それはこの国に伝わる、小さな、小さな昔話だった。






 ――――我は、この四、五百年を過ぎて昔人にて候ひしが、人のために根を残して今はかかる鬼の身となりて候。

 さてその敵をば、思ひのごとくに取り殺してき。それが子、孫、曾孫、玄孫にいたるまで、残りなく取り殺し果てて、

 今は殺すべき者なくなりぬ。瞋恚の炎は同じやうに燃えゆれども、敵の子孫は耐えは果てたり。

 我一人、尽きせぬ瞋恚の炎に燃えこがれて、せん方なき苦をのみ受け侍り。

 

                                  『宇治拾遺物語巻十一の十』






 ――――昔、吉野の山奥で1人の上人に出会った青き鬼は涙ながらに訴えた。

 我は、四〜五百年前に恨みのために鬼となり、その敵を子、孫、曾孫、玄孫にいたるまで残らず殺しつくした。

 だが、殺すべき怨敵を殺し、子孫まで殺しつくしても、己の瞋恚の炎はまだ同じように燃え続けている。

 己の苦しみはどうすればいい。
 
 そう言いながら上人に訴え続ける。

 これから先は誰を怨めばいい。安らぐ事は許されず、妄執に狂ったまま迷い迷って己はどうすればいいのだ。

 教えてくれ、と青き鬼は慟哭する。




 恨みを晴らしたいが為に、異形にと堕ちたのではなかったのか。

 怨みをはらしたはずの鬼は、嘆き続け助けを求めた。

 紺青の色は瞋恚の色。血を吐くような憎悪と永劫に消し去れぬ怒りを示す色。






 その念に縛られ青き鬼と化して、己が行方に迷い、人を欺く。

 永遠に人を憎しみ続けるその鬼は、常に仲間を探し、



 ある時は幻を見せ、

 ある時は人を問答へと誘い出して、

 己と同じ存在へと人を貶めようとするという。


 その青き鬼を、恐れを持って先人達はこう呼ぶ。

 

 ――――紺青鬼、と。            
 






 遠い雨  13話




 夜風が梅の蜜の香りと共に流れていく。

 その濃密な香りは学園の森を甘く、甘く、染めていた。

 その香りと共に、梅の花びらが夜空を舞う。

 煌々と光る人工の灯火と共に。



 どこか物悲しいその散り方を見ながら。

 俺達は割り振られた防衛ポイントに移動していた。

 紺青鬼について簡単な伝承を確認しながら。




 「………伝承にあるとおり、紺青鬼とはただ人を己を恨み続け、寂しさから仲間を増やそうとするらしい」

 



 
 桜咲と龍宮に恐ろしさを伝えた。

 怨みすぎて、もはや何を怨んでいたのか忘れてしまっても、

 ただ怨み続け、妄執に狂ったまま魂を迷わせ、仲間を増やそうとする鬼。

 その鬼は、憑依もしくは言霊によって、人を惑わせるという。

 鬼族というより精霊に近い鬼だ。





 戦いに狂い理性を殺し、殺戮に酔いしれ、笑いながら殺人を犯す。

 もしくは、殺す機械になろうとして心を殺し、冷静な判断をする人間。

 

 このような戦士は下手をすると紺青鬼の言霊に負けて、最悪バーサーカーのようになる。

 理性をなくした戦士。

 

 ………そして、全てを殺し最後に自分が紺青鬼になってしまう。

 


 恨みだけで生きる存在、紺青鬼(精霊鬼という説もある)が巻き起こす瘴気や言霊。

 それが人間の判断力を狂わせる。




 だが、元々人間が鬼になったためその身は、

 怨みを晴らした後、反動で小さく変化してしまう。

 ふけば飛ぶような矮躯。

 

 
 それだけに、通常の鬼族などに隠れてこちらを撹乱されると、少々厄介だ。

 

 特に桜にはその幻術や言霊を弾き返す力が無い。

 過去を未だに悔やみ、

 それでも前向きに生きようとしている桜には、精神系の魔法や陰陽の術を使う敵は天敵といっていい。

 だから、おいてきた。



 (お前も同じだ) 

 (何人呪った)  

 (何人怨んだ)
  
 (お前も所詮同じ………同じ………同じ………同じ)
 
 (思い通りにならない世を何回嘆いた)

 (何人殺した)

 (決まりのため何人見殺しにした)

 (正義などこの世にない)



 このような言霊に、桜は弱い。

 未だに過去の罪に怯える桜にとって、これほど恐ろしい敵はいないだろう。


 そして、同じように過去を悔やむ、魔法使いにとってもある意味恐ろしい敵だろう。

 今までNGOなどで何回も自分の弱さ、魔法使いの決まりの馬鹿らしさ。

 そんなものを味わった魔法使い達ほど、その言霊に反応するのかもしれない。

 



 正義の為。

 己のしたことに、少しも後悔する事は無く反省もしない。

 


 ………そんな人間は少ないと思う。

 いつだって、戦場で出来る事は少ない。

 魔法を世間に知られないように、人を救う魔法使い。




 

 能力の制限をつけられた魔法使いが、戦場で出来る事はあまりに少ない。

 制限時間つきの選択肢は、どれも最悪としか思えないことばかり。

 後悔、反省、悔恨。

 脳裏をよぎるたくさんの出来事。

 走馬燈のように、映し出されては消えていく過去の記憶。


 守れぬものがあった。

 失ったものなど数知れず。

 悔やんでも悔やみきれぬ事など腐るほど。

  

