第二話:大浴場は乙女の聖域?

―麻帆良学園・中等部―

「おっはよ、ネギ君」
「おはよー、ネギ先生」

朝の麻帆良学園は、生徒達が一斉に登校するだけあって、必要以上に騒がしい。そんな毎朝の喧騒の中、普段のネギ先生の行動では、まずありえない行動に私と瑞葉の目は一瞬だけ点になりました。
(何故に明日菜に背負われているんでしょうか……)
しかし、いつまでも驚いていては、メイド稼業は務まりません。私は、早々に気分を転換して、いつものように朝の挨拶を行います。

「おはようございます、ネギ先生」
「……おはようです」

朝一番の挨拶である以上、やはりさわやかさが必要だと再認識させそうなまでの私の挨拶に比べ、瑞葉の挨拶はやはり素っ気無いものです。私が先生と仲良さげに会話をするのを快く思っていないのが原因でしょうか。

「ひっ、月夜さんと西園寺さん……!」
「あっ、あんた達……ネギをどうするつもりよ!」
「露骨に嫌がられると、皆から不審な目で見られてしまうんですけど……」

私たちを見て、必要以上に恐怖するネギ先生と、必要以上に警戒する明日菜。朝一番のこんな往来の中、ネギ先生を襲えば、『私たちは悪者ですよ』と周囲に言いふらすだけでしょう。魔法先生にでも知れれば、面倒なことになるのは、間違いのないことですし。

「明日菜、お嬢様が動き出すまでは普通の関係。敵対関係じゃないよ?」

裏を返せば、『お嬢様が事を起こせば、直ぐに敵対関係になる』ことを示してはいますが、少なくともこの学校内においては、敵対することは無いでしょう。
周りの一般生徒には聞こえないように、私はネギ先生と明日菜に声をかける。

「でも明日菜、お嬢様に蹴りを入れたことは許してないからね?」
「あはは……華琳ちゃん、怖いよ?」
「ネギ先生、あなたもお嬢様のお召し物を吹き飛ばして下着姿にするなんてグッジョブ……ではなくて、なんてことをしてくれたんですか?」
「うん、分かった。華琳ちゃん、実は変態だったんだね……」
「……覚えてなさいよ、明日菜」

そんなこんなで結局いつも通りの日常。ある意味、ネギ先生を襲撃した相手と普通に会話できる明日菜の精神の強さにはびっくりです。ネギ先生もネギ先生で、さり気無く警戒を解いていますし。結局、他愛もない会話をしていれば、直ぐに教室についてしまうものです。

「さて、茶々丸は……やっぱりお嬢様はサボタージュか……」
「その通りです、華琳。呼びましょうか?」
「いや、ネギ先生の授業に支障をきたすと行動がばれる可能性があるし、このままの方が懸命だね」

少なくとも、お嬢様の姿を見てしまえば、ネギ先生はトラウマを呼び起こしてしまうでしょうし。そうなれば、私たちとネギ先生の関係を聞かれてしまうかもしれません。
私がお嬢様のメイドであることを皆が知らないことの主な原因は、お嬢様が出席しないということですから。

「ほら、瑞葉。そろそろ教室に行きなさい」
「いーやーでーす!華琳様と一緒に授業を受けるんです!」
「お願いだから教室に行って、瑞葉。最近、ハルナがうるさいんだから……」

教室の中に入ろうとする私と、その後ろについてこようとする瑞葉。瑞葉は二年生ですから、当然ながら私とは別の教室で授業を受けることになっています。一応は寮の部屋も持っている(滅多に使いませんけれども)私ですが、そちらの方は無理を言って瑞葉と同室にしてもらいました。しかし、こればかりはどうにもなりませんからね。

「瑞葉ちゃん、やっぱりここにいたんだね……。ほら、授業始まっちゃうよ」
「愛衣ちゃん、今日も瑞葉を連れていって貰えるかしら?」
「そのつもりで来ましたから、今連れて行きますね、華琳先輩」
「あぁん、華琳様〜!いーやー、愛衣、離して!」

