「真面目な人ほど間が悪い?」


 粋楽に宴会の主催者である近右衛門が到着し、魔法先生一同の飲め食え歌えの三拍子揃った宴が始まったのが夜の八時前。勧められるままに飲み食いを楽しんだジローが、千鳥足で帰路に着こうとする魔法先生達に別れを告げて店を出たのは、夜の十一時を回ろうかという頃だった。
 如月――二月の身を刺す様な夜気が、火照った頬や体に心地良い。
 片手に提げたコンビニの袋が擦れる音を供に、月光に白く照らされた道をジローは、ふわりふわりと波間に揺れる舟の様な足取りで進んでいた。麻帆良で暮すために借りたアパートへ帰るつもりなのだ。
 丁度、麻帆良学園と粋楽の間、女子中等部まで歩いて四半刻という場所にあるアパートの部屋を借りられたのは運が良かった。

「学園長の名前が効いたんだろうけどなぁ」

 そうでなくては、十七歳を前にした青年に部屋を貸してくれる大家がいるとは思えない。
 部屋を借りるために話をした際に記入した資料を見て、大家――随分と歳老いた座敷童といったが容姿の女性で、少々口は悪いが人情深いという昔気質の人物だった――が年齢の部分は間違いではないのかと聞いてきた気がするが、それは月々の家賃を払えるか心配だったからだろう。契約が決まった後、「若いのに苦労したんだねぇ」と目尻に浮かんだ涙を拭いていた気もするが、あれは単に欠伸でもしたからだと思っている。

「とにかく、住むところがあるのはでかい。衣食住があって初めて、人間らしい生活ができるって聞いたことあるし」

 正直なところ、ネギに召喚される前は祖父母の残してくれた家や、祖母方の親類の家で寝泊まりしていたため、借りた部屋でも狭いの一言に尽きるのだが、あまり贅沢も言っていられないのが現状。
 少なくとも、相応の金を貯めてもっと大きな部屋に移るか、安い借家でも見つけるまでは、実家の居間と大差ない部屋で我慢するしかなかった。

「今時、風呂共同ってのはあれだけど、トイレありの和室六畳洋室四畳で四万二千円はお得だしな。何でか知らんけど、敷金礼金もタダだったし」

 もしかしたら、アパートの雰囲気や名前の語呂が悪いからかもしれない。
 外国の街並みを模した麻帆良の景観に合わせた築三十年ものの洋館で、名前は南楓荘(なんぷうそう)。時の流れを感じさせるほんの少しだけ古びた外観が気に入り、下見に赴いて即入居を決断したのだが、それはジローが日光の下で南楓荘を見たからだろう。
 もし、黄昏時の鴇色に染まった外観や、夜の帳の中、ひっそりと佇むアパートの様子を見る人がいれば、まず間違いなく、こう口にするだろう。
 うわ、何か出そう、と。

「うえっへっへ……南楓荘(なんかぇでそう)と何か出そうを掛けてー、って落語かよっ!」

 酔いのせいで、笑いの沸点が極端に下がっているのだろう。へらへらと、微妙に怪しい笑い声を上げながら突っ込みを入れる。

「にしても、久しぶりに馬鹿笑いしたなぁ。料理は美味しかったし、何だかんだで魔法先生の方々とも喋れたし」

 続いて溢れたのは、今日の宴会についての感想。騒がしくも不快ではない、心底楽しめた宴の席で口にした美味珍味の数々を思い出し、堪らず唇を舐めながら、上体を左右にだらしなく振る様にして歩く。唸りなのか呻きなのかはっきりしない声と一緒に、冬の外気に冷やされて白く染まった息が視界に広がった。
 その時、ジローは前方に立ってこちらを見ている二人の少女に気が付いた。
 夜もとっぷり暮れて、間もなく十一時半を過ぎようかという時刻。砂場と簡単な遊具がある程度の公園の入り口の脇で、麻帆良学園女子中等部の制服を着た少女達が寒そうにしつつ、恨めしげな視線を送ってくるのはちょっとしたホラーだ。
 無意識に公園入り口から距離を取り、道の端に沿って歩いてしまうジローに視線の険を増加させた二人組の片割れ――袋に包まれた異様に長い刀らしきものを肩に掛ける様に持つ、左側の髪をゴムで束ねた少女が、寒さで白みの増した顔を強張らせて話しかけてくる。

