――――――呪いが解ける。



 15年にも渡り、この地に縛りつけられた吸血鬼の少女にとって。

 ソレはとてつもなく甘美な【救い】の言葉であった。


 本来なら己を封印したサウザンドマスターの息子。ネギ・スプリングフィールドを襲い、その血を持って己の封印を解く筈だった少女。


 己の呪いを解くためなら、10歳の少年から死ぬ寸前まで血を絞り取ろうと。
 
 女子中学生を自分の人形にし、魔法使いと戦わせる駒にしようと。

 どんな手を使おうと、己の呪いを解こうとしていた。



 だが、己が従者を護る為に。獲物であるネギとネカネに助けを乞うた。 

 故に義理から彼らを襲うことはできず。



 このまま学園に縛られ、永き時を生きることも覚悟していた少女。


 
 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルにとって。

 
 呪いが解けるという言葉は、まさしく。魔法の言葉であった。








 遠い雨  26話






 ――――――月が綺麗な夜だった。

 


 早春に、花開く辛夷。その一際白い花が月光に淡く煌いていた。

 春も半ばを過ぎた今、華は盛りを過ぎ。その熟れた蜜の芳香はほのかに夜露になじんでいる。





 今日、4月15日午後8時から深夜12時までの限られた時間。

 この学園の結界が弱まるという。

   
 そして毎年、この時を狙って学園。聖地であり関東魔法協会の総帥がいる場所を襲おうとする輩が出没する。

 襲われるだけのモノ。それだけ多くの宝が眠る土地であった。


 一つは、世界最大規模の図書館島。そしてその奥には幾つもの魔道書が眠っているという。

 もう消えてしまった秘術。秘奥儀。更にはそれ自体が強力な魔力をもった魔法書。

 
 それらを欲しがる魔法使いも多い。


 
 一つは、世界樹である『神木蟠桃』

 コレには巨大な魔力が秘められており。


 その力は悪用すれば、かなりの効果が期待される。

 無色の魔力。それは、人が操ればどんな災害だろうと。“救済”であろうと可能にする“力”。

 それを欲するものは数え切れない。





 さらに、関東魔法協会の理事である近衛 近右衛門の孫。近衛木乃香。

 彼女は膨大な魔力を持ちながら、本人はまったく魔法を使えない。


  
 “道具”としてコレほど便利で使いやすい存在はいない。


 術を効率的に扱う能力があれど、魔力が少ない魔法使い。

 彼らにとって喉から手が出るほど欲しい存在だ。

 

 
 更に彼女の血筋。関東魔法協会の理事である近衛 近右衛門の孫であり。

 サウザンドマスターと共に戦い、大戦を終わらせた英雄。剣士、近衛詠春の娘。


 人質として。更に魔力タンクとして。



 これらは敵対する勢力にとって、何より欲しいものだった。





 ◇


 

 早春の辛夷、匂い立つその白い花。


 その香りと共に思い出す花言葉が私に、消えないとげを残した。


 


 この学園を守り。お嬢様を守る。

 そのために、私は剣の腕を磨いてきた。



 今まで幾つかの裏の仕事にかかわり、多少は腕に覚えもあるつもりだ。

 だが、その能力さえ及ばないであろう存在が目の前にいた。

 紫紺の髪をもった、蛇の化身。

 妖艶な美貌が月光を受けて更に輝いている。




 「なあ、刹那。なんでライダーさんがいるんだ?」


 
 そんな事はコッチが聞きたいくらいだ。

 龍宮の言葉を黙殺して、前を歩くライダーさんをみた。


 長い髪を風に靡かせ、颯爽と歩く姿は同姓である私から見ても美しい。
 
 人間以上の存在であり、美を極限まで追求したかのような姿。

 その美しさのあまり女神アテナの不興を買い、怪物にされた伝説を持つ墜ちた女神。


 本来、彼女は桜さんの従者なのだから、この場にいないはずだった。

 桜さんの戦闘力は弱い。それだけに、桜さんを守るのはもっとも強いモノ。

 単純な戦闘能力では衛宮先生の遥か上をいく、ライダーさんが桜さんを守るはずであった。


 

 だが、今。ライダーさんは私達と共に攻め込んでくるという侵入者から、麻帆良学園を護る為にココにいた。



 正直にいえば、戦力としてコレほど頼もしい存在はいない。

 高位のゴーストライナーであり、真名は『支配する女』の意味を持つゴルゴン三姉妹の末女、ギリシャ神話の女怪メドゥーサ。

 神霊に近いその存在は、例え分身であろうと人間ではできない強力な力を行使することができる。

 
 そんな存在が我々の味方になってくれたのだ。

 本来ならば、喜ぶべきことなのだろう。


 だが、彼女は。仲間である“衛宮先生”を傷つけた。

 それが、真実。どのような理由であるかなど私には解らない。

 だが。私ならいかなる事情があろうと、お嬢様を傷つけようなどとはおもわない。


 どんな裏取引だろうと、乗る気はない。

 なのに、彼女。ライダーさんは容易く衛宮先生を。共に戦う仲間を傷つけた。

 その行為が消えないシコリとなって、私の心にこびりついていた。




 白い花、辛夷。その花言葉は“友愛”。今の私には最も縁遠い言葉だ。







 「――――それに。なんだ? 今回のソレは」



 龍宮が、黙っているというよりライダーさんを警戒している私の緊張をほぐそうと話しかけてくる。

 正直、その好意はありがたいが。

 コレに関しては、あまり突っ込んで欲しくない。



 「十文字槍とはね。珍しいモノをもってるな」


 そう、普段。野太刀である夕凪を愛用している私はめったにコレ。十文字槍なんて使わない。

 使うとすれば、西洋龍など巨大な魔物と戦う時ぐらいだろう。

 

 だが、今回。次々と起こる異常事態が私にコレを握らせた。

 鬼や悪魔を召喚するのが精々だった西の刺客。

 
 だが、彼らは“雷電”や“紺青鬼”を使った搦め手でも攻めてきた。

 しかも一般人すら犠牲になりかねない方法で。

 
 確かにココ。麻帆良学園にいる魔法使いのレベルは高い。

 少々の戦力では攻め落とすことは難しいだろう。

 それだけに、搦め手で攻めてくるのは解る。解るの……だが。

 そうとは知っても、その手段を選ばないやり方に心がザワつくのだ。
 

  
 だからこそ、万が一を警戒してコレ。十文字槍を持ってきた。

 これがあれば、戦術の幅がぐっと広くなる。




 警戒しすぎかもしれない。

 今回の停電。私達の戦力はかなり高い。


 当初、計画ではエヴァンジェリンさんが参戦することはなかった。

 それが、参戦すると言うのだ。かなり心強い。



 本来。エヴァンジェリンさんは今日、ネギ先生と戦う筈であった。


 学園長に聞いたところでは、エヴァンジェリンさんの呪いを解くことができるのはサウザンドマスターの子供。

 ネギ・スプリングフィールドの血をエヴァンジェリンさんが得るしかない。


 故にこの機会。学園の結界が効力を弱めるこの時。

 エヴァンジェリンさんはネギ・スプリングフィールドと戦い。その血を得ようとする筈だと。

 そう学園長は言っていた。



 電力を使う強力な封印結界。

 それを“知った”茶々丸さんの行動。

 恐らく、停電を利用し封印結界を弱め。全盛期に近い能力を持ってネギ先生と戦う筈だと。




 静観するように頼まれた、エヴァンジェリンさんとネギ先生の戦い。

 真祖の吸血鬼と10歳の魔法使い。

 
 本来、何としても止めなくてはいけない戦いだが。

 “紺青鬼”“雷電”“獏”と次々に起こる異常事態。

 ソレの対応で、ネギ先生のフォローまでできなくなってしまった。


 

 だが、紺青鬼の事件により。2人が戦うコトはなくなった。
 
 かつての従者を救ったエヴァンジェリンさん。

 その従者を助ける手助けをした彼ら、衛宮先生達にいっていた。



 「――――ボウヤ達をもう襲わない」と。

 その言葉を、学園長や高畑先生も信じた。



 ―――――甘いとは思う。


 学園もエヴァンジェリンさんも。

 その言葉を信じた学園も、“己が自由になる”という目的を忘れ従者を助けたエヴァンジェリンさんも。




 だが、その甘い判断のおかげでコチラの戦力は例年以上になった。

 

 ライダーさん。衛宮先生。更にはエヴァンジェリンさんが参戦するという状態。


 
 
 特に、不死の魔法使い。“闇の福音”と恐れられたエヴァンジェリンさんが参戦するというのが大きい。

 

 学園最強の魔法使いを超えるといわれるその力。長年の戦闘経験。

 完全ではないとはいえ。桜さんを通じて魔力を得たその力は、どのくらいなのか想像もつかない。

 

 そして、神霊に近い能力を持ったライダーさん。そして未だ未知の力を持つ衛宮先生。

 コチラに攻めてくる侵入者に、同情したいくらいだ。


 だが、それだけに。敵がどれほどの策略を練ってくるのかわからない。

 “雷電”の次は“竜種”でも連れて来るのではないだろうか?


