「ワルプルギスの夜・第十幕」


背中から急に羽が……高機能な変異性遺伝子障害を思い出してしまったのは秘密だ。
「飛べない翼に意味はあるのか?」、なんて名ゼリフがあるらしいけど……羽ばたくことさえしない「翼」なら、意味はないよな。

「……刹那ってアレだ、美的感覚がおかしかったんだ」

カワイソウに。「ちびせつな」みたいな犯罪的に可愛いものを作り出せるのに、なんであの白い翼を「醜い」だなんて言えるんだ?――って。

「時にアスナ。お前はさっきから何、俺のことを見てニヤニヤしてやがる?」
「うん〜、別に〜?」

ウソだ!! どっかの田舎で暮らす少女が見えた。

「ジロー、前から言おうと思ってたんだけどさー」
「ああ」
「刹那さんには妙に優しいよねー」
「麻帆良に来て最初に、俺を仲間として認めてくれた連中の一人だからな」

自分勝手で、ネギに依存しているようにしか聞こえない俺の言葉を笑うことなく、認めてくれた刹那達。自分を認めてくれる存在が、あの時の俺にとって、どれだけありがたかったことか。俺の答えに納得していないのか、アスナが訝しげに聞いてくる。

「え〜と、それだけ?」
「俺は刹那のこと、かけがえのない大切な友人だと思っているけど……ダメなのか?」
「……別に。いいんじゃない? 本人には言わない方がいいと思うけど」

本人に言わない方がいい……え? もしかして俺って……

「実は俺って嫌われてる……?」
「はあ……なんでそっちになるのよ」
「ジローさん……」
『相棒……』

確かに今日は刹那のこと泣かしたし、仮契約のためとはいえ「アンナコト」があったし……しまいには、さっき抱きしめた。相手は年頃の娘さんだ。嫌われる要素ありすぎで、泣きたくなってくる。

「セクハラなんてレベルの話じゃねえし……」

こいつらの俺を見る視線の温度が低いのも、それが原因だな。これからは、刹那の頭を撫でたりするのは止めよう、うん。

「反省はここらで終えるとして……よう、白髪頭」
「……」
「そ、そうね。ネギ、大丈夫?」
「大丈夫です。さ、さて……ここから、どうしようかカモ君?」
『ど、どうすっかな。相棒、何か手は?』

俺達の前方。さっきから、橋の真ん中に白髪頭が立っていた。ずぶぬれにされたわりに顔は無表情で、まったく気にしているようには――

「……障壁越しとはいえ、あんな威力で蹴られたのは初めてだよ」
「……ハンッ! 伝説の無反動キックだからな。五百五十五のライダーでもいいけど」
『? 気をつけろよ相棒! 奴の障壁の固さは普通じゃねえ!!』

けっこう怒ってそうです。この子、目がギラギラしてます、ばあちゃん!
まあ、怒っているのはこいつだけじゃないけど。後ろで座り込んでいるネギとアスナに目をやる。視界が掠れてよく見えないが、ボロボロにされているのはわかった。

「本山ではよくも串刺しにしてくれたな、とか、みんなを石にするなんていい度胸じゃねぇか、とか、言いたいことは山積みだけど……」
「…………」

右は腰だめに、左は前方に伸ばして掌は上に向ける。視覚が頼りないので、全神経を集中し、自分の髪の毛一本にさえ意識を持たせる。そして、最高の『餌』を用意した。

「まさか、ネギ達の世話までしてくれるとはなぁ? のしてやるからさっさと来い、このクソガキ」
「……」
「ちょ、ジロー! あんたなに挑発してんの!?」
「あ、あれ……ジ、ジローさん……?」

こころなしか、白髪頭の目つきが鋭くなった。あぁ? ガンの付け合いで俺に勝つ気か?

「そんな風に挑発されたのも初めてだよ、お兄さん」

体を溶かしながら進んでいるのかと錯覚させる『程度』のスピードで踏み込み、迷いのない拳を、俺の胴体目掛けて打ち込んでくる。こいつが穴開けた俺の腹に向け、空気を揺らして。
肌で空気の振動を感じた瞬間、伸ばした左手を、相手の拳に絡めるように掴んで脇に流す。『太極拳・掩手肱拳最終動作』。型の順序も違うし、これから殴る場所も適当だけど。

「!」
「相手がケガしたトコ晒してるからって、狙いが正直すぎるな」

小太郎にも言ったけど、動きの速さと攻撃の速さは違うんだよ、阿呆。胸中で罵りながら重心を打ち出し、腰だめに置いた右拳に乗せて発射する。
障壁の固さがどうとか、カモが言っていたが―――くたばれ。

「『障壁突破・閃花・紅蓮』」
「!!」
『なあぁっ!?』

何枚か紙を突き破ったような感触の後、拳から花が咲くように爆炎が閃く。白髪頭の顔に命中すると同時に、拳に纏わせた『魔法の射手』の爆音が轟き、顔から煙を上げて白髪頭の体が放物線を描く。最終的に水柱をこさえて、水中に消えた。……思った以上にしょぼい威力。そろそろやばいか? 立ちくらみに耐えて、「地獄に落ちろ」とばかりに左手の親指を下に向ける。

「ゴフッ……ヒュウ、コヒュッ……あ、あの世で武術のイロハを勉強しろ。イロイロと世話になったお礼だ、授業料はさっきの一発で許してやる」
「ス、スゴイ……」
「……あんた、足震えてるわよ……あり得ない位」
『ア、ア……アホだ! 素手で『障壁突破』を使うなんて』
「……黙れカモ」

手だけ障壁の中に突っ込んで、『閃花・紅蓮』を爆発させちゃいました。爆竹を握ったまま破裂させる数十倍の衝撃。指がちぎれなかっただけマシだが、さっきので、右の拳が使い物にならなくなった。どうしよう、痛いぃぃっ!!?

「さ、さて、刹那の方はどうなったかな?」

空の上には、このかを抱きかかえる刹那の姿。やっぱ零改は強かったか。千草程度じゃ、相手にもならなかったようだ。

「刹那さん、このかさん……よかった……」
「キレイ……」
「あー、そうだな」

安堵したネギの声と、ポーッとなったアスナの声。アスナの呟きはよくわかる。
三日月を背景に、長い黒髪の少女を守るように抱く、翼を持つ少女。神秘的だが、遠目にたぶん微笑み合っている幼馴染の姿は、見ている俺達も和ませた。

「絵になるねー」
『ああ、そうだな……』

白髪頭の始末にこのかの救出。これで目下の問題は解決。

「後はあそこのでくの坊をどうするか、だな……」
「あっ、忘れてたわ……」
『あ、姐さん……忘れてたんスか?』

それはすごい。アスナ、やっぱお前は普通の女子中学生じゃないよ。

「ジローさん、何か方法は……あれを倒すような方法は無いの?」
「倒す方法は……無理だな、ありゃ」
「そんな……」
「どうしても倒したいなら、難波根子武振熊(なにわねこたけふるくま)でも呼んでこないと」
「ど、どんな動物よソレ!?……猫? クマ?」

俺の言葉に落胆するネギ。アスナ、お前って本当に不憫な子だな。『日本書紀』で「リョウメンスクナ」を倒した英雄を知らないなんて……夕映ちゃんなら知ってるぞ?

