≪後日談≫


 

 ―――――どんなに長い夜であろうと。明けない夜はない。どんなに降り続く雨だろうと、止まない雨はない。

 


 苦しく、厳しい戦いが終り。

 明けた朝には優しい日常が待っている。




 ―――――その筈であった。






 「い、いや。もう十分ですから頭を上げてください、ライダーさん」

 「………ああ、もう解ったから。私達に怪我もないし」
 
 


 私と刹那の困惑した声が、狭い店内で響いている。

 目の前には、テーブルに突っ伏すように頭を下げるライダーさんの姿。

 
 

 まさか、自分が幻覚に惑わされるとは思いもしなかったのだろう。

 すっかり落ち込んでいる。




 「本当にスイマセン。お詫びと言ってはなんですが、今日はなんでも奢りますから」


 
 横にいるのは桜さん。

 ライダーさんがしてしまったことにコチラも身を小さくしている。

 まさか自分の使い魔が幻術にはまるとは少しも考えていなかったに違いない。

 まあ、規格外といえば規格外な魔法具だし、あれから暴れるライダーさんの幻覚を解呪するのは相当大変だった。

 だが、それをいうなら。


 「まあ、私達はいいんだが。ガンドルフィーニ先生には謝ったのかい?」  





 迷惑をかけたというのなら、私や刹那より。

 刹那とライダーの不仲を心配して、警護に当たったガンドルフィーニが一番迷惑をこうむった筈である。

 
 
 私と刹那。この2人にだけお詫びをするというのは“スジ”がとおらない。



 
 「――――はい。ですから、彼には別口でお詫びを」

 「……なにをしたんだ?」



 別口、という言葉に少し嫌な予感がし。―――問い詰めると。  





 「ですから――――“体”でお支払いします、と」

 「―――ッブ!」

 

 噴出しかけたコーヒーを必死に飲み下す我等、夜桜四●奏。

 こんなことでシンクロなんてしたくない。





 「――――じゃなくて、そんな事を言ったのか!?」

 

 
 呆気にとられる3人と、1人のご主人がライダーに詰め寄る。





 「ですが、周りから同時に止められまして」




 ………周りから、同時に? 






 「それ。ガンドルフィーニ先生に何処で言ったんだい?」

 「無論、職員室ですが」




 それが何かと視線を向ける彼女をみて一瞬呆気に取られた。

 公衆の面前でそんな事を言われたら、生真面目なガンドルフィーニ先生のことだ。

 真っ赤になって狼狽したに違いない。なにより……。


 

 「……ガンドルフィーニ先生には奥さんがいるんだが」

 「ええ、そうですね。―――――それがなにか?」




 それすら当然のように、聞き返すライダーにキリキリと頭が痛む。




 そういや、このヒト。神話の時代のヒトだっけ。

 メドゥーサが生きた神話の時代。気に入った相手と閨を共にするのに時間も理屈もなかったという。

 海神ポセイドンに妻がいるにもかかわらず、寝所を共にした伝説を持ってた彼女。

 それにしても、危険なことを。



  

 
 「じゃ、じゃあ。ガンドルフィーニ先生と?」





 刹那が好奇心もあらわに聞いてくる。

 いくら京都神鳴流を修めた武人とはいえ、未だ10代の少女。

 その手の話には興味があるのだろうか。

  

  


 「ですから、周りにとめられまして。しかも」 

 「しかも?」

 「誰かが、………彼の奥さんに報告したらしく。―――――次の日、彼の顔に沢山の」

 「いや、もういい。……それ以上いうな、いや。頼むから言わないでくれ」




 私の時代から野次馬というのは碌なことをしない、という呟きは意識的に排除し。


 その後に続く、ライダーの言葉を打ち切った。

 ガンドルフィーニがあまりにも哀れすぎる。

 見目麗しい女性に大勢の目の前で言い寄られるなど、本来なら羨望の的であり漢の夢であろうが。



 【妻帯者】となれば、話は別だ。

 奥さんの怒りはどれほどであろうか?

 願わくば桜さんのような嫉妬深い女性ではないことを祈るばかりだ。






 「――――――そんなに悪いことなんでしょうか?」

 「当たり前だ!」



 神話時代の人間に現代の常識を語る。なんだか、凄い間抜けな姿だ。

 だが、ココは現代社会。そんな事は許しませんと全員でライダーさんを説得するために身を乗り出すと。




 「しかし、失態を労働で返すというのは当然なのでは」




 確かに、失態を労働で返すというのはある意味当然ともいえる。

 だがそれは【労働】ですらな……い?



 「まて、ライダーさん。体で返すって言うのは……その、つまり?」 

 「はい、私は体も大きいですし力もあります。警備などでお力になれると」

 「………。」





 ――――その言葉に力が抜けてテーブルに突っ伏す私達。

 それならそうと言ってくれればよかったのに。

 言い回しが微妙すぎて完全に誤解してしまった。おそらく職員室の先生達も勘違いしたに違いない。



 ………というか、狙って言ってるんじゃないか?


 微妙に笑っているその口元が怪しい。



 やっぱあの封印のとき手荒く扱ったこと怒ってるんだろうか?

 それとも痛かったとか?

 



 「……あとで、謝りにいかなくちゃ」
  
  


 桜さんの独り言に「私も付き合います」と、ネカネさんが慰めている。

 いや、新たに女性がいくより衛宮先生にでも任せたほうがいいのではないだろうか?

