4話『遭遇』


 30余人の絶叫の中、その叫びを一身に受けている男を、鋭い視線が見つめていた。
 視線を送るのは、最後尾、廊下側の席に座る少女。
 教卓に立つ男を、少女はブロンドの長髪を揺らし、吊り目気味の碧眼で射抜いている。
 
「えーと……、つまり、奈留島先生は、彼で、heで、矢印で表現されるタイプ
の人で人間の雄バージョンなんですか?」
 
 周囲の喧騒がざわめき程度にまで鎮静化すると、朝倉が携帯を相手に突き付け、問うた。
 
「えぇ、まぁ、そうですが」
 
 返ってくるのは肯定。それに、生徒達の大半が一斉にのけ反り、
 
「嘘だーっ!!」
 
 奈留島を指差しながら叫んだ。
 
「うわぁ。僕、性別から全否定ですか?」
 
 奈留島は怒った風もなく、頭を掻きながら苦笑。
 直後、少女と奈留島の視線がぶつかった。
 奈留島の弓にしならせた目に対して、少女の視線は更に険を強め、
 
「…………」
 
 少女がそれを逸らした。
 直後、教室の扉から、軽い音が響いた。
 そちらを見やれば、緩くウェーブのかかった長髪の女性が、扉をノックしていた。
 眼鏡をかけたその顔付きは、二十代半ばから後半といった所。
 
「ネギ先生、今日は身体測定ですよ。3―Aのみんなもすぐ準備してくださいね

 
 女性の言葉に、ネギの表情に驚きの色が浮かぶ。
 
「あ、そうでした! ここでですか!? わかりました、しずな先生」
 
 そう言って、ネギは教室に向き直り、
 
「で、では皆さん。身体測定ですので……、えと、あのっ、今すぐ脱いで準備し
てください!!」
 
 沈黙。
 しずなと呼ばれた女性は苦笑を浮かべている。
 数秒の後、弾けたように声が上がった。
 
「ネギ先生のエッチ〜ッ!」
 
 うわぁ、とネギが教室から飛び出す。
 残ったのは、楽しげな雰囲気の生徒達と、
 
「……なんで先生は残ってるんですか」
 
 そう半目で問うてくるのは、今朝も見掛けたツインテールの少女。
 奈留島は苦笑。
 
「やだなあ。まるで覗き魔を見てるみたいな目で睨んで。僕はただ単に出るタイ
ミングを逸したのと……」
 
「……と?」
 
 奈留島は軽く腕を広げ、
 
「わずかな興味本位です」
 
 奈留島の答えに、風切り音を立てて学生カバンが飛んできた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「いやあ、皆さん元気ですねぇ」
 
