紅と蒼の交わりし時

 第1話 ルビー






虚空の闇を貫く一筋の光。

続きざまに強烈な閃光をともなう爆音が鳴り響く。

地面の揺れで地表での爆発とわかる。

爆煙が周囲に広がる。

間髪をいれずに三本の光線がはしり、火柱があがる。

その光景はさながらSF映画のワンシーンのようだ。

ただひとつ違うとしたら――

「死ぃぬうううぅ! もうあかん。いやっあああッまじでぇぇぇッ!」

――主役がコメディアンだということであろう。






よく見れば、男が二人、追うものと追われるもの。

逃亡者の名は横島忠夫。

逃げる姿からは想像できないが、普通の一般人ではない。

これでも一応GSの見習いである。

GhostSweeper、通称『GS』と呼ばれ、世にはびこる悪霊を退治し、霊障事件の解決を手掛けるものたち。

霊という存在を敢えて認め、国際社会がその職に対し資格としても認めるほど、歴とした商売のひとつである。

その国際資格免許を持ちながら、何故か依然見習いあつかいである彼。

以前は資格免許と「見習いとして百匹悪霊退治すれば一人前」というのが通例だったが、現行では「ひとりでもちゃんと悪霊を退治ができる」という研修先の保証、いわゆる認めが必要となっている。

