――――――遠い、遠い夢をみていた。




 冴えた月光の輝く夜に、煌く山肌。

 そして冷たい光。

 キラキラと輝く、光の滴が当たり一面を覆っていた。

 全てを包む優しい光。

 氷の冷たさと、月の輝きを反射させた柔らかい光。






 暗闇の中、その光を背にして。


 

 ―――――エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは、………殺していた。




 妖気に堕ちた紺青鬼。

 かつて、朝廷に殺され。そして陰陽師に呪具として利用されたモノ達。

 


 彼らを、彼女は殺していた。

 月光と光の粒が輝く、暗闇の中で。………殺していたのだ。




 それは………かつて視た。予知夢。

 決して違えてはならない未来の夢。



 彼が夢で視たことは確定した未来。


 


 誰がどうしようと。彼女は、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは。

 ………彼らを殺す。



 
 
 彼女の表情は見えない。

 怒っているのか、嘲笑っているのか。それとも………悲しんでいるのか。





 故に、彼は………。









 

 遠い雨  22話







 明るい陽射しが木造の建物を優しく暖めながら、ゆっくりと中天から傾いていく。




 そんな穏やかな午後。

 障子を透かす日の光が、明るく部屋を照らし出していた。

 そこは学園の施設「茶道部」

 い草と茶葉の香りが優しく鼻をくすぐる、憩いの場。




 茶器に瑞々しい茶葉を入れ、ゆっくり湯にほぐすのは客をもてなす部員達。

 澄んだ水に青い香が、溶け。

 柔らかく甘い茶葉の香りがより一層、部屋に立ち込める。






 そこにいるのは茶道部部員、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと従者の茶々丸。

 そして、………部員ではない衛宮桜とネカネ・スウリングフィールド。そして、ライダーがいた。





 「まず、最初に礼をいう。急な呼び出しにもかかわらずよく来てくれた」

 「いえ。それでどういったご用件でしょうか?」


 

 その内容とは先程、授業中に飛ばされた念話。

 2人に衛宮士郎ぬきで会いたい、というメッセージ。

 それに難色を示したのはネカネ・スプリングフィールドだった。




 だが、衛宮桜の説得とライダーが護衛するという条件でこの会談を了承した。

 『自己強制証文』という切り札もある。



 なにより、桜が隠しているナニカ。

 これに相談に乗れそうなのは、エヴァンジェリンくらいしかいないということもあった。

 桜は未だ何も言わないが、何か隠しているのは明白だ。

 その隠してることが、後にどんな災厄になるのか解らない。

 


 この学園で魔法関係の情報が多いのは、学園長かエヴァンジェリン。

 こちらの手札をさらすことなく、情報を仕入れるには危険な相手。

 だが、手札は多いほうがいい。


 

 考えをまとめているネカネの前に、茶々丸が茶と茶菓子を置いた。

 イギリス出身であるネカネにはあまり馴染みがないモノ。

 茶器でたてられた茶の香が、優しく喉を湿らせる。



 そして、日本茶と共におかれていていた茶菓子は、



 ケシ粒に砂糖を煮詰めた蜜をかけ。

 1週間から2週間以上かけて作られる、この小ささにしては長く丁寧に作られる菓子。



 ………金平糖だった。





 本来、このような場にふさわしくないつくり。

 茶道において菓子とは、干菓子か生菓子。

 使うにしても、もっと高級な金平糖の筈。

 だが、これは茶道に使うにはあまりにも粗雑なつくり。






 そして………そこから僅かに漏れる微弱な魔力。

 これは。





 「――――ずいぶんと珍しい茶菓子を使うんですね」 

 「すまんな。視てわかると思うが「呪具ですね」………そうだ」 






 なにやらエヴァンジェリンさんは悔しそうな顔をしているが、白魔法専門の私なら解る。

 薬や魔法薬の調合も私の仕事。

 


 戦闘専門の方や、戦闘用の魔法薬の調合はあまり詳しくないけど。

 このような調合は私の専門だ。



 医者が使う薬の調合。

 逆に、毒を盛られないために薬を検査する力。

 弱い人間にとって、必須の能力。

 そう、それこそ【不死の力】でも持っていない限り必ず鍛える力。

 医療の知識。

 戦闘能力の低い私が待たなければいけない、………白魔法の力。



 以前、ネギに“ホレ薬”を盛られてからより磨いた能力。





 その私なら解る、この菓子に僅かに混ぜられた魔力。

 だが、このぐらいの魔力では対した効果はないはず。



 「それに詳しいことは入っている。それで判断して欲しい」

 「………解りました」



 私は小さくうなずくと、桜さんより先にそれを口に含んだ。

 2人同時にそれを食べて、何かあった場合。取り返しのつかないことになる。

 ライダーさんもいる以上、大丈夫だと思うが。

 念には念を、という言葉もある。



 そして、それを口にふくみ。





 陰陽師に呪いの道具として、利用されたモノ達の願い。

 紺青鬼へと墜とされた村人たちの願い。

 その想いを『夢』にみた。





 ◇





 安全を確かめた後、桜さんもそれを口に含み。

 彼らの夢を視ていた。


 
 今見たものは、この学園を襲った紺青の鬼。

 彼らの昔の姿。
 
 彼らが死後利用されて、呪具になった姿。

 
 
 そして彼らは怨みに疲れ、元の世界に帰りたがっている。 
 


 そして、コレを私達に見せたということは………。




 「時間はどのくらいあるんですか?」

 「今夜だ」

 


 短すぎる。準備をすぐ始めなければ。

 しかも、士郎さんに頼ることは不可能。

 それに危険も多い。




 だが、コレができるのは学園でも少ない。
 
 この状況では、私と桜さんしかいない。




 罠ということは考えられないだろうか?

