第四話:吸血鬼は魔法使いの夢、呪術師も魔法メイドの夢

―麻帆良学園・エヴァンジェリンの家―

「あのー……こんにちは、担任のネギですけど……」
「ネギ先生、こんにちは。マスターに何か御用ですか?」
「うん?茶々丸、お客さん?」
「茶々丸さんに月夜さん……。こないだはどうもすいませんでした……」
「あー、良いよ?寧ろ、私に傷が無かったことを感謝したいぐらいかな?」

何の用だかは知りませんが、お嬢様の住まうこの家を訪れたネギ先生。しかし、ネギ先生。学校の授業はどうしたのでしょうか?……いや、直ぐに終る用事だからというところでしょう。

「あの、エヴァンジェリンさんは……?」
「マスターは病気です」
「熱を出して寝込んでおりますわ」

私達の言葉が信じられない様子のネギ先生。それも当然ですね……。何せ、お嬢様は不老不死の真祖の吸血鬼。そんな存在が風邪を引くとは考えずらいのでしょう。紛れも無い、真実なんですけれども。

「―ここで決着をつけるか?私は一向に構わないが……?」
「華琳様を辱めたネギ先生を許すわけにはいきません……!」

熱まで出して寝込んでいる身だというのに、ネギ先生の声を聞いて飛んできたのでしょう。階段の手すりに足を乗せてネギ先生を挑発するお嬢様に、呪符を構える瑞葉。

「マスター、ベッドを出ては……」
「瑞葉、熱が酷いんだから大人しく寝てなさい」

私達の声が聞こえていないのか、二人ともその場を動こうとはしません。……と、言うよりも動けない……?
ネギ先生とお嬢様達の間に不穏な空気が流れ始めた時、先に動いたのはお嬢様陣営でした。お嬢様はそのまま前方に落ち、瑞葉もその場に倒れこんでしまいました。……体調不良なのに、無理をするからです。

「ネギ先生、申し訳ないんですけど、少々手伝ってもらえますか?」
「え……、わ、分かりました」

茶々丸には、薬を持ってくるように指示し、私とネギ先生の共同作業で二人を部屋のベッドまで運ぶ。しかし、お嬢様はともかく、瑞葉が風邪で欠席し、私がその看病をしていると聞いた裕奈は、喧しいでしょうね。巷では、そういう関係と噂されているようですから。主に、朝倉和美率いる報道部の精鋭によって。

「華琳、薬が切れているのでもらってきます。……後、猫にも餌を……」
「了解っと。茶々丸、お嬢様の面倒はネギ先生が見てくれるそうだから、安心して行って来なさい」
「はい……ネギ先生、マスターをよろしくお願いします」
「はい……えぇっ!?」

素っ頓狂な声を上げて、私にさり気無い批判を浴びせるネギ先生。しかし、茶々丸はどこ吹く風で、既に外出してしまいました。ネギ先生も諦めたのか、『この後、授業があるんですが……』なんていいつつ、お嬢様に献身的な看病をしています。

「はぁはぁ……、喉が……」
「喉が渇いたんですね!水です……?……飲んでくれませんよ?」
「お嬢様は吸血鬼ですよ?」
「僕の血は少しだけにしてくださいよ〜!」

あの調子なら、お嬢様はネギ先生に任せておいて平気でしょう。さて、私は瑞葉の面倒を見なければいけませんから、部屋に戻るとしましょう。

「華琳様……寒いです……」
「パジャマが汗でびしょびしょだからよ……さ、着替えるわよ?」

案の定、熱の所為で汗まみれになってしまった瑞葉のパジャマを脱がして、新しいパジャマに着せ替えようとする私。……お嬢様も汗だくでしたけど、まさかネギ先生が助けを求めにくることはありませんよね?