 その不安。それがこの“十文字槍”を手にした理由だった。


 


 ◇




 ――――――刹那がコチラを警戒している。

 
 その気持ちは解らないでもない。

 味方であり、私のマスターである桜の恋人。士郎を危険な目にあわせた私を警戒するのは解る。

 だが、この情報は渡すべきではないとおもうし。異世界から来たことを触れ回る気もない。

 

 士郎の力を試したコト。

 その理由を説明するには、全てを最初から話さなければならない。

 異世界、いや並行世界の存在。

 更には世界の抑止力。そして。士郎がかつてどのように生きたかも。


 嘘が決して上手ではない私にとって、それらを器用に隠して話すことはできない。

 ならば、黙っているしかない。





 「――――ライダーさん」





 傍にいたガンドルフィーニが、すまなそうに声をかけてきた。

 このどこか気のいい黒人教師は、士郎とエヴァンジェリンが戦う寸前までいった時から何かと気を使ってくれる。

 
 
 妻子もちであるだけに解るのだろう。大切な誰かを守る。そう考えた士郎にあれからもとても親身になってくれた。

 
 今回の仕事。学園を護る為に複数の部署に分かれて敵を排除する。

 だが、今回。士郎は別の場所を護っている。

 

 彼の視力。そして広範囲の敵を攻撃できる射撃能力。

 ソレをフル活用する狙撃位置にいる。さらに、“闇”。

 人の心の暗黒面であり、負の感情を吸収した桜。

 彼女の精神を安定させるために、できるだけ傍にいたいのだという。



 異論はない。彼女の心の平穏に最も必要なのは士郎の存在だ。


 

 だから、何時もなら士郎と共に戦うであろう刹那と龍宮のチームに私がきた。



 そして、以前の士郎を傷つけることになった事件。アレで私を不審に思っている刹那の態度をみて。

 間にはいってとりなすタメに、私達のチームにガンドルフィーニは参加してくれた。

 

 今回はエヴァンジェリン、更には私と士郎までいるのだ。


 
 普段より、学園の守りは堅い。

 多少、過剰戦力だが。この4人である程度の広い範囲を守るコトを学園長も了承してくれた。

 




 「なんでしょうか?」

 「すまないね。だけど彼女の気持ちも解ってあげて欲しいんだ」



 ガンドルフィーニの言葉に、微笑みながら頷いた。

 仲間である士郎を危険なメに合わせた。

 それを刹那が怒っているというのなら。彼女は士郎を仲間と思ってくれているということだ。

  
 そして、仲間を大事にしないというコトで私を憎むなら。

 それは彼女が優しい人間だということを証明している。


 そして、ソレがわかっているからこそ。

 私は先頭に立っているのだ。


 信用できないモノに背中を任すことなどできない。

 ならば、そのモノ。つまり私が先頭に立てばいい。


 本来、フロント。先陣を切ることでこそ力を発揮するであろう刹那だが。

 ここでフロントをお願いすれば、いらぬ誤解を受けることになる。

 私に後ろを見せたくないだろう。

 
 ならば、私が先陣を切る役目。フロントにつくのが最良だ。


 
 「時間があれば、誤解も解けると思うからそれまで待っててくれ」 

 
 眼鏡を神経質そうに直しながら、私に説明するガンドルフィーニに小さく頷いた。

 だが。ガンドルフィーニは勘違いしている。

 私は本来、怪物なのだ。

 今に伝えられているように、人々に恐れられた魔物。

 この手は血に汚れている。かつて神殿で多くの勇者に挑まれ例外なく食い尽くした、モノ。

 それが私。




 
 だから彼女が感じている懸念は正しい。

 実際、桜に危険が迫ることになれば誰であろうと私は裏切る。傷つける。


 そういった意味では、刹那が私を警戒するのは当然なのだ。

 だから、彼女に警戒されようと私は気にする気はない。



 そして、本来。 

 信用できない仲間同士が、一緒に戦うなどというコトはない。

 だが。ここでも関東魔法協会の特殊な事情がある。


 刹那は西。関西呪術協会と深い関係にある京都神鳴流出身。

 更に、関西呪術協会。西の長から命じられてこちらに来た。


 本来、警戒する必要などないだろうが。スパイではないかと疑うモノもいる。

 それだけに、未だに刹那が知らない魔法先生も多いという。

 つまり、彼女。刹那にこの学園の情報を渡していないのだ。


 学園長にとっては、絶対の信頼をおいていようと。下の者1人だけを特別扱いにはできない。

 龍宮も同様だ。

 彼女はフリーランスの傭兵。

 金次第でどちらにもつく。


 そのようなものに、重要な情報を与えるわけにはいかない。


 それだけに、信用されていないもの同士。

 刹那と龍宮が組むことが多く。当然よそ者である私も彼女達と共にいなければならない。


 多分だが、見張りの使い魔や観察者もいるのであろう。

 妙な行動をとれば、一網打尽にできる。


 刹那をいくら信用していようと、そのようなことまで気をまわさなければならない近右衛門もツライところだろう。



 「いえ。大したことではありませんから」



 私の言葉に苦笑しながら、ガンドルフィーニは周りを警戒した。

 その手には拳銃とナイフが握られている。

 遠近両方こなせるタイプか。

 
 オールマイティにフォローができるだろう。


 魔法が使えるということなら、龍宮より戦闘能力は高いのだろうか?

 龍宮は士郎に聞いたところでは銃器。飛び道具専門ということで、魔法は使えなかったらしいが。その狙撃能力はかなりのものだといっていた。

 ボルトアクションでありながら、セミオートライフルとほぼ同じ連射速度。

 その狙いの正確さ。

 銃使いとして、かなり極限まで鍛えられているという。



 だが、魔法が使えない以上。

 身体強化ができる魔法使いや従者と肉弾戦はキツイだろう。

 

 やはり、遠距離からのフォローにまわってもらうべきだろうか。



 考え事に気をとられていると、樹木の天蓋が途切れ。淡い月明かりがソコに差し込んできた。

 地面に生い茂る草は夜露をおびて、しらしらと月光を弾く。


 闇に慣れた目には、そんな薄い光すら眩しくうつる。



 その瞬間。




 
 「――――――避けろ!」




 ガンドルフィーニの叫び声に、私達は四方に散った。

 
 閃光が数条、私達が立っていた場所を抉りとる。

 細かい土煙と破砕音。そして、砕けた石が私の衣服を小さく裂いた。
 
 暗闇を引き裂きし、閃光。それはあるものは雷であり。あるものは炎であり。あるものは氷であった。

 
 声をかけられなくても避けられたであろうが、ガンドルフィーニのそれは年長者としての心配りか。


 刹那と龍宮は右に。ガンドルフィーニは左に飛んでいる。

 隠れた場所からの魔法の矢による攻撃。

 
  
 確認できたのは3種類。


 
 雷、炎、氷。ということは敵は最低でも3人。

 そして、目の前に感じるのは蠢く魔物の気配。

 悪魔か鬼か。


 西の刺客であるというならば、敵は陰陽師。

 善鬼、後鬼とよばれる式神を前衛につけているはず。

 今回は、紺青鬼など特別な敵の気配は感じられない。


 この釘剣だけで何とかできる筈だ。


 宝具は魔力の消耗が激しい。いつもより疲労している桜に、負担をかけたくない。

 故に、今回は宝具を使うべきではないだろう。


 考え事をしていると、またも魔法の矢が襲ってきた。

 やはり3種類。


 対魔力が高い私にとってはこの程度、対した効果はない。

 正直、多少足止めになるか。少し痛い程度だ。


 だが、魔法使いが使う魔法の矢には数種類ある。

 特に風の矢。

 コレには束縛の効果があり、一瞬でも足止めされればどんな攻撃をされるかわからない。


 それに私達の世界とは“魔術理論”が違う。

 根本が違う以上、私の対魔力がどこまで通じるのか解らない。

 警戒して損はない。




 

 出の早い攻撃。魔法の矢を3人が撃ち。

 隠れた一人が、氣を籠めた斬撃を狙っている可能性がある。

 その場合、どんなダメージを喰らうか。


 私は対魔力こそ高いが、耐久力は低い。

 神秘の篭った単純攻撃。

 そんな攻撃ができる敵がいるとは思えないが、警戒して損はない。

 だが、この状況。これはチャンスでもある。 

 私に攻撃が集中すればそれだけ刹那達が敵を発見しやすくなる。


 私が囮になって、刹那かガンドルフィーニが敵を拘束。

 もしくは龍宮が魔眼で敵を発見。

 ………これで終りになる。



 思ったより簡単に終わりそうな仕事でほっとした。

 油断はできないが、敵が使う式神の能力もおもったほどではない。


 式神である鬼が振り下ろした棍棒を避け、懐に飛び込み。喉を刺し貫く。

 まずは一匹目。

 戦いはこれからだ。

 




 ◇



 ――――――闇に踊る紫の色彩に見惚れていた。



 以前戦った、雷電。そして紺青鬼。

 それらと戦っていた刹那と衛宮先生の戦いも人間業とは思えなかったが。


 彼女。ライダーさんの戦いはさすがにスケールが違っていた。

 森を足場にして変幻自在に煌く、紫色の髪。

 遠くから魔眼を凝らしてさえ、見失いそうな速度。


  
 その速度で、蠢いていた烏族の首が切り裂かれていく。

 切る瞬間。それすら解らず消えてゆくヤツラ。

 
 烏族は何が起こったのかすらわからず、体を痙攣させると。遅れてきた血の奔流と共に地に伏した。

 その速度のまま木の幹に着地した彼女は、上空へと跳んだ。
 

 今度は空を飛ぶ烏族か。

 その左の羽を切り裂き、上に乗りながら首を握りつぶす。

 そのまま、墜ちていくであろう烏族を彼女は引きずりあげる。


 雷、炎、氷。

 3種類の魔法の矢がその瞬間放たれる。



 だが、先程。引きずりあげた烏族を盾代わりにして。ライダーさんは更に後方に跳ねる。

 彼女には見えていたのだろうか。

 あれほど早く動いていながら、敵の攻撃の瞬間が。


 だが、今はまず情報を整理するべきだ。

 盾にされた烏族はそのまま“向こう”に還っていく。

 ということは、コチラで召喚された鬼であり。

 実体化しているわけではない。





 前回の紺青鬼。

 アレのように召喚したものではない鬼を警戒していたのだが、余計な心配だったようだ。

 また、雷電のようなとんでもない鬼神でも召喚されてはたまらない。

 

 広範囲にわたって念話が妨害されているため、傍にいた刹那にハンドシグナルを送る。

 敵も少しは考えているようだ。

 どの程度の範囲まで念話を妨害されているか解らないが、私達4人の意思疎通はおこなえない。



 まずは情報を遮断するのは常道といえば常道だが。

 この場合、意味がない。

 ライダーさんの戦力はこのままいけば、鬼、烏族を一気に殲滅できるだろう。

 

 そのまま、召喚した術者すら倒すことができるかもしれない。

 ならば、私達ができることは多くはない。

 
 私はこの位置からのライダーさんをフォローするために狙撃。

 そしてガンドルフィーニ先生と刹那が敵。召喚した術者もしくは先程から魔法の矢を放っている術者を捕らえればいい。


 後はタイミングを見るだけだ。






 ■■■■





 思ったより、凄まじい力だ。

 特にあの長い髪の女。

 人間とは思えないほどのスピードで、鬼達を葬っている。

 

 術者3人の攻撃を避けつつ、鬼や烏族を葬っていくその姿。

 間違いなく、この場でもっとも強力な敵。



 ………だからこそ。“策”が使える。





 ◇





 もうすぐ、敵の掃討は終わる。

 術者こそまだ見つかっていないが、鬼族、烏族はもうほとんど始末し終えた。

 刹那やガンドルフィーニと連絡が取れないのが、少し気がかりだが。

 念話の妨害というのは、この世界ではよくある手の一つらしい。

 連絡が取れなくてもそれほど心配する必要はないだろう。


  

 最後の鬼族の喉を抉り“向こう”に還した後。術者を探すべく視線を走らせた瞬間。


 鼓膜が小さな悲鳴を捕らえた。

 掠れるような、短い悲鳴。


 それは、異形のバケモノ。鬼や烏族が発する声ではない。

 間違いなく、人間の声。

 それも。


 
 ほとんど掃討し終えた鬼や烏族を無視して、走った先にいたのは見知った人たち。

  

 血だらけで剣を構える刹那と、倒れかけているガンドルフィーニ。それに龍宮がいた。



 ………馬鹿な!

