「とある少女の愛犬捜索?」


 扉の向こうからテレビの音が聞こえる。熊子が日課であるテレビ鑑賞を行っているのだろう。
 おそらく若者に人気の芸人が出ているらしい。人を笑わせるのではなく、人に笑われる類の漫才が流されている様子が伝わる。合間合間に熊子の小馬鹿にした笑いと、しゃがれた悪態が漏れ聞こえた。
 最近の漫才は質が落ちたね、などと言うぐらいなら見なければいいと思うのだが、あれが熊子なりのテレビ鑑賞の楽しみ方なのだと納得させて、ジローは静かに玄関の扉に手を掛けた。

「こぉんな時間にどこ行くつもりだい?」
「うわっ、たっ、ととっ!?」

 特に気をつける必要もなかったか。
 安堵の息を吐いてドアノブを回そうとしていた時だっただけに、ばたんっ、と勢いよく扉を開けて熊子が顔を出したことに驚き、ジローの口から上擦った声が出た。

「なんだい、泥棒みたいにこそこそして」

 驚きのあまり息を荒げているジローを睨み、熊子が探りを入れるように聞いてきた。

「あー、すみません、ちょっと出かける用事ができたもんで……」
「出かける用事って、学校の仕事かい? そんなの明日やりゃいいだろうに」

 魔法先生の仕事を手伝いうために出かけるなど言えるはずもなく、無難な誤魔化しを口にしたジローから、何故か手に持っていた目覚まし時計に視線を移す。
 非難するような言葉とは裏腹、眉根を寄せた表情からは、夜中に出かける店子を心配する色が見え隠れしていた。

「まったく、何考えてんだろうね偉いさんは。あんたみたいな若い子を、夜の遅くまで働かせて」
「い、いや、仕事ですから仕方ないですよ」

 同意を求められるが、まさか熊子にならうわけにもいかず、苦笑いを浮かべて適当に流す。

「あー、帰宅は朝になるっぽいんで、お熊さんは戸締りして先に寝ておいてくださいね」
「大丈夫なのかい? あんた最近、そんなのばっかりだろう」
「まあ仕事に慣れるまでの辛抱ですよー。じゃあ、ちょっと行ってきますね」
「鍵は持ったね? 気をつけて行ってきな、風邪ひくんじゃないよ」

 気軽い感じに言っているが、それを鵜呑みにして送りだすのは不安だったのだろう。外へ出たジローの背中に念押しして、熊子は玄関の扉を閉めた。

「先生は大変だってテレビで言ってたけど、それにしても酷いもんだ」

 暖かくなってきたとはいえ、まだまだ夜は冷える。熱が逃げないよう、羽織っていたどてらの襟を合わせて歩きながら熊子はぼやいた。
 帰りは明日の朝と言っていたが、もしかするとそれも難しいかもしれない。ジローが夜中に出掛けた場合、帰宅するのは次の日の夜が常であったからだ。

「心配だねえ、体壊すんじゃないかって……」

 初めて会った時の印象は正直、茫洋とした顔で頼りないと思ったものだが、今時珍しいぐらい真面目で、芯のしっかりしたところもある青年だけに、知らず知らず無理を重ねてしまうのではないか。
 よく若いから大丈夫などと言うが、そんなものただの迷信だ。体の丈夫さと心の丈夫さは同じでないことを、しっかりと理解していないといつか倒れてしまうだろう。

「まったく、うちに住み込んでるダメ住人どもに爪の垢煎じて飲ませたいぐらいだよ」

 自分の部屋に入る直前、階上に並ぶ閉ざされた扉をなぞる様に睨んで、熊子はぴしゃりと扉を閉じる。
 当たり前のように、玄関の鍵を掛けずにおいていた。今日ぐらいは予定よりも早く仕事が済んで、ジローが帰宅する可能性があったからだ。

「さて、撮り溜めてた時代劇でも見ようかね。おっと、その前にお茶も淹れ直さないと」

 独り言にしては大きい声で呟きながら、熊子は大家の特権で部屋に備え付けてある台所へと足を向けた。





 麻帆良の学区から少し離れた場所に、さして標高も高くない、裏山と呼ぶのに丁度いい大きさの山がある。その麓に、過去の火災で朽ち果てた教会が一軒、今も在りし日の姿を偲ばせる様子で佇んでいた。

「何で今になって、誰も行かない教会の調査とかに行くんですかー? シスターシャークティ」
「ジロー君のいるアパートで詳しく説明したと思うのですが、聞いていなかったのですか?」
「……ミソラ、お話ちゃんと聞いてタ?」

