朝の光と鳥の声が、意識に滑り込んでくる。

 静かな朝の気配。

 閉じた目蓋のした、

 眠りについた意識のままで、

 夜の終わりを感じながら、自分自身を責めていた。




 俺は、なぜ桜の言葉を聞いたのだろう。

 もしあの時、桜の言葉に耳を貸さず人形を取り上げていたら。

 桜の安全の為なら、

 桜の意見に耳を貸す必要など無かった。

 あの人形を桜に渡した。

 あの時、俺は判断を間違えた。

 桜から人形を取り上げていれば。

 もう過ちを繰り返さない。

 桜の為に生きると誓ったから。

 桜を守るためなら、桜自身の心を無視する事になろうと。




 ―――――それでも桜を守る。   

 その誓いを破った自分を。なにより許せなかった。

 




           遠い雨  12話


 








 
 昨夜の灼熱に似た、自分に対する怒りに炙られながら微かに目を開いた。

 


 「……っ」


 わずかに見開いた目に、突き刺すような光を感じる。

 決して強い光ではないが、寝不足で疲れた俺の目にはきつく感じた。

 

 そして、静かに目を覚ますと見慣れた天井がみえた。
 
 昨日は家に帰ってからすぐ、布団に倒れるように潜り込んで泥のように寝てしまった。
  
 そのためか、異常なほど寝汗をかいている。


 「ハァ……」


 冷たい空気を肺に取り込む。

 


 ……まだ後悔している。

 あの時、桜の軽率な行動をとめなかったことを。

 エヴァンジェリンが憎いのではない。

 間違え、責められるべきは俺だ。
 
 なにより憎いのは間違えた俺自身。

 桜の心も体も守ると誓った。

 だがそれは、桜の間違いやわがままを全て聞くということじゃない。

 桜の間違い。

 あの時とった軽率な行動をとめられなかった俺自身の罪。

 桜を守るためなら、桜の意見を全て…………。

 



 ――――――だが、それは、なにか、大きな、間違いを………。



 
 
  

 まだ寝ぼけているな。

 考えがまとまらない。

 早く頭を目覚めさせよう。



 俺は頭に新鮮な空気を入れるために、

 思いっきり伸びをして腕を挙げようとすると――――。




 
フニャリ、と何か柔らかい感触を右腕に感じた。


 「え――っと」


 隣を見ると、そこには桜が気持ちよさそうに眠っていた。


 「な、えぇ――!?」


 桜は俺の右腕を抱いて放さない。
 
 と、言うか更にキツク抱きしめて、何か柔らかいモノを押し付けてくる。


 「………えっと!?」

 
 そうか。

 昨日魔力の暴走で疲れた桜は、そのままここで寝てしまったのか。

 しかし。


 「ん……せ…んぱい…」


 可愛い寝言で俺の事を呼んでいる。

 無邪気で可愛らしい寝顔。時折、額を俺の腕にスリスリと擦りつける様は、本当に可愛い。

 あの聖杯戦争から、ずっと桜を守ってきた。

 この寝顔を護る為に。

 だがそれを、俺は………。

 いや、今は落ち着こう。





 昨日のことで疲れているんだろう。

 俺は桜を起こさないように、そっとベッドからでようとして、





 ドタバタと激しい足音と、なにか吹き飛ばされた物音を聞いた後、

 「衛宮先生! 桜さんが部屋にいな…………!」

 「士郎さん、桜さんが………!」

 心配そうな怒鳴り声という器用なことをする侵入者2人が、慌てて部屋に入ってきた。

 その2人と見つめあったまま時が止まる。

 

 ――――コッチ、コッチ、コッチ――――

 

 静かに響く、時計の秒針がうらめしい。




 ―――ゴクリ。



 唾をのむ音がやけに大きく響く。


 現在の状況。

 俺は、昨日の戦闘で汚れた衣服を脱ぎ捨て半裸。

 当たり前だが、桜はここに着替えなど無いので、

 俺のYシャツを、パジャマがわりに使って柔らかそうな肢体を包んでいる。

 そして、

 「う……ん…。せんぱ……」

 悩ましげな、吐息まじりの寝言。

 


 ―――――状況証拠から有罪確定。





 「アスナ〜? 桜はんは〜?」

 そして部屋からは見えない位置から、

 ゆっくり近づいてくる第三の侵入者。


 その小さな足音を聞きながら、

 


 『俺は昨日の事件じゃなく、ロリコン教師として学園をクビになるかもしれない』

 そんな嬉しくない未来がみえた。 
 



 
 ◆




 空は気持ちのいい快晴。

 いつもの登校時間。

 走る生徒達と騒がしい喧騒。

 
 ………だが、そんな朝の心温まる登校風景は。

 


 俺の周囲にいる人間によってギチギチの険悪空間となっているのであった…………! 

 

 「………な、……なあ。神楽坂、ネギ君?」

 
 
 俺の問いかけに答えるのは、つめたい沈黙。

 そして神楽坂は、俺の横で赤くなってる桜を気の毒そうに見た後。

 

 ツインテールを揺らしながら俺にゆっくりと振り向く。

 朝の陽光に、光り輝くヘテロクロミアの瞳。

 その異なる輝きを水平にぶった切ったような半眼で、


 

 空色の瞳に『この、ロリコン!!』

 紺色の瞳に『女の敵!!』



 そんな素敵テキストを、色違いの瞳に浮かべて怒っていた。


 
 ネギ君も、近衛も、ネカネさん(は、なんだか楽しんでるような?)

 それぞれ呆れたような顔と冷たい視線でこっちをみている。



 ………ごめんなさい。そんな汚らしい物をみるような目はやめてください。

 

 ―――――うう、なんで俺がこんなめに。

 実際は恋人同士とはいえ、現在の桜は中学生。

 そして、俺が桜に手を出したという事は。……当然、そのような誤解をまねくわけで。

 だから、こっちではあまり桜と2人にならないようにと、ネギ君達とも決めていたんだが。

 
 

 「ええと、ネギ君。俺と桜は学園長室に寄ってから、教室に行くから少し遅れ…………ルヨ?」

 昨日の事を話さなければならないので、ネギ君にそう伝えたが。

 

 返事は無く冷たい視線のみ。

 素直だったネギ君が、返事もしてくれません。



 10歳の子供先生に軽蔑されてる副担任に、

 登校中の皆さんは「何したんだコイツ」みたいな目で俺をみている。 


 
 『―――――士郎さん。せめて学校が休みになるまで、我慢できなかったんですか?』




 そんな呆れた念話の後、ネギ君は一言も口をきいてくれない。




 昨日帰ってきた時は、ネギ君はすでに夢の中にいた。

 そして俺と桜の関係をネギ君は知っている。

 それだけに、なにかとんでもない勘違いをしているらしい。




 そりゃね。わかるんですよ。
 
 朝起きて、いないルームメイトを心配して探してみれば、

 副担任の部屋にいて、その………行為の後のように見えたら。

 しかもそれが2度目だったら。

 桜が俺に騙されてるって、心配してくれるその気持ちは凄く嬉しい。―――――でも言いたい、誤解だと!!  

