―――――淡い月明かりの下。

 花片と先程までの戦いの粉塵が、人工の白い灯火に反射して雪のように煌いている。

 その小さな輝きが闇をより深く彩る。

 戦いの嵐が吹き荒れた一時の静寂。

 その静寂を破り、




 「――――どういうことだ、タカミチ」



 士郎は改めて問い詰める。

 怜悧な表情と冷たい空気を纏って。

 「それはこっちのセリフだよ。なぜ自分の生徒を攻撃するんだい?」
 
 油断なく構えながらも、タカミチはどこかのんびりと言葉を紡ぐ。

 「………そのセリフは、今回の事は学園が計画したと思っていいのか?」

 士郎の言葉と視線に鋭さが増す。

 知らないとは言わせないと。

 エヴァンジェリンがあの“闇の福音”だと言わなかった事で、

 士郎は学園自体を信じる気になれなかった。



 「すまないがその今回の事………」

 とは、どういうことなのか? と聞こうとした時、



 「―――――高畑先生? 何事ですか?」

 

 魔力の変動を感じたのであろう、複数の魔法先生と生徒が周囲を取り囲んでいた。

 まだ、士郎たちが裏の仕事では面識のない魔法使い達。 

 神鳴流剣士“葛葉刀子”その相棒になることの多い“風使い神多羅木” 

 魔法教師“瀬流彦”そして銃とナイフを構えた“ガンドルフィーニ”金髪の少女“高音・D・グッドマン”

 そしてコンビを組む事の多い“佐倉愛衣”
 
 



 「もう一度聞くタカミチ。―――――これは最初から学園が計画していた事か?」

 冷たい視線のままで、士郎はタカミチを問いただす。

 

 これは待ち伏せか? と警戒しながら。 

 

 周囲には魔法使いたちによって、認識阻害の結界が張られていた。

 それが、士郎たちの警戒をより強める。

 

 そして魔法使いたちも、士郎達の様子に警戒を強めた。

 その目に映っているのは、見るも無残に破壊された茶々丸。

 衛宮士郎とライダーがこれをおこなったというなら。

 だが、




 「すまないが、君達が何を言っているのか解らないんだ。詳しく説明してくれないか?」

 タカミチは周囲の魔法使い達に、落ち着くように視線で合図すると、

 

 「エヴァも、なにがあったか教えてくれ」

 説明するように、双方に頼んだ。

 





      遠い雨  11話







 未だお互いに間合いを取ったまま、話は続けられる。

 士郎たちはまだ多少警戒しながらも、桜に正体不明の術をかけられ危なかったコト。

 その原因がどうやらエヴァらしいことまで話した。

 その事に周囲の魔法使い達も、エヴァを問い詰める。

 だが、エヴァは一言も言い返すことなく、ただ士郎達をみていた。



 「―――というわけだ。学園が今回の事に関与してないなら、そこをどいて欲しい」  

 「衛宮先生。気持ちは解るんだが、今は学園長が不在なんだ。学園長が帰ってくるまで少し待ってもらえないか?」

 ガンドルフィーニは懸命に士郎を落ちつかせようとするが、

 「すいませんが、俺達は桜を殺そうとした者を許す気はありません」

 「ですが………」

 「邪魔をするなら、あなた方も覚悟してください」

 





 冷たい士郎の言葉に、魔法使い達も言葉を無くす。

 確かに学園にきたばかりで、仲間が危険にさらされたのだ。

 士郎の怒りはよく解る。

 そして………それをおこなったのは、学園に封印されている闇の福音エヴァンジェリン。



 正直、士郎に手を貸そうとまでは思わないが、
 
 無理にとめる気もおきない。

 それにここでエヴァンジェリンを庇うのは、

 桜に危害を加えたのは学園の方針と誤解を招く恐れがある。

 

 「――――わかったらそこをどいてくれ。タカミチ」

 士郎は冷たく、ボロボロのエヴァと茶々丸を殺そうとする。

 だが、

 「すまないが、それは出来ないな士郎君」

 タカミチは静かにそう告げた。

 「それは………」

 「学園とは関係ないよ、ただ………」






 タカミチはエヴァを振り返り、

 「エヴァは僕の師匠というか、修行の時は世話になったんだ。それに………エヴァが桜君を殺そうとしたなんて、信じられない」

 言い切った。





 「………」

 黙って、タカミチを見る士郎に言葉を続ける。

 「エヴァ程の魔法使いが、暗殺を仕掛けて失敗するなんてないと思うし。殺すにしても魔力の暴走を招くような方法が必要だとは思えない」

 まあ、なにか悪だくみしたのは間違いないと思うけど。

 と笑いながら話す。




 「だから話を「無駄だタカミチ」エヴァ?」

 「たとえ私が衛宮桜の命を取るつもりがなかったとしても、危険な目にあわせたのは事実だ」

 それに、と言葉を続けて、

 「奴もどんな理由があろうと、私を許す気はないようだ」

 その言葉に視線を向けると、士郎とライダーは共に双剣と釘剣を構えていた。

 「意外だな。昼のように頭を下げないのか? 命乞いをするのかと思ったが?」
 
 冷たく言葉をかける士郎に、

 「ふん、貴様は馬鹿か? 死ぬ前に教えてやる」

 少しも、怯むことなく言葉を続けた。



 「自分の目的・欲望・理想のために他人の犠牲を厭わぬ者。それが悪人だ。―――だが」

 そして、笑みを浮かべ、

 「誇りある悪なら、いつか自らも同じ悪に滅ぼされることぐらい覚悟している」

 冷たく突き放す。






 「己が犯した悪に誇りを持っている以上、その罪から逃れる為に下げる頭など持っていない!!」
 
 勝つためなら敵を利用し、同士討ちさせる作戦も取る。
  
 今まで生きる為に多くの罪を犯してきた。

 騙し、不意打ち、腹芸。

 10歳で何の力もない時に、吸血鬼というだけで世界中から嫌われた少女。

 だから生きる為にあらゆる方法を使って生き延びた。




 だからこそ、自分が犯した罪から目を背けない。

 そして、その事にくだらない言い訳など無用と言い切った。



 







