第八話・奇襲


 奈留島が昇降口で上靴に履き替えていると、背後から飛び込んでくる声があった。
 声は少女の物で、怒の色が多分に含まれている。
 
「――んじゃネギのパンツだっていいじゃない!」
 
「女物やないと柔らかさがイマイチなんとちがう?」
 
 怒声に応えるのは、京都訛りの少女の声。
 振り返れば、ツインテールを揺らしながら走るアスナと、腰まである黒髪をたなびかせ、ローラーブレードで滑る少女が目に入った。
 その二人の前を、背に大ぶりの杖を背負った赤毛の少年が走っている。
 
「やぁ、Mr.スプリ――」
 
 ネギの肩に乗っている生物を見て、奈留島の挨拶が止まった。
 しかし、言いかけた挨拶に反応して、ネギが振り返る。
 
「あ、ルナ先生。おはようございます」
 
 ネギは人懐っこい笑みを浮かべながら、奈留島の方へと駆け寄る。
 
「おはようございます。しかし……、これは珍しい」
 
 奈留島はネギの肩に乗ったそれを見て、数秒の間を持ってから言った。
 
「……語りイタチですね?」
 
「あ、惜しいです」
 
『惜しいです、じゃねえっすよ兄貴! 大体なんだてめぇは? 俺っちをオコジョ妖精のカモミール・アルベールとわかって言ってんのか、あぁ!?』
 
 カモミールと名乗ったオコジョは、器用に肩の上で直立し、前足を奈留島に突きつけて啖呵を切ってくる。
 カモミールの言葉に、奈留島の表情から楽が抜けた。
 
「オコジョ妖精……?」
 
「カ、カモくん! この人は――」
 
「おはよう、ネギ先生」
 
 ネギの焦りを含んだ言葉を遮ったのは、少女の声。
 
「エ……エヴァンジェリンさん、茶々丸さん!!」
 
 声の主を見れば、ネギの言葉通り、金の長髪をたなびかせたエヴァンジェリンと、無言で一礼をする茶々丸がいた。
 
「今日もまったりサボらせてもらうよ。――フフ。ネギ先生が担任になってから色々楽になった」
 
「く――っ!」
 
 明らかな嘲笑に、ネギが眉根を詰めて背の杖に手をかける。
 が、エヴァンジェリンが右手を突き出し、その先の行動を制した。
 
「おっと、勝ち目はあるのか? 校内ではおとなしくしておいた方がお互いのためだと思うがな」
 
 じゃあな、とエヴァンジェリンが踵を返し、茶々丸もそれに従う。
 エヴァンジェリンは視線だけをこちらに戻し、
 
「そうそう、タカミチや学園長に助けを求めようなどと思うなよ。また生徒を襲われたりしたくはないだろう?」
 
 多少の威圧感を含んだ脅迫に、ネギは一つの行動を見せた。
 
「う……うわぁーん!」
 
 逃走。
 ネギ!? と、叫びを聞いたアスナがそれを追う。
 奈留島は一連の流れを見て、苦笑。そして、
 
「――Miss.マクダウェル!」
 
 離れていく二組の片方、エヴァンジェリン達の方へと歩を進める。
 エヴァンジェリンは呼びかけに反応して、半目で振り返り、
 
「……なんだ、まさか授業に出ろなどと言う気か?」
 
 うんざりといった口調で言葉を放った。
 奈留島はその態度に苦笑。
 
「そんなこと言いませんよ。僕だって同じ授業を何回も受け続けるのはゴメンですし。貴女の場合……、4度目ですか?」
 
 言って、奈留島がエヴァンジェリンと横並びになって歩き始める。
 廊下の直線を見通せば、突き当たりにあるのは非常口の扉だ。
 距離は約30m。エヴァンジェリンの足はそちらへとまっすぐ向いている。
 
