――――――星が降るような夜だった。

 

 赤茶けた大地の上、少年はただ空を見上げていた。

 空には満天の星空。

 暗い夜空に映える、赤、黄、青、白。

 明るい都会では決して見えないその光の洪水は、赤茶けた大地にたつ少年に降り注いでいた。


 雨の如く降り注ぐ星の輝き。それは少年と共に周囲にある奇妙なオブジェを浮き上がらせる。

 様々な形に彩られた影とカタチ。

 あるものは、奇怪な前衛芸術のようにみえ。

 あるものは捻じ切られたように歪んでいた。




 満天の星空の下、奇妙なオブジェに囲まれた少年の視線の先にはなぜか、空に浮かぶ街があった。

 どのような力で街が宙に浮くかなど常人にはわからない。

 

 だが、空に浮かぶ街は己の下半身を切り立った崖に変え、星空に昏い大地を食い込ませていた。

 逆さになった山の峰はまるで何もない空に根をはったように動かず。

 灯火を絶やさない街を支え続けていた。



 星と街が織り成す光の洪水の下、奇妙なオブジェに囲まれ。宙を見上げる少年。





 それはコチラの世界。現実の世界では決してありえない光景。

 




 その全てがありえないほど美しく、そしてありえないほど禍々しかった。


 空に浮かんでいる大地をみる少年の瞳が、憧憬であれば。それはとても美しい情景であっただろう。

 または憎しみであったとしても、それはそれで絵画のごとく【絵】になる光景であるに違いない。

 

 だが、赤茶けた大地で。

 空を見上げる少年の顔はどこまでも冷淡であった。

 

 血塗られたように赤い大地の上で、彼はただ冷淡に空に浮かぶ街をみていた。

 


 「―――――凄い、光景ですね」

 



 ただ1人、ここに侵入者が現れなければ。







 遠い雨  27話







 血塗られたような赤い大地の上、少年はココにいるはずのない生き物、いや。生きているはずがない侵入者をみていた。




 「―――それにしても凄いですね、コレはこの後どうなるんですか」

 「さあね、運が良ければ助かるんじゃないかな」



 赤茶けた大地の上、半ば大地に埋まりかけた奇妙なオブジェをみながら少年はつまらなそうに呟いた。

 少年に掴みかかろうとしているもの、逃げ出そうとしているもの、空を見上げて祈ってるもの。

 それら奇妙なオブジェが連なる赤茶けた大地。

  
 そのオブジェがなんであるかなど、2人は既に知っている。

 少年はそのオブジェの製作者であり、破壊者。

 見知らぬ土地に入り込んだ侵入者にとっては、見たことのない景色。


 だが、ヒトの夢から夢へと渡る異能を持った侵入者にとって。 

 ソレが何であるのか想像するのは容易い。



 故に、少年は説明する必要を認めず。侵入者はそのオブジェに対して、それ以上何も聞かなかった。 




 口を開くべき2人が口をつぐめば、夜気と共に微かな物音が風に乗って耳を打つ。

 
 微かな鉄錆の匂いと共に、微かな水音が捻れたオブジェから聞こえていた。

 目を向ければ、オブジェからは腐ったレバーのように粘つく赤い液体が流れ出し、赤錆びた大地に溶け込んでいた。




 それがなんであるか。などと誰何の声をあげる人間は周囲にはいない。

 後に残るのは、乾いた風と乾いた大地。そして頭上に輝く月と空に漂う街だけであった。 


 
 そして奇妙なオブジェに囲まれたまま、動こうとしない少年に向かって。


 




 「――――それで。私はなんでここに連れて来られたんでしょうか?」




 獏は語りかけた。
 

 

  

 ◇



 ―――――獏の凡庸な一言が響いた瞬間。




 キシリと音をたてて世界が歪んだ。

 星の薄明が翳り、空間を満たしていた淡い光が一瞬にして吸い取られたように昏く沈みこむ。

 


 砂が軋むような音をたてて一体のオブジェが崩れ落ち。耳慣れぬ叫び声が、掠れて消えた。

 ネトリと粘つくように空気が重くなり、質量をもった空気は獏の肺に圧迫感を与える。

 それは圧倒的な実力差からくる、明確な殺意。

 

 この世界、全てが少年の味方であり。獏にとっては敵であった。

 


 「随分とふざけた物言いだね、この状況が解ってるのかな?」  

 「はあ、とは言っても。ココがどこかもわからないので」
 


 
 
 明確な殺意、そして圧倒的な実力差をみせられても動じない男をみながら。

 少年は可笑しくてたまらないとでもいうように歪んだ笑みを浮かべた。

 実際、この展開をとても楽しんでいる。


 とても弱い存在。にもかかわらず、殺気に怯えた様子すらない。

 実力差は明白なのだからいっそココで殺してしまう。そういう選択肢もある。

  



 だが少年にとって、男はあまり弱く。そして同時に利用しやすい存在であった。



 「ココが夢。いや幻想空間なのはわかるだろう?」

 「はあ、なんとか」


 
 他人を幻想空間に引きずり込む魔法。

 エヴァンジェリン、そしてネギ・スプリングフィールドが得意とする魔法である。

 もっとも、ネギはあくまで夢を覗くだけであり。

 他人の夢に入ったり、自分の過去の風景を他人に見せることしかできない。


 あのエヴァンジェリンでさえ、目を合わせなければ他人の意識を幻想空間に移すことなど不可能。



 ………にもかかわらず、少年は獏を幻想空間に引きずり込んだ。



 目も合っていない、遠く離れた位置にいる獏をである。



 それができる理由ソレは。

 獏が無意識に【夢を渡る】能力を持っているため。

 本人ですら、無意識におこなう夢を渡り記憶を読み取る能力。
 
 そして未来を視る力。


 ソレを逆に利用した術式。

 見たことのない術式を逆利用する少年の力量は相当なものである。




 そして夢である以上、お互いの体は実体ではない。

 言わば生霊、もしくは精神だけの存在といってもいいだろう。



 だが、夢とはいえ。

 精神と肉体は同調してしまう。

 程度に差はあれど、精神が死ねば肉体は信じられないほどの傷を負う。

 それは最悪、死を招くほどの傷となる。



 そして、実際。能力が極限まで低い獏にとって、ココでの死は己の死とほぼ同じだ。

 その圧倒的に有利な状況で、少年は嘲笑っていた。

 相手の能力は低く、ココは少年の過去とはいえ少年が創造した世界。

 地の利、そして実力差。

 全てにおいて少年が有利な状況。 



 ◇

 

 「それでわざわざ幻想空間まで作って私をココに呼んだのは、なんででしょうか?」
   
 「見慣れぬ役者が舞台に上がったようなのでね。一言、挨拶でもと思っただけだよ」
  
 「はあ、それはご丁寧にどうも。

 ですが、そろそろ起きないとエヴァンジェリンさんに怒られるので術を解いてココからだしてもらえると嬉しいんですが」
 
 

 その言葉を聞き、とても楽しい冗談を聞いたかのようにクスクスと笑っていた。

 あまりにも間の抜けた問答に笑っている。

 感情がないようだとはよく言われたセリフだが、僕自身もそう思う。


 計画の為に動く僕にとって、感情の揺らぎというものはほとんどなかった。

 
 ある意味では完成された肉体。

 それを持っているがために、揺らぎがない自分。

 そんな僕に感情の揺らぎを与えたコイツに、少々興味がわく。


 

 「肝が据わっているのか、それとも鈍いのか。まあいいよ。2、3耳に入れておきたい情報があるんだ」  

 
 
