―――――――英霊エミヤという、モノがいた。



 

 衛宮士郎が世界と契約して英雄化したモノ。



 本来呼ばれるはずの無い、未来の英霊。



 かつての衛宮士郎の成れの果て。

 全てを救うために剣をとり。

 全てを救うために戦い続けた男。



 
 そして、その果てに。





 目に見える僅かな人間達を救うために、死後を世界に売り渡した未来の英霊。
 
 ………英霊エミヤ。







 全ての衛宮士郎はそこに至るまで、戦い続けるはずであった。





 ………ここにいる。ただ一人の男を除いて。





 遠い雨 第2話







 ――――――黒い雨が降っていた。



 黒く焦げた空、灼熱の大地。


 重い雨を含む昏い天蓋。

 
 その空は、灰を含み。雨を黒く染め上げた。



 そこは俺が辿り着けないと思った場所。

 だが、俺は辿り着いてしまった。



 隣には、倒れた桜。そして傍にライダーが立っている。
                            


 俺が、かつて目指した理想。

 そして、捨て去った理想。―――――正義の味方。



 あの聖杯戦争で、桜のためだけに生きると誓った俺に。


 桜は、共に歪んだ理想を目指そうといってくれた。


 桜の本当の望みより、桜は。俺の無くした夢を取り戻そうと考えてくれた。
 



 ――――あれから、数年。




 ただ、がむしゃらに生きてきた俺たちは。


 歪んだ理想を追い続け、ここに辿り着いてしまった。
 
 幾つモノ戦いをくぐり抜け、幾つモノ笑顔を取り戻そうとして。


 最も愛した女性を、危険な目にあわせ続けてしまった。




 「桜、すまない………」

 
 「いえ、私。ずっと幸せでしたよ先輩といられて」

 
 

 微笑む桜の傍には、心配そうに桜を見守るライダーがいた。

 本当は、戦う事よりも。平凡な日常を楽しむ2人。



 彼女達を巻き込んだのは、俺自身の消せない思い。


 自分より他の誰かを救いたいという、歪んだ思い。
   

 それを、感じた2人は。共に俺の歪んだ夢を追いかけようとしてくれた。 



 桜は、聖杯戦争での贖罪の為に。

 ライダーは桜を守るものとして。


 俺は、捨てたもののために。生きることを誓った。 
 
 


 その果てに、ここに辿り着いた。



 「すまない、2人とも」

 
 
 俺の言葉に、桜は首を振り。

 

 
 「先輩、最後に一つだけ。わがままを言ってもいいですか?」 


 

 咳き込みながら話す言葉に、もう力は無かった。

 それでも、桜は小さく微笑みながら。


 
 
 「最後に、………愛してるって、言ってもらえますか」




 それが、桜の最後の願いだった。

 もう、死にそうな体。

 何もできなかった、ナニをすることも許されなかった日々で。


 やっと掴んだ穏やかな日常を、桜は俺のために捨てた。



 その代償がコレ。



 何度もくりかえした、俺のつまらない一言が欲しいと。




 「―――――――桜、愛してる」



 「私もです、士郎さん」




 その言葉を最後に、桜の目が閉じられた。

 ライダーは、愛おしそうにその髪をなでている。 

 
 最後に、小さく。2人にすまないといい、俺は目を閉じた。



 結局、俺は何もできなかった。

 桜を守ることも、正義の味方を続ける事も。



 せっかく、姉さんに………、助けてもらった命なのに。



 そう最後に、考えていると。





 
 

 ――――――だめだよ、シロウ。




 その耳に聞こえるのは、かつて守れなかった少女の声。

 脳裏によみがえるのはともに過ごした時間。笑い顔、困った顔、怒っている顔。

 なんでもないものを。とても、大切にしていた少女。

 買い物をすることが夢だったと語った、優しい姉。


 雪を見ながら、踊るように。駆けて、笑い続けようとした少女。

 俺が知らない切嗣を知っていた少女。



 俺が彼女から切嗣を奪い、そして。………助ける事さえできなかった、少女。





 
 最後に笑って、向こう側に行った少女の声。




 ――――――言ったでしょ、お姉ちゃんが守ってあげるって。




 なんで、生きてたなら。もっと早く。





 ―――――うーん。生きてるってワケじゃないんだ。それに今度の魔法は、ね。




 


 そのちいさな声の後に、男の声が聞こえた。






 ―――――ふん、古い知り合いに弟子にまで泣きつかれてはな。

  
 ―――――貴様等に何ができるかなどワカラン。



 ――――だが、かつての奇跡を見せてもらった礼だ。………そして、コレは■■■などではない。 







 野太い声を聞き、薄目を空けると。何時か見た七色に光る剣が見えた。






 そして、もう片方の手には光る宝石。


 それをライダーに渡し、なにか呟いている。




 そして、眩しい光と共に。


 俺の意識が消えていった。






 ◇







 ――――――日がまだ地平線にその身を落としきれていない黄昏時。

 




 雪が舞い落ちる湖の畔で、白に染まらない小さな赤色が見えた。

 その赤の持ち主たる赤毛の少年は、湖の畔で鼻歌を歌いながら釣りを楽しんでいる。

 その少年がふと、何かに気がついて立ち上った。

 彼は「姉が帰ってくる」と呟きながら、まだ雪が積もっていない道を踏みしめ駆け出していく。

 その先は彼が暮らす村、そこで久しぶりに会う姉との会話に胸を躍らせていた。

 








 ………だが。その先に見える深紅に染まった景色を見て。


 少年は眼を見開き、ただ呆然と膝をついた。

 炎に彩られた紅き村、かつての住人の変わりに。





 ――――異形ともいえるモノ達がいた。




 あるものは、巨大な羽を持ち。

 あるものは、人間の倍以上の大きさを持ち。

 あるものは、巨大な牙を生やしていた。 



 かつていた、村人である魔法使い達は石にされ。

 蠢くモノは異形の魔物のみ。
 
 
 その光景を見た少年は、ただ泣きじゃくる。


 その胸に過ぎ去るは唯一つの悔恨、その想い故に姉を泣かせてしまった事実。

 故にその小さな胸を後悔で満たす。




 僕が願ったから?

 ―――――村が燃えている。



 ピンチになったら、お父さんが来てくれるって願ったから?