 士郎はエヴァの言葉を聞いて、冷たい殺気を身に纏う。

 「―――なるほど。では死ね」

 「ふん、死ぬのは貴様だ」

 このエヴァの言葉は、決して強がりではない。

 2キロも距離が離れていたからこそ、防戦一方だったのだから。

 この距離なら糸による攻撃、瞬動、戦いようはいくらでもある。

 



 士郎1人ならば。



 「士郎。私はどうしますか?」

 「いつもどおり、フォローを頼む」




 これは、この2人で戦う場合の暗黙の了解だった。

 

 はっきり言って“力”“スピード”が上のライダーに戦闘を任せるほうがいいように思える。
 
 だがその場合、ライダーのフォローが出来ない。

 


 士郎より圧倒的に早く動くライダーのフォローを、弓で援護というのは事実上不可能だ。

 それに後方からの射撃が、かえってライダーの集中力をそぐ事もありえる。

 では、ライダー単独で勝てるから何もしなければいいだろうか?

 答えは「NO」だ。

 



 基本的に英霊であるライダーに勝てる人間は、いないように思える。

 だが、何事にも例外はある。

 士郎達がこちらの世界に来てから知った、過去視の魔法。

 そこで視た、赤い弓兵から得た戦闘記憶の一つ。

 並行世界では、最優のサーヴァントと呼ばれるセイバー。

 彼女に(拳をキャスターに強化されたとはいえ)初手限定とはいえ勝った葛木という男もいる。

 人間が英霊に勝つという生きた事例。

 ならば、ライダーに勝つ人間もいる可能性がある。 

 その時、フォローが出来なければ意味が無い。





 ではこの葛木、タカミチに勝てるだろうか?

 答えは限りなく「NO」だ。

 接近戦を仕掛けることが出来るかどうかすら怪しい。 

 空が飛べ、中間距離で敵を圧倒できる能力を持ち。

 咸卦法により強化した体には、拳による打撃が効くかすら怪しい。


 



 ようは何事にも例外と、相性の悪い相手がいるという事だ。

 そして、それは初見ではわからない。




 では、士郎が前衛に出た場合。

 彼の天敵がいようと、彼の後に回り込もうという敵がいたとしても、敏捷Aを誇るライダーがフォローにまわる事ができる。

 そして万が一。

 ライダーより早い敵がいたとしても“石化の魔眼”で、士郎ごと動きを封じればいい。

 士郎は何度か魔眼を受け、またその魔眼を知っているため、不意打ちによる魔眼の効果は低い。

 死ぬ事はないだろう。

 敵の動きを封じながら、ライダーが楽に戦える。

 切り札を常に隠しておける状態。

 お互いが生き残る為に、最も適した陣形。

 唯一の弱点、桜をライダーが守りつつ、魔眼で士郎のフォロー。

 そして、この場に桜がいない以上。

 いつでも桜の元にいけるように、

 もっとも足の速いライダーには、比較的自由な位置にいてもらう。
 
 その陣形を整えた。





 「ふん。………では、そこをどけ。タカミチ」
 
 エヴァはタカミチをどかそうと手を当て、

 「いや、僕も戦うよ」

 逆にタカミチにその手をもたれた。

 「貴様。話を聞いていなかったのかっ!」

 「でも、じっさいエヴァ1人で、士郎君とライダー君の2人相手は厳しいだろ?」

 

 その言葉と共に、タカミチはエヴァの前に立った。

 「それにエヴァは、桜君を殺そうとしたわけじゃないんだろ?」        

 「………結果的に危険な目にあわせた。それは否定せん」

 ぶっきらぼうにいうエヴァにタカミチは、

 「後で、説明を頼むよ」

 その言葉と共に、また居合い拳の構えをとった。

 『タカミチ。貴様が知っている奴らの戦力を教えろ』

 『士郎君は転送で剣を呼びだして撃つ、ライダー君のスピードと力はかなりのものだ』

 念話で、必要最低限の情報を交換する2人。

 






 「そうか残念だよ、タカミチ」

 そして士郎は、

 『ライダー。タカミチが敵にまわった以上、周囲の魔法使いが襲ってくる可能性もある。警戒を頼む』

 念話を送り、     
 
 


 “投影開始――――トレース・オン――――”




 20本の魔剣を同時に投影し、頭上に掲げた。

 周囲の魔法使い達が、息を呑む音が聞こえる。

 投影したのは、士郎が過去に鍛えた魔剣。

 宝具を投影するのは、さすがに目立つので却下。

 だがその剣の群に、魔法使い達は恐怖を感じる。

 


 ―――――未知の魔法。

 これだけの数の剣を転送するなど聞いたことが無い。

 唯一、この情報をしっていた葛葉刀子も実際にみて、改めて恐怖を感じていた。

 だが、


 「最後の忠告だタカミチ。そこをどけ」

 「すまないが、エヴァを見捨てるわけにはいかないよ」

 その一言で、はじまる戦い。

 


 



 ――――キィィィィィィィン!!――――

 


 次々に金属の雨がタカミチ達に叩きつけられる。

 だが、その程度の剣弾ではタカミチとエヴァは止められない。

 


 ――――瞬――――

 


 瞬動。

 足に魔力や氣をこめて移動する歩法。

 拳銃の弾よりはるかに大きい剣など、

 この2人にはかわしやすい障害物でしかない。

 そして、





 タカミチたちが瞬動を使える以上、この場で壊れた幻想を使うのは難しい。

 大音量と強烈な閃光を生み出す壊れた幻想は、当たれば倒せるがもし外した場合、

 瞬動を見極める士郎の目が一瞬遅れる。




 肉体で大きくタカミチに後れを取る士郎にとって、投影に次ぐ能力、

 “視力”を無くさない為にも、壊れた幻想を短い距離で何回も使えない。


 