 新たな誤解を招くだけの気もする。

 

 ……まあ、それも面白そうだからいいかと。外を見ると。




 
 「―――――ブッ!?」

 「ど、どうしたんですか。龍宮さん!?」
 

 

 いきなり、むせた私を周りが気づかった。

 だが、ここで取り乱してはいけない。

 慌てず騒がず、話題を転換しなければ。




 「い、いや。なんでもない。それより、なんでネカネさんがココにいるんだ?」 

 「ついでに、修学旅行の買い物も済ませようと思いまして」



 ネカネさんが話しに乗ってくれたことに内心でほっとしつつも、疑問の視線を投げかける。

 


 「なんだかんだで、前回は桜さんと士郎さんはデートできませんでしたし」





 そうなのだ。

 雷電、更にはライダーを“完全再生”したアルビレオ・イマとの戦い。

 あの戦いの負傷により、士郎は一ヶ月間ベッドに縛りつけられていた。


 
 当然、桜とのデートどころではなく。

 その分、今回の旅行には相当気合を入れていたりする。



 「―――ですが、千光寺にいくのでは?」

 「用事がすめば合流する予定ですので」




 刹那の問いかけにニコリと2人は微笑み返す。

 旅行の買い物、本来なら恋人である衛宮士郎と来たいところではあるが、そこは女性。

 言えないものや、男性には秘密にしているものも買っておきたいのだ。


 

 「給料日でしたし、今日は全部奢りますから」


  

 と、笑いながら胸を張る桜さん。

 ついでに私達の意見も聞きたいと言うことか。




 「――――大丈夫なのか?」


 私の特殊弾だけでも相当の金額のはず。学校の教師ってそんなに儲かったけ?



 だが、言ってしまってから。私はその質問をしたことを後悔した。

 さわやかに笑っていたはずの桜さんの顔が一気に黒くなる。



 「ふふ。バブルで儲けたのがちょっとあるんです」 



 周囲が一気に暗くなったように感じる、桜さんの瘴気。

 気のせいか温度が2〜3℃下がった気がする。

 まだブラックが残っているのか、気のせいか周辺まで薄暗くなっている。




 「へ、へぇー。桜さん……。株に詳しかったんですか?」



 ちょっぴりビビリながら受け答えする刹那。

 今ほどオマエを頼もしいと思ったことはない。


 その言葉にニヤリと笑って、言葉を発しない桜さん。



 ………その笑いは何?



 まさかとは思うが、『小物を動かす魔法』と『未来予報の魔法』なんて使ってないよな?

 確かネギ先生はこういった基本魔法を使った、高度な魔法学と事象予測が得意とかいっていたが。

 その精霊にパソコンを操作させて、株取引させたなんてコトは………。

 それなら株価暴落する前に【空売り】かければかなり儲かった筈だし、信用取引まで手を染めれば。

 いやマサカ、そんな。




 「な、なあ。桜さんマサかと思うが?」
 
 「―――――なんでしょう?」


 

 ―――――怖っ!?


 ニコリと微笑まれるその顔が怖い。

 これ以上訊くなってコトか?



 ま、まあ。私には関係ないし、知らないフリすればいいからな。第一そんな金儲けに魔法なんか使ったら魔法界に捕まるのだ。

 そんな事はやってないに違いない。というかそう思いたい。

 影で「ネギ君にご褒美あげなくちゃ」とか不穏な台詞も聞こえない。





 忘れよう。この話は聞かなかった。


 第一、貴重な特殊弾は弁償してもらったし、そういうことなら遠慮は要らない。

 存分に遊ばせてもらおう。


 

 ―――――それにしても、さっきみたカレラは何処へ行くつもりだったんだ?





 



 ◇





 女の子同士で遊ぶ定番メニュー。といっても、彼女達に普通の女友達と遊んだ経験は少ない。

 1人は神話の時代の人間であり、自分から動くことがめったにない人間。

 1人は各地の戦場を渡り歩き、普通の常識をしらず。

 1人は、剣の道に生き。1人の少女を護る為に腕を磨いていた。

 そして2人は、魔法使いであり。世間の常識からは少々離れている。



 そんな5人がしたことといえば、買い食い。ショッピング。

 そして、ゲームセンター。

 体感ゲームではそれぞれの運動神経を発揮しつつ、それなりに楽しんでいた。

 

 そして次に何をして遊ぼうか、と街を歩いていると。





 「ん? あそこにいるのは釘宮じゃないか」

 「本当だ、なにしてるんでしょうか?」
 



 目の前にいるのはチアリーディング部の3人娘。

 釘宮、椎名、柿崎。である。



 3人は車道の街路樹から街路樹へと隠れながら進んでいる。

 その視線の先にいるのは。





 「ネギ君に木乃香さん?」



 なんだか、可愛らしい格好をした2人が歩いている。

 

 「デートか? ネギ先生もやるもんだな」 

 「いや、どうでしょう。単に買い物につきあっているだけかも?」

 



 面白そうなので、彼女達と合流しようとすると。





 「――――待ってください。アレって」

 



 桜さんの緊張した声に、視線を向けると。




 「――――うわッ!」

 
 

 やはり、先程見たのは幻覚じゃなかったか。

 前にいるのは、衛宮先生と葛葉……先生。

 その2人が談笑しながら歩いている。

 仕事上の付き合いなのだろうとはおもうが、桜さんが勘違いすると不味い。




 「なあ、ネカネさんはな―――――ヒィッ」

  


 何か聞いていないのか? と訊こうと振り返った先にいるのは、なにやら黒いものを感じさせる桜さんであった。
 
 

 ――――怖い。


 何が怖いって無表情に俯いてる姿がなにより怖い。

 ただひたすら地面をみているその姿。

 今、何を言っても聞かないことは間違いない。




 「――――じゃ、じゃあ。私はこの辺で」


 
 そう去り際に言葉をかけると、後ろも振り返らずに走りだす。

 逃げるべきだ。とりあえずココにいてはいけない。

 だが走り出そうとする私の首を、鎖がからめとる。




 ………って、鎖? 
 



