『魔法都市麻帆良』
The 18th Story/嵐の前の静けさ?



休日の昼、アルベルト邸前
手に鞄を下げた私服姿の茶々丸がチャイムを押すと
ややあってからこの家の家主の青年の声が響く

『――誰だ?』
「アルベルトさんですか?茶々丸です」
『ああ、お前か。何だ?』

その声に茶々丸は頷くと

「1つ、お頼みしたいことがあるのですが……」
『む?』

そして2人はインターホン越しに2,3言話し合うと
家の中からアルベルトがノインを伴って現れ、茶々丸から何か受け取ると
ノインが家の門を閉じ、それぞれ歩き去って行った―――


約20分後
茶々丸から頼まれ、エヴァンジェリンの家へ向かう2人
何か考えているのか憮然とした表情のアルベルトと変わらず無表情のノインだが
エヴァンジェリンの家が見えると、2人は横目に視線を合せ

「――さて、着いたな」
「はい」

アルベルトは頷き返すノインを見て表情を戻すが
そこで茶々丸から伝えられた言葉の内容を思い出したのかまた黙ると

「しかし花粉症に加えて風邪とは……」
「魔力の大半が封じられている以上仕方のない事と判断できます」

ノインの言葉にアルベルトはああと頷き

「それはいいんだがあいつの普段の態度を思うと妙におかしくてなぁ
 ――治ったら存分にからかってやるか」
「おやめになった方がよろしいかと」

そうか?と首を傾げるアルベルトをノインは無視して家のドアを開けて中に入っていき
それをみて納得のいかない様子のアルベルトもそれに続く
家の中には可愛らしい人形が所狭しと並んでいるが
1度見ている2人が特に気にするでもなく奥へ向かおうとすると

『ケケッ、誰カト思エバテメエラカヨ』
「む――」

いきなり横合いから聞こえた声に2人が振り向くと、視線の先の棚に1体の妙な人形が乗っていた
他の人形に比べて装飾が少なく、よく見ると耳の辺りに茶々丸に似た飾りがついている
更に、普通ならあり得ない事だがその人形が声を発したらしく、今もそれを裏付けるようにケタケタと笑っている
その様子を見たノインが首を傾げると

「貴女様は……失礼ですがどなたでございましょうか?」
『ア?』

その言葉にその人形は笑うのを止めるとジト目を2人に向け

『何ダヨ、妹タチカラ聞イテンダロ?』

そのジト目と共に放たれた言葉に、それまで人形を眺めていたアルベルトがああと頷くと

「そういえばヴァンジェリンの従える魔法形式の自立人形いると紅華が言っていたな」

そのままうむうむと無意味に頷くと

「とするとお前がチャチャゼロか、聞いていた通り口が悪そうだ」
『ケッ、アノ妹ハロクナ事言ワネェナ』

人形――チャチャゼロはつまらなさそうな口調で言い捨てると
どうやら身体を動かすことが出来ないらしく、視線のみを上に向けると

『御主人ナラ上デ唸ッテルゼ?――ッタク2番目ノ妹……茶々丸のコトダケドヨ
 アイツガ来テカラマスマス気ガ抜ケテヤガル。情ケネェモンダゼ』
「それだけ茶々丸様を信頼なさっているのだと推測します」
「だ、そうだが?」

ノインの推測を聞いたアルベルトが確認の声を向けるが

『マ、ソンナンオレハドーデモイーンダケドナ
 ココ10年チョイロクナモンヲ斬ッテ無クテツマンネエンダヨ』
「……――また物騒だな」

本当にどうでもよさそうに呟くチャチャゼロを見て嫌そうな顔をするアルベルトだが

「――ふむ」
「アルベルト様、何故そこで私を見るのかと疑問します」
「いや、お前も似たような物だろう」

その言葉に半目になる従者をアルベルトは無視して更に言葉を重ねる

「―――大分前にも俺の部屋に入ってきた下士官を問答無用で叩きのめしたからなぁ
 まあ、原因はノック無しで入るとお前に沈められると教えないで面白半分にそいつを入らせた姉貴のせいだが……
 ――うむ、他にも色々思い返して考えればお前も十分に物騒だぞ」

