「これは
「――――――――クシュンッ」
その日、麻帆良学区内にある教会の中で、控えめなクシャミの音が一つ生まれた。
クシャミをしたのは、麻帆良学園の近くに建てられた少々古ぼけた教会で住み込みのシスターをしている、魔法先生のシャークティ嬢。
普段、シスターシャークティと麻帆良の生徒達に呼ばれている通り、褐色の肌を黒い修道服で包んでいる。
「――――クシュンッ!」
ケープから少しだけ覗く銀髪を揺らし、再びクシャミをした。
今朝、起きた時から体調が優れないことに気付いていたのだが、どうやら本格的に調子が悪くなってきたようだ。
ぞくぞくする悪寒に耐えるように肩を抱いて、シャークティはため息をついた。
「なんて情けない……ついこの間、美空やココネに手洗いうがいをしっかりなさいと注意したばかりなのに……」
頭の芯を叩かれたような頭痛に顔を顰めながら、自分が指導役として面倒を見ている3A所属の見習いシスター兼魔法使いの少女や、常に眠たそうな半眼をしている褐色肌の異国少女に、
――いいですか? ここのところ、急に冷え込むようになってきました。外出から戻ったら、手洗いうがいをしっかり行うように。風邪をひくのは、気が緩んでいる証拠ですよ。
と、偉そうに言った自分がこの様。
指導役失格である。
一秒毎に酷くなってくるような悪寒と頭痛に、しゃがみ込みそうになるのを堪えてかぶりを振った。
熱が出てきたのだろうか、少し顔も火照ってきた気がする。
「……これは、本当に風邪らしいですね。どうしましょう……」
今日は、というか今日もだが、教会に最近、彼女の『魔法使いの従者』になった自称・使い魔の青年――シャークティの使い魔ではなく、ネギ・スプリングフィールドという少年の魔法の失敗によって召喚され、そのままネギに仕えている――がやって来るというのに、これでは歓迎するどころではない。
ガックリと落ち込んだ風に肩を落とし、苦悩した表情で教会の床を見つめる。
紫水晶のように綺麗な瞳に年季の入った教会の床を映しながら、シャークティは暫しの黙考の後、ポツリと呟いた。
「――――何とか誤魔化せないものでしょうか……」
既に恒例となっていて、一度や二度行えないからといって、お茶会がもう開けなくなってしまうわけではないのだが、わざわざ、休日に教会まで足を運んでもらったというのに、来てすぐに「風邪をひいたので、帰っていただけますか」とは言いにくい。
無論、その程度で気分を害したりする相手ではない。
そのことはシャークティだって、百も二百も承知している。逆に彼女が風邪をひいていると知れば、迷える子羊を見た聖人が救いの手を差し伸べるのと同じ確率で、いつもの緩くて穏やかという曖昧な表情を曇らせて「あー、看病しましょうか?」と言い出すに決まっているのだ。
だがしかし、だがしかしである。
視線を上げて、もうすぐ開かれるであろう教会の扉にジト目を向けて溢した。
「『シャークティ先生でも風邪をひくんですねー』……なんて、のほほんと笑いながら言われるのは……納得いきません」
どこか拗ねたように言って、また床に視線を落とす。
普段の青年の言動から予測される言葉を考えてみたのだが、腹立たしいまでにあり得そうだった。
『でも』とは何だ、『でも』とは。爪先で蹴るように床を叩きながら、シャークティは声に出さずに愚痴る。
そういう言い方では、まるで私が年がら年中、ピリピリと神経を張り詰めている人間のようではないですか、と。
あなたがもう少し、こちらを気遣ってくれるなら……有体に述べてしまうなら、『魔法使いの従者』云々を抜きにして、私に対して僅かにでも特別扱いしてくれれば、それだけで満足だというのに、と。
風邪のせいか、普段では考えないような願望が次々に浮かんでは消える。
「…………麻帆良祭のアレは何だったのですか」
いけないと思いながら、シャークティは酷く恨めしい口調で、自称・使い魔で、自分の『魔法使いの従者』でもある青年に対する文句を漏らした。
やはりアレは、毎度おなじみの考えなしの一言だったのか。風邪をひいたせいだろう、最近では「またですか……」と苦笑さえ浮かべて流せるようになった事が、今の彼女には酷く堪えた。
だからかもしれない――――
「ジロー君には愛が足りませんね、愛が」
「…………教会に来て早々、シスターに隣人愛を説かれた場合、どーいう反応を返せばよろしいのでしょうか?」
「――――え゛?」
青年――八房ジローの自分に対する言動の中で、特に不足している要素について述べた不満を、神の悪戯とも呼べるジャストタイミングで聞かれてしまったのは。
もっとも、当の相手は彼女が口にした『愛』を、教会という場所に因んだ『愛』に変質させていたが、不意打ちもいいところだったシャークティには関係ない。
「ど、どうして……いつの間に!?」
「いや、普通に扉を開けて、真っ直ぐに近付いたんですけど?」
