「第五幕・月に桜、春に風?」


 幽玄の美を醸し出す桜並木。
 何百と立ち並んだ木々の間を縫うように駆け抜け、二つの影が手に持った得物をぶつけあっていた。

「セェッ!」

 桜の木の陰から跳び出した刹那が、気合声を発して夕凪を振るった。
 左手に跳びながら、月詠の胴を狙って掬い上げるように太刀を斬り上げる。
 夜陰に甲高い音が響き、青火が散った。

「オットット〜」

 少女の身の丈はある野太刀の重い一撃にたたらを踏み、月詠が後ろへ下がる。

 ――この機を逃すな!

 自身を叱咤するような声に背中を押され、夕凪を八双に構えて一足一刀の間境を踏み越える。

「ハアッ!!」

 裂帛の気合を以て、月詠の肩口へ袈裟に斬り下ろした。
 初めて彼女と斬り結んだ時にはなかった太刀筋の鋭さが、今の刹那にはあった。
 この場を切り抜けることができれば、木乃香の救出に向かうことができる。そのことが刹那を奮い立たせ、打ち込みを研ぎ澄まさせているのだ。
 二刀を交差させて防ぐも、全体重を乗せて叩きつけてくる斬撃を止めるのは容易ではない。

「て〜い」

 僅かに痺れた手に胸中で眉を顰めながら、だが顔は満面の笑顔で月詠は足を引いて打ち込みを逸らし、その勢いを殺さずに体を回転させながら、右の太刀を振り抜いた。
 狙いは、打ち込みを終えた直後の刹那の首。

「――チッ!」

 首元へ近付く刃風を敏感に察して、夕凪を振り下ろした姿勢から、頭から地面へ跳び込むようにして月詠の太刀を躱す。
 手を使わずに受け身を取り、素早く立ち上がって夕凪を脇へ構えた刹那の首筋には、薄っすらと赤い線が入っていた。

「あらら〜、残念……。ん、ふぁ……」

 太刀の切っ先に付着した微量の血を舐め取り、月詠は口内に広がった芳しい甘味に肩を震わせた。
 ただでさえ穢れを、禁忌を感じさせる他人の血を躊躇いなく舐め、その味に愉悦を感じている彼女の表情は、まさしく狂人のソレだ。

「ええです……ホンマにええですー、刹那センパイ。こないだ仕合うた時よりも、ずっと、ずっと、ずぅ〜っと、綺麗で鋭い太刀筋でー……ウチ、ゾクゾクしてきます〜」

 蕩けた眼差しで刹那を見つめ、時折、体を震わせて喜びを表しながら、両の太刀を交差させて、自分の正中線を隠すように構えた。
 そして、足裏で地面を擦りながら間合いを狭めていく。

 ――まるで地面を這ってくる蛇のようだ。

 左の小太刀の切っ先の狙いを、ピタリと喉に定めて近づく月詠を、刹那はそう評した。
 気を抜いた瞬間、こちらの喉元へ咬みついている。そう予感せずにはいられない気攻めだった。
 毒と錯覚するほどの殺気が放射され、刹那の頭の芯を痺れさせる。
 単純な気攻めの勝負なら、恐らく自分が負けるだろう。夕凪を脇構えから下段の構えに移し、僅かに膝を曲げながら胸中で呟く。
 認めるのは癪だったが、月詠という少女は人を斬る快楽に溺れながら、その技や理合を濁らせることだけはしていなかった。
 むしろ、人を斬るために自身の技術を磨き上げ、そして剣への情念を貪欲に高めようとさえしている。
 目の前に現れた強敵を斬り倒す――ただ、それだけのために。

「楽しいですね〜、センパイ」
「…………」

 つ、つ、と間合いを寄せた月詠が、陶然と謳うように呼びかける。
 だが刹那は、ひたすら無言で下段に構え、全身に気勢を漲らせて相手の出を探っていた。

 ――来るッ!