 タカミチは瞬動でエヴァは糸の弾性を利用して、左右に分かれる。

 茶々丸は邪魔にならないように、背中のロケットで後に退避した。

 


 そのタカミチ達の進行方向に、新たな剣群が生まれる。

 だが、タカミチにとってただの魔剣は驚異にならない。

 魔剣を壊すことなく、居合い拳でわずかに軌道をそらせばいい。

  



 ―――― ゴン! ゴン! ゴン! ――――



 自分の進行方向にある剣の軌道を、

 鈍い音と共にわずかに軌道を変えてタカミチは士郎に近づく。

 


 ―――――剣弾を撃たせない為に。

 士郎は双剣を構えたまま、仕事中に見つけた居合い拳の弱点。

 近接戦闘では撃てないという弱点を突くために近づく。

 奇しくもお互いに狙い通りの展開。

 



 だが士郎の背後には、

 糸を使い移動していたエヴァがいた。


 

 

 長年の修行で得られた“あ・うん”の呼吸。

 タカミチが数年かけて、エヴァの別荘で修得した感卦法。

 その修行を共にしたエヴァとタカミチは、長年の戦友のようにお互いの呼吸がわかった。




 そしてそれは。間違いなく、エヴァが士郎を倒す事ができるタイミング。

 どんな猛者でもかわせない。

 この2人に1人で戦うコト、それ事態が無謀。

 そう1人ならば。



 ここにライダーがいなければ。






 ――――ガキィ―――― 

 
 



 士郎の背後にまわったエヴァは、攻撃をする寸前にライダーによって吹き飛ばされる。

 ライダーの釘剣をとっさに避けたまではよかったが、
 
 その後の蹴撃をかわすことが出来なかった。

 真祖の魔法障壁でいくらかダメージを軽減できるとはいえ、

 ライダーの蹴りによって吹き飛ばされる。

 


 「――――がはっ」

 吹き飛び、血を吐くエヴァ。そして、

 「エヴァ!!―――」

 エヴァを背後に庇いながら。

 瞬動で士郎との戦いから離脱したタカミチが、血にまみれて立っていた。

 「エヴァ、大丈夫か?」

 士郎との戦いを強引に離脱した代償として、士郎に斬りつけられ。

 少なくない傷を負ったタカミチは、それでもエヴァを守ろうとする。




 「くっ、誰に聞いている。私は不死の魔法使いだぞ」   

 強気の言葉を返すも、その姿はまさしく満身創痍といっていいほどボロボロだった。



 “呪い”により、魔力、身体能力。共に最盛期に及ばない彼女。

 エヴァンジェリンにとって、今の状況が苦しくない筈がない。






 そして、

 「タカミチ。もうそこをどけ、貴方を殺したくない」

 士郎たちは、タカミチに最後の忠告をする。




 ………というより、この場で他の魔法使いを敵にまわすわけにはいかない。

 この学園の魔法使い一人の戦力は、異常だ。

 空が飛べ、火力では戦車を圧倒。

 そしてその正確な人数を知らない。 


 情報、戦力が解っていない敵と戦うほど危険なことはない。
 

 先程は熱くなっていたが、冷静に考えればこの学園の魔法使い全員と戦って勝てるとは思えない。

 しかも、こちらは戦闘能力が低い桜がいる。

 桜を守りながら、戦って勝てると思うほど楽観できない。




 そして。……だからこそ、この事態に学園がかかわっていないと解る。

 本来、学園が俺たちを亡き者にしようとすればもっと簡単にできた。



 ――――単純戦力だけじゃない。

  

 俺の抗魔力はかなり低い。
 
 なにか魔法薬を盛られれば、抵抗できるとは思えない。

 事実、“ホレ薬”にはまったく抵抗できなかった。


 そして、桜。


 魔力こそかなりのものだが、その考え。さらに能力。

 魔法使いとしても、あちらでの魔術師としても中途半端な能力。

 桜を騙し、ナニカを探るのは決して難しくない。




 “力”で勝り“知識”で勝る学園にとって。このような危険な手段をとる必要がないのだ。

 故に今回のコト。

 それは学園に協力を求めることができない、エヴァンジェリンの単独行動であると考えられる。
 





 実際、タカミチ以外の魔法使いは何もしない。

 

 だが、学園でかなりの発言力をもつタカミチが倒れたら。

 この学園が“敵”になってしまう。



 だからこそ。“ひいて”欲しい。

 桜の敵を消す。ただそれだけでいい。


 
 無用な犠牲を出す気はない。

 もう間違えない。

 桜のときのように。………殺すべきものを“先に”確実に殺しておけば。


 セイバーを“殺さず”にすんだのだ。


 セイバーを殺す前に。もし臓硯を殺せれば。


 もし、桜の身に起きていることに気がつき。

 “慎二”を消していれば。



 
 少なくとも、桜は慎二を“殺す”という罪を被らなくてすんだのだ。


 

 友を殺したいわけじゃない。誰かを殺したいわけじゃない。

 それでも。もう2度と。


 間違いをくりかえさないために。

 “敵”は速やかに殺すべきなのだ。  








 ◇




 士郎の言葉には、脅迫というより哀願に近い感情があるのだろう。

 そのどこか身を切るような言霊に、タカミチは頭を振る。

 気持ちは解る。

 だが、殺させない。殺させたくない。



 できることなら、全てを護る為に生きたいと願った。


 ――――マギステル・マギになれなかった男は、もう一度言葉を紡ぐ。





 「もう返事はしたよ、士郎君―――――?」

 その時、タカミチは自分の体にある異変を感じた。




 ………これは、糸。

 体が糸に束縛されていた。





 「―――なっ!? エヴァ?」

 「茶々丸!!」

 