 それでも間違いを繰り返しながら、少しずつ進んできた魔法使い達。
 
 そして、それは俺も同じだ。

 セイバーを殺し、イリヤを助けられなかったあの戦い。

 助けられたのは、………桜だけだった。



 そんな人間に対して精神攻撃をしやすい、紺青鬼という精霊に近い鬼は確かに有効だ。

 敵を怨み、己自身を怨み。

 迷い続け、他人を自分達と同じものにしようとする鬼達。

 



 過去を反省し、悔やんでいる魔法使いにとって己を悔やみ続ける紺青鬼というのは幻術の触媒として有効だろう。






 「だから今回戦うメンバーは、こうして精神障壁の魔法をかけてもらったんだろう?」

 「ええ、龍宮の言うとおりです。油断は禁物ですが、あまり敵を過大評価する必要もないかと」


 

 


 

 2人の言うとおりだと思う。

 俺たちの心を狂わせ、下手をすれば同士討ちをさせる事ができるかもしれない存在。






 それは、―――――“奇襲”であるから、とても恐ろしい存在なのだ。

 先にその存在が知れたら対応策はいくらでもある。

 そもそも偏った能力、偏った戦法は敵に知られたらとても危険だ。



 兵は詭道なり。

 昔から言われている事だが、これは敵に情報が漏れないことが大前提である。



 だから、おかしい。

 紺青鬼を使うというのは、決して俺たちに知られてはならない情報のはず。

 にもかかわらず、今日の午後にはその情報がわかった。

 まだ、作戦前ギリギリに情報が解ったというならわかるんだが。

 敵の情報管理が、あまりにも雑だ。



 「衛………。…宮……。………先生!」 

 「――――。ああ、何の話だった?」

 「ですから。今のうちに作戦を」
   
 

 俺が話を聞いていなかったのを、2人は少し訝しそうに見ている。

 自分の中に入り込みすぎていたようだ。




 だが作戦か。

 桜咲は野太刀「夕凪」をメインとして、近距離、中距離まで戦える。

 龍宮は銃器か。メインはデザートイーグル、レミントンM700。

 そして俺は………。


 

 「そうだな、前衛に俺と桜咲。龍宮は遠距離からの………」

 狙撃と言おうと思ったのだが。

 敵の情報管理が雑なのが、どうしても違和感を感じる。

 「すまん。やっぱり龍宮は戦闘に参加せずに、遠距離から何か異常が無いか視てもらえないか?」 

 龍宮の魔眼で何か異常が見つかるかもしれない。

 あまりにも、俺たちに有利な情報が逆に気になる。 






 「………? なにを視ればいいんだい?」

 「何を見つければいいのか解らないが、何か気になるんだ」

 「罠があるというのですか? しかし今夜こちらに攻め込んでくる賊が罠を仕掛けられるのでしょうか?」

 そう。本来、罠とは地理感がある防御側、もしくは地元の人間が仕掛けるものだ。

 だから、罠が仕掛けられている可能性は低い。

 それはわかっているのだ。

 だが、今回。敵の行動はあまりにもおかしい。

 用心しておきたい。

 少しでも、この子達が傷つく可能性を減らす為に。





 「それから………」
 
 なんとか納得してもらい、

 もう一つ、作戦を伝える。

 その後。龍宮、そして俺と桜咲の二手にわかれた。 

 



 

 龍宮と別れ辿り着いた先は防衛ポイント。

 そこには月光に照らされた、森の木々が生えない小さな踊り場。


 その小さなダンスホールに我が物顔で居座るのは、鬼族と烏族。そして……紺青鬼が群れを作っていた。

 



 「―――――では、いきます!」

 言葉と共に走り出す桜咲。

 その身の丈ほどの野太刀に月光を映し、

 剣士は、異形の群れへと踏み込んでいく。

 切っ先は演武のように、

 美しく桜を散らせるが如く、鬼を斬る。



 フォローをするため俺も後に続く。

 だが、やはりどこか違和感を感じる。

 紺青鬼を心を惑わせる幻術などの触媒にするなら、隠さなければ意味が無い。

 元々、矮躯な鬼だ。

 人間よりはるかに小さく、細い手足は軽くつまんだだけで折れそうだ。

 鬼族や烏族に比べて、あまりに弱い存在。

 精霊というより怨霊に近い、透明感。

 だからこそ隠すのは、容易なはずなのだが。

 戦力にならない以上、そのような搦め手として使うのが基本ではないだろうか。






 考え事をしている俺を、好機と見たのか

 巨躯の鬼が鉄塊を振り下ろす。

 

 その一撃を干将でそらし、莫耶で切り裂く。

 考え事は後だ。

 今は、龍宮がなにか異常を報せてくれる事を祈ろう。


 


 美しき剣士と無骨な剣。

 在り方は違えど、武を鍛え続けた両者にこれ以上の言葉は不要。

 交差し、巻き込みながら敵を圧倒する刀と双剣。

 背中を合わせ、目まぐるしく戦場を駆け巡っていく。





 ◇




 樹上でライフルを構え、スコープから衛宮先生と刹那の戦いを見下ろす。

 見張るだけで何もしないでいい、とは。

 貴重な弾丸を消費しなくていいのは経済的に有難い。

 


 ………。それにしても。

 何度視ても現実感がなくなる光景だ。

 神鳴流剣士、桜咲刹那。

 銃器が通用せず、剣とその体術のみで異形である、鬼族、烏族と戦う剣士。

 その時として、化け物と言われる実力者の剣閃はあまりにも鮮やかで美しい。 

 その一振りは、時には桜の花を散らせるが如く流麗で、

 時には、雷となり敵を穿つ。



 2人を覆いつくす赤い目の光。

 眠りについた麻帆良を攻める異形たち。

 その地を護る小さな剣士は護るべき者のため、異形を屠る鋭利な日本刀と化す。

 その姿はまさしく日本刀といえる。

 人を殺す為に作られたにもかかわらず、その美しさでも人を魅了し続ける日本刀。

 異形を屠るその姿は、戦い続けているにもかかわらず美しい。

 


