「………ぱい! ……せ……ぱ…!」

  聞きなれた声。

  俺はいつもの様に起床する。

 「……おはよ、桜」

 「おはようございます、先輩」

 「ん? あれ、なん………」

 で、ここに桜が。と言おうとして気がついた。

 そうだ。昨日、惚れ薬を飲んだ(食べた)後………。

 桜が少し、顔を赤くしながら俺を見ている。

 「え、えっと?」

 



 ………き、気まずい。

 何といっていいのか。

 昨日は情熱のままに(薬に煽られて)動いたから、桜と目をあわすのが凄い恥ずかしい。

 いままで散々、………してきたけど。

 やはり、理性をなくした行動というのは。

 男として、というより人間としてまずいのではないか?

 と思ってしまう。

 だが。男なのに女の子を困らせる方がなどと、考えていると。




 「――――先輩。昨日はすいませんでした」

 なんのことだ?

 視線で問いかけると、

 「えっとですから、………く、薬なんか使って………ですね」

 その言葉に一気に頭に血が上る。

 もう沸点瞬間突破、首から下には血が残ってないんじゃないかってぐらい顔面が赤くなる。
  



 「い、いや。こっちこそ。き、昨日は乱暴にしてごめん」

 顔面に血が集まり、熱でクラクラする頭を押さえつけて、桜以上にたどたどしい言葉で謝る。

 最初こそ薬のせいだったが、途中からは―――――思い出したくもない。

 


 「―――はい。でも、私は嬉しかったですよ、先輩」

 だが、そんな俺の謝罪にも桜は。

 軽く胸を反らし、こっちがくすぐったくなるような笑顔で、殺人的な返答をする。

 朝日を背にして、とても輝いて見えるその紫の髪の毛が、桜をより華やかに彩る。

 



 「あ―――――う」

 ………やられた。

 今、本気でこのまま押し倒したいぐらい、桜が可愛い。

 だが、そんな俺を、 




 「ネギ君が、外で稽古をつけて欲しいって待ってますよ?」

 朝ごはんの用意はまかせてください。

 桜はそう言って、嬉しそうに笑う。

 おあずけをくらった犬のような俺は少しがっかりした後、のろのろと起き上がった。

 


 そんな俺の様子に、桜は顔を赤くしたあと。

 「……士郎さん、おはようございます」

 そう言った後、俺の唇になにかが触れるような感触がした。
 
 呆然と桜の方を見ると、顔を真っ赤にしながら、軽く舌を出して笑っていた。




 「そ、それじゃあ、早く服を着替えてくださいねっ。ネギ君、待ってますから」

 「あ、ああ」

 気恥ずかしくなったのか、桜は脱兎のように少し駆け足で俺の部屋から出てしまった。

 思わず、唇に手をあてる。

 桜が触れていた場所だけが、灼けるようにあつい。

 


 「くくく」

 含み笑いをしながら、朝の空気を胸いっぱいに吸い込む。
 
 


 ―――――なんだか、今日は良い一日になりそうだった。





 

 遠い雨10話




 2月も半ばを過ぎ、梅の花が咲き始めた。

 百花に先駆け咲くその花の静謐な香りは。いまだ氷雪の冷気を含む大気に溶け出し、遠からぬ春の生命の萌芽を告げる。

 その香りを楽しみながら、今の平穏を喜ぶ。

 梅の香り、お茶の香り、その2つを楽しみながら溜息をひとつ。





 「………はあ、お茶が美味しい」

 お昼休みの憩いの時間、一時の至福をかみしめる。

 ここのところ、ろくな事無かったからなあ。

 

 「士郎さんおじさんみたいですよ……って、痛!」

 


 クスクス笑うネギ君に拳骨をプレゼント。

 君は、昨日の惚れ薬事件を忘れたのかい?

 うう、思い出すだけで恥ずかしい。

 


 まあ、桜が真っ赤になって照れる姿はとても初々しく、久しぶりに目の保養になったのは感謝してもいいが。

 だが、その後の神楽坂と近衛の冷たい目。

 なんとか説得して納得してもらったが、あの時の事は思い出すだけで鬱になる。

 これというのも誰のせいだと思ってるんだい?




 そんなことを思ってネギ君を見るが、頬を膨らませて、怒るその顔に思わず笑ってしまう。

 まだ10歳で可愛い弟のような存在。

 だからまだ頭を押さえながら、恨めしそうに俺を見るネギ君の頭を撫でてあやした。

 気持ちよさそうに目を細めるネギ君に頬をゆるめていると、

 教卓に一通の手紙があることに気がついた。

 不審に思いながらネギ君に見られないようにそれを開けると、やけに達筆な文字で、






 「放課後、屋上でお待ちしております。お話したい事がございますので、できれば桜さんとご一緒にいらっしゃってください   



                                         エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル」  

 
 と書かれていた。





 
 ◆




 放課後、屋上に行く途中、

 「先輩、素直に言ってください! もう生徒に手を出したんですか?」
 
 朝の機嫌のよさが嘘のように桜は怒り狂っていた。

 その怒りのままに聞く桜に、




 「もう、ってなんだ。俺はロリコンじゃない」

 「じゃあ、なんでこんなお手紙が来るんですか?」

 いや、そんなの。

 「普通に考えて、学業の相談事か、裏の事………じゃないか?」

 というか、それしか想像できん。




 「じゃあ、なんで私まで呼ばれるんですか?」

 裏関係だろ? と言おうとした時、

 「また知らないうちに、このエヴァンジェリンさんって子をどこかで助けたんじゃないですか?」

 桜、だから知らないって。

 そう心の中で突っ込みを入れつつ、屋上に着いた。

 