 ―――――おじさん達が石になっている。




 僕があんなこと願ったから?

 ―――――異形の怪物が大勢、村から僕に向かって歩いてくる。




 だから? 怖いのに、逃げなきゃいけないってわかってるのに。動けないのはこれが僕に対する罰だから?

 ―――――だから、この怪物は僕に罰を与えに来たの?




 それは、子供の恐怖心からくる現実逃避だったのかもしれない。
 
 本の中でしか見たことない怪物。

 それはまるで、姉を泣かせた自分を罰を与えるために。


 まるで、願ってはいけないコトを願った。





 ―――――自分に対する天罰なのではないかと。






 困惑と贖罪の意識からくるその思い込みは。

 その小さな体を縛りつけ、身動きを封じた。




 このままなら、彼の懺悔は受け入れられ。

 彼は、その身に罰を受けるのだろう。


 その罰とは、巨大な魔物の豪腕による一撃。

 その一撃で少年は。きっとボロクズのように、死んでいく。

 それが、彼の運命。彼が自分自身で思いこんでいた罰であり。罪。

 

 そうやって、彼は死んでいく。




 そう、ココに。彼らがいなければ。






 ◆




 ―――――口になにか冷たいものが当てられた。

 飲み下すと喉に、硬い感触。



 胃から熱を持ち、俺の中に力が漲っていく。




 腹の熱さに負け。目を見開けばソコは、灼熱の地獄だった。

 紅いソラ、燃え広がる炎。そして焼けていく家屋。

 

 先ほどの昏い空ではないが、同じ炎が彩る景色。


 一瞬呆然とした後、聞き慣れた声が聞こえた。



 

 「………よかった、士郎。無事ですか?」


 近くにいるのは、ライダー。


 「ライダー、桜は?」


 俺の言葉に、ライダーは小さく頷いた。



 その手には、気絶した桜の姿。


 胸が小さく上下するのを見て、ほっとした。




 周りを見ると、同じような灼熱の大地。

 幾つかの悲鳴と、死への恐怖。  

 

 同じような赤の景色でありながら。
 
 何かが決定的に違っていた。






 「――――ここは?」


 「解りません、ソレより士郎。身体は大丈夫ですか?」




 その言葉に身体を見るが、動きに問題はない。

 先ほど嚥下したのは、魔力の塊だろうか。

 以前、遠坂が使ったという業。

 魔力を籠めた宝石を、飲ませることで魔力を回復させる。

 それと似たようなものだろうか。

 



 「―――――状況がわからないが。とりあえず、桜を頼めるか?」



 俺の言葉に、ライダーは小さく頷いた。

 聖杯戦争から数年。

 解ったのは、英霊と人間との圧倒的な戦闘力の差であった。




 魔力を、桜から供給してもらわなければならないとはいえ。

 ライダーの戦闘能力は俺達の中で最も強く、スピードは俺達の中で最も速い。



 そして、俺達が守らなければならないのは桜だ。

 桜がいなければ、ライダーは存在できないし。

 桜の為に生きる俺は、存在する意味がない。
 


 故に、このような場合。

 最も強い、ライダーに桜を守ってもらうしかない。


 
 俺には。誰かを守りつつ戦うなんて器用なことは………。






 「状況がわからない。とりあえず、安全な場所に逃げよう」



 ライダーと共に火に囲まれた村から離れようとした時。

 小さな、紅い影が見えた。



 


 ――――瞬間、強化の魔術を眼に叩き込む。




 距離は、約500m。

 小さな紅い影は、赤毛の少年であった。

 利発そうな顔をした、まだ5〜6歳の少年。


 


 少年の目の前には、黒い巨大な人影。


 姿形こそ人型だが、あまりにも巨大な腕。

 そして頭から突き出た巨大な角が、人であることを否定している。



 その巨大な腕は少年を圧殺しようと、振り上げられた。






 この距離。奴等にはまだ、気づかれていない。

 このまま逃げれば、確実に俺達は助かる。



 あの子供が死のうが関係ない。

 見捨てても誰にも見つからない。



 だが、それは。



 ―――――かつての俺を肯定してくれた、桜に対する………。





 「――――ライダー」






 ライダーは俺の視線の意味を知り。

 そっと、桜を降ろした。


 走り出すライダーを見た後。


 俺は弓と矢を投影する。



 狙うのは、異形のバケモノ。


 人を遥かに超える大きさと、巨大な角を持つモノ。



 ライダーがいくら俊足だろうと。

 500mの距離を一瞬でつめることは不可能。


 
 ならば、俺にできることは。


 彼女が子供に近づくまでの時間稼ぎをすること。




 ――――I am the bone of my sword.
 



 奴から受け継いだ唯一つの呪文。

 


 投影したのは、捻れた魔剣。



 アイルランドの英雄。フェルグスが所有したとされる魔剣と同じ名を持つ、別物。 


 ………偽・螺旋剣。

 あの紅い弓兵がかつて投影した、宝具である。



 視線の先には、子供に巨大な豪腕を振るおうとする異形。

 ライダーは急ぎ、疾走するが間に合わない。


 いかにライダーが早かろうと。



 500m先の行動をとめられない。



 それを止めるのは。――――俺の役目である。



 引きしぼり、狙いを定めるのは黒い弓。

 放つはかつて紅い弓兵が射た、偽・螺旋剣。



 魔力を籠める時間は無い。 

 真名を開放することは不可能。



 それでも、この一撃は宝具の一撃。

 英霊並みのモノでない限り。


 防ぐことは不可能。




 異形が子供に、拳を振り下ろすその刹那。



 ―――――俺の“矢”が放たれた。



 


