二十二話『好きでも好かれるとは限らない』


 奈留島琉那。麻帆良学園3―A副担任。男性。
 担当科目は歴史で、生徒達からは話の脱線も多いが解りやすいと評判はいい。
 身長は目測で180強。体格は針金と勝負できそうなくらい細い。
 そして顔つきは、着る服を選べば女性といっても疑われないくらい中性的だ。
 その外見に加えて物腰が柔らかいものだから、個人的に知る限りで麻帆良市街にてモデルと間違われること2回。男性にナンパされること4回。
 ちなみに後者の内1人は、しつこく付きまとった上に肩を掴んだ際、放物線を描いて川へと飛び込んでいった。
 趣味は読書。特技は武芸を少々。
 以上が、朝倉和美の持つ奈留島の情報だ。
 キャラの濃い人が多い麻帆良の中ではさほど際立つ物がなく、正直な所、

 ……物足りないんだよねぇ。

 しかし、ネギという前例がいるから目立たないが、19歳にして教師というのはやはり異例だ。
 しかも新聞に掲載されている、県内の教師の異動や着任の一覧には奈留島の名前がなかった。
 訳ありだ、と報道部としての直感が告げている。
 故に、朝倉は行動に出た。

「ルナ先生ー。今日の班別行動なんだけど、私たちの班と一緒に動かない?」

 修学旅行2日目の朝、ホテルのロビーにて各班がネギを班別行動に誘っている中、それを傍観していた奈留島に呼びかけた。
 ちなみに朝倉が所属している3班からも、委員長が熾烈なネギ争奪戦に参加しているが無視をする。
 奈留島が驚いたように目を見開き、しばらく考え込んでいると、

「おおー! 本屋ちゃんが動いた」

 わ、という歓声が後ろから飛んできた。
 振り返ると前髪が長めな少女、のどかと赤毛の少年、ネギを取り囲むようにしてクラスメイト達が盛り上がっている。
 どうやらネギ争奪戦はのどかが征したようだ。
 意外とも思うが、いつも控え目だったのどかに最近変化があったのはクラスメイトの大半が気付いているだろう。無論、その理由も含めて。

 ……ネギ先生の女性問題という点では面白そうだけど、周りが分かりきっている事書いてもしょうがないしなぁ。

 何よりあの手のタイプは周りが突っつくとかえって遠慮してしまうので、しばらく泳がせておいた方がネタが発生すると思う。

「……分かりました。本日はよろしくお願いします。朝倉さん」

 そのような思考に耽っている間に、奈留島から返事をいただいた。

「えっ!? あ、あぁ、よろしく! ――みんなー! ルナ先生私たちの班に同行
してくれるって!」

 奈留島の手を上下に激しくシェイクハンドして、班のメンバーに伝える。
 あらあら、と頬に手を当てながら微笑む、ウェーブのかかった茶の長髪の女性、那波千鶴。
 緊張した面持ちで深々とお辞儀をする赤毛の少女、村上夏美。
 ノートパソコンの入ったカバンを肩からかけており、会釈だけを返す丸眼鏡の少女、長谷川千雨。
 浅黒い肌で、右目の下に涙滴形のペイントを施した無表情で頷く少女、ザジ・レイニーディ。
 その奥にネギと同行出来ず落ち込んでいる委員長がいるが無視をする。

「……で。本日はどこに行かれるか決まっているんですか?」

 奈留島がそう質問すると、班の全員が顔を見合わせ、朝倉が代表として苦笑しながら答える。

「いやぁ、それが全然。映画村は明日の自由行動で行く予定だし、今日はどこに
しようかなぁって」

 ふむ、と奈留島が思案顔を作り、少し間を空けてから、

「じゃあ、ここは僕に任せてもらっていいですか? ――こう見えて、京都は詳しいですよ、僕」





「嬢ちゃん達、ここからちぃと荒れるぜ!?」

 言うが早いか、川の水が飛沫となって降りかかる。

「キャーッ!」

 驚いてるのか喜んでるのか判別のつきにくい声が上がった。
 ホテルの最寄り駅から電車で10分強、亀岡駅を降りて少し歩いた場所にある保津川では、舟による川下りができる。
 約16kmを2時間かけて下るゆっくりとしたものだが、時折今のような急所がある。
 舟には船頭とスタッフが一人ずつ、客はお年寄りが中心だが、その一角に制服姿の女学生達が混じっていた。

 ……あぁーちくしょう! なんだってこんな目に……っ!!