「こら、倒す方法が無いって言われただけで、すぐに諦めるな」
『で、でもよ相棒……』

気持ちはわかるけど。「リョウメンスクナ」を制御するのに必須だったはずのこのかは奪還できたんだが……たぶん、それで暴走したんだろうな〜。お約束だし。見た目、〇号機っぽいし。今も手ぇ振り回して吼えまくってるし。怖えぇ。

「まあ、がんばったらなんとかなるんじゃないか? 明日には応援が来るだろうし。「倒す」のが無理な場合、どうすればいいのか……ネギ、お前は知っているんじゃないのか?」
「え…………え?」
「やった覚え、あるよな? 大停電の日に」

俺の問いかけに意味がわからないという顔から、徐々に信じられないものを見た顔になる。

「しょ、正気ですかジローさん!?」
「きゃっ!? いきなり叫ばないでよネギ!」
『兄貴、どうしたんだよ?』
「倒すのが最高の選択だ。でもそれが実力・条件で難しいのなら、それ以外の最良の選択を選べばいいんだ、ネギ」
「で、でもあれは――!?」
『フフフ……相変わらず愉快なことを考える奴だな。ゴホン、聞こえるか坊や? わずかだが、貴様の戦いを覗かせてもらったよ――』
「こ、この声……これってまさか!」
『ああ、姐さん!!』

俺の「選択」を現実的に不可能だと言いかけたネギを止めたのは、意外な人物だった。

『さっきの作戦も見事ではあったが……貴様は少し、小利口にまとまり過ぎだ。そこの馬鹿使い魔みたいに、もう少し弾けた方がいいな。今からそれじゃ、とても親父には追いつかんぞ?』
「エヴァンジェリンさん……」

エヴァ、親父に追いつくんじゃない、追い抜くんだよ。もしくは――今考えることじゃねえか。

「……その辺は、ゆっくり学んでいけばいいよ、ネギ」
「あうっ」

座り込んだネギの頭に手を置き、エヴァに話しかける。

「エヴァ、どの位持ち堪えたらいい? 体力・魔力ともにきつめ……つーか、傷からもう、血が出てこなくなってきた」
『フン! まだ限界ではないハズだ。坊やに「悪あがき」や「意地」を見せてやる、いい機会じゃないか。坊や、そこの男がやること、ちゃんと見ておくんだぞ……ジロー、三分だ。それだけ持ち堪えたら、私が全てを終わらせてやる!!』
「ふーん……三分、ね。了解」

言うだけ言って途切れる、エヴァの念話。

「いい機会って……鬼か、あいつ? 吸血鬼も鬼の一種だったか……ネギ、エヴァに言われた通り、よく見ておくんだぞ」
「ジローさん……」
「お?」

頭上に影が差したので見上げると、このかを抱いた刹那が降りてきた。

「ジローさ……先生! ネギ先生! 申し訳ありません、鬼神が……」
「よう、ちゃんと助けられたみたいだな、刹那」
「このかさん! 刹那さん!」
「こ、このかー!!」
「ネギくんにジロー君、アスナ……みんな、ありがとうな」

頭を下げて礼を言うこのかにアスナは抱きつき、ネギもホッとした表情になる。湖の真ん中で暴れる鬼神さえいなけりゃ、大団円なんだけど。どこまでも無粋な奴だ。

「それじゃ、ネギ。時間稼ぎに行ってくるから、ここでちゃんと見ておけよ? みんなも危ないかも知れんから、ここで待つように」
「ジローさん……本当にやるんですか?」
「え……ジロー先生?」
「なんかするんか、ジロー君?」
「さっきから私達そっちのけで……何する気かぐらい教えなさいよ、ジロー!」
「何する気って……エヴァがこっちに来るまでの時間稼ぎ。あそこで暴れてるでくの坊を、結界で足止め」
『は、はあっ!!?』
「え〜と……マジ?」
「マジ。それじゃ、行ってくる」

なにやら鬼神が動き出しそうだったので、固まってしまったアスナ達を置いて走り出す。
そんな俺を、ネギが呼び止めた。

「ジローさん!」
「どうしたネギ」
「その……がんばって!!」
「なに、三分待ったら光の……闇の巨人が助けに来てくれるんだ。そんなに心配するな」

それだけ言って、再び駆け出した……千鳥足で。こ、この位、毎週、三分で敵を倒さなきゃいけない「彼」に比べたら楽勝だ――

「いいトコ取りの『闇の福音』」


『あーーーーれーーーーー』
「…………アホがいる」

湖の中心近く。祭壇の端っこまで来た俺が見たのは、山の方に向かって放り投げられるメガネの姉ちゃんだった。
たぶん、暴走した「リョウメンスクナ」にとっ捕まって、放り投げられたのだろう。握り殺されたりしなかっただけ、運が良かったと言える。

『グオオオオ・・・!』
「近くで見ると、また大きいことで……」

さあ、三分間、ボロボロになった使い魔の意地を見せてやろうか。全身の魔力をかき集めて両腕に集中。暴発寸前まで高めた魔力に、放電現象が起きる。
やはり本山で受けた傷が大きいのか、全身を虚脱感が襲う。歯を食いしばってそれに抗い、手を振り上げると、「リョウメンスクナ」を囲む円形の魔法陣が現れた。

「っの、おらあああぁぁっ!!」
『グオオ・・』
「ぐっ……!」

怪力・俊足の鬼神様のわりに、簡単に障壁で囲むことに成功する。それと同時に、体のだるさがネズミ算で増して来た。閉い場所が嫌いなのだろう。鬼神が圧迫する障壁を砕こうと拳を落とす度、体が砕けるような衝撃が走る。

「づぅ……リョウメンスクナ、『神聖なる喜劇』で、異端は火と焔の墓孔で焼かれるって知っていますか? 勝手に異端にされた側からしちゃ、迷惑な話だろうけどな」
『ガアアアアアアっ!!』
「……エヴァにトドメは任せるけど、出来るだけのことはさせてもらう!!!」

鬼神の頭上を睨み付けるようにして、魔法陣を描き出した。そこから撃ち出すのは、火で出来た球体。ウェールズで、魔法学校の校長に無理言って覚えさせてもらった魔法。

『火神の鉄槌』

超小型の太陽に似た火炎球が結界内で膨張し、その巨体を舐めまわす。体のあちこちから煙を上げて叫ぶ「リョウメンスクナ」に、多少の同情を進呈だ。

「いきなり叩き起こされた上に、閉じ込められて焼かれて……気分最悪なのはわかるけど、大人してくれ。あと…………腕痛いから結界殴るな!!!」
『グガアアッ!!』

頼んだところで、声が届くはずもなく。もう何発か喰らわせれば大人しくなるかと思って、再び左手を振りかざす。そして、ホントにホントの最後となる『意地』を放った。

「『火神の鉄槌!』『火神の鉄槌!!』『火神の鉄槌!!!』」
『グ……オオオオオオ!』

結界を維持できると思える分だけ残して、節約していた魔力を全て攻撃に回す。少しでも多く魔力を残した方がいいように見えるけど、結界を殴られる度に腕から嫌な音がするのよ。それと、半分ヤケクソってのもあるけど、俺はやられたらやり返すタイプだ。
湖の水が膨大な水蒸気を生み、鬼神が風呂の中にいるようにも見える。