 ココがどこかは解らない。

 敵の力量も解らない。


 そんな状況で、最善と思われる一手。



 どんな優秀な戦闘者であろうと、攻撃する一瞬。

 その瞬間だけは無防備となる。


 早すぎれば、攻撃をかわされる。

 遅すぎれば、赤毛の少年が殺される。



 その刹那を脳裏に描いて、矢を放つ。



 疾走せしは、かつて紅い弓兵が投影した魔剣、偽・螺旋剣。

 空気を切り裂き、敵を抉る魔剣。


 紅い弓兵ならば、かの強敵。ギリシャの大英雄すら怯ませる一撃。




 コレがかわされるなら、あるいは効かないのなら。


 俺達に奴から少年を救う手段はない。




 だが、その心配は杞憂に終わる。


 あっけないとも思えるほど、容易く魔剣は奴を貫き消し飛ばした。



 その結果を唖然と見る赤毛の少年を、ライダーは抱え。

 俺達の方向に走り出す。
 


 ソレを一瞬呆けた後、ヤツラはライダーを追おうとする。


 
 ―――――まずい。



 今、桜が倒れている以上。


 俺は自前の魔力で投影しなければならない。


 俺の身体は人形でできているため、自前の魔力といえば先ほど嚥下した魔力の塊のみ。



 この量。おそらく投影はできてあと10回。


 いや、コノ身体を動かすことを考えれば更に少ないか。


 そして、ライダー。


 彼女は桜からの魔力供給で存在している以上、無理はさせられない。


 下手に戦い。魔力を減らせば存在自体、消えかけない。

 桜から強引に魔力を引き出すなど論外。

 意識のない状態でそんな事をすれば、桜の命にかかわる。 




 では、剣を持ち。俺が戦うしかない。

 ライダーに追いすがろうとする、羽根を生やした異形を矢で撃ち落す。



 ―――あと、9回。



 ヤツラの中でも、俊敏そうなモノがライダーの後を追う。

 射の軌道を曲げ、その身に剣を突きたてる。




 ―――あと、8回。



 まだ、数はなくならない。敵の数は多い。
 


 最悪、俺が殿にたち。

 桜とライダー。それに少年を逃がすしかない。
 






 そう覚悟した―――――その時。背筋に冷たいモノが走った。




 なにか、世界に異常を感じる。気配は感じない、殺気もない。

 だが、無視できない奴が上にいる。姿は見えないし、殺気も感じない。

 だがこの威圧感、俺が感じる世界の異常、只者じゃない。




 ライダーも感じたのか、少年を背負ったまま桜の傍に立つ。


 桜の意識が戻らないのが痛い。
 
 桜が無意識の状態で、勝手に魔力を使うわけにはいかない。

 下手をすれば、桜の身が危険だ。



 いくら聖杯の残滓によって、桁外れの魔力量を持つとはいえ。

 人の身で聖杯もなしに英霊を維持し。

 更に、俺にまで魔力を供給しているのだ。

 今の消耗した状態で、下手に魔力を使えば。



 ―――――桜の身がどうなるか?



 考えたくも無い。


 だが、このプレッシャー。


 後、数回の投影で倒せる相手か?



 「――――そこにいる奴。出てきたらどうだ?」






 周りの無数の異形を無視して、言葉を紡ぎながら虚空を睨む。

 間違いなくそこにいる誰かに。俺の中で警報が最大級に鳴る。





      

 ………コイツを敵に回すな。


 そう体が、俺に警告する。



 だが姿を確認しなければ、なにも出来ない。後ろから襲われるなんてのは論外だ。 

 常に最悪を予想し、まず相手の情報を知り。戦うか逃走するかを選ばなければ。


 なにより、この状況。

 コイツラの親玉だとすれば。


 最悪、俺の命と引き換えに倒すことができれば。

 コイツラも引くかもしれない。




 俺の言葉が効いたのかどうかはわからないが。

 空間が解れ。ローブで顔を隠した長大な杖を持った男が、宙に浮いたまま現れた。





 「へえ、よく気がついたな」

  

 まるで緊張感のない言葉だが、ローブから覗く目がこちらを油断なく観察する。

 何者かと、探るその目に。こちらも警戒した。


 敵なのか。それとも。



 本来なら。問答無用で殺してもいい相手かもしれない。 
 

 だが、この状況。



 特に、ライダーに戦わせるわけにはいかないのがキツイ。

 桜の意識がない状態で、ライダーが戦えば。


 その魔力の変動で、桜にどんな悪影響が出るか解らない。
 

 ライダーはあくまで、サーヴァント。

 桜の使い魔であり、魔力の塊だ。



 桜に異常があれば、戦闘行為は不可能になる。


 そして、このプレッシャー。



 俺達の中でライダー以外に。このフードの男に勝てるとも思えない。
 
 俺は戦闘力において、ライダー以下。



 では、コイツに勝つことは不可能ということになる。



 なんとか、交渉で乗り切りたいのだが。




 「―――世界の異常に関しては、昔から鋭いと言われてるんだ」



 その割には、魔力感知に関しては素人同然だ。と貶されたことは黙っておく。

 不必要な情報は与えたくない。
 


 「こちらは質問に答えたのだから、―――――そっちも質問に答えてくれないか?」

 「ん? なんだよ」

 

 不思議そうにこちらを見るその眼差しに、質問を考える。

 敵か味方か。


 そう、質問するのがスジなのだろう。



 だがコイツの存在。

 それ自体が非常に恐い。


 
 存在感、魔力量。

 なによりその何気ない仕草から感じる、戦闘経験。

 修羅場をくぐり抜けた人間が持つ、威圧感と隙のない動作。
 

 聖杯戦争をくぐり抜け、幾つかの戦場を渡り歩いたからこそ解ること。



 ――――コイツと戦うべきではない。





 「貴方は何者だ?」



 俺は小さく問いかけた。

 敵か味方か。最悪でも桜だけは逃がさなければならない。


 俺が足止めすれば、ライダーの足なら2人を背負っても………かなりのスピードで走れる筈。



 「何者、って言われてもな。とりあえず、この下位悪魔達の敵―――かな!」



 後ろから隙を突こうと近寄ってきた異形を。

 杖を持っていない手で、いきなり殴り飛ばした。

 鈍い音をたてて吹っ飛ぶ怪物は、後ろにいる数体を巻き込んで家にめり込む。




 「――――!」

 「お前も、手伝え!」




 そのスピードと威力に半ば呆然としていると。

 奴は共闘を申し出ていた。



 ………信用していいのだろうか。

 だが、やるしかない。

 どうせ戦わなければならない相手。


 俺一人では、正直不安だし。

 俺が戦っている間に桜たちを守るのは、ライダーに任せるしかない。

 俺達が最も守らなければならないもの。
  
 桜と少年を守るのは、俺より強いライダーに任せ。俺が戦う。

 