 少年は殺意があることを隠そうともせず、獏には逃げる手段がない。

 ここは少年の世界であり、獏の能力は低い。

 にもかかわらず、動じた様子がないその姿に。どのような隠し玉があるのかという興味もある。



 

 コイツ、獏が持つ未来視という能力。これから起こる出来事を予測ないし測定する能力。

 それが推理であれ予定調和であれ【己で制御できるなら】恐るべき異能だ。


   
 例をあげれば数分後、いや数秒後の世界でもいい。
 
 戦っている最中に敵の動きがわかれば、そこに【攻撃を合わせるだけでいい】
 
 あらゆる武道家、格闘技者が最も欲しがる【カウンター】を使うことができる。

 僅か数瞬の先読みができるだけで、実力差は埋められるといってもいいだろう。

 これが強力な武器をもてばなおさらだ。

 逃げる場所、隠れる場所に向かってただその武器。拳銃でもなんでも撃てばいい。

 

 
 そして数日後、もしくは数週間後の未来が見えるなら。

 ソコに現れる敵を爆弾で殺すなり、味方に襲わせるなりすればいい。

 それぐらい未来視という能力は恐ろしい。




 だが、コイツはそれを【夢】でしか視れない。

 しかも制御できていない以上、大した脅威ではないと思っていた。

 

 だが、そんな弱い存在であるコイツが……、紺青鬼の汚染を邪魔した。
 
 ネギ・スプリングフィールドの傍にいる衛宮士郎と桜。そしてライダーという謎の存在。

 
 事前に情報がないこの3人。この能力を知るために仕掛けた幾つかの策。

 あわよくば倒そうとも思っていたが、やはりそれは不可能であった。

 だが、これらからそれぞれの弱点。

 更には能力までわかった以上、彼らに対抗する策はある。


 更にコイツを利用できれば。


 凡庸として、掴みづらい男。

 能力のソコ。情報を与えようとしない士郎達と違い。獏の能力はわかっている。

 力もなく、魔力もない。

 
 ……だからこそ無理に殺すより。利用したほうが都合がいい。



 


 「君にとって、大事な主人であるエヴァンジェリン。彼女に関するコトだよ」

 「――――なんでしょうか」
 
 「君の主人の想い人、ナギ・スプリングフィールドは生きている」




 エヴァンジェリンを封印した張本人であり、エヴァンジェリンが求めている魔法使い。

 10年以上前に死んでいるはずのサウザンドマスターが生きていると、少年は言ったのだ。



 その思いもかけないはずの言葉にも、獏はまったくの無反応であった。

 仮面めいた作りものの表情。 

 壊れない柔和な笑み。

 だが、その瞳にかすかに光が灯るのを少年は見逃さなかった。

 

 「やっぱり………。知っていたんだね」
 
 


 かすかな沈黙の後、少年は含み笑いを漏らしながら獏に語りかけた。

 
 
 「未来を見通し、過去を見る能力。その君が知らない筈はないと思っていたよ。……それでどうするのかな?」


 「どう、とは?」  

 「そのことを闇の福音に話さないのかい? ってことさ」 




 彼女。エヴァンジェリンが求めているのはサウザンドマスター。
 
 大戦の英雄、ナギ・スプリングフィールド。

 従者として、主人の幸福を願うならその情報は明かさなければならない。



 情報を明かさないというのなら………それは彼女に対する裏切り。



 その裏切りの意味、それは獏の秘めた想いか。

 それとも……そうしなければならない理由があるのか。


 どちらにしても、この時点でその情報を知った少年の優位は覆らない。

 肉体的にはもとより、精神面でさえ優位に立つこととなる。


 戦力、情報。この2つを敵に握られた時点で戦いの趨勢は明らかだ。


 敵戦力が巨大なら搦め手、策略、謀略で勝つことはできるだろう。

 逆に情報で上をいかれたとしても、巨大な戦力で敵を踏み潰すというのもあるだろう。

 

 故に個人の戦闘から国の戦争まで。情報と戦力をバランスよく整えることが重要なのだ。



 だが、戦力。そして情報でも上をいかれた獏は少年に対抗することができず。

 ただ、少年の次の言葉を待つだけであった。
   





 「僕から教えてあげてもいいんだけどね。それじゃ、君の立場がないだろう」

 「……なるほど。条件は?」

 「察しがいいね。条件は簡単さ、君にはエヴァンジェリンが京都に行かないように見張ってて欲しい。簡単だろう?」




 クスクスと楽しげに喉を鳴らしながら、少年は嗤っていた。

 少年の白い顔が嘲笑に歪み、獏を見下すその唇が更に歪に形を変えていく。



 獏の心にある昏い情念を知っていると。

 それを、大切な者に知られたくないのならコチラの思うとおり動けばいい。

 ………断ればどうなるかは言うまでもない。




 「簡単じゃないか、君にとって何より大事な者を助けたいならこのまま動かなければいい。君にとって大切な者は1人だけだろう?」


 
 声は一段と高い嘲笑を含み、弱い男の心をかき乱していく。

 断れば、彼に待っているものは【死】

 この場で少年から逃げられる能力は、獏にはない。

 少年の小さな体から溢れる魔力。

 幾つモノ、魔物。人間を石化させ、奇妙なオブジェにつくり変えた能力。

 それは獏では対抗できない力。

 そして精神が死ねば、肉体は死んだと同じ。まして彼の肉体はまがい物。

 
 
 更にこの場を逃げ出せたとしても、少年に切り札を押さえられている状況には変わりがない。

 

 そして、その条件は。そもそも意味がないもの。

 エヴァンジェリンの呪いは、ココから出ることを許されていない。



 獏が止めようと、止めまいと。エヴァンジェリンは外にはでれない。
 
 

 ならば、その申し出は意味を成さない。

 止める必要すらないのだから、獏に実害はない。
 
 
 この場で命を助けてくれるのであれば、それは破格の条件。

 
 獏は何もしなければ、エヴァンジェリンにサウザンドマスターの情報を明かさなかったコトも秘密にでき。

 更に、命も助けてもらえる。

 にもかかわらず、獏は。
 




 「そんなに、エヴァンジェリンさんが怖いんですか?」



 獏は少年の問いに答えず、ただニコリと微笑んだ。

 相手が敵であることすら頓着しないかのように微笑む姿。

 それをみた少年の目が小さく光る。

 


 「学園に封印されているエヴァンジェリンさんがそんなに恐ろしいなんて、おかしいですよね?」 

 「――――」

 「なのに、なぜ貴方はそんなに恐れているのでしょうか。それとも、本当に恐ろしいのは」

 



 言葉を続けようとした獏に、少年は一瞬にして詰め寄った。

 【瞬動】この世界において、戦士、魔法使いが扱う必須の能力。



 そしてそれは常人では、反応することさえ難しい速度である。

 
 