ボッ、と発火したように顔を赤くして後退るシスターに、ジローは眉を顰めて、教会の入り口からシャークティの足元まで指で示して見せた。
その後で、「一応、声もかけたんですけど、気付きませんでしたか?」と聞いて、怪訝な表情で首を傾げる。
「そ、そう……でしたか……」
「――――あの、大丈夫ですか? 顔が赤いというか、赤熱しているように見えるんですけど……」
「だ、大丈夫です、問題ないです、もーまんたいです!!」
風邪で体温が上がっていたところに、普段は抑制していた想い人への不満を聞かれてしまったという動揺が、危ういバランスで保たれていたシャークティの体調を一気に悪化させる。
グワングワンと痛み出した頭を激しく振るという自殺行為が、彼女にどのような結果をもたらすかなど、予想するなと言う方が無理な話。
「し、心配する必要はぁ〜…………アラ?」
腰が砕けたように倒れかけ、何とか踏み止まろうとした努力も虚しく、武術の達人が瞠目する自然さでジローの懐に潜り込んだシャークティは、
「ちょ、なっ!? えっ、シャ、シャークティ先生!? もしもし、もしもーーーーし!?」
「う、うぅん……」
そのまま勢い余って青年の体に腕を回し、タックルでもするように教会の床に押し倒してしまった。
驚いたのは青年である。いきなりシスターに間合いを詰められて、抵抗する暇もなく地面に転ばされたのだから。
接近戦を得意とする者としての自信を傷つけられ、挙句、教会の床の上で見目麗しいシスターにしな垂れかかられたジローの胸中は、察するに余りある。
「い、いいいいっ、一体何事!? まさか美空の悪戯? それともカモの企てか!?」
大いに慌てた様子で、趣味の悪い悪戯に定評のある自分の知り合い達の名を列挙して、カメラでも仕掛けられているのでは、と教会のあちこちに視線を巡らせていた。
「んぅ……ハ、ァ……? ジロー君の体、冷たくて……気持ちイイ――」
「ちょっとぉぉっ!? 逆ですから、俺が冷たいんじゃなくて、あなたが異常に――――ヤッ、駄目ェェェェェッ!?」
夏場、涼を求めて匍匐前進する猫のように、モソモソと気だるそうに体を動かすシャークティに、恥も外聞もなくジローが悲鳴を上げた。
視覚的にも触覚的にも、このままにしておくと危険だと警鐘が鳴り響く。
激しい運動をしたような、色気さえ感じる荒い呼吸が耳朶を打ち、密着状態のシャークティからは、否応なしに甘く、そしてどこか優しい女の匂いが漂ってくる。
「ストップ、ストップです……! マウントポジションから拳なら対処できますけど、これは無理っぽいので!!」
白昼堂々、教会の中でシスターに押し倒される。そんな想定のしようがない状況に、必死に「ロープ! ロォォォプッ!?」と叫んでいる青年の顔にあるのは、驚きと混乱、そして取り違えのしようもない照れだった。
ともすれば、このまま教会で繰り広げてはいけない行為が行われそうな雰囲気の中、組み敷いたジローを、熱に浮かされてとろんとした瞳で見下ろしたシャークティは、何が嬉しかったのか微笑みを浮かべて、
「天罰、です……」
「人災でしょ、コレェッ!?」
妙に可愛らしく囁いた後、突っ込みを無視して、今度こそ意識を失って崩れ落ちた。
「――――キュウ……」
「い゛……アイタァァァッ!?」
この後に起こるだろう出来事を想像し、ジローが顔を強張らせた直後、神聖にして犯すべからずな静寂を湛えた教会に、自由落下したシスターの頭がその下にあった使い魔青年の額を痛打する音が響き渡った。
オデコを触れさせあって熱を測るという、嬉し恥ずかしなイベントがこの世にあったはずだが、と彼が首を傾げたのは、その後すぐのことである――――
「あー、目茶苦茶痛かった……」
熱を出して倒れてしまったシャークティを、彼女の自室に運んでベッドに寝かせた後、ジローは頭突きを喰らわされた額を撫でて呻いた。
「ン、はぁ……うぅん……」
「シャークティ先生でも風邪をひくんだな……」
倒れるほんの少し前、シャークティが予知した通りの言葉を口にして心配そうに眉を顰めたジローは、看病に必要な道具を揃えるため、教会に併設された居住区にある台所へ向かった。
足繁くという表現を認めたくはなかったが、頻繁にお邪魔させてもらっているだけに、どこに何が置いてあるかは把握していた。
「水溜める桶がいるさね」
台所へ向かう途中、迷う素振りも見せずに浴室へ立ち寄って、中に置いてあったキャラ物の風呂桶――シニカルな名言が光るビーグル犬が描かれている。どうやら、ココネの物らしい――を拝借し、台所で手早く用意する。
水を溜めた風呂桶に冷凍庫の氷をぶち込んで、一緒に持ち出したタオルも放り込み、続けて水差しに沸騰させたお湯――これは冷めたら冷めたで、湯冷しとして飲める――を入れて、蓋代わりにコップも被せておいた。
「むぅ……食べるものはいいか」
生真面目几帳面で、精神的にも強いはずのシャークティが倒れるほど、体調が悪かったのである。
目を覚ましても、すぐに何かを食べるとはいくまい。
