部屋に差し込む陽光に眉を顰め、私は起き出した。

 昨夜は新入りの警備員の初仕事、衛宮士郎と桜の戦いを茶々丸のカメラから見ていた。

 その様子を思い出し、つい笑いがこみ上げてしまう。

 ナギにふざけた登校地獄の呪いを受けて15年。

 それとやっとおさらばできる機会にめぐり合えた。

 「ネギ・スプリングフィールドにネカネ・スプリングフィールドか」

 口に出して、より笑みを深める。

 奴の血縁たるこの2人。2人もの血縁の血を飲めばこのふざけた呪いも解呪できる。

 そうしたらこの学園ともおさらばだ。

 


 だが、最初にきた衛宮ネカネと名乗ったネカネ・スプリングフィールドの情報を、茶々丸に探らせるのに少し時間がかかったのと、

 衛宮桜とライダー。あの2人の存在がネカネ・スプリングフィールドの襲撃を止まらせた。

 

 どう見ても人間以上の存在であり、並みの魔力ではないライダー。

 その存在が高位の使い魔たるゴーストライナーだと知って、その主人たる衛宮桜を危険視した。

 確かに衛宮桜から大量の魔力を感じていたが、身のこなしが一般人と同じレベルの為。

 どの程度の魔法使いか判断できなかったからだ。

 強力な魔法を使う砲台タイプか、医療をメインとする白魔法か。

 茶々丸に探らせてもどうやら偵察タイプらしい、ということぐらいしか解らない為、判断に困っていた。

 


 そしてネギ・スプリングフィールドと共に来た、衛宮士郎の存在だ。

 奴の情報も双剣使い、魔剣の鍛冶職人。これくらいしか情報が無かった。

 奴の血縁の血を手に入れるためには、この3人を倒さなければならないとなると…………。

 だが、昨日の衛宮士郎と桜の戦いでその心配が杞憂だと解った。

 


 衛宮桜。奴の魔力の量は中々のものだが、はっきりいって戦力外だ。

 2人で戦い、あの程度の異形に仲間の背中を護る事も出来ないとは。

 それどころか自分の身すら護ってもらっていた。

 通常。仲間と戦う時に魔法使いなら、詠唱中に身を護ってもらう代わりに巨大な火力で敵をなぎ払う。

 だが、奴がやった事といったら、ただ目の前の異形を数体弓で殺すのみ。

 それ以外は自身の身も護れず、衛宮士郎の背中も護れない。

 それどころか護ってもらってばかりだ。

 

 あれではいない方がましだ。

 そうすれば少なくとも衛宮士郎は奴を護る労力がなくなり、戦いやすくなる。

 つまり戦力外の奴がいる限り、使い魔たるライダーの牽制は容易だ。




 「おはようございます、マスター」
 
 そう私には茶々丸がいる。

 「ああ、おはよう茶々丸」




 茶々丸は、イラク戦争でアメリカ軍が掃討で使用した際には、1500メートル先の敵兵を真っ二つにしたといういわくつきの銃。

 バレットM82を、空中で撃てる。

 ライダーには、この銃から弾を撃っても当たるかどうか微妙だが。

 衛宮桜。奴なら別だ、確実に殺せる。

 


 茶々丸が狙撃中の時には、ライダーは桜から離れる事はできず。

 桜を背負ったまま茶々丸まで詰め寄る身体能力があったとしても、

 1500メートル離れていれば、その間、空中で狙撃しつつ逃げる事ができる。

 これで茶々丸1人で、ライダーと衛宮桜を無力化できる。

 

 あくまでこっちが先手を取ることが出来ればの話だが、ライダー相手に後手にまわってもこの手は使える。

 故に衛宮士郎は1人で、奴の血縁2人を護らねばならない。

 そして、教室でのあの動きを見る限りネカネの護りに重点をおかねばなるまい。

 ネカネの身のこなしは一般人と大差ない。

 あのボーヤの身のこなしは中々見事だった。これでは迷う必要もあるまい。

 「朝食はどうされますか」

 それに

 「ああ、もらおう。あと、昨日の映像をもう一度見せてくれ」







 遠い雨8話



  






