第五話:吸血鬼大作戦

―麻帆良学園・女子寮・大浴場「涼風」―

茶々丸が封印結界の予備システムにハッキングする時間になった。一瞬にして、広大なこの麻帆良学園の電気は全て消え、学園全域に及ぶ大規模停電が始まります。
勿論、それはこの大浴場とて同じこと。暗闇に支配されたこの空間に、私とまき絵、二人の吸血鬼が降臨します。即ち、お嬢様の復活を意味するわけです。
今回の作戦は、結界の復旧までの限られた時間なわけですが、刹那と真名は事前に交渉してある以上干渉することは無いでしょう。時間との戦いというわけですが、私に与えられた仕事は、「処理」。ネギ先生と直接的に戦闘を行うことは、殆ど無いでしょう。

「あちゃー、消えちゃったよ?華琳が無理矢理お風呂に入ろうなんて言うから」
「当然、それが狙いだもの。瑞葉、亜子を抑えてなさい。まき絵はアキラを。私はまず裕奈からいくとするから」
「か……華琳?」
「今から裕奈と亜子は私の僕。短い間だけだけどね?」

アキラがまき絵に吸血されている場面を見たからか、それとも吸血鬼化した私に恐怖してか、裕奈が声にならない悲鳴を上げようとする。周りに気付かれてはまずいので、私は裕奈にキスしてその悲鳴を止めると、有無を言わさずに裕奈の首筋に牙を立てる。
んっ、やっぱり運動している娘の血の味は美味しいわね。

「裕奈、裕奈!?」
「次は、亜子の番よ?準備は良いかしら?」
「いややっ、やめっ、華琳、放して……」
「いっただきまーす」

裕奈に引き続き、亜子の首筋にも牙を立てて、その血を分けてもらう。吸血鬼は血を吸った相手を操ることができるわけで、私が血を吸った裕奈と亜子、お嬢様が血を吸ったまき絵、そしてまき絵が血を吸ったアキラ。合計で四人の一般生徒を手駒としてネギ先生に当てるつもりなのでしょう。

「華琳、突然何するのよ……?」
「裕奈……?知らない間にレジストでもされたかな?意識を失ってもらわないとあれだし、もう一回血を吸わせてもらうよ。……念のため、亜子も吸っておこうかな」
「いやっ!?」

再度裕奈の首筋に私は牙を立てる。そうか、裕奈は明石教授の娘さん。魔法の素養があるから、無意識の内にレジストでもしてしまったのでしょう。しかし、二回目まで同様にレジストが効くとは思えませんし、もう大丈夫でしょう。

「お嬢様、戦闘準備、整いました。ネギ先生は、今から10分以内に到着するかと」
「そうか……やっと私の長年の夢が成就するのか……!」

中央にお嬢様、左右にまき絵と亜子、その後ろには裕奈とアキラが続き、私と瑞葉、茶々丸が最後尾に陣取り、ネギ先生の到着を待つ。お人よしの先生では、一般生徒に手出しが出来ない……流石は悪のお嬢様です!

「エヴァンジェリンさん!!」
「坊やか……今日こそ決着をつけて、血を存分に吸わせてもらうよ」
「そうはさせませんよ。今日は僕が勝って悪いことはやめてもらいます!」
「それはどうかな?……いけ!」

大浴場に到着したネギ先生と、二言三言言葉を交わすお嬢様。しかし、もはや言葉は不要です。呉越同舟になどなるわけもなく、水と油の如く険悪な雰囲気を醸し出す二人。その沈黙をお嬢様が破り、運動部四人組がネギ先生の前に降り立つ。
最初から四対一。もはやネギ先生には勝ち目が無いように思いますが。

「やれ、我が下僕達よ!」
「それ、脱がしちゃえ〜!」

お嬢様の言葉を合図に、四人でネギ先生の装備を剥ぎ取り始める。どうしてでしょうか。普段の3-Aの行動と、大して変わらないように思うのですが……。

「あぅ、すいません!まき絵さん、アキラさん!」

ネギ先生が懐から魔法薬を取り出して、それを放り投げる。発動した魔法は『風花・武装解除』。その魔法についで、眠りの霧を発動させたネギ先生は、今の数秒の動きでまき絵とアキラを戦闘不能においやりました。

