「第四幕・彼女はとても男らしい?」


「ちょっとちょっと、ジローの奴もあんなの撃てたの!?」
「……凄まじいですね」
「…………ジローさん、無事で」

 ジローの放った広範囲焚焼殲滅魔法に喰われ、陣形を崩した妖怪達の間隙を縫って脱出したネギは、杖に同乗した少女二人の驚きの声を聞きながら呟いた。
 場所がなかったため、肩に乗っていたカモが耳元で叫ぶ。

『いそげ兄貴! 相棒が心配なのはわかるけど、さっきからすげえ魔力を感じる!! 奴ら何かおっ始めたぜ!?』
「……うん!!」

 カモの言葉に頷き、杖のスピードをもう一段上げる。
 虚を突かれてアスナ達が声を上げていたが、胸中で謝っただけでネギは杖の制御に専念した。

(に、人数が多いからかな……それとも焦ってるから?)

 どういう訳か、慣れているはずの杖を使った飛行魔法を維持できない。
 少しでも気を抜くと、大きく揺れて失速してしまいそうになる。その度、高度まで下がって地面へ墜落しそうになり、肝が冷えた。
 ネギの頭を「制限体重オーバー」という単語が掠めたが、古来より女性に重いと言うことは、白人に中指を突き立てるのと同じほどのタブーなので、堅く口を噤んでおいた。
 代わりに負荷を少しでも抑えるため、普段よりも高度を下げて飛行することにした。
 何故、高度を下げることで負荷が抑えられるのか。それは、『飛ぶ』という機能を備えていない人間が魔法を使って飛行しているからである。
 良かれ悪かれ、人というのは常識に囚われている。それは、魔法使いにしても同じこと。より高く、より速く飛行するには、相応に魔力と精神を必要とするからだ。
 ビュウビュウと耳の横を風が通り過ぎ、眼下を桜色の海が流れていく。
 もし今が非常事態でなければ、夜桜を見下ろしながらの飛行を楽しめたのに、と一瞬だが惜しむ気持ちが生まれた。

『見えた、あそこだぜ兄貴!!』

 ジローと別れて数分ほど飛行を続けた時、ネギの頭上に登って前方を睨みつけていたカモが鋭く叫んだ。
 体が強張るが、すぐに気を取り直して遠方へ視線を送る。
 その先に待っていたのは大きな湖。
 御神体だろうか、中央に注連縄の巻かれた大きな岩が鎮座している。

「あれ……このかさん!!」
「え!?」
「お嬢様!!」

 前方に広がる湖に目を凝らしたネギやアスナ、刹那が声を漏らした。
 湖の大岩から少し離れた場所に、石の台座と奉納神楽を行うためらしい木の舞台が設けられている。
 その舞台の真ん中に寝台が置かれ、裸体に布一枚を掛けただけの姿で横になっている木乃香がいた。
 薬でも嗅がされているのか、時折身動ぎをする程度で抵抗する様子を見せない木乃香に、ネギは唇を噛む。
 同じように頭の上で悔しげに呻いていたカモが、驚いたように体を伸ばした。

『こ、この強力な魔力は……!!』

 視線の先にいる木乃香から、曇天のように暗い夜空に向かって一条の光が伸びている。
 すぐ側で千草が祈りでも上げるように大きく両手を広げ、佇んでいるのも見えた。
 重大なことに気付き、カモが驚愕の声を上げた。

『儀式召喚魔法か!? 奴ら、何かでけえもん呼び出すつもりだぜ!!』
「…………ッ」

 歯軋りするようなカモの声に、焦りが一段と増す。
 だが、まだ急げば間に合うはずだ。
 いや――何としても間に合わせるのだ。
 異形の群れの中に置き去りにしてきたジローの姿が、ネギの脳裏に浮かんだ。

「まだ間に合う……急がないとっ!」

 自身を奮い立たせるように唇を噛み、一秒でも早く祭壇に囚われている木乃香を救出するため、危険を承知で不安定な杖の速度を上げようとした、その時。

「――!? ネギ先生、避けてください!」
「えっ!?」
「ちょ、なにっ!?」

 注意を促す、刹那の鋭い声。
 慌てて後ろへ首を巡らせたネギとアスナの視界に、丁度桜並木――まるで桜色の海原のように、眼下に広がっている――から飛び出してきた漆黒の狗神が数体、唸り声を上げながら殺到してくるのが映った。
 障壁を展開する間もなく、続けざまに狗神が杖に体当たりを行い、黒いタールのように弾け散る。

