――――――――星が綺麗な夜だった。





 目の前に広がっているのは、幻想的な光景。

 舞い落ちる桜と、幻想が光り輝き。

 その中で醜い鬼が人間に戻っていく。



 それは、何時か見た絵本のような光景。




 それを遠目に見ている二つの影。

 その片方が小さく嘲笑う。



 「見事なモンやな、まさかこんな手があるとは。さすが………」
 
 ………偽善者の魔法学園。 




 その言葉に、小さくうなずく影。

 


 「それで、これからどうするんだい?」 

 「なにがや? 解り易くゆうてくれんか」
 
 
 

 その言葉にかえすのは、あまりに平坦な言葉。
  



 「予想が違えた以上、次の策にいくべきだろう?」

 「そうやな、………ホンマならどっちでもよかったんやけど」

 「そうだね、どっちでもイイというのなら。――――今回のコレは失敗だ」





 リョウメンスクナの縁故。

 彼らが殺されようと、浄化されようと。…………この学園を呪いで穢そうと。

 どちらでもよかった。



 元々、妖気が実体化したことなど単なるアクシデント。

 故に、失敗しようが成功しようが。こちらの懐は痛まない。



 縁者が殺され、その事実を知ったリョウメンスクナの怨嗟をより強固なものとする。

 封印を解くきっかけになれば、儲けもの。

 ならなくても、封印を解いた後に………できるコトがある。

 
 
 そして、呪いでこの学園都市が穢れても怨みをはらせる。


 

 どちらに転んでも、こちらには都合が良かった。

 だが、リョウメンスクナの縁故は。
 
 村人達は【自分から成仏して】しまった。
  
 

 
 これではリョウメンスクナの怨嗟を利用できない。
 
 結果、リョウメンスクナの復活は遅れ。怨嗟による汚染にも失敗した。



   
 
 ならば、この計画は失敗だと言っていい。

 だが、本来の目的は達成した。




 この場所に紺青鬼を召喚。

 そして、リョウメンスクナの関係者達が怨んでいたという事実。

 なにより紺青の鬼の【モト】は殺されたのだから。

 コレだけが元々の目的。





 もう、『道』は出来たのだから。



 「どうする? 大停電に攻め込む部隊に参加するかい?」

 

 メンテのために学園都市はこの時期、停電になるという。

 攻めるには絶好の機会、そして。




 「――――――天ヶ崎千草。今、君を殺せるものはココにはいないよ。もちろん………」




 殺されるコトこそ、…………君にとっての復讐なのだろうけど。



 

 「それじゃ、つまらんと思わへんか? 第一、ネギ・スプリングフィールドも死んでしまいますぇ?」

 「なるほど………それは困るね」




 そう、これは何度も言われている事。

 ネギを殺すことは許されない。

 そして、




 「それに、ウチの復讐はそないな単純なモノじゃありまへん」
 
 「じゃあ、戻るのかい?」

 「いや。少しイタズラしてからやな。それに今回のコトで学園の魔法使いはどうでるか? 面白いと思いまへんか?」




 今回これほどの大事件のモトになった、鬼。

 その力を彼らはどう思うだろうか?



 恐れないだろうか?

 警戒しないだろうか?


 

 ―――そして。



 この国の権力者達と同じコトをするのか?

 自分達をまつろわぬ者。

 土地を征服するに邪魔であった者。

 朝廷は彼らを人間とは認めず、鬼や妖怪、熊襲、国栖(くず)。

 異形の名前を与えて、排除してきた。

 この国の権力者と、同じコトを考えさせることができれば。




 「――――鬼を使役する関西との溝を深めるコトができれば」



 そういった意味では、この騒動も決して無駄ではない。

 最低限の目的は果たすことができる。

 上がいくら協調路線を考えようと、現場がこの恐怖を忘れない限り。

 東と西の軋轢は必ずおこる。

 

 いや、軋轢を起こしてみせる。

 あの大戦で死んだ者達、父と母を殺したヤツラと平和に生きるなど決して許さない。

 


 「そのために、ウチは………こんな身体になったんや」


 

 そう言って、小さく腹を撫でる天ヶ崎千草は。

 その言葉と共に、もう一度彼らを見た。



 光に包まれて、眠っていく村人。

 その様子をどこか羨ましげに見た後、

 

 

 「まだ。終わったわけじゃありまへんぇ」


 
 そう小さく嘲笑いながら、彼らは………消えていった。
 










 遠い雨   24話







 「――――――子供?」




 次の日、放課後。

 衛宮士郎宅では、エヴァンジェリン達と士郎達に加えて学園長とタカミチが神妙な会話をしていた。



 その会話にネカネとネギ。それにライダーは不思議そうな顔をしている。



 「ああ、間違いない。あれは子供だ、コイツも衛宮桜もみたと言ってるしな」





 眉をひそめた学園長とタカミチに話を続ける。






 「最後に妙なコトを言って消えた子供がいた、これは間違いない」  
 
 「しかし、ネカネさんやネギ君だけじゃなく。ライダーさんにも視えなかったというのかい?」

 




 くわえタバコで、首をひねっているのはタカミチだ。

 魔眼持ちで、人より巨大な力をもつ英霊。

 彼女が視えないモノをエヴァンジェリンはともかく、桜と獏が【視えた】ということがおかしい。


 桜や獏の能力がライダー以上とは、どうしても思えない。




 学園長も同じ意見なのか、3人をもう一度視ている。

 いや、3人というより。

 助け出したという【獏】をみていた。 



 とても弱く、それでも学園を危機に陥れる事ができたモノ。

 そして学園を救い、鬼を人間に戻したモノ。

 人形に籠められた姿は、今では人間の姿とあまり変わりがない。

 


 体格は中肉中背、容姿は薄ぼんやりといえばいいのか。
 
 不思議な雰囲気の男だ。おさまりの悪い黒髪を時折うっとうしげにかきあげている。

 どう見ても、一般人と変わりがない能力。

 だが、彼にはライダーさんに視えないモノが【視えた】

 エヴァンジェリンや桜と同じように。




 
 「そして、桜君はそれが以前から視えていた………と。なんとも不思議じゃの」
 
 「確かに不思議だが、この3人の共通点を探せば解ることだ。それに………」

 「なんじゃ?」

 「大体、予想はつく。詳しく調べてみるが多分、間違いないだろう」 




 そう言って、エヴァンジェリンは小さく微笑んだ。

 3人の共通点、そして儀式の時しか視えないこと。

 ここから、推測できる事実。

 
 
 「ふむ、教えてもらえんかのう?」

 「もう少しまて、まだ可能性の話にすぎん。それにリョウメンスクナのことを話さなければならないんじゃないか?」

 



 その言葉に、学園長は小さく眉を顰めた。


 


 「とは、言ってものう。1600年前となるとのう」

 


 2度の大戦で、いくつかの貴重な書籍は消失した。
  
 さらに、もし【夢】が事実だというなら。

 時の権力者が、そんなものを記録として残す筈がない。

 

 

 「………そんな、昔のことより。リョウメンスクナが復活する可能性はないんですか?」





 脱線しそうな話を戻したのは、士郎だった。

 昔、どんなことがあろうが関係ない。

 それより大切なのは、今。

 危険がないのか、確かめること。

 今回、リョウメンスクナの縁故が使われたということは。

 なんらかの形で、リョウメンスクナを復活させようとしているのではないか?

 そう疑うのは当然といえた。





 「ふむ………18年前にも一度暴れてのう、近衛詠春、ナギ・スプリングフィールドが封じたんじゃが」




 その時は暴れるだけで、そんな過去があるとは誰にもわからなかったらしい。

 言葉が通じない以上、力づくという方法で封印するしかなかった。




 「まさか、そんな過去があったとは。信じられんのじゃよ」

 


 悪だと信じて、封じたもの。

 それが、作られた悪だとしたら。

 どうすればいいのか。マギステル・マギとして、彼をどうすればいいのか。




 「すいませんが、そんな事より復活の危険性はないんですか?」



 過去の反省より、今なにをすればいいのか。

 それを考えるのが先だ。



 「いや、すまん。つまりナギ・スプリングフィールドが封印した以上、心配ないと言いたかったんじゃ」




 そう、それは考えてみれば解ること。

 現在、真祖の吸血鬼。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルを封印しているのは。

 ナギ・スプリングフィールドの呪い【登校地獄】




 リョウメンスクナとエヴァンジェリンを封印したのは、サウザンドマスター。

 ナギ・スプリングフィールドだ。

 そして、その呪いをエヴァンジェリンは―――――単独で解く事ができない。


 


 エヴァンジェリンは、単独では【登校地獄】の呪いを解けない。

 そのタメに必要なもの。

 スプリングフィールドの血縁の【血】がない限り、呪いは解けない。






 エヴァンジェリンでさえ、解けないサウザンド・マスターの呪い。

 そして能力だけなら、エヴァンジェリンはリョウメンスクナに勝てるという。

 エヴァンジェリンより能力の低いリョウメンスクナが、単独でサウザンド・マスターの封印を解けるはずがない。

 


 つまり、エヴァンジェリンの呪いを解けるレベルの術者でない限り。

 リョウメンスクナの呪いは、解けないということである。




 術者としての能力。

 学園長ですら、エヴァンジェリンの呪いは解けない。

 ナギ・スプリングフィールドの呪いを、解けるとしたら。




 少なくとも、学園長以上の能力を持ち。

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの呪いを解ける。

 そのレベルの術者でなくてはリョウメンスクナの呪いは解けない。  




 「………魔力と能力が相当なレベルでなくてはならん。現実、不可能じゃろう」

 「あるとすれば、巨大な魔力をもった人間と相当な知識を持った術者が協力した場合ぐらいかな」


 