真顔でそう言うアルベルトにノインは半目をやめ、少々思案してから頷くと

「確かにあの方にも困ったものだと判断します
 ―――後で兄に説教を喰らう姿は色々な意味で誰にも見せられない姿だと記憶しております
 ともかく誰が物騒ですか、――その台詞は鏡を見て放たれるのがよろしいと判断します」

逆に半目になった自分の主人と何が楽しいのかケタケタと笑うチャチャゼロをノインは無視し

「更に申せば私は必要以上に攻撃することはありません
 相対した者に容赦をしないとの判断を下しているだけでございます」
「お前も鏡見ろ。で、だ、チャチャゼロ」
『ケケッ、何ダヨ?』

そこでアルベルトは部屋の入口の辺りに目を向けると
少々呆れた様子で肩をすくめながら言う

「さっきからそこで寝てる貴様の主人を放置してて良いのか?」
「――何故床で倒れているのでございましょうか?」
『ケケケッ、床デ寝ンノガ好キナンダロ?』
「違うわぁっ!――貴様らの訳わからん会話に頭痛が酷くなった……だ…け……」

チャチャゼロの妙に楽しげな笑い声に床に沈んでいたエヴァンジェリンが叫びながら飛び起きるも
おそらく怒りによるものではない要因でで顔を赤く染めつつふらつくのを音も立てずに近寄ったノインが支えると

「エヴァンジェリン様、花粉症に加えて風邪までひかれておりますのにそのように怒鳴るのはよろしくないと判断します」
「だ、誰のせいだと……」
「少なくとも私ではございません」

ノインはエヴァンジェリンにそう切り返しつつその身体を抱き上げると
その背をさすりつつアルベルトたちの方へ戻り、アルベルトにエヴァンジェリンを預けると一礼し

「アルベルト様、エヴァンジェリン様をお任せいたします」
「うううう〜〜〜…………」
「ああ」

顔を真っ赤にして唸るエヴァンジェリンを抱き直すアルベルト
そしてノインはエヴァンジェリンに一礼すると

「では厨房をお借りいたします、茶々丸様の許可は頂いておりますのでご安心を
 ―――エヴァンジェリン様、今喉に物は通られますか?」
「う……、あ、ああ……、軽いものなら何とか……」
「承知いたしました」

唸りながらもなんとか答えるエヴァンジェリンにノインは再度一礼して厨房へ消え
それを見届けたアルベルトも踵を返して二階へ向かうと、後に残されたチャチャゼロは笑い

『ケケッ、――ヤッパリ丸クナッテヤガル』

―――と、妙に楽しそうに呟いていた時
階段を上り終わったアルベルトは『エヴァンジェリン』と書かれたプレートの下がった部屋を見つけると
自分の方に顎を載せてうーうー唸っているエヴァンジェリンに視線を向けると

「この部屋で良いな?」
「う〜……あ、ああ」

アルベルトはエヴァンジェリンが弱々しく頷くのを見て頷くと
部屋の端にあったベットにエヴァンジェリンを寝かせ、捲れていた布団を被せると

「ほら、ノインが飯作るまで寝ておけ」

と、何故か床に落ちていた枕をその顔に被せる

「おぷっ!?き、きさ……」

抗議の声上げるエヴァンジェリンをアルベルトは無視
傍らにあった椅子を引き、その上に腰掛けると

「――以前紅華に聞いたが今は外見どおりの身体能力しか持っとらんのだろう?」
「む、……ああ、忌々しいことにな」

枕を頭の下に戻し、布団の中に潜り込みながらも本当に忌々しそうに呟くエヴァンジェリン
アルベルトはその様子を見て呆れたような表情を見せつつも肩を竦めると

「だったら寝ておけ。ノインは風邪の治療には気付けをやたらと重視するからな」

そこまで言った所でおもむろに首を振ると

「……寝て体力を回復させとかんと少々キツイものを作るかもしれんぞ?」
「……何かえらく実感こもってるな」

その声に顔を上げ、かなり嫌そうな顔で苦笑すると

「ああ、以前風邪引いたら妙に辛い粥食わせられて酷い事になってな」

しばらくのたうち回るハメになった、とアルベルトが付け足すのを聞いてエヴァンジェリンは頬を引き攣らせると

「――……わ、私は大丈夫だろうな?」
「まあ、あいつは相手を見るから大丈夫だとは思うがな。――改めて思うと俺の扱いが妙に軽いな?」
「わ、私が知るか」

真顔で自分を見るアルベルトにエヴァンジェリンは慌てた様子で言いつつ背を向けると

「とにかくそういうことなら私は寝るぞ……」
「ああ」

その声にアルベルトも頷いてから黙り、そのまま両者は無言
ややあってからエヴァンジェリンが寝息を立て始めるのを見ると
アルベルトは懐から数種の本を取り出して読み始める


