第十三話 恋愛情勢は複雑怪奇?

―ホテル嵐山・華琳の部屋―

京都駅から帰ってくると、既にさよちゃんは夢の中。幽霊なのに早寝なんて……。
取り敢えず、修学旅行初日では間違いなく起きているであろう裕奈と亜子を部屋に呼び出しました。きっと一部では、サキュバスが動いたとか、また犠牲者が、とか騒ぎ立てているでしょうが……。

「来てもらったのは他でもない。二人には修行をしてもらうよ」
「折角の修学旅行なのに……?」
「本当に修行なんかやるん?」

確かに、一般人であるのならば、修学旅行を存分に楽しんでもらうところなんですがね。裕奈も亜子も、立派な魔法関係者になったわけですから、自覚を持って行動してもらわないといけないわけですね。特に、今回の修学旅行は危険なのですから。

「二人を眠らせない夜にすることはできるけど、どうする?」
「そっ……それも、悪くないかも……」
「ちょっと、亜子!?修行受けるから、華琳!それだけは勘弁して?」

そんなこんなで二人に修行をさせるために使用するのは、持ってきた別荘。お嬢様のと比べると性能が落ちてしまいまして、中での一日がこちらの二時間に相当することになります。明日の朝まで、三日は修行することが出来るということですね

「華琳様……、待ちくたびれました〜」
「今連れてきたわよ、月詠は裕奈を見てもらえる?」
「はい〜、全て打ち払えば良いんですね〜」

しかし、いくら修行で使う空間が便利なものであるといっても、限られた時間の中で二人を戦力にすることは難しいでしょう。二人には、最低限身を守る力を身につけてもらうか、何かに特化した力を持たせて援護してもらうか。その二種類の育成方針しかありません。

「裕奈はアーティファクトで銃の練習。月詠は飛び道具は効かない娘だから、気にせずにバンバン打って精度を高めなさい。亜子は、私と一緒に魔法の勉強ね?」
「そんなこと言っても、私、銃なんて素人だよ?」
「戦場で死にたいなら、やらなくても良いよ。魔法に関わる以上、死の危険は付きまとうものだよ?」
「うっ……」

私がぼろぼろになっていたところを思い出したのか、若干バツが悪そうな表情を浮かべる裕奈。魔法世界は安全では無いということを理解してもらわないと。

「月詠、裕奈は任せるわね。しっかり頼むわよ?」
「はい〜、任せてください〜」

裕奈を信頼できる従者・月詠に任せて、私と亜子は別の部屋に移動する。月詠を信頼できる従者というのには理由があります。瑞葉やお嬢様よりもずっと前に出会い、私を慕ってついてきた少女。私が記憶を失い、京都から消えてからも、私を忘れないで待っていてくれた。それだけでも、嬉しいのですから。
さて、隣の部屋は杖の保管庫になっています。それなりに広い部屋でもあるため、そこでは魔法の練習も可能なのです。

「杖がいっぱいやな……」
「亜子、しっくりくるものを選んできなさい。これから先、亜子は魔法を覚えていってもらうんだから」
「ウチが魔法を……?」
「私の見たところ、亜子には補助や回復魔法の才能がありそうだからね」

裕奈は根っからのガンマンというか、魔法銃を中心とした戦略が基本ですけれど、亜子の場合は回復や補助を基本に、後方支援を行うタイプに成長させるのが一番でしょう。
特に、これからもお嬢様がネギ先生に関わるというなら、ネギ先生の生傷を回復することが出来る治癒使いはいて然るべきでしょう。木乃香が魔法の道に進むというのなら、亜子は補助中心となるでしょうけれど、それはまだ未知の段階ですからね。
今言えることは、亜子は攻撃よりも支援系である、ということです。