 万が一を考え桜を後ろに庇いつつ、扉を開けると、

 まるでこれから野点でも出来そうな高級そうな敷物の上に、エヴァンジェリンさんと絡繰さんがいた。





 「―――――わざわざお越し頂きありがとうございます」

 そう言いながら身を整え手をつき、こちらに頭を下げる2人にしばし言葉を失う。

 こうしてみると、エヴァンジェリンさんはとても美しい少女だとわかる。

 ぬけるように白い肌、長い睫に縁取られた切れ長な目。

 宝石のような蒼く澄んだ瞳と紅をさしたように赤い唇。

 女性の艶やかさを匂わせながら、面差しはまだあどけない。

 まるで名人の手による精巧な人形のようだ。

 散り行く梅の花びらに彩られたそのたたずまいに、俺と桜は見惚れて動く事ができなかった。

 

 




 ―――――Interlude―――――



 衛宮桜の闇を調べると宣言したが。
 
 あの2人から誘拐するなど困難極まりない。

 全盛期の私ならともかく、今の私では。
 
 

 だから一芝居うつことにしよう。

 この程度の腹芸。

 600年を生きた私なら容易いはずだ。

 爺から私のことは奴らに教えていないと聞き出した。

 ならこの手は使えるはず。

 私の結界を破れるなど爺かタカミチぐらいだ。

 奴らにこんな恥ずかしい姿をさらすわけにはいくまい。

 だが、今2人はいない。  

 そして闇を知っている奴らなら。

 闇ゆえの苦しみを訴えれば………。


 

 ―――――Interlude   out―――――






 


 (先輩、この屋上全体に認識障害の結界が張ってあります)

 桜の念話に頷きつつ、2人の動向を探る。

 エヴァンジェリンさんの事は詳しくは知らないが、時々感じる覇気から只者ではないと思っていた。

 ただ魔力はほとんど感じる事ができず、多分だが龍宮のように実戦慣れしてるタイプだ。

 


 そんな彼女が何のようだろうか?

 警備員の1人なのか?

 疑問はつきないが、



 「いや、こっちこそ待たせてすまない。それでなんの用事なのかな?」

 桜を後ろに庇いながら、静かに問いかける。

 ライダーにはネギ君とネカネさんについてもらった。

 


 ………無いとは思うが。

 エヴァンジェリンさんの身元がわからないとこれが陽動で、2人を襲うという可能性を、捨て切れなかった。




 「どこまでご存知か知りませんが、私達2人も警備員として此処に雇われております」

 あくまで優しく語りかけるエヴァンジェリンさんに、なにか不思議な感覚を抱く。

 まるで自分より年上のような、見た目にそぐわない落ち着いた奮囲気。

 どうみても中学2年と呼ぶには幼い姿。

 その眼光が、奮囲気が、その姿が仮初のものだと俺の警戒を強める。






 「すまないが、知らなかった。貴女から感じる覇気から只者ではないとは思っていたが」

 そう伝えると、彼女はニコリと優しく微笑み。

 「過分なお言葉ありがとうございます。ですが今は魔力を封印された身、今のこの体では大したことはできません」

 封印? 

 なんだか物騒な言葉に警戒を高めると、




 「はい、私は過去“闇の福音”と呼ばれた悪の吸血鬼でございます」

 “闇の福音”確か、まほネットやその他の情報で描かれている悪の魔法使い。

 なるほど確かに同じ名だ。

 ………って、あの学園長。

 


 そういう大事な情報を教えなかったのか?

 なんか転任初日のロリコン疑惑といい、その後の突然の戦闘といい、なんか恨みでもあるのか?   
  