「う、うわあぁぁぁぁっ!?」
「くっ!」
「ぎゃあああぁぁッ!!」

 三者三様の声を出して、地上に向かって落下を余儀なくされる。

 ――杖よ(メア・ウイルガ)

 空中に投げ出されてすぐ、その優れた身体能力を使って姿勢制御を取り戻した刹那を横目に確認し、ネギは手足を振り回して落ち続けるアスナの救出に専念することにした。
 力を持った言葉で愛用の魔法の杖を手元へ引き寄せ、地上付近で着地の補助をさせるために、周囲に存在する大気の精霊に呼びかけた。

風よ(ウエンテ)!!」

 ゴウッ、とネギとアスナを包むように吹き荒れた風が、辺りに生えた桜の木々を揺さぶった。
 質量を持ってクッションに変貌を遂げた風に受け止められ、ネギは杖片手ににスマートに着地を決める。

「わひゃあぁぁ――――って、イッタァッ!?」

 アスナの方は残念なことに、臀部から地面に降り立って呻いていたが。

「だ、大丈夫ですか、アスナさん?」
「大丈夫じゃな〜い……! もう、何なのよイキナリ〜!?」

 ネギ達とは別に一旦、桜の木の枝に着地して落下の勢いを殺し、華麗に地面に降り立っていた刹那が、涙目で臀部を擦っているアスナを案じて手を差し伸べた。
 差し出された手を掴んで立ち上がるのを手伝ってもらい、辺りを見渡しながらぼやく。
 涙を滲ませてはいるが、悪態をつけるなら問題ないと安堵しかけた時、

「――誰だ!?」

 バッと後方の桜並木へ振り返った刹那が、夕凪の鯉口を切って誰何の声を上げた。

「!!」
『テメェらは……!』

 いち早く刹那の誰何に反応し、身構えていたネギとカモの前に姿を現したのは、つい先ほど襲い掛かってきた狗神からも予想できた人物。

「へへっ、まさかこんなに都合よく、再戦の機会が巡ってくるたぁな」

 呪術協会へ親書を届けにきたネギを妨害したのみならず、彼にとって初めてと言っていい真剣勝負――エヴァンジェリンとの勝負は彼女が遊んでいたからこその結果だと、ジローやカモに散々言い聞かされた――で大敗の苦汁を舐めさせた少年。

「ここは通行止めや、ネギ!」
「コタロー君……」

 肉弾戦に持ち込まれ、手も足も出なかった記憶が蘇り、その時に味わった悔しさに歯軋りした。
 一秒さえ惜しい状況で現れた強敵に焦燥が募る。
 しかし、前回と違ってアスナだけでなく刹那もいる。小太郎一人だけなら、ネギの焦燥は大袈裟なものと言えた。
 事実、狗神使いの少年が姿を現した時、一同の心には少なからず余裕があった。
 だが――

「千草はんの計画も順調みたいですしー、あまりお邪魔虫はせんといてくれますかー? 刹那センパイ♪」
「月詠……!」

 両の手に逆手二刀を携えて、小太郎の背後に広がる桜並木の奥から現れ、間延びした口調で「まあ、ウチには関係あらへんのですけど〜」と嘯いたのは、生粋の戦闘狂で……殺人嗜好を持った狂人でもある神鳴流剣士。
 場の緊張した空気から一人浮き出たロリータ服に、度のきつい野暮ったい眼鏡をかけた少女――月詠は、刹那やネギ、アスナ、ついでにカモへ順番に視線を送り、ホゥッとやや落胆した風に嘆息した。

「まあ、予想はしとりましたけどー……やっぱりジローはんは残り張ったんですねー」

 つまらなそうに口を尖らせ、「今頃、アチラさんは楽しいことになっとるんやろな〜」と呟く。
 どこか欲求不満な様子は、自分もそこに加わりたかった、と訴えているようだった。