 




 仕方が無いのでライダーに念話で、何で3人を家に上げたか聞いた。

 ライダーがネギ君たちを家にあげなければ、こんな事にはならなかったのだが。

 その答えは、


 『アスナに吹き飛ばされました』
 

 この一言だった。

 いや、サーヴァントに腕力じゃ勝てないと思うんだが。
 
 腕力ではなく、存在がどうとかライダーは言っていたが。

 やっぱり、神楽坂にも何かあるのかもしれない。


 

 そうこうしているうちに、学園に着き。

 ネギ君達の冷たい視線にさらされながら、俺たちは学園長室に向かうことにした。
 
 (冷たい視線にさらされているのは間違いなく俺1人だが)


 

 さて、気を引き締めよう。

 最悪、もう一回戦うという可能性もある。
 
 だが昨日、桜を救ったのは事実だ。
   
 その2つの事実に混乱しながらも、俺たちは学園長室に入っていった。





 □ □ □







 「――――ふむ、どうしたものかのう」

 近右衛門は誰もいない学園長室で頭を悩ませていた。

 
 今朝知った、昨日の事件。

 まさか、こんなに早くエヴァンジェリンと士郎達が戦うコトになるとは思わなかった。



 コレは自分の判断ミスだ。


 
 本来、マギステル・マギを目指す魔法使いが集うココ。

 麻帆良に危険人物とされている、エヴァンジェリンがいることを隠すにはソレ相応の理由がある。



 悪の魔法使いとされる、エヴァンジェリン。

 だが、その心根は決して邪悪ではない。

 己の身を守る為とはいえ、数多くの人間を殺してきたその罪を背負うためか。

 不死者である吸血鬼としての誇りを貫くためか。


 己を"悪"だと誇らしげに語ろうと。ソレは世間や魔法界からいわれる悪とは少し違うように見えるのだ。



 

 ――――そして、だからこそ。

 衛宮士郎たちと会わせることを、躊躇した。



 マギステル・マギを目指すネギ・スプリングフィールド。

 そして、彼を護ると誓った。衛宮士郎。


 彼が"悪"であり、幾つモノ悪評をもつエヴァンジェリンにどのような行動にでるか読めなかった。

 衛宮士郎。彼の考えを知り。



 2人が出会うにはソレ相応の舞台を整えるべきだと思っていた。

 だが、予定とは違い。


 2人は最悪の出会いをすることになる。


 "学園を護る"という呪いをかけられているエヴァンジェリンにとって、不確定な情報が多い衛宮士郎、桜を探るのは当然といえた。

 個人的な興味、更にはその行動がバレタ場合。





 学園の為に不審人物を探っていた。そう、言い訳をすることも出来た。



 だが、ソレをしなかったのは。彼女なりの誇りか。

 

 本来、ナニカのきっかけさえあれば。きっと友人になれるはず。

 この2組の相性は決して悪いとは思えないのだ。



 片や待ち続けた"大事な者"が死んだことに、肩を落とした者。

 片や大事な者を護り続け、できるだけのものを護ろうとするもの。


 
 出会うタイミングさえ間違わなければ、友人になれたかもしれない2人。

 だが、今回のことで完全にすれ違ってしまった。




 「仕方ないかもしれんのう」



 そういいながら、近右衛門は机から2枚の羊皮紙をだした。

 今はまず、2人が争うことを止めなければならない。


 これは、ある意味。より2人の間により亀裂をつくることになるかもしれない。

 だが、今。この2人を争わせるわけにはいかない。

 

 そして、エヴァンジェリンが来るのを待った。





 □■□■





 学園長室にはすでに、エヴァンジェリンとタカミチさんが来ていた。

 学園長とタカミチさんはどこか真面目そうな顔で、

 エヴァンジェリンは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 
 「よく来てくれたの。衛宮君、それに桜君………ライダー君もいるのかの?」

 学園長の言葉に、ライダーは霊体から実体になる。

 「では、説明の前にこれにサインしてくれんかの?」

 そう言いながら、羊皮紙を差し出した。




 それは、余人には何ら意図の汲めない図版と記号の羅列にみえただろう。



 だがそれは、俺たち裏の人間はよく知ってるものだった。

 元いた世界。そして、こちらでも使われる定型通りの術式文書。


 「――――これは」

 
 ―――――自己強制証文(セルフギアス・スクロール)―――――


 前の世界、そしてこちらの世界でもある呪術契約。

 魔法の世界において術者本人にかけられるこの呪いは、

 どんな手段を用いても解除不可能といわれている。

 もといた世界では、死後の魂すらも束縛されると恐れられる『強制(ギアス)の呪い』  
 


 
 その一文を読むと。


 …………………

 一、衛宮士郎、桜、その使い魔はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルとその従者に攻撃されない限り、
 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルとその従者を攻撃する事を禁ずる。

 一、この禁はあくまで戦いであり、双方合意の上での相手を殺さないという試合においてはその限りではない。

 一、試合において死ぬ可能性が少しでも出た場合、強制的に試合をとめなければならない。


 …………………
 
 

 
 「これはどういうことでしょうか?」
 
 「そう睨まないでくれんかの」

 学園長は、俺たちにもう一枚の羊皮紙をみせた。

 そこには、今みた文面とまったく同じ内容が名前を入れ替えて書かれていた。

 そして、最後にはエヴァンジェリン自身の血で書かれたサインがある。

 このサインにより明らかに魔力が脈動し、呪戒が術として成立し機能していることを証明している。

 これにより、エヴァンジェリンが俺、桜、ライダーに攻撃をすることは不可能になったということだ。

 


 「なるほど。つまり『お互いに戦うな』ということですか」  
  
 「うむ。君達にとって、まず大事なのは身の安全じゃろう?」

 契約書をライダーと桜に見てもらい不備が無いか確認してもらう。

 この手の魔法理論については2人のほうが詳しい。

 「ですが、ここで私達が彼女を殺すとは考えなかったのですか?」 

 今なら、契約がなされていない。

 俺とライダーなら初撃で殺す事は可能だ。

 相手は『攻撃を受けた場合のみ』反撃を許されているのだから。

 朝の弱体化した吸血鬼。そして一撃先に当てる事ができるなら。

 



 …………だがそれは、桜が望む事だろうか?