 「そんな有名人が俺達に何の用かな?」

 こうやって見ると愛らしい容姿といい、丁寧な言葉使いといい、とても悪い人には見えないんだが。

 「はい、今回は恥ずかしながらお願いに参りました」

 そう言いながら、また頭を下げる2人。

 

 



 ――――だが頭を下げる。
 
 ただそれだけの仕草が匂いたつように優美だ。

 この外見でこの物腰。

 外見だけの年齢でないと十分に解る仕草だ。 



 

 「今後、私達が警備員の仕事をし、危険な状況に陥った時。可能な限り助けていただきたいのです」

 目を潤ませ、エヴァンジェリンさんは縋るように見上げてきた。

 見た目は幼く可憐な少女。

 その瞳に溜まる涙と赤く上気した頬。

 凛とした佇まいから気品を感じながらも、

 あまりに儚いその姿は、あらゆる男の守護欲求を刺激するに違いない。

 


 これが、演技だというならたいしたものだ。

 間違いなく普通の男なら、疑うことなく彼女を助けようとするだろう。

 気丈に振舞う少女が、助けを求めているのだ。

 きっと、男なら………。
  




 ………桜、俺は別にやましい事は考えてないぞ? だから睨まないでくれ。 





 「俺達の力が必要なのか? 正直、隣にいる絡繰さん1人で十分な気がするんだが?」

 桜のジト目に耐えながら、聞くべきことを聞く。

 何しろ完全自立のロボットだ。動力部分のところが今ひとつ解析できないが、それでもかなりの力を発揮するのがわかる。




 「はい、茶々丸は私の従者として尽くしてくれていますが、それでも私の魔力不足は………」

 確かに言われなければ、俺では魔力があることすらわからなかった。

 だがそれなら俺みたいに外部から来た人間より、此処の人間に頼ったほうがいいのではないだろうか?   




 「それに私の過去を知っている此処の人間は、私を恐れています」

 確かに、かの有名な“闇の福音”裏を知っている人間なら恐れるだろう。 
 
 だが彼女はそれ程、悪い人間に思えない。

 この丁寧な物腰が演技だとしても、彼女の有名な話に“女、子供はけっして殺さない”というものがある。

 


 正直向こうの世界で、死徒達の行いを見ている身としては、

 彼女のその誇り高い姿勢には敬意さえ払いたくなる。  




 「だから俺達を頼るというんですか?」

 知らず敬語になる。彼女は600年近くを生きるという吸血鬼。

 そして、弱いものを傷つけることを良しとしなかった女性。

 前の世界にいる死徒が犯した所業と比べて、あまりにも清廉な姿に口調が改まる。




 彼女はハイと答えた後、






 「此処の人間に警備員の仕事中に、私が負傷したといって何人が駆けつけてくれるでしょうか?」






 まだ此方に来たばかりの俺には解らない。

 此方の正義の魔法使いの行いは。だが“正義”この言葉が意味する事は解る。

 そして、彼女がいう“それ”はとてもよくあることだった。

 

 それは“正義”と称するものが陥りやすい罠だ。

 過去に罪を犯したものは、必ずまた罪を犯すという思い込み。

 そして悪と断ぜられた者は、遺恨の念を持っているに違いないという恐怖。




 “悪”に罰則を与えた時の権力者、そして退治、もしくは封印したものに“悪”は遺恨を持っているはずという疑念。

 それが何時、自分達“正義”に復讐しに来るのかという恐怖。

 だから過去に罪を犯したもの、自分に敵対したものを本能的に忌避する。



 そして正義の為と称してまだ罪を犯してないのに―――――抹殺を謀る。

 天誅、天罰、聖戦。

 言葉は違えど過去、何度も行われた正義の行い。

 自分自身を正義と思い込んだとき、人はどこまでも残虐になれる。

 そこまでいかなくとも、積極的に助けようとはしないだろう。

 

 


 ――――自らを悪だというものを。





 「勿論駆けつけてくれる奇特な方もいらっしゃるでしょうが、
 大半の正義の魔法使いの方達は厄介払いが出来たと喜ぶのではないでしょうか?」

 


 そしてそれは、俺自身にも言える事だ。

 過去、桜を見捨てようとした事がある俺にとって。その言葉はあまりに重く響く。

 多くを救うために。

 ただそれだけの為に、桜をこの手にかけようとした。





 「ですから私達はいざという時、助けていただけそうな奇特な方を知ったとき、このようにお願い申し上げているのです」 

 彼女の言葉に、桜はすっかり信じてしまっている。

 桜は“彼女の”周りから疎まれる姿に、どこか親近感を感じているのかも知れない。

 かつてアレと繋がっていたから。

 この世全ての悪と疎まれ続けたサーヴァント。穢れた聖杯。アンリマユ。

 どれほどの絶望なのだろう? まわり全てに疎まれ続けるというのは。 





 「―――――具体的に何をすればいいのかな?」

 だが、俺はまだ警戒を解くわけにはいかない。

 俺1人なら彼女を救おうとするだろうが、今は桜が一緒だ。

 うかつな判断は出来ない。





 「では、これを」

 そう言いながら、彼女は小さなヌイグルミを俺にわたしてきた。

 「中に念話と通話用の通信機が入ってます。多少ですが私の魔力による自立歩行も可能です。これで………」

 危険になったら連絡を取るということか。

 



 「出来れば桜さんに持っていただきたいのですが、危険な場合ライダーさんと連絡がすぐ取れるのでしょう?」

 疑問形だが、断定だな。

 ライダーに通信しても、その場に桜がいなければ助けを呼ぶ声を無視しかねない。

 俺では、危険な場合そこに辿り着くのが遅れる。

 目で見える範囲なら俺の方が速く、見えない森の中などならライダーの方が速い。
 
 両方に素早く連絡の取れる桜が適任といえば、適任か。




 俺が弓を使うのを彼女はまだ知らないだろうが。





 「かわりにと言ってはなんですが、これでも600年を生きる吸血鬼です。魔法でわからない事があったら聞いてください」

 解る範囲でご教授いたします。と、ありがたいことを申し出てくれた。

 だが、信じていいのか?





