「第八幕・柔よく剛を制す?」


 アスナと刹那の視線の先で、魔力の柱が二本、夜天を貫く槍剣のように激しく噴き上がっていた。

「お嬢様……」
「このか、今助けるからね。ってわけで、そこどいてもらうわよ!」

 天へ伸びる魔力光を見上げ、囚われの身である木乃香へ言葉を送った後、アスナと刹那はキッと前方を見据えた。

「……」

 視線の先にいるのは、感情の希薄そうな白髪の少年――フェイト。
 二人に睨まれながら、それを意に介した素振りも見せず、辺りに視線を巡らせてから口を開く。

「ネギ君の姿が見えないけど、彼はどうしたのかな。不意打ちか時間差攻撃でもする気かい?」
「あんたに教えるわけないでしょ、バーカ」
「あまり余裕を見せていると、足下を掬われるぞ」

 フェイトの質問に、アスナは悪態を、刹那は警告を送りつけて、それぞれの得物――ハマノツルギと夕凪を構えた。

「まあ、いいけどね。今更、君達が何をしたところで、千草さんの計画を頓挫させることは不可能だし――」

 途中で口を噤んだせいで、アスナ達は聞き取れなかったのだが、フェイトは胸中でこう付け足していた。

 ――少しぐらいイレギュラーでもないと、面白みがないしね。

 ある目的のために作られた存在でありながら、自我を与えられている自分。
 そんな奇妙な己に数少なく内在する、英雄ナギ・スプリングフィールドの息子への興味関心。
 この感情すら、元から『設定』されたものかもしれないが、目的以外に意識を割けるものがあることの幸福、可能な限り、楽しんでもかまわないはずだ。

 ――今回、彼女に協力したのは、僕の最終調整も兼ねてだしね。

 いい加減、復讐の名義で自己犠牲をしようとしている千草を見ることも飽きた。

「だから、君達の策とやらに付き合ってあげるとするよ。ま、そんなものが本当にあればの話だけど、ね」
「なにが『だから〜』よ! 余裕ぶっこいた顔してられんのも――」
「今の内だ!!」

 ポケットに手を突っ込んだまま、全身から自信と余裕を滲ませて前に歩み出たフェイトに、八重歯を剥いたアスナと、夕凪を八双に構えた刹那が咆えると同時に斬り掛かった――――






 アスナ達がフェイトとの戦闘を開始したのを、ネギは湖の外周に生い茂る林の中から窺っていた。

『よし、第一段階はクリアしたな』
「う、うん、これでメガネのお姉さんと白髪の少年が別々になったね」

 事前に話し合っていた、戦略と呼ぶには稚拙に過ぎる木乃香救出作戦。
 千草一味の中で、最も手練であろうフェイトをいかにして千草から引き離すか。

『まず姐さん達に、囮役として向かってもらって、あの白髪の少年の注意が戦いにいったとこで、兄貴は当初の一撃離脱でこのか姉さんを奪取だ!!』

 四人で知恵を出し合って出したにしてはお粗末なものだったが、その程度の作戦でも成否が自分次第であると、ネギは決して逞しくはない両肩に、『責任』の二文字がのし掛かっているのを感じていた。
 手に持っていた杖に跨がり、深呼吸を数回、繰り返す。

「――よし! 行くよ、カモ君!!」
『ああ! いくら練習中だからって、土壇場で失敗なんて勘弁だぜ!?』
「うん、わかってる! みんな頑張ってるんだ、僕だけ『上手くいくかわからない』なんて言ってられないよ!!」

 軽口を叩いたカモへ力強く返して、ネギは飛行魔法の術式を展開した。
 依然として魔力の放出を続ける木乃香まで、数百メートルほどの距離がある。
 目測を付けながら、目的の場所へ辿り着くために必要な手順を考える。胸の奥で、手鞠が縦横無尽に弾んでいるような鼓動を感じた。
 どれだけ上手くいったとしても、チャンスは一度しか作り出せないだろう。そのことを、苦しいまでに理解しているからこその動悸。

「ッ!」

 十分な助走をつけて地を蹴る。
 先ほど、アスナや刹那を乗せていた時とは違う、何ら不具合のない飛行。
 跨れた杖は、ネギとカモの重さなど微塵も感じぬように、一瞬で上空へ舞い上がり、風を巻いて前進する。
 耳元を唸り声に似た風が掠め、後方へ流れていくのを感じながら、ネギは肩にしがみ付いているカモへ警告を発する。

「いくよっ、カモ君!」
『おうともさっ!!』

 力強い返事。
 ともすれば弱気になってしまいそうな状況で、押しかけ使い魔の形で落ち着いたオコジョ妖精の声は、土壇場で尻込みする癖のある自分の背を支えてくれているようだった。

 ――加速(アクケレレツト)!!

