には、黒い影が染み付いている。

 全ての始まりであり、元凶とされる黒い月。
 
 コイツを何とかすれば、この戦争は終わるんじゃないか?

 そんな根拠のない思いつきと共に見上げた月には、見知った顔が浮かんでいた。 





 生徒を守ろうと頑張ってきたアイツ。そして、限界まで重荷を背負い続けたコイツ。

 その体は傷だらけだった。

 その傷がどれだけの戦いを経てきたのか、どれだけのものを守ってきたのかはわからねぇ。






 親父がいないネギ先生や、親と死に別れたジロー先生。

 その中でも努力しながら、色んなモンを守ろうとした2人。


 単なる一般人。

 ネギ先生やジロー先生と違い、普通に生きてきた私には満たされてない奴の気持ちなんか解らなかった。

 普通にいると思ってた親が、いない奴の気持ち。

 そんなもん、私にはわからねぇ。  
 



 だけど。……その姿を見て【好き】なだけじゃしょうがないと思った。

 私が惚れた相手、それは多くのモノを背負っていた。

 氣を使い、魔法を使い。剣術、体術を覚え。ソレを駆使して皆を守ろうとしていた姿。



 ソイツの横にまず並びたい。

 振り向いて欲しいなんて、思わない。

 横に並んで、その重荷を一緒に背負って。すこしでも役に立ちたい。




 力もない、戦術や戦略に対する知識も無い。
 
 魔法や氣なんざ論外。

 普通の女子中学生な私。


 桜咲や長瀬みたいに、戦闘で役に立てることなんざない。

 綾瀬みたいな理論も、複雑な能力もない。

 古菲みたいに、今から強くなるなんて私にゃ論外だ。
 
 

 ハッキングなんざ、茶々丸とハカセがいりゃあ充分だ。




 
 だから、弱い奴しかできないこと。

 卑怯な奴しかできないこと。まず、それをしてやろう。そうおもったんだ。





 

 ◇◆◇◆◇







 「―――――借りができたのかな?」

 



 照れたように毒づく長谷川に、ありがとうの変わりにそんな言葉を伝えた。

 彼女はクスリと笑って「踏み倒すんじゃねぇぞ」なんて呟いている。
 


 今は、なにを言っても聞かないだろう。

 彼女にばかり負担を強いることになる、でも確かに魔法使いがソレをしたら立場が悪くなるかもしれない。



 力が強い者、それは誰かを守ったり。優しくしているときは尊敬の目でみられるだろう。

 だが、誰もしない。したがらない汚れ仕事。それをした時、評価は逆転する。



 今までが好印象だっただけに、失望は更に大きくなるだろう。



 身近な人間を容赦なく殺し「ほら、幻獣だっただろ?」

 なんていって「そうですね」と理解してくれる人間は少ない。

 

 もし間違っていたら? これが私でもこのヒトは容赦なく殺したんじゃないか?

 そんな疑念は必ず生まれる。

 まして、このスパイ探しは『間違い』が起こる可能性だってある。

 人間の犯罪者が偽名を名乗ったり、単なる反抗心だけで偽名を名乗る可能性だって捨てきれない。

 

 もし、間違えて人間を殺してしまったら?