 「携帯か、念話でこちらに知らせるわけにはいかないんですか?」

 とりあえずそう聞くと、

 「念話はそれを行わせない魔法が存在しますし、携帯の妨害電波も出せるでしょう。それは私の協力者が作ってくれた特別製です」

 そこまで此方の魔法使いがするとは思えませんが、と小さく呟いた。

 悪である彼女を見捨てるだけでなく、それを助けようとする動きも邪魔する。

 


 正直、そこまで此方の魔法使いがするとは思えなかった。

 だが、彼女の心配も解る気がする。

 そしてどうやら大概の妨害魔法や妨害電波には、このヌイグルミは対応可能のようだ。

 仮契約カードのようなものか? その間だけ通信可能というのは。

 だが、





 「返事はもちろん急ぎません。あしきものと封じられし、我が身の卑賤さも存じ上げております」

 先を越されてしまった。

 「もし、私達を助けていただけるならこちらの人形にご連絡ください。お声をかけて頂ければすぐ起動いたします」 

 最後に、

 「一つ聞いてもいいかな」 

 これだけは確かめないと。

 「吸血行為は基本的には害にならない程度いたしております。封じられし我が身では、死人をだせばすぐさま抹殺の対象となりましょう」

 


 またも、先を越されてしまった。

 「その他は、血液のパックを学園から頂いております」

 なんだか、こちらが聞きたいことが先に解るみたいだ。

 「ああ、その事もだけど、何で俺達なんだい?」

 その俺の言葉に、

 解りません、と呟いた後。




 「ただ、貴方達なら吸血鬼である私でも救おうとしてくださると…………そう、思ったのです」
 
 その言葉を最後に彼女達は、屋上を去っていった。

 今は、タカミチさんは出張でいないし、学園長は会合で夜にならないと帰ってこない。

 彼女の詳しい情報は明日、彼等に聞かなければならないだろう。

 



 魔力を封印されて此処で生活をしている吸血鬼。

 なぜそれを俺達に黙っていたのか?

 彼女は本当に戦闘能力がないのか?

 聞きたいことは山ほどあるが、とりあえずは俺達は寮へと戻るしかない。

 朝の心地いい空気はなくなり、ただ冷たい夕暮れの空気が俺達を包んでいた。
   






     ◇






 私達は家に着いた後、

 「茶々丸どう思う?」

 私の疑問に

 「はい、マスターは容姿に相応しく、とても可愛らしかった………と思います」 

 「―――ふざけるな! 誰がそんな事を聞いた!」

 
 


 桜を殺すのは簡単だが、さすがに無傷であの2人から奪い取るのは難しい。

 だからあんな搦め手に出たというのに。

 思い出したくない事を!

 ったく、なにを考えているんだ。こいつは。




 

 「そんな事はどうでもいい。あいつらはこっちの話を信じたと思うか? と聞いたんだ」

 「桜さんは、ほとんど信じたようでした。衛宮先生もまだ疑問に思いつつも信じようとしているかと」

 その言葉にうなずきながら、

 「まあ明日にでも爺に聞けば、嘘はバレルだろうがな」

 だが、私の演技を見た後なら爺の言葉にも多少疑いを持つだろう。

 そのわずかな爺や学園側に対する疑いの目、それを植えつける事ができればこれからの事がやりやすくなる。

 無理に衛宮桜を襲わなくても、口八丁で丸め込み解呪させる事が可能かもしれない。

 




 ――――――吸血鬼になった時から魔法が使えたわけじゃない。

 この容姿を利用した腹芸など、600年の間には何度も使った。

 相手の油断を誘い、話術でこちらの思い通りの行動をとらせる。

 力を手に入れてからは、めったに使わなくなったが、

 まさか今になって使うときがくるとは。




 それも仕方がない、今の私には全盛期の魔力はない。

 満月でなければ戦えないし、魔法も触媒がなければ使えない。

 しかも相手の能力は未知数。

 

 とてもじゃないが、力押しは不可能だ。



 この状況で、無謀なことをするほど私は愚かじゃない。

 まだ、ボウヤ一人だったら何とかなる。

 例え、ボウヤ一人だとしても。

 保険として、クラスメートを操るくらいはするつもりだった。

  