 と、察知した瞬間、喉に付けられていた左の小太刀が、夜気を裂いて突き出された。
 疾い! そう思うよりも早く後ろへ跳ね跳びながら、下段に置いた夕凪を掬い上げるように振るう。
 が、鋭い金属音とともに弾かれたのは、刹那の夕凪だった。突き出された左小太刀を弾かれた瞬間、月詠が右の太刀を横から叩き付けたのだ。

「くぅっ!?」
「太刀筋に焦りが出とりますねー……ガッカリさせんといてください〜」

 弾かれるように、刹那は背後へ跳んだ。
 こちらの打ち込みを狙った重い一撃。痺れを訴える手の平に、内心、舌打ちする。

「あきませんよ? 神鳴流の太刀筋のことは、ウチもよう知っとるんですから」

 朗らかに笑いかけ、「焦ると剣筋が読みやすくなりますよー?」と月詠が忠告を発した。
 同時に、間を取るために後退った刹那へ追撃を行う。
 左の小太刀を逆手に持ち替えた月詠の体が、前方へ踊った。

「え〜〜〜い♪」
「ッ……!」

 空中で両手を振りかぶり、怪鳥が羽ばたくように左右の二刀を交差させて斬りかかる。
 あまりにも大きく、また狙いのわかりやすい隙だらけの打ち込みに、絶好の反撃の機会と考えるも、月詠の殺し殺されることに陶酔した瞳に気圧された刹那の太刀は、己に向けて放たれた二刀を弾くに終わった。

「ありゃりゃ〜、切り傷できてもうたー」
「…………」

 元いた場所からさらに二足跳びに離れて、夕凪を下段に構えている刹那に、月詠は打ち込みを弾いた夕凪の切っ先が掠ってできた手の甲の傷を見せ、微笑みかけた。
 夜闇のせいではっきりとは見えないが、思ったよりも深く切っ先が抉っていたらしい。
 色白でほっそりとした月詠の手首を伝って、鮮やかな赤がポタポタと零れ落ちる。
 それを彼女は、

「イタタ……もう、これやから怪我するんはイヤなんですわ〜」

 ぴちゃり、ぴちゃりと浅ましい音を立てて、舌先で舐め取りながら愚痴を漏らした。
 流れ出る鮮血に混じって、手首から粘度のある唾液が月詠の足元を濡らす。

「――――」
「そんな顔せんといてください〜、唾にはバイキン殺す効果があるんですからー」

 その光景に思わず眉を顰めた刹那に笑いかけ、口の端に付いた血を舐め取った月詠が、可愛らしく小首を傾げて問いかけた。

「刹那センパイのも、ウチが消毒しましょか〜?」

 問われ、刹那は自分の頬に一本の赤い筋が入っていることに気付いた。
 月詠の斬撃を弾いた時、踊った二刀の切っ先が掠ったのだろう。左頬にこんもりと盛り上がるように血が滲み、つ、つ、と油のように重たげに頬を垂れた。
 無言で問いかけを無視して、ぐい、と手の甲で滲んだ血を拭い、夕凪の柄を握りなおす。
 素っ気無い態度で拒否した刹那に、月詠は残念そうに眉先を下げて笑った。

「つれない態度ですねー……それとも、あれでしょうか〜? 傷舐めてもらうんやったら、ウチよりもジローはんの方がええんでしょうかー、刹那センパイは」

 言ってから、「まあ、あの人はそーいうの嫌いそうですけどねー。どっちかというと血よか、人の生き死に見るんを楽しむ方でしょうしー」と、思案するように顎に人差し指を当てて呟く。

 ――一体、何を言っているんだ……?

 吐き捨てるように、刹那は忌々しげに眉を顰めた。ジローのことを知ったように語る月詠に、不快感を露にしてしまう。
 ほんの二日前の夜、敵対する者同士として出会った人間に何がわかるのだ、との思いが生まれた。

「クスクス♪ 私にジローはんの何がわかるんやー、みたいな顔してますなぁ」

 手の中で玩ぶように、左右の二刀をクルクルと回しながら微笑んだ月詠が話しかけた。

「まあ、同類だからこその共感、とちゃいますかー?」
「――――貴様とジロー先生が同類だと? 何をふざけたことを言っている」

 否定の言葉を投げかけながら、刹那は想像してみた。
 月詠が同類という、狂気を撒き散らしながら、血塗れで笑みを浮かべ、手近にいる妖怪を、人間を、そして親しく面識のある者さえ殺して、声を引き攣らせて笑い転げているジローの姿を。
 かぶりを振って、刹那は馬鹿らしいと一蹴した。
 そんなこと、あるはずがないと声に出さず断言する。八房ジローという青年は、自分と違って真っ当な『人間』なのだから、と。

