紅と蒼の交わりし時

 第2話 言わぬ色






鬼ごっこ――

日本人ならたいてい誰もが一度はやったことがあるんじゃないだろうか。

タッチされる瞬間が一番ドキドキする。

なかなかスリリングを味わえる、童心に戻れる遊びだ。

しかし、鬼が文字通り鬼のような圧倒的存在ならどうだろう。

それも、あからさまな殺意を懐いた相手だったら。

俺はまさに今それを味わっている。

「オニぃいいいい! アクマぁあああ! 俺が何したっていうんやぁあああ!」

案外、まだ悲鳴をあげられるだけ余裕があるんじゃないかって?

高らかに誰かに文句を言わにゃ、やっとられんよ、まじで。

その鬼役の存在、ローブを羽織る男はすぐ後ろにぴったりと付けていた。

追いつかれそうでつかれないといった絶妙な現状が続いている。

これがなかなか神経をすり減らされる。

ときおり襲う爆発や火柱をまさに紙一重でよけてはいる。

だが肌を焦がす高熱はすでにジャケットをボロボロにしていた。

このままでは、体力が尽きるのも時間の問題だ。

「こなぁい理不尽な死ッはいやじゃあああぁぁぁ……おっ!」

神か仏かはしらないが、まだ俺を見捨てていないようだ。

丘を抜けた眼下に、火の海が広がっていた。

はっはっはっ、さすがに雪原をただ逃げていたわけではないよ。

この燃え盛る街を目指していたのだよ。

しかし、わざわざ猛火の中へ、死に行くようなものではないかって?

たしかに、それこそ焼け死んでしまうわッ! って考えもある。

だが、それでも賭けてみたかった。

相手の実力はわからないが、このままではジリ貧だ。

このまま逃げていてもいずれは捕まる。

それなら、少しでも自分の有利な形で戦いたい。

もちろん逃げられるのならそうしたいのだが、相手が相手だ。

今まで数多くの命のやりとりをしてきたが、そのどんな相手も俺より強者ばかりだった。

確かに一人で相手したことは少なかったが、それでも生き抜いてこられたのは、一つの共通点がある。

それは、相手が俺のことを弱者、愚者、取るに足りない雑魚とみて、本気を出さないなど油断をしたことだ。

なんか悲しいが、俺にとってもそれはありがたかった。

その隙を活かして、その時できる精一杯のことをやって切り抜けてきたわけだ。

しかし、この男はその油断をしない。

常にこちらの一挙手一投足まで見抜き、冷静に対応してくる厄介な存在。

こんだけ情けない態度の俺に、本気ってどうよ?