 人間は鍛えれば0.2秒あれば大抵のコトには反応できると言われている。

 実際、プロテニスプレイヤーは時速200キロ以上のサーブに反応する。

 極限まで鍛えた人間にとって、20メートルあれば200キロ以上のスピードにも反応できるのだ。
 



 
 だが瞬動には。テニスのサーブにある【予備動作】がない。

 球を放り投げ、ラケットを振りかぶり、己の身体を限界まで伸ばして打ち下ろす。

 この予備動作があるゆえ、人間には200キロを超える速度に反応することが許される。

 予備動作から繰り出される一瞬、これにのみ極限まで集中力を高めることで人間は己の限界に近い動きができる。



 だが、瞬動。これは魔力や氣を足先にため、爆発的に推進力を得る業であり。
 
 達人においては技に入る“気配”すら悟らせない。



 そしてこの少年の体術は達人レベル。

 その初動は常人では決して悟れない。


 移動する瞬間、ソレが何時だったのかすら分からず。

 少年が本気になれば、獏は抗う意志すらみせることを許されないまま殺される。
 


 それが、獏の実力。


 まして、獏の体は贋物であり。本人の能力すら低い。

 それを補い、補助するのは氣であり魔法という異能の力。

 だが少年は獏に氣や魔法、そんなもので強化する暇すら与えず。
 

 
 間合いをつめ、獏の首を締め上げていた。

 獏よりはるかに小さい体、そして細い腕にもかかわらず。軽々と獏を吊り上げその首を絞める。

 まだ、殺さない。

 殺す価値すらない。




 「あまり思いあがらないことだ。―――――君なんて、僕にとっては塵芥に等しい」

 「……ヅ、ア! ―――……」   

 


 ―――――ギリ。


 
 鈍い音が響き、さらにその首を締め上げる。

 血流が滞り視界が黒く染まり、バタバタと醜く足掻こうとも少年の手は万力のように動かない。

 ギリギリと締め上げる指先は徐々に首に食い込んでいく。 



 力がまったく無い存在。そして利用価値がないなら殺すだけ。

 エヴァンジェリンに対する牽制にすら使えないなら、この場で殺しておくのが確実な手段。



 にもかかわらず、それを始めからしなかった理由。

それは、コイツが死ぬことすら【計算に入れている】可能性を捨て切れなかったからだ。


  
 紺青鬼の事件。コイツは自分の命をチップにして計画を潰した。


 己の命を賭けるなんて生易しいものじゃない。

 最初から、自分が死ぬことを前提とした狂気の賭け。



 保身のための計画や策なら手をだす方法はいくらでもある。

 自分なら確実に人間の弱い部分に踏み込み、壊すことが可能だ。



 だが、コイツは自分が助かるつもりがない策を立ててしまう。

 自殺まがいの方法など止めることは不可能に近い。

 自殺こそ最も非効率にして実現可能な計画であり。………他者が対応不可能な自滅行為だ。



 生物としてどこか壊れた行動。


 生物とは生きるために存在する。

 もしくは子孫、種を存続させるためにその証を残す。



 極論すれば。 

 普通の人間、生物が前者であるなら。衛宮士郎は後者である。


 自分の為に生きる努力をするモノが生物であり、人間であるとするなら。

 他の人間のため、大切な者のタメだけに生きる衛宮士郎も程度は違えど。人間といえた。



 だが、コイツの場合。

 どちらなのか判別がつかない。

 大切な者のために生きているようであるのに、死んだもの。もうなんの生産性のないもののために命をかける。



 
 もし、ココで【殺されること】事態がコイツの計画だとすれば。

 後々、厄介なコトになると思っていた。
 
 だが、今。その考えは捨てた。

 不確定要素は消しておけばいい、それだけのこと。

 動きを封じるコトが不可能なら、消すコトが最善。  




 「――――――」

 「苦しいかい? 最後のチャンスをあげるよ。肯くだけでいい………。これから起こることに闇の福音をかかわらせないと誓えばいい」




 コレは最後通牒。

 にもかかわらず、少年の声は驚くほど穏やかであった。


 その右手には具現化した魔法具の姿。
 
 制約の魔法具。契約した言葉を絶対遵守させるモノ。

 最悪、エヴァンジェリンを止められなくてもコイツの存在は消せる。
 

 契約を裏切る状態に持ち込めば、それで終りなのだから。
 
 



 その小さな体には溢れるほど強力な魔力。その存在感。

 少年がほんの少し指に力を込めれば。獏の首は簡単に引きちぎられる。

 獏が例え、死を覚悟した計画があろうとも。

 この場で消すことができる。



 少年にとって自分の身や、大事な者の為に戦う人間を操ることは容易かった。
 
 衛宮士郎、桜、ライダー。彼らを封じる策はもう講じてある。

 そして、神鳴流剣士。桜咲刹那を封じる策も。言わずと知れたネギ・スプリングフィールドを封じる策も。

 

 唯一、懸念材料はコイツだ。

 紺青鬼の計画。正直に言えばコイツの存在など気にもしていなかった。

 弱いだけの【自殺志願者】それがあの時に抱いたコイツの印象だ。



 そんな存在がコチラの計画を潰した。

 

 そして。その解決策といえば気持ちが悪いとしかいえない。

 生物とは他者を利用して生き残るもの。

 他者を、他の生物を喰らい生き残る。それが生物というものだ。



 勿論、極稀に他者の為に生きる存在がある。

 自分ではないナニカの為に生きる存在。

 だがそれは人間だけに限ったことではない。

 子孫、もしくは群れのリーダーを護る為に英雄的な行動により外敵と戦う存在。

 これはハチなどの小動物によくある傾向である。


 
 ハチの場合は子供を生む女王蜂の為に。もしくは子孫の為に。

 大事な異性を守ろうと、いずれ自分の子孫を作るってもらうために命をかけて戦う。

 

 子孫、種を残す本能。コレが、この行動の原因といわれている。



 人間が誰かのために戦う時、その多くはこの子孫、もしくは種を残そうとする本能が強い場合だ。


 だが、コイツは違った。

 子孫を守るためでもなく、大事な者を守るためですらない。

 死んだモノのため。なんら生産性のない行動をおこしたコイツ。

 理論的に考えられない愚行をしたコイツが、とても気持ち悪かった。
 


 
 人間の心がわからない少年にとって、獏の行動は理解しきれないものであった。

 普通の感性、道徳心があればわかること。

 だが、人間として大事なモノが欠落しているモノ。

 人の心を理屈でしか計れない少年にとって、獏の存在。それ自体が許されざるイレギュラーであった。

 


  
 だが、イレギュラーといえど所詮は弱者。

 喉に刺さった魚の骨ほどの違和感でしかない。



 時間は少ない。コイツの主人が異常に気がつく可能性も捨てきれない。

 ならば、夢を見たまま殺しておくのも一つの手であろう。

 

 あと一秒、答えがないのなら。この存在にもう興味はない。

 そして、何も答えない獏を捻り潰すために指に力を込めていった。

 

 ヒトを遥かに超えた魔力。そして野生の竜であろうと殺せる力を持つ少年にとって、獏の存在など塵ほどの価値もない。

 魔力を使うことすらもったいないと指先に力を込める。

 
 バタバタと最後の足掻きを見ながら、指先に込める力とは逆に。少年の心は段々と落ち込んでいった。


 何を期待していたのか。

 最も弱い者、そんなものにできることなどないのに。
 
 
 何かあると思っていた最後の足掻きすらできない獏に、完全に興味を失った少年は。



 「――――がっかりだよ、雑魚くん」



 最早、名前を呼ぶことすら穢れると。

存在を否定しながら、指に力を込め。





 ―――――赤い血しぶきと、肉と骨がねじ切られる音を聞いた。










 ◇








 薄闇色に染められたソラに、クルクルと赤い螺旋を描きながら飛んでいく黒い物体。

 その先にあるのは見上げていた空中都市オスティア。

 ソコに至る血の螺旋階段を描きながら、のっぺらとした物体は飛んでいく。

 棒状の物体、それは紅の螺旋を描きながらクルクルとまわっていく。

 