「仕事ですからしゃーないんですけどね〜……センパイと手合わせできるだけでも、ウチは満足できますしー」

 キュッと唇の両端を持ち上げて、歪な笑みを形作る月詠。
 同時に小柄な彼女の体から膨れ上がる、歓喜や愉悦といった感情がまったく濾過されていない、不純でどす黒い殺意。
 月詠が自分に似ていると言うジローの狂気が、うたた寝を楽しむために巣に引き篭もっている老狼のように、ただ獲物が迷い込むのを待つ重く澱んだ水だとすれば、

「クスッ、クスクス……♪ ウフフ、ウフフフフッ!」

 可愛らしい仕草で口元に手を当て、堪えきれずに体を丸め込んで笑っている月詠のソレは、間断なく訪れる飢餓感を満たそうとする獣のように、常にうねり続けて獲物を探して猛る炎。

「――――」
「あ、あの子、会う度に危なくなってない……?」
「ホンマに……。何で、こんな危ない姉ちゃんとコンビ組まなあかんのやろ……」

 敵であるネギやアスナだけでなく、味方のはずの小太郎まで引いてしまう鬼気をばら撒く月詠を睨みつけ、刹那が鯉口を切った夕凪の柄に手を置いた。

「そこをどけ、月詠。私達はお嬢様を助けに来たんだ……貴様に構ってる時間はない」
「いけずですな〜、そないなこと言わんと、ここで楽しんでってくださいー」

 温度差のある掛け合い。どこまでいっても決して交わらない平行線だ。
 痺れを切らしたアスナが、牙のように尖った八重歯を覗かせて怒鳴る。

「わっかんない連中ねー!? 急いでるから邪魔しないで、つってんのよ!!」

 この場で一秒もたつく毎に、桜色の雲海越しに見える光の柱は勢いを増していく。それ即ち、木乃香の魔力が略奪されているという証だ。

「あんた達の相手してる暇なんてないの! 少しは空気読みなさいよ、バカッ!!」
「アスナさん……」
『姐さん……』

 聞いた者の胸が空くような啖呵に、ネギとカモが目を丸くする。
 尋常ではない力を持った者達をただ真っ直ぐに見据えて、道を開けろと吠えられる胆力に。そして、友人である木乃香を助けたいと全身で主張している少女が、『ここ』に立っているのは、本当に偶然が重なった結果に過ぎないのだろうか、と疑問に思ってしまったが故に。
 それほどまでに、小太郎や月詠にハリセンを突きつけたアスナの気迫は激しかった。

「やっかましい姉ちゃんやのー。俺はネギと戦りたいだけやから、相手したる気はないで」

 頭の後ろで手を組み、渋い顔で小太郎がぼやいた。
 女性には手を上げないフェミニストを自称――実際のフェミニストとは女権拡張論者、あるいは男女同権論者であり、それを自称した場合、男女分け隔てなく戦闘した方が好ましい――するだけに、アスナの相手は遠慮したいところだった。

「ウチもセンパイの相手がありますしー、困りましたね〜」

 横目に助けを求められた月詠は、笑顔のまま素っ気無く断りを告げる。
 小太郎はネギと戦うためだけに、月詠は刹那と刃を切り結ぶためだけに待ち構えていた。
 二人からすれば、気炎を上げているアスナは触れたくない相手。

「ホンマ、メンドイわー」

 折角の好機だというのに気勢を削がれた、と白けた顔になった小太郎の態度は子供っぽく、また同時に自分勝手さを感じさせた。

「前もそうだけど……あんた何考えて、こんなことしてんのよ!! 自分が何してるかわかってる!?」

 眼中にないと言いたげな態度を取られ、頭に血を昇らせたアスナが唾を飛ばして問い質す。
 西洋魔術師と……ネギと戦いたい。その程度の理由で千草に加担している小太郎の行動が、木乃香の救出を遅らせている。
 そう考えただけで、アスナははらわたが煮えくり返りそうだった。