「思ったよりも遅かったですね、八房先生」

 何の目的かは分からぬが、この少女達は自分が通りかかるのを待っていたらしい。ご丁寧に、こんな時間まで微妙に生地の薄い学生服姿で。
 つい数秒前までの、久しぶりの美味しい日本食に膨れた腹が生む幸福感や、魔法先生達との交流で感じた面白みが一気に冷めていく様だ。若干、非難の混じった問い掛けを無視して通り過ぎる事はしなかったが、左サイドポニーの黒髪の少女にジト目を送ってジローは足を止めた。

「俺に何か用ですかい?」

 声を掛けてきた少女と、もう一人、長い黒髪に褐色肌で赤眼の少女も視界に入れて尋ねる。

「私は特に用はなかったんだけど。どうしてもこいつが、今日中に話をしておくべきだと言い張ってね」

 褐色肌の少女から、苦笑混じりの声で返した。
 その割に、冬の夜風に揺れる前髪の奥で、赤い両の瞳がジローを値踏みするように煌めいている。目は口ほどに物を言うという諺通り、軽い口調とは裏腹のその眼差しは、まっとうな人間のものではないようだ。
 袋に入っているとはいえ、身の丈ほどある刀らしき物を携えた少女と一緒にいるのを考慮すれば、推して知るべしなのかもしれないが。

「あー、ネギが担任するクラスにいた……魚咲さんと谷宮さん、だったっけ?」
「違いますっ」
「中途半端に間違えられるなら、苗字を記憶しないでほしいんだけどな」

 ジローの誰何に、小気味よい早さで否定がなされる。

「私の名前は、桜咲 刹那です。こちらは龍宮 真名……どちらも、麻帆良学園で魔法生徒として仕事をしています」
「一緒に仕事をする機会があればだけど、よろしく頼むよ」

 憮然とした表情で自己紹介を行い、堅苦しく頭を下げた刹那と、口元に薄い笑いを浮かべ、ともに仕事をする機会があってもなくてもよさそうに言う真名。
 どうやら、自分が魔法先生として働くのを何かで知って、わざわざ寒風の吹く中、挨拶するために帰り道で待機していたらしい。
 クラス主催のネギの歓迎会終了後、ここに来たと考えても軽く二、三時間は経過しているというのに精の出ることだ。内心、要領が悪いというか知恵が働かないのだろうかと酷評を下しつつ、労いの言葉を探す。

「挨拶一つのために、こんな寒空の下で待っていたのか……。二人ともお疲れ様」

 手に提げていたコンビニの袋に手を突っ込み、取りだしたのは一気飲みが躊躇われる低温具合の缶コーヒー。

「こういうシチュエーションなら、普通は暖かいコーヒーだと思うんだけどね」
「こら、失礼だぞ真名……。その、ありがとうございます」

 ひょい、と投げ渡されて真名が顔を顰める。刹那も表情は似たようなものだったが、それでも形ばかりの感謝の言葉を出しただけマシだろう。

「いやいや、気が向いて買っただけで特に飲む気もなかったし。まあ、明日の朝ご飯にしても良かったんだけど」
「う……」

 もっとも、半分は嫌がらせのつもりで渡したジローからすれば、お礼は言われても言われなくてもよかったのだ。律儀に頭まで下げた刹那に半眼を返し、ばっさりと切り捨てて黙らせる。

「っていうか、挨拶なんて次の日に回せばよかったのに。清く正しい中学生なら、とうに寝てないといけない時間だぞ?」
「私も明日でいいんじゃないか、と言ったんだけどね。一時間ほど待った辺りで、引っ込みがつかなくなったみたいでね」

 お陰でこの様さ。呆れたようにかぶりを振り、寒くてかなわないと白い息を吐く真名を憎らしげに睨んだ後、刹那はいい加減、帰りたそうに佇んでいるジローへ弁明を試みた。

「す、すみませんでした、今日ぐらいしか挨拶する時間が取れそうになくて……。いつもはお嬢様――あの、同じクラスのこのちゃ……近衛さんの護衛の仕事に就いているので」
「護衛?」

 二方向から飛んでくる冬の気温に勝るとも劣らないジト目をどうにかしようと、忙しなく手を動かす少女の言葉を訝しく感じ、首を傾げる。
 護衛という単語の前に聞こえた妙に親しげな呼び名は脇に置いて、しばし宙へ視線を彷徨わせて振り返る。近衛という苗字に、僅かながら聞き覚えがあった。
 近衛 近右衛門。つい今朝方対面し、麻帆良学園の裏事情や魔法先生の役割等について教えてもらった人物で、分かりやすく言うなら職場の最高責任者である。