 例えば、木乃香を誘拐してガソリン代わりに使うなどの方法で。

 とは、ネギの手前いえなかった。

 第一、木乃香の魔力を使うとはいえ、

 学園長以上に、魔法を使える人間がいるかどうかすら怪しい。

 ならば、不安を煽るようなことを言うべきではない。


 
 「とりあえず、警戒するに越したことはないということですか」

 「そうじゃのう。それより、リョウメンスクナを救う方法があるのなら考えたいんじゃが」


 

 その言葉にタカミチは小さく肯く。

 マギステル・マギは困った人間、モノを救う。

 コレが決まり。もし、過去そんな過ちがあったのなら。

 今を生きる自分達が正さなければならない。




 かといって、今すぐに封印を解いて。

 過去のように、大暴れされては意味がない。




 「じゃが、なんにしてもまずは事実確認じゃ。士郎君たちは大停電のあと千光寺に行って欲しい」

 「千光寺………ですか?」

 「うむ、岐阜県にある寺での。リョウメンスクナが開山したと言われている寺じゃ」

 「そこで、伝承を探れと?」




 士郎の言葉に、学園長は小さく肯きながら答えた。

 飛騨では、未だにリョウメンスクナを救国の英雄とみている伝説は多い。

 ならば、そちらから事実がわかるかもしれない。

 スクナが善性の妖怪、もしくは神であるなら。

 夢が事実であるなら。

 その伝承から、なにかヒントが見つかるかもしれない。



 
 
 「本来なら、タカミチ君にお願いするんじゃが。この後、海外に行く予定での」

 「ですが、伝承を確かめた所で………」

 「できることがあるかどうかは解らん、じゃがほっとくわけにはいかんじゃろう?」



 
 それは、正しいこととは思えない。

 死んだ人間、もう封印された鬼神の過去を知ったところで意味など無い。

 そんな暇があるのなら………生きている人間を救うべきだ。

 死んだ人間より、生きている人間。

 どちらを大切にするかなど、決まりきっている。

 それでも、




 「解りました、では停電後に出発します」


 

 今、所属している組織。そのトップの言葉に逆らうわけにはいかない。

 正しいとは思えない、だが。

 間違ってるわけじゃない。

 正義の魔法使い。マギステル・マギならそんな考え方もあるのだろう。




 「ところで、その視えた子供のことを詳しく聞きたいんだが………桜君は今、話せるかな?」

 「すいませんが、今は」





 そう、今は桜を人に会わせるわけにはいかない。

 学園全体の呪いを【獏】を救うために吸収したのだから。

 桜の状態はとても危険だ。

 聖杯戦争での穢れよりは少量とはいえ、悪意の吸収に体がついて来れない。

 当分の間は、動けない日々が続くだろう。





 「そうか、お大事にと伝えてもらえるかな」

 「はい、ありがとうございます。身体が安定したら聞きますので」




 
 タカミチさんの気づかいに感謝し、小さく頭を下げた。
 
 桜がいない状態で、エヴァンジェリンと獏だった男から情報を聞き出す。

 リョウメンスクナのことは、とりあえず後回しだ。

 
 今、必要なことは。
 
 正体不明の子供、その意味を知ること。

 なのだが………。

 目の錯覚だろうか?

 さっきから、台所で動く物体が見える気がする。

 チョコチョコと、見えそうで見えない頭が………。 








 「―――――――難しいお話はそのくらいにして、少し小休止しませんか?」

 


 そう言いながら、台所から人数分のお茶を持ってきたのは。

 龍宮に教わった進入術で、勝手口から台所に侵入した人間。

 今、寮の部屋で寝ている筈の桜だった。




 


 ◇





 


 「―――――――難しいお話はそのくらいにして、少し小休止しませんか?」

 

 あれ?

 タイミング間違えたかな?

 話が一段落したと思ったんですけど。


 

 「ひょっとして、紅茶の方がよかったですか? でも学園長は日本茶だと思ったんですけど?」
 
 「い………。いや、――――ワシはこれで十分じゃよ。ありがたく頂くぞい」

 「良かった。部屋でクッキーも焼いてきたので、よかったらどうぞ」

 「う、うむ。………ありがとうの」





 その言葉に、イエイエとかえして台所にお皿を取りにいこうとする桜に、

 学園長とタカミチは不思議そうに顔を見合わせた。





 (ええと、………桜君は部屋で寝ている筈じゃなかったかの?)

 (僕もそう聞いてるんですが………。)




 どういうことかと士郎たちに視線を向けたが、全員固まっていた。



 まるで石化の魔法にでもかかったように、身動き一つしない。




 特に朝まで桜の治療をしていた、ネカネの目は真ん丸に見開かれていた。

 この話し合いが終わったら、もう一度様子を見にいこうと思っていたのだからなおさらである。
 


 他のメンバーも同様だ。

 昨日、あれだけ危険な魔法施術をしたのだ。

 少なくとも2〜3日安静にする………はずなのに。

 当たり前のように桜が動いているのだから、誰もが呆然としていた。




 そして、当然と言うか。

 誰より早く現実にもどれたのは、実際に治療をしたネカネだった。


 
 
 「―――――って、なにしてるんですか?」

 「ネ、ネカネさん。首! 首絞まってます」

 「そんなことはどうでもいいんです。なにをしてるのかと聞いてるんです!」





 桜に飛びつきガクガクと揺する、ネカネさん。首が絞まってることは、決してどうでもいいとは思えないのだが。

 そんなことは、関係ないとばかりに首を絞め続ける。

 

 先程までの、マジメな話を邪魔されたこともあるがなにより、衰弱した身体でこんな所にいることが許せなかった。





 「ひょっとして………クッキーより、和菓子のほうがよかったですか?」

 「違います! 誰がそんなことを言ったんですか」 
 
 「じゃあ、タイヤキで「バカにしてるんですか!」………く、苦しいです」




 心配していただけに、見当違いのコトを言ってくる桜が余計腹立たしい。

 ネカネは、桜の首をさらに締め上げようとする。




 「大丈夫です、ネカネさん。今回のクッキーはダイエット用ですから! 超包子で増えた体………ちょ、ちょっと本気で絞まってます!」

 「なにを言ってるんですか! 今はそんなこコト関係ありません」 



 そして乙女の秘密をさりげなくばらした桜に、少し本気で締め上げるネカネさん。

 笑顔がとっても危険です。

 殺意を感じてしまうほど綺麗な笑顔、なのだが。

 

 「――――――いい加減にしろ貴様等! いつまでもじゃれあってるんじゃない!」




 そこに響きわたる、エヴァンジェリンの一喝ですぐさま元に戻っていった。

 2人ともじゃれあってなんかいない、とブチブチ言っていたが黙殺される。

 エヴァンジェリンは更に睨みながら、腰に手を当て語調を強めた。


 
  
 「大体、こんなところでなにをやってる? 今はゆっくり休むべきだとあれほど言っておいた筈だ!」

 「でも、報告は早いほうがいいですし。それに………ほら、こうやって元気ですし」




 そういって、桜は首を小さくかしげながら胸の前で腕をたたみガッツポーズ? らしきことをしている。

 必死に元気ですとアピールしているが、

 アピールすればするほど、2人の怒りゲージは静かにMAXへ向けて上昇し続ける。

 
 

 なにしろ、アレだけの魔法施術。

 ネカネにとっても、危険であった魔法施術であるし。

 特にエヴァンジェリンにとって桜は、仮にも従者の命を救った恩人だ。

 相談をしながらも、先程から挙動不審で。

 どれだけ桜を心配していたか、わかるというもの。

 

 おそらくこの話し合いが終わったら、見舞いにでも行くつもりだったのだろう。




 ………それだけに。心配していただけに。

 目の前で、ヘラヘラしている桜をみていると妙に腹が立つ2人であった。



 

 「ともかく、とっとと戻れ。そして寝てろ!」

 「そうです、早く戻って休んでください」

 

 その2人の言葉に、桜は傷ついたように言葉を返す。

 

 「そ、そんな。痛い目にあったのは獏さんと私じゃないですか? 少しくらい………」

 「どうやら、――――もっと痛い目にあわなければ大人しくできないようだな」

 
 

 3人のやかましくも平和な会話に、冷たい声が割って入った。おそるおそる首を回すと。 





 「そこで、なにをしてるんだ。桜」



 

 優しくて、騒がしい筈の空気がその一言で更に凍りついた。

 その声を発した士郎はなにかに耐えるように、表情を引きつらせている。

 冷たい声がより怒りを感じさせた。


 


 「え、えっと。皆さんがいらっしゃると、ライダーから聞きまして」

 「念話でか?」

 「は、はい! そうです」

 「俺は部屋で休んでいろ、そう言ったはずだな。桜」

 

 士郎の静かすぎる言葉に、桜は「しまった」という顔で、桜はおずおずと声をかけた。



 「でも、みなさんが来てることですし。昨日の報告も………」 

 「動きすぎだ。すぐに部屋に戻って寝ていろ」



 キッパリと命令されて、先程までの元気もどこへやら。

 叱られた子犬のようにしょげてしまった。


 

 「―――――それじゃあ、あの」

 「なんだ?」

 「部屋に帰りますけど、その前にクッキーだけ持ってきますね。それぐらいならいいですよね、ね?」


 
 返事も待たずに、桜は台所へと向かった。

 士郎の傍にいないのが、そんなに寂しいのか?