「はあっ、はっ、ぜー……思えば俺も、ずいぶん規格外になったもんだ。あのクラスの『鬼』を灰に出来るのかはわからないけど、体調が万全なら、あれぐらい倒せそう……かなぁ?」
『ゴオオオオ……』

鬼が優秀な「刀鍛冶」だったなんて話のように、一説で「金属の象徴」や「火の化身」と呼ばれたりするほどに、鬼は火に強い。
足止めで戦った鬼ぐらいなら問題ないのだが、あそこまで大きいのを消し飛ばすのは難しいだろう。俺の使える攻撃魔法って炎ぐらいだし。補助や障壁に関しては、ネギやネカネさんのおかげで、それなりのバリエーションがあるんだけどなあ。
とにかく、俺が使える「炎の魔法」で火や鉄鉱石の化身、しかも「鬼神」を倒すってのは、「赤」「青」「緑」の「火のトカゲ」最強状態で、四天王の「海龍」を倒すなんて言っているようなもの。レベル次第なんだろうが――

「今の状態じゃ、厳しすぎるなぁ……」

脇腹の傷がさっきから熱い。右の拳も、見て気持ちのいいものではない。体力は小太郎と戦った時点で空に近かったし、魔力だって、結界を維持するだけしか残していない。ちくしょう、早く休みたいぞ。うっっぷ……は、吐きそうだ。

『グウウウウ!』
「動くんじゃ……ねえ!! このっ……!」

「リョウメンスクナ」の足を止め始めて今で約一分。あと二分ぐらい。そう考えた時、俺のすぐ横から、疲れと眠気が飛ぶような怖気を感じた。

「っ!? おいおい……」
「……直接、顔に拳を入れられたのも初めてだったよ」

横に立っていたのは、先ほど殺したと確信できる感触で殴り飛ばした白髪頭。殴るだけじゃなくて、『閃花・紅蓮』でトドメを刺したはずなのに。あれも分身だったのか?

「お兄さんの名前、聞いていないけど――」
「ぐっ……」

ゆっくりと構えられる拳に、嫌な汗が流れる。ここで束縛を解けば、「リョウメンスクナ」を捕らえる魔法はもう使えない……しかし、こいつに殺されたら結果は一緒。

「今のうちに消えてもらった方が良さそうだし……さようなら、お兄さん」
「くそっ……」

当たれば俺を撲殺していただろう、白髪頭の拳は―――

「ウチのぼーやと使い魔が世話になったようだな? 若造」
「影を使った転移魔法?……ぐっ!」

俺の影から生えてきたエヴァに捕まれ、停止した。エヴァが、障壁を無視して白髪頭を殴る。大砲の発射音が響き、白髪頭が水面と並行に飛んでいく。
川原の石みたいに水切りを行い、俺が殴り飛ばした時と同じく水柱を上げて、白髪頭は水中に沈んだ。威力の違いから来る放物線と水平の差だけは、いかんともし難かったが。

「ふんっ」
「俺とネギは、いつお前のものになった? まあいいか……早かったな、エヴァ」
「はい。マスターはジロー先生達のことが大変心配だったようで、学園長に「孫娘の命が惜しければ、さっさと儀式を終わらせろ」と――」
「この、なに戯けたことを喋ってる!? この、巻くぞボケロボ!……そ、それと、さっきのでこの間の借りは無しだからな、ジロー!」
「ああ――そんなに勢いよく巻かれては――」

「この間の借り」というのが何かわからんが……相変わらず仲のいい主従を眺めていると、さっきの水柱を見て心配になったのか、ネギ達が走ってきた。ん? ネギの走り方、重心が偏っている……足、ケガしていたのか? ああ、クソッ、中途半端に見えねぇ。

「ジローさん、何があったの!?……って」
「ちょっと、待てって言われたでしょ!……って、エヴァちゃん!?」
「ふふっ、ちょうどいいところに来たな、ぼーや。ジローの意地はちゃんと見たか?」
「……はい!!」

それはよかった。ネギに何らかの形で、いい影響を与えてもらいたいものだ。何故か、こちらの願いの斜め上をかっ飛んでいきそうだが。

「さて、よくやったなジロー。ここからは私に任せろ。あっ、結界は解くなよ」
「……やっぱ鬼だ、こいつ……くっ」
「お体の方は大丈夫ですか? 申し訳ありません、ジロー先生。マスターが装備を整える時間も惜しいと、私もずっとお側に待機していたので、結界弾を持って来ていないのです」

自信満々で俺に交代と言ったくせに。そう思った俺に謝ったのは茶々丸だった。
……何だかんだで、心配してくれたということか。

「そういうことなら仕方がない。心配してくれたんだな。ありがとう、茶々丸」
「い、いえ――」
「……お前、わざと私のこと無視したか?」
「イイエ、滅相もアリマセン」

どうでもいいけど、早くしてくれ。魔力が枯渇する……寝るぞ? 疲れすぎて冬眠すっぞ?

「すまん、そろそろきつくなってきた……」
「ふん、仕方あるまい。ごほん! ぼーや、いいか? このような大規模な戦いで、魔法使いの役目とは「究極的にはただの砲台」! つまりは火力が全てだ!!」
「は、はあ……」
「ふはははは! 私が今から最強の魔法使いの、最高の力を見せてやる!!」

某・光の巨人と同じポーズで空へ舞い上がるエヴァの姿はすぐに――止まった。

「……」
「……何してる? 早くしてくれないと、そろそろ結界が……」
「いいな、お前達! よーーーく見とけよ! 私の力を!」
「は、はいっ!」
「こないだ負けたの、そんなにくやしかったのかなー」
「まあ、半分以上は遊びだったけど、勝負は勝負だしな……」

どうでもいいからサッサと行けやゴラァー!!? 腕が千切れそう?なんです……!