 茶々丸の食事を食べながら、昨日の様子を映像で見ている。

 何度見てもいいものだ、この桜咲刹那の反応は。

 自分と同じ人外で、生まれた時から不幸を背負ったこいつには以前から共感を覚えていた。

 そして、奴にとってこの戦いの衛宮士郎は理想の自分に見えたのだろう。

 その悔しさと憧憬。理想通りになれない自分。

 その愛しくも儚い姿がなんとも心地いい。

 

 ――――――思わず、捻り潰したくなるほどに。

 



 弓を撃つだけで、戦闘にほとんど参加してないに等しい衛宮桜。

 それを護っている衛宮士郎。

 あれなら魔力を弾にするアーティファクトでもあれば、近衛木乃香にも参戦可能だ。




 極東最大の魔力をもつ近衛が魔力変換できるアーティファクトを持ち、適当に雑魚を殺しその身を刹那が護る。

 刹那が護りの剣を覚え、魔力変換の道具さえあれば、刹那は衛宮士郎たちのように戦える。

 まあ、いくら刹那とはいえ一朝一夕に護りの剣を覚えられるとは思えんが。



 だが覚えられれば、刹那のもっとも欲しがっていた近衛からの圧倒的な信頼が得られる。

 刹那がいなければ、近衛はすぐ死ぬ運命なのだから。

 そしてその関係は今の刹那にとって、何ものにも変えがたい宝物に見えるのだろう。

 



 ―――――だがそんなものは、私に言わせれば単なる依存だ。  

 

 己で立つことも出来ず、信頼なんて言葉で一方に自身の全てを任す。

 近衛に衛宮桜と同じように「強くなりたい」という意思がなければ、何の意味も無い。

 そしてそもそも、そのような状況にしないために刹那と爺は苦心しているのだから。

 刹那も解ってはいるが“依存”という信頼関係で結ばれた2人から眼が離せない。

 

 本来、単なる足手まといを大事にしている衛宮士郎から眼が離せない。

 その姿が自分に見えて。

 戦いで近衛が足手まといだから、刹那は見捨てるか? ………絶対にしない。

 では、足手まといでも近衛は刹那の為に戦いに参加するか? 衛宮桜のように?

 答えは解らない。その場に立たねば誰にも。

 だから刹那は足手まといでも戦おうとする桜と、あの2人の依存にも似た信頼関係を羨んでしまう。

   


 ………まあ普通ならそこで羨み仲を裂こうとするんだが。

 何もいわず、尊敬するだけというのがツマラン。


 もっと屈折すれば、今回の計画の駒として使えそうだったんだが。

 


 そこでカメラの映像は終わる。

 

 後は奴に普段の行動パターンを探らせ、つけこむ隙を探すとしよう。

 「今日も旨かったぞ、茶々丸」

 「ありがとうございます、マスター」


 一日の動力源を得て、残り少ない学校生活を適当にこなしに出かける事にした。



 


 ◇

 

 一日が終わり、部屋で一時の休息をとる。

 戦士にとっての休息、落ち着いて自分の心と体を癒す大事な空間。

 だがそこに、

 



 「さあ、桜さんじっくりお話を聞かせてもらいましょうか」

 「ネ、ネカネさんには関係ない事です」



 私の平穏を破る2人の異邦人がいた。


 





 
 「刹那、なんでこんな事になったんだ?」

 ルームメイトに質問すると、
 
 「――――貴様のせいだろうが!!」

 凄い剣幕で怒鳴られた。

 「た、龍宮さんが何で知ってるんですか?」

 顔を真っ赤にさせて問いただす少女に、放課後、校長室に呼び出された時の事を話した。





  ――――――Interlude――――――




 「昨日はご苦労じゃったの、衛宮君」

 「いえ、仕事ですから」

 気のせいか、衛宮先生はなんだか疲れたように学園長に返答していた。

 「で、私と刹那がここに呼ばれたのはなんでだい?」

 「一週間以内に、また大規模な攻勢があるらしくての。その時に君達3人にチームを組んで欲しいんじゃ」

 


