――――――月がでていた。
  





 夜になって、風が出てきたのか。

 まだ春が浅いこの季節。氷の鋭さをはらんだ突風が麻帆良の森を駆け抜けていく。






 突風に頭上の雲が割れ、碧い月光が漏れおち。

 樹上の2人の影を地面に描いた。

  
  
 1人は女性。

 肩と背中が大きく開いた遊女を思わせる和服。
 
 誰もが振り返るような美しさを持ちながら、その目。鋭い視線が彼女の美しさを損ねていた。




 そしてもう1人は子供。

 小さな影。姿形が見えないその姿は、どこか人を不安にさせる。




 

 吹きすさぶその風が、あまりにも不釣合いな2人の影を揺らす。






 「―――――予想外。というのは、こういうコトをゆうんやな」      

 「そうだね。でもこの方が何かと都合がいいんじゃないかい?」

 「そうやな、妖気の実体化。しかも、………」






 髪の長い女が、クスクスと笑いながら。

 心底楽しそうに、新しいおもちゃを見つけたように嘲笑う。






 「くどいようだけど」

 「――――わかっとる。ネギ・スプリングフィールドに手出しはせえへん。それに………」 

 「そうだね。その状態の君を誰も殺せないし、彼も手出しはできない」
 
 「そうや。あとは、あいつらが妖気を浄化すれば良し。殺すも良し」

 「リョウメンスクナの縁故のものを、紺青鬼にする………か。よく思いついたね」 

  
 
 



 そう、これは麻帆良学園が知らない事。

 知られてはならない事。




 紺青鬼が雷電関係者だけでなく、士郎達以外の場所ではリョウメンスクナ。

 飛騨の英雄。大鬼神の縁故のモノが使われたということ。

 その意味。




 雷電、日本で知らぬものはいないほど有名な神。


 

 太政大臣、菅原道真。

 死後。天満宮天神の名を受け、学問の神として名高い人物。



  

 彼の降霊術に必要なもの。

 梅と縁故の人間。………そして、呪いの鬼。紺青鬼。



 

 だが、万全を期するなら。

 士郎たちの場所以外も紺青鬼になる人間は、雷電。

 菅原道真の縁故。

 彼の親戚を紺青鬼にしたほうが、降霊術は容易い。

 




 にもかかわらず、術者近くの紺青鬼だけを雷電関係者にした。




 そして、それ以外をリョウメンスクナの関係者にした理由。

 それは、このあとに続く儀式の為。

 学園に、関東魔法協会に復讐する為。





 「楽しみやな、奴等が。正義の魔法使いが、報われない霊を殺すのを見れるんやから」

 「――――――そして、その結果」
  
 


 その先を言わせず、ニタリと嘲笑う。

 そう、それが計画。





 一番良かったのは、雷電でこの土地。

 麻帆良を、壊せればよかった。

 だが、この結界と大勢の魔法使い。

 可能性は低い。

 



 だから十重二十重の策を弄した。

 雷電で壊せなかった場合のために。

 雷電を降霊した場所以外、全ての紺青鬼はリョウメンスクナの関係者を使った。

 この意味。



 
 そして、それを隠す為の小細工。

 

 そして最後の仕上げが。

 この地。麻帆良で――――――リョウメンスクナの関係者が殺されるということ。 
     
 
 



 「―――――本当に楽しみやわ」

 「…………」  



 


 声がたおやかに、闇になじむ。

 その姿を見ながら、その声より更に低い位置にいる彼は。

 
 

 感情をうつさない氷の視線で、彼女を見ていた。




 いつか見た、彼女の姿を思い出しながら。

 力が欲しいと、少年のところに来た時のことを思い出しながら。




 哀れむように、蔑むように。―――――――ただ、見ていた。




 ◆




 あの日もこんな風が吹いていた夜だった。



 女は噂を聞きつけ、僕のところに来た。

 大戦で殺された両親。その仇が討ちたい、といいながら。





 (力が欲しい)

 (仇が討てるくらい)
 
 (世の中に両親の無念を、しらしめたい)