「また、何や難しいこと考えてらっしゃるみたいですなー、センパイは。人を『人間』かどうか決定するんは、特別な血でも肉体でもなく、その中に詰まって渦巻いとる心や感情ですよ〜♪」
「っ!?」

 その言葉に、隠しようもないほど刹那の顔が強張った。あっという間に、顔中に冷たい汗が噴き出す。表情から伝わるのは、知られたくなかった秘密を知られてしまったという焦燥だ。
 何故、と問いたげに目を見開いている刹那に、月詠は出血の収まった手の甲の傷を舐め上げてから、

「ウチ、これでも神鳴流に席置いてますんでー……『純血』かどうかぐらいは、味見したらわかります〜♪」

 チロリと唇を舌先で潤し、「詳しい事情は聞きませんけどー。正直、ウチにはどうでもえー事ですし〜」と嘯く。

「ウチはただー、楽しければええんですー。斬り合いして楽しめるんなら、相手が人でも魔法使いでも、化けモンでも神サンでも」
「…………それが、お前の戦う理由だというのか」

 黒く染まった眼の中、反転した白い瞳をギラギラさせる月詠に、刹那は幾分、平静さを取り戻した声で問い質した。
 月詠は何も答えなかった。ただ、少女らしく首を傾げ、静かに微笑むだけであった。
 何があって、月詠という少女がここまで歪んでしまったのか、それはわからない。だが、このような勝手な理由で剣を振る人間に負けたくない、との思いが刹那の胸中に湧き上がった。

「――――」
「あら〜? 何や目付きが変わりましたねー」

 心を鎮めて、体で夕凪の刀身を隠すような脇構えを取る。
 軽口に取り合ってくれない相手に苦笑して、月詠は両手の太刀と小太刀をダラリと提げて佇むように構えた。
 満開の桜並木に囲まれた広場に、身を裂くような緊張が吹き荒れた。
 無言で、二人が申し合わせたように間を詰め始めた。
 ズッ、ズズッ、と足裏で芝生を擦る音を立てながら、刀を構えたまま近付いていく。

「セァッ!!」

 二足一刀の距離に届いた瞬間、刹那が構えを脇から八双に変えて踏み込んだ。
 両の刀を逆手に持って構えている月詠へ袈裟に斬り込む。

「え〜〜い」

 左逆手の小太刀で袈裟切りを受け流し、月詠が首を狙って刺突を繰り出した。
 二刀遣いの強みとも言うべき、間髪入れない返しの太刀。
 それを刹那は横へ大きく動いて躱し、受け流された夕凪を振り上げて、再度、振り下ろす。
 二人がいる広場に、耳を劈く金属音が連続して反響した。
 激しく地面を踏み鳴らし、立ち位置を入れ換えながら、付かず離れずの間合いを保って斬り結んだ。
 常人の目では捉えきれない速度で、互いを一撃で死に至らしめる箇所へ斬撃を繰り出しあう。

「くっ……!」

 ギィンッ、と一際大きな高音を響かせて、刹那が斬り結んでいた場所から跳び退った。
 二の腕や肩口に血が滲んでいた。

「ウフフ〜、疾さはウチの勝ち、でしょうか〜?」

 対して手の甲の傷以外、目立った傷のない月詠は左右の得物を逆手に持ち、何かを仕掛けようとしているのか、深く腰を落として体を捻るような構えを取る。
 それを見て、刹那の背筋を氷で撫で上げたような怖気は走った。
 だが、構えなおす暇も与えず、深く腰を落とした状態から砲弾のように跳び出した月詠が、両の太刀を叩き付けてきた。
 咄嗟に体の前面に掲げた夕凪を、月詠は逆手に持った太刀で強引に弾き飛ばした。クルクルと円を描いて、夕凪が上空を舞う。
 刹那の顔に、明らかな恐怖が映った。
 意外と呆気ない幕引きだと、内心、月詠は不満であったが、目の前の敵を斬るという行為をやめる気は毛頭なかった。さらに回転し、太刀を飛ばされて無防備に体を曝け出している刹那に、左小太刀で後ろ手に刺突を放たんとする。
 一秒足らずで訪れるはずの、少女特有の柔らかな肉の裂け目から溢れる、温かな血潮で頬が濡れる感触を心待ちにしながら、月詠は小太刀を深々と突き出した。