 その内の一人、長谷川千雨は手にしたノートパソコン入りのカバンを水から庇うのに必死だった。
 ランダムに揺れる船上には絶え間無く水が降りかかっており、既に眼鏡は霧雨の中のように曇っている。
 急所を抜け、揺れが穏やかになると今度は乗客同士の会話が賑やかになってきた。

「ひゃあー……、すごかったね、ちづ姉」

「えぇ、そうね。……あやかは大丈夫?」

「おかしいですわね……。このくらいの揺れ、乗馬の時にはなんともないのです
が。……何故か今朝から頭がガンガンいたしますし」

 そう言って、委員長が舟の縁に寄り掛かる。
 確かに見てみれば、委員長の顔色は悪いとはいわないまでも、普段のキビキビとした雰囲気が感じられない。

 ……昨日は清水寺を過ぎた辺りで寝ちまってたし、なんか二日酔いみたいだな。

 しかし、あの堅物委員長に限ってそれはないだろうと、千雨は視線を切った。
 舟の外、峡谷の中を流れる保津川は既に下流へ達しており、見上げれば緑が多くある。
 そんな中、峡谷の崖から横に張り出すように生えた樹木が、こちらの手に届きそうな位置にまで枝を伸ばしていた。
 それに気付いて、一人が動いた。

「船頭さん。すいませんが、あの枝まで舟を寄せてもらってもいいですか?」

 そう立ち上がるのは、スーツの上着を腕にかけた奈留島だ。
 舟が要望通りに近づくと、奈留島はワイシャツの袖を捲り、枝の先に付いてた花をすれ違いざまに二輪摘み取った。
 赤みがかった紫色の花は漏斗状の形で、先が5つの花びらに分かれている。
 奈留島は花びらを1枚ずつ丁寧に取り外し、それをみんなに配ってきた。

「それの根本を口にくわえて、吸ってみてください」

 そう言うと、奈留島は実際に口にくわえてみせ、真似をするよう促す。
 何がしたいのか理解出来ずに固まる千雨をよそに、夏美を始め他の班員達が奈
留島に倣う。すると、

「……わ、甘い」
「あら……」
「へぇ……」
「これは……」
「…………」

 それぞれが驚きの声を上げる。
 ザジも声こそ上げなかったが、その目は興味深そうに花びらを凝視している。
 その反応を見て、千雨もおそるおそる花びらをくわえ、そっと吸い上げる。

「む……?」

 直後、口内に少量の水分が飛び込み、それが甘味となって広がった。
 砂糖菓子のようなはっきりとした甘味ではないが、それでも確かに甘い感覚が舌の上を転がる。

「これは山ツツジという花でしてね。こうやって花びらの下に蜜を溜め込むんで
すよ」

 奈留島の説明に対して、自分達の後ろに座っていた老夫婦が頷いた。

「懐かしいのぉ」

「ほんに。わしらが子供の頃は、そこらに生えとるツツジの蜜くらいしか甘味が
なかったからのぅ」

「へぇー。――先生、なんでそんな事を知ってるんですか?」

 感嘆の息を漏らし、夏美が奈留島に問い掛けた。

「……昔住んでた場所の近くにツツジがありましてね。そこで教えてもらったん
ですよ」

 答える奈留島の口調は昔を懐かしむようなものだが、浮かべる笑みに千雨は違和感を覚える。

「……あの、先生。それは誰に教えてもらったんですか?」

 つい、と言える感じで放ってしまった問いに、奈留島だけではなく、クラスメイト達も軽い驚きの表情を得る。
 それに気付いて、千雨は内心で舌打ちした。

 ……あー何を訊いてんだ私は!?