 エヴァの合図と共に無事な左足と背中から爆風を噴出しながら、

 タカミチにぶつかっていく。




 「高畑先生。失礼します」

 茶々丸は片足でタカミチの動きを封じ、それをエヴァが糸で補強する。

 



 「エヴァ、何をするんだ!?」

 「やかましい。足手まといだから隅で隠れていろ!!」

 その言葉と共に、茶々丸はタカミチを連れて退避する。





 「――――いいのか? 今の君よりはるかにタカミチのほうが戦力になると思うが」

 「ふん。貴様も望んだ事だろうが」




 「―――確かに」そう言いながら士郎は新たに剣を投影する。

 『すまんな茶々丸』

 『いえ、お供します』 

 エヴァは最後に茶々丸に念話で謝った。






 先程の一撃で士郎を倒せず、ほぼ動けない傷を負った以上、

 もうエヴァたちに勝ち目はなかった。

 そして、エヴァはタカミチを道連れにする気はない。

 


 

 ―――――誇りある悪として。




 己が罪を認めるものとして、己が罪の為に他人を巻き込む事は誇りが許さない。

 勝つためなら敵の仲間すら、己が人形にし、下僕にする悪の魔法使い。

 そして下僕にした敵の仲間を、敵と戦わして同士討ちをさせる悪の魔法使い。

 それ故に、悪であるからこそ。

 己が罪からは目をそらさない。

 己が罪に他人を巻き込まない。

 その自分の誇りを口にすることなく。

 エヴァは士郎を前にして、

 死を前にして、      

 ただ、その姿を睨みつけていた。









 ◇




 眠りの海をたゆたっていた私の意識が、魔力の変動によって目覚める。

 「――――あれ?」

 まだ、よく目覚めていない頭で自分の体を見ると。

 自分の体から、大量の魔力が流れていくのを感じた。

 これは………。

 「先輩? それにライダー?」

 それに気がついて、少し前に夢で、魔力の暴走をおこしそうになった事を思い出す。

 




 あの時の声。

 姉さんかと思ったけど、違う誰かの声。
     
 ぶっきらぼうで偉そうな、でも綺麗な女の人の声。

 最近聞いたような………。

 いや、そんな事より。

 今は先輩達が誰と戦っているのか、それを確認しないと。

 




 『ライダー、先輩、聞こえますか?』

 『桜?』

 『はい。えっと今、どうゆう状況ですか』

 念話で2人に連絡を取る。




 簡単な説明。

 桜に正体不明の術をかけられ危なかった事。

 その原因がどうやらエヴァンジェリンらしいということ、

 そして今、エヴァンジェリンと戦っていることを話してもらった。

 それを聞いて、あの女性の声に気がつく。

 昼に会った時は、丁寧な口調だから気がつかなかったが、

 あの声。

 あの夢の声は、エヴァンジェリンの声ではないかと。

 あの時助けてくれたのは、エヴァンジェリンだと気がつく。

 そして、その事を念話で2人に伝えた。









 ◇ 


 
 『桜、それは間違いないんですか?』

 『うん、最初は姉さんかと思ったけど』

 今、私達の目の前には傷ついたエヴァンジェリンがいる。

 まだ彼女を信用は出来ないが、今の桜の話が本当なら。

 『だから私が行くまで、動かないで』

 『わかりました。桜』

 




 エヴァンジェリンの行動がわからない。

 桜に妙な術をかけて魔力を暴走させておきながら、桜を助ける?





 いくら、彼女が自分の力に自信があるからといって、

 私達相手に、正面から向かってくるほど馬鹿とは思えない。 

 そんな猪突猛進な賞金首が、600年も生きられるはずがない。

 だから、桜の暗殺を謀ったというのは許せないが、

 よくある手だと理解できた。

 だが、桜の話だと桜の魔力の暴走を抑えようとしたと言っている。

 彼女は何がしたかったんだ?
 
 理解できない。だが、 







 命令されたからには、桜が来るまで現状を維持するしかない。

 「エヴァンジェリン、とりあえず桜が来るまでは貴女に手出しはしません」 

 「―――――どういうことだ?」

 「桜が念話で幾つか報告してくれました」 

 



 エヴァンジェリンが妙な術を桜にかけたことは間違いがない。

 だが、その後に桜の魔力の暴走を抑えたのがエヴァンジェリンらしいことを話した。



 「桜が言った事が事実なら。エヴァンジェリンが魔法で桜を危険に陥れたのも事実ですが、命を救ったのも事実のようです」

 「じゃあ」
 
 「桜が来て真実がわかるまでその命、お預けしましょう」

 



 ほっと息をつく一同。

 死を覚悟していたエヴァも、わずかに力を抜く。

 誰もが力を抜いたその時、



 ――――キィン――――


 
 一本の剣がエヴァに向かって撃たれた。

 誰もが気を抜いた一瞬の出来事。

 気を抜いてしまったエヴァに反応は出来ず、タカミチは未だ糸に縛られたまま。

 反応できたのは、





 「士郎!? 何をしているのです!!」

 ライダーしかいなかった。

 「ライダーこそ何をしてるんだ?」
 
 意外なものでもみるような目で、士郎は言葉を続ける。 






 「―――――今、エヴァンジェリンを殺すコトにどんな不都合がある?」




 その冷たい言葉に、周囲の魔法使いやタカミチ、味方であるライダーすらゾッとする。

 「しかし、桜が………」

 「その桜が今、操られていないと誰がわかる」






 「――――え!?」

 呆然とする一同。

 「これだけの距離が離れているにもかかわらず、桜に魔法をかけた魔法使いだ。精神支配の魔法をかけたとしてもおかしくない」 

 「しかし、士郎………」 

 「大体、桜を危険な目にあわせたのは事実だ」

 そして、さらに剣群が士郎の頭上に浮かぶ。

 



 「もし、桜がここにきて人質にとられたらどうする?」

 「しかし、士郎。仮にそうだとしても、今のこの2人に私達から桜を人質にする余力はないかと」

 「“桜を危険な目にあわせた”“桜に対する危険を今のうちに排除する”そいつらを殺すには十分な理由だ」





 どうしたのだろう? あまりにも士郎らしくない。

 桜を大事にするのはいつもどおりだが、桜が“殺すのを待て”と言ってるのだ。

 桜の気持ちを大事にする士郎が、なぜ桜の言葉を無視してまでエヴァンジェリンを殺そうとする?

