――――――間桐桜。
 
 

 
 衛宮桜の以前の名前である。

 この名前であった時の彼女の人生は【ヒト】ではなかった。




 元々、遠坂の家系に生まれた少女は父、遠坂時臣によって。

 間桐家に養子として送られる事になった。

 

 それは彼女の父。時臣は桜を魔術師として大成させるために。

 娘のために良かれと思ってしたコトだった。



 だが、彼の想いは間桐家当主。

 間桐臓硯によって、貶められる。




 間桐臓硯、彼にとって間桐桜は魔術師ではない。



 ただの【実験作】だった。

 手に入れた聖杯のかけらで、彼が手に入れたいもの。



 かつての尊い想いを忘れ、蟲に堕ちた魔術師の歪んだ望み【永遠の命】

 ソレを欲した、間桐臓硯という蟲の実験作。――――それが間桐桜だった。




 故に、彼女にまともな魔術教育がされるはずもない。




 実験材料である彼女が受けたのは、ただの拷問だった。

 頭脳ではなく肉体そのものに直接教え込む。

 否、次回の聖杯としての機能を叩き込む。



 
 その繰り返し。

 それが間桐桜の日常だった。 


 


 少女、遠坂桜が少しでも安全に生きられるように。

 そう考えた時臣の【優しさ】は完全に裏目にでてしまったのだ。





 
 魔道の加護を受けられなかった、少女に訪れる未来。

 凛を遠坂の跡継ぎにする以上、桜に魔術は教えられない。

 だが、桜の属性は架空元素。

 あまりに優秀な魔術師の能力。

 その優秀な血は、あらゆる怪魔を呼び寄せる。

 呼び寄せられた怪魔は災厄をもたらし、遠坂桜を破滅に導いてしまう。



 それを発見すれば。魔術教会。

 彼らが桜を追い詰める。

 魔術協会が桜を、実験材料としてホルマリン漬けの標本にする可能性は高い。



 
 この可能性を恐れた時臣は、桜を護る為に。

 間桐家へ養子に出す事を決断する。

 桜は。大事な娘は魔道を理解し、身に修めなければその血に課された魔性に処する術をもてない。

 間桐家にいけば、彼女は魔道の保護が受けられる。

 


 ―――――死なずにすむ。




 魔術師の親として、娘の為に良かれと思ってした事は。

 

 間桐臓硯によって、新たな悲劇を生んだだけであった。
 

 
 十年以上に渡る魔術教育という名の虐待。

 体に聖杯の泥と祖父、間桐臓硯という【蟲】を埋め込まれ。

 常に見張られていた日々。





 愛しい人が危険に直面しようと、それを助ける事は不可能。

 下手に手出しをすれば、その行為を逆手に取られ大事な者が破滅する。

  

 その恐怖の中で常に、魔力を略奪され続けていた。

 明日を生き残れるかすらわからない。

 食事には毒を盛られ、息をすることさえ許しが必要な実験道具。




 それが、間桐桜という少女だった。





 暗い蟲倉に押し込まれ、毎日毎日オモチャのように扱われ。

 人間らしい暮らしは許されず、優しい言葉などかけられたこともない。

 毎日死にかけて、毎日死ぬ事を考えていた日々。

 だが、死ぬ恐怖に勝てず震える日々。

 苦しくて、痛くて。

 

 『止めてください』と懇願すればするほど、喜ぶ外道たち。

 
 


 人間として扱われることは許されず、虐げられ続けた魂と体。

 なにを憎んでいいのかすら解らず、ただ自分の周り全てを憎むしかなかった。

 


 外から体を傷つけられ、中から辱められた。

 その、十一年の地獄。

 ソレが間桐桜の人生だった。




 それを時臣に予想しろというのは、無理な願いかもしれない。

 架空元素、虚数属性というあまりも稀有な人材。

 その才能を無駄にする魔術師などいるはずがない。

 そう考えた彼を責める事は誰にもできない。




 だが、その考えが新たな地獄を作ったのだ。

 

 過去はもう変える事はできない。

 地獄を見続け、許されない罪を犯し。

 多くの人を殺した【間桐桜】の罪は、永遠に消えないのだ。 
 



 間桐臓硯がどんなにそうなるように、仕向けたとしても。

 どんなに虐待されたとしても。




 もう犯した罪は消す事ができない。

 多くの人間を殺し、一番大事なヒトの心を壊した。


 桜の、彼女の罪はもう消せない。


 ―――――だからこそ。彼女は贖い続けなければならないのだ。



 