もし食欲があるなら、その時は手早く作ればいい。そう判断したジローは、タオルと氷水を入れた子供用の風呂桶と、飲む用のお湯を入れた水差しを両手に持って、シャークティが寝ている部屋へ足音を殺して向かった。
荒ごとや騒動に慣れているせいで、普段から足音を立てないようにしている気もするが、意識するしないの違いは大切であるので、この場合のジローの気遣いは正しいと言えよう。
「――――ハッ、ハァ…………ン、ふぁ……」
「………………かなり辛そうだな」
部屋に戻ってみると、シャークティの病状は先よりも酷くなっているらしく、薄っすらと顔に汗を滲ませて、彼女は喘ぐような呼吸を繰り返していた。
聞き様によっては艶かしくさえ感じる吐息に、ジローは口をへの字に曲げる。
体調を崩して風邪をひくことなど、ここ最近ではなかったのだろう。そのせいで余計、病状が重いものになっていると思われたからだ。
「さて、看病するのはいいのだが……」
両手に持っていた風呂桶と水差しを、ベッドの脇に置いてある小さなテーブルの上に乗せて、氷水の中に入れておいたタオルを絞りながら悩む。
濡れタオルを額に乗せたいのだが、そのためにはまず、彼女の頭を覆うケープを外す必要があると気付いたからだ。
ココネ曰く、シスターの前に魔法使いであるとのことだが、それ以前に意識を失っているような状態の女性に触れ、身につけているものを外すという行為は、下手をしなくても責められて然るべきことである。
これで相手がココネや、副担任として接する機会の多い3Aの少女達だったなら、こうも後ろめたい気持ちにならないのだろうが。
一先ず汗を拭いてしまおうと、濡れタオルで押さえるようにして顔の汗を拭き取る。
「ふ、ぅ……ハァ、ハァ……」
「まあ…………悩んでても仕方ないか」
尻込みしている自分に喝を入れつつ、ジローはできるだけ優しい手つきでシャークティの頭を持ち上げて、修道服のケープを静かに外した。
ケープが外され、その下にあったシャークティの髪が砂の流れるような音を立てて零れ、彼女の頭を支えるジローの手首に掛かった。
まるで極上の銀糸のような感触。
手首に掛かって、またすぐに流れ落ちていくシルバーブロンドの髪に、そんな女性の髪を称える最上級の言葉が浮かんだ。
「こんな時になんだけど……髪の毛、伸ばしてたんだ」
静かに支えていた頭を枕に乗せて、手を引き抜きながら呟く。
前に見た時は、確か肩に掛かるぐらいだった。記憶を振り返り、確かにそのはずだった、と頷く。
私服、というか浴衣姿だったので髪を結い上げていたが、それを下ろせば肩に掛かるぐらいの長さだったはずだ。
背中に届くシャークティの髪に変な癖を付けぬため、体の脇に沿うすように置きながら、ジローは感心にも似た奇妙な驚きを覚えていた。
「男は伸ばさないもんなー、髪の毛なんて」
ケープを外しただけで雰囲気が激変し、シスターから『女性』に変身したように感じさせるシャークティから目を逸らして、咳払いした。
何を惚けているのだ、と厳しく眉間に皺を刻んで自分を叱った後、ジローは風呂桶の淵に掛けておいたタオルをもう一度絞る。
それでもまだ、白砂の如き髪の手触りが手の平に残っていたが、今は忘れておけと軽く頭を振り、シャークティの額へ濡れタオルを遠慮がちに乗せた。
「ンッ――――ハァ…………ハァ……」
濡れタオルが額に乗った瞬間、シャークティが僅かに顔を強張らせるが、すぐにまた熱っぽい呼吸を繰り返す。
だが、心なしかその呼吸に余裕が戻ったようにも感じられる。
一先ず、安心してもよさそうだ。倒れた直後よりも表情が和らいでいることに胸中で安堵の息を吐いたジローだが、どうしてか彼の表情は優れない。
「う、うぅん……」
「あー…………」
困ったように呻き声を上げ、天井を見上げる。
とにかく看病をしなくては、と考えて行動していた間はよかったのだが、一旦状況が落ち着いてしまうと、如何にして時間を潰すか思いつかなかった。
横ではシャークティが熱の篭った吐息を断続的に繰り返し、時折、「ンクッ」だの「ふぁ、ぅ……」だの、やけに耳に残る声を漏らしている。
何というか、この場に居続けることが非常に気まずいのだが、とジローは口元を引き攣らせた。
もしかして、部屋の外に謎のシスター(見習い)と、そのマスターである少女が待機していないか。そんな甘い期待を抱いて部屋の扉を開け、廊下に顔を出して左右を確認してみるが、人の気配など微塵も感じられない。
どうやら主とやらは、自分に妙な試練を与えているらしかった。
「これだから、キリスト教の神様って奴は……」
逆恨みも甚だしい台詞を残して、ジローは渋く歪めた顔を部屋の中に引っ込め、そして扉を閉めた――――
突然の風邪に倒れたシャークティが目を覚ましたのは、ジローに部屋に運ばれてから三時間ほど経った時だった。
「…………ぅ?」
瞼を震わせて薄く開いた瞳に、自分が毎朝、目にする天井が映り込む。