「――――来たれ(アデアツト)ッ!」
「!?」

 必殺の刺突を受け止められたのは、予想外のこととしか言えなかった。
 肉に潜り込むはずだった小太刀の切っ先で感じたのは、硬い金属に突きを捌かれた感触。
 突きから一拍遅れて相手を振り返り見た月詠の目に、白木の柄で拵えられた、懐剣ほどの大きさの刀を両手に携えた刹那が映った。
 一体、どこから取り出したのか。少なくとも、暗器の類を持っている様子はなかったはずだ、と鍔迫り合いを行いながら、斬り合いの場における無駄な思考をしてしまった月詠の体が、石でも飲んだように重くなる。
 その隙を見逃すほど、刹那は未熟者でもお人好しでもなかった。

「もらった!!」

 鍔迫り合いをしていた月詠の小太刀を弾き、後方に跳躍した刹那が、両手に持った短刀――『匕首・十六串呂(シーカ・シシクシロ)』を投じた。

「来たれ・い・ろ・は・に・ほ・へ・と・七刀!!」

 短刀が二本とも弾かれる音を聞きながら、顔の前で刀印を結んで叫ぶ。

「あら〜?」

 喚びかけに応じて、刹那の周囲に七本の短刀が出現する。
 むざむざと投擲を浴びることはなかったが、予想していなかった武器の出現に鈍くなっていた月詠の足は、これで完全に止まってしまった。
 矢印よろしく、相手に切っ先を向けている短刀の一団に刹那が指示を下した。眼前で刀印を結んでいた手を、月詠の方へ伸ばして声を発する。

「往け!!」

 刹那、七本の短刀が月詠に向かって――――ではなく、その周囲の地面へと疾駆して、杭のように土中に切っ先を埋めた。
 己の足下を見渡し、訝しげな視線を前方に送った月詠の視線の先で刹那は、柄頭近くに赤い房つきの紐が巻かれた短刀――恐らく、それが彼女のアーティファクト『匕首・十六串呂』の本体なのだろう――を振りかぶっていた。

「――稲交尾篭(いなつるびのかたま)

 シャッ、と夜気を裂いて飛んだ短刀が、月詠の真正面に突き刺さった。先に地面に突き刺さっていた七本の短刀と合わさって、円陣を形成する。

 ――早よ離れんとあきまへんな〜。

 危機感から浮かんだ考えを実行に移すよりも先に、月詠の全身を余すことなく、夜の帳を裂いて空へと駆け上る春雷が打ち据えた。

「あひゃ〜〜〜」

 服のところどころを焦がし、嫌な臭いのする煙を漂わしながら月詠は、最後の最後まで間延びした声を上げて倒れ込んだ。
 それっきり、起き上がる気配を見せない彼女を遠巻きに眺めていた刹那は、ようやく緊張を解いて、地面に転がっていた夕凪を拾い上げた。
 気絶したフリをしているだけでは、と俯せに倒れている月詠に視線を送りつつ――時々、思い出したように痙攣する月詠が、非常に気味悪かったのだ――愛刀が歪んでいたりしないか確かめる。
 太刀に弾き飛ばされた時にできたと見える、小さな刃毀れを見つけて、一瞬、泣きそうになったが、この程度なら研ぎに出さずとも問題ない。
 安堵したように息を吐いて、刹那は胸ポケットに入れているパクティオーカードを取り出し、

「――早速、役に立ちましたよ、ジロー先生」

 と、報告でもするかのように呟いた。
 カモから聞いた話では、マスターである魔法使いが死亡すると、契約が破棄されてしまうとのことだ。
 こうしてカードの力を借りて月詠を倒せたということは、少なくとも、ジローは今この瞬間は無事でいる。
 物憂い顔で考えながら刹那は、湖から伸びる光の柱を見て歯を軋らせた。

「さっきよりも勢いを増している……お嬢様」

 ジローのことも心配だが、今は木乃香を救出することに心血を注がなくては。
 集中を欠く自身の思考に喝を入れ、刹那は鞘に納めた夕凪を片手に、先に湖へ向かったネギ達と合流するために駆け出した。

「お嬢様を守らなくては……そのために、そのためだけに私は――」

 そんな彼女の後ろ姿には、何故か追い詰められたような必死さが見えた――――








 ザッ、と春の匂いを運ぶ暖かい風が吹き、周囲に桜の花弁を降らせた。
 ヒラヒラと舞い降りた桜花が火傷した皮膚に当たり、引き攣るような気持ち悪い痛さを覚えた月詠は、満身創痍の割に快活なまでの勢いで目を開いた。