 魔力を篭めることで飛行を可能にしている杖へ、さらに魔力を注ぎ込んで加速させする。

『ノオォォォォォッ……!!』

 術の使用者であるネギでさえ、目をしっかりと見開くことが難しい風圧の中、上着の肩口へ必死に爪を立て、吹き飛ばされまいと耐えているカモが、首を仰け反らせた状態で苦しげに呻き声を上げていた。

「!」

 高度を落とし、湖の水を巻き上げながら目的の場所を目指していたネギの目に、突如、一体の異形の姿が映り込んだ。
 筋骨隆々の体躯に、蝙蝠に似た恐ろしい面立ちと片角を生やした化け物。
 その化け物の名が、彼の文豪・ダンテの著書である『神曲』に登場した悪魔と同じルビカンテであるということは知らずとも、それが白髪の少年――フェイトによって召喚されたものだとは容易に知れた。
 背中の両翼を一杯に広げ、鉈に似た蛮刀片手に迎え撃ちにくる姿は、ネギの記憶にある魔の眷属を思い起こさせる。

『兄貴! アイツ、シネマ村で相棒のこと射った奴だ!!』
「わかってるよ、カモ君!」

 だが、微かに感じた恐怖よりも先に、胸の奥底から「負けてたまるもんか!」という意気込みとともに、少年を魔法使いたらしめる根源の力が湧き上がった。

 ――契約執行(シム・イプセ・パルス)(ペル・ウナム・セクンダム)1秒間(ペル・ウナム・セクンダンス)! ネギ・スプリングフィールド(ネギウス・スプリングフイエルデース)!!

 迫り来るルビカンテに対して、ネギが取ったのは至極単純で、かつ勇猛な行動であった。

 ――最大・加速(マークシム・アクケレラテイオー)!!

 自身の体に魔力を流し込み、目一杯に強化した上で、さらなる飛行速度の上昇。車で言い表すなら、アクセルを踏み込んだ状態で、ニトロを使った瞬間的な加速を行うのと同じ行為、だろうか。
 一瞬だけ感じた空気の壁を、杖に向かって限界まで体を倒して抵抗を減らし、紫電の一閃よりも迅く飛翔するネギが容易く貫く。

『!!』

 見る間に狭まったルビカンテとの距離が、ゼロになったと思った次の瞬間には、またすぐに離れ始めた。
 蛮刀を振り上げた自分の脇をすり抜け、主人であるフェイト達がいる場所へ向かった――ように見えたネギを追うため、羽を広げて急停止して身を翻したルビカンテだったが、

『?』

 ふと感じた涼しさに違和感を覚え、ネギの追跡を中断してしまった。
 何故かは知らないが、その涼しさは胸元から来ているようだ。漠然とした感覚だったが、自身の勘に従って胸元へ手を伸ばしながら視線を下ろし、ルビカンテは涼しさの原因を悟った。
 胸元から脇にかけて、ゴッソリと肉が削り取られていた。
 すれ違い様に突き出されたネギの拳。お世辞にも上手とは言えない、不恰好な魔力供給で強化されたそれが、屈強なはずのルビカンテの体を壊しつくしていたのだ。
 ブルリと大きく体を震わせた直後、ルビカンテは声さえ残すことなく、風化しきった石像が脆く崩れるのと同じように消滅した。

(――火事場の馬鹿力という奴かな? 少し意外だったよ)

 その光景を、離れた場所にある祭壇近くの橋から目撃したフェイトは、胸中で率直な感想を述べていた。
 相応の魔力を練りこんで、肉体という名の器を与えたはずの使い魔が呆気なく倒されたにしては、あまりに無関心に思える言葉。むしろ、ルビカンテを容易く撃破したネギのことを評価する雰囲気さえある。

「気合の力……ナンセンスだね。じゃあ、他に何か原因があるのかな」

 先ほど、呪術協会の浴場で対峙した時よりも明確に感じられる膨大な魔力の流れ。
 『英雄』の忘れ形見の名に恥じぬ程度の資質『だけ』は備えているらしい。
 高速で接近するネギを眺めながら、依然として無表情のまま胸中で皮肉ったフェイトだったが、その人形のような顔もさる少女達の行動によって、初めて変化が生じた。
 といっても、それは僅かに片方の眉を上げる程度の変化であったが。

「今よ、刹那さん!」
「はい!!」
「!」

 ネギの、突然の能力上昇に気を取られすぎていたらしい。
 脇を駆け抜け、後方にある祭壇へ走っていくアスナと刹那の背中を横目に見送り、フェイトは淡々とした表情のまま、己の失策を真摯に受け止めておいた。
 反省を行い、だがあっさりと目的を切り替える。
 このまま、アスナ達を千草の元へ行かせてしまうと面倒なことになる。大部分が世話の焼ける、といった仕方なしの感情からだが、敵へ無防備に背中を晒して走る少女二人を足止めするため、まだまだ余裕を残した顔でフェイトが片手を持ち上げた。
 しかし、そんな彼の耳に届いたのは、表情が窺える距離まで接近を果したネギの高々と響く声。

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 吹け(フレツト)一陣の風(ウヌス・ウエンテ)!!」
「まさか、彼が僕の足止めをするつもりなのか?」

 ネギ達の目的は、千草の支配下にある木乃香を救出することに集約されている。
 戦力差やメンバーの集団戦の錬度などから、それ以外に行動の取り様がないと考えていたフェイトの意表を突く襲撃。
 最も囚われの身にある少女の奪還に適しているはずのネギが、真っ直ぐに自分へ向かってくることは想定していなかった。声に出さず、また顔にも出さないままだが、滅多にない驚きの感情に動きを止めたフェイトに向け、ネギが詠唱を終えた呪文を放つ。

 ――風花(フランス)風塵乱舞(サルタテイオー・プルウエレア)!!

