十三話・疾走
奈留島は突っ走った。
視界の中、弓の魔物が手を矢から離すのを見て、右に体を飛ばして回避。
奈留島は足音一つで跳躍し、右に回り込んでいく。
――
無詠唱で発した魔法の射手を盾にぶち込み、盾を動かせないように固定させる。
着弾の音が連射で響き、盾は腰を落としたまま動けなくなる。このまま自分が横に回り込めば勝ちだ。
だが奈留島は見た。
槍を構えていた魔物が、眼前の魔物をその柄で横殴りに打撃した。
「!?」
打撃方向はこちら側、右だ。
吹っ飛ばされた盾の魔物は、しかしその動きを利用してこちらの挙動についてきた。
三者が回る。風が動く。だがまだ全ての先端は奈留島だ。
奈留島は弧を描いて走り続ける。
三者が追いついてきた。盾を先頭に円を描いてついてくる。
奈留島は構わず走り、木にぶつかるすれすれで、
「……っ!」
地面を抉るように爪先を回し、進行方向を三者の方へと向けた。
走る勢いは激突必死の高速度だ。
突っ込んでくる奈留島を受け取るように、盾が更に前に出て来た。
続いて槍が、盾の左側から胴狙いでまっすぐに突き込んでくる。
奈留島は加速した。
「……っ!」
向かってくる槍より早く盾に辿り着く。狙いは一つ。打ち込み続けた魔法の射手によって作られた凹凸だ。
それを踏み、上に飛んだ。
次の瞬間、先ほどまで自分がいたところを、高速の一閃が貫く。
そして飛んだこちらを追って、槍の穂先がまた下から回って跳ね上がってくる。
それら全ての動きが解っている。
だから奈留島は空中で前へと身を投げた。
半ば前転しながら身を捻ると、顔の横を槍が追い抜くように一回転していく。それを更に追うように、奈留島は三者の後ろ側へ回ろうとする。
そこにもう一つの攻撃が生まれた。
弓矢だ。
槍を回すために石突きを下に殴った弓の魔物が、その手で素早く矢をつがえていた。タイミング的にぎりぎり。真上、こちらに向かってつがえた矢は放てば当たる。
その筈だった。
対する奈留島が行ったのは単純なことだった。
右肘を後ろに振って身を旋回させたのだ。
肘はこちらの横を抜けて回っていた槍の柄を打った。
振り下ろしの槍が、弓の魔物を首から腰まで袈裟切りに叩き割った。
快音ともいえる音が響く中、弓の魔物が矢を上向きにつがえたまま崩れようとする。
しかし奈留島が着地と同時に、倒れようとする弓の魔物を背から支えた。それも弓を構えた手と、矢を手にした手を後ろから支えて前に向けて、だ。
床に立ち、弓の魔物を支えて前を見れば、槍と盾の魔物の背が見える。
矢をつがえ直してぶち抜いた。
狙いは胸部中央。鋼矢は二者を正確に貫通する。そして金属音を響かせて、
「――――」
裏から矢に打たれた盾が、魔物の手を放れて前に吹っ飛び、木に当たった。
空虚な金属音が転がるが、奈留島は既に背を向けていた。
刹那は、横の龍宮と一緒に、歩いてくる奈留島を見ていた。
その雰囲気に威圧的なものはなく、むしろ、
……とても辛そうな……。
すると、背後の茂みに動きがあった。
反射的に得物である野太刀、夕凪を構えるが、それは奈留島の声で制された。
「大丈夫ですよ。桜咲さん、龍宮さん。――見つかりましたか? 高音さん、佐倉さん」
その言葉に、刹那と同様、拳銃を構えていた龍宮が茂みに目を凝らす。
まず最初に出てきたのは、仮面をつけた2m近い巨駆だ。
西欧風の模様で装飾された仮面に表情はなく、体は黒の外套で覆われて見えない。
唯一、外套から生えたように伸びている腕には、黒い布でくるんだ、人ほどの大きさがある物が抱えられていた。
「えぇ。先生の言うとおり、ここが見える範囲に潜んでいました」
巨駆の向こうからそう言って現れたのは、黒と金のハイコントラストが目立つ女性だ。
