第六話:カモの仮契約大作戦


―麻帆良学園・学園連絡橋―

(今宵が満月ならば、自分で従者を助けに行けるのだがな)

ネギとの戦いに負けたエヴァは、心の中で嘆息した。ネギとの戦いに連れてこなかったもう一人の従者、華琳に命の危険が迫っていることは十分に分かっていた。
しかし、ネギとの戦いで魔力を使い果たし、結界まで修復してしまった以上、それだけの力が残っていないことなど、火を見るよりも明らかだった。

「エヴァンジェリンさん、僕の勝ちですよ!」
「……そうだな。私の負けだ……」

従者が危険だというのに、助けに行くことが出来ない不甲斐なさ。メイド一人守れなくなった自分自身に、エヴァは内心、罵り言葉しか浴びせられなかった。

「ぼーや、一つ、頼まれごとをしてくれないか?」
「む……何ですか?」
「私の従者を……華琳を助けてやってくれないか?結界が戻ってしまった今、直ぐに頼れるのはぼーやしかいない。魔力を回復できる魔法薬をいくつか渡すから……頼む!」
「エヴァンジェリンさん!?」

全盛期の『闇の福音』ならば、従者一人危険になったところで、助けに行くことなどなかっただろうか。しかし、今のエヴァにとって、華琳は有能なメイドだった。そして何より、エヴァにとっては最愛の家族に他ならなかった。
たとえ、その姿が無様であろうと、滑稽であろうと、華琳を助けたいその気持ちに勝ることは無かった。口では何と言っても、失うことが出来ない存在になっていたからだ。

「ぼーや、私を助けたように……華琳を助けてやってくれ!」
「エヴァンジェリンさん、顔を上げてください!華琳さんは僕の生徒でもあるんですから、助けに行くのは当然です!」

エヴァはネギに対して、土下座でも何でもするつもりだった。茶々丸も大事だが、生身の人間として触れ合うことの出来る華琳はまた特別な存在だった。
華琳が死んだら、また苦しい思いをする。
いつか封印が解けたときに、いつまでも傍に置いておくために吸血鬼にした。華琳を吸血鬼にしたのは、エヴァ自身が華琳を気に入ったからに他ならない。そうでなければ、仕えさせてから一年たってから吸血鬼にする意味もなかった。時が過ぎればいなくなる、普通の人間と同じになるだけ。
それでもエヴァは、華琳を吸血鬼にした。自らと同じ存在にした。それは、エヴァがナギを失った空虚感を補う為だったのかもしれないが、もはやそんなことなど関係ない。
今はただ、己の従者の無事を祈る、一人の少女に他ならなかった。

「茶々丸、ぼーやを華琳のもとへと連れて行け。絶対に、華琳を死なせるなよ」
「はい、マスター」
「いきます、茶々丸さん!」
「はい、ネギ先生」

春になったとは言え、四月の夜はまだまだ冷える。今、体が震えたのは、いやな予感がしたからではなく、体が冷えたからに違いない。エヴァは、そう自己問答し、明日菜の背中に飛びつく。今のエヴァが走るよりも、明日菜が背負った方が、確実に早く目的地に着くことになるからだ。

「神楽坂明日菜。私が言う通りに進んでいけ。そうすれば、ぼーや達に追いつく」
「もう、仕方ないわね……しっかりとつかまってなさいよ!」

神楽坂明日菜は走る。目的地にいる自らのパートナーを助ける為に。
神楽坂明日菜はまだ知らない。エヴァが手加減をしていたことを。

―そして、本当の戦いがどんなものなのかを。


―麻帆良学園・女子寮前―

目の前で繰り広げられる『非日常』に裕奈と亜子は呆然とした。大浴場で華琳に噛まれたことは覚えているが、どうしてその華琳が目の前で戦闘を繰り広げているのか、それが理解できなかった。

「亜子、これ、夢……かな?」
「夢……やったら嬉しいわ……」

素人目から見ても、華琳が劣勢なのは一目瞭然だった。身体の一部からは出血し、着用していたメイド服もところどころ破れている。鼻を突く血液の臭いに、これが夢ではなく、現実だということを思い知らされる。亜子は、気絶することも忘れ、ただその戦いを見守ることしか出来なかった。それは、裕奈も同じ。一般人では、華琳を手伝うことなど、到底不可能なのだから。