 今のエヴァンジェリンは、最早それほどの驚異ではない。

 ここはもう一度、桜に念話で士郎を説得してもらわなければ。






 「わかったらそこをどけ、ライダー」 

 『桜―――――っ!』



 ――――キィンンン――――




 桜に念話で連絡を取ろうとしたライダーに剣弾が撃たれる。

 それをライダーは当たり前のように、釘剣ではじく。

 だが剣弾のせいで、集中を乱されて念話が出来ない。




 「ライダー。そこをどいてくれ」

 「士郎。桜の命令です、此処をどくわけにはいきません」

 

 


 ――――とはいうものの。

 困りましたね。正直『この状況』で士郎相手は少々厳しい。

 念話をする隙もないようですし。

 エヴァンジェリンを守りながら、士郎の剣弾を防ぐのは少々辛い。





 まさか、士郎を殺すわけにはいきません。

 士郎も私を殺そうとはしないでしょうが。

 石化の魔眼を使う事ができればいいのですが。

 士郎は抗魔力が低い。

 とはいえ、士郎は何度か魔眼を受け。またその魔眼を知っているため、不意打ちによる認識洗浄は弱い。

 



 ――――死ぬ事はないだろう。

 問題は士郎の後方にいる、他の魔法使い達だ。

 うっかり私の魔眼を見られては、抗魔力の低い魔法使いが死ぬ可能性もある。

 こんな事で、学園の魔法使いを敵にまわしたくない。
 
 天馬を召喚して逃げるのも、少々危険だ。


 
 私は“自分の”首を斬り、血の魔方陣を描く、という過程で天馬を召喚する。

 この瞬間に、士郎がエヴァンジェリンを狙撃したら防ぐ手段が無い。

 
 “私自身”の身を守ることは可能でも、天馬を召喚した瞬間にエヴァンジェリンまで守ることは不可能だ。






 魔眼、そして首を切ることによる天馬召喚。

 通常なら、この不意打ちに一瞬迷う。

 



 ―――――実際、アーチャー。エミヤシロウも魔眼と天馬召喚には反応できなかった。

 


 だが私と長年共に戦ってきたのだ。召喚の瞬間を逃すような事はしないだろう。 

 


 もっとも、天馬召喚しているときにエヴァンジェリンが殺された。

 と、桜にいいわけをすればいいのですが………。


                                             


                                                  「クスクスクスクスクス」      
 




 なにか、厭な予感がするのでやめておいたほうがいいでしょう。

 実際、桜はわずかといえども実戦を経験しているんです。

 このぐらいのことにはすぐ気がつくでしょうし、

 私がそんな戦術のミスをするとは、信じないでしょう。

 逆に士郎も『今は』エヴァンジェリンを殺す為に、

 宝具の真名を宣言すると共に、一撃必殺の大威力を放つ宝具は使えない。

 真名を宣言するという事は、その瞬間。




 “タメ”という隙が出来る。

 この隙が出来れば、私はエヴァンジェリンを連れて逃げられる。 




 接近戦で士郎を倒したいところですが、

 私の釘剣は頑丈なだけで宝具じゃない。

 士郎の干将・莫耶はランクが低いとはいえ宝具。

 百円ショップの包丁で、名刀に対抗するようなものだ。

 同じ刃物でも、その能力は圧倒的に違ってしまう。 





 実力差が圧倒的に離れていれば、それでもいいが。

 

 士郎は過去、あのバーサーカーを半分以上殺している。

 死ぬ気になったり、桜を守るときの士郎の瞬発力は侮れない。  

 正直、私はバーサーカーの命を半分削る自信は無い。

 その士郎を殺さずに倒すというのは、難しい。 

 しかも宝具無しで。

 桜を守るためでもないのに、私の存在をかけるべきではない。

 
 


 ならば、桜が来るまで時間稼ぎをするしかない。

 防戦に徹すれば、桜が来るまで時間は稼げる。



 
 「―――――貴様。何をしている」

 「死にたくなければ、動かないでくださいエヴァンジェリン」




 倒すべき敵に助けられる。

 これぐらい腹がたつことは無い。

 まして人一倍、誇り高いエヴァンジェリンなら。 

 それでも、桜の命令ならば従うしかない。


 



 ―――キィィィィン―――

 


 顔を出したエヴァに向けられた剣を、ライダーは紙一重ではじく。

 「正直、貴女を殺したいのは私も一緒なんです」

 「ならば、そこをどけ!!」

 「―――言った筈です。桜の命令だと」

 その言葉を最後に、最早話す事はないとライダーは釘剣で剣群を弾き続けた。

 



 そして、急展開する事態にとりあえず静観する魔法使い達。
 
 士郎に協力して、エヴァンジェリンを殺すわけにもいかず。

 ライダーに協力して、学園と士郎の確執をこれ以上深めるわけにもいかない。





 それにどう見ても、ライダーのほうが力、スピード、魔力。

 あらゆる意味で強そうに見える。

 ここは、無理せずライダーに士郎を任せ、

 その間に認識障害の結界の補強し、静観することを念話で決めた。 









  ◇






 遠くから剣戟の音が聞こえる。

 おかしい。

 戦うのはやめたはずなのに。

 それにさっきから、凄い量の魔力が流れている。

 先輩とライダーは大丈夫だろうか?