 「ら、ライダーさん!?」

 「スイマセン、龍宮。刹那。マスターの命令には逆らえないのです」




 その言葉に彼女の首を見ると。なにやら黒い物体がその細い首を絞めている。



 ……ソレ命令というより、脅迫だよね? 

 彼女、衛宮桜の能力では私達を捕まえられない。

 ならば常人より遥かに身体能力が高い、ライダーさんでないと私達を捕まえられない。

 その理屈は解る、解るのだが。




 「なんで私達が、付き合わなくちゃいけないんだ?」

 「………。」 


  
 
 ―――――無言。



 一言も口を利いてくれません。

 その怪力に掴まれて身動き取れない私達は、ズルズルと引きずられていきます。

 

 というか、なぜに?

 ライダーさんがいるなら、私達なんか必要ないんじゃ?

  


 だってゴーストライナーだぞ?

 霊体化だってできるし、スピードだって速い。

 2人を追うのなら、彼女がいれば十分だろう?

 ぶっちゃけ、私達がいても意味なんて、無い……のに。





 「――――――いや、いざって時に八つ当たりされる確率が………」




 確率!?

 まて、八つ当たりされること前提なのか?

 というか、ライダーさんとネカネさんが私達を連れてきたのはそれが理由か?



 「………というか、桜さん。なぜに尾行する必要がある?」
 

 仲睦まじく見えても、所詮は同僚。

 特に葛葉先生は只今絶賛恋愛中。

 一般人の彼氏を捕まえて、バツ1の過去を捨て。新しい人生の岐路にたったばかり。

 そんな人が浮気なんてするわけがない。正直、仕事の話か。それとも彼氏との恋愛相談か?



 それぐらいしか衛宮先生との接点が浮かばない。


 だがそんな正論もきこえず、桜さんは突き進む。

 そこが車道だろうが、交差点だろうが、信号が「赤」であろうが、歩みを決して止めはしない。




 ん……。赤信号?

 


 

 「―――――って、桜さん赤、“信号”赤だから!!」
 
  



 交差点で、怒鳴り声とクラクションを鳴らす赤いスポーツカーに乗った若いお兄さん。
 
 「テメー、死にてえのか!」と、怒鳴る迫力に気の弱い少女だったら謝ってしまうに違いない。

 だが残念ながら、今ココにいるのは嫉妬に狂った鬼子母神。



 クラクションを鳴らし正統な権利を主張する彼に、影の手が………って。



 「―――――――な、何やってるんですか。落ち着いてください桜さん」
 
 



 キャーキャー言いながら必死で止めるネカネさんと刹那。

 車はもう半分くらい影の中。

 赤いスポーツカーに更に紅い色が彩られる寸前だったりします。

 



 いや、刹那が悲鳴をあげるなんて初めて見た。



 眼福、眼福。とばかりに隙をみて逃げ出そうとする私こと、龍宮真名。

 奢ってもらえるとはいえ、こんな危険な追跡に同行したくない。



 
 ――――ギシリ。



 そして、当然の如く。逃げ出そうとする私の頭を掴むライダークロウ。

 ギシリギシリと軋む私の頭蓋骨がピンチです。



 「――――いや、後生だから離してくれ。ライダーさん!」



 叫ぶ私をニッコリ笑いながら、ギリギリと締め上げる。

 悲鳴をあげる頭蓋骨に、私の顔から滝のように汗が流れ出る。

 この汗に紅いものが混じらないことを祈りたい。
 
 不味い、このままだと私まで犯罪の共犯に。





 ―――――って、あれ?



 「――――なあ、お取り込み中のところ悪いんだが」
 
 「………。」




 声をかけると無言で睨む、桜さん。
 
 正直、戦闘訓練中よりずっと怖かったりする。

 


 「――――衛宮先生達はどこに行ったんだ?」

 「――――!?」




 慌てて周りを見回す桜さん。その血走った眼がちょっぴり怖い。

 気のせいか顔に黒い文様が浮かんでるように見えたりする。





 「刹那さん? 私のお願い聞いていただけますか?」



 なぜにかすれ声?

 オドロオドロしさが更に恐怖感をかもし出す。

 
 
 「いえ、しかし。魔法や氣は秘匿………
「刹那さん?」………喜んで、やらせていただきます」



 桜さんにお願いと言う名の脅迫を受けて作り出したのは前回活躍した、式神“ちびせつな”。

 ………もう魔法の秘匿とか関係なくなってるような気がするのは気のせいだろうか。


 

 「では、“ちびせつな”さん。先輩を見つけ出してくださいね」

 

 桜さん。………。ちびせつなの首を絞めながらいうソレはお願いではなく脅迫だ。

 

 さっきから危険なくらい魔法を連発させている桜さんをフォローしているのはネカネさん。

 認識障害の結界を張るのも一苦労。


 もう、ご苦労様。としかいえない。



 「―――――早くしてくださいね。
刹那さんの息があるうちに



 影の手がゆっくり主人の首を絞めているのをみて、涙目で飛んでいく“ちびせつな”。

 やっぱり本体が死んだら、奴も消えるんだろうか?

 もの凄く必死に飛んでく。


 ………って、あれ?
 


 「なあ、桜さん。あそこにいるの衛宮先生じゃないか?」

 「ええ!?」




 通りの向こうに見えるのは、未だ談笑しているお2人さん。

 正直今すぐ、問いただしたい。



 
 「ちょうどいいじゃないか、ココで何してるのか聞きに――――――ガッ!」
 

 
 声をかけようとした私の首を絞める、黒い影。

 なぜに首を!?