 そして、衛宮先生。

 その戦い方はまさしく、ただの兵器だった。

 愚直で危なげの無い戦い。

 囲まれそうになると、慌てず一歩引いて態勢を立て直す。
 
 相手の死角に動き、隙を突く。

 神業めいた鋭い動きではなく、ゆとりを持ちつつも確実に数を減らし、

 刹那の援護をする。




 衛宮桜と共に、戦っていた時と比べると楽をしてるのがよく解る。

 そもそも多数と戦う時、神業に近い動きをするのはかなり危険だ。



 無駄だと思える動き、戦闘を優位に進める為にはそんな無駄も必ず必要になる。

 戦闘に一瞬の間をおく事で、攻撃に幅を持たせ不測の事態に対応する。

 だが、衛宮桜との共闘のときにはそれが無かった。

 精密なだけの動き。

 一つ間違えば、2人とも死亡する危険な賭け。





 精密機械と同じだ。

 ゆとりの無い構造は必ず壊れる。

 だから、余分なスペースをあけ故障を防ぐ。

 

 護るものがいなくなり、余裕をもった衛宮先生はただ強い。

 無駄なく敵を屠るその姿は、銃器のようだろう。

 ただ殺す為の機械。

 何かを殺す為につくられたにもかかわらず、

 刀に比べるとあまりにも感動の無い姿。

 ただ、切り裂くための双剣。

 眉間、喉仏、心臓、背骨。

 そのいずれかを的確に、かつ迅速に斬り抉る。

 相手の鬼族の大太刀を、片手で弾きながら打ちつける小剣は、

 その短さからは信じられないほどの剛剣だった。

 無骨に泥臭く。襲いかかる鬼族、烏族を死を以って彼の地にかえす。

 その背後に隠れ、新たに襲いかかるは紺青鬼。

 


 もとより矮躯の鬼。

 その小さな体の唯一の武器、凶爪で敵を抉ろうと狂走する。
 
 走る鮮血。

 その凶爪は僅かに衛宮先生の頬をかすめたが、その身は双剣によって真っ二つになる。





 ………。 真っ二つ? 塵にならず? 

 魔眼でもう一度よく視る。




 かえっていない。

 ということは、あの紺青鬼だけは召喚された鬼ではない。

 そして、あまりにも幾何学的な形に並んでいる死骸。

 小さな体、それゆえに気がつかなかった。

 その血肉が描く魔法陣に、散り行く梅の………。

 


 ―――――まさか!!




 ◇




 『…………2人ともそこから離れろ――――!!』



 戦いの最中、龍宮から念話が届いた。

 



 「―――――しまった。退け、桜咲!」




 その衛宮先生の言葉と視線の先をみて、なるほどと思う。

 そこにいるのは、転移の魔法か陰陽の術か。

 1人の男がいつの間にか、鬼の血で描かれた魔法陣の中心にいた。

 その男の周囲にはられた結界は中々の代物。

 だが、この程度の結界。

 神鳴流には紙切れと同然。


 
 呼気を整え、構えと共に必殺の一撃を当てる。

 魔法すら、切り裂く一撃。

 





   
 巨大な雷を剣に纏いし秘剣。 ―――――極大 雷鳴剣。



 この程度の結界なら、この一撃で十分。

 何をやろうとしたかは解らぬが、

 魔法陣をつかった魔法など、使わせぬにこしたことは無い。



 あらゆる神秘、異形のものを屠る退魔の剣。

 その一撃は、多少の魔力の盾など貫く。

 刀に先駆け、雷光はそのまま右肩口から腰まで、抉りこもうと突き進む。



 だが、

 その雷光は。



 ………術者の体へと<吸収>された。

 





 「――――なっ!!」

 
 ありえない。

 人であるものが、その威力に防壁をはり耐えるならまだ解る。

 だが、雷を吸収するなど人の技ではない。

 そしてその吸収された筈の雷は、そのまま跳ね返るように私の身を襲おうとした。

 
 
 ………くっ、間に合わない。



 当然だ、奥儀を出した直後。

 僅かな肉体の硬直。

 この隙だけはどんなに鍛えようと出来る僅かな隙。

 死を覚悟した時、



        
 「“熾天覆う七つの円環”――――ロー・アイアス!――――」



 七つの花弁をその身に携え、私を護ろうとする衛宮先生がいた。






 ◆



 

 ――――しまった。なんて俺は馬鹿なんだ。



 誰が気がつかなくても、俺だけは気がつかなくてはいけなかったのに。  

 だが、今はそんな場合じゃない。


 
 「桜咲、俺にしがみつけ!!」

 “熾天覆う七つの円環”を展開しながら、桜咲が俺にしがみつくのを確認した後、

 衝撃を逃がす為、軽く飛ぶ。




 “熾天覆う七つの円環”
 
 ギリシャ神話における一大戦争、トロイア戦争において使用された英雄アイアスの盾。

 トロイアの英雄、ヘクトールの投槍を唯一防いだという結界宝具。

 花弁の如き守りは七つ、その一枚一枚は古の城壁に匹敵する。

 投擲武具、使い手より放たれた凶器に対してならば無敵とされている盾。





 ………だが!