 この3人が簡単に倒されるワケがない。

 先程の鬼族や烏族。能力もさほどでもないし、士郎から聞いたこの3人の能力はかなりのものの筈だ。

 刹那は大抵の攻撃。魔法でできた剣すら“峰打ち”で切り裂けるほどの“氣”の使い手であり。

 

 野太刀「夕凪」

 あの巨大な剣を居合いで抜くほど京都神鳴流を極めた剣術の達人。

 この国独自の剣術であろうが、士郎はあれほどの剣を居合いで抜ける達人に出会ったことはない。と言っていた。



 更に龍宮は士郎が安心して背中を任せられるほどの銃器の使い手。


 そして、その彼女達より年長者であり。

 この麻帆良学園を影から長年守ってきた魔法使い、ガンドルフィーニ。


 その3人を簡単に倒せる相手だと?


 3人ともまだ息があるのを確認した後、彼女達の視線を辿った。



 そこには、何といっていいのかすら解らない異形のモノ達がいた。

 姿形は間違いなく、人間型ではある。

 だが、それぞれ人として何かが多かった。


 1人は牛の頭を持ち。4本の手をもち。2本の腕で十文字槍を構え、更に2本の腕それぞれに青竜刀を持っている。

 1人は馬の頭を持ち。巨大な尻尾が生えており、その手には巨大な拳銃が握られている。

 そして、最後の1人は山羊の頭を持ち。このモノは手の甲に目がついており、その手には拳銃とナイフが握られている。


 奇妙な。それぞれ2本以上の腕をもち。刹那、龍宮。更にガンドルフィーニより多くの武器を持つそれら。

 だが、複数の武器を持ってるからといって必ず強いわけではない。

 剣術でもそうだ。二刀流が一刀流に必ず勝るなんてことはない。

 複数の武器。

 それを扱うには、血のにじむような修練が必要なはず。

 
 
 人として、魔法使いとして極限まで鍛えたであろう3人が一瞬でやられるなどありえるのだろうか。

 だが。現実を認めないわけにはいかない。


 
 全速で刹那たちの前にでると、彼女たちを背中に庇い。

 異形のモノ3人を相手に、釘剣を構えた。



 なぜか、少し動揺している3人に釘剣を投げつける。

 だが、その一撃を十文字槍を持った異形が辛くも弾き返した。

  

 サーヴァントの一撃を、弾き返す相手。

 なるほど、刹那たちが不覚をとるのも無理はないかもしれない。

 何か叫び声を上げているが、異形。そして“向こう”の言葉などわからない。

 
 コチラにきて何度か戦った魔族、そして鬼族には言葉が通じたのだが。

 この異形のモノ達は、また違った方法で召喚されたのだろうか?

 何を言っているのか、まったく理解できない。 


 だが、今はそんなコトを考えている場合ではない。


 一刻も早く、この異形のモノたちを排除し。彼女達を治療しなければ。






 
 ◇






 ―――――時は少し遡る。

 


 ライダーさんが鬼族、烏族を相手にその圧倒的な力で、ほとんどの敵を翻弄していたその瞬間。

  
 本来ならすぐさま応援に駆けつけるべきであろうが、私達は別行動をしていた。

 ゴーストライナーであり、並の人間を軽く凌駕する力。
 
 その彼女に攻撃が集中している間に、敵の本体。

 鬼達を使役している術者を先に抑えるためだ。 



 そして、敵の索敵。

 コレに最も適しているのは、魔眼を持つ龍宮真名。私しかいない。



 ――――ライダーさんを襲った幾つかの魔法の矢。

 そのほとんどは、ライダーさんに傷一つつけることすら難しいようだ。

 よほど強力な対魔力をもっているのか、僅かに掠っている魔法の矢もほとんどダメージを与えていない。


 かすかに破れた服が、攻撃が掠ったのであろうことを感じさせるのみだ。

 恐らく、彼女に任せていてもほとんど大丈夫であろう。



 ならば、魔法の矢を撃った術者。

 ヤツラを捕まえるために、魔法の矢が発射されたであろう方向を“視た”。

 我が魔眼。コレから逃れられるわけがない。




 視線の先には複数の術者が、符を使って“魔法の矢”を射ている。


 その姿。関西呪術協会からの刺客のようだ。

 しかし、陰陽師は“符”を使うとは聞いていたが。なぜ、西洋魔法使いと同じような“魔法の矢”を使うのだろうか?


 第一、本数が少ない。

 詠唱をすれば、今のネギ先生でも10本以上の“魔法の矢”を射るコトができる。

 にもかかわらず、各自一本ずつの“魔法の矢”しか撃っていない。


 それほど魔法使いや陰陽師として能力が低いのか?

 第一、姿からみてどう見ても陰陽師。

 そのヤツラがなぜ、西洋魔法使いが使う“魔法の矢”を使う必要がある?

 

 “符”を使えばもっと違った術ができるのではないか?


 いや、戦場では迷いは禁物。

 それにライダーさんに何時までも戦わせておくわけにはいかない。
 


 本来ならこの場所からの狙撃。

 それでケリをつけたいところだが、場所が悪い。

 この場所からでは障害物が多すぎるし、跳弾では魔法障壁を貫通できるか心配だ。

 狙撃に対しての魔法障壁、更に対衝撃用の結界まで張られている。
 
 
 私の眼ではこの程度の情報までしかワカラナイ。

 だが、接近すればコチラには刹那がいる。

 あの程度の魔法障壁なら、刹那やガンドルフィーニ先生なら対応できる筈だ。

 

 2人に合図を送ると、木や岩などの障害物を利用しながら術者に接近する。

 瞬動を使える刹那ほど早くは動けないが、暗殺や隠れて攻撃するのは私の専売特許だ。
 
 


 ――――5m。



 気がついていない。

 目はライダーさんにしか向いていない。

 


 ――――3m。




 魔法の矢らしきものを発射してからも、なにやら呪文を唱えている。

 どんな効果があるかわからない。

 ライダーさんのタメにも早くケリをつけるべきだろう。




 
 ――――2m。





 間合いに入った。

 夕凪を背中に背負い。

 十文字槍という異形の武器を構えた刹那が、まず敵に切りかかる。

 続けて、ガンドルフィーニ。

 そして私だ。


 
 絶対に倒せる距離。

 それだけに急所を狙うことは許されない。


 コイツラは大切な情報源。

 動けなくし、依頼者と背後関係を調べなければ。


 
 堅牢な結界ではあったが、ガンドルフィーニ先生と刹那の斬撃に耐えられるほどではなく。

 一瞬にして崩壊する。


 ここまで近づいたことに気がつかなかったのか、ヤツラは情けない悲鳴をあげながらマトモに攻撃を喰らっている。

 


 ―――――簡単な仕事だったな。

 

 
 術者を倒した以上、ライダーさんの身の安全も保障された筈。

 ヤツラを縛って、学園長のところに連れて行こうとした瞬間。





 「―――――な、に?」


 

 紫電が奔った。

 月光に煌く紫紺の髪、それと対を成すように響く鎖の音色。

 それらが敵である術者を守るように、私達の進路を防ぐ。

 音速を軽く凌駕するのではないかという、その衝撃に一瞬目を疑った。

 
 私達の前にいるモノ。それは、先程まで鬼族、烏族を瞬殺していた女性。

 私達の味方であった筈の、ライダーさんであった。





 ◇




 侵入者をこれから拘束し、学園長に連絡を取ろうとした瞬間の出来事だった。

 衛宮君の仲間である、ライダーさんが私達の攻撃を防いだ。


  
 それどころか、侵入者を私達から守るようにその無骨な釘剣を構えている。

 

 「何をしてるんだ? ライ―――!?」


 
 誰何の声を上げた瞬間。彼女の釘剣。その剣を、銃弾と見紛うほどの速度で撃ち込まれる。

 なにがあったのか一瞬判断に迷っていると、刹那君がその手に持っていた十文字槍で釘剣を弾いた。


 

 「――――裏切ったのか、貴様!?」



 刹那君が叫ぶ。

 元々、衛宮君のコトでライダーさんを疑っていた彼女にとって。その考えに行き着くのはある意味当然といえた。




 「――――落ち着くんだ、刹那君」




 だが、それはありえない。

 もし、彼女。ライダーさんが私達を裏切るならば桜さんと行動を共にしなければおかしい。

 桜さんの戦闘能力のなさは、あの戦いを見れば素人でも解る。

 そして、衛宮君1人で学園全体から桜君を守れるとは思えない。

 

 なにより、裏切るにはタイミングが悪すぎる。

 私達を襲うなら暗殺できるタイミングはいくらでもあった。

 それに、あの鬼族や烏族。アイツラと協力すればもっと簡単だったはず。



 「なにをしているのです、刹那。―――――今のうちに引くのです!」



  
 考え事をしていると、目の前のライダーさんから声がかけられた。

 言ってる内容はともかく、その言葉は刹那や皆を心配しているもの。

 だが、言っている相手が違う。

 私達ではなく、背に庇っている“侵入者”に向かっていっているのだ。


 それはまるで“侵入者”が私達であるかの――――ような。



 「――――ッチ、そういうことか」

 「何、どういうことですか?」



 判断に迷っている刹那君に簡単に説明する。

 というか、こんなことは私達しか知らないはずだ。


 ―――幻覚の魔法。


 身近では弐集院先生の娘。まだ幼い彼女は幻覚魔法において恐るべき使い手でもある。

 その能力は知らなければ、高畑先生や幻想種の幻覚を作れるほど。

 不特定多数の人間に幻覚をかけ。幻覚と戦わせることができる魔法使い。




 「――――ですが、それは」



 
 刹那君が言いたい事も解る。

 そう、それは所詮幻覚を“敵”と誤認させることができるというだけ。

 ならば、最初から幻覚で私達を襲えばいい。


 だが、幻覚の魔法といえど。

 弐集院先生の娘さんほどの使い手はそうはいない。

 広範囲にわたり、全てを騙す幻覚。そんな事は素人ならともかく私のような魔法使いが簡単にひっかかるわけがない。


 それに、あの術では問答無用にトドメを刺すことができない。

 それでは、この限られた時間内で私達を倒すことなどできない。




 ――――だが、それが“1人”だけならどうであろうか。



 おかしいとは思っていた。

 詠唱をしている間がありながら“魔法の矢”は3種類が1本ずつしか飛んでいない。

 しかも相手は陰陽師。

 
 陰陽師なら西洋魔法に近い技など使わないはず。

 それなのに、威力の低い魔法を当てようとしていた。

 