 何回も念話しようとしてるのに返事がかえってこない。

 不安に思いながら、ライダーから聞いた場所に辿り着くと、




 ――――先輩とライダーが戦っていた。



 ―――キィィン! パキィン! ドゴォンン!―――

 剣戟の音と鈍い音が壊れたレコードのように、流れている。
 

 

 ………怖い。 

 足がすくむ。

 大量の剣を投影して、矢として撃ちこむ先輩の冷たい表情。

 それを当たり前のように弾き返すライダーのスピード。

 聖杯戦争で何度もみた戦いの情景。

 もっと遥かに怖かった金髪のサーヴァント。

 私の体がバラバラになった恐怖。

 

 
 まだ怖い。

 戦いに、殺意に、恐怖で足が震える。

 寝起きで頭がうまく動かない。

 よく知ってる2人なのに、凄く怖い。

 この間の“鬼”なんかよりずっと怖い。

 だってこの2人は、この間の鬼なんかよりずっと強い。




 そして、

 その弾かれた剣が、私に向かって飛んでくるのが見えた。





  ◇


 ちっ、情けない。

 ライダーに蹴られた傷さえなければ、こんな剣群。

 糸で柄を持つなり、軌道を逸らすなり、対応できるのに。

 2キロ先からの長距離からの狙撃ならともかく。

 撃つ瞬間が見えている弾など軽くかわせる。

 しかも拳銃の弾より遥かに大きい剣なら。

 糸で剣先に触ることなく、柄を持てばいい。

 弓で撃っていないせいなのか、射出速度も威力もかなり落ちているように見える。

 これなら、このライダーに蹴られた傷さえなければ。






 そして何度目かの弾かれた剣の先を目で追うと、そこに衛宮桜がいるのがみえた。

 「馬鹿がっ!! なにをしている!」

 大声で怒鳴った後、糸の弾性を利用した瞬動もどきで桜の元に走る。




 なぜだ?

 私はなぜまたコイツを助けようとするのだ?

 



 一瞬、頭に疑問が浮かぶ。

 だが、その疑問を無視して、

 衛宮桜の体を突き飛ばし、同時に剣を避ける。

 「貴様っ! 戦いの目前でなにをボーっとしている」 

 「エ、エヴァンジェリンさん……――――っだめ! 先輩!」 

 衛宮桜のその一言に、後ろを振り返った。

 


  ◇





 「エ、エヴァンジェリンさん………」

 飛んできた剣に呆然としていた。

 エヴァンジェリンさんに助けてもらわなかったらと思うと、ゾッとする。

 そしてお礼をいおうとして、こっちに剣を向けている先輩に気がついた。
 
 



 「――――っだめ! 先輩!」 

 夢中だった。

 自分では何をしても間に合わない。

 だから、

 慌てて先輩に繋がるラインから、先輩を止めようとして。

 “吸収”の魔術を使ってしまった。


 



 ◇
 

  
 ――――後ろを振り返った。

 そこには、なぜか倒れている衛宮士郎とライダー。

 そして、

 「―――――ああああああああ」

 もう一度、衛宮桜を見ると。

 その身は、溢れる魔力によってまたも暴走しようとしていた。




 エヴァンジェリンはしらない。

 桜が未だ『  』とつながりがあり、巨大な魔力がその身に流れている事を。

 そして今日、エヴァの術によって魔力の暴走をした。

 そのため、桜の体がとても不安定だという事を。 

 



 それが今、士郎がエヴァを殺すのをとめるため。

 桜が使った吸収の魔術によって、桜の魔力が暴走しようとしている事を。

 そしてその行動は、エヴァを守ることもあるが、

 なにより士郎の心を護る為に、桜がしたという事を。

 


 桜を守るため、もし無実の人間を殺したら。

 士郎の心はどれだけ傷つくか。

 だから桜は守った。

 士郎からエヴァンジェリンを。

 士郎の心をこれ以上壊さない為に。  





 ◇


 



 駆け巡る魔力の奔流。

 衛宮桜の身には、とても耐え切れない魔力の量。

 なにがあったかはわからない。

 だが、さっきの衛宮桜のセリフ。

 そしてこの状況。

 簡単に推理できる。

 衛宮士郎が私に攻撃するのを、衛宮桜がなんらかの魔法で封じ。
 
 その余波で衛宮桜がまた、魔力の暴走に苦しめられようとしている。

 2度目のためか、さっきよりはるかに危険な状況だ。




 「衛宮士郎! 桜から仮契約カードの力で魔力を吸い取れ」

 「くっ………貴様に言われなくても……やっているがそれ以上に、桜から魔力を吸収されてるんだ」

 「ライダー。貴様は」

 「無理です。マスターである桜から強制的に魔力を吸収するなど出来ません」




 『ライダー。宝具は使えないか?』

 『難しいですね。今の私に残された魔力量では、使った瞬間に私の存在が消える可能性があります』

 『それじゃ、意味が無い。桜の魔力がより暴走するだけだ』

 2人は念話でお互いの状態を確認した。




 魔力の無い状態で宝具の使用。

 ここではない並行世界では、セイバーが魔力不足の状態で宝具を使い消えた。

 彼らは知らないが、もしそれをおこなっていたら間違いなく、ライダーはこの世界から消えていただろう。


 


 体が不安定な状況で、吸収の魔術を使ったためライダーに回す魔力すら、桜は吸収しようとしていた。

 ライダーに魔力を送ろうとする桜の意思。

 魔力を吸収しようという、長年躾けられた魔術回路。

 ギリギリの綱引き。





 周囲の魔法使いは状況の変化に、半ばパニックになっている。

 冷静なのは「葛葉刀子」に「風使い神多羅木」それにタカミチぐらいか。

 だが、戦士系の葛葉刀子やタカミチにこのような状況で使える術など無い。

 神多羅木は風系統の魔法使い。
 
 影や闇を使う魔法に詳しいとは思えない。

 せめてここに他人から魔力を奪い、召喚を得意とする魔法使いか陰陽師がいれば。

 この魔力で鬼などを召喚すれば、魔力の暴走を抑えることが出来るかもしれないのだが。

 だが暴走する魔力を抑え、その魔力で召喚するのは余程の術者じゃなくては無理だ。

 近衛木乃香のように、魔力がその身にあるだけならともかく。

 こんな暴走した魔力でそんな芸当ができるのは、

 この学園では、ジジイくらいしかいないだろう。









 衛宮士郎にいく魔力が逆流し、ライダーにいく魔力も逆流した。

 故にいま衛宮桜は、魔力の暴走に苦しんでいる。

 今から血液と魔力を吸い取り、魔力の暴走を抑えるか? 

