―――――――月の出ていない夜だった。




 空は曇り、月の光も人家の灯りも届かぬ闇の中。

 緑青の色に苔むした森に、青臭い香りが立ちこめ。風すら吹かぬほど濁った結界。

 他者との隔絶を意味する結界の中。誰もいないはずの森に、小さなかそけき声が響いていた。

 




 「――――――せやから、報酬は弾むゆうとるやろ」

 「………、――――!」

 「わかっとる、口座にはもう振りこんだんやから後は、よろしゅう」

 「――――」

 「………わかった。―――ほな、それで。たのんます」




 溜息と共に切られた携帯電話に小さく毒づきながら、後を振り返った。

 そこにいるのは、小さな影。




 「終わったのかい?」

 「ふん。相当ボッタくられたわ、でもまあ。………囮としては相当優秀な奴等やな」
 
 「………本当に、その傭兵は必要なのかい?」

 「必要や。なにしろ今回のことは失敗しても成功しても。後々に………な」




 そう言って彼女、天ヶ崎 千草は嘲笑っていた。
 
 この作戦が成功しても失敗しても。この計画が始まった時点でこちらの優位は揺らがない。

 後のことは全て、遊びの話。

 そのためのコマは今、手に入れた。

 ヤツラの能力は単純戦闘では、まったく役に立たない。
 
 だが、集団戦となればその能力は極端にあがる。

 ならば、これほど使えるコマはいない。

 


 「楽しみやな、次は………どうなるのか」  

 


 天ヶ崎 千草の嘲笑う声は、仄暗い森の中で小さく響き続けていた。

 彼女の周りに、闇より濃く。暗い瘴気を漂わせて。

 影より黒く、暗い闇の中。彼女はその己の状況すら嘲笑うかのように。

 口角を歪め、狂ったように―――――低く、低く。嗤い続けていた。







  遠い雨    25話






 桜が最後の花を咲かせ、その花弁を鳥がついばみ。花を散らす。

 そんな春の終りが、窓から見える教室の中。ネギ君がHRの確認事項を伝えていた。

 だが、その声に何時ものハリはなく。生徒達も、どこか心配そうにしていた。 

 


 「ねーねー。ネギ君どっかおかしくない?」

 「うん。なんか元気ないよね」



 ネギ君の視線はチラチラと後方の席。絡繰の方向を見ていた。

 いや正確には、絡繰の後方。エヴァンジェリンの席だ。



 茶々丸によると彼女はサボリらしい。

 茶々丸からそれを聞いた時。ネギ君は、どこか寂しそうに「そうですか」と笑っていた。


 というより。ネギ君が担任になってからは、エヴァンジェリンは学校に来るだけで授業のほとんどを欠席している。

 



 それからのネギ君の様子は、どこかおかしかった。

 何度も溜息をつき、エヴァンジェリンの席を何度も見て。そして、また溜息をついている。


 そして、そんなネギ君を心配そうに見守るクラスメイト。と俺たち3人。




 そんな中、始業のベルが鳴り響いた。




 ◇
  




 昼休み、ネギを捕まえた士郎は。なにがあったのか訊くことにした。



 「どうしたの。今日はなんだか様子がおかしいよ?」 

 「え、そうですか?」

 「うん、授業中も溜息ばかりついていたし。皆、心配そうにしてたよ」
 


 「そうですか」そう答えた後。少し考えながら、ネギ君は話し出した。




 「いえ、今日もエヴァンジェリンさんが授業をサボったので………担任として、このままじゃいけないかなと思うんです」
 

 

 ネギは教師として。エヴァンジェリンを案じているらしい。

 教師として、授業をサボる生徒をほっておくわけにはいかない。

 だが、この間の魔法を見る限り。今更、エヴァンジェリンに中学生の勉強が必要にも思えない。

 数百年の時を生きた吸血鬼、彼女には学校生活自体。退屈なのかもしれない。



 ………だが。




 「折角ですから、クラスの方達とも仲良くして欲しいんですけど」
 
 「うーん。ネギ君の気持ちも解るけど、こればかりは難しいと思うよ」



 
 普通の生徒が不登校になるのとは、ワケが違う。

 15年も学生をしていれば飽きるだろうし、年下の少女達が次々と卒業していく中で。

 遥かに年上な彼女は、また最初からやり直しているだけだ。



 最初から、別れることが前提の付き合いなど意味がないと思っているのか。

 そもそも愚かな人間達とこの場にいることに、屈辱を感じているのか。


 どちらにしても、彼女は。ココにいること。ソレ自体に屈辱を感じている。 
 




 とはいえ。ネギ君の気持ちもわからないではない。

 クラスで浮いている少女。

 しかも彼女の心根は、獏の事件で確かになり。それをネギ君は信じた。

 だからこそ、心配するのも解かる気がするのだが。………余計なお世話だとも思う。
 


 「―――――か! キサマは」

 「……。ですが――」 

 「アホか! なら……」




 2人で考えながら階段を下りていくと、なにやら言い争う声が聞こえた。

 いや言い争うというより、一方的に責め立てる。というほうがあってるかもしれない。

 何事かと、声のする方向に走っていくと。
 



 件のエヴァンジェリンと茶々丸。そしてなぜか、獏だった男がいた。



 

 


 ◇





 「――――――エヴァンジェリンさん!?」 

 

 「なんだ、ぼうやか」 

 「こんにちは、ネギ先生。衛宮先生」 

 「ああ、こんにちはネギ先生に衛宮さん」


 
 ネギ君のことばに三者三様の答えが返ってきたのだが。

 授業をサボっていたはずのエヴァンジェリンが、なぜか一番偉そうにふんぞり返っている。



 
 「えっと。………、その」

 「ああ、獏でかまいません。本名は捨てましたし、今はそれで」  

 「じゃ、じゃあ獏さん。ここでなにをやっているんですか?」



 なんと声をかければいいか迷っていたネギ君に、獏が助け舟を出す。

 まだ、名も聞いてなかったネギ君はその言葉に安心して話し始める。というか、なにをしにきたんだ。コイツは。


 
 「学園長に呼ばれまして。少し昔の技術を教えて欲しいと」

 「そんなコトできるんですか?」
 
 「失われた技術など、知識だけはありますから」



 もっとも、それを扱う能力も魔力もありませんが。とは後から漏れた奴の言葉だ。

 夢見の力、身近な人間の心をランダムに読み取り。同時に避けられない未来を視る力。
 
 それが奴の能力。故に知識を教えることができたとしても自身が使えることはない。

 過去でさえ、門外不出の秘術を幾つも取り込んだ男。
 

 
 失われた秘術を魔法使いに教えるということが、新しい奴の立場なのだろうか。




 「それで、こんな所でなにをしてるんだ?」
 
 「道に迷ったと泣きついてきてな。今、説教してやったところだ」 

 

 俺の言葉に、エヴァンジェリンが溜息交じりに答えた。

 というか道に迷った?

 学園長室までの道が、解らなかったということか?



 「いや、どこもかしこも同じつくりに見えてしまって。それに見たことないものが多くて………」

 「………」



 
 ついつい、余所見をしていたら迷ってしまったと。

 こんな大勢の少女達が一箇所で勉強するとは、時代の変化とは素晴らしいですね。などとほざいている。

 いや現代日本で、ここまで大勢の生徒を集めている学校は他にはない。と思うのだが。

 そして、何気に軽く見ている気がする。 

 仮にも、この麻帆良学園理事長と関東魔法協会の理事を兼任している人物を。

 場所がわかっても、急ぐ様子すらないのだが。


 それとも、なにか。俺達に話したいことでもあるのだろうか。
 



 「まあ、ちょうどいい。貴様等コイツを学園長室まで連れて行け………私は」

 「そうですね。エヴァンジェリンさんは早く教室に戻って、授業の準備をお願いします」

 「いえ、マスターはこの後の授業をサボる予定ですので」


 


 丁寧に主人のサボリを宣言する、ロボット従者茶々丸。それはばらしていいのだろうか?



 
 「ああ、そうなんですか」



 そして、何も考えずに空返事するネギ君。もう少し考えて喋って欲しい。

 気がついていないかもしれないけど、君の授業ボイコットするって宣言してるんだが。その2人。




 
 「じゃあな、ネギ先生。ソイツのこと頼んだぞ」
 
 「はい。わかりました」  


 

 
 ヒラヒラと手を振りながら去っていくエヴァンジェリンと、律儀に頭を下げてから去ろうとする茶々丸。実に対照的な主人と従者だ。

 そしてネギ君は、なんとなく返事してるのだが。



 
 「ネギ君、いいのかい? 先生公認で授業をサボらせて」
 
 「――――え? って、ああ! ダメですよエヴァンジェリンさん。ちゃんと授業に出てください!」



 

 やっぱり気がついていなかったのか。

 慌てた様子で、彼女達を追いかけてとめようとしている。



 
 「衛宮さんは行かなくていいんですか?」

 「ネギ君の仕事だからな、何かあったら助けに行く」



 そうですか。と返事するコイツもどういう性格してるのか?