 らしくもない自分の行動に焦りと羞恥がないまぜになり、頭を抱えたくなる。
 そんな千雨をよそに、奈留島は低く唸りながら口元に手を当て、

「うーん、……昔の友人、ですかね?」

「いや、私らに問い返されても」

 奈留島の曖昧な返答に、朝倉がすかさず突っ込む。
 奈留島は苦笑を浮かべながら頭を掻き、

「いやぁ、その子を友人と呼んでいいものか、ちょっと微妙なところでして」

「? なに、喧嘩でもしたの」

 そんなところです、と奈留島が答えると、舟の揺れが大きくなった。

「おぅ兄ちゃん! 立ち話もいいんだけどよ、最後の急場に入っからちぃと座ってな!!」

「あぁ、はい。すいません」

 船頭の言葉に従い、奈留島が腰を下ろす。
 奈留島は生徒たちの方へ向き直り、懐から折り畳んだ紙片を取り出し、

「――さて、そろそろ川下りも終わりなので、次は……ここにでも向かいましょうか」

 奈良公園は502haの面積を誇る、日本最大級の公園である。
 最大の特徴は放し飼いになっている約1200頭の鹿達だが、春にはソメイヨシノを始め、山桜、しだれ桜、奈良八重桜などおよそ1700本が咲き乱れる花見の名所でもある。
 旬を少し過ぎて、桜舞い散る道を刹那が早歩きで行く。

「もー、なんでこのかから逃げるのよ」

 その後ろから、明日菜が追いかけながら声をかける。
 刹那は振り向かず、しかし速度を落として応える。

「し、式神に任せてあるのでお嬢様の安全は大丈夫です」

 そうじゃなくて、と明日菜は頭を掻きながら、

「なんでしゃべってもあげないの? 幼なじみなんでしょ?」

「それは、その……私が親しくして魔法のことをバラしてしまう訳にはいきませんし……やはり身分が――」

「――はぁ。ルナ先生といい、なんか私の周りって隠し事が多い気がするわね」

 明日菜が嘆息と共に呟くと、ようやく刹那が立ち止まり、

「……奈留島先生が? ……っ!」

 こちらを向くと、目を丸くして言葉を詰まらせた。
 明日菜が何事か分からずに首を傾げていると、

「僕がどうかしましたか?」

 背後から唐突に声をかけられた。

「うわっ! ……ル、ルナ先生、いつの間に!?」

 明日菜は勢いよく振り返り、崩しかけたバランスをたたらを踏みながらだがなんとか立て直す。
 奈留島はそれを気にした様子もなく、

「今さっき、朝倉さんの班と一緒に。……近衛さんは?」

「お嬢様なら、私の式神が周囲を警戒しています」

 刹那の答えに、奈留島は苦笑という形で反応した。

「な、なんでしょうか……?」

 刹那が気まずそうに視線を逸らしながら問う。と、

「……っ!」

 刹那が突如身構えた。
 逸らした視線の先、遊歩道の脇にある茂みに動きがあったからだ。
 しかし、茂みから姿を現したのは、

「宮崎さん……?」

「あ――。明日菜さんと桜咲さんと……ルナ先生?」

 そう言って茂みから出てきたのどかは目尻に光る物を浮かべており、その場にへたりこんでしまった。

「ど、どうしたの本屋ちゃん!?」
「わ、私……、ネギ、先生に……」

「ネギに!? なにっ!? 泣かされたの!? え、ええと、こういう時は……、とり
あえずネギをシメて――!」

「神楽坂さん、ちょっとブレーキ入れましょう」

 今にも走り出しそうな明日菜の頭頂部に、奈留島が手刀を振り下ろした。








「マジでっ!? ネギに告ったのーッ!?」

 明日菜の叫びに離れた場所にいた鹿が首を跳ね上げるのを見ながら、刹那は奈留島の手刀が再び炸裂する音を聞いた。

「神楽坂さん、声が大きいです」

「……ったいわねぇ! ルナ先生、あんまり頭ばかりぶたないでよ! 馬鹿になったらどうするの!?」

 明日菜の反駁にその場にいた全員がそっと目を逸らす。
 刹那は咳ばらいを一つし、のどかに向き直る。

「……でも、ネギ先生はどう見ても子供ですが、どうして……?」

 その問いに、のどかは少し俯いたまま口元をもごもごとさせ、やがて口を開いた。

「――ネギ先生は、普段はみんなが言うように子供っぽくてカワイイんですけど、……時々、私達より年上なんじゃないかなって思うくらい頼りがいのある大人びた顔をするんです」