「大丈夫ですか、ジロー先生?」
「ううぅ……ありがとな、茶々丸。どっかの主人に似ず、お前は優しいよ……」
「――い、いえ、後で私が手当てしますので、もう少しだけガンバッテください」
「わかった、茶々丸のためにがんばるよ」
「!――あ、ありがとうございます」
『相棒……お前って奴は』
「カモもサンキューな」
『……ガ、ガンバだぜ、相棒!』

心配そうに気遣ってくれた茶々丸達のために、あと少しだけ気張りますか。もう、疲れた、眠いなんて単語が可愛く見えるレベルだし。一緒一緒。

「ネギ。エヴァがこれからすること、見逃すなよ? たとえ真似は出来なくても、良質の手本は絶対に役に立つ」
「え?……あ、うん」

さあ、もうすぐフィナーレだ。舞台は地獄から煉獄へ。
同情するよ、「リョウメンスクナ」―――

〈sideエヴァ〉

『グゴオオオオ!』
「ふん。ジローの奴め、いらん真似をしおって……」

視界の下でもがく鬼神を見ながら、私は鼻を鳴らした。きついと言っていたくせに、鬼神を捕らえるだけに飽き足らず、多少だが、きっちりダメージを負わせているじゃないか。

「しかも『神聖なる喜劇』に見立ててとは、洒落た真似をする」

やはり使い魔にしておくには惜しい男だ、あいつは。魔法使い好みの演出だ。

「クククッ、せっかく舞台を整えてくれたんだ。覚悟しろよ? 鬼神とやら。地獄の次は、永遠に続くコキュートスだ――」

さあ! 舞台は第二部。歌を歌おうじゃないか!

「『リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!契約に従い・我に従え・氷の女王!来たれ!とこしえのやみ!えいえんのひょうが!!』」

私の魔法が鬼神に炸裂する直前、ジローが維持していた結界が霧散する。結界ごと凍らせるつもりだったのだが、余計な気を回しおって。まあ、限界ギリギリだったこともあるのだろうがな。
全身を霜に覆われ、体を氷の槍で貫かれた鬼神が小さく鳴いている。

『グオオオオオオ……』
「くくくく、最下層の堕天使の様だなぁ……ほぼ絶対零度、150フィート四方の広範囲完全凍結殲滅呪文だ。貴様程度のデカブツでは防ぐことも適わぬぞ――」

……ジローとの「ダンス」なら、これで終わることはあるまい。今度、「別荘」に招待してやるか? ちょうどいいレベルで踊れるだろう。
以前の停電の夜と違い、久々に全力を出せることに気分を良くしながら、私は高らかと歌い続ける。

「我が名は吸血鬼エヴァンジェリン!! 『闇の福音』!! 最強最悪の、悪の魔法使いだよ!! アハハハハハハ!!!」

さあ、幕引きだ。煉獄を巡ったんだ、次は天国に逝ってもらわんとなぁ?

「『全ての命ある者に等しき死を!其は安らぎ也!――』」
『……!?…!!』

おや? 鬼神ともあろうモノが恐怖を感じているのか。滑稽だ、まさに喜劇。

「『おわるせかい』……フッ、砕けろ」

指で弾いた幕引きの音。
突っ立っていたデカブツの氷像に次々とヒビが入り、湖へ砕けながら落下していく。周囲に響く水音が、舞台で演じた役者達へのカーテンコールに聞こえないこともない。

「フフッ、舞台の最後を飾るに相応しい演出にしてやったぞ。これで貸しひとつ、と♪」

なかなか楽しめる舞台だったよ、ぼーや、ジロー―――




「いいトコ取りの『闇の福音』」


『あーーーーれーーーーー』
「…………アホがいる」

湖の中心近く。祭壇の端っこまで来た俺が見たのは、山の方に向かって放り投げられるメガネの姉ちゃんだった。
たぶん、暴走した「リョウメンスクナ」にとっ捕まって、放り投げられたのだろう。握り殺されたりしなかっただけ、運が良かったと言える。

『グオオオオ・・・!』
「近くで見ると、また大きいことで……」

さあ、三分間、ボロボロになった使い魔の意地を見せてやろうか。全身の魔力をかき集めて両腕に集中。暴発寸前まで高めた魔力に、放電現象が起きる。
やはり本山で受けた傷が大きいのか、全身を虚脱感が襲う。歯を食いしばってそれに抗い、手を振り上げると、「リョウメンスクナ」を囲む円形の魔法陣が現れた。

「っの、おらあああぁぁっ!!」
『グオオ・・』
「ぐっ……!」

怪力・俊足の鬼神様のわりに、簡単に障壁で囲むことに成功する。それと同時に、体のだるさがネズミ算で増して来た。閉い場所が嫌いなのだろう。鬼神が圧迫する障壁を砕こうと拳を落とす度、体が砕けるような衝撃が走る。

「づぅ……リョウメンスクナ、『神聖なる喜劇』で、異端は火と焔の墓孔で焼かれるって知っていますか? 勝手に異端にされた側からしちゃ、迷惑な話だろうけどな」
『ガアアアアアアっ!!』
「……エヴァにトドメは任せるけど、出来るだけのことはさせてもらう!!!」

鬼神の頭上を睨み付けるようにして、魔法陣を描き出した。そこから撃ち出すのは、火で出来た球体。ウェールズで、魔法学校の校長に無理言って覚えさせてもらった魔法。

『火神の鉄槌』

超小型の太陽に似た火炎球が結界内で膨張し、その巨体を舐めまわす。体のあちこちから煙を上げて叫ぶ「リョウメンスクナ」に、多少の同情を進呈だ。

「いきなり叩き起こされた上に、閉じ込められて焼かれて……気分最悪なのはわかるけど、大人してくれ。あと…………腕痛いから結界殴るな!!!」
『グガアアッ!!』

頼んだところで、声が届くはずもなく。もう何発か喰らわせれば大人しくなるかと思って、再び左手を振りかざす。そして、ホントにホントの最後となる『意地』を放った。

「『火神の鉄槌!』『火神の鉄槌!!』『火神の鉄槌!!!』」
『グ……オオオオオオ!』

結界を維持できると思える分だけ残して、節約していた魔力を全て攻撃に回す。少しでも多く魔力を残した方がいいように見えるけど、結界を殴られる度に腕から嫌な音がするのよ。それと、半分ヤケクソってのもあるけど、俺はやられたらやり返すタイプだ。
湖の水が膨大な水蒸気を生み、鬼神が風呂の中にいるようにも見える。

「はあっ、はっ、ぜー……思えば俺も、ずいぶん規格外になったもんだ。あのクラスの『鬼』を灰に出来るのかはわからないけど、体調が万全なら、あれぐらい倒せそう……かなぁ?」
『ゴオオオオ……』

鬼が優秀な「刀鍛冶」だったなんて話のように、一説で「金属の象徴」や「火の化身」と呼ばれたりするほどに、鬼は火に強い。
足止めで戦った鬼ぐらいなら問題ないのだが、あそこまで大きいのを消し飛ばすのは難しいだろう。俺の使える攻撃魔法って炎ぐらいだし。補助や障壁に関しては、ネギやネカネさんのおかげで、それなりのバリエーションがあるんだけどなあ。
とにかく、俺が使える「炎の魔法」で火や鉄鉱石の化身、しかも「鬼神」を倒すってのは、「赤」「青」「緑」の「火のトカゲ」最強状態で、四天王の「海龍」を倒すなんて言っているようなもの。レベル次第なんだろうが――

「今の状態じゃ、厳しすぎるなぁ……」

脇腹の傷がさっきから熱い。右の拳も、見て気持ちのいいものではない。体力は小太郎と戦った時点で空に近かったし、魔力だって、結界を維持するだけしか残していない。ちくしょう、早く休みたいぞ。うっっぷ……は、吐きそうだ。

『グウウウウ!』
「動くんじゃ……ねえ!! このっ……!」

「リョウメンスクナ」の足を止め始めて今で約一分。あと二分ぐらい。そう考えた時、俺のすぐ横から、疲れと眠気が飛ぶような怖気を感じた。

「っ!? おいおい……」
「……直接、顔に拳を入れられたのも初めてだったよ」

横に立っていたのは、先ほど殺したと確信できる感触で殴り飛ばした白髪頭。殴るだけじゃなくて、『閃花・紅蓮』でトドメを刺したはずなのに。あれも分身だったのか?

