――――――ソラは昨日の雲が嘘のように晴れていた。
碧い空、あの惨劇が嘘のように瑞々しい空気。
だが、村を見れば。
それは間違いのない現実だということがわかる。
焼けた家の残骸。石化した人々。
もう戻らない日々。
だが。………それを、元に戻していくその光景に見惚れていた。
捻じ曲がった奇妙な短剣。
巨大な魔力を帯びたそれを、ただ石像に突き刺しただけで石化は解けていく。
石化が解ける村人達、笑顔になる皆、私達は喜び、ただ士郎さんに感謝した。
だが、なぜだろう。士郎さんの表情に違和感を感じるのは。
士郎さんは昨日見たような笑顔だった。
だが、その笑顔は――――――「皆助かってよかった」といったものには見えなかった。
そう、それはまるで。「――――助かってくれてありがとう」と感謝してるように見えた。
◇
私達は2人で石化した人達の解呪とその治療、そして士郎さんの紹介の為に村を歩いていた。
桜さんも、一緒について来たかったようだが。
まだ無理ができる体じゃない。
ライダーさんと一緒にお留守番だ。
「士郎さんの世界では皆が、そんな事ができるんですか?」
「―――いや、これは俺だけの特技かな。俺は他には何の取り柄もないからね」
解呪専門の能力ということだろうか?
だが、あの爵位級の上位悪魔の攻撃を受け止め。
さらに、父と共に戦ったという剣の腕。
―――それだけではない気がする。
訊ねたい誘惑に駆られたが、まだ出会って数日。
訊くわけにはいかない。
少し、私は黙り込んだ後。
「そういえば、私の魔法については言ってなかったですね。もうみてるように治療系や白魔法が得意です」
「いや、そんなに簡単に自分達の魔法をばらしていいのかい?」
「はい、私達の命の恩人ですから」
そう笑いながら、士郎さんをみて。
「改めて言わせてください、貴方を攻撃しようとしたにもかかわらず、私達を救ってくれた事を心よりお礼申し上げます」
「もうお礼は聞かせてもらったし、これからの事についてはこっちがお世話になるんだから、もうその事はいいよ」
頭を下げる私に、笑いながら士郎さんはそう言ってくれたけど。
「それでもです――――それに……」
聞きたい事もある………とは言い出せなかった。
あの怖い顔の意味、皆を助けた時の不思議な笑顔。聞きたい事はたくさんあったけど。
聞いてはいけない気がして聞けなかった。
なにか話しかけなければ、そう思えば思うほど言葉が出ない。
困惑して、頭上を見上げると崩れそうな屋根が―――見えた。
焦げた廃屋に、屋根を支える力はなく。
ただ呆然と見上げる私の頭上に、――――落ちて。
「ネカネさん!」
◆
「ネカネさん!」
目の前には、崩れそうな瓦礫。
それに気がついたネカネさんは体を竦ませ、動けないでいる。
すぐ近くにいる彼女を守ることは容易い。
瓦礫を粉砕すればいい。
『剣』を投影しても、破片が彼女を傷つけるというのなら。
『盾』を投影すれば。
だが、崩れた家屋の影にあるものを見て。
俺は、投影を棄却させ。
ネカネさんと、瓦礫の狭間に自分の身体を割り込ませた。
◇
――――――崩れると思って目を閉じたが、いつまでたっても思っていた衝撃は来なかった。
恐る恐る眼を開けると、
「大丈夫?」
また、どこかほっとしたような士郎さんの笑顔が見えた。
大丈夫です、と答えようとして。
士郎さんの背中を見て、表情が凍りついた。
ソコにあるのは、瓦礫となった廃屋。
そして、彼の身体を貫いている破片であった。
崩れた家屋を背中に受けた士郎さんの傷はひどかった。
私は泣きながら治療して、なんで昨日の「盾」を出さなかったか問い詰めると。
士郎さんは苦笑しながら、崩れた家屋の先を指差していた。
「―――あの人達のため………ですか?」
そこには瓦礫に隠れて見えなかった石化した人たちがいた。
「うん、あの盾なら向こうまで瓦礫が飛ぶなんて事はないと思うけど。
もし魔力の余波で大きい瓦礫が飛んでいったら……って思ったら体が勝手にさ」
あはは、と困ったように笑う士郎さんに、
私の何かがプツリと切れた。
「――――何、考えてるんですか!!!」
「あの人達は石化してるんですよ! 木造の瓦礫が飛んでいったって怪我なんてしません。
生身の士郎さんの方が大怪我するに決まってるじゃないですか」
怒鳴っていた。私の剣幕に驚いている士郎さんに言葉を続ける。
「大体、士郎さんが怪我したら悲しむ人がたくさんいるんですよ?