ぼんやりと宙を見上げいるシャークティの顔には、何故、自分は部屋のベッドで寝ていたのだろう、という疑問の色があった。
「おかしいですね、私は確か……」
体調が悪いのを我慢して、もはや恒例のお茶会に参加しに来るジローを待っていたはずだが。
熱のせいで力ない瞳を左右に動かし、部屋に自分以外の人間がいないか探る。
小さめの本棚にクローゼット、机、ベッドの脇に置かれた小テーブル。なるべく物を置かないようにしている自室の、閑散とした様子だけを把握できた。
「………………ハァ」
まだ熱が下がりきっていないからだろう、つまらない部屋ですね、などという不満じみた感想を思い浮かべながら、体の余計な熱を放出するようなため息をつく。
その後で、額に乗せられた濡れタオルがずり落ちかけていることに気付き、シャークティは掛け布団から手を出して、丁度いい位置に来るよう整えた。
「そう、でしたね……ジロー君が来た後、話している途中で私は倒れて……」
サウナの中にいるような頭で、自分が倒れるまでの会話などを思い出す。
気を失う直前、教会で繰り広げてはいけない行為をできそうな体勢になっていた気もするが、それは熱が捏造した幻ということにしておいた。
「コホッ、コホッ……! やはり朝、体調が悪いことに気付いた時点で、お茶会の中止を申し出ておくべきでした」
ベッドの脇にある小さな丸テーブルの上に、ココネが愛用しているビーグル犬が描かれた風呂桶や、中身の入った水差しなどが置かれているのを目で確認し、変な意地を張ろうとした己を恥じる。
前後不覚に陥って倒れた挙句、こうして部屋まで運んでもらい、しかも看病までさせたのだ。情けないとしか言い様がない。
常よりも随分、温度が高く感じる吐息に眉を顰めたシャークティは、少しでも早く回復するために目を閉じる。
「――――――」
しかし、体の温度につられて神経も昂ぶっているのか、一度目が覚めた彼女に眠気の波は訪れない。
寝返りを打つと額の濡れタオルが落ちてしまうので、仕方なくモゾモゾと肩を揺する程度で我慢したシャークティは、疲れやだるさの篭った息を一つ吐く。
「……そういえば、ジロー君はどこにいるのでしょうか?」
暫しの間、寝なおすための努力を続けていたが、一向にやってこない眠気に暇を持て余し、ふとそんなことを呟いて瞳を開いた。
額に乗せられていた濡れタオルには、まだ冷たさが残っていた。それはつまり、青年が看病を放り出して帰っていないことの証明だ。
僅かに頭を持ち上げてベッドの横を見てみると、ジローが座るために使っていたらしい椅子――本来はシャークティの机の前に置いてあるものだ――もある。
「…………おトイレでしょうか」
思考力が落ちているせいか、特に羞恥を覚えることなく呟き、他に考えられるとすれば何がある、と首を傾げる。
パッと思いついたのは、病人食を作りに行っているのでは、という予想。
よくよく考えれば体調が悪いことを理由に、朝からろくに物を口にしていない。せいぜい、果物と紅茶、薬ぐらいである。
そうした栄養不足も、今回倒れた一因を買っているのかもしれない。
目を覚ましてから、何度目になるかわからないため息を溢しながら、シャークティは退屈を理由に天井を見つめ続ける。
「……………………戻ってきませんね」
風邪をひいて寝込んでいる時ほど、一人でいることに苦痛を覚えるもの。
いつ部屋の扉が開くのか、とぼんやりした瞳で天井を見上げて待っているのに、その気配がまったく訪れないのはどうしたことか。
不満そうに眉根を寄せたシャークティが、視線を部屋の隅に置いてある本棚へ移した。
六段ほどの、本以外の小物も置けるようになっている棚に、黒髪の青年をデフォルメした人形(ココネ作)が座っていた。
妙にくたびれた感じに首を傾げている姿が本人ソックリだ、と指導している少女――美空に絶賛されている人形をジト目で睨む。
今日のように体調を崩して満足に動くこともできない時は、付きっ切りの看病がお約束ではないのですか、と実に彼女らしくない我侭が呟かれた。
――そんなことを自分に言われても困るさね。
何となくだが、くたびれた様子で首を傾げる黒髪青年人形は、元になった青年と同じ口調でそうぼやいているように感じられた。
本人が本人なら、人形も人形か。筋が通っているような、通っていないような文句を漏らした後、シャークティは視線を天井に戻して、嘆息と共にゆっくり瞼を閉じる。
もしかすると、自分は風邪をひいたことを理由に、彼に甘えたいと考えたのだろうか。
随分と子供っぽいことを考える。クスリ、と口元に自嘲するような笑みを溢したシャークティは、熱のせいで判断力が落ちているが故の呟きを漏らしてみた。
「どこですかー、ジロー君〜」
普段の自分がこれをやれと言われれば、まず間違いなく赤面してしまう、茶目っ気に溢れた呼びかけ。
だが今日は、すでに赤面状態。少しぐらい顔の赤みが増したところで、特に困ることはない。