「ネギと戦いたいならねー、このかを助けた後で申し込めばいいでしょーが! こっちは急いでるって、何べん言わせる気!?」

 堪えようのない怒りに、罵声が口を衝いて出てくる。

「姉ちゃん、女が男の戦いに口出さんといてーや。後でって、コトが終わったあとで本気で戦れる奴とちゃうやろ、ネギは」

 アスナの罵声を鼻で笑い飛ばした小太郎は、ビッと鋭くネギを指差した。
 ふてぶてしく口の片端を持ち上げ、

「俺は本気のお前と戦いたいんや。今ここで、この状況で! ここを通りたかったら、俺を倒していけ――ごっついわかりやすいやんか。全力で俺を倒せば間に合うかもしれんで? 来いや、ネギ……男やろ!!」

 それは挑発ではなく、共感を求める叫びだった。
 あからさまな誘いだと理解しながら、ネギは己の体に走った震えを無視できなかった。
 武者震いとも呼ぶべき、心の奥の奥を奮わせる呼び掛け。

「――――っ」

 俄に、ネギの顔が小太郎へ挑みかかるように険しくなる。

「きっちり勝負つけたい思たんは、お前が初めてや! ネギ、お前はどうなんや!?」

 違う! とは言えなかった。
 魔法の勉強に明け暮れ、最年少で魔法学校の主席卒業を果した。
 しかし、「魔法学校の主席卒業」という経歴が実戦において役立たないことを、ネギは痛いほどに思い知らされていた。
 一度目は『闇の福音』の異名を持ち、今なお、数々の伝説とともに『裏』の世界で恐れられるエヴァンジェリンとの戦いで。
 そして二度目は、今目の前に立ちはだかっている小太郎との戦いで。
 エヴァンジェリンの時は、重ねた年月の差が生んだ絶対的経験値が、そして何より、戦いにおける『覚悟』の重みが違いすぎたと言い訳できる。それがいいのか悪いのかは別として。
 だが、小太郎との戦いは違うかった。エヴァンジェリンとの戦いで、一応ではあるが『実戦』を経験し、真剣勝負に対する気構えが、動きができる――はずだった。
 実際に蓋を開けてみればどうだったか。
 パートナーのアスナとともに挑んでおきながら、呆気ないほど簡単に一蹴されてしまった。それも、一度ならず二度までも。
 正直、二度目の土壇場で行った自身への魔力供給も、『いどのえにっき』を持ったのどかが来てくれたからこそ、優位に立って戦えたようなものだ。
 あのまま純粋に、一対一の体術勝負へ持ち込まれていれば、どのような結果になっていたか。
 それは、考えるまでもない。

 ――次こそは何としても勝ちたい……僕一人の力で!!

 恐らく生まれて初めて抱いた、同年代の少年に対する悔しさと勝利への執着――『拘り』であった。
 メルディアナ魔法学校に通っていた時、成績の優劣で競い合う相手は確かにいた。
 『学校』の体裁を取る教育機関で学んでいた以上、それは当然のことだ。何せ、順位をつけるために試験があるのだから。
 だが、ネギにとって魔法学校での勝利は何も生み出さなかった。負けること自体一度もなかったが、仮に誰かに成績で負けたとしても、『力』を求めていた少年にとって痛くも痒くもなかっただろう。
 己の魔法技術の修得と練達にのめり込みすぎで、誰に対しても無関心だった少年からすれば、紙と鉛筆で行うような勝負は児戯に等しかった。
 そんな、ある意味で孤高を気取っていたネギを地に這わせることで、強引に興味を――優劣への拘りを持たせた相手。
 それが、犬上小太郎という少年だった。

「くっ……!」

 ネギの中に迷いが生まれた。
 ここで小太郎と決着をつけぬまま、素通りして木乃香を助けに行ってもよいのか。
 自分へ真っ直ぐに闘志をぶつけてくる相手の心を、あっさりと踏み躙ってよいのかと。

 ――コタロー君も倒せないのに、あの白髪の少年に太刀打ちできるはずがない……。

 ネギの中で飛躍的、かつ都合よく目的がすり替えられていく。
 「木乃香を助けるために敵を倒す」から、「敵を倒して木乃香を助け出す」に。
 自分の魔力量や戦闘技術、その他もろもろを考えもせず、問題の主旨を取り違えたネギは――

「……カモ君、ちょっと離れてて。一分で終わらせるから」
『ハアッ!? 何、バカなこと言い出してんスか!?』
「ちょっと、ネギ!?」

 肩に乗っていたカモを地面に降ろし、杖を持っていない方の手に魔力供給を行う。
 ボウッ、と拳を光らせて眼光鋭く自分を見据えるネギに、小太郎は「そうこんとな」と犬歯を剥き出しに、不敵な笑みを笑みを作った。
 二人の間で空気が硬質化し、今にも弾けて砕けそうになる。
 戦いの火蓋が切って落とされる。その瞬間を、無意識に感じ取ったネギと小太郎が、お互いに向かって飛び出そうとした、その時!