 その可能性まで考えたら、魔法使いがその役目をするデメリットはあまりに大きい。


 そして、魔法使いを疑う権力者にとって。

 人気者である魔法使いを追い落とすために、美味しいネタになる。



 そして、学園祭でも解ったことだが。魔法使いは情報操作に弱い。

 世界を善意で動かそうとするあまり、一つ一つの判断が致命的に遅くなってしまう。



 ヒトの悪意による、情報封鎖。

 この考えを読めずに、となりにいる少女の力を借りることになった。




 そして。それは学園にいる生徒に長谷川が敵視されることを意味する。
 

 更には、魔法使いを陥れようとした権力者。

 彼らの計画を潰した人間として、長谷川が権力者に狙われる可能性すらあるということだ。



 本来、人生を楽しむ時代の少女。ただの中学生である長谷川にそんな決意を背負わせちまう、自分が嫌になる。 

 こんなことなら、力を持つべきではなかったのかもしれない。

 この世界の魔法、それを知らなければ。




 ……今、長谷川がやろうとしてること。

 それを、俺がしてやれることもできるだろうに。





 だが、ソレを俺がやれば彼女の決意を穢し。

 更には魔法使いにとってもマイナスに働く。




 それを全てわかった上で。

 自分にこれから降りかかるであろう危険すら無視して、ソレをおこなうと言った少女。


 長谷川を月明かりが照らしていた。

 風で割れた雲の隙間からこぼれる月の光は、彼女の名のように。千の雨となって彼女に降り注ぐ。

 その光を気持ちよさそうに受けながら彼女の理知的な目は薄く閉じられ、歳相応の少女の顔に戻っていく。

 その閉じた黒い瞳にはどんな炎が灯っているのだろうか。

 怒り、悲しみ、決意。仄暗くも気高い炎。

 その炎を煽るように ふわり、と風がふき。その風を心地よさげに感じている彼女の睫毛が風に揺れた。

 月と共に光る蛍に照らされ、その長い睫毛が淡く輝き。新たな光となる。



 彼女より美しいと思える女性は、クラスには何人もいるだろう。

 素材としてはごく普通の女子中学生。

 元から美肌であるわけでもなく、顔やスタイルがいいわけでもない。



 そう言って、自分を卑下していた少女。 


 リスクの高い勝負はしない。

 そういってた彼女が、俺達のタメに動こうとしている。


 その気高い姿に、不覚にも見とれてしまった。

 誰にも理解されない、喜ばれない道を進もうとしている少女。

 その姿を、何も残せないと解っていても。

 それでも、誰かのために生きようとした姿に。ただ、見とれていたのだ。



 もう少し、その横顔を見ていたい気もするが夜は危険だ。 

 もうそろそろ帰ろう、そう口を開こうとした時。




 突然、長谷川の目が見開かれた。






 「――――――血の匂いがする」



 青臭い草の匂いに混じって、鉄錆くさい匂いが確かにする。

 血の香り、それは敵が近くにいることをあらわしているのだろうか?

 こんな近くまで気がつかないなんて、……なんて無様。



 
 油断なく、立ち上がろうとした瞬間。

 ――――ぬるり、と手が滑った。



 なんだと思い、手を見ると。同じように俺の手を凝視する長谷川と目が合った。

 

 


 「……って、どうしたんだよ。その手!」 
 
 「あ、そういや治療するの忘れてた」



 そういや、掌を貫通してたんだっけ。

 ポケットにいれたまま、話に夢中で忘れてた。

 
 血の香りって、俺からしてたのか。

 つうか、ポケットの中からこぼれるほどって結構な出血量だな。




 ―――やば。意識したら急に痛くなってきた。



 目の前には青い顔した長谷川がいる。

 血塗れの手なんか気持ち悪いだけだもんな。みっともないものをみせちまった。

 こんなもの、女の子に見せるもんじゃないな。



 そう思い。慌てて、彼女の視界から傷口を隠そうとすると。




 「―――――バカ!」





 もの凄い、怒鳴り声を発した後。長谷川は血まみれのハンカチを外し。

 風通しの良くなった、傷口に顔を顰めると。そのまま戸惑うことなく―――――唇を這わせた。



◇◆◇◆◇






 「―――――バカ!」





 目の前には、掌を貫通しちまったジロー先生の姿。

 その傷を見た瞬間。

 綾瀬に殺されそうになった映像が、頭に浮かんだ。




 宮崎が幻獣だとわかった瞬間。

 躊躇なく、偽者の宮崎を撃った私。

 宮崎を刃物で殺したり、首をへし折ったりすれば“血の香り”で誰か気がつく。

 だから、宮崎は無事だ。



 そうは思っても、体が止まらなかった。

 もし万が一、宮崎が死んじまうような重傷だったら。

 少しでも早くホンモノの宮崎を召喚するべきだ。
 
 

 そう思ったときには、拳銃を握っていた。
 
 いまでも、偽者の宮崎を撃ち抜いたときの感触が手に残ってる。


 あそこで、最悪。私が殺されても、宮崎さえ無事なら何とかなると思ってやった行動。



 冷静に考えりゃ、早乙女が説明してくれるだろうとは思っても。穴だらけの考えだった。


 事実、パニックになった綾瀬は私を。――――殺そうとした。




 それを、救ってくれたのは。コイツ、八房ジローだ。

 その後。みんなの前で動けなかった私を守ってくれたのも。




 ………しかたねぇな。コイツとは距離を置こうと思ってたんだが。




 借りはかえそう。

 そう思い、抗生物質と簡単な治療道具が入ったポシェットを手繰り寄せた。

 あれから結構な時間がたってる。

 何かあっちゃまずい。



 だが、戦闘前入れておいたはずの治療道具はものの見事にすっからかんだった。


 そういや、戦闘後。

 ボロボロだった、早乙女の応急処置すんのにほとんど使っちまったんだっけ。

 あるのは清潔なハンカチ。

 だが、まずは止血の前に消毒………、しなくちゃ、いけない……んだよ、な。





 ん………。まて、これはひょっとして。

 あの同人誌でお約束の情景なのか?

 チャンスなのか?


 だが、これから嫌われものになる私とコイツは距離をとったほうが。



 だけど。

 消毒しねぇと。


 そうだよな、唾液にゃ殺菌抗菌作用があるってなんかで読んだことあるし。

 リゾチーム、ラクトフェリン、ヒスタチン 等が切り傷なんかにゃ効くらしいとか……。




 いや、もう。いくべきだろ!

 こんなチャンス、もうねぇかもしんねぇし。

 今は戦争中、いつ死ぬかわからねぇんだ。



 川の水で傷口を洗うわけにもいかねぇし、ここは戦場。使えるもんはなんでも使わなくちゃいけねぇ。





 そういや、戦場や異常な環境下での恋愛は失敗するって誰か言ってたような?