 俺が、桜と少年を守り。ライダーに戦闘を任せたい所だが。

 桜の意識がない以上、ライダーの魔力が切れる可能性を捨てきれない。

 第一コレだけの数。


 自分の身だけでなく、意識を失った桜と。まだ何もできないであろう少年を守ることは難しい。

 ソコまでの戦闘能力は俺にはない。



 ソレにライダーなら、いざという時。

 ………俺を捨て駒にできる。



 桜の意識がない以上。

 桜を危険に晒してまで、俺を守る理由はない。

 



 ライダなら敏捷Aの脚力を生かし、桜と少年を抱えて逃げることができる筈だ。




 ライダーに目でその旨を指示した後。
 
 目の前で、巨大な魔力を腕に集中させている男に声をかけた。




 「一つ聞きたいんだが、貴方はアレを治せるのか?」 



 俺の視線の先にいるのは、石化した人たち。

 魔族たちの特殊能力か、魔術かはわからない。

 だが、アレを解けるというのなら。

 周りに被害が出るような、巨大な魔術は使うべきではない。





 「………無理だな、俺は治癒魔法は専門外だ」

 「専門家なら、可能なのか?」

 「多分な。かなり高位な魔法使いじゃないと無理だろうが。俺が知ってる奴の中にはアレを解呪できる奴はいねぇ」




 【解呪】ということは、何らかの魔術によって彼らは石化したということか。


 俺が持つ投影した宝具、破戒すべき全ての符≪ルールブレイカー≫なら解呪できるだろうか?

 あらゆる魔術を破戒する短刀。究極の対魔術宝具ならあるいは。


 
 あの石化の魔術がどの程度のランクかわからない。

 だが、マキリが作り出した、人の手には到底負えないサーヴァントを律する道具。3回までのサーヴァントに対する絶対命令権。

 単一の命令であるならば、空間転移すら可能な道具。


 英霊さえ律する令呪。


 そして、この世全ての悪と桜の契約さえ切ることができた宝具。ルールブレイカー。




 あの石化が、マキリの術より遥かに高度で。

 さらに、この世全ての悪と桜のつながりより遥かに強固なら。

 あの石化を解くことはできない。




 だが、そんなものがこの世に幾つもあるとは思えない。




 「――――俺なら、解呪できるかもしれない」

 「………」

 「詳しく説明してる暇はない。できるだけ彼らを壊さないように、肉弾戦で戦ってくれ」

 「………マジか?」




 疑わしそうに、こちらを見る男に小さく頷く。

 正直、解らない。あらゆる魔術を破壊するルールブレイカー。

 ルールブレイカーで、壊すことができない魔術など見たことがない。

 

 例外といえば、『宝具』だ。

 どんな低ランクの宝具でも、ルールブレイカーで消し去ることは不可能。



 あの石化が宝具レベルの『神秘』だというのなら、俺には解呪は不可能。

 そして、本来のルールブレイカーではなく俺が投影した劣化複製品。


 桜とアンリマユとの繋がり以上の効果があの【石化】にあるというなら。

 石化の解呪は不可能だ。



 

 「―――――」

 「……………」



 こちらを凝視する奴から目を逸らし、干将・莫耶を投影する。

 もう、魔力は残り少ない。


 体の強化はしないほうが無難だろう。

 本来、強化の魔術は存在意義を強化し、力を高める。

 この強化によって、俺はまがいなりにもバーサーカーと僅かな時間渡り合えることができた。 


 だが、俺の強化は【限界を超えたとき】反動がでかすぎる。 
 


 俺の魂に刻み付けられた【強化の魔術】 

 それは暴走すれば、肉体の一部を剣化し。

 肉体を自滅へと導く可能性がある。



 通常の強化なら、肉体への負担も少ないだろう。

 だが、サーヴァント並の肉体強化をすれば。
 



 ――――――肉体は【剣化】し、寿命を一気に縮める。



 そして、このコンディション。
 
 できれば、肉体に強化をかけないほうがいい。





 ◇




 ―――――俺ならば、解呪できるかもしれない。






 俺の目前にいる男はそういった。

 ありえるのだろうか?


 
 俺が暮らしていた村。

 そして、俺の息子を襲った魔族。


 その魔族を殺し、息子を助けたコイツ。


 その行いは信じられるものであるし、目の輝きで嘘は言ってないと思う。



 だが、ココまで石化した村人達を救うことが本当にできるのだろうか。

 石化しただけで、生きてはいる。


 それは間違いない。



 だが、この石化を解くには。

 世界屈指の治癒術師、そして巨大な魔力がないと不可能な筈。
 

 

 「解った、もう一つ訊かせろ」

 「………」



 返答しないままに、俺に背を預けるコイツ。



 そして、ネギの傍に長身の女と彼女に抱えられた女性。

 病人だろうか?

 動く気配のない女性を、背の高いほうは心配そうにみている。

 おそらく、コイツの仲間だろう。
 


 仲間が倒れているのに、ネギを救おうとしたコイツ。 



 なんだかんだ言っても、気がいい奴なのは間違いない。

 そんなコイツを見て。信じることに決めた。

 


 コレを聞いてから。 



 「俺の名はナギ・スプリングフィールド。お前の名を教えてくれ」

 「――――衛宮、士郎だ」




 少し、躊躇った後。

 奴は小さく答えた。



 俺の言葉に、向こうでネギが何か言っているが。今は相手をしてやる時間がない。

 親と名乗るにはあまりにもいい加減な、出来損ないの俺だが。

 それでも、アイツに何か残してやりたいと思う。





 そして、俺に名乗るのを躊躇したコイツ、衛宮士郎。

 名を知られるということは、何らかの呪いをかけられやすくなることを意味する。

 呪いに必要なものは、本人の一部。髪の毛、ツメなど。




 そして、もう一つ必要なものは【真名】

 名前に魔力が宿ることは、広く知られているが。

 魔法使いはその身に魔力を宿しているため、抗魔力というものがある。



 催眠、呪縛、強制といった、術者の行動を抑制する『魔法』を弾き返す力だ。

 魔法使いである以上、おいそれと他の術者に操られることは起こり得ない。

 




 ツメも髪もなく。名前だけでコイツを呪うことなど通常は不可能。

 にもかかわらず、コイツは。名を名乗ることを躊躇した。


 ならば、コイツの抗魔力は極端に低いということだろうか?