愛衣ちゃんに連行されていく瑞葉を見送りつつ、私は教室に入る。……今日の瑞葉の授業は厳しい先生が多いですから、抜け出してくることは無いでしょう……多分。

「もうチャイム……瑞葉もギリギリまでここにいるんだから」

今日の一時間目は英語。ネギ先生の授業です。ともなれば、普段どおりの授業には期待できないでしょう。ふふふ、どの程度まで壊れるのか、楽しみにさせてもらいましょう。



お嬢様の横の席であり裕奈の後ろの席に座る私の横は、勿論今日も空席です。お嬢様、学校には来ているのに、いつもサボってばかりなんですから。
これでは、折角後ろの方の三席を占領した意味がないではないですか。授業中ならば、きっと熟睡しているお嬢様の寝顔をずっと楽しんでいられるというのに!

「華琳、指名されてるよ?」
「ふぇ!?裕奈、場所どこ?」

さり気無い復讐のつもりですか、ネギ先生。折角、人がお嬢様の寝顔を想像していたというのに。夜の寝顔はいつでも見れますけど、昼間のもまた格別で……。

「ネギ先生、読み終わりましたけど……」

頭の中では別のことを妄想しつつも、しっかりと指名された場所は読む(授業聞いてなかったじゃないかというツッコミは無用です)私。しかし、ネギ先生はといえば、授業どころではないのでしょう。パートナー探しが死活問題になってきますからね。

「つかぬことをお伺いしますが……月夜さんはパートナーを選ぶとして10歳の年下の男の子なんてイヤですよね……?」
「……は?」
「ちょっと、ネギ!」

いくらなんでも、この質問は予想していませんでした。確かにこのクラスの大半はフリーかもしれませんし、他のクラスメイトにその質問を投げかけるならともかく、まさか敵対関係にある私にその質問を投げかけるとは……。まさか、私が敵だということを忘れているんじゃないでしょうね……?

「その質問を私にする真意は分かりかねますが……。少なくとも、私には男s……ネギ先生のパートナーになるつもりはありません。それに……」
「そうですよ、ネギ先生!華琳様のパートナーは私なんですから!」
「そうそう……って、瑞葉!?また授業を抜け出して……」

対峙した当初は、内面がこんなにも積極的な少女だとは思いませんでしたが……取り敢えず、瑞葉を教室に届けましょう。まさか、男性に『パートナーになってください』などといわれる日が来るとは思いもしなかったので、少々顔が上気しているのはそれが原因と信じたいです。決して、嬉しさではありません。驚きですから。
ちなみに、「それに……」の後には『私とパートナーになれると、本気で思っているんですか、ネギ先生?』と続けるつもりでしたが。

「それでは、先生。少し、瑞葉を教室に届けてきますので……」
「いーやーでーす!裕奈先輩、先輩からも言ってください!」

瑞葉が助けを求めたのは、私の前の席に座る裕奈。バスケ部に所属している為、瑞葉の先輩に当たる。あまりにも意外ですが、瑞葉はバスケ部に所属していますので、必然的に瑞葉と裕奈は仲が良く、気がつけば私と裕奈も友人関係になっていたりします。
裕奈はこう見えて発育良好ですからね……うふふ。

「ま、いいんじゃないかにゃー?瑞葉ちゃんだって、大好きな華琳と一緒にいたいよね?」
「裕奈……ニヤニヤしながらこっち見るのは止めてくれない?」
「羨ましいにゃー、こんな美少女に愛されるなんて」
「裕奈、後で覚悟してよね?」

後で裕奈にはお仕置きをする必要がありますよね……なんて考えていると、授業終了のチャイムが鳴り響く。結局、ネギ先生はパートナー相談やら何やらで授業をうやむやにしてしまったようですね。
やはり、10歳の子供ではこの程度が関の山でしょう。
瑞葉を、半ば無理矢理(今日は一緒に寝てあげないと脅しただけですが)教室に連行し、瀬流彦先生に謝罪をし、ガンドルフィーニ先生には『抜け出さないように、細心の注意を払ってください』と忠告した後、ふと一つだけ疑問に思ったことを思い出しました。