 「ダメです、まずは決定的な証拠を見つけないと」



 ………いや、浮気してると断定してないか?

 くどいようだが、葛葉先生には付き合ってる彼氏がいるんだぞ?



 「大丈夫だって、話を聞けば――――って、ガッ!」
 

 
 こんなことはとっとと終わらせたい、と歩き出すやいなや、またも首を絞る黒い影。

 振り返れば、首を横にフリフリ桜さん。

 

 「ダ、ダメです。絶対」
 
 「だから、こんな後をつけるくらいなら――――」

 「だ、だって!」


 
 桜さんが声を荒げた瞬間、コッチを振り返る葛葉先生と衛宮先生。

 伊達に警備員も兼任していない。


 
 「おかしいですね、聞いたような声が聞こえた気がしたんですが?」
 
 「ええ、俺もそんな気がしたんですけど」




 不思議そうに辺りを見回すお2人さん。

 あ、危なかった。

 コッチにネカネさんがいなかったらあっという間に見つかってたかも。

 1人は剣士でもう1人は魔力感知がほとんどできない。故に見つからない。


 
 まあ、ネカネさんの認識障害の魔法が相当優秀だと言うのもあるのかもしれないが。



 「っで? なんで訊けないんだ」

 「………」


 黙秘権発動。

 コチラの問いかけには一切答えてくれません。




 「ひょっとして嫉妬してることを知られたくないとか?」
  
 「……うっ」


 図星か。

 信じたいが、信じられないと。

 だから、後をつけて何もないならOK。あれば………あまり考えたくはないな。



 じっとりと見つめる私達の視線から逃げ出そうとしてる桜さん。

 影に縛られてなければ、このままおいて帰ってしまいたい。




 「あれ、また消えた」

 「なんですって、ちびせつなさん探しなさい。ライダー、霊体化して! 龍宮さんは魔眼を――――!」
 
 「あ、戻ってきた」



 私の言葉に「隠れて!」と小さく叫び、電柱の影に隠れる桜さん。

 その勢いに押されて自然に隠れてしまう自分が情けない。

 
 2人は喫茶店から引き返し、笑いながら違う場所に歩いていく。

 

 店内は昼過ぎ。若いカップルがいるとはいえ、決して座れない広さでも……。



 「あれか?」
 
 「でしょうね」
 

 
 私の独り言に頷くのはライダーさん。私以上の魔眼を持ってるからなのか、単純に視力がいいのか。

 店内の様子が解るようだ。

 
 私の眼に映るのはネギ先生と近衛木乃香。

 2人で一つのジュースを飲んでいる。その様子はまさしくバカップル。

 微笑ましい様子にコッチの頬も緩んでしまう。



 あの2人のデートの邪魔をしたくないのか。あるいは。



 「人目を避けているかでしょうね」

 
 ライダーさん。訊いてもいないことに答えないで欲しい。

 特に桜さんがいる前で。



 「………クスクス♪」


 ライダーさんの呟きにすっかり黒化してる桜さん。
 
 ブツブツ言ってるその姿は一つ間違ったら電波系です。

 

 ……できれば今すぐ他人のフリをしていたい。




 ドンドン黒化してる桜さん、ソレを懸命に止めようとしている2人の少女。

 だがその効果は薄く。もうすぐ、バツ1神鳴流剣士VS黒化した鬼子母神。

 なんて特撮映画も真っ青な素敵なバトルが見られそう。

 そんなちょっぴり現実逃避気味な私、こと龍宮真名。鎖に巻かれすぎて少し脳に酸素がいってません。

 言ってることが支離滅裂なのはソレのせいに違いないったら違いない。




  
 そして始まる5人の追跡。
 
 段々と人通りのない方向に歩いていく2人の姿に、ブツブツ呟く電波系少女が私達の後方に約一名。

 もう後ろを振り返ることすら怖かったりします。



 「あ、あそこか? 目的地は」 

 
 
 2人が入っていく先は、裏通りにあるにしてはやけに小奇麗な店。

 さりげなく飾られている華が店に適度な明るさと暗さをかもし出している。

 

 「………喫茶店、ですよね?」 

 「みたいだな。ああ、よかった。ラブホテルとかじゃなくて」



 ―――――その瞬間、影爪が裏道のコンクリートの上を疾走する。

 サーヴァントだろうが人間だろうが、あらゆるものを飲み込む黒い奴が私達の喉元にチクチクと突き刺さる。

 血どころか魂まで吸い取られそうな恐怖に歯が口の中で鳴りやみません。



 「―――さあ、いきましょうか?」
  

 にこやかに笑いかける桜さんに、コクコクと青くなりながら頷く私達。ぶっちゃけ怖くて冷や汗どころか、他のモノまで体内から抜き出てしまいそう。
 


 そして私達は店内に音もなく、入り込む。

 こんなことに、高度な戦闘スキルを連発する戦闘能力者約2名。来店を知らせる“音”がないことに首を捻る店長さん。


 
 ――――スマン。
 

 と、心の中で謝っておく、2人の実行犯。

 来店を告げる音声と鐘を先に破壊してたりします。

 配線と扉の鐘。だれが弁償するんだろう?