桜さんや、ライダーさん。ネギや、スタンさん。今まで助けた村の人達、勿論、私だって……」
段々と小さな声になり、涙声になってしまう。
「私も助けられた一人なのに図々しい」と冷静なもう一人の私が囁く。
「――――――なんで一人で背負うんですか、昨日も今日も助けてくれたのは士郎さんなのに、
なんで助けられた人のように士郎さんが笑うんですか?
昨日だって今日だって下手したら死んでしまったかもしれないんですよ? なんで、自分を大事にしないんですか?」
そっか…………私はそれが悲しかったんだ。
誰よりも周りを気にしてるのに。自分の事を気にしない、そんな士郎さんが悲しかったんだ。
なにより、その自分を省みない。献身的な態度が。
私達の目指す「立派な魔法使い(マギステル・マギ)」にみえて。
お父さんは、こんな悲しい生き方しかできなかったのか。
士郎さんもお父さんみたいに………。それで悲しかったのか。
――――なんて自分勝手な理由なんだろう、人の生き方を勝手に決めつけて……。
自己嫌悪からその場に蹲るように泣く私を。
「――――ごめんね」
私の頭を撫でながら士郎さんが小さく呟いた。
「な、…なん、…なんであやまるんですか?」
言葉がまとまらない、上手く喋れない……だというのに
「そうだね、この場合は――――「ありがとう」かな? 会ったばかりの俺を心配してくれて叱ってくれた」
泣きながら士郎さんを見上げると。
「――――だから、ありがとう」
そのまま私は俯いて泣く事しかできなかった。
自分を大事にすることができない、この人が。
いつか、自分の事を大事にできる日が来るのだろうか。
そう思うと、涙が止まらなかった。
◇
――――星空を見ながら、明日からの事を考えていた。
村の人達の解呪も終わり。
僕達はウェールズの魔法使いの町に行くことになった。
僕は魔法学校に通い。
桜さんは、スタンさんの知り合いの小料理屋さんで働くらしい。
「なぁに、すぐコック長になってして給金アップは間違いなしじゃい」
とはスタンさんの言葉だ。
ライダーさんは魔法図書館で働き。
桜さんが使いやすい魔法の本があったら、スタンさんに報せて借りるそうだ。
士郎さんはというと、
「俺は剣しか能がないからね、此方の世界には魔法剣士って職業があるらしいから魔法剣士の刀鍛冶になるよ。こっちの剣も見てみたいしね」
士郎さんの戦闘スタイルは、スタンさんによると魔法剣士に近いらしい。そして父さんも………。
考え事をしていると、士郎さんが歩いてくるのが見えた。
「ネギ君? 明日は早く出発するからもう寝た方がいいんじゃないかな?」
あの時、お父さんと共に戦った士郎さん。
こうしてみても、魔力はほんの少ししか感じない。
力はお父さん以下、スピードだって。
常人からすれば十分早いとはいえ、お父さんより遥かに遅く。
魔法を使う気配すらなかった。
それでも、鍛えた身体だけで魔族と渡り合っていた。
桜さんが目覚めてみればわかる。
士郎さんより、魔力供給されたライダーさんのほうが遥かに強い。