 遠い雨  16話



      









 ―――――――あれから一ヶ月がたった。




 一日で英霊2人と戦うという無茶をした俺は、体を元に戻すために休養を余儀なくされた。


 

 

 ………というより、気絶していた俺をみた桜とネカネさんが強制的に体を調べ、休む事になったのだが。 



 調べた結果わかったこと。

 傷は魔法のおかげでほとんど塞がっていたのだが、圧倒的に血が足りなかった。

 そして怪我をした状態で、ナインライブスを使った代償はやはり大きく。

 腕の内部、僅かだが【剣化】していた。

 ライダーが表面は完全に隠したので、アルビレオ・イマも気がつかなかったようだ。

 

 

 肉に隠れていたが、

 その異常は白魔法使いのネカネさんと、俺とラインが繋がっている桜にはすぐに見破られてしまった。

 そのため、すぐ手術ということになった。





 白魔法は基本的に、体を元の状態に戻すもの。 

 だが、俺の体を貫く剣は俺自身から【生えた】ものだ。

 俺から生えているものは、傷として認識されない。

 爪、髪と同様に判断されてしまう。

 故に【生えた剣】を治す魔法は存在しなかった。




 無謀な魔術行使の代償。こちらの世界でもない珍しい症例。

 傷さえ負っていなければ、もう少しマシだったのだろうが。

 



 故に、通常の白魔法で治すのは難しく。

 切開して腕から【剣】を切り取り、その後に白魔法で傷を塞がなければならなかった。




 魔法手術が終わった、次の日。

 とりあえず2人にお礼の意味もこめて、朝食を作ろうとしたのだが。

 この行為が、2人の逆鱗に触れた。

 散々に説教された後。

 血と体力が戻るまで絶対安静ということで、一ヶ月間ベッドに縛られてしまった。

  



 そして俺がいない間、ちょうどよいと思ったのか。

 学園長は、ネギ君に先生になるための最終試験として、

 2−Aの最下位脱出という課題を与えたようだ。

 

 

 いろいろあったようだが、誰も気がつかなかったんだろうか?

 2−Aが最下位になるはずないという事に。

 桜は勿論だが、ネカネさんも白魔法が使えるほどの才媛だ。
 
 中学生の問題くらい簡単だろうし、

 この2人の点数を足せば、最下位脱出なんて簡単だったのではないだろうか?
  
   


 とりあえず、無事に最終試験を突破したネギ君は正式な教員になったようだ。

 俺は仮採用のままだが。

 問題をアレだけ起こしたんだ、解雇にならないだけマシだろう。

 ライダーには、黙っているように頼まれたので、

 2人には「強敵と戦った」としか言っていない。

 ライダーの言葉は信用できるし、俺が知らないほうがいい事ならそれでいい。

 何より大事なのは、桜の安全なのだから。






 俺の言葉にどこまで納得してくれたのかは不明だが、2人はみるからにシブシブと納得してくれた。



 

 そして、今…………。




 
 



 窓から明るい日差しが差し込んでいる。

 一ヶ月たっても、ベッドからでるお許しはでない。

 桜はどこかへでかけ、

 俺の側では見張りとして、ネカネさんがにこやかにプレッシャーをかけているのだが。




 「ネ、ネカネさん?」

 「はい。リンゴ剥けましたよ、しっかり食べて治して下さい♪」 
    
 「………い、いや。そうじゃなくてですね」





 最早、俺のいう言葉に聞く耳すら持ってくれないのか。

 ネカネさんは、俺にリンゴの乗った皿を渡すとトテトテと台所に行ってしまった。

 もう、ほとんど治っていると思うのだが。

 足には鎖が縛り付けられ、ベッドの上から動けない状態。

 むしろ刑務所にでも入れられた気分だ。

 



 ベッドから動けるのはトイレに行く時だけで、後は皆の看護によって生活しているのだから。

 家事をすることすら許されず、いつも食事を誰かが持ってきてくれる。 


 


 ………まあ、上げ膳据え膳の素晴らしい環境といえなくもないが。

 だが、いつまでもこうしてるわけにはいかない。
 
 早く動けるようになりたい。

 訓練もしたいし、ネギ君に稽古もつけなくてはならない。

 しかし、この状態で2人に逆らうのは危険すぎる。

 下手したら、ベッドの生活が一ヶ月から一年になりかねない。




 「そういえば、桜はどうしたんですか?」

 「あれ? 聞いてませんか。桜さんなら今…………」  



 話を変えようと、水を向けると。

 台所から紅茶を入れてきてくれたネカネさんは、俺に話し出した。

 




