――――――こちらに来てから、5年以上の時が経とうとしていた。
こちらの世界の常識には驚く毎日だ。
ある程度の素養があれば、誰でも使える魔法。
人数が増えようと薄れることのない神秘。
魔法界という、ココとは違った世界。
なにより、人の為になることを目的としたマギステル・マギ。
影より人々を守ることを目的とした組織。
俺達はかつて、犯した罪の贖いのために。向こうの世界で“正義の味方”の真似事をした。
だが、経緯はどうあれ。かつての世界を逃げ出した俺達は。
この世界でマギステル・マギの手助けをしようと決めた。
俺に………、いや、俺達にマギステル・マギを目指す資格などない。
だが、許されない罪を犯した俺達は。
許されないと解っても、贖罪の為に動かなければならなかった。
そのためにも、まず。こちらの世界の魔法を学ばなければならなかったのだが。
予想通り、俺にはこちらの世界の魔法を使う才能はなかった。
故に、魔法使いの戦闘がどのようなものか解らず。
ネギ君に教えるという戦闘方法は自然、基本が中心になってしまった。
遠い雨3話
朝霧に覆われた森の中。
目の前ではネギ君が瞑想をおこなっている。
眼を閉じ。足を交差させ、反対の足の太ももの上に乗せる。いわゆる結跏趺坐の形である。
仏教における最も尊い坐り方であり、中でも吉祥坐は最も理想的とされ、悪魔も退散させる働きがあると考えられていた。
この歳で、それをほぼ完璧にマスターしている。
この集中力。
そして反則的なほど、物覚えがいい。
実戦経験こそ皆無だが、サマになるのに一ヶ月はかかるという技を僅か3時間程度で形にしてしまう。
基本程度の技術に我流と、あの紅い弓兵の技を組み合わせた程度である俺では。
………教えることがあっという間になくなってしまった。
応用を教えたくても、俺では最悪ネギ君の成長を悪化させることにもなりかねない。
剣術は俺の場合は我流であるし、後はライダーとの稽古で覚えた技だけだ。
そんな技を教えても、正直ネギ君にとってプラスになるか解らない。
俺にこちらの魔法を教えることは不可能であるし。
ネギ君に戦闘方法を教えるにしても、魔法を習いながらでは中途半端になってしまう。
俺にできることはただ一つ。
己の矮小な世界を創りだすことだけ。
故に、ネギ君には基本である瞑想。
そして、自分の能力を上げることだけを学んでもらった。
魔術の才能がカケラもなかった俺にとって。
ネギ君の才能と魔力量は、正直羨ましい。
俺にはそんな才能などない。
故に、俺が唯一。誇れる才能。
弓の才能。
コレをメインに教えることになった。
ネギ君が父親と共に戦うために覚えた、上位古代語魔法。
本来、封印することでしか対処できない高位の魔物すら、滅ぼす力。
初めて見せてもらったときには、その威力に驚いたが。
詠唱の長さが、致命的な弱点となる。
接近戦、並びに中距離戦でも当てることは難しい。
だから、魔法の射手の練習。
並びに命中力を上げるために、俺がやっていたトレーニングをしてもらった。
弓道と魔術。己をコントロールし、自在に動かす力。
魔法でもコレは基本だが、ネギ君はその集中力が少し甘いように見える。
故に、弓道の基本と魔法の基本。
この2つから、己を透明にすることを学んでもらうことにした。
弓道でいう『射』とは、己を射抜くこと。
的を狙うのではなく、的を狙う己自身の心を射抜く。
己を殺し、自己を透明にして。
自然と一体になる境地。
射法八節――――足踏み、胴造り、弓構え、打起こし、引分け、会、離れ、そして残心。
己と向き合い、己を射抜き。世界と同一化する。
コレに関しては、魔術も魔法も変わらない。
戦闘中、この教えを貫き。己を完璧にコントロールする。
その教えを叩きこんだ。
人間が一番伸びる時代。ゴールデンエイジ。
神経回路が開き、最も延びる年代と言われている。
ネギ君に基本を叩き込んだことにより彼の能力は、目覚しく伸びると思う。
………肉体的には。
問題は魔法の戦闘は俺では教えられないということだ、早く魔法の教師を探さなければならない。
「―――――お願いします」
その言葉に反応して、俺はガラクタを投影する。
投影したのは、中身の無いビデオデッキやテレビなど家電製品。
少しでも壊れれば、塵になるモノ。
俺が投影したそれらのモノを、―――ネギ君に投げた。
それらをネギ君は、片手に持った魔法銃で撃ち落す。
背後にいるものまで、守る戦闘方法。
安易に盾に頼ることは無く、確実に敵の攻撃を無力化する。
風障壁は優れた対物理防御魔法だが、効果は一瞬。
連続使用が不可能という弱点がある。
あまり頼るべきじゃない。
故に、魔法銃との組み合わせで守る技術を教えた。
―――――――ras tel ma scir magister