 


 士郎は溜息をつくと、もう一度エヴァンジェリンに向き直った。




 「とりあえず、子供とリョウメンスクナのことだが」
 
 「ああ、うむ」

 

 エヴァンジェリンは首をかしげながら、どこまで話したか思い出している。

 会話がすっかり中断してしまった。


 

 「子供のことは、ある程度わかっていると考えていいのか?」

 「明言はできんがな。そちらでも調べてくれ」

 

 桜が俺達に言わなかった【子供】

 兄様という言葉。

 そして、………リョウメンスクナ。



 これらから考えられること。



 
 「その視えた子供は、リョウメンスクナの関係者か?」

 「その辺もまだ推測の域をでんがな」
 
 「まあ、そのあたりも千光寺で調べて欲しいんじゃが」 





 学園長の言葉に、士郎たちは小さく肯く。

 二面四手、巨躯の大鬼神。

 謎が多い鬼神。

 日本書紀では、飛騨国に現れ朝廷に背いて民衆を苦しめていたが、

 仁徳天皇65年、朝廷が差し向けた武将・武振熊命(たけふるくまのみこと)により退治されたとされている。




 だが、一方で。

 岐阜県、飛騨の伝承では救国の英雄として扱われている。
 
 双子の神という伝承もあるが、

 二面四手の姿で、過去に封印された以上。

 リョウメンスクナに兄弟はいないはず。



 だが、桜やエヴァンジェリンに視えたという子供は。

 「兄様」と言っていたらしい。 



 文脈から考えて、兄様とはリョウメンスクナのはず。

 それとも、鬼から人間に戻った霊の中に。

 その子供の兄がいたのか?


 
 子供にこだわりすぎだろうか?

 


 「どうも、スッキリしませんね」

 

 ライダーの疑問も当然だ。
 
 謎が多すぎる。 



 「簡単にまとめてみましょうか?」


 ネカネさんの言葉に肯くと、ネカネさんは疑問点を書き出してくれた。


 

 ◇桜、エヴァンジェリン、獏。この3人だけに視えた子供。その理由。

 ◇リョウメンスクナを救う方法。

 ◇相手の目的、それはリョウメンスクナを復活させることなのか?




 「簡単にこの3点だと思うんですけど」

 

 ネカネさんの言葉と、書き出された内容がどこか腑に落ちない。

 そう、なにか。

 

 今まで、ミスリードを何回もさせられたために疑り深くなってるのだろうか?

 

 
 
 紺青鬼の情報を漏洩させて、雷電を召喚したときと同じように。

 なにか、違うことを企んでいるような気がする。




 ――――考えすぎかもしれない。


 単純にリョウメンスクナの復活を目論んでいるだけなのかもしれない。

 それに、リョウメンンスクナの火力だけでも十分な脅威だ。

 

 こちらとむこうの世界の違い。

 魔法と魔術。

 火力で、リョウメンスクナを倒せるか自信がない。




 向こうの世界では。

 かつて魔術にしか、なしえなかった奇跡は文明の発達にともない、その代替品程度でしかなくなってしまっている。
 

 
 簡単に言えば、魔術で科学以上の効果を得られるものは少ないということ。

 


 現代の戦車、戦闘機レベルの攻撃力を持っている魔術はほとんどない。

 そして、サーヴァントはこちらから攻撃ができない戦闘機レベル。

 それだけでも、十分異常な能力だが。 




 だが、こちらの魔法は科学以上の能力を持っているものが多い。

 高位の魔法使い、この学園の魔法先生は戦車以上の火力を持つ。

 あの赤い弓兵の通常の一撃は、戦車砲に匹敵する力。

 宝具を使わなければ、魔法先生の一撃はアーチャー以上ということになる。




 これだけでも、この世界の魔法の威力がわかる。
 



 そして、俺の能力はアーチャーに劣る。



 火力が全てではないとはいえ、この戦力差はかなり厳しい。

 英霊なら、火力をスピードと戦闘経験で圧倒することは可能だろうが。

 俺に、それができるか。

 

 ………正直、自信がない。



 
 
 そして、リョウメンスクナの火力はイージス艦の5倍以上の火力といわれている。

 火力として、確かに恐ろしい力だ。




 勿論、戦闘は火力だけでするものじゃない。

 
 例をあげれば解る。

 よほどの馬鹿じゃない限り、アーチャーや俺がライダーに勝つために固有結界を展開する。


 こんなことを考えるのは、よほど頭が悪い人間だ。

 敵が最大戦力でこようと、相性の悪い能力で戦うなど愚の骨頂。

 ただでさえ詠唱が長く発動に時間がかかる固有結界を、敏捷で劣るアーチャーがライダー相手に使うなど正気の沙汰ではない。


 それと同じだが、ランサーとライダーが戦っても同じ事がいえる。

 

 ランサーは筋力B、ライダーも筋力B。だが、怪力スキルがあるライダーは一瞬の筋力においてランサーに勝る。

 そして、敏捷は共にA。細かい差異はあれどほぼ互角。

 そして宝具の威力。ランサーはB+だが、ライダーはA+。


 つまり、敏捷こそ互角だが宝具の威力、筋力。さらに宝具の数でもライダーはランサーより上である。


 だが、実際の戦闘。お互いに真名が解り、正面から戦った場合。

 ライダーはランサーに勝てない可能性が高い。


 火力、筋力で勝るにもかかわらずだ。



 常に冷静な判断をする、ライダーから聞いた話によれば。

 正面から、彼女ではランサーにはまず勝てないらしい。


 
 つまり、火力=戦力ではない。

 無論重要な要素ではあるが、それを超える相性のよさと戦術が必要になる。




 それだけに、ココでリョウメンスクナという名が知れたことが怪しい。

 本来、秘するべき情報が簡単に明かされた。



 ということは――――まだなにか。

 切り札がある気がする。



 リョウメンスクナの復活が目的。

 俺達にそう思い込ませること、それこそが【フェイク】なのではと。




 だが【フェイク】もしくは【牽制】といえど、リョウメンスクナの能力は脅威的だ。



 なにより。英霊以上の火力は俺にはない。

 あくまで、贋物であり。本来の担い手ほどの力がない。

 だとすれば、俺は。英霊並みの鬼神を倒せないということになる



 そう、サーヴァントではない。

 英霊本体である鬼神。

 それは下手をすれば、聖杯に呼ばれたサーヴァント以上の力を持っている可能性がある。


 なぜなら【本体】であるからだ。


 聖杯戦争のサーヴァントは、分身であり。該当するクラスに分けられている。

 聖杯に呼びだされ、クラスに分けられた姿。

 そのクラスでなければ、もっと強いのではないか? 

 そうおもわれるサーヴァントはいくらでもいた。



 例えば、ヘラクレス。

 彼の伝承で最も有名なのはヒュドラの弓といわれている。

 もし、奴がアーチャーとして呼ばれていたらどれだけ脅威だったか。

 もし。奴の宝具、ゴッドハンド【十二の試練】を備えたままアーチャーとして召喚されたら。


 考えるだけで恐ろしい。
 

 
 それがもし。サーヴァントではなく宝具をもった英霊として存在したら。




 英霊とは歴史や伝承に名を残す超人であり、聖杯戦争のように決められたワクに入れられたわけでもない。そのままの姿。

 更に。この世界の『住人』

 
 枝分かれした並行世界の英霊ではなく、この世界本来の英霊。

 

 異世界の同一の存在より、はるかに驚異的な力だと考えておいた方がいい。

 例えるならば、この世界のメドゥーサに。ライダーは勝てないであろうということだ。


 本来の世界の住人と、異世界の同一の存在。

 しかも、もう片方は本体ですらないコピーの体。

 どちらに抑止の力が働くかなど、自明の理だ。

 




 だが。

 それだけではない気がする。

 リョウメンスクナの復活。

 それ自体が、巨大な囮なのではないかと。



 

 「とりあえず、リョウメンスクナを救う方法を探すこと。それと京都の反対派の情勢を探るってことでいいかな?」

 「そうですね。視えない子供に関しては、エヴァンジェリンに心当たりがあるようですし」

 「………。念には念をいれてお前等も探っておけ」




 しかも、倒せるかどうかすらわからない強敵を助けるのが今回の目的。

 なにかに踊らされている気がする。

 そう、言葉にできない何かに。



 
 「とりあえず、先のことより目前の停電…………」


 
 ………を乗り切ることを考えようと、言おうとしたのだが。


 台所から、小さな叫び声と。

 ガッチャーン! となにかを派手にひっくり返したような物音に遮られた。





 「――――桜!?」


 
 

 ぎょっとして、士郎とネカネは立ち上がった。

 台所ではライダーは無力な為、目線で合図した後。

 2人は台所に、桜の様子を見にいった。




 台所では、桜が作ってきたというクッキーと割れた皿の破片が散っていた。

 そして床には、桜が倒れていた。




 「あ、あれ。………私、どうして?」



 桜の声に力はない。

 桜はぼんやりとした意識のまま。

 慌てて身体を起こそうとして、再び腰を落した。




 「桜さん!?」

 「馬鹿! フラフラじゃないか」



 士郎はそう言って、桜の肩を掴む。

 ………熱い。

 熱がぶり返したようだ。




 「だ、大丈夫です。ちょっとクラクラっとして、お盆ごとクッキーを落しただけで」




 のぞきこんだ士郎とネカネに、小さく笑いかけると。

 桜はそのまま、フニャリと床に身体を沈ませてしまった。





 