 やっぱり、そんな事だろうと思った。

 「ということは、今度の攻勢は昨日とはケタが違うって事なのかい?」

 おそらくそういう事だろう。戦闘の素人が出れないくらいの。

 「では、桜は参戦させないで、敵の索敵をメインにさせていただけるんですね」

 心配そうなその言葉に、

 「昨日の戦闘で桜君は君以外とはチームは組めず、単独で戦闘任務にはつけないという事はわかったからの」 



 学園長の言葉に衛宮先生はほっとしている。 



 自分ひとりでは戦う事もできず、衛宮先生以外とチームを組めば必ず死ぬ。

 そんな足手まといは、同じ仕事をする仲間には欲しくない。

 ということは。



 「ライダーさんも参戦できないということでしょうか?」



 そう刹那が聞いた。

 まあ、当然だろう。

 彼女はどんなに強かろうとゴーストライナーといわれる使い魔。

 主である桜さんが死ねば、彼女も消える。

 わざわざ、主の傍を離れてまで戦いに参加するとは思えない。

 まして主が戦闘に対してあそこまで素人では。
 




 「うむ、まあ桜君と共に木乃香達を護ってもらうつもりじゃよ」




 まあ多少の隠し札はあるだろうが、基本能力があそこまでお粗末では話にならない。

 楽な任務の時、衛宮先生とチームを組み戦闘経験を重ねる。まだそんな段階だ。 
 
 ライダーさんと組んだら、ライダーさんが強すぎて経験にもならなそうだが。

 


 「ライダー君が参戦するのは、乱戦もしくは桜君や木乃香が危険な状況になった時かの」
 
 


 乱戦。学園内まで踏み込まれた時か。

 まあ、この学園が落とされては意味がないのだから、その時は参戦してくれるということか。

 そんな事にならないのを祈るしかないだろうが。



 「それで話は終わりかい?」

 「うむ、後はそれぞれで話してくれ」

 

 確認だけということか。

 とりあえず、簡単に挨拶をすまし学園長室を後にした。

 



 「桜咲、すまんがこの学園都市の詳しい地理を教えてもらえないか?」

 

 もう仕事の話か。警備員としては正しいのかもしれんが、面白みのない奴だな。

 まあ噂では、あの高畑先生と組んで戦闘した事も何度かあるらしいからな。

 立派な魔法使いらしく………か。  

 話に聞いただけでもかなりの無茶を2人でしているらしい。

 あいつもそうだったが、男でマギステル・マギを目指す奴は無茶する奴ばかりなのか?




 「はい、防衛ポイントですか?」

 「………ああいや、そうじゃなくて………だな。その辺は大体頭に入ってるんだが」

 

 なんだ? 他になにかあるのか? 

 刹那も不思議そうな顔をしているが。

 

 「実は、朝に学園長からあまり学園都市から出ないでくれと釘を刺されてな………」

 


 ………なるほどそういうことか。

 すぐに私はわかったが、刹那はまだ不思議そうな顔をしている。

 まあ、刹那では仕方あるまい。私は笑いを堪えつつ、

 


 「いまいち言いたい事がわからないな? はっきり言わないと話は通じないぞ衛宮先生?」

 

 それを聞いて衛宮先生は、むっとしたような顔で口をへの字にしている。

 これは言いたい事はあるが言っても無駄だと、我慢してる顔だな。

 そんな顔を見てクスクス笑う私に、

 


 「龍宮? どういうことだ?」

 刹那、意識はしてないんだろうがナイスだ。衛宮先生が面白いようにうろたえているぞ。





 ………だがまあ、これ以上からかうと後が怖そうだな。

 「桜さんとデートかい? それともネカネさんかな?」

 

 それで、刹那もやっと解ったようだ。

 大方、渋谷にでもデートに誘って学園長にからかい半分に邪魔されたんだろう。

 まあ、学園の護りとまだ来て日数の少ない衛宮先生が、

 学園都市外での外部と接触をするのを嫌った、というのも少しはあるんだろうが。

 とりあえず、顔を赤くしている刹那に変わって聞いてやるかな。

 


 「―――――で、若い女性に人気のスポットを聞きたいってことでいいのかい? 先生?」

 

 まあ、学園長によると2人とも年齢は私達よりかなり年上らしいから、ロリコン教師ではないんだろう。



 「く、すまんがそのとおりだ。力を貸してくれると恩に着る」

 