 「それはなかろうて。昨日、桜君をエヴァは救ったんじゃろう? その恩人を君らが理由も聞かずに殺すとは思えんしの」   
 
 確かに、この契約がなされれば俺たちと彼女達が争う事はない。

 ならば、落ち着いて話を聞けばいいのだろうか?

 だが、俺なら破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)でこの契約を解呪し、

 一方的に………。




 いや、桜の身の安全が保障されたんだ。

 無駄な殺しはするべきじゃない。

 それに、これは俺自身の罪だ。

 冷静な判断を下す事ができず、桜を危険な目にあわせた。

 だから、

 この契約をする事が俺自身の今回の事に対する罪なのだろう。




 「桜はそれでいいのか?」 





 ◇



 「桜はそれでいいのか?」 

 「――――はい」


 
 先輩の問いかけにすぐ返事をした。

 私にはエヴァンジェリンさんが悪い人には見えなかった。

  

 2度の魔力の暴走から助けてくれた人。

 そして、ライン越しに感じた暖かい気持ち。


 あれは決して嘘じゃなかった。 




 ◇
 


 昨日のことについて、学園長さんから説明が続いている。
 


 学園長さんの話によると、

 今、茶々丸さんはメンテナンス中らしい。

 昨日、かなりボロボロになったため、直してる最中だそうだ。 

 

 そして、エヴァンジェリンさんの事を私達に伝えなかったのは、

 正義の魔法使いとして、名が売れてきた私達が信用できなかったらしい。

 エヴァンジェリンさんは学園の魔法先生達にすら警戒されていて、

 私達が学園の魔法先生のように、エヴァンジェリンさんを危険視して、

 争う事を恐れたと言っていた。

 正義という言葉に酔って、いわれなき罪人をさばく断罪者。
 
 私たちもそんな人間かもしれないと、疑ってしまったと言っていた。

 確かにそんな人もいるんだろうけど。



 

 でもエヴァンジェリンさんは決して悪い人じゃないとおもう。

 実際、先輩に聞いたところによると、

 普通なら(戦争なら)見捨てる状態の茶々丸さんを、守ろうとしていたようだし。

 それに私も助けてもらった。

 私の魔法の源を調べようとして、魔力の暴走をおこしたのは計算外だと言っていたけど。

 先輩はまだ警戒していたが、

 もうどうでもいいことだと思う。

 先輩も姉さんも一度は私を………殺そうとした。

 でも、最後には助けてくれた。

 エヴァンジェリンさんも同じだ。

 私に何かしようとしていたようだが、

 私が危険な状態になった時、守ってくれた。





 だから、信じてもいいと思う。
 
 それに実際、この『自己強制証文(セルフギアス・スクロール)』があればお互い戦う事はない。

 結局お互いに、相手の証文を保管する事で話がついた。

 これならお互い争う事はない。



 ただ問題は。

 
 「ネギ君とエヴァンジェリンを戦わせる―――――!?」

  
 という事だ。

 
 「正気ですか、学園長?」

 「マギステル・マギになるためのこれも修行じゃて」
 
 そう言いながらフォフォフォとまた笑っている。

 でも実際、先輩の話だとエヴァンジェリンさんが魔法を封印した状態で、

 宝具投影してやっと勝てると言っていた。

 そういえばなんでも、エヴァンジェリンさんは魔力が回復したら周囲3キロの範囲内で300体の人形を操れるらしい。

 先輩の弓の射程が4キロだから、

 封印が解けたら、3〜4キロ離れた状態で何とか勝負になって、

 その範囲内になったら、私達ではかなりキツイ戦いになるという事か。




 って、

 「無理に決まってるじゃないですか? ネギ君は先輩より弱いんですよ!!」   

 「じゃからの、エヴァとの契約なんじゃよ」
 
 「契約?」 

 「うむ、ようするにじゃ。エヴァはネギ君の父親であるナギの呪いで此処に封印されている。
 それを解く為にはナギの血縁であるネギ君とネカネ君の血が必要なんじゃ」

 「そして、ネギ君にはこれからナギの息子として色々な試練があると思う。早く実戦を知ってもらいたいんだ。
 だからエヴァにネギ君に実戦を教えて欲しい。かわりにネギ君に勝てば呪いが解ける。
 そしてネギ君の命は取らないという契約を持ちかけたんだ」 

 「………随分と強引な話ですね?」

 「そうだね。でもそのくらいネギ君の状況は厳しいんだ。ネギ君とエヴァが戦えば昨日以上の騒ぎになることもあると思う。
 それでも彼には早く強くなってもらわなくちゃいけないんだ」




 実際、昨日の戦闘より派手になるはずだ。

 昨日は俺が矢を射るのと、エヴァンジェリンが守りの魔法を使ったのみ。

 それでも魔力の変動を感じて数人の魔法使いがきた。

 ネギ君が戦うとなると、どうしても派手な魔法戦闘になると思う。

 そして、その間エヴァンジェリンがネギ君を殺さないという保証は無い。

 


 殺すつもりがなくても、ついうっかりということはよくあるのではないだろうか?

 ネギ君が思ったより強くて、手加減を間違えるという可能性だってある。

 真祖の吸血鬼と10歳の少年の戦いを傍観する、正義の魔法使い達。

 昨日も思ったが、この学園の魔法使いは基本的に戦いを傍観するのだろうか? 

 それに昨日とは意味が違う。
 
 


 俺たちが死のうがエヴァンジェリンが死のうが、基本的にこの学園には損はない。

 俺たちが死んだ所で、エヴァンジェリンに挑んで死んだと書類を偽造すればいいだけだし、

 エヴァンジェリンが死んだら、厄介者が消えるだけだ。

 精神的な罪悪感は感じるだろうが、それだけだろう。



 だが、ネギ君は違う。 

 ナギの息子にして、将来のマギステル・マギ候補。

 そして、将来有望ながらまだ10歳の少年。

 そんな子供が死んだら、関東魔法協会と麻帆良学園の信用はどれだけ下がるか解らない。






 だが確かに、勝っても負けても実戦というのは、かなりのレベルアップに繋がる。

 そして本人は知らないが、命の危険は無い。

 俺達が安全に対して気を配りつつ、

 ネギ君が命の危険に怯えながら戦うのは、確かにいい経験にはなるだろう。

 だが、そこまでこのエヴァンジェリンを信じれるのだろうか?