 (同じように、無念で死んだリョウメンスクナの力を借りて)
 
  
 

 リョウメンスクナの力を利用しようとした、彼女。



 だが、彼女の能力でそれはできない奇跡。
 
 ありえない絵空事。

 故に、自分の所に。


 

 リョウメンスクナの力を得る方法を、聞きにきた。


 


 (恨みをはらしたい。どうか、うちに力を)

 (うちに両親の恨みをはらす力を)


 


 

 「鬼にとなれば。人としての心を捨てれば。かの大鬼神の力も借り『ならば鬼となる』………」

 「―――――うちは、鬼になる。それで、お父ちゃんとお母ちゃんの恨みがはらせるのならば」





 予想通りの言葉だった。

 望むべき言葉を引き出した時。僕の計画は動き出した。

 だが、そのあまりにも虚ろな笑い声に。





 小さく眉を顰めてしまった。



 憐憫の情でもわいたのだろうか。

 彼女を利用する為だけに近づいた。僕に。

 彼女から自分のところに頼みに来るように、情報を操作した僕に。

 



 かつての大戦で、両親を無くし。

 復讐だけを生きがいにしている彼女。




 かつて愛した男。

 彼が最後に召喚した、雷電すら踏み台にして。

 復讐を誓った女。――――天ヶ崎千草。





 その気持ちを利用する、僕に。

 誰かを哀れむ心など、あるのだろうか…………。





 そんな感傷に浸ることも許されず、彼らの計画は動き出していく。

 そう、彼らの計画は完璧だった。



 リョウメンスクナ。

 飛騨の大鬼神、彼が抱くであろう恨み。

 彼の眷属が殺されるという事実。これにより彼がこの地に恨みを持つこと。





 そして、計画外とはいえ。

 彼らにとって有利にしか運ばない、妖気の実体化。 

 


 全ては予定以上の成果を生もうとしていた。



 そう、ここに。………1人の愚かな男がいなければ。
 
 

 








   遠い雨    21話










 ―――――――雲が割れた。




 割れた雲から月光が差し、まだ花冷えする春の夜。
 
 まだ肌寒い、しめやかな大気に月光が触れ。

 


 ………サワッ 




 と、周囲の桜並木がかそけき葉ずれの音を響かせた。


 風が幾分強くなり、碧い月光に打たれた梢が花を散らせ道を覆う。





 花の影に薄く街灯を覆われた道、桜通り。 
 

 薄暗いその道を、宮崎のどかは歩いていた。




 

 ――――桜通りの吸血鬼。

 
 昼間の身体測定で話していた噂を思い出す。

 

 

 満月の夜になると現れるという、吸血鬼。

 真っ黒なボロ布に包まれた姿で、ココ桜通りに現れるらしい。



 ………ゾクリ。



 悪寒をかんじて、空を見上げる。

 そこにあるのは、桜に彩られ中空に浮く満月。

 誰もいないことを確認して、溜息を漏らす。



 ――――解ってるのに。


 

 いるはずがない。吸血鬼なんているはずがない。

 解っているのに、なぜか震えが止まらなかった。



 そして震えながら、もう一度空を見上げると。

 

 いなかったはずの、………黒い影があった。


 

 街灯の上に、黒い帽子とボロボロの外套に包まれた小さな影。

 足元に僅かに覗くハイヒールは、その黒い影が女性だという事を意味している。



 桜に彩られた黒い影から、目をはなすことができず。
 
 悲鳴すら、出すことができなかった。

 

 そして………。突然、黒い影が目の前から消失する。




 「え――?」

 「―――――すまんな、宮崎のどか」



 声と共に、首筋に衝撃を感じ。意識が…………消えていった。

 いつの間にか、後ろに立っていた黒い影が話す謝罪の言葉を聞きながら。





 ◇






 宮崎のどかの意識を刈り取ったあと。

 エヴァンジェリンは士郎に向き直った。




 「―――――奴は本当に来るのか?」

 