 その盾は英雄アイアスが使ってこそ最高の結界宝具。

 そして、この“熾天覆う七つの円環”は所詮――――贋物。

 本物ほどの強度は無い。

 俺ではその真の力は引き出せない。







 アーチャーならば、その真の力の9割以上引き出せるかもしれない。

 俺は何とか9割程度。

 そしてその強度こそアーチャーのローアイアスに迫るかもしれないが、

 アーチャーほど、“熾天覆う七つの円環”の真の力を引き出せない。

 
 





 この敵が予想通りなら、この盾では破られる可能性がある。

 


 「――――っ…………!!!!!!」

 



 乾いた音と共に、雷の一撃は、

 次々と花弁を突き破りあっという間に六枚の花弁が四散する。

 残るは一枚。

 背後には、樹木が迫りこのままでは体が持たない。

 雷は決して貫けなかったと言われる七枚目に到達し、なおその勢いを緩めない。

 殺しきれない雷の一撃。

 それを直前にし、



 「くっ――――あああああああ…………!!!!」


 残りの魔力を全て己が宝具に注ぎ込む―――――!!



 日本の伝説に名高い、雷の弾。

 百年に渡りし、呪い続けた男の雷。

 その雷が、己が持つ最高の盾の最後の一枚を破ろうとする。

 だが、ついにその雷弾は威力をなくし、
 


  


 その盾と雷弾は僅かな残響音を残し、消えていった。

 背後の樹木に体が打ちつけられる事は無く、

 だが、体は満身創痍。


 

 桜からの供給で、暖かく俺の体を満たす魔力。

 その暖かさに、少しほっとした後。 

 
 「大丈夫ですか?」   

 桜咲が心配そうな顔で俺を気づかう。

 だが、今はそれどころじゃない。

 念話でこっちに向かうという、龍宮をその場に留まるように頼み、作戦を伝える。

 



 『だが、それは――――』

 龍宮と桜咲が不満を口にしたが、これは俺が今できると思える最善の策だ。

 なにより、1人でこんな化け物を倒せない。

 そして、桜の友人であるこいつ等を死なすわけにいかない。   

 何より、学園自体が危ない。





 時間は無い。

 奴もまだ完全ではない。

 だが、次の一撃はもうすぐ撃たれる。

 さあ、覚悟を決めろ。

 これより戦うは、僅かな時間とはいえ最悪の敵。

 



 その名も――――





 ◆





 そもそもの間違いは紺青鬼が出ると聞いて、こちらの精神を傷つけるのが目的と勘違いした事から始まった。

 いや、そのようにミスリードされたと思うべきだろうか?

 だが、遠坂ならすぐ気がついたし、俺も気がついて当然だった。




 

 

 魔術を使うものは、理論にとらわれず柔軟な発想をしなければならない。

 遠坂に何度も言われた言葉だ。

 それなのに、今回も間違いを犯した。





 紺青の鬼。全てを怨み続ける鬼。そして梅。

 これで俺なら気がつかなければならなかった。



 あの術者がしようとしたのは降霊術。そして憑依だという事を。

 その触媒として選ばれたのが紺青鬼と………梅の花だった。

 




 あの術者は、聖杯戦争のように英霊を呼び出そうとした。

 サーヴァントとしてではなく、その能力を自分に憑依させるために。

 聖杯もないのに英霊が呼べるはずが無いと考えた、俺が愚かだということだろう。

 なぜなら、…………俺自身があの聖杯戦争で、一度それを行っているのだから。

 
 

 ギリシャの英雄ヘラクレス。

 その技のみをこの身に模倣し、その技術を手に入れた。

 だが、代償は大きく記憶の一部は完全に無くなり、体はボロボロになった。

 だから同じ事をする人間などいないと思いこんでいた、が。


 あの術者はそれを行った。

 死を覚悟して。

 
 

 道真の怨霊といわれる、<雷電>を憑依させたのだ。

 太政大臣、菅原道真。

 死後。天満宮天神の名を受け、学問の神として名高い人物。


 


 儒学者の家に生まれ、当代随一の秀才。

 そう呼ばれた道真は天皇の寵愛をうけ、右大臣の位まで出世した。

 低い身分の貴族としては異例の出世である。

 そして、それが藤原氏をはじめとする有力貴族の反感を買ってしまった。

 彼等の謀略と讒言によって、道真は破滅する。

 九州、大宰府への左遷。
 
 家族は離散し、己は2度と都の土を踏む事はできずに幽閉生活の中、

 その僅か2年後に、死亡する。



 ―――東風吹かば 匂いおこせよ梅の花 主なしとて春を忘るな―――



 (忘れるな)  
  
 (忘れるな)

 

 汝、この恨みを決して忘れるな。

 梅よ、私の怨みを決して忘れるな。

 東風が吹くたびにこの呪い、都に広め続けろ。
 



 その呪いの歌。





 この歌のとおり、道真は死後百年に渡って都を呪い続ける。
 
 都には豪雨と落雷。

 皇居には落雷と道真失脚にかかわった者達の急死が相次ぐ。

 道真失脚にかかわった者とその子孫まで殺しつくした鬼。

 そして、その後。

 935年。

 平将門は自らを新しい天皇、すなわち「親皇」と名乗り朝廷に戦いを挑んだ。

 世に言う『平将門の乱』である。




 この事件において、記録は伝える。

 


 ――――将門が親皇を名乗る事は八幡大菩薩の命令であり、それを伝えたのは<菅原道真公の御霊>であった、と。



 
 
 平将門の乱すらおこした怨霊を、人々はただ恐れた。

 この怨念にまつわる事件を恐れた人々は、

 非業の死をとげた、菅原道真の恨みを封じるために神として祭り上げたのだ。

 

 死後祟りを以って鬼と化し、そして神となる。

 いわば、英霊といってもいいかもしれない。

 英霊のように生前ではなく、死後に反英霊とも呼べる存在になり最後に神になるという稀有な例だが。

 そして英霊は、地形効果による信仰、知名度で能力が変わる。




 例えば、ランサーのサーヴァント。青い槍兵クー・フーリン。

 もし、聖杯戦争がアイルランドならばかなりの強敵だったという。

 