 手加減を間違えるという事は本当に無いのか?

 これは、見張っておいたほうがいいのかもしれない。


 

 
 「そこでじゃ。ネギ君の魔法使いとしてのレベルアップには、魔法で戦闘してもらわなくてはならないんじゃが」 
 
 「ボケたかジジイ。私の魔力は封印されてるんだぞ」 
 
 「じゃから、魔法薬でなんとかならんかのう?」 

 「それなら魔力が足りない分、糸を使う事になるから、最悪あのボウヤは死ぬような大怪我をすることになるが?」

 「………それは困るのう。じゃが、これ以上学園の生徒を襲って吸血されると、学園の魔法先生からの風当たりがのう。
 ただでさえ昨日の事件でエヴァを危険視している者が増えてるんじゃよ。これ以上吸血事件が増えるともう庇いきれんのじゃが」 


 「知るか! なんとかしろ。大体あのボウヤに怪我を負わせることなく勝てば、封印が解けるまで血を吸っていいという契約だ。
 その為に少し貧血の生徒がでるくらいもみ消せ!」


 「―――あの。いいでしょうか?」 


 
 ◇



 「―――あの。いいでしょうか?」 


 
 学園長とエヴァンジェリンさんがコッチをみたのに合わせて、話し始める。




 「これ。なんですけど」
  


 そう言って見せたのは、昨日の仮契約カードだ。

 コレがあれば、エヴァンジェリンさんの魔力を私が供給できる。

 ネギ君に危険が及べば、魔力の供給を断つことも可能だ。



 だが、何より。




 「―――――仮契約が解除できないだと?」
 


 そう。ルールブレイカーによる解呪は多分可能だろう。

 だが、あらゆる魔術を破戒する短刀である、宝具。

 それは、先輩やライダーとの魔術契約すら切られる可能性がある。

 

 特に先輩の体は"人形"だ。

 私との契約が切れた場合。どんなことが起きるか解らない。


 故に、私にルールブレイカーを刺すのは危険だ。

 ソレと同じくらい、エヴァンジェリンさんにルールブレイカーを刺すのも危険だ。

 

 ………呪いが解けてしまいかねない。
  

 それでは、学園を敵にまわすことになってしまう。




 この、ルールブレイカーという存在を隠しながら。

 エヴァンジェリンさん達に、事情を説明した。

 
 これは双方に得があると。

 私は魔力が暴走した時、エヴァンジェリンさんに止めて貰うことができる。

 私は魔力が少ないエヴァンジェリンさんに魔力を供給できる。


 

 だから、このままでいたほうが双方に"得"があると説明したのだ。
  







 ◇




      
 ――――あれから随分の時がたった。

 俺の横では、エヴァンジェリンの説得に成功した桜が微笑んでいる。

 そして、学園長室に落ちる陽射しは刻一刻と暖かさをまし、

 静かな鐘の音が昼休みをつげた。


 

 「ふむ、話はすんだようじゃの」

 「ええ、そのようですね。助かったよ桜君」

 「いえ。私ができるのはこれくらいですから」

 そう言いながら、桜は優しく微笑んでいる。

 契約によりお互いを傷つける事のないパートナー。

 ある意味、桜にとって理想的な従者かもしれない。 



 だが、これからのネギ君との関係。

 そして、…………。



 「では、授業に戻ってもらおうかの」

 「桜。俺はもう少し話してからいくから先に戻っててくれるか? あと、ライダー」

 「はい。では桜」

 ライダーは言いたい事が解ったのか、桜を連れて学園長室をでてくれた。

 ライダーに任せれば、桜のことは大丈夫だろう。

 「僕はいないほうがいいのかな?」

 「すいませんが、できれば学園長と2人で話したいのですが」

 「了解、昨日の事があるからね。エヴァ、行こう」
 
 「………っち」

 エヴァンジェリンも小さく舌打ちすると、学園長室からタカミチさんと共にでていった。

 「ふむ。まだエヴァのことでなにかあるのかの?」

 「いえ、神楽坂について聞きたいのですが」

 「聞きたいこと? すまんが生徒のプライバシーに関する事は…………」

 「初めて会った時から、少々おかしいとは思ってたんです」

 俺は学園長の言葉をさえぎって話し始めた。

 無礼かもしれないが、もう言葉巧みに騙されたくない。




 「極東最大の魔力をもつ近衛木乃香に、ネギ君が無反応でした」

 俺のように極端に魔力感知が下手ならともかく。

 魔法学校をトップクラスで卒業したネギ君が、そんな巨大な魔力に気がつかないはずが無い。 

 俺にだってネギ君に流れる魔力量の凄さは解る。

 なのに、近衛には感じなかった。



 そして、今朝。

 「神楽坂は"ライダーが油断していたとはいえ"ライダーを軽く突き飛ばしたそうです」

 ライダーがいくら油断していたとはいえ、神秘の塊であるサーヴァント。

 それを力づくで動かせるはずが無い。

 そしてコッチの世界には素人だと言っていた。





 最初は、

 桜と同じ魔力吸収能力を、自然に身につけた存在だと思っていた。

 その力で魔力の高い近衛を隠しているのだと。

 だが、ライダーを吹き飛ばしたとなると。

 「ひょっとして………魔力完全無効化能力をもっているのではないんですか?」

 

 ◇魔力完全無効化能力。

 この世界の魔法、過去視で見たセイバーに勝った葛木先生の戦い方。

 ならば、ライダーの天敵がこちらの世界にいるかもしれないと思い、調べた。

 そして見つけた。ライダーの天敵になるような存在を。

 一番危険なもの。

 それが、魔力完全無効化能力だった。

 とても稀有な能力。

 だが、これ単体ならどうということはない。

 魔法使いの従者となって、アーティファクトを手に入れなければ。

 


 仮契約には、対象の潜在能力を引き出す効果がある。 

 魔法無効化ということは。

 もし、俺のルールブレイカーのような能力があるとしたら。

 いや、もっと強力な力で。

 召喚された鬼、烏族などを送り返す能力があるとしたら。

 

 


 言うまでもないが、ライダーは英霊の座から『分身』が召喚された存在だ。

 そして。肉体はエーテルによって形成されている。

 