『ッ……いい加減にしろってのがわかんねぇのか、兄貴ィ!!』
「勝手に盛り上がるなぁぁぁぁッ!!」
「へぶぅっ!?」
「んな……?」

 いざ始めんとした戦いに、異議ありと待ったをかけたオコジョと少女の突っ込みが、芸術的な角度でネギへ叩き込まれた。
 麻帆良の良い子御用達の『使い魔もんすたー』に登場する使い魔さながらの、カモの怒りの前歯は頭頂部に、そしてアスナの斬り捨て御免なハリセンは側頭部に。
 もんどりうって倒れたネギに、小太郎が唖然とした様子で声を漏らした。

「えーとやな、攻撃する方、間違ってへんか?」
『うっせぇ、黙ってろい!!』
「あんたは口挟まないで!!」

 剣もほろろに小太郎を黙らせ、目を白黒させながら身を起こしたネギを、二対四個の激昂した瞳が睨みつけた。

「あ、あの……?」
『兄貴、俺っち達は何をするためにここに来たんスか?』
「あんたね……頭良いんだったら、少しは考えなさいよ。ここであの子と戦って、そんで白髪頭のガキとか眼鏡のおサル女とか、全部倒すつもりなの?」

 噛まれて叩かれた頭を押さえ、涙を浮かべている少年に舌鋒鋭く、カモとアスナはお互いの言葉を継いで文句をぶつけていく。

「なに熱くなってんの、あんた? 一分で終わらせるって……無理に決まってるでしょ。本屋ちゃんが来てくれるまで、二人がかりであんなにボコボコにされたのに」
「うぐ……」
『ここは多少、無茶してでも戦闘を避けてこのか姉さんを救出する、っつう逃げの一手を打つとこッスよ? 何のために、相棒が妖怪どもの足止めしてくれたと思ってんスか』
「あうぅ……」

 時間がないと精神的に急かされているのが、お前だけだと思うな。そう言い聞かせるように、こめかみに血管マークを貼り付けて、言葉の袋叩きでケチョンケチョンに言い聞かせていく。

「おい、姉ちゃん、さっきから黙って聞いてたら……男と男の勝負に口挟むなや。俺は女を傷つけるの趣味とちゃうで」

 ネギと自分を戦わせまいとしているのか。
 腰に手を当て、激しい剣幕で捲くし立てているアスナを睨め上げて、小太郎が低めた声――元が少年なだけに、独特な声の高さは消せないが――で警告を発した。
 これ以上、ネギとの勝負を邪魔するなら、矜持を曲げて少し痛い目にあってもらうぞ、と。

「ああン?」

 だが、柄悪く反応したオッドアイの少女は眉間に深い溝を刻んで、逆に小太郎へ食ってかかる。

「さっきから勝負勝負勝負勝負……いい加減、しつこいのよ。あんた、何が目的であのおサル女に協力してんの?」
「ハ、ハア? 何や急に……つーか、千草の姉ちゃんが何やろうと知らへんわ。俺はただ、イケすかん西洋魔術師達と戦いたくて手を貸しただけや」

 ネギと出会えたので、その甲斐はあったけどな。
 「ヘヘへ!」と、嬉しそうに歯を見せて笑う小太郎の姿に、アスナのこめかみにクッキリと血管が浮いた。

「あんたが西洋魔術師が嫌いだろーが、いけ好かなかろーが、知ったこっちゃないわよ。誰を好きだ嫌いだって言おうが、好きにすりゃいいのよ……でも――――」

 深く息を吸って、キッと前方を見据えて叫びを上げる。
 つい先刻までの怒鳴り声さえ、まだ遠慮していたのかと思えるほどの声で。周りに立ち並ぶ桜並木を揺るがすほど大きく、真っ当で、真っ直ぐで、きっとこの場にいる誰よりも純粋な怒りに燃えた叫びを。