霊障問題が複雑化したことで、ただ退治できるだけではいかないのだ。

ちまたでは、これを口実に安い賃金でこき使おうとする雇用主がいたとかいないとか。

まっ、とにかく、そんな彼が何故追われているのだろうか。

「なんでじゃぁぁぁ! 何で俺ばっかこんな目にィ!」

本人自身がわかっていないようだ。

彼の数時間前の記憶を尋ねてみる必要がありそうだ。






「美神さんッ、仕事終えてきました!」

横島は美神令子除霊事務所の入口の扉を閉めて、湿っぽさを吹き飛ばすような明るさで二階に呼びかけた。

そして、どしゃぶりの前には役不足だった傘を片づけていると、非常識なほどの勢いで階段を駆け下りる足音が聞こえてくる。

それを聴いた横島は、勢いよくロングコートを脱ぎだした。

このそこそこするだろうコートはもちろん横島の買ったものではない。

横島の給料ではとても買えるような代物ではない。

というか、横島の薄給で買えるコートなどあるのだろうか。

では何故、彼がこんなモノを着ているのだろう。

これは彼の雇い主である美神令子から送られた……もとい、貸し与えられたモノである。

「「美神さんがッ!? ……な〜んだ、やっぱり」」

彼女をよく知るものなら、皆こう言うだろう。

美神令子――

このGS業界でトップクラスの実力を持ち、年収は脱税を除いてもトップを誇る彼女。

その美貌だけでなく、やることなすこと派手で、その性格は神をも畏れぬほどである。

そんな二人は、なるべくしてなったと言われる雇用関係というか、主従関係だろうか。

守銭奴、性格破綻者などとも言われるが、根は優しいと信じたい。

そして今回のネタを明かせば、美神の見栄である。

ここ最近では、低ランクの依頼を横島一人に任せる機会が増えてきていた。

GSの仕事は、実力がモノをいうのは確かだが、それだけではない。

見映えや信用も大事なことなのだ、時代を感じさせる美神のボディコン姿もそんなポイントの一つである。

美貌も貫禄もない横島のアイテムがこのコートというわけだ。

しかし実際には、最初の顔見せや打ち合わせなどだけで、除霊中には動きにくいため、現場では脱いでいた。

もっとも本音は、汚したり傷つけようものならリンチでは済まないからだろう。

ちなみに、この服を横島に着せて一言。

「はあっ、やっぱり馬子に衣裳って言っても、似合わないはね」

と、お約束を言ったそうだ。






やっとで脱ぎ終え、休憩用のソファーに投げる。

一息つく間もなく、横島目がけて、階段の途中からそれは跳びかかった。

「ぐぅえッ!」

腰に足を絡ませて抱きつく少女に一瞬息が止まりかける。

「って、シロ! いきなり跳びかかってくるなって言ったろうがぁ!」

なんとか持ち直した横島が怒鳴る。

「先生っ! 拙者寂しかったでござるよ。一緒に行きたっかでござるぅうぅうぅ」

「ともかく離れんかっ! 暑苦しいってぇ!」

女性に身体を押しつけられて、普段なら喜んでもいいところだが、彼女は別だ。

半泣きの少女を何とか落ちつかせる。

この美しい銀髪に、ラフなへそだしルックス、胸元に輝く宝石がアクセントとなっている少女……美少女と言っていい容姿の彼女は、実は人間ではない。

犬塚シロ――

彼女は犬神族、いわゆる人狼である。

祖先を神に持つ、今や希少種の一員である。

わけあって、横島とは師匠・弟子の関係となり、また一悶着あって、美神を人界での保護者として事務所にやっかいになっていた。

どこかずれた時代外れの武士道精神を振りかざしてはいるが、まだまだ半端なお子ちゃまである。

性格は純粋で明るく元気な少女。

社会から隔絶されて暮らしていただけに人間世界の常識に今ひとつ欠ける行動もあるが、それも愛嬌といえる。

その師弟関係は……いうまでもあるまい。

「美神さんは上だろ?」

それには、テレパシーのような声が応えた。

「「おかえりなさい、横島さん。美神所長はリビングにおられます。それと、美神美智恵女史とひのめちゃんもお出でになっています」」

「ああ、ただいま。って隊長が?」

美神美智恵――

美神令子の母親であり、やはり世界最高峰のGSである。

その実力から、国際刑事警察機構『ICPO』の超常犯罪課、通称『オカルトGメン』の日本支部の実質的の最高責任者である。

Gメンとは、平たく言えば、GSのお役所版である。

税金で民間より安く仕事を引き受けている。

美神令子ほどの娘を生んだとは思えない若さであり、美貌も未だ健在で、大人の色気を漂わせるキャリアウーマンである。

そして、その若さを象徴する証とも言えるのが、ここにきて新たにできた第二子である、可愛らしさあふれる赤ちゃん。

美神ひのめ――

赤ちゃんとはいえ、誰かさんとは違って純粋無垢のような存在。

なおかつ母姉に劣らないのか、零才にして強力な念力発火能力者、精神の力で火を起こす能力の力に目覚めている。

そして今、応えた声の主は渋鯖人工幽霊壱号。

冗談ではなく、その名を持つ、人工霊魂を持った建物自身である。

存在し続けるため、強力な霊能者の波動を受け続けねばいけないために、美神との契約を結んでいるのだ。

人格は忠実かつ優しさを持った存在である。

「「はい、何かご用件があるとのことで」」

「そうか、何かの依頼かな?」

横島は、まだ抱きつこうとするシロをつれてリビングに向かった。

リビングへの扉を開けると、下の階より豪華なソファーに、美神令子と美智恵が面するように座っていた。

その間には、疲れきった顔でソファーに寄りかかっている少女、こちらも美少女と言える二人がいた。

「お、おキヌちゃんとタマモはひのめちゃんの相手でお疲れかぁ〜」

動きやすいようにアレンジされた巫女姿をしている女性。

氷室おキヌ――

もともと三百年前の時代を生きていた少女。

妖怪を封じるために人身御供となったことで、長きのあいだ幽霊となっていた。

これまたわけありで、現世にふたたび生を取り戻したという異例の過去を持つ女性である。