 士郎のそれは、ただの確認。

 獏に残された時間は、あまりにも少ない。 
 
 もって、一週間。早ければ明日にでも消えるだろう。


 
 穢れた妖気を身に宿していながら、宮崎のどかの妖気を吸収。

 残り少ない命を更に削る為に、現れるであろう『獏』



 奴にはおそらく。もう幻術を使う力すら残っていない。

 故に、宮崎のどかを俺達が襲い。

 俺達の前で、妖気を吸わせる。



 宮崎のどかを襲う前に殺したいところだが、それはコイツ。

 エヴァンジェリンが許さない。

 最悪、俺と刺し違えてでも奴を守るつもりだ。




 どうせ、殺す命だというのに。

 最後まで、奴のわがままを貫かせようとするエヴァンジェリン。

 彼女はなにを考えているのか? 





 だが、




 「奴は殺されると解っていても、本当に現れるのか?」

 「ふん。すぐ解る………むしろ」  
 





 ―――――来ないでほしい。



 どこか祈りにも似た言葉を飲み込み、そして。



 

 その言葉が終わるか否かの狭間に、ふわりと風が吹いた。




 吹き込んだ風が黒い瘴気となり渦を描き。

 汚れた瘴気に月光が昏く翳る。

 呪いに塗れた闇。作られた昏い世界。



 そこに、醜い獣がいた。



 その醜い姿に息を呑む。



 来ると解っていた。来ないで欲しいと願った。

 姿形が変わっても。

 生きてさえいてくれればいい。

 そう、何度願っただろうか。

 

 穢れ醜いその姿。

 そんな姿になって、なぜ誰かのために生きるのか。



 とめるべき理由は幾つもあり、助ける方法も幾つもある。

 宮崎のどか。

 彼女を救うのを少し遅らせる。

 それだけが、………なぜできない。



 
 だが、その眼差しをみると。

 なぜか言葉が出なかった。





 ◆






 淡い月光の下、震える体を騙しながら。

 彼女に近づいていった。



 体はポンコツ寸前。呪いに蝕まれ、目は見えているかさえ怪しい。

 体は崩れ、動く事すらままならない。

 そんな私を見ながら、エヴァンジェリンは。




 彼女は小さく俯きながら、少女。

 宮崎のどかを抱いている。      
 
 
 
 
 そして、もう片方の手には氷の刃が生えていた。

 魔法の剣だろうか。

 そのあまりにも、強力な魔力に体の震えが止まらない。



 「もう一度言うぞ、宮崎のどかの妖気を吸収した後――――――貴様を殺す」
 
 


 彼女は冷たい殺気を纏って、私に最後の忠告をする。

 解っている。

 それは、多分。彼女ができる最後の忠告。




 この場で逃げ出せば見逃す。

 そうすれば、助かる。
 
 学園も、宮崎のどかも。………そして、私も。



 
 だが今。この妖気を吸い取れば、私の体はどうなるか解らない。

 ならばここであきらめる。それが最善の選択。




 そう思っているなら、問答無用で私を拘束すればいいのに。



 だが、彼女はあくまで忠告しただけ。

 その不器用なやさしさ。

 何年たっても変わらない。

 



 できれば、彼女の言葉に従いたい。

 もう、関係ないのだから。

 彼らがどうなろうと、学園がどうなろうと。

 

 ただの妖怪に堕ちた私に、なんの関係もない。

 


 ………それでも。





 彼女の言葉に、小さく肯くと。

 宮崎のどかという、少女の首筋に小さく口をつけた。





 ■





 ラインが繋がれ、黒い幕に映像が流れ出す。

 そこはいつもの夢の景色。

 此処ではないどこかの、私ではない誰かの夢の物語。





 山の狭間に日が落ちて、地上に闇が満ちる時。

 月が昇るまでの幾ばくか。

 その闇より深く濃い墨色を、黄昏時という。






 異界の住人、人でないモノ。

 そんなモノ達が見る夢。




 異形となったモノ達の、実体化した妖気――――彼らの。古い、古い夢だった。 
 





 
 そこは一面の焼け野原だった。
 


 赤の幻影。

 

