空には満天の星が散らばっている。
 地には黒い陰影に満ちた大地が広がっている。
 天と地の境界にあるのは、淡い朱の光。
 街の光だ。
 大地の上。朱色の光に向かって一直線に陰影を失った場所がある。
 長い直線上の空白地。そこにあるのは複線の鉄道だ。
 鉄道の上には列車の走りを告げる鋼の連続音が響いている。
 そして笛によく似た警笛が重なったと同時。
 幾つもの音に乗って、右の線路に列車が来た。
 夜が作り上げる陰影と闇は列車の灯りに消えた。
 光と音が街の灯りへと向けて走る。
 大地を駆け抜けていくのは、JRの埼京線。
 電車内の人の入りは二分咲きといったところ。
 
『次はー、麻帆良学園中央駅ー』
 
 車内アナウンスに、一つの影が立ち上がった。
 その姿は細身。持つ色は、赤と黒と、白の彩りだ。
 ブルゾンとジーンズの持つ赤と黒に、透き通るような肌の白。
 綺麗というより凛々しい、という表現が似合う中性的な顔立ち。
 肩口で切り揃えられたボブヘアーが、それを強調させている。
 開いたドアを出て、改札を抜けると、影に向かって近付く者達がいた。
 数は三人。金髪に染めた男達の頭は、街灯の下でもよく目立つ。
 その内の一人、右耳にピアスをした男が影の前に立つ。
 
「ねぇ、お姉さん。こんな夜遅くに出歩いちゃ危ないなぁ。……よければ送ろうか?」
 
 男の申し出に応じるように、左右に立つ男達も唇の端を持ち上げる。
 男に対する、影の答えは明確。目を弓にし、
 
「――失礼」
 
 右に半歩ずれて横を抜けた。
 無視。
 自然な流れで通り過ぎた影を、男は振り返りながら追い、
 
「そんなつれないこと言わないでさぁ――」
 
 その華奢な肩に手を乗せた。すると、
 
「――がっ……!」
 
 鈍い音と共に、男が背中から地面に落ちた。
 
 数瞬の間。後に、
 
「な、……このアマっ」
 
 左右の男達が揃って手を伸ばしてきた。
 直後、快音二つ。
 次の瞬間には街灯の下に人が三人倒れていた。
 影は呆れたようにため息をし、
 
「――必要ありません。こう見えて、それなりの護身術は嗜んでいますので」
 
 それに、と影が屈んで最初の男に何かを囁いた。
 聞いた男は目を見開き、逆光となった影の顔を見上げ、
 
「――マジ、かよ……」
 
 と言い残して、男の意識が闇に落ちた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 十数分後、影は巨大な扉の前に立っていた。
 影は深呼吸を一回し、扉をノック。
 
「――入っとくれ」
 
 中から応えたのは、嗄れた老人の声。
 了承の返事を受け、影はドアノブに手を掛け、部屋に入る。
 中は整然とした、洋式の空間。
 向かいの壁は大きな窓枠がはめ込まれ、今はそこから月光が降り注いでいる。
 その光を背に、一人の老人が革張りの椅子に座っていた。
 老人は頭部が後ろに大きく張り出しており、その先端にあるわずかな頭髪を髷に結っている。
 蓄えた豊かな髭と、目を覆うほど伸びた眉は、仙人のイメージに近い。
 
「よく来たのう。待っておったぞ」
 
 好好爺然とした笑いと共に、老人は訪問者に向かって話しかける。
 訪問者は微笑を浮かべ、
 
「初めまして、近衛理事長」
 
 執務机を挟んで正面で立ち止まる。
 うむ、と近衛は顎鬚をしごきながら、
 
「遠路はるばるご苦労じゃったのう、奈留島琉那(なるしま るな)くん」
 
 奈留島と呼ばれた訪問者は、笑みを苦笑に変えて、
 
「申し訳ありません。夕方頃にはこちらに着くつもりだったのですが……」
 
「いやいや、急に呼び出したのはこちらでな。そう謝らんでくれ」
 
 奈留島の謝罪を手で遮り、近衛も苦笑で返す。
 
「あぁ、それと――」
 
 と近衛は人差し指を立て、
 
「ここでは儂のことは学園長と呼んでおくれ。表向きはそれで通っておってな」
 
 分かりました、と奈留島の表情が和らぐ。
 
「――で、ここからが本題なのじゃが――」
 
 言った学園長の雰囲気が、真面目なそれに変わる。
 対する奈留島も、表情を引き締めた。
 
「君に頼みたいことは三つじゃ」
 
 学園長は再び人差し指を立て、
 
「一つ目は、ある教師のサポート……つまり副担任じゃな。あと、併せて歴史教師の担当をしてもらいたい」
 
 人手不足でな、と続けて中指を立てる。
 
「二つ目はこの学園都市内の警備。それも単なる不審者相手ではなく、魔獣や幻獣、または魔法使いを対象としたものじゃ」
 
 最後に、と学園長は薬指を立て、
 
「三つ目じゃが……、ここ半年ほど、この都市内で吸血鬼の噂が流行っておってのう。実際に遭遇したという報告もいくつかある」
 
 話す学園長の表情が、長い眉の下で段々と渋い物に変わっていく。
 対して奈留島は、表情に変化がない。
  
 「君にはその原因の調査及び監視、場合によっては――」
 
 学園長が顔を上げ、奈留島を正面から見据えようとした瞬間、辺りの静寂を破る物があった。
 それは学園長と奈留島の間、執務机の上から鳴り響いている。
 電話だ。
 
「む――」
 
 すまぬの、と断り、学園長が受話器を手に取る。
 
「儂じゃが……、何?」
 
 学園長が眉根を詰め、いくつか応答を繰り返すと、
 
「……うむ、分かった。すぐに対処しよう」
 
 軽い音と共に、受話器が置かれる。
 奈留島に向き直った学園長の表情には、緊の字が浮かんでいる。
 
「来て早々すまぬが、早速仕事じゃ。森で魔法生徒が苦戦しておるらしい。あいにく、他の魔法生徒や魔法先生も出払っておってな。着いたばかりで疲れとるじゃろうが、行ってくれぬか?」
 
 奈留島は黙考すること数秒、
 
「――その生徒は、どちらに?」
 
「ここからじゃと……あっちじゃな」
 
 学園長が指したのは背後の窓。その先には、黒く濃い陰影を持った森が広がっている。
 
「分かりました」
 
 言って、奈留島は窓に向かって歩き出す。
 その前に立てば、両開きの窓を開いて、その枠に足をかける。
 
「お、おい。何をしとるのか――」
 
「ご心配なく。こう見えて、体は頑丈な方ですから」
 
 言うと同時、奈留島は窓枠にかけた右足を軸に跳躍。
 
 
 
 
 
 夜空にその身を躍らせた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あとがき
 みんな、ネギ食おうぜ!(挨拶)
 どうも、さかっちです。
 
 なんというか本編とあとがきの雰囲気が違いすぎるんじゃないかと思わないこともありません。
 
 当初は本編もギャグテイストのはずだったのですがうーむ。
 
 ともあれ、また次回もよろしくお願いします。

〈続く〉

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