 だが、………。



 桜さんは自分は大丈夫だと、視線で私に伝えた。

 桜さんの了承がある以上、ライダーさんも協力してくれる筈。

  


 「………解りました。ですが、あと一手必要です」

 「貴様では無理か?」

 「無理です、私でも」




 そう、あと一手必要。

 桜さんと私、そしてエヴァンジェリンさんが協力したとしても。

 どう考えても、あと一手。

 足りない。




 「だが、時間がない。奴は今夜乗り切れない」

 「そんなに酷いんですか?」

 「ああ、間違いなく………消える」



 

 準備不足でこれから行う儀式。

 そして、足りない一手。

 思考は同じところでループする。

 だが、これはマギステル・マギがしなければならない事。

 私と桜さんがしなければならない事。



 困ったヒト、モノ。

 これらを助けるのがマギステル・マギの仕事。


 

 だが、あと一手。必要な駒がない。

 このままでは、儀式は不可能。



 彼女達は、乾いた喉を茶で湿らして更に考える。

 だが、言葉を紡ぐものはいない。

 誰もがわかっていた。
 
 このままでは、何もできないと。

 

 




 だが、そんな静寂を破る叫び声が聞こえた。



 「――――――エヴァンジェリンさん、どこですか!?」

 「ネギ?」

 
 

 
 桜さんと顔を見合わせ、不思議そうに首を傾げる。

 なんで、あの子がここに?

 
 ネギはためらうことなく、部室にはいってきた。






 「―――――エヴァンジェリンさん! 『獏』の居場所を教えてください」

 







 ◇








 ―――――許せなかった。


 

 昨夜、士郎さんが言ったことが許せなかった。

 学園のために、一生懸命頑張った『獏』を殺すと考えた士郎さんが許せなかった。



 頑張ったモノが報われないなんて嘘だ。

 力がなくても頑張ったのに。

 殺さなくちゃいけないなんて、そんなこと許せなかった。




 士郎さんにそう詰め寄ると。





 「―――――助ける方法はある」

 


 学園外なら解呪するコトができると。

 学園内を穢すコトなく、解呪するためには。

 学園外に彼を連れ出す必要がある。



 士郎さんなら出来る可能性があるらしい。

 問題は『獏』の居場所が解らないこと。





 『獏』を探し出し、なんとか外に連れ出さなければならない。

 そうすれば、助けられる。

 頑張ったモノが報われる。
 


 
 そう思って手がかりを探して歩き回ったけど、どこにもいない。

 最後の手がかりはココしかない。



 
 士郎さんから聞いた。




 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

 ………真祖の吸血鬼。





 知り合いだというなら、彼女に聞けば解るはず。

 茶道部員である彼女は、今日ここにいる。

 そして、中に入った。

 考える事はただ一つ。

 『獏』を救うこと。 

 頑張ったモノが報われること。


 だが、ソコにいたのは彼女だけでなく。



 お姉ちゃん達がいた。





 ◇





  
 「―――――エヴァンジェリンさん! 『獏』の居場所を教えてください」



  


 あわただしく茶室に入ってきたボウヤに溜息が漏れる。

 大方、衛宮士郎にでも聞いたのだろう。

 無駄にやる気をだしている。





 だが、無理だ。

 奴を探し出せるのなら、とうにしている。

 ただでさえ弱い魔力。

 探し出すのは難しく、奴自身弱いだけに隠れること『だけ』は上手い。

 穢れが増え、妖気を吸収しようと奴自身の弱さは変わらない。


 そう説明すると、






 「でも、でも。………このままじゃ」

 



 ボウヤは泣きながら助ける方法を考えている。

 無駄な事を。

 このボウヤに奴を救う力などない。

 そんな力を持つ奴など………。



 


 「―――――これで、駒がそろいましたね」

 「なに………?」






 ネカネ・スプリングフィールドはボウヤの涙を拭きながら、私に語り始めた。

 奴のメッセージを叶える方法を。



 最後の一手を。



 




 ◇







 薄闇に光が差し込み、月の光が一層輝く春の夜。

 

 前の晩に一刻、雨が降り。

 その冷気に洗われて、桜通りはより一層鮮やかな彩りを深めた。

 早春の桜通り、花冷えを含んだ風がより体を凍えさせる。 


 