「お兄さんの名前、聞いていないけど――」
「ぐっ……」

ゆっくりと構えられる拳に、嫌な汗が流れる。ここで束縛を解けば、「リョウメンスクナ」を捕らえる魔法はもう使えない……しかし、こいつに殺されたら結果は一緒。

「今のうちに消えてもらった方が良さそうだし……さようなら、お兄さん」
「くそっ……」

当たれば俺を撲殺していただろう、白髪頭の拳は―――

「ウチのぼーやと使い魔が世話になったようだな? 若造」
「影を使った転移魔法?……ぐっ!」

俺の影から生えてきたエヴァに捕まれ、停止した。エヴァが、障壁を無視して白髪頭を殴る。大砲の発射音が響き、白髪頭が水面と並行に飛んでいく。
川原の石みたいに水切りを行い、俺が殴り飛ばした時と同じく水柱を上げて、白髪頭は水中に沈んだ。威力の違いから来る放物線と水平の差だけは、いかんともし難かったが。

「ふんっ」
「俺とネギは、いつお前のものになった? まあいいか……早かったな、エヴァ」
「はい。マスターはジロー先生達のことが大変心配だったようで、学園長に「孫娘の命が惜しければ、さっさと儀式を終わらせろ」と――」
「この、なに戯けたことを喋ってる!? この、巻くぞボケロボ!……そ、それと、さっきのでこの間の借りは無しだからな、ジロー!」
「ああ――そんなに勢いよく巻かれては――」

「この間の借り」というのが何かわからんが……相変わらず仲のいい主従を眺めていると、さっきの水柱を見て心配になったのか、ネギ達が走ってきた。ん? ネギの走り方、重心が偏っている……足、ケガしていたのか? ああ、クソッ、中途半端に見えねぇ。

「ジローさん、何があったの!?……って」
「ちょっと、待てって言われたでしょ!……って、エヴァちゃん!?」
「ふふっ、ちょうどいいところに来たな、ぼーや。ジローの意地はちゃんと見たか?」
「……はい!!」

それはよかった。ネギに何らかの形で、いい影響を与えてもらいたいものだ。何故か、こちらの願いの斜め上をかっ飛んでいきそうだが。

「さて、よくやったなジロー。ここからは私に任せろ。あっ、結界は解くなよ」
「……やっぱ鬼だ、こいつ……くっ」
「お体の方は大丈夫ですか? 申し訳ありません、ジロー先生。マスターが装備を整える時間も惜しいと、私もずっとお側に待機していたので、結界弾を持って来ていないのです」

自信満々で俺に交代と言ったくせに。そう思った俺に謝ったのは茶々丸だった。
……何だかんだで、心配してくれたということか。

「そういうことなら仕方がない。心配してくれたんだな。ありがとう、茶々丸」
「い、いえ――」
「……お前、わざと私のこと無視したか?」
「イイエ、滅相もアリマセン」

どうでもいいけど、早くしてくれ。魔力が枯渇する……寝るぞ? 疲れすぎて冬眠すっぞ?

「すまん、そろそろきつくなってきた……」
「ふん、仕方あるまい。ごほん! ぼーや、いいか? このような大規模な戦いで、魔法使いの役目とは「究極的にはただの砲台」! つまりは火力が全てだ!!」
「は、はあ……」
「ふはははは! 私が今から最強の魔法使いの、最高の力を見せてやる!!」

某・光の巨人と同じポーズで空へ舞い上がるエヴァの姿はすぐに――止まった。

「……」
「……何してる? 早くしてくれないと、そろそろ結界が……」
「いいな、お前達! よーーーく見とけよ! 私の力を!」
「は、はいっ!」
「こないだ負けたの、そんなにくやしかったのかなー」
「まあ、半分以上は遊びだったけど、勝負は勝負だしな……」

どうでもいいからサッサと行けやゴラァー!!? 腕が千切れそう?なんです……!

「大丈夫ですか、ジロー先生?」
「ううぅ……ありがとな、茶々丸。どっかの主人に似ず、お前は優しいよ……」
「――い、いえ、後で私が手当てしますので、もう少しだけガンバッテください」
「わかった、茶々丸のためにがんばるよ」
「!――あ、ありがとうございます」
『相棒……お前って奴は』
「カモもサンキューな」
『……ガ、ガンバだぜ、相棒!』

心配そうに気遣ってくれた茶々丸達のために、あと少しだけ気張りますか。もう、疲れた、眠いなんて単語が可愛く見えるレベルだし。一緒一緒。

「ネギ。エヴァがこれからすること、見逃すなよ? たとえ真似は出来なくても、良質の手本は絶対に役に立つ」
「え?……あ、うん」

さあ、もうすぐフィナーレだ。舞台は地獄から煉獄へ。
同情するよ、「リョウメンスクナ」―――

〈sideエヴァ〉

『グゴオオオオ!』
「ふん。ジローの奴め、いらん真似をしおって……」

視界の下でもがく鬼神を見ながら、私は鼻を鳴らした。きついと言っていたくせに、鬼神を捕らえるだけに飽き足らず、多少だが、きっちりダメージを負わせているじゃないか。

「しかも『神聖なる喜劇』に見立ててとは、洒落た真似をする」

やはり使い魔にしておくには惜しい男だ、あいつは。魔法使い好みの演出だ。

「クククッ、せっかく舞台を整えてくれたんだ。覚悟しろよ? 鬼神とやら。地獄の次は、永遠に続くコキュートスだ――」

さあ! 舞台は第二部。歌を歌おうじゃないか!

「『リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!契約に従い・我に従え・氷の女王!来たれ!とこしえのやみ!えいえんのひょうが!!』」

私の魔法が鬼神に炸裂する直前、ジローが維持していた結界が霧散する。結界ごと凍らせるつもりだったのだが、余計な気を回しおって。まあ、限界ギリギリだったこともあるのだろうがな。
全身を霜に覆われ、体を氷の槍で貫かれた鬼神が小さく鳴いている。

『グオオオオオオ……』
「くくくく、最下層の堕天使の様だなぁ……ほぼ絶対零度、150フィート四方の広範囲完全凍結殲滅呪文だ。貴様程度のデカブツでは防ぐことも適わぬぞ――」

……ジローとの「ダンス」なら、これで終わることはあるまい。今度、「別荘」に招待してやるか? ちょうどいいレベルで踊れるだろう。
以前の停電の夜と違い、久々に全力を出せることに気分を良くしながら、私は高らかと歌い続ける。

「我が名は吸血鬼エヴァンジェリン!! 『闇の福音』!! 最強最悪の、悪の魔法使いだよ!! アハハハハハハ!!!」

さあ、幕引きだ。煉獄を巡ったんだ、次は天国に逝ってもらわんとなぁ?