 今回も同じだ。

 日本で知らないものはいないほど有名な、天満宮天神。

 学問の神といわれ、多くの参拝客が毎年訪れる。

 だが実際は、祟り神とも言われる鬼神。

 もう、神になってしまったもの。

 地形効果による信仰、知名度ならばかなりのものだ。






 聖杯戦争で、クー・フーリンもあくまで、半神半人の身だ。

 そして日本での知名度は、天満宮天神より低い。

 神の社がある神、雷電。

 
 
 神性:Bのランサーより、神性が上回る可能性すらある。

 戦闘能力ならいざしらず、雷撃のみならランサーの宝具並みか、

 下手をしたら上かもしれない。

 



 なにより。

 ココは俺たちの世界ではない。

 並行世界である以上、根源『 』は同じ場所で繋がっているのかもしれない。
 
 だが、おそらく魔術基盤が違う。


 宝具ほど、神秘を得ようとこの世界では宝具の能力がドコまで出せるかわからない。

 ルールブレイカーのように、魔術を破戒する。という特定の能力に秀でていようと。

 この世界でどこまで通用するかわからない。

 


 俺たちの世界では“投擲武具、使い手より放たれた凶器に対してならば無敵とされている盾”といわれる、ローアイアス。

 だが、コチラと向こうでは魔術基盤が違う。

 故に、通常より硬い盾としての能力しかない。



 ――――――まだ試してはいないが、ルールブレイカーで破戒できない魔法もきっとあるに違いない。





 ◆



 聖杯もないのに英霊が呼べるはずが無いと考えた俺が愚かだった。

 俺自身が一度それを行っているのに気がつかないとは。


 

 ギリシャの英雄ヘラクレス。

 その技のみをこの身に模倣し、手に入れた。

 その事実を忘れるとはなんて愚かなんだ。



 降霊術。

 遠坂に言われた、この存在を忘れていた。

 前世の自分を降霊、憑依させる事で、かつての技術を修得させる魔術があるという。







 ならば、この陰陽師がしたことは単純だ。

 菅原道真、その怨霊である雷電を自分に憑依させる。

 死後、鬼となり、そして神になった者を復活させるには莫大な魔力が必要だ。

 例えば近衛木乃香。もしくは桜のように。

 だが、憑依なら話は別だ。

 術者の命を軽視すれば、不可能な事などない。

 僅かな時間とはいえ、驚異的な能力を手に入れる。







 降霊に必要なものは、そのものに縁があるもの。

 怨みの鬼、雷電。

 一説には雷神とすら伝えられる鬼神。



 その縁、類感による降霊に必要なもの、同じ恨みの鬼、紺青鬼。 

 そして、………菅公の恨みの華<梅> 

 そしておそらく、菅原道真の血を受け継いだこの術者。

 血縁でなくては、このような奇跡できるはずがない。




 そして。

 この術者が雷電を憑依するために、他の場所は囮として使われた。

 こんな鬼神、そして菅原道真の血縁は何人も残っているはずがない。

 俺たちは運悪く、当たりを引いてしまったという事だ。

 運が悪いとしかいえない。




 こんな事、普通の人間なら気がつかないだろう。

 だが、俺は別だ。

 遠坂に降霊術の存在を教えられ、かつてギリシャの英雄の技術を模倣した俺なら気がつく。

 いや、気がつかなければならなかった。

 

 そして雷の鬼、雷電にとって神鳴流の雷を纏う奥儀は力を増す事こそあれ、

 ダメージを負わせることは出来ない。

 そのことを、誰よりも早く桜咲に言うべきだったのだ。





 ◆





 「――――しかし、衛宮先生。あれほどの力、1人の人間に制御できるのでしょうか?」

 桜咲の小さな疑問の声にこたえる時間は少ない。

 だが、おそらく無理だろう。

 俺自身、技を模倣するだけで死にかけた。
 
 だから解る。





 奴は、制御などする気はない。

 必要なのは破壊の力のみ。

 この地より麻帆良を狙い打つ雷撃。

 それを撃てれば、あとはどうなってもいいという特攻。

 そもそも、そんな無茶が長い時間続けられるはずが無い。

 




 ―――――俺の時は、一瞬の行動にもかかわらず死にかけた。






 だから、その場で降霊して敵を撃つなど無茶な事を考えたのだろう。

 
 そして、降霊の術を隠す為にわざと一部の情報を流した。

 俺たちをミスリードさせるために。



 その事実から考えれば、あの術者の能力は低いはず。

 故にあの術者が撃てる雷撃は、おそらく2〜3発が限界。   
 
 その後は自滅するのみだ。

 

 どれほどの怨みがあるのか解らないが、死ぬ気の特攻。

 地形効果による信仰、知名度で底上げされた能力。

 祟り神とも言われる鬼神。

 その一撃のみに特化した恐るべき敵。







 