 
 そんな中、桜通りに一般人が来ないように認識障害の結界を張り、奴が来るための準備をしていた。

 結界を張り、これから儀式の準備をする。




 「――――――俺達はナニをすればいいんだ」 

 「この結界と儀式の間、私達は無防備だ。護衛を頼む」




 言葉少なく指示を飛ばし、衛宮士郎とライダーの位置を確認する。

 護衛は3人。



 ライダーは霊体化させ、見えない位置からの監視。

 SPなどではよくある話だが、見える位置。

 護衛対象の傍で護るボディーガードと狙撃を防ぐ狙撃手は場所が違う。


 
 ボディーガードは護衛対象から離れないが、狙撃手を探すものは敵になったつもりで場所を特定する。

 これには霊体化したライダーのほうが適任だと説き伏せた。



  
 衛宮士郎の狙撃の腕は確かだが、ライダー以上の盾を持っているらしい。

 近くで守ってもらうのに、これほど適した人間もいない。

 本当かどうか解らないが、ライダーの手札を晒したくないのかもしれん。

 それに、霊体化できるのはライダーしかいない。
 
 姿が視えないなら、敵に忍び寄るのも容易のはず。




 私達の近くで衛宮士郎が護衛。

 ライダーは姿を隠し私達を護る。






 
 そして護衛ということで説き伏せた、ネギ・スプリングフィールド。

 ボウヤの存在。






 ………本来、ボウヤの能力など当てにできない。

 だが『獏』を救いたいと願っていたボウヤに、納得させる為。

 衛宮士郎はこの案に乗った。

 ボウヤに仕事を与えることで、小さな満足感を与え納得させる。

 『獏』を殺すことを容認しやすくなる。


 と表向きの理由を話して。


 本来、学園内でこのような警戒は必要ない。

 だが、このところの不審な動き。

 なにかある可能性が捨てきれない。と、相談したのだ。

 







 衛宮桜を巻き込むことに難色を示していたが、

 衛宮桜の特性でこの事件が起きたことは黙っておく、ということで納得させた。




 「奴は間違いなく来るのか?」

 「もう、念は送った。間違いなく来るだろう」




 最後に衛宮士郎に簡単に確認をとると、儀式を始めた。

 私とネカネ。この2人が考え練られた計画。

 上手くいくかは解らない。だが………。





 ◆





 穏やかな春の宵だった。

 太陽は西に没し、空は光の余韻を僅かに残すばかり。


 


 そんな中。彼は――――――――呼ばれた気がした。





 いつのまに日が暮れ、気がつくとあたりが薄暗かった。

 痛みに耐えている間に、そんなに刻が過ぎたのだろうか?



 呼ばれたところで、体は妖気に蝕まれ破裂寸前。

 動くコトが億劫だった。

 寝てしまえば、全て終わる。………楽になれる。



 そう考えても、眠ることはできない。
 
 眠ればもう意識が保てない。

 私に、呪いに勝てる力はない。

 少しでも気を抜けば、………私は死ぬ。


 
 そんな中、彼女から呼ばれた気がした。

 残り時間はもう少ない。

 これが最後の機会だろう。


  


 




 ―――キキ。


 
 ふいに、小さなさえずりのような声が聞こえた。

 さわさわと体内で、蠢くナニカがいる。

 

 キーキー。甲高い声が中から響く。

 ナニカではない。それは妖気。

 紺青の鬼の成れの果て。


 
 目を閉じれば身体に感じる、おぞましい姿。

 鮮やかな青い皮膚とゾロリと嘴のような口からのぞく牙。

 節くれだったひょろ長い手足を伸ばし、クモのように這いつくばる醜怪な姿。


 
 怨みゆえにヒトを殺し。

 殺しつくしてもなお救われない。

 妄執に狂ったまま魂を迷わせる鬼達。

 


 (オマエもこっちに来い)   
 
 (オマエはもう、呪いに穢れた)

 (呪詛を取り込んだ)

 

 (もう、オマエが救われることはない)



 これが、彼が取り込んだもの。

 全てを憎むように、操られたモノ達。

 もう、怨んでいた事実。

 

 誰を助けたかったのかさえ、忘れたモノ達。







 ソコに、――――――声が聞こえた。



 先程のエヴァンジェリンではない。



 夢で聞いた、懐かしい声。

 リョウメンスクナが村人を呼ぶ声。

 

 そして、懐かしい音と匂いがした。

 あの光り輝く川辺の水の音。

 草原と野菜畑の香り。




 もう、帰れない世界。



 それを幻視した、体内のタマシイが騒ぎ出す。

 幻覚に騙され、ナニを呪っていたかさえ忘れた鬼達。

 彼らが騒ぎ出す。



 ―――――カエリタイ、と。 
 


 だが、そこには。




 村人を殺すための、呪われた鬼を浄化するための。

 儀式が続けられている。




 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

 真祖の吸血鬼。


 彼女が、その儀式をしているはず。




 彼女が居る場所。

 きっとそこで、妖気に堕ちた村人達は………殺される。

 それが、変えられない運命。

 夢で視た景色。






 そして声を聞いた、体に取り込んだ妖気。

 村人の魂が騒ぎ出した。





 (行こう、あの声のもとに)

 (帰ろう、元の世界に)

 (帰ろう、帰ろう)

 (あの村に)

 (あの頃に)

 (戻りたい)




 平和だったあの頃、幸せだった日々に戻りたい。

 ただそう願った呪われた鬼、紺青鬼。

 騙され、呪具にされた人々。





 だが………。彼らを救う奇跡など、この世にない。

 死者は生き返れない。

 かれらを元に戻す方法などない。





 過去に戻す事も、あの時代に返すことも。

 そんな奇跡は、誰にもできない。



 夢で視た光景は変えることができない。

 故に彼は、無能な『獏』は小さく言霊を紡ぐ。





 ―――――――ああ、行こう。…………殺されるために。  









 ◇








 ―――――馬鹿な事をしているという自覚はあった。





 これからすることは、まさしく魔力の無駄使い。

 この儀式のためだけに、衛宮桜とネカネ・スプリングフィールドに借りをつくった。



 だが、それでも。

 奴等を殺し、浄化する為に必要な事。

 隠れた奴等をおびき出し、殺すために。

 必要なコトだった。




 「―――――sich bleiben apromise



 
 紡がれるのは、魔法の呪文。

 祈りと共に、伝える大きな魔力。

 膨大な魔力をつかうにしては、とても小さな奇跡。




 「―――――sich bleiben apromise



 
 続けて詠われるのは、衛宮桜の呪文。

 エヴァンジェリンと同じ呪文を、遅れて紡ぎだす。




 「―――――sich bleiben apromise




 最後にさらに遅れて紡がれる呪文はネカネ・スプリングフィールド。

 それは異端なる呪文の詠唱。――――――『輪唱』



 複数の声部が同じ旋律を異なる時点からそれぞれ開始して演奏する様式。

 音楽などで使われる手法。



 本来複数であつかう魔法の呪文は同一か、もしくは違う呪文をパワーアップさせるために使う。

 『炎』を『風』で強化するというように。 


 だが、今回の魔法は同じ詠唱をそれぞれ違う部位から始める。

 