 恐らくアレで時間を稼いでいたのだ。

 弐集院先生の娘、彼女ほど早く幻術をかけられない以上。他の事でライダーさんの集中力を乱し時間を稼ぐ。

 本来、もっと多くの魔法の矢を射てもおかしくないのに撃てなかったのは幻覚の術を使っていたから。

 それに魔力の大部分を使っているが故に、魔法の矢は牽制程度の本数しか撃てなかった。



 幻覚の魔法。それを弐集院先生の娘さんほど的確に扱えない敵は、1人に絞ってその能力を発動させた。

 故に今。ライダーさんには、傷ついた侵入者が私達に見え。

 攻撃をしようとしていた私達が侵入者に見えた。


 その術は、彼女の周囲にしか見えない幻覚。

 対魔力が異常に高いライダーさんに魔法をかけるのは難しい。

 ならば、周囲の景色。音。これらを偽りに創りかえる。


 
 全てが偽りならば勘がよければ気がつくこともあるだろう。

 私達の言動、更には戦闘能力。それらを推理すれば、敵と味方が入れ替わっていることに気がつくかもしれない。


 だが、彼女は私達と面識があまりにも少ない。

 故に幻を見破ることが難しい。
 
 
 せめて、この中の誰かでも彼女と実戦訓練をしていれば。

 その動きから、コレが幻覚だと意識できるかもしれないのだが。





 ■



 
 ガンドルフィーニの戦術眼は基本的には正しい。

 彼らが成そうとしていたのは、幻覚の魔法。

 弐集院の娘。彼女が得意としていた魔法である。

 だが、魔法は巨大な対魔力があるものには通用しにくい。



 ならば、1人だけに複数の人間で術を強化し幻覚の魔法をかける。

 ここまでが計画であった。

 
 本来ならば、AAAの高畑・T・タカミチにかけるべき魔法だったのかもしれない。

 だが彼の戦力も脅威だが。何より脅威なのはその戦闘経験。

 幻覚を幻覚と知られれば、この魔法は意味を成さない。

 

 この学園での戦闘員のほぼ全てを知っているタカミチには。

 同士討ちさせるという計画自体、成り立たない可能性が高い。

 
 戦力に不審な点があればあっという間に見破られるからだ。

 どんな姿形の異形を見せようとも、見知った動きであると知られればソコから推察されかねない。


 それほど幻覚魔法をかける相手を選ぶことは難しい。


 頭がよく、実体にしか見えない幻覚を見破る洞察力。

 更に学園の魔法使いほぼ全員の能力を知っているため。

 彼に幻覚をかけることはできなかった。


 
 かといって弱い魔法使いに幻覚を見せたところで意味がない。

 術をかけようと、殺さない程度に動きを封じられてしまえばそれで終り。




 力があり、学園の情報を知らない。そんな「モノ」こそこの幻覚を見せるべきモノ。





 つまり。この学園の戦力をほとんど知らず。

 更に規格外の戦力を持っている相手。

 そして、学園側からも信用されてないモノ。



 ――――ライダーに白羽の矢がたったのである。


 
 
 学園の戦闘能力をほとんど知らない。最近来たばかりのライダー。

 しかもその能力は極端に高い。

 幻覚をかけて、同士討ちを仕掛けるには効果的な相手。



 問題はその高い対魔力。

 それを乱すには、集中力を削ぐのが基本。

 雷、氷、炎。


 

 これらの魔法の矢をかわそうと、近くでおきる爆発音や閃光。

 これらを消せるわけではない。

 これにより、僅かな目くらましをし。更に味方と分断することによって入れ替わったことを解らなくする。




 更に“魔法具”これでさらに“術”を強化する。

 幻覚を強化する魔法具、だが強力な魔法具にはある一定のリスクが生じる。

 特に能力が低いものが使うならば、それがより一層顕著となる。

 



 弐集院の娘ほど幻覚が使えないモノ達。そのリスク。それが “無防備で攻撃を受ける”ことだ。

 

 強大な力を得るための、リスク。

 陰陽師における呪いを得る力。

 何かを成すための代償。


 己を糧として、幻覚をかけた。


 故にこの傭兵。報酬が異常に高いのである。

 そして危険になれば、仮契約カードの力でこの場から離脱。故に陰陽師を従者に持つ魔法使いは後方にいる。

 いざとなればその力で、逃げ去ればいい。


 
 そして、このリスクの利点はもう一つある。

 それは無駄な演技が必要でなくなること。

 術者といえど、ライダーに何か命令すればソコから違和感を感じられる可能性が高い。

 ならば、口が利けないほど重症になればいい。

 これならば、演技は必要ない。
 

 自分達を護る為に、味方を襲う。

 刹那たちにとっては戦いたくない相手であり、最悪の強敵。

 しかも本人はそれにすら気がついていないのである。




 ◇




 ガンドルフィーニ先生の説明を聞き、もう一度ライダーさんをみた。

 確かにそう言われれば、納得できる部分がある。

 
 私達を裏切るにはタイミングが悪すぎたこと。

 そして、さっきのセリフ。

 あれは私達を庇おうとしたセリフだ。

 

 ならば、幻覚をかけられ味方を敵に。敵を味方だと知覚しているということか。

 しかも言葉は向こうには通じていない。
 
 念話も妨害されている。携帯は通じない。

 
 これでは、コチラが味方だと教えられない。

 しかも、学園に連絡も。いや、待て。



 「――――――学園に連絡を取ります、誰かが来てくれるまで時間稼ぎを!」

 「どうやってだ?」



 相手にコチラの言葉が伝わっていない。
 
 それだけが、今回の強み。


 
 
 だが、それとて簡単ではない。

 戦術に関しては聞こえる可能性を捨てきれない。

 故に、2人の目をただ凝視した。
 
 



 幻覚を解呪するには時間が足りないし、何より“呪文詠唱”できる時間が稼げるか怪しい。

 ならば、学園から応援の魔法使いが来るまで時間稼ぎをし。できれば生け捕る。



 
 圧倒的な戦力、そして。高位のゴーストライナー。

 後ろの術者を殺すというのは、できれば使いたくない。
 
 情報を聞き出したいし、なによりそれで幻覚が解ければいいが。
 
 幻覚の呪いがより強化されるような魔法具を使っている可能性もある。



 ライダーさんに、自分達が殺されるなんて馬鹿な事はしたくない。

 ……故に、この戦い方が正しい筈だ。



 強く、想いを込めて凝視する。

 敵は人々の理想で編まれている英霊。

 故に、予想は最悪。

 しかも、決して殺してはならない相手。

 

 「―――――危険だ、それなら私が」 

 「無理です、それにこっちにはコレがあります」


 
 私の手には、十文字槍。

 戦国初期、松本備前守政信が使いこなし。

 戦国後期には、上泉伊勢守が馬上で愛用したと言う異形の槍。

 

 銃器とナイフのガンドルフィーニ先生では、彼女を“生け捕り”にするなど難しい。

 

 
 「―――――ならば、一度引き返して」
 
 「それもダメです、何度も試しました」


 

 あれから、何度も試合を申し込みに言ったからこそ解ること。

 私より、彼女は速い。

 何度追いかけようと、追いつくことができなかった。

 3人同時に逃げても、恐らく全員捕まるだろう。

 後ろを見せた瞬間。それが最後だ。



 故に持ち得る全てで、彼女を“倒す”。


 
 「覚悟を決めてください、今。この瞬間しか彼女を倒せません」
   
 

 毎度のコトながら時間がない。

 戦場では迷いは禁物。これでも最善のスピードだ。


 戦場は絶え間のない問題ばかり。そろって複雑、難問奇問。選択肢は少なく、制限時間は限りなく少ない。

 だが、それでも。今回に限っては私も彼女も。皆が救われるにはコレしかない。




 「まったく。―――――どっちが教師なんだか」



 ボソリと呟きながら、ガンドルフィーニ先生は銃とナイフを構えた。

 言いたい事はある、危険だということもわかっている。

 だが。



 「………代案がない以上、ソレしかないか」

 「だな」



 危険であることが解っていながら、刹那に託さなければならない。

 ソレが最善。

 解ってはいる、それでも彼にとってそれはできれば避けたいコト。

 己が生徒を守る、それを宿命と思っている彼にとって。

 この選択はあまりに重い。




 「刹那君、指示を。今だけは君の言葉に従おう」

 

 それでも時間がないのだ。できることは少ない。

 それでも、最善と信じる道を信じるしかないのだ。










 ◇




 足の下に冷たく湿った、落ち葉の香りを感じた。

 まだ早春の季節、夜は肌寒く心まで冷えさせる。

 噂には聞いたことがある幻覚の魔法。

 それを専門に使う魔法使いがいるだけでも驚くが、その相手がライダーさんだというのが悔しい。



 せめて一回でも、稽古ができていればと悔やまれる。

 そうすれば、人より巨大な力を持った彼女なら。

 自分が戦っているのが、“私”だと気がつくのだろうに。


 だが、過ぎたことを言っても仕方がない。

 連絡は取った。

 携帯や念話に比べれば時間はかかるだろうが、確実な手段だ。


 

 私が構えるは十文字槍。

 刀で槍に勝つにはの3倍の力量がいるといわれている。

 そして、京都神鳴流に不得手はない。

 十文字槍なら、私は十分に扱える。

 

 その昔、将軍家指南役に選ばれた柳生石舟斎。彼の師匠、上泉伊勢守が1563年(永禄6年2月)箕輪城攻防戦において。

 甲斐の武田信玄と戦った時に使われたといわれている槍である。

 その戦。あまりの勇壮ぶりに「家臣に」と敵である武田信玄から誘われたほどであったという。


 

 夕凪より、間合いが広く使いやすい十文字槍。

 剣で槍に対抗するには3倍の技量が必要。

 

 問題は、………ライダーさんの技量が私の“3倍程度”か? ということである。
 
 だが、今はそんな事をいってる場合じゃない。




 
 これで、正面の守りは私が受け持つ。



 金属が擦れあい、自在に動く釘剣が私の喉元に迫り来る。

 視るより先に、身体が反応していた。

 一瞬早く反応した体は、鎖ごと払いのける。

 絡ませるわけにはいかない。

 

 力では完全に向こうが上。
 
 少しでも引っ張られたら、身体ごと投げ飛ばされる。


 用心深く払いのけた瞬間――――――視界には紫紺の色しか見えなかった。




 
 ――――チィ! 