 渋谷や原宿なら、若い女性に人気のスポットなんて雑誌は売っていても、まさか学園都市で、

 『麻帆良学園の若い女性向けデートスポット』なんて本はさすがにない。

 学園祭ならその手のものがあるが今はそんな時期ではない以上、住んでる私達に聞くのは当然だろう。

 しかも魔法関係者以外に相談すれば、2人のうちどっちとデートしようがロリコン疑惑は深まるだろうしな。

 

 「そうだな、学園前にある甘味処の餡蜜で手を打とう」

 「む………仕方ない。だが桜咲も一緒だぞ。2人でいたらまた変態扱いされるからな」



 転任初日のあの騒動は相当辛かったようだな。



 「ああ、いいだろう。っでどっちとデートなんだい? それによって好きそうなスポットを教えるよ」

 そして餡蜜を奢らせながら、詳しいデートスポットを教える事にした。
  

  
 

  
 ―――――Interlude out――――――






 「その後。部屋に帰ってきて、からかう為にネカネさんに話したってわけだ」

 「―――なんでそこで話すんですか!?」




 まあ怒るのは当然だろうな。でも、私もてっきり神楽坂達の部屋で面白い騒動になると思ったんだが。

 まさかこの部屋でなるとはな。




 「説明はそのくらいで結構です。桜さん。貴女はこれからどうすればいいか解ってますね?」

 


 ………ネカネさん。君は実は戦闘タイプだろう? 凄い迫力だぞ。

 「いっ、言っておきますけど、邪魔しようとしたりしたら怒りますからね」

 言葉では怒っているように聞こえるが、迫力に負けて震えているようではな。

 「何言ってるんですか。どうやって今回のデートを成功させるか作戦を練るんです」

 







 …………いま、かのじょは、なんて、いった?

 

 「ネカネさん? 貴女は衛宮先生が好きなんではないんですか?」

 刹那のたどたどしい疑問の声。私もまったく同じ疑問を持った。

 「好きですよ、でもこれは別問題です。桜さん最終目標は解ってますね?」
 
 

 ネカネさんの強い言葉に、桜さんは視線をそらせようとしてその頬を引っ張られた。

 「い、いひゃいでふ。ねふゃねふぁん」

 「お黙りなさい。解ってるのかイエスかノーで答えなさい」

 「いえふゅでふ」

 頬をもう一回引っ張られて桜さんは自由になった。恨めしそうにネカネさんを見るが、

 「では、今回こそ桜さん。貴女が士郎さんにプロポーズするんですよ」

 



 「「―――ええええええ―――」」

 

 期せずして絶叫する私と刹那。いやかなりの急展開だ。

 「で、でもですね。普通そういうのは男の人からで………」

 もっともな事を言う桜さんに、 

 「どの口がそんな事言いますか! この口ですか! この口!」

 ネカネさんはまた頬を引っ張り、もてあそぶ。

 どうでもいいが、こんな場所で言っていいのか?

 


 「他に他人が入ってこない場所がなかったんです」

 まあ、他人には聞かせられない話だしな。一応ネカネさんが認識障害の結界をこの部屋に張ってあるし。

 「あの、私達は席を外しましょうか?」

 遠慮がちに提案する刹那に、

 「あなた達がいないと、どのデートスポットかわからないじゃないですか。それに客観的な意見も聞きたいですし」

 そう言いながら、ネカネさんは私達の退路を断った。

 まあ、魔法関係者で、彼女達の本当の年齢を知ってる人間じゃないと聞けない話だな。

 「あぁ、だが私も桜さんの意見には賛成だ。普通プロポーズは男からだろう」

 「もうすでに、士郎さんは桜さんにプロポーズしてます」

 


 ………なに?

 私達は思わず桜さんを凝視するが、ススっと眼を逸らし、へたれている女が1人いるだけだった。

 「詳しく聞かせてもらえるかい?」

 「ええ。4年前、士郎さんは職にも慣れ収入も安定したので、桜さんに指輪を送り結婚を申し込みました」

 ちなみにその指輪を選ぶのに、私は意見を求められました。と小さくネカネさんは呟いた。



 「ですが、桜さんは“私達が今、こうしていられるのは姉さんのおかげです。せめて結婚式は姉さんに祝福して欲しいんです。
 だから先輩。姉さんがこっちに来るまでお返事は…………”そう言って返事を待ってもらったんです」

 


 なるほど。だがそれならその姉さんとやらに、さっさとこっちに来てもらえばいいのではないんだろうか?