「5度目だよ。まぁしかし、分かってるのなら話は早い。教師としてはどうかと思うが。――で、本題は?」
 
 エヴァンジェリンの問いに、奈留島の顔から表情が消える。
 
「……Mr.スプリングフィールドと一緒にいた彼、どう思います?」










 エヴァンジェリンは奈留島の言葉に、彼? と呟き、
 
「……あぁ、あのオコジョか。別に気にするような相手でもないだろう。昨日の侵入者はあいつだろうが。――それがどうかしたのか?」
 
 奈留島は眉尻を下げ、困ったように頭を掻きながら、
 
「いやぁ、ほら。あの種族って厄介な能力があるじゃないですか」
 
「……仮契約か」
 
 えぇ、と奈留島は首肯。
 非常口まで20mを切った所で、奈留島は再び口を開いた。
 
「魔法使いをサポートする“魔法使いの従者”、オコジョ妖精はその仮契約を執行する能力を持ってる。だから――」
 
「――だから、ネギ先生が誰かと仮契約をすれば、私や茶々丸と対等だと言いたいのか?」
 
 セリフを先取りしたエヴァンジェリンに、奈留島は破顔。
 
「いやいや、さすがに10歳の少年と即席で組んだ従者程度じゃ、貴女達と場数が違いすぎるでしょう」
 
 それに、と一息。
 
「――もし仮契約したとしても、彼は数の面ですら対等にはなり得ませんよ」
 
 その一言にエヴァンジェリンが立ち止まった。
 その3歩先、非常口まで5mといった所で奈留島が振り返り、
 
「……どうかしましたか?」
 
「……貴様、計算って知ってるか?」
 
「――奈留島先生。私とマスターの他に直接戦闘に関われる友好勢力がいない以上、ネギ先生が仮契約を実行した場合、人数の上では対等になると思われますが」
 
 エヴァンジェリンと茶々丸の憐憫を含んだ視線に、奈留島は手をひらひらさせながら、
 
「やだなぁ、人を足し算すら出来ない奴みたいな言い方して。なに、単純、単純な話ですよ」
 
 言いながら、奈留島が非常口のドアノブを捻り、一気に開け放った。
 春の陽気が、外から廊下へ向かって吹き込む。
 奈留島は非常口の外、階段の踊り場へ一歩踏み出すと、そこで再び振り返った。
 
「今の彼が仮契約を結ぶということは、魔法使いとして過ちを犯すことと同義ですから」
 
 過ち? というエヴァンジェリンが問い返すも、奈留島は目を細めるだけで、
 
「じゃあ、僕は授業があるので。では――」
 
 そう言い残し、階段を駆け上がっていった。
 残ったのはエヴァンジェリンと茶々丸、それと春の陽気だけだ。
 茶々丸はエヴァンジェリンの横に並び、
 
「――奈留島先生の言う過ちとはなんだったのでしょうか、マスター」
 
「……さあな」
 
 エヴァンジェリンは視線を正面に向けたまま、投げやりな返答を返した。
 開かれたままの非常口から解答は響かず、ただ桜の花びらが廊下に飛び込み続けた。










 一帯が赤く満たされた夕暮れ時、茶々丸は教会側の路地にいた。
 手には猫の写真がプリントされた缶と、プラスチックのスプーン。
 周囲には、数匹の猫が集まっている。
 直後、猫達が一斉に疾走。
 四方八方へ散るそれは、慣れない物に対する警戒の動きだ。
 
「……こんにちは、ネギ先生、神楽坂さん」
 
 路地の入口、逆光の中に二人の人物が立っている。
 大ぶりな杖を持ったネギと、左右に縛った長髪をたなびかせたアスナだ。
 
「油断しました。でも、お相手はします」
 
 そう告げ、後頭部に取り付けたゼンマイを取り外す。
 
「茶々丸さん……、僕を狙うのはやめていただけませんか?」
 
「申し訳ありません」
 
 ネギの懇願に近い問いに対して、答えは即答。
 
「私にとって、マスターの命令は絶対ですので」
 
「うぅ……仕方ないです」
 
「……ごめんね、茶々丸さん」
 
「はい。神楽坂明日菜さん……いいパートナーを見つけましたね、ネギ先生」
 
 眉尻を下げたネギとアスナに対し、茶々丸は無表情のまま。
 ネギは仮契約の証であるカードを掲げ、詠唱を行った。
 
『契約執行・10秒間!! ネギの従者・神楽坂明日菜!!!』
 
 同時、アスナが疾走を開始した。










 アスナは前方へ軽く跳躍。
 それだけで、10m近い間合が手が届く距離まで詰められた。
 
 ……わ、体が羽根みたく軽い――!
 
