第十話:地縛霊でも関係ない?

―麻帆良学園・図書館島―

麻帆良学園が世界に誇る、一番大きな建物……それこそが、この図書館島です。図書館島の地下は非常に深いところまで続いており、一般の生徒には立ち入りが出来ない階層まである、正に謎の場所と言っても過言ではありません。
私は、その図書館島の深層に近い、ある書庫に来ています。一応は、禁書や魔道書が中心に並べられたこの書庫には、魔女が住んでいるんです。

「どうも、堕天使さん。頼んでいたものを取りに来ました」
「アリス様がお待ちです……どうぞ、こちらへ」

図書館島の禁書書庫―魔法使いの間でのこの書庫の通称ですが―の魔女、アリス・クスカップ様は、お嬢様の10年来の親友だそうです。故に、私は時折この場所まで足を運ぶのです。そして、この書庫の中で司書をしているのが、彼女、堕天使さんです。
堕天使は彼女の名前なのだそうですが……。まさか、本名ですか?

「あぁ、華琳……頼まれていた媒体は作っておいたわよ」
「ありがとうございます、アリス様……これで、また一人修学旅行へ連れて行くことができます」
「そう……良かったわ、役に立てたようで」

相変わらずアリス様は、本から眼を離そうとはしません。私が訪ねたときは、基本的に読書している場面しか見たことありませんし、他の事をしているときでも読書をやめることがないと聞きます。一説では、この書庫の本を全て読破しているとの噂さえたつほどですから。

「……華琳、また女性に惚れられたのかしら?」
「……そうですね、最近多いです」

唐突にアリス様が私に質問をしてくる。私はといえば、堕天使さんが淹れてくれたハーブティーを飲みながら、その質問に答える。
アリス様は、麻帆良一、もしかすると、世界一の知識量を誇るともいわれている、動く図書館ですから、その質問には意図があるのでしょう。動いているところは見たことがありませんが。

「あなたの発する、サキュバスの種のフェロモン……いえ、この場合はインキュバスの発するフェロモンが原因かしら……?」
「……ちょっと待ってください、私は人間のはずですが」
「何を言っているのかしら?あなたは紛れもない、サキュバスよ?確かに、人間の血や吸血鬼の兆候も感じるけれど……少なくとも、夢魔特有のフェロモンが漂っているもの」

アリス様の言う、サキュバスとは、キリスト教に登場する夢魔のことです。サキュバスは、女性型であり、男性を誘惑して精を奪うといわれています。
しかし、私の場合は言い寄ってくるのも、私が好むのも女性ばかり。これは、インキュバス……つまり男性型の夢魔に見られる現象です。
しかし、私がサキュバスなどといわれても……私は普通に人間として成長してきて、お嬢様に吸血鬼の種みたいなものを仕込んでもらっただけなのですが……。どこでサキュバスになる要素があったのでしょうか……?
しかし、百年以上も生きているといわれる、生き字引が言うのですから、それは間違っていないでしょうね。なんていっても、彼女自身が夢魔の魔女ですから。

「私が、サキュバス……ですか?」
「特徴だけ言うなら、インキュバスね……形が女性型だからサキュバスなのよ。これからも、あなたの周りにはあなたに惚れた女性が集まるわよ?」
「……それはそれで、ありですね」
「そして、あなたと関係の深い人ほど、惚れやすくなり、そのフェロモンに当てられる。仮契約者とか、親友とか、同業者とか、そこら辺ね。私で言えば、堕天使ってラインね」

私と仮契約をした後の瑞葉や、亜子、裕奈の雰囲気の違いを考えれば、信じざるを得ない内容ですね。瑞葉のべったり度、亜子の豹変振り。……これが原因だったとは。
亜子はといえば、今日は学校で瑞葉に負けないぐらいにくっついてきましたし。

「つまり、私はサキュバスで……この学園にハーレムを作れる……」
「……簡単に言えば、そういうことよ」

麻帆良の女性は皆、美しく、可愛いですからね。それならば、私の魅力を存分に使って、お嬢様ファミリーを強化していきましょう。
これは、忠誠心からの発言です。
別に、ハーレムを作りたいから、という端的な理由ではありませんよ?

「麻帆良のサキュバス(女性専用)……あながち嘘ではなかったんですね」
「えぇ……。また、困ったら来なさい。私は寝るわ……」
「はい、それではまた……」

私は、禁書書庫を後にして、一路、学園に向かいます。この後、一コマだけ授業がありますから。
……それにしても、サキュバス(しかも本当の意味で女性専用)ですか……。これはまた、ファンクラブの増員は止まらなそうですね。


―麻帆良学園・女子中等部―

本日最終の授業が、瑞葉のクラスで行われる授業です。実質、この後一週間ほどは授業がないんですけれども。
瑞葉のクラスでは、次回の家庭科の授業で調理実習をすることになっているそうなので、その説明を行っているわけです。

「それでは、次回の調理実習で作る、ラザニアを人数分作ってきましたので、食べてみてください。そこから、味を覚えるのですよ」

ボロネーゼソースとベシャメルソースを作る作業が、簡単なラザニアの調理法において一番難しいことです。そのためには、まずは味を覚えることが一番だと考えます。

「美味しいです!流石は華琳様〜!」
「はいはい、授業中ですよ、瑞葉」

授業中にも関わらず抱きついてくる瑞葉を軽く受け流しつつ、ベシャメルソースの作り方を黒板に書いていく。
時折、『流石は華琳様です』とか『華琳様の料理が食べれるなんてなんて幸せなのかしら』とか『華琳様のためなら死ねる』とか聞こえてきたのは、無視です。
なにせ今は、授業中ですから。