「では本番といこうか、ぼーや」
「いきますわ、ネギ先生」

二人を戦闘不能にしたネギ先生を褒めながら、お嬢様が本番に入るようにと指示する。これでようやく、私達の出番と言うわけです。ネギ先生と戦える場面は、今日は、この時間しかありませんから、鬱憤を晴らさせてもらうとしましょう。

「『リク・ラク・ラ・ラック・ライラック 魔法の射手連弾・氷の17矢!!』」
「『イル・クゥ・ク・ラック・クライシス 魔法の射手連弾・地の17矢!!』」
「華琳様を辱めた罰です!『天符・鳴動時国天』!」

私とお嬢様の魔法がネギ先生を左右から襲い、瑞葉の召喚した黒猫がレーザー(?)をネギ先生に照射しながら追いかける。逃げたところで、亜子と裕奈、茶々丸の近接トリオがネギ先生を追い詰め、遂には窓から落下してしまいました。

「全弾撃破確認……ネギ先生は魔法銃で全て撃ち落したようです」
「ふん、少しは考えてきたようだな」

先行するネギ先生を追いかける私達。しかし、ネギ先生の進行方向には、恐怖のボールゾーンが待ち受けているんです。裕奈のバスケットボールと、亜子のサッカー。二個のボールを綺麗に避けていかないと、墜落してしまいますよ?私が強化魔法をかけているんですから。

「うわわ、このままじゃ……」

ネギ先生は何を思ったのか、亜子と裕奈を誘導し始め……まさか、正面衝突でもさせるつもりでしょうか。そんなに、上手くいくわけが……。

「行くよ、ネギ君!」
「行くで、ネギ先生!」

裕奈と亜子が同時にボールを放つ。その中心地にはネギ先生がいるわけで、それをネギ先生が高度を上げて避けてしまえば、ボールが向かう先はもう一人の方向。
見事なカウンターパンチとでもいいましょうか。二つのボールは見事にすれ違い、裕奈と亜子も戦闘不能に追いやられてしまいました。
ネギ先生、本当によくやります……。

「お嬢様、運動部に関しては私が証拠を隠滅しておきます。……御武運を」
「坊やに現実の厳しさを教えてやるさ。……隠滅が終ったら、合流しろ。いいな?」
「かしこまりました、お嬢様」

ネギ先生を追いかけるお嬢様を、私はこの場に留まって見送ります。まき絵とアキラは既に吸血鬼化の解除と記憶の消去を行いましたので、残りは裕奈と亜子。その二人だけになります。

「最初は……吸血鬼化の解除からだけど。結界を無効化したのが仇になったのか、ネズミが紛れ込んだね。……しかも、ここに向かってる」
「どうしますか、華琳様」
「刹那と真名、楓辺りに助けを求めに行きなさい」
「分かりました!」
「記憶の消去は後回し……吸血鬼化だけでも解いておきましょうか」

学園に侵入した者の気配は、三。いずれも、私には馴染みのある気配です。これは、間違いなく組織の関係者。大方、『吸血鬼』である私に反応したのでしょう。
……ここから離れるだけの時間もありませんし、最低限、お嬢様の邪魔をさせないように足止めをする必要がありますね。

「組織の元・四天王が吸血鬼の犬とは……笑いの種にしかならないね」
「『満月に咲く黒百合』も、大したことないのね」
「あぅっ、えっと、ごめんなさい!」

目の前に姿を現した三人組に対して、裕奈と亜子を庇うようにして前に立つ。大剣を手にした男と、弓を構える女は四天王の一人……だったはず。おどおどしているのは、昔、私が教育役を務めた娘ですね。最後に会ったときよりも、かなり強くなっていることが分かります。

「今日は、どんな用でここに来た?お嬢様に手を出すというのなら……」

目の前の三人に、むき出しの敵意を向け、ナイフを構える。ようやく成就へと向かっているお嬢様の計画を邪魔するとあらば、誰であろうと成敗する必要があります。

「『闇の福音』など、どうでもいい。裏切り者を始末しにきたのでな」
「そういうことよ。覚悟しなさい、『黒百合』」

いくらなんでも、私一人で三人を相手にしつつ、裕奈と亜子を守るなど不可能です。
刹那、真名、楓。誰か一人でもここに来てくれれば、戦局は好転するでしょうけども、進退窮まりましたかね。負けるビジョンしか立ちません。