 

 ここまで名を名乗ることを躊躇する魔法使いは、見たことがない。



 それに、俺の名前を聞いてもまったく反応しない。



 あれだけ、あからさまに俺の名前を強調したのにもかかわらず、だ。

 魔法界では結構有名だし、魔法使いで俺を知らない奴はいない………筈だ。



 ソレにさっき感じた、巨大な魔力。

 コイツ、何者なんだ?




 「――――まあ、細かいことはいいか。後ろは任せるぜ、士郎」

 「………」



 俺の言葉に士郎は無言で頷き、取り出した剣を構えた。






 燃え上がる村を背にして、ここに本来。決して出会うはずのない2人が轡を並べた。

 一人は千の魔法を使うと謳われた天才、ナギ・スプリングフィールド。

 一人は異端の魔術使い、衛宮士郎。
 
 無骨な拳舞と剣舞の輪舞曲を踊ろうと、深紅に彩られし山間の村に。

 稲妻と錬鉄の音が響き渡ろうとしていた。





 ◇

 




 巨大な岩の塊と知り合いであった石像に囲まれ。少年はただその演舞を眼に焼き付けていた。

 2人の強さは圧倒的だった。



 彼の父はサウザンドマスターの名に恥じぬ強さを魅せる。 

 巨大な鉄塊のような剣を振り上げる魔族の下に疾風のごとく踏み込み。

 その巨体を蹴り倒し、それに怯んだ魔族の隙をつき。呪文を唱える。


 紡ぐ言霊は【雷の斧】その威力は魔族を滅ぼすだけでなく、一帯に小さなクレーターをつくった。

 そしてその勢いのまま身近な敵をまた引き裂き、殴り、握りつぶす。


 その様子はまるで雷の嵐のようで、憧憬とわずかな恐怖を少年の心に刻み込んだ。




 そのナギの後ろを護り。死角を無くす様に黒白の双剣を振るうのは衛宮士郎。

 その様子はナギのように魔族を葬っているのに、少年の眼にはどこか異質に映る。

 白い剣でナギの背中を突こうとする槍を受け、黒い剣でその胸を突く。





 胸を突かれた魔族を捨て駒に、三方から攻め寄せる魔族の動きに合わせ。

 その拳を切り落とし、剣をそらせ。


 返す刀でその頭に柄頭をめり込ませ、斧を双剣で受け、持ち手を蹴り飛ばしその首を跳ね飛ばす。

 ナギと同じように魔族を圧倒してるにもかかわらず、どこかその剣舞は泥臭く、悲しかった。


 ナギのように力で圧倒できず、魔法の攻撃もない戦い。

 己が肉体と剣を頼りに己が身を盾にナギを護る。

 ナギより力の劣る者が、ナギの身を護る為に己が最善を尽くす。

 その戦う姿勢は自身の弱さを映し出されたようで、眼を逸らせなくなる。



 『自分の想い』の為に村が滅んだと信じる少年にとって、圧倒的な力で自分を救ってくれた父よりも。

 力がないのに。それを鍛錬と経験によって補なっている士郎に眼を奪われる。




 「もしお父さんに会いたい」ではなく「お父さんに会う為になにかしよう」と努力すれば今日のような惨状は無かったのではないか。

 お父さんに会いたいではなく、あの時からお父さんに会う為に努力しようとすれば。



 士郎のようにとはいかなくても、なにか出来たのではないか。
 
 そうすれば今、お父さんや村の人達になにか出来たのかもしれない。  





 ………実際はまだ5歳にもなっていない少年が、出来る事などあるはずもなかった。

 だが少年は。自身を振り返り、後悔していた。







 ―――――ピンチになれば、お父さんが助けに来てくれる。



 そう思って、幾つも危険なことばかりをして。

 姉を泣かした自分。


 
 危険なことこそ、しなくなったけど。




 それでも、心のどこかで。

 『ピンチになれば、お父さんが助けてくれる』



 そう考えていた自分に対する、コレは『罰』なのではないかと。



 【ピンチになれば、助けてくれる】ではなく。



 ………お父さんを助けるくらい強くなる。




 そう考えることができれば。こんなことにはならなかったのではないかと。

 

 士郎を見ながら、幼い心を痛めていた。








 ◇
 









 悪魔達を掃討し終えた俺達は、3人の下に歩み寄った。
 
 炎にあぶられて所々に傷を負った俺は、傷みに顔を顰めながら桜の傍に立つ。
 


 桜はまだ目を覚まさない。

 限界まで俺とライダーに魔力を供給した疲れが出たのだろう。

 ぐっすりと寝ている。



 まだ解らないことだらけだが、七色に光る剣。

 そして、姉さんの言葉。

 ソコから考えられるコト。


 詳しいことをライダーに訊こうとする前に。



 「なあ、士郎。頼みがあるんだが」

 

 赤毛の少年を優しく見る、ナギに声をかけられた。



 「これから、迎えが来るまで。コイツを見ててくれないか?」
 
 

 その言葉と共に、少年に視線を合わせた。

 赤毛の少年は先ほどナギが名乗ってから、不思議そうな顔をしている。


 そう、なにか信じられないものでも見るかのように。





 「なぜか………訊いてもいいか?」

 「もう、気がついてんのかも知れねえが。………お前、ネギだよな」 



 ナギの言葉にどう返していいのか迷う少年の頭を、くしゃりとかき混ぜ。



 「大きくなったな、ネギ」 

 「お、お父さん?」


 
 赤毛の少年が信じられないものでも見たように、呆然とナギを見上げた。
 
 ナギと名乗った男が、この少年の父親。


 ならば、少年を守ろうとしたことも解るし。

 俺と共に戦ってくれたことも解る。






 「すまねえ、もう時間切れだ。士郎、ネギについてやってくれ。まだ撃ちもらした魔族がいるかもしれねえ」

 「………時間切れ、だと?」

 「詳しく話す時間がない。ネギを………頼む」




 まだ年端のいかない子供を残して、どうするのだと。

 親ならば、傍にいてやるべきではないのかと。

 言いたい事は、山ほどあるはずなのに。

 その瞳をみると、言葉を続けることができなかった。



 実の肉親が、離れて暮らすことを悲しまない筈がない。

 離れたくないと、ナギの瞳がどうしようもなく語っていた。



 「―――――わかった」



 故に、返せる言葉は一つしかなく。続けられる言葉も一つしかなかった。



 「あとは……断言はできないが、石化した人たちを助けられるように努力はする」

 「解呪か。上手くいくように祈ってる」

 「………」 


 
 そう、これは【祈る】賭けだ。

 石化がどの程度の魔術なのかはわからない。


 だが、アンリマユとの繋がりさえ解ける宝具。ルールブレイカー。

 効かないとは思いたくない。



 それに、失敗した所で失うものはない。

 石化が解呪できなければ、他の治癒魔術師にお願いすればいい。

 己のことしか考えない魔術師が、どこまで協力してくれるかは解らないが。

 