 少し心配になるが、それより明日まで私達の命があるかどうかが怖くてたまらない。




 衛宮先生と葛葉先生から離れた席で、まだブツブツいってる桜さん。
 
 もうすっかり変な人だ。



 「刹那さん?」

 「は、はい―――」
 

 
 話しかけられて、一瞬で意図を理解する刹那。その彼女の手が翻る。紡がれるのは陰陽術の呪文。

 そして、ビクビクしながら現れるちびせつな。

 もうすっかり桜さんは恐怖の対象だ。


 
 「ちびせつなさん、ではお願いしますね?」

 「あ、あの。でもですね」

 「なんですか?」

 「葛葉先生は本体である刹那様のお師匠さんですし」
 
 「だから?」
 
 「そ、それに。衛宮先生も戦いに慣れて………」
 
 「だから、なんですか?」



 一生懸命、自分では見つかると訴えているちびせつな。
 
 桜の折檻は怖いが、あの2人が怒ったらもっと怖いということか。

 


 ――――うん、その理屈は解るが。



 「ちびせつなさん、私は“
――――やれ!”と言ったんですけど♪」

 「――い,Yes Sir ! 行ってまいります」



 ギラリと光る紅い目と静かな一言で、匍匐前進しながら突き進むちびせつな。

 恐怖心からかターボがかかったようにシャカシャカ動き出す。下手をすればゴキブリに見えないこともない。

 


 ………というか、なぜに英語?



 空を飛んではすぐバレル。
 そう思ったのかどうかは不明だが、匍匐前進で突き進んだちびせつなは埃だらけになりながらも衛宮先生達のテーブルに辿り着く。



 そして、実況中継を始める刹那。

 うん、正直おまえノリノリだろ?



 「では、意識をシンクロさせることにより映像と音声を皆さんに送ります」



 とはいっても、テーブルの下に隠れている“ちびせつな”から見えるのは2人の足に話し声。

 反響して聞こえる声は、決して明瞭じゃない。



 『衛宮さん、今日はありがとうございました』

 『いえ、でも俺なんかでよかったんですか?』

 『ええ、プレゼントも買えましたし』

 

 
 なにやら蕩けるようなスウィートボイス。気のせいか、葛葉先生の声が甘ったるく感じる。
 
 もう、恋人にあうのが楽しみで楽しみで仕方ない。と言った感じだ。


 一方の衛宮先生もまんざらではない様子。

 
 これは、ひょっとしたら本当に?



 『でも、よかったです。衛宮先生に気に入ってもらって』





 ―――――メキャッ!



 
 なにやら破滅的な音が背後から聞こえる。

 窓ガラスがヒビ割れた気配がするが、気にしないったら気にしない。


 ……ついでに桜さんの髪が白くなったのも気にならない。  

 私の魔眼でも、見えないものは見たくない。というか見えないことにしておきたい。




 『こちらこそ、助かりました』
 
 

 そう言いながら、手繰り寄せるのは足元にあった紙袋。

 結構有名なブランド名が刻まれている。
 


 『似合いますかしら、私こういうのは疎くて』

 『大丈夫、きっと似合うと思いますよ』


 

 
 ―――――バキッ!



 ああ、また破滅の音が。

 今度は近くにあったティーカップ。この店の備品だな。

 中身のコーヒーも流れている、これは弁償だな。いくらになるのか………って、銘柄“エ●メス”!?




 無茶苦茶高いぞ、それ。

 少なくとも中学生の小遣いじゃ買えん。


  
 店のガラスに、配線。更にはエル●スのカップまで壊しては、黙っていられん。




 「桜さん、いい加減――――――
「なんですか?」すいません、なんでもないです」



 少しお灸をすえてやろうと思ったが、紅く変化した瞳孔に負けた。

 ついでに顔に浮かぶ黒い文様が怖くてたまりません。


 
 デンジャー、デンジャー! エマージェンシーコールだ、衛宮先生!

 至急、誠意ある対応を求む。

 このままだと、この店自体が崩壊しかねない。

 というか、それ以前に私達の命が風前の灯です。




 『桜さん喜んでくれるかしら、このプレゼント』



 だが葛葉先生の一言で、桜さんの黒化が止まる。よくやった葛葉刀子。私は信じていたぞ!



 ……って、プレゼント?



 『俺にはよく解りませんけど、葛葉先生が選んだモノ良かったと思いますよ』

 『そう言って頂けると。それにコチラこそ、私の彼のプレゼント選びにつき合わせてスイマセン』

 『俺なんかで役に立てたかは疑問ですけどね』



 にこやかに笑いながら話す2人にほっとする。



 やっぱり、そんな事か。

 寮では誕生日パーティーをとっくに済ませたが桜さんの誕生日は3月2日。

 何かと忙しかった2人だ、祝う暇もなかったのだろう。

 そして、お互い相手に贈る物が煮詰まったので協力したというところか。




 『それにしても、桜さんが羨ましいです』

 『なにがです?』

 『だって、男の人ってすぐ浮気するでしょう?』

 『どうでしょう? 少なくとも俺にとって桜はできすぎた恋人ですから。中々そういう気になれないだけかもしれません』 

 『ハイハイ、ご馳走様です』

 



 笑いながら、衛宮先生と桜さんのコトを褒める葛葉先生。

 その調子、その調子。

 それに衛宮先生も何気に惚気てる。おかげで、少しずつ桜さんの髪の色も戻っています。

 このまま、仕事の話とか。2人の馴れ初めとかに話を移してくれ。


 私達は信じているぞ、葛葉刀子。

 私達とこの店の命運は、貴女の言動にかかっている! 









 『それにしても、衛宮先生は他の女性に目がいったりしないんですか?』

 
 



 ――――って、葛葉刀子!!

 貴女が爆弾を落としてどうする!





 
「―――――うふふふふふふ」


 地底から搾り出すかのような声と共に、あふれ出す黒い影。

 もはや敵なし状態の桜さん。

 正直、こうなったら高畑先生でも勝てないと思う。



 「キャー、しまって。そのブラック、体にしまいこんで!」




 まずい、もうこの店自体崩壊の危機です。

 というか、この店より自分の身が心配です。
  

 


 『どうでしょう。葛葉先生みたいに魅力的な女性に言い寄られたら解りませんが』



 
「………クスクス♪」

 

 デンジャーデンジャー!