 
 「―――――leichte Einmischung 」 





 まず導き出されるのは、氷の結晶。

 月明かりを反射させ、魔力をおびて輝きだす。

 エヴァンジェリンが作り出す『氷』の光。

 

 それは光の魔法のように眩い光ではなく、自然な光。

 何時か視た、キラキラと光る水の玉。

 川で遊んでいた子供達が作っていた光の景色だった。




 光が織り成す幻想の景色。

 それは、彼らが視た夢の景色。

 呪いの鬼に堕ちた紺青鬼が視た、夢の景色。


 
 山間に流れる小川。
 
 太陽は西の山肌に没する間際。

 空は余韻を残してまだ明るい、そんな黄昏時が優しく目に映る世界。



 かつて彼らがいた、平和な世界を作り上げる幻術の魔法。
 
 桜の魔力を使って作り上げた、まやかしの光の世界。




 まやかしで、おびき寄せ。

 紺青の鬼を殺す儀式。

 カエリタイと願う心を利用した、冷酷な罠。

 


 

 



 …………そして、その光に導かれるようにして醜い獣があらわれた。






 ◆



 


 ――――――奴が来た。




 エヴァンジェリンとネカネさんから説明を聞いたときは驚いたが。

 奴は本当に光に導かれるように現れた。



 学園の生徒から、妖気を吸収して救おうとした『獏』

 その体内に巣食う妖気。

 エヴァンジェリンが言う事が正しいならそれは、………呪具に利用されたタマシイ。




 過去の幻影に騙され、ここまできた呪われた人間達のタマシイ。

 それら、呪われた鬼と化した村人を吸収した『獏』

 奴は、獏はタマシイの『望郷の想い』に引きずられここまで来た。




 呪われたタマシイは学園にとって、害にしかならない。

 故に殺すしかない。



 
 呪いを、穢れを。学園に撒き散らせる前に。

 そして『獏』の身体。

 もう、奴の体は………何時、死んでもおかしくない。



 過去の桜とその姿が重なる。

 呪いを一身に受けたその姿、もう死ぬしかないもの。

 だが、奴に桜と同じようにルールブレイカーを刺すわけにはいかない。

 ここで、解呪すれば学園に妖気が蔓延する。

 故に、俺では奴を救えない。




 体は原形をとどめることなく傷つき、穢れが肉を食い破り外に出ようとする。

 それでも生きようとする醜い姿。

 もし、呪いにまみれたタマシイが英霊並みの質量なら奴の命はもうない筈。

 弱い一般人を呪具に見立てた妖気。




 ――――――何を呪っているかさえ忘れた、紺青鬼。彼らを体内に吸収した妖怪。





 だからこそ、奴はまだ生きている。



 だが、その時間はもう残り少ない。

 その最後を看取るため。

 俺達はここにいた。





 
 ◇




 

 「――――――das Beeinflussen von Eigenschaft



 『獏』が来たことにより、詠唱は次の段階へと移る。

 光り輝く、夢の光景から。




 ………彼らを殺すための儀式に移行する為に。


 


 いつか見た『夢』で知った懐かしいあの村の光景に。
 
 そこにあるのは、光り輝く川の煌き。

 そして、朝露の輝く野菜畑。




 何もない、ただ平穏だった村。

 もう誰もいない、燃やされた村々。



 
 もう誰もいないはずの場所。

 ソコに、何時か見たバケモノがいた。





 かつて、………無実の罪で殺された英雄。

 二面四手の大鬼とよばれ、【悪】とされたモノ。




 ―――――リョウメンスクナ。


 


 国が、歴史が彼を【悪】となそうと。

 地元では、未だに彼を信仰する者は多い。



 彼が行った恩を忘れず、彼を忘れず。




 彼を「スクナさん」と気安げに呼び、笑いかけた。

 1600年という年月がたっても。今でもその呼び名は続けられている。




 彼は鬼じゃない。彼を神と崇めるわけでもない。

 ただ、………一人の人間として、存在したのだと。

 彼はバケモノじゃない、神でもない。

 ただの「友達」だと。




 そうやって村人達は、言い伝えを守り続けた。

 彼を仲間だと想い続けた村人達が、未だに伝承を残すモノ。

 
 


 ――――――飛騨の大英雄、リョウメンスクナ。




 作られた【悪】が。

 バケモノと呼ばれた鬼がそこにいた。









 ◆






 それは、まさしく夢の光景だった。

 もういないはずのバケモノ。

 皆を護る為に戦い、ただ一人生き残り。

 最後に殺された。

 


 あの頃、平和の象徴だった。リョウメンスクナ。




 その姿をみて、体内にあるタマシイが叫ぶ。



 
 ――――スクナ。



 その声を聞いて。

 光の中にいるバケモノが優しく微笑んだ。

 『獏』の周りには何時の間にか、銀の光が渦を巻いている。

 