 「あとは、スタンの爺さんを探してくれ。俺の名前を出せば、きっと力になってくれる」


 
 ナギはそういって、小さく頷いた。

 先ほどの幻想種とおぼしき異形。 

 そして、サーヴァントと肉弾戦をしても勝てるのではないか?


 そう思える、ナギの力。

 なにより、ナギ・スプリングフィールドなんて魔術師は俺は知らない。



 俺が知らない魔術師で、サーヴァントと肉弾戦で勝てるような魔術師。

 なにより、最後に見た七色に光る剣と………姉さんの言葉。



 勘違いかもしれない、気のせいなのかも。

 だが。




 「ネギ……。お前には何もしてやれなかったな。せめてこの杖を俺の形見だとでも思ってくれ」



 俺が考えをまとめようとしていると、ナギはそういってネギ少年に杖を渡した。

 何もいえず、ただ涙を流すネギ君の髪に最期に触れ、


 「悪ぃな、お前には何もしてやれなくて。こんなこと言えた義理じゃねえが、元気に育て……幸せにな」




 そういいながら来た時と同じように虚空に消えていった。





 「お父さん……」

 



 それから。ネギ君が泣き止んだ後。生き残った村人を探しに出かけた。



 まだ燃えている村を、ネギ君の案内で歩く。

 焼け焦げた家々、石化したままの人達。

 今すぐ解呪したいが。もし、まだ魔族がいたらと思うと踏み切れなかった。




 「ライダー、桜はどうだ?」

 「………、わかりません。士郎には宝石を飲ませることで、魔力を回復してもらいましたが」




 本来、聖杯の残滓によって。桜の魔力は無尽蔵ともいえる量がある。


 故に、宝石などを飲ませて、下手に魔力を増やせば。

 元々、魔力量が多い桜だ。魔力が暴走しかねない。





 そして、マキリの魔術訓練ともいえない拷問は。

 桜に基本的な魔術を使うことすら、難しくさせていた。

 

 桜にできるのは、暴走と虚数の属性を生かして魔力そのものをぶつける魔術を使うのみ。

 しかも、無意識領域をさらけ出しているようなものであり、簡単に負の心に飲まれてしまう危険性を伴う。



 ゆえに、この状態は危険だ。
 

 魔力の過剰供給により、肉体が持たないのなら俺達が魔力を使えばいい。

 だが、魔力を使いすぎたが故に。


 負の心に飲み込まれようとしているのなら。


 俺達に今、できることはない。




 ひたすら安静にして、桜の魔力が安定するのを待つしかない。



 「すまないな、ライダーに桜を任せて」

 「いえ。何かあった場合、私のほうが対処しやすいですし」



 絵的には、男である俺が桜を背負いたい。

 だが、桜を背負ったまま。魔族の不意打ちに反応できるほどの運動能力は俺には無い。



 それに、魔力で編まれた肉体を持つライダーが長時間戦うのは危険だ。 

 桜の意識がない今。

 途中で魔力が枯渇する可能性がある。



 ならば、いざという時。 

 ライダーには逃げてもらい。俺が戦うのが一番の方法。

 俺が投影したままで使っている干将・莫耶で戦うしかない。


 それが、ネギ君と桜を守りながらでも俺達が戦える方法。




 ライダーなら。いつでも、………俺を見捨てて逃げることができるはず。




 ◇






 しばらく歩いていると。焦げた瓦礫の中から走りだしてくる2人の人影が見えた。



 「―――――ネカネお姉ちゃん!」




 そう叫びながら、ネギ君は2人の下に走る。

 魔族かと警戒したが。どうやらネギ君の知り合いのようだ。



 「ネギ、大丈夫?」




 そういいながらネギ君に抱きつく女性と、2人を後ろに庇いながらお爺さんがこちらを警戒している。





 「貴方達は誰ですか? 村では見かけない顔ですが、この村に何の御用ですか」





 ネカネと呼ばれた女性は、ネギ君を抱きながら此方を睨みつけた。

 返答次第では一戦も持さない、そんな気配だ。

 どうしようかと迷っていたが、2人の後ろで蠢く影をみて。





 ――――――何も言わず3人の下に疾走した。



 素早く身構える2人を無視して間をすり抜け、自身に埋没する。

 投影せしは、俺が何度も助けられた盾。



 ―――――ローアイアス≪熾天覆う七つの円環≫


 ギリシャ神話における一大戦争。

 トロイア戦争で使用された英雄アイアスの盾。英霊エミヤが唯一得意とする防御用の兵装だった。

 青銅の盾に牛皮を七枚重ねたもので、何人たりとも防げなかったというギリシャの大英雄ヘクトールの投槍を防いだという。

 投擲兵器に対する絶対の防御力を誇る概念武装であり。
 
 花弁の如き守りはその一枚一枚が古代の城壁に匹敵する。






 魔力が足りない状況で、防具の投影など無茶をしたためか。

 魔術回路が悲鳴をあげ。投影出来た花弁はわずかに4枚。 



 本来、7枚の花弁であるが。今はコレで十分。






 魔族の攻撃から、2人を護る為に間に立つ。

 影が一つだけ別方向に向いてるから変だと思ったが、どうやら当りだったようだ。


 その魔力の塊のような光に歯を食いしばりながら、自身最高の盾を掲げる。



 

 ………だが、あまりにも強力な威力に押し戻されそうになった。



 ―――――馬鹿な。


 投擲兵器に関しては絶対の防御力を誇る筈なのに、下手をすると押し戻されそうになる。

 この攻撃は、宝具に匹敵すると言うのか?