 曰く、つり橋理論だっけ?



 いや、まてまて。私はもともと平和な時代から、ジロー先生狙いだっつうの!

 つり橋理論、関係ないじゃねぇか。

 むしろ、つり橋理論なんざ、クソ喰らえだろ。

 ああ、もうイライラする。

 もういい!  

 




 ――――おんなは度胸だ!



  
 そして。私は、私を護る為に傷を負った。ジロー先生の傷口に………舌を這わせた。


 





◇◆◇◆◇






 ……はむっ。
 


 「……はい?」






 はむはむ。………んっ。ぢゅるり。れろ。





 ええと……なんでしょうこの状況。認識が追いつかないんですが?
 
 見えてはいるのだが、脳が認識を拒否してます。

 

 拝啓 あの世のじいちゃん、ばあちゃん、それとヌイ。

 今は私は天国にいるのでしょうか?

 それとも地獄? もしやココが、かの有名なアヴァロンでしょうか?




 「はふ……ん、………ズチュ」





 長谷川がその薄い唇を開き、舌で傷口を舐めている。

 いい加減に縛っていたハンカチをはずし、手の甲に舌を這わせ異物を吸い取っている。



 そして、舌を這わせながら傷口を上から下へと舐めていく。

 その可憐な口元から、紅い雫がこぼれ。その唇を紅く染め上げた。


 どこか扇情的なその唇が柔らかく、別の生き物のように蠢き。

 皮膚が捲れ、敏感になった部分をせめあげていく。



 「―――――ぅ………っ」



 思わず妙な声がもれてしまう。

 熱い筈の傷口が、今は別の意味で熱くなっている。



 そして熱くなった手の甲から、手首をそって掌に唇が動いていく。
 
 唾液に濡れた手の甲が外気に触れ、ひんやりと気持ちいい。

 今度は掌の異物を取り除くように「はむ」とくわえる。

 熱を持っていたはずの傷口は、舌の動きと共に粘液に浸され。

 少しずつ、少しずつ。冷やされていく。


 いつも強気な彼女が、目の端に涙を浮かべながら。

 必死に傷を舐め取る姿はとても、儚げで………。そして。





 「………って、まった! 別にそんな事しなくていいから!」

 「うるせぇ、じっとしてろ」 

 


 強引に手を抜こうとするのだが、びくとも動きません。

 魔法使ってないのに、この腕力。この人って本当に一般人なんでしょうか?


 別に運動部に所属してるわけじゃないよね?



 いや、………。それとも、単に俺が動いてないのか?

 唾液にまみれた掌はひんやりとして気持ちいいし、熱を冷ます舌の動きはくすぐったくも心地いい。

 それに、一生懸命に傷口を舐める長谷川の顔からなぜか視線が逸らせない。 

 

 目を閉じ、一生懸命に舌を這わせる姿は何かたとえようもなく淫靡で。




 そして自然と視線はその形のいい顎から、Tシャツのラインへと向かってしまう。

 硝煙に汚れ、汗を吸い取ったシャツは肌に密着し。健康的な体のラインを際立たせている。

 俺の手を舐めている口から唾液がつう、と滴り落ち。顎から胸の谷間へと流れていく。

 谷間に光る汗が月明かりに輝きを増し、硝煙や泥にまみれたシャツが風にはためき。

 
 

 その、中にある神秘を………。


 



 「―――――う、うわぁぁぁ!」  

 「やかましい。今、終わったよ」





 見てはいけない方向に視線が向き始めた瞬間、簡単な治療が終わったのか。

 長谷川は真新しいハンカチを傷口に巻いている。



 あ、危なかった。

 もう少しで教師として。いや、ヒトとして見てはいけないものを見るところであった。
 
 い、いや見てませんよ。

 すぐ、目を逸らしましたからね。本当ですよ!
 
 

 ………って、誰に言い訳してるんだ俺は。

 OK、クールだ、クールになるんだ、八房ジロー。

 煩悩、妄想は今は忘れろ。


 彼女は生徒だ。そして守らなくちゃいけない子供だろ?

 落ち着いて、年長者として接するんだ。

 
 


 「あ、あの……。長谷川、さん?」

 「――――ったく、傷口開いたまんまで雑菌だらけのポケットなんかに手を突っ込むなよ」

 「スイマセン………。」




 先程までの可愛らしさはどこにいったのか?

 というか、消毒と治療に邪まな考えを抱いた俺がおかしいのだろうか?


 やや、どもりながらかけた声は零下の如く冷たい声で切り捨てられました。

 桃色に頬を染めながら、声だけは冷たい長谷川が不機嫌そうにそっぽを向いております。


 
 顔が桃色なのは、ずっと手を舐めてたせいで酸欠だったに違いない。

 上目づかいにこちらを睨むその目が怖いです、長谷川さん。






 

 「あ、ああ。……ありがとう」 
 
 「………。」 

  



 無言、返事もしてくれません。
 
 顔を桃色から真っ赤にさせて、怒ってます。怒ってますよ彼女!