「これ……これにするわ」
「OK、選び終わったら早速魔法を教え込んでいくよ」

亜子には、まず初級中の初級から覚えて行ってもらわないといけません。果たして二人は、修学旅行中に戦力になるまで成長してくれるでしょうか……。


別荘で修行をした、外の世界での六時間後。修学旅行の朝は早いですからね、七時前には二人を部屋に戻す必要があったのです。時刻的には、そろそろ朝食時。あれだけ激しく修行を行っていても、別荘内で結構な時間を睡眠にあてただけあってか、他の生徒よりも元気なんですけれども。

「月詠、朝食は広間でやるから着いてきなさい。瀬流彦先生がごまかしてくれたから、一緒に朝食をとってもかまわないわ」
「……華琳様、その人誰ですか?」
「瑞葉よりも信頼できる従者……って言えば分かるかしら?酔って使い物にならないなんてね……」
「うぅ……反論できません……」

瑞葉はもう一度、一から鍛えなおさないといけませんね。修学旅行が終ったら、お嬢様の別荘で強化合宿でも組みましょうか。

「華琳さん……昨日は、助かりました」
「私は従者を増やしただけみたいになったけどね、木乃香が無事で良かったよ」
「はい、今日はお嬢様を狙う輩はいないと思いますが……」
「じゃあ、今日は木乃香は任せようかな?担任と副担任なら、別れていたほうが自然だし」

刹那と今日の予定について話し合う時間をとります。木乃香から逃げるように私の場所に辿り着いた刹那を、木乃香が見つめています。……愛されてるなぁ、刹那。

「仕方ありませんね。明日ばかりは……」
「分かってる、明日は本職……誰か見てるね」
「本当ですか!?」
「……声を荒げないでくれる?注目の的……」

誰かがこっちをじっと見てきていることを刹那に告げると、いきなり大声を出すものだから、周りから奇異の目で見られています。
別に、生徒から見られたり先生から見られたりする分には構わないんですけれども。
あまり知らない人から見られるのはいい気分しませんね。敵かもしれませんし。

「取り敢えず、刹那。貸し一つね?」
「今のは……その……」
「月詠、刹那を抑えて?」
「はい〜、何をするんですか?」
「ディープキスの刑♪」

こんな集団の中でやるものではないと、激しく後悔しました。
……始末書50枚って、鬼ですか新田先生は。



―ホテル嵐山・一般客室―

修学旅行で沢山の人間が宿泊する場合、階を貸切にすることは多々あるが、旅館全てを貸切にするのはなかなか難しいものなのかもしれない。
しかし、この部屋が借りられて良かった。そう少女は感想を漏らす。
この部屋の内装がいいわけでも、食事が取り分け美味しいわけでも、お風呂が非常に気持ちいいわけでもない。観察対象を近くで見ることが出来るという、一つの理由からである。

「コア、ミニオン、ハーロット。あの人はどんな感じ?」
「主の言う通り、かなりの者と見たぞ?」
「あれほどの強さなら、後継者に名が挙がってもおかしくないかと思いますが」
「うむ、死した身である妾にすら、効果のあるフェロモンなぞ、夜魔の一族でもそうはいないじゃろう」

彼女の周りには、ケツアルコアトル―トルテカやアステカ神話に登場する、蛇の姿をした神―、ドミニオン―俗には主天使といわれる―。そして、マザーハロット―キリスト教の聖書にも出てくる、『バビロンの大淫婦』―がいる。
実際に部屋には入っているのはドミニオンのみで、残りの二人は窓から会話をしているわけなのだが。

「他の候補に比べると、彼女が一番可能性が高いかと思います」
「どちらにしても、今の私は彼女とは敵だしね」
「本気で彼女と戦うのかえ?」

マザーハーロットの言葉に、少女は頷く。どんなに恐ろしい神話の神であっても、悪魔であっても、それが妖精であっても、契約をすれば扱うことが出来る存在。
彼女は、世間ではデビルサマナーとも言われる存在である。
他のデビルサマナーと異なるのは、彼女が魔法使いでもあるということだろうか。
知り合いのサマナーは、剣と銃で戦うのだが、彼女は魔法の才能があった。
そして、そんな彼女が対象を見定めるには、一度戦っておくのが最も手っ取り早いのだ。