 オレに殺されそうになったのは1度や2度ではないのに。

 恨みを忘れ。俺に気さくに話しかけるコイツを、少し不思議な目で見てしまう。

 なにより、コイツが道に迷うということが信じられない。

 道に迷う奴がどうやって、俺達の追跡からあれほど逃げられるのか。


 

 そして必死にネギ君は授業に出るように説得しているが、エヴァンジェリンは聞く気すらないようだ。

 段々と声が苛立っている。



 「もう15年も同じ生活で、正直飽き飽きしてるんだ。迷惑はかけんからサボらせろ」

 「で、でも。楽しいですよ。お友達とかできるかもしれませんし」

 「いらんわ、そんなもの!」

 


 ネギの説得は、少しもエヴァンジェリンの心に響かない。

 だが。ネギは昨日、エヴァンジェリン達を信じると決めた。

 それだけにクラスで孤立しているエヴァンジェリンを、黙ってみていることなどできない。




 そして、エヴァンジェリンは正直。ネギを困らせたくて仕方ない。

 獏を救うために、封印をとくカギであるネギとネカネ。2人に協力を依頼してしまった。

 借りがある以上、この2人から血を吸い取ることなんてできない。


 だが、それでは自分の封印も解けない。



 そのジレンマから。つい、イジワルをしてしまう。
 
 
 エヴァンジェリンは小さく認識障害の呪文を紡ぐ。

 ――――これで、音が外に漏れることはない。



 「そうだな、キサマの血を全部よこせば考えてやったもいいぞ?」

 「ぇえ? それは、ちょっと……」

 「冗談だ、馬鹿者。私は吸血鬼だからな、昼活動するのはキツイんだ。少し休んでから行くから先に行け」  



 エヴァンジェリンの言葉に納得しそうになるネギ君。いや、嘘だと思うよ。

 横で、ニンマリって感じで笑ってるし。

 多分このまま、サボルつもりだと思う。




 「いいんじゃないですか? 別に」


 

 騙されそうなネギ君の前に、獏が割ってはいった。  
 



 「誰が貴様に意見を求めた?」

 「まあまあ、そう尖らずに。ネギ先生もエヴァンジェリンさんの事を思ってしたことですし」



 その言葉に、エヴァンジェリンは鼻先で笑う。

 それを優しく見守りながら、獏は言葉を紡いだ。



 「光と共に生きるのでしょう? 少しずつでも、慣れてはいかがですか?」

 「私が何時、貴様に意見を求めた?」


 エヴァンジェリンは冷淡に笑う。


 「勘違いするな。従者である貴様に、私が訊きもしないのに意見をいう資格などない」

 
 
 それは、主従関係において最も必要なこと。

 従者は、主人のプライベートに立ち入りすぎてはいけない。

 ソレができるのは、ある程度の力量があり。主人に認められたものだけ。




 「無能な貴様に、何かを言う資格などない。――――なにか意見をしたければ」


 
 それに、必要な実力を身につけろと。
 
 もっともらしい意見を言うことなど、誰にでもできる。

 くだらない正論など聞き飽きた。


 必要なのは、実力。能力。力。




 そして、エヴァンジェリンに何かをいえるほど。………獏の力はない。




 「わかったら、コイツらとさっさと消えろ。闇の福音である私に今後、一切の反論は許さん」 
 

 
 
 それきりネギに目もくれず。

 エヴァンジェリンは茶々丸を従えて、屋上に上がろうとした。




 ―――――だが、彼女が階段に足をかけるより先に。

 



 「………【落とし穴】に落ちて泣いてたくせに」
  
 「―――――」




 
 獏のボソリと呟いた言葉に、結界内が別の意味で凍りついた。




 階段前ではたと、エヴァンジェリンの足が止まる。

 微妙に震えるその動きが、恐ろしい。

 おそるおそる正面に回りこんで、エヴァンジェリンの顔をみた茶々丸は。


 
 「―――ヒィ!」
 


 と呟き、動きを止めた。

 もの凄くAIが優秀なのか、それとも機械ですら解るほど怒っているのか。………おそらく後者だろう。



 後姿しか見えない士郎とネギは、少女が身体の両脇で拳を震わせるのを見て首をすくめる。

 息をつくまもなく振り返り、エヴァンジェリンの怒号が響き渡る。



 「貴様、視たのか! どこまで視た。言え!」


 
 そういえば、個人の過去を見るという能力でもあったな。夢視の能力って。
 
 などと、士郎が思っていると。


 
 「………落とし穴?」



 ネギ君が何のことか解らない。といった顔をしている。

 俺にも何のことか解らないが、エヴァンジェリンにとっては思い出したくない過去のようだ。

 顔を真っ赤にして怒鳴っている。 




 「言え、貴様。何をどこまで知っている!?」
 

 
 階段の傍から叫ぶエヴァンジェリンに、獏はとぼけた仕草で指を折った。



 「ええと。小さい頃に雪が綺麗だといって食べ過ぎてお腹を壊したとか、風邪を引いたときに薬が苦いからお菓子にまぶしてくれないと呑めないと駄々をこねたこととか、クモのメスを家で飼おうとこっそりポケットに入れて、うっかり忘れたら子クモがどっさり出てきて大騒ぎになったとか、夜に1人でトイレに行けなくてオネショを―――――」

 

 獏の言葉に、エヴァンジェリンの顔が蒼白になる。

 怒りすぎて、今度は血の気が下がったか。

 しかし、当たり前だが。エヴァンジェリンにも子供の頃はあったんだな。




 「ふ、ふざけるな! 誰がそんなオネ………なに!?」

 「――――というのは、私の昔話ですがね」


 
 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる獏に、エヴァンジェリンの顔が怒りで真っ赤になる。

 今度はまた、血がのぼったか。

 その真っ赤になったエヴァンジェリンに、獏はニコリと笑いかけた。
 



 「まあ、誰にでも失敗はあります。落とし穴くらいで落ち込まないでください」 

 「貴様と一緒にするな! 第一、どういうつもりだ。それでも私の従者か!」

 「まあ、まだ10歳の子供を相手に文句を言う御方の従者ですから」


 
 しれっと言葉を返す獏に、今度は、エヴァンジェリンの血管が額に浮き出ている。

 さっきとは別の意味で、怒り狂っているエヴァンジェリン。正直、ちょっとコワい。



 「貴様は、ボーヤの肩を持つのか?」 

 「いいじゃないですか、授業に出るくらい」

 


 今までの話を聞いていたのかすら疑わしい獏の言葉に、エヴァンジェリンはより怒り狂う。

 その姿は先ほどまでの、冷酷な魔法使いの姿ではない。

 まるで歳相応の少女のように口元を大きく歪めている。

 そして、なぜか。エヴァンジェリンに逆らってまで、獏はネギ君の肩をもっている。

 コイツにネギ君の肩をもつ理由があるのか?

 それに、なぜ。エヴァンジェリンは実力行使にでない?

 こんな弱い奴の言葉など、聞く必要などないのに。

 

 
 だが、実力行使には出ずとも。怒りはおさまらず。

 エヴァンジェリンは獏に向かって叫ぶ。





 「貴様は何を聞いていたんだ!」

 「ネギ先生も貴女を心配して言ってくれてるんですから。ここは年長者が折れるのがいいのでは? それに、半年以内に呪いは解けますし」

 「だから、15年もお勉強させられて飽き飽きしたと何度………なに? 今、何と言った?」




 獏の言葉にエヴァンジェリンだけでなく、士郎とネギも動きをとめた。

 今、聞き間違いでなければ。確かに。




 「ですから、最後の一年ぐらい。学生生活を楽しんでもいいのではないかと」
 
 「そこじゃない。私の呪いが解けるだと?」


 
 それは夢見の結果か。それとも。能力か?




 「もう失われた陰陽の術の中には、解呪に特化した秘術がありまして」  

 「本当か?」

 「ただ、私の能力自体が低いもので………。半年近い期間が必要ですが」



 どこまでもすっとぼけた口調の獏に、エヴァンジェリンの目が鋭くなる。



 「間違いないのか?」


 
 その瞳には未だ怒気があったが、不思議と口調は幾分と冷静になる。

 嘘や己を縛る呪いに対する侮りであるならば許さない。だが。

 己の矜持のみで判断するほど、エヴァンジェリンは狭量でも愚かでもない。

 獏の言葉はあながち、嘘でもない――――――彼女はそう思った。




 「貴様程度に解ける呪いとは思えんが?」

 「最低の従者より、少しマシになろうと思いまして」



 どこまでもふざけた物言いに、エヴァンジェリンの眉がピクリと跳ねる。

 だが、実際。呪いが解けるのだとしたら。最低どころかとても役に立つ従者といえる。


 
 「それで。貴様は交換条件として授業に出ろと?」

 「ええ、最後の学園生活を楽しめますし」
 

 
 ――――――貴女も、もう憎まなくてすむでしょう?

 


 呪い自体を解けるのなら。カギである、ネギ君を憎むことも。

 ココに縛られている己自身も。もう死んだかもしれない故人も。………憎む必要はない。

 最後の学園生活であるというのなら、きっと。楽しい筈だから。



 そう声にならない声が聞こえて、エヴァンジェリンは不機嫌そうに眉をしかめた。



 「なぜ私が、キサマの言うことを聞かなければならん」

 「そうやって、光の中で生きるエヴァンジェリンさんを見ると。私が嬉しいからです」



 どこまでもふざけた物言いに、エヴァンジェリンの顔が凄いことになる。

 従者の分際で、主人をココまでおちょくるのだから大したものだ。



 「誰が、キサマの思い通りになど動くものか!」



 その瞬間に見せた、獏の笑みは。いささか人の悪いものだった。

 


 「次は落とし穴に、【ナニも】入ってないといいですね♪」

 「――――! キサマ、クビにしてやろうか」

 


 エヴァンジェリンが突きつける最後通牒に、獏は更に笑みを深める。




 「それじゃ、皆さんにお別れの挨拶として。夢移しの金平糖でも配りましょうか? ………例の夢をいれて」 

 「―――――!」


 
 どこまでも、ふざけた答えにエヴァンジェリンの頬が熱くなる。
 
 オマケに、これは脅しだ。

 サウザンドマスターが仕掛けた、ニンニクとネギの入った落とし穴に嵌められたことをほのめかしている。



 ニコニコと笑う獏の顔を。エヴァンジェリンは凄まじく険のこもった目で、睨みつけた後。



 「―――――! いくぞ、ぼーや!」



 八つ当たりに、ネギを怒鳴りつけて。憤然として階段を上がっていった。



 「え? は、はい。じゃあスイマセン士郎さん、獏さん」



 ネギは獏と士郎に頭を下げて、エヴァンジェリンの後を追った。

 茶々丸もフリーズした状態から復帰して、2人に一礼をした後。エヴァンジェリンの後を追う。


 
 「たいしたもんだ、あの闇の福音を脅迫するとは」



 士郎はぽつりと口を開いた。皮肉や嫌味ではなく、本気で呆れた口調だったりする。 



 「そんなつもりはなかったんですがね」

 「ところで、なんのことだ? 落とし穴とか、例の夢とか」



 苦笑する獏に士郎は訊くが。


 
 「それは絶対言いません。まだ……命は惜しいですから」



 そう、苦笑いする獏に。士郎も苦笑を返した。

 そして、士郎は道に迷った獏を伴い。学園長室に向かった。

 授業には遅れることになりそうだ。




 「お前、自分の主人に嫌われることになってもいいのか?」



 学園長室に向かう途中でつい、そんな事を聞いた。

 なぜ訊いたのかは分からない。

 ただ、ずっとエヴァンジェリンだけを大切にしていた筈のコイツの行動とは、思えなかったからかもしれない。


 
 「何でそんな事を訊くんですか?」

 「―――いや、そうだな。別に俺には関係ない」



 獏になんでこんな質問したのか、不思議に思いながら学園長室に急ごうとすると。




 「――――らわれたいからですよ」

 「なに?」

 「いえ……なんでもないです」




 獏の言葉が聞き取れず、聞き返すと。

 奴は何も言わず、笑っていた。


 それがどんな意味を持つのか。

 考えるより先に、学園長室につき。奴と別れることになった。


 

 ◆




 遅れて教室に入ると、ネギ君は粛々と授業を進めていた。

 先ほどのエヴァンジェリンに言われたことを考えながら、授業をしてるのだろうか。………少し元気がない。

 その様子を見ながら、俺は先ほどの獏の言葉を思い返していた。


 

 ――――エヴァンジェリンの呪いを解くことができる。





 本当だろうか。
 
 学園長すら単独では解けない、エヴァンジェリンの呪い。


 

 誰かの魔力を使って、呪いを解くということだろうか?