「近衛なんて、こっちじゃ滅多に聞かないしな。お孫さんだったのか、学園長の」

 そういえば、学園長室の場所を聞いた時に「じいちゃん」と口にしかけていた気もする。呟きつつ、名前はなんといったかと悩む。
 記憶力には多少の自負があったのだが、魔法先生達との宴会で羽目を外したせいか頭が働かない。そも、ネギとアスナが口論をしている中で挨拶を交わしはしたかどうかも曖昧で、それがジローの近衛 木乃香に対する興味の薄さを語っていた。

「木乃香です、近衛 木乃香」

 いつまで経っても思い出さないジローに痺れを切らしたのか、眉間に皺を寄せた刹那が語気を強めて教えてくる。

「ああ、そうそうそれだそれ、ホームルームの時にネギが言ってた。にしても、護衛が必要って感じには見えなかったけどなぁ……。まあ、祖父が魔法関係のお偉いさんで、確か父親の方も似たような立場にいるって話だし、本人と関係ない方面で面倒に巻き込まれる事もあるか」
「……だからこそ、私が影からお守りしているのです。まあ、今は式神に周囲の監視と警戒を任せているんですけど」
「ふーん」

 ここまでの会話で判明した事だが、この刹那という少女は実に分かりやすいと思う。
 護衛ということで親しげな呼び方は自重していたが、友人であるだろう木乃香の名前をきちんと記憶していないだけでなく、彼女の身に危険が及ぶ事へ危機感も持っていなさそうな自分に不満を隠せていない少女を眺め、内心頼りなさそうとの評価を下しておく。
 実力というもので考えれば、ジローよりも長い時間、魔法の関わる世界で過ごしているだろう刹那に軍配が上がるのだろうが、戦闘力と人間的な頼もしさというのは別の場所にあるからだ。

(戦闘力高いにしても、ちいっとあれかもしれんけど。式神に警戒させているから大丈夫とか、影から知られず守るとか考えてる護衛って、いてもいなくても変わらんだろし。それに比べて、こちらは……)

 刹那の隣に立ち、先ほど投げ渡した缶コーヒーを手の中で遊ばせている真名の方は、相方とは逆に頼もしげな雰囲気を身に纏わせているというか、中学生らしくないというか、どう考えても年齢を詐称していそうな落ち着き具合なのだが、その辺りは目を瞑っておいた方がいいのだろう。
 肌の色は元より体の凹凸も、はっきりと口にするのが憚られる感じに対照的である事を踏まえて、デコボココンビに位置づけしておけば、まず問題ないはずだ。
 少女達の身体的な優劣を明確に差別化する、実に鋭く的確な単語で二人を括ったところで、ジローは若干酔いの残る赤ら顔に相手の毒気を抜く緩い笑みを浮かべて、手に提げたビニール袋を探った。

「二人とも、若いのに色々大変そうだ。これはほんの労いの気持ちさね」
「また缶コーヒーかい?」
「あの、もういただいているので結構なんですが……」
「まあまあ、貰えるものは素直に貰っておくのが吉だよ。遠慮しなくていい、とりあえず目に付いたの一通り買っておいたから」

 再び、コンビニの安っぽい袋から取り出された缶コーヒーを見て、さすがに渋い顔をした二人の言葉を無視して、一掴みに持った缶を投げ渡す。

「む?」
「あれ、温か……生ぬるい?」
「私の方は、やや温かいといったぐらいだ」

 器用にパスされた缶コーヒーを受け取って、真名と刹那の顔に疑問符が浮かんだ。
 何故最初にこちら側を渡さなかったのか。寒空の下で人を待っていた人間のもっともな疑問に首を傾げたそうな二人に、おばさん臭い動作で手を振ってジローが説明する。

「あー、温度低かったか。悪い悪い、ちいっと気を利かせたつもりだったんだけど、少し制御が甘かったみたいだ。けどいいよな、温いぐらいで丁度いいだろうし」

 本当なら火系統魔法の基礎的な部分の応用で、冷たい缶コーヒーを冬の寒空の下で飲むにに相応しい『温か〜い』温度にするのも容易かった。多少の酔いは残っているが、その程度で簡単な魔法の制御に失敗するような教えは受けてない。
 が、今の気分的に『温〜い』缶コーヒーを渡したかったのだ。特に、「これぐらいなら我慢できる」と、さっそく缶を開けてコーヒーを飲んでいる真名の相方には。
 へらへらと笑って体を揺らしながら、「まあ、よくある事だから気にすんな!」と励ますようにサムズアップしているジローを見ていて、ある可能性に気付いた刹那が問うた。