 不完全とはいえ、投影したものとはいえ。宝具だぞ!?





 「3人とも早く逃げろ!」




 そう怒鳴ったが、お爺さんの方はなにやら呪文を唱えている。



 「すまん、もう少し耐えてくれ」


 その言葉の後、老人の魔術が発動した。


 

 ―――――ラゲーナ・シグナートーリア≪封魔の瓶≫






 その呪文と共にあらわれた魔方陣により、目の前の悪魔は小さな瓶に封じられていく。
 
 初めて見る魔術だ。

 俺が知っている魔術自体が少ないのだが。


 俺が知っている魔術とどこか違う気がする。


 それにココは何処なのだ。


 俺達がいた場所と随分違う気がする。



 だが、何にしてもこのままではマズイ。

 2人に今までのことを簡単に説明した後。



 俺達は安全な場所に向かって歩き出そうとしていた。







 ◇





 炎に包まれた村を背後に、私達は山小屋に向かって歩き出した。
 

 先を歩く士郎さんを見ながら、私はさっきの出来事を思い出していた。

 突然、村を襲ってきた魔物達。

 私はスタンさんと崩れかけた家に逃げ込み。ネギの無事を祈っていた。

 凄い雷が落ちた音や魔力の変動に身を竦ませていたが。



 しばらくすると遠くからネギの声と複数の足音が聞こえ、救援が来たのかと安心してネギに走り寄り、その体を抱き寄せた。
 
 感謝の言葉を伝えようと初めて士郎さんを見上げた時。



 ――――私はこの人は「違う」と思った。

 
 
 
 血走った眼で周りを見回しながら、常に体を小刻みに動かすその有様はまるで狂犬ようで、気持ち悪かった。

 その体液で汚れた体は嫌悪感を感じさせ、その両手に握られた剣が。

 まだ何かを斬りたそうに、小刻みに震えているのがとても不吉に感じる。

 


 何よりその体から溢れる殺気が、私の警戒心をかきたて。

 私はネギを背後に庇いながら、詰問の口調で誰何の声を上げていた。

 私の声に反応したのかその人は、落ち着かなかったその眼を私達に向け。

 その場に双剣を捨てながら、私達に向かって走り出してきた。

 混乱しながら攻撃呪文を唱えようと私とスタンさんは身構えたが、その不審者は私達をすり抜け、

 私達の背後にいた悪魔の攻撃から巨大な花弁で私達を護っていた。 





 「3人とも逃げろ」 



 攻撃しようとした私達を護ろうとする行動とその言葉に、私はより混乱した。

 私は混乱したままだったが、スタンさんはすぐ対応しその上級悪魔を封印の壺に封じ込めた。

 その後、振り返った士郎さんは炎を背にして、

 



 「――――ありがとうございます、助かりました」そんな、不思議な事を言った。

 こっちは攻撃しようとしたのに、はじめに助けてくれたのは士郎さんなのに、




 なのに、炎を背にしてこちらを見る笑顔は―――――――とても満ち足りているように見える。
 
 その笑顔になぜか胸が痛んだ。



 私達を護ってくれた人の笑顔は、暖かな日差しのような笑顔だった。

 
 どこにでもいるような普通の笑顔。

 平凡に生きる事を喜べる、そんな笑顔に見えた。


 だから悲しかった。

 こんな笑顔ができる人がさっきみたいな、殺人鬼のような顔になるのが許せなかった。

 私の横で話す、ネギの言葉にあいまいに頷きながら。



 また冷たい眼をしている士郎さんをみて悲しくなる。

 この人にはそんな表情は似合わない、先程の笑顔が本当の表情なのでは? 




 そんな事を思いながらネギが話す2人の活躍を聞いていた。





 ◇


 



 

 別室で処置を終え、居間に戻ると。

 心配そうにこちらを見る、士郎さんがいた。




 「―――――さ、桜は?」

 「大丈夫です、士郎。今はゆっくりと寝ています」

 




 私の変わりに、傍にいたライダーさんが答える。

 ずっと、目を覚まさなかった桜さん。

 
 小屋についてすぐ、彼女の容態が急変した。


 士郎さん達を宥め、別室で治癒魔法を使い。

 その間、私のことを完全には信用していないのか。

 常にライダーさんが傍にいた。




 「―――――ええ。大丈夫でしょうけど………」



 ソコで一息つき。

 2人をにらみつけた。




 「貴方たちは何者ですか?」




 そう、彼らを問い詰めた。

 桜さん。と言ったか。

 彼女の体は非常に危険だ。





 ………いや、危険だった。


 桜さんの体。まるで蟲毒とよばれる呪法を人間の体で試したような。

 
 ムカデ、蜘蛛、サソリ、蝦蟇、ヤモリなどの小動物を、1つの甕にいれ。

 共食いをさせて最後に生き残った1匹が、蟲毒。
 


 甕の変わりに、桜さんの身体を使ったかのような虐待の痕。

 表面こそ、修復されているが。身体にはかなりのダメージがある。


 そう、身体を蟲に食い破られ。

 更に鋭い刃物で切り裂かれた痕。



 まるで、首から手足全てを切り裂かれたような痕。

 どんなに綺麗に治療しようとわかる。


 野球の投手が肩にメスを入れれば復帰が難しいと言われるように。

 酷い怪我は表面を治しても、身体に残るダメージは計り知れない。



 魔力で強引に治し、それを後からもう一度治したようだが。

 それでも、身体には深刻なダメージがある。



 それに身体に澱んだ魔力。


 私が見たことのない、魔力だ。

 白魔法使いとして修行を積んできた私だが、こんな症状は始めてみる。
 




 「―――――本来、助けていただいた恩人に言うことではないですが。貴方達は何者ですか? それにあの桜さんの身体は」



 どういうことなのか?