 濛々と視界一杯に広がった濃霧――風の呪文で吹き上げられ、微細な大きさまで粉砕された水の煙幕だ――に、フェイトが立っていた場所は愚か、千草達がいた祭壇までもが包まれる。

「ぷわっ! な、何や!?」

 濃霧の中から届く千草の焦った声を聞き流しながら、フェイトは「フム」と鼻から息を出しながら小さく頷いた。

「思考野の部分に調整が必要かもしれないね」

 想定している、あるいは予期できるものとは違う事態に遭遇した場合、極僅かだが思考野にノイズが走る。
 格下であるのネギの意外な行動然り、呪術協会で圧倒的な実力の差で下したジロー然り。
 所謂、教科書通り、マニュアル通りの対応しか選択できていないのだ。
 もう少し柔軟性のある行動を取るために、思考野に余白を持たせる必要がありそうだ。
 余白を作るために、使用頻度の極端に低い術などはこの際、綺麗に消去してしまうのも手かもしれない。
 周囲への警戒は怠らず、高速で自身の調整案を思考していたフェイトの警戒網に、かなりの速度でもって接近する物体が掛かった。

「水煙にまぎれて近付く気か? 無駄なことを――そこだ」

 工夫を凝らしたところで、現状のネギの実力ではこの程度の特攻が精々だろう。冷静な彼我戦力の分析から来る納得の中に僅かながらの落胆を覚えながら、ネギが飛び込んでくるだろう方向へ手を翳すフェイト。
 間髪入れず、予想した通りに霧を貫いて一つの影が飛び出してきた。
 しかし、

「杖……?」

 その影の正体は、フェイトの予想を裏切る細長さと大きさであった。
 父の形見としてネギが大切にしている魔法の杖。木の床にぶつかり、円を描きながら跳ねていく、魔法使いにとって欠かすことのできない魔法具。
 立て続けに起きた想定外の事柄に、珍しくフェイトの警戒網の目が緩まった。

「!!」

 その緩んで大きくなった目を狙い、後方から飛び掛ってきたのは、土壇場で見事と言えるだろう機転を利かせた魔法使いの少年。

「うわあああああっ!!」

 足場にした石塔を蹴り、やぶれかぶれにも取れる雄叫びを上げてネギが殴りかかった。
 フェイトから見れば、無様なことこの上ない術式を用いて強化した拳を目一杯に引き、持てる力の全てを持って叩きつけに来る。
 だが、そのまま綺麗に決まるかと思われたネギの拳は、フェイトの顔面手前で、金属同士のぶつけ合う音とともに制止させられた。

「!」
『バ、バカなぁ!? これだけの威力の魔力パンチを、ピクリとも動かずに障壁だけで!?』

 魔法使いが常から纏っている障壁の厚さは、そのまま術者の実力と結びつけて考えられる。
 腕の立つ術者になればなるほど、障壁の厚さは増し、また構造は複雑化して並大抵の一撃では破ることは愚か、魔法障壁の表層を揺らめかせることさえ困難となる。
 完全とは言えないまでも、不意を突く形で繰り出したはずの攻撃を、毛ほどに表情も変えず障壁だけで受けきったフェイトの力に目を見開いて、ネギは息を呑み、カモは驚愕の叫びを漏らす。

「期待外れ、とまではいかないけど……相手との実力差を把握できないなんて、まだまだ子供だね。がむしゃらに殴りかかって勝てるほど、魔法使いの戦いは甘くないよ?」
「ぐっ!」

 伸ばされたままになっていたネギの手首を掴み、指を食い込ませながら指摘する。
 機転を利かせることに関しては及第点を出してもよかった。だが、相手の意表を突いてからの行動がお粗末に過ぎる、と。
 仮に、ネギの接近戦能力が黒髪の青年――ジロー程度にあったとしても、フェイトにとって恐れるに足らぬものであった。

「もう少し相手をしてあげたいけど、こちらも千草さんの計画が阻止されると困るから……君の相手はここまでだ、ネギ・スプリングフィールド」

 厳然たる口調で告げ、動きを封じているネギへ空いている手を近付けたフェイトだったが、

「――――へっ、へへへ」
『フフ、フフフ』

 そんな彼を待っていたのは、予想に反して明るい表情のネギと、器用にアッカンベーをしているカモの生意気な態度。

「?」

 二人がそのように余裕を見せる理由が理解できず、訝しげに眉を顰めたフェイトの胸に、彼と同じく空いていた片方の手を押し付けてネギが呟いた。

解放(エーミツタム)魔法の射手(サギタ・マギカ)戒めの風矢(アエール・カプトウーラエ)!!」
「!?」

 本来、相当に修練を積まねば使用できない、必要不可欠であるはずの詠唱を省略して呪文を発動する無詠唱魔法。
 一瞬、それを奥の手としてここまで温存していたのか、と驚きながら考えたフェイトだが、すぐに違うと自身の考えを否定する。身体強化の魔法もまともに使えない人間が、高等に部類される無詠唱魔法を使えるわけがないと。
 そして、すぐに無詠唱魔法に代わる詠唱抜きで呪文を発動する方法に思い至る。