 

 消毒のタメとはいえ、男の手なんか咥えたことに今頃になって怒っているのでしょうか。

 チラチラと俺の手を見ております。真っ赤になった顔で瞳を潤ませるのは反則です。長谷川さん!

 

 やばい、このままじゃ泣かれる。




 それとも……。ひょっとして、天使の谷間に目がいったのがバレタのか?
 
 まずい、八房ジロー。一生の不覚。

 このままだと、チカンと叫ばれても文句が言えません。




 助けて、じいちゃん、ばあちゃん。そしてヌイ!



 だが、そんな心の叫び声は無論届かず。

 なぜか、空にはもの凄くいい顔したじいちゃんが親指を立てていた。

 なんですか? その“良くやった”って顔は?

 そして、なんで。ばあちゃんとヌイは生暖かい顔でコッチをみてるの?






 ◇◆◇◆◇








 ―――――やべぇ、やっちまった。


 本来、私はこれから嫌われ者になんなきゃいけない立場。

 だから、英雄とかヒーローになる『魔法使い』たちとは距離を置くつもりだったのに。




 特に、コイツ。

 八房ジローとは、距離置かなきゃやべぇのに。

 コイツに敵が増えるのがいやだから泥をかぶったのに、意味ねぇじゃん!




 い、いや。今からでも遅くねぇ。

 とりあえず今は距離を。


 

 だが、鉄錆くせぇ上に。少ししょっぱかったっつうのに。

 なんか、もう一度。舐めたくなるな。
 


 いや、味がどうこうというか。

 舐めるたびにピクピク動く、ジロー先生が可愛いっつうか。なんつうか。

 押し殺したような声もなんか艶っぽくて、もっとその声をあげさせたい。みたいな。





 ………いや、まて。


 私にはエヴァンジェリンみたいな趣味はねぇ!

 つうか、アイツは吸血鬼で私はノーマルだ!




 まずい、意識が混乱してきちまった。

 とりあえず、今からでもおそくねぇ。

 ちゃんと、言っておかねぇと。






 ◇◆◇◆◇









 「か、……勘違い、すんじゃねぇぞ!」

 「は、はい?」

 「こんなことで、貴重な戦力を失いたくないからだかんな!」

 「え、ああ。うん、もちろん」




 スイマセン、治療魔法が苦手で。

 いつも、木乃香にお願いしてたからすっかり忘れてた。
 
 しかも抗生物質すら忘れる始末。

 長谷川が怒るのも無理ないかも。

 
 


 それに俺の邪まな視線について何か知られたら。………長谷川には頭が一生上がらないのかもしれませぬ。




 「わかってねぇ! いいか、戦場で破傷風ってのはすげぇ怖いんだぞ! 例をあげるとだな………」





 僅かな沈黙の後、震える声で俺を咎める長谷川がいました。

 プルプル震えながら、潤んだ目で見上げるその顔は反則です。

 今にも泣きそうな女性に勝てる男なんて、この世に存在しません。



 ……つうか、少なくとも俺にはむり。




 うん………ヤバイ。やっぱり怒ってます、怒ってますよ。長谷川さん!

 そうだよなー、消毒のためとはいえ男の手なんか舐めたんだもんな。

 涙出るほど嫌だったんだろうな。



 そのまま説教を始める長谷川さん。

 心にやましいことがあるというのもあるが。今の彼女に逆らうことなど俺にはできません。

 ああ、でも。できれば早めにお願いします。

 流しすぎて。そろそろ……血が足りないんです。

 

 だが、そんな俺の願いがはたされることはなく。

 結局、俺が木乃香から治療を受けたのはそれから2時間後のことだった。
 
 





 <続く……カモ?>




◇雷電グリンガム、ガンパレードオーケストラ緑の章にでてくる動物兵器です。

 
◇人間に化ける幻獣:
小説版ガンパレの5211小隊の日常Uにでてくる幻獣です。
 







 <NGシーン>





 昏い月光に遮られた闇の森、そこには無数の蠢くモノたちがいた。

 今回、偶然からとはいえ。幻獣の策を見破った千雨。

 その存在は。闇に蠢くものにとって決して見逃すことのできないものであり。

 新たな脅威でもあった。




 ―――――――ミシリ!




 そばに佇む、大木が軋む。

 触れた掌から溢れる殺気かはたまた、単純な力か。

 その視線に籠められた、紅い殺意はあまりにも重く。






 「―――――刹那さん、ダメ! 落ち着いてぇ〜!」   



 ミシミシと鳴り響く、大木と共に小さく囁く声が聞こえた。  

 感卦法全開で、刹那を止めるのは言わずと知れた神楽坂明日菜。
 
 


 影から何かあると思って、見張っていた2人の動向。

 新たな脅威、今まで八房ジロー争奪戦において目立たなかった千雨。
 

 だが、今回のコトで2人の距離が一気に縮まってしまった。
 
 そして千雨を疑っていた分、怒るに怒れない。

 だが、愛しい人がなんだかラブラブな感じだと。




 「―――――ムカツクです」

 「黒っ! ゆえ、黒いよ!?」 


 
 特に千雨に敵愾心を持ってた、綾瀬夕映の怒りはいかほどか?

