この世界には、魔法というものが存在する。何を隠そう、京都の道路のど真ん中でメイド服に身を包んで尻餅をつく少女も、その一人だった。その傍らには、メイドを守るように佇んでいたゴシックロリータな少女が、両手に刀を持って静止していた。

「侵入者の魔法に巻き込まれて……空間移動の類?」
「そうですねー、センパイともはぐれてしまいましたえー」

 麻帆良学園の警備員の中でも、優れた戦果を挙げている集団。それこそが、このメイドの属する『闇の福音』のグループだった。最も、そのリーダー、エヴァンジェリンは戦場に出ることは少なく、殆どを従者である月夜華琳に任せているわけなのだが。
 『闇の福音』のグループは、エヴァンジェリンの従者・月夜華琳と、その従者数名。更に、ネギ・スプリングフィールドとその従者数名で構成されている。今回は、その中でも月夜華琳が相手の魔法を受け、それを守ろうとした従者・月詠が巻き込まれた。恐らくそんなところであろう。この二名が戦力から抜けたところで、神鳴流剣士・桜咲刹那や東洋魔術師・西園寺瑞葉といったメンバーがいるのでたいした問題ではないだろう。

「取り敢えず、学園に戻ろうか……」
「そうですねー、早く戻りたいですー」

 こんな奇怪な格好をしている二人組みが突然現れたことに、周囲が騒がしくならない理由こそが、その時間のためだった。周囲の家の明かりは消え、ただ街灯だけが光るのみ。かろうじて見える公園の時計が示す時間は、深夜の1時を少し回ったところだった。

「この時間だと、新幹線はありまへんなー」
「夜行バスで戻るわ」

 仕方なく、華琳と月詠は、夜行バスで一路麻帆良に向かうべく、夜行バスの出発地点へと歩き出した。


結局、二人が麻帆良についたのは、翌日の12時にぎりぎりでなるかならないかという、お昼時だった。ちょうど小腹も減ってきた二人は、その奇怪な格好のまま昼食をとることにしたため、周囲からは好奇の目で見られている。

「あー、夜行バスがこんなに大変だったなんて……」
「華琳様は良いじゃないですかー。ずっと、私の膝枕で寝てたんですからー」
「んー、良いじゃないの。月詠の膝、気持ちいいんだし」
「ウチは身体が痛いです……」

 月詠の訴えは当然といえば、当然である。数時間、それも十時間近く座りっぱなしであっただけではなく、他人の重みまで付加されるのだから、いくら剣で鍛えていても辛いものは辛いのだ。最も、華琳の寝顔を独り占めに出来た以上、嬉しさが勝っていることを月詠は語ることはない。

「ところで月詠。どうして私達は、こんなに好奇な目で見られてるのかな?」
「確かに変ですねー。華琳様は麻帆良の人気者ですしー」

 因みに、今の格好は華琳が月詠に身体を預けている状態。周囲から見れば、リアルな百合関係にびっくりしているといったところだろうか。それも、メイドとゴスロリというなんとも奇怪な二人組みの、である。
 普通の感性を持っていれば、これに驚き、好奇な目で見ることは正常なことであるが、華琳が百合っ娘であることと、ファンクラブを有するほどの人気であることを考えると、確かに不思議なことではある。

「まぁ、たまたまそんなこともあるかもしれないしね」

華琳と月詠が、そう納得してレストランを出たところで、華琳にとっては見間違えることのない姿を補足することに成功したのだった。
華琳が捕らえたその姿は、間違いなくエヴァンジェリンその人であり、傍らにはネギ・スプリングフィールドの姿も見て取れる。そして、桜咲刹那の姿も見受けられる。
ついに、麻帆良に戻ってきたのだ。大好きな主・エヴァンジェリンの下に帰ってきたのだ。たった一日とはいえ、華琳はその寂しさを晴らすために主の下へと走り出した。
月詠は、少々不満げな表情を浮かべてはいるのだが。

「お嬢様〜!会いたかったです〜!」
「なっ、誰だ!?何だ、いきなりどうしたんだ!?」
「お嬢様!?私を忘れてしまったんですか!?まさか、敵の攻撃も防げないような愚かな従者は要らないと、そう仰るんですか!?」
「待て、落ち着け!誰かと人違いしていないか?」