「――でもねえ!? そんな理由で誰かに喧嘩売ったり、怪我させたりしていい理由にはなんないのよ! だいたい、女を傷つける趣味はない? 格好つけてんじゃないわよ!! あんたがおサル女に協力したせいで、このかは今ひどい目にあってるかもしんないのよ!? そんなの……そんなの! あんたが手を出してないだけじゃない!!」

 手に持ったハリセンで、遠方の空へ伸びている光の柱を指し示し、感情の昂ぶりに浮いた涙を袖で拭い、

「ほんとに女の人を傷つけたくないって言うなら、最初からこんな馬鹿なことに協力してんじゃないわよ、バカァッ!!」

 ありったけの感情を詰め込んだ罵声を、『裏』に所属していることを鼻にかけて、人を傷つけることや悲しませることを軽んじている少年へ――いや、この場にいる全ての者へ叩き付けた。

『姐さん……』
「アスナ、さん……」

 すぐ隣にいたカモとネギが、呻くように声を漏らす。
 カモは心底、感動したように。そしてネギは、とことん恥じ入るように。

「っ、う……この、好き勝手言いよって……!」

 あまりにも真っ直ぐな叫びに呑み込まれ、小太郎が悔しげに顔を強張らせている。
 何とかして反論しようとしているのだが、その声に従来のふてぶてしいまでの元気さや自信がない。

 ――あんたがおサル女に協力したせいで、このかは今ひどい目にあってるかもしんないのよ!? そんなの……そんなの! あんたが手を出してないだけじゃない!!

 この言葉が、今まで浴びてきた『半妖』や『半端者』といった罵りや蔑みよりも深く、小太郎の胸に突き刺さっていた。
 自分は少女に手を出さない。ただ、その一点にしか思考が及んでいないことを真っ向から指摘され、非難されてしまったから。
 少女が傷つくかもしれない、一生消えないような心の傷を負わされるかもしれない。
 だというのに、「千草の計画には興味がない。自分はイケ好かない西洋魔術師達と戦えるなら、それだけでいい」――そう(うそぶ)いて格好つけて、一匹狼を気取っていただけであることを、浅はかで格の低い『子供』であることを露呈させられた。自覚させられてしまった。
 羞恥から来る腹立ちと脱力感に包まれ、体から力が抜けていく。
 口を噤んで黙り込んでしまった小太郎を見据えたまま、アスナは――

「こんだけ言われてもわかんないなら、いいわよ……。私があんたを……あんた達をぶっ飛ばしてやる! その間に、ネギと刹那さんはこのかを助けに――」
『姐さん、そりゃ自殺行為ッス!!』
「ど、どうしてそうなるんですか!?」
「さ、さすがにやめた方がいいと……。その、相手が悪すぎますし」

 すっかりアスナの啖呵に聞き入っていたオコジョ妖精や子供先生、そして神鳴流剣士の少女が突っ込みを入れた。
 それぞれの顔に、何故行ってはいけない方向へ話を脱線させる、と言いたげな非難と、だがこの少女らしいという、奇妙な納得の色が浮かんでいる。

「あらら〜、何やボロクソに言われてしまいましたねー」
「…………」

 一人、素知らぬ顔でアスナの叫びを聞き流していた月詠が、力なく握った拳を下ろして唇を噛んでいる小太郎へ話しかけた。
 やんわりと間延びした口調の中に含まれた、皮肉や嫌味が主成分の毒を感じ取り、小太郎が無言のまま横目に睨むが、月詠は味方から送られた敵意に心地よさげに微笑む。

「どないします〜? ウチはこれからセンパイと仕合うつもりですけどー」
「――――あんだけ言われて、戦えるはずないやろーが……」

 顔を綻ばせ、頬を紅潮させている月詠に、苦虫を噛み潰したような声で返す。
 言葉や立ち姿の節々から、納得いかない、ネギと戦いたい――そういった感情を滲ませながら、だが二桁に届くか届かないかの身で、腕っ節の強さだけが物を言う世界を生き抜いてきた少年は、