 今、千雨の考えを聞かされた長瀬楓や古菲の表情は複雑そうである。

 
 
 全員、千雨がそこまで考えているとは思わなかった。

 そして、ソレを千雨に変わってできる人間がこの場にいないことも解ってしまった。


 ココにいる全員。人とは違う力がある。

 ヒト以上の戦闘力。

 例外といえば、宮崎のどかと綾瀬夕映のみ。
 
 だが、彼女達ですら新たな力を得ようとしている。

 

 その力が強くなればなるほど、スパイの摘発がしにくくなる。

 弱い人間がスパイの摘発をおこなう。

 それは、魔法使いに心の重荷を背負わせないことと共に。

 弱い人間のプライドでもあるのだろう。


 決して勝てない相手、それが自分達と同じ体であった場合。

 優れた人間を嫉妬する弱い人間は必ずいる。


 そして、自分から重荷を背負おうとする魔法使い。

 彼らに負担に思わせないために、ソレを黙っていた千雨。

 彼女の決意。
 



 それが解っているだけに。これから、ツライ仕事があると解っているだけに。

 今だけは優しい時間を過ごす、千雨の邪魔をしたくない。




 ………っと、理解はできるのだ。頭の中では。




 だが、目の前で真っ赤になりながら。

 照れ隠しに怒鳴る千雨の態度を見ていると、心がざわつくのも事実。



 ゆえに。





 ◇◆◇◆◇





 ―――――ゾクリ!



 もの凄い勢いで背中に氷柱が叩き込まれた。

 長谷川の説教が始まって、約30分。



 そろそろ帰りたいなぁー。

 血が足りなくなるよー。


 
 とか考えていたら、殺気を感じ。目を凝らせば闇に蠢く紅い目が見えた。




 ――――幻獣か!?




 と思えば、何のことはない。いつもの面々。

 長谷川は背を向けてるからワカラナイだろうが、俺からは丸見えです。



 もの凄い殺意と共に、真っ赤にはらした眼で睨む約数名。

 ぶっちゃけ、スキュラも裸足で逃げ出す怖さです。 



 
 ……やばい、さっきの見られたのか? 
 

 長谷川の口を汚したのがそんなにお気に召さないのか、殺意で空気の色すら変わってるよ、おい!



 その中で、必死に皆を押し留めてる感卦法使い。神楽坂明日菜。


 頼む、そのまま頑張ってくれ。

 俺が怒られるのも困るが、長谷川の尊厳を守るためにも。


 できれば、俺のチカン行為がばれないためにも!


 
 
 その熱い願いを視線に込め、眼差しを送ればニッコリ笑う明日菜さん。






 ――――良かった、通じた。


 と、思ったのも束の間。



 明日菜さんはゆっくりと親指で首を掻っ切るマネをした後、親指を下に向けながら舌をだしていた。
 
 それは、死刑宣告でしょうか?

 つうか、そんな往年のプロレスネタ知ってるって貴女何歳ですか?
 




 無言で送る視線の問いかけに、ニッコリ頷く感卦法使い明日菜さん。

 その唇が、俺でもわかる形に蠢いている。



 ………曰く、“死んできなさい”




 もうあなたの笑顔には騙されません。

 つうか、読唇術もできない俺がわかるってどんなレベルだい?







 こんなことで、女の子と通じ合いたくなかったよ、ばあちゃん。

 女の人って不思議がいっぱいだね。


 『―――――この浮気者!』



 ………はい?

 う、浮気者?

 ナニ言い出してんの、ばあちゃん?



 いつもは答えを返してくれないばあちゃんが、いきなり怒鳴ったので何事かと見上げれば。

 月光を乱反射する十字架の星空が見えた。

 うん。実際、夜に浮かぶ星より多い十字架ってどうなんだろう。



 ………って、月光を背に螺旋を描くように並んだ十字架を背負ってらっしゃるのはシャークティ先生?

 

 そして、先程から耳に痛い罵詈雑言は仮契約カードを使った念話でしょうか?

 馬鹿、朴念仁はまだわかるんですが。最初の浮気者って何のことでしょうか?




 
『―――――!』


 
 

 キャー、だからヤメテー!

 念話で最大音量で叫ぶのはや〜め〜て〜。


 耳が、耳が痛くてもうなにを言ってるのかわかりません。



 うう、できれば今すぐ仮契約カードを額につけて言い訳したい。

 でも、長谷川に隠れてそんな事できないし。
 
 前門の長谷川に後門のシャークティ先生。

 いや、明日菜に他のみんなもいれれば四面楚歌か?