「少し顔が赤いので、もしやとは思っていましたが……酔っていますか? ジロー先生」
「んー? あー、ちょおっと苦い炭酸入り麦茶と、お米の風味と旨みが感じられる甘露を少々? でも大丈夫、意識はしっかりしているから酔っていません、酔ってなんかいませんよー」
「……酔っ払いはみんなそう言うんだよ。その割に、随分と器用な手品を使えるみたいだけど、ね?」

 飲み終えた缶を軽く振りつつ、何かを楽しんでいることの分かる苦笑を浮かべて言ってくる真名は、洒落の利いた悪戯に気付いているのだろう。
 刹那には分からぬ視線の交差の後、どちらともなく口を開いた。

「んじゃ、寒くなってきたしもう帰ろうか」
「仕事の話はまた明日すればいいし、今日はこれで解散としよう」
「え? え?」

 唐突に決められた解散に驚き、自分と真名へ交互に首を巡らせている刹那に手を振る。

「それじゃまた明日。二人とも風邪ひかんように」
「ああ、分かっているよ」
「あ、え……その、今日は突然すみませんでした、お休みなさいジロー先生!」
「んー、護衛のお仕事があるのにすまんね、わざわざ。桜咲さんもお休み」

 呼んでから、苗字と名前のどちらで呼ぶ方がいいのか聞くのを忘れていた事を思い出し、同じく帰路につこうとしていた刹那と、ついでにその隣にいた真名へ尋ねると、両者からは「呼びやすい方で構わない」といった旨の言葉が返ってきた。

「さくらざきさん、たつみやさん……せつなさん、まなさん。あー、名前の方が短いな。よし、名前で呼ばせてもらうとしよう」
「そ、それでしたらもう、呼び捨てで構いませんから……。年齢的にも、立場的にもジロー先生の方が上なんですし」
「名前をさん付けで呼ばれるのは、どうもおかしな気分だしね」

 ならば、より字数の少ない方が楽だという理由で名前を呼ぶと答えたジローに送られたのは、何とも微妙な具合に困惑と苦笑が混じった表情だった。
 単純に呆れているのだろう。複雑な顔をして去っていった二人を見送り、微かに酒の匂いのする息を吐いて思う。

「まったく、阿呆な子だなぁ。いい気分が台無しさね……」

 気分を害した声とは逆に、たまらなく愉快そうな呟きが人影の見受けられない道路に生まれ、夏場に巻かれた打ち水の如く溶けていった。
 胸中で際限なく溢れるのは、護衛と名乗るには心許ない少女への愚痴。式神に任せているから安全だと思っているらしい言動が、護衛というものに対する認識の足りなさを語っているように感じられた。
 仮に彼女が想定しているような手合いが現れたとして、式神から連絡を受けて駆け付けるにしろ、魔法先生達に連絡するにしろ、絶対に間に合わない。門外漢故に東洋呪術についての知識は少ない自分でさえ、式神を無効果する手段や、彼女を間に合わせないための方法などごまんと思い付くのだから。

「守る方もそうだけど、守られる方もなぁ……」

 苛立ちからか、つい棘のある言葉を吐いてしまう。
 刹那の口振りからして、護衛されている側――木乃香は何も知らずにぽややんとしているのだろう。
 その時点で、護衛などという大それた名乗りはすべきでない。
 護衛という行為を成功させるにおいて、まず大切なのは護衛される側が自分が守られていることを理解した上で、護衛者が動きやすいよう考えて行動するなどの協力が必要不可欠なのだから。
 そうした協力も求めず、また求めようともせず、ただ盗人のようにこそこそ付き纏うのは護衛ではなくストーカーと呼ぶのだ。
 実際に口にすることはできない酷評を胸中で吐きながら、ゆらゆらと覚束ない足取りで進む姿は隙だらけに見えて、だが見る者が見れば、しっかりと修練を積んだと知れる歩みである。
 借りたばかりの部屋がある洋館風のアパートが見えたところで、ジローはようやく休めると大きなため息を吐き出した。