 今回はボウヤだけじゃない。

 得体のしれない、衛宮士郎がいる。

 ネットで探ろうと、茶々丸に探らせようと。詳しいことがまったく分からなかった男。
 
 更に、ゴーストライナーであるライダー。



 私が完全体なら遅れをとるとは思わない。
 
 だが、今の私の体では。

 ならば――――――。コノぐらいの演技はしよう。










 「――――まあ、今回の目的のあの人形を持たせた。これで十分だろう」 
  
 ハカセに作らせたあの人形。

 茶々丸のような高性能な機能はまったく無いが、

 日本の“身代わりの紙型”の能力を少し持ち、簡単な魔法なら使える。




 通信能力もあるが、それより夢から記憶を探る魔法を使えば、

 桜の闇を見る事ができるかもしれん。

 複雑な魔法や、攻撃呪文を使えば近くにいるライダーや衛宮士郎に気づかれる心配もあるが、

 その程度の魔法なら気づかれないだろう。



 なにより、気づかれたらそのまま桜を人質にすればいい。 

 あの戦闘での様子では、人形の魔力の刃を首筋につけるだけで動きは取れまい。





 「茶々丸。今夜さっそく桜の夢から過去を探るぞ」

 「マスター、魔力は大丈夫ですか?」

 「ふん、あの人形には魔法薬を入れてある。私の魔力はほとんど使わん」

 それに、通信手段として渡したからな。

 多少構造が複雑でも不審には思われまい。

 


 逆に、不審に思い桜以外の人間が持っていれば、奴らの性格も読める。

 助けを求めかねない少女すら疑う。

 そして罠を恐れ、衛宮士郎かライダーが持っているなら、

 奴らが修羅場をくぐりぬけた戦士だと解る。

 


 時には臆病になるぐらいの戦士。

 十分警戒に値する相手だ。


 

 だが、もし桜が持っていたのなら?

 とんだ甘ちゃんだと解る。

 なんにしても今夜、奴らの情報がわかる。

 その情報次第では、解呪などの取引を持ちかけられるだろう。

 
 




  ◇




 「――――なあ、桜」

 先輩の心配そうな声に

 「駄目です」

 ニッコリ笑って返答する。

 「だがな。万が一ということもあるし」

 「こっちに来てから、万が一をいつも心配してましたけど、こっちの魔法関係者いい人ばかりじゃないですか?」

 「だがな」

  まだ、心配そうな先輩に止めの一言。





 「もう決めました。私、エヴァンジェリンさんを信用します」

 ライダーと先輩はまだ心配そうにしてるが、

 「それにこの子、気に入っちゃいましたし」

 そう言いながらヌイグルミを抱きしめた。

 

 「はあ。仕方ない………ライダーすまないが「言っておきますけど霊体化して部屋に入っちゃだめですよ」」

 「桜。それは従えません私は貴女を護る為に、ここにいるのですから」

 ライダーと先輩の心配そうな視線に根負けして、

 エヴァンジェリンさんの連絡を待つ為に、ヌイグルミは私が持つ。

 そのかわりにライダーが護衛につくのを了承した。

 「でも、ライダー。もっと自分の事で楽しんでもいいのよ」

 私の心配そうな言葉に、ライダーはただ微笑むだけだった。






 ◇



 ――――夜。

 

 

 梅の花びらが舞い、夜が更けようとも煌々と光る人工の灯火が学園を彩っていた。

 闇を知らぬその建物の一角に、その花びらが光を弾いて靄を紡ぎ、

 より深く闇を彩る。


 その闇に溶け込むように黒い装束に身を包んだ2人がいた。




 
 「茶々丸、準備はいいか?」

 「はい。マスター」




 女子寮から2キロ離れた場所で、魔法薬を片手に意識を人形に移す。

 隣にはバレットを構えた茶々丸。

 茶々丸ならこの距離でも的を外さない。




 私の術がバレるとは思わないが、念には念をいれた。

 人形から催眠ガスを流し、より深く眠ってもらう。

 月の光がカーテンを透かし、やわらかく室内を照らす。

 ベッドには近衛木乃香、神楽坂明日菜がそれぞれ眠っているようだ。

 そして私の目の前には、衛宮桜がいた。
 
 

 幸せそうに眠り、私………いや人形を抱きしめている。

 ふん、警戒する必要も無かったな。

 私はそのまま呪文を唱えた。

 過去を読み、奴の心の傷をみるために。

 

 

 ◇





 これは夢? 過去のあの時の。



 脳裏に焼き付けられるその無数の罪状。
 目の前には蟲。目の前には私。蟲に蹂躙され、悲鳴を上げる私。
 変わる。
 また目の前に私。
 かつて兄だった人に蹂躙される私。涙を流す私。
 また変わる。
 呪いに犯され、知らず人を殺す影。怯えて眠れない私。
 さらに変わる。
 壊れ、大切な人を殺そうとする私。壊れ、狂って、泣きながら笑い、笑いながら泣く私。