その後ろに続くように、刹那達と同じ麻帆良学園の制服を身に着けた少女が出て来た。
そうですか、と奈留島が歯を見せない笑みで応えると、仮面の巨駆が抱えていた黒い何かが暴れ出した。
も、とかが、と唸るそれは、巨大な幼虫のようで、周りにいた女生徒達が一様に嫌そうな顔をして半歩後退る。
その中、奈留島だけがその側に近寄り、
「高音さん。使い魔を消してもらっていいですか?」
「え? ……あ、はい」
高音と呼ばれた女性が返事をするが早いか、今まで目の前にいた巨駆は闇に溶け、黒い幼虫がそのままの姿勢で地面に落ちた。
ふ、という空気の抜けるような音を発して一瞬静かになるが、すぐに動きは再開される。
側に立つ奈留島が頭にあたる部分の布を引き下げると、中から出てくるのは若い男性の顔だ。
男は鋭い目つきで奈留島を見上げると、
「貴様、いったい何者だっ! 情報には貴様のことなど書かれてなかったぞ!」
「麻帆良学園教師、奈留島と申します。赴任したての若輩者ですが、お見知りおきを」
それより、と奈留島は覗き込むように顔を近づけ、
「貴方に指示したのはどなたですか? ――関西呪術関係の方とお見受けしますが」
問いに対して、刹那は身が固くなるのを感じた。
術者が喚んだ魔物という時点で予測はできたが、所属が明らかになれば目的も浮き彫りになる。
……やはりお嬢様を……!
しかし、男の回答はだんまりだ。
元々期待していなかったのか、奈留島は苦笑と共に吐息を漏らす。
直後。
「…………!?」
弾かれたように奈留島が振り返った。
「……奈留島先生?」
刹那の問いかけにも反応せず、奈留島は一点を睨むように見据える。
視線はこちらの背後、女子寮がある方向に絞られている。
数秒の沈黙の後、無音に動きが付いた。
動き始めはゆっくりとした歩行。それが刹那の横を抜ける際に、
「――その人は他の先生に引き渡してください」
表情を見せずに放った声を合図に、歩行が疾走へと変わった。
冷めた湯で濡れたタイルを、ネギの靴が音を立てながら進んでいく。
ネギの視線の先にあるのは、大浴場に備え付けられた東屋だ。
「ほう。まさか一人で来るとはな」
鈴を転がすような声が、大浴場に響き渡る。
その主は金糸のような髪を風にたなびかせた、妙齢の女性だ。
左右には侍女服姿の女性が五人。侍女は左から和泉、明石、茶々丸、大河内、佐々木だ。
彼女らを従える姿は、一種の女王めいた雰囲気すら持っている。
「ようこそ、お前の終わりの場所へ。――ネギ・スプリングフィールド」
名を呼ばれ、ネギが頷いた。
風が吹く。
だがその風に負けぬ声で、はっきりとネギは告げた。
「――どなたですか!?」
その言葉に、女性は派手な音を立ててすっ転んだ。
横の侍女達に引き起こされた女性は、
「く……っ! 私だ私ー!!」
そう叫び、突如現れた煙から出てきたのは、見知った姿のエヴァンジェリンだ。
あー、と納得の声を上げるネギに、エヴァンジェリンは咳払いを一つ、
「満月の前で悪いが、今夜ここで坊やの血を存分に吸わしてもらうよ」
「……そうはさせませんよ。僕が勝って、悪いコトをするのはやめてもらいます
!」
「それはどうかな? ……行け」
エヴァンジェリンが白魚のような指を鳴らすと、茶々丸を除いた四人が前にでた。
「な……っ! ひ、卑怯ですよっ。クラスメイトを操るなんて」
ネギの非難を込めた叫びを、エヴァンジェリンは一笑に伏した。
「――はっ。言っただろう? 私は悪い魔法使いだと。――やれ」
「りょーかいごしゅじんさまーっ!」
エヴァンジェリンの合図に、四人が一斉に動いた。
動きはネギの服装を剥ぐもので、
「それーッ! ぬがしちゃえー!!」
「うわーん!!」
戦いには不似合いな悲鳴が上がった。