 

 「ですが、その姉とは連絡が取れる手段もなく、今現在どこにいるかも解らないんです」

 

 それはまた。なんとも言いようがない。

 察するに魔法関係者なのか? 

 NGOか何かで、紛争地帯にでも行ってるんだろうか?

 まあ、あまり他人が聞いてはいけない事だろう。 




 「すぐ来るだろうと言いながらもう4年。桜さんが望むならと士郎さんは返事を急ぎません」

 ああ、あの人は確かにそういう人な気がする。

 「で、ですから。もう一度先輩がプロポーズしてくれたら『甘い!』………ハイ、スイマセン」


  早! そして怖いぞ! まさしく神速。

 『プロポ』の時点でスタートをきった、ネカネさん驚異の反射速度だ。

 そしてへたれていく桜さん。気のせいか背も縮んでいるような。





 「今回のように、デートを士郎さんから申し込んだのだって数えるほどでしょう?」

 ………本当に恋人同士なのか?

 「どうせ“桜が望むならどんな事でもする”とか言っても、すぐ他人に優しくして、デート中でも人助けするじゃないですか」

 なんだそれは? 私の前のあいつもマギステル・マギだったが、そこまでバカじゃなかったぞ。

 


 ………それにさっきからひっかかるんだが、なぜそんなに詳しいんだネカネさん? 尾行でもしてるのか?
    
 

 「桜さんが一度望まないと言った以上、あの人は桜さんのお姉さんが来るまで決してプロポーズしません」

 やな断言だな。だがいいのか? ネカネさんは敵に塩を送っているように見えるんだが。

 「ですから、桜さんからプロポーズしてさっさと子供でも作って、彼に平和な暮らしをさせるんです」

 なんというか、転任初日のあの態度はなんだったんだ。

 それに子供、という言葉で桜さんが妙な反応をしたような?




 「えっと。では桜さんを応援して、ネカネさんは衛宮先生を諦めるんですか?」



 ―――刹那。お前のその実直な所は長所だと思うが、時と場合は選んだ方がいいぞ。

 

 「? いいえ。その時はこの国伝統の妾になるだけです」

 「「「だめ(です、だろ、ですよ)」」」

 3人同時に突っ込んでしまった。

 だがいくらなんでも、それはどうかと思うぞ。

 「そんなことより」 

 「そんなことじゃありません大事な“そ・ん・な・こ・と・よ・り”………スイマセン」

 

 ネカネさんの迫力に負けてへたれていく桜さんを見て、可愛いと思ってしまう私は駄目な人間だろうか?

 ヌイグルミみたいで、なんだか抱きしめたくなるんだが。






 そしてネカネさんは話を強引に進めていく。

 「士郎さんからプロポーズされない以上、今回のチャンスを逃すわけにはいきません」

 なにをそんなに………いや心当たりはあるな。

 「マギステル・マギを目指す男の人は危険な事ばかりして、いつも残される人の気持ちを考えていません」

 確かにな。私のパートナーだったあいつも、少しそういうところがあった。

 「でも士郎さんは、戦闘だけじゃなく解呪の専門家でもあるんです。戦闘任務ではなく私と同じ治療や解呪専門の団体にも
 所属できます。そうすれば桜さんも安心して子供を育てられるはずです。それに彼の為にもなります」

 

 随分先のことまで。いやそういえば、彼女の父親はサウザンドマスターだったな。

 なら、心配になるのも当然なのかもな。

 あの高畑先生と組んで戦ったくらいだ。衛宮先生も相当無茶をしたんだろう。

 愛より愛する人の身の安全………か。

 少しおせっかいな気もするが、こんな奴がいてもいいのかもな。



 「だから桜さん。今回必ずこっちからプロポーズするんですよ」

 「でも急ぎすぎかな? と思いますし、女性からなんてはしたないって先輩に思われそうで………」

 桜さんが言いたい事は中々正論だと思うし、恥ずかしいというのもわかる気がするな。

 


 「解りました」

 うん? ずいぶん物分りがいいな?