「――さて」

一方、台所で料理の準備を進めていたノイン
一通りの道具や材料を出し、それらを軽く見渡すと

「エヴァンジェリン様の体力は外見通りと記憶しております」

そう呟いて軽く頷くと
懐から銀色の懐中時計を取り出して時間を確認し

「――ならば栄養がつき、なおかつ刺激の少ないものがよろしいと判断します」

そうして調理にかかろうとするが

「――……?」

ふと背後に気配を感じ、振り向いて調理場から玄関をのぞくと――

「……」

視線の先では不安そうながらも落ち着いた表情のネギが部屋の中に入り、室内を窺っていた
しかし、その様子と手に握られた白い封筒をノインは無視し
静かにネギの横手へ歩いて行くと、ノインにしては珍しく若干の苛立ちを込めて呟く

「……ノックもせずに女性の家に入るとは良い度胸だと判断できますが?
 以前の私の説教は全くの無駄でございましたか、――腹立たしいと表現できます」
「ひゃあっ!?」

流石にノインがいるとは思っていなかったらしく盛大に驚くネギ
反射的に手の封筒を背後に隠すと、その勢いで落としそうになった片手の杖を慌てて持ち直すと

「――ノ、ノインさん!?」
「その通りでございます。――今現在はアルベルト様と共に茶々丸様の代理を務めております」

そう言って一度言葉を切り、視線をまっすぐにネギへと向けると

「――一体何用でございますか、回答を頂きたいとを希望します」

静かに、しかし有無を言わせぬ口調でそう言い放った


ほぼ同時刻、麻帆良大学工学部個人研究棟の一室
相も変わらず床にまで雑多に散らばる部屋の中、壁際の長椅子に茶々丸と紅華が並んで談笑している
茶々丸が何か話すと、紅華は頬に手を当てながら首をかしげ

「あらあら、ではアルベルトさんとノインさんに任せてきましたのね?」
「はい、姉さん」

茶々丸が首肯すると紅華は眼を弓にし

「うふふ、いい事ですわ。あなたの御主人は私から見ても子供っぽいところがありますものね
 口でどういうかは知りませんけど喜んでいるでしょう」
「姉さん、マスターと私達ではどう考えてもマスターの方が……っ!?」

茶々丸の言葉は紅華がその額を軽く叩く事で中断させられた
額を押さえてこちらを見る茶々丸に紅華は意地悪そうな微笑を見せると

「そんなのわかってますわよ?外見と精神年齢の問題ですの」

そこですぐに表情を戻すと、何がおかしいのかくすくす笑い出すと

「しかし貴女もちょっと変わりましたわね?前だったらすぐに帰るのに私と話をする時間を作るんですもの
 全く……エヴァンジェリンさんが寂しがらせるなんて変わったガイノイドですわね貴女は」
「ね、姉さんそれは違います」

自分の言葉に何故かどもりつつ否定する茶々丸を見て紅華はわざとらしく首を傾げると

「あらあら?では貴女は姉さんと話さなくても良いって言うんですの?」

それを聞いて黙ってしまった茶々丸を無視しつつ更に大げさに手を振りながら言う

「姉さんは悲しいですわー、あんなにいい子だった茶々丸がこんな風になってしまうなんてっ……!」
「ち、違います……、姉さん少し落ち着いて―――」

だんだんとテンションが上がってきたのか語調も強くなる紅華
それを茶々丸が止めようとした瞬間、紅華は元の様子に戻ってクスクスと笑うと

「あらあら冗談ですのに、――ふふ、茶々丸は可愛いですわねー」
「姉さん……」

流石に少々やりすぎたのか睨むような目線になる茶々丸
しかし、それを見た紅華は笑みを絶やす事無く、こうさんだといいたいのか両手を軽く上げると

「はいはい落ち着きなさいな。――元は私が呼んだのに悪かったですわね」
「―――姉さん、何故あんな意味のない会話を……」

紅華の宥めとは言えない宥めに一応表情を元に戻す茶々丸
しかし、何故ああ言う言動をとったのかわかる訳もなく、疑問の言葉を発するが
対する紅華は変わらぬ調子で笑い続けると