いえ、それが原因で熱が上がったりするのは困るのですが、と苦笑を浮かべかけた時だ。
美空に、『ラブKY(ラブな空気が読めないの略)』なる称号を授けられた青年――八房ジローが部屋の扉を開けたのは。
「ヒャアッ!?」
「ん? あー、目が覚めたんですね、よかったよかった」
突然の青年の帰還に驚き、猫の瞳状態で体を震わせたシャークティに気付き、普段の緩い表情に混ぜていた渋い色を消して、ホッと安心したように微笑を浮かべたジローは、そのまま軽い足取りでベッド脇に置いた椅子に腰を下ろす。
「……もしかして、熱が凄いことになってます?」
「イ、イイエ、ソンナコトナイデスヨ?」
まさか、目を覚ました時に側にいなかったことを愚痴ったり、いつまで経っても帰ってこないことを責めていましたとは言えず、顔の赤みを増加させながら首を振るシャークティの声は、カタカタと震える片言。
それが余計に風邪の病状を重く感じさせ、せっかく安心して和らいだジローの顔を歪めさせる。
「本当ですか……? その、ちょっと失礼しますよ」
「え……? ぁ…………」
一言断りを入れて濡れタオルを風呂桶に移した後、柔らかい銀色の髪を掻き分けたジローの手が、いまだ火照りの消えぬシャークティの額に置かれた。
彼女の口から、小さな驚きの声が漏れる。
「…………気持ち熱は下がった、って感じですかね」
「――――」
自分の額にも手を置き、眉を顰めつつ言うジローから目を逸らして、シャークティはただ黙って、額に触れている青年の手に意識を集中させていた。
長い間、武器を振っているうちに硬くなった、男女の違いだけでは説明のつかない、少し無骨さの過ぎる手の平の感触。
熱があるためか、それとも『優しい人は手が冷たい』の法則に従っているのか、ひんやりとした心地よい冷たさを持つジローの手が触れた途端、体に纏わり付いていた倦怠感が霧散した気がする。
さっきまで愚痴を溢してばかりだったのに、我ながら現金なものだ。
青年の手の平を額で感じながら、シャークティは静かに目を閉じて胸中で苦笑する。
だが、
「あとで軽く食べられる物、持ってきますから。その後で薬飲んで、今日一日ゆっくり休んでくださいね」
「――――――」
「……な、何ですか、恨めしそうな目で人のこと睨んで」
「…………別に。特に意味があって見ているわけではありません」
看病に手馴れたテキパキした動きで額から手をどけ、再度濡れタオルを乗せてきたジローの所業に、すぐに気分を害されてしまった。
人がせっかく、いい気持ちで目を瞑っていたというのに、それを無視するとは何事ですか、と言外に非難する視線を飛ばすシャークティに、ジローは困惑した様子で目を泳がせる。
部屋の中に看病を始めて以来、最も重い沈黙が降臨したことに内心、冷や汗を垂らしたジローは、場の空気を換えるために口を開いた。
結果、それが原因でさらに居辛い状況が形成されることも知らずに。
「あー、さ、さっき、ココネと美空が部屋に来まして。随分と心配そうにしてましたよ」
「そうですか」
「二人とも看病を手伝うと言ってたので、今氷を作ったり、お湯を沸かしてもらったりしています。お湯はともかく、短時間で氷を作れるの有り難いですね」
「そうですか」
病人が聞き取りやすいようにか、普段よりもゆっくり、割かし大きめな声で「こういう時、魔法って便利ですよねー」、と緩い笑みを浮かべるジローだったが、
「あ、あのー、シャークティ先生?」
「何ですか?」
「い、いえ……」
ムスッとした顔で目を瞑り、素っ気無い相鎚を返してくるシャークティに気後れしたのか、途中で口を噤んで置物に徹し始める。
「…………」
「………………」
「……………………」
「…………………………」
空気が重い、それも半端なく。
自分は何か、彼女の気に障ることをしたのだろうか。ジットリした半眼を床に落としながら、ジローは刃物を首に押し付けられたような緊張の中、シャークティが目を覚ましてからの言動を振り返る。
当然と言うべきか、彼にシスターを不機嫌にさせた行動を発見できるはずもなく。ただ、刺すような重い沈黙が増していくのを、その肌で感じ取るしかない。
「あー……えーっとですね、ココネ達の様子を見てきます。火を使ってるし、心配なので、ええ」
「…………」
こうなれば、シャークティを不機嫌にさせた存在そのものが消えるしかない。
九割ヘタレてだが、傍目には少々潔すぎる決断をして、部屋から脱出するために席を立ちかけたジローを、シャークティは無情にも呼び止めた。
「――ジロー君」
「ヒッ!? ハ、ハイ……」
突然、スッと開いた紫水晶の瞳で、逃げるなと警告するような視線を送られ、蛇に睨まれた蛙状態の中腰で固まったジローに、彼女は殊更、澄ました表情を浮かべて言った。
「やはり風邪をひいた時は、おとなしく眠るべきです」
「そ、そうですね、静かな場所で安静にした方がいいと思います」