 そう言って顔を上げたのどかの表情は、先程までの動揺は見られず落ち着いた笑みだった。

「多分、ネギ先生は私達にはない目標を持ってて、それを目指していつも前を見てるんだと思うんです。
 本当は遠くから眺めてるだけで勇気をもらえるから満足だったんですけど、今日は自分の気持ちを伝えてみようって思って――」

 まっすぐと遠くを見るような視線に、明日菜と刹那が揃って赤面する。

 ……な、なんか聞いてる方が恥ずかしくなってきますね……。

 一人、違う反応を見せたのは奈留島だ。
 彼は薄く笑みを浮かべたまま、

「――本気なんですね、宮崎さんは」

「ふぇ!?」

 宮崎さん、と奈留島が視線を体ごとのどかへと向ける。

「人は、後悔という概念を持つ数少ない生物です。後悔は乗り越えることで反省と成長に繋がりますが、そこに至るまでに多大な困難があり――」

 そこで奈留島は一度区切り、目に込める力を強めて、

「場合によってはそこまで辿り着けない事もあります」

「は、はい……」

 気圧されるように、のどかがややのけ反りながら相槌を打つ。

「――だから、僕としては宮崎さんが後悔しない事を望みます。そのために、僕から二つほど助言を致しましょう」

 それは、と奈留島が指を二本立てて、

「己に嘘を吐かない事と、己の本気を出す事です。……要するに、正直にまっすぐ生きなさいという事ですね。それだけで後悔する事はぐっと減るはずですから」

 さぁ、と奈留島がのどかが来た方角に手を差し出して促す。
 のどかはそれに対して頷きを一つ返し、

「――はい。ルナ先生、ありがとうございます。明日菜さんと桜咲さんもありがとうございます。……桜咲さんは怖い人だと思ってましたけどそんなことないんですね」

「え゛……」

 クラスメイトからの評価に思わず固まる刹那。

「なんだかスッキリしました。……私、行ってきますっ」

 そう言って、のどかはベンチを立って駆け出した。
 奈留島がその背中を見送り、肩の力を抜きながら一言。

「……いいですねぇ。青春してて」

「いや、ルナ先生もまだ十代じゃん」

 そうでした、と明日菜のツッコミに笑う奈留島。
 明日菜はベンチの背に寄り掛かり、奈留島を横から覗き込み、

「それにしても、ずいぶんと本屋ちゃんに肩入れしてたわね」

「何、実体験を基に得た教訓ですよ」

 実体験? と明日菜が首を傾げる。

「えぇ。こう見えて、人生経験豊富ですよ? ……さて、そろそろ朝倉さん達の班のところまで戻りますね」

 そう言い残して奈留島はベンチから腰を上げ、その場を後にした。
 このあと、ネギが知恵熱を出して倒れているのを明日菜達が発見するのは小一時間ほど後のことである。










あとがき
明けましておめでとうございます(3月です。)
えらいお久しぶりです。さかっちです。
気が付けば一年以上間を空けてしまい、申し訳ないです。
この一年、有明の祭典にうつつを抜かしたり仕事でフィリピンまで行ってたりしました。前半は自業自得ですが。
サブタイはどうしてこんな突き放し風にしたのかまったく覚えていないのですが、あえてそのままにしてみました。
ともあれ、まだペースは安定しないと思いますが、改めてよろしくお願いします。


【没シーン】
「――だから、僕としては宮崎さんが後悔しない事を望みます。そのために、僕から二つほど助言を致しましょう」

 オホン、と奈留島は咳ばらいをすると、

「――耳をかっぽじってよく聴け! 誓いその一、己に嘘は吐かない。その二、己をこよなく愛す。以上この二つだ。ハァーハッハッハッ!!」

「ルナ先生どうしたの!? 狂ったの!?」



胡散臭い奈留島。考えただけで即没でしたが。
しかし明日菜の言葉が容赦ないなぁ。

〈続く〉

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