街灯によって作られた影が、前から後ろへ、高速で流れていく。
「いい魔法使いと悪い魔法使いがいるだって……!?」
憤慨した雰囲気の声で、疾走するネギが呟く。
「世のため人のために働くのが魔法使いの仕事のはずだろっ」
それに、とネギの眉根が詰められる。
……奴の息子って、あの人、僕のお父さんのことを知ってるのかな……?
そこまで考え、迷いを振り払うように首を左右に振る。
すると、前方を走る黒衣が視界に入った。
「いた!」
後ろから飛んできた声に、エヴァンジェリンは視線だけ肩越しに振り向いた。
「! ――はやい。そういえば、坊やは風が得意だったな」
わずかに笑みを含んで呟き、エヴァンジェリンは橋に差し掛かると、
「あ!」
驚きは少年のもの。見つめる前方では、エヴァンジェリンが欄干に足をかけ、虚空に身を投げ出した。
翔、と風を切る音と共に、エヴァンジェリンの黒衣がはためく。
飛行。
それを追うように、ネギが杖に跨がって橋から飛び降りる。
「待ちなさーい! エヴァンジェリンさん、どーしてこんなことするんですか!? 先生としても許しませんよー!!」
ネギの問いに、エヴァンジェリンは笑みを濃くし、
「――は。先生、奴のコトを知りたいんだろ? 私を捕まえたら教えてやるよ」
「……本当ですね」
挑発とも取れる言葉に、ネギの顔が引き締まる。
すると、ネギは右手をかざし、
『ラス・テル・マ・スキル・マギステル! ――風精召喚!! 剣を執る戦友!!』
呪文によって生まれるのは、ネギを模した形の精霊達。
手にそれぞれ、大剣や長槍、鎌などを携えてエヴァンジェリンに迫る。
……なるほど、10歳の見習いとは思えん魔力だ。
エヴァンジェリンは高度を落とし、魔法薬を数個、後ろへ放った。
快音と共に、追跡していた精霊のいくらかが破砕する。
更に、片手剣を持って迫る精霊をカウンターの要領で打ち倒す。
すると、精霊の死角から飛び込んでくる者がいた。
ネギだ。
「これで終わりです! ――風花・武装解除!!」
叫びが引き連れてきたのは豪風。
それによって、身に着けていたマントが飛散した。
ネギは屋根の上で、エヴァンジェリンと相対していた。
「やるじゃないか、先生」
愉快そうに言うエヴァンジェリンの服装は肌着。
ネギは片手で目を覆うようにし、躊躇いがちに告げる。
「……これで僕の勝ちですね。約束どおり教えてもらいますよ、何でこんなこと
したのか。それに……、お父さんのことも」
「お前の親父……、すなわち、サウザンドマスターのことか」
エヴァンジェリンの言葉に、ネギの目が見開かれる。
「!! ……と、とにかく、魔力もなく、マントも触媒もないあなたに勝ち目はな
いですよ!! 素直に――」
「これで勝ったつもりなのか?」
直後、エヴァンジェリンの直上から降ってくる影が一つ。
それは見た目以上に重厚な音を立て、屋根に降り立った。
「さぁ、お前の得意な呪文を唱えてみるがいい」
……仲間!? 仕方ない、二人まとめて……!
『風の精霊11人、縛鎖となりて敵を捕まえろ!』
ネギの詠唱に応えるように、影が滑るように近づいてくる。
「――サギ……あたっ!」
詠唱が終わるより早く、軽い打音と共に頭がのけぞった。
一瞬弾けた視界に力を込めれば、目の前で手を俗に言うデコピンの形をさせた、長身の少女が立っている。
薄緑色の長髪をなびかせた少女の耳にあたる部分には、アンテナのような物が付いている。
「あたた……ってあれ!? き、君はウチのクラスの――」
「紹介しよう。私のパートナー、3−A出席番号10番、“魔法使いの従者”絡
繰茶々丸だ」
そう宣言したエヴァンジェリンの横に控える、茶々丸と呼ばれた少女は、ネギに向かって一礼。
それに対して、ネギの表情が驚愕に彩られる。
「なっ……えぇー!? 茶々丸さんがあなたのパートナー!?」
「そうだ。パートナーのいないお前では、私には勝てんぞ」
ネギの叫びに、エヴァンジェリンは微笑を浮かべて言う。
「な……、パ、パートナーくらいいなくたって! 風の精霊11人……!?」
再度ネギが詠唱を始めると、茶々丸が音もなく間合いを詰める。
「あうう!」
頬を引っ張られ、否応なく詠唱を中断されたネギと、無言でネギを見据える茶々丸の間に、わずかな沈黙が生まれる。
「……風の――!」
重ねて簡略式の詠唱を唱えるが、額を小突かれて止められた。
驚いたか、とエヴァンジェリンが訊いてくる。
「元々“魔法使いの従者”とは戦いのための道具だ。我々魔法使いは呪文詠唱中、完全に無防備となり、攻撃を受ければ呪文は完成できない。そこを盾となり剣となって守護するのが従者の本来の使命だ」