 廃教会へと続く暗い夜道。
 頭の後ろで手を組んで歩く美空に、少し前を歩いていたシャークティとココネからジト目が送られた。

「えー、いや、そこを集会場にしてた不良の人達が病院に担ぎ込まれて、熱にうなされながら化け物がどーのって呻いてる、っていうのは聞いてましたけど……」

 ぽりぽりと頬を掻いて冷たい視線をやり過ごし、前を歩く二人の肩越しに前方を覗いて声を上げた。

「あれ、あそこに立ってるのってジロー先生じゃないッスか?」
「む、あちらの方が早かったようですね……。美空、あなたが出発の時にもたもたしているから」
「ちょっとトイレに行きたくなっただけですよー、もう心狭いなぁ」

 毎回、下手に口を滑らせては説教を受けているというのに、学習せずに愚痴を漏らした美空にシャークティの目が鋭くなりかけるが、それを阻むようにココネの小さな声が響く。

「ジローと一緒に誰かいる」
「あれ、ジロー先生以外に手伝いって呼んでましたっけ? シスターシャークティ」
「え? い、いえ、そんなはずはないのですが……」

 ココネの声に釣られ、訝しげな美空と困惑したシャークティが少女の視線を追う。
 なるほど、確かにココネが言った通り、彼女達の視線の先にはジロー以外の人間がいた。

「おーい、ジロー先生〜」
「あー? おお、お晩ですシャークティ先生、ココネ、あとついでに美空も」
「え、その対応は酷くない? 話しかけたの私なんスけど」

 暗い夜道にぽつりと浮かぶ街灯の下、しゃがみ込んだ姿勢でその場にいた、もう一人の人物と喋っていたらしいジローが顔を向けた。
 昼間、部屋を訪ねた時に着ていた野暮ったいジャージではなく、普段美空が見慣れた灰色の背広に着替えているのだが、緩いネクタイと、だらしなくボタンの開いたワイシャツがしゃがみ込んだ姿と相まって、季節遅れの酔っ払いの体を成している。
 異性と呼ぶには幼すぎる子が一人いるが、三人の修道女と待ち合わせるのに相応しい身嗜みとは言い難かった。そんなだらしない格好に、シャークティの眉が神経質な感じにぴくりと動いたことに気付きながら、だが美空はもっと別のことに注目していた。

「あのー、ジロー先生? 知り合いの誼で注意しとくけど、こんな時間にそんな子相手に何かしてると色々危ないッスよー」
「おまわりさん、飛んでくる……」
「何故に俺だけが悪いみたいになってんだ? お前さん達待っていたら、この子が話しかけてきたんだよ。何か、犬を捜してるとかで」

 心なしか距離を取って話しかける美空やココネに胡乱な眼差しを返し、ジローは目の前に立っていた人物――厚手のピンク色のジャンバーを羽織った、髪の長い少女の頭に手を置いた。

「あのね、コースケがいなくなったの」
「コースケって、飼い犬の名前ッスか?」
「うん、そう」

 この時間までずっと探し回っていたのだろう。足元が泥に汚れ、心なしか顔色も悪く感じる少女が、今にも泣き出しそうな声で美空へ訴える。
 なるほど、大切にしている飼い犬を捜して歩き回っている内に道に迷ったかして、こんな時間までうろうろしていたらしい。コースケという名の犬を捜す途中、道の脇から続く山中にも踏み込んだのだろう、全体的に薄汚れている少女に内心、無茶をすると美空は溜め息をついた。
 これは注意した方がいいのでは。常から不真面目で通してはいるが、それとこれは別問題であると考え、口を開きかけた美空を制するように、シャークティが少女へ話しかけた。

「ペットを大切に思って、こんな時間まで捜すあなたの心は素晴らしいと思います。ですが、そのことであなたのご両親が心配するとは考えなかったのですか?」
「だって、コースケが……」

 必死になって飼い犬を捜す行為そのものは否定せず、だがそれが必ずしも良い行いとはならないと言い諭すシャークティに、しかし少女は顔を伏せて言い抗った。
 怯えたように側にいたジローの背に隠れる様子は、シャークティが一方的に少女を非難しているとさえ感じさせる。彼女自身、そのことを理解しているのだろう、ジローの後ろに身を隠す少女へ向けた顔には不満の色と、微妙ないたたまれなさが混ざり合っていた。