「そうか! これは遅延呪文(デイレイスペル)

 稀である大きな声を出し、ネギが詠唱なしに呪文を使用したカラクリを看破したフェイトに、中指を立てて少々下品なメッセージを送りつけたカモが自慢げに言う。

『その通ぉり、事前に魔法の射手を詠唱して溜めといたのさ!! おまけに零距離なら、手前ぇの強力な障壁の効力も最少になるって寸法だぜ!! どんなもんじゃ、わりゃあああッ!!』
「…………」

 真の狙いが成功したからか、調子よく回る舌で解説と啖呵を切るカモを無視して、床に転がっていた魔法の杖を喚び寄せているネギへ視線を送る。
 体を拘束する魔法の射手に縛られながら、依然として余裕を感じさせる冷淡な表情のまま賛辞を呈する。

「なるほど、僅かな実戦経験で驚くほどの成長だね。認識を改めるよ」
「ハァ、ハァ、ハァ……」
『ハンッ! キッチリ、間抜けに引っ掛かりやがったくせにスカしてんじゃねえよ! まともに喰らった以上、脱出にゃ数十秒はかかるはずだぜ!!』

 基本呪文でありながら、『魔法の射手』が魔法使いに好まれている理由がここにある。
 魔法学校で唯一、修得を許可される戦闘に使用できる呪文でありながら、攻撃のみならず補助にも応用できる万能性と、術の発動にあまり魔力を必要としない手軽さ。ここ一番で力を発揮するのに申し分ない術であることを、図らずも証明することとなった。

『兄貴、このか姉さん達を迎えに行くぜ! もう、姐さんと刹那姉さんが救出してくれてるはずだ!!』
「うん!!」

 バトンタッチする形で、フェイトの相手をネギに任せて千草の下へ向かったアスナ達と合流するために駆けていくネギとカモを横目に見送り、拘束されて身動きできないままフェイトは呟いた。

「少ない人数と実力差にめげず、よく善戦したと思うけれど……残念だったね、ネギ君。望み通りに事を運べられるほど、こちらも甘くなかったということだ」

 突如として音の消えた世界の中、後方に出現した全てを超越した脅威を感じさせる存在を、縛られたまま背に感じながら言葉を続ける。

「飛騨の鬼神・両面宿儺……久方ぶりに感じる現実世界の空気、思う存分、味わうといいよ」

 そこまで言って口を閉じ、微かにだが口元を歪めた。間抜けな言動ばかり目立っていたが、あれでなかなか、千草もやるものだと。
 正直な所、アスナと刹那に守備を抜かれた時、今回の計画は失敗に終わったと思いさえしたのだが、彼女は彼女なりに意地を見せたらしい。

「さて、これで両面宿儺の復活は無事、成し遂げられた。もう、僕が彼女に協力する必要もなくなったかな」

 感情の感じられない、どこまでも淡々としたフェイトの声。しかし、そこには聞いた者を心胆寒からしめる冷徹さが含まれていた。
 『魔法の射手』の拘束を解こうと、意識を集中させ始めたフェイトの横顔からは、彼が本当は何を思って千草に協力しているのか、見出すことはできなかった――――







 ソレを、ジローは湖より少し離れた場所から目撃した。
 先刻から噴出を続けていた魔力の柱。夜天に向かって伸びる極太の光が一際、強く輝いたかと思った次の瞬間、光柱の直径が数倍にも広がり、その中央に四本の腕を振り上げ、天に向かって咆哮する一体の――いや、一柱と数えるに相応しい鬼神が現れるのを。
 飛騨の大鬼神・両面宿儺。十八年ほど前、ネギの父親であるナギ・スプリングフィールドと、紅き翼の同胞であった詠春の手によって封じられた異形。
 前後に存在する二つの面に、本来あるべき腕の他に、肩から生えたもう一対の腕。そして、膝裏の存在しない四本の脚。
 古事記に記された通りの――記述には身の寸十八丈、今の単位で表すなら約五十四メートルとある。その大きさを遥かに凌ぐ巨躯である時点で、厳密には記述通りと言えないのだが――特徴を備えた、神話にのみ登場するはずの超越した存在が、何の冗談か二十一世紀の世に顕現していた。
 久方ぶりに味わう外気に歓喜するように、仄かに発光する巨体を悶えさせて咆哮する様は、善悪という区分を抜きに、神々しいと感じさせるものがあった。
 煩わしい封印から解放された両面宿儺が、夜気を砕く雄叫びを上げているのを遠目に眺め、ジローはやる気の見つけられない緩い面持ちでぼやいた。

