騒がしい歓迎会も終り。

 俺たちは夜の学園を歩いていた。

 

 
 これから始まる顔合わせと桜の実力をみせるためだ。

 待ち合わせ場所に行こうとすると。

 夜の闇の中に光る、黒い瞳を見た。


 制服姿に黒い髪を風に靡かせ。こちらを窺う姿。



 裏の関係者である、桜咲刹那。

 学園を守る裏の住人。

 
 学園長にあらかじめ教えられていた、俺たちと目的が一緒の人間。
 





 「こんばんわ、衛宮先生、桜さん」

 「桜咲か。道案内か?」

 「はい、あとコレを」

 



 そう言いながら、桜咲は持っていた携帯電話を俺に渡してきた。



 「衛宮君かの? すまんが今、学園内に進入しようという異形の集団がおるんじゃ。ちょうどいいから顔見せがわりに撃退してくれんかの?」

 「………ずいぶんタイミングがいいですね」

 「ま、まあ。すまんが頼むぞい」



 ………切れた。言いたい事だけいってさっさと切った感じだ。  

 煙に巻いたような喋り方だが、要するに俺たちの実力だけを計り。自分達の実力は見せないということか。

 外部の人間に、まだ信用できない人間に自分達の能力を見せない。

 管理者として、用心深い正確なんだろう。



 正直、少し腹が立つ。

 だが冷静に考えれば、学園長の立場からは当然の判断だろう。

 学園の戦力を知られる事なく、外部から来た俺達の戦力だけを知ろうというのは。




 だが疑問がある。

 もしこれが計画通りだというのなら。 

 学園長は、事前に襲撃があると知っていたということになる。

 侵入者が、俺たちの到着と時を同じくして攻めてきた。 

 それも、俺たちだけで倒せそうな人数で。



 しかも、異形。

 召喚された鬼か烏族か。それとも魔族か。

 だがそれは、召喚者がいなければ不可能。



 ココから推理できることは。

 
 敵方、侵入者側の情報を正確に読み取れるほど学園側の諜報員が優秀である。という可能性。

 もう一つは。


 鬼、魔族。かれらを召喚をしたのは。

 学園側の人間である、という可能性もある。




 どちらの可能性も一長一短で、どちらが正解かは分からない。

 

 もし、敵側の戦力を正確に測れるほど優秀な諜報員がいるのなら。

 そもそも、新人に戦わせること事態が変だ。


 血気盛んな者ならともかく、最初から能力が低いと明言してるものに対していきなり戦いを任せるだろうか?

 だが、同時に。

 敵方のスパイか確かめることができる。

 更に、能力が低くても桜咲なら守れると信頼しているのかもしれない。




 もし、学園側が召喚した鬼や魔族なら。

 俺たちに命の危険はない。
 
 任務に失敗しても、術を解くか。

 あらかじめ、決して殺すな。とでも命令しておけばいい。

 
 だが、これにも欠点はある。

 俺たちがその事実に気がつけば、学園側と俺たちに深い溝ができる。

 憎しみ、恨み。不信感。そういった負の感情。



 
 そこまで、考えているのだろうか。

 それとも。単純に色々な試練を与えようというのだろうか。





 「すいません。では、お2人をご案内いたします」


 

 考えをまとめる前に、桜咲が声をかけてくれた。

 今は考える時じゃない、今。一番大事なのは桜を守りきること。

 そして、身近な誰かを守り続けること。


 学園の考えは、その後に教えてもらえばいい。

 




             遠い雨7話


 



 私は学園長に指示された麻帆良の近くの森に、2人を案内していた。

 この周辺に敵がいるはずだと、伝えようとすると、




 「先輩、3時の方角。約500メートル先に異形がいます」

 


 と、桜さんが衛宮先生に伝えた。

 この暗くて障害物の多い森の中、500メートル先の様子が解るとは。

 話に聞いてはいたが桜さんの索敵能力は桁外れのようだ。





 「わかった。桜咲、少し離れてもらえるか?」

 「ええ、では。お2人が危険と感じたら援護に向かいます」

 