今はエリート霊能学科に通う現役女子高生にして、世界でも数人の死霊使い、ネクロマンサーである。

純情で温厚な性格だが、どこか天然の女の子である。

そして、金色の髪を九本に束ねている彼女。

タマモ――

金毛白面九尾の妖狐、通称『九尾の狐』といわれる大妖怪の生まれ変わりである。

九尾の狐の伝説は色々あれど、彼女自信にはその頃の記憶はなかった。

しかし、やはりいざこざあって人間を嫌いつつも、美神たちとの生活をおくっていた。

利口でクールな一面を持つが、根は優しい女の子だ。

二人はひのめをあやしていたのであろう、一戦交えたという光景である。

そのひのめは、美智恵の腕の中で、満足げな天使のような寝顔をしていた。

まさに天国と地獄のありさま。

「あんた、もう帰ったの? しっかりやってきたでしょうね」

「おかえりなさい、横島君。こんな雨の中大変だったわね」

後者が雇い主だったら、いかに恵まれた職場だろうかと、一瞬考え込んでしまう横島だった。

「ただいま仕事完了して帰りました、美神さん。隊長、相変わらずお美しい、僕あぁぁ禁断のぉ――」

書類を美神に渡すと、お約束のごとく美智恵に抱きつこうとする。

が、やはりお約束か、美神親子の鋭い一撃が鳩尾に決まる。

白目から立ち直るのに、時間はそうかからなかったのはやはりお約束だろう。

ともかくソファーに座って、おキヌの出したコーヒーを飲みながら本題を聞くこととなった。

ちなみにタマモとシロは横の絨毯の上でひのめと再戦を始めていた。

合掌はするものの意識は話にうつした。

「とにかく、これを見てくれるかしら」

そういって美智恵が取りだしたのは、子供の拳大より大きな鉱物。

「これってまさか、ルビー!? って百カラットはあるんじゃないの」

「へぇ〜。これがヴァチカンからの依頼の品物なんですか? とっても大きくて綺麗ですね」

宝石といったものに興味のないおキヌでも、その大きさには目を見張るようだ。

宝石はどんなものであれ、原石でも百カラットを超える大きさのものは少ないだろう。

そんな中で、ルビーは粒が小さいものが多く、一カラット以上の良質のものはダイヤモンドより高いのである。

濃い色合いに紫がかっているところからも、より希少なピジョン・ブラッドの類なのかもしれない。

それが、カッティングされた状態で百カラットである。

令子のぎらつく瞳もわかる逸品である。

しかし不思議なのはそれだけではない。

涙の雫のような独特のカッティングをしている。

横島には最も縁のないことだが、一般にペアシェープブリリアントカットというものだ。

それゆえか、独特の屈折が血色のような光を生み出していた。

「ええっ、内密にGメン本部に依頼された物なんだけど、内でも霊力を帯びているくらいしかわからなかったのよ。それであなた達にも意見を『ママ、そんなのヴァチカンにはもった……危、危険よ、私が調査のために預かってあげるわ!』……令子、あなたね」

「あ、あんなガラス玉より先生、散歩、散歩ォ! もう、ひのめ殿の相手はごめんでござるぅうぅうぅ」

「バカ犬に小判ね……って、私も、もう嫌! ヨコシマ、きつねうどん食べに行こッ」

「イヌたん、キツネたん!」

宝石の本題からずれたようだが三者三様の反応を見せる面々。

「はぁーっ、横島君はどう思うこれ?」

娘の不甲斐なさにため息を吐きつつ、横島に手渡す。

「えっ、俺っすか? 宝石の鑑定なんて出来ないっすよ」

横島の手に触れた瞬間。

――ミ ツ ケ タ

脳に直接届いたその言葉。

「えっ……」

それがこの世界で横島が発した最後の言葉だった。

突如、宝石から眩い光の奔流が溢れ出す。

そして意識は刈り取られた。






「んっ……こ、ここはぁ?」

肌に感じる刺すような寒気で脳が再起動したようだ。

青臭い匂いが鼻についたのか目を開ける。

周りは一面草っ原。

「草原かぁ……って、草原!?」

立ち上がって辺りを見渡すと、草原のど真ん中にいることがわかる。

それは一面うっすらと雪化粧をした雪原であった。

月明かりで雪が蒼白く輝いている。

「どおりで寒いわけだよ、雪かぁ……って夢ってオチもなしだな。事務所から一瞬に雪原にって」

夢か現実か、独り言で現状を受け入れようとしていた。

とにかく服装から持ち物にも変化はなかった。

額の赤いバンダナに、くたびれた白のTシャツに紺のジャケット、ジーンズ、履き古したスニーカー。

気温と同じように寒い懐の財布。

あとポケットにいくつかあるビー玉のようなもの。

「幻術にかけられたって可能性もあるけど……ッ!」

月に雲が懸かるが、辺りが闇に包まれることはなかった。

横島の視線の先には、紅、朱、赤といった明かりが存在した。

いや紅蓮といった方がいいだろう。

その灯火の正体は炎に包まれし村。

火事なんて生易しいものではない。

炎が村の至る所であがり、地獄絵さながらだ。

もうもうと立ち上る黒煙が月をも呑み込もうとしていた。

混乱に拍車を掛けるとはこのことだろう。

ここがどこかなんてわからない。

もしかすれば、これは幻術かもしれない。

だが、横島の瞳には迷いはなかった。

「こんな状況じゃ、さすがに見捨てて現実逃避するわけにゃいかないな」

村に向かって走り出そうとする瞬間。

背後に第六感の危険信号がともった。

とっさに振り向きながら後方に飛ぶ。

気づけば人影がそこにはあった。

たぶん人間だ。

大きなローブに顔が隠れて窺えないが、男。

片手にその身の丈以上の大きさの杖を持っている。

彼の視覚からはいる情報はこれくらいだが、第六感はずっと警報を鳴り響かせている。

かつて一度だけこれに似た経験があった。

いくどとなく、死線をかいくぐったが、この感じは忘れられない。

ココロの奥深くに刻み込まれた圧倒的存在に近い。

――魔神アシュタロス。

横島忠夫の人生にある意味最も影響を与えた存在である。

ならばこいつは、人型をした魔か、それとも、神か?