「ともかく、ここで死ぬわけにはいかないから、全力で相手をしましょう!」
「う……うーん、華琳!?」
「か、華琳……何の騒ぎや!?」
「そこから動かないの!そこにいれば安全だから!」
「華琳、何を言って!?」

最悪のタイミングで目を覚ました裕奈と亜子に、心の中で悪態をつきつつ、放たれた矢を魔法の射手で相殺する。隙を見せる暇すらないです。

「ほら、今度は俺の番だぜ」
「くっ!?」

矢を捌けば、次は大剣が襲撃してくる。一歩後ろに下がりそれを避けても、そこに矢が飛んでくる。今はこの二人だけを相手にするだけですから、比較的余裕はありますが、教え子である忍者―伊吹霞まで動き出せば、さらに厳しくなりますね。しかし、動かないとあれば、どちらにつくか、見極めているのでしょう。敵対心も感じられませんし。

「華琳、頑張れー!」
「負けるなー!」
「そんな無責任なこといわれても……」

矢と剣、交互に交わしながら牽制の意味合いもこめてナイフを投げつける。一瞬だけ敵の動きが鈍り、その隙に詠唱を始めた私は、正しく無防備でした。
戦っている敵は二人ではありません。今まで動かなかったとは言え、霞もまた、敵だということを忘れていたのです。
故に、霞が姿を消した時点では、自分自身の失敗には気がつかなかったのです。霞によって、地面に倒される前には。

「伊吹流忍術・天空の術!」
「あうっ!?霞、どきなさい!」
「華琳様は、吸血鬼に誑かされてしまったのですよね?そうでなければ、あんな奴等に……」
「お嬢様は、野蛮な吸血鬼とは違うのよ!」

空から落ちてきて私を組み敷いた霞を、力任せに上からどかし、そう宣言する。
私にとって、いまやお嬢様は命よりも大事な存在。この命を捧げてでも守るべき人。
最初は、お嬢様の『貴様は負けたのだろう?ならばその命は私のものだ』発言から始まったこの生活。それでも、今はもう、お嬢様に心酔するメイド。その生活に、後悔の念なんて一つも無いのですから。

「華琳の姐さん、一端後退してくれ!」
「ネギ先生の使い魔……?何故、こんなところに?」
「向こうの勝負は兄貴が勝ったんすよ!それより、勝機があるんだから言う通りにしてくれって!」
「お嬢様は負けたのですか……。仕方ありません、勝者には従いましょう」

突然現れたネギ先生の使い魔の言葉に、一瞬だけ逡巡する。しかし、お嬢様が敗れたとなれば、私は敗軍の将。大方、お嬢様も私側の異変に気がつき、ネギ先生に助力を願い出てくださったのでしょう。……お嬢様は気にしないでしょうけれど、私はお嬢様の顔に泥を塗ってしまいました。今後、修行を一からやる必要がありますね。
ともかく私は、カモミール・アルベールの進言に従い、一端裕奈と亜子の許へと後退するのでした。


―後書き―

最近、ゲーセンのゲームで勝てなくなってきたルミナスです。おかしい、頑張っているというのに……。

さて、原作でのネギvsエヴァの戦いに華琳が参加すると、ネギが勝利する確率があまりにも低くなってしまう為に講じた手段が、これ。ネギvsエヴァでは原作五巻で『手加減していた』とのネギの証言がありましたので、こういう形になりました。
突然現れた組織のメンバーは、言わずもがな、吸血鬼ハンターの組織だったりします。こういう組織って、裏切り者には敵以上に厳しいのがセオリーだったりしますよね。

それから、華琳にも二つ名はあったりします。結構長く考えていたので、良いものが出来たかな……と。皆さんから見て、どうでしょうか?

それでは、まだ続く麻帆良の夜を、楽しんでいただけることを願って、ここでお別れです。
それでは、また次回会いましょう。

〈続く〉

〈書棚へ戻る〉

〈感想記帳はこちらへ〉

inserted by FC2 system