『魔法都市麻帆良』
The 19th Story/それぞれの思い/前編



麻帆良学園大学部付近
薄闇を街灯が照らしているが、それが不意に消える
次々と街の明かりが消え、やがて街を照らすのが月の光のみとなると
大学の出口から黒いマントに身を包んだ金髪の少女と
改造されたメイド服を身に纏った緑髪の少女が現れる
金髪の少女がまだ満月には遠い月を見上げて愉快そうに笑うと

「クククッ、―――行くぞ、茶々丸」
「イエス、マスター」
「――待てエヴァンジェリン」

そう言って飛び立とうとした2人を横合いから唐突にかけられた声がそれ止める
エヴァンジェリンはその声の主に心当たりがあるのか微妙に嫌そうな顔で振り返ると
そこには予想通りの人物―――アルベルトとその従者が立っていた

「……アルベルトとノインか、何の用だ?」

エヴァンジェリンはそう言いつつ仰々しい動作で肩を竦めると

「貴様らは介入しないのだろう?――騎師と名乗るものが自ら約束を違えるのか?」

その言葉にアルベルトは頷くと

「ああ、その約束を違える気はない、――だから貴様に忠告しに来た」
「何だと?」
「佐々木や他に血を吸った奴を小僧との戦いに使うのはやめろ
 わざわざそいつらを使わんでも貴様には茶々丸がいるだろう?」

真面目な顔でそう言うアルベルトを見たエヴァンジェリンは口元を歪めて笑うが
その口元とは裏腹に全く笑っていない視線をアルベルトに向け

「ほお?吸血鬼である私にその力を使うなと?」
「佐々木達を下僕として使うならばさすがに介入するぞ?」

以前言った“余程の事”だからな、と付け足すとアルベルトは意地悪そうに笑い

「今の貴様であの小僧と俺達を同時に相手にできるか?」
「……――」

その言葉に顔を伏せるエヴァンジェリン
そのまま背を向けるのを茶々丸が不思議そうに見ると

「マスター?」
「……行くぞ茶々丸」
「イエス」

2人は夜空へ飛び立ち、やがてその姿は夜闇に消える
それを一礼で見送ったノインが頭をあげ、傍らのアルベルトに視線を向けると

「――よろしいので?」
「忠告はした、これを無視するようなら仕方がない
 ―――お前は気に食わんだろうがな」
「その様な事は無いものかと―――」

否定の言葉を紡ごうとしたノインをアルベルトは左手で制すと軽く笑い

「――は、いつも通り本音を言えよノイン、別に咎める気もない。何だったら言えと命じてやろうか?」

その言葉にノインはおもむろに顔を伏せるが
すぐに顔を起こし、半目の視線をアルベルトに向けると

「アルベルト様、そのような言い方は卑怯であると5年3カ月と12日前にも申した筈だと記憶しておりますが?」
「―――ふぅ、そうか。まあお前がいいならそれでいい。――行くぞ」
「――承知いたしました」

2人は踵を返し、エヴァンジェリン達が消えた方とは別の方へ走りだす
そのまま10分ほど走り続ける2人だが、ノインがふとアルベルトの方へ視線を向けると

「――アルベルト様」
「何だ?」

ノインの呼びかけに走りながら横を走るノインを見るアルベルト
その視線を受けたノインは走りながら深く頭を下げると

「――申し訳ございません」
「はは、――かまわんさ、あの程度でどうこう言うほど俺はお前を知らんわけではない」

その言葉にノインが頭を上げると
アルベルトは唐突にその表情を渋いものへと変え、懐から麻帆良学園の地図と思わしき紙を取り出すと

「――しかし、施設がここまで広すぎるのには問題があるな」
「はい、現在のリストを見る限りでは施設の広さに人員の数が追い付いていないと判断できます」

自分の言葉に頷くノインにアルベルトも頷き返すと

「ああ、いくら個々の能力が高かろうと人員の少なさを完全には補えん
 おかげでこんな長距離を走らされている訳だが……――何だその目は」
「アルベルト様、エヴァンジェリン様に忠告するためにわざわざ遠回りしたのを学園の体制の所為にするのはおやめ下さいと進言します」
「ふむ……?」