「ふふ、あれが私ですもの」
「え?」

その声に紅華は笑みを消し、真面目な顔で茶々丸を見ると

「茶々丸、貴女と私が自我を得たのはほぼ同時期ですわ」

その声に頷く茶々丸に、ですけれど、と付け加えると

「その後の環境の違い、と言うのも私達には存在しますのよ
 ああ言った貴女にとって意味のない会話も私には意味がある、ということですわね」

覚えておきなさいな、と紅華が付け加えると慌てて頷く茶々丸
紅華はその様子に微笑しつつ、妹との会話を優先して後回しにしていた本題を切りだす

「――ともかく、頼んだデータは取ってくれましたの?」
「は、はい。といっても私の記憶から抜き出した物をプリントしただけですが……」

そう言って茶々丸が手の袋から取り出した書類の束を紅華は受け取って笑うと

「ふふ、十分ですわ」

紅華がそう言いながらその書類を傍らの机に置くと
茶々丸は不思議そうな様子で顔を傾げながら問う

「はい、でも何に使うんですか?『登校地獄』の構成術式のデータなんて……」
「さあ?私も内容は聞かされてませんもの
 博打的な要素が強いからハッキリするまで話したくないとだけ聞いてますわ」

肩をすくめながらそう言う紅華を見て茶々丸は軽く眉をひそめると

「はぁ……、――姉さん、それはマスターのためになるのでしょうか?」
「あら?何でそこでエヴァンジェリンさんが出てきますの?」

その言葉を聞いた紅華は茶化すように言うが
隣に座る茶々丸は真摯な目で紅華を見つめると、再度口を開く

「今現在『登校地獄』に捕らえられているのはマスターだけです
 ―――そして、その他の条件から考えてもマスターに関する事だとしか判断できません」
「ふふ、――それは尤もですわ、賢いですわね茶々丸
 ――でも答えられませんわ、私も知りませんの」
「――姉さん」

そう言って仰々しく肩をすくめる紅華を茶々丸はかなり本気で睨みつける
人で無いものの証とも言える瞳のない眼に睨まれた紅華だが
自分も同じ存在である故かさして反応することなく肩をすくめると

「怖い顔をしてもだめですわよ、本当に知りませんもの」

紅華はそう言うが、その言葉に納得のいかなさそうな茶々丸
その様子を見た紅華はもう一度肩をすくめると、あのですねと付けたし

「私達が有事以外でウソをつけないのは貴女も知っているでしょう?
 ―――そして今は有事ですの茶々丸?」

そう問われた茶々丸は押し黙り、ややあってから頭を下げると

「―――……はい、すいません姉さん」
「いいんですのよ、それだけ貴女にとってエヴァンジェリンさんが大事だということですものね」

と、紅華が答えるのとほぼ同時に部屋の奥の扉が開き
2人がそっちに視線を向けると、中から制服の上から白衣を羽織った超が現れる
超は2人に気づくと、微笑を浮かべながら近づいてくると

「紅華ー、茶々丸ー」
「あら超、どうしたんですの?」
「ん、2人とも前回の調整の結果が出たから渡しとくネ」
「わかりましたわ、――それと茶々丸から貰った資料ですわよ」

超はそう言うと懐から2枚の書類を取り出し、一度確認してからそれぞれに手渡す
紅華はそれと交換するように先ほど茶々丸から受け取った資料を渡す

「りょーかいネ、――おっと、言い忘れるとこだタ、紅華――」
「はいはい、何ですの?」

何か言いかけた超だが、紅華の返事を聞いた瞬間黙り
微妙に嫌そうな顔で額に指を当てつつ黙考、ややあってから後頭部に冷や汗を浮かべると

「……あんまり関係無いけどその喋りはどーにかならんカ?そんな口調ワタシもハカセも設定しとらんのだガ」
「あらあら、そんなの私の勝手ですわー、そこら辺自由にしていいって言ったのは超じゃありませんの」