 それとも。本当に、そんな秘術があるというのだろうか?
 

 
 だが、それより問題なのは。




 ―――――なぜ、あの場で言わなければならなかったか?



 学園側としては、エヴァンジェリンを封印したままにしておきたい筈。

 もし、封印が解けるとわかれば。何らかの妨害活動を起こしても不思議ではない。


 
 魔法界で悪といわれている、魔法使い。実力が高すぎる故に、手出しできないと思っているものも多い。

 だが、封印が解けるというのなら。危険を排除するために。



 ………エヴァンジェリンを殺そうとする輩が出てもおかしくはない。

 

 なのに、認識障害の結界が張られているとはいえ。

 奴はその秘密を………俺達の前で喋った。




 学園側に、エヴァンジェリンの呪いが解けることを知られて。

 彼らに得があるだろうか? 否、あるはずがない。

 ならば、話のついでとしてあそこで話すべきことではない。

 
 

 第一、エヴァンジェリンと共に暮らしているのだ。

 呪いを解ける可能性があることを、なぜ部屋で言わない?

 それならば、誰にも知られることはなく。半年後に誰にも邪魔されず解呪ができた筈。



 それとも他に、なにか意味があるのだろうか?

 それを知るためにも、奴にもう一度会う必要がある。



 ネギ君の授業が終わると、職員室に戻り。書類仕事を終わらせた後。

 奴がいるであろうエヴァンジェリンの家に向かって歩き出した。




 ◇




 「釣りにいった?」



 深い森を抜け、石橋のかかった小川を抜けた先。学園都市内の桜ヶ丘にエヴァンジェリンの住居はあった。

 森に囲まれたログハウス調の二階建て。外にあるのは井戸だろうか。

 屋根から突き出た煙突は単なる飾りかそれとも、本当に暖炉のものだろうか。

 

 その扉をノックすると。

 不機嫌そうにエヴァンジェリンが応対した。



 「あいつが魚を食うのか?」

 「人形とはいえ、一応、魔物であり妖怪である生きた魂だからな」

 
 
 吸血鬼の従者だけに血肉からエネルギーを得ると。だが、それなら。



 「血液を人から略奪したりはしないのか?」

 

 妖怪といえば、霊的なもの。

 サーヴァントのように、もしくはエヴァンジェリンのように。他人から血や魂を喰らって力を得るのだとしたら。

 後々、危険なモノになる可能性があるかもしれない。



 「本来ならな、だが……」




 エヴァンジェリンはここで、言いにくそうに言葉を切り。





 「―――――するんだと」

 「なに? すまんがよく聞こえない」

 「胸やけするんだと」

 「は?」

 「だから胸やけだ。中年男や胃腸が弱い男などでよくいるだろう。胸がむかついたりするアレだ。妖怪としてそんな能力まで低いらしい」

 

 なるほど、血や魂などは栄養価が高すぎて胃腸がうけつけないと。
 
 調理して、魂としての栄養価を落とさないと食べられないと。だから人間を襲うなどとてもできない………って。




 「――――ホントか、それ?」


 「やかましい! 私だって、初めて聞いたわ。そこまで無能とは」
 



 このままでは訓練しても、戦力として使い物にならん。とは、エヴァンジェリンの言葉だ。



 だから、人間と同じものを食べるのか。

 だが、釣りとはまた。古風な方法を。そこら辺で買えるだろうに。

 それとも、さっきの仕返しか?

 
 

 「ふん。アイツは基本的に無能だからな、戦闘では茶々丸のほうが有能だし、料理なども奴より茶々丸のほうがマシだ」
 
 「………」 

 「だから、食い扶持くらいは自分で稼げ。ということになった」




 なんか、少しアイツに同情したくなったな。

 あまりにも酷い言われ方だ。

 学園に秘術を教えている報酬は………エヴァンジェリンがもらってるのだろうか。

 だとしたら、あまりにも不憫だ。
 



 「………そうか、どの辺の川にいったのか教えてもらえないか?」 

 「それはかまわんが、どんな用件だ?」 

 「ああ、アイツには今度のことで、ちょっとな」 




 俺の一言に、エヴァンジェリンは一瞬だが目を細めた。

 何も言わなくても、謝罪の意味だと解ったのか。

 オレに話す声のトーンが落ちる。

 

 「そうか、アイツは………」

 「おや、衛宮さん!?」



 獏の居場所を教えようとする、エヴァンジェリンの言葉にかぶせるように間抜けな声が聞こえた。

 声のした方向に目を向けると、既に川に向かった筈の獏がこちらを見ていた。

 その手には竿とバケツが握られ、頭には麦わら帽子。

 Tシャツにジーパンとラフな服装に身を包んでいる。



 
 「き、貴様。とっくに出たのではなかったのか?」
  
 「いや、それが肝心の釣竿につける針を忘れてまして。今、戻ったところです」




 どこまでも、のんびりした奴の言葉にエヴァンジェリンの溜息が漏れる。




 「はあ、おまえと話していると疲れる。とっとと行って来い」
 
 「ええ。では行きましょうか? 衛宮さん」

 「は? なぜオレがオマエと行かなくちゃならないんだ」



 
 獏から釣りの同行を求められて、少し驚くがその後に続く言葉に納得させられる。




 「おや、私に会いに来たのでしょう?」

 「………」

 「なら、一緒に行きましょう。歩きながらでも話はできるでしょう」



 そういいながら、先に歩き出した。

 そして、俺は。謝罪と奴の真意を確かめる為に。後を追った。
 




 ◇





 獏と衛宮士郎が森の中に消えていった。その後姿を見ながら、衛宮士郎が言いかけた言葉を思い出す。

 【今度のこと】とは、獏を殺そうとした時のことだろうか?

 


 「――――馬鹿なことを」

 

 あの場ではアレが最善の策だった。

 私も、最後に奴から情報を得ることができなければ。―――――奴を殺す気だった。 
 



 ソレは、あの場所で最善の判断。 


 にもかかわらず、奴に謝罪でもする気なのだろうか。




 そんな事に意味などあろう筈もないのに。

 殺そうとした過去が消えるわけでもないのに。 



 「マスター?」

 「なんでもない、代わりの茶と菓子を頼む」



 一礼して、台所に消える茶々丸を見た後。

 小さな、違和感に気がついた。

 ほんの些細な違和感。

 これは、―――――誰かが学園の結界を越えた。


 気配は2つ。一つは女子寮に、もう一つは。



 「目的地はココ………か」


 
 おそらくは、使い魔程度の小さな魔力。



 「茶々丸、準備はいい。………どうやら、客のようだ」


 そう呟いた、エヴァンジェリンの言葉に重なるように。外のポストに小さな音が響いた。

 その音に、茶々丸のセンサーが反応する。



 「マスター、外に」
 
 「解ってる。先にいけ」



 前衛である従者の茶々丸を先行させ、エヴァンジェリンはその後ろに立つ。

 感じる魔力はあまりにも、低い。

 特に警戒が必要だとも思わないが、何かきな臭い。


 茶々丸は玄関から、木製の屋根のついたポストに手をいれ。


 中にはいっていた手紙を出して。それをそのまま、エヴァンジェリンにみせた。



 「マスター、コレをスキャンしますか?」

 「必要ない。何の魔力も感じない、ただの手紙だ」 



 その手紙の封を切り、その文面を読んで苦笑が漏れた。 

 

 「ククク、………みてみろ。茶々丸」

 「――――これは、どういうことでしょうか?」 
 


 茶々丸も、不思議そうな顔をしている。

 それぐらい、クダラナイ文面だった。

 



 ――――――貴女の呪いを解いてさしあげます。詳しいことは後ほど――――――





 「面白いな―――――茶々丸、アイツを呼び戻すぞ」

 「獏さんは今、衛宮先生と一緒ですが」
 
 「そうだったな。だが、それはそれで好都合だ」



 そう、だからこそ。好都合なのだと。

 エヴァンジェリンは小さく笑いながら、茶々丸に獏を呼びにいかせた。

 

 今日、昼に呪いが解けると明言した、獏。
 
 そしてこの手紙。  



 これまでの15年間がなんだったのかと思うほど、容易く。呪いが解けるという。

 そして、この手紙の送り主は私に見返りとして。何を求めるのか。

 ソレを、確かめるためにも。奴等が必要だった。





 ◆






 周りは薄暗い森の中だった。

 もう、日も沈もうかという黄昏時。夕日が山の稜線を赤く染め上げていく。

 そんな中、川に糸をたらしていた獏に、何といって詫びればいいのか迷っていた。



 目の前には、かつて俺が命を狙った男。

 だが、結果的に。学園を救い、鬼となったモノを人間に戻したもの。


 
 ソイツの命を狙ったこと、それは。謝罪したくらいで許される罪じゃない。

 だが、それでも。 






 「―――――必要、ありませんよ」

 「何のことだ?」

 「私に謝るなんてことは、必要ないんです」

 


 その言葉に、小さく目を眇めた。

 なぜ、それがわかったのか?