「『全ての命ある者に等しき死を!其は安らぎ也!――』」
『……!?…!!』

おや? 鬼神ともあろうモノが恐怖を感じているのか。滑稽だ、まさに喜劇。

「『おわるせかい』……フッ、砕けろ」

指で弾いた幕引きの音。
突っ立っていたデカブツの氷像に次々とヒビが入り、湖へ砕けながら落下していく。周囲に響く水音が、舞台で演じた役者達へのカーテンコールに聞こえないこともない。

「フフッ、舞台の最後を飾るに相応しい演出にしてやったぞ。これで貸しひとつ、と♪」

なかなか楽しめる舞台だったよ、ぼーや、ジロー―――

舞台閉幕直前」
〈side真名〉

『ふむ……どうやらこれまでのようやな』

さっきまで遠くの方に見えていた大鬼の姿が崩れたのを見て、ジロー先生がオヤビンと呼んでいた鬼が停戦を申し出た。

『あんたらの勝ちや。どうする? ねーちゃん』
「ふっ、こっちも助っ人なんでな。そっちが退くなら戦る理由はない」
「そうでござるな。早く退いてくれると嬉しいでござるよ」
「暴れ足りないアルが……もう帰っていいアルよ」
「『…………』」
「早くそこを退け、です……」

「お前達には、全力を尽くして戦った相手に対する敬意はないのか?」と問いたかったが、今のこいつらは、目の前の鬼達よりも凶悪だからな。
後ろの綾瀬さんも、視線で彼らを射抜いているし……餡蜜40杯、いってみようか?

『ま、まあ勝負は引き分け、ちゅうことで。あのアンチャンと最後まで戦られへんかったんはあれやけど……嬢ちゃん達とも楽しめたし、呼ばれてよかったわ』
『なかなか楽しめたぞ、大陸の拳法使い! さっきの青年によろしく、と伝えてくれるとありがたい』
『そうねー♪ 人間にしておくのがもったいないぐらいの、いい……じゃ、じゃあね〜』
「「「………」」」

お願いだから、別れの会話ぐらい、ムードってものを考えてくれないか!?

『……アンチャンも罪な男やの。ほなな、嬢ちゃん達とも、今度会った時は酒飲みたいわ』

惚れ惚れするぐらいのサムズアップをして、オヤビン達は消えて……去っていった。

「ふ……私はまだ未成年なんだが――って、できれば余韻に浸らせてもらえないかい?」

銃を収め、オヤビン達を想って月を見ていた私の肩を掴み、ズンズン歩こうとする楓とクーに苦言を呈する。

「「「そんな時間はない(です)(でござる)(アルよ)」」」
「はあ……わかったよ」

素人のはずの綾瀬さんに後ろを取られるとは、私も焼きが回ったのかな?
明日、ジロー先生に京都の名店「くまばち」に連れて行ってもらうつもりだったけど、餡蜜の代金だけ貰ったほうがよさそうだね。50杯分だから、二万五千円(税抜き)だな。
追加料金さ。諦めてくれ、ジロー先生―――





めでたく鬼神を粉砕し、祭壇には俺やネギ、アスナ、刹那、このか、エヴァ、茶々丸、カモの八人が集まっていた。

「いいか、ぼーや? 今回のことを、私が暇な時にやっている日本のテレビゲームに例えるとだな、最初の方の洞窟とかで死にかけていたら、なぜかラスボスと中ボスが助けに来てくれたようなものだ――」
「何ソレ?」
「は、はい……」
「そこの馬鹿使い魔は、最初からぼーやが持っていたチートアイテムみたいなもんだが……次にこんなことが起こっても、私の力は期待できんぞ。そこん所をよく肝に命じておけよ」

エヴァ、お前って暇な時にそんなことして時間潰してるのか。結構、寂しい奴なんだな。
しかも単語から判断するに、「腕輪」を題材にしたRPGっぽいし……。

「どう考えても、俺が中ボスだよな……しかもチートアイテム」

ちょっとショック。体調よけりゃ、『蒼い天』ぐらいには強いのに。
俺の目の前では今もエヴァが腕を組み、偉そうにネギに講義を行っている。助けられた手前、長い!とか、もう終われ!なんて文句は言えないんだが……それよりも。

「動かないでください、ジロー先生」
「そうです。動いては傷に触ります」
「なあ……」
「「なんでしょうか、ジロー先生?」」

何故、茶々丸と刹那に無理やり手当てを受けているのでしょうか、僕は? 結界殴られた時、両手の筋か骨がお亡くなりになったらしく、触られるだけで激痛です。早いとこ休ませろと体が言っているのか、アホみたいにダルくて眠いし。

「あんたが悪いんでしょ。つーか、よく生きてたわね。顔、青いわよ……」
「ホンマやでー。無理は体に毒やよ?」
『左わき腹貫通に、右手の骨がほぼ全滅だもんな……結界を解いたら、いきなり頭から血を噴いて倒れるしよ』
「そうですよ。ジロー先生は無茶をしすぎです。あんな大ケガをした状態で、妖怪や白髪の少年と戦うなんて……もっと自分の体を大切にしてくれないと困ります」
「申し訳ありませんジロー先生。私達の到着が遅れたせいで……」

白髪頭を殴ったせいで、指が四本も折れるなんて……ハードパンチャーの宿命か。冗談はさて置き、本当にすまなそうに謝る茶々丸に苦笑する。

「最初の予定じゃ三分だったのに、一分そこらで来てくれただろ? 茶々丸が悪いわけじゃないから、そんなに悲しそうな顔をするな」
「――は、はい」
「……」
「刹那?」
「いいえ。何でもありませんよ、ジロー『さん』」
「――(せっちゃん、可愛えぇわ〜)」
「(しー、このか!)」

どうしてそんなに「さん」と強調するんだ、刹那。

「―――」
「ちゃ、茶々丸はどうした?」
「いえ……頭のケガは、結界を無理に維持したせいでは、と……」
「あー、この傷はオヤビンのせいだから。それは関係ない……たぶん」
「そうですか。気を遣っていただき、ありがとうございます」
「両手に花やなー、ジロー君。……オヤビンって誰や?」
「俺の戦友だよ。それとこのか、「両手に花」の用法、間違ってないか?」
「『はあっ……』」

二人とも、俺の手当てをしてくれているだけだし。今回はさすがに完治まで時間がかかるだろうけど、出血は色んな意味で止まったし、骨もそのうち治るから。何より優先して、まずネギを見てやってくれ。

「はあ、はあ……」
「む……どうした? キツそうだな、ぼーや。大丈夫か?」
「やっぱ、ただの疲労じゃなさそうだな……あー、茶々丸」
「はい、なんでしょうか、ジロー先生?」
「!……」

なんで茶々丸に話しかけたら、刹那がショックを受けるんだ?……それは置いておくとして、早くネギの体調を調べないと。今も先ほどと同じ様に、いや、悪化してそうだ。

「俺の手当てはいいから、ネギの奴を見てくれないか? さっきから苦しそう――」

その俺の言葉を遮ったのは、今度はエヴァではなく、ネギの大声だった。

「エヴァンジェリンさん! うしろ!!」
「!?」

急にエヴァに抱きついたネギ――!?