 





 

 陽光が疎らにしか射さない、鬱蒼とした森の中。

 日に炙られて、芳しい桜の香りが鼻をくすぐる。



 木漏れ日と風に乗って運ばれてくる、桜の静謐な香り。

 



 あまりにも静かな森の中。

 小鳥の囀りすら聞こえない。

 その、静かな静寂を破るように。



 

 ―――――タァァァンンン。


 

 乾いた音と同時に、心臓、喉、額。

 それぞれの急所に、銃撃が命中しようとしている。

 私の反応速度では間に合わない。




 だがそれは。

 なにか、黒い影が目の前を横切ったとおもうと、地面に叩き落された。

 銃弾だ。 

 



 私は銃撃を受けていた。

 相手はおそらく一人。





 銃器による射撃は、正確だが【黒衣の夜想曲】によって全て防いでいる。

 私が反応できなくても、護ってくれる自立防御。

 接近戦の能力に乏しい、私にとってあり難い機能だ。




 そして、影の鞭に当てられた衝撃から計算すると、使われた弾丸は7.62mm NATO弾。

 かなり強力な狙撃銃だ。



 音と衝撃から計算して、おそらく700m離れているかいないかだろう。

 本来なら使い魔である虫で索敵し即、拘束できるのだが。

 【黒衣の夜想曲】を使いながら、虫を同時に使うのはとても難しい。

 魔力こそ有り余るほど多いが、それとコレとは違う。

 同時にまったく違う魔術を使うというのは非常に困難な作業だ。   
 
 噂に聞く、アトラスの錬金術師のように分割思考と高速思考でもできるなら話は別だが。

 

 
 本来、私が使う虫の索敵範囲はかなり広い。

 だが【黒衣の夜想曲】を使いながらだと、制御できる使い魔の数が少なくなってしまう。

 敵からの奇襲を警戒するために、密集させるならなおさらだ。

 せいぜい半径50mほど。

 だからこそ、この攻撃はチャンスだ。



 
 林の中では銃声は反響して、正確な方向はわからない。

 だが、今の攻撃で敵のいる方向は解った。

 ならば、その方向に虫を集中させればいい。

 全方位に虫を配置するのではなく、前方にのみ配置する。

 これで、単純に前方の索敵距離は増える。

 さらに方向がしぼれれば、700mぐらい先に虫を送ることもできる。

 


 影の使い魔に攻撃させたいところだが、あれは目立ちすぎる。

 先程飛ばしたが、あっという間に狙撃され消されてしまった。

 その点、小さな虫を狙撃するのは難しいはず。

 木や草に隠れ、近づく虫に気がつけるとは思えない。

 



 ――――――勝てそうな戦い。



 それでも、まだ怖い。

 恐怖心から足が震えそうになる。





 ――――――森に充満する殺気。

 臆病な私は、それだけで動けなくなりそうになる。 




 恐怖は容易く私の心を挫き、思考を鈍らせる。

 先輩がいないことが、ライダーがいないことが。

 側にだれもいないことが、ただ恐ろしい。


 一人で戦うのがこんなに怖い。




 それでも。




 ―――――まけない。

 もう、負けるわけにはいかない。

 自分の心に。

 犯した罪の責任をとるために。




 
 
 かつて犯した私の過ち。

 たくさんの人を殺し、先輩の夢を壊した。

 その罪を贖う為に。



 ………なにより。

 私の犯した罪でこれ以上、先輩を穢さぬ為に。


 
 

 誰より綺麗な夢、誰かを守りたいと願い続けた先輩を。

 これ以上穢さぬ為に。

 
 傷つけないために。


 

                     ―――――タァァァンンン―――――


 


 私の思考を邪魔するように、銃弾が撃ち込まれる。

 まだだ。まだ頑張れる。

 【黒衣の夜想曲】と影の鞭が、銃弾をはじく。

 今は、目標を見つけること。

 そして先輩をこれ以上、穢さない事。




 


               ―――――エヴァンジェリンさんの時もそうだった――――――








 私が弱いから。
 
 先輩はエヴァンジェリンさんを【殺そう】としたのだ。
  



 あの時、私が昔の夢に翻弄されなければ。…………あんな事にならなかったはずだ。

 
 

 もし、あの時。エヴァンジェリンさんが何かしようとしたのが【先輩】なら。

 先輩はギリギリまで何もしなかったはず。





 最後まで平和的に解決しようとしたはずだ。

 