「まあ、端から無理くさいとは思ってたけど……予想の斜め上を行き過ぎさね、ありゃ」

 その場に膝を突きたくなる重圧を感じながら、口振りだけは余裕を残した風に言う。
 肌が受け取る、真に強大な鬼神の力の片鱗。ただ、垂れ流しているだけであろう魔力と存在感に、ジローは堪らなく恐怖を覚えていた。
 ネギの使い魔として、少々特殊に弄られた体を持ったが故の震え。
 魔力の有無で、存在する力が増減する魔法生命体に近しくなっているからこそ悟った、『アレ』に自分は勝てないという確信。
 「あり得ない」、「無理」、そうした考えが己の限界を作ってしまうことを知りながら、一生物としてピラミッドの遥か上層に君臨するモノへの畏怖。
 これは、心の強さ弱さでどうなるものではない。打ち鳴りそうな歯を食い縛り、小さく俯いたジローに、丁度、真正面に対峙していた学生服の少年――小太郎が罵声を浴びせかけた。

「コルァッ、なに俺のこと無視してんや!? さっきの言葉、まだ取り消してないんやから、真面目に戦わんかい!!」
「あー、さっきの言葉って、『ネギを目の敵にしたのって、仲間友達が多いからだろ?』って奴か?」

 どやされ、目の前にいた少年の存在を思い出して早々、相手の頭に血を昇らせた一言を言い直すジロー。
 こめかみに血管を浮かび上がらせ、歯を剥いて怒りを露わにしていた小太郎の声のトーンが、また一段と高くなる。

「だから! ネギは仲間の女とかに助けられてばっかで、まだまだやなって話聞いて、何で俺が寂しがりって話になんねん!?」
「俺ぁ、別にお前さんが寂しがりとは言ってないけど……」
「言っとるのと同じよーなこと言ったやろーが! 屁理屈ばっか言うなや!!」

 のらりくらりと言い逃げするジロー相手に、まともに口論しても勝ち目はない。直感で察した小太郎は、ならば力づくでわからせてやろうと、手に力を込めて飛び掛かった。

「俺は仲間なんかいらんぐらい強いわ!!」

 振りかぶった手を、力任せに叩きつけにいく。
 狗族と人の間の子として生まれたせいか、正常な人間のものよりも遥かに鋭く、頑丈な爪を使った攻撃。しかも、目一杯に気で強化した一撃だ。まともに喰らわずとも、掠っただけで動きに支障を来すことは間違いない。
 相手は所々血に染まる襤褸切れのような服を着た、見るからに強さを感じさせない青年。千草の召喚した百鬼夜行の注意を引き付けるため、一人残ったらしいことは、ネギ達の話し振りから知ることができている。
 しかし、小太郎にはどうしても、目の前に立つジローが妖怪達とまともに戦ってここへ来たとは信じられなかった。
 初めて彼と言葉を交わしたゲームセンターでも思ったことだが、彼には『裏』の世界で生きてきた者が持つ凄味もないし、余裕ある表情に見合った実力も持ち合わせていなさそうだからだ。

(月詠の姉ちゃんは、この兄ちゃんのこと変に評価しとったけど……ハッ、何か勘違いしとるとしか思えんわ)

 内心、ジローがここに来れたのも命からがら、百鬼夜行の妖怪達から逃げ回ったからだと嘲笑さえしながら、小太郎はせめて殺さない程度に手加減はしてやろうと、急所から僅かに外れた場所へ手を振り下ろした。
 幼いながらも、『裏』で生きてきた少年。矜持として、女性には手を上げない、自分よりも格下の相手をいたぶる様なことはしない、といった考えを持っている彼にしては珍しい行動。
 恐らくは、ようやく巡り合えたライバルと思えるネギとの勝負が、アスナの一喝によって有耶無耶になってしまったこと、また、あからさまに弱そうに見える青年が、一丁前に自分を小馬鹿にする発言をしたことを原因とする、八つ当たりに近いものなのだろう。
 やることもなくなり、ただ憮然とした表情で立っていた自分に、『よー、こんばんは、少年』と、間の抜けた挨拶をしたかと思ったら、

『あー、こんな場所に一人でどうしたんだ? もしかして、ネギ達に相手してもらえなかったのか?』

 などと、わざと自分を怒らせようとしているようなことを言い、挙句、何故この場に拗ねた顔で突っ立っているのかを根掘り葉掘り聞きだし、先の『寂しがり』発言を送りつけるときた。
 この際、少しばかり痛い目に遭わせても文句はあるまい。そうした、血気に逸った考えに陥るのも仕方がないと言えよう。
 何故なら、どれだけ『裏』に生きるエキスパートであると主張しようと、彼がネギと同じく、十年も生きていない子供であることは間違いようのない事実なのだから。

「今から兄ちゃんみたいなんがあそこ行っても、足手纏いになるだけやわ! ちょっとここで寝とけ!!」

 口汚く罵りながら、狙いをつけた場所――死なすことなく、大きく戦闘力を奪えるであろう腕――に向けて爪を振り下ろす。
 だが、間を置かずに手へ伝わるはずだった肉を裂く感触は、あっさりと空を切る感覚に取って代わられた。