 あまりにも鮮烈な紅の色。

 斬り飛ばされたモノに、まだ未練がましく張りついている獏の身体の傍らで呆れたような呟きが聞こえた。





 「―――――ったく、なんで貴様まで飛ばされてるんだ」




 斬り飛ばされた腕と共にクルクルと螺旋を描いていた男の襟首を掴み、少女は静かに地上へと降り立つ。




 少年の目の前には、己の腕を切り裂いた少女の姿。


 獏の喉を潰そうとした瞬間に、逆に己の腕を切り裂いた少女。

 

 圧倒的に有利な状況から、一転して不利な状況。

 全身の魔力を足先に集中、同時にコイツを狙って石の槍を展開しながら後方に逃げ出す。



 紡ぐ呪文は一瞬にして、最速。

 目の前に展開した石の槍は、己の腕を切り落としたであろうモノを殺すことはけっしてできない。



 己に気配すら悟らせず、氷の刃で腕を切り裂いた実力。

 そんなコトができるのは1人しかいない。

 この程度の攻撃で倒せる相手ではない。



 ――――――だが。





 「―――“氷盾(レフレクシオー)”―――」





 本来、石の槍などその体術でかわせる筈の少女は。背後にいる弱者を護る為に【盾】を作らなければならない。

 故に、確実に殺せるであろう自分を殺せない。

 それが、恐らく彼女の計算違い。

 だが、計算違いなのはコッチも同じであった。



 「なぜ、君がココにいるのかな? ―――――闇の福音」



 
 ◇



 
 
 少年の目前には闇の衣を纏い。

 少年の血に塗れた指を愛おしそうに舐め取っている少女、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルがいた。

 
 赤く染まったその唇が優しげに蠢めき、血より紅い舌が唇にこぼれた血を舐め取る。



 もう一度、美味そうに血を舐め取った後。


 

 「おかしなことをいう、夢を渡る術。幻想空間を渡る魔法が貴様の専売特許だとでも思っていたのか」
 
 「フフ――――、なるほど。そういえばそうだね」
 

  
 にこやかに微笑みながらエヴァンジェリンが紡ぐ言葉に、少年は眼光だけは冷たいまま柔らかく微笑んでいた。

 生きるか死ぬかの瀬戸際。全てが計画通り動いていく中、こんな予測を超えた出来事があるとは思えなかった。


 だが、やはり。この学園、そして日本で最も恐ろしいのはこの真祖の吸血鬼。

 計画を根本から覆すかもしれない能力に軽い畏怖すら覚える。




 「僕はまんまとおびき寄せられたということかな?」  
   
 「まさか、関係者がいきなり釣れるとは思わんかったがな」




 なるほど、と肯きながらも少年はその言葉の意味を考えていた。

 夢見の魔法。幻想空間に相手を移動させることができる魔法使い。

 それは同時に、誰かが使っている幻想空間に移動できることも意味している。

 おそらく、ネギ・スプリングフィールドも他人が作った幻想空間に移動できるはず。
 
 ならば、エヴァンジェリンができないはずはない。

 だが、それは。エヴァンジェリンが夢見の能力者の近くにいなければ意味は無い。

 そして、獏に何かあったとき対応できるようにしていたということ。




 「まさか、かの高名な闇の福音が夢見の存在を重要視しているとは思わなかったよ」

 「貴様は馬鹿か。戦闘で最も弱い者から狙うのは定石だろう?」  

 「なるほど、最も弱い者だね」 
 

 
 クスクスと嘲笑いながら、少年は彼女の従者を見ていた。

 そう、今現在。最も弱い者といえば獏である。

 そういった意味では、桜とネカネも危険ではある。

 だが、現実問題。士郎とライダーの警戒をかいくぐり、あの2人を暗殺することは不可能といっていい。   

 前述したとおり、ネギは殺すわけにはいかない。


 更に夢を渡って殺せる術者は獏1人。

 何かあった時のために保険をかけておくのは当然といえた。  





 「―――――それでどうするんだい? この場で殺しあったところで意味は無いと思うけど」

 


 そう、意味はない。

 少年もエヴァンジェリンも、並々ならぬ実力者。

 心が弱い者であるなら、幻想空間で何度も死ぬうちに体も死ぬこともありえるだろう。

 だが、ココは少年の世界。

 負けそうになれば、逃げ帰ればいいだけのこと。

 第一、幻想空間で1度や2度死んだくらいで本体も死ぬほど少年は弱くない。

 そして同時に。少年では実力的にエヴァンジェリンを殺すことはまず不可能。

 幻想空間とはいえ、魔法界でエヴァンジェリンと戦うなど愚の骨頂。

 

 闇の福音をかわし。獏に接近するのも不可能。

 故に千日手。

 お互いに、決め手がないままに動けないコトとなる。





 「しかし驚いたよ、夢見がすでに。ナギ・スプリングフィールドの情報を闇の福音に伝えていたなんてね」




 そう、それが少年にとって信じられない事実であった。

 夢見の術者。人間として生物として矛盾が多すぎる存在。

 更にそんな情報まで、エヴァンジェリンに洩らしているとは思えなかった。
 

 だが、夢見がその事を喋っていないなら。エヴァンジェリンがココに助けに来るはずがない。

 そして、奴を守るはずがない。


 己を裏切った存在を許すほど、優しい少女とはとても思えない。

 



 だが、それに答えたエヴァンジェリンの声は。稚気に富んだ笑いを含んだものであった。   



 

 「いや、それはさっき貴様のセリフで初めて知ったぞ」

 「………。」



 
 

 エヴァンジェリンのセリフに、少年の無表情だった顔に一瞬だが陰が過ぎった。

 それは、人間を理屈で知り。様々な権謀術数をしり。

 人間の昏い感情を知ってるが故に、信じられない言葉であった。



 誰よりも裏切られ続けた少女が、己にとってもっとも大事な情報を隠された。

 それは決して許せない裏切りの筈。

 無私で己に仕えていた男の許せない裏切り。



 それを笑っているエヴァンジェリンが、少年には信じられなかった。




 「じゃあ、なんで怒らない? なぜ奴を助けた?」

 「なぜ、そんなコトで怒る必要がある?」  




 思わず問いかけた少年に向かってエヴァンジェリンが発した言葉は、むしろ。

 そっけないと言っていいほど簡潔な言葉であった。


 彼女、エヴァンジェリンの傍らには獏の姿。

 俯いた視線はドコを彷徨っているかすら解らない。

 その姿をみて、やはりコレは。

 ナギ・スプリングフィールドの話は、獏にとって触れて欲しくないものだったコトがわかる。

 

 かつて諦めたもの。それでも様々な運命のめぐり合わせによって再び出会ったもの。

 それを失いたくない、そう獏が思ったとしてもおかしくはない。

 そして、それは。信じあっていった2人に決定的な溝を作ることができる。


 決して裏切らないからこそ、エヴァンジェリンは弱い男を従者としたのだから。



 だから、この場。獏が殺せなかろうと、獏に“制約の魔法具”を使えなかろうと。

 獏がエヴァンジェリンを裏切り。情報を隠したという事実だけでも計画は成功であったといっていい。

 獏の初めての裏切り。それは消えないシコリとなって、2人を決別へと追いやる筈であった。

 
 だが、そんな策は。



 「―――――必要か?」

 「………。」



 エヴァンジェリンの視線は少年の方向を向いているのに、発せられた言葉は獏に向かってのものであった。

 獏は何も答えず、ただ黙って俯いている。

 