 ―――――私が弱いから。






 昔の事に。過去の罪に立ち向かう事ができないくらい弱いから。

 だから、先輩はあんなに過剰反応した。


 

 私を傷つけるもの、全てを殺そうとする。

 そんな必要がない人でも。
 
 私を殺す気がない人でも、魔力を暴走させる原因を作りそうな人すら。

 ただ、なにかを知りたいだけの人でも。

 それが私の心を傷つける事なら。

 


 ………先輩は【殺害】しようとするのだ。





 
 本当なら。

 先輩はそんな人間じゃない。



 先輩は誰も傷つけたくない。

 誰にも傷ついて欲しくない。

 そんな、優しいヒトなのに。




 私の【心】を護る為に、自分の【心】を壊し続ける。

 そんな先輩はもう見たくない。 


 


 …………だから、強くなる。
 
 先輩が安心して私を見てられるくらい。

 先輩が私のために、誰かを傷つけなくてもいいくらい。

 以前のように、誰にでも優しい先輩のままであって欲しいから。



 もう彼の心を壊したくないから。




 目標との距離は縮んでいる。

 また、射撃音。
 
 3発の弾丸は、それぞれ正確に私の急所を抉ろうとする。 

 だが、それらは【黒衣の夜想曲】に阻まれる。

 簡易な影の使い魔ならともかく【黒衣の夜想曲】がその程度の銃弾で壊れるはずがない。

 

 
 そして、私から見て2時の方向。

 ここから射撃がきた。

 先程の位置から微妙にずれている。

 


 瞬動かそれに類する移動法か?

 でも、攻撃が銃弾だけである以上。

 私の勝ちだ。

 


 段々と威力の強くなる銃弾に、敵との距離が近くなっている事を感じる。

 まだ視認こそできないけど。

 このままなら、私の蟲が見つけるはず。




 今更、銃に消音器(サイレンサー)をつけて音を消しているようだが。

 遅い。この判断の遅れは致命的だ。

 もう方向は解った。 







 そろそろ見えるはずだ。   
 
 木が邪魔で、まだみえない。
 
 だが【黒衣の夜想曲】にまた衝撃がきた。

 威力からみて、確実に距離が縮まっている。

 見える、はず、なのに………。






 ―――――なんで? 見えない!!

 見えなくちゃおかしい。虫でみても誰もいない。

 相手を取り囲むように虫を配置させたのに。





 ―――――なんで!?


 

 『―――――落ち着いて』

 そう思っても、一度生じた疑問から恐怖心がとまらなくなる。




 ―――――ドクン、ドクン、ドクン。

 


 心臓が痛い。

 音がうるさくて、目標の気配が探れない。

 接近用の弓(サルンガ)が震えて、落としそうになる。

 握り締めた指に血がにじむ。

 


 ―――――ダメ!! 力んだ矢は相手に当たらない。指の力をぬいて!

 冷静なもうひとりの私が叫ぶ。

 


 解ってる。そんな事は解ってる………はず、なのに。

 指が固まって動かない。




 「――――――はぁ、っ」



 物音を立ててはダメだと解っているのに、歯がカチカチとこすれあう。

 胸の奥からせりあがる叫び声を、懸命に飲み下す。




 ―――――怖い。


 

 先輩はいつもこんな思いをしていたのか。



 「――――はっ、――――」



 目蓋が熱い。

 恐怖に涙がにじむ。

 でも、だめ。

 落ち着いて、なにがあったか考えなきゃ。

 先輩のためにも強くならなくちゃ。

 まだ、時間はある。 

 

 虫をもう一度周囲に展開して、敵の位置を―――――




                                        「―――――――チェックメイト」


 



 その一言と消えかけた銃声。
 
 サイレンサーから発射された弾丸。

 押しつけられたのは銃口か。

 

 堅い感触と背中から、焼けつくような痛みと共に聞こえた【声】

 背中に3発。

 至近距離から撃たれた衝撃は、痛いというより。

 ただ熱くて。



                                         「――――――論外だな」

  
  
 
 その嘲るような声より。

 自分の弱さが…………悔しかった。

 何もできなかったことより、相手の位置を探れなかったことより。

 相手がどんな不思議な手を使ったのか?