 いやオレがすることなど、コイツには解っていたというのだろうか。




 「どういう意味だ?」

 「私に謝る必要なんてないといってるんです」

 「………」




 獏の言葉と共に、小さく水がはねた。

 釣り竿が引き上げられた先には、小さな子魚。

 獏はそれを苦笑しながら、川に逃がすと。もう一度、口を開いた。




 「貴方にそんな事をされたら、エヴァンジェリンさんの立場がなくなってしまいます」

 「………」



 視線だけで、どういう意味かと問う士郎に。獏は小さく答える。



 「エヴァンジェリンさんは、私を殺そうとしたことをきっと悔やんでいます」  

 

 ―――――だが、それを謝るなんてことは彼女はできない。

 あの時、自分を殺すことが最善の道だった。そんなことは誰にでもわかる。

 だから、私も気にしていない。彼女にも気にして欲しくない。



 それでも、あの時に抱いた殺意を。彼女はずっと悔やんでいる。

 だから、士郎が謝罪すると聞いて。………動きを止めた。



 士郎が獏を殺そうとしたのが罪だというのなら、自分も同罪であると。

 学園の為に必要だった、呪いの為に殺さねばならなかった。………そんな言い訳はいくらでもできる。

 かつて、そのような正論でエヴァンジェリンを見捨てた魔法界のように。



 だから、彼女はそれをどうしようもないことだとは思わない。

 だが、罪だと思っても。許しを請おうとは思わない。

 それは、己が悪として。背負わなければならない罪だと思うから。





 「だから、エヴァンジェリンはネギ君にキツクあたったのか?」

 「多少は。苛立っていたようですし」 

 


 獏はクスクスと笑いながら竿を振った。

 罪を自覚しながらも、償う術を知らない彼女にとって。 

 ネギの純真さはとても疎ましく。眩しいのだと。

 そして、だからこそ。


 彼女とネギ君には仲良くして欲しいのだと。



 誰かを恨み、憎しみ。そして、誰かに負い目がある人生はとても辛いから。
 
 だから。




 「せっかく光の中で生きられるんです。楽しまないと損でしょう」

 「だから、あの場でエヴァンジェリンに授業に出るように仕向けたのか?」





 士郎の言葉に獏は苦笑する。

 ならば、道に迷ったというのも嘘か?

 ネギが来るのを待ち、授業に出るように。



 ――――光と共に生きるきっかけをつくるのが、コイツの目的だというのなら。


 あの廊下での話の流れは、全てコイツの思い通りということになる。


 エヴァンジェリンをからかい、解呪の話に誘導し。

 ネギに対してのわだかまりを消すために。動いた。





 「じゃあ、さっきのアレも。やはりわざとか?」

 「さて、何のことでしょう」



 
 士郎の問いかけに、獏はとぼけた様子で答える。

 その態度にやはりコイツは信用できないと、士郎は思った。

 そもそも、まだ士郎は獏に謝罪するなどとは言っていない。

 それを知っているならば、エヴァンジェリンとの会話を聞いていたことになる。

 だが、士郎が獏に謝罪するという事実を聞かせたくないのなら。



 もっとはやくに、止めに入ることができた。

 ならば、奴は。その様子を【夢】で視ていたということになる。

 変えられない未来の中、視えない事実だけを繋ぎ合わせて。 

 全て解かった上で、彼女が傷つかないと思う行動を起こした。


 
 自分だけが最善だと思う方法で。

 




 「恐いですね、そんな目で見ないでください」

 「ああ、正直。今度は貴様がナニを企んでいるのか、貴様をぶちのめして。ここで洗いざらい吐かせたい気分だよ」



 

 死者の最後に小さな夢を見せるためだけに、学園を危機に陥れた獏。

 コイツの行動は賞賛されるべき行動だったかもしれない、だが。

 それが失敗する可能性だってあった。それに、あの事件でこうむった被害の数々。

 せめて、こちらに何らかの情報を明かせば。そんなコトにはならないかもしれないのに。 

 


 だから隠してることがあるのなら、全てを吐かせてたい。 

 だが、それよりも。しなければならないことがある。

 


 先に謝罪をしようとする士郎に、獏は手を振ってやめさせる。

 そんな必要はないと。

 
 
 「………くどいようですが、貴方に謝られるとエヴァンジェリンさんの立場がなくなるんですよ」  

 「そうはいってもな、何かできることはないか? とりあえず、借りだけは返したい」



 誰かを。獏を殺そうとした罪がそれで消えるわけではない。

 獏がしたことを、許すつもりも無い。

 だが、結果として。救う手助けを獏がしたというのなら。


 
 

 だが、そんな言葉にも。獏は優しく微笑みながら言葉を紡いだ。




 「貴方が私を殺そうとしたことは、正統な判断だと思いますよ」

 「………」

 「第一、私の命は桜さんとエヴァンジェリンさん。それに………皆さんに救ってもらった命ですから」

 


 もう、貸し借りはないと。そう伝える獏に士郎は。




 「それを邪魔しようとしたのは、オレだがな」

 


 獏を救う行為自体を、壊そうとしたのだと。告げた。

 その士郎の告白に、獏は小さく目を細めた。



 

 「あの時、オマエを殺そうとした判断は今でも間違ってなかったと思う。だが、………それをオマエが恨みに思うのなら」
 



 
 ―――――その罪を逃げずに受け止める、準備はあると。

 そう、告げる士郎に獏は肩をすくめて。釣り竿を手渡した。




 

 「これは――――?」

 「釣り竿ですよ………見たことありませんか?」

 「そんな事は解かっている。どうしてオレに渡すんだ?」

 

 憤然と言葉を紡ぐ士郎に獏は。



 「これでチャラにしましょう。今日の釣果を私に譲っていただければ、それで結構です」

 「………随分と安い命だな、オマエの命は」 




 士郎の言葉に軽く笑い。




 「そうですね。もうとっくに死んだ身ですから………それに」



 釣り仲間が欲しかったんですよと。小さく笑い釣り竿を手渡した。

 士郎はそれを見よう見真似で、川辺に釣り糸をたらす。


 
 「釣りをしたことはないんですか?」

 「ああ、魚を手早くとるには罠を仕掛けたりしたほうが大量に取れるからな」

 「風情も何もないですね」

 「戦場や今すぐ食料が必要な者達に、風情なんていってる暇はない」 




 冷たく返す士郎に、獏は首をすくめた。



 
 「オレも聞いてもいいか?」

 「まだ、何も企んでませんよ」

 「―――――なぜ、学園内でエヴァンジェリンの解呪ができるなどと言った?」




 獏の言葉を黙殺して、問い続ける士郎から目をそらし。

 獏は手ごろな枝に釣り糸をくくりつけ、即席の釣り竿にした。




 「あの場で、学園側にオマエがエヴァンジェリンの解呪をできる可能性を示唆することに、どんな意味があるんだ?」

 「…………」

 「最悪。エヴァンジェリンを危険視する学園の魔法使いに、オマエが殺される可能性もあったはずだが?」





 士郎は問い続けた。

 何の意味があるのかと。

 誰にも知られず、エヴァンジェリンの解呪をすれば。目的は果たせる筈。

 自分の主であるエヴァンジェリンすら危険にする行為。そして、自分自身すら危険にするかもしれない行為。

 そうまでして、あそこで情報を明かすことにどんな意味があるのか。

 俺たちが学園に、情報を漏らすとは考えなかったのかと。





 「あそこで言わなければ、エヴァンジェリンさんは授業が受けられないでしょう?」

 「それだけか?」

 「はい。彼女に最後の学園生活を楽しんでもらいたいだけです」




 ――――――せっかく、光と共に。生きることができるのだから。






 嘘はない。だが、本当の事を全て話してるわけでもない。

 士郎には、そう見えた。

 獏のあまりにも自然体な言葉に、小さく言葉を紡ぐ。


 

 「それによって、貴様が殺されることになってもか?」



 そう、エヴァンジェリンの解呪ができる。この一点において、獏は学園からマークされることになる。

 そして、獏の戦闘力は………かなり低い。 

 というより、彼に負けるものを探すことが難しい。

 

 その、士郎の脅しとも。忠告ともとれる言葉に。

 獏は小さく言の葉を紡いだ。

 

 「彼らには―――――私は殺せません」



 私も。エヴァンジェリンさんも。殺せはしない。

 

 穏やかな口調にヒヤリと冷たいものが混じった。

 姿が変わったわけではない、口調が変わったわけでもないのに。

 周囲の温度が、冷たく凍る。




 「………それは、予知夢でみたのか」





 一瞬、この男が解からなかった。

 実力では間違いなく、弱者。能力は低く、学園の魔法使いどころか、並の術者にすら負けそうな力量。

 にもかかわらず、なにか。ひどく違和感を感じる。
 





 「いけませんか?」





 クスリと笑う獏に、士郎は続けて言った。






 「いや。ただオレは未来がわかるなんて信じたくないだけだ。オレの命も、誰かの命も。運命だなんて言葉で、片付けられるほど軽くない」


 


 ―――――そう、運命なんて言葉で。桜の身に起きたことを片付けたくはない。




 
 何年にも及ぶ陵辱。何時死んでもおかしくない、虐待にも似た魔術修練。

 薄暗い蟲倉で何年も過ごさなければならないことが。誰かがあらかじめ仕組んだ約束事などと。

 神や仏。その他の何物であろうとも。


 桜が犯した罪も、オレが犯した罪も。そのとき選んだ想いも決意も。

 
 運命などという言葉で、片付けるなど認めない。許さない。 



 

 そして、僅かな未来が視えるということだけで。

 神にでもなったように、振舞われてはたまらない。

 


 「未来が視える。ただそれだけで、全てを見通したように動く貴様が嫌いだよ」

 「―――――」



 誰にも、何も言わず。気がつくと他人さえ利用して。

 自分の中だけで、全てを決めて動く。貴様が嫌いなのだと。

 そう述べた、士郎に。



 ほんの一瞬。獏の顔に惑うような、なんともいえない感情の色がよぎった。


 
 「運命というのは、オマエの小賢しい頭の中だけで動くものじゃない」



 その先がオマエに解るのだとしても。

 その未来は、生きているものが創るモノなのだと。

 その未来が神が決めたものであろうと。

  


 「――――――未来は、運命は。絶対に決められない、運命なんて言葉はオレは信じない」




 そう語る、士郎に。未来が視えているモノは小さく笑った。




 「そうですね。私もそう思います」

 「なに?」

 「運命なんて言葉で、全てを片付けられるなんて。許せません。―――――なにより、私も【運命】なんて言葉は嫌いなんです」

 

 全てが見通すことができようと。きっとなにかできることがあるのだと。

 少しずつでも、未来は変えられる。

 

 そう信じたいと言う獏を。士郎は怪しげに睨んだ。



 
 「オマエ、夢見の予知能力者だろう?」

 「はい」

 「未来に何が起こるかわかるモノは、必然的に運命論者だと思ったんだが」


 

 その言葉に、獏は小さく笑った。




 「未来がわかるなら。その未来を変えられることなんか、いくらでもできるはずです。少なくとも私は………」


 
 ―――――変えられない未来などないと、信じていると。





 その言葉に、士郎は息を呑んだ。

 言葉の内容ではなく、この術者の中にある酷く昏い部分を見た気がしたのだ。


 なぜ、そんな風に感じたのか。

 ここまで、力のないモノに対して。恐怖など感じる筈もないのに。




 言葉と共に、水面が跳ねた。

 獏の釣り竿に魚がかかり、それをバケツにいれ。

 もう一度、釣り糸を川面に浮かべると。



 「そんなに不安なんですか?」



 竿を握りながら、獏は士郎に声をかけた。



 「どういう意味だ?」 

 「さっきから、川面が揺れて貴方が釣れないのは。貴方の気が乱れてるからですよ」

 