                     ―――――――lunare Welt ―――――――

                  【彼らに聞こえない言霊が紡がれたコトにも気がつかない】


                       

 
 暖かくて、冷たくて。………柔らかくて。

 まるで暖かい水の中にいるような光。

 思考力を薄れさせ、見たい【夢】をみせる光。



 



 

 ―――――皆。やっと会えた。




 優しい声だった。

 彼は大きな体に似合わず、いつも優しく呼んでくれた。

 その声を聞いて。………彼らは、嬉しくて。嬉しくて。嬉しくて。 





                      ――――――monatliche Blumen ―――――――    
 
                       【彼らに聞こえるのは、スクナの声のみ】




 

 ―――――スクナ!



 嬉しくて。声に向かって、走り出した。

 呪いにまみれた鬼達はそこにいない。




 『獏』から無垢なタマシイが抜け出していく。

 呪いも怨みも。全て忘れた無垢なタマシイ。

 『獏』の体内にいたことも忘れて、飛び出していく。




 肉を抉られた傷口の痛みも。

 全身を焼かれた灼熱の苦しみも。

 


 ――――ナニを呪っていたかさえ、忘れて。



 

 「――――やっと、皆を見つけられた」 

 バケモノは優しい眼差しで彼らを見た。

 「皆は、遠くに行ってたから」

 
 


 遠く、といわれて。彼らは考え込んだ。

 どこに行っていたんだろう。

 とても強いけど、寂しがり屋なスクナをおいてどこかに出かけるはずがない。

 彼を大事にしている自分達が。



 きっと、遊びすぎて――――――昼寝でもしていたに違いない。



 そう思うと、不意に【夢】の内容が頭に浮かんだ。



 それは、一面の赤い景色。

 全てが燃えつき、赤い川が流れた。

 それは村を焼き討ちした、朝廷の兵が放った炎の色であり。

 流された血の、悲しいまでの暗い赤色だった。


 

 赤い業火の熱が風にのって頬をなぶり。肌が焼け爛れる。



 たくさんの人間の悲鳴や怒号。 

 黒煙は渦を巻き。人々の悲鳴と共に、漆黒の天空へと吹き上がっていく。

 もう、聞こえない戦いの音。その幻聴が巻き上がっていく。





 
 全て死に絶えた色。―――赤。

 燃えるような紅葉に火が移り、更に赤く森を彩っている。

 そこにあるのは、死に絶えた人々。

 

 嘆き悲しむリョウメンスクナ。



 ――――そんな、怖い夢の記憶が蘇る。




 だが、目の前にいるのは。

 優しいリョウメンスクナ。

 自分達を焼いていた瞋恚の炎の痛みも消えていた。

 呪詛も憎しみも身体から消えていた。





                   ――――――lunare Entfernung――――――
 
                      【事実を思い出すことはない】







 もう、恐怖も悲しみもない。…………ならばきっと、あれは【夢】なのだと。 








 ――――そんなことより、怖い夢をみたんだ。




 彼らは口々に訴える。

 自分達が経験した怖い話を。

 

 

 ――――スクナが殺されちゃうんだ。




 拙い言葉、描写不足の意味不明な言葉の羅列。

 それは………むき出しの善意。



 
 ――――僕達は燃やされちゃって、それで。



 それは、彼らにとって最早現実でない出来事。

 夢であった、怖い話。




 その話を聞きながら、彼は。リョウメンスクナは悲しそうに目を伏せた。

 
 「――――――」

 
 リョウメンスクナと共にあった、彼らはその変化に気がついた。

 


 ――――――どうしたの?
 

 ――――――お腹すいたの? 


 ――――――なにか、あったの?


 ――――――誰かが苛めるの?




 リョウメンスクナに、彼らは口々に話しかける。

 顔を伏せていた、リョウメンスクナは視線を戻し淡く微笑んだ。

 

 「いいや、誰も。私はここにきて初めて幸せになったんだよ。皆がとても優しいから」 
 


 その言葉に、深く安堵したのは紺青鬼だった村人達。
 
 いや、………もはや。ただの霊になった人々。

 

 (スクナ。今度はなにをするの?)

 (刈り入れ? それとも山に狩りにいく?)

 (それとも、川で遊ぶ?)




 その言葉に、優しく否と首を振った。

 その姿は、鬼神というより。

 どこか女性のような。

 匂いたつような優美さがあった。




 「―――――帰ろう村へ」



 そこに、言霊が忍び込む。

 彼らの思考力を奪い、幸せな夢を見せるための言霊。

 彼らの考える力、呪う力を奪う言霊。





          ―――――――das Schlafen von Entwurf―――――――

                【ゆっくりと、眠りなさい】
          
 




 ………何もない、村だけど。

 暖かい食事と仲間がいる平和な村へと。

 彼らは。
 
 夢の光景は、そのまま上へと昇っていく。





 ――――うん、帰ろう皆の場所に。

 ――――大丈夫だよ、もう離れないから。



 ――――僕達は皆、………スクナが大好きなんだから。





 光に包まれた夢の世界。

 ありえない絵空事。 




 ………呪われた鬼、紺青鬼。

 彼らを救う奇跡など、この世にはない。

 過去に戻る事も、死者を生き返らせることも、………不可能。



 彼らのために、彼女達ができること。

 それは泡沫の夢を見せることだけ。

 
 