「なに!?」
「危ねぇなー、いきなり何するさね……」

 盛大に攻撃を空振り、体勢を崩しながら着地した小太郎の背中に、ジト目になったジローがだるそうに声を掛けた。
 やや呆気に取られた顔で振り返った小太郎に、非難の視線を送りつけながら話す。

「ちょっと言われたぐらいで怒るなよ、別に本気で言ったわけじゃないんだし。わざわざさ、敵の発言に目くじら立てることないだろ?」
「っ!!」

 慌てて後方へ跳んで距離を取って、油断なく構えた小太郎へ飄々と語りながら、ジローは面倒そうに頭を掻いている。
 どこから見ても隙だらけで、強さも凄味も感じさせない立ち姿。
 さっきの攻撃が外れたのは、何かの偶然に違いない。どこかで感じている不安を押し殺し、まだ言葉を続けようとしているジローに向かって、小太郎は再度、襲い掛かった。

「うらぁっ!」

 真っ直ぐに飛び掛ると見せかけて、急に側面へ回り込んでの爪の一撃。
 しかし、外れてしまう。当たると思った直後、まるで風に押されたようにジローが半歩動いたのだ。
 立て続けに攻撃を外し、歯軋りする小太郎だが、ここで手を休めてしまうほど素人ではない。
 たった一撃。直撃でなくてもいい、肉を削る程度に当たりさえすれば、目の前の緩い面をした青年の動きを止められる。そこから大技にでも繋げて、意識を刈り取ってやればいい。
 当初、ジローの外見から受けた、緩くていかにも弱そうという印象を驚くほどの早さで拭い取り、本気で倒しに掛かった小太郎の対応は、『裏』に生きる者の名に恥じぬものであった。
 瞬動で後ろへ回り込むや、側頭部を狙って蹴りを放つ。
 ひょい、と軽くしゃがんだジローの頭の上を、風を唸らせて足が通り過ぎる。
 またしても躱された。苦々しく思いながら、だが動きを止めず、次に繋ぐ。全力で体を振り回しての裏拳から、逆の手で気弾を放つ。
当たらないかもしれない、とは思わない。かならず敵に攻撃を当てる、そうした覚悟に似たものがなければ、当たるものも当たらないからだ。
 仮に、自分を信じられない状況で出した技が当たってしまえば、思いも寄らぬ悪い結果を生む可能性もある。その危険を回避する意味合いもあった。
 弱気になることが、一番自分を弱くする。狗族としての、獣としての血が訴える教えを守るためではない。『裏』の世界で今日まで一人、薄汚れながらも生きてきた意地を貫くために、何としてもジローを倒さねばならない。
 いつの間にか、目の前の青年が、本気で戦うに値する人間であることを認めていることに内心、複雑なものを覚えながら――気弾が放たれるだろうことを知りながら、依然として緩い表情をしている青年が強いとは、やはり信じたくないのだ――小太郎は、渾身の力を込めた一撃を繰り出した。
 気で形作った、漆黒の狗神がジローへ群れを成して襲いかかる。

 ――疾空黒狼牙!

 我流ながら、半身に流れる狗族の血が持つ能力と、少年自身が血の滲む修練を経て完成させた必殺技。
 これで勝負が決まる。半ば確信して、犬歯を剥き出しに笑みを浮かべた小太郎だったが、

「よーいせ」
「はっ? な、何やと!?」

 全力で放ったはずの技は、あろうことか、緩い掛け声と一緒に振られたジローの手にあっさりと掻き消されてしまった。
 愕然と目を見開く小太郎。それも仕方がないと言えた。
 魔法使いや術士が、障壁や呪符を用いて防ぐだろう一撃を、ジローはただ、魔力を込めた手でもってはたき落としたのだから。
 それも、強引に拳を叩き付けるのではなく、手の平でやんわりと撫でるような力加減でだ。

「いい技だなぁ、犬の形した気弾なんて」

 へら、と場違いに緩い顔で世辞を送ったジローが、極々自然な速度で前に出る。丁度、散策で出歩いているぐらいの、ゆっくりとした歩み。

「えっ……」

 間違いなく、相手が間を詰めてきたというのに反応できなかった小太郎の口から、二度目になる驚きの呻きが洩れた。
 決して警戒は怠っていなかった。気弾を掻き消されたという混乱は残っていたが、だからといって、易々と懐へ潜り込ませるほど腑抜けていたわけではない。
 だというのに、小太郎にはジローがいつ動いたのかわからなかった。その起こりにさえ、気付くことができなかったのだ。素早い動きの前に、必ずあるはずの緊張。それを見出すことができなかったが故に。

「あんま硬くなるな。四六時中、肩肘張ってても疲れるだけだぞ?」

 滑り込むように真正面まで歩み寄り、真面目なのかふざけているのか判別しにくい顔で、これまたどちらとも言えない緩い言葉を掛けてくるジローに、一瞬、頭が白くなる。
 硬くなるな――それは、単純にすぎる一言でありながら、小太郎の胸の奥深くまで突き刺さるものだった。