その答えを考える時間を、それは与えてくれなかった。

その姿が消えた……いや、目の前に拳を突き出していた。

「だあっあぁぁぁいきなりかいぃぃ!」

その一撃を、掌に霊力をためてつくり出す霊気の盾――サイキック・ソーサーで何とか防ぐ。

言葉より、考えるよりも先に反応していた。

これに対応できたのも、守銭奴の上司やバトルジャンキーの悪友、龍神族のお師匠様のおかげと言うべきか、どれであっても、あまりいい気はしないだろう。

防げたといっても、当たった瞬間に、盾が音をたてて砕け散った。

その一撃は、重く、当たれば致命傷は確実。
 
どこか霊力とは違う力を感じる。

しかし、それを理解できる知識も経験、余裕も今の横島にはなかった。

続けざまに、緑色の光をまとった右の連打が襲う。

先ほどより強い霊気を編みあげて、新たな盾をつくり出して応戦する。

ジャブのようでいて、一発一発が砲弾のような猛打によって盾が砕け散っていく。

スピードも、威力もある連撃に防戦一方の横島。

超近接戦をしかける相手に、距離も取ることが出来ない。

相手の顔がうっすら見えたが、外国人のようで、能面のような美青年。

横島が最も嫌いなタイプといえる。

唇が何かを紡いでいるようだが、何を言っているかは聞きとれないし、理解も出来ない。

防戦が限界に達しようとした瞬間。

「美形キャラがなんぼのもんじゃいぃ!」

よくわからない底力からか、相手より早く柏手をうった。

両手に霊気を放出しながら、叩きあわせることで、強力な閃光を放つことができる。

その名も、

「サイキック猫だましっ!」

ネーミングセンスは強さに関係するのだろうか。

何はともあれ一瞬の隙ができ、ある程度の距離をとることができた。

しかし、その隙もその一瞬であった。

見ればもう立ち直っている。

若干、口元が笑っているようにも見える。

相手は、次の出方に構えているかのようだ。

そこで横島は、

「じゃ、そういうことで!」

つっこむ暇もあたえず、一目散にかけていく。

「なぁっはっはっはっ! 何も戦うだけが戦術やないで、撤退ならお手のもんやぁ」

三十六計逃げるに如かず、逃げ足だけなら誰にも負けない自信がある横島の得意技。

今までも、唐突にゴキブリのように逃げるという戦法で相手を唖然とさせて、隙を生ませていた。

しかし今回はどうだろう。

充分引き離しただろうと振り向く横島の顔が、歪む。

なぜなら、たいした距離もあけずに追ってくるヤツと、その右手に稲妻を収束させたような放電を放つ光輝くものがあったのだ。

「のぅおおおおおおおううううぅぅぅぅ!」

深い雪原に悲鳴と爆音が響くのだった。






彼がただのコメディアンなら、この物語は早くも終焉を迎えそうだ。










あとがき

はじめましてエトセトラというものです。
以前、「ネギまのベル」さん、「風牙亭」さんと、載せさせて頂いていた『紅と蒼の交わりし時』(魔法先生ネギま!×GS美神極楽大作戦!!のクロスもの)を今回ここに改めて掲載させていただきます。

二度の掲載サイトさんの閉鎖……応えました。とはいえ、一部で終わりではなく、二部でやっとで原作に触れられるんですから、書き続けたい! と思っていたところで、コモレビさんのサイトに載せて頂けることになりました。本当にありがたい思いです。

相変わらず、どんなに推敲してもひどい文ですが、どうかご容赦ください。
何度も推敲したために、既に改訂版といってもいいものですが、大筋は変わっておりません? はずです。

文に間違いなど、お気づきになった方はご指摘ください。
文章をよりよくしたいと願っているので、どんなご感想も待っています。
これから、どうぞよろしくお願いいたします。

〈続く〉

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