 本来、聖杯と契約した魔術師。

 この2つでその存在を維持する。

 いわば水道の蛇口が2つあるようなものだ。

 だが。

 今は、いくら桜が根源と繋がっているとはいえ、蛇口は一つ。
 
 桜という魔術回路が一度にだせる魔力量が、一千弱。 

 そして、令呪。

 ライダーとの令呪は聖杯戦争中に全部使い切られた。 

 聖杯戦争時より、繋がりは薄い。   

 そんなアーティファクトでもライダーが消える可能性がある。








 だが、それでもライダーの優位は動かないだろう。

 魔力完全無効化能力のアーティファクトが剣や銃なら。

 ライダーのスピードについていけるはずが無い。

 



 だがもし。

 エヴァンジェリンが使った糸のような形状のアーティファクトなら。

 見えない糸で、召喚したものを送り返す能力。

 ライダーの戦闘方法、

 前後左右から目まぐるしく動き、標的へと襲い掛かる。

 もし、周りにそんな糸のアーティファクトを張られていたら。

 あまりに相性が悪い。

 ライダーは容易く捕まり、そして消える。

 最大の戦力が消え、そして俺たちは全滅だろう。

 あくまで推論だが、可能性はある。

 


 そして………そんな危険な行為をライダーにさせるわけにはいかない。

 だから俺たちはわずかな可能性とはいえ、魔力完全無効化能力者を恐れた。

 そして、戦いの中それを探るため、

 ライダーの能力を最大限生かす方法として。

 ライダーに後衛をまかせた。
 





 魔力完全無効化能力者が相手にいた場合。

 ライダーの魔眼すら無効化する可能性がある。

 無効化できずとも、動けるようならそいつが魔力完全無効化能力者だ。

 その選別をライダーに任せる。
 



 その、恐れていた能力者が身近にいる。  






 「むう。じゃが、そうだとしてどうするのかの?」 
 
 「ただの事実確認です。最悪護衛対象がもう1人ふえるという」

 恐ろしい能力だが、神楽坂は元々一般人。

 俺たちの敵になるとは思えない。

 それにこの数日で、その優しい人となりも見えた。

 だが、稀有な能力者というのは間違いない。

 そして、利用されればとても危険な能力だという事も。

 


 「ふむ。すまんが何も言えんの。ただ、彼女は友人からたのまれた大切な人なんじゃよ」 

 「………本人にその能力を伝えないのですか?」

 「それは、――――ワシの役目ではないんじゃよ」

 つぶやいて、ふっと学園長が笑ったその瞬間。

 俺は思わずギクリとした。




 いつものふざけた顔でなく。

 人が生きていく事の重みや、哀しさやせつなさ。

 そんなものが詰め込まれているように思える。

 そんな苦い、そして寂しい笑い方だった。





 桜の事でやはり冷静さを失っているようだ。

 人の傷口に塩をぬるようなことをしてしまった。 



 「………すいません。聞いてはいけない事のようですね」

 「いや、気にせんでくれ。エヴァのことでこちらに落ち度があったからのう。警戒するのは当然じゃよ」

 そういって、ごまかすようにいつもの笑い方をしている。

 「そうですか。では友人としてそれとなく神楽坂を守ります」 

 「すまんが、それでも何も言えんぞい」

 「まあ、桜の友人ですから。桜の為にも見守らせてもらいますよ」

 
 



 その言葉を最後に学園長室を出ようとすると、

 学園長はまるで呼び止めるように、言葉をぼそりとつぶやいた。

 「ひとり言なんじゃがのう」





 ――――そうか、ひとり言なら返事はするべきじゃないんだろう。

 俺はだまって、扉だけを見ていた。

 「衛宮君の推論は当たっておるよ」

 やっぱり。

 だがそれでも、何も言わず黙っていると。




 「じゃが、やはりまだ黙っておくべきじゃと思う。彼女がそれを知るべき年齢まで。彼女がもっと強くなるまで。
 それを知ったとき彼女がどうするか。彼女自身が選ぶべき道であり、これから選ぶ道なんじゃ。
 ―――――ワシ達、大人に出来るのはそれまで、静かに見守ることだけだと思うんじゃが………」




 それは教育者として、正しい言葉だと思う。 

 だが。俺は神楽坂の能力は危険な能力で、もし彼女が狙われたらと思ってしまう。

 桜の時のように、気がついたら手遅れだったなんてことはしたくない。
 
 だから。



 「私もひとり言です。私は桜の身を守り、桜にとって大事な者を守るだけですよ。――――そして。神楽坂は桜にとって大事な友人です」 
 


 今のおれにはこんな言葉しか返せない。

 神楽坂に能力の事を教えないと、誓う事は出来ない。

 その言葉を最後に、学園長室を出た。

 考えなければならないことは山ほどある。

 エヴァンジェリンの動向。

 神楽坂の能力。




 断定は危険だが、エヴァンジェリンはもう桜に危害を加えるのは難しいだろう。

 そして、神楽坂。

 彼女がもし、桜の従者(ミニステルマギ)になったとしたら。

 ライダーの天敵が1人減るだけでなく、大幅な戦力増強ができるかもしれない。

 今はまだ、たいした能力はなくても。

 将来性は十分ある。

 そして、桜の友人を身近で守れる。

 


 神楽坂が裏の世界にくるとは限らないが。

 それでも。

 もし、裏の世界にきたら。

 そんな事も、考えておいた方がいいのかもしれない。



 歩いているうちに、昼休みが終了した鐘が鳴り。

 寝不足の頭を抱えながら、

 俺は次の授業へと急いだ。





 



  ◇



 「ねえねえ、高畑先生ってさ、凄くない?」

 「そうね〜確かに頼りになるし」

 「それにしても………ネギ君はちょっと頼りなかったかなぁ」

 「あはは、仕方ないよ。まだ10歳だもん」

 「なんですの? 皆さんアレほどネギ先生のことを可愛がっていたではありませんか!?」

 「でも、ねぇ?」







 2−Aの皆さんは、あははと笑っている。


 「? ネカネさん何かあったんですか?」

 不思議そうな顔で聞いてくる桜さんに、昼休みの高等部との場所取りのいざこざ。

 そして、タカミチさんに仲裁してもらった事を話した。

 「はあ。大変だったんですね」

 「大変なのは、桜さんもでしょう?」

 さっき念話で教えてもらって驚いた。

 夜に妙な魔力の変動を僅かに感じたけど、

 まさか、桜さんがそんなに危険な状況だったなんて。

 結界のせいで魔力の変動が少ししか感じなかったのが、悔やまれる。



 それにしても、ついさっきまで命が危険だったのに。

 今、こんなに平然としているのが不思議だ。

 桜さんは基本的に凄い怖がりなのに、事が終わるとケロリとしている。

 