 


 だが、朴念仁やら鈍いやら言われた俺にでも解る。

 皆が怒っていることと、シャークティー先生が怒っていることは同じだということぐらい。

 だから、俺は長谷川に。話し始めた。



 

 ◇◆◇◆◇





 「長谷川、俺の話を聞いてくれないか?」



 目の前にいる長谷川は、怒鳴りすぎて疲れたのかハアハアと息を切らしてる。
 
 まだ顔は赤いままだが、大分落ち着いたようだ。

 だが、周りからの冷たい視線。そしてシャークティ先生からの叱咤。それでやっと気がついたコトがあった。




 「あー……長谷川、急な話でなんだけど、これからは俺と一緒にいてくれるか?」



 それは、言わなければいけない言葉。
 
 これから幻獣と戦うと誓った少女に、俺が最大限できること。




 
 「………ば、馬鹿! なに言い出してんだよ。それはできないって」

 「こんな時にじゃなくて、こんな時だからこそ」


 

 なにしろ、幻獣が寄生。もしくは、擬態してる奴と戦わなければならないんだ。

 宮崎さんと一緒に探すのに、俺もついていくべきだ。2人とも大事な俺の生徒だからね、ソレを守るのは当然の責務だろう。




 ――――おや?

 さっきより、長谷川の頬の赤みが増したような?  

 というか、先程までの決意に満ちた表情ではなく。俯いて、指を組みながらそわそわしてる?

 眼鏡にかくされた瞳は若干潤み、俺のほうをチラチラとみている。




 長谷川の様子が変だ。それほど変なことを言っただろうか?

 刹那や楓ではなく、幻獣探しに俺を連れて行って欲しいとお願いしただけなのだが。


  
 「――――で、でもそれじゃ」

 「迷惑なのを承知で言うけど、長谷川のこと守ってやりたいなぁ、と」  






 ――――ボヒュ!


 

 そんな擬音が似合うほど、長谷川は一気に紅潮してしまった。

 うーむ。そんなにイヤなんだろうか。やっぱり、女の子同士でいたいものなのかな。


 だが、年長者として自分より若人が先に死ぬなどということは許せないのです。

 あうあう言いながら、長谷川は必死に何か言おうとしてる。ここで時間を空けると更に意固地になりそうだな。

 


 「嫌だ言っても却下ということで。不都合が出るまでは側にいるよ」


具体的には、好きな男性やらが出てくるまで?

 ………まあソイツが強いかどうかはわからんけど、嫁入り前の女の子に傷はつけられないんですよ。副担任としては。






 「………いいのかよ」
 
 「ん?」



 さっきまで固まっていた、長谷川が動き出した。

 

 「わかってんのか? 私と一緒にいるってコトは皆に嫌われ続けるってコトだぜ」

 「ああ、そうだね」
 
 「それだけじゃねぇ。アンタの主人であるネギ先生も白い目で見られる可能性があるってコトだ」

 「多くの人間に好かれることと、多くの人間に嫌われないことってのは別だからね」



 同じように感じる2つは、実は正反対に近い。

 英雄と凡人。この2つを同時にこなすなんてコトは不可能。
 
 ならば嫌われないようにせせこましく生きるより、批難を恐れず好かれるため努力して欲しい。
 
 ネギが目指すマギステル・マギってのはきっとそういうモンだろう。

 多くの人に好かれようとも、権力者に嫌われたり、敵対する相手がいるコトもある。

 誰にも嫌われたくなければ、そもそも何もしなければいい。

 誰かに好かれたいなら、誰かに何かしたいならまず行動をしなければならない。



 そして行動するなら、誰かに嫌われることを恐れては何もできない。

 嫌われることを恐れては、何もできないのだ。 

 好意の反対は嫌いではなく無関心。

 無関心になられるような無個性な人間になるくらいなら、嫌われてもいいから個性的な人間になってほしいものだ。




 「なんか珍しく先生っぽいコト言ってんな」 

 「失礼だな、一応教師だぞ?」

 「なんで疑問形なんだよ」




 俺の返答がツボにはまったのかクスクスと笑いながら、俺の目をみて長谷川は一つ深呼吸すると。




 「つ、――――つまり、ジロー先生は私と『ガサガサ』……ガサガサ?」




 何か言おうとした長谷川の背後から、隠れていた皆が現れた。

 そして、何か言おうとしていた長谷川は。振り返った所に皆がいることで固まってしまった。

 やっぱ、男の手に口をつけてたのを見られたのは相当恥ずかしいようだ。




 「い、いや待て。違うんだ、早乙女に皆!」

 「なにが違うのかな〜。千雨ちゃん?」




 長谷川はもの凄く慌てて、ニヤニヤ笑っている早乙女に言い訳をはじめている。

 まあ、手を口に含んでるの見られたり。これから隠すべきことを皆にバレてしまったので恥ずかしいのだろう。

 そして。長谷川の隠された決意を知り、皆は感動で涙を流しているん……。だよな?

 

 なぜか、複数の視線が俺を睨んでいるのだが?

 というか、なぜに俺を睨む?

 はっ? ひょっとして。長谷川の天使の谷間に目がいったのがバレタのか?

 や、やばい。それはそれでピンチです!




 「しかし、意外にあっさり決着がついちゃったね〜。残念♪ ジロー先生争奪杯はコレで終りかな〜♪」   





 早乙女が不思議なことを言い出している。

 なんだ? 決着って?