……なんでのどか、顔が真っ赤だったんだろう。


―麻帆良学園・女子寮―

所変わって、女子寮の大浴場。恐らく部活帰りだったのであろう裕奈と瑞葉に捕まり、図書館探検部一行にその二名を加えた部隊は、大浴場に突入……という雰囲気になったんですが、瑞葉は呼び出しを喰らって一度別れました。
周囲を渡せば、運動部の面々に、散歩部に委員長……大方ネギ先生を元気付ける会といったところでしょうか。全く……その会に私は不要でしょうに。

「で、主賓のネギ先生は?」
「そろそろ、アキラ達が連れてくるんじゃないかにゃー?」
「そう……じゃあ、私は先に料理を戴くとしましょうか」
「ひゃう!?ちょっと華琳、いきなり胸を揉んでくるのは……」
「また大きくなったよね、裕奈?日ごろの私の行いが良いから……」
「ちょっと、そろそろ止めてくれないと……」

裕奈の嘆願を聞き、一時的に裕奈を解放する私。お楽しみはまだまだとっておくものですからね。ネギ先生が来るまでは裕奈で楽しんじゃえば良いんです。

「はい、再開ね」
「ひゃん!?もう、駄目だってば……!」
「覚悟して、って言ったよね?」
「ごめん、謝るから許して、ね?慈悲深い華琳様〜!」

裕奈の胸を弄る手を止め、暫し思案する。仕方ないですね、許してあげるとしましょう。大浴場に来てからもう10分ほど経過しましたし、そろそろ主賓が来る頃でしょうから。

「じゃあ裕奈、跪いて私の足を舐めたら許してあげるわ」
「え……本気?嘘だよね?」
「ほら、早く舐めなさいよ」
「えっ……舐めるのは抵抗あるけど、あれ以上弄られるのも……」

本気で考え始めてしまった裕奈に思わず笑みがこぼれる。いくら私でも、クラスメイトにそんな要求をするほどではありません。ちょっとからかっただけですよ。

「冗談だよ、裕奈。私がそんなことを友達に要求するわけがないじゃないの?」
「……華琳なら言いかねないよ。毎晩瑞葉ちゃんに舐めさせているんでしょ?」
「……ちょっと、あっちで話し合おうか?」

全くもって荒唐無稽……いや、90パーセントぐらい嘘の情報を平然と面と向かって言う当たり、裕奈は私のことを信頼しているのかもしれませんが……。少なくとも、私はそこら辺の節度は守るようには心がけていますよ。偶に、記憶がないときがありますが。

「っと、裕奈。ネギ先生が来たみたい」
「じゃあ、私も行ってくる」
「楽しんで来てね〜!」

主賓が来た瞬間、裕奈含めて、大半のクラスメイトがネギ先生のほうへと向き直る。何だかんだ言って、ネギ先生はクラスに好かれているんですね。あんなにたくさんの美少女に囲まれるだなんて、少し羨ましい……いえ、なんでもありません。
取り敢えず、瑞葉もなかなか来ませんので、手持ち無沙汰になってしまった私は、同じ『お嬢様』に仕える友人、桜咲刹那の元へと向かうことにしました。

「せーっちゃん!」
「ひゃあん!華琳さん、何するんですか!?」
「スキンシップに発育でも確認しようかと」
「……怒りますよ?」
「冗談だって……今日も木乃香を狙う者はいなかったよ」

刹那の胸も軽く何回か弄らせてもらってから、私は仕事の話に入る。刹那が木乃香の傍にいないから、図書館島の内部やら何やらでの護衛を微妙に引き受けているからだ。

「そうですか……、分かりました。ところで……エヴァンジェリンさんの件について、聞いても良いですか?」
「お嬢様の件に関しては、黙認してもらいたいんだけど……」

唐突に話題を変えてきた刹那。その内容は、魔法生徒らしいものといえばそれまでですが……。しかし、お嬢様の動きを刹那が邪魔をするとなれば、私は刹那とも戦わなければならなくなりますからね。できることなら、真名と刹那には黙認してもらいたいところです。友人と潰し潰されをするのは、流石に気が引けますからね。