「月夜さん、エヴァンジェリンさんのパジャマが汗でびしょびしょ……って、うわっ!?」
「ネギ先生!瑞葉の裸は見ちゃ駄目です!お嬢様の着替えはネギ先生にお任せしますから、早く部屋を出て行ってください!」
「はい……すいません。……って、えぇっ!?僕が着替えさせるんですか!?」
「瑞葉の面倒見るだけで手いっぱいですから、着替えだけ任せます。お願いしますね、ネギ先生?」

瑞葉の裸をネギ先生から見えないように立ち、ネギ先生に指示を出します。あれです、瑞葉の裸を他の人に見せたくないのではなくて、ネギ先生には刺激が強すぎるからです。勘違いをしてはいけませんよ!?
ごほんっ……取り敢えず、瑞葉の着替えだけぱっと終らせて、ネギ先生の様子を見に行く。どうやら、ネギ先生は着替えを上手くやったようですね。

「ネギ先生、瑞葉も落ち着きましたし……紅茶でも淹れましょう」
「あ、はい……」

お嬢様の看病をひとしきりこなしたネギ先生を労う為、イギリス人が好みそうな紅茶を淹れ、ミルクと砂糖を沿えてテーブルの上に置く。イギリス人はミルクティーを好む方が多いと、昔教えられたような覚えがありますので。

「あ……美味しいです」
「二年間もメイドをしていれば、必然的に上手くなりますから」
「あの……月夜さんはどうしてエヴァンジェリンさんのメイドをしているんですか?」
「うふふ、聞きたいですか?」

ネギ先生は、一瞬だけ地雷を踏んでしまったかのように、本当に一瞬だけ顔を曇らせます。しかし、結局好奇心には勝てなかったようで、私が話を始めるのをいまかいまかと待っているようです。こういうところは、子供らしいんですね。
……昔話は得意ではないのですけれども。

「私は昔、吸血鬼ハンターだったんですが……お嬢様と対峙した際負けてしまいまして……殺される代わりに仕えることにしたんですわ。お嬢様に直接誘われましたから」
「きゅ……吸血鬼ハンター、ですか?」
「えぇ、昔の職業は、ですわ。今では、私が吸血鬼の身ですけれども」

ネギ先生の質問に、軽く肩をすくめて見せる。ネギ先生は、もう少し吸血鬼ハンターについて知りたかったようですが、そればかりを話をする必要もございません。

「ネギ先生は、どうして魔法使いに?」
「僕ですか……?お父さんみたいに、立派な魔法使いになりたくて」
「うふふ、やっぱりサウザンドマスターの影響でしたか。私はお会いしたことはありませんが、お嬢様からそれとなく愚痴ばかり聞いておりますよ」

子供らしい理由だなぁ……なんて、柄にもなくネギ先生に興味を抱く。サウザンドマスターの本性が憧れたものとは全然違うということに、絶望しないでしょうか。いくら私でも、こんな純粋な子供が相手だと心配してしまいますわ。

「はぁっはぁっ、華琳様……」
「ごめんなさい、ネギ先生。瑞葉が呼んでいるようですので……よろしければご一緒にどうぞ?」
「えっ、はい」

どうにもネギ先生は落ち着かない様子で。お嬢様がサウザンドマスターについての情報を知っているからなのでしょうけど、落ち着きがなさすぎです。仕方ありませんので、一端お嬢様から遠ざけて、ネギ先生を落ち着かせるとしましょう。

「どうしたの、瑞葉?喉が渇いたのかしら?」
「はぁっ、華琳様、そこですわ……!あぁん、もっと……!」
「……ネギ先生、瑞葉の夢でも覗いて見ます?」
「……遠慮します」

こんな真昼間からどんな夢を見ているんだか……。熱まで出しているのに、いつもより妄想が激しいのはどういったことなのでしょう。熱で頭がおかしくなってしまったのでしょうか。取り敢えず、瑞葉の妄想を聞いていてもどうしようもないので、もう一度戻りましょう。
今の瑞葉の台詞で、ネギ先生もある意味で落ち着かれたようですし。

「サ……サウザンドマスター……止めろ」
「っ!サウザンドマスターの夢……」
「気になるなら、夢を覗けば良いと思うのですが……。正直なところ、私も気になりますから覗きましょう」

瑞葉の部屋から元々いたお嬢様の部屋へと戻ってきた私達の耳に飛び込んできたのは、お嬢様がうなされる声。寝言の内容から推察するに、お嬢様はサウザンドマスターに関する何らかの悪夢を見ていることになります。
……私も非常に気になりますし、ネギ先生の夢見の魔法にご一緒させてもらいましょう。

「そ……それじゃあ、覗きますよ」
「いつでも平気ですわ、ネギ先生」

私の応答に対して、ネギ先生は夢見の魔法の詠唱を始める。これで、サウザンドマスターに関する生の情報が私にも手に入るんですね。


―エヴァンジェリンの夢―

お嬢様の夢の中、私が最初に目撃したのは、お嬢様がサウザンドマスターを追い詰めている場面でした。目の前にいるサウザンドマスターに動く間も与えずに追い詰めるなんて、さすがは私の仕えるお嬢様です!