そして、魔法銃を撃ちながら紡がれるのは。彼の詠唱。
―――――――光の精霊11柱。集い来たりて敵を討て
魔法銃で、相手の攻撃。更には動きさえも止めて。
――――――魔法の射手、連弾≪SAGITTA MAGICASERIES≫ 光の11矢≪LUCIS≫
魔法の射手でトドメ。もしくは動きを封じる。
狙うのは俺の頭上にある、飾り。
中身がスカスカの投影品。
僅かでも掠れば、壊れる程度のもの。
敵の攻撃を避け、弾き。さらに敵を狙う。
出の早い魔法銃は軽い攻撃の防御。
詠唱が必要な魔法で相手を倒す、その訓練。
本来、撃った瞬間に当たる筈の魔法の射手を撃たれた時点で俺の負けである。
魔法の射手はある程度、誘導可能。
故に、近くに撃ちさえすれば必ず当たる。
故に、俺の頭部の飾りも簡単に砕けるはずなのだが。
――――ネギ君の魔法の射手は貫くことなく。後方へと抜けていった。
その結果を見て、ネギ君は肩を落とす。
本来必ず当たる、魔法の射手が外れるなど通常はありえない。
「まだまだ、だな」
「――――でも」
「言い訳しない!」
そう、本来なら必ずあたる魔法の射手が外れた理由。
誘導能力を外したからだ。
コレは誘導性能無しで、当てる訓練。
誘導性能があるのに、わざわざ外す必要など本来はない。
だが、この“魔法の射手”中々使い勝手がいい。
数本束ねることができれば、威力は上がるし拳に乗せて撃つことも可能。
そして、威力が上がった場合。制御が難しくなる。
例えば車。スピードが上がれば上がるほどカーブを曲がるのは難しい。
コレと同じで威力が強くなればなるほど、後から誘導することが難しくなる。
故に、今のうちに誘導性能がなくても当てられるだけの技術を身につけておきたい。
後から無駄な誘導性能がなくても当てられるだけの技能。
けっして無駄にはならないと思う。
更に、この誘導性能に頼らないということは戦術の幅が広がるということでもある。
『魔法の射手を撃つ』『弾道を曲げる』『当てる』この3つの技法。
これらを『魔法の射手を撃つ』『当てる』だけにする。
ワンアクションとはいえ、無駄な動きが少なくなり。結果的にスピードが上がる。
僅かワンアクションとはいえ、この差は大きい。
ただでさえ、魔法使いは詠唱中が無防備という弱点がある。
この弱点を少しでも克服するには、無駄な動作は少しでもないほうがいい。
『風精召喚』は攻撃力がないため使いづらい。
『白き雷』は詠唱の長さと魔力を使いすぎるため、乱用できない。
使いやすい、魔法の射手の命中率。
次の魔法に繋げやすくするために、余分な動きを取り除く。
魔法の戦闘方法など知らない俺が、できること。
ネギ君に余計なクセをつけずに、強くする。
いつか、魔法を誰かに習えた時に。更に強くなれるように。
◇
士郎さんの言いたい事はわかるが、難しいと思う。
動かない的を当てることでさえ難しいのに、動く的を誘導無しで当てるのがどれだけ難しいか。
「―――――」
「………なんだい、ソノ眼は」
どうしても、疑いの目で見てしまう。
言ってる事はわかるけど、今はソレより士郎さんの剣を習いたいのだが。
剣を習う時間があまりにも短い。
―――――どんな技も、まずは自分自身をコントロールできるようになってから。
そう言われてしまうと返す言葉もない。
まだ体ができてない状態で、肉弾戦は難しい。
だから、使いやすい魔法の射手をある程度極めるというのは解るのだが。
「――――わざわざ、誘導性能を消さなくても」
「いざというときは使ってもいいよ。でも威力があがればあがるほど、コントロールは難しいんじゃないかな?」
魔法の射手を集めて撃つ。そうすれば当然破壊力が上がる。
だけど、同時に『曲げて誘導』することが難しくなる。
威力があがればあがるほど、曲げることは難しくなる。
車だってスピードの出しすぎで、カーブを曲がるのは難しい。
スピードを出しすぎれば、曲がりきれない。
ソレと一緒だ。
武道で例えるなら、竹刀を適当な構えで振る。
軌道を変えることは容易だ。
本体が軽いため、威力を少なくすれば曲げることは容易い。
だが、本当の日本刀や斧などを振って軌道を変えるのは難しい。
だから剣道は竹刀を使っていても、きちんとした軌道を通る振り方を最初に習う。
竹刀ならば当てる技術を修めても、剣をもって『斬る』ことができなければ意味がない。
故に、竹刀を振って当てるだけの技を覚えるだけでなく。
こうすれば斬れるという、軌道を教えるのだ。
魔法の射手で正確なコントロールを身につける。
魔法使いとは、巨大な砲台。巨大な威力を持とうと外れては意味がない。
威力が上がっても、当てられるくらいコントロールをつける。
理屈は解るが、最初は無理じゃないかな?