 …………そんな事より。





 まだ、先輩の力になれない事が悔しかった…………。



 




 


 ◇







 




 「―――――まったく、何回言ったら解るんだ?」

 「で、でも龍宮さん」
 
 「でも。………じゃない!!」

 

 
 目の前で正座している衛宮桜に、もう一度怒鳴る。

 一ヶ月前、衛宮先生が倒れた後。

 衛宮桜は私に戦い方を教えて欲しい、といいだした。

 


 報酬もよかったし、引き受けたんだが。

 まさか、ここまで戦いなれていないとは思わなかった。


 
 今の戦法など基本的なものだ。

 林や森の中では音が反響し、銃声から目標の場所を探るのは難しい。



 
 だから、簡単なトリックともいえない手品をつかった。


 まず減装弾を用意し、威力による距離を測る行為を混乱させる。



 更に、自分の無線機をONにしておく。

 移動している間に、木々に他の無線機を取り付け銃声から自分の場所を探らせない。







 ここまでで、作戦は半分。

 後は簡単【跳弾】を利用すればいい。

 

  
 【跳弾】木や石などに弾を当て、相手に当てる私の業。

 この業を応用し、衛宮桜の後方より射撃して跳弾で衛宮桜の前方に弾を集中。

 【跳弾】の時に生じる音は、無線機から聞こえる複数の銃声、

 更に、衛宮桜の位置から離れた位置で【跳弾】させるため気がつかない。



 後は、根比べだ。

 衛宮桜が焦れて、虫を探索に向かわせるのを待てばいい。

 そして虫が後方にいなくなった後、ゆっくりと背後に近づき背中に銃口を押しつけてゴム弾を発射。

 これで、制圧完了だ。




 後に回っても、何回か【跳弾】を利用し攻撃。
 
 更に音を解らなくする為、銃に細工する。

 減装弾と袋、それにサイレンサーをつかう、簡単な消音法だ。


 遠距離では、サイレンサーをつけず銃撃。

 近距離では、サイレンサーをつけて銃撃。

 近くで銃声が起こればさすがに気づかれる、だからそんな小細工をした。



 そして、音による距離感を狂わせる。




 
 当たり前だが、魔法を使うといっても人間の脳の大きさは変わらない。

 人間が外部より情報を得るのは、80%近く視力に頼る。

 魔法を使い、自分の視力を使い、更に虫の視力から情報を得るというのは。

 決められた脳の大きさしか持たない人間にとって、非常に困難な作業だ。

 故にこの場合、どれかに能力を集中させるか。




 フォローする人間が必要になる。




 フォローする人間がいなかった以上、衛宮桜の索敵範囲は狭まる。

 自分の身を護りながら、索敵するのは熟練の兵でも難しい。

 だから、狙撃兵などは基本的に2人1組で行動するのだ。



 勝負をあせり複数の魔法を使った時点で衛宮桜の敗北は決まっていた。

 前方に虫を展開。

 この作戦の利点と欠点を、もっとよく考えるべきだ。

 



 「――――――こんな簡単なトリックに引っかかるな!!」

 「でも、この間みたいに全方位に蟲を放ってたら負けましたし………」 

 「当たり前だ!! 戦場では常に臨機応変。同じ手なんか簡単に破られる」




 過去の城砦信仰と同じだ。

 大阪城、小田原城。神話ならトロイ。

 これらは何らかの要因によって、陥落されている。




 机上では完璧に見えても、少し違った見方をすればあっという間に壊れる。

 全方位に虫を配置、並びに【黒衣の夜想曲】の同時展開。

 さらに訓練の為に、半径1キロ以上の認識障害の結界。

 これを行える魔力量はかなりのものだ。





 だが、この虫と【黒衣の夜想曲】を使った戦法は、魔法を使わなくても少し考えれば穴がある。

 私が気がつくことは、敵も気がつく。

 だから、ギリギリまで衛宮先生は彼女、衛宮桜に【黒衣の夜想曲】を使わせなかったのだろう。


 

 今の場合、一番いい手は敵の攻撃から逃げ続け味方を待つ。

 もしくは、影の使い魔を出せばいい。




 「――――――え? でも影の使い魔は、一瞬で打ち落とされたじゃないですか?」

 「だからいいんだろうが。そのまま続ければ」

 「あっ………そういうことですか」







 こんな、基本的な事を教えていなかったのか?