「――――士郎さん。少し、いいですか?」
「なんだい?」
「――――」
「ネギ君?」
「僕に戦い方を教えてくれませんか?」
お父さんより、弱い。
ライダーさんより弱い、その力。
にもかかわらず、僅か2本の剣で敵を切り伏せていた。
なんの邪気も感じられない双剣。
優れた武器なのはわかる。
でも、それだけじゃない。
あの剣には、なにか士郎さんに通じるモノがあった。
他者を倒す。後世に名を残す。名剣を超えようとする心。偉業を成そうとする信仰心。
そういった想い。何かを成そうとする理念がない剣。
………あえて言うならば、ただ作りたいから作った。
対なる剣。鍛冶師として、己の意義を問う無骨な剣。
虚栄のない鏡の剣。
その生き方が、まるで士郎さんのようで。
「――――ネギ君、俺はこっちの魔法は」
「解かってます。でも士郎さんは父さんの隣で戦っていたじゃないですか」
士郎さんの魔力量は、どうみても僕より少ない。
戦闘能力は、どうみてもお父さんより低い。
スピード、力。そして魔法。
お父さんの動きは理解することすらできない、圧倒的な『力』だった。
だけど――――だからこそ、士郎さんの剣舞に見惚れた。
舞うような双剣の軌跡。そして泥臭い体術。
僕では理解できない、圧倒的な力量で魔族を葬っていたお父さんの横で。
常人なら………、否。僕でも何とか届きそうな技量で。
お父さんの背中を護っていた。
「士郎さんから魔法を習おうなんて思ってません。
知りたいのは戦い方です。父さんの隣でも戦える、村の人たちを護れる、そんな戦い方です」
父さんより力が無い、スピードが無い、空も飛んでいなかった、でも。
だからこそ、憧れた。
才能や天賦のモノに左右されない。
ただひたすら、凡人が努力のみで鍛え上げた技量。
それだけで、伝説の魔法使いの背後を護った人。
「俺の戦い方は我流だよ、今から変な癖をつけないほうがいい」
「――――士郎さんは特別な戦い方はしてませんでした」
お父さんと同じくらいの悪魔を倒していた。
お父さんみたいに悪魔より強い力で悪魔を倒すのではなく、剣術や体術で悪魔を倒していた。
「その戦い方を教えてください」
◆
ネギ君の言葉は、俺を理解していないと思った。
俺は、彼の父。ナギ・スプリングフィールドと共に戦った。
だがソレは。
おそらくは余計なお世話ではなかったのかと。今なら解る。
本来の奴なら、俺の『助け』それ自体必要ではなかったのではないかと。
奴を一人で戦わせて。
俺とライダーは、ネギ君と桜を護ればよかったのではないかと。
犠牲者は極力少なくするべきであり、敵は叩ける時に全力を持って叩く。コレが常道だ。
あの場で、動けたのは俺一人。
桜が倒れ、ライダーに対する魔力供給が安定して無い以上。
協力して、できるだけ早く敵を倒すべきだと思った。
だが、あれほどの力を持ったナギがもし。敵だったなら。
取り返しのつかないミスをしたことになる。
ライダーとほぼ互角か、それ以上のプレッシャーを感じた奴。
奴が裏切れば。いや、マトモに攻められても殺されるのではないか?