「なっ、何? ちょっ、ぼーや!」
「『障壁突破――』
「! バカ、どけっ!」
「あっ!?」

抱きついたネギを弾き飛ばしたエヴァの前。水溜りから出てきた白髪頭の魔法が――

「『――石の槍』」
「がっ!」

――ネギを押しのけるようにしたエヴァの腹部を貫いた。腹を刺し貫かれたエヴァが、苦しげに喀血する。

「ぐ……貴様っ!」
「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。『人形使い』か……」
「エヴァンジェリンさん!!」
「エヴァちゃん!!」
「あー……エヴァ?」

ネギやアスナの悲鳴が聞こえて、脳が沸騰した。魔力が残ってないとか、ケガのせいで血が足りないとか、もう関係ない……「アレ」は確実に潰す。
ほとんど衝動で動こうとしたのを茶々丸が止めた。そのことが酷く煩わしく感じる。

「離せよ……」
「!――大丈夫ですジロー先生。マスターは――」
「――その通り、『不死の魔法使い』さ」
「!」
「へっ……?」

大量の蝙蝠と一緒にアレ……白髪頭の背後に回りこんだエヴァの斬手が、祭壇の土台ごと斬り砕いた。飛び散る破片の中に、両断された白髪頭の体。それが喋る。

「……なる程、相手が吸血鬼の真祖では分が悪い。今日の所は退くことにするよ……」

少年の体が弾け、水になって消えてしまった。

「フン、逃げたか」
「エヴァ、よかった……無事だったのか」
「何だ、腰でも抜かしたのか?」

エヴァのからかいは綺麗に放置する。腰なんて抜かしてねぇよ。にしても、茶々丸には感謝だ。魔力枯渇一歩手前、出血多量。無理したら死ねる状態だし。
口からこぼれた血を乱暴に拭き取って、エヴァが白髪頭の正体について教えてくれた。

「しかし、今のガキは人間ではないな。動きに人工的なものを感じた。人形か、或いは……どこの手の者かはわからんがな。まあ安心しろ、修学旅行中は――」
「そ、そんなことはいいから! 今、岩がグサーて! 血がドバーって!?」

個性的なボデーランゲージをありがとう、アスナ。表現力の大切さを噛み締める生活をしような。心配するアスナに問題無いと言うエヴァを見て、俺がなんだかんだでこいつも、と考え始めた時―――

「う……」
「ネギ?」

ゴトッ、なんて人の体では考えられない音を立てて、ネギが地面に倒れ伏していた。

「ネギ!!!」
「ど、どどどうしたぼーや!?」
「ネギ先生!」
「ネギ、ちょちょちょっとっ!」

倒れたネギを抱き起こそうとして、すぐに、いや、やっと気付いた。

「くそっ!! 何でもっと早くに気付かなかった!?」
『兄貴っ……ひでえっ、右半身が石化を……!!』
「――ネギ先生!」
「ネ、ネギくん!!」

ネギが辛そうにしていた原因は―――

「石化を喰らっていたのか……」
「す、すみませんジロー先生! 私が未熟だったばかりに……!!」
「……刹那の責任じゃない。もっと早くに気付かなかった俺が悪い」

泣きそうな刹那を慰めながら、拳を握り締めた。自分の迂闊さに、軋むほど歯を噛み締める。確かめる方法なんて、いくらでもあったはずなのに。

「そ、そんな責任がどうのこうのより、ネ、ネギは!?」
「……危険だ」

アスナの問いかけに、それしか言いようがなかったので正直に答える。俺の言葉に、この場の全員が息を呑んだ。

「ジロー殿、どうしたでござるか!?」
「ジロー先生、大丈夫だったですか!!?」
「なにやってんや……オ、オイッ!? しっかりしろやネギ!」
「ネギ坊主に何かあったアルか、ジロー!?」
「子供先生に何か……!? これは……」

鬼神が倒されたのを見てこっちに来たのだろう。夕映ちゃんや、助っ人に来てくれた楓、クーフェイ、真名が、祭壇への橋を渡って走って来た。
来る途中で合流したのだろうか? 小太郎まで一緒にいる。何やら顔に、青タンやらビンタの跡があるが、今は無視だ。

「ジ、ジロー兄ちゃん! ネギはどないなっとんねん!?」
「……ネギの魔法抵抗力が高すぎたせいで、石化の進行速度が極端に抑えられてたんだ。このまま石化が進行すると……首まで石化した時点で窒息する」
「ど、どうにかならないですか、ジロー先生?」

聞かれなくても、いますぐ石化の解除を行うよ。

「待ってろよネギ、今すぐ『解呪』を――……あら?」
「ジ、ジロー兄ちゃん!?」
「ジ、ジロー殿!!」

『解呪』の魔法を使うために魔力を集めようとした俺を襲った目眩に、踏ん張ることも出来ず両手をつく。汗が噴き出し、耳鳴りと頭痛で涙が滲む。何、これ?

「……グプッ!? ハアッ、ハッ……ゲホッ、ウェッ……い、痛い……」

体が動かなくなって口中に鉄の味が広がり、吐き気が込み上げた。たぶん久しぶりに、人へ痛みを訴えてしまう。至極慌てた様子で、エヴァがこちらに怒鳴りながら近寄ってきた。頭に響くから、黙ってください。

「バ、バカモノ! 鬼神を足止めするので、魔力なんぞ使い果たしただろうが! 魔力が枯渇した状態で、『解呪』なんて力を喰うモノを使えるわけがないだろう!? 脱水症状みたく死にたいのか!」
「む、無理しちゃだめアルよ、ジロー」

なるほど……魔力が枯渇した状態で無理すると、こんなに痛い目に遭うのか。魔法使いって大変だな……でも、ほら、俺はネギの使い魔で、何より『家族』だし。
吐き気を堪えて立つ。生命力とかを魔力に変換できれば……喉の奥で、液体が湧き出す音が聞こえた。エヴァがそれに気付いて、俺を止めようとするのを押しのけた。

「ア、アホ! お前、何しようとしてる!?」
「ゴボッ、ぐむっ……ウッ……どけ、エヴァ……」
「くっ、スカスカの体力を変換しても同じだ!!」

……ネギの石化が解除されるどころか、魔法自体が発動しなかった。焦りと憤りが、どうしようもなく俺を苛立たせる。

「……くそがっ!!」
「!!? ジローさん、ダメです!」『止めろ相棒!!?』
「ひっ!? や、止めるです、ジ、ジロー先生!」「いけません、ジロー先生!」

腹立ち紛れに地面を殴る。叩きつけた左手から血が飛び散った。情けない、一番肝心な時に、何もできないなんて。

「何だよ、この模様……役に立たねぇ。ネギが死にそうな時に……どうして、何もできなくなってんだよ。勝手すぎる……」
「……ジロー兄ちゃん」

左の拳から血が流れ、祭壇の床に滲んでいくのをただ眺める。何のために、こんな刺青みたいな使い魔の証が付いているのやら。おかしくて笑えてくるね。笑わないが。
血の滲んだ地面に、左手の甲に浮かんだ御大層な証をこすり付けた。何やってんだ、俺?