 衛宮先生、社交辞令というのは解ってるが時と場所を選んでくれ。

 白くなった髪がヒュドラのように蠢く桜さんが怖くて仕方ない。


 笑いながら、潰してる。テーブルを握りつぶしてますよ。この人。

 黒化したときの桜さんの能力に限界はないのか?

 ついでに綺麗に飾られていた花が片っ端から枯れていきます。

 闇の魔法。吸収って凄いですね。………などといってる場合じゃない。



 こんな所で干からびて死ぬのはイヤだ―――、と。真剣にこの場を逃げ出そうとしてる、私と刹那。




 そんな私達を逃がしはしないと、ライダーさん。――――――お願い、離してください。

 このままでは命が幾つあっても足りません。



 た、助けてー!





 「本当、こんなに愛されてるんですから」

 「いや、時と場合を考えてください」




 そうそう、葛葉先生。時と場合を………って、やけに近くで声が。

 



 「――――って、先輩!?」

 

 急速に黒化から元通りになる桜さん。

 目の前にいる、衛宮先生と葛葉先生。そして向こう側にいる衛宮先生と葛葉先生を交互に見回しています。




 「ごめんなさい、少しからかいすぎましたね。でも、稽古不足ですよ刹那」




 葛葉先生の言葉に向こうにいたのが“身代わりの紙型”を使った式神だということに気がついた。

 

 ――――いつのまに!
 

 

 
 「いや、あれだけ大騒ぎして気がつかないとでも思ってたのか?」

 「――――グッ」



 そういわれると弱い。
 
 車からクラクション鳴らされて、怒鳴り声上げて。気がつかないほうがおかしいか。




 「だったら、さっさと教えてくれればいいのに」

 「いや、そのうち飽きるかと思って」




 そう言いながら、ポリポリ頬をかいてる衛宮先生。




 「それで、2人して何をなさっていたんですか?」




 真っ赤になって何もいえなくなった桜さんに代わってネカネさんが問いただす。

 その言葉に、2人とも決まり悪げに顔を見合わせるが。



 「もう過ぎてしまったんだけど」



 そういいながらだしたのは、先程みた有名ブランドの紙袋。


  
 「ハッピーバースデー、桜。遅くなってごめんな」

 「おめでとうございます、桜さん。さっき聞いたばかりなので大したものは用意できませんでしたけど」



 そういいながら、渡される紙包み。

 



 「中々いいのが見つからなくてな、葛葉先生に選ぶのを手伝ってもらったんだ」

 「私もお付き合いしてる男性と衛宮先生が似たような体格だったから、少し意見を聞いていたの」




 

 先程の話は本当だったのか。
 
 その言動にほっとしてる私達と、店の店主。

 【魔法】の存在は知らなくても、本能的に店の危機だというのは感じていたに違いない。
 


 さっきまでの怒りもドコへやら。すっかり感動している桜さんと衛宮先生をおいて、お邪魔虫は退散する。




 「――――まあ、めでたしめでたし。なのか?」

 「そうだな、それでいいんじゃないか?」



 刹那に声をかけると、了解の返答をかえしてきた。

 あとはのんびりと。


 



 「――――刹那?」





 帰ろうとしたところを、がっしりと掴まれる刹那さん。

 彼女にとって今日はきっと【天中殺】 
 

 
 振り返れば、にこやかに笑うお師匠様。



 「―――は、はい。なんでしょうか刀子さん」

 「貴女は、私が――――――何をしてると思ったんですか?」

 「………。」

 「しかも、私が身代わりの紙型を使ったのにも気がつかないなんて」


 

 私は悲しいです。なんてわざとらしいひとり言をおっしゃるお師匠様。

 目だけが笑っていないコトが怖くてたまりません。



 刹那の顔から、だらだらと流れる嫌な汗。

 正直、魔眼持ちの私でも解らなかったレベル。刹那に見抜けというのも難しい。

 

 

 「戦闘中ならいざ知らず、こんな平時に気がつかないなんて修行が足らない証拠ですよね♪」




 ………いや、戦闘時より気が抜けませんでした。

 黒化した桜さんが横にいるだけで、鬼や烏族なんてメじゃありません。



 思わずそう言いそうになるも、グッとここらえる神鳴流剣士桜咲刹那。

 体育会系は師匠、先輩には絶対服従なのです。

 

 「帰ったら、特訓ですよ?」

 「………は、はい」
 



 その言葉にがっくり頭を垂れる、刹那。

 最近、葛葉先生は彼氏と上手くいってないようだからな。

 的確な修行は実力の向上に繋がるが、逆は………どうなんだろう?






 後に、刹那は語る「修行とは思えない」修行をした、と。

 だが、この経験により。桜咲刹那は戦闘時、葛葉刀子や風使い神多羅木すら騙せる“身代わりの紙型”が使えるようになったのはまた別の話。







 ■■■





 「……ってことがあったんでさぁ」

 「ふぅん」


 

 ネギの兄貴がアスナの姉さんの誕生日プレゼントを木乃香の姉さんと買いにいってる間に、起こった事件を話した。
 
 なんでオイラがこんな話をしたのか、不思議そうに聞いているネギの兄貴。

 だが、これはいい機会。

 今夜は衛宮の旦那はいないし、桜の姉さんもいない。

 


 「でしょう、ですから兄貴も早くパートナーを見つけないと」
 
 「はい?」

 「ですから、ネギの兄貴にもパートナーを」

 「ごめん、カモ君。今の話のドコに僕のパートナー選びの話に繋がる要素があるの?」



 オイラの唐突な話題転換に頭にハテナマークが止まらない、ネギの兄貴。

 しまった。急ぎすぎたか。

 