 ◇◆◇◆◇





 ………それはネカネがまだ知らないことだった。

 桜にとって、死とは幼い頃より日常だという事を。

 初めてネギ・スプリングフィールドと会った時のネギの年齢。

 それとほぼ同じ時期から、桜にとって死とは日常であった。

 修練という名の虐待。

 何時死んでもおかしくない肉体改造。

 食事に毒を盛られ、空気を吸うことすら許しが必要で。

 苦しめば苦しむほど、喜んで虐待する老人。

 そんなギリギリの修練の果て。

 桜を救ったのは、

 桜を殺そうとした「姉」と、桜を一度は殺そうとした「愛する男」だった。




 故に桜は一度殺されかけたくらいでは、その人間を恨まない。

 一度"自分を殺そうとした人間達"に助けられているから。



 命の危険。

 それが日常だったから。

 つい先程の危険を次の瞬間には忘れる。

 いや、忘れたふりをする。

 そうしなければ、生きていけなかった。
 
 ある意味、究極の自己逃避だ。

 

 10年以上続けられた、虐待と死の恐怖。

 与えられたのは絶望と老人の嘲笑。

 それから目を逸らし続けた、自分自身。



 

 だが、エヴァンジェリンは、桜を危険な目にあわせるつもりは無かったと言った。    
 
 



 ―――そして、桜の命を救った。

 それまで、エヴァンジェリンを殺そうとした士郎の恋人である桜を。
  
 




 十年以上誰にも救われなかった桜にとって。

 それは、士郎、自分の姉、そしてライダー。

 それ以外の初めて自分を救ってくれた存在に見えた。  

 だから、桜はエヴァンジェリンに対する恐怖はもう無かった。  








 ◇◆◇◆◇


 


 私の言葉に、周りを見回す桜さん。

 少し、勘違いしているようだ。
 
 まあそっちの意味でも、桜さんは少し気をつけたほうがいいと思うけど。




 「えっと。見られてます?」

 「まあ、今朝あれだけ険悪な空気だったんですから」

 それに、私も少し噂を流しましたし。

 士郎さんがクビにならない程度で、クラスの女の子から嫌われる噂を。

 本当はこんな必要は無いんだけど。

 また変に女の子が士郎さんに近づいて、桜さんが不安定になったり、

 クスクス笑って黒化すると彼女達の命にかかわる。






 ――――命は言いすぎだけど、

 私以外に桜さんが嫉妬すると後々、大変そうだし。  

 士郎さんをほっとくと、いつの間にか女性に気に入られているからなあ。

 転校初日に教室でうまく噂を流したけど、まだ安心できない。

 この噂を流したのは私で、士郎さんは私を苦手に思って、

 かつ、桜さんが私に嫉妬するようにする。

 そんな、さじ加減が難しい。  





 「ほらほら、次は屋上でバレーでしょ? 早く移動しよ」

 アスナさんの言葉に皆、

 笑いながら返事をしている。


 

 「桜さん?」   

 桜さんが周りを見回して、

 「…………?!?!?!」

 なんか周りをまたきょろきょろ見回している。

 まだ、周りの視線が気になるんだろうか?





 桜さんは小さな声で、私に喋りだした。



 「ネカネさん。…………皆さん14歳ですよね?」

 「ええ。そうですけど」

 「………ずるいと思いませんか」

 なんか、言いたい事はわかりますけど。

 確かに、同じ女性として羨ましいくらいのスタイルを持った人たちが、まだ中学生なんだから。




 「雪広さんなんて、私と同じ………で………は私より細いんですよ」

 ……何時、計ったんですか?

 というか、そんなに気にしなくても。




 「それに中学生に大きさで負けるって、かなり………その……」

 「………士郎さんが目移りしないか心配だと?」

 「だ、だって私。このクラスじゃあ身長だって真ん中より下なんですよ。四葉さんと同じなんですから」

 



 本当に何時計ったんだろう?

 遠目にみるとそうは見えないけど。 

 でも。

 「私達、今、本当の体じゃありませんし。年齢詐称薬を飲んでるんですから」

 「でも。高校生の体で中学生に負けるのは………」

 桜さんにとって、

 死の恐怖より、士郎さんに嫌われることのほうが重大事項らしい。 

 

 ………はあ、

 桜さんが、士郎さんに劣等感を感じなくなるのはまだ先のようだ。

 

 
 

 「ほら! 桜さんもネカネさんもなにしてるの。行くわよ」

 なにやらいじけている桜さんを慰めていると、

 アスナさんが私達の手を引っ張って教室から連れ出してくれた。
  
 



 アスナさん達とのんびりと歩いていくと。

 屋上にはさっきアスナさん達ともめていた高校生達がいた。




 「あら? また会ったわね親父趣味」

 そして、さっきアスナさんと喧嘩していた(たしか英子? でしたっけ)女子高生。

 そしてなぜか、その女子高生の腕の中でワタワタしているネギについ呆れてしまう。



 「って、アンタそこで何やってるのネギ坊主!!」

 「い、いえ、その。実は体育の授業の先生が急遽お休みになっちゃって、代わりにきたら、あの……」


 アスナさんに怒鳴られて、

 ネギは相当あわててしまったのか、発言がしどろもどろになっている。

 「で、何でアンタたちがここにいるのよ!」



 「私達の授業は自習なの。それでレクリエーションでバレーをやろうと思ってね」

 「わ、私達もバレーよ!!」

 「どうやらダブルブッキングしちゃったみたいだけど………私達が先だから、残念だけど諦めてね〜神・楽・坂・明・日・菜さん」

 「く………いやがらせ!? あんた達年上のクセに大人気無いのよ!」

 「へー! 今度は言いがかり? さすがお子ちゃまねー」

 「何ですってぇ!」



 昼休みからのいざこざがまた始まる。

 取っ組み合いになり、大混乱だ。

 ふとネギのほうを見ると、必死に止めようとがんばっていて、女子高生の髪の毛が鼻にかかる。



 ………まずいかも。



 過去の経験を生かし、私と桜さんは素早く後ろに下がる。 

 このクセだけは、魔法学校でも直らなかったなあ。




 「は………ハ…、はっくしゅん!!」

 くしゃみと同時にネギを中心に突風が巻き起こる。

 突然のことに、クラスの皆も高等部の女生徒達も取っ組み合いを止めてしまった。

 不幸中の幸いか"脱げた"人はいないようだ。



 