 それは村を焼き討ちした、朝廷の兵が放った炎の色であり。

 流された血の、悲しいまでの暗い赤色だった。


 

 赤い業火の熱が風にのって頬をなぶり。肌が焼け爛れる。



 
 熱をもって吹きつける風に音が混ざった。

 


 たくさんの人間の悲鳴や怒号。 

 黒煙は渦を巻き人々の悲鳴と共に、漆黒の天空へと吹き上がっていく。

 もう、聞こえない戦いの音。その幻聴すら巻き上げていく。





 
 全て死に絶えた色。―――赤。

 燃えるような紅葉に火が移り、更に赤く森を彩っている。

 そこにあるのは、死に絶えた人々。

 崩れ落ちた家屋。




 ………そして、慟哭しているバケモノだけであった。



 一つの体に二つの顔。二対の手。二対の足。

 それは正しく、バケモノと呼ばれる姿。



 

 ―――――飛騨の英雄リョウメンスクナ。


 

 彼は叫び続ける。

 全てが失われた赤い大地に。





 恨みでもなく、怒りでもなく。

 ただ、――――――村人に謝り続ける為に。








 周りにあるのは最早、人ではないモノ達。
 
 焼け焦げ、炭になったモノ達。




 家屋は焼け落ち、森は燃やされた。

 そこに、優しかった村人の姿は無い。



 
 村人達は皆、彼が好きだった。

 彼を信じ、王として敬い。…………友として、愛した。


 
 姿形など関係ない。そう言って、彼を愛した優しい村人達。

 初めてできた、己の居場所。

 バケモノと蔑まれ、いわれの無い迫害を受けた彼の。

 最後の理想郷。





 その全てを壊したのは。―――――リョウメンスクナ。己の存在だった。
 



 
 ――――――すまない。



 何度、謝ったのだろう。

 何度、この村から去るべきだと思ったのだろう。



 ――――――すまない。



 村人達の優しさに甘え、自分がバケモノだということを忘れ。

 見てはいけない夢を見てしまった。




 ――――――すまない。





 もし、もう一度。

 夢が見れるのなら。

 今度こそ、君達を幸せに。



  


 彼は、許されない自分を責め続け。

 誰も聞かないであろう、謝罪を続けた。





 ◇


 

 そして上空には、彼を見守っている人間達だったモノがいた。

 彼らは、リョウメンスクナの罪だとは思わない。

 むしろ、弱い自分達を恥じた。

 




 自分達が弱いから、朝廷の兵に負けたのだ。

 弱いから、家族を失ったのだ。

 弱いから………こんなにも、リョウメンスクナが悲しんでいるのだと。



 

 だから、彼らは。

 弱い自分達を恥じて。



 力を求めた。碧い紺青の力を。

 死んでも、死にきれない。

 彼を、優しいリョウメンスクナを置いてはいけない。

 


 だから、願った。

 力が欲しい。………ただ、そう願ったのだ。


 







 ◆





 そこで、夢から覚めた。

 飛騨の大鬼神、リョウメンスクナ。


 

 
 彼を救いたいと思った、優しい村人達の魂。

 呪っても、それだけは忘れなかった妖気に堕ちた紺青鬼。

 
 
 
 彼らの願い。

 平和な村に帰りたいという想い。
 
 リョウメンスクナを救いたいという願い。




 人間らしい、生活を取り戻したい。ただそれだけの願い。



 

 だが、………。そんな願いを叶える【奇跡】はない。

 時間は戻らない。過ぎ去った過去は変えられない。

 現実は覆らない。歴史は変えられない。

 


 死んだ人間を生き返らす力。

 過去に逆行し、未来を変える力。
 







 そんな力は………無能な男にはなかった。

 彼にできることは、唯一つ。

 夢を見ることだけ。

 

 それだけが、彼に許された唯一の異能。

 使い道の無い、弱い力。

 

 ただ、それだけしかできない。弱い男。

 故に、彼は………。








 ◆




 夢から覚め、妖気を吸収した時。

 最初に見たものは、剣を構えたエヴァンジェリンだった。





 「―――――終わったのか」
  
 