そんな奴にせめて、何も障害物もない空間で戦うよりも、姿を一時でも隠れられる場所が欲しかった。

戦う場所くらい、自分が小細工が効く場所にしたいさ。

そう、あわよくば火災がいくらか目くらましの効果をはたすと考えてはいたのだが……。

どうやらそれは悪魔の誘いだったようだ。

「なっ、なんじゃあこりゃああああ!」

殉職刑事も真っ青な現実だった。

そこには予想だにしない光景が広がっていた。

村で目に入ったものは、動かなくなった人々。

焼け死んだ死体という意味じゃなく、文字通り動かなくなった人々だった。

いや、精巧にできた石像といったほうがいいだろうか。

まるで生きているかのような石像たち。

しかし、俺は知っている、彼らが石化された人間だということを。

GSの仕事上、色んなターゲットと戦ってきたなかで、生きたものを石化する能力を持ったヤツもいた。

立ち止まれないために、症状が同じかはわからないが、石化されたのは間違いないだろう。

だが全員の出で立ちが、日本人らしくない。

というかローブに杖という姿に疑問が湧く。

ただの火事にしては、規模が大きいとは思っていた。

しかし、この現状は嫌な予感がよぎる。

視界の端に、鮮血の飛び散った跡も見える。

唇を強く噛んでしまう。

子供こそいないとはいえ、若い女性や老人もかなり見て取れる。

地獄絵図とはまさにこのことだ。

「くそっ! 生きている奴はいないのか」

奴がやったのかもしれない。

現場の状況から見て、奴一人の仕業とも言いきれない。

だけど――

あいつがやったっていうなら……ぶっ飛ばしてぇ。

襲われた恐怖はまだすっげぇある。

逃げたい気持ちだって十分ある。

俺には関係ない、そう思える自分もいる。

打算で、生きている人を見つけたい、自分に好都合な状況に持っていきたいという考えもある。

でも、わきあがる怒りがあるのも事実だった。

「はぁ、覚悟を決めろってこ『ドスッンン』!?」

人が決断しようって時に、何か大きな音が右手奥の方から聞こえた。

生きている人がいる、そう思いたくて角を曲がった。

しかし、そこにいたのは命を奪うものたちだった。

「だあっ! そんなのありかッ!」

生者より、この惨劇の元凶がいると考えてはいたが……。

瓦礫とかし、広場となった空間を埋め尽くすほどのものとは予想外だった。

大っきいのから小っこいの、人型から、まさにモンスターにふさわしい異形のものまで、その数百はくだらないだろう。

せめてもの救いは、まだ俺に気がついていないということだろうか。

それじゃ、失礼しま〜した!

そ〜っと、その場から回れ右をしようとして気づく。

自分が今、何故この村にきたのか。

何に追われてきたのか。

案の定、杖を構えて角を曲がってくる奴がいた。

まさに前門の虎後門の狼だよ。

どっちが通りやすいなど考えている暇はなかった。

本能から魔物のほうへ足を踏み出していた。

奴のほうがタチが悪いわ。

「って、まだ気〜ついとらん連中なら何とかなるな、んッ!?」

何故気がつかないのか?

理由は簡単だった。

皆の視線は一つに向いていた。

まるで絵本から抜け出したような存在に。

――頬を濡らし立ち尽くす子供。

その子供を手にかけようとするモノたち。

不思議と迷いや恐れは吹っ飛んだ。

そう一瞬の出来事だった。

走り出しながら懐から取り出した玉を強く握ると、前方の群れに投げつける。

ただのビー玉にみえるだろう、その玉に爆の一文字が浮かび上がる。

その行動に気がついた魔物たちは迎え撃とうと躰を向けてくる。

「おせぇ!」

人型が玉を払おうとした瞬間。

急激な高熱が玉より生み出される。

凄まじい爆発が魔物たちを呑み込んだ。

魔物たちも何が起きたかわからないうちにあの世逝きだ。

子供を囲んでいた一角が消しとび、道ができた。

ともかく先制は決めた、このまま押し通るに限る。

腕に力を込めると、右腕の肘から甲まで霊気をおびた装甲が包む。

その籠手ようなものから、ビ−ム○ーベルを彷彿させる一メートルほどの霊気の剣を生み出し構える。

そして炎も退かないなかを飛び込んでいく。

「あっちィ! わっ、バカ邪魔すんなッ!」

まだ生き残っている魔物を蹴散らしながら突き進む。

不意打ちで喰らった爆発にやられ、思いのほか障害にはならなかった。

だが黒煙を抜けたさきには、子供に向かって拳を振り下ろそうとする馬鹿でかい図体の魔物。

子供は涙で見えていないようだな、一歩も動こうとはしない。

「こなくそぉおおおおお!」

かけ声と共に霊力をひねり出す。

剣の大きさが身の丈を超える大きさに伸びる。

左手でそえて、振り下ろされる腕に切りかかる。

俺に気づいたのか、右手で防ごうとする。

「はっ!」

それもろとも、両手を吹き飛ばす。

唸り声をあげてもだえ苦しむ魔物。

それをよそに、腰をかがみ、涙を零しながらもこちらを見つめる男の子に声をかけた。

「もう泣くなよな。男の子だろ」

そう言って、頭を撫でてやる。

何とか泣きやんだその表情はぽかんとしている。

あまり効果がなかったかな? 

と思っていると、子供の表情が険しくなる。

振り返ると、両手を失った魔物が大口を開けていた。

あっ〜しまった。

何をしようとしているかは、すぐに察しがついたが手遅れだった。

喉の奥から、熱気が溢れ出てくる。

「くそっ!」

ジーンズの端をつまんで、震えている子供。

必ず守る! って、あれっ? なんでやろ?