 ムッとして、川面から釣り糸を引き上げるがエサはついていない。

 それに小さく舌打ちをして、エサをつける。




 「慣れていないだけだ。食事に必要な魚なら今すぐ捕ってやろうか?」 

 「いえ、そういう意味でなく」




 どこからか出した弓を引いて、魚に狙いを定める士郎に苦笑しながら、竿を引き。魚をまた釣り上げる。




 「本来、貴方なら私より釣りは上手いと思いますが」

 「初めてだと言った筈だが?」 

 「なんとなく、得意そうに見えたんですけどね」




 クスクスと笑う獏に、士郎の目が険しくなる。

 




 「不安そうだといったな。オレのどこがそんな風に見えるんだ?」

 「………」

 「オレが不安だとしたら、オマエの存在だよ。何を考えているのかまったく解からない」



 
 エヴァンジェリンを守るはずの存在でありながら、切り札になる解呪を学園で話したり。

 何度も殺そうとした士郎を、からかいながら隣人のように扱う。

 

 なにより。………その低い能力で、学園の魔法使いを恐れない。

 なぜそこまで、自信があるのか。



 コイツはどんな未来を視たというのか。






 「大したことは考えてませんよ。ただ、もったいないなと」

 「―――――」

 「せっかくあんな可愛い子と付き合ってるんです。不安になるより、今を楽しんではいかがですか?」





 その言葉に苦笑する。なにを知った風なことを。

 あの聖杯戦争で、桜がどれほど傷ついたのか知りもせずに。

 第一、順番が違う。オレが楽しむのではない。桜が楽しまねばならないのだ。

 

 

 「私が言うべき事でもないと思いますがね。――――――楽しむってコトは決して悪いことじゃないんですよ?」

 「随分と偉そうだな、そういう貴様はよほど恵まれた暮らしでもしてきたのか?」




 妖怪に墜ちるほどの以前の人生。

 辛くない筈がない、苦しくない筈がない。 

 だが、それでも。

 他人の傷口に、簡単に入っていいわけではない。 



 どんな辛い出来事があろうと。他人の人生に口出しをしていいことにはならない。



 だが、水を向けられたのなら。

 貴様の情報を引き出すだけ。




 

 「私のことが知りたいという事ですか?」

 「―――――そうだ」




 敵はただ、敵であればいい。殺し、駆逐するだけの存在であれば。

 だが、味方ならば。

 その人間を本当に信じられるのか、それとも信用がおけない存在なのか。

 それだけでも知らなければならない。………そのために、情報は多ければ多いほどいい。



 「どんなことが知りたいんですか?」 

 「………なに?」  

 「ですから………。私が喋れる範囲でよければ、お話しますよ」




 その言葉に、士郎は獏を見つめなおす。

 


 「――――――」

 「別に隠すようなこともありませんし。力では私より弱い人間を探すことのほうが難しいでしょう?」



 ならば、知られても。たいした意味は無いと。

 能力が低いなら、隠し玉は多くなければならない。

 それが誰よりわかっているはずの男は。小さく、言葉を紡いだ。

 

 士郎は獏を怪しむも。気が変わらないうちに、質問を始めた。

 




 「そうだな。なぜ、エヴァンジェリンはそこまでオマエに肩入れする。そして、なぜオマエはエヴァンジェリンに肩入れするんだ」

 「さて………なんででしょうね」

 「――――オマエ」

 「ああ、勘違いしないでください。エヴァンジェリンさんが私に肩入れする理由はわかりませんし。
 私がエヴァンジェリンさんに肩入れする理由は………彼女しか、いなかったからですかね」





 その言葉に、士郎は怪訝な顔をする。




 「エヴァンジェリンしかいなかった? オマエにも肉親はいるだろう。奴に会った時には死んでいたのか?」



 士郎の言葉に、獏は小さく苦笑した。

 貴方ならかまわないでしょう。と、小さく呟いて。




 「私はね、――――モドシなんですよ」
 
 「―――――」

 

 生まれたばかりの子供を神に戻す。後の世ではそれを間引きという。

 働けない子供、動けない老人。彼等を山に捨てるコト。

 現在でも、姥捨て山の伝説はあまりにも有名だ。



 
 
 「貧しい農村だったんで、家族が喰うにも困ったんでしょうね。乳飲み子のまま、山に置き去りにされたようです」

 

 
 乳飲み子の頃に栄養不足だったせいか、体が極端に貧弱になったと。笑いながらはなした。




 「そんな中で生き残れたのは、『夢見』の能力のおかげかもしれません」

 

 弱い乳飲み子が、野生の獣に勝てるわけもない。

 ただ、本能のままに隠れ。逃げ続けたのだろう。

 そして、寝ているあいだに迫る危険。獣や鳥。意識がなくても、他の生物の心を夢見の力で読み。危険を察知できたのだと。
 


 いや、できなければ。殺されていたはずなのだと。






 「おかげで、逃げることと隠れることは。とても上手くなりました」
 
 「………」

 「それから数日後でしょうか。里に帰り着いたらしいのですが、やはり実家に私の居場所はなかったようです」
 



 死んだ筈の息子が生き返った。本来、親ならば嬉しくない筈がない。

 だが、その時代。本当に人が一人食うことすらやっとの時代に、彼を養う余裕は家族にはなかった。

 第一、獣から身を守りながら逃げてきた乳児。

 鬼の子か、魔物か。と噂がたつのも早かったそうだ。




 「それで、どうしたんだ?」
 
 「幸いと言っていいのか、私が異能持ちというのは旅の陰陽師がわかったそうです。
 家族としては厄介払いができるとばかりに、旅の陰陽師に私を預けることにしたそうですよ」




 それからの獏の人生は単純だった。

 旅の陰陽師に認められた異能の力【夢見】は己では制御できないことがわかった。

 その後。権力闘争や、秘術を知られたくない人間と争いを恐れ。陰陽寮から逃げ出す。

 その先でやっと得た安住の地。村人との僅かな優しい出会い。 

 その後、エヴァンジェリンに出会い。………そして、陰陽師から傷を負った彼女を助けた。


 だが、その生活も長くは続かない。

 彼女を追ってきた陰陽師が、偽りの情報を流し。それを信じた村人に追われ逃げ出した。


 だが、その後。陰陽師が召喚した魔族が暴走し。

 エヴァンジェリンの元を去り。自分達を襲った村人を護るために、死んだ。




 「随分と波乱万丈な人生だな」

 「そうでしょうか?」
 
 


 士郎の言葉に苦笑いしながら、獏は言葉を紡いだ。

 そんな一言で、終りにできるモノではない。生まれてすぐに捨てられ。

 異能者として、拾われた先では権力闘争の道具として使われ。

 最後の居場所である、エヴァンジェリンとは死に別れた。


 魂は擦り切れ。妖怪に転生したことで能力は極端に下がった。生前以下の魔力と力。

 他人の血や魂で、能力をあげることすら出来ない。



 にもかかわらず。コイツは笑っている。

 


 「もう一つ訊いてもいいか?」

 「答えられることなら、答えますが」

 「なぜ、オレに話した」

 「似ていたからですかね」

 「―――――なに?」 





 苦笑しながら、答える獏に。再度、士郎が同じ問いを向けようとすると。




 「――――引いてますよ」

 「なに?」

 「だから引いてます。ほら竿を立てて」




 獏の言葉に竿を引き上げる。思ったより重い手ごたえに少し驚きながら、岩魚を手にした。

 中々の大きさだな、と思っていると。



 「まあ、愚痴を聞いてほしかったんですよ」

 「愚痴?」

 「ええ。たまに誰かに心の中に堪ったモノを吐き出したくなるんです。
 こういう愚痴は溜めておくと、どこまでも溜まってもてあましてしまう。だから誰かに喋りたかったんです」




 ………情けない話ですが。それで、少しラクになることもありますしね。と、獏は言葉を続けた。





 「訊いたのはオレだがな。なんで、オレがオマエの愚痴を聞かなくちゃならないんだ。エヴァンジェリンにでも聞かせればいいんじゃないのか?」

 
 「それは、こういう愚痴は親しいものには聞かせられないからですよ」
 
 


 獏はすまし顔で、話を続ける。



 
 「愚痴というのは、それこそ1度か2度会ったくらいの他人に吐き出すのが、ちょうどいいんです」




 ―――――相手の重荷になってはつらいから。




 「例えば、エヴァンジェリンさんなんて一番ダメです。
 エヴァンジェリンさんは、彼女自身が私を殺そうとしたことで、私が傷ついたと思っています。私が家庭の事情でどうしようもなくて捨てられたのだと知られたら」




 ――――とても、傷ついてしまう。



 かつて、家族に捨てられた自分。

 それは、どうしようもないことだった。

 あの時代、そうしなければ生きていけないのは解かっていた。

 

 ………だが、捨てられたモノとしてはとても辛かったなどと知れば。




 
 「学園の呪いのために、オマエを見捨てようとしたエヴァンジェリンの心が傷つく………か?」




 士郎の言葉に、獏はニコリと微笑んだ。

 そのまま、釣り竿を手に取ると。



 「貴方も同じなんじゃないですか?」  

 「オレがなんだと?」

 「桜さんたちに言えないことも、―――――あるんじゃないですか?」




 先ほど、獏は似ているといった。

 それはつまり―――――。


 士郎には、愚痴を言いたくても。

 ソレは近くにいる人間には言えないということ。

 愚痴を言えば、それは身近な者を傷つけるということ。




 その意味に気がついた士郎は、言葉を紡いだ。




 「オレは誰にも、過去のことで愚痴を言ったりしない」 



 

 ―――――いや、言うわけにはいかない。

 セイバーに刃を突きたてた瞬間を思い出すなどと、言ってはならない。

 そのことで後悔しているなどと、言ってはならない。

 いや、後悔も懺悔も許されない。




 それに、そんなことを言えば。桜がどれほど傷つくか。

 どれほど、桜が己を責めるか解かっているだけに。………言うわけには、いかなかった。





 「貴方は………強いんですね」

 「――――」 



 強くなどない。強くありたいと願い、その強さへと、少しでも近づこうと足掻いても。

 近づけないことに、何時も歯噛みばかりしている。



 それでも、この道を進むと決めたのだから。



 「でも、それでは。いつかダメになってしまいます」




 人間は、誰にも愚痴もいわず。誰にも頼らず。生きていけるほど、強くはない。

 それは最早、人ではない。

 人は重い過去があればあるほど。誰かにその重みを解って欲しいと願うもの。




 それでも。



 「弱音を吐いて、大事な者が傷ついては意味が無い」

 