「あー、まあ、飼い犬がいなくなるのは心配だよな。でも、シャークティ先生の言う通り、時間が時間だし……今日はもう、コースケ捜しは中断して家に帰るさね」

 流石にシャークティが非難されるのはお門違いだろうと、後ろに立つ少女と目線を合わせたジローが説得を試みる。

「――――うん、わかった」
「お?」

 意外なことに、少女からの返答はそれを承諾するものであった。
 あまりにあっさり首を縦に振られ、思わず訝しんだジローの脇をすり抜けるように、少女は長い黒髪を揺らして麻帆良の街へ続く道を駆けだした。

「あー、気をつけて帰れよ〜」
「気をつけて帰れよ、じゃないでしょう! ジロー君、あなたは小さな子供を一人、夜道を歩かせるつもりですか!?」

 飼い犬の行方を知ることに執着し、夜中になるまで捜していたとは思えない変わり様にあっけに取られ、躊躇いがちにだが手を振って見送るジローへシャークティの怒声が飛ぶ。

「何かがあってからでは遅いのですよ? ジロー君、仕事の方は私達だけでも何とかなります。だからあなたは、あの少女が安全に街へ戻れるよう、付き添ってあげてください」
「は、はあ、それは別に構わないんですけど」

 ならば何故、今夜の仕事に自分まで駆り出されているのか。切に問いたげな皺が、ジローの眉間に寄る。

「じゃあ……さっきの子、街まで送ったら戻ってくるので。仕事の方、よろしくお願いします」

 だが先輩魔法先生の指示には従うべき、というより、長いものには巻かれておいた方が楽だろうと思いなおし、既に見えなくなった少女の姿を追って小走りに駆けだした。

「あーあ、行っちゃった。シスターシャークティ、いいんですか? 仕事の手伝いで呼んどいて、あんな風に追い返すみたいなことしちゃって」
「私としても不本意ではあります。ですが、万が一という事がないとも言えないのですし」

 どうせなら私が行きたかったな、と頭の後ろで手を組んで歩く美空へ白い眼差しを送った後、ココネを連れて彼女の少し前を歩きながら考える。今回、仕事にジローを同伴するよう言ってきた近右衛門の意図が、はたしてどこにあるのかを。

(もしかして、心配されているのでしょうか? 仮にも教会に席を置く身、ジロー君のように半人半妖とも取れる人間に対して好意を持ちにくいのでは、と)

 そうでなければ、そのジロー当人からキリスト教信者ということで忌避される可能性がある、ということも考えられる。
 いかに魔法使い寄りとはいえ、キリスト教はキリスト教。過去の魔女狩りの蛮行などにも見られるように、純粋ならざる者に対して苛烈すぎる排斥を行った存在というイメージが付き纏うのは、不本意ながらも当然と受け止めるべきだ。
 シャークティからすると、キリスト教を即魔女狩りに繋げて考えるのは知識不足もいいところなのだが、宗教というものに関心の薄い人間が多い日本の事、偶然耳に挟んだ情報で歪んだイメージを抱く者が多くても仕方がない。

「その辺りを考えて、学園長もこうして機会を設けてくれたのかもしれませんね」

 一方的な偏見や誤解を解き、より友好的な関係を築くのに必要なのは行動を共にして、人となりを理解しあうことだろう、とシャークティは胸中で深く頷く。とはいっても、肝心要のジローは自分の指示に従って少女を追っている最中。この場にいない以上、近右衛門の気遣いも何もあったものではないのだが。

「まあ、ここでずっと待っているわけにもいきませんし、私達は先に廃教会へ向かうとしましょうか」

 すぐに少女に追いついたとして、ジローが戻るにはまだ時間を必要とするだろう。
 今夜の目的地である廃教会の場所自体は、ジローも知っているから先に行っても問題あるまい。ちら、と後ろに広がる暗い山道を見た後、シャークティは側に立つ美空達を促して歩き出した。

「えー、ジロー先生が戻ってくるの待ちましょうよ〜」
「…………」

 何やら不満げに美空が文句を垂れているが、それはジローに丸投げする気だった仕事の手伝いを自分がせねばならないと思ってだろう。
 最近、悪戯はしなくなったが、その分あからさまにさぼろうとする様になってしまった気がする。横目に美空を睨み、どうしたものかとシャークティは小さくため息をつく。
 小さな歩幅で美空の横を歩くココネの顔にも、シャークティの推察と同じ呆れの色があることに気付きながら、だが毛ほどに動じることなく美空はぼやいた。

「あーあ、早く戻ってきてくんないかなぁ、ジロー先生。こんな時間にか弱いレディー三人を人気のない場所に行かせるなんて、減点大きいよー」
「ハァ……着きましたよ。だから美空、あなたはそろそろ静かになさい」