 私の言葉に2人は頷くと、暗い森の中に連れ立って歩いていった。

 私は気配を消して、その後に続く。

 しばらくすると人外の気配がしてきた。それに気がついているのか、桜さんは。




 「―――――」






 小さく言葉を紡ぐと、左手のブレスレットに手を当て魔力を流した。

 ブレスレッドは魔力に反応し、中心にある白銀の五芒星が黒い光を放ち、描かれた星形が解ける。

 解けた星形は一筆書きの順に形を変え黒い一本の線となり、そして長く緩やかな波打つ曲線を描き、黒い和弓と化した。

 桜さんはそのまま弓を引き、更に魔力を籠める。

 

 そして弓の中心にある剣の飾りからより暗色の矢が、生まれ、放たれた。

 黒き閃光は見えない軌跡を描き異形に突き刺さる。

 2射、3射、4射、と放たれる無数の黒の軌跡は暗き闇を保護色とした不可視の魔弾。

 何時撃たれたのかも解らず消え行く異形、鬼族や烏族。
 
 保護色と音がしない弓の隠密性を利用した暗殺。

 自身の能力と闇の相性をよく考えた戦法なのだろう。 

 



 30メートルほど離れた異形に突き刺さる無数の黒き魔弾は、何の抵抗もなく異形を送還していく。

 だが、たかだか30メートル。

 居場所さえ気がつけば鬼族や空を飛べる烏族にとってはたいした距離ではない。

 

 此方の居場所に気がついた異形は、すぐさま間合いを詰め2人を囲んでいく。

 やはり素人か。噂など当てにならん。

 大体、射手である桜さんが前面に出ること事態がおかしいのだ。

 


 隠れて戦うならともかく、接近戦に桜さんが強いとは思えない。

 衛宮先生はかなりの腕だと聞いていたが、最初の戦闘からこれでは先が思いやられる。

 囲まれた2人をみて助ける算段をし始めたが、すぐにそれが杞憂だと気がつかされた。

 2人は背中合わせになると、それがあたかも予定調和であるかのように動き始めた。

 まだ異形の棍棒や剣が届かない位置では、黒き魔弾が異形を送還していく。

 



 異形の間合いに入ると場所を入れ替えて、衛宮先生が黒白の双剣で棍棒の一撃を受け流し、返す刀で斬りつける。

 間合いをとろうと一歩はなれた烏族を、また場所を入れ替えた桜さんの魔弾が襲う。

 そして、その背中を衛宮先生の双剣が護る。数多の剣を槍を棍棒を。ただその2本の双剣で受け流し続ける。

 ――――自身の背後には、一太刀すら通しはしないと。ただそれだけを愚直にくりかえす。




 
 そして、また鬼族が桜さんを間合いに入れると桜さんは素早く回る。衛宮先生を信じて。

 鬼族の剣は白き短剣に逸らされ、黒き短剣によって手首を落とされる。

 送還されることなく武器を失ったその鬼族の体は、衛宮先生達の盾となりその他の異形の攻撃を阻む。

 

 ――――それは刹那の護り。

 鬼族が一歩引くか、後ろの異形が鬼族ごと攻撃するかで消える護り。

 

 その刹那を逃さず、また場所を入れ替える。

 そして、盾にした鬼族ごと黒き魔弾が後ろの烏族を滅していく。

 またその背を黒白の双剣が護り、滅することなく盾にされる異形が増えていく。

 まるで踊っているようだ。ありえない踊りを。

 共に背を護るのではなく、片方が全てを護り、片方が正面の敵だけを射殺す。

 そんなありえない舞踊じみた殺陣を見ている気がした。

  


 そして、剣舞と弦楽は続く。無骨な剣戟音と弓の鳴弦を奏でながら。

 異形の断末魔も聞こえない。2人の間に言葉はない。ただ…………踊るように敵を倒していた。


 


 ◇


 

 周りは鬼族や烏族に囲まれ身動きが取れない。ここまでは予定通り。

 後は先輩とわたし次第だ。



 ――――私には先輩の背後は護れない。そんな技術は無い。

 隠れて狙撃も考えたけど、弓の射程距離と命中精度は私では30メートルがやっと。

 