「はぁ……お嬢様にさえ危害を加えないのならば、私は黙認派に回ります」
「うん、助かるよ刹那。お嬢様にはそこら辺伝えてあるから、心配要らないよ?」

刹那ってば、やっぱり空気が読める子ね。『せっちゃんてば、素敵』と抱きつこうかとも思いましたけど、ジト目で睨まれそうなので、ここは我慢しましょう。
あーうー、そんなに露骨に警戒しなくたっていいじゃないの、刹那……。

「キャー、ネズミ!」 「ネズミが出たー!」

私が刹那の『飛びついて来たら、本気で切りますよ?』的な露骨な警戒オーラに倦憊を感じ始めた頃、突如として大浴場に響き渡る叫び声に私と刹那が顔を向けたとき、丁度木乃香が裸になっていたところでした。

「木乃香お嬢様、お綺麗になって……」
「あんたも十分やばいって、刹那」

取り敢えず、刹那に向かってそれだけ呟き、私はこの騒動を引き起こしているのであろう『ネズミ』を捕らえる為に、喧騒の中へと歩を進めます。
突然に跳んできた『ネズミ』を桶で叩き落として、それを踏みつける。その際に、水着を脱がされてしまい、胸が露出しましたが、問題なしです。だって、苦しんでいるのを見ている方が、楽しいじゃないですか。

「ネギ!どうしたのよ!!」
「華琳様、ご無事ですか!!」
「あっ、明日菜に瑞葉……って私含めて大半が裸で、ネギ先生も裸……明日菜の怒号が炸裂するかな?」
「何やってるのよ、あんたたち!ネギまで連れ込んで!」
「華琳様の裸……あぁん、華琳様〜!」

跳んできた瑞葉をまだ持っていた桶で叩き落とし、さっきまでいた『ネズミ』の代わりに踏みつける。折角捕まえたのに、瑞葉が飛び込んできた拍子に逃がしてしまったから、その八つ当たりです。

「華琳様、もっと……」
「やっぱり、華琳と瑞葉ちゃんってそういう関係なんだ……」
「裕奈、いい加減にしたほうが良いと思うよ?」
「はい、ゴメンナサイ……」

どこからどうみても、瑞葉が勝手に発情しただけでしょう。それをどうあっても、私と瑞葉が百合色関係にあるとしたいらしい裕奈に無言の圧力を加えて黙らせます。
はぁ……何でこうも一日一日が疲れるんでしょう。
足元で悶えている瑞葉を引っ張りながら、再度湯船に浸かった私に、奇異の視線が突き刺さります。瑞葉には、やっぱりお仕置きが必要なようです。


ちなみに、その入り込んだ『ネズミ』がアルベール・カモミールなるネギ先生の使い魔であることを知ったのは、それから少し時間が経ってからのことでした。



後書き

おはようございますから、こんばんはまで。読んでいただけて狂喜乱舞のルミナスでございます。今回のお話は原作の18話のお話ですね。

今回の話では、裕奈と刹那の二名が華琳の毒牙にかかっております。大浴場の中で行われているネギ先生を元気付ける会ではメインに映らなかった刹那を出したかっただけです。……嘘です。
ネギとは敵対関係の華琳が励ましても逆効果ですし、少し離れた位置でそれを眺めていると考えてくださいませ。

バスケ部所属の瑞葉は、お気づきの方もいるでしょうが、プロローグ『闇に仕えるメイド長』で捕虜になった呪術師です。意外に活発ということにしてみました。
そんな瑞葉は、Mです。それもドがつくほどの。正確には、華琳以外にはこうした感情は発生しないようですが。華琳を慕っているのは、一度服従したからでしょうか。
あっ、何をやったかまでは知りませんよ。企業秘密だそうです。

と、ここら辺で本日はお別れです。
また、次回も読んでいただけることを期待しつつ、ここまで読んでいただいたことに感謝して、挨拶とさせてもらいます。
それでは、今後ともよろしくお願いします。

〈続く〉

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