 額を擦りながら、背後に教室の賑わいを聞いて奈留島が言う。
 隣りには同じように、扉に背を預けているネギがいる。
 
「そ、そうですね」
 
 返ってくる言葉は苦笑に満ちたもの。
 
「特にあのカバンを投げた子。確か、神楽坂……明日菜さんでしたっけ?」
 
 はい、と答えるその目線は、赤くなった奈留島の額に向いている。
 
「……あの、奈留島先生」
 
「ん? なんですか?」
 
 呼び掛けに首を巡らせれば、ネギが躊躇いがちに言葉を紡ぐ。
 
「先生は、その……、どういった経緯で麻帆良へ?」
 
 その言葉に、奈留島の表情に変化が起きた。
 楽から、緊へ。
 
「……どう、と言いますと?」
 
 奈留島の雰囲気に、ネギは露骨に慌てふためき、
 
「い、いえ! だってまだ未成年なのに先生だなんて」
 
「後であなたには鏡を見てもらうとして、Mr.スプリングフィールド。あなたの事情は大体知ってますよ」
 
「え!? じゃあ奈留島先生もまほ、――もが」
 
 ネギの叫びを、奈留島は両手を用いて塞いだ。
 口元を右手で覆い、左手で後頭部から押さえつける形。
 それを行う奈留島の視線は、鋭く険しい。
 
「Mr.スプリングフィールド。日本には壁に耳あり障子に目ありという言葉がありますから迂闊にそういう事を口にするのはやめていただきたいというかやめなさ
い」
 
 畳みかけるような叱責に、ネギが頷いたのを見て奈留島は手を離した。
 微妙に涙目になったネギを無視し、奈留島はため息一つ。
 
「――で、なんでそんな事を訊こうとしたんですか? まさか、ただなんとなく
というわけじゃないでしょう?」
 
 それは、とネギは一瞬口ごもり、
 
「――さっき、学園長室で奈留島先生が僕の名前を聞いた時に……」
 
 そこまで聞き、奈留島は一足早く納得。
 
「僕が、君のお父上について何か知っていると?」
 
「! は、はい!」
 
 先取りした奈留島の言葉に、ネギの顔がぱっと明るくなる。
 それを見て、奈留島は眉尻を下げた笑みを作る。
 
「――ご期待に添えず申し訳ないですが、僕は彼とは面識はありませんよ。ただ有名人として知っている程度です」
 
「あ……、そうですか」
 
 ネギが明らかに落胆の色を浮かべるが、奈留島は構わず続ける。
 
「ともあれ、今後は先ほどのような軽率な言動は控えてください。……知られて困るのは、君達だけじゃないんですから」
 
「え? それはどういう――」
 
「先生ーっ!」
 
 遮るのは少女の叫び。
 そちらへ振り向けば、色素の薄い髪と瞳を持った、レイヤーボブの少女が走ってくる。
 
「大変やーっ! まき絵が……まき絵が――!!」
 
 少女の叫びに対して、一番に反応したのは、教室内。
 引き戸や窓が勢いよく開き、中から生徒達が顔を覗かせた。
 
「何!? まき絵がどうしたの!?」
 
 そこで、はたと、廊下に並んでた二人と、引き戸に手をかけたアスナとの視線がぶつかった。
 奈留島は視線を下げ、再び戻し、黙り込む。
 そして、手を後頭部にやり、
 
「あー……、すいません?」
 
 直後。
 き、とも、や、ともつかない、重奏した悲鳴が廊下を走り抜けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その空間は、白という単調な色彩に埋まっていた。
 ベッドが二つあり、他は机と椅子に、壁を埋める棚。
 保健室。
 そのベッドの一つを、体操服姿の少女が使用していた。
 その瞼は閉じられており、寝息はゆっくりと安定している。
 駆け付けたネギは開口一番、
 
「ど……、どうしたんですか、まき絵さん!?」
 
 それに答えたのは、先程、身体測定の連絡を伝えに来たしずな先生。
 
「桜通りで寝てるところを見つかったらしいのよ……」
 
 しずなの伝聞形による答えにも、困惑が混じっている。
 それを聞き、安堵を漏らす生徒達の中、違う反応を示す者が二人いた。
 ネギと、奈留島だ。
 ネギは顎に手を当て、小さく唸っている。
 
「――ちょっとネギ、なに黙っちゃってるのよ」
 
 アスナの声に思考を中断されたネギが、はっと顔を上げる。
 
「あ、はいはい。すみません、アスナさん。……まき絵さんは心配ありません。ただの貧血かと」
 
 それと、とネギが笑みを強くし、
 
「僕、今日帰りが遅くなりますので、晩ご飯いりませんから」
 
「え……? う、うん」
 
 ネギの言葉に、怪訝そうな表情を浮かべながらも了承するアスナ。
 そんな様子を、横で見ていた奈留島は終始無言。
 ただ、視線をベッドに横たわるまき絵に移した時、その口元がわずかに歪んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「吸血鬼なんてホントに出るのかなー?」
 
 夜空の下、唐突に問いを放ったのは、前髪が生え際から触覚のように二本立っている、眼鏡をかけた少女。
 それに嘆息するように答えるのは、長髪を先端で二つに縛った、周りに比べて頭一つ分近く小柄な少女。
 
「あんなのデマに決まってるです」
 
 だよねー、と眼鏡の少女はあっさり肯定し、後ろへ振り向く。
 
「じゃあ、先帰っててね、のどか」
 
 振り返る先には、目元を前髪で隠すように伸ばした少女。
 
「はいー」
 
 のどかと呼ばれた少女は、やや間延びした口調で返事をすると、一人だけ反対へと歩き出した。
 そして、後ろの面々が見えなくなった頃。
 あ、という呟きと共に、のどかは立ち止まった。
 目の前には夜空の黒と、街灯の白によるハイコントラストの他に、鮮やかな桜色が広がっている。
 