 弓道場の距離以上はなれると、とたんに当たる確率が落ちてしまう。

 私は弓道の遠的競技は苦手だし、60メートル離れると射の連射性が極端に落ちてしまう。

 そんな距離は人外にとっては、簡単に詰められてしまう距離だ。

 もし、その間に敵に近づかれたら何もせずに死んでしまう。

 だから先輩は私を近くで護る事を選んでくれた。攻撃のほとんどを私に任せて。

 共に戦いたいという、私の我侭を生かす方法の一つとして。




 ――――私は弓(サルンガ)を構え、矢を放つ。何体かの異形が倒れるがその間を縫うように異形が私に近づく。

 そして、私と先輩のダンスが始まる。

 異形が近づくと背中合わせに先輩と場所を入れ替える。

 近づく鬼族は先輩が切り伏せ、私は反対側の烏族を射殺す。



 正面の敵だけを、ただ正確に丁寧に。

 異形が攻撃してくるのを出来るだけひきつけ、クルッとターン。

 
 背中に私の体温を感じたら、それが体を入れ替える合図。

 そして私がその合図を出し続ける。先輩の呼吸に合わす事なんて出来ないから。

 先輩は私の後ろを守りながら、私の呼吸に合わせて近づく異形の攻撃をはじき、いなし、受け流す。

 

 私が攻撃、先輩は防御。私は近づく敵の攻撃をかわし、先輩に任せる。

 先輩は守りながら隙を見つけ、敵を切り伏せる。

 普通とは逆のダンス。向かいあうことなく背中合わせにお互いを感じ、呼吸を合わせ踊り続ける。

 私の矢が黒く輝き、鬼に、烏族に突き刺さっていく。

 

 私の背中では先輩が棍棒を受け流し、返す刀で斬りつける。

 相手が怯みやや下がったところで体を入れ替える。

 少しでも離れたら、私が弓で射る。

 先輩は敵の攻撃を受け流し、相手を怯ませるように剣を振るう。
 
 


 そして先輩は私が少しでも安全なように盾を作る。

 異形で出来た盾を。武器を失い、後ろの異形にとって邪魔にしかならない盾を。
 
 その盾ごと、私の矢は貫いていく。私の矢は架空元素。虚数魔術の塊。

 その架空元素の塊で、召喚されたであろう異形を元の世界に帰す。

 そして、私はまた反対側に体を預ける。先輩の鼓動を感じながら。

 先輩は同じように盾を用意してくれている。



 また踊るように位置を変え、私は射殺し続ける。異形を送還するための踊りを続ける為に。

 そうこれはダンス。戦場では恐怖が冷静な判断を狂わせる。

 私はまだまだ戦闘経験が浅い。だからそのように思い込まないと心が挫けそうになる。

 いくら先輩が守ってくれるといっても、今でも戦いは怖い。

 私の恐怖心と戦場の高揚がせめぎあう。

 精神が高揚しすぎて、冷静さが無くなれば死が待っている。逆に恐怖心に負けても同じだ。

 体は先輩とのダンス、心は高揚と恐怖心の狭間で揺れるダンス。

 今はただ、踊り続ける。終幕まで。

 





 ――――――いつか先輩の背中を守れるように。先輩においていかれないぐらい、強くなるために。

           







 ◇


 
 ――――ありえない。2人の戦闘をみて最初の感想がそれだ。

 

 多数の敵に囲まれ、桜さんは弓で、衛宮先生は黒白の双剣で戦っている。

 弓で射殺し、双剣で斬り伏せながら桜さんを守る。そう、守っているのだ。

 


 多数の敵に囲まれ、2人が背中合わせに戦うのはよくあることだ。だが、この場合基本として。

 

 『決して敵の攻撃をかわしてはいけない』これが基本だ。

 


 敵の攻撃は受けるか、受け流す。もしくはいなす。

 機動力を生かして2人で敵の攻撃をかわすというのは、この場合論外だ。
 
 そもそも、相手より圧倒的に機動力があるなら囲まれる事すらない。

 

 そして囲まれた時、もっとも怖いのは死角からの攻撃。

 故に、多数の敵と戦う時。

 背中合わせの味方が攻撃をかわすと簡単に致命傷を負う。

 背中の味方は、あくまで後ろを守る盾なのだから。

 この為、背中を任せる味方が飛び道具専門の場合。

 