 夜道を歩き始めてから十数分、止むことなく愚痴る美空にいい加減、注意の一つでもしようかと考えたシャークティの口から安堵の吐息が出る。

「はーい、ってウゲ……」
「教会、ボロボロ」

 目的地を目にした美空とココネの第一声は、無残に朽ち果てた教会に対する呻きと、どこか憐れむような呟きだった。
 過去の火災から使われなくなったとは聞いていたが、想像以上にひどい有様であった。
 かなり大きな火によって焼かれたのだろう、白く美しかったはずの外壁は全体的に煤けている。木製の扉は片方が焼け焦げ、半開きの状態で佇んでおり、もう片方は教会の内側に倒れ込んでいた。
 さらに、かつての教会をみすぼらしくしているのは、スプレーで書かれた程度の低い落書きの数々。適当に漢字を組合わせたチーム名らしきものから、思わず眉を顰めてしまうような卑猥な単語が、薄汚れた教会に無駄な色彩豊かさを与えていた。

「ここを溜り場にしていた、素行の悪い学生達の仕業でしょうが……酷いものですね」
「全員、熱にうなされてるって聞きましたけど、バチでもあたったんじゃないですか、これ」
「天罰……」

 神社仏閣と並び、教会とは穢すべからず場所である。だというのに、文字通り神をも恐れぬ所業を行っていた不良学生達に、三人が同情の念を抱けなかったのも当然。落書きだけにとどまらず、焚火の後に散乱したジャンクフードの包装紙や菓子の空袋等、辺りを見渡せば見渡す程、この場で馬鹿騒ぎを繰り返していた者達への怒りを湧き上がらせる。

「……ここの掃除は後日、改めて行うとして、調査の方を済ませてしまいますか。素行不良の学生達が言っていた、化け物という言葉も気になりますし」
「あのー、やっぱり中に入らなきゃ駄目ですか? 化け物とかは、薬とかやっちゃった不良さんの勘違いじゃないかなー、とか思うんですけど」
「…………」

 今にも倒れそうな焼け焦げた扉に注意しつつ、廃教会の中へ足を踏み入れようとしたシャークティに、美空が躊躇いがちに問いかけた。
 夜の教会というだけでも不気味なのに、火災で朽ち果て、さらには不良学生達による余計な彩りが加えられているのだ、探索しようという気も失せるというもの。逃げ腰で尋ねる美空の隣にいるココネもこればかりは同意らしく、昼間、南楓荘の外観に怯えていた時の比ではない体の固まり具合である。

「まったく、あなた達は……まだ見習いとは言え、魔法を学んでいる身で何を怖がっているのですか。仮に化け物が本当に出るとして、そんなものどうだって対処できるでしょう」

 一般人には知られていない、と言うより魔法関係者達の尽力によってひた隠しにされているのだが、麻帆良というのは霊地としてかなりの高ランクに属する土地である。その関係からか、精霊やごく普通の野生動物が霊的な力を持つことが稀にあった。
 霊的に力を持つといっても、せいぜいが感受性の高い一般人にも姿が見えるようになる、尻尾が二本に裂ける、人語を理解し、極稀にそれを発することができるようになる、といった程度のものである。だが、その極稀な事例の中のさらに稀有な例として、麻帆良の魔力に適性の強かった野生動物や精霊が、必要以上に力を持ってしまうことがあった。
 言うなれば、異常な速度での進化。麻帆良の豊潤な魔力が、生物としての在り方に刺激を与えるのだろう。
 本来なら数十年、数百年と時を掛けて変化するところを、ほんの僅かな時間で妖怪や魔物と呼ばれる存在へ押し上げられたモノ。それらが力なき人々へ害を及ぼすのを未然に防ぐのもまた、麻帆良という土地を守る魔法使いの役目の一つとして存在していた。
 今回、この廃教会へ訪れた最たる目的は、病院へ担ぎ込まれた不良学生達の言う化け物が、そうした麻帆良の魔力によって変化したものであるのかを確かめることにあった。