「さすが、私のお嬢様ですわ!サウザンドマスターなんて、足元にも及びません」
「お……お父さん!?」

このままお嬢様が終始圧倒する形でこの試合も終るのかと思っていましたが、それでは先ほどの寝言と一致しません。まさか……。
ふとお嬢様の方を見ると、見事に落とし穴にはまり、ネギとニンニクが浮かんだ水溜りへとダイブしたお嬢様の姿が見えました。
なんて、初歩的でイヤらしい戦い方なんでしょう……。

『―魔法学校も中退だ!恐れ入ったか、コラ!』
「えっ、ちょっと!?」

予想の斜め上どころか、次元すら超越してしまうかのようなサウザンドマスターのカミングアウトに唖然とするネギ先生。いや、私も唖然としたいぐらいなんですが。
……これが、世の讃える英雄の真の姿だなんて。

『―変な呪いをかけて二度と悪さのできない体にしてやるぜ』
『いやーん!?』
「お嬢様、可愛い悲鳴を……」
「月夜さん……?」

まさか、これがお嬢様を悩ませる呪いだったとは……。あれだけ強大な魔力を持っているというのに、かける呪いが非常に子供だましなのはどうしてなんでしょう?
取り敢えず、お嬢様の可愛い悲鳴が聞けたから、私は満足です。ネギ先生としては、理想の英雄像が音を立てて壊れた瞬間ではないでしょうか?


―再び、エヴァンジェリンの家―

「ネギ先生、なかなか面白かったですね」
「そ、そうですか……?」

私の発言に、ネギ先生は戸惑いながらも否定はしないらしい。サウザンドマスター像は崩れたものの、その魔力の強さを目の当たりに出来たからでしょうか。
まぁ、私はサウザンドマスターに興味なんてありませんが。

「それで、何が面白かったんだ?」
「それは勿論、お嬢様の夢……です」
「そうか、そんなにお仕置きされたいのか、華琳?」
「いや……ごめんなさい、許してください!」
「ぼ……僕はこの辺で学校に戻りますね」
「おい、待たんか!ネギ・スプリングフィールド!」

私を見捨てて家から出ようとするネギ先生に、サウザンドマスターの顔が重なる。卑怯なところは、人知れず遺伝しているみたいですね。
ネギ先生は、自らに進体強化魔法をかけて、瞬く間に家を出て行ってしまい、部屋の中にはお嬢様に捕えられた私がいるのみです。

「それじゃあ、華琳。お仕置きの時間だ」
「ひっ……やっ、優しくしてくださいね?」
「別に、普段よりも多くやるだけだ」
「ひゃあん!?」

お嬢様に爪で首筋を切りつけられ、そこから血を吸われる。お嬢様が血を吸い上げるたびに、私の口からは悲鳴が漏れることになります。だって、お嬢様が傷口を噛むんですから仕方が無いでしょう。

私が解放されたのは、茶々丸がお嬢様を止めた、時間にして約10分後のことでした。


―後書き―

以前、博多明太チーズまんなるものを見つけて食べたところ、微妙な味で失敗したのに、ミルク坦々麺なるものを食べてしまったルミナスです。こちらはいけました。調味油が『ピーナッツバター』でしたが。えぇ、本物の。

さてさて、原作では22話に相当する話ですが、夢の中のエヴァの悲鳴って可愛らしいと思いません?あ、私だけですか?
ともかく、従者としてそれで良いのか?と、言いたくなるような華琳の行動ですが、ある意味で華琳らしいですね。多分、良い夢だったら見てないと思います。

次回からはエヴァ編の最終章になりますね。華琳がいることで、ネギはかなりの苦戦を強いられることになるのか……ならないのか。そして、無事にネギはエヴァに勝てるのか。瑞葉と華琳は、明日菜に雪辱を晴らせるのか。

それでは、ここまで読んでいただいたことに感謝し、また次回も読んでいただけるようにと思っています。また、次回お会いしましょう。

〈続く〉

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