と思っていた。
そもそも、魔法の射手より早く動ける相手なんているわけないし。
と、思っていたのだが。
ライダーさんのスピードをみて気が変わった。
目にもとまらない。その言葉を体験できるとは思わなかった。
………そして、そんな人外の動きに。『当てる』ことができるなんて。
「――――――」
「っで? なんでこっちを見ているのかなネカネさん?」
練習を見学していたお姉ちゃんが、期待の篭った目で士郎さんを見ている。
士郎さんに模範をみせて欲しいという目だ。
士郎さんは魔法の射手なんて撃てない。
撃つのは弓。
弓道と、実践的な弓の使い方。
………正直、僕もみたい。久しぶりだし。
向こうの世界でも、弓をやっていたという士郎さん。
桜さん曰く、神業だといっていた。
弓道という日本独特の和弓を使った武道。
和弓のほうが矢速が遅く、操作が難しいので、洋弓のほうが命中率は高いといわれている。
例を言うと。和弓の国体選手並みの命中率をだすのに、洋弓なら3-6ヶ月の練習で達成できるといわれている。
つまり和弓で的に当てるのは、とても難しいということだ。
にもかかわらず、士郎さんが部活動で的を外したのは過去一回だけ。
それ以外は全て当てることができた。
でも正直、魔法使いにとって弓はそれほど使いやすい武器じゃない。
魔法の射手があるし、弓と違って誘導機能もあるからまず外れない。
それに、魔法銃もある。
わざわざ当たらない、そして使いづらい。さらに魔法銃より持ち運びに不便な『弓』にそれほど興味を覚えなかった。
そう。士郎さんの『弓』をみるまでは。
◇
緊張感と静寂。
魔法学園の講堂を満たしているものを端的に言ってしまえばそうなるだろう。
アレから、私達の「見本を見せてほしい!」という無言のプレッシャー。
ソレに負けた士郎さんは、模範演技を見せてくれることになった。
実戦訓練の前に、まずは基本の弓道。
講堂の場所を借りて、小さな模範演技。
見学に来ている私達はもちろん、アーニャちゃんや他の生徒も全員、固ずを飲んで見守っている。
視線の交錯する先には、士郎さんが射位に佇み弓を構えている。
本来騒がしい筈のこの場所で、士郎さんの纏う空気が、この場全ての人の口を閉ざした。
圧迫感があるわけではない。皆、圧倒されているわけではない。
ただ世界と一体になったような調和。透明であるがゆえの存在感。
そのあまりにも純粋な姿が、見る者の心を奪っているに過ぎない。
まずは、――――足踏み。
的の中心に両足先と一直線にそろえ、大地に立つ。
この足踏みは他の武道と違い、膝にユトリを持たない。
剣道、柔道、空手。流派は違えど膝にユトリをもたせ。
どんな動きにでも対応できるようにする。
自由度は違えど、コレは基本だ。
ボクシングのようにリズムをとるパターン。
空手で最も動きが鈍いとされる、騎馬立ちという構えでさえ膝を曲げる。
だが、弓道に関してのみ膝を伸ばし大地と一体化する。
この瞬間、いつも士郎さんは世界を作る。
足踏みだけで、もう一体化しているのだ。
そして、だからこそ。………士郎さんは戦闘者として一流になれないのかもしれない。
この構え、弓道において。ある意味理想とも言えるほど己を殺した姿。
だけど士郎さんはこの瞬間、他の戦闘者より不利になる。
あらゆる武道、武術。あるいは軍隊格闘術。
彼らに共通することは、『膝を曲げる』ということだ。
正面から蹴られる、もしくは打撃を受け。膝を折られないように。
もしくは、常に最速で動くために膝のバネをためるために。
彼らは膝にユトリをもたせる。
他に膝を伸ばすモノといえば、ムエタイのタン・ガード・ムエイ(構え)くらいだ。
それでも、片足は曲げ。いつでも動けるようにしている。
でも、弓道が体に入るほど覚えた士郎さんは。
『膝を伸ばす』という形が体に入ってしまっている。
そして、―――――胴造り。
心気を丹田におさめる動作である。