そう思った俺は、奴の近くで戦う事を選んだ。
桜が回復していない以上、ライダーが戦うのは無理。
ならば、もし。だまし討ちだとしても。
―――――俺が殺された瞬間に、ライダーなら桜とネギ君を背負って逃げられると信じて。
「俺の戦い方は我流だよ。それに、俺がいなくてもナギは魔族に勝っていたはずだ」
俺の言葉は、おそらくは真実。
あの圧倒的な力量、天賦の才。魔力、スピード。
俺がないもの、全てを持っているモノ。
奴、ナギ・スプリングフィールドなら。俺がいなくても勝てたであろう魔族。
「―――れでも、いいんです」
「なんて?」
ネギ君の言葉が聞こえず。訊ねると。
「それでも、せめてお父さんの横で。足手まといにならないだけの」
―――――強さが欲しいと。
まだ10に満たない子供。
まだ、大人に甘えたいであろう年齢で。
彼は強くなることを目指した。
その、眼の輝きをみて。
「――――なんでか、訊いてもいいかな?」
こんな子供が強くなりたいと思う理由。
あんな、恐ろしげな悪魔達に襲われても。
強くなろうと、決めた理由。
「魔族に襲われて、僕は……何もできませんでした」
ネギ君はそう言って、自分を責めた。
あの出来事。
父親に会いたい。
―――――ピンチになれば、父親が助けに来てくれる。
そう思って、危険なコトをし続けた自分。
ピンチになれば。危険なことに僕が巻き込まれれば。
きっと、父親が助けに来てくれる。
そう、彼は願い続けた。
そして、村はピンチになり。ネギ君はお父さんに助けられた。
今回のこの事件。
それは、ネギ君の願い『ピンチになれば、父親が助けてくれる』
そう思った、自分への天罰なのではないかと。
「――――だから、僕は」
強くならなければならない。
父親と共に戦えるくらい。
この事件を起こした原因かもしれない、自分自身の贖いの為に。
………強くなりたい。
そう語る、ネギ君に俺は何も言えなかった。
――――間違っていると。君は何も悪くない。
そういうことは簡単だった。
そんな事ぐらいで、村が襲われるはずがない。
そんな事を気にする必要はない。
だが、俺には。………言う資格がなかった。
それはかつて、俺が感じたコトであるから。
子供の頃、巻き込まれた聖杯戦争の炎の中。
家々は燃え尽き、黒こげになった死体に見飽きた場所。
今は使われなくなった、俺がいた場所。
全てが焼け焦げた大地。
息をすることすら、熱を持ち。
歩く音すら、燃え盛る炎に邪魔をされて聞こえない。
そこで、俺は。
その場にいる全ての人を見捨てて、助かろうとした。
ソバで助けを呼ぶ声が聞こえない筈がない。
痛い、とすすり泣く声を無視し。
出してくれ、と叫ぶ声を無視し。
死にたくない、と喚く声も聞こえないフリをした。
―――――せめて、この子も。
そう叫び。懇願する母親の声すら。
それでも、おれは。
かけられる声を全て、無視して耳を塞ぎ。聞こえないフリをし続けた。
己が身を護った。
死体なんて、見飽きていた。
苦しんでいく人間がいようと、助けを求める人間がいようと。
どうせ、自分では助けられない。
そう思って、立ち止まることすらせず。
ただ、歩き続けた。
そこまでしたからには、一秒でも長く生きるべきであり。
多くの人間を見捨てたのだから、それ以上の人を助けなければ嘘だと。
そう思って、助けようとした日々。
――――正義の味方。
贖いを求め、大勢の者の為に生きることを誓った。
衛宮士郎が生きる意味。
歳をとれば解る。
この世の全てが幸せになることなどない。
そんな奇跡はないと解っても。追い求め続けると決めていたのに。
なのに。大勢の人の為に。僅かな犠牲出さなければならない時。
たった一人を殺せば、誰もが助かるというその状況で。
――――俺は桜を救うために動いた。
見知らぬ大勢の人間を助けるよりも。
誰よりも大切な人を助けた。
かつての夢を捨てた。
正義の味方を捨てたのだ。
だからこそ、桜の贖罪のために生きたいという『嘘』を信じ。
自分が見捨てた人の為に、生きることを誓った。
もう一度、ネギ君を見る。
彼は震える瞳で、俺を見上げた。
過去に囚われ、その贖いの為に強くなろうとする少年。
その姿はかつて、自分が捨てた姿であり―――――俺が目指した筈の『正義の味方』への道。
それを、否定する資格など俺にはない。
その道から逃げ出した俺に。
ネギ君に言えることなどない。
「俺には、大したことができないよ。それでも」
君が間違うかもしれない、道を。照らすことはできるかもしれない。
かつて、正義の味方を続けることができなかった自分。
だからこそ、正しい道を照らすことはできなくても。
間違った見本として。
「ネギ君。君に新しい魔法の師ができるまで、期間限定なら」
―――――師匠役を、引き受けると。
そう、了解した俺をみて。
ネギ君は嬉しそうに笑っていた。
<続>
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