 やめて。



窃盗罪横領罪詐欺罪隠蔽罪殺人罪器物犯罪犯罪犯罪私怨による攻撃攻撃攻撃攻撃汚い汚い汚い汚いお前は汚い償え償え償え償え
あらゆる暴力あらゆる罪状あらゆる被害者から償え償え『この世は、人でない人に支配されている』罪を正すための両親を知れ
罪を正す為の刑罰を知れ。人の良性は此処にあり、余りにも多くあり触れるが故にその総量に気付かない。罪を隠すための暴力を知れ。
罪を隠すための権力を知れ。人の悪性は此処にあり。余りにも少なく有り辛いが故に、その存在が浮き彫りになる。
百の良性と一の悪性。バランスを取るために悪性は強く輝き有象無象の良性と拮抗する為強大で凶悪な『悪』として君臨する。
始まりの刑罰は 



 変わる。
 無数の人が私を指差す。お前もこうなるんだ。
 変わる。
 目の前に私。呪いに抱かれる私。その身を食い破り、何かが溢れる。
 変わる。
 世界。笑顔で笑っている人々。それを突然食らい尽くす闇。
 変わる。
 どことも知れない場所。笑っている私。ただワラッテいる私。



 もういい、やめて。



自分のために■す自分のために■す自分のために■す自分のために■す自分のために■す自分のために■す自分のために■す
自分のために■す自分のために■す自分のために■す自分のために■す自分のために■す勧誘、詐称、窃盗、強盗、誘拐、自傷、
強姦、放火、侵害、汚い汚い汚い汚いお前は汚い償え償え償え償えあらゆる暴力あらゆる罪状あらゆる被害者から償え償え



 変わる。変わる。変わる。変わる。カワル。かわる。カわる。変ワる。かわル。かワる。かワル。変ワル。変わル。カワる。

 


 ―――これが、お前が犯した罪。



 もうやめて―――!!



 『死んで』償え!!!!



 耳をふさぐ。目を閉じる。
 でも消えない。
 頭が割れる、体が割れる、心が割れる。
 目を逸らしたかった。どうしようもなく逃げ出したかった。
 逃げて、逃げて、剣で自らを貫きたかった。

 

 ――――変わる。

 その光景に、何かを見て、私は思考が止まった。

 自分の身体から剣を生やし、最早人間でなくなった先輩。

 それでも、最後まで。


 


 ―――俺は、■だけの■■■■■になる―――



 そうだ、私は変わったんだ。あの時に。

 だから、もうこんな悪夢には負けない。

 夢の中でも、あれはあるはず。
 



 先輩が私の為に用意した「破魔の腕輪(サルンガ)」を弓に変える。

 射法八節。今まで何度となく行ってきた動作。

 自我を透明にし、自然と一体化する。数え切れないくらいしてきた精神統一。

 そして、鳴弦。



 ―――ビィィィンン―――



 和弓は破魔の為の呪具にもなる。

 弓の弦を鳴らして祓いを行うことを鳴弦という。

 上手く弓を引けば引くほど、当然、破魔の効果も大きい。

 だが、




 「だめ、こんな状況じゃ集中できない」

 心に闇が湧き、完全な集中が出来ない。

 このままじゃまた魔力が暴走する。
 
 でもなんで? 最近はこんな夢なんて見なかったのに。

 ちょっと厭な事もあるけど。

 でも、楽しく暮らしてたのに。

 なのに、なんで。




 その時、

 「目をつぶれ」

 どこからか、そんな声が聞こえた。

 「え!? 誰ですか?」

 ここは夢の中のはず。なのになんで? それに夢の中なのに目をつぶるなんて。

 「―――やかましいっっ! さっさと言うとおりにしろ」

 「は、はい」

 あまりの剣幕に、反射的に返事をしてしまう。

 「それでいい。まず頭の中に月を思い浮かべろ」

 夢の中なんですけど………。

 「いいから早くしろ! まず弓張り月。そして月は満ち満月になる。それから………ゆっくりと息を吸って吐け」

 その剣幕に押される形で言われたとおりする。

 もはや、疑っている余裕もなさそうだ。

 その声は言い含めるように続ける。

 



 黒い夜空にぽっかり浮いた満月。

 声に誘われるままに、桜はその光景を思い描いていた。

 「月が大きくなっていく。………どんどん大きくなって、自分の身体より大きく、ビルより大きく街より大きくなった」

 その声が身体に染み渡り、身体の中にある闇の胎動がおさまり、なにか心地いい風が通り過ぎた。
 
 


 「お前は地球を見下ろしている………日本が見える。月はそれより大きくなって……地球より大きくなった」

 言霊が私を包み込み、またやさしい微睡ろみが私を包む。




 「これでいい。後はゆっくり寝ろ」

 ぶっきらぼうだが、どこか優しい言葉に安堵する。

 冷たい声音なのに、私をいたわるその言葉はまるで。

 「………姉さん?」

 違うと解っているのに、だけどどこか優しいその声音は私を安心させて、私はそこで意識を………。








 ◇
 



 ここで私は意識を切った。

 「―――――なんとか間に合ったか」

 そう思いながら、ほっと息を吐く。

 奴が、日本人で和弓を使うからもしやと思ってみたが、上手くいったようだ。

 日本に伝わる瞑想法の一つ「月輪観」

 