 いきなり抱きつこうとした華琳に対してエヴァンジェリンの言葉が響いた瞬間、華琳は魂が抜けたかのように、ひざをつくことになったのだった。


闇に仕えるメイド長・番外編 〜その少女、冥土(メイド)につき?〜


 京都で過した時期も、修学旅行から帰ってきた後も、華琳がここまで錯乱する場面は初めてだろう。華琳がエヴァンジェリンの目の前で、『お嬢様〜!私は用済みなのですか〜!』と声を上げて大泣きしているのだから。

「金払ってきたぞ……ってどうしたこの状況?」
「その……見知らぬ女性がエヴァンジェリンさんに『お嬢様〜!』と飛び掛りまして……」
「うぅ……刹那までそんなことを言うなんてぇ……。私の味方は月詠しかいないよぉ……」
「見事に拒絶されたんですが……何故かそのことにショックを受けているようです」

 麻帆良で最も不遇の人物の一人、八房ジローに、再び厄介ごとが舞い込んできたことは、誰の目に見ても明らかだった。仕方なしにジローは泣き喚く少女をあやそうと一歩踏み出したのだが、その行動はある人物の登場によって中断されてしまった。

「もう、そんなに急いで飛び出したらあきまへんー」
「っ!月詠……!」
「センパイやお嬢様と合流できたのに、どうしたんですー?」

 華琳において行かれた月詠は、小走りで近寄ってくると、刹那やエヴァンジェリンの目の前で泣き喚く主の姿に困惑する。緊張感が無く感じるのは、彼女特有だとも言えよう。
 それはともかく、月詠の登場で桜咲刹那やネギ・スプリングフィールドは臨戦態勢をとる。それにたいして、月詠は首を捻るばかりだ。どうして仲間に剣を向けられなければならないのか。それが理解できないのだから。

「どうしたんどす?一緒に戦った仲じゃないですかー?」
「戦った仲だから警戒するんだろうが……!」
「センパイ、仲間同士で戦う場面ではないですよー?」
「誰が貴様と仲間になった!」

 目の前で言い争う刹那と月詠。エヴァンジェリンの目の前で泣きじゃくる一人のメイド。ようやく事の厄介さに気がついたのか、八房ジローは直ぐに答えにたどり着いた。
 自分が同じ事を経験したからこそ、直ぐに答えにたどり着いたのかもしれないが、ここでは細かいところを気にする必要も無いだろう。
 ジローの勘が正しければ、目の前の少女と月詠は、別世界の人間なのだから。

「月詠といったかね……俺の姿に見覚えは?」
「ありまへんえー」
「間違いないか……この二人は異世界の人間だってことだ」
「成程な……別世界の私には、こいつが仕えているわけだ」

 目の前で泣きじゃくる華琳の姿に、エヴァンジェリンはげんなりする。誇り高き吸血鬼に仕える従者が、まさかこんな泣き虫だったとは、と。
 勿論、華琳にとってみれば、大好きなお嬢様に拒絶され、心ここにあらず、といったところなのだが。

「取り敢えず、学園長のところに行こうかね。ここで話し合っても埒があかないさね」
「そうですねー。お兄さんの意見に賛成ですー」
「というわけで、そこの君もいいかな?」

 月詠の承諾を得たジローは、華琳にもその旨を問うが、華琳から感じる異様な雰囲気に一歩後ずさる。華琳の体からは、今すぐにでも黒いオーラがあふれ出そうである。

「……そっか。何かおかしいと思ったら、お前か……。お前がお嬢様やネギ先生を誑かしたのね……?」
「あー、また厄介ごとっぽい?」
「お嬢様を誑かすなんて……許しません!」

 完全に空気が変わった。華琳が立ち上がったときには、直ぐにナイフが飛んできたのだから。ジローは小さく溜息をつくと、目の前の少女を止めるべく動き出す。目の前の少女の実力は、ネギや刹那で勝てるものではないと、そう判断したからだ。
 現に、空中で静止したナイフや、気がつくと目の前にあるナイフの存在に苦戦を強いられているのだから。