何故、そんなことを言い出したのか。声に出さずに問う訝しげな表情で、シャークティのご機嫌を窺いながら相鎚を打つ。
「ですが困ったことに、目が冴えて眠れません」
「は、はあ、大変ですね…………そうだ、ホットワインでも作りましょ――」
「――――ヘェ?」
「すみません、話の腰を折ってしまいましたねッ!? 『目が冴えて眠れない』の続きをどうぞ!」
「まったく……ンンッ」
まさにラブKYの面目躍如なことを言いかけたジローを、睨むだけで存在を略奪できそうな冷めた瞳で黙らせ、咳払いで空気を仕切りなおしたシャークティが告げた。
照れを無理矢理に押し込んで隠した微笑を、熱以外の理由で赤みを増した顔に貼り付けて。
「――――ですので、私が眠るまで側にいてもらえますか?」
「………………………………ハイ?」
何を言われたのか理解できません、と言うように目を丸くしているジローの視線から逃げるように、シャークティは掛け布団を目の下まで引き上げる。
恐らく先の言葉は、風邪をひいた状態の彼女が口にできる、最高クラスの甘えであった。
それを証明するように、せっかく熱が下がり始めていた彼女の顔は、見るも無惨なぐらい赤くなっていて、茹蛸すら白旗を掲げるほどである。
それでも相手の答えだけは聞いておきたいと、シャークティは布団と額の濡れタオルの間から、羞恥に潤んでいる瞳でジローの顔色を窺っていた。
「え……あー…………ええ?」
部屋の中に、狼狽した自称・使い魔青年の呻き声が響く。
(オーオー、ジロー先生がこれでもかってぐらい困ってるよ。何だかとってもレアな状況に陥ってるッスねー。いやー、さすがリンデレ! ツボを心得たお願い、そこに痺れる、憧れるぅ〜♪)
(ミソラ、声が大きい)
(だいじょーぶ、聞こえやしないって。二人ともある意味、別の空間にいるから)
ジッと縋るような眼差しで青年を見つめるシスターと、そんなシスターの視線に滝のように汗を流し、パクパクと口を開閉している青年。
そんな二人を僅かに開いた扉の隙間から覗くのは、エジプト壁画に描かれていそうな目をした美空と、無表情な赤い半眼が基本スタイルのココネ。
部屋の扉の隙間に張り付く少女達の顔は、これでもかと言うほど期待に輝いていた。下手をすれば、テカっていると見間違えてしまうほどで、少しは自重しろと注意が必要なレベルである。
しかし、それもいた仕方のない事なのかもしれない。今まさに、目の前で歴史的快挙が達成される瞬間が生まれようとしているのだから。
果して、中腰の姿勢で助けを求めるように、視線を左右に振っている青年の答えは如何に。
「――――――――ちゃ、ちゃんと寝てくださいよ……?」
「…………ぜ、善処します」
ゴクリ、と二人して仲良く喉を鳴らした美空とココネの視線の先で、盛大にため息をついたジローが、照れ隠しにも聞こえる言葉を囁いて椅子へ座りなおす光景を見た瞬間、
「アレ……何だろう? 生まれたての子馬が立つのを見たっぽい感動が……」
「オォ……ジロー、ガンバッタ」
指導役であるシスターの健闘を湛えるより先に、朴念仁、野暮天、ラブKY――そうした不名誉な称号を一通り網羅した青年の、麻帆良祭以前と比べて飛躍的に『進化(進歩ではない、そうした言葉で言い表せる変化ではない)』した姿に、少女達は感極まったように抱き合って目頭を熱くした。
「コレはもう、あれッスよ……『ヒマラヤの少女ハイチ』の名シーン――」
「クランが立っタ、クランが立っタ……」
「そう、まさにそれをリアルで目撃した気分!」
例えこれが、風邪をひいたという、強力な補正が付いたが故の結果だと分かっていても、今この瞬間の感動だけは本物だと信じて――――
教会で、歴史に残るアニメの名シーンに比肩する光景が生まれた次の日。
お見舞い用の果物詰め合わせを手に、並んで道を歩く教会組の姿があった。
「でー、付き添い看病パワーで、シスターシャークティも一晩で回復して万々歳〜……で終わるはずだったのにー」
頭の後ろで手を組み、エジプト壁画に描かれた人の目で上司を見る美空と、
「今度は、ジローが風邪ひいタ……」
常に半眼になっている赤い瞳をシャークティに向け、風邪がうつる仕組みについて疑問符を浮かべながら、「シスターシャークティが風邪、移しタ?」と首を傾げるようにして尋ねるココネ。
「…………知りません」
果物満載のバスケットを提げて歩くシャークティが、僅かに頬の赤らんだ仏頂面で声を絞り出す。自分は悪くないと、切に訴えるように。
只管に恥じ入っているというか、後悔している風に俯き加減で、美空とココネの視線が送られる時間に比例して、顔の赤みが増していく。
「ホント?」
「………………ホ、ホントです」
もしかして何かあったのだろうか、と邪推して歪みそうになる口元を抑えて、美空はシャークティを援護しておくことにした。
この話は、ココネのいない時にジックリたっぷり、ねっとりジワジワ聞くとしようと心に秘めながら。