その言葉を聞いた紅華が半目でそう返すと
超はそうだったと言わんばかりの表情で後頭部をボリボリと?くと

「あいや〜……、――ま、それはいいネ」

そう言うと懐からもう1枚の書類と白地に青い模様が描かれたカードを取り出し、紅華に差し出すと

「“2本目”が組みあがったから後でチェック入れといてくれるかネ?」
「わかりましたわ。――“杖”はどうですの?」

カードと書類をしまった紅華の疑問の声に超は首を横に振ると

「そっちはまだまだ、接合部の噛み合わせがイマイチなのネ」
「了解しましたわ、私としてはなるべく早く済ませてほしいですわね
 エヴァンジェリンさんの警備区域で戦闘駆動試験するのもいつ出来なくなるかわからないんですもの」

そういって肩をすくめる紅華だが、そこで何か思うところがあるのか少々思考すると
ややあってから呆れたような視線を部屋に1つだけある窓に向けると

「ぶっちゃけて言いますととっくに気づいているほうが自然なのですけど」
「そこら辺が魔法使いの悪いところだと思うがネ……」

こちらもまた呆れたような様子で言葉を重ねようとする超だが
ここで言っても意味はないと考えたのか首を横に振って中断すると

「ともかく、なるべく早く仕上げるネ」
「ええ、頼みますわね超」

その返事と様子に超は苦笑
全くどっちが上かわからんネ、と言いつつ踵を返して部屋を去ると
後に残された姉妹はまた会話を開始するのだった――


同時刻、再びエヴァンジェリン邸
読んでいた本を読み終えたアルベルトといつの間にか目を覚ましたエヴァンジェリン
何気なく雑談に興じていた2人だが、アルベルトがふと壁時計を見ると

「――遅いな」
「――ん、ああ、そうだな」

1眠りして気分が落ち着いたのか穏やかな様子のエヴァンジェリン
その様子を見たアルベルトは苦笑すると立ち上がり

「さて……――ん?」

ノインを呼びに行こうとしたのか部屋のドアへ向かおうとした瞬間
ドアが開き、片手に膳に乗ったシチューを持ったノインが現れる
ノインはベットの横にある机に膳を置くと、エヴァンジェリンに頭を下げ

「エヴァンジェリン様、食事をお持ちしました」
「――ん、すまんな」

そう言いながら身体を起こすエヴァンジェリン
ノインは後ろでアルベルトが微妙な表情で椅子に座りなおすのを無視すると

「お気になさる必要はないかと。それと――」

そう言いながら懐から白い封筒を取り出すとそれも机の上に置き

「先程スプリングフィールド様が尋ねられ、これをお預かりいたしました
 食事が終わったらお読みください」

エヴァンジェリンはその封筒に『果たし状』と書かれているのを見ると

「ふん、この前茶々丸を襲っておいて更に果たし状とはな」

いい度胸だ、と呟きながらシチューを口に含んだ瞬間

「……―――!!!?」

唐突に目を見開き、慌ててスプーンを口から出すと
そのまま口を押さえて悶絶するエヴァンジェリン
それを見たノインは首を傾げると

「――どうされました?」
「……し、舌が……」
「……熱すぎたんだろう」

背後から呆れた様子のアルベルトの声にノインは少々思案
ややあってから真顔で一礼し

「――それは失礼いたしました」
「い、いいふぁら水……」
「申し訳ございません、――どうぞ」
「うぁう……―――」

と、ノインが渡した水を一気飲みするエヴァンジェリンだが
やはりダメージは早々抜けないのか口を押さえたまま固まってしまう
それを見たアルベルトはふむと唸ると

「…………やはり貴様も酷い目にあったな。まあ今回ノインにその気はないようだったが」
「……ひゃかましぃ」

微妙に呂律の回らない返答を返すアルベルトに無視され
恨みがましげな視線をアルベルトにぶつけるエヴァンジェリン
その様子を見ていたノインは少々思案するとアルベルトに視線を向け