「ジ、ジロー先生……も、もう止めてです」

地面に擦り付けていた手を、夕映ちゃんが抱きしめるように持ち上げた。血が怖くて震えているのに、錯乱していた俺を止めさせた罪悪感が湧く。

「……ごめん。びっくりさせて悪かった、夕映ちゃん」
「別にびっくりなんて、し、してないです。み、み見てられなかっただけです」
「ど、どうにかならないの、エヴァちゃんっ?」
「わ、わわわ私は治癒系の魔法は苦手なんだよ……ふ、不死身だから……」

俺のことを見ながら話すアスナとエヴァは、痛々しいまでに狼狽している。アスナとエヴァの姿を見て、少しだけ頭の血が下がってきた。最悪の状況を覆す手段なんて、いくらでもあったんだ。考えろ、考えろ、考えろ!

『そ、そうだ! 西の長が言ってた応援なら……!』
「昼に着くはずの応援部隊なら治せるはずだけど……それまでネギが耐えられない」
『くそっ、間に合わねえかっ』
「どうする、考えろ!……治療の出来る場所、魔法、人……魔法?……治癒魔法?」

とにかく回復に関する単語を連想していって、一つの希望が見えた。伏せていた顔を上げた先にいたのは――鬼神さえも制御可能にした、東方随一の魔力の持ち主。矢に貫かれた俺を完治させた、強力な治癒の力を使った少女がいた。
俺の視線に気付き、刹那とこのかは、お互いの顔を見合わせてから頷いてくれる。こんなことを聞く時間的余裕はないと知りながら、最低限のけじめとして尋ねた。

「戻れないぞ……本当にいいのか?」
「ジロー君。本気やよ、ウチ」

目の端に涙を溜めて、このかはもう一度、俺に向かって頷いて見せる。その少女に向かって、俺は頭を下げた。先に感謝を……後で謝罪を。

「ありがとう……それと、すまない、このか」
「ええよー、そんな風に頭下げてくれんで。ウチがしたい思うからするんやで? ジロー君」
「え? このか、ジロー、ネギを助ける方法がなんかあるの!?」

俺とこのかの会話から期待できるものを感じ取り、このかの肩を掴むアスナ。自分を必死に見つめるアスナに、このかは少々、躊躇いがちに言葉を発した。

「あんな、アスナ……ウチ、ネギ君にチューしてもええ?」
「え?……なっ!? 何言ってんのよ、このか! こんな時に!?」

突然のこのかの申し出に、みんなも口を噤んで、事の顛末を見届けようとしている。

「あわわ。ちゃうちゃう、あのホラ、パー、パクテオー……」
「パクティオーです、お嬢様」
「そう。そのパクティオーとかいうやつや」
「……あ!」

このかが、この場にいるみんなに感謝を込めて頭を下げた。誘拐する側だった小太郎は、俺の後ろに耳を伏せて隠れていたが。そんなに怖がるなって。

「みんな。ウチ、せっちゃんから色々聞きました……ありがとう」
「ふ、ふんっ……」

約一名、照れ隠しでそっぽを向いた金髪の少女がいた。このかの言葉は続く。

「今日はネギ君にジロー君、アスナにせっちゃん、たくさんのクラスのみんなにも助けてもらって……ウチにはこれくらいしかできひんから……みんなに守られとるだけはダメやから……」
『……そうか、仮契約には対象の潜在能力を引き出す効果がある。このか姉さんがシネマ村で見せたっていう治癒力なら……』
「ああ」
「………ネギ君、しっかり」

このかの唇が、仰向けに寝かされたネギのそれと重なる。
吹き荒れる治癒の光が、祭壇を中心に四方八方に広がっていく。湖を波立てせ、暖かく天を照らす光が、周りにいた俺達のケガまで癒しながら煌いた。
――その癒しの光と風が吹き止んで、ネギが目を覚ます。

「ん……このか、さん?……みんなも……」
「まだ夜だけど……おはよう、ネギ」
「あ……おはよう……ジローさん?」
「やったでー、アスナ、せっちゃん、ジロー君!」
「やったー、ネギが元気になったー!」
「……ふぅ、心配かけさせおって、ぼーや」

俺の間抜けな挨拶に、律儀に返事してくれたことに安堵する。やべ、腰抜けた……

「よかった……本当によかっだぁ……ぐぞっ、立てねぇ……」
「よかったでござるな、ジロー殿」「泣いているですか、ジロー先生?」
「珍しいものを見たアルよ」「初めて見ましたね、ジロー先生の泣き顔は」
「やったで兄ちゃん! よう、調子はどないやネギー!」「コ、コタロー君!?」
「ふふ、よかったね、ジロー先生」
「――おめでとうございます、ジロー先生」
『おいおい、いくらなんでも喜びすぎじゃねえのか、相棒?』

うっさい……ああ、くそっ! 体が勝手に震えてきた。笑いたいのに泣けてくる。
泣き止むまでの間、散々からかわれたがそれさえも嬉しくて、俺は笑いながら泣くなんて器用な真似をしていた。


――ネギとこのかの仮契約で生じた、癒しの光の効果範囲は絶大だった。石化魔法をかけられた総本山の人達全員が解呪され、石にされていた宮崎さんや早乙女、朝倉も無事、元に戻っていた。ありがたいことに、早乙女の記憶は飛んでいたが…………ものっそ、不安。
小太郎のことは、詠春さんに「くれぐれもよろしくお願いします」と言って預けたから、よっぽどのことがない限り、問題は起こらないだろう。
今はみんな夜桜見物と洒落込んで、楽しそうに笑っている。俺は……舞台の後片付けが残っているから、夜桜見物はできそうにないかな。エヴァが話しかけてきた。

「チャチャゼロから連絡だ。見つけたそーだぞ」
「そうか。それじゃ、ちょっと行ってくる」
「ふん。ぼーや達には上手いこと話しておいてやるから、さっさと行け」
「任せた。ありがとな、エヴァ」
「ふ、ふん!」

そっぽを向いたエヴァの頭を軽く叩いてから、総本山を出た。『良い』魔法使いにはできない幕の引き方。さて、きついが最後の一仕事といこう―――待ってろよ? 天ヶ崎千草。

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