「葛葉の名前を継ぐ以上、向こうからの依頼は絶対だもの」
「仮にあの娘が後継者になったらどうするのだ?」
「……その時は守るよ。何があっても。彼女なら、平和を作ってくれそうだもの」
「知らない間に、主まで侵されていないか心配になってきました」

悪魔たちを、手持ちの管に戻して少女は部屋から出た。
今日の彼女の行動は、もうつかめているし、既にスパルナ―インド神話に登場する神鳥、ガルーダとも呼ばれる―が向かっているから、それを追いかけるだけだ。

「あの人……、唇柔らかそうだったなぁ……」

ある意味彼女はもう手遅れなのかもしれない。
そんな主である葛葉シンシアを見て、三人は管の中で、盛大な溜息を漏らすのだった。


―京都府・某所―

昨日の作戦は完全に失敗だった。
自分と護衛の神鳴流剣士だけでなく、他のメンバーも連れて行くべきだった、と千草は一人呟いた。ターゲットである近衛木乃香を奪えなかったばかりか、一人メンバーが寝返ってしまった。大幅な戦力ダウンだ。

「まさか契約を破棄されるとは思わんかった……」

もともと実行するメンバーが少なかったというのに、実力者が寝返ってしまったのは本当に大きな問題であった。残りのメンバーも、信用できる人物ではないことも、千草の頭を悩ませる大きな問題である。

「残りの二人も、正直良く分かりまへんし……。シンシアはんは、同じ末路を辿りそうやし……。フェイトはんは、何を考えているのか分からんし……」

何の為に、メンバーを集めたのか、本当に分からなくなってしまう。確かに、戦闘能力だけを見れば、全員が全員優秀である。
しかし、人間性を見れば、今度は全員不合格になる、そんなメンバーだった。
どこの会社でも実力試験では突破しても、面接試験では落とされるだろう。そんなメンバーだった。

「この作戦、中止にしたほうがいいかもしれへん……」

あの少年の西洋魔術師はともかく、神鳴流剣士が二人。そして、一番面倒なのはもう一人の西洋魔術師だ。
先に調べてきた資料を、千草はもう一度読んでみる。

月夜華琳。性別は女。得意な魔法の系統は、闇と氷。
ここまでは、誰にでもある、普通のプロフィールだ。おかしいところなど、どこにもない。
しかし、問題はこの後だった。

「種族がサキュバスって、どういうことや……」

サキュバスなのに、どうして女性を堕とせるのかは気になるが、一番厄介な相手に他ならない。千草はそうふんでいた。
もっとも、この資料は一昔前のものなので、華琳がエヴァンジェリンの従者であることは、千草の知るところではない。
仮にその情報を掴んでいれば、千草はこの作戦を完全に中止していたことだろう。

「今更、引き下がれるもんでもない……か」

千草の決意は、より固まった。
彼女を待ち受けるのは、希望なのか、それとも……。

無言で千草を見るフェイトの目は、彼にしては珍しく、感情を灯していた。
それは、蔑みという行動で示されているのだが。



―後書き―

そろそろ花粉症のシーズンが終わりに近づいていてとても嬉しいルミナスです。

月詠が抜けた穴は別の人物が補います。それが今回の人です。
彼女はデビルサマナーですが、勿論何の対価もなしに仲魔を扱うことが出来るわけではありません。彼女は、魔力を対価に仲魔を使役することになります。

亜子と裕奈の修行。修学旅行で活躍することがあるのでしょうか。
相手が相手ですし、どうしようかと思案中だったりします。

刹那が今回もキスされています。華琳は刹那に何度キスするんでしょう。そもそも、刹那は華琳に何回襲われたことがあるんでしょうか(性的な意味で)

と、いったところで今回はお開きです。
内容がない後書きでごめんなさい……。

〈続く〉

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