高い青空の下、明るい色を持った一帯がある。
緑の山間で鮮やかに浮かぶそれは、桜。
桜を擁したそこは、広大と呼べる広さの屋敷だ。
その敷地から、空へと響く、楽しげな声があがった。
声の主は、数人の子供。
その内の一人、黒絹のような、肩口まで伸びた髪を風に流した少女が言う。
「せっちゃん、こんどはなにしてあそぶ?」
せっちゃんと呼ばれた、サイドポニーの少女ははにかみながら、
「えぇ、と……る、るーちゃんはなにがえぇ?」
「うん? そうやなぁ……」
と、思案顔を作る、るーちゃんと呼ばれた子は、他の二人より頭一つ分大きい。
じゃあ、と揺れた髪の色は、金。
「お手玉でもやろか? このちゃん、悪いけど持って来てくれへん?」
るーちゃんは青い瞳を弓にしならせ、人差し指を立てる。
「えぇよー」
このちゃんは笑顔で応え、振り返って屋敷へと駆け出す。
「あ、お嬢様。そんなんウチが……」
せっちゃんはそれに続くように、一歩踏み出すが、
「あぁ、せっちゃんはちょっと待って」
るーちゃんが後ろから肩を掴み、それを制する。
「? ……な、なに? るーちゃん」
止められた少女の顔に浮かぶのは、困惑。
「うん。ちょっと訊きたいんやけどな?」
言って、側の階段に座るよう手で促す。
二人は隣り合って座り、青の瞳が、黒の瞳を射抜くように見つめる。
「この間、せっちゃん言うたよな? もっとつよおなって、このちゃんを守るて」
! とせっちゃんの表情に緊の色が加わり、
「……うん」
眉尻を下げ、俯いて目を伏せた。
「大変やで? 大切な人を守るって。それに、強くなるためには辛いこともいっぱいあるしな。それでも、やるんか?」
「――うん」
先程と同じ答え。
しかし、頷いた表情には決意が宿っている。
それを見たるーちゃんは、
「――そうか」
微笑しながら、右手を相手の頭へ。
わ、と相手は一瞬首を竦めるが、すぐに緊張が解けていくのを腕越しに感じる。
「なら、ウチからも約束や」
右手を乗せたまま、言葉を続ける。
「せっちゃんがこのちゃんを守るんやったら、せっちゃんはウチが守ったる」
直後。一陣の風が吹き、桜の花びらが大きく舞った。
舞い踊る色彩の向こうから、走ってくる影が一つ。
「せっちゃーん。るーちゃーん。もってきたえー!」
両腕には、抱えるほど大量のお手玉。
それを見た二人は、互いに目を合わせ、苦笑。
「――ほな、行こか」
るーちゃんが先に立ち上がり、白く細い手を差し出す。
「――うん!」
それを握り返す手は、小さくも、力強かった。
「――ぁ」
小さく上げた声は、夜気に溶け込んだ。
直後、
「……懐かしい夢」
呟き、動く影があった。
影は上体を起こし、髪を掻き上げる。
髪の色は、黒。
その下に隠れていた瞳は、闇よりなお濃い黒によって自己主張を行う。
瞳が向けられる方向は、上。
星がある。
夜の空の形は、広がり散らばる星の砂面と、その前を漂う夜の雲によって浮き上がる。
視線を下に動かせば、地上にも似たようなものがある。
街の夜景だ。
影は、その二つの光を同時に見ることが出来る場所にいた。
東京の西、奥多摩の山間だ。
「そして、遠い夢……」
言った口元が、苦笑のそれに変わる。
影は、目の前に一枚の書類をかざした。
月明かりに照らされたそれには、頭に辞令の二文字が刻まれている。
差出人は、
「麻帆良学園学園長、近衛近右衛門」
それを読み上げると、影の手が動いた。
数十秒の動きをもって作られたそれは、紙飛行機だ。
影は紙の先端部を強く折り、構え、狙いを定めた。山々の下の方へ。
飛ばす。
鋭く折られた紙飛行機は、滑るように山の下へ 飛んでいく。
やがて、紙飛行機が見えなくなると、影は立ち上がり、背についた葉を払い、
「じゃあ、行きましょうか」
紙飛行機を追いかけるように、山の麓へ向かって疾走を開始した。
あとがき
はじめまして、さかっちです。
この度、「我が力は約束のために」を掲載させていただきました。
至らぬ点も多々あると思われますが、よろしくお願いいたします。
では、また次回。