 鎖と共に踏み込んでいたのか、目の前にはライダーさんの姿。

 それを薙いで首を刈る。



 そう、これこそ十文字槍の真骨頂。

 ただでさえ広い間合いにもかかわらず。突き出た穂先を鎌のように扱い、懐に飛び込んだ相手の首を【引いて】薙ぐ。

 

 遠距離戦では、長い間合いを駆使し。

 懐に飛び込まれても、【戻し】の鎌が首を薙ぐ。


 だが、後方死角からの攻撃。

 見えないはずの槍の穂先すら、彼女には傷一つつけられない。


 
 後方から戻された“見えないはずの槍”

 それを予測したように、紫の蛇は地を這うように姿勢を下げる。

 その下げた頭に膝蹴りを叩き込む。

 この位置。かわすには、頭を下げるしかない。
 
 ならば、この膝蹴りが当たるのは必定。


 氣で強化した膝蹴り、並の人間なら頭蓋骨陥没は間違いない。

 ゴーストライナーといえど、喰らえば無傷ではいられない。




 ――――だが、その必定すら覆してこそ。騎乗兵のサーヴァント。


 人間より遥かに優れた身体能力は、刹那の膝蹴りに掌をあわせ。その反動で後方に飛ぶ。

 遥かに優れた身体能力といえど、その衝撃は決して軽いものではない。

 

 衝撃を吸収しながら上空に跳ぶのは、騎乗兵のサーヴァント。



 飛び上がった勢いを利用して、木の幹を蹴り。

 その神速を持って、移動する。

 上空にいたものが、横に。横にいたものが後ろに。

 その敏捷性を使い、上空から釘剣を降り注ぐ。

  

 ライダーの敏捷性。

 それは、障害物が多いほど脅威となる。

 同じように敏捷性が高いランサーが障害物を苦とするわけではない。

 コレは単純にいえば武器の性質の違いである。

 槍の基本は距離を離し、射程範囲に入ってくる敵を迎撃すればいいだけののもの。

 その基本戦術は“払い”にある。

 長さに物を言わせた広範囲の薙ぎ払いは、身を引いてかわすなどという防御を許さないからだ。


 半端な後退では槍の間合いから逃れられず、反撃を試みるような見切りでは腹を裂かれるのみ。

 かといって無造作に前にでれば、槍の長い柄に弾かれ。容易く肋骨を粉砕される。

 


 故に平地でこそ、その力を発揮する。

 だが、ライダーの釘剣は違う。

 その変幻自在の動きは、常人の目では決してかわせない。

 更に、障害物を利用した俊敏性は敏捷さが売りであるアサシン、ハサンを圧倒したほどだ。

 しかも、セイバーですら防ぎきれるか?

 というアサシンの短剣の連射。その猛攻を剣も使わず速度だけでかわしきる敏捷性。

 蛇と見紛うかの如き動きは常人の肉眼では決して追いきれない。


 
 そのサーヴァントですら圧倒する敏捷性を持ったライダーに掌を使わせただけでも、刹那の能力の高さがわかる。


 
 
 だが、上空より穿たれる釘剣の雨。

 コレに対抗する技は人間にはない。

 
 それも当然、自分より遥か頭上から攻撃されることなど【対人間戦】ではありえないこと。



 故にあらゆる武術、武芸で遥か頭上の敵と戦う“業”は少ない。




 ―――――だからこそ。彼らのいる意味がある。


 猛る銃声。その音速を超える弾丸は刹那の頭上を守る。

 彼女を守るのは、ガンドルフィーニ。

 音速を超える弾丸であり、魔力の篭った特殊弾。

 遥か遠距離から穿たれる、狙撃手の脅威。

 それすら弾丸で撃ち返す、魔弾の射手。

 上空からの攻撃だろうと、来るとわかっていれば対処は容易い。

 
 
 
 常人ならば、視認すら難しいライフル弾を撃ち返せる彼にとって。

 ライフル弾より遥かに大きい、釘剣は御しやすい。

 だがそれもあくまで、……誰かを守ることならば。

 
 釘剣を容易く弾くガンドルフィーニに、木から木へ。弧を描き死角から釘剣が忍び寄る。


 ライフル弾なら防げよう。来る場所さえわかれば撃ち落とせよう。

 だが、敵は人々の理想で編まれた人類の守護者。

 銃弾のように直線で来るとは限らない。

 

 その釘剣、異形の武器は鎖鎌と同じように変幻自在。

 あらゆる方向、死角をついて攻撃してくる。

 その攻撃に対処することなど不可能事。

 そんな、見えない動きを予測する事など人間には過ぎた奇跡。


 

 ―――――だからこそ、彼女がいる。


 
 両の手に構えた、デザートイーグルが魔眼の射手によって放たれる。
 
 圧倒的な質量兵器。

 ハンドガン、中でもオートマチックピストルでは世界最強ともいわれる、デザートイーグル。


 それを片手で扱う彼女。龍宮真名の魔眼に死角はない。

 釘剣を弾くその動きに、ライダーが小さく舌打ちした瞬間。

 
 

 ―――――白銀が奔った。



 ガンドルフィーニ、龍宮に一瞬だが気がいった隙を逃さず弐撃、参撃と追い立てる十文字槍。


 

 だが、その一瞬すらライダーにとってはたいした隙ではない。

 態勢を立て直すべく、大きく後方に下がる。



 そしてこの瞬間、彼等3人も元の位置に戻る。

 

 まずは先頭は刹那。正面を守る京都神鳴流剣士。

 中間、ガンドルフィーニ。ライフル弾すら撃ちかえす戦闘経験豊富な魔法使いであり銃使い。

  
 正面以外から来る、攻撃を弾き前方、後方。共に守りぬくヒトであり【守られるヒト】
 


 そして、最後。全体を見通し、死角からの攻撃をフォローするのは龍宮真名。

 魔眼を持ち、卓越した銃器を操る戦士。


 
 本来、生徒であり歳の若い刹那を正面に回すことなどガンドルフィーニが許す筈がなかった。

 だが、コレは刹那しかできないこと。


 正面からのライダーの攻撃。

 コレを防ぐには氣の強化ができる刹那か、魔法で強化できるガンドルフィーニしかいない。


 だが、正面以外の攻撃。

 つまり先頭の人間に加えられる死角からの攻撃。

 これに2列目、3列目になったばあい刹那は対応できない。

 

 例えば今のように頭上から攻撃された場合。

 先頭が、ガンドルフィーニ。刹那が2列目の場合。

 刹那は神鳴流奥儀を使って、ガンドルフィーニを守るしかない。


 だが、刹那の神鳴流は氣の充填に僅かに隙ができる。そして技後硬直の隙間を攻撃されるとガンドルフィーニを守れない。

 更に、斬撃が大きい。

 氣で強化された飛ぶ斬撃は、小さい的を狙うのには適さない。

 銃弾を剣で防ぐことができようと、飛ぶ斬撃で銃弾を落としたことはない。

 つまり銃弾で撃たれている味方を助ける術がない。

 彼女にとって、自分の背中にいる味方を助ける事ができようと「自分より前にいる味方を助ける事は難しい」のだ。

 故に銃弾を銃弾で落とせるガンドルフィーニしか、刹那のフォローはできない。 



 
 そしてなにより、人のフォローができるほど戦闘経験が豊富ではない。

 

 近衛木乃香を危険な目にあわせてから、剣の修行を更に厳しくした彼女。

 だが、まだ若干14歳の少女である。


 幼い頃から戦場を渡り歩いた龍宮や、経験豊富なガンドルフィーニとは違う。

 いくら才能が豊かであろうと、その戦闘経験は絶望的に少ない。


 

 そして今まで戦闘ではフロントに立つことが多いだけに。そして、その武器の特性上。

 2列目3列目では戦いづらかった。




 なにより。それでは、ライダーを生け捕りにできない。

 対魔力の高いライダー。

 彼女の動きを止めるには。

 

 この一列になる方法しかなかったのである。


 1人では倒されよう、戦い方を間違えれば倒されよう。

 だがココに、異例のスリーマンセルが組まれる。

 

 正面の防御は刹那に、刹那の頭上左右からくる変幻自在の釘剣の脅威からはガンドルフィーニが命に代えても守る。

 そして、最後尾。魔法が使えない魔眼の射手。龍宮真名はあらゆる死角からの攻撃から皆を守る。


 
 だがコレでは倒せない。

 あくまで、守りきれるかどうかというところ。

 攻勢に移らねば、ライダーを倒すことは難しい。

 
 ガンドルフィーニと龍宮の弾丸が尽きればおしまい。
  


 まして、彼女の釘剣。

 宝具ではない、頑丈なだけの釘剣とはいえセイバーの宝具エクスカリバーと渡り合ったほどの逸品。

 宝具ほどではないにしても、並みの武器よりは遥かに強力で硬い。


 後はドコまで、かわしきれるかである。





 ◇



 
 ――――――紫の蛇が地を這っていた。


 身をくねらせ、動く様はまさしく一匹の蛇。

 その俊敏さを使い、鬼族烏族を葬ってきた蛇は焦っていた。


 目の前の3体の異形。
 
 それぞれに卓越した能力を持ち、未だに止めを刺すコトができない。

 なにより、その使っていない武器。

 それが気になっていた。


 十文字槍を持っているモノは4本の手を持つ。

 故にまだ2本。それぞれに携えた青龍刀。



 銃器を持っているモノ達も、使わない武器がある。

 それは、隠し玉として使うのか?

 それとも、単にそれを扱う能力がないのか。

 

 それを見定めるコトができずにいたのだ。


  
 だが、先程。幾つか掠った鎖剣。

 それは異形の武器を“通り過ぎた” 

 十文字槍を攻撃するようにフェイントをかけ、持っていた青龍刀を叩き落そうとしたが。

 釘剣は何もないように通り過ぎた。


 アレは幻覚?