体を水平に保ち、柔らかく隙のない動作。
ここまで、矢を撃つ『道具』とかせる人はいない。
―――――弓構え。
物見を定めるといわれる形。
弓を固く握らず、あたかも卵を握るような気持ちで。といわれた。
―――――打越し。
手元の矢筋に沿って流れるように視線を移し、的を見据え。
ゆっくりと、矢を番えた弓が赤毛の頭上に持ち上がった。
―――――引分け。
何度見ても淀みがない。
流れるような、とはよく言われるけれど。
これほど綺麗にされると、どこを真似ればそうなれるのか。
両肘が左右均等に開かれ、少しの乱れもなく矢が引き絞られる。
―――――会。
引き絞られた矢が。弓が。静止する。
まるで彫刻のように微動だにしない、静と動の融合。
背を見る者達も飲まれたように固まった。呼吸も視線も。
胸の鼓動でさえ止まってしまうのではないかと思えるほどの静寂。
―――――離れ。
刹那、鳴り響く弦。空気が切り裂かれ、的を射抜く音が響く。
またしても見逃した。
全ての見学者の緊張がピークに差し掛かる瞬間。皆が絶対に確信していたであろうそのタイミングの、ほんの少し早く。
完全に意表をついて放たれたがゆえに、ただの一人も視線を外したわけではないのに。
矢が射られた瞬間をはっきりと記憶した者はいなかった。
―――――残心。
脳裏に焼きついたのは射た後。両腕を開け放ち大の字になったその後姿。
まるで風景に溶け込むように、己を透明に消し去っている。
本当に弓の神がいるとしたら、間違いなく士郎さんを愛しているのだろう。
そして。だからこそ。
士郎さんは、近接戦闘において一流になれないのかもしれない。
弓道は、近接戦闘とは真逆の筋肉を使う。
近接戦闘、行軍。全てで最も必要な膝のバネ。
これを殺し、大地と一体化するために膝を曲げることを許さない。
だが、剣術。武術。これらは膝のバネを生かす。
両方の才能があれば、二束の草鞋を履くことも可能だろう。
だが、あまりにも弓の才能が特化しているだけに。
近接戦闘者として最も大事な膝のバネが殺される結果になった。
持久力を上げるため、この筋肉を鍛える武道もある。
だが、それ以上に膝のバネを生かす練習もしているのだ。
だが、和弓のみを極めた士郎さんにとって。
一番伸びる時代、ゴールデンエイジを結果的に。膝のバネを殺すという練習をする結果となった。
ただでさえ、剣の才能がないといっていた士郎さん。
そして人並みはずれた弓道の才能によって、更に剣の才能が弱くなる結果になった。
………でも、だからこそ。少し安心した。
才能がなければ、力がなければ。士郎さんはきっと無理はしないはず。
いや、………しないで欲しい。
弓の才能がココまで特化しているのだ。
遠くから狙撃で倒せばいいし、弓の道を究めてもいい。
解呪を極めるコトだってできるはず。
それなら、士郎さんはきっと安全に生きられる筈だと思ったのだ。
◆
模範演技を終えると、ネギ君とネカネさんが俺の傍に来た。
2人とも顔を赤くし、なにやら興奮している。
「凄かったです、士郎さん。やっぱり士郎さんの射は凄い綺麗です!」
嬉しそうにこっちを見るネギ君に、思わず微笑んでしまう。
誉められて嬉しくないわけはない。
だが、俺にとって。
俺の弓は邪道という自覚があったから、素直に受けることもできなかった。
そう。アレは弓道ではない。あくまでも魔術修行の賜物。
いかに弓の鍛錬から学ぶこともあったとはいえ、根底は日々の魔術修行の延長だ。
そして、だからこそ。ネギ君にとって精神の修練になると思った。
才能だけなら、俺の遥か上をいくネギ君。
だがまだ幼い故に、精神的な脆さがある。
それだけに、精神的な弓道から魔法の射手のヒントを掴んで欲しいと願った。
「これなら、ライダーさんにも勝てるんじゃないですか?」
ネギ君の言葉に苦笑してしまう。
それは、ありえない可能性。
こと、弓において。
サーヴァントであろうと、俺は『当てる』自信はある。