 パニックをおこした奴を落ち着けさせ、かつ弓から連想しやすいものというとあれしか思いつかなかった。 

 だが、奴の闇。

 思った以上の闇だった。




 私は600年という時を生きてここまで胸糞悪くなった事はない。

 まだ全てを見たわけではないが、こんな胸糞悪い闇だとは………。

 もう一度、人形に意識を戻すと奴は多少、寝苦しそうにしながらもまだ熟睡している。

 


 ―――――さっきの過去視は奴も体験したはずだ。

 にもかかわらず、今では楽しそうに微笑んでいる。

 


 ……っち、何だというのだ。このいらだちは。

 過去にあれほどの体験をしながら、今なぜ幸せそうに笑えるのか。

 そして何で私は奴を助けたんだ?

 闇に喰われようが知った事ではない。

 むしろ桜とライダー、2人の敵が消えて好都合のはず。

 

 
 なのになぜ?

 まさか、私まで奴の闇に魅せられているのか?

 その生い立ちに同情したというのか?

 悪の魔法使いである私が?

 龍宮真名と同じように?

 



 ――――まあいい。先程の奴の闇に触れ、魔力の暴走を封じた。

 それで、よしとしよう。 




 「――――マスター、危険です!」

 茶々丸からの声でとっさに意識を切り替え、後方に飛ぶ。
 
 鈍い音と共に、何かが床に突き刺さる。
 
 そこには、バレットを貫通して細い西洋剣が床に突き刺さっていた。

 


 「茶々丸! これはどこから飛んできた!」

 これほどの剣を飛ばすとなると、相当近くからでないとつじつまが合わない。

 茶々丸に気づかれず、ここまでの接近を許すとは!

 改めて茶々丸に問いただすと、




 「女子寮の屋上からです、マスター」



 なに? くっ、馬鹿な! 

 この距離での狙撃で、茶々丸より早く撃つ事なんて不可能だ。

 狙いを定め、撃つ。

 更に撃った直後、反動でバランスを崩す。

 近距離ならともかく、コレだけ離れた距離で連射など不可能。



 ………しかも、銃を構えている茶々丸より早く動くなど!





 ましてそれが、剣の投擲だと。






 「間違いないのか?」

 「はい、その剣は屋上で、弓を構えている衛宮先生が放ったものに間違いありません」

 弓で剣を撃つだと? っち、そんな情報は無かった。

 桜が弓使いでは無かったのか?

 仕方あるまい。
 
 「茶々丸! 退くぞ」

 私の言葉に反応しようとした茶々丸に、
  
 「――――なっ」

 剣が刺さっていた。

 先程かわした剣より、はるかに早く撃たれた剣は茶々丸の右肩を貫き、壁に縫い付ける。

 「茶々丸!」

 私は叫びながら肩から剣を外そうと、飛びつくが、

 「マスター、失礼を」

 そういう茶々丸の左手で隅に投げ飛ばされた。

 そのまま転がり、反対方向の壁に隠れもう一度茶々丸を見る。

 その口が小さく「逃げてください」と呟いた。

 飛び出そうとする私の目の前で、2本目の剣が茶々丸の左肩をえぐりとった。




 ◇





 ――――――何時頃からだろうか。プログラムでしかない私の自意識にバグが生じ始めたのは。

 



 ハイテクの粋を凝らし作られ、動力部分は魔力で動いてるはずの私。

 だが、子供や老人の手伝いをするたびに、感謝されるたびに、何かが私の人工知能をゆさぶる。

 マスターを守る。

 ただ、それだけをプログラムしたはずの機械。

 それが私。




 なのに、マスターが茶道室で私のお茶を飲んで喜ぶ顔が、

 私の料理を喜んで食べる顔が、

 戦いで私を気づかう、その目が、
 
 とても大事なものに見えた。

 それが何なのか、知りたくて猫に餌をやり、子供や老人を助けた。

 この感覚がなにか知りたくて。




 ただ、不快ではないなにか。

 でも、それももう終わり。

 両手は故障し、後は狙撃されるのみ。

 マスター。どうか上手く逃げてください。

 そう、呟きながら最後にマスターにレンズを向けた。
 



  

 ◇





 衛宮士郎は、未だに茶々丸に止めを刺していない。

 武装をはがし、ただ傷つけるだけの狙撃。

 これが意味する事はただ一つ。




 ―――っち、私を誘い出すつもりか。

 これは狙撃手がよくやる手だ。



 大戦中、将官を物陰から殺す狙撃手は両軍共に恐れられたが、歩兵を最も恐怖に陥れたのも、やはり狙撃手だった。 

 歩兵のうち1人に致命傷ではない手傷を負わせ、動けないようになぶり続ける。

 それを助けようとする兵を物陰から殺す。

 狙撃手がいない部隊では手傷を負った兵を見殺しにするか、一か八かで銃を乱射しながら味方を救い出すか、




 ………自らの手で味方を殺すかしか選べなかった。  

 敵部隊の士気を落とすために大戦中、好んで使われた手だ。




 ふん、人がよさそうに見えてムカツク事を考える。

 だが、私は誇りある悪の魔法使い。

 そして茶々丸はその私の従者。 

 故に、主である私が茶々丸を見捨てるなんて事はない。

 私のものを、他の誰にも傷つける事など許さない。




 私の手にあるのは、魔法薬6瓶。

 危険になったらすぐ撤退を考えていた為、数は少ないが何とかしてみせる。

 3本目の剣が茶々丸の右足を砕いた時、私は飛び出した。




 ―――“氷盾”―――




 自分の前方に障壁を張り、糸を茶々丸に刺さった剣に結ぶ。

 私が吹き飛ばされれば、その衝撃で剣が抜けるはず! 