「『黒百合』が聞いて呆れるわ。『白き雷(フルグラテイオー・ルビカンス)』!」
「流石にきついわね……。『紅き焔(フルグランテイア・ルビカンス)』!」

目の前で繰り広げられる戦いも、ファンタジー好きだったら楽しむことが出来たのだろうか。
相手の女の指先から出た光線は、友人の華琳の指先から出た焔によって相殺された。
相手の男が振り下ろした剣は、友人がナイフを器用に使って受け流していた。
相手の忍者が投げてきたクナイは、友人のナイフが打ち落としていた。

時折自分達の元に飛んでくるクナイや光線は、華琳が全て事前に打ち落としていた。自分達は、守られる存在であり、華琳の足を引っ張っているのは、裕奈にも亜子にも理解できることだった。

「このままじゃ、華琳、死んじゃうよね……?」
「せやかて、ウチらにはどうしようもないやんか!」

また一つ、クナイが華琳の頬を切り裂いた。頬から溢れ出した血液を見て、亜子と裕奈は悲鳴を漏らす。それと同時に、二人には恐怖以外のもう一つの感情が浮かんでいた。

(どうして、私には力が無いの……?華琳を助けたいのに……!)
(ウチも、華琳を助ける力が欲しい!)

目の前で友人が戦っている。それも、自分達を守っている状態で。
華琳の視線がたまに怖い時もあるし、自分達はノーマルだから、華琳の愛情に応えることはできない。
自分達は一般人だから、華琳を助けるだけの力はないのかもしれない。
それでも、ただ見ているだけなんて、出来るはずがなかった。

「二人とも、華琳の姐さんを助けたいかい?」
「「勿論!」」
「なら、この魔法陣の中で姐さんにキスすれば良い。それだけで、姐さんは助けられる」

目の前の『非日常』に慣れてしまったのか、オコジョが喋ることに違和感も感じずに、話の内容に耳を傾ける。同性に、しかも、『百合っ娘』にキスするのは、確かに気が引ける。
それでも、友人の命には代えることが出来ないことは確かだった。

故に、裕奈と亜子は。

「「それで華琳が助けられるのなら!」」

二人同時に、その言葉を吐き出した。
隣でオコジョがガッツポーズをしていることには、気がついていなかった。



私は、ネギ先生の使い魔である、カモミール・アルベールの言葉に従い、一端裕奈と亜子が隠れている結界の中に退く。少なくとも、この結界なら数分は持つでしょう。
その間に、作戦を練りなおす必要がありそうです。

「それで、カモミールさん。ここで、私はどうすれば良いのでしょう?」

カモミール・アルベールは、『勝機がある』といった。だからこそ、私はここまで退いてきたのだ。敵の攻勢でぼろぼろになったメイド服、未だに血が流れ出る右頬を気にしながら、私はカモミール・アルベールにそう尋ねる。
しかし、彼から返ってきた言葉は予想の斜め上を行くものだった。

「裕奈の姐さん、亜子の姐さん!いまですぜ!」
「うん……華琳、行くよ!」
「華琳、行くで!」
「えっ、ちょっと!?」

カモミール・アルベールの合図とともに、裕奈に唇を奪われる。放心状態の私を尻目に、更に亜子に唇を奪われる。……裕奈と亜子も女の子好き……って訳じゃないわね。
二人にキスをされた後、手元に下りてきたのは、間違いなくパクティオーカード。つまり私は、裕奈と亜子の二人と仮契約をしてしまったわけで……。

「カモミールさん、これはどういうことでしょう?」
「どうもなにも、華琳の姐さんの為を思って……ギブです」

いくら私でも、こんなことをするためにキスなどしたくありません。どうして、裕奈と亜子を危険な目に合わせなければいけないのですか。
そもそも、危険な目にあわせないために、この結界を用意したのに。

「裕奈、亜子。二人を危険に巻き込むわけにはいかないの。だから、このことは忘れて、一般の生活に戻って」
「最初に私たちを巻き込んだのは、華琳、だよね?」
「うっ……」