 「――――――話は終わりだ。来るぞ」

 これから戦う化け物は、死後、祟りをおこし神となった英霊並みか、それ以上の化け物。

 数十秒の命とはいえ、その雷撃はサーヴァントの宝具に勝るとも劣らない。



 いや、所詮分身であり。

 聖杯によって器に強引に入れられた、サーヴァントに比べれば英霊本体といってもいいかもしれない。

 本体と分身。



 サーヴァントとして召喚されたならともかく、本体とサーヴァントでは比べ物にならないだろう。




 世界の抑止力として呼ばれた、アーサー王VS俺が召喚したセイバーとしてのアーサー王。

 コレがどちらが強いか。言わなくてもわかる。

 コレと同じだ。サーヴァントとして器に押し込めたのではなく。

 己の命と引き換えに、英霊としての力を得た“雷電”比べることが間違っているのかもしれない。






 こちらはの戦力は、先程の雷撃を防いだ衝撃で足がいかれかけている俺。

 神鳴流決戦奥儀を使う事を許されない、神鳴流剣士、桜咲刹那。

 そして魔眼を持ちながらも、単独ではあの鬼を殺す火力がない龍宮真名。


 
 この3人で、麻帆良に撃たれる雷撃をとめる。



 先程の一撃は、桜咲の一撃に鬼の力を反射的に乗せた一撃。

 今度の一撃は、死ぬ覚悟の一撃だ。

 先程より破壊力がある可能性がある。

 死ぬ気になったときの人間の瞬発力。

 誰より俺自身が知っている。



  
 ――――舌が乾く。

 
 覚悟の行動。

 それでも、恐怖心は止まらない。

 聖杯戦争をくぐりぬけ、誰より奴等の恐ろしさは解っている。

 だが、―――――この身に背負うものから逃げようとは2度と思わない。 

 



 ……贖いを続ける為に。

 あの冷たい雨の中、震えていた桜を護る為に、己を裏切り、多くの命を犠牲にした。

 その犠牲にしてきたものの為にも。



 だからもう2度と。

 桜を殺そうなどと思わない。

 桜の、俺の仲間を。

 殺させない。


 
 目の前には絶望の光景。

 小さな魔方陣に術者は異常な雷氣を纏わせ、此方をみている。

 その、雷氣は風を伴い帯電した竜巻を描き続ける。

 帯電した風は、圧倒的な暴力として俺たちの肉体を切りつける。

 だが、それさえただの前兆。

 これから、雷の暴風が俺たちを巻き込んで麻帆良を砕こうとしている。




 「―――――投影、開始」

 凝視する。

 英雄の大剣を寸分たがわず透視する。

 左手を広げ、まだ現れぬ架空の柄を握り締める。

 桁外れの巨重。

 あの時解った。

 この剣は、斧剣は俺には使いこなせない。

 もう2度と奇跡はおきない。


 故に複製するのは、技術のみ。

 この巨重の斧剣で、技術を模倣できないなら。

 


 ………もっと軽い剣ですればいい。

 右腕に技を模倣できる中で、最軽量の武器を投影する。

 
 

 ――――パン!


 乾いた破裂音が、俺の中から聞こえる。




 「――――――、っぁ!!」
 
 



 あの斧剣よりはるかに軽いこの剣ですら、模倣は無理があるのか。

 右腕の一部の毛細血管が破裂する。

 だが、

 

 「―――――――いくぞ」
 
 
 そんな事に注意を向けている暇は無い。

 壊れた箇所は■が補強する。

 我が専心はこの雷撃を防ぐ事のみ。


 

 収束する殺意。

 それと共に雷が奴の掌に集まっていく。

 俺の魔術行使を敵とみなし、僅かに残った理性で俺と共に麻帆良を砕く為に、雷弾を撃つ。

 帯電し風を纏うその一撃は、例えるなら雷神の鎚。

 北欧神話の雷槌ミョルニル。トールハンマーか。

 その一撃を持って、この身と背後の麻帆良を砕こうというのか。

 

 その一撃。

 雷より早いものなど、この世に無い。

 だが、その雷はあくまで、魔弾を纏うだけ。

 それでもそのスピードは、英霊の一撃に値する。

 故に俺が先に技にはいらねばならない。

 僅かでも遅れれば、この身と共に麻帆良も砕ける。

 


 「――――投影、装填」


 脳裏に九つ。

 体内に眠る魔術回路その全てを動員して、一撃の下に雷撃を切り裂く。



 ――――目前に迫る雷弾。激流と渦巻く氣。





 その死地に踏み込み、全てを迎え撃つ。


 