 ◆






 「うーん。気持ち悪いです」


 ベッドに転がって、桜はブツブツと呟いている。

 体調が悪いのに動いて倒れる。

 誰がどう見ても、自業自得なのだが。本人に自覚はないようだ。



 「当たり前だ、馬鹿。そんな身体で動き回るからだ」

 

 険しい口調で言うと、

 士郎は乱暴に掛け布団を、桜の頭上からひっかぶせた。


 

 「うぅ、病人なんだから。もう少し優しくしてくださいよぅ」


 

 士郎の冷たい態度に、桜もかなりおちこんでいる。
 
 

 とりあえず、すぐに休養が必要ということで。

 桜を衛宮宅のベッドまで、ネカネと共に運んだ。
 
 台所では、ライダーが壊れた皿とクッキーの後始末をしている。


 

 「自業自得です。病人なんですから、今度こそ休んでいてください!」



 ネカネは少しキツイ口調で言い捨てて、サッサと部屋を出て行った。

 かなり機嫌が悪いようだ。

 せっかくの治療を台無しにされたのと、昨日の感動を返して欲しい。

 そんな声が聞こえた気がした。




 「………大丈夫です、これぐらい。ちょっと寝たらすぐ起きられます」 

 「桜。今日はもう一歩もベッドからでるな」




 ベッドで、もごもごと。それでもなにか言おうとする桜に、士郎は冷たく言いわたした。

 士郎も相当、頭にきている。

 それをみて、桜は黙り込んでしまった。

 


 そのまま士郎は部屋をでようと、扉へと向かったのだが、部屋をでようとする士郎の手に何かが触れて立ち止まる。



 「先輩。………私は元気なんです」



 
 士郎が振り返ると、桜は彼の手を掴んでいた。

 桜は士郎の顔を見上げ。

 肘で上体を起こして、頭を持ち上げて言い募る。


 

 「いつでも、動けるんです」 



 それが、カラ元気だと。誰より理解している筈なのに。

 たった今、無理をしすぎて倒れたばかりだというのに。



 「………桜?」

 「大人しくしてろというなら、大人しくしてます………でも、約束してください」

 「―――――」
 
 「なにかあったら、教えて欲しいんです。黙って一人で何かしないでください」

 「桜……なにを」

 「今回みたいに………」


 

 ………私を、置いていかないでください。 

 そう、言外に伝える桜に。

 士郎は、怒りのあまり熱を持っていた頬が急速に冷たくなるのを感じ、




 「――――わかった」



 小さく呟くように答えた。



 「本当ですね、絶対ですよ」

 「約束する。だからゆっくり休め」



 その言葉に、桜はやっと安心したように。

 士郎の手を離し、枕に頭を落として目を閉じた。





 ◇




 部屋をでると、ネカネは士郎を待つように立っていた。

 腕を組み、士郎を横目で睨む。



 「子供みたいに、なんで部屋に戻らないのかと思ってたんですけど」

 「俺のことが心配だったようですね」



 士郎が動いた、今回の事件。

 桜の魔術特性が原因であり、学園や鬼となった人間を救うために行動した【獏】

 彼を殺そうとしたこと。

 それらを、桜に黙って一人で解決しようとした事を心配していたのだろう。

 

 「士郎さんの責任ですよ」  

 「―――――」
 
 「桜さんに何の相談もなく、あんなことしようとするから。不安になったんです」

 

 桜にとって、大切な以前の士郎。

 だが今の士郎は己の心を傷つけようと、学園の為に。

 いや、桜のために【獏】を殺そうとした。

 
 
 そうしない為に、強くなろうとしたのに。

 士郎の心を傷つけないために、強くなろうとしていたのに。

 なのに士郎は今回、桜をおいて【獏】を殺そうとした。

 そんな汚れ仕事は、桜に報せる必要はない。そうおもって。



 「お茶だ、オヤツだなんて、馬鹿みたいに騒いでいたのも【元気だから大丈夫】だとアピールしたかったんでしょうね」



 いつでも、士郎と共に戦う事ができる。
 
 今回のように、士郎が「本当は殺したくない」相手を救うことができる。

 例え誰かを救って、自分が傷ついたとしても。  

 それが、士郎が【本当に】望む事なら耐えられる。

 自分にも、出来ることはあると。



 一生懸命、アピールしたかったのだろう。





 …………。まあ、それで最後に倒れてしまっては意味がないのだが。

 ネカネの言葉に、小さく士郎はうなづいた。




 「わかってます。………2度とやりません」



 それは、2度と桜さんに黙って何かをしないということなのか?

 それとも、2度と巻き込まないという意味なのか。



 士郎はそれ以上、なにも語ろうとはせず。

 皆が待つリビングへと戻っていった。 







 ◇





 リビングでは、ライダーの後片付けが終わり。

 学園長とエヴァンジェリン達は帰った後であった。



 桜によろしく、と伝言を残していたとライダーに聞き。

 士郎はうなずくと、台所へとお茶の用意をしにいった。


 

 外はもう黄昏時。

 鳥が鳴き、夕暮れが空を茜色に染め上げる時。

 


 「――――――士郎さん、お聞きしたい事があります」



 
 そこに、何時になく真剣な顔をしたネギ君がいた。



 

 ◆




 窓から差し込む夕日が、少年の顔を薄い紅に染め上げていた。

 だからだろうか、ネギ君の顔はとても寂しそうで。



 とても泣きそうな顔に、見えてしまうのは。




 「ん。わかった、リビングでいいのかな?」




 真面目な話と思ったので、茶化すコトはせず。

 お茶を持って、リビングへと向かった。

 



 「――――――私達は、席を外しましょうか?」

 「いえ、ライダーさんやお姉ちゃんにも聞いて欲しいので」




 席を外そうとした2人を止めたネギ君は、俺の正面に座り。

 少し躊躇った後、話し始めた。




 「士郎さん。エヴァンジェリンさんが昔、賞金首だったというのは本当でしょうか?」

 

 
 いきなりの質問に、士郎は小さく眉を顰める。

 だが、嘘を言う必要はない。




 「事実だよ」

 「………やっぱり、賞金首なんですか」  

 


 その言葉を、ネギ君は噛み締めるように口の中でくりかえす。

 真祖の吸血鬼、600万jの賞金首。

 幾つモノ異名を持つ、【悪】と呼ばれる魔法使い。




 「士郎さん、もう一つ聞いてもいいでしょうか?」  

 「――――」

 「エヴァンジェリンさんとあの人は、本当に悪い人なんでしょうか?」






 

 ◇




 
 「エヴァンジェリンさんとあの人は、本当に悪い人なんでしょうか?」
 



 士郎さんは、僕の言葉に小さく固まっていた。

 でも、僕にはわからなかった。

 世間では【悪】と言われている魔法使い。

 魔法界では子供ですら知っている、伝説の【悪】


 

 ………。でも、そんなふうには見えなかった。



 最後まで、誰かを助けようとした【獏】さんも。

 その獏さんを、最後まで助けようとしたエヴァンジェリンさんも。

 2人とも悪人なんて、信じられなかった。



 だから、士郎さんに教えて欲しかった。

 


 世間がいくら【悪】だと言おうと。

 士郎さんが言うことなら信じられる。

 

 父さんと共に戦った人、あれから色んなコトを教えてもらった。

 優しくて、自分より他人を大切にして。

 そして、誰より。

 自分のパートナーである桜さんを、とても大切にしてる人。

 

 僕が父さんを目指すために、必要だと思える人。

 だから、士郎さんの言うことなら。

 信じられると思った。






 ◆





 夕焼けが、更に深く部屋に射し。
 
 カップに入れた茶を赤く染め上げていった。

 目の前にいるのは、ネギ・スプリングフィールド。

 かつて、サウザンドマスターと呼ばれた男の息子。





 「エヴァンジェリンさんとあの人は、本当に悪なんでしょうか?」





 正義を信じ、マギステル・マギを目指す少年。

 ココで、「違う」と言うことは簡単だった。

 彼らは【悪】ではないということは簡単だ。




 だが。



 「ネギ君はどう思うんだい?」



 俺の質問に、ネギ君は躊躇うように語り始める。



 曰く、悪にはみえないと。

 曰く、だが魔法界の噂、伝説。賞金首になった過去を知ると解らなくなると。

 何より。………自分の父親が封印したものが、悪でないはずがない。と。




 「解らないんです。あの時の光景が目に焼きついて、彼らが悪い人じゃないと思うのに………」

 


 それでも、魔法界が間違っているとも思えない、と。

 ネギ君は迷っていた。



 「だから、士郎さんに『あいつらは悪だよ』………え!?」



 だから、俺がネギ君に言えることは。………一つしかなかった。




 
 ◇




 士郎さんが何を言ったのか、理解できなかった。
 
 士郎さんがナニヲイッタノカ?




 「ええと。士郎さん?」

 「奴等は【悪】だと言ったんだ、ネギ君」 
 
 「え、え? でも………」
  
 

 なにを言ってるんだろう?