 無理だ。

 奴の血液を全て吸い取ろうと、あの魔力量は吸い取れない。

 それに、血液を吸って体の抵抗力を奪っては意味が無い。

 魔力のみを吸い取らなければ。

 ならば、




 「衛宮桜!! 正気を取り戻せ!!」

 「―――― ァァァアアアア!! ―――――」

 やはり、言葉も通じないか。

 では、夢で使った「月輪観」も使えないだろう。






 ――――ならば。

 だが、なぜそこまでしなければならん。

 コイツは敵だ。

 私はコイツの闇を探る為に騙した。

 そしてコイツの仲間は私を殺そうとした。

 それに文句はない。

 元々、こいつらを使ってナギの呪いを解くのが目的なのだから。

 失敗すれば、命を狙われるのは当然だ。

 それでも殺されかかったのを忘れる気はない。

 




 ――――だが、

 コイツは私を助けようとした。

 その結果として、魔力の暴走に耐えている。





 「―――――茶々丸!!」

 念話で簡単に説明する。
 
 「マスター、それは」

 黙ってろと視線で茶々丸の言葉をとめる。   

 私だって、なんでここまでするのかわからん。

 だが、奴の闇。

 望んでもいないのにこの体にされた私と、

 望みすら否定され、道具にされたコイツ。

 ずっと人間の社会に居場所は無く。そして、
 
 魔法使いたちの国にすら、受け入れられなかった私と、

 狭い蟲倉しか居場所がなく、

 食事には毒を盛られ、蟲倉では息をする事すら許しが必要だったコイツ。

 




 ………っち、私も桜の闇に魅せられたのか。

  





 糸で暴れる衛宮桜を縛りつけ。

 足元に魔方陣を描く。

 



 そして、

 「エ、エヴァンジェリン。貴様………なにを………!!」 
 
 「うるさい、衛宮桜を救いたいのだろうが! そこから動くな衛宮士郎!」

 



 くぅ……。本当に何をしてるんだ私は。

 茶々丸はタカミチから離れ、衛宮桜を固定する。

 さらに私は糸で固定した。





 「今だけだ!! 終わったら貴様が解呪しろ、衛宮士郎!!」

 未だ魔力の暴走で叫び続ける衛宮桜。

 普通の魔法使いでは近づく事すらできない魔力の奔流。

 その叫び続ける衛宮桜の頬に手を当てた。



 衛宮桜は目に正気をやどすことなく叫んでいる。

 その姿にあの夢の姿を思い出す。

 蟲にたかられ、道具として扱われ、呪いに身を蝕まれるあの姿を。

 ただ憎まれ、苦しむために生まれた女。

 虐げられた魂。

 救われない体。

 その耳に口を寄せ、




 「………今、助けてやる。これ以上苦しむな」
 
 周りに聞こえないように、私は言霊を紡いだ。

 その言霊のせいか、衛宮桜が少しおとなしくなる。 







 その瞬間を逃すことなく、

 私の唇で、衛宮桜の唇を………静かに塞いだ。  



 『―――仮契約(パクティオー)―――』



 魔法陣が、エヴァと桜を優しく包む光を放つ。

 そして契約の証。

 パクティオーカードを生み出した。



 





 くそ。なぜ私が下等な人間のミニステルマギなど。

 絶対、すぐに解呪させてやる。

 だが、魔法使いから半強制的に従者が魔力を得る呪文。



 「――――シム・トゥア・パルス――――」



 ミニステルマギなら、これを唱える事ができる。

 本来、従者の身体能力を高めるぐらいにしか使われない呪文。

 だが、私ならその魔力を自身の魔力に変換して魔法として、射出できる。

 それが、今の衛宮桜から魔力をある程度無くす方法。

 


 「――――闇の精霊 199柱 魔法の射手!! 連弾 闇の199矢!!――――」





 弓の能力から見て、おそらく衛宮桜の能力は影、闇の魔法が中心。

 その衛宮桜から、魔力を引き出しある程度消費させる。

 衛宮桜が呪文を唱えられない以上、

 衛宮士郎に魔力を消費してもらわなければならないが、

 今、奴はそれが出来ない。

 そして衛宮桜の魔力。
 
 無色の力ではない、影と闇に彩られた魔力。

 これを効率よく無くすには、

 影と闇系列が得意な魔法使いに、魔法を唱えさせるしかない。

 そして、この場で影と闇系の魔法を得意とするのは、高音・D・グッドマン。

 それか私だ。

 高音は経験値がまだ低い。

 仮契約した相手から魔力を引き出しながら、限界まで魔力行使なんて事はまだ無理だ。

 



 だから、私がやるしかない。

 私が一時的に、従者になるしかない。

 衛宮桜の闇の魔力をそのまま闇系魔法に転換。

 衛宮桜が魔力の暴走から正気を取り戻すまで。







 悪の魔法使いが、桜を救うための闇の魔弾を放ち続ける。

 夜空に黒き閃光は見えない軌跡を描き。

 無数の黒の軌跡は暗き闇を保護色として、誰にも気づかれず消えていく。

 








 「―――――――れ以上苦しむな」

 聞き取れないくらい小さな声。

 聞き取れなくてもわかる、その暖かい言霊に含められた優しさが。

 そしてそれは、何かを思い出させてくれた。 

 化け物になった私を全て肯定した存在を。

 化け物になったのは私が弱かったからだと、叱ってくれた。

 お腹を化け物になった私に破られて、取り返しがつかないほどの血が流れても。
 
 自分を傷つけた私をただ、宝物のように抱いてくれた。

 化け物になって、自分を傷つけた私をただ不器用に愛してくれた。

 