「桜通り……」
 
 幻想的とも言える光景に反して、ぽつりと漏らした呟きは暗い。
 
「か、風強いですねー。……ちょっと急ごうかなー」
 
 誰にでもない言葉は、夜の冷えた空気に染み入るように消えていく。
 
「こ……、こわくない〜。……こわくないです〜。……こわくないかも〜。こわ――」
 
 明るく振る舞った調子の歌声が、ざ、という風の音に覆われた。
 
「…………?」
 
 辺りを見回すが、満月と桜以外は、何も見当たらない。
 直後、先程よりも強く風が通り抜けた。
 
「え……!?」
 
 突如、地面を差していた街灯の影が伸びた。
> 見上げれば、街灯の先端に、黒衣を纏った人影。
 山高帽や外套まで黒一色の中、輝くブロンドだけが風に大きく流れる。
 のどかの口から、ひ、と音がこぼれた。
 
「27番、宮崎のどかか……。悪いけど、少しだけその血を分けてもらうよ」
 
 笑みを浮かべた口から、大きく発達した犬歯を覗かせ、跳躍。瞬間、恐怖がもっとも明確な形で現れた。
 悲鳴。
 黒衣の影は、その顔に三日月形の笑みを張り付け、外套に包まれた手を伸ばし

 
「待てーっ!」
 
 横合いから飛んできた叫びに遮られた。
 目の前の少女は、糸が切れたように倒れ込む。
 声のした方へ目を向ければ、空中を滑るように疾走する杖に乗った、赤毛の少年。
 
「ぼ……僕の生徒に、何をするんですかーっ!!」
 
 怒気と焦りを孕んだ声をぶつけ、杖を指運で回転。
 体は慣性のままに前へ突き進む。
 
『風の精霊11人、縛鎖となりて敵を捕まえろ。――魔法の射手・戒めの風矢!!

 
 ラテン語の羅列に乗って放たれたのは、風の威圧。
 一度放射状に散らばったそれは、進むにつれ、再び一点へ集束する。
 
「もう気付いたか。――氷楯……」
 
 黒衣の下から呟かれた声は、幼い少女のもの。
 爪弾いて放られたのは、小型の丸底フラスコ。
 それからこぼれた液体が、呟きに応えるように膨張、凝結した。
 出来上がったのは、氷の楯。
 風矢が氷楯に激突し、連続した高音が響く。
 氷が割れる音は、ガラスの破砕音に近い。
 
「!! 僕の呪文を全部はね返した!?」
 
 声には驚きが多分に含まれていた。
 対する黒衣の影も、く、と苦悶の声を漏らす。
 直後、山高帽が風に舞い、隠れていた顔が露わになった。
 
「驚いたぞ。凄まじい魔力だな……」
 
 そう言うのは、およそ10歳かそこらに見える、碧眼の少女。
 ネギはその顔を捉えて、顔が更に驚きの色に染まる。
 
「き、君はウチのクラスの……、エ、エヴァンジェリンさん!?」
 
「フフ……。新学期に入ったことだし、改めて歓迎のご挨拶と行こうか、先生。……いや、ネギ・スプリングフィールド」
 
 エヴァンジェリンと呼ばれた少女は、指から流れる血を舐めとり、
 
「10歳にしてこの力……。さすがに、奴の息子だけはある」
 
 喜色に満ちた視線で、ネギを貫いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あとがき
 がたがた言わずにネギを食え!(挨拶)
 
 どうも、さかっちです。
 
 本文の通り、奈留島は魔法がバレる事を大変嫌っております。
 
 まぁ、その理由についてはおいおい語りますね。
 
 しかしスプリングフィールドと聞いて、10歳が先生やることに納得する奈留島もどこかずれてます。
 
 次回は奈留島の出番がほとんどなさそうな予感。
 
 とまぁそんな所で。んじゃまたー。

〈続く〉

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