 人がやったとは思えないほど、残酷な虐待の痕。 

 コレをもし、この人たちがやったのだとすれば。  





 ◆




 
 「―――――本来、助けていただいた恩人に言うことではないですが。貴方達は何者ですか? それにあの桜さんの身体は」

  
 
 
 ネカネさんと名乗った女性は怒っていた。

 その態度に、【やっぱり】と思う。



 この人は魔術師じゃない。

 ここまで優しい魔術師は、俺達の世界ではあまりにも少ない。






 魔術師が桜の体をみて思うことは。


 

 ――――――最高の実験材料がきた。




 としか思わない。


 魔術を研究材料として扱うものにとって。桜の身体は涎を垂らしたくなるほど最高の実験材料だ。

 聖杯を過去埋め込まれ、僅かとはいえアチラに繋がり続ける身体。

 更に、常人では使い切れないほどの魔力量。


 
 それが意識を失った状態で目の前にいる。



 そんな状況の桜を道具として利用しようという魔術師は、吐いて捨てるほどいる。


 そんな考えを持たず。桜の為に何かしようとする者といえば、遠坂ぐらいだろう。



 俺のような特異な『投影』をする。

 ただそれだけで、脳髄を摘出して投影専門の杖にしたがるのが生粋の魔術師という人種だ。


 
 魔術を研究するためならば、『 』に到達すためならば。

 手段を選ばないモノ達。



 だが。この女性。ネカネ・スプリングフィールドは、桜の体をみて怒っている。

 利用するでもなく、俺達を出し抜こうとするでもなく。



 いくら戦闘能力が高いとはいえ、俺とライダーにとって。

 桜がいなくなれば、なにもできない。



 にもかかわらず、彼女は桜のために怒っている。

 


 ―――――ありがたいと思う。



 桜のことを心配してるからこそ、怒りがわく。

 世の中の理不尽に怒れるのならば。


 彼女は、非常識なコッチの世界にいても。人としての常識を失ってはいないということだ。



 だが、これで解らなくなった。

 うすうす感じてはいた。


 先ほどナギが言った言葉。




 ―――――「多分な。かなり高位な魔法使いじゃないと無理だろうが。俺が知ってる奴の中にはアレを解呪できる奴はいねぇ」





 「魔法使い」俺達にとって、ありえない単語。

 現代における魔法は5つであり魔法使いも5人。これが定義であり事実。



 それに。生き物をやめているものばかりのはずだ。

 にもかかわらず。まるで親しい友のように。


 「魔法使い」と言った。



 そして、スタンさんとネカネさん。彼らも、魔法使いと名乗った。


 
 
 彼らに特別な力は感じない。

 現代の技術で再現できないものが、魔法。



 だが、彼らの術は威力こそ違え。「魔術」と大差がない。

 そして、ココにくる前に見た。七色の光。

 




 ――――――キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ 



 その人であろうか。

 だが、コレにも疑問がある。

 
 
 彼は、「人助け」をするほど殊勝な性格ではない。

 遠坂の言葉だが。

 宝石の翁と呼ばれる人物は、弟子のほとんどを廃人にさせるという。

 

 遠坂が魔術協会で、弾劾裁判を受けようとした時。

 助けたこと事態、本来ありえないこと。



 そして、宝石剣が作れ。魔法の真似事ができる可能性がある弟子の言葉とはいえ。



 ………あの宝石の翁が俺達を助けるために、異世界に送るなどということをするだろうか?



 


 「――――衛宮さん。聞いてるんですか?」

 



 思考しすぎて、自分の世界に入っていたようだ。

 胡乱な眼で、ネカネさんが俺を睨んでいる。


 本来、俺達の出自など黙っておくに越したことはない。

 それにこれからどうなるのか、解らない以上。



 最悪、ここから逃げ出すことも考えなくては。



 そう思ったとき。視界の片隅にネギ君がみえた。



 その姿に、奴との約束を思い出す。


 ナギ・スプリングフィールドに頼まれた事。

 彼を守る。そして、「スタンさんを頼れ」といった。



 目の前には、守るべき人。

 そして、俺達がこの世界で生きるために必要である人達。



 そして、俺は。

 永い話を始めた。





 ◇






 眼を開けると。そこは知らない天井だった。



 「―――桜。気がつきましたか」



 その声に横を向くと、ライダーがいた。

 聖杯戦争が終わってから、ずっと私と一緒にいてくれた大切な仲間。




 「ライダー。ココは? それに先輩は?」



 私の質問に、ライダーは軽く頷き。

 「落ち着いて聞いてください」そういってから話し始めた。




 おそらくココが異世界であること。

 そして、表はほとんど同じでありながら。

 裏に関してはまったく違うということ。


 
 そのことを、ココで出会った3人にはもう先輩が話したということ。



 「先輩が?」



 私がこんな体になってから、何時も気にかけてくれた先輩が。

 治療のためとはいえ、他人に私の体を預けたということが信じられない。

 


 「――――私、そんなに危険だったの?」




 私の言葉にライダーは小さく頷いた。

 
 たとえるなら魔術師はエンジンであり、どんな小さなエンジンでもアクセルを踏み続ければ限界以上のスピードが出る。

 といわれている。

 これは、私の体ではより顕著になる。


 元々、聖杯として。そしてマキリの胎盤としてだけに使われるべき身体。

 次回の聖杯戦争まで持てばいい。と使い捨ての道具であった身体。



 はっきり言えば、ポンコツ寸前の身体と。

 更に黄金のサーヴァントに宝具によって、傷つけられた身体。



 エンジンで言えば傷だらけだ。


 しかも、ガソリンだけは常に満タン状態。


 ポンコツのエンジンを常にフル活動で動かし続ければ、あっという間にジャンクヤード行きだ。





 その傷ついた体を治す技術は、先輩にもライダーにもない。

 だから、目の前にいる人にすがるしかなかった。



 ――――それは解る。



 でも。




 「信用できるの?」

 「――――はい。おそらく」
 


 
 ――――珍しい。



 ライダーが、私達以外をここまで信用する姿を初めて見た。

 私の視線を感じたのか。




 「桜を救おうとしたネカネの姿。そして、その傷痕を見たときの怒り。彼女は信頼できると思います」




 ライダーが優しく微笑む姿をみて、少しほっとした。

 彼女がそういうのなら、大丈夫だと思う。

 

 
 「ライダー、先輩は?」 

 「もう少し、向こうで話があるようです。桜はもう寝てください」





 後のことは、私がやる。

 そう、ライダーの声が聞こえ。


 最後に向こうで先輩の声が、小さくなっていくのを聞きながら。



 私は、意識を手放していった。


〈後編へ続く〉

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