 やがて、視線を上げると。


 それに合わせるように再びエヴァンジェリンが問いかけた。




 「―――――私が、貴様を信用するのに。………理由が必要か?」




 だがそんな策は、エヴァンジェリンには通じなかった。



 目の前で初めて知らされた、獏の裏切り。
 
 実際に獏がどのような考えで動いているのかすら分からず。

 情報を隠していたコトに対して、一言の言い訳もしない獏に。



 エヴァンジェリンは「信じることに理由などいらない」と言ったのだ。


 その言葉に、どれほどの想いがあったのか少年には分からない。

 今まで、幾つモノ裏切りを味わった少女。

 彼女がそれでも、彼を信じるといった言葉に。どれだけの重みがあるのか。

 

 エヴァンジェリンという最も大切な者を裏切る行為。

 それは、かつて話した最低の従者そのもの。

 それでも己を信じるといってくれたエヴァンジェリンの言葉に、驚きと共に獏の胸に馴染み深い痛みが広がった。



 裏切られ続けた少女を、更に裏切った己を。

 ――――それでもかまわない。エヴァンジェリンはそう言っている。
 


 周りからどんなに醜く見えようと、愚かな行為であろうと。

 醜悪な裏切り行為に見えようと。―――――自分だけは、エヴァンジェリンだけは「獏を信じる」と言っているのだ。




 その言葉を聞き、獏はただ俯いていた。

 また騙し、裏切るのかと。己を責めながら。

 それでも、未来の景色を。夢で視た情景を伝えられない男は。



 エヴァンジェリンの言葉に無能な男は。ただそっと、呟くように。それでも心の底から。

 少年に聞こえないように。小さく。――――ありがとう、とエヴァンジェリンに伝えた。
 

 

 問いに答える獏の言葉に「そうか」とだけ答えて、エヴァンジェリンは柔らかく微笑んでいた。

 エヴァンジェリンは何も訊かず、そして。獏もそれ以上何も話そうとはしなかった。

 ただ、薄く。



 ………互いの手が薄く触れ合っていた。






 ◇




 辺りの風景は幽かな光と共に、柔らかな風がふき。2人を優しく包み込みながら、微かな香りを残して消えていった。

  

 まるで夢幻に映る一枚の絵画のように、淡く光る2人。




 ――――その2人を見ながら、少年は小さく嘲笑っていた。 
 




 そう、嘲笑っていたのだ。


 少年にとって、最早。獏はイレギュラーですらなかった。

 

 得体のしれない行動原理を持っていたからこそ扱いにくいのであり。

 行動原理を知れば。何かを守るというだけであれば、コイツの存在は実に御しやすい。

   

 その可能性がわかっただけでも、この夢見。幻想空間を作った意味はあった。


 だが、問題はこれから。

 自分が作った幻想空間とはいえ、相手は真祖の吸血鬼。

 油断をすればどんな情報を握られるか解らない。


 そうして、この場から逃げるタイミングを見計らっていると。

 なんでもないように、エヴァンジェリンが訊いてきた。





 「それで………。貴様等の目的とはなんだ?」

 「何のことかな?」

 「とぼけるな。リョウメンスクナの封印を解く。それが最終目的ではないだろう?」




 そう、いかに強大な力を持っているとはいえ。

 なぜ極東の鬼神に固執するのか。

 なぜ、そんなにも回りくどい方法でココを攻めるのか。



 彼女に偽りを語るのはあまりにも容易い。

 だが、逆にいえば。





 「君たちには信じられないかもしれないけど、世界を救うため………さ」
 
 「リョウメンスクナの封印を解くことが世界を救うコトだとでも言うのか? 大言壮語もソコまでいくといっそ清々しいな」
 
 「理解はできないだろうね、だがあくまで計画の一部だとは言っておくよ」
 



 エヴァンジェリン、真祖の吸血鬼ならば僕が嘘をついていないことはわかるだろう。

 戯言や嘘ならば、彼女ならすぐ見破れる筈。

 ならば、偽りをいうより真実を話すことにより。混乱させればいい。




 「そういえば、昔。そんな誇大妄想の集団がいたな。名前はなんだったか」

 「さてね、それは想像にお任せするよ。最後に忠告を一つ。僕達の計画が成功すれば遅かれ早かれ“闇の福音”貴女の呪いは解けるだろう」




 その言葉に、エヴァンジェリンの笑みが一瞬凍りつく。

 それはつまり。天ヶ崎千草とこの少年は仲間だということ。


 そして、エヴァンジェリンの呪いも関係しているかもしれないということ。

 更に。なにもしなければ、己の呪いは解けるということ。




 「貴女になら、リョウメンスクナを止められるかもしれない。

 だが、あの鬼神をとめるということは貴女の呪いが解けなくなるということを意味している」



 
 それは、最後通牒。

 敵対するなら、容赦はしない。

 そして彼らに敵対するということは、己の呪いが解ける機会を失うのだという恫喝。




 「己の封印を自力で解けないリョウメンスクナに、そんな力があるとでも?」

 

 ソコに割って入ったのは、能力が少ない。

 故に会話に入ることが許されなかった獏であった。


 最も弱きもの、そして力のあるエヴァンジェリンに隠れるようなその姿。

 虎の威を借る狐にしかみえないその姿を、少年は侮蔑の表情で見た。




 だが獏の言ったコトは、誰にでも解るコトでもあった。

 リョウメンスクナは武門に優れていたという伝承があったとしても、呪いを解いただとか魔法や陰陽道が使えたという文献はなかったはず。

 更に己の封印、サウザンドマスターの封印を解けないリョウメンスクナになぜエヴァンジェリンの呪いを解くことができるのか。
 
 それに答えた少年の声は、嘲笑うかのようであった。





 「飛騨の大鬼神リョウメンスクナ、彼を単なる火力だけの存在とでも思っていたのかい。あんまりがっかりさせないでくれ」 

 
 

 ―――――無能だとしても、考える脳味噌くらいあるんだろう。




 そう嘲笑う声が聞こえるかのようであった。

 戦いに火力は重要な要素ではある。

 だが、それに固執して次なる戦術、戦略を考えられないのであれば単なる愚か者だ。

  

 謀略、策略、嘘、偽り、虚言、妄言。

 全てを使い戦いを有利に進めること。

 そもそも優れた魔法使いが多数いる、ココ。麻帆良に攻め込んでいる手口からしてわかりそうなもの。

 真祖の吸血鬼までいるココに攻め込むのに、力押しだけでくる筈がない。

 

 そしてなにより。それでは意味がないのだ。





 「もう一つ忠告をしておくよ、真祖の吸血鬼。貴女はいいように利用されているにすぎない」




 更に少年は、誰もが言及を避けていた言霊をエヴァンジェリンに告げた。


 真祖の吸血鬼、彼女の呪いを解ける自分達と敵対しても意味は無い。

 なのに敵対させられている現実。

 それは逆に言えば。





 
 「学園、正義の魔法使い達にとって真祖の吸血鬼など獅子身中の虫だ。正直厄介払いしたいとしか思っていない」 




 ―――――それは“悪”である、リョウメンスクナも同じ。




 「学園。そして正義の魔法使いにとっては、真祖の吸血鬼もリョウメンスクナも同じくらい邪魔な存在だ。

 両者をぶつけてしまえば一石二鳥。魔法使い達は手を汚さず傷つかず」




 ――――邪魔な存在を消すコトができる。





 少年が言う可能性を疑わないわけがなかった。

 正義の魔法使いにとって英雄であるナギ・スプリングフィールドが間違いを犯したとすれば。

 かつて封印したリョウメンスクナが、実はどんな存在だったか。

 魔法界全体に知られることになれば、どれくらいサウザンドマスターのイメージダウンになるかわからない。


 
 知りもしない極東の鬼神などに英雄を穢されたくはない。

 ならば、いっそ。殺してしまえば。

 更に邪魔者でしかない、エヴァンジェリンも一緒に消えてくれれば。

 