 だってそんな筈はない。
 
 士郎さんがそんなコト、言う筈ないのに。 



 「いいかい、ネギ君。奴等は何をした?」

 「え? だから皆を救うために………」

 「違うよ」 



 いつもは最後まで話を聞いてくれる士郎さんが、遮るように話し始めた。




 「奴等は誰も助けていない、それは結果論だ」

 「――――」

 「奴等、特に【獏】はもっと簡単に皆を助けられた。もし、先に学園外に出て。解呪をすれば、学園内は安全だった」




 それは、士郎が知らない事実。

 未来を変える事は許されない獏は、学園外に出れなかったということを知らない。

 もしでれば、未来は変わり。どんな災厄が起こるか解らない。  

 だが、それを【獏】は誰かに話すことは許されない。

 それ故の誤解。




 「だが奴は、死者を大事にして学園の生徒を危険にさらした。……もし、死者を見捨てればもっと簡単に学園の生徒は助かった」


 

 だが、それも一面の真実。

 歴史に【もし】はない。



 だが、もし。

 あの時、鬼となった死者を見捨てることができれば。

 学園の生徒も、【獏】自身も救うのは容易だった。




 「死んだ人間より、生きている人間のほうが大切なのは解るだろう?」

 「――――」 





 死者を悼むのもいいだろう。

 死者を弔うことも間違いではない。

 だが、生きているヒトを危険にさらしてまで、助ける必要などない。

 生きているヒトを犠牲にしてまで、助ける必要などないのだ。

 

 まして、助けるわけではなく。

 奴がおこなったことは、騙しただけ。



 ならば、奴がおこなったことに意味など無いと。






 「見るべき人が見れば奴がおこなったことは、【こう】言われたはずだ」

 「…………」  

 「生きている人間を見捨てて、死者を騙す為に動いた妖怪と」

 「………そんな!?」

 「エヴァンジェリンにしても、そうだろう。従者を救うために学園を危険にさらした【悪】だと」 




 そう、それは一面では真実だった。

 【獏】が鬼となった死者を見捨てることができれば、学園の生徒を助けるのはもっと容易だった。

 エヴァンジェリンが【獏】の考えを、無視すれば。

 【獏】を助ける為に、さっさと学園外に連れ去り解呪すれば。

 もしくは【獏】をさっさと殺しておけば。

 そうすれば、学園はもっと早く平和になり。

 

 ――――――桜も穢れを【吸収】して倒れることなどなかった。




 「じゃ、じゃあ。士郎さんは」

 「………ああ、奴等を『悪』として殺すつもりだった。そのための準備をしていた」 

 「―――――以前見た、ルールブレイカーですか?」
 
 「そうだ。【自己強制証文】自体を解呪すれば、奴等を殺せた」



  
 その士郎さんの言葉を聞いて、足元に視線を落とした。

 士郎さんの言葉は間違っていない。

 確かに、エヴァンジェリンさんも獏さんも。

 2人とも、生きている人のために。鬼となった死者を見捨てれば、桜さんは穢れなかった。
 
 学園の生徒達はもっと簡単に、救うことができた。




 「エヴァンジェリンも過去に【悪】をおこなったから、賞金をかけられた」

 「―――――」



 それも真実。

 だけど。

 士郎さんの言葉を聞くたびに、なぜか。………胸が痛かった。




 「俺は、隙があれば奴等を殺すつもりだった」



 
 士郎さんを目指すと決めた。

 士郎さんに戦い方を教えてもらい、いつか父さんの隣で戦う力を得ると決めた。

 

 ――――そう決めた筈なのに。

 

 「彼らは【悪】と言われるものだ、殺したところで誰も文句は言わない」




 士郎さんの言葉を聞くたびに、胸の奥が………ジワリと熱を帯びた。

 己が傷を負うことも恐れず、鬼となった人の穢れを吸収した【獏】の姿。

 その【獏】を救うために、行動したお姉ちゃんと桜さん。
 
 2人に頭を下げた、エヴァンジェリンさん。

 
 彼らは結果として、誰も殺すことはなく。
   
 ただ、静かに眠らせるために。

 鬼を人間に戻す為に、努力していた。




 その光景が。桜が散っていた光景が。彼らが守ろうとしたモノが。

 茶室で食べた、金平糖とその時みた【夢】が。

 ………頭から離れなかった。





 話は終わったと、士郎は部屋を出ようとする。

 もう、なにも言うことはない。

 その目がそう言っているように見えた。



 ネギの前を通り過ぎる寸前。

 ネギの口から低く、低く、声がもれた。



 「――――させません」



 通り過ぎようとした足が、ピタリと止まった。



 「今、なんて言ったのかな?」



 ネギがゆっくりとあげた顔の先には、ネギを見下ろす士郎がいた。

 何時もの優しい眼差しではなく、

 全ての敵は殺す。そう思えるほど苛烈な眼光であった。




 「――――させません。あの2人を殺すなんてコトはさせません」  




 声が震えていた。

 士郎の力は誰よりも、ネギが一番知っていた。

 しかも、この場にはライダーがいる。

 この2人に自分が勝てるコトなど、万に一つもないだろう。


 

 それでも。



 「ネギ君は奴等が【悪】じゃないと思うのかい?」

 「――――」

 「魔法界で、エヴァンジェリンは【悪】とされている。そしてその従者である以上【獏】も同じだ」

 「…………」

 「そして、俺自身も奴等を【悪】だと言った。ネギ君が彼らを【悪】じゃないというなら………なぜ、そう思うのか教えてくれないか?」

 



 それは、まだ10歳の少年に言える言葉ではなかった。

 いくら魔法が上手かろうと、成績が優秀だろうと。

 人生経験が浅い少年に、誰かを説得できる筈がない。



 それでも。――――ネギは止まるコトができなかった。




 「解りません。理屈も理論も解りません」

 「なら………」

 「それでも、彼らが。あの人たちが【悪】だとは思えない。僕には倒すべき【悪】に見えないんです」




 声が震える。歯がカチカチとなり、喰いしばることすらできない。

 憧れだった人。目指すべき強さを持った人。



 その人を無視して、……初めて会う【悪】を守る必要などない。

 それでも、ネギは止まれなかった。




 「―――――それに。あの鬼から人間に戻った人たちは」


 
 ………どうなるんだと。

 学園を攻めるために利用された、モノ達。

 彼らを助けたのに。 



 「ヤツラこそ、『悪』じゃないか?」
 
 「―――――」
 
 「ヤツラは学園を危機にさらし、生徒を危険にさらした。ならば………」
 



 ヤツラは『悪』だと。

 どんな過去があろうと、救われない生まれだろうと。

 悪をなしていいことにはならない。

 人に危害を加えていいという、法はない。

 ならば、自分達を害するものを救うなど。愚の骨頂だと。


 
 「『悪』を救うために【悪】がなにをしようと、同情には値しない」



 そして、悪を殺すことを躊躇わない。躊躇ってはいけない。

 故に、彼はもう一度言う。




 「―――――解ったかい、ネギ君。俺は【悪】を殺すことだけを考えていたんだ」 



 それは、最後の忠告。

 彼は躊躇わない、敵対するものには容赦などしない。

 

 
 「もう一度だけ聞く、ネギ君。君はどうするんだい?」



 敵対するなら、容赦はしない。

 桜の敵になるもの。それに与するもの。

 全てを殺す。

 それが、士郎の誓い。



 そして、この位置。

 室内で遠距離戦闘がメインの魔法使いにできることは少ない。

 ネカネは戦闘系でない以上、戦力にならない。

 

 第一ここには、ライダーがいる。

 単純な戦闘能力なら、士郎以上。

 そして、ネギの能力は士郎には遠く及ばない。
 
 

 そして、正義を志すなら。

 悪は討たなければならないのが、道理。

 そして、士郎の理論に反論することができないならば、それは相手の理論を認めたということ。


 戦闘でも、理論でも。

 ネギは勝てることができない。

 
 それでも。




 「―――――させません。彼等を害するというなら。士郎さんでも倒します!」

 「俺を倒す?」




 士郎だけではない、この場にはライダーもいるというのに。

 それは、かつての願いすら。

 裏切る行為だというのに。




 「僕には、彼らが悪人には思えない。あんな傷だらけで誰かを救うヒトが悪人のはずがない」



 
 それは最早、理論ですらなかった。

 彼に視えていたのは、ただあの時の【夢移し】のみ。




 「誰かのために生きて、自分を正義だと誇らずに。偽善だと笑えるヒトが悪人であるはずがない」


 
 自分が正義だと、誇って何かをなすヒトは多いだろう。

 だが、自分を悪だと言いながら。

 自分のおこないを偽善だと蔑みながら。



 誰かを救うヒトが、悪であるはずがない。




 「僕には、救われたように見えました。鬼から解放されたヒトは救われたように見えました」



 光に溢れ、散った桜が彩る【夢移し】

 光の中で笑っていた人たち。



 その呪いを全て受け入れ、暗い闇の中で死ぬ事を覚悟したヒト。

 妖怪に堕ちた獏。


 本人が何と言おうと。
 
 誰が彼を断罪しようと。



 「僕はあのヒトが悪だとは、思いません」 



 絶望的な状況。

 正直、逃げ出したかった。



 自分より遥かに強い存在。

 誰より強固な意志。

 完璧な理論。




 それに対抗するには、あまりにも僕の理論は穴だらけで。

 戦闘でも勝てない。




 「―――――俺とライダーに勝てるつもりなのかい?」



 それは最後通牒。

 勝てるはずなどない。

 勝算どころか、作戦すら考えていない。


 