 そう、言葉を続ける士郎に。



 「――――――だから、関係ない人に。愚痴をこぼすコトも必要なんです」

 

 誰にも弱音を吐かず生きていけるほど。人間は強くない。

 だが、その弱音は。親しい人間に話せば傷つけてしまう。

 ならば、自分ひとりで背負っていこうとしても。

 

 きっと。いつか、その重みに耐えられなくなる。

 桜達が背負えない、重荷なら。せめて自分に話せばいい。

 親しいものに話せない。その苦しみだけは解るから。

 喋ることで楽になることもある。そう続ける獏に。士郎は不思議そうに言葉を紡ぐ。



 「貴様が、その役目を背負うというのか? 聖者にでもなったつもりか」

 「私も愚痴を言う相手と、釣り仲間が欲しかったんですよ」




 ――――挑発にも乗らない。やりにくい奴だ。だが。



 
 
 「等価交換とでもいうのか。必要だとは思えんな」

 「そうでしょうか?」

 「当たり前だ、そんなことになんの意味がある。第一、そんなものが必要ないくらい、強くなればいい」


 
 そう、剣のように。折れず曲がらず。

 深く大地に突き刺し、なにがあろうと倒れない。強い剣になればいい。

 弱みなどみせない。許しなど請わない。

 それが、あの時。罪を犯したときから。



 ………俺が選んだ道なのだから。 





 「人間はそんなに強くないですよ」




 だが、そんな士郎に獏は優しい眼差しを向け、語る。




 「心配されたり、優しくされたり。親しい人間に気を使ってもらったほうが―――――とても楽なのに」





 そこで、もう一度。小さく川を眺めて、獏は言葉を紡いだ。




 「なんででしょうね。大切な人には、心配させるより笑っていて欲しいと願ってしまう。だから」




 ―――――大切な人の前では、何時も無理をしてしまう。



 「だから、誰かに弱い自分を見せることも必要なんです、強くなるためにも」




 その言葉に、士郎は何も返さない。

 獏が弱いのはいい。だが、自分はそうならない。

 桜を守るため、桜が幸せだと感じるために。この身を剣にすると誓った。

 どんな時でも、曲がらず折れない。硬い剣に。



 桜に心配などさせない、硬い剣に。

 強い人間にならなければならない。



 だから、獏がどんなに弱かろうと。

 自分は弱くはならないと。

 そんな士郎に、獏は小さく声をかけた。




 「貴方は、強くならなければならないんでしょう?―――――剣のように」



 

 口調は柔らかいままに、獏は笑みを消して真顔になった。

 まるで、士郎の考えていることが解るかのような言葉と。

 纏う空気の違いに、士郎が小さく眉をひそめ獏の動向を探る。





 「貴方も剣を鍛えたことがあるんでしょう? 剣は硬くすればいいというものではありません」

 


 
 ――――ただ、頑なになるだけでは。硬くなるだけ。時には飴のように柔らかくしないと、しなやかな刃は生まれないのだと。



               
 ――――I am the bone of my sword.≪体は剣で出来ている≫



 
 だが。剣は、刀は。

 叩き硬くし。硬度を増すだけでは脆く切れ味の鈍い刃になる。

 焼きなましをして刃物に使える硬さと粘りを与える熱処理も必要なのだと。

 
 人間も、同じなのだと。

 剣を目指すなら、柔らかさも必要なのだと。




 
 「弱みを誰にもみせない人間、迷わずに己が道を突き進む人間。それは強い人間ではないですよ」

 「…………」

 「弱みもみせず、迷わないでいられると思っている人間は。ただ、無知で傲慢なだけです」
 
 「オマエ、なにを言いたい?」

 「剣のように、強くなりたいのなら――――――時には、柔らかさも必要だと思いますよ」


 


 強くなるだけでは、何も守れない。
  
 それでは何時か。壊れてしまう。

 自分の弱さを、偶には誰かに投げ出してもいいのだ。

 弱音を吐きたくなったら、吐けばいい。

 その弱音が、身近な誰かを傷つけるのだとしたら。



 他の人間に、弱さをみせればいい。

 そんな事は普通の人間なら、誰でもするのだから。

 



 「私と、友達になりませんか?」

 「――――なに?」

 「私と友達になりませんか?」




 同じ言葉をくりかえす、獏に士郎は目を丸くする。

 なにを言ってるのかと。


 自分を殺そうとした人間。先ほどまで、自分を危険視している人間になぜそんな事が言えるのかと。



 おもわず、そのとぼけた容姿をマジマジと凝視した後。

 小さく呟いた。



 「なぜ、オマエと友達にならなくちゃならん」



 獏は、士郎の言葉に優しく微笑みながら。言葉を紡いだ。




 「エヴァンジェリンさんに、過去のコトを愚痴るわけにはいきませんし。この学園の方は良い人ばかりで」



 重い過去を話すには、忍びないと。自分の過去で、誰かが傷つくのを見たくはない。

 だが、



 「貴方なら、私を嫌ってますし。あまり後に引かないでしょう?」

 「だからなぜ、オレがそんなコトをしなくちゃならない!」



 その、小さな拒絶に。獏は新たな言葉を紡ぐ。



 「私にも、貴方にも。大切な人が多すぎます」



 獏には、エヴァンジェリンが。士郎には、桜とネカネ。そしてライダーにネギ。

 周りの人間も基本的には、良い人ばかり。

 そんな人間に、心配はかけたくない。



 「私達はお互いに見返りを求めているワケじゃない。お互いの為に命をかけることなど無い」


 
 周りの人間は、そんな人間ばかりだから。

 何かあれば、価値の無い自分みたいな人間の為に。一生懸命になるものばかり。

 簡単に愚痴もこぼせない。



 
 「次に何かあれば。もしくは、胸の中のものに耐えられなかったら。私に言ってください」

 「――――それで、何になる」

 「貴方のために、命をかけたりしない。手助けになる力もない。それでも『大丈夫ですか』と声ぐらいはかけますよ」

 


 その言葉に、少し思案した後。




 「なんの役に立つんだ、それは」

 「少なくとも、重荷にはならないでしょう。その程度に気楽で無責任なのが、友達です」



 どう考えても、親友にも戦友にもなれない2人だけど。

 せめて、そのぐらいならできるのだから。




 ここに、同じ傷を持った人間がいるのだから。

 大事な者を想うあまり、弱みも愚痴もこぼせない。

 そんな気持ちはよく解る。

 せめて傷を、重さを。痛いと叫ぶ声を。聞くことくらいは弱い自分にも出来るのだと。



 その意味と知った士郎は、それでも獏に反発しか覚えない。

 士郎は、誰にも弱みをみせてはならないのだから。

 

 「――――貴様に」 

 


 何がわかると、言おうとした士郎の機先を制し。獏は微笑をたたえて。言葉を紡いだ。




 「まあ、いいじゃないですか。貴方は私の弱みを掴むことができて、私は愚痴を吐くことができる」




 お互いの損はないと。続ける獏に士郎が鼻白む。 

 だが、確かに。獏の話からエヴァンジェリンの情報を得ることはできるだろうし。

 それだけでも、メリットは大きい。


 
 それに、コイツがまた何かを企んでいたとしても。

 近くにいれば、察知することが可能だ。



 だが、不安に思おうと。何かに耐えられなくなろうと。

 士郎が獏に弱音を吐くことは許されない。

 自分が弱くなるコトなど。許してはいけない。




 第一、ソコからどんな弱みを見つけられるか解らない。

 一番の敵は、有能な敵より無能な味方。

 だが無能でしかも、何考えているか解らないコイツに。容易く弱みをみせるわけにはいかない。




 「勿論、衛宮さんの愚痴も聞きますよ。貴方さえよければ」

 「――――しないと言ってるだろう! 
 貴様こそ余計な世話を焼く暇があったら、魔法界や学園の魔法使いに殺されないように精々、気をつけろ!」
 
 
 「まあ、そういわず。またいつか、今日みたいに釣りでもしましょう」 
 




 士郎の言葉に、獏は笑いながら竿を振るった。

 その様子に、士郎は顔をしかめて自分でも竿を振るう。



 だが、それでも。釣りの誘いは断らなかった。

 奴を殺そうとした。そのことで詫びる気持ちで断らなかったのではなく。


 この綺麗な川で。岩魚を釣り上げるという行為を。

 またしてみたい、と思い。 



 少し………心が揺れたからかもしれない。

  

 釣りをまた続けようとすると、後から茶々丸の声が聞こえた。

 なにか急ぎの用事のようだ。




 「衛宮先生、獏さん。すいませんが、急ぎの用事が」

 

 その言葉に、頷き。士郎は後かたずけをしながら、獏に声をかける。




 だが、獏は。

 眠るように、目を閉じていた。


 寝ているのか。そう思って声をかけようとしても。なぜか、声が出なかった。

 今。声をかけてはいけない。

 それは、なにかとても大事なコトを。見逃すことになると。………胸に警鐘が鳴る。

 

 

 「すいません。先に行ってもらえますか?」



 しばらくすると。目を開けた獏が小さく士郎と茶々丸に詫びた。



 「―――――なにか、視えたのか?」

 「さて、どうでしょう」




 士郎の言葉に、淡く微笑むと。

 もう一度、中空に視線を向け。深く息をついて、目を閉じた。

 邪魔をすべきでないと思った二人は。先にエヴァンジェリンの元に急いだ。






 ◆





 2人が消えた森の中。川辺で、獏は何も無いソラを見上げていた。

 空には何も無い。木の葉で覆われたソラには、星も見えない。

 
 だが、彼が視るのは。夢の世界。

 全てが見えるわけではない。

 あくまで、僅かな断片が視えるのみ。 


 その小さな断片から、得られる情報。
 




 「―――――いけませんね。やはり、歪みが酷くなる」




 それは、未来を変えた代償か。

 本来、エヴァンジェリン一人で殺さなければならない紺青の鬼を。

 衛宮桜とネカネ。そしてネギ・スプリングフィールドまで関与したことによる、歪みが出たのか。



 「西の歪み、エヴァンジェリンさんの行動。………そして、剣」



 誰かを救うことは誰かを救えないこと。

 そんなコトはもう解っているのに。

 それでも、動くことはやめられない。



 「―――――殺されないように気をつけろ………ですか」



 闇の福音、エヴァンジェリンの封印を解ける一手。

 コレをここで明かすことで、次なる一手に必ず繋がる。

 まだ先はみえない。


 それでも。出来ることはある。



 夢見た世界。2つの決断。そして、………己が死ぬべき場所。




 「衛宮さん、安心してください」



 
 ココには既にいない、士郎に。獏は小さく語りかける。

 夢の中で視えることと、視えない未来を繋ぎ合わせ。

 思い通りの未来を描くために。



 