 つうか、争奪杯ってなにさ?

 まさか、また俺の給料からたかろうというのか?




 「ジ、ジローさんはこれからどうするんですか? まさか私達の部屋を出て行くなんて」

 「あー……そうだな、出て行かないとだなぁ」 




 刹那がなにやら思いつめた様子で聞いてくるが、無論出て行くべきだろう。

 というか女子中学生と同じ部屋ということ事態、普通ありえないのです。

 学園長のイタズラでこうなったが、早く出て行くべきだとは思ってたんですよ。正直。

 

 ……ぬお? なぜに泣きそうな顔でコチラを睨むのですか、刹那さん?




 「じゃ、じゃあ」

 「そうだな、できるだけ長谷川の側にいるべきだろ」



 しかないよな、やっぱ。

 同じ部屋なんてのは論外だから、できるだけ近くで守るためには隣の部屋か。

 でも、女子寮だしな。

 最悪、外でテント暮らしかキャンピングカーで見張るべきだろう。


 ところでさっきから、ものすごい勢いで長谷川の顔が赤くなっているんだが。風邪だろうか?

 そういや汗かいたまま、着替えてないみたいだし。早く帰ってお風呂に入ったほうがいいのでは? 



 そして、なにを勘ぐっている。そこの数名。

 早乙女「ラ――ブ臭!」とか意味不明なコトを叫ぶんじゃない。

 そして刹那や夕映ちゃん。それに楓や古菲は泣きそうな目で睨むな。睨むな。



 っていうか先程から、シャークティ先生からの念話がシクシクという泣き声しか聞こえないのは何でさ?


 

 「あ、相棒。それはつまり――――」
 
 「ああ、これから当分の間。―――― 長谷川のボディーガードとして傍にいるつもりだ」



 なにやら、期待した眼差しで俺を見ているカモに期待通りの言葉を返してやる。

 うむ、我ながら鈍かった。

 シャークティー先生や皆が殺気だっていたのは、か弱い女性を不安な気持ちにさせたせいだと気がつかないとは。

 そうだよな、一般人に限りなく近い彼女が不安じゃない筈がない。

 口下手な俺じゃ、言葉で慰めるなんて不可能だろうし。


 だったら、無茶苦茶強い刹那や龍宮と一緒にいるより。

 彼女の傍にいたほうが、何かと心強いだろう。




 ………ん?

 なぜに皆さん、固まっているんでしょうか?

 皆が俺に望んでいたのって、教師として長谷川を勇気づけろってコトだよね?

 



 そして早乙女は、なぜに腹を抱えて笑っている?


 そして、なんで長谷川はプルプルと震えてらっしゃるんでしょうか。




 ■■■■



 ―――唐突ではあるが、ストレスを我慢するというのは限界がある。

 酷いことをされても許すコトができても、それは解消しない限り段々と膨れ上がってゆく。

 限界を超えれば溜まりに溜まった怒りが激情となってあふれ出す。


 さらに、このストレスとは一定方向だけなら限界まで我慢できるが。

 突然、別方向から来るストレスに人間は対応できないものである。





 今回、女子中学生。それも限りなく一般人に近い千雨にとって戦闘とはとてつもなく怖いものであった。

 そして、戦闘から推測された事実を導き出し。友人の姿をしたモノを殺すということも相当にストレスが溜まることである。

 
 更に愛しいもののため、泥を被る覚悟をしたものの。

 それを最も知られたくないジローに知られ。しかも『告白』としか思えない口説き文句を言われ。


 そこから奈落に突き落とされるというのは、精神的にもっともキツイモノである。



 故に………。


 千雨の口がまるで三日月のように割れるのは、ある意味。必然であったのだ。




 ■■■■
 




 皆が、静かになって数秒。

 ケタケタ笑っている早乙女に「分かってたですね、ハルナ!」とか夕映ちゃんが叫んでいるが、何のことであろうか?



 「あんたねぇ、接続が本当におかしくなってるんじゃないの?」
 
 「いきなり失礼だな、明日菜」

 
 
 皆の心情を代弁しただけだというのに、この言われよう。

 それとも、長谷川を孤独にさせたほうがいいとでもいうのか?

 そんな事は、人として。教師として許しませんよ。



 「ああ、うん。人間としては、多分良いコトしようとしたんだとも思うぜ」

 「まあね、ただ問題は」

 「壊滅的に、タイミングが悪いというだけで」



 カモが入れてくれているフォローに同意してくれている、皆。

 だが、どうやらタイミングが悪かったらしい。

 どんなとこがタイミングが悪いのかと、疑問を感じていると。



 周囲の温度変化に気付き――そして、愕然とした。

 冷えていく。空気が冷え切っていく。
 
 零下などという状況はとっくの昔に過ぎ去り、部屋の中は、もはや自然界には起こり得ぬ未知の領域に突入していた。
 
 夏にもかかわらず体感温度は一気にマイナスどころか、絶対零度。地獄の嘆きの川コキュートス!?