 だがここは、大人の余裕を見せつつ対応しなければ。
 

 兄貴の言葉を聞いて「ふう〜、やれやれ」なんて言いながらタバコに火をつけるオイラこと、オコジョ妖精カモミール。
 
 ここは、一つ一つ順番に話さなくちゃいけねぇ。 

 

 「解らないんすか、兄貴」




 
 煙を吐きながら話すオイラの言葉を真剣に考えるネギの兄貴。

 その素直さが兄貴の美徳っす。決して「騙しやすくてラッキー」なんてこたぁ、思ってない。




 「いいっすか兄貴、兄貴は今。
 オヤジさんに追いつこうと頑張ってるんすよね。ですが、その本人はいない。だから、衛宮の旦那を師と仰いだ。ここまではいいっすか?」


 

 降参して教えを乞う兄貴にゆっくりと話し始めるオイラ。

 オイラの言葉に頷くネギの兄貴に、作戦の半分は成功したとほくそ笑む。

 
 
 
 
 「そして最近。衛宮の旦那とは違うタイプだが、獏の旦那も目指すべきヒトだとおもった。
 つまり、兄貴は2人とも目指したいと思った。ココまではいいっすか」

 「……うん」

 「この2人にはある重要な共通点があるんす」

 「共通点?」



 オイラの言葉に不思議そうに頭を捻るネギの兄貴。





 「2人の共通点、それは」 

 「………それは?」


 ゴクリと喉を鳴らす、ネギの兄貴。


 このままいけば計画通りコトが進むにちげえねえ。

 そう思っているのに、この先を話してはいけないとなぜかオイラの頭の中で警鐘が鳴りひびく。

 なぜに警鐘?



 衛宮の旦那と桜の姉さんは街で出会ってそのまま、デート。

 ネカネの姉さんは魔法使いの集会。

 今夜は誰もいないはずなのに、さっきから震えが止まらないっす。






 ――――なんでだろ?






 「2人の共通点、それはパートナーが
【悪女】だってことっす!」


 だが、オイラは怯えぬ怯まず突き進む。

 オコジョにとって仮契約の報酬5万オコジョ$は大金なんっす!

 なのにコッチに来てから1人も仮契約できてない今の状況。 

 ここはなんとしてもネギの兄貴を騙し………じゃなくて、説得しなければ。





 「えっと、ごめんカモ君。意味が解らない」

 「何言ってるんすか、考えれば解るじゃないっすか。獏の旦那のパートナー。エヴァンジェリンは600万ドルの賞金首ですぜ」 


 
 本当は獏の旦那は【従者】であり、パートナーじゃないんだが、そんな事は関係ないとばかりに突き進む。




 「そして、衛宮の旦那。今日の街での騒ぎみたいなコトおこす桜の姉さんだけでも大変だってのに、ネカネの姉さんにまで攻撃される始末」


 
 ここまで言っても、少しも頷こうとしないネギの兄貴。

 なんでそこまで、強情なんすか。

 そして、さっきからオイラの後ろをチラチラみてるのが気になるがそんな手にはひっかからない。


 衛宮の旦那には発信機がついてるから居場所が解るし、ネカネの姉さんもまだ終わる時間ではない。

 今ならまだ大丈夫の筈。




 「それに衛宮の旦那が言ってたそうじゃないっすか。リンカーン大統領の話。……アレには続きがあるって知ってたすか?」

 「い、いや。知らないけど」



 オイラの言葉につい返事をしてしまい、しまったと後悔してるネギの兄貴。

 その知識欲、有効に使わせてもらうっす。




 「リンカーンの奥さん。実はかなりの悪妻と呼ばれてたんす。
 世界史上の悪妻番付をつけると、東の横綱がソクラテスの妻、西の横綱がリンカーンの妻って言われるくらい」


 

 初めて知る知識に恐怖を忘れて、知識欲を満たそうと話を聞いてしまうネギの兄貴。

 予想通りの行動にニヤニヤ笑いが止まらない。

 

 リンカーン大統領の妻、メアリ夫人。彼女の伝説は非常に多い。

 彼女の癇癪は有名で火をおこすのが遅いといって、薪で夫をなぐりつけ。
 
 熱いコーヒーを浴びせかけたり、ほうきの柄でたたくなどは日常茶飯事。

 大統領演説の最中、歩いている女性に目がいったというので演説中に嫉妬した夫人がリンカーンを殴り飛ばしたという話もある。

 一国の大統領。それも英雄と呼ばれるほどの人間にしていいことではない。

 というか、一般人が公衆の面前でそんなことしたら大変なことになる。


 その家庭内暴力への恐怖心から。

 「家に帰るよりココで仕事をしたほうが落ち着くんだ」と深夜見回りに来た守衛にいったのは有名なエピソードだ。



 「そのあまりに酷い悪妻ぶりに、家に帰りたくないとホワイトハウスでリンカーンは誰よりも仕事熱心になったそうっす」
 
 「へえー」 

 「だからこうも言われたんす。【リンカーンが奴隷を解放したのは、その姿が自分に見えたからだ】って」



 
 オイラの台詞に生唾を飲み込んでるネギの兄貴。

 わかるっす。でも現実はそんなに甘くないんすよ。
 
 さっきからもじもじ動くのは知りたくない、英雄の現実の姿を知ってしまったからっすね。


  

 ここで一気に話をつける。多少強引と言われようと振り返らずに突っ走る。それぐらい5万オコジョ$は魅力なんっす!