 無論、学園長やタカミチは違うであろう。

 コレを機に、エヴァンジェリンに危険がないことを皆にわかって欲しいというのが本音かもしれない。

 だが、悪であるエヴァンジェリンを恐れるものはあまりにも多い。

 それが飛騨の大英雄、あのサウザンドマスターですら封印することがやっとであったリョウメンスクナと戦うとすれば。

 

 どちらか一方、上手くすれば両方の邪魔者が消える。

 そう考えたモノ達がいないとはいえなかった。



 リョウメンスクナがでる。そう聞いてから、学園長は文献をあさりエヴァンジェリンの封印を解こうとしている。

“リョウメンスクナ”を救いたい。

 そうは思っても、現在いる人間を危険に晒すわけにはいかない。

 

 常に最悪を想定し、リョウメンスクナを殺すコトまで考えている。

 封印するにしても倒すにしても。強力な火力であるエヴァンジェリンがいればネギ達の危険は少ない。

 サウザンドマスターの息子、更には自分の孫娘を危険に晒したくはない。

 その為に、エヴァンジェリンの封印を解く方法を考えている。 



 そして、恐らく。エヴァンジェリンの封印が完全に解かれることはない。

 なんらかの条件付けにより、一時的に封印から開放される程度であろう。

 

 魔法世界でも有名な“悪”の魔法使い。


 
 彼女を自由にするのはあまりにもリスクがありすぎる。

 強すぎる力、それは時として本人すら望まない戦闘を引き寄せることになる。



 結果、エヴァンジェリンは今までどおり軟禁生活が続くだけである。

 それは利用され、騙されるだけの生活。
 
 そもそもココに封印されたのも、騙まされただけだ。 


 人間とはそもそも、異能の者を騙まし討ちするしか能がないモノ達。

 各地で戦った英雄も、バケモノも。

 騙し、利用し。そして殺してきた。

 それが、太古から連なる人間の歴史。

 それを一番しっているのは、騙され封印されたエヴァンジェリンのはず。



 「そんな奴等と共に生きてどうする? ヤツラは何時かまた貴女を騙すだろう。かつてのように、そして―――」

 

 そこにいる、男のように。

 最も信用していた男、獏でさえエヴァンジェリンを騙していた。情報を隠していた。

 人間は変わらない。


 異物を、従わないモノを、決して許しはしない。


 その少年のある意味、正鵠を射た言葉に反応したのは真祖の吸血鬼ではなく。獏であった。




 「そうですね、人間はそうやって生きてきました」





 ◆





 「そうですね、人間はそうやって生きてきました」




 少年の冷たい視線すら意に介さず。

 敵であるコトにすら頓着しないで。獏は穏やかに語りかける。

 
 

 「鬼であろうと、神であろうと。化け物であろうと。騙し、利用しながら生き残ってきたのが人間です」

 



 ――――喩え、吸血鬼であろうとも。




 獏の言った言葉。それは、少年の言葉を全て肯定したのと同義であった。

 人間とは薄汚いものであり、騙し、封じ。歴史を自分達の都合のいいように改竄してきた。
 
 それが人間であり、歴史でもあった。





 獏が言葉を発した後。強力な魔力を受け、不意に一つのオブジェが崩れ落ちた。

 その魔力と殺気が少年が発したものなのか、それともエヴァンジェリンが発したものなのか。

 ソレは誰にも分からない。


 だが獏の言葉。それはある意味、エヴァンジェリンにすら向けられる言葉であった。

 鬼であろうと、悪魔であろうと………吸血鬼であろうと。

 人間は裏切り、欺くことで勝利し続けてきたのだと。




 「………認めるのかい、君も元は人間だろう」




 少年の言葉に、獏は「ええ」と肯き。言葉を紡ぎ始めた。




 「私もいくらでも裏切りますし、騙します………大切な者を守るためなら」




 そう言って、傍にいるエヴァンジェリンの肩を小さく引き寄せていた。


 突然の行動に驚いたのであろう「あっ!」と小さな叫び声がエヴァンジェリンから漏れる。

 そして彼女は獏を見上げるが、獏は視線をエヴァンジェリンに向けず。

 


 いつも緩みきっていた顔を変え、冷たい鋼のような眼差しで少年を睨みながら言葉を続けた。

 



 

 「人間をあまり見くびらないことです。大切な者を守るためならいくらでも、どんな手段を講じようと。


 ――――どんな卑怯な手だろうと使えるのが人間です」
   


 守るべきものがあるならば、どんな卑怯な手段だろうと行なえる。

 それは彼女。エヴァンジェリンを守るためならどんなものでも裏切る。
 


 学園だろうと、衛宮士郎だろうと。………そして、エヴァンジェリンだろうと。




 その言葉にどれほどの意味があったのか。

 だが、その言葉を聞いた少年は薄く嘲っていた。


 力がない君に何ができると。




 力がない男の。無能な男の言葉に、少年は心底楽しそうに嘲りながら笑っていた。

 最早、人間ですらないモノ。

 弱く、隠し玉すらない無力な者。



 今まで少年にとってその無力な者が目障りだったのは、その行動原理でしかなかった。
 
 何を最も大事に動いているのか、それが解からない。故の矛盾。

 だが、行動原理。エヴァンジェリンを守るという目的がある以上、その行動を操るのはあまりにも容易い。


 そして今も、エヴァンジェリンの助けがなければ確実に殺せたモノ。 

 


 「では、お手並み拝見といこうか」





 次の瞬間には、身近なオブジェを蹴り。

 軽々と舞い上がって闇にその輪郭を溶かしていった。


 その狭間に哄笑が響きわたり、夢の名残となって周囲にこだましながら消えていく。

 

 エヴァンジェリンと獏はその場から動くことはなく。



 ただ、――――――夢の終りを見ていた。


 


 ◇  





 ざらざらと竹林が揺れていた。

 遥か高みで空を覆う細かな竹の葉は、冴々と中空にかかる月の光を柔らかく弾き返し。
 
 閉じた目蓋を透かして、目に穏やかな光を当て続ける。 


 青臭い香りが鼻腔を刺激し、小さく意識を揺り動かしていく。
 


 夢が終り、元の世界に戻っていくこの瞬間。

 人間としての機能がない自分にとって、なにより気持ちの悪い瞬間であった。






 「――――はん、―――――イトはん!」




 
 自分がゆすられていることに気がつき、薄目をあけた。

傍には竹林に座す、天ヶ崎千草の姿。

 
 目を開けた僕をみて、ほっとしたように息をついている。

 