 吸血鬼の少女は、小さく私に確認をとった。

 その手にあるのは、魔法の剣。

 

 ―――――エクスキューショナー・ソード
 



 触れたものを気体に強制的に転化させる剣を作り出し、攻撃する魔法。





 この身にある、妖気ごと昇華しようというのだろうか。





 「覚悟はいいな。偽善者」

 「―――――最後に一つだけいいでしょうか?」



 その言葉に眉を顰め、彼女は私を睨みつける。

 そして、溜息をつきながら言葉を紡いだ。 






 「なんだ?」

 「さっき届けた、あの品の感想を聞いてもいいでしょうか?」





 ◇






 「さっき届けた、あの品の感想を聞いてもいいでしょうか?」



 これから死ぬという奴の、あまりにもくだらない願いに怒りがこみ上げる。



 そんなことが、願いなのかと。
 
 そんなこと、いったいなんになるのかと。
 



 だが、最後の願い。

 学園の為に、命をかけたコイツの願い。

 馬鹿な男なりの、最後の願い。 




 「スマンが、席を外してもらえるか」  

 「――――――解った。宮崎はこちらで運んでおく」 




 何も言わずに、席を外す衛宮士郎の気づかいに感謝した。

 なにも言わずともわかる。

 これが、奴との最後の別れ。

 このあと、コイツは………。殺さねばならない。






 ◇







 衛宮士郎が離れたあと、奴に向き合った。

 そこにいるのは、ボロボロになった妖怪。

 ソイツに最後の別れの言葉をかける。




 「――――――スマンな。時間がないので口に入れていない」

 「そうですか。………感想を聞きたかったのですが」

 「無理だな、時間が無い」




 そう、時間が無い。

 コイツの体は今。破裂寸前の風船みたいなモノ。

 このままでは、もって明日までの命。


 

 だが、この状況で明日まで命を永らえたところで意味が無い。

 今から、家まで戻り。

 奴の望みを叶えるなど、愚の骨頂。


 
 その僅かな時間で奴の体が、破裂する可能性がある。




 そう、衛宮士郎との約束。

 そして、かけられた呪い。

 学園に害を及ぼすものを、排除する。

 それが、彼女の仕事。


 故に彼女は『獏』を見逃せない。




 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは、『獏』を殺すしかない。

 そして『獏』にエヴァンジェリンから逃げる身体能力はない。

 限界まで妖気に犯された体に、そんな動きは不可能。




 第一、目の前にいるのは真祖の吸血鬼。

 万全の状態でも勝てる相手ではない。







 では、誰かが助けてくれるか?

 ―――――否、ありえない。 





 衛宮士郎は元々、獏を殺すために動いている。

 故に、獏を助ける事など無い。





 衛宮桜、ネカネ・スプリングフィールドは生徒の治療中。

 ココに現れることなど無い。



 
 ライダーは主の為以外に働かない。

 故に、獏を助けるコトなどない。




 故に、彼。『獏』は死ぬ。

 彼の小さな願いは叶わない。





 ――――――彼には、僅かな望みさえ許されない。………それが命をかけた男の結末。




 満たされず、誰からも理解されず。ただ死んでいく。

 それが、彼の運命。











 

 そう、ここに。…………彼がいなければ。






 ―――――――ras tel ma scir magister


 
 
 紡がれるのは、魔法の始動キー。

 拙く、幼い力。


 

 ―――――――光の精霊11柱。集い来たりて敵を討て




 本来、ココにいないはずの者。

 まだ弱く、それでもマギステル・マギを目指すもの。




 ――――――魔法の射手、連弾≪SAGITTA MAGICASERIES≫   光の11矢≪LUCIS≫



 

 彼の名は、ネギ・スプリングフィールド。

 大戦の英雄、ナギ・スプリングフィールドの正統なる後継者。






 ◇






 ―――――かつて。

 



 1人のマギステル・マギがいた。

 サウザンドマスターと呼ばれ、大戦の英雄として生きた青年。

 多くの英雄譚が今も語られる彼。


 