 「―――――解りません」



 嘘だ。

 本当は誰より解っている。



 それが証拠に、体が震えている。

 恐怖に胃がせりあがって、吐き気が止まらない。

 手足が痺れて、頭が沸騰しそうなほど熱い。



 ―――――怖い。



 士郎さんがどれほど強いか。どれほど正しいか。

 正しいと思ったときにしか、剣をとらない人だと。

 誰より解っているのに。



 それでも、



 「あのヒト達を殺すなんてコトは、………させません」

 


 かつて目指した正義。

 憧れた強さから、離れるのだとしても。

 


 





 ◆






 ――――――それが、赤毛の少年がだした答えだった。


 

 目の前には恐怖に震える少年の姿がある。

 どんなに才能があろうと、まだ齢10年しか生きていない子供。



 俺とライダーなら一瞬で殺せる、弱い体。



 彼が俺を目指し、尊敬している事は知っていた。

 俺の先に、自分の父親を見ていることも。

 いつか父親と共に、過ごすことを夢見ている事も。




 “あのヒト達を殺すなんてコトは、………させません”

 

 
 
 それでも、彼は。

 初めて見た、【悪】を救うといった。

 
 夢を理想を、目の前で否定されても。


 
 かつての願いより目の前にいる、弱い悪を守る道を選んだ。



 
 「―――――――強くなったね、ネギ君」
 



 どれほど、葛藤したのだろう。

 どれほど、悩んだのだろう。

 

 だが、これだけは自分自身で気がつかねばならないことだった。

 誰かに諭されては意味がない。

 誰かに教えてもらっては意味がない。



 悪を殺すということも、悪を守るということも。

 同じ正義の………。いや、偽善の道。

 それでも、弱い【悪】を守るということはより過酷な茨の道だった。



 ならば、俺を否定できるだけの強い想いがなくてはならない。

 憧れを、夢を。

 否定できるだけの強い想い。



 中途半端な同情でもなく、誰かに言われたから信じるという曖昧さでもない。

 


 ―――――強い想い。

 だからこそ、彼等を信じるということは【自分で決めなければならなかった】



 
 ―――――――我を似せるものは生き、我を象るものは死す。




  
 中国のことわざだが、俺が目指さなければならない道でもある。 

 師の真似をしてるだけでは意味がない。

 師の考えに新たな創造を加えなくては意味がない。



 それはある意味では、師を否定しても。

 己を貫くということ。


 
 
 まだ、早いと思った。

 まだ、俺を真似るだけでいいと。



 だが、ネギ君は新たな道を選んだ。

 

 ――――――俺を否定することができた。



 否定されること。

 それは、師が弟子にできる最後の教え。

 師の考えを否定し、新たな一歩を踏み出すのが弟子の役目。




 魔法の才能がない。

 武術を極めた実績もない。

 そんな、俺ができる唯一のこと。




 彼を教え、諭す事などできない。

 技術を模倣するだけでは、俺と同じになってしまう。

 それでは、意味がない。
 


 ならば。俺にできること。………弟子が否定できる師となる。

 正しいだけの正論を、尊敬すべき師を。

 否定できるだけの心の強さを、ネギ君に持たせること。

 それが、俺が出来る最後の教え。




 できることなら。

 否定するなら、かつての俺を否定して欲しかった。

 

 全てを救おうとして、敵にさえ情けをかけた偽善者。

 獏と同じコトをし続けた、俺達こそを否定して欲しかった。



 だが、ネギ君はかつての俺達と同じ道を歩こうとしている。

 


 つくづく、俺には師の才能がない。

 せめて、ネギ君にはこんな道を歩いて欲しくなかったのに。





 ネギ君にそっと手を伸ばす。

 俺の手に、ビクリと震えていた。

 よほど怖かったのだろう。

 その目には、小さく涙が浮かんでいる。



 「もう、遅い。ゴハンにしようか?」




 優しく、ネギ君の髪をくしゃりと掻き回した。

 ネギ君は、少し不思議そうな顔をした後。

 やっと理解できたのか、俺を睨みつけて。



 「――――士郎さん! 騙しましたね」



 盛大に怒っていた。




 

 ◆




 

 ネギ君はご飯を凄い勢いで、ほお張り。

 説明してくれるまで、一言も喋りません。という様子だ。

 

 ライダーから話を聞いた桜とネカネさんは、薄々気がついているのかこちらを困ったように見ていた。


 
 「あー。説明してもいいかな?」

 「―――――」



 無視。凄いシカトっぷりである。

 相当嫌われたな、コレは。

 まあ、当然なんだが。



 
 「まあ、簡単に話すよ。桜が救った命を俺が殺すわけ無いだろう?」 

 「でも、殺すつもりだったって」 
 
 「ああ、【つもりだった】過去形だよ。現在形じゃない」
 



 そう、あの事件の最中。

 確かに俺は【獏】を殺すつもりだったし、エヴァンジェリンを以前は殺すつもりだった。




 だが、桜が救った命。桜が救った意味を成すために。

 奴を殺すわけにはいかなかった。



 だから、嘘は言わず。

 全て過去形で話した。

 悪を殺すというのは、昔からの誓いであるから嘘ではない。



 
 「―――――じゃあ、なんであんな意地悪したんですか?」

 「意地悪というわけじゃないよ。奴等を俺が嫌っているのは事実だ」





 俺の言葉に、ネギ君は小さく息をつめた。


 
 だが、これは譲れなかった。

 かつて、桜を危険な目にあわせたエヴァンジェリン。

 そして低い可能性にかけて。

 死者を鬼から人間に戻す為に、学園を危機に陥れた獏。



 この2人を好きになどなれない。




 それでも、結果として奴等は俺が救えなかったモノさえ救えた。

 俺には何もできなかったという事実は、覆らない。

 桜とネカネさん。そしてエヴァンジェリンが鬼となった死者を人間に戻し。

 奴は穢れを引き受けて、彼等を救おうとした。

 俺はただ、それを見ていただけ。





 「それでも、奴等が誰かを救ったというのは。事実だ」




 俺の言葉に、ネギ君は安心したように溜息をついた。

 彼等を俺が襲わないと知って、気が緩んだのだろう。



 
 
 「じゃあなんで、そんなにあの人たちを嫌うんですか?」




 ネギ君の言葉に苦笑してしまう。

 個人的な好き嫌いを、他人に押しつけるべきじゃないのかもしれない。

 だが、できれば。

 ネギ君には彼らに近づいて欲しくなかった。


 俺自身が嫌った、以前の俺。

 それに近いことをした獏に、近づいて欲しくなかった。






 「それに答える前に、リンカーン大統領って知ってるかな」

 「奴隷解放の父と呼ばれた方ですよね」 




 俺の言葉に、ネギ君は頭を捻りながら答える。

 何の関係があるのか、解らない。そういう顔だ。



 「そうだね。でも彼は晩年、暗殺された。なんでだか知ってるかな?」 

 「確か、【暴君はつねのごとし】とか、【南部は復讐を果たした!】とか言って殺されたとか」

 

 他国の歴史にも詳しいネギ君に感心しながら、話を続けた。




 「じゃあ、質問。奴隷を解放したことは、暴君がする行動だと思うかい?」

 「――――」

 「もう一つ、南部の奴隷を開放したことは恨まれる様な事かな?」

 「―――――いいえ。違うと思います」




 でも、彼は殺された。

 それが、逆恨みか正統な復讐か。

 その場にいない俺に、何かを言う権利はない。



 戦争で何かを失った人間にとって、それらは本当に必要なモノであったかもしれないし。

 大事な者が殺された恨みなのかもしれない。


 その場にいない俺には、何もワカラナイ。

 


 だが、正義を貫いたといわれたヒトは恨みによって殺された。

 倒された悪、殺されたもの。全てに好かれる正義などない。生きた実例。





 「士郎さん? なにが言いたいんですか」

 「全てに好かれる正義なんてないんだ、そしてさっき俺が言ったコト。それらはもしかしたら魔法界が言ってくることかも知れない」


 
 魔法界が全て正しいとは思えないし、全て間違っているわけでもない。

 だが、視方によってはそういうコトも言えるということ。




 「俺が言ったことを思い出して欲しい。エヴァンジェリンが【悪】だと思うかい?」

 「―――いいえ。思いません」




 ネギ君は真剣な顔になると、俺の眼をみて答えてくれた。




 「でも、彼女は賞金首だった。どんな過去があったかは解らない、解るのは賞金首だったという事実だけだ」 

 「――――――」

 「じゃあ、反対に。魔法界が冤罪をエヴァンジェリンに押しつけたと思うかい?」

 「………わかりません。ないと思いたいですけど」




 そう、それは誰にもわからない。

 過去にどんなコトがあったのか。

 
 

 解るのは賞金首だった。という過去のみ。

  


 「【悪】と言われてしまったモノを救うというのは、そういうことなんだ」

 「――――」 

 「その場にいない人間にとって、報告でしか事実は解らない。そして、俺が言ったような報告をすれば」




 あの2人は………【悪】だということになる。

 嘘はついていない、言ったことも。おこなった事も。

 ………俺が思ったことでさえ、真実を述べたのみ。




 「獏がしたことは、敵であり【悪】であるものを救うということは。いらない敵を作るということなんだ」 


 

 奴隷を、人間として扱いたい。
 
 その裏にどんな思いがあろうと、それだけは崇高な想いだった。

 だが、労働力、人間でないものとされた人々。

 彼等を救った、リンカーンは殺害された。

 怨まれて殺されたのだ。




 ならば、敵を救った人間はどうなるだろうか?