 なんて謎のフレーズが脳裏をよぎるほどガクガクと体が震えている。何事かと後ろを振り向けば。怨念のこもったつぶやき声が聞こえてきた。





 「ふふふふふふ

 「は………長谷川、さん?」



 

 地獄のソコ、最下層から聞こえてくるような声と質量を持った冷気は先程まで赤くなっていた長谷川から流れてきていた。

 魔力もないはずなのに、魔法としか思えない冷気とはこれいかに?

 つうか、今の貴女なら絶対零度の魔法でさえ使えそう。
  




 「―――――あ、ああ。そうか。つまり、さっきのセリフは……私をもてあそんだ。そう考えていいわけだな?

 「は………ハイ?」 

  


 なぜに、そげな恐ろしげな眼差しで私を睨むんでしょうか長谷川さん?

 つうか、もてあそんだってなにさ?

 俺は君のタメにボディーガードをしようとですね?

 あれ? なぜに仮契約カードなど出してるんですか?




 「へぇ。『ハイ』………か、まさか肯定するたぁな。いい根性してるじゃねぇか」

 「い、いや。『ハイ』はその『ハイ』じゃなく」




 なぜだろう、さっきから冷や汗が止まりません。

 俯きながら、平坦な声で嗤っている長谷川がむっちゃ怖いです。

 つうか、長谷川のアーティファクトは実戦能力はないはずなのに。なぜにこんなプレッシャーを感じるのか?




 「まさか、龍宮から借りたコイツを使うとはな」

 


 そう言いながら、長谷川が出したのはデザートイーグル50AE。

 オートマチック拳銃最強といわれる、バケモノ銃です。

 なるほど、普通の女子中学生にそんなバケモノ銃は使えませんよね。

 だから、魔力供給うけるために仮契約カードをだしたんだ………って。





 「まって、マテ。いや待ってください長谷川さん。何か誤解があったなら謝るから」



 というか、どうか許してください。

 魔力でいくら強化しようが、痛いものは痛いんです。

 

 ぬお、そして何で皆は逃げ出しているの?

 なに、その「自業自得だよ」みたいな目は。

 そしてシャークティ先生、念話で「ご愁傷様です」とか言うのやめてください!

 これは立派な傷害事件というか、下手したら殺人事件ですよ? 

 少なくとも立派な殺人未遂事件です!



 
 「長谷川、いや。長谷川さん。たぶん俺が悪かったんだと思う。いや全面的に俺が悪かった。反省する。謝罪する。土下座だってする。
 ――――だから、ともかく落ち着いてくれ」



 そう呼びかけてみるも、長谷川はジリジリとにじり寄ってくる。

 その手に鈍く輝く拳銃が怖くて仕方ありません。



 「な、なあ。まずは話し合おう。争いは何も生み出さないし、力だけでは何も解決しない。平和的手法こそが一番の解決策だと思うんだ」

 「…………」



 理知的な呼びかけも、完全に不発に終わる。恐怖にがちがちと歯を鳴らしながら、俺は最後のチャンスに賭けた。





 「長谷川、戦いは終わったんだ。もう憎しみあう必要なんてないんだ。皆で寮へ帰ろう? そこでならきっと、俺たちはやり直せる」

 「ジロー先生?」



 俺の眼前で、ぴたりと長谷川が立ち止まる。

 感情に訴えたのが功を奏したのか、と安堵した直後。少女はにっこりと微笑んで、俺に死刑を宣告してきた。




 「遺言はソレで終りか♪」

 「う、うわぁぁぁ」
 

 
 絶望の涙を心の中で流しつつ、皆を振り返れば何時の間に降りてきたのか十字を切るシャークティー先生の姿。

 皆も同じように十字を切っている。



 「ジロー君、あなたに神のご加護のあらんことを」

 「いや、そんなセリフはいいですから。長谷川を止めてください!」
 
 「往生際が悪いぜ、ジロー先生」




 冷たいお言葉と共にガチリと銃口が俺の頭に突きつけられる。

  

 「だから、俺が何をしたって言うんだっ! 武力制裁の前に、せめて。せめて一言だけでも説明してくれ!」

 「やかましいっ! オマエに何言っても無駄だろうが! もう黙って死ね」

 「そんな理不尽な要求に従えるかぁー!」




 慌てて逃げ出そうとするも、恐怖感からか動けません。

 足元にはなぜか、人の手にしか見えない草が纏わりついてます。


 ………なんか、ばあちゃんにしか見えないんだが気のせいだと思いたい。



 そしてなんだか、聞いた事があるような呪文を叫びだす長谷川さん!

 銃が銃が、紅く輝いてますよ!!!!?? 

 いつのまに魔法が使えるようになった!?





 
 「
……………。私の銃が真っ赤に燃える鈍感男を倒せと轟き叫ぶ! 喰らえ、愛と怒りと悲しみの!


  
―――――――全てを射殺す銃爪≪シャイニングフィンガァー≫!



 「それは呪文じゃねぇぇ!!って、――――――い、イヤァァァァァ!!!」



 






 
<了>




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