 「そういうことなら私が士郎さんにプロポーズします」

 


 



 「――――――って駄目です! 何でそうなるんですか」

 「じゃあ、桜さんからプロポーズするんですね」

 上手いな。

 「うう、解りました。でも」

 「でもじゃありません。今回士郎さんと一緒に戦って解ったでしょう。戦闘の素人の私でも解ったんですから」



 やっぱりそれが原因か。桜さんは戦闘において足手まといということが。

 水晶球ででも戦闘の様子を見ていたんだろう。

 あの戦闘を見て、ネカネさんは不安になったのか。

 いくら強くなって、衛宮先生を支えようと努力しても現状は桜さんは足手まとい。

 


 だが、衛宮先生は一人にすれば、暴走しやすいから危険すぎるといったところか。

 なるほど前の私のパートナーに似ている。

 

 向こう見ずで死地に飛び込んでしまうあいつ。いつも見知らぬ誰かの為に。

 そして最後には、私を残して逝ってしまった。

 本当に、男のマギステル・マギやそれを目指す奴等は馬鹿ばかりだ。

 私のパートナーだったあいつも、高畑先生も、衛宮先生も。それに………ネカネさんの父親も。

 残される人間の気持ちなんて考えもしないんだろう。

 




 「でも、私は先輩を支えたいんです」

 「家族として支えなさい。平和な生活をして士郎さんしかできない仕事を支えながら」

 「でもそれだけじゃ救えない人もでます。先輩はそんな人達を救いたいんです」

 「戦闘だけが人を救う道じゃないでしょう。もし1人で士郎さんを止められないなら、私も止めるのに協力します」

 


 それも真実。私や刹那のような戦闘専門家では、病気や魔法の呪いには何も出来ない。

 「でも」
 
 「士郎さんが桜さんを大事にしているのは解ります。でもこのままでは桜さんが足を引っ張って士郎さんが怪我するか、
 士郎さんが1人で無理をしすぎて倒れるかです。それとも桜さんは結婚したくないんですか?」



 「……………したいです、………」
 
 

 呟くような桜さんの言葉ににっこり笑うと、ネカネさんは今回の計画を話し始めた。

 だが私には聞こえた。多分、刹那にも聞こえただろう。後に続く言葉が。


 



 「それでもいつか、先輩の背中を守れるように強くなります………あの人の理想を護る為に」
 





 ―――――エヴァ宅―――――

 





 ………居間に沈黙が流れた後。







 「――――なんだこれは!!」

 その音声を聞いて金髪幼女の怒りが爆発した。

 「何だといわれてもな。言われたとおり普段の行動パターンと盗聴だが」

 依頼通りの品を持ってきたんだ、さっさと払うものを払って欲しい。

 「龍宮真名。貴様、命がいらないらしいな」 

 「契約通りの仕事はしたつもりだが?」

 衛宮桜の普段の行動パターンと盗聴。これからの行動に障害になる者の弱点。

 これらを見つけた場合の報酬をとっとと払って欲しいものだ。

 「貴様。誰が女子中学生(?)の恋愛相談の盗聴テープが欲しいなどといった!」

 お気に召さなかったようだな。ならば、

 「では、これらは捨てていいんだな? 茶々丸のデータも保存して欲しくないんだが」

 


 「………随分、自信ありげだな。この内容のどこにそんな自信が生まれるんだ」

 やはり乗ってきたか。

 「私の意見も情報として扱うなら、追加料金をとるぞ」

 「いいだろう。私が納得したら倍額だす、納得できなかったら………」

 まったく、仮にも「闇の福音」と呼ばれる、600年は生きている真祖なのにこんな事もわからないのか?