「まー、ジロー先生って普段からお疲れモードだし。『何だか最近、東西南北津々浦々のお土産が増えた……国際色豊かに』ってぼやきながら、お菓子配ってくれるよねー」
「ミラノ肉まん、美味しかっタ」
「変わったお土産みつけてくるよね。マヤだったかの遺跡に行かされた時は、水晶ドクロ・キャンディーだったし、エーゲ海だかにあるデロス島に跳ばされた時は、アンティキティラの歯車クッキーとか」
必ずといって言いほど、出張という名のきな臭い任務で跳ばされた場所に関係する、開運グッズやご当地土産を買って戻ってくるのは、意地か、それとも心の底から「幸せになりたい、人並に……」と願ってのことか。
何にせよ、ジローが買ってくるお土産に外れは少ないと、美空達は楽しみにしていたりする。
「あまり出張を増やさないであげてくださいと、学園長には再三再四に渡って言っているのですが…………私だけでなく、神多羅木先生や瀬流彦先生達も」
「いいですよ〜、わざわざ他の先生を引き合いに出さなくて。素直に『私、ジロー君がいないと寂しいの〜』って――――アイタァーーーーッ!?」
「ひっ、人をからかうのはやめなさいと、あれほど注意したはずですが!?」
「ミソラ、一言多い……」
口は災いの元を実践して、額に十字架の一撃を喰らって地面を転げ回る従者の姿に、無表情なはずの半眼に苦々しい色を浮かべるココネ。
「それより! ジロー君の家に着きましたから、少し静かになさいっ」
西部劇のガンマンも真っ青な十字架の抜き撃ちを行ったシャークティが足を止めて、しつこく地面の上で踊っている美空を叱り付けた。
酷く理不尽なことを言われている気がする。この遣る瀬無さはジローと同じに違いない、と自分勝手に共感を抱きながら美空が立ち上がる。
それを確認したシャークティが、まだ築年数の浅い家――オーソドックスな和風住宅の外観で、一階建ての代わりか床面積は広め、というか一人暮らしの割りに広すぎである――の門柱にはめ込まれた、八房の表札の下にあるインターホンを押した。
呼び鈴の音がなった後、感心したというより呆れたように家を眺めた美空がぼやく。
「しっかし、ジロー先生も思い切った買い物したもんッスね……」
「た、確かに……女子寮で寝泊りすることは、以前から注意していましたが――――まさか家を建てるとは、さすがに私も思いませんでした……」
「コレで一国一城の主ダ、ってジロー、嬉しそうだっタ」
某真祖の吸血鬼が所有する別荘の使用で、現在十〇歳になりかけていると涙ながらに語っているのは余談として、八房ジローの家は歳不相応に立派だった。
頭痛を堪えるような顔の美空とシャークティの隣で、ココネだけが僅かに赤い瞳を輝かせている。どうやら、麻帆良では珍しい純和風な香りがする家に入るのを、感情の起伏が少ない少女なりに楽しみにしているらしい。
『ハ、ハイ、どちら様でしょーか?』
呼び鈴の音が鳴ってから少し待ったところで、インターホン越しに声がした。
どういう訳か、家主であるはずのジローではなく、美空やココネ、ついでにシャークティも知っている少女の声が。
「あれ、アスナ?」
『その声、美空ちゃん? ってことは、ココネちゃんとかシャークティ先生も一緒?』
「正解ダ」
「よ、よくわかりましたね……というより、何故あなたがジロー君の家に?」
少し驚いた声で美空の名を呼んだ後、普段からセットになっている二人の名前を挙げるアスナに、ココネはどうしてわかったのだろうと不思議そうな顔で、シャークティは微妙に引き攣った顔で声を返す。
シャークティの探るような声に、「アハハ……」と苦い笑い声を出したアスナは、
『ま、まあ、家に入ってもらえばわかると思います』
鍵は開いているので、と残してインターホンを切ってしまった。
直前、「あんた達、少しは静かにしなさーーーーい!」と怒鳴り声が聞こえたことを訝しみつつ、顔を見合わせたシャークティ達は八房家の敷地に入って、玄関の引き戸の前まで進む。
扉の取っ手に手を掛けたのは、シャークティや美空よりも先に辿り着いたココネ。
「私がヤル」
「はいはい、どーぞどーぞ」
「ウン」
誰にもこの役は譲らない、と主張する無表情な半眼に苦笑いした美空に勧められ、重々しく頷いたココネが玄関の扉を開いた。
「……クツが一杯」
「あー、なるほど。こりゃアスナがいるわけだ」
「ず、随分と賑やかそうですね……」
敷居を跨いですぐのところにある上がり框を見て、教会組三人の顔に納得の色が浮かぶ。
子供用の革靴やスニーカー、麻帆良学園指定の革靴がずらりと並んでいるのを見たからだ。
廊下の奥から、ぎゃあぎゃあと騒がしい笑い声その他が届く。
『風邪をひいたら玉子酒ー! さあ、ググッと一気にーーーー!!』
『う、うわー!? ジローさーーーーーーん!!』
『お粥早作り対決とかどうだーーーー!?』
『あんたら、病人の側で騒ぐなーーーー!!』
「うわー……本当に病人をお見舞いする気あるのかなー、ネギま部の人達」