この子だけは絶対守ろうという自分自身の決断に疑問を抱きつつも、奥の手を取り出す。

しかし、それを使うことはなかった。

いきなり魔物が真っ二つに切り裂かれたのだ。

溜めていた高熱が裂け目から溢れでて自らを火葬してくれる。

「な、何が起こったんだッ!? ……ッて逃がしちゃくれないのかい」

驚きが、呆れに変わっちまった。

燃え尽きた死体を踏みつけて現れたのやはり奴だった。

「手傷を負ってたとはいえ、一発かい」

だが身構えるより先に動きがあった。

魔物たちが一斉に襲いかかった……奴一人に向かって。

仲間割れか?

という考えは一瞬で打ち消された。

格が違った。

蹴りや拳に込めた力で、数体もろとも吹き飛ばす。

炎や爆発、雷といった攻撃は衝撃波で跳ね返している。

もう反則だろ、あんた。

まさに、子供と大人の喧……殺し合いである。

ふと、違和感を感じる。

気がつくと、子供は裾を強く掴んでいた。

それに意識を向けるより先にチェックがついたようだ。

少し長い詠唱を唱え終わると、奴は拳を突き出した。

その一撃が終止符をうった。

拳より巻き起こった稲妻を纏う竜巻が、魔物たちを喰らいつくしたのだ。

食い足りないのか、その余波は直線上にあった山肌をもかぶりついた。

その刹那、月光を凌ぐ光と衝撃波をともなった地響きが周囲を襲った。

子供を支えながら、自分も少し踏ん張る。

収まったあとに残るのは、無数の死骸の絨毯の上に立つ青年。

やはり男だ。

若く見えるが壮年かもしれない。

なんか気にくわんが、絵になるせいだろうか?

その手には、首を掴まれた人型の魔物がいた。

もう既に虫の息だろう。

「「ソウカ……貴様…アノ……フ…コノ…力ノ差……ドチラガ…化ケ物カ…ワカランナ……」」

死にかけているにもかかわらず、悪魔の微笑みをたたえて面白そうにつむぐ。

しかし、男に最後まで聞く気はなかったようだ。

「「貴――!」」

顔色ひとつ変えず、頸骨を砕いた。

その静かな光景は胸を鷲づかみにするには十分だった。

突然、フッと喪失感を感じた。

みれば、男の子がいない。

振り向くと、瓦礫の海からとびだしていた。

「ちッ……ミスッたな。場慣れした俺でも感じるんだから当然か」

追い打ちを掛けるように突然、空気が変わった。

六つの黒い光の柱が男を囲んで伸びはじめていた。

見れば、黒いローブを纏う魔導師らしき男たちが六角形に陣をはって、詠唱を行なっていた。

いつの間に現れたのか、気づかなかった自分も情けねぇ。

一応あれも人のようだが、素直に味方とは言えないようだ。

死骸の絨毯には、複雑な幾何学模様や理解できない文字が呪文に呼応するかのように鈍い光を発している。

突如、魔法陣から血色の鎖が湧き出てくる。

ああ、はい残念、ありゃ悪もんだな。

血色に鎖って、おいおい。

第六感よりも、あからさまな見た目で勝手に決めつけるなか、ことは展開されていく。

大人の腕ほどあろう鎖が無数に男の身体に巻きつく。

手足だけでなく首や胴体に絡みつくも、男にあわてた様子もない。

むしろ、その縛りを味わっているかのようだ。

マゾ?

って、そんな場合じゃなかった。

末路は気になったが、男の子を放っておくわけにはいかない。

この地に安全な場所などないのだろうしな。

男に背を向け歩みだした。






まだ悪夢の舞台は続く、幕は下りはしない。










 あとがき

ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、副題は色からとっています。この副題決めが一番の難題だったりします。
前回も書きましたが、文殊やハンズ・オブ・グローリーや語学の問題は後の回で語られますので、ご容赦下さい。

〈続く〉

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