その言葉と半目を受けて何か考えつつ首を傾げるアルベルト
ノインはその様子を無視しつつ懐から銀色の懐中時計を取り出し、蓋を開けて時間を確認すると

「もう一つ申し上げさせて頂きますが急がれた方がよろしいかと
 この速度では予定通りに行く確率が低いと推測できます」
「む、そうか、―――なら急ぐぞノイン」
「承知いたしました」

2人は姿勢を低くして加速、瞬く間にその姿は森の木々の中へと消える


それから数分後
先ほどの場所から少し離れた森の中を7体の鬼が移動していた
ただ妙な事にその身体には無数のかすり傷が刻まれ、最も先頭を行く一体の手に持つ大剣は中ほどから折れていた
先頭の鬼はそれを見て人間とは程遠い顔に苦々しそうな表情を浮かべると背後に振り向き
自分よりは幾分か傷の少ない後続の面々を見て今度は露骨に顔を顰めると

『―――っち、だいぶ削られおったな』

すぐ後ろを歩く鬼がその言葉を聞いて頷くと

『おう、しかし一体何なんやあの仕掛けの山は?』
『わしが知るか、ともかく足元に気をつけ――!?』

最後尾を警戒しながら歩く鬼が答えようとした瞬間
凄まじい轟音にその声はかき消され、それと同時に横殴りの竜巻がその鬼を切り刻んだ

『『『『――!!』』』』

とっさに円形に集まって周囲を警戒する鬼達だが
その円の中心に森の中から飛び出したアルベルトとノインが降りたった

『な――何だテメッがあっ!?』
「やかましい」

1番近くにいた鬼が吠えようとした瞬間その胸部に鋼の剛腕がアッパーカットを決め
筋肉質の裂ける音や骨の砕ける音と共に人間より遥かに大柄な鬼の身体が一瞬浮き上がる
アルベルトはそれを逃さず、その鬼の腕を掴むと容赦無く別の鬼へ叩きつけた

『『ぐああっ!?』』

打音が響き、叩きつけられた鬼は揃って吹き飛ぶが
アルベルトはその吹き飛んだ方向へ竜帝から生じた竜巻を叩きこむ
その結果を確かめる事すらせず、2人は互いを一瞥し合うと己の眼前の鬼へ斬り込んだ
自身の方へノインが走ってくるのを見た鬼は金棒を握る手を締めると

『ちっ……このやっ!?』

カウンターを狙って金棒を振り降ろそうと瞬間ノインは片手に持っていた短槍を投げ込む
柄を縮められた短槍は正確に鬼の肩へ突き刺さり
短槍を引き抜こうとする鬼を閃風が両断、消える鬼をノインは一瞥すると

「正直申して小煩いと判断します」
『っち!――やっちまえ!』

リーダーらしき鬼の号令でリーダーともう1体の鬼がアルベルトを囲み
残りの1体がノインへ襲いかかり、棍棒を受け止めたノインをアルベルトから力任せに引き離していく
どうやら先にアルベルトを潰そうという魂胆らしく、それを見たアルベルトはほうと頷くと

「ふむ、流石に統率は取れているな」
『だらあっ!』
「――だがなぁ……」

アルベルトが感心したようにリーダーを見るのを好機と見た鬼が手の剣で斬りかかるが
それをアルベルトは風神を纏った飛皇で弾き、返す一刀で鬼を斬り捨てると
今度は呆れた様な視線を自分と対峙するリーダーに向け、軽く首を振ると

「……ふぅ、もう少しまともな連携は取れんのかお前ら」
『何だとこの――』

その言葉に怒りの声を上げるリーダーが折れた大剣を振りかぶろうとするが

『――ぐうっ!?―――何!?』

突如背中に感じた鋭い痛みに振り向くと
そこに味方の姿は無く、軽く裾を払うノインが静かな視線を向け
自身の背には短槍が深々と突き刺さっていた
アルベルトはそれを見て軽く首を振ると

「――だから言っただろうが」
『ちっ!てめっ……!』
「―――」

もはや短槍を抜こうともせず半ばヤケのような形で斬りかかる鬼
しかしアルベルトは大剣を竜帝で受け止めると、飛皇から発生した風の刃で鬼を袈裟掛けに叩き斬った
消える鬼からアルベルトは視線を外し、周囲に自分とノイン以外が居ないのを確認すると