 自分のしたいように生き、やりたいように動き。世界を救った青年。


 

 その彼が残した、唯一の後継者。






 ネギ・スプリングフィールド。

 まだ、幼い魔法使い。

 

 彼は昼に佐々木まき絵の異常を感じ、士郎と姉達に相談しようとしていた。



 だが、彼らは学園の仕事でネギと話すことができなかった。

 故に彼は一人で、この桜通りの吸血鬼を捕まえようとした。

 彼より強い、高畑・T・タカミチの助けを借りることすらせず。




 勇気と無謀の違いを知らない、あまりにも幼い思考回路。

 間違った状況判断。



 強力な魔力の剣を振りかぶっている。

 ただ、それだけで攻撃をした。



 そんな、幼い考え。






 ――――――だからこそ、奇跡が起きる。





 本来、助かるはずのない命。

 この場で殺されるはずの『獏』

 彼を救ったのは、そうとは知らない。

 未熟な魔法使いの、独りよがりな暴走。





 それは何時かマギステル・マギになる少年がおこした、………最初の奇跡だった。









 ◇






 薄暗い桜通りに、閃光が走る。

 その数は11本。

 それぞれは、まだ未成熟とはいえそれなりの威力。




 だが、衛宮桜から魔力を得られる私にとってそれらは脅威ですらない。

 おそらく魔法障壁でほぼ無効化できる程度の威力。




 ―――――だが、後のコイツは違う。




 限界まで妖気に犯されたコイツは破裂寸前の風船。

 少しの衝撃で壊れ、学園に妖気を拡散させる。

 故にコイツを殺すには、強力な一撃で灰塵すら残さないほど壊すしかない。




 そして、………。コイツを殺すのは、私だ。

 学園の脅威を殺すことが、私の仕事。

 だからこそ、コイツは私が殺さねばならない。




 まだ未熟な魔法の矢は、私だけでなく後の『獏』まで殺そうと疾走する。

 僅かな衝撃で、死ぬ可能性が高い『獏』

 故に、魔法の矢は一つすら後に通せない。



 
 「―――――――氷楯≪REFLEXIO≫」




 紡ぐ魔法は氷の盾。

 攻撃魔法を反射させる盾。 

 だが、その先にいるのは先程移動させた宮崎のどか。

 そして、この場でネギ・スプリングフィールドと戦闘になれば『獏』を殺しかねない。



 故に、奴に攻撃しても意味が無い。





 ――――――伝えるのは、互いの視線。

 
 
 奴は、衛宮士郎は私を攻撃できない。

 私は、奴を攻撃できない。




 故に、…………全ての攻撃を衛宮士郎に、反射させた。



 

 ◇




 軋むからだ、してはならない行動。

 その全てに背を向け、詠唱を紡ぐ。



 この体に撃たれたのは、ネギ君が放った魔法の射手。

 傍らには、守るべき対象。宮崎のどか。



 この魔法はネギ君の攻撃。

 故に、『自己強制証文』は効果がでないはず。

 そう思ったが、やはりあの強制力は半端ではない。

 魔力抵抗値が低い俺では、抗えない。

 

 このまま盾を投影すれば、最悪エヴァンジェリンは死ぬ。

 俺に攻撃したのだから。



 だが、俺が「エヴァンジェリンが死ぬ可能性を作った」と解釈される場合。
 
 俺と共に桜すら消える可能性がある。

 

 どちらかが、攻撃。

 どちらかが防御しただけでも、死ぬかもしれない契約。



 故に、この場でおれができることは無い。

 この距離で宮崎のどかを抱え、魔法の矢から逃げる身体能力はない。



 この一撃で、最悪エヴァンジェリンは死に。

 宮崎のどかも傷つく。

 