「アカン、あの姉ちゃんのせいでヤル気削がれてもーた。せっかく、ネギと本気で決着つけよ思とったのに……」

 「これやから女は好かんのや、口ばっか達者で」と、頭を掻きながら忌々しげにため息をついた。

「勿体無いですなー♪」
「じゃかしいわ……あ〜あ、クソッ」

 口元に手の甲を当て、コロコロと鈴を鳴らすように笑う月詠に舌打ちしている姿は、熱中していたゲームを途中で止めざるを得なかった子供と同じで、実に不貞腐れた感じである。
 それを横目に眺め、月詠はいいことを思いついたと、両手に刀を持ったまま器用に手を打った。

「小太郎はんに一つ、ええこと教えといてあげます〜」
「……何やねん、急に」

 唐突におかしなことを言い出した仕事仲間に、胡乱な眼差しを向けて小太郎が問う。
 まあまあ、と適当に取り成して二刀流を使う神鳴流剣士の少女は――

「もしかしたらですけどー……この後、センパイらを追いかけてジローはんが来るはずです〜。せっかくですし、一戦交えてみるとええですよー」
「ジローって、あの黒髪のヘンテコな兄ちゃんか? 今、妖怪どもの足止めしとるって話やし……無理やろ」
「だから、もしかしたら言うとるやないですか〜♪ でも、ひょっとしたらひょっとするかもですしー……そん時は遠慮せず、本気で仕合うたらええと思いますよ〜?」

 スッ、と視線をネギ達の遥か後方――千草が彼らの足止めのために、大量の妖怪を喚び出した辺りへ向けて、艶やかな笑みを浮かべて言った。

「可愛い魔法使い君も、そのうちエエ感じになるんでしょうけど……それさえ届かない、ウチらと同じようで、まったく違う『強い人』ですしね〜」

 チロリと薄紅色の舌先で唇を舐めて囁く。

「異文化と呼ばれる、常識や理解の範疇を超えたあらゆるものに与えられる称号が何か……わかりますかー?」
「…………何やねん」

 ―――餓鬼道、というものがある。
 仏教において、迷いある者が輪廻を潜るときに通ることになる、六つの迷いある世界の内の一つだ。
 手に触れた食べ物は消滅し、水は火に転じてしまって、どれだけ望んでも飢えを満たすことができず、常に飢餓感に襲われ、挙句の果てに亡者同士で共食いを行ってしまう―――それが餓鬼道である。

「クスクス……『狂気』、ですよ〜」

 今の月詠は、そこにいる亡者の姿に酷似していた。
 食べ物の代わりに死合を、喉を潤す水の代わりに飛び散る鮮血を求める様は、常人の理解の外にある。
 それこそ、彼女が口にした『狂気』の存在を納得させるほどに。

「そろそろお相手願えますかー? 刹那セ・ン・パ・イ♪」

 話を強制的に終了させ、月詠は右に握った太刀を振った。
 ヒュン、と太刀風を一つ鳴らして進み出る。
 狂気を孕んだ笑顔を満面に浮かべ、死合を探し求める餓鬼と化した月詠は、濁った剣気を垂れ流しにしながら、刹那へ太刀の切っ先を突きつけた――――






後書き?) 小太郎対ネギのイベント、アスナの啖呵により消失。頑張れアスナ、君がヒーローだ。
 エヴァ編の茶々丸襲撃イベントの時といい、屁理屈と変な作品の見方と突っ込みをしている気がする……。ただ、フェミニストを自称する小太郎に対して思うところはぶつけられたので、まあいいかなぁと。
 実際に指摘された場合、小太郎は逆上して戦闘! よりも反論できず、不貞腐れたり捨て台詞ぐらいしかできない――と理解してしまう程度に、『大人』な部分も持っている気もしますし。
 酸いも甘いも味わって、納得できないものでも飲み込んでいかないと仕事を干されるでしょうしね、『裏』は(表裏関係ない気もしますが)。
 次回は月詠対刹那。その後、ジロ対妖怪軍団だけど……どの程度までいくと残酷描写と認定されるのか。
 とりあえず、二十八話であった腹貫通程度なら大丈夫かな、と二回連続の戦闘オンリー? な話で使う殺陣を考えつつ。
 感想・指摘・アドバイス、お待ちしております。

〈続く〉

〈書棚へ戻る〉

〈感想記帳はこちらへ〉

inserted by FC2 system