「あたた〜……失敗してもうたー、センパイがあんな隠し手、用意してたなんて〜」

 ごろん、と寝返りを打ち、綺麗な望月を拝める夜空を見上げながら、口元を歪めてニタリニタリと笑いながら呟いた。

「でも……まだウチは生きてますしー、完敗とはちゃいますよね〜」

 生きている、それ即ち、また斬り合いを、死合をできるということ。
 たまらなく素晴らしい、これ以上ない幸運だ。ただ単に、トドメを刺すことをしなかった刹那が甘いだけかもしれないが、それも運がよかったことに含めていいだろう。

「次はー、どこで〜、誰と〜、どんな風に殺り合えるんでしょうか〜」

 脇に転がっていた太刀と小太刀を手繰り寄せ、月明かりの下に翳して熱い眼差しを送る。
 その筋の者なら、大枚を叩いてでも手に入れたいと思う二振りの名刀――特に銘はない――に、月光と辺りに咲き乱れる桜花の色が映り込み、精妙な彩りを生む。
 ずっと眺めていたい。芸術など理解し得ない思考をした少女にさえ、そうした感情を抱かせるほど、手にしている二刀は美しかった。
 仕合に負けたばかりで虚脱状態にあるのか、ボーっと自分の愛刀を見つめていた月詠の頬を、春の柔らかさを含んだ風が撫でていく。

「あ〜、気持ちえぇ風ですなー……」

 ふと、酔狂な考えが月詠の頭に浮かんだ。
 面白そうな試みに、先までの狂人めいたものとは違う、少女らしい純粋な笑みが溢れた。
 月に向けて太刀の切っ先を伸ばし、

「あんたはー……桜月(さくらづき)がええかな〜」

 伸ばした太刀の峰に小太刀を重ねて交差させ、スッと目を閉じて詩歌を口ずさむように呼びかける。

「そんであんたは、春風(はるかぜ)や〜……ウフフ、名前付けたら、余計に愛着が湧いてきましたな〜」

 この時にはもう、全身に広がる火傷の疼痛も、仕合に敗れたことで感じていた虚脱感も、跡形もなく消滅していた。
 口元を歪めて、ポッカリ浮かんだ満月を仰向けに見上げて暫しの間、楽しそうに笑い続けた。

「フ、クフッ、ウフフ、フフフウクフフフ〜〜〜〜〜♪」

 徐々に大きく、甲高くなる笑い声に合いの手を入れるように、月詠が天に翳した二刀がチャリチャリと細かく擦れる音を奏でていた。

「そぉや、せっかくウチの得物に名前が付いたんやしー、誰かに教えておいた方がええですよね〜」

 一頻り笑い、満足したのだろうか。ピタリ、と笑い止んで思案顔になった月詠は、痛みに引き攣る体に鞭打って立ち上がりながら呟いた。
 どうせなら、自分の愛刀の名前を教えたい、伝える価値があると思える相手に聞かせたい。
 回収した鞘に二刀を納めて腰の後ろに差し、ふらふらと覚束ない足取りで歩き出す。

「さすがに、さっき負けた刹那センパイに会うんは気が引けますし〜、様子見がてら、あっちに行ってみましょうかー」

 うわ言のように囁きながら、月詠は後方の湖から立ち上る光の柱に興味を示すことなく、桜並木の奥に広がる夜闇へ溶け込むように歩いていった――――







後書き?)月詠さんが…………某十三隊の十一番目の隊長フラグを立てたっぽい。更の木さんと違って、あっさり刀の名前ゲットしていますが。
 行く行くは一刀流に鞍替えして、柄を両手で握って――

「知ってますか〜? 剣は両手で振った方が強いんですよ〜」
「なん……だと……?」

 なんて、阿呆ですね。色んな疲れが残っているようです、はい。
 血のソムリエなんていう、戦闘狂の極致っぽい能力が付いたのは、もはや仕様ということで。
 桜月と春風。二刀の銘は単純に、春の風と月と桜を見て決めました――みたいな感じで。月詠が思いつきでやった、なのでこれくらいが妥当かと。
 次回はジロが狂人モード……かも。判断基準がズレているのか、今回の月詠の行動ぐらいは全然問題ない気がしてしまう。ほどほどに自重しよう。
 感想、指摘、アドバイス、お待ちしております。

〈続く〉

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