 「全工程投影完了――――是、射殺す百頭(ナインライブズブレイドワークス)」




 ――――――唐竹、袈裟斬り、逆袈裟、右薙、左薙、右切上、左切上、逆風、更に、唐竹―――――



 一撃ごとに、弾かれそうな腕。

 それを強引に力でねじ伏せながら、雷撃を連続する九つの斬撃で全て消し飛ばす。



 模倣した技術はギリシャの大英雄ヘラクレス。

 その技術を左手から読み取り。

 投影した「雷を斬り飛ばす刀」は、右手に。



 その刀は。名刀『小狐丸』

 909年に菅原道真の祟りで京都に多数の稲妻が降ったときに、宮中に一匹の白狐が現れて授けた刀と言われている。

 稲妻が落ちてきたときに、経教は腰に差していた小狐丸で、稲妻の軌道を変えたといわれる名刀。


 菅原道真の雷、その天敵である名刀である。



 投影しても斧剣よりはるかに軽いその剣は、
 
 あれから鍛え続けた俺なら、なんとか使いこなせる。


 
 だが、やはりギリシャの大英雄ヘラクレスの技は、俺には反動が大きい。

 右腕の毛細血管は、次々と破裂し大量の血液が流れていく。




 雷を切る「小狐丸」そして、大英雄の技。

 この2つで、雷電の一撃を防いだ。



 「―――――っがは………!!」



 大英雄の技を投影した反動で、頭が割れるように痛い。

 思わず膝をついて、目の前を見る。 





 そして。

 眼前には、雷を纏い鬼神と化した術者。



 今の雷撃で奴の片腕は完全に壊れている。

 やはり、人間に鬼神といわれる雷電の業はあまりにも無理があったようだ。




 だがそれでも。

 その身、残りの命の灯火は僅かなれど、

 俺の命と麻帆良を砕くには、十分な雷を纏っている。

 そして、その攻撃から俺の身を護る為に、龍宮が狙撃を続けていた。

 その弾丸は全て術者の目に。

 だが、膨大な雷の氣を纏った術者を傷つけるには至らない。

 ほんの僅かな目くらまし。

 そして、俺はギリシャの大英雄の技術を模倣したせいで、




 ………体が動かない。

 もう一度、すぐに同じ事は出来ないだろう。 

 あと、2撃。

 俺にはそれを防ぐ手段がもう無い。




 ―――――ニタリ。


 奴が嗤う。

 こちらに出来る事はもう無いと信じて。

 そう、俺にはいますぐ動く力は無い。

 龍宮に奴を討つ火力は無い。

 俺たちは死に、麻帆良には雷が降る。

 かつて、都を恐怖におとしいれたという伝説の雷が。










 ここにただ1人。

 彼女がいなければ。




 ――――――瞬動。

 その僅かな動きで奴の背後に立つ桜咲。


 
 そもそも今回の作戦はいかに奴の目から、桜咲を隠すかというのが問題だった。

 俺が奴の雷弾を防げるのは一回のみ。

 そして、桜咲は奴が纏う雷氣のせいで、

 中間距離からの雷を使った奥儀は使えなかった。




 故に作戦は単純。

 俺が奴の一撃を受け、その光に紛れて

 桜咲は瞬動を2回以上使い、奴の後ろに回りこむ。

 最初から瞬動を使ってばれたら意味が無いので、俺が雷弾を受けるまで待つ。

 その後、さらに桜咲から注意をそらす為に、

 龍宮に奴の目に狙撃をしてもらう。

 


 纏っていた雷氣によって、神鳴流の雷氣を使った技が出来ないなら。

 近づいて切り裂けばいい。

 だが、仮にも英霊に近い能力を持った敵。

 生半可な力では倒せない。

 だが、桜咲の力は半端じゃない。

 夕凪を投影してわかったが、野太刀を峰打ちで使い大概の魔法を切り裂くという。

 刀の峰がどれほどもろいか。

 鍛冶師の俺はよく解っている。

 それだけに、桜咲の異常な氣の力もわかる。

 そして。




 
 “神鳴流奥儀、――――斬岩剣!” 
 



 だからこそ、接近した時の一撃はあらゆるものを切り裂く。

 雷を纏う事のない剛剣は今度こそ、奴を袈裟懸けに切り裂いた。

    




 ◇



 

 作戦どおり上手くいったようだ。

 私の一撃で倒れる術者。

 ここに来る前に衛宮先生に渡された、一本の刀。

 鬼退治で有名な渡辺綱が使ったとされる、名刀<髭切りの太刀> 
  

 



 ………別名、鬼切丸。

 その模倣品だと言っていた。

 だが、とても模倣品とは思えない切れ味だ。

 紺青鬼に対しては、異形のもの全てに強い夕凪より、

 鬼に対して絶対的優位にある、この<髭切りの太刀>が役に立つといっていたが。

 確かに、神鳴流最大奥儀を使えない以上、

 この髭切りの太刀は役に立った。

 もし力まかせに夕凪を使って、刃が欠けでもしたら目も当てられない。

 そんな事を考えていると。

 


 次の瞬間、

 鼓膜を震わす轟音と共に爆風が吹きつけてきた。

 


 ◆





 奴の身が光に包まれようとしている。

 自爆か?

 だが、桜咲は気がついていない。
 
 此処からでは、瞬動でも使わなければ間に合わない。

 なにより、足がボロボロで動かない。

 この距離、ハイレベルな瞬動を使える人間でないと間に合わない。

 強化しても、この足では意味が無い。

 此方の世界でハイレベルの達人が使えるという、瞬動に虚空瞬動。それに浮遊術。

 俺にはそんなものは使えなかった。

 この身に許された技術は剣製のみ。

 剣を鍛える事しかできないこの身に、許された一つだけの技術。




 故に。

 瞬動を「剣製」した。

 


 まず背中と足の下に、頑丈な鉄板を三角錐の形に投影。

 

 同時に靴と服そして体を強化。

 爆風のダメージから、体を護る。



 そして投影せしは、使い慣れた双剣。干将・莫耶。

 その神秘を幻想を膨らます。理念が、骨子が、材質が耐え切れぬほど幻想を膨らます。

 
 “壊れた幻想――――ブロークンファンタズム―――――”



 そして剣という形がとれなくなった幻想は爆発した。

 それが<壊れた幻想>だ。


 
 



 瞬動が魔力や氣を足に集中させて爆発させることで、驚異的なスピードを出すなら。

 俺は体の外に爆弾を仕込み、爆風でスピードを上げる。

 



 だが、神秘を膨らませた壊れた幻想は、

 宝具としてのランクが低い干将・莫耶でも、俺の体を限界まで痛めつける。
 
 服や体を強化したぐらいでは、この衝撃は逃がしきれない。

 だが、今はそんなことはどうでもいい。

 今はただ、桜咲を護る。

 ただそれだけの為に、駆ける。



 桜咲の前に立ち、最速で己の裡に埋没する。

 己にとって大切なものを護るのは、常に共にあった自身最硬の盾。

 今日、2回使うには、桜の魔力供給が必須だった盾。

 その名も。 


 「“熾天覆う七つの円環”――――ロー・アイアス!――――」
  


 
 
 そして“熾天覆う七つの円環”で桜咲を爆風から護りながら、

 爆心地を解析する。

 やはり、もう証拠になるようなものは消えたようだ。

 せめて、戦う前に解析ができていれば、

 この自爆も防げたかもしれない。


 

 ……あいつなら、この灰になった男も助ける事が出来たんだろうか?