 奴隷を救っただけではなく、敵である人間さえ救ったものはどのように言われるのか。



 敵でさえ救うもの、襲ってきた鬼すら救うもの。 

 それらをヒトは偽善者と呼び、悪と呼ぶ。 


 リンカーンを好く人間は多くても、そこまでする偽善者を嫌う人間は多い。

 そう、それはまるで。




 「――――前の世界での士郎さん達のようにですか?」



 
 ネギ君の言葉に息を呑む。

 本当に頭のいい子だ。



 そう、それはかつて俺たちがおこなった偽善であり悪。

 遠坂凛にすら罵倒された、偽善。

 戦場で敵に情けをかけ、救った。

 倒すべきものすら守った。

 それを視た人間達が、嘲笑った偽善。



 曰く、覚悟がないなら戦場に立つなと。

 曰く、殺せないなら銃を取るなと。

 曰く、反吐がでるほどの偽善。




 「敵であるもの、大多数にとって悪であるもの。彼等を救おうとすれば、救おうとしたモノも【悪】とされる」

 

 それは、かつて俺達が犯した過ち。

 世界中から唾棄された偽善。

 この世界にくる寸前に、吐きかけられ続けた罵倒の嵐。



 魔法界があってようと、間違っていようと。

 大多数の魔法使いが【悪】と認定した、エヴァンジェリンを守るということは。

 その従者を守るということは。

 それだけの覚悟がいるということ。

 大多数である正義の魔法使いに否定されても、己が心を貫かなければならない。

 少なくとも、俺の言葉で揺らぐような信念では、大勢の言葉に逆らえない。

 少なくとも、想いだけは強くなければならない。






 この学園を襲った【悪】紺青の鬼を救った、獏は。

 俺達と同じ偽善を犯した。

 

 倒すべき【悪】を助けた。

 ソレは以前に俺達がおこなった罪であり、偽善。

 ならば、ソレを目指し。悪を救った偽善者を守るということは。

 俺達と同じ道を歩む恐れがあるということ。 



 世界中から、敵を助ける事は偽善だと。

 悪を救うことは、襲ってきた敵を助ける事は。

 どうしようもないほど。――――――反吐がでる、悪だと。

 罵られるということ。






 そんな道を、ネギ君に歩ませたくはなかった。





 「もう一度聞くよ。魔法界は彼女達を悪だと思っている、今回のこともなにか企んでるんじゃないか? と疑っているかもしれない」

 



 一度認定された悪を、善だと言い直すとは思えない。
 
 そしてエヴァンジェリンが、まったく悪行をおこなっていないとも思えない。

 事実、桜は危険な目にあわされた。

 


 「それでも、彼女達を信じるのかい?」




 弱いものを救うだけではなく、敵ですら救おうとする善意。

 それは理解されない。

 かつて、俺達が偽善と蔑まれたもの。

 その偽善によって、あらゆるものから否定された俺たちを見ても、その意志は揺るがないのかと。

 

 大多数の魔法使いから、なにを言われても揺るがないほど強い想いなのかと。
 





 ネギ君は迷う様子もなく「はい」と言った。

 俺から視線を逸らせることもなく、力強く頷くその姿を見て。



 俺の言葉を否定した姿に………嬉しくなってしまった。



 敵であるものを救うということは、偽善だと罵られても。

 師匠に優しく諭されても。

 強く否定されても。

 殺気をぶつけられても、揺るがなかった。その想い。 



 
 「なら、俺に言えることはないよ」 



 ―――――ただ、君達を守るだけだから。



 そう、声にならない誓いの言葉を述べた。

 それは、この世界に来たときに最初に誓った言葉。

 ネギ・スプリングフィールド。ネカネ・スプリングフィールドを守る。

 その誓いだった。










 ◆





 ネギ君が安心したように眠った後、リビングに戻った。

 桜がベッドを占領してるため、今日はソファーで寝ることになりそうだ。

 

 ネカネさんは、何かあったときの為に桜の横で寝ている。



 そしてリビングでは、………ライダーが静かにグラスを傾けていた。


 
 「士郎もどうですか?」

 「弱いからな、少しでいいなら付き合うよ」



 ライダーはニコリと笑うと。

 持っていたワインをグラスに注いでくれた。

 血のように赤い液体がグラスに揺れる。

 
 


 「士郎らしくないですね。10歳の少年をあそこまで追い込むなんて」

 「そうかな?」


 

 ライダーの言葉に小さく肩をすくめ、グラスの中身を煽る。

 喉に柔らかなアルコールが、熱を帯びて通り過ぎてゆく。

 その熱を感じながら、少し反省した。


 確かに、苛めすぎたかもしれない。

 俺の言葉にライダーはゆっくりと首を振った。

 その動きに合わせて、豊かな紫紺の髪が川のように流れる。



 

 「………まだ、忘れられませんか?」

 「そういうわけじゃない。たださ、ネギ君に俺達みたいな思いはしてもらいたくない………って思ったんだ」




 それは士郎達が、以前の世界を逃げ出すきっかけになったもの。

 世界中から唾棄された、偽善。

 

 倒すべき敵を助ける。………遠坂凛にすら罵倒された罪。

 


 「獏は殺すべきだった鬼を救った、だがそれは俺達の世界では偽善と唾棄された行為だった」

 「凛にも怒られましたね」



 
 ライダーにとっては過ぎ去ったコトなのだろう。

 懐かしそうに、クスクスと笑っている。
 
 彼女も随分と表情が豊かになった。

 その笑顔を見ながら、少し笑うと。




 「そして。その偽善である獏を救うということは、以前の俺達とおなじ道を歩く可能性がある」




 そう、敵にすら情けをかけ救う行為。
 
 倒すべき悪すら守ろうとする善意。

 それらは、決して理解されない。

 それはかつて、あらゆるものから罵倒された俺達だからこそ解るコト。



 「もう2度と見たくないんだ」 



 この世界に逃げ出さなければならなかった。

 その時に誰より傷ついた桜の顔。

 贖罪を求め、多くの人を救おうとして救えなかった。

 自分がおこなった行為、全てを偽善だと罵られた姿。



 あんな桜は2度と見たくなかった。



 ネギ君をあんな姿にさせたくなかった。




 「ネギが私達と同じ道を通るとは限りませんよ。それにこちらは向こうより、ずっと優しい世界です」

 「そうだな。だけど」




 もう見たくはなかった。

 傷つく姿、傷つけられる姿。

 この世に、全てのヒトに好かれる正義などない。

 倒されるモノに嫌われない正義などない。



 ならば、せめて多くのヒトに好かれる正義であるべきなのだ。


 
 それなら、幸せに生きていける。

 

 倒すべき悪に、同情する必要などない。

 世界中に嫌われる悪を、弁護する必要などない。 





 学園を危機に陥れた【悪】鬼となった紺青鬼。

 悪を救う偽善をみせた【獏】。




 彼等を殺すことが正義であるなら。

 彼等を救うことも正義である。



 ならば、楽な方を進めばいい。

 わざわざ辛いことをする必要はない。





 彼らを守ると誓えば、かつての俺達と同じになってしまう。

 倒すべき悪を助ける【偽善者】と罵られる。

 その可能性を否定できなかった。




 「だから、あそこまで苛めたんですか?」

 「半分は本気だったよ、報告を間違えれば彼らは【悪】と言われるものになる」



 どちらを選んでも、正義だというなら。

 楽な方を選んで欲しかった。

 苦しい道、誰からも嫌われる道など選んで欲しくはなかった。



 士郎が本当に【生きている人間を見捨てて、死者を騙す為に動いた妖怪】と報告すれば。

 彼らがどうなるかわからない。


  
 そして、実際。

 鬼となった死者を見捨てれば、学園を平和にする方法はいくらでもあった。

 ならば。彼らは悪であると。

 心無い批判がでることも考えられる。




 そして、以前の俺達と同じ間違いを。

 敵を救うという、偽善をした獏を俺は好きになれなかった。

 殺しあっている最中に敵を救うなど、偽善だと罵られた俺達だから解るコト。

 昨日のような奇跡は何度もおきない。



 それはとても危険なコト。




 「それでも、―――――ネギ君は奴等を救う道を選んでしまった」




 困ったもんだ。

 そう愚痴をこぼす士郎に、ライダーは優しく微笑みかける。





 「なんだか、嬉しそうに見えますよ?」

 「そんなわけ………」




   
 ない。とは言えなかった。

 ネギ君が選んだ道。

 少数の【悪】を守る道。

 誰にも理解されないモノを守る道。


 
 そして、危険が多いとはいえ。

 全てを守り、死者を鬼から人間に戻した【獏】



 
 彼等をまもるということは、とても難しい。
 
 そしてそれを、師である俺から否定されたにもかかわらず。

 最後まで、意志を貫いたネギ君。



 その成長した姿。

 それは間違っているかもしれない。それでも正しいのではないかと。

 俺にそう思わせてくれた。




 ならば、ネギ君がその理想を守れるように。

 全ての人間から後ろ指を刺されないように。


 守るのが俺の仕事なのだと。



 

 「大変ですね。士郎は」

 「どうかな。ネギ君が近衛老ぐらいまで権力を持てば、何とかなるさ」


 
 