 



 「エヴァンジェリン、貴女の最終目的は呪いの解呪だな?」 

 「ああ、だからどうした」

 「今の音声に衛宮先生は解呪の専門家と入っていたが、貴女の呪いも解呪出来るんじゃないのか?」





 しばし絶句した後、エヴァンジェリンはあわててテープを巻き戻している。

 私よりかなり年上のはずなんだが、見ていて微笑ましいな。

 


 「………なるほど。倍額だす価値はあるようだな」

 ふん。そうでなくてはこんなに早く報告などしない。

 「じゃあ、報酬はいつもの口座に頼む」

 用が済んだのでとっとと帰ろうとすると、

 「まて。貴様は確か学園長の依頼は「衛宮ネカネを可能な限り護る」だと言っていたな?」

 


 今更なにを。

 報酬さえもらえれば、私はなんでもするし、誰にでもつく。

 依頼内容以外は知らない。だから協力しただけだ。

 



 「ああ、依頼はそれだけだからな。だから今回、衛宮桜の情報を渡したんだ」

 それにこの契約を口外するなとも言われていない。

 エヴァンジェリンにはしっかり口止めされたが、まあ、おそらく学園長達と暗黙の協定でもあるんだろう。
  
 彼女はなるほど、とうなずきながら、

 「では、新たに依頼させてもらうとしよう。3倍出す、衛宮桜を拉致するのに協力しろ」






 なるほど、衛宮桜を拉致し交換条件として衛宮先生に自分の解呪をさせるわけか。だが、

 「断るよ、なにかあの子は嫌いになれなくてね」

 「ふん、まあいいだろう。どうせ殺すまではせん。戦術が広がっただけでよしとしよう。貴様も私がネカネを狙った時は無理はするな。
 殺すまでしない以上「衛宮ネカネを可能な限り護る」という契約には背くまい」

 

 確かに、下手に抵抗した方がネカネさんに被害が出る可能性はある。

 おとなしく捕まった方が血を吸われるだけで安全かもしれない。

 まあ、ネギ先生かネカネさんの血液を得るか、桜さんを拉致して衛宮先生に解呪を強要するか。

 彼女にとっては戦術が広がり、かなり楽になっただろう。
 
 まさか衛宮先生達も、四六時中5人で行動するわけにもいかないだろうしな。

 私もそこまで衛宮先生達に肩入れする必要はあるまい。

 



 「では、もう帰らせてもらってもいいかな?」

 そう言いながら、玄関に向かうと、

 「龍宮真名。はじめてみたよ“報酬さえもらえれば私はなんでもするし、誰にでもつく”と言っていた貴様が、
 ターゲットの命もかかっていないのに、依頼を断る姿を」 

 エヴァンジェリンのその一言が、なぜか家を出てからも耳に残った。 




 ◇







 あの龍宮真名が、命のかかっていない高いギャラの仕事を断る…………か。

 まだ会って間もない衛宮桜にそこまで感情移入するとは、珍しいものが見れたな。

 だが考えてみれば、それも当然かもしれない。

 戦争という闇の中、愛しき者と共に戦い、そして喪った龍宮真名。

 戦いを恐れながらも、力が無いなりに愛する者を護ろうとする衛宮桜。

 昔、自分の力の無さから恋人が死んだと、力の無さを嘆いた龍宮真名。

 今、力の無さを嘆き、恋人の力になろうとしている衛宮桜。



 どこか似た境遇の2人。だからか以前の自分を重ねて、龍宮真名は衛宮桜を意識せず護ろうとしたのだろう。

 自分と同じように恋人を失わせないように。同じ悲しみを背負わないように。

 けっして認めようとはしないだろうが。






 しかし、そう考えると衛宮桜、いや桜か。

 この前の影の矢を使った戦い方といい、今の龍宮真名の態度といい、名は体を表すというやつか。


 「なあ、茶々丸。桜とはまさしく奴に似合いの名前だな」

 

 私の言葉に茶々丸は不思議そうな顔をしているが、私はかまわず自分の世界に入っていった。

 

 ―――100年前、体術を習ったオッサンが言っていた。

 


 桜の花というのは元々、魔性の花と呼ばれ、縁起の悪い花だったと。

 薄紅の花弁には疫神が憑き、その散り際に疫病が世に広がると信じられ、

 桜が艶やかに咲く年には決まって飢饉や戦乱があった。

 だから昔は桜が綺麗に咲く年は、花鎮めの儀式や祝詞がこの国では行われていたのだ。

 