 「―――――ッガ!!!」

 

 予想通り、私に放たれた矢は盾ごと私を吹き飛ばすが、魔法障壁に守られた私には致命傷は与えられない。
 
 その反動で、茶々丸と壁に刺さった剣も抜けた。



 「茶々丸!」



 茶々丸は唯一、無事な左足と背中から爆風を噴出しながら、私に向かってくる。

 後は、私が茶々丸にしがみつけば、




 「――――っく、“氷盾”!!」

 だがその目論見は、続けて放たれた矢と化した剣により阻まれてしまった。

 




 ―――― バキャ!! ――――






 衝撃を緩和する為、茶々丸は私を庇うように床に打ちつけられる。

 私は受身を取ることなく、糸を使い茶々丸の前に降り立った。



 ――――馬鹿な。速すぎる!

 


 通常、弓を射るのにかかる時間は熟練者でも5秒に1射だ。

 しかも茶々丸の言葉を信じるなら、狙撃地点は2キロ先の屋上。

 狙いをつけ、弓を引き絞り、放つ。

 この工程が速すぎる。

 


 茶々丸でさえバレットを撃った後は、反動からもう一度狙いを定めるのに数秒のタイムラグが存在するのに。

 だが、先程より威力の弱いその剣は「氷盾」を壊しただけで、私達を傷つける事はなかった。

 もう一度糸を茶々丸に結びつけ、脱出の機会を窺う。

 次の攻撃を「氷盾」で防ぎ、もう一方の魔法薬で煙幕を張る。

 相手は2キロ先だ。煙幕まで使えば、なんとか逃げ切れるはず。

 タイミングを計るため、ここからでは視認すら出来ない寮の屋上に視線を向け、その瞬間を待った。

 

 

 ………だが――――。またも予想は裏切られた。

 矢と化した剣は放たれたが、その数が問題だった。

 屋上から放たれた光を纏った矢は弓なりに、或いは直線、或いは右に弧を描きながらこちらに向かってくる。

 その数、全部で八連。時間差がつけられたその攻撃は「氷盾」だけでは防げない。

 防ぎながら身をかわすことは可能だが、それには茶々丸を見捨てなければ………



 

 「マスター私にかまわ「黙れ!」」

 茶々丸に最後まで言わせず、残りの魔法薬全てで結界を張る。

 足りるとは思えない。だが、茶々丸は死なせない。

 こいつは私の物だ。誰にも渡さない。



 ――――誰もが私をおいて逝ってしまう。せめて………私の従者達だけは。

 



 ――――― ビキッ!! ―――――

 




 私が張った結界に幾つもの剣が刺さり、ひび割れていく。

 もう、形すら残っていない結界に最後の魔力を流し込み、茶々丸の前に立つ。
 
 せめて、今まで盾となって私と共にあったコイツに、最後だけは、



 ………私が盾になろうとして。
 
 最後の結界も破れ、私の目前に迫ったその剣は、

 


 ―――パキィィィン―――






 私を貫く事無く、まるでガラスが砕けるような音と共に消えた。

 そのまま、恐怖でへたり込む私に、



 「――――エヴァ? 無事か?」 
 
 いつもの微笑を忘れ、慌てたようにこちらに向かって走るタカミチがいた。




 

 タカミチは私達を背にして

 「エヴァ! 状況を教えてくれ!」

 「見てのとおりだ。攻撃を受けている」

 タカミチの言葉に憮然とした言葉を返す。

 「そんな事は解っている。なぜ衛宮君に攻撃されてるんだ?」

 「貴様! 奴が長距離からの狙撃手だと知っていたのか?」

 その言葉に助けられた恩も忘れて、怒鳴った。

 なぜ私に早く知らせん。そうすれば今回のような計画を立てなかったのに。

 「すまないけど、そんな場合じゃない」
 
 そういいながら、タカミチはこちらを向かず。前方を向いたままポケットに手を入れるという独特の構えをとった。

 


 そのまま、どのくらいの時間がたったのだろうか?

 数十秒か、数分か。

 茶々丸に聞くのも忘れ、油断無く構えたままの状態でいると、




 
 「――――どういうことだ、タカミチ」

 そう酷薄な表情と声で、衛宮士郎とその後ろにライダーが立っていた。


     
  


    
<続>



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