  「彼らに私は殺せません、私を殺すのは――――――――『    』なのですから」








 この言葉を聞かなかったことを、士郎は後に後悔する。

 コレさえ聞き逃さなければ。違った未来があったのかもしれない。

 もし、この答えをココにいて聞くことができれば。



 
 ………学園に、魔法界に。獏は殺せない。
 
 その夢をみた、獏の呟き。

 そして、誰が獏を殺すことになるのか。


 この意味を士郎が知るのは、もうしばらくしてからのコトであった。

 






 
<続>





 感想は感想提示版にお願いします。
















 <その頃の舞台裏>




 お風呂、それは人が一日の汚れを落とし。

 体と精神をリラックスさせ、明日への活力を得る場所。



 ここ、麻帆良学園中等部女子寮――――大浴場「涼風」



 コノ場所も、女子生徒の憩いの場。

 そして、明日への活力を得る場所として。生徒に親しまれている。
 
 その充実した内装は、並みの健康ランドを軽く凌駕するほどだ。

 

 何種類もの浴槽と共に、並々とお湯がはられ。

 濛々と真っ白な湯気が、裸体を暖かく包み。まだ、湯船に浸かっていない体を優しく温める。



 そう、それは本来。一日の疲れを癒す場。なのだが、






 「それー! やっちゃえー!」

 「あはは、ネギ君ちっちゃくて可愛い!」

 「おっきくしてよっか♪」

 「え……なるの?」 

 「わーん、やめてくださーい」



 なぜか、凄い逆セクハラの場と化していた。

 本当は。やけに落ち込んだ様子のネギを元気づける会、の筈だったのだが。




 「いや、さすがにやばいだろ………アレ」

 「アホばっかです」

 「あわわ………と、止めなくていいのかな」




 我関せず、とばかりに傍観している2人に。

 パニックになりつつ、のどかは相談するのだが。



 「ほっとけ。仲間だと思われたくない」

 「ク、クラスメイトですってば〜。一応」
 
 「じゃあ、おまえ止めるか? あのギャグ集団を?」



 千雨の言葉に素早く首をふる、夕映とのどか。

 シークタイムゼロセコンド、脊髄反射で答える2人の判断に、千雨の頬が軽く引き攣っている。
 


 「いや、言っといてなんだが。………そんな嫌か?」 

 「クラスメイトというのは事実ですが、流石に逆セクハラする人達と一緒にされたくないです」

 「えっと。ああなった皆さんを止めるのは無理かな〜。と」



 2人の言い分に、苦笑いしながら「そりゃそうか」と答え。


 
 
 「だが。今、風呂からでるのも………少し恐えぇし、な」

 

 そう言いながら、脱衣所を見る千雨の言葉に2人は頷いた。

 3人の視線の先にある、脱衣所。

 そこには、なぜか。黒い瘴気が見えていた。





 ◇



 闇が蠢く黒い瘴気。その中心には一人の少女が戦いを始めようとしていた。

 彼女にとっての戦い。女にとっての聖戦。

 ………それは。




 「――――――重いです」

 「そうですね」 

 「―――――ッ!」 



 桜さんの言葉に、冷静なコメントがはいり。

 思わず漏れそうになった笑い声をかみ殺す。

 ギロリと睨まれても、少しも恐くない。たら、恐くない。

 


 「く、なんで同じ時期にダイエットを始めたはずなのに。ネカネさんだけ」

  
 

 そう、今の私は勝者。

 ダイエットを始めて、僅か数日。

 桜さんの体重は■キロ、私は□キロ。

 ここに、明暗がものの見事に分かれた。



 ニヤリと笑う黒い影。

 そう、あの恐い影。

 アレは、確かに恐い経験だったけど。

 影は私から余分な肉を吸い取り、桜さんに分け与えた。

 つまり、私が減った体重分。桜さんの体重が増えたわけで。




 「―――――納得いきません!」




 悔しそうに、呻く桜さん。でもソレは正しい世の法則です。

 他人から何かを略奪すれば、自分のモノになる。

 ソレが今回は脂肪だっただけ。


 江戸の仇を長崎で。では無いけど、



 試合に負けて勝負に勝った。なんか嬉しい私。目標体重を遥かに下回る快挙です。




 「ですが、桜。体重は増えましたがウエストは変わっていないんですよね?」




 ――――ナンデスッテ?


 

 勝利の高揚感を消し去る。ライダーさんのクールな御言葉。

 


 「え? そ、そうかな」

 「失礼」

 「うにゃ!?」




 両手で軽々と桜さんを持ち上げ、腰周りを掴んでいる。


 
 「やっぱり。ウエストは変わってませんが、また………が育っていますね」
 

 
 ………どこでしょうか。

 というか、ウエストを測るのに持ち上げるという大胆さがライダーさんらしいです。

 


 「え、そう?」

 「桜。体重が増えているのに、どのサイズも大きくならない。などという異次元的な事態は通常ありません」

 「う、やっぱり? ウエストはきつくなってないのに、最近………胸が」



 く、なんでしょう。女としてこの屈辱感。

 胸から太るなんて、なんて羨ましい。


 で、でも。わたしだ………って? あれ?



 「桜、ダイエットというのは正しくやらなければ意味がありません。貴女は自らの武器を自覚するべきです」

 

 そう言いながら、私のほうをみて。

 ふっと笑うライダーさん。今の貴女は私の敵です。




 「え? ネカネさんはダイエットが成功したんじゃ」

 「急激なダイエットは、余分な脂肪。まず胸から減ることが多いのです」
 
 


 そう言いながら、チラチラ蠢く魔眼は、私の胸にロックオン!

 く、屈辱です。したくて急激なダイエットをしたわけじゃありません。


 むしろ、強制的に地獄に落とされたんです。

 怖かったんです、恐かったんです、コワかったんです!

 あの黒いドロドロ、本気でコワかったんです。

 むしろ、あの恐怖でダイエットなんて2度とごめんです!




 というか、お腹まわりの余分な脂肪だけでいいのに。



 ―――――なぜ、胸まで持っていくんですか!? 





 「またサイズが合わなくなっちゃうのかな………このサイズになると可愛いのが少なくなるのに」

 

 ライダーさんの言葉を聞こえない振りして、話題を逸らそうとする桜さん。
 

 あーそうなんですか。桜さん。貴女も私に喧嘩を売ってるんですね?

 ダイエット失敗して、ウエストそのままで巨乳になるなんて聞いたことありませんよ!




 「そうですね。大きくなると………タレルっていいますよね♪」
 
 「―――――くっ」



 ――――ピシィと固まる桜さん。
 
 なにやら、頭をゴンゴンと体重計にぶつけている。

 やっぱり気にしてたんだ。大きすぎるのも問題です。




 「ネカネ。貴女はもう少し言葉の威力を理解すべきです」



 悔しそうに顔をゆがめるライダーさん。我がことのように悔しがっています。




 ふふふ。理解してるから、攻撃したんですよ?
 
 そもそも、本当は貴方達2人が受ける筈の攻撃だったんですからね?

 そうすれば、私の胸も盗られなかったんですよ?





 「強くなるのです、桜。士郎を誰にも取られないために」

 「………ライ、ダー………?」

 「胸が痩せたくらいで、落ち込んでいる魔法使いに負けないぐらいに」

 「ラ、イ、ダー………」
 


 何気に酷い事を言ってますね、ライダーさん。

 言っておきますが、私の胸は痩せたんじゃなくて盗られたんです。

 というより強奪です。脂肪はいいですから、胸だけ返してください! 
  



 「そういえば………ライダー。体つき、全然変わらないわね?」



 そ、そういえば!

 私と桜さんがダイエットに励んでる間も。

 平気な顔してお酒を飲んでました。



 「私はサーヴァントですから」
 
 「だから――――?」

 

 桜さんと2人。ライダーさんを凝視する。

 

 「………太りもしませんし、背も伸びません」




 ――――ピシィ。

 効果音つきで石になる私達。


 ライダーさんの魔眼より、遥かに効く石化の呪文です。




 「ネカネさん。頑張りましょう―――――」

 「桜さん。頑張りましょう―――――」 
 



 そして、石化がとけた瞬間。手を握り合う私達。

 強大な敵、否。女の敵、ライダーさんを前に私達の心が一つになる。

 

 私は小さくなった胸を取り戻すために。桜さんは増えた体重を減らすために。



 ■ 


 だが、2人にとって。この数日間はまさしく苦行であった。

 本来『美味しいものを思う存分食べたい』と思うのは人が誰しも願うコトだが、美容を志す女性にとっては………。

 特に最近、美味しいモノを食べていないにもかかわらず。 

 桜は、体重が一気に■キロ増えた。

 


 そして、ネカネも。

 恐い思いをしてまで手にいれたダイエットが、胸が小さくなるという悲劇に終わってしまった。
  

 

 故に、2人がこれから始まる苦行に。心を痛め。

 ストレスがMAXになったとき。




 「ネギ君のエッチー!」

 

 哀れな、生贄の声が聞こえた。





 ◇





 「ネギ君のエッチー!」

 「おませさんなんだからー♪」  
 
 「え、え? ぼ、僕。何もしてませんよ?」



 いきなり擦りつけられた、痴漢の汚名にネギは驚くが。

 そのネギの声を無視して、白い影が蠢く。


 白い影がまき絵のふとともを、なで上げた瞬間。





 「もー、ネギ君そんなとこ触ってー。捕まえた!」  

 「ええっ!! ナンノ―――――」 



 コトですか? とは言葉が続かなかった。

 

 「ネギ君、楽しそうだねー♪ 私も混ぜてくれない♪」 



 そう言いながら、ネギを掴む黒い影。

 楽しげな声にもかかわらず、今日もとっても殺意に溢れる桜さん。

 まだ少しブラックが残ってます。 



 「桜さん? い……いえ、コレは……デス、ね」  

 「ネギ、言い訳なんて男の子らしくないわよ?」



 そして、ネギの言い訳すら握りつぶす黒い影。

 白かった魔法使いが、すっかり黒く染め上げられたネカネさん。

 今日も元気に黒化中。ちなみに昨日、見捨てられた恨みもあったりします。


 
 「おねえちゃん!? いや、だから………」



 ネギの言い訳をこれっぽっちも聞いてない2人は。

 ダイエットの恨みをココで晴らす。とばかりに、黒くなっていく。


 ちなみに完全な八つ当たりです。



 
 

 そして、桜は気がついていないが更なる増量の危機。

 ネカネと更にネギの体重までプラスされては、夢の■キロまであとちょっと。

 そして桜の増量を影で喜ぶ、白かった魔法使いネカネさん。先ほどの友情はどこにいったのか?