「まあ、色々事情があるんだろうさね。関係ないのに文句つけるのはお門違いだし、こっちはこっちで非難できないどころか、非難されるよーなこと考えて一緒にいるわけだし」

 一緒にいる目的が何かを明確にしないまま、呆れた風にゆるゆると首を振り、錆の目立つ鉄製の門扉に手を掛けやところで、

「寒い中、見送り御苦労」

 ふ、と振り返り様、背後の明かりの無い住宅地に声を掛ける。
 にやり、と悪戯が成功したかの笑みを浮かべ、ジローは後ろ手に錆で軋む扉を閉めた。

「おやま、や〜っと帰ってきたんかい。ほれ、風邪ひくからさっさと風呂に入って寝んさい」
「あー、こんな遅くまですみません、大家さんー。いや、先輩の先生方とすっかり盛り上がってしまって……ええ、気をつけないといけませんよね。それじゃ、先に風呂いただきます〜」

 言葉通り、まだ起きていたらしい大家と遭遇したらしく、必要以上に愛想のいいジローの声が響いた。
 もしかすると、この時間になってもまだ帰らぬ新しい入居者を心配して、玄関から続く小さなロビーで待っていたのかもしれない。そういったことを想像できる会話が、中途半端に開いたままの扉越しに外へ届く。
 姿の見えない人物と二言三言、言葉を交わしたところで扉が閉められ、辺りから音が消えた。後に残ったのはいかにも何か出そうな雰囲気の洋館と、それを囲んで建つ明かりの消えた住宅。
 通行人の影すら見えない夜道。時折、ひょうと身を削ぐような冬風が吹く以外、音らしい音もない空間に、滲み出る様に一人の少女が姿を現した。
 先ほど、ジローが出会った刹那や真名と同じ麻帆良学園女子中等部の制服を着た、長身と瞑っているかの様な細目が目立つ、後ろ髪だけ長く伸ばして束ねたボブカットの少女は、僅かに片目を開いて頭を掻いた。

「まさか、気付かれていたとは……。なかなかにできるとは見ていたでござるが、少し驚かされたでござる。しかし、気付いていたならいたで、声を掛けてほしかったでござるよ。これでは寒い損ではござらんか……」

 ネギの担任するクラスに所属する少女――長瀬 楓は恨めしげに呟いた。
 幼き頃から忍者として厳しい修練を積み、甲賀忍者最高位である中忍の位を授けられている自分でも、二月の寒さは身に堪えるのだから。男ならまだしも、少女は冷えに弱いのだ色々な方面で。
 ぶるり、と背中をせり上がってきた寒気と微かな尿意に体を震わせ、楓は「うう、寒いでござる」と泣き言を漏らした。
 ネギの歓迎会で盛り上がった教室。宴も酣といったところで解散したクラスメイト達から隠れるように、二人揃って教室から出ていく刹那と真名に興味を持って尾行してみたのだが、

「真名辺りが気付くかと思い、あまり近付かなかったので会話は聞き取れなかったでござるが……。ジロー殿も、たまに学園で見かける不可思議な力を持った人達の仲間……らしいでござるな」

 現役中学生をしていながら、忍者としての鍛練を欠かさぬ日々。
 休日前や平日、同室の双子姉妹が寝静まるのを待って、埼玉県内の山へ駆けて行くところから楓の修業は始まるのだが、その際に偶然から見た事があるのだ。
 忍者である自分や、友人である中国拳法使いの少女・古菲、クラスメイトの刹那が扱う気とは違う、もっと超自然的な力を行使する謎の集団。
 麻帆良学園に通うようになってから二年、時に不審な侵入者を捕らえ、時に事故で破損した道路や建物を修復し、季節特有の変質者をこっぴどく懲らしめて去る姿は、子供の頃に見たテレビや絵本の正義の味方。

「何なんでござろうなぁ、彼らは」

 正体を知りたそうな呟きを漏らしながら、楓は今日赴任してきた子供先生と、その保護者のような青年の姿を思い浮かべて苦笑する。
 ジローはともかく、ネギの方は本当に自分が持っている力を隠そうとしているのか、正直疑問を感じていたから。
 それもいずれ、分かる時が来るのだろう。本格的に冷え込んできた夜気に追い立てられるように、楓は先に寝ているであろう同居人――鳴滝風香と史伽の双子姉妹が待つ女子寮の部屋への帰路についた。

〈続く〉

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