 弾幕がはれるくらい連射性が高いか、圧倒的な火力で相手を近づけないという能力が必要になる。

 例えば龍宮なら、圧倒的な弾幕と火力で背中を任せられる。



 だが桜さんの弓の連射性は低い。

 そして火力は高いが、直線の打撃力はあっても面の打撃力は無い。



 だから桜さんは攻撃をかわしているのだ。

 だが背中を任せる味方としては、これほど信用できない相手はいない。

 攻撃をかわした時、衛宮先生が運悪く敵と鍔迫り合いなどしていたら………。

 考えるだけで、ぞっとする。



 つまり、衛宮先生は剣で受けるという事をせず。

 受け流しだけで背後の桜さんの動向にも気を配っているのだ。

 桜さんがかわすタイミングで、体を入れ替えているのだから。



 並みの腕ではない。防御だけなら神業じみている。

 そして、この2人の戦いをみて苛立っていた私の気持ちも理解できた。



 簡単に言えば、嫉妬と怒りがあったのだ。噂で聞く衛宮先生の行いに。

 力なき人を護り、大事な人を護っている。

 その生き方はある意味、理想的な“マギステル・マギ”なんだろう。

 

 だがその生き方は、このちゃんを影から護る事を幸せとしている私の生き方を否定されているようで。

 大事な人が巨大な力を持っているなら、共に戦いそして守れ。と言われてる様で。

 極東最大の魔力をもつ、このちゃん。

 いつかその力を利用しようとする者が現れるかもしれない。

 ならば今のうちから戦い方を教え、戦いを通して多少の足手まといでも守ってみせろと。

 

 本人が自分の力に気がつかないままだと、いつか取り返しのつかない事になると。

 桜さんも巨大な魔力を持っているが、さっきみた戦い方では戦闘には慣れていないんだろう。

 でも、衛宮先生は戦いを通して守り続けている。その戦いかたはまるで、

 学園長とこのちゃんの両親の“せめて普通に暮らして欲しい”という願いを否定しているようで。




 巨大な力を持ったものが、そんな事を思うのは幻想だ。と言われているようで。

 もちろん、彼らはそんなことは思っていないのかもしれない。だが、2人が似過ぎているから。





 …………共に巨大な魔力を持ち、平凡に生きる事を楽しみ、家事を好む。



 一方は、両親から普通に生きて欲しいと願われながらも、おそらくそうなる事はないと誰もがわかっている。

 一方は、平凡な家事を好みながらも、自分の出来ることで裏でも戦おうとしている。



 桜さんの生き方は立派だと思う。

 だが、それを支える衛宮先生のような事を私は出来るだろうか?

 このちゃんを戦いから遠ざけ“普通に暮らして欲しい”と願うこの気持ちに嘘はない。
 
 だがあの2人のように、このちゃんの傍で肩をならべて護る事ができるなら。




 ……………このちゃんと分かり合えたら、どんなに素晴らしいか。

 いや、私はこのちゃんを影からひっそりと守れれば幸せなのだ。余計な事は考えるべきじゃない。

 そんな事を考えていると、戦闘が終わった2人が戻ってきた。







 ―――――interlude―――――

 




 学園長室では、水晶球で2人の戦いを見守る3人の人間がいた。




 「――――ふむ、どう思うかね? タカミチ君」

 「そうですね。相変わらず用心深いと思いますね。まあ学園長が学園の人間の監視を頼む、なんて言ったからでしょうが」

 


 声をかけられた眼鏡の無精髭の男は、困ったように笑いながら答える。



 「すいませんどういうことでしょうか? この2人は手加減をしているようには見えないんですが」

 「ああ、葛葉先生は知らないんですね。じゃあ一応、オフレコってことでお願いします」

 

 そう言いながら、無精髭の男はタバコを携帯灰皿に捨てながら

 「エミヤ、葛葉先生ぐらいの剣士ならご存知ですよね」

 「ええ、ここ数年でかなりの剣を鍛えると有名な鍛治師です。衛宮先生がそうだ、というのは聞いておりますが」

 

 訝しげな顔になる葛葉刀子。今更聞くまでもないといった顔だ。

 力なき人を護り、大事な人を護っている、双剣使いの剣士という噂も聞いている。



 「彼は自身が鍛えた剣を転送の魔法で武器として使う魔弾の射手、というコトでも有名なんです」
 
 「………すいませんが、意味がよくわからないのですが」

 

 転送それ自体はそれ程珍しい魔法じゃない。大体において手元に武器を呼び出すだけなのだから。



 「つまり、彼は双剣で身を護りながら、敵の頭上に剣を複数転送し敵を倒す事ができるということです」 

 