「ないと思ウ……」
「まったくですね……」
麻帆良に所属する魔法関係者の間で、ある意味で伝説になっているメンバーが来ているのだろう。風邪をひいて寝ているはずのジローの周りは、近所迷惑になりそうなほど騒がしかった。
魔法を使って悪戯することはあれど、人並の常識も持ち合わせている美空が顔を顰めるほどの賑やかさに、隣に立つココネやシャークティも呆れたようにため息をついていた。
「と、とりあえず、私達も上がらせてもらいましょうか。お邪魔しますよー」
「お邪魔しまス」
気分を入れ換えるように、三人揃ってかぶりを振った後、靴を脱いで家に上がった美空を合図に、ココネも靴を脱いで八房家に上がり込む。
少女二人に続いて、果物籠を片手に持ち替えて靴を脱いだシャークティだが、一番騒がしい部屋=ジローの寝ている場所に向かう直前、玄関を振り返って、そこに並んだ靴を見た。
その後、部屋に向かいながら少しだけ俯き、拗ねたように呟いた言葉を聞いた者は、幸か不幸かいなかった。
「ふぅ……人に慕われるのは一向に構わないのですが――――風邪をひいた時ぐらい、素直に看病されても天罰は下りませんよ?」
「具体的には私に」、と自分で付け足した言葉に顔を赤らめつつ、お見舞い品の果物詰め合わせを持ったシャークティは、美空とココネを追って、ジローのいる部屋へと足を進めた――――
ちなみに、これは余談となるが。
シャークティや美空、ココネが部屋に入ってまず目撃したのは、赤毛の子供魔法先生や黒髪のやんちゃそうな少年だけでなく、何故かメイド服でお粥を食べさせようとしている神鳴流剣士や、新たな領域への挑戦と銘打てそうな、青色の玉子酒を持った厭世家風少女、他多数にもみくちゃにされている八房青年の姿であった。
完全無欠に迷惑そうにしているのだが、風邪のせいで声を荒げて追い払うこともできないのだろう。疲れきった土気色の顔色からも、それは理解できる。
だが見様によっては、イチャイチャウチャウチャ(少年二名含む)しているようにも見えるジローに、シスターがアナザーマスターとしての威厳を滲ませたのは仕方のないこと。
「………………思ったよりも元気そうですね?」
「あー……い、いや、そんなことは――――ち、違うんですよ……できることなら、助けていただきたく……」
「そ、そんな、ジローさん! 僕がいると迷惑なの!?」
「兄ちゃん……俺、喜んでもらえる思って……」
「食べないんですか、ジロー先生?」
「これを飲めば、風邪菌なんて一口で死滅ですよ」
輝きを放ちそうないい笑顔のシャークティを見て、さらに顔色を悪くして言い訳を述べるジローの姿を見て、迷惑がられていると思ってショックを受ける少年二人に、急滑降で機嫌が悪くなる少女達――――と、悪い方向で円滑な流れができるのは、最早お約束という奴である。
『よう、嬢ちゃん達も見舞いに来たのかい』
「オッスー、カモっち〜」
「オコジョさん、コンニチハ」
一人(?)そうした光景を見ながら、胡坐をかいて煙草を吸っている魔法先生のダメマスコット――アルベール・カモミールと、美空とココネが挨拶を交わす。
その一画だけ、のんびりした平和空間を形成していることに、目の部分に影を入れて羨みながら、ジローが小さく声を洩らしていた。
「ホンット、泣きたいぐらいに不幸ですよー……」
「何か言いましたか、ジロー君?」
「いえ、何でもありません。ええ、シスター始め、色んな人にお見舞いに来て頂けて、私以上に恵まれた境遇にいる人間なんて、そうはいないと思われますです、ハイ」
「シスター始め…………まあ、いいでしょう」
「何がいいんですかぁ……?」
結局、風邪初日の対処が悪かったためにジローが一週間に渡って寝込んだり、この日を皮切りに、八房家で教会組の姿が頻繁に目撃されるようになったのは、特別強調すべき話でもないのだろう。
閑話休題――――
後書き?) サクッと書けた話に、あれやこれやと手を加えている内に、また無駄に長くなってしまいました。
木陰の庵開店半年&三十万Hit記念な作品です。題材は「シスターが風邪ひいた?」。
前回の記念作品の反省を踏まえ、糖分を多めにしてみましたが……まだ足りませんか? そうですか……。
時系列やらは、たぶん魔法世界からネギ部が帰還した後(帰ってきますよね? というか、帰ってきてくれないと困ります)。
微妙にというか、それなりに麻帆良祭以降のネタバレをしてる気がしないでもない?
早く魔法世界編を書きたいと思いつつ、改正に手一杯で、麻帆良祭編も下書きとプロット・ネタ編集しか出来ていないという状態。
どういうわけか、下書きで十数KBの話が毎回、二倍三倍‥‥と増加するのです……何でや。
とりあえず、シスターに少しでも萌えていただけたのなら僥倖。記念作品を書いた甲斐もあるというものです。
これからも、木陰の庵をよろしくお願いいたします。では!
感想、アドバイス、指摘お待ちしております。
〈続く?〉