 ―――――それでも、俺は盾を投影することは許されない。


 俺に許されるのは、唯一つ。



 「――――同調、開始≪トレース・オン≫」






 僅か数メートル、逃げるために体を強化するのみ。



 そんな、数メートル。

 逃げたところで意味が無い。

 魔法の射手は、誘導可能。

 本来なら、かわし続けることは不可能。






 ―――――そう。本来ならば。




 だが、ほんの数メートル移動できれば十分。

 なぜなら、それを俺達に当てようと誘導するモノはいない。


 ネギ君に俺達を傷つける意志はない。

 そして、………エヴァンジェリンに俺達を傷つけることはできない。




 ゆえに、その魔法の射手。サギタ・マギカは誰も傷つけることは無く、地面を穿っただけだった。


 



 「―――――え!? 士郎さん?」

 「話は後だ。ネギ君、とりあえず杖を構えるのをやめてくれ」
 


 

 混乱しながらも、ネギ君はエヴァンジェリンに対する攻撃をやめてくれた。





 だが、時間が無い。

 この一連の動きで、奴。『獏』が逃げる隙を作ってしまった。


 

 「―――――エヴァンジェリン! 奴は」

 「ちっ………。いや、いい逃がせ。奴は明日までは生きているはずだ」




 焦っているのか、茶々丸との念話を声に出している。

 解るのは唯一つ、奴を逃がしたということ。

 

 

 「―――――逃げられたのか?」

 「ああ、仕方あるまい。茶々丸に下手に攻撃をさせて学園に妖気が蔓延しては意味がない」





 ほんの少しの衝撃で、壊れるような体では茶々丸の一撃に耐えられるわけが無い。

 その瞬間に妖気が蔓延するのでは、意味が無い。 




 そう、その妖気は一瞬で浄化するか。

 もしくは、学園外で解呪するしかない。

 だが、それも最早不可能。


 
 このままでは最悪の状況になる。

 それも………。






 「―――――スマン。今回のコレは完全にこちらのミスだ」

 


 
 
 まさか、ネギ君がくるとは思わなかった。

 それさえなければ、エヴァンジェリンが奴を確実に殺せた。

 その機会を失ったのは、間違いなく俺のミス。

 

 せめて、事前にネギ君に説明しておけばこんなことにならなかった。



 
 
 「―――――気にするな、貸しにしてやる」




 俺の言葉に、小さく溜息をつきながら。

 それでも、エヴァンジェリンは笑っていた。




 「それに………。奴の最後の願いを叶えることができそうだからな」

 「そうか―――」

 

 
 奴が言っていた、あの品。

 どんなモノかは解らない。

 だが、命がけで何かを成し遂げたのだ。

 そのぐらいの我がままは、聞いてやりたい。




 それに、奴自身。

 もう、覚悟は決めているようだ。

 逃げ出すなら、それもいい。

 学園外なら助けられる。


 ココに居座るなら、…………殺すだけだ。





 「奴はまたココに来る、明日こそ………奴を殺す」

 「――――解った。俺が「私がやるといったはずだ」………解った」




 それが、エヴァンジェリンなりの奴に対する礼儀だと。

 声にならない声が聞こえた気がした。


 そして、必ず奴が殺されるためにくると。

 解っているエヴァンジェリンがいた。





 そして………。殺すと連呼する俺達に、ネギ君は目を見開き驚いていた。




 「し、士郎さん! 『殺す』ってなんですか、誰を………」

 「私は先に戻る、そいつに説明しておけ」




 そういって、エヴァンジェリンはネギ君を無視して去っていった。





 そして、俺は。

 質問をくりかえすネギ君をなだめながら。



 ネギ君と共に宮崎のどかを保健室に運び。

 ネカネさんと桜に連絡を取った後。



 今までの状況を、ネギ君に説明した。


 学園を護る為に、生徒を助けた“獏”という存在を消す。という決断を。



 ………話したのだ。






 
 ◇





 仕事に失敗して、家に戻り。

 庭を眺めていた。



 何時の間にか、水の香を含んだ夜風は雨を予感させる。




 目の前には、家の明かりに照らされた桜の木。

 その光に照らされた桜を部屋で眺めていた。
  
 白灯に浮かび上がる桜の花弁が新たな色を飾る。





 「マスター。桜が好きなんですか?」

 「陰気な花だ。昼より夜にこそ美しい。死者の手向けには菊よりふさわしいかもしれん」



 茶々丸は、不思議そうに庭を眺めたあと。



 「御用は?」

 「茶を頼む」


 