「――さて、片付いたな」

そう言って風神を消し、飛皇を腰に下げるアルベルトに
同じように短槍をしまうノインが頷くと

「はい、しかし私共と戦う前から妙に疲弊していたと判断できます」

ノインのその疑問にアルベルトは何故かニヤリと笑うと

「ああ、この辺りが手薄だというのがどうも漏れているようでな、――用心のために4割増しだ」
「面倒なので何が4割増しなのかとは問いません、しかしこれだけはあえてお聞きいたします
 ―――学園の方を巻き込んで首になるおつもりですか」

半目でそう問うノインにアルベルトはわざとらしく肩を竦めると

「おいおい巻き込むの前提か。なに、仕掛けたと言ってももっと奥の方でな
 そこまで行く奴などそうそうおらんだろうさ」
「アルベルト様、――長瀬様をお忘れですか」

ノインのその問にアルベルトはおもむろに俯いた
そのまま少々沈黙し、妙に痛々しい顔で頭を掻くと

「――……近いうちに減らしておこう」
「ご理解頂けて幸いかと」
「ああ、この近辺は片付いただろう、―――行くぞ」
「承知いたしました」

2人はまた駆け出し、その姿は再び森の中へ消える


同時刻、別の森
ここにも襲撃は発生しているが、周囲に見られるのは鬼ではなく
蛇や鼠などの妖怪が複数体で行動していた
そしてその群れを見下ろせる高い木の上に立つ人影がある
人影は長身に忍者服を纏い、背に巨大な風車手裏剣を担っている
少女――楓は眼下の群れを見下ろして気楽そうに笑うと

「いやはや、停電で真っ暗な中襲撃とは大変でござるなー」

微妙に間延びした言葉と共に懐から取り出した3つの小さな球を軽い動きでばら撒く
その球体は地面に落ると共に凄まじい爆音と煙が巻き起こし、爆音と煙幕に混乱して隊列を乱す妖物を続けて投げ込んだ風車手裏剣が薙ぎ払う
そのまま付近の敵を一掃して戻ってきた手裏剣を楓は一度振り回すように勢いを殺して受け止め

「まあ、こんな状況こそ拙者の本分でござるな」

再度それを背負った楓は木から跳躍、未だに残る妖物の何体かを小刀で斬り裂き
視線の先に本能からか1か所に集まりつつある妖物が見えると――

「―――はっ!」

気合いの声と共に風車手裏剣を投擲、風を斬って唸る手裏剣が固まっていた妖物を纏めて両断する
楓は弧を書いて戻ってきた手裏剣を先ほどと同じように回収し、軽く周囲を見渡すと

「っと、こんなもんでござるかなー……っ!?」

と、呟きかけた楓の耳に聞こえたのは微かな銃声
真名でござろうか、と聞こえた方に視線を向けて呟くと

「――ふむ」

周囲の気配を探り、自分の周辺に何もいないことを確認して駈け出す
そのまま数分ほど駆け出し、烏族と思わしき気配を前方に感じた瞬間

『があっ!!』

突如前方の茂みから何かに蹴り飛ばされた勢いで一体の烏族が飛び出し
そしてそれを追うように剣を携えた人影が飛び出してきた
反射的に身構える楓だが、その胴にもう一本の剣の様なものが深々と突き刺さっているのに動きを止める
烏族は楓に気づかぬまま空中で羽ばたき、体制を立て直そうとするが

「――!」
『――ぐああっ!?』

突如足と背から炎を噴き出して加速した影が烏族に突き刺さる剣の柄を弾くように蹴り飛ばす
胴に深く突き刺さっている剣が烏族を支点に回転した為、空中にあるその身体もそれに引かれるように捻じれる
凄まじい激痛に顔を歪める烏族を影は無視、片手に持つもう1本の剣を振りかぶると

「――はっ!」

銀弧が烏族の首を一閃
刎ねられた首に苦悶の表情を浮かべながら消える烏族の身体から剣を回収すると
再度足裏から炎を噴き出して減速、ゆっくりと地面に降り立った
そして軽く頭を振り、黒と無塗装の双銃剣を腰に提げる
その様子と耳元のアンテナを見た楓は首をかしげ