 俺の理想。

 誰かの為だけに生きた、赤い弓兵。

 あの時、桜を選んだ。

 それにもう後悔は無い。

 だが。

 奴なら、―――――――こんな間違いは犯さなかったのではないのだろうか。 






 あの時誓った、あいつの背中。

 奴の生き方、奴の理想。それすらを。

 追いつくのではなく、追い越すのではなかったのか。

 だが、現実はどうだ。

 この術者を殺す事すら、この娘たちの力を借りなければならなかった。 

 

 ………なんて無様。




 ◇


  
 鼓膜を震わす轟音と共に爆風。

 そして、目を焼くような閃光。

 それらを感じながら、私は恐怖していた。 


 ――――しまった、自爆か、と。



 調査をさせない気か?

 ちっ、だがこの爆風に巻き込まれては私も………。

 だが、私の体に何時までたっても、くるはずの痛みは無く。

 ゆっくりと目を開けると。 


 

 
 「―――――くっ。無事か桜咲!」




 
 なぜか衛宮先生が先程の花弁を目の前に掲げ、私を護っていた。
 
 何時の間に?

 この人は確か瞬動が使えなかったはず。

 なのに、なぜ?

 助けられたのに、そんな事が何より疑問に思った。



 そして、その私を護る姿はなぜか。



 大地に突き立つ鋼の剣にみえた。

 私を護る盾ではなく、人でもなく、剣にみえたのだ。

 大地に深く突き刺され、風に吹かれても、雨に打たれても、決して倒れない。
 
 赤いさびとなって、大地に崩れ落ちるまで、ただ立ち続ける。

 


 ………そんな剣に見えた。



 ◆

 



 今回ほど、自分が未熟だと思ったことはない。

 先日のエヴァンジェリンの時もそうだ。

 情報がそろっていながら、判断を間違えてばかりだ。


 自分が、ギリシャの英雄の業を模倣したのにその存在を忘れ、

 今回の計画を見抜くことが出来なかった。

 


 俺は、相手を見定める心眼という能力があまりにも低い。
 
 なんて、無力なんだ――――この俺は。

 あいつなら。

 他人を守り続け、英霊にまでなったあいつなら。

 こんな判断ミスはしなかっただろう。

 
 







 「――――衛宮先生? どうしました。傷が痛むのですか」

 「いや、大丈夫だ。すまん、心配かけたようだな」




 自分の行動の迂闊さを反省していると、

 桜咲が声をかけてきた。  

 その心配そうな声に、小さく笑顔を浮かべて礼を言った。

 そして、桜咲のほっとした顔をみて、

 俺も、少し安心した。 






 俺は判断を間違えた。

 それでも俺は、彼女達を守れた。

 




 無様で、判断を間違えて。

 彼女達の力を借りてやっと倒す事ができた。
 
 

 それでも。――――――護る事ができた。

 それは価値があるはずだ。

 なにより彼女達は桜の友人だ。

 桜の為に、護れた彼女達。




 桜の笑顔を護る為に。

 そして、彼女達の笑顔を護る為に戦って、そして護れたのだから。

 だからきっと、この戦いには価値があったと思う。

 




 そんな事を考えていると、龍宮が念話で連絡をしてきた。



 『―――――すまないが、もう一つ仕事のようだよ』

 「なに? …………。仕方ないですね。衛宮先生は少し休んでてください」

 「いや、まだ大丈夫だ。戦える」

 『戦闘じゃないらしい。―――――学園長から、連絡があってね。至急来て欲しいそうだ』

 「俺たちが………?」

 『ああ、できるだけ急いでという事だ』



 その言葉に了承の返事をした後、

 足を引きずりながら歩き出した。


  
 そして、

 桜咲が肩を貸すと言っていたが、身長の差から無理だとわかったので、

 近くの木を切ってもらい、松葉杖にするという口実で少しはなれたとき。




 桜咲に解らないように新たな武器を投影した。

 投影したのは「アバリスの矢」


 アポロが賢人、アバリスに与えたと言われている魔法の矢。

 持ち主の姿を消し、病気を治し、未来を予見する力を持つといわれる魔法の矢である。

 だが、その担い手でない俺に使えるのは怪我を治す力のみ。

 


 「アバリスの矢」の力で俺は傷を治しながら、

 桜咲に切ってもらった木を松葉杖にして、学園長室に歩きだした。

 

 





 

 ――――――厭な予感はまだ終わらなかった。





 <続>



感想は感想提示版にお願いしますm(__)m











◆前世の自分を降霊、憑依させる事で、かつての技術を修得させる魔術。
UBWで有名なセリフですね。英霊エミヤが決戦で士郎にいった言葉です。
個人的に好きな設定だったので使いました。

◆菌糸類様が上手いのは、「主人公は知らないけどプレイヤーだけは知ってる情報」というのを最大限に利用してる事だと思うんです。
赤い弓兵が自らの理想を、偽善だと思い込んでることなんてHF士郎は知りません。(記憶最後にほとんどなくなってるし)
むしろ、今までの自分を裏切った自分と成し遂げた自分。そこに劣等感を持ってると思う………設定です。

◆独自設定
◆第四次聖杯戦争のランサーであるディルムッド・オディナとクーフーリンが戦った場合には、
日本では両者ともに地形効果はないが、舞台がアイルランドならばクー・フーリンが勝つ。

という記述をみたため、じゃあ日本の英霊なら地形効果で凄くパワーアップするのでは?
というわけで、雷電さん雷弾だけなら(日本での戦闘に限る)ゲイボルグ以上という設定にしました。
ただし、筋力、スピード、などではまず負けると思います。
そして、英霊本体である雷電VSクーフーリンの分身であるランサー。
結構いい勝負なのでは?と思います。

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