 強化された身体能力に、意識の大半は驚きに染まっている。
 故に、体勢は攻撃の形に整っていない。
 そこへ、正面から風が来た。
 威風を伴うのは、限りなく人に近い質感を持った、金属の拳。
 狙いは水月。一撃で決まり、しかし傷が残らない場所だ。
 
 ……気遣ってくれてんのかな?
 
 思い、自分の中で闘志が薄れるのを感じた。
 元々、クラスメイトと喧嘩をするなどあまり乗り気ではなかった。
 
 ……やりにくいなぁ……。
 
 思考とは裏腹に、体は的確に行動した。
 やや打ち下ろしの拳を、横にステップすることで回避。
 結果、茶々丸の懐に潜り込んだ。
 連打を叩き込めば、顔からボディまで釣瓶打ちできるポジションだ。が、
 
 ……そんな残虐ファイトできるかぁ――!!
 
 心中で叫び、アスナは左手を突き出した。
 手の形は中指を親指で押さえており、それを弾いた。
 デコピン。
 中指は茶々丸の額を叩き、快音を響かせると、
 
「――はやい。素人とは思えない動き」
 
 のけぞった茶々丸がわずかに驚きを含んだ呟きを漏らした。
 直後、アスナは軽い浮遊感と共に、視界が右に回った。
 
「……あれ?」
 
 足元を見れば、茶々丸の左足が横に薙ぐような動きを見せていた。
 足払い。
 わ、と右手を地面につき、慌てて姿勢を整えると、茶々丸はその間に大きくバックステップ。
 同時、背後から声が響いた。
 
『――魔法の射手・連弾・光の11矢!!』
 
 声が引き連れたのは、十一の光条。
 アスナの頭上を飛び越えたそれらは、一直線に茶々丸へ向かう軌道を取っている。
 茶々丸はまだ着地しておらず、その体勢はあまりに無防備だ。
 
「追尾型魔法、至近弾多数。――回避不可」
 
 茶々丸は平坦な口調で告げるが、それは自身が損傷を受ける事と同義だ。
 
「すいませんマスター……。私が動かなくなったら、ネコのエサを……」
 
 ……っ!! と、アスナは自分が総毛立つのを感じた。
 ネギを守るという、大義名分を持って仕掛けただが、
 
 ……相手を傷付けるっていう事実から目を反らしていた……!?
 
「……ネギっ! ダメっ!!」
 
 思いはそのまま言葉となった。
 ネギも同じ結論に至ったのか、対応は迅速だった。
 
「……っ!! も、もど――」
 
 ネギが命ずるより早く、魔法の矢は容赦なく爆発した。
 
「……え?」
 
 疑問の呟きは、ネギの物。
 魔法の矢は茶々丸に着弾するにはまだ間があり、引き戻す余裕は充分にあった。それが爆発したのは、
 
 ……何かが、ネギの魔法にぶつかった?
 
 答えは風が煙を引き払う事によって現れた。
 土煙が晴れた向こう、茶々丸の正面に一人の人物が立っていた。
 スーツを着込んだその体格は、長身かつ細身。
 その人物は、何事もなかったように右手を軽く上げ、
 
「こんにちは、Mr.スプリングフィールド」
 
 奈留島琉那は笑顔で挨拶を送ってきた。










あとがき
 ネッギネギにしてやんよ!(挨拶)
 
 どうも、さかっちです。
 
 さかっちは戦闘描写になると突っ走る傾向があります。
 茶々丸の水月(みぞおち)狙いはよく考えたら気遣いどころか情け容赦ない気も
するんですが、手加減はしてくれると思います。多分。
 
 そして奈留島はまた乱入です。これしか思い付かんのか俺は……。
 
 とまぁそんな所で。んじゃまた次回ー。

〈続く〉

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