 「あ、あの! やっぱり暴力はいけないと思うんです。
 だから、せっかくの体育の授業ですし、スポーツで決着をつけるというのはどうでしょう?」




 とっさに出したネギの提案だが、悪くは無いと思う。

 相手が高校生だという事を除けば。





 「へぇ………面白いじゃない。私達高等部が負けたらおとなしくコートから出るし、昼休みの邪魔もしないわ。それでどう?」

 「そ、そんなこといったって体格じゃそっちが断然有利じゃん!!」
 
 「じゃあハンデをあげるわ種目はドッジボール。こっちは11人で、そっちは倍の22人でいいわよ」

 「わかったわ。約束よ」

 「フフフ、でも、貴女達だけに有利な賭けじゃ意味がないわ。そうね………私達が勝ったらネギ先生をいただこうかしら?」

 「「「「ええ――――」」」」





 女子高等部の一方的な賭けの提案に皆さん驚いている。

 うーん。でもいくらなんでも。




 「ネカネさん。いくらなんでも生徒同士の賭けで担任を変えられるんでしょうか?」

 「無理だと思いますけど。ただあの学園長なら面白いからとかで変える可能性も………」

 



 桜さんと2人で苦笑してしまう。

 まあ、盛り上がっているのに水を差すのも悪いから、私達は離れて見ていようとした時。

 士郎さんが現れた。




 「――――なにしてるんだ?」 

 「先輩。もう大丈夫なんですか?」 

 「ああ。それでこれは?」

 そして、今までの事を簡単に話す。

 呆れた顔をする士郎さんが何か言おうとすると。 





 「――――衛宮先生! ちょうどいいときに」

 そう言って、雪広さんは士郎さんの腕をつかんで引きずっていく。

 「で、では。そこのおば……もといお姉さま方。ネギ先生ではなく衛宮先生ではどうですか?」

 雪広さんは、今来た士郎さんを身代わりにしようとしている。

 


 ネギがそんなに大事なんだろうか?

 ショタコンというのは本当なのかも。

 そしてクラスメイトの皆さんは、名案だと頷いている。

 「は? なにをいってる「いらないわよ、そんなロリコン教師」だ。って、ええ!」

 「そんな。大丈夫ですよ。衛宮先生は中学生以下しか手をださないそうですから」
 
 「そうそう、おば………高校生には興味ないって!!」
 
 「だから、ネギ君は賭けからはずして」

 「そんな変態なおさらいらないわよ!!」





 今度は別の意味で、激しく言い争っている女子中学生と女子高校生。

 そのとなりで、ショックのあまり石化している士郎さんに少し同情してしまう。

 うーん。少し噂を広めすぎたかな。

 まさか、昨日そんな大変なことがあったなんて知らなかったから。

 つい、今朝の事も軽く噂を流すように朝倉さんにお願いしたし。

 でも、今は士郎さんの事より。






 「クスクス。なんで先輩が………に馬鹿にされなくちゃならないんですかね。クスクス





 いい感じで黒くなってる桜さんを止めないと。

 桜さんは自分の事より、

 士郎さんを傷つけたり、馬鹿にされると凄い怒り出してしまう。

 なんとか、止めたいけど。




 「うふふ。じゃあ私も参加しますね

 

 そう言いながら、桜さんはボールを握りつぶさんばかりに掴んでいる。

 桜さんの基本的な肉体能力は低い。

 たぶん、影を自分に纏わせて肉体を強化してるんだろう。




 ………ジャージに隠れて見えないけど。




 ギリギリと軋むボール。

 2−Aの皆さんは恐怖で足が震えているようだ。




 「あら? 見かけない顔だけどあんたも参加するの?」

 桜さんの恐怖をしらない女子高生は、馬鹿にしたような顔で見ている。

 『さっ、桜さん、魔法はまずいです』

 『クスクス。大丈夫ですよネカネさん。ちゃんと病院までは運びますから』 

 『って。病院送りにする気ですか!?』

 『殺しはしないから、いいでしょ?

 『ダメです。というか、危険な思想から離れてください!』



 そんな不思議そうな顔で、首を傾げないでください。

 可愛く笑ってもダメです!



 『落ち着いてください。……。証拠を残さなければ』

 『完全犯罪にする気ですか!』




 私の念話での説得にも応じてくれない。



 昨日もし、エヴァンジェリンさんが士郎さんを傷つけていたら。

 凄い事になっていたんだろうなあ。

 桜さん自分の事は許せても、士郎さんの事となると絶対許さないし。

 

 
 そして桜さんの魔力の変動か、それとも迫力か。

 士郎さんの石化が解け、慌てたように桜さんを止めようとしている。




 「落ち着け桜!」 
 
 「先輩? これは授業ですよ。だから大丈夫ですよ、―――――すぐ終わりますから

 「イヤイヤ、待てって」

 


 士郎さんもパニックになっているのか、念話で「魔法を使うな」

 といえばいいのに、魔法という言葉を使わないようにしながら、一生懸命に桜さんを止めようとしている。



 

 「………わかった。じゃあ条件がある」

 「条件ですか?」 

 「………脱ぎなさい」  

 「はい?」

 「だから、脱ぎなさい。今日は幸い暖かいし、ジャージじゃなくても平気だろう?」






 なるほど。

 影を纏って身体能力をアップさせる魔法。

 ジャージを脱げば、影の魔法を使っているのがバレルから使えない。

 元いた世界の魔術の強化は、桜さんはそんなに得意じゃないと言っていたし。

 随分使っていないから、精度も落ちて対した被害は出ないだろう。

 この暖かさなら、体操着でも大丈夫だろうし。






 ………でも、士郎さん。

 その言葉は"うかつ"すぎです。



 
 誤解して真っ赤になっている桜さんと、周りの皆さん全員が固まっている。

 その中で、いち早く正気に戻ったというか、アスナさんとネギが怒りに動き出した。

 




 「――――あんた何考えているのよー!」

 「――――士郎さんサイテーです!」


 
 

 桜さんを説得しようと正面から肩を抱いていた士郎さんは、

 下手にかわすと桜さんに被弾すると思ったのか、かわそうとせず。

 何か鈍い音と共に神楽坂さんの蹴りと、ネギの杖の一撃で吹き飛んでいく。

  
 