 衛宮先生も、随分と衛宮桜を大事にしているな。 

 衛宮桜の魔力量は桁外れだ。

 影の使い魔を出し続ければ、こっちの銃弾が足りなくなる。

 影の使い魔が出るたびに、打ち落とさなければならないのだから。

 魔力量を使った持久戦。

 以前、この作戦で私に負けたのは単に。



 「お前が馬鹿だったからだ」

 「――――酷っ! 龍宮さん酷いです」

 「うるさい。悔しかったら少し考えろ!!」



 狙撃手。特に魔法などを使えない相手は色々な作戦を考える。

 力押ししか考えない敵なら逃げられもするが、むしろこの手の搦め手が得意な敵はやっかいだ。

 それだけに冷静な判断が必要になる。



 後は魔力のコントロールと、魔力の暴走を抑えられるかだけだ。

 


 虫は隠密性は高いが、同時に知性を持っている。

 コレを支配下において使えば、その間は自分が動きづらい。

 それに虫の視力をラインを通じて、自分が見ればどうなるか?



 一匹なら大したことはないだろう。

 だが、無数の視覚情報をたった一人で整理するのは難しい。

 故に、簡単な命令「人間らしきものを見たら〜をしろ」

 

 などを、先に命令しなければならない。

 そして虫の目をごまかす方法などいくらでもあるということだ。

 

 虫の視力は極端に悪い。人間で言う所の0.1ほどしかない。

 また、見えない色もあるためごまかすのは簡単だ。 
 


 故に、戦闘中は虫には周囲を警戒させ、影の使い魔で攻撃もしくは索敵。

 この戦法はとても難しい。

 


 索敵に虫を使うなら、影の魔法は使うべきではない。
 
 逆に、影の魔法を使うなら虫を使わないほうがいい。

  

 複数の力、それらを使い続けバランスよく動かすのはとてつもなく難しい。

 
 



 ―――――なぜ、影の使い魔を使わないのか。
 

 



 ◆



 

 龍宮の疑問は当然である。

 だが、桜は長年系統の違う魔術を覚えさせられた為、虚数魔術を使うのが難しくなっていた。

 こちらの世界では影の魔法だが、桜が使う影の魔法はあくまで虚数魔術からの応用。

 虚数の属性を生かして魔力そのものをぶつける魔術なのだ。

 歪んだマキリの魔術教育のため、単身で魔術を行えるだけの魔術回路の下地はできていない。




 自らの影を放つ魔術回路を表層に押し出す。

 その状態は無意識領域をさらけ出しているようなものであり、簡単に負の心に飲まれてしまう危険性を伴う。



 このため、自分の影として使う【黒衣の夜想曲】ならともかく、

 自分から離れた場所で使う、影の使い魔を使うのがとても難しいのだ。



 そして溢れるほど大量の魔力。

 これを効率よく減らすには、常にどこかに魔力が流れなければならない。

 ライダーだけではなく、虫にも魔力を流す事で魔力の暴走を防ぐ。

 このため、虫を日常的に使わなければならないのだ。




 属性の違う術を使い分けねばならない、この矛盾。

 解っているが、この矛盾とつきあっていくしかない。




 そして、これが龍宮に戦闘を教えてもらいたいという理由でもある。
 
 魔法戦闘に詳しい人間に聞いても、その魔法を衛宮桜が使えないのでは意味がない。

 だから、同じ飛び道具をつかい。

 そして魔法を使わずとも高い戦闘能力を持つ、龍宮に師事したのだ。







 ◇








 「でも、跳弾を使って当てるなんて普通の人間にはできないと思うんですけど」

 「アホか―――!!

 「………キャアァァ―――!!」




 ―――――タァァァンンン!!!

 龍宮が撃った、複数のゴム弾を慌てて避ける桜。

 その素早い動きにこれまでの訓練の厳しさがわかる。

  
 
 

 
 「――――――チィッ」

 「い、今“チッ”っていった!  “チッ”って言いましたね!!」

 「ふむ。 少しは反応は良くなったようだな」

 「ごまかさないでください!!」

 「まあ、そう頬をふくらませるな。反応があがった事をほめてるんだから」

 「――――――」

 「………睨むな、睨むな。今から説明してやる」





 しかし、………反応は良くなっても戦闘理論は相変わらずか。
 
 意味も無い訓練だと思っているのか?