 彼らを村に帰す。………そんな夢を見せることだけだった。







 光の中でかれらは。紺青鬼だったモノ達の顔は変わっていった。

 陰惨な碧い顔色は、もとの柔らかな肌色に。

 狂気を宿した目は、透明な涙が流れる黒い瞳に。

 そして矮躯だった体が、人間の姿に。




 ――――それは、かつて飛騨の英雄がみた夢の景色。

 彼が望んだ、彼らに幸せな夢をみせること。






 そうして何時か見た、夢を移した光景は。

 彼女達が夢で見た光景は、現実となり。

 上にあがっていく。



 彼らを騙す『儀式』
 
 彼らを殺す『儀式』




 『夢移し』の儀式は終盤に差し掛かろうとしていた。






 ◇
 





 ―――――それは、懐かしい光景だった。




 金平糖を使った夢見の術。夢で視た景色。『夢移し』

 ただそれを大きくしただけの幻影。



 彼らが夢で視たリョウメンスクナ。

 彼を夢のままに『現実に移した光景』


 
 夢とは架空の世界。

 架空のモノを創るために必要なもの。

 衛宮桜の魔術特性、架空元素。

 その稀有な属性を使い、村人達ですら騙せる質感を持たせる。

 影の巨人を作った桜なら、それは可能。

 問題は、造形と言霊。

 彼女に、桜に虚数魔術をソコまで正確にかたどるのは不可能。

 故に、かたどる別の人間がいる。




 まず膨大な魔力とその魔術特性を使い、幻術を生み出したのは。

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

 真祖の吸血鬼。



 魔力さえあれば自分の姿と質感さえ、偽る事のできる幻術の魔法使い。

 かつて、人の精神を自分の世界。

 幻想空間に移行できる、魔法使い。





 

 そして、その最後。

 彼らの心を開くのは、白の魔法使い。

 もういない、リョウメンスクナの声を真似。

 村人達の心を開かせる言霊を紡ぐもの。



 ネカネ・スプリングフィールド。



 心理学を学び、傷ついたヒトを救うために魔法を学んだ。
 
 いつか、マギステル・マギになることを誓ったスプリングフィールドの血縁。





 この3人で『夢移し』を現実にした。
 
 桜の魔力で全体の質感を作り、エヴァンジェリンが細かくかたどり。

 ネカネが言霊で彼らを騙す。

 【夢】の詰まった金平糖を口にした3人だからできること。
 





 膨大な魔力にあわない、あまりにも無駄な魔力の使い方。
 
 意味の無い行動。






 もう死んだ人間など、ただ浄化すればいい。

 恨みを持とうと、どんな最後だろうと。

 生きている人間には関係ない。






 ――――誰もがわかる。それが真実。






 それでも彼女達は、儀式を続ける。

 報われなかったモノ達、彼らに最後の夢を。

 幸せな、偽りの世界を創るために。






 その愚かな行動を彼女達は続ける。




 



 
 そして『輪唱』である魔法は、エヴァンジェリン、桜の順で終わる。

 最後に黄泉へと送るのは、ネカネ・スプリングフィールドの役目。




 彼らを最後まで騙しぬき、静かに黄泉へと送る。

 コレができるのは、白魔法と共に人の精神を学んだ彼女しかできないこと。

 静かに、彼らを眠らせる。

 それがあの、金平糖に含まれたメッセージ。

 夢で詠われた、彼らの世界を作ること。




 未来を他人に話すことは許されない。

 全てを謎かけのように、あいまいにぼかし。
 
 彼女達の頭脳を信じた。………メッセージを正確に理解できると信じて。





 そのメッセージを叶えるために、最後の呪文を唱える。





 「―――――――paradiesisch Weltphase







 

 そして、エヴァンジェリンと桜は最後の役目を果たすために。

 光の世界の下にいる、『獏』へと近づいていった。







 ◇





 星が降るような夜空だった。

 初春の季節。空気が澄んでいるとはいえ、街中でこれほどの夜空を見上げることは珍しい。

 深遠に銀砂を散らしたが如きの夜空は、どこか不自然さを感じさせる。 



 
 そして、足元には闇に蠢く醜い獣がいた。

 その醜い『獏』を飾るように、桜が舞落ちる。




 甘い毒が染みわたるような香り。

 それは【獏】から漏れでた臭い。



 『獏』の身体には所々、赤い華が咲いていた。

 それは、体内から紺青の鬼が抜け出た姿。

 無垢な魂となって、彼から出たときにできた穴。 




 そこには妖気が甘い毒となって、こびりついていた。



 そう呪いは『獏』が吸収した。 




 紺青鬼がいくら怨みを忘れようと、呪いから開放されようと。

 彼らにかけられた呪術が解けたわけではない。

 彼らの貯めた穢れが消えたわけではない。


 
 彼らが解放されるためには。
 
 彼らが呪いを、恨みを忘れるためには。




 ………誰かがその呪いを引き受けなければならなかった。


 

 『等価交換』という言葉がある。

 ナニかをなすためには、代償が必要。

 

 呪いを彼らからなくすためには………誰かの体に呪いを埋め込むしかなかった。






 ◆





  
 上空には光の世界。

 恨みを忘れる事ができた、優しい村人達。

 