「仲間とか友達作って、危なくなったら助けてもらうなんてぇのは、弱い人間のすることだ〜、みたいなことをさっき言ってたけど」

 軽く膝を曲げ、小太郎の肩へ手を置いたジローが、浮かべていた緩い笑みに微量の心配をまぶして告げた。

「揺れそうな気持ちを静めるのに相手を貶して、自分の方が強いって決め付けるのは、あまりよくねぇな。そうやって意固地になった時点で、見えるもんも見えなくなるぞ?」

 言ってから、「まあ、アレ見て格が違いすぎる、なんて考えた俺が忠告しても説得力ないけど」、と遠方に佇む両面宿儺に視線を送ってから囁く。

「それとも、見たくないから目を逸らしてるだけかね?」

 変わることない、真剣さに乏しい間の抜けた表情で青年が放った痛烈な毒舌に、小太郎はカッと血が滾るのを感じた。
 図星を突かれたせいか、それとも謂れのない中傷を受けたせいか。本当のところ小太郎自身、どうして自分がここまで怒りを覚えたのか理解できなかった。
 ただ、もしかすると、ここでジローの言葉を認めてしまうと、これまでに築いてきた自信や己の信じる『強さ』が崩れてしまう。そうした、危機感や焦燥に駆られての行動だったのかもしれない。

「俺は…………強いわッ!!」

 肩に置かれた手を払いのけて後方へ跳び、素肌の上に羽織っていた学生服を脱ぎ捨てると同時に、体を縛っていた枷を外す――はずだった。
 本来の、狗族と人のハーフとして持たされた強靭、かつ獰猛な力を振るえる獣人の姿へ戻るための枷を外すか外さないか。時間にすれば、一秒に届くのがやっとの間。
 それさえ与えられることなく、小太郎は自分が考えていたよりも後方へ移動することとなった。
 彼が跳んだ距離をあっさりと詰め直し、顔を鷲掴みにして後ろの方に生え並ぶ木の一本へ、たいして躊躇する様子もなく後頭部を叩き付けたジローのせいで。

「ぐ……がっ、あ!?」

 脱ぎ捨てられた学生服が地面に落ち、空気を読まずに、バサリと大きな音を立てる。

「そぉだな、単純に持ってるモンで比べたら、お前さんは俺よりも優れてるんだろうけど」

 木に押し付けたままの状態で、世間話でもしているような緩い面持ちでジローが話しかけた。

「経験に、『裏』の世界に関する知識に、生き延びるためのノウハウ……そうしたものを拠り所にするのは結構なんだけどな、お前さんの『強い』は、弱さを押し隠すためみたいな気がするんよ」
「!!」

 ズンッ、と後頭部を木に叩き付けられた時よりも重く感じる衝撃に、小太郎は、顔を掴むジローの手の隙間から覗く目を見開く。
 自分が決して認めまいと、必死になって見ないようにしていた『弱さ』を看破され、突き出されたように感じたからだ。
 小太郎の頭を押さえ付けていた手を外し、よろめいた彼に手を添えるように支えて、ジローは口の端を持ち上げた。

「そも、お前さん……小太郎だったか? は、最初からして損してんだよ。仲間や友達を作るのは、心の軟い奴がすること――なんて考えてんだろ?」
「……だから何や?」

 まだ頭の奥が微かに揺れていたが、いつまでも支えてもらっているのは情けないと、体に添えられた手を押し返して小太郎が聞いた。
 訝しげに向けられた、少年特有とも言える無垢な視線を受けつつ、ニヤリと毒のある笑みを浮かべたジローが言う。

「負んぶに抱っこで頼りきりになったりなられたり、他の奴に任せればいいことまで、『自分がやらなきゃ!』なんて気負いさえしなけりゃ、仲間や友達は何人いても困らない、つってるんよ」
「んなっ?」

 唐突に、仲間や友達を作ることの利点を説かれて小太郎が絶句する。
 予想していた、「仲間や友達は支えあうためにいるのだ」など、いかにも正義の味方を自称する西洋魔術師が言いそうな台詞に、頭の処理が追いついていなかった。
 毒気を抜かれ、ポカンと口を開けて顔を見上げている少年に、同じく毒気を抜いて緩い顔に戻ったジローが、愉快そうに指摘した。

「仲間や友達を作るでも、見方一つでこんだけ変わるって例だよ。やってることは同じなのに、気の持ち様でこうも変わる」
「…………」

 ヘラヘラと笑いながら、

「あー、どうすっかなー、あれって外見からして両面宿儺っぽいし……何故に飛騨の鬼神様が、京都なんぞにいるんだよ」

 と、自棄になったようにぼやいている青年を見ながら、彼が言ったことは本当に『例』に過ぎないのだろうか、と小太郎は疑っていた。
 ツツッ、と背中を這い上がって来るのは、目の前に立つジローの本質を垣間見た――かもしれないという、本能的な恐怖か。
 さっきまで瞳に宿していた闘志が、水を浴びた焚き火のように消えてしまった。代わって怯えを帯び始めた少年の視線に気付き、失敗したと苦笑いしてジローが頬を掻いた。