 悪妻、もしくはアゲマンといわれる女性。
 
 男を育てる女は【悪女】と呼ばれることが多い。

 男を大事にしない女性だと、男は家に帰ることが極端につまらなくなり仕事に打ち込むという。

 家に帰らない男は、虐げられ続けるため虐げられる人間の気持ちが解るともいわれている。
 


 「解るっすか、つまり【悪妻】は正義の味方を育てるんす! 
 衛宮の旦那は桜の姉さんという【悪女】が、獏の旦那には600万$の賞金首である大悪党エヴァンジェリン。
 更に、たとえ話にもでたリンカーンの悪妻は西の横綱クラス。つまり正義の味方に悪妻というパートナーは【必須】なんっす! 
 だから兄貴もそんな【悪女】と呼べるようなパートナーを――――」

 


 「中々面白そうな話をしているな♪………下等生物」
 



 オイラの話に割り込むクールボイス、楽しそうな声にもかかわらず、一瞬で低くなる部屋の温度。

 な、なぜにあのヒトが!?

 
 
 「こ、こんばんは。エヴァンジェリンさん。茶々丸さん」

 

 当たり前のように頭を下げる兄貴に、小声で話しかける。




 「あ、兄貴。なんでココにあのヒトが」
 
 「――――なんだ、私がいるとなにか不味いことでもあるのか♪」 



 上機嫌なお言葉と裏腹にオイラの頭をなでるその手が怖い。

 何時握りつぶされるかと、ドキドキしてるオイラことオコジョ妖精カモミール。



 
 「ネギ先生、あいつらはいないのか?」

 「は、はい。少し遅くなるかと」

 「ふむ、修学旅行と今度の事件。少し話すことがあったんだが………いないならしょうがないな」  

 


 だが、来るであろうと思った攻撃はなく。

 何事もなかったようにネギの兄貴と世間話をはじめる、エヴァンジェリン。

 正直殺されると思ってたんすけど。




 ………やっぱ、賞金首600万$の大物は陰口なんかには見向きもしないんじゃねえか?




 

 そっかー、そうだよ。こんな大物がオイラのことなんて気にする筈がないっすよね。

 ヤッター、ラッキー。とりあえずもーけ。と喜びのダンスを踊るオイラにむかって。

 

 「そうか、ではそれまで暇つぶしに少しゲームでもしようか」



 ゲーム? いきなりの展開っすね。

 トランプとかババ抜きっすか?

 ポーカーなら得意中の得意っすよ。



 「そのゲーム、つうのは何をやるんで?」


 チョッピリ卑屈になりながらも、可愛く話しかけるオイラ。

 オコジョ妖精としての魅力をいかんなく発揮してみる。 

 だが、そんなオイラをとっても嬉しそうな目で見るエヴァンジェリン【様】


 口元だけが笑う、その目が怖い。



 「そうだな貴様、寒いところと暗いところどっちが好みだ?」

 「はい?」

 

 なんすか、その理不尽きわまる二択は?

 つうか、ゲームっすよね。なんで、暗いとか寒いとか関係あるんすか?

 
 つうか、寒いところはまだ想像つくけど。暗いところというのがワカラないっす。



 「べ、別にどっちも……」

 「―――――どっちだ?」


 あまりに不吉な二択に答えたくなかったが、今のこのエヴァンジェリン【様】に口答えするなんてオイラなんかにゃ不可能っす。

 こんなヒトに意見できるのは、黒い鬼子母神か、白かった筈なのに何時の間にか黒くなった魔法使いぐらいっす!

 

 助かったと思ったのも束の間、やっぱり覚えてたんすか。
 
 つうか、どうやってもオシオキはあるらしい。


 


 
 ―――――助けて下せぇ!
 

 とネギの兄貴に合図を送っても、こっちを見てもくれやせん。

 

 
 ――――やばい。ヤバイ、やばい。



 だが、このままでは命がいくらあっても足りない。

 このまま答えないでいると「そうか、両方だな♪」

 なんて満面の笑みで言われそう。


 寒いところっつうのは、あまりにもやば過ぎるし。ここは………。





  1、逃げ出す。

 →2、暗いところで、お願いします。








 ■




 「く、暗いところでお願いします」
 
 「―――ほお」
 


 オイラの願いに意外そうな顔をする、エヴァンジェリン【様】。

 これはひょっとして、当たりか?




 「くくく、よりによって闇の魔法をえらぶとはな」 



 ――――闇の魔法?

 あまりにも非常識な単語に、オイラの思考回路がぶっ飛んだ。

 頼むから、オコジョ妖精が想像できる範囲でお願いします。

 

 「なんでもない、気にするな。簡単なゲームにクリアして生きて帰ってこれれば世界最強のオコジョになれるぞ」



 ――――生きて帰ってこれれば?


 
 無茶苦茶不穏当なセリフを実に嬉しそうにかたるエヴァンジェリン【様】

 つうか、おいら別に世界最強とか目指してないっす!


 「ク、クリア条件はなにっすか?」



 逃げるのは不可能と諦め、ゲームのクリアに一途の望みをかけるオイラ。オコジョ妖精カモミール。

 結構簡単な条件かも。闇の魔法とか結構………ハッタリかもしれないし。




 「なに、簡単だ………中で私を倒せばいい。今の私ではなく【全盛期の私】をな」

 


 へーなるほど。中で全盛期のエヴァンジェリン【様】を倒せばいいんすか。なるほど簡単簡単って、―――――無理に決まってるじゃねえか!

 一所懸命にムリムリと首をふるオイラを楽しそうに掴む真祖の吸血鬼。

 なぜにそんなに楽しそう?

 

 

 

 「何、気にするな。中で死んだら・・・貴様の体は鍋にして喰っておいてやる♪」


 「イッ――――――イヤァァァァァ!!!」




 <カモ、闇魔法修得?>






 
<続>

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