 彼らの呪いを吸収して、

 痛みに震える身体を起こし空を見上げた。




 ………かつて聞こえた声。

 タスケテ、クルシイ。そう訴えた怨嗟の声はもう聞こえない。




 そこにあるのは、偽りの世界。


 苦しんでいたものが、笑い喜び。

 幸せに生きる世界。

 穏やかな世界、光の世界。

 その偽りの世界の下では、春の雪が降る。





 吸血鬼の少女が紡いだ言霊と共に、氷の破片が飛ぶ。

 桜の花弁を含み、新たな結晶となる氷の景色。



 偽りの春雪が。小さく醜いものを埋め尽くすように。

 優しく降り積もっていく。



 それは、偽りの儀式。




 彼らを救うわけではない、ただ眠らせるための儀式。

 彼らを殺したくない、殺させたくない。

 そう願った男が考えた苦肉の策。



 

 あの日に戻りたいと願った彼らに、最後の夢をみせること。

 それが………殺すしかない、この学園の者たちができること。






 あの時、学園に来た時。最初に夢を視て知ったことは。

 紺青の鬼が報われない村人だという事だった。

 そして、次に視た予知夢。

 エヴァンジェリンが彼らを殺すところを夢で視た。




 夢で視たことは変えられない。変える事は許されない。

 だから彼らは、エヴァンジェリンに殺されなければならない。
 


 だが、………その方法は【夢】で視れなかった。

 ならば、その方法は選ぶことができる。

 変えるコトが許される。



 

 ならば、殺す方法を変えればいい。

 彼女が、彼らを呪いに穢れた姿で殺すのではなく。

 エヴァンジェリン達が呪いから開放して。

 彼らを成仏させればいい。




 そうすれば………きっと。





 彼は。

 こうすれば―――全てが救えると思った。

 これなら、皆が幸せになれると。




 だが。コトを成してしまえば。

 




 胸を過ぎるのは後悔だけであった。

 自分が傷つくのはいい、でもエヴァンジェリンを傷つけたくなかった。

 なにも知らずに、無実のモノを殺す。そんなことを彼女にさせたくなかった。

 ただそれだけの、想い。



 関係ない村人など、どうなろうとどうでもいい。

 そう思っていた。

 

 それなのに、なぜ………。





 冷たいアスファルトに傷ついた身体を横たえて、偽りの雪を肌に感じた。

 美しい筈の偽りの光は、とても侘しく。

 まるで身体に空いた穴から、鉛の塊でも詰まったかのようだ。
  


 小さく息を吐き、もう一度ソラを見上げた。
 

 
 こんなことは、いつものことだ。

 【夢見】の能力を得てから、何度も視てきた。

 守れないものがあった。

 救われない人間など腐るほど。

 変えようとしても、変えられない未来。

 そんなもの。何度も視てきたのに………。




 なのに、なぜ。

 こんなにも、彼らの【夢】が悲しいのか。






 ――――――すまない。



 結局、自分は何をしたのだろう。

 何度、己の非才を呪ったのだろう。


 
 ――――――すまない。



 自分勝手な自己満足を押しつけ。

 彼らを騙した。
 


 ――――――すまない。

 


 誰一人、救うこともできず。

 彼らの神さえ偽った。




 ――――――すまない。




 最後の泡沫の夢さえ、人任せだった。






 
 欺くことが【罪】であるなら。

 人を殺すことが【罪】であるなら。

 



 彼はまさしく『悪』であった。

 後悔も懺悔も謝罪も許されない【悪】

 
 
 

 結果は変わらない。救いはない。



 だが、それでも。

 せめて最後に………優しい夢を彼らに見せてほしい。彼女の手によって。



 それはエヴァンジェリンしかできない魔法。

 エヴァンジェリンが【彼らを殺す】と夢にみた。

 彼らを殺すのも、眠らせるのも。


 エヴァンジェリンにしか、許されなかった。
 



 だから、こうするべきだと思ったのに。

 それでもこの胸には後悔しかなかった。

 
 
 偽りの世界は彼らを騙し続け。

 彼はその罪を作ることすらできない。

 頭上にあるのは光あふれる、偽りとまやかしの世界。

 その頭上の光に、僅かに影が差した。






 「―――――あいかわらず馬鹿だな、貴様は」



 

 影から囁かれる声に、もう限界まで呪いに穢された身体を動かし。

 こちらにゆっくりと近づく、エヴァンジェリンをみた。

 彼女は彼を見ながら、優しげに――――冷たく、言葉を紡いだ。






 「―――――これで満足か? 偽善者」



 力なくうなずく『獏』に彼女は言葉を続ける。



 「―――――気がついているのか? これが単なる茶番だと」



 声に含まれた殺気は、聞くモノが寒気を覚える怜悧なもの。



 「奴等が手に入れたものなどなにもない。何の願いも叶えていない。貴様がしたことは」






 ―――――私達がしたことは。






 「騙して、………奴等を殺しただけだ」



 



 その言葉に、肯き。彼はソラを見上げた。

 ………そこに、綺麗なモノをみつけ。微笑んだ。

 キラキラと光る珠の滴。

 それは何時か見た、川面で遊ぶ少年達を思い出して。

 それを追いかける、彼らが。

 とても、悲しくて。



 「そうですね。これはきっと………偽善なんでしょうね」

 

 その言葉に息を呑み。

 エヴァンジェリンはなおも、言葉を続けた。




 「―――――――知っているか? 貴様のような奴を………コウモリ野郎と呼ぶんだ」

 