「そんなに怖がらんでも……。あくまで、こんな考え方も受け止められる柔軟さを持っておくといい、って言いたかっただけなんだから」
「うぷっ! い、いひなり何しゅるんひゃ!?」

 いたいけな少年を怖がらせてしまった、などと考えたわけではないが、妙に空気が重くなってしまった場を和ませようと、小太郎の頬を軽く指で抓んでぐにぐにと解しながら話した。

「結局、何が言いたかったかってえと、強がるんじゃなくて強く在れ、ってことだ。それなりに真っ当な普通人やってきた俺から言わせてもらうと、楽できるようにならない強さなんざ、何の価値もないってぇの」
「楽でひるひょうにならへん強さ?」

 一応、頬を抓むジローの指を全力で外そうとしたのだが、絶妙に力を透かされるので抵抗を諦め、されるがままに頬を伸縮させながら小太郎が繰り返す。

「痛い、辛いに耐えるための強さも結構だけど……それって結局、痛い目に遭う、辛い目に遭う前提だろうが」
「イッタ!?」

 これまた唐突に、音が鳴りそうな勢いで頬を抓む指を引き外してからジローは、目線を頬を押さえて涙目になっている小太郎に合わせて、

「そんなつまらん強さ、お前さんにゃ似合わんよ。もちっと伸び伸びと、楽しく強くなれ」

 ニッ、と珍しく若者らしく感じなくもない笑顔で告げた。

「ネギと戦う機会、もうないわけじゃなし。今回は我慢して、次のチャンスを待っておくといい」
「は? に、兄ちゃん、一応言っとくけど、俺は千草姉ちゃんの協力者やで? 今回の騒動終わったら、確実に捕まってまうで」

 言いたいことだけを言い、さっさと歩き出したジローを思わず追いかけ、ボロボロのジャケットの裾を掴んで止める小太郎。
 そんな少年の困惑した様子を後ろ目に見て、青年はそれが何でもないことのように答えた。

「まあ、何とかなるんじゃないか? 今のとこはだけど、特別これといって深刻な被害が出てるわけじゃないし。あそこで咆え狂ってる鬼神様さえどうにかなれば、それなりに丸〜く収まるって」
「それなりて! ちゅうか、あの鬼神をどうにかするて、どないして!?」
「いや、そんなこと聞かれても困るけど。とりあえず、あそこにネギ達もいるから放置ってわけにはいかんので、俺は様子を見に行ってくる」
「あっ! い、いつの間に外して!?」

 あっさりと掴まれたジャケットの裾を外し、ひょこひょこと歩き出すジローへ、痺れを切らしたように苛立った小太郎の声が飛んで来る。

「ああっ、もう! 兄ちゃんが何考えてるんか、全然わからんわ!! 勝たれへんのわかっとるのに、鬼神のおるとこ行くとか、俺とネギが戦うの歓迎してるようなこと言うとか!!」

 地団駄を踏んで怒鳴る小太郎へ振り向いたジローの言葉は、簡潔で、だがこの上なく飄々としたものであった。

「そういうこと言われてもなぁ。俺は俺で、それなりの理由からネギ……ネギ達に死なれると困るわけでして。あと、小太郎とネギが戦うの歓迎してそうなのは、あれだ――――アイツ、喧嘩するための友達すらいないし?」
「……ハイ?」

 疲れや眠気が溜まっていそうな眼差しで答え、またさっさと、今度は駆け足で去っていくジローの背中が完全に見えなくなったところで、目を丸くして完全に思考を停止させていた小太郎が再起動を果す。

「プッ、ハハ、アハハハ、アッハッハッハ!! な、何やねん、あの兄ちゃん……お、おかしすぎる! 自分のこと普通人とか言うてたけど、絶対に嘘や……!!」

 次第に強くなる笑いの衝動に抗えず、顔に片手を当てて暫し爆笑してから、深く、深く、本当の本当に深く、胸一杯に息を吸い込んだ小太郎が、湖に向かって走っていったジローに届けとばかりに、口元に手を置いて叫んだ。

「つーか……俺、ネギと友達なるとか一言も言うてへんぞぉぉぉぉぉっ!!」

 果して、その怒声が夜闇に溶け込んだ青年に届いたのか否か。それはわからなかったが、

「――――ヘヘッ♪」

 腹の底から声を張り上げ、ネギとの勝負が不完全燃焼で終わって燻っていた不満が消えたのだろう。鼻の下を擦って、犬歯を覗かせる小太郎の笑顔は、どこか吹っ切れたものを感じさせた――――






後書き?)三十五話、巻きが入り始めているので展開が早いこと早いこと。
 でも考えてみると、原作の両面宿儺復活までの時間ってえらく短い印象が。これぐらいでもいい気がしてきた……。
 書き直しばかりで、あまり読む意味も見出せないかもしれませんが、先に書いたものとはだいぶ違う話の展開をしているので、その辺りを見て楽しんでもらえたらなぁ、と思っています。
 京都編が終わったら、かねてより考えていた趣味の充実、というか踊る阿呆を極めるための計画を実行しようとか考えつつ、話を進めております。
 感想、指摘、意見などお待ちしております……本当に。

〈続く〉

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