 それはどんな異常か。手元ではなく複数の武器を自分自身から離れた場所に転送するとは。

 衛宮先生自身も剣の腕前なら刀子よりは劣るかもしれないが、防御に限っては神業に近い。

 あの防御を潜り抜けるのも至難だが、そこに死角からの中間距離の戦闘手段があるというのだ。




 「ついでに、その転送した剣を矢として長距離の狙撃も可能のようです」

 「ではなぜその魔法を使わないのです? それになぜ高畑先生がその事を知っているんですか?」

 困ったように笑いながら、高畑先生は頬をかいた。



 「使わなかったのはさっきも言った学園長の頼んだ監視の為でしょう。監視するべき人間がどこにいるか解らないから、
 自分の情報を隠したんだと思います。後は桜君の修行の為かな。僕は何度か彼等と共に戦った事がありますから、
 多少は知ってるんですよ」


 
 ………そうおそらくは、まだ戦いなれない桜君に戦いの怖さを知ってもらう為に。



 「その為にお互いが危険になったとしても、ですか?」

 「危険はないと判断したんでしょう。それに衛宮君がその転送の魔法を使うのは自分以外の誰かに危険が迫った時だけでしたから」




 そう、あの時。傷ついた人を護る為に秘密であるはずの力を容易く使っていた。

 その後、この力は出来るだけ秘密にしといてくれと頼まれたときは笑って快諾したが。 

 葛葉先生なら信頼がおけるし衛宮君も納得してくれると思う。




 
 「そして、桜君のあれは多分、衛宮君の入れ知恵ですね」

 「それは、あの始動キーの事でしょうか? 唇を読みましたが『来れ』と言っていたように見えましたが」

 「あれは桜君を従者に見せかける、まあ一種の詐術じゃな」

 「ええ、相手に魔力感知が得意なものがいれば、桜君の魔力が衛宮君よりはるかに多いのはわかる」

 「なるほど、魔法使いの伏兵がいると相手に思わせて囲みを完全にさせない。もしくは詐術と解った敵と解らない敵との混乱を………」

 「誘発させるというわけじゃ。実はあの武器の単なる始動キーじゃというのに」  

 



 衛宮士郎より、遥かに魔力の多いものが従者の呪文を唱える。

 ということは、更に高位の魔法使いが傍にいるということ。

 少なくとも、桜以上の魔力を秘めた人間が。

 

 ………そう勘違いさせる、トリック。





 そして、それに気がついた敵と気がつかない敵との混乱。更には、


 「我々に対する牽制ですか」

 「実際には、見張っている外部のスパイかもしれない人間を信頼できないからじゃろうがの」

 


 確かに石橋を叩くどころではない、用心深さだ。

 まだ、あの場では異形に桜君の呪文が聞こえたとは思えない。見方によってはあれは、

 学園側に桜君が衛宮君の従者と思わせる詐術、とも取れる。


 それに、




 「衛宮君の能力、転送だけとは思えんのじゃよ」

 

 以前、校長とタカミチ君から聞いた能力は、どう考えても転送とは違うように思える。

 


 「近いうちに確認せねばならんじゃろう」

 



 部下であっても秘密の一つや二つあるのは当然だ。だが、多すぎるのも困る。

 知られて困る事ならごく一部の間だけで秘密にすればよい。


 それに、今回の戦い。

 2人の戦い方で幾つか解ったことがある。

 衛宮桜の戦闘能力は低い。

 


 己の身を守ることすらできず、矢を撃つだけ。

 その射程距離も短い。

 