 その言葉に苦笑する。

 それは間違いのない事実。


 人間である時に、バケモノと呼ばれたエヴァンジェリンを救い。 

 バケモノになって、人を救い。バケモノである紺青鬼を救うために動いた。



 どっちつかずの偽善者。

 誰の敵でもあり、誰の味方でもある。


 それはまさしく、コウモリの姿。

 鳥と動物の間をせわしなく行き来した、卑怯者の烙印。


 そして――――。



 

 「―――――あの時も言ったはずだ。偽善では何も救えないと」





 そう、偽善では何も救えない。

 彼らは結局救われなかった。

 彼らはただ、騙されて死んでいった。

 

 その最後にどんな想いがあろうと、それが真実。 



 

 「――――――こうも言ったはずだ。善であれ悪であれ、力のない者には何もできない」




 
 そう、それも真実。

 彼では『獏』では誰も救えなかった。

 何もできない無能な男。



 呪いを浄化する事も、エヴァンジェリンが『彼らを殺す』という未来も変えられない。

 そして、彼らに。

 最後の夢を見せることも………彼にはできなかった。 



 

 彼にできるのは唯一つ、夢を視ることだけ。

 そして、それをダレかに。………見せることだけ。




 彼の夢見の能力では、紺青鬼は騙せなかった。

 だから周りの人間を利用した。


 
 金平糖のメッセージ。

 夢を移し、彼らにこの夢を見せて欲しい。




 未来を誰かに伝えることは許されない。

 故に、すべてを曖昧にぼかしたメッセージ。





 それを読み取る事ができたのは、彼女。真祖の吸血鬼。

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。彼女だからできたこと。



 故に、彼は何もできなかった。

 彼が成したことは、彼らの呪いを引き受けただけ。




 「――――それでも、救いがないと解っていても。やめることはできなかったのか?」



 


 エヴァンジェリンの質問に答えることは許されない。

 未来の景色を話すことは、彼には許されない。

 未来を変えるコトは許されない。


 

 彼に視えた景色。

 それは、『エヴァンジェリンが紺青鬼を殺す』ということ。




 報われない村人を殺すのは、エヴァンジェリン。

 この未来を変えるコトは許されない。





 故に妖気を。村人達の魂を取り込んだ時点で。

 彼は学園から出ることを許されなかった。

 
 
 エヴァンジェリンにかけられた呪いは、学園外に出ることを許さない。

 故に、紺青の鬼を学園外で解呪することは許されない。

 それは、未来を変えること。

 エヴァンジェリンが彼らを殺すという、未来が変わってしまう。





 だから、可能性に賭けた。

 学園内でエヴァンジェリンが彼らを呪いから開放する。

 この可能性に。



 エヴァンジェリンが彼らを殺さなければならないなら。

 エヴァンジェリンが彼らを成仏させればいい。

 呪いから開放させて、成仏させることをエヴァンジェリンがおこなえばいい。





 これで事実は変わらない、結果。

 エヴァンジェリンは彼らを成仏させた。

 

 それは【殺した】というコト。





 「―――――そうですね、やめることはできませんでした」




 だが、その事実を話すことは許されない。

 未来を話すこと、確定した事実を曲げる事。

 そんな事は………無能な男には許されない。



 呪いにまみれた姿で。

 ろくに目もみえず、息もままならない。

 それでも、彼にその事実を告げる自由はなかった。

 




 「変わらんな、貴様は。そうやって偽善をつらぬくんだな」


 ―――――己が傷つくと解っていても。





 最後に、優しげに。そして暖かく彼に微笑んだ。

 そして、その言葉を最後に、エヴァンジェリンの気配が変質する。








 もう時間はない。

 彼に残された時間は、最早僅か。

 最後の言葉を終え、彼の傍へと更に近づく。








 「―――――では、覚悟はいいか?」

 「やはり、許してはもらえませんか」   
   
 「当たり前だろう、今の貴様はまだ妖気に汚染してるのだから。それに――――――」




 

 ―――――私をタダで使えると思っているのか?
 



 そう冷たいセリフを、艶やかな表情で彼女は語った。

 そう、この世は全て等価交換。

 ナニカをさせたいなら、代価が必要。





 数々の異名を持つ、真祖の吸血鬼をアゴで使い代償が必要でない筈がない。

 それは、彼の。無能な男の命では軽すぎる代価。




 
 頭上では、光の世界。

 彼の周りには、暗黒の世界。

 

 それが、彼が選んだ道。



 第一、彼を救う方法がない。




 彼を救うためには解呪が必要。

 今から、学園の外にでて解呪する?
 
 


 ―――――却下。


 

 ボロボロになった体。

 限界まで、呪いを身に宿した体はソコまで動けない。

 



 では、核となる村人のタマシイが開放されたのだから。

 この場で解呪する?

 



 ―――――却下。



 それでは学園に妖気が蔓延する。

 そもそも、穢れを学園に拡散する事は許されない。

 エヴァンジェリンも衛宮士郎も。学園を護る為に動いている。


 タマシイがなくなったことにより、妖気の総量が減ったとはいえ。

 まだそれは危険なほど多い。









 では、彼を氷漬けにして時を止め。

 学園外に連れ去る?




 ―――――論外。



 くどいようだが、彼の体はボロボロ。

 もう動くコト、動かすコト。

 それ自体が危険。

 



 

 故に、彼は死ぬ。

 彼は、小さな思いを遂げた男は。


 

 小さな自己満足と共に消えていく。





 妖気、穢れ、呪い。

 これらと共に消えなければならない。

 それが『獏』自身が選んだ運命。

 

 彼が望んだ未来。――――彼の結末。
 







 そう、ココに。…………彼女がいなければ。








 
<続>

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