今じゃ恋人探しの口実となっているがな、とため息を一つ。
「茶々丸」
「申し訳ありません、ネギ先生」
エヴァンジェリンが呼びかけると、茶々丸は謝罪とは裏腹に、ネギを羽交い締めにかける。
「ぐ――!」
ネギの口からは苦悶が漏れ、目尻には涙が浮いている。
エヴァンジェリンは細く長く息を吐き、獰猛な笑みを浮かべた。
「お前がこの学園に来てから、今日という日を待ちわびていたぞ。危険を冒してまで学園生徒を襲い、血を集めた甲斐があった。これで奴が私にかけた呪いも解ける……!」
茶々丸に抱え上げられているネギは、必然エヴァンジェリンを見下ろす形になる。
「の、呪い……ですか?」
「そうだ!」
ネギの問いに、エヴァンジェリンは肩を震わせながら叫び、その胸倉につかみかかった。
「――私はお前の父、つまりサウザンドマスターに敗れて以来、魔力も極限まで封じられ、もう15年間もあの教室で日本のノー天気な女子中学生と一緒にお勉強させられてるんだよ!」
まくし立てるような勢いに、思わず咳込むネギ。
「そ、そんな……僕、知らな――」
「このバカげた呪いを解くには、奴の血縁たるお前の血が大量に必要なんだ。……悪いが、死ぬまで吸わせてもらう」
そう言うと、ネギの首筋に犬歯を突き立てた。
皮膚を突き破り、自分の血液を吸い上げられる感触に、ネギは堪えきれず叫びを上げた。
「うわぁん! 誰か助けてーっ!」
叫びに応えたのは、ど、という連続した音。
「コラーッ! この変質者どもー!!」
ん? と、エヴァンジェリンがわずかに上気させた顔を上げて振り返れば、視界に入ってきたのは、革靴の底。
「ウチの居候に何すんのよーっ!?」
「はぶぅっ!」
「あ……」
やや鈍い打音が二つ響き、エヴァンジェリンと茶々丸が屋根の上を滑るように転がった。
蹴られた頬を押さえて起き上がれば、見慣れた制服を着た、ツインテールの少女。
「か、神楽坂明日菜!!」
「あっ……あれ?」
見れば、相手も目の前の二人を見て、驚いたような顔を見せている。
「あんた達、ウチのクラスの……、ま、まさかあんた達が今回の事件の犯人なの!?」
しかも、と明日菜の眉尻が上がり、視線もキツいものに変わる。
「二人がかりで子供をイジメるような真似して、――答えによってはタダじゃ済まさないわよ!」
エヴァンジェリンはよろめきながらも立ち上がり、涙目で明日菜を睨みつける。
「よくも私の顔を足蹴にしてくれたな、神楽坂明日菜……。お、覚えておけよー!」
捨て台詞を残して、エヴァンジェリンと茶々丸は背後、虚空に向かって跳躍した。
「あ、ちょっと!」
慌てて明日菜が追いかけるように屋根の縁から下を覗き込めば、二人の姿はない。
「……ここ、8階よ……?」
呆れにも似た呟きを漏らすのもつかの間。後ろから聞こえてくる嗚咽に、弾かれたように振り向いた。
「ネギ! もう、あんたってば一人で犯人捕まえようなんてカッコつけて! 取り返しのつかないコトになってたらどーすんのよバカァ!!」
俯いてるネギに反応はない。
「ん? ……って、わ――」
明日菜が怪訝そうに覗き込むと、目にたっぷりと涙を溜めたネギが抱きついてきた。
「うわーん! アスナさーん!!」
「ちょ、ちょっと危ないって。屋上なんだから」
「こっ、こわ……こわかったですー!」
その年相応な泣きっぷりに、思わず苦笑が零れる。
「はいはい、もう大丈夫だから。何があったかちゃんと話して」
そうやって頭を撫でながら出た声は、先ほどまでの険が取れ、とても柔らかいものだった。
夜空に浮かぶ満月の前を、横切る物があった。
それは、背後から青白い噴射炎を吐きながら飛行をし、その腕には小柄な少女が乗っている。
「思わぬ邪魔が入ったが……、坊やがまだパートナーを見つけていない今がチャ
ンスであるコトには変わりない」
腕に乗る少女が、赤くなった頬をさすりながら言う。
「覚悟しておきなよ、先生」
そう笑みを浮かべた矢先、自分が落とす影が濃くなった。
月に雲でもかかったかと、頭上を見上げると、
「こんばんは。Miss.マクダウェル」
月を背後に、奈留島琉那が二人を見下ろしていた。
あとがき
せっかくだから、俺はこの赤いネギを選ぶぜ!(挨拶)
どうも、さかっちです。
気が付けば「どこにオリジナル要素が?」というくらい原作まんまな話に。
オリキャラ奈留島の出番も正味2行だけですしね。
次回はちゃんと出番あります。本当です。
とまぁそんな所で。んじゃまたー。