 基本的に、虫を使うとばれた場合。

 一人が衛宮桜を狙撃、後方でもう一人は待機。

 これを想定した訓練だというのに。
 



 虫の索敵範囲がばれた場合、襲っているのは一人と見せかけて。

 もう一人が後から近づきゼロ距離射撃。
 
 これで、チェックメイトだ。

 虫を周囲に展開していない時点で、衛宮桜は2人以上の敵に勝てない事になる。




 【黒衣の夜想曲】は自立防御できる。

  
 使い手が判断しなくても防御できる自立防御。

 だが自律防御の際、守りの判断基準が使い魔任せなため、そこを突かれると弱い。



 背後から敵が寄ってきた場合。

 しかも前方から優先度の高い攻撃が来た場合。

 この2つが同時に行われたら、背後の攻撃してこない敵より銃弾を優先してしまう。



 そして、密着した状態で銃弾を撃たれたらかわす術はない。

 



 実戦を想定した場合。

 敵が自分達の人数を、こちらに教えるはずがない。

 常に伏兵に気をつけねば、あるのは【死】だ。

 

 さらに、衛宮桜の魔力量が問題だ。

 魔力量が多いのは凄い事だが、先に発見されやすいという欠点を持つ。

 衛宮桜が虫で敵を索敵する前に、魔力量によって自分の位置を知られる可能性があるのだ。

 こちらは、奇襲ができず。

 相手は奇襲しやすい。

 虫を周囲に配置しておかないのは、殺してくださいといっているようなものだ。



 魔法を使わなくても、衛宮桜に勝つ事はたやすい。

 戦闘に関して素人では、せっかくの才能を無駄にしている。

 虫と影を使うなら、効果的かつ安全な運用を考えねばならない。

 それを体で覚える事。

 それがこの模擬戦闘の目的だ。







 説明が終わると、衛宮桜は納得したような顔になった。

 少し、説明し過ぎで疲れてしまったな。
 




 「――――はあ。どうする? 少し休憩するか」

 「いえ、まだ大丈夫です」




 
 
 だが、衛宮桜はまだ元気なようだな。

 ムン、とばかりに胸の前で腕をたたみ、元気ですとアピールしている。

 アレはガッツポーズの一種か?

 どうでもいいが、首を傾げながら言われても大丈夫には見えないのだが。





 違うな。自分の無力さがよく解ったという事か。

 


 頑張るのはいいのだが………。
 
 その位置でうでを動かすのは、やめたほうがいいと思うぞ。





 胸の前で腕をたたんでいるから、揺れるコト。揺れるコト。

 身長も低いから、上からだと見えそうなんだが。

 何処とは言わんが。




 …………まあ、女同士だから別にいいのか?

 



 しかし、一ヶ月たってやっと基礎体力がついてきた。

 とはいえ、

 まだまだ基本的な戦術といい、相手の考えを読み取る訓練といい。

 

 訓練中の【殺気】にあれほど怯えるようでは、………な。

 やることはたくさんあるようだな。


 

 「では、はじめるぞ」

 「――――はい!」



 返事だけはいいんだがなぁ。

 まだまだ、半人前だな。 





 ◆

 



 「―――――はあ、また訓練ですか」

 「ええ。桜さん頑張っていますよ」




 あれから龍宮に師事し戦闘訓練を受けているとはきいていたが。

 俺は魔法戦闘を教えられないし、ライダーも同じだろう。

   

 ライダーは魔法の知識なら何とかなっても、桜とは基礎体力が違いすぎる。

 優秀なコーチ=優秀な戦士とは限らない。

 ライダーの動きを桜に真似しろ、といっても無理だろう。

 俺の能力は偏りすぎていて、生粋の魔術師である桜に教えられない。

 だから、魔法使いではなく龍宮に師事したのか。

 魔法に詳しく、戦闘経験が豊富な龍宮。

 彼女からなら【戦場で死なない方法】が教えてもらえるだろう。

 戦闘に桜が参加するのは反対だが、準備をしておいて損はない。

 


 それに、桜が『自分から』動き出した。





 ………俺の前でだけ笑っていた桜が、自分から動き出したのだ。

 自らを罰する事だけをしていた少女。

 未来のない体で、俺を守るといった少女が。



 未来を見つめる為に。

 過去を贖う為に強くなろうとしている。




 その決意は素直に嬉しい。

 桜が戦う事は未だに反対だけど。

 それでも彼女が自分から何かをしようとするなら。

 俺はその決意を守り続ける。


 

 ………それに。




 「ネカネさんも、最近は桜と仲がいいようで嬉しいですよ」

 「………? 元々、桜さんとは仲がいいですよ?」

 「いや、俺と桜のことをからかって遊んでたじゃないですか?」

 「――――気がついてたんですか?」 

 「ソレは気がつきますよ。俺と一緒にいる時は何もしないのに、桜といる時だけなにかをするんですから」

 「――――士郎さん、それは………」

 「まあ、あんまりからかわないでください。桜もアレで結構、冗談に耐性がないんで」

 



 ………あれ?