 「中々もどって来ないから心配しましたわ」 

 「安心していいよ、計画は成功だ」

 「………そうやなくて」  



 なにやらブツブツと天ヶ崎千草が呟いているが、計画じゃなければなにを心配していたのだろう。

 気になって訊いてみたが、赤くなったり青くなったりして少しも話が進まない。




 「んもういいどす、それで首尾はどうだったん?」
 
 「ああ、半分。いや計画以上にいい結果だった」



 逆ギレしている彼女に溜息をつきながら報告する。

 何を怒っているのか知らないが、その事を言及すると余計酷い事になりそうなので黙っておく。

 僕の溜息にまだ何か言いたげだったが、得られた情報に興味が移ったのか身を乗り出してきた。



 「本命は上手くいったんどすか?」 

 「勿論、ついでにあの夢見にも会ってきたよ。そして予想通りだった」

 「ほな、あの夢見は」

 「ああ、とんでもない秘密を隠していたよ」
 



 そもそもおかしいとは思っていたのだ。
 
 幾つかの情報を類推しながら、奴は己の死すら覚悟して僕達の計画を潰した。

 にもかかわらず、その後の行動にある矛盾。

 まるで何かに向かって生き急いでいるかのような。

 己にとって大切な者との時間を蔑ろにし続ける行動。



 「でもこれで、駒はそろった。君のおかげで学園に侵入できたしね」   




 そう、そもそも。コレが目的であった。

 学園にいる新たな戦力の分散。コレによる情報収集。

 士郎、桜の戦闘能力。更にはライダーの能力を知り、エヴァンジェリンに天ヶ崎千草が近づく。

 
 
 
 これらすら囮にした、成果。結果は為した。

 新たな策はなったのである。



 「ほな、あのライダーとかいうのは」

 「ああ、彼女を封じるのは小太郎にやってもらうよ」

 「小太郎に? せやけど、力の差がありすぎまへんか?」

 「そうだね。火力、スピード、戦闘経験。恐らく全てで負けているだろうね」



 そう、小太郎ではライダーと戦力差がありすぎる。

 だが、戦闘とは“ソレ”が全てではない。

 余分なモノは必要ない。

 少し考えれば誰でも解かること。

 今までの戦いで小太郎にあり、ライダーにないものがわかった以上。コレで彼女を戦線から外すことができる。

  
 
 エヴァンジェリンを除けば、恐らく最強であろうライダーの存在。

 彼女を取り除けばこれからの展開が随分と楽になる。





 そしてなにより、あくまでついでの余興として出会った夢見とエヴァンジェリン。

 エヴァンジェリンがでてきたのは計算外であったが。

 彼を幻想空間に誘い込み、同時に奴の夢を視ることができたのが大きい。

 

 この世界の夢見の魔法。

 それは他者が視た夢をみる魔法。


 ………それが例え、予知夢であろうと。夢を覗き見ることは可能。




 そして、奴の夢見。

 その異常性は理解した。

 通常、予知とはあやふやな未来を予想ないし測定するもの。

 可能性を限界まで高めるものであって、“確実な未来ではない”

 

 だが、奴の夢見は確定した未来。

 そして、その確定した未来はこちら側からすれば。そのままであって欲しい未来。




 「君も聞けば驚くような未来だよ」


 

 その未来とは。




 「エヴァンジェリンが…………呪いと共に。血塗れで倒れていたよ」

 「その場所は」

 「あの森は恐らく西の森、そこでエヴァンジェリンは恐らく【死ぬ】」



 封印された状態のエヴァンジェリンの体は人間と大差がない。

 呪いにさえ犯されていなければ、どんな傷だろうが一瞬で治す不死の魔法使い。

 だが、呪いに犯されている今の状況は10歳程度の力しかなく。
 
 簡単に病魔に犯される。

 更に、その状態でそんな傷を負えば。 



 それは獏が夢で見た以上、確定した未来。

 それをしった、彼ら。





 「ほなら、フェイトはん。ウチラの計画は」

 「ああ、ほぼ間違いなく成功するはずさ」






 フェイト・アーウェルンクスと天ヶ崎千草の計画の成功を意味し、獏が何としても止めなければならないコトであった。







 
<続>




 感想は感想提示版にお願いしますm(__)m






 <夢の終>






 少年が消え、儚い夢が終わろうとしていた。

 周りにいた奇妙なオブジェも形を歪ませていき、夜空に浮かんでいた大地も掠れて消えていった。

 ソコにあるのはただ一面の白の景色。


 そして、ソコにいるのはエヴァンジェリンと獏。ただ2人だけであった。





 「とりあえず、今はコレで終りですかね」

 「―――そうだな」



 
 夢が終われば、そこは現実の世界。


 一面の白い景色が消え。新たに現れたのはエヴァンジェリンの別荘であった。

 地平線まで広がる青い海。そしてソコに浮かぶ白い小島。

 ココはかつて、エヴァンジェリンが過ごし。高畑が修行した場所。





 「………ここは」

 「何をしている、早速はじめるぞ」




 何時か見た別荘で、エヴァンジェリンさんは魔力を練りなおしている。

 これから修行か。



 正直、自分の能力は低い。無理だとは思うが少しは鍛えなおすのもいいだろう。

 このままでは足手まといにしかならないし。


 小さく息を吐き、丹田に気合を入れて振り返ると。





 「――――――はい?」




 ソコには、氷の剣を構えたエヴァンジェリンさんがいた。

 その氷の剣の名前は ―――――エクスキューショナー・ソード。


 触れたものを気体に強制的に転化させるという、魔法の剣。
 


 魔物も真っ青なその威力、私では対応できません。




 血の気が引いてる私に、心底嬉しそうなエヴァンジェリンさんが氷の剣を構えて嗤っている。

 やだなあ、凄くうれしそう。

 ネコがネズミを前に舌なめずりしているようなその笑顔。

ネズミ(獲物)としては、そんな笑顔は怖くて仕方ありません。
 



 「ええと。なぜにそんな強力な剣を構えてるんでしょうか、エヴァンジェリンさん?」

 「なに、今回の貴様を見て今まで優しすぎたな。と反省してな、これからは少しキツめにすることにした」





 ――――少し?



 その、氷の塊。少しってレベルじゃありませんよね?

 つうか、死ぬ。

 学園の魔法使いでも軽く死ねるレベルですよ?





 「まったくなぁ、仮にも私の従者が敵に捕らえられるだけでも情けないというのに、切り裂いた腕と一緒に飛んでいくとはなぁ。

 ――――正直、情けなくて涙も出ないぞ」








 デンジャー、デンジャー!!!  ヤバイ、かなり本気で怒ってます。

 わざとらしいひとり言には隠し切れない怒りのオーラが混じっている。


 あまりにも不甲斐ない私に、怒りの臨界点が突破しつつあるエヴァンジェリンさん。 


 弱い従者なんか要らないからな、修行に耐えられないのなら永眠してもOKだ。

 と実に嬉しそうに語ってます。

 
 

 溢れんばかりのイイ笑顔。こんな状況じゃなければ見惚れていたんだが。

 今は恐怖の対象でしかありません。

 



 「い、いや。私はいくら修行しても「無理だとは言わさんぞ♪」………」




 溢れる笑顔と溢れる氷の刃で逃げ道を断つエヴァンジェリンさん、イイ笑顔なのにとっても怖いとは、コレいかに?


  

 「え、エヴァンジェリンさん? ひ、ひょっとして、………怒ってます?」

 「ん? 心当たりでもあるのか?」




 殺気が篭った冷たいお声と、血も凍るほど爽やかな笑顔。

 チャームポイントは蠢く黒い影♪

 闇の魔法、本家本元は伊達じゃありません。



 「い、いえ。サウザンドマスターの情報を隠していたこととか、ですね?」 

 「なんだ、そんなことか。少しも怒ってなどいないぞ♪」
 


 そんな優しげな言葉には騙されません。
 
 黒く染まったその瞳と溢れる殺気、ピンポイントに額に浮き出た血管。おかげで可愛い笑顔も台無しです。

 


 ………ヤばい、やばい、ヤバイ。本気で怒ってる。本気で怒ってますよ。

 それにしても何でココまで?