 そんな大切な人を私は壊した。




 ――――だからもう壊さない。

    

 ――――私を愛してくれる存在を。



 ――――私を守ろうとしてくれる存在を。



 ――――もう魔力の暴走になんか負けない。 






 その誓いだけは、私は破らない。

 そして、







 「――――あ、あれ?」

 「気がついたか。さっさと衛宮士郎とライダーに魔力を供給しろ」

 やっと衛宮桜は魔力の暴走が落ち着き、正気を取り戻した。
 
 「え、ええ!? なんで私とエヴァンジェリンさんがくっついてるんですか!」

 「やかましい!! さっさとやれ!」  

 「は、はい」




 その後、衛宮桜から魔力を元通りに供給され、衛宮士郎とライダーが立ち上がった。

 



 ◆




 士郎は警戒しつつ、エヴァンジェリンを睨む。

 まだ信用できない。

 だが今、目の前でエヴァンジェリンは桜を救った。

 だから、攻撃を控えている。


 

 「――――ええと、士郎君。言いたい事もあるだろうけど」 
 
 「ええ。説明して欲しいことだらけですね」

 タカミチに冷たく言葉を返す。

 「ああ、だから明日、学園長室で話すというのはどうかな?」

 「今すぐでも、かまいませんが」

 「桜君たちも今日は疲れただろう? 今日はもう、ゆっくり休んだ方がいいんじゃないかな?」




 その言葉をきいて、桜に振り返る。

 2度の魔力の暴走に心も体も疲れ果ててるのか、ふらふらと体が揺れていた。



 それを見て、これ以上の戦闘行為をおこなうことは危険だと判断した。


 ―――――なにより、俺とライダーが戦うコト事態が不可能だ。




 桜に限界まで魔力を吸い取られた、俺とライダー。

 俺たちにこれ以上の戦闘は不可能。

 では。エヴァンジェリンを倒すために桜から魔力を吸収し、戦闘力を得るべきか?

 

 ………論外。


 
 タダでさえ体に負担が多い魔力の吸収。更に暴走。そして、エヴァンジェリンが更に吸収。


 こんな無茶をしたのだ。

 桜の体にどれほどダメージがあるのか計り知れない。

 

 第一。エヴァンジェリンを殺すために、桜に負担をかけるのでは意味がない。

 
 俺たちの第一の目的は“桜の安全”

 桜を危険に晒してまで、エヴァンジェリンの抹殺をする必要はない。



 なにより。今度は周りの魔法使いが敵にまわる可能性がある。



 “マギステル・マギ”を目指し、正義を志すモノ達。

 彼らにとって、桜を危険に追い込んだエヴァンジェリンは間違いなく“悪”だ。

 



 ―――――だが、桜を助け。桜自身から“桜の魔力の暴走を防いだ”彼女の行い。

 それは、彼たちにとって。

 守るべき“存在”となった。  



 命がけで、学園と桜を守った“ように見える”エヴァンジェリン。

 彼らは今度こそ。エヴァンジェリンを守る為に、俺たちと戦うだろう。


 
 こちらはボロボロ。

 向こうはまだ余力を残し、戦意もある。


 しかも、俺の投影を見られた以上。奇襲はきかない。

 ならば。


 ――――ココで戦うべきじゃない。

 

 殺すべき時は必殺の心構えで手を下す。

 だが、その必勝の機会を逃し。

 更に殺せない状況に陥ってしまったのなら。



 もう俺にできることはない。



 下手に刺激して、反撃をされるわけにもいかない。

 ヤツラもボロボロとはいえ、戦えば桜にどんな危険が起こるか解らない。





 桜に危険が及ばないように、この後の処理を済ませ。

 できうるならば――――エヴァンジェリンを暗殺できる機会を探すのみ。


 




 「エヴァも――――それでいいだろう?」  

 「………ふん。わかった」

 そう言いながら、仮契約カードを士郎に投げた。

 思わずそれを受け取ると、

 「衛宮士郎。それを解呪しておけ!」

 捨て台詞を残し、茶々丸と共に帰ろうとするが、

 両手を破壊されて片足を吹き飛ばされた茶々丸は、もう動けそうにない。

 「エヴァ。僕が連れて行くよ」 

 そう言ってタカミチは、足一本になった茶々丸を抱き上げる。

 「すいません。高畑先生」 

 律儀に頭を下げる茶々丸に、タカミチは気にしないでと言いながら歩き出す。

 そして連れ立ってエヴァの家に向かう一行に、

 


 「――――あ、あのエヴァンジェリンさん」

 桜の言葉にエヴァは立ち止まった。

 「今日は、助けてくれてありがとうございます」 
 
 エヴァは不機嫌そうに振り返ると、
 
 「馬鹿か貴様は!! こうなった原因は私だぞ」
 
 「でも、助けてくれましたよね」

 冷たいエヴァの罵倒に、桜は嬉しそうに微笑む。





 ―――――なぜ、笑える?


 誰より苦しい過去を持ち、今もその後遺症で死にかけた。

 その原因の私に礼を言って、全てを怨まず微笑んでいる。

 だから、私は助けたのだろうか?

 そんな衛宮桜を。

 悪の魔法使いである私が。 


 「――――っ、もういい。行くぞタカミチ、茶々丸」 

 「お休みなさい。エヴァンジェリンさん」 

 その桜の言葉に、

 「―――ああ」

 苛立つ気持ちを押さえながら小さく返事をすると、
 
 エヴァンジェリンは今度こそ、自分の家に帰っていった。








 <続>



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◆――シム・トゥア・パルス――
魔法使いと仮契約を結んだ者が契約者の魔法使いから魔力を借り受ける呪文。
10巻で明日菜が使ってます。


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