確かに、一般人である彼女達を、最初に魔法に巻き込んだのは私とお嬢様だ。血を吸って、一時的にでも吸血鬼にした。そして、ネギ先生と戦わせた。それはつまり、私達が彼女達を魔法に巻き込んだことを意味していた。

「……そんなこといわれたら、断れないじゃないの」

その言葉は、私の負けを意味する言葉。そして、裕奈と亜子が日常を捨てて、非日常に来ることを認める言葉。……後でネギ先生に謝らなければ。
しかし、時は待ってくれませんでした。私が張った簡易結界は破られ、同時に侵入してきた大剣男に殴り飛ばされ、その剣の切っ先を向けられる。
……私は、ここでお別れですね。最期まで、お嬢様に仕えたかった……。

「申し訳ありません、お嬢様……!」
「「華琳!?」」

私は、抵抗することも出来ず、その剣が降ってくるのをただ待つだけ。瑞葉にも、お嬢様にもお別れの言葉を言えなかったのは心残りですが、せめて裕奈と亜子にだけでも、伝えておきましょう。

「裕奈、瑞葉とお嬢様に『ごめんなさい』って伝えてくれる?」
「死ね!裏切り者!」

男が剣を振りかぶった。……これで、本当に私の死が確定するのですね。
私は、目を瞑る。これで、いつ剣が振り落とされるかも分からない。せめて、裕奈と亜子がそれを目の当たりにしないように天にお願いしておこうかな。
……悪魔の従者の願いなんて、聞くわけないんですけども。

その時でした。私の耳に聞こえてきたのは、幼いながらも頑張っている先生の声。

「僕の生徒に、何をするんですか! 『雷の暴風(ヨウイス・テンペスタース・フルグリエンス)』!」
「うおっ!?『黒百合』には『闇の福音』以外に仲間はいないのではないのか!?」

男が驚いて退こうとするものの、多少は雷の暴風を食らったらしい。私が目を開くと、そこには見知った顔が映りました。今日、私が襲おうとしていた人物。
ネギ先生が、私を守るように前に立っていたのです。

「大丈夫ですか、月夜さん?」

後ろを振り向いて、私に笑顔を向けるネギ先生。その顔には、いつもの子供らしさではなく、どこか凛々しさが感じられます。……いけない、私としたことが、男性の笑顔を見て赤面してしまうなんて。

「あっ、ありがとうございます、ネギ先生……」
「華琳、顔が赤いようですが……」
「うっ、うるさい!茶々丸、余計なこと言わないの!」

あー、ネギ先生、格好良い登場の仕方しちゃうんですから。ちょっとばっかり、格好良いって思っちゃったじゃないですか。

「ネギ先生、少し、力を貸してください!」
「カモ君、これ、どうやって使うの?」
「あー、それは『来たれ』って言うんだぜ」

背後で聞こえる二つの『来たれ』の声。ネギ先生に、視線で謝罪をしつつ、5vs3となった戦場を見据えます。

お嬢様、どうやら私はまだまだ、お嬢様の許にいることができそうです。



―後書き―

どうも、194円だと思って買ったカップラーメンが294円で結構へこんでいるルミナスです。100円の余分な出費は、正直かなり厳しいです。最悪です。
書き方として、華琳主体の時は、華琳の一人称で。
それ以外のときは三人称の書き方で行こうかと思っています。
うーん、混乱してしまうかもしれませんが……すいません。

華琳は決して弱くは無いんですよ。刹那や真名や楓とは張り合えるぐらいの強さを誇っているのですが、如何せん、相手が三人ではどうしようもありません。
全員が全員、組織の幹部級ですからね。一般構成員なら、楽勝です。きっと。

裕奈と亜子との仮契約。やっちゃった感MAXでございます。二人とも、いずれは華琳の従者としてエヴァの一味に加わってしまう……かもしれません。
華琳にとっては、嬉しい誤算かもしれませんが。美少女を二人も従者に出来たのですから。
……今後は、カモと華琳の動向に注意が必要かもしれませんね。

それでは、次回また会いましょう。
これからも、よろしくお願いします〜。

〈続く〉

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