 ならばあの幻覚に、刹那たちは惑わされたのか?



 ライダーは敵の戦力を見定めるために、また攻撃を再開した。

 正面からの釘剣の投擲。だがそれは十文字槍に弾かれる。

 だが、威力は完全に消されたわけではなく。

 釘剣は地面に突き刺さった。


 その瞬間に反動と共に上に跳躍する。
 
 上空に生える大木の枝を蹴り、幹から幹。更に枝へと跳ねる。


 

 敵が上空に視線を向けた瞬間。―――――地面が爆ぜた。


 
 地面を穿っていた釘剣が、ライダーの怪力によって引きずり出されたのだ。

 大量の土砂を吹き上げた釘剣は役目を終え、ライダーの手元に帰る。

 
 
 そして、下方には視界を塞がれた刹那たちがいた。

 ライダーには今現在。刹那たちは敵にしか見えない。



 だが、3人で戦っている敵。

 前衛は後方の2人。この戦術眼により生かされていることがコレまでの攻撃で解った。

 
 正面の攻撃こそ辛くも退けているが、死角からの攻撃。

 上空からの釘剣の投擲や、木々から弧を描き後ろから忍び寄る釘剣には後ろの敵が対応していた。

 死角からの攻撃にまで反応できないということか。



 ―――――ならば後ろの敵から、排除すればいい。

 



 だが、素直に攻撃すれば正面の敵。

 十文字槍を構えた異形に不覚を取る可能性がある。



   
 先程のように、後方に控えている敵に少し気をはらっただけで危うく斬られるところであった。

 私は対魔力こそ高いが耐久力は低い。

 神秘、いわゆる魔力や氣が篭った斬撃に耐えられるか自信がない。



 ならば、答えは簡単。

 後方の銃使い。

 その能力は驚異的な動体視力。

 
 私の釘剣を銃弾で撃ち落すなど、銃弾を銃弾で撃ち落すくらい難しい神技。

 


 ―――――ならば、その視力を奪えばいい。




 土煙が上がった大地。この視界の悪さで私の動きを捕らえるなど不可能。

 故に、この時。限界まで“眼”を強化していた2人は無防備となる。

 時間はかけられない。刹那たちの負傷は深刻な事態になりかねない。


 面倒な、後方の2人を片付けようとした瞬間。


 
 

 ―――――白銀に光る刃が、私の頬を掠めた。


 

 やはりか。

 無防備になる、後方の2人。
 
 ヤツラを守るためには、距離を詰め。十文字槍の使い手が私の攻撃を防ぐしかない。
 
 後方の2人。その視力が回復するまで、私に息をつかせる間もないほどの連撃を喰らわせるつもりだろう。


 
 だが、それは最悪の下策。


 長柄の武器にとって、間合いを詰めることは自殺行為。

 今までの攻撃を凌いでいたのは、守りに徹していたからだ。

 
 剣道に後の先と言う言葉がある。

 まず相手に攻めさせ、防御し攻撃。もしくは反撃に出る戦法だ。
 
 実力が上か同等、もしくは不明な相手に対しては有効と言われている。

 実力が上だろうと、相手に【後の先】でこられると勝つことが極端に難しくなる。


 
 つまり、相手が格下であろうと守りに徹せられては“勝つ”ことは難しい。
 
 しかも相手は複数。いくら強力な力を持つライダーといえど、手こずるのは当然と言えた。


 

 ………だが、この十文字槍を持った異形は愚かにも攻めてきた。




 如何に鍛えようと、サーヴァントにスピードで勝つことは難しい。


 それに槍の優位性はその長大な間合いを持って敵を制し、戦いを制することにある。

 

 私の釘剣。これは手元では短剣と変わりなく使える。

 槍を相手に離れた距離で戦うコトは難しいが、向こうから踏み込んでくるのならば話は別。


 スピード、筋力で勝る私が勝つ。

 
 宝具を使うまでもなかったことにホッとしつつ、敵の十文字槍を見定める。

 氣か魔力か。強化された武器は並みの強度ではないのだろう。

 だが、戦いの疲れからか?


 その要所要所に、綻びがみえる。

  
 まずは邪魔な十文字槍から―――――解体する。  
 

 
 綻び。その“強化”の未熟さが命取りだ。





 ―――――― 一閃!


 まずは邪魔な十文字の穂先から。


 

 ―――――― 弐閃!


 

 この長さではまだ、棒術として使われる。更に短く。



 
 ―――――― 参閃!




 この状態なら、できるのは杖術。だがそれさえさせない。





 ―――――― 四 伍 六 !



 穂先が斬られてパニックになっているのか、奴は動けない。

 このまま完全に武装を解除させる。






 巨大な十文字槍。それを一瞬にして十六分割に解体し、その首に迫る。



 ―――――この瞬間に、勝負は決した。



  
 

 ◇




 眼の前には土煙。

 先程から乱射している銃弾の硝煙と混ざり、視界を乱す。

 無駄を嫌うライダーさんの事。この戦法に来るだろうことは“解って”いた。


 後はタイミング。

 技の起動を読まれては、逃げられる。

 “石化の魔眼”を使われたらもうおしまいだ。

 桜さんの体調が悪い以上“石化の魔眼”は使わないと明言していたライダーさん。

 
 
 そして、私達を仲間だと思っていようと。

 優先順位でいえば、桜さんのほうが上。

 贋物の私達を助けるために、優位に進めている戦いで“石化の魔眼”を使おうとは思わないはず。

 

 故に、この瞬間。

 私の十文字槍を、壊す瞬間にこそ“好機”がある。




 ――――槍が壊れた瞬間に剣を抜く?
  
 

 却下。

 その起動。抜く動作をライダーさんが見逃すはずがない。



 
 ――――匕首を投げる?



 却下。いくら隠し武器とはいえ、不審な動きを見逃す彼女ではない。

 
  
 
 彼女が気がつかないこと。

 自分から気がつく隙。

 それこそを―――――利用する。

 


 狙い通り、ライダーさんは十文字槍の氣の“スキマ”。

 ここを狙い、切断した。

 
 この十文字槍がある限り、接近戦であろうと首を“薙げる”。

 これに多少の脅威を感じたということだ。

 
 まず邪魔な十文字槍。コレを破壊した。



 だからこそ、この瞬間。術が発動する。


 バラバラにされた、十文字槍。それは“狙い通り”氣の隙間を分断して解体される。

 無駄を嫌うライダーさんのコト、力を温存すると思っていたがギリギリの賭けには違いない。

 そして、その解体された破片。




 それを踏み越えて、ライダーさんの姿が私の目前に現れる。

 ココからは一か八かの賭け。

 布石は打った、陣も描いた。




 問題は、コレが【どれだけ持つかというだけ】








 ―――――切り裂かれた槍の破片。その破片に雷が奔った。




 帯電する破片、いや。破片の中、中空の鉄芯から現れたのは極小の【短刀】

 帯電しつつ短刀は定められた場所、―――――彼女の周囲に突き刺さる。



 それは円状の結界。

 その名も。





 ―――――――“稲交尾籠!≪いなつるびのかたま≫”


 詠唱と共に、十六本に切断された十文字槍の残骸、いや仕込み“短刀”からできる“雷の結界”が彼女を襲う。

 


 稲交尾籠:複数の手裏剣や独鈷を投げ、ソコから発生する結界に対象を閉じ込め対象を捕縛しつつ、雷撃を加える荒技である。


 
 この技の利点は2つ。

 敵を殺すことなく、捕縛する。

 しかも、彼女は大地の女神であり。ギリシャ神話の女怪メドゥーサ。

 退魔術であり、かつ日本の陰陽道の基本。

 五行思想において、有効だと思えた。


 「水は火に勝(剋)ち、火は金に勝ち、金は木に勝ち、木は土に勝ち、土は水に勝つ」という関係を『五行相剋』という。


 

 

 大地の女神であり、魔物一歩手前のモノ。

 木の氣(雷の氣も木の氣の一種と言われている)は土に勝つ。

 僅かでも足止めできる方法として使えるはず。


 それこそ「時を止めない限り」この結界をすぐには壊せない。





 ――――――あとはコレがドレだけ持つかということだけ。


 




  
 彼女に知られずにそれを用意すること。

 それには、十文字槍という存在は実に有効だった。

 あまりにも重い穂先を支えるために、中に鉄心を入れる。

 
 それをどこが折れても、また槍として使えるように細工する。

 
 鉄の筒のなかに、短剣を数珠繋ぎにした槍。


 問題は普通より遥かに重いということだが、ソコは氣の身体強化で補った。


 
 あとは単純。



 全体を強化していた“氣”これを短剣ごとに分解して“強化”する。

 向こうからは、氣が分断して強化したようにしか見えない。

 コレにより、疲れから氣の集中を乱したと思わせる。

 冷静な判断力と眼力がある相手しか意味を成さない策だ。
  


 “稲交尾籠”は短剣でできる結界に閉じ込める技。

 コレでライダーさんを捕らえる。

 

 しかし、圧倒的なスピードで動くライダーさんに捕縛の短剣など当たらない。

 罠を仕掛けようと、地面に何かを描いた痕跡があれば。魔法に詳しい彼女の眼はごまかせない。


 【短刀】を投擲する瞬間がばれれば、この策は使えない。

 




 
  
 ならば、その武器。その捕縛結界自体をライダーさんに“作って”もらう。

 氣を纏わせた十文字槍を砕いたライダーさんは、そのまま私を襲う。  

 結果、自分から“捕縛結界”に入ってくることになる。


 投げて陣をつくる余裕はないが、最初から【捕縛陣】に入ってくれれば私でも捕まえられる。


 
 己が砕いた破片。それ自体が武器になるとは思わないだろう。




 そして対魔力がいくら高かろうと、コレは氣の技。

 氣と魔法は反発する。


 魔法よりは彼女に効き易いはず。

 それに、コレはあくまで一時凌ぎ。

 こんな結界では彼女を封印し続けられない。

 『五行思想』はあくまで極東で有効な業【陰陽術】であり、力。

 いくら相性が悪いとは言っても、何時までも通じるとは思えない。

 西洋の大地の女神、メドゥーサに通じるのは僅かな時間のみ。 

 故にコレは時間稼ぎ。



 弐撃目は、龍宮真名。

 魔眼の銃使いでありながら、その特殊弾は魔法に勝るとも劣らない。

 