「はい、では授業は以上です。来週の実習に備えて練習をするも良いでしょう。一番美味しかった班には……ご褒美でもあげちゃおうかしら?」
「……やるしかない!」

やはり、女子中等部の生徒は、私からのご褒美に釣られる生徒が何人かいるようです。釣られている生徒は、大方私のフェロモンにあてられたのでしょう。
嬉しいには嬉しいんですけれどもね。動きにくくなるのは勘弁願いたいところですが。
そんなこんなで、私は3-Aの教室に向かっています。
時折生徒から熱のこもった視線で見つめられるのは、少々遠慮願いたいのですが……。

「……さよちゃん、いる?」
「華琳さん〜、最近は来てくれないから淋しかったですよ〜!」

わざわざ放課後になったのに3-Aに来たのは、これが理由だったりします。時間が四時を過ぎてしまえば、教室に残っている生徒はいないですからね。扉に人払いの魔法をかけて、さよちゃんに話しかける。
彼女―相坂さよ―は幽霊であって、他の人からは姿が見えないどころか、認知すらされていません。お嬢様は気がついておいでですが、話をかけることもありません。
故に、60年ほど地縛霊をやっている彼女の初めての話し相手が私だったりします。
今では、もう、二年近くなりますかね。

「華琳さんの声が聞けないと……私は淋しくて、淋しくて……」
「もう、さよちゃんは淋しがり屋なんだから……」
「うー、私には華琳さんしかいないんですよ……?華琳さんにとっては妾かもしれませんけれど……」

他に気配を感じてくれる人がいないからなのか、さよちゃんは私に執着しています。……まさか、妾といった発言が出てくるとは思いませんでしたが。
ちなみに、さよちゃんは私のファンクラブ第二号だそうです。お嬢様が手を貸したということは聞いていますが……。第一号はお嬢様ですよ?
そして、さよちゃんは私に初めて告白してきた人物でもあります。
霊であるから、私のフェロモンだかの影響を色濃く受けたのが原因だ、とアリス様は仰っていましたが。

「まぁ、私も忙しかったからね……さよちゃん、許して?」
「むぅ……いつか、キスしてくれるのなら許してあげます」
「ん、分かったわ。それでね、さよちゃんを実体化することはできないんだけど、外には出られるようになったのよ?」

今朝、図書館島に行ったのは、そのための媒体をもらいに行くため。昨日購入した人形の中に媒体を入れ、そこに憑依させるという荒業です。
既に、地縛霊の縛る呪いの類を移す魔法を教えてもらっていますので、それを同時に使えば、さよちゃんは外に出歩くことが出来るようになるのです。つまり、人形の中の媒体に縛ってしまえば良いのですから。

「これで、いつでも一緒にいられますね、ア・ナ・タ?」
「誰がさよちゃんの夫なのよ?私も女なんだけど……?」
「華琳さん、のりが悪いです」
「……取り敢えず、私の魔力を人形に流すから、私には触れるかもね。周囲に認知されるかは分からないけれどね」

さよちゃんは、私に対しては非常に積極的です。私も彼女は、お嬢様に続き、二番目に長い関係を持っていますから、ある意味一番落ち着くんですが。
……駄目です、これでは本当の夫婦みたいではないですか。

「これで、キスできますね〜」
「修学旅行に連れて行かないよ?」
「うぅ……分かりましたよぅ」

この学園から外に出られるようになったとは言え、あくまで人形に縛しているだけ。つまり、私が持ち歩いていなければ、そこから動くことが出来ないわけです。
ある意味、私に縛られているみたいですね。

「キスは駄目だけど……これからは年中一緒にいてあげる。……でも、人目があるときは話しかけちゃ駄目だよ?」
「はい!華琳さんのそういうところが大好きです!」
「面と向かって言われると、照れるんだけど……」

これで、お嬢様と茶々丸を除いた全員が修学旅行に行くことができますね。
修学旅行、不測の事態に備えておく必要がありますか。

「ほら、華琳さん!私達の愛の巣に行きましょう!」
「……さよちゃん、キャラが……」

お嬢様の家に向かう私の手元には、小さな人形が握られていて、その後ろには幽霊がついてくる。
一説では、心霊写真が報道部で出回ったとの噂もありますが……。
私だから、女性の幽霊をもおとしたと書かれてしまいました。

……麻帆良のサキュバス、恐るべし。
この記事を書いたのは、朝倉ですね。……今度、お仕置きしてあげましょう。



―後書き―

こんばんは。炭酸飲料が苦手なルミナスでございます。

今回は、完全なオリジナルストーリーです。華琳がどうして女性にばかりもてるのか、どうして女性ばかりを愛するのか、その理由を明かすために登場させたのが、図書館島に住む魔女です。アリスは直感でつけましたが、クスカップはスウェーデン語で知識という意味の『kunskap』をもじってみました。発音は知りません。
東方のポジションで言えば、アリス=パチュリー、堕天使=小悪魔なわけですが。

サキュバスといえば、男性から精を吸う夢魔ですが、ここでは、女性型の夢魔ということで使用しています。華琳から漏れているのは、インキュバスのフェロモンです。
だから、女性が相手なんですね。

さよは、最初からこのポジションが決まっていた娘です。エヴァ以外に華琳しか気がつかない=話し相手が華琳しかいないです。それで、前述の理由もあわせて、夫婦的なポジションにしてみました。ある意味、一番優遇されているといえば、そうなのかもしれません。
仮契約はしていませんよ、念のために言いますが。

さよが出歩くことが出来る=これからの出番が大幅に増えるということです。やったね、さよ。
次回から、修学旅行編。さよの活躍に期待です。

それでは、また次回お会いしましょう。

〈続く〉

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