 私が情報を隠すコトや、弱いなんてコトは知ってると思っていたのだが。
 



 「別に、ナギのことを隠してたとか、簡単に敵に捕まって情けないとか」

 「そ、それはさっき。メデタシメデタシで終わったのでは!?」




 なんか感動的なセリフをおっしゃっていましたよね?
 
 信用するのに理由は要らないとか。

 あの言葉はウソですか?





 「………よりにもよって衛宮士郎とボーヤの前で恥をかかされたことなど、少しも恨んでないぞ♪」 



 ―――――衛宮さんとネギ君?



 その2人で思い出すコトといえば………って、マサカ?


 落とし穴のことですか!?

 ま、まさか。あれがバッドエンドに対するフラグだったのか?

 そんな事にも気がつかないなんて――――――なんて、無様。



 だが。だがしかし。あきらめたらそこで試合は終了なのですよ!



 ………などと、馬鹿なことをいってる場合でもない。


 あまりの恐怖に、脳の回線が凄い勢いで混乱しているのです!

 まずい、まずは冷静になって謝らないと。

 


 「す、スイマセン。理由に関しては後日必ず「――だがな!!」」



 き、聞いてない――――!

 私の言い訳を少しも聞いてないですよ、このヒト!





 ………ゴクリ。

 これから発せられるであろう、死刑宣告に全身の震えが止まりません。




 もう、これは逃げるしかない!

 三十六計逃げるに如かず、とばかりに走り出そうとしたが何故か足が動きません。


 って、足が、足が凍っていますよ!? 



 

 「仮にも私の従者がそんな事では困るんだよなぁ♪」

 「………」

 「だから、折角の機会だ少し鍛えてやろうとおもってな♪」




 ヤバイ、やばい、ヤばい。

 楽しそうなお言葉に隠れた殺気が消せてません。

 それどころか、勢い余って私の腰まで凍らせています。
 



 「安心しろ、小動物でも耐えられたぐらいだ。怨念を吸収した貴様なら軽いだろう?」
 
 「い、いや。あの時は主に桜さんの協力とか、色々あったじゃないですか………?」




 ―――――バヒュン!


 心地よい風と共に、斬られ舞い落ちる前髪。

 チョッピリ斬られながらも、凍りついて血すら流れません。

 本気で命の危機です、長い人生トップ3に入るくらいの命の危機です!

 

 「あれほどの呪いを溜め込み、更に開放したんだ。闇の魔法くらい簡単だろう」
 


 無理っす、無理! とばかりに首を振るがちっとも聞いてくれません。 
 
 って闇が。でっかい闇が近づいてきますよ?


  

 「とりあえず、50%からだな♪ 安心しろ、幻想空間ならそう簡単には死にはせん♪」



 い、いやいや。こんなことまだ夢で見てませんよ?

 なぜにこんなとかで、バッドエンドが?

 


 そんな私の疑問に答えてくれる人間がいるはずもなく。

 闇に飲み込まれ、意識が消えていった。







 ◆




 「―――――さん、獏さ……ん!」

 「………はッ!!」




 目を開けるとそこは見知らぬ天井であった。

 横で私の汗を拭っているのは、茶々丸さん。

 髪を揺らしながら心配そうに私を見ている。

 


 「大丈夫ですか、うなされてましたよ?」

 「は、はあ。なんとか」




 ココはエヴァンジェリンさんの別荘?

 先ほどの夢は予知夢だろうか?

 不思議に思いながら、頭をあげると。




 「何だ、目が覚めたのか?」

 「は、はあ。なんとか」



 聞きなれた声が聞こえ。振り返ると、………ソコには金色の獣がいた。

 溢れんばかりに輝く金の輝き。

 髪がとか目がとかじゃなく、単純に殺気で金色に光り輝くエヴァンジェリンさん。

 もはや吸血鬼だとかそういう次元を超えて怖いです! 
  

 

 獰猛な牙と獲物を狙っている鋭い目。

 キュピーンとばかりに目を輝かし、獲物である私をみて舌なめずり。

 そして、カタカタ震えるだけの私。
 
 ヤッパリ夢じゃなかったと、この世にお別れを告げてみる。 





 「そうか、幻想空間なら3回死んでも生き返るということだな♪」 

 「―――は……はい?」

 「気にするなコッチのことだ」

 

  
 イヤイヤイヤ、気になりますって!

 なんですか。「3回までなら大丈夫か」とか一体なんの話?

というか、ニヤニヤ笑っているその姿が怖くて仕方ありません。

 


 「では逝くか?」
 
 「はい?」


 いくってドコにですか?

 というか、微妙に「いく」の字が違う気がしてなりません。



 「無論、幻想空間にだ。大丈夫、アッチなら数回死んだところで大したダメージはない」
 
 「イヤイヤ、無理ですって!? 今、結構なダメージ受けてましたよね、私?」

 「何を言う、ボーヤや衛宮士郎の前で私をからかう元気があるんだ。コレくらい余裕だろう?」
 




 にたり、なんて擬音が似合いそうな笑みを浮かべるマイロード。

 殺意に身を焦がしたご主人様にビビリまくっている、弱い下僕こと私。

 おっかしいなぁ。ココで死ぬ筈ないのに、何時死んでもおかしくないと思うのは何ででしょう?

 



 「エ、エヴァンジェリンさん? 気のせいか今、もの凄く邪悪な笑みをしてますよ?」

 「気のせいだ」

 「え、ええ。でも」


 
「―――――気のせいだ!!!!」



 「イ、イエッサー………気のせいであります!!!!」
 
 


 ぞ、ぞわってきた、ぞわって………!

 ニタリとばかりに500年の恋も一気に冷めてしまう、邪悪な笑顔。

 や、ば、い。マジで殺される。
 



 「まあ、貴様が弱いことは分かっている。精々半殺しだから気にするな♪」
 

  


 わーい、ラッキー。などとはとてもいえない今の私。

 どんな攻撃が来るのかドキドキです。

 まあ、死なない程度ということだから大したことはないと思うのだけど。




 「では、逝くぞ!」




 あれ?

 また【いく】の漢字が違ったような気が?




 「―――――lic lac la lac lilac!」




 なぜに唱える、始動キー?

 無詠唱でも私を殺すには充分ですよ?




 「契約に従い(ト・シユンボライオン)我に従え(デイアーコネイトー・モイ・ヘー)氷の女王(クリユスタリネー・バシレイア)来れ(エピゲネーテートー)とこしえのやみ(タイオーニオン・エレボス)えいえんのひょうが(ハイオーニエ・クリユスタレ)全ての命ある者に等しき死を(パーサイス・ゾーサイス・トン・イソン・タナトン)其は(ホス)安らぎ也(アタラクシア)





 どっかで聞いたような危険な呪文、というか詠唱の長さと危険な言霊の多さに先程から冷や汗が止まりません。





 「――――“おわるせかい(コズミケー・カタストロフエー)”!!!!」






 ………って、絶対零度呪文!?

 そんなもの、下手したらライダーさんでも死ねますよ!



 

 「じゃあな♪ ………一回死んで来い!!」

 「――――――!!!!!?」



 にこやかな笑顔と共に放たれる絶対零度の地獄の中で、2つの教訓を得た。

 

 一つ。エヴァンジェリンさんはとっても強いのでできるだけ怒らせないようにすべし。

 

 二つ。からかう時は節度を持ってからかいましょう。



 などと、ぼんやりと意識が消えていく中、今更ながらエヴァンジェリンさんの恐ろしさを実感したのであった。





 
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