 「そんなに綺麗に咲かないでくれ、なにがあるかわからなくて怖いから」と祈りを籠めて。

 

 今でも幾つかの神社では、形は違えど花鎮めの大祭は行われている。

 あるものはその儚さを、人生に例えて。

 あるものはその散り際に、疫病が流行らないように祈りを籠めて。

 
 

 

 ―――それでも人は桜の下に集い(つどい)宴を開く。

 花を愛で、花を惜しみ、散り行く儚さに想いを託す。

 桜の花はただ伝えているだけだから。これから起こる凶兆を。

 桜の花は伝えているだけ、人が見たくない現実を。 

 だから魔であり闇である桜の花に惹きつけられる。闇の美しさほど人を虜にするものはないから。

 そしてこれから起こる災厄を伝え、穢れを吸収し、咲き誇り鮮やかに散っていく。

 人の罪と穢れを溜め込み黄泉へと流す。そんな桜の花に感謝をささげる。

 それが日本人にとっての桜なのだと。

 あのオッサンは私に言っていた。



 100年前は軽く聞き流した。

 だが、あの2人の戦いの映像を何度か巻き戻すうちに、妙にその言葉を思い出した。

 そして気がついた。あの魔法具。

 あれはおそらく自分の負の心を見つめ続ける魔法に精神が耐え切れず、新たに作り出したのではないかと。

 あれは自分の才能を簡易的に出す魔法具ではなく、闇の魔法の暴走を恐れて作り出したのだと。

 なら奴の魔法は。自身の闇を見続け、闇を吸収する魔法なのではないかと。

 ならば、あれだけの魔力量にもかかわらず、いっさい呪文を唱えなかったのもうなずける。

 それに気がついたきっかけが、あのオッサンの戯言だった。桜という名と、桜の花の意味。

 言霊を信じるわけではないが、皮肉な一致だ。

 闇を彩るという意味の桜が、人の名に使われその名を持つ者が闇の魔法を使うのを恐れる。 

 






 闇を伝える美しさ。闇をその身にうつしだす儚さ。人の罪と穢れを溜め込み黄泉へと運ぶ。それが桜の花の意味。

 災厄を教え、人の穢れを吸い取ってくれる桜に感謝をささげる。それが花の宴。

 衛宮桜。奴の名はそんな言霊を含んでいる。そして……………奴自身にも闇を感じる。

 だから、闇を乗り越えし者達が奴の元に集まるのかもしれない。

 闇をその身に宿し、闇を恐れながらも愛するものを護ろうとする、その儚さを愛でる為に。
  



 
 もうすぐこの学園にも桜が咲く。今まであまりじっくり見たことはなかった。

 だが、奴が私とおなじように闇を見ていたのなら。  

 本当に桜は闇を含んでいるのか見てみるのも一興だろう。花も奴自身も。言霊に闇を含んでいるあの女。 

 その闇が一体どこまで深いのか? せめてそれを見定めてからこの地を去ろう。






 ―――――散っていく時の儚さも、散った後の醜さも、桜の一部であろうから。



 <続>



感想は感想提示板にお願いしますm(__)m





 考察という名の後書き:


花鎮めの儀式や祝詞: 一応実話です。ただ花鎮めの祝詞を自分なりに解釈、変換してます。(原文のままじゃ分かりずらいので)
           というか、師範代から聞いたトリビア(?)調べたところ、多少誇張はあるものの大筋で間違っていないかと。
           詳しく知りたい方は、桜の民俗学とググルと面白いです。本も出てますけど。
           桜が縁起悪いけど日本人に好かれるとか、疫病が流行る原因と考えられていたとか、面白い記述が見つかります。
           陰陽師関連の小説にも結構でてます。ですから知ってる方もいらっしゃるかもしれませんが。
           ここまで考えてるとしたら菌糸類の人って凄いとHFプレイした時、思いました。

         


 ついでのトリビア: 桜の神といわれる瀬織津姫は、ヤマトの中央権力側には「祟り神」「禍津日神」(悪神)と呼ばれていますが、同時に
           穢れ祓いの神と共に水の神であり、穢れを吸収し、河から海へと流し黄泉へと飲み込ませると言われています。
           桜さんに似ていますね。

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