 はい、と返事をして茶々丸は用意しておいた茶を前においた。

 


 それを一口啜りながら、もう一度桜を見る。




 

 散った桜は、死者の魂のように静謐で熱が無い。

 ただ消え逝く命。

 いずれ泥にまみれるモノ。 





 ………奴と同じように死に逝くモノ。呪いを全て吸い取り消える。




 そんな、いつか聞いた伝説を思い出した。

 



 庭園灯に照らされた、桜を透かしながら奴が持ってきたモノを見る。

 仕事前に持ってきた、金平糖。

 奴が最後の時。願った言葉。



 味の感想。



 なぜ、あの時。

 私は一言「旨かった」と言えなかったのだろうか。

 嘘をつくことなど慣れていた。

 今まで生きてきて、何度も人を騙した。

 力が無い時は、この容姿を使った腹芸など簡単だった。


 

 だが、奴に。

 嘘がつけなかった。

 その嘘で。奴が喜ぶと解っているのに。

 一言、たった一言「旨かった」と嘘を言えばよかったのに。

 

 その嘘すら、言うことができなかった。

 



 ―――――弱くなったのだろうか、私は。




 以前なら、簡単にできたコト。

 人を欺くコトが、なぜか奴にはできなかった。

 どうせ、殺すコトでしか奴を救えないのに。




 なぜ、私は奴を欺けなかったのだろうか。 





 そんなクダラナイことを考えながら。

 奴の最後の願いをかなえようと、玄関に置かれていた小さな欠片を取り出し。

 金平糖を口に運んだ。




 コレが、口にとけたとき。

 奴を殺すために、動き出さねばならない。

 それが、覆せない未来。

 

 そう思うと、噛み潰す事ができず。

 ただ、口に含んだまま。

 味わうコトもできず、舐めるコトもできなかった。
 
  

 舌で味わうことのできない、金平糖は何の味もしない。

 だが、口に含んだ異物感に体は反応して唾液が止まらなくなる。



 その唾液をいくら飲み込もうと、唾液にふれた砂糖菓子はとけていく。

 とけた菓子は唾液に混じり、飲み込まれ味を私に伝える。
 
 

 だが、甘いはずの唾液は。





 「―――――――馬鹿が、腕が落ちたな」






 とけた………金平糖は、なぜかほろ苦い塩の味が混ざっていた。

 あまりの苦さに、頬が熱い。

 ナニカが流れ落ち、口の中が更に苦くなる。 





 苦さに視界が歪み、吐き出すこともできず。

 ただ、舐め続けた。
 




 

 表面がとけ、凹凸がなくなり。

 丸い塊になった時。




 ―――――もう、奴を殺すために。動かなければならなくなった時。



 



 初めて、異物感に気がついた。



 
 

 それは金平糖に紛れ込んだ魔力の塊。

 魔法使いがよく使う連絡手段。………魔法の手紙。

 その粗悪品。





 声と映像を魔力の塊にして、金平糖にくるんだのか。




 本来。姿と音声を映像化する魔法の手紙。

 だが、無能な奴にはそこまでの能力はない。

 


 故に、金平糖を手紙にみたてた。

 本来、ビデオやDVDが使える者なら誰でもできること。

 見せたい映像を伝えるだけの力。






 メッセージを、金平糖に仕込む。

 あまりにも意味が無い能力。

 魔力が小さすぎて気づかないほど、弱い力。

 



 コレは奴のメッセージ。

 


 そして、私はその魔力の塊を噛み砕き。

 最後のメッセージを。






 陰陽師に呪いの道具として、利用されたモノ達の願いを。

 





 ………夢に視たのだ。











 <続>





 感想は感想提示版にお願いしますm(__)m






◇本編と違い、天ヶ崎千草がある人物に協力を依頼してます。独自設定です。

〈書棚へ戻る〉

inserted by FC2 system