 だが黒くなった2人は、まき絵の声で新たな犠牲者を見つけた。



 「あれ? ネギ君があそこにいるって事は、この太くて長い。毛むくじゃらのものは………」


 
 その言葉に、一同の視線がまき絵の手に集まる。

 そして、白い影がまき絵の手から逃げ出し。動き出した。



 「キャー、ネズミーッ!」
 
 「イタチだよー!」

 「ネズミが出たー!」



 犯人がネギじゃないと知り、パニックになる彼女達。

 そして、パニックになった彼女達にコレ幸いと。水着を脱がしまくる白い影。


 言わずと知れた、オコジョ妖精。カモだったりする。

 ある意味、男の夢を満喫するカモだったが。



 「――――あら、カモさんだったんですか♪」



 その優しげな声と共に、カモの足に何かが絡まる。



 「え、あれ? さ、桜の姉さん!? 何でココに?」

 「ネギ君に冤罪をなすりつけるなんて♪ ―――――以前のコト、少しも反省してないんですね?」 

 「い、いや、姉さん。それは誤解ですって! 前のコ……モガ……ム……」 
 



 カモが何か喋ろうとした瞬間、そうはさせないとネカネが口を塞ぐ。



 (あねさん?)

 (ここで、罰を受けときなさいカモさん。後で助けてあげるから!)

 (いや、でも………)

 (誰のおかげで脱走できたと思ってるの?)




 アイコンタクト終了。

 カモの脱走を、ネカネさんが計画してたりします。
 


 (つうか、俺っちが捕まってたのって。姉さんのせ………ッガ―――)



 最後のアイコンタクトもなすことができず。影に飲まれるオコジョ妖精。

 ストレスが発散できたと、ニッコリ笑う黒い魔女。



 そして、ありえない世界に。すっかり怯えている、3ーA女生徒。下が濡れてるのは【湯気】か【お湯】に違いない。



 (なんで、俺っちがー!!)
   



 最後に声にならない叫び声をあげて、カモは意識を手放した。





 ◆




 「―――――っはぁ!」 

 「あっ、気がついた。大丈夫? カモ君」




 暗い、闇に墜ちた後。

 俺っちの意識が戻った。アレは夢じゃない、間違うはずがねぇ。




 「ネ、ネギの兄貴。俺っち、………生きてるんですね」 
 
 「う、うん。生きてるよ、足もついてる」

 


 目の前にはネギの兄貴、心配させちまいましたね。スイマセン。

 でも。大丈夫ですぜ、俺っちはもう元気です。


 ネカネの姉さんに頼まれた仕事の為に。これから兄貴と共に生きていきやす。


 

 「―――――ほう、気がついたか」

 


 ネギの兄貴と感動の再会を喜んでいると。

 すぐ傍から………とても冷たい声が聞こえた。
 
 やばい、ひょっとして。
 



 「あ、兄貴。つかぬ事をお伺いいたしますが、マサカここに、衛宮の旦那は………」



 俺っちの言葉に、コクリと頷く兄貴。そうっすか。いるんすか。

 桜の姉さんがいるから、いるとは思ってたんですが。



 「―――――――く、故郷へ帰らせて頂きま………ヒィ!!」



 ダッシュで後ろを振り返らずに逃げ出す俺っちの前に、銀のナイフが突き刺さる。

 つうか、何本かはひげを切り裂き。頬をカスってる!



 「だ、旦那! 聞いて下せぇ。あ、あれは」 

 「――――――」



 俺っちの言葉を完全に無視して、フォークを構える赤い奴。つうか、旦那? 何で左手には調味料なんて持ってるんで?



 「旦那! ウェールズでのことは誤解なんでぇ………ヒィ!



 俺っちの言葉を無視して、フォークが刺さる刺さる刺さる。

 俺っち、避けるよける逃げる。旦那、嗤う哂う笑う。机、砕ける砕ける。



 ――――って、机!?

 
 何考えてんっすか、旦那!




 (ネカネのあねさん! 助けて下せぇ!)



 何時死んでもおかしくない攻撃に、俺っちは共犯者にアイコンタクトを送る。




 (ごめん、無理! カモ君、死んで)

 (そ、そんな!)



 だが、共犯者から送られたメッセージは冷たい拒絶。

 あ、あねさん! そりゃないっす。


 
 (い、言われたとおり。衛宮の旦那に下着ドロの汚名をきせたじゃないっすか!)

 (うーん。でも、今は必要ないのよね。だからごめん、死んで)



 り、利用されたー! 桜の姉さんに適度なストレスを与えるのと。

 衛宮の旦那に余計な女をつけないためだって言うから、協力したのにー!

 か、かくなるうえは。




 「だ、旦那。それに、桜の姉さん。俺っちは利用されただけなんでさぁ!」
 
 「ほう。この期に及んで、まだ白を切るとはいい度胸だな。そのヘタレさに免じて、一撃で殺してやる」
 


 やばいこの人、日本語通じてないっす!

 指を鳴らしながら近づいてくるっす!

 つうか、背景が黒いっす。なんか妙な黒い泥まで見えるっす!

 かくなるうえは。オコジョ、18の特技のヒトツ。




 ―――――早口言葉!




 「旦那、実はネカネの姉さんに、衛宮の旦那に下着ドロの汚名をきせろと命令されたんでさぁ!」

 「―――――」
 




 言った!

 これで、真犯人がわかったはず。衛宮の旦那も俺っちが無実だと………。




 「――――ほう、今度はネカネさんに冤罪をなぁ。いい度胸だな、カモ!」

 「だ、旦那。違うんでさぁ、コレは本当の………」

 


 
 そう言いながら、チラリとネカネの姉さんを見ると。

 


 ―――――計画通り!

 って、顔で笑ってやがる!


 マジか!? ここまで計画してたんかい、このあねさん!?



 もう後を振り返る必要はない、最早息の続く限り逃げるの―――――み?


 って、あれ?

 なんか、手足の感覚が鈍いというか。

 ギリギリと頭痛がしてるんっすけど……?




 「……う……なんすかコレ、なんか――――」


 マトモに立っていられない。

 というか、動けない。

 
 眩暈というか、重度のアルコール中毒というか、トリップしてるような………。

 

 「さ、桜のあねさん。ひょっとして……」

 

 幻覚の魔法でも使ったんすか? 

 と、質問しようとしたオイラをみて、ニンマリ哂う黒い魔女。

 その笑みで全てを理解するオイラ、こと今日の生贄。



 「カモさん? 先輩に、不名誉な冤罪をなすりつけた貴方に………私が何もしないとでも?」


 
 そう言いながら、ゆっくりと近づく重い足音。

 ドシン、ドシン。と、一歩ごとにオイラの身体が跳ねている。

 
 

 「ふ―――うふふ。私の先輩にそんな罪をきせるなんて。いくらネギ君の友達でもちょっと見過ごせないですよね♪」



 やばい、ヤばい、ヤバイ。

 わざとらしい独り言には、危険なほど殺意が詰まってるっす!



 「さ、桜さん。あの……」

 「ネギくん? ………一緒に―――死にたいのかな♪」

  
  
   
 止めようとしてくれたネギの兄貴に、ニッコリ笑顔の桜のあねさん。

 ライダーのあねさんを超える迫力に動けなくなるネギの兄貴。
 
  

 「あ、あねさん。どうか落ち着いて」

 「調理方法ですか? 安心してください………最悪でも丸呑みしてあげますから♪」

 

 オイラの言葉なんざ、聞いちゃくれません。


 桜のあねさんは、どしん。と大地を震わせて、オイラを摘み上げた。



 「最後に、言い残したいことはありますか♪」
 
 

 ぎろりと睨んで、最後通牒を突きつける桜のあねさん。

 覚悟を決めるしかないと解って、ビクビク痙攣するオイラ。オコジョ妖精カモミール。



 目の前にいる桜の姉さんはさながら闇の鬼子母神。

 愛する男のためなら、喜んで人を殺しそう。

 
 顔は笑顔なのに、決して笑っていないその目が恐い。
 

 
 顔面から脂汗がダラダラ流れ、下に池を作る。マズイ、とてつもなくマズイっす。

 打開策を求めて思考が走りぬけ、シナプスに雷光が奔る。

 身体は動かない。ここは言葉だけで何とかするしかない。



 オコジョ妖精と生きたオイラ。全ての英知を使った魔法の言葉。




 「じゃ、じゃあ。最後に一つだけ」

 「―――はい♪」 

 「おいら……いいダイエット方法を知って『さようなら、カモさん♪』………え、ヒィ!! 」





 な、まさか全女性を惑わせる魔法の言葉が効かないなんて!

 恐るべき、闇の鬼神母神。
 

 まさか、こっちにきて初日にデッドエンドなんて………。

  

 ああ、時が見える……。


 

 
 



 


 ◆





 「―――――っはぁ!」 

 「あっ、気がついた。大丈夫? カモ君」


 
 唐突に目が覚めた。

 急かされるように、時間を確認すると……。さっきの時間から僅か五分後。



 あれは夢じゃない。それだけは解ってるのに。冷や汗がとまらないっす。



 「ネギの兄貴……オイラ。生きてるんすよね?」

 
「………うん」 



 兄貴?

 なんで、そんな小さな声なんで?

 兄貴に訊こうとした瞬間。ガシリと掴まれるおいらの肩。



 ………。理性が、本能が。振り返るなと、俺っちに知らせる。

 

 「カモ、知ってるか?」
 
 

 し、知らないっす。知りたくないっす。


 

 「――――――拷問っていうのはな。助かったと思った瞬間に、もう一回やるのが効果的なんだ♪」

 
「………ッ。イ、イヤアァァァ―――!」




 その日、明け方まで小動物の悲鳴が途絶えることはなかったという………。 










 
≪デッドエンド?≫

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