「それ言えるのは、シャークティ先生達みたいにお強い方々だけですって。まあ、それはいいとして、私達が心配してるのはアレですよ、ほらアレ」

 振り返り、ほとほとに呆れたという視線を送るシャークティに、美空は怖いのはそっちではないと激しく首を振った。
 シャークティの言う通り、本当に化け物が出たとしても、それの退治など端から彼女に任せる気でいる。年齢的に見れば、魔法先生の中ではネギやジローの次ぐらいに若くはあるが、その実力はベテラン魔法先生陣と比べても見劣りするものではなく、むしろ麻帆良の魔法関係者の中でも上から数えた方が早い位置にいるのだから。
 美空やココネが廃教会に入ることを躊躇っているのは、そうした力でねじ伏せられる脅威ではなく、もっと単純で人を本能的に恐れさせるもの。

「お化け、出そう……」
「そう、それ」
「はあ?」

 廃教会から目を逸らし、ぼそりと呟いたココネと、大袈裟に手を打って同じことを考えたとアピールする美空に、心底呆れたとシャークティは眉根を寄せ、本気で言っているのかと首を傾げた。

「何を言い出すのかと思えば、お化け? 馬鹿馬鹿しい、そのようなものいるはずないでしょう」

 魔法使いであり、修道女でもある少女達の怯えた様子を情けなく感じ、深いため息とともにかぶりを振る。

「まったく……これなら、先ほどの少女を街に送るのはあなたに任せるべきでした。もういいです、調査の方は私一人で行います。あなたはココネが怪我しないよう、ちゃんと手を繋ぐなりしておいてください」

 これ以上は相手にするだけ時間の無駄だ。まだまだ幼いココネはともかく、見習いである点を差し引いても役に立ちそうにない美空に、シャークティはただ静かに同行することだけを指示して、カツカツとパンプスの音を響かせて廃教会の中へと入っていく。

「……ミソラ、追いかけよ」
「えー、一人でやってくれるみたいだし、外で待っとけばいいんじゃない? ほら、もし本当に化け物がいたら、私達ただの足手まといじゃん」
「そんなのダメ」

 あっという間に屋内の暗闇に消えるシャークティの姿を見送ったココネは、隣で自分の手を握って立つ美空へ不安そうに訴えた。
 普段と寸分違わぬ無表情なのに、はっきりとそう感じられるのは付き合いの長さがあってこそだろう。はっきり、行きたくないと主張する渋面で少女を見下ろし、美空は深いため息をつく。

「ハア、しょうがないなぁ、もう。暗いから足元気をつけてよー?」
「ミソラ……わかったタ」

 嫌々ながらも同意してくれたことに目を丸くし、しかしすぐに見慣れた表情に喜色を浮かべて、コクコクと何度も頷くココネに苦笑しながら、美空は繋いだ手を引いて歩き出した。

「真面目だねー、ココネは。それじゃ、シスターシャークティのとこへレッツゴー」
「オー」

 繋いだ手を大きく振る美空に連れられ、廃教会の奥に向かいながらココネが片手を突き上げ、少々棒読みな気合を入れる。
 暗い場所だけに、何か話していないと不安になるのだろう。あれやこれやと雑談を交わしながら、少女達はシャークティがいるであろう廃教会の奥へと消えていった。





 三人が廃教会に足を踏み入れた頃、ジローはまだ、先ほど消えた少女を探して山の麓をうろついていた。

「おっかしいなー、いくらなんでもあの時間で見失うわけないし……」

 もしや山中に入ってしまったのかと思い、少女と出会った場所から麓まで念入りに調べたのだが、道路脇から山へ入ったような痕跡はなかった。親が車か何かで迎えにきたのだろうか、という考えがジローの頭を過ぎる。それなら、自分が少女に追い付けなくとも不思議はないからだ。

「どうすっかねえ、捜しても見つからないんだし、もう諦めてシャークティ先生達のとこに戻った方がいいか」

 足早に昼間、聞いておいた仕事場所へと向かいながら、ジローはふと立ち止まって後ろを振り返った。あり得ない考えに、思わず足を止めてしまったのだ。
 視界は暗い夜闇に覆われ、街灯の少ない山道は漠然としか映らない。そんな中、一人でいなくなった愛犬を捜して歩き回る少女。そんな光景を幻視してしまう。

「まさかな……」

 自嘲するような呟きを残して、ジローはシャークティ達がいるであろう廃教会を目指し、足を速めた。






後書き?)本当はこの話でリハの流れをこなすつもりだったのですが、元にしたものよりも話が長くなったのと、脇役や教会組の出番を増やした結果、結局三話構成に。
 とりあえず次回、とあるシスターのお色気でも書こうか、など企みながら、新年の休み(一日)の過ごし方をどうしようと考えていたり(まあ、初走りと初献血して酒傍らにテレビ観賞で執筆、でしょうけど
 皆様、よいお年を。ではではー

〈続く〉

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