戦闘中であるならば、セイバーと戦闘中のバーサーカー。ライダーと戦闘中であるセイバー。
彼らに『当てる』ことは恐らく可能だろう。
『当たる』という、必中。
会と呼ばれる、的と自己の統一感。
己そのものとなった矢を解き放ち、離れと呼ばれる止まった時間。
離れ行く己が、既に“当たる”ことを知り。行為と結果。その順序が一体化し。過去と未来を点にする残心。
己を透明にし、目的に至る執着や願いを消し。ただ結果だけを求める心。
己を『無』にした時。
既に“当たる”イメージができたとき。その矢は必ず当たる。
だが、それは所詮。“当たる”だけに過ぎない。
どんなに的を外さない一撃であろうと。………貫けなければ意味がない。
ライダーやセイバー。彼女達の能力は避ける事のできない『矢』であろうと打ち返すことができる。
セイバーの聖剣。彼女のソレを砕くような矢を俺は持っていない。
そして、彼女なら。
俺がよほど魔力を溜めない限り、俺の矢を打ち返す。
そんな長い間、俺を無視するとも思えない。
そして、ライダー。
彼女は宝具ではない釘剣で、セイバーの聖剣と渡り合っていた。
彼女にも恐らく生半可な“矢”では打ち返されるだろう。
故に彼女達と戦い。勝つためには。
かなりの距離、離れなければならない。
「―――――士郎さん?」
褒めたのに、俺の顔色が優れないのを見てネギ君が心配そうにしている。
ネカネさんも何かあったのか? と、心配そうだ。
なんでもないと、首を振ると。
「次は実戦訓練だね」
そういって、ネギ君を促した。
魔法生徒や、先生達はそれぞれ自分達の勉強や訓練を始めようとしている。
まだまだ負けるわけにはいかない。
これからおこなうのは、魔法の射手の効果的な運用法と俺の弓との戦い。
実際に戦うのは流石に危険なため。
ネギ君の魔法の射手を俺が矢で撃ち落すというもの。
ネギ君がターゲットを撃つのを、弓で守る。
直線弾だけでなく、誘導弾もOKという結構とんでもないバトルだ。
だが、これから行く日本の魔法学園では銃弾を銃弾で撃ち落す。
なんて、とんでもないレベルの達人がいるらしい。
とりあえず、ソレにあわせて俺も訓練をしなければ。
サーヴァント相手でも、なんとか当てるくらいはできるようになった俺だが。
銃弾となると正直かなり不安だ。
剣を使って弾くではなく、銃弾で銃弾を弾く。
俺がやるなら『矢』で銃弾を弾く。か。
果たしてできるだろうか。
コレより始まるのは、魔法と魔術の訓練。
ネギは、父親と共に戦うために。
士郎は己の贖いの為に、少しでも強くなるために。
厳しい訓練が、始まる筈であった。
………そう、ここに。彼女がいなければ。
「―――――センパイ?」
とても、綺麗な声が聞こえた。
平和だった日々を終わらせる、声。
ラグナロク、最後の戦争を告げる鐘の音もきっとコレぐらい美しい音色なのかもしれない。
◇
これより、僅かに時を遡ることを許して欲しい。
時を前後して、衛宮宅。
こちらに来て数年。
元々、架空元素と虚数魔術をつかう桜にとって。
この世界の魔法で相性がいいのは、闇の魔法であった。
だが、未だにアチラと繋がりがある桜にとって。
こちらの闇の魔法を使うことは、とても難しかった。
こちらの世界の闇の魔法。それは【全てをありのまま、受け入れ飲み込む力】
善、悪。強さも、弱さも。
全てを【飲み込む力】
だが、己の負の感情に負けたことがある桜にとって。
その制御はとても難しく。
未だに、なんとか影の使い魔を使える程度であった。
「―――――今日はコノぐらいにしておきますか」
「………うん」
己の所業。成した罪。
それらを償う術を求め。士郎が目指したモノ。
ソレを目指し。より多くのモノを助けようと、足掻いてきた。
だが、生来。争いごとが苦手な桜にとって。
戦いとはとても難しく。なれない世界の魔法理論を覚えることはとても難しかった。
「――――じゃあ、洗濯物たたんでくるね」