 ライダーの皮肉に軽く笑った。

 悪であるエヴァンジェリンを、学園内で守る。

 聖地であり世界樹のある、ここ麻帆良学園で。

 コレがいかに、難しく。そして、とんでもないことか。




 「それだけではないでしょう?」

 「リョウメンスクナのことも、………かな」



 学園の方針。

 悪であり、俺より力の強いリョウメンスクナを救うという想い。

 そして、弱い【悪】である獏を守ると誓ったネギ君。



 これらを成すのが俺達の仕事。



 だが、力さえあれば。

 学園長のように、巨大な【悪】であるエヴァンジェリンを守る事もできる。

 信じることもできる。

 ならば、ネギ君にも同じことができるはずだ。



 もし、ネギ君が考えを変えず。

 弱い【悪】でさえ守る力を欲すると言うのなら。



 
 それを支えるのが、俺達の役目。

 彼が望んだコト。

 

 俺を否定し、自分の正義を見つけることができたというのなら。

 それを見守るのが、師である俺の仕事。



 ネギ君ほど、魔力もない魔法も使えない俺ができるただ一つのコト。

 教え諭すことができない俺ができるコト。

 自分の意志で、道を選ぶことができるマギステル・マギになってもらう。



 師の考えを、発展させ新たになにかを加えることができるようになってもらう。

 それがある意味。

 師を否定しても、親を否定しても。

 信じた道を貫ける、人間になってもらう。




 コレだけが、俺が。

 偽善者と呼ばれ、世界を追い出されたモノが。

 ネギ君に教えられる唯一のコトかもしれない。




 そう、考えていると。

 ライダーの冷たい指が、俺の首筋から頬に撫で上げられた。

 その冷たさに、反応して顔面の温度が急上昇する。



 「じゃあ、士郎は………やらなくてはいけない事がありますよね?」


 

 耳朶をかみそうな唇と、信じられないほど甘い声。

 それを耳元で囁くライダーさん。このような態度で来る時、ライダーは怖い。



 というか、ぶっちゃけ俺をオモチャにするときの態度だ。

 


 「桜にされたことと、同じコトをあのヒトにしましたよね?」



 つう、と頬を撫でられて。

 俺の体温が更に上昇する。


 

 ………桜にしたこと? 

 い、いや。俺はそんな恐ろしいことはしていない。

 というか、できない。

 

 「な、な、何のことだ?」



 まるっきり心当たりがないのに、裏返ってしまう情けない俺の声。

 なぜだ?

 心当たりなどまるでないのに。

 魅惑の瞳に囚われたように、なんでも喋ってしまいそうになる。

 


 「酷いヒトですね。もう忘れたんですか?」

 

 ライダーの拗ねたような、甘えたような声に余計にパニックになる。

 こんな所を桜に見られたら、どうなることか。



 「だ、だ、だ。だからなにを………?」

  

 俺がうろたえる姿をみて、クスクス笑う大地の女神。

 俺をからかっているのは解るんだが。

 ライダーは基本的に嘘をつかない。

 故にどうしても、恐くなってしまう。

 


 「フフフ………。すいません士郎、ですが桜やネカネに言われる前に動いた方がいいですよ?」 

 「む、だからなにを?」




 俺が不機嫌になったのを見て、さらに笑みを深めると。

 

 
 「獏に、形だけでも謝罪したほうがいいのではないですか?」

 


 ライダーの言葉に、少し考えてしまう。

 以前、エヴァンジェリンは桜を危険な目にあわせた。

 悪意や殺意はなかったと言っていたが。

 

 だが、俺は殺意があった。

 獏を殺そうとした。


 桜がされたことは、エヴァンジェリンに危険な目にあわされたこと。

 俺がしたのは、獏を殺そうとしたこと。


 仕方がなかったと言い訳できる状況だが、殺されるほうにとっては言い訳にもならない。

 だが、
 


 なんとなく。アイツには頭を下げたくない。 





 「桜とネカネは、きっと士郎になにか言ってきますよ?」




 確かに、桜とネカネさんが俺の行動を知ったら。

 間違いなく、………。

 だが、あいつらに頭を下げるのも………。

 いや、だからこそ。謝らねばならないんだろうが。
   


 「―――――はぁ」

 「後は、士郎次第です。どうするか、ゆっくり考えてくださいね」




 覚悟を決めて溜息をついた。


 ライダーは楽しそうに笑うと、もう一度グラスを月にかざし。

 紅く揺れる月光を楽しみながら、俺の様子をみて笑っていた。





 <続く>
 








◇リョウメンスクナ伝承:ネギま本編6巻の解説、最後を参考にしてます。

◇6巻で学園長はエヴァの封印を解けず、判子でごまかしてました。



概念は別でしょうが。


◇アーチャーの狙撃、宝具の真名開放してるかは疑問ですが。
UBWルートでバーサーカーに対する狙撃は戦車砲レベルと書かれています。

ということは、魔法先生最強の一撃>アーチャーの普通の一撃ではないかと。
戦車より、魔法先生は火力が強いようなので。


魔法先生300>戦車200、だそうです。







 ≪NGシーン≫




 暗い夕闇の中、廊下には影が蠢いていた。

 目の前には小さく開けられた扉。

 

 そこで、談笑しているのは士郎とライダー。

 その2人をひっそりと見守る、黒い影。




 「…………ずるいです、ライダーばっかり」
  


 クスクス笑いながら、蠢く黒い影。

 その一撃はサーヴァントにとって、まさしく天敵。

 勿論、人間にとっても必殺です。



 「先輩がライダーと仲がいいことは嬉しいはずなのに…………なんでだろう、許せないなー♪ 悔しいなー♪」



 楽しげな声にもかかわらず、とっても殺意が溢れる桜さん。今日も黒化、全開です。

 そして、傍にいるのは哀れな生贄。

 隣で寝るんじゃなかったと、只今、絶賛後悔中。



 「さ、桜さん? もれてる、ブラックもれてますよ!?」

 「――――――フフフ、どうしようかな………♪」  



 
 デンジャー! デンジャー! まったく聞こえていません。

 なにがもれてるのか、ブラックとはなんなのか。謎は深まるばかり。




 「じゃなくて! 今日は休んでないと士郎さんに怒られますよ」

 「なんだか気分がいいなー、壊したくてコワしたくてコワシタクテ………」 




 聞いてません。私の言葉を一ミリグラムたりとも聞いてません!

 昨日の闇を吸い取ったせいか、ブラックは2倍にパワーアップしてます。
 


 
 そして見えないふりをして速攻逃げ出していた、正義の味方志望の少年。

 後で、お説教のフルコースだと少し現実逃避気味の私。 

 というか、逃げるなら私も連れて行って欲しかった。




 「――――――でも、先輩一人だけじゃ寂しいですよね?」

 「はい………?」



 なぜ、そこで私を見るんでしょうか?

 にっこりと作られた笑顔がコワくてたまりません。

 

 「それに、何かあってもネカネさんなら治せそうですし♪」

 「い、いやそれはどうでしょうか? その影に食べられたらまず無理じゃないかなー。と」




 全力で逃げる気満タンな、ネカネさん。

 もう、士郎を見捨てる事は確定事項です。


 
 「そうですか、ありがとうございます。ネカネさんの優しさは生涯忘れませんよ♪」

 

 そして、やっぱり聞いてない。というか聞く気すらない桜さん。



 「で………ですから、私は」

 「それに………。ライバルは先に――――」 

 

 ――――先に!?

 先になんですか? 所々で本音が駄々もれですよ?



 幸せそうに笑ってるのに、私の冷や汗が止まりません。

 いつのまにか、怒りゲージの矛先が私に向かってます。

 狙ってたのは、ライダーさんか士郎さんじゃなかったんですか?


 

 ………って、影が! 影が伸びてきてますよぅ!?



 「クスクス、安心してください。後で先輩もそっちに送りますから♪」

 

 全然安心できません! というか、趣旨が違ってます。

 なんで士郎さんを攻撃する筈が、私が攻撃されることになってるんですか?
 

 
 パニックになってる私に影が迫る。

 逃げようとした右足をがっしり掴む、影の鞭。



 ケタケタ笑う、影の人形と桜さん。

 桜さん、笑う笑う。

 影が、揺れる揺れる。


 私、びびるびびる。

 歯がカチカチ鳴って止まりません。 




 タースケーテー!
 
 そんな声さえ、もうでません。

 せめて、死ぬ前に超包子の料理をお腹一杯食べたかったです。

 最近、あそこの料理が美味しすぎて。

 気がついたら■キロに。

 桜さんと2人でダイエットしようと、誓い合ったばかり。

 こんなことなら、もっと食べておけばよかったです。





 ………なんか、意識が朦朧としてきました。

 ぐるぐるまわる走馬灯のように、今までのことが思い出されています。

 なんでこんなところで、不条理なデッドエンドが………。


 

 ◇




 「………ネさん、――――――ネカネさん」
 
 「―――――、はっ。さ………桜さん!?」

 「大丈夫ですか? 凄いうなされてましたよ」
 


 桜さんの言葉に、首筋に冷たい汗が流れた。
 
 全身が汗でベタベタしている。


 
 なにか、ものすごい悪夢をみたような気がしたんですが。

 キリキリと痛む頭を振って、夢の内容を思い出そうとしますが思い出せません。




 「すいません、なんか凄い悪夢を見たみたいで」

 「へえ。どんな夢だったんですか?」



 ソレが覚えていないんです、と桜さんに告げて。

 もう一度、寝ようとした時。



                                
 「――――――覚えていないほうが幸せってコトがありますよね♪」


 
 そんな、不思議な桜さんの独り言がきこえ………。

 
 

 
「――――って、キャー!! 夢じゃない…………!?」



    
<続>





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