「――茶々丸殿……?」
「あら、誰か居るんですの?」

その声に初めて楓の存在に気づいたらしい赤髪の人影は楓の姿を認めると

「――あらあら、貴女は長瀬楓さんじゃないですの」
「そうでござるが……、お主は何者でござる?」

軽い警戒を滲ませる楓の様子を見て人影は眼を弓にすると

「ふふ、私は茶々丸の姉妹機の絡繰・紅華と申しますわ
いつも妹がお世話になってますわね」

人影――紅華がそう言って頭を下げると
楓は軽い驚きの表情を浮かべつつ頬を軽く掻き

「あーー……――いやいやこちらこそ」
「あらあら」

そう言ってクスクスと笑う紅華を微妙な表情で見る楓だが
ふと先ほどの紅華の行動を思い出して首を傾げると

「して、紅華殿は何故こちらに?」
「ふふ、茶々丸とエヴァンジェリンさんの代理ですわ」

今夜はエヴァンジェリンさんが用事で警備できないんですのよ
と、台詞の割には楽しそうに言う紅華に楓も思わず相好を崩すと

「そうでござったか、妹思いなのでござるなぁ」
「あらあら、褒めても何も出しませんわよ?」
「ははは、それは残念でござるなぁ」

と言いながら笑う楓と紅華だが

「――あら」
「ん? 一体どうしたで―――」

紅華が何かに気づいたように視線を僅かに動かし、それに楓が首を傾げた瞬間
楓の後方に当たる方向から微かな、しかしはっきりと爆音と分かる音が響いてきた

「! 何でござるか!?」

言葉と共に腰の小刀を半ば引き抜いて背後を警戒する楓だが
紅華は逆に微塵も慌てた様子もなく頬に手を当てると

「あらあら、だいぶ近くまで来てるみたいですわねー」
「? この音が何か知ってるでござるか?」

ええ、と紅華は頷いた
しかしふと何か考え込むように視線を泳がせ、ややあってから深く2度頷く
何事かとそれを見る楓に対して微笑を浮かべると

「―――よろしければ確かめてみますの?」


同時刻、麻帆良学園大学部付近

「アルベルト様、爆音が橋の方へ移動していると判断します、――このままならば予測地点まであと数分と推測できます
 ですのでスポーツドリンクをガブ飲みするのをやめてボトルをお渡し下さい。お渡しなさい。3度目はございません
 ―――結構だと判断します」

と、頷きと共にスポーツドリンク入りの1リットルペットボトルを仕舞うノイン
木にもたれているアルベルトは軽く口を拭ってからノインに半目を向けると

「お前は唐突にセメントになるのをやめろ。……――まあいい、やはり橋の方に誘い込んだか、予測通りだな」
「――はい、しかしよろしいので?」

疑問の表情を浮かべるノインに対してアルベルトは軽い呆れの表情で肩をすくめると

「かまわん、爺やタカミチはそうでもなさそうだが他の連中はエヴァンジェリンを警戒しすぎだ」

そう言ってアルベルトは先日この学園の教師陣と交わした会話を思い出す
その際告げられたエヴァンジェリンの過去の行いも知ったが
アルベルトはそれがどうしたといわんばかりの表情で溜息をつくと

「―――全く、そう言う奴を頭から押さえつけて本気でキレられたら手をつけられなくなると言うのだがな……」

アルベルトはそう言って軽く首を振ると

「――まあ、あいつを小僧を殺す可能性はほぼ無いに等しいのだからな。よって俺があいつを殺す心配もない」
「承知いたしました」
「ああ、では急ぐぞ」

アルベルトはそう言いながら身を起こし、2人は一度視線を交わすと駆け出すが
その後ろ姿は何故か爆音の響く方とは逆の方向へと消えて行った―――




19th Story後書き

『魔法都市麻帆良』19th Storyをお送りします
前回から凄まじく間が空いてしまって大変申し訳ありません
今回は20thと同時投稿となりますので細かい後書きは20thで書きたいと思います

それでは

〈続く〉

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