 「キャァァァ――――! 先輩」 

 その士郎さんが吹き飛んだ先に。桜さんは走っていった。




 ◇



 ま、まあ。

 ちょうどよかったのかも。
 
 士郎さんの一言で、照れてしまった桜さんは黒化することなく、

 看病という事で、横で士郎さんを膝枕している。

 士郎さんも昨日の事で体が限界まで疲れているんだろう。

 ぐっすりと寝(気絶?)ている。

 

 桜さんが濡れたハンカチで、気絶した士郎さんの汗を拭いている姿はとても幸せそうだ。

 そんなどこか、幸せそうなバカップルの横で、
 
 周りからの羨望とやっかみの冷たい視線の中。とても嬉しそうに桜さんは笑っている。

 そして、




 麻帆良学園聖ウルスラ女子高等学校2−D

          Vs

 麻帆良学園本校女子中学校2−A(+特別参加のネギ先生)

 のドッチボール大会が終わろうとしていた。
 




 「3対10で中等部2−Aの勝利です」



 試合時間終了となり、人数の差で勝利は2−Aとなった。


 うん。凄い試合だったと思う。

 アスナさんのとても女子中学生と思えない攻撃も、アキラさんの凄い剛速球も。

 ………限りなく反則だと思うまき絵さんのリボンこうげきも。

 

 でも。たぶん一番の勝因は。

 私の隣でニコニコ笑いながら、気絶した士郎さんを膝枕している桜さんだと思う。
 
 ロリコンだ変態だと蔑んでも、士郎さんの見た目は中々いい。

 それに桜さんの幸せそうな顔。

 それを見た女子高生達の集中力が、無くなっていくのがわかった。

 

 (私達、たかが子供先生の事で、なんで中学生と張り合わなくちゃいけないんだろう?) 

 (子供の担任より彼氏探した方がいいんじゃないかな?)

 

 そんな心の声が聞こえてくるようだ。


 そして、ワァと2−Aの皆さんはお互いに健闘を称えあっている。

 逆にいろいろな意味で、高等部2−Dの人たちはガクリとうなだれていた。




 「ク……これというのもあの女が! そうすればあんなバカップルを見なくてすんだのに。………このままでは済まさないわ。
 神楽坂明日菜! まだロスタイムよ!!」




 ………そこで桜さんに攻撃しないのは、正しい判断だとほめるべきなんだろうか?

 高等部の女性(英子)はボールを上にトスし、バレーのサーブのようにアスナさんに打ち込む。

 アスナさんはそれに反応できそうになかった。

 だが、それはネギにより防がれた。



 「ね、ネギ……あんた」

 「む〜、こんなことしちゃ………ダメでしょー!!」



 ちょっと頭にきたのか、ネギは魔法入りのボールを打ち返した。

 英子は受け止めるも、洋服をバリバリと破りながらボールは止まらない。



 空高く飛んでいくボールをぽかんとみながら視点を下に移すと、

 洋服を破かれて、派手な下着姿の高等部の生徒達がいた。



 「―――――うわっ!!」


 妙な声にとなりを見ると、

 ちょうど目を覚ました士郎さんが、女子高校生たちの下着姿を目撃してしまった。



 ………前々から思っていたんだけど。
 
 士郎さんって、凄い運がないなあ。

 ほら、さっきまで幸せそうに微笑んでいた桜さんの額に凄いバッテンが。

 女子高生は屋上から逃げ出し、

 2−Aの皆さんは、桜さんと士郎さんから距離をとろうとしている。

 


 士郎さんは、なんとか逃げようとしているが。




 「さ、さーて。次の授業にいこうか」
 
 「先輩?」

 「は、はい! なんでしょう桜さん」

 「クスクス。どうしたんです先輩、そんなに怯えて」



 桜さん、優しい言葉で笑うのはいいんですけど。

 目が笑っていません。

 口だけじゃなく目も笑ったほうが、士郎さんも安心すると思いますよ?




 ………かわいそうに。これからお説教という名の拷問が始まる。

 桜さんの凄い迫力に、ネギ達も凄い勢いで逃げてしまった。


 うーん。どうしよう。

 このまま見ているのも悪いし、かといってとめるのも難しそうだし。


 カタカタ震えている士郎さんと、にじり寄る桜さん。

 さて、治癒魔法の準備しなくちゃ。


 そう思いながら、屋上を後にした。


 まあ、桜さんも加減は知ってるだろうし、あまり危険もないだろう。ないと思う。ないと………いいなあぁ。




 そして、治療薬も必要かな。と考えながら階段を下りていくと。

 階段を下りた先には、龍宮さんと刹那さんがいた。




 「衛宮先生はまだ屋上かい?」

 

 龍宮さんのセリフに苦笑でかえすと。

 向こうも苦笑しながら、話し出した。



 「じゃあ、伝えてもらえるかな。今度の仕事で敵の情報が入った」

 「………それって?」



 随分、いい加減な敵だ。

 ココ麻帆良には、優秀な魔法使いが多い。

 奇襲でなければ勝つのは難しい。


 それだけに攻める側は情報の漏洩には、かなり気を使わなければならない。

 にもかかわらず、一部とはいえ情報が流れるなんて。



 「言いたい事は解りますが、敵の情報が多いのは悪いことではないです」
 


 刹那さんが当たり前のように正論を口にする。

 確かにそのとおりだろう。

 情報が多いにこしたことはない。



 「それに対した情報じゃない。なんでも青い鬼がいるということだ」 

 「青い鬼………ですか?」

 「ああ、イギリスではあまり知られていないだろうが。こっちではな青い小さな鬼を"紺青鬼"と呼ぶんだ」
 
 「紺青鬼………ですか?」
  
 「ああ、そういえば解る筈だ。あとは……」
  


 龍宮さんはニヤリと笑って

 

 「――――お大事に、と伝えてくれ」 




 そう言いながら、背を向けて去っていく姿はなんだか年上のようで。

 なんだか憧れてしまう。
 
 

 刹那さんも軽く会釈をして、龍宮さんの後を追っていった。


 

 凸凹コンビに見えるのに、なんだかいい仲間なんだなと微笑ましく思う。
 
 それにしても。



 「―――――紺青鬼か」  

 

 初めて聞く名だが、なぜかとても不吉に感じる名前だった。




 




 <続>



感想は感想提示版にお願いしますm(__)m


◆『自己強制証文(セルフギアス・スクロール)』
フェイト/ゼロ3巻に出てくる証文です。
自分自身の血でサインすることで契約がなされる呪術です。

知らない人ごめんなさいm(__)m
ネギまでは似たような魔法の契約書をエヴァが使ってましたが名前が解らないのでFateからとりました。



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