 ネカネさんが脱力してる。

 なにか、ブツブツ言ってるが。




 「―――――はあ、士郎さんですもんね」



 なにか、とても理不尽な物言いをされてしまった。

 呆れたように、こっちをみてネカネさんは台所に歩いていく。

 なんだろう?

 なにか、失礼な事を俺は言ったんだろうか。

 ただ、桜がネカネさんを信用してるから。

 俺と2人っきりになる、この時間も許してくれた気がするのだが。

 




 ◇




 相変わらず士郎さんは。

 鋭いのか、鈍いのか解らない。

 

 
 
 地獄のような日々。

 そこから開放された桜さんは、心的外傷「トラウマ」をもってしまった。

 急激な幸せにストレスをより感じてしまう。

 今までが、桜さんはあまりにも不遇だったから。

 幸せに体が拒否反応を起こしてしまう。

 そんな『心の病』を持ってしまった。 





 だから、そのストレスを減らすために………嫌われ役を買って出た。

 



 だが、今は違う。

 士郎さんが傷つき、その事で桜さんも非常に不安定だ。

 こんな時に、無用なストレスを桜さんに与えるわけにはいかない。 

 

 だから、今は桜さんと友好な関係のまま。

 できるだけ彼女と士郎さんをフォローしなければならない。



 

 その事に士郎さんが気がついたのかと思った。

 気がつかれたら、桜さんの心のケアができないかもしれないと恐れたの………だが。

 杞憂だったようだ。





 変な事は気がつくクセに、そういう事に気がつかない。
 
 鈍感なのか。それとも鋭いのか?
 
 まあ、それが士郎さんらしい。

 気がつかれても困るし、彼の鈍さに感謝しよう。




 でも、士郎さんが傷ついたからか。

 桜さんは自分から動こうとしている。




 こちらの世界にきて、最初の頃。

 

 魔法学園でも桜さんは笑わなかった。

 いつもどこか上の空で。

 笑ったり、叫んだりするのは決まって、

 士郎さんかライダーさんといる時ばかり。

 いつも、どこか受身の状態だった。

 

 独りでいる時、いつも自分を責めている様で。

 その姿がとても痛かった。

 見ているのが辛かった。


 
 それが変わり始め、自分で何かを始め。

 戦う訓練まで始めた。

 


 それが、いい方向に向かうのか。それとも、悪い方向に向かうのか。 

 それは解らない。

 これからの事は、誰にもわからない。



 

 ―――――それでも。これはいい方向に進むのだと信じたい。  

 彼女のために、そして………私のこれから進む道の為に。

 



 困った人を助ける、マギステル・マギの道。

 マギステル・マギになるであろう、2人を護る私の道。

 まだまだ、先は長そうだが。




 でも、明るい【兆し】が見えた。

 自らを傷つけるのではなく、自分のために、誰かのために。

 桜さんが強くなろうとしているのだから。 



 

 【強くなる】その想いを持てた彼女は、きっと【心も】強くなれるはず。




 

 誰より優しく強い“立派な魔法使い―――マギステル・マギ―――”彼女がそうなれるように。

 これからも見守り続ける。
 
 ライダーさんと、士郎さん。

 この2人と一緒に。





 そして、何時か。
    
 彼女達がこれから起こすであろう奇跡を。―――――――私自身が誇れるようになるために。

 誰より大量の魔力と、力を持った人たち。
 
 彼らが救えるヒトは、きっと多いはずなのだ。






 だから彼らを救う事は、もっと大勢のヒトを救う事に繋がるはず。

 【英雄】と呼ばれるかもしれない彼ら。

 マギステル・マギとして、きっと世間に認められる人達。

 だから、私は彼らを見守り続ける。 



 彼らのために生きる、マギステル・マギとして。


 

 ―――――――ソレがきっと、彼らより力のない私ができることだから。



 






 <続>



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◆減装弾
弾丸の火薬量を減らした弾丸。
反動がキツイ銃などで時々使われます。
有名なのはダーティーハリーが使っていた44マグナムは減装弾でじつは357マグナム以下の反動しかなかったというものです。
(ダーティーハリー2)
自衛隊で使われている、64式7.62mm小銃も減装弾を使われている事で有名です。 




◆減装弾と袋をつかう、簡単な消音法
サイレンサーなどと同じ方法ですが、音が漏れます。ソレを利用し、遠くからの射撃と勘違いさせる手法です。

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