「――では、アルベルト様」
「ん?――ああ」

その言葉に何か察したアルベルトが部屋から出て行くと
ノインはベットの横に椅子を引き、それに座ってシチューの皿とスプーンを取る

「な、何だ?」

疑問符を浮かべるエヴァンジェリンを無視し
スプーンで掬ったシチューに何度か息を吹きかけて冷ますと
スッとエヴァンジェリンの口の前に突き出し

「――どうぞ」
「い、いい。自分でやる」

慌ててスプーンを取り返そうとするエヴァンジェリンだが
ノインはスッとそれを引くと、即座に口元へ差出し

「いけません、考えてみれば私も迂闊であったと思考します
 何も補助をしないなど――全くもって迂闊でございました」
「いやだからいいと言っている」
「いけません」
「だ、だから――」
「いけません」
「…………」
「――よろしいですか?」
「…………ああ」

観念したのか突き出されたスプーンを口に含むエヴァンジェリン
そうして何度かそれを繰り返して一息ついたエヴァンジェリンがふと首を傾げると

「しかし、――何でアルベルトを部屋から出したんだ?」

対するノインは新たなシチューを掬おうとする手を止めて少々思案すると

「――あまりこういった所を主に見られるのは侍女として良い気がしないと判断できますので」
「……私にはよくわからんな」
「アルベルト様にも以前同じことを言われたと記憶しております」
「そうなのか?」
「――はい」

ノインはそう言いながらまたシチューをエヴァンジェリンの口に持っていき
エヴァンジェリンも完全に諦めた様子でそれを口に含む

一方、一階でチャチャゼロと雑談していたアルベルト
一旦会話を切り、何気なく天井に目を向けると

「ふぅ、どうもあいつはああいった事を俺に見られるのを嫌うな」
『ケケッ、何ダヨ。御主人ニアノネーチャン取ラレテ寂シイノカヨ?』

楽しげに問うてくるチャチャゼロをアルベルトは横目で見て軽く笑うと

「はっ、んな訳あるか」
『ソーカヨ?』

チャチャゼロの問いにアルベルトは軽く肩をすくめると

「当たり前だ、あの程度で逐一反応するほど浅い仲でもない」
『ケケッ』

と、そこまで行った所でアルベルトが階段の方へ視線を向けると
空になった皿とコップを乗せた盆をもったノインが現れる
ノインが台所に向かい、少しの間水音が響き、ややあってから戻ってくる

『御主人ハドーシタヨ?』
「またお眠りになられました。――あの様子ならば当分は目覚めないと判断します」
「そうか」
「はい」
「――む?」

―――アルベルト・心理技能・自動発動・気配感知・成功!

ふとアルベルトは家の外の方向に視線を向けると

「――どうやら茶々丸が戻ってきたようだな」
「そうでございますか」

ノインが呟くのとほぼ同時に玄関のドアが開き
手にバックに加えて買い物袋を持った茶々丸が入ってくるとチャチャゼロに視線を向け

「姉さん、今戻りました」
『オウ、遅カッタジャネーカ』
「すいません。アルベルトさんとノインさんもありがとうございました」

そう言って自分達に頭を下げる茶々丸にノインもまた頭を下げると

「お気になさる必要はないと判断します」
「ああ」

そう言ってアルベルトは立ち上がると

「じゃあ俺達は帰るぞ」
「はい」

そう言って

「あ、ありがとうございました」
『ケケッ、ジャーナ』

対照的な2人の声にノインは振り返って一礼
アルベルトは歩きながら軽く手を振ることで返すと
2人はそのまま家から出る
そのまま少し歩いたところでアルベルトはふと振り返り
ノインも一度首を傾げてからそれに倣う

「…………」
「――――」

2人は少しの間吸血鬼の少女と機械の少女、そして人形たちの住む家を見るが
すぐに踵を返し、自分達の家に続く道を歩いて行く




18th Story後書き

どうも、千年竜王です
『魔法都市麻帆良』18thをお送りします

今回は日常パート、という事で大きな動きは有りませんが
次回はもう少し話が進むと思います
紅華が妙な性格になってますがあれは茶々丸や他の姉妹、後は超と葉加瀬にしかとらない態度です
他の人の前ではもう少し大人しいんじゃないでしょうか

エヴァンジェリン編も終わりに近いという事で
そろそろこの作品独自の色を出していきたいと思います

それでは

〈続く〉

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