ライダーに一言断ると、その場を離れ。愛しい人の乾いた洗濯物をたたみに向かった。
元々、家庭的な桜にとって。コレこそが幸福だった。
なんでもない、幸せ。
愛しい人の世話をする。ただそれだけでとても幸せな女性だった。
何時もどおり、アイロンをかけ。
丁寧にたたんだ後、タンスにしまう。
そんなことがとても幸せで、その幸福感に包まれながら士郎の世話をする。
何時もどおりの光景。何時もどおりの幸せ。
………幸せであったのだ。そう、その物体をタンスの奥から見つけるまでは。
◇
「―――――センパイ?」
とても、綺麗な声が聞こえた。
目の前には、ネギ君とネカネさんが引き攣った笑顔を浮かべている。
解る、なんとなく。
後ろにいるのが、誰なのか。この後、俺にどんな運命が待ち受けているのか。
ぎぎぎと錆びついた音を響かせながら、後ろを振り向くと。桜がとても綺麗な笑顔を浮かべている。
思わず見惚れそうな、綺麗な笑顔。少なくとも俺なら絶対に見惚れる。
町でもきっと、10人が10人振り返るだろう。
………その瞳に蠢くものさえなければ。
とっても綺麗な笑顔な筈なのに、ユラユラ蠢く影がとっても恐い桜さん。
今日も元気に黒化中。
なにがあったのか解らないけれど、すっごく怒ってるのだけはわかります。
「さ、桜さん? ど、どのようなご用件でしょうか?」
何を怒っておられるのかな? と、お伺いをたてる俺に突き刺さる冷たい視線。
顔は笑っているのに、眼がまったく笑っていません。
気のせいか、額にでっかい血管が浮いておられます。
「………ずるいです。私がいないときに弓を引くなんて」
………そう言いながら。可愛く頬を膨らませる桜さん。
さっきの黒化もなんのその。そのイジケタ様子が未だに可愛いと思ってしまう、ダメな俺。
そういえば在学中、俺に弓道部に戻って欲しいと言っていたが。
弓が見たかったのか。戦場では散々見せたのだが、やっぱり弓道場で一緒に射をしたかったんだな。
「あ、いや、それは。す、すまな「―――――でも、そんな事よりですね」………ハイ」
俺の謝罪の言葉も、フフフと笑いながら聞いちゃいない桜さん。
なにやら、もの凄くお怒りのようだ。
だが、ネカネさんと喋ったワケでもない。
桜に黙って、弓をしたことを怒っているわけでもない。
………いったい、ナニを怒っていらっしゃるんでしょうか?
「………でも、それより。先輩にこんな趣味があったことのほうが悲しいです♪」
そう言いながら、持っていた袋の中身を嬉しそうに広げる桜さん。
悲しそうな声なのに、嬉しそうとはコレいかに?
などと、現実逃避したい俺。
桜さんが見せてくれた中身はとても綺麗な、色とりどりの布切れ。
フリルに花柄、白にピンク。黒にレースなんてものまであったりする。
つまり、何かというと。
「―――――――キャー!!!!!!」
女生徒、ならびに女教師がたの下着の数だったわけで。
先ほどの静謐な空気はまったくなくなり、彼女達の悲鳴と蔑みの眼が俺に突き刺さる。
………って、なぜ俺?
「―――――って、コレまさか?」
「はい。先輩の部屋から見つかりました」
ニッコリ死刑判決を下す、桜さん。
そして急激に俺に突き刺さる侮蔑の視線。
視線を針にできたら、俺はハリネズミになっているにちがいない。
「お、俺。知らな――――ガッ―――!!」
俺の言葉もろとも飲み込む黒い影。
いや、本当に知らないんだって。
そう言い訳もできず、俺の意識が消えていった。
ココにきて、もう6年。
ネギ君が卒業する前に、こんな不条理なバッドエンドがあったなんて………。
――――――後日、オコジョ妖精のカモミールがこの事件の犯人だとわかり。桜が士郎に凄い勢いで謝ったのはまた別の話である。
<続>
感想は感想提示版でお願いいたします。
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