 「――――高価い弾丸、なんだけど。ね」
 


 
 思わず、愚痴りたくなるがココで言っても始まらない。

 大質量の鬼神すら、一時的に動きを止めることが可能な特殊弾を撃ち続ける。

 音速を超える魔弾、だがコレすら動き続けていたらライダーさんには当たらなかったに違いない。
 
 故に動きを止めてから、次なる時間稼ぎとしてコレを撃つ。




 故にコレすら布石。

 今回、最後の切り札は彼。



 

 「――――――das Versiegeln von Gerat 」
 



 ガンドルフィーニ。
 
 銃とナイフを扱おうと、彼も魔法使い。

  

 彼の周囲には光の魔方陣が浮かび上がる。


 

 氣、特殊弾、魔法の三重結界。





 ライダーほど高位のゴーストライナー。

 彼女の動きを止めるほどの魔法には詠唱が不可欠。

 その詠唱の時間、ソレを刹那と龍宮が稼ぎ出す。

 刹那は陰陽術はあくまでサポートとしてしか使えない。剣技ではライダー相手に手加減してかつ、殺さないで制圧できるほど強くない。

 龍宮は接近戦で、魔法もなしにライダーと渡り合うのは自殺行為。


 ならば、彼女達がライダーの動きを止め。ガンドルフィーニが封印する。 

 その為に、この策をとった。








 「―――――くっ! 刹那、龍宮。今すぐ逃げなさい!」



 ライダーさんですら、逃れるのは難しい結界内で彼女は吼え続ける。

 敵である侵入者を私達と思って。

 

 「ライダーさん、動かないで! もうすぐ、術を解いてくれる人が現れますから」 

 

 刹那は術を維持しながらも、声をかけるが彼女には届かない。

 今はただ結界を強めるのみ。


 だが、三重の結界も。




 ――――――ミシリ!



 
 ギリシャ神話の女怪、メドゥーサを封じ続けることは難しかった。

 反英雄として聖杯戦争に招かれた彼女の対魔力は高い。
  
 詠唱が三節以下の魔術を無効化。大魔術、儀礼呪法等を以ってしても傷つけるのは難しい能力。




 3人がかりと言えど、単純な結界では防ぎきれない。

 そうココに、―――――彼らが現れなかったら。







 「―――――――Klemme entlang !」

 「すまない、遅れた。後から学園長や高畑先生もすぐ来るから」 

 「メイ、ナツメグ。急ぎますわよ!」



 

 遅れてきたのは魔法使い、瀬流彦。

 そして、彼と組んで仕事をしていた魔法生徒。高音・D・グッドマン。佐倉 愛衣。夏目 萌である。

 念話は邪魔され、携帯は妨害電波を出された状況。

 この場でできる通信手段、それは。





 「えへへー。間に合いました」 
 
 「よくやった、ちびせつな」

 

 桜咲刹那が使う、式神。“ちびせつな”であった。

 


 「しかし、もう少し急げなかったのか?」

 「勘弁してくださいよ〜。私、コレでも精一杯頑張ったんですから。皆さんもいらっしゃりますから。ライダーさんはすぐ元通りですよ」

  


 緊張が緩む2人の会話。


 念話、携帯が使えない以上。誰かがこの状況を伝えにいかなければならない。

 故に単純な式神。半自立型の彼女に危険を知らせてもらった。


 そして、対魔力の高いライダーにかけられた幻覚。

 強力な魔法具を使われている以上、それを消せるのは高位の魔法使いしかいない。


 ライダーを拘束しつつ、幻覚を解く。

 そのために、学園内の魔法使いが集まる。




 ―――――そう、この瞬間。学園の魔法使いが集まることこそ天ヶ崎 千草の狙いであった。








 ◇






 一つの戦いが終り、けぶるような雨が降っていた。

 白い霧が糠雨によって更に白く濁らせる。


 薄明の月明かりは、おぼろげに森を照らし。道も木立も数メートル先さえ見通せないほど輪郭を曖昧にさせていた。

 
 白い霧に紛れるように、同色の装束を纏った女が嗤った。

 嘲笑うように低く流れる声は聞く者を不安にさせる。

 

 白い和服に身を包み、天ヶ崎 千草は対面しているエヴァンジェリンに少しずつ歩み寄っていった。




 「―――――止まれ」





 その小さな体から信じられないほどの威圧感をだし、エヴァンジェリンは命令する。

 彼女、天ヶ崎 千草は侵入者。侵入者を排除するのは彼女の役目。

 それがわかっているからこそ、学園の境界線より彼女ははいってこない。

 それが、彼女。天ヶ崎 千草とエヴァンジェリンの境界線。





 「――――まずは足を運んでいただいたこと、誠にありがとうございます」

 

 口調は柔らかに、そして艶やかに。

 天ヶ崎 千草はエヴァンジェリンにかたりかけた。

 優しげで礼儀をわきまえた言動。

 

 だが、その目。その目が全てを語っていた。



 「私の呪いが解ける―――――そういうことだったな」



 ナギ・スプリングフィールドの呪い。

 その子孫。ネギ・スプリングフィールドの血を得なければ解けないであろうと言われる呪いを【解ける】という手紙。

 その意味。それを問いただすために、ここに来た。



 「――――はい。ですが、……」


 まずはお人払いを。と続けようとした言葉は、小さく仰がれた扇子によって防がれた。

 絶妙な間の外し方である。

 エヴァンジェリンが100年に渡り研鑽してきた合気柔術。

 
 
 それは極論してしまえば、間の外し方であると言ってもいい。


 

 強大な力を受け流すには“間を外す”

 これはあらゆる武術の極意であり、最も基本的な動作でもある。


 間を外された天ヶ崎 千草は苦笑しながらも話を続ける。

 ここで不興を買い、話がご破談になるのは避けたい。

 それにココにいるのは、ロボット娘1人。
 
 まだ、大丈夫の筈。




 「はい、私なら貴女様の“呪い”解くことができると思います」
 
 「―――――信じられんな」
 
 

 天ヶ崎 千草の言葉をエヴァンジェリンは切って捨てる。

 魔力が全てとは言わないが、目の前にいる女の魔力はあまりに低い。

 いくら魔法や陰陽道を究めようと、持って生まれた才能の違いはどうしようもない。

 

 その点では、天ヶ崎 千草の能力は小さすぎる。

 伊達に長年生きてきたわけではない。

 
 相手の力量。それを見抜く洞察力。それにはエヴァンジェリンは相当の自信を持っていた。


 
 「―――――勿論、ウチの能力だけでは無理どす」


 

 エヴァンジェリンの言葉に、クスリと喉を鳴らしながら答えた。

 先程までの丁寧な物腰。そのメッキが小さく剥がれ、元の話し方に僅かに戻る。




 「そのために、近衛木乃香。彼女を少し貸していただきたいのです」

 「………。」




 
 天ヶ崎 千草の言葉に、エヴァンジェリンの目が小さく光った。

 彼女、エヴァンジェリンは女子供を決して殺さない。

 それが彼女の誇り。

 

 故に、その提案は決して呑めない。




 「―――――勘違いしたらあきまへん。ウチは木乃香お嬢様を決して傷つけまへん」

 
 

 攻撃に移ろうとした瞬間、 天ヶ崎 千草の言霊がエヴァンジェリンの攻撃を止める。

 彼女が、エヴァンジェリンの性格を調べない筈がない。

 その意に背くなどありえない。

 勝てない相手、その力を決して侮らない。


 

 「ウチは、木乃香お嬢様の魔力を借りて。………貴女様の“呪い”を解くだけです」

 



 他人の魔力を借りて、呪いを解く。

 その方法は知っていた。
 
 だが、実際それが可能かどうか。

 それをはかる手段は、少ない。




 
 「ウチは。木乃香お嬢様の魔力を借りることができれば、リョウメンスクナの“封印”すら解くことができます」




 その一言に、エヴァンジェリンの動きが止まった。


 リョウメンスクナ。飛騨の大鬼神。

 その圧倒的な能力は、近衛詠春、ナギ・スプリングフィールドを持ってしてやっと封印したほどである。




 だが、エヴァンジェリンなら。

 火力において“闇”と“氷”の魔法を極めた己なら。勝つ自信はある。



 そう、恐らく。エヴァンジェリンならリョウメンスクナに勝てる。
 
 と言うことは。




 「リョウメンスクナを封印したのは、近衛詠春とナギ・スプリングフィールド。貴女様を封印したのは………ナギ・スプリングフィールド」




 単純な問題だ。

 エヴァンジェリンより能力の低いリョウメンスクナ。彼を完全に封印したのは近衛詠春とナギ・スプリングフィールド。

 そして、エヴァンジェリンはナギ・スプリングフィールドに封印されている。




 完全に身動きができない封印と、比較的身動きが自由な封印。

 どちらの封印を解くのが難しいか。


 更に、リョウメンスクナというエヴァンジェリンより能力の低いモノ。

 彼の封印。それも近衛詠春とナギ・スプリングフィールドの2人で封印を施したものと、ナギ・スプリングフィールド1人で施した封印。



 同一人物が為した封印術。

 片方の封印が解けるなら、もう片方も解けるのが道理。

 しかも、魔法理論については長年研究をしてきたエヴァンジェリンがいるのだ。

 1人でリョウメンスクナの封印を解くより、エヴァンジェリンと共に2人で彼女の封印を解くほうが容易い。


 更に今は、学園の結界が停電により弱まっている。

 平時なら無理でも、今なら。学園の結界が弱まっている今なら可能性は高い。

 更に以前調べたとおりなら、茶々丸が封印結界の予備システムにハッキングできる。

 木乃香をエヴァンジェリンが誘拐している間に、茶々丸が予備システムをハッキングすれば。

 封印が解ける可能性は更に高まる。

 

 しかも、彼女。エヴァンジェリンの“誇り”。

 それは決して穢さない。


 エヴァンジェリンの誇り、それは決して女子供を傷つけないこと。

   


 天ヶ崎 千草の提案は、エヴァンジェリンにとって決して悪いことではない。

 クラスメイトを人形のように操ることに、少しも心を痛めない彼女にとって。

 殺さないというなら、木乃香を利用するなど当たり前のこと。


 事実、学園の女生徒から血を得るために。彼女達を襲っていた。



 「だから、近衛木乃香の拉致に協力しろと?」

 

 エヴァンジェリンの言葉に天ヶ崎 千草は小さく笑った。

 


 「―――拉致なんてする必要はありまへん。ココに連れて来て頂ければ」



 
 ――――貴女の。エヴァンジェリンの呪いを解いた後、開放しましょうと。


 