「どこの紅い館のメイド長か……ってね」
「意外とやるみたいですね……」

頬と腕に負った切り傷を少し摩りながら、ジローは再び華琳と対峙した。


結論から言えば、華琳はジローに敗北した。頭に血が上っていたこともあってか、ジローの攻撃を避けることができなかったことが敗因だろうか。とはいえ、ジローの身体には生傷が幾つも出来ているのだが。

「お嬢様を誑かした奴に負けた……。お嬢様ぁ……!」
「これをどうするかね……」
「ウチに任せてくださいー」

 再び泣き崩れた華琳を見て、ジローは再び嘆息。また近所の目が厳しくなる……とおもっったからである。しかし、結局この後弄られることには変わりないのだが。
 華琳をどうするか、それで悩んでいたジロー一行だったが、月詠が直ぐに名乗り出た。長い間一緒に過している月詠にとって見れば、華琳のことをよく知っている。
 それに、ある意味チャンスでもある。
 一同、月詠の行動に唖然とすることになる。さりげなくネギの目が塞がれているあたり、心配は要らないのかもしれないが。

「華琳様……ウチが一緒にいますよー?」
「んっ、ん……」
「はい、ごちそうさまでしたー」
「……月、詠……?」

 目の前で繰り広げられる百合空間に、再びジローは嘆息する。どうして、自分の周りには面倒ごとばかり舞い込んでくるのだろうか。
 今度、学園長に攻撃を加えてやろうかと、本気で思った瞬間だった。



華琳がこちらの世界に飛ばされてから一週間。職員室のテーブルの一角では、魔法先生による談話が行われていた。一人だけ頬や指に絆創膏を張っているジローが魔法先生と話しているのは、件の華琳のことである。

「あの時はびっくりしましたよ。まさか、本当に異世界の人間とは思いませんでしたし」
「そうだな……生徒との仮契約カードを見たら納得せざるを得なかったがな」
「一般人の生徒の物やら何やら、色々と混じっていましたしね」

 あの後、華琳がどうなったのかはジローは聞かされていない。学園長が、あらゆる手を使うと公言していたので、きっと何とかなったのだろう。これで、少しでも厄介ごとが減ってくれればいいと、そうも思っている。シャークティ先生の言う通り、少しは自分の身体もいたわろうかと思うのだ。
 しかし……。
 魔法先生達の興味は、そちらには向いていない。刹那や夕映といったメンバーに加わり、とんだ大穴がいたのかと、実は内心楽しんでいたそうである。
 故に、ジローが弄られるポジションにいることは変わらない。

「それにしても、ついに刺されたかと思ったよ」
「そうだね、あんな美少女を泣かせるなんて……とも思ったよ」

 どうして俺が非難されるんだろう。今回の功労者は俺だと思うんだけれど。

 ジローの心の叫びが、誰かに届く日は来るのだろうか。




「華琳様……が消えてしまいました……」
「嘘でしょ……華琳!」
「おい、どうにかならんのか!」
「儂に言われてものう……」

華琳の元の世界では、エヴァンジェリンや華琳の従者達が、大慌てで学園長室を訪れ、そこで錯乱していた。この後、華琳が戻ってくるまで、3-Aではまともな授業が行われることもなく、学園全体が不穏な空気に包まれたという。
 華琳と再会したエヴァンジェリンは、華琳と同様に泣き叫んだことを、別世界のエヴァンジェリンはどう思うのだろうか。華琳と一緒にいた月詠は、もしももう一度あったら伝えてみようと、心の中で決心した。

 少なくとも一ついえることは、月詠は華琳を独り占めする絶好の機会を逃してしまった、ということだった。


−後書き−

取り敢えず、最後は月詠エンドで終りそうだったこの話ですけれど、一応は下の世界に戻ってきたようです。どうやって戻ってきたかは分かりませんがね。

取り敢えず、錯乱する華琳を書いてみたかったというのはあります。そして、月詠が非常に優遇されています。一人で行くより、月詠がいた方が面白いですし。

結局、ジローさんあまり登場できなかったなぁ……。また訪れてしまった時には、もっと活躍させるぞーっと。

なんだか中途半端なお祝い品になってしまったな、と反省。
ともかく、コモレビさん。500000ヒットおめでとうございます!

ではでは〜。

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