 後は衛宮士郎の能力だけだが。

 剣士としては、刀子以下であろう。

 斬撃を飛ばすことも無理そうだ。

 
 だが、防御。これに関してだけは神業じみている。

 あれは、稽古で覚えられるレベルではない。

 そう、まるで。………自分より圧倒的に強い者と戦ったからこそ、覚えられた業。

 力、スピード、魔力、全てにおいて負けていた相手と渡り合うために。

 それこそ、体を酷使してやっと覚えた業にみえた。






 「じゃが、少なくともお互いを思いやれる人間ということはわかったかの?」

 「そうですね。あれほどお互いを思いやれる戦いが出来るなら、きっと2人とも暖かい心根なんでしょう」



 学園長の言葉に刀子は微笑みながら応じた。




 片方は、決して彼女を傷つけさせないと剣を振るい。

 片方は、少しでも足を引っ張るまいと苦手な戦いを懸命にこなしていた。

 そして、その様子を少し寂しそうに見ている自分に、刀子は気がついていた。 



 「ですが、少し妬けますね。私も以前の彼とあそこまでの信頼関係を結べていれば…………」

 「葛葉先生………」

 「いえ、気にしないでください。私は今の彼と、あの2人のような信頼関係を結んでみせますから」




 かつて、別れた恋人。

 共に戦った戦友。

 なぜ、自分は彼らのような信頼関係を得ることができなかったのか。


 過去はもう戻らない、もう終わったこと。

 それは分かっている。 

 それでも寂しげに微笑む葛葉刀子は、普段の凛とした姿からは想像できないほど儚げで、………綺麗だった。

 
 



 ――――――interlude  out――――――





 ◇


 

 全ての異形を倒し。後始末をした後、俺達は寮と家に向かって歩いていた。


 顔色を蒼くしていた桜の膝が笑い出した。
 
 今頃戦闘の恐怖が現れたのか、桜はガタガタと震える。




 「桜さん。大丈夫ですか?」

 震えている桜に、桜咲は心配そうに声をかける。

 「あはは、すいません。今頃になって足が…………」

 そう言いながら、桜は震えて動かない足を懸命に前に出しながら歩こうとしていた。

 「桜、ちょっといいか?」

 そう言いながら、その肩を抱いて俺に体重を預けさせる。

 「せ、先輩!?」

 慌てたように恥ずかしがる桜に、

 
 「こんな時ぐらいは頼れ」

 我ながら恥ずかしい事をいいながら、肩を抱く手に力を籠める。

 「そ、そのですね。お気持ちは嬉しいんですけど、桜咲さんの前ですし………」

 


 その言葉で、すっかり桜咲の存在を忘れていたのに気がついた。

 桜咲はこほん、と咳払いをした後、



 「お邪魔のようですし、私は先に消えましょうか?」

 気まずそうに頬を赤らめて、こちらを気遣ってくれた。

 その暖かくも余計な気づかいに、桜と2人で顔を真っ赤にさせて固まってしまう。




 そのまま、なんとなく気まずい空気が流れるが、




 「――――桜咲、今日はありがとうな」

 

 とりあえずお礼だけは言っておこう。俺達の見張りもかねていたんだろうが、俺達が囲まれたあの時。

 桜咲が俺達を助けようとしたのが見えたから。



 
 「いえ、学園長からの依頼でしたから」

 

 俺が言いたい事が解ったのだろう。桜咲は律儀に型通りの返礼をする。




 なんだかんだ言っても、女の子だな。

 芯は優しいのに、懸命に自分に鎧を着込んで強くあろうとする。

 戦いになれば、この子も強くあろうとするんだろう。

 だが、鎧の隙間から見える素顔は歳相応に優しく傷つきやすくみえる。

 そしてまっすぐな心根を持っているように。

 いや、まだ会ったばかりの子にこんな印象を持つのは失礼かな。

 そんな事を考えながら、桜を支えたまま寮の前に着いた。



 「じゃあ、桜咲。また明日学校で」

 そう言いながら、桜と共に家に入ろうとする。

 「あ、あの桜さんは?」

 「ああ、落ち着いたら、ライダーとネカネさんと一緒に寮に戻ってもらうよ」

 


 俺の言葉の後、桜崎はほっとした顔になった。




 「桜咲。今、何考えていたんだ?」

 「――――い、いえ。なんでもありません」




 その妖しい様子にじと目をむけると、より慌てたように取り乱している。

 なるほど、おれが桜によからぬことするんじゃないかと心配しているわけだな。

 俺がそんなことする人間に見えるわけだ。

 ネカネさんが言ったこと、実は信じているのか。




 これは俺をどういう人間だと思っているのか、じっくり聞いてみたい所だな。その俺の気配を感じたのか桜咲は、

 

 「で、では。また明日!」



 そう叫んで、逃げてしまった。

 

 「桜咲さんって今、何を想像してたとおもいます? 先輩?」



 ニコニコ笑いながら俺をからかう桜に苦笑すると。

 俺たちは部屋へと戻っていった。








 <続>



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