 「それで? 貴様はなにを得る?」



 
 天ヶ崎 千草の言葉にエヴァンジェリンはきつく目を眇めた。

 ありえない、と。

 近衛木乃香の誘拐が目的。それならばまだ解る。

 だが、エヴァンジェリンの封印を解いた後。彼女を逃がしては意味がない。

 

 

 天ヶ崎 千草はなにも得られない。

 魔力も人質も金も。



 「貴女様を自由にすること。それが望みだと言うのはどうでしょうか」



 エヴァンジェリンの言葉に、天ヶ崎 千草は笑いながら答えた。

 恐れたわけではないだろう。

 圧倒的な能力を持つエヴァンジェリンに、対等な条件を提示しているわけではない。

 

 あまりにも、エヴァンジェリンに有利な条件。

 彼女なら、近衛木乃香をつれてくるのは容易なこと。

 ライダーにかけられた幻術を解くために、魔法使いはソコに向かった。
 
 残っているのは最低限の人数。ならば、エヴァンジェリンなら充分対応可能だ。



 そして、もし。天ヶ崎 千草が言葉を翻し、木乃香を連れ去ろうとしたら。

 エヴァンジェリンは、彼女。天ヶ崎 千草を殺すだろう。

 
 天ヶ崎 千草がエヴァンジェリンの封印を解かずに。エヴァンジェリンを暗殺しようとしても結果は同じだ。

 実力差から確実に返り討ちにできる。


 
 だとするならば、彼女。天ヶ崎 千草にとって重要なのは。




 「―――――私の“戦力”ということか」
 



 エヴァンジェリンの言葉に何も言わず、ニヤリと笑った。

 全盛期の能力が封じられたとはいえ、その戦闘能力は他の追随を許さないほど高いエヴァンジェリン。

 糸を使った戦い。鉄扇をつかった合気柔術。

 さらに、今では桜から魔力を引き出すことができる。



 何かの拍子に、封印を解き。敵対されては厄介この上ない。

 ならば今。自由にし、サウザンドマスターを探しにいくなり、魔法界に復讐にいくなりしてもらったほうがありがたい。



 さらに、関東魔法協会の立場が悪くなる。

 過去、賞金首であり。悪の魔法使いと恐れられた彼女に逃げられる。

 関東魔法協会にとってどれほどの失点になるのか。

 それは同時に天ヶ崎 千草にとって面白い事態になるだろう。


  
 
 だが。それだけではない気がする。


 それでも、彼女。エヴァンジェリンにとってこの好機。試す価値はある。

 嘘か真か。ナギ・スプリングフィールドが封印した“リョウメンスクナ”を近衛木乃香の魔力を使えば解呪できるという、この女。


 ならば、同じナギ・スプリングフィールドが封印したこの身も開放できる筈。
 
 
 その願いを叶えれば、彼女の。エヴァンジェリンの封印は解ける。

 そしてその代償は、彼女にとって“誇り”を穢すものではなく。大した労力でもない。





 ―――――故に、彼女にとって。断る意味は無い。





 「確かに、破格の条件だな」

 「――――ほなら!」



 天ヶ崎 千草はその顔に満面の笑みを浮かべ、次の言葉を待つ。
 

 全ては狙い通り。

 コレでもし、近衛木乃香誘拐に失敗しようと学園とエヴァンジェリンを対立させることができる。

 その為に布石は打った。今頃、学園に手紙が届いてる筈。


 「エヴァンジェリンが裏切る」とただソレだけを書いた手紙が。

 今からココに学園の魔法使いが来ようと間に合わない。

  


 結果、彼女と学園の対立が更に深まる。

 封印が解けようと解けまいと、木乃香を誘拐しようとしたコトにより。学園はエヴァンジェリンを危険視する筈。

 最悪なのは封印が解けた状態のエヴァンジェリンが、ココから出ないこと。

 最凶の敵がココにいては都合が悪い。




 そして何より。彼女、エヴァンジェリンが己の封印を解きたいと願っている。

 エヴァンジェリンがこの学園での生活。封印された生活を楽しんでいるのならこの策は成り立たない。

 だが、予想通りエヴァンジェリンは“自由”になりたいと願っている。

 


 ―――――それに自信もある。

 魔力こそ少ないが、近衛木乃香の魔力さえ使えればリョウメンスクナの封印を自分なら解けるはず。

 ならば、強引な力技で封印したというエヴァンジェリンの呪い。木乃香の魔力さえ使えば………解ける自信はあるのだ。



 
 本来、彼女。エヴァンジェリンにとって。この申し出を蹴る理由がない。

 好機を逃がすはずがない。

 彼女はなにより“自由”を希う。

 そのためなら女生徒から血を奪うことも。人形にして戦場に立たせることも厭わない。

 
 故に。この申し出を、断る筈などない。………のに。





 「――――残念だったな、交渉は決裂だ」 




 その言葉と共に扇子が閉じられ“矢”が放たれる。

 音速を超える魔弾。剣を模したその鏃は寸分たがわず、天ヶ崎 千草の肩を抉る。

  


 音速を超え、その一瞬を逃さないのは衛宮士郎。

 エヴァンジェリンの合図。扇子を閉じる瞬間を逃がさず狙撃した、………のだが。





 「――――っち! 幻術か」
 



 ユラリと幻のように揺れる天ヶ崎 千草をみて、舌打ちした。

 この場で殺す。それが最善の手であったのだが。

 天ヶ崎 千草も、本体をココに持ってくるほど愚かではなかった。

 

 だが、かりそめの体で。天ヶ崎 千草はありえないなものを見るようにエヴァンジェリンをみていた。
 



 「不思議……どすなぁ。自由になりたくないんか?」




 幻術である天ヶ崎 千草は姿形を歪ませながらも、不思議そうに問いかける。

 それは、想定してなかった話。

 彼女、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは己の封印を疎ましく思ってるはず。
 
 それは、女子供を傷つけないという矜持を破ってもかなえたい願い。


 しかも、誰も傷つけず。近衛木乃香も傷つけず自由にするというこの条件。



 誇りを大切にするエヴァンジェリンがこの条件を飲まない筈がないと。信じていたのに。

 






 「――――なりたいな」



 幻像である、天ヶ崎 千草の問いかけに。



 透けるような声と共に闇の衣を身に纏った少女は。



 「―――自由になりたい」と答え。夜空を見上げていた。





 ソコにあるのは光り輝く蒼い月。

 そしてその先にあるのは、広い世界。

 城を出て、旅を続けた永遠とも思われる刻。ソコで出逢った人々。その姿から長く永住できない自分。

 
 まだ見ぬ世界、変わったという場所。見てみたい場所。
 
 自由だった時には思いもしなかった、外の世界への渇望と憧憬。


 負けたことに対する代価としてココに封印され、もう15年。



 ……15年。言葉にすれば何と短いことか。
 
 だが、かつて最も愛した魔法使いが死んだと聞かされ。

 この場にとどまらなければならない、自分だけが時を止めた年月。


 何人の者が消えたのか。何人が自分をおいていったのか。

 成長し、世界を知り。やがて自分をおいていくモノ達。

 変わっていく景色、くりかえす無限の刻。それでも変わらない自分の姿。

 安住の地といえど。もう、この街に縛りつけられたくない。


  
 今すぐにでも自由になりたい。そう思わない時はなかった。





 「―――――貴様がな、あと3日、いや1日でも早く。私の封印が解けることを教えれば、今頃近衛木乃香を捕まえに行っていただろう」



 

 呪いを解く。そのためならば大概のことには目を瞑る。

 己のプライドも、美学も捨て去ろう。

 10歳の少年から血を絞り取ることもするだろう。少女から血を得ることもするだろう。少女達を人形のように操ることも厭わない。

 自由になるタメならば。

 

 しかも、己のプライドを汚さぬやり方。

 本当に近衛木乃香を害さないというならば、喜んで協力しただろう。




 「――――だが、1日遅かった」



 そう、たった壱日。


 
 「あの馬鹿がな。何の役にも立たないと思っていたアイツが。――――私の呪いを解けるというのだ」



 
 それは、昼間に話した言葉。

 最低な従者が、初めて役に立つ瞬間。

 あと、半年。それで封印が解けるという。




 「ならば、主人としてその誓いを――――」




 ………その愚かな優しさを。


 
 
 たとえ、今すぐ封印が解けるとしても。

 それが己の誇りを汚すことがないとしても。

 


 ―――――例え、それが。弱者である奴には過ぎた“奇跡”であるとしても。



 
 「―――――穢すわけにはいくまい」





 奴の“誇り”を穢すことだけはできなかった。

 その言葉が嘘であろうと本当であろうと。初めて役に立つ、役に立てると喜ぶ奴が失望する姿を………見たくないのだと。








 「――――そうですか。残念やわ」

 


 その、エヴァンジェリンの言葉を聞き。

 天ヶ崎 千草の【幻影】は満足そうに、濃霧に霞むように消えていった。

 

 彼女にとって、これは遊びの話。

 今、彼女を封印から開放せずとも計画は揺るがない。



 消え逝く、天ヶ崎 千草を満足げに見やったあと。



 曙光が濃霧を染めた。

 山の端から光が漏れ出し、細かな黄金の粒が大気を輝かす虹の扉が開く。
 


 長い、長い夜が終わったのだ。

 
   

                          ■■■■




 解説:

 幻覚のアーティファクト:原作の弐集院先生の娘さんほど強力な幻覚ではありませんが、こんなのもあってもいいかもと作りました。
 原作では空間に閉じ込めたりするし、コノくらいならいいカナと。というわけで、弐集院先生の娘さんより少しパワーダウンしてみました。


 “稲交尾籠!≪いなつるびのかたま≫”
 刹那が使っていた技です。アーティファクト専用の技ではなく、本来は独鈷や短刀でする技と言うことですのでまあこんな使い方もあるかもと。


 十文字槍:
 原作18巻で出てくる槍です。日本では宝蔵院が有名で、この流派の宝蔵院胤栄がこの槍の発案者と言われてますが。
 実際戦場ではこの槍を彼より以前に使っていたと言う記述は多く、技術として形を作ったのは宝蔵院胤栄ですがそれ以前に戦場で活用していた者はいたと言うお話です。
 この辺は諸説様々ですが、個人的に「松本備前守政信」の十文字槍伝説が好きなので採用させていただきました。

 ちなみ十文字槍を使うというのはコモレビ様のアイディアだったり。コモレビ様、ありがとうございました。m(__)m



〈続く〉


 感想は感想提示版にお願いいたしますm(__)m

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