「ワルプルギスの夜・第七幕」
『足掻く!(某侍アニメ風に)』
〈sideフェイト〉

「はあぁぁぁ!!」
「や、やああぁ!!!」
「……」

左右からの攻撃。剣士の女の人の方が少し速い。障壁でガードして、すぐに殴り飛ばす。

「あうっ!?」
「……おっと」
「あっ、この当たれー!!」

お姉さんのハリセン、当たったら怖いからね。ハリセンを避けて、剣士の女の人に向かって投げ飛ばした。

「うきゃああっ!?」
「ア、アスナさん!!」

ナイスキャッチ。後ろの千草さんに声をかけた。

「まだですか?」
「もう少しや!」
「そう………」

目の前の二人に気になったことを聞いてみた。たぶん教えてくれないだろうけど。

「ネギ・スプリングフィールドはどうしたの? お兄さんは一人で「あの場所」に残っただろうし、彼がここにいないのはおかしいよね」

僕が与えたダメージ、話し方から推測できた性格・人間性から考えられる選択。日本人は好きだしね、「自己犠牲」みたいな言葉や行動。

「うっ……そ、そんなの、あんたみたいなガキに教えるわけないでしょう!!」
「その通りだ。知りたいのだったら、まず私たちを倒すんだな!!」

そう叫んで、こちらに斬りかかってくる剣士の女の人。

「神鳴流奥義・斬岩剣!!」
「技名を叫ぶの、非効率的だね……?」

祭壇の床を激しく砕く剣を避けた時、ある気配に気がついた。ちょっと目を大きくしたのを、剣士の女の人は気が付いたようだ。ニヤリと笑われる。

「なるほど、お姉さん達はまき餌か。彼が来るよ」
「何!? まさかあのガキか!」

湖の向こう岸で突然上がった水柱。孤を描きながらかなりの速度で飛ぶ、杖に跨ったネギ・スプリングフィールドの姿が見えた。

「ちっ、しぶといガキやな」
「あなたは儀式を続け――!」
「ネギ先生の邪魔はさせない」
「このぉ!!」
「おっと……甘いね」

僕に彼の妨害をさせたくないんだろうけど、別に邪魔をするのは僕じゃなくてもいいし。

「『ラーク』」
「くっ、しまった!」
「な、何よ! また化け物なの!?」
「っ!……」

? 剣士の女の人、顔が一瞬だけど強張ったような。まあいいや。

「ルビカンテ、あの子を止めて」
『……』

コクッと頷いて、ルビカンテは弾丸のように飛び出した。

「さて、今度は僕が君達の邪魔をしないとね」
「ふざけんじゃないわよ! さっさとこのかを返しなさいよ!!」
「はあああぁぁっ!!」

今度はこっちが時間を稼ぐ番ということで、適当に、斬りかかる二人の攻撃を防いだり避けたり。少し気になって、ルビカンテの方を見る。

「『契約執行1秒間!ネギ・スプリングフィールド!!最大加速!!!』」
「!」

激突した瞬間、ルビカンテの体に大きな穴ができた。火事場の馬鹿力って言うのかな……魔力量や威力が以前より上がっている?

「いっけぇぇ! ネギー!!」
「『ラス・テル・マ・スキル・マギステル!吹け一陣の風――』」
「呪文は唱えさせな――」
「ネギ先生の邪魔はさせないと言ったはずだ!」

しつこいな、弱いくせに。

「『風花・風塵乱舞!!』」
「ぷわ、な、何や!?」
「風で大量の水を霧状に……水煙にまぎれて近衛木乃香を奪還する気か? 無駄なコトを……」

作戦としては整っているけど、君達の実力じゃ僕を出し抜くなんて――

「『契約続行追加3秒!ネギ・スプリングフィールド!!』」
「!?……杖?」

霧を突き破って飛んできた杖に、注意が逸れた。同時に、背後に出現する魔力の波動。

「わああああああああっ!!!」
「狙いは僕だったんだ」

無駄なことを。加速を付けてネギ君が、僕に向かって魔力パンチを放ってきた。でも、固い音を立てて彼の拳は、僕の数センチ前で停止する。

「……!」
「だからやめた方がいいと言ったのに」

僕を殴ろうだなんて、お兄さんの真似でもしたかったのかな? もっとも、あのお兄さんでも、障壁を張った状態の僕を殴れるとは思えないけど。

『バ、バカなぁ!? あれだけの威力の魔力パンチを、ピクリとも動かず障壁だけで……!?』
「つまらないね」
「ぐっ!」

魔力の消えた手を掴み上げる。

「明らかに実力差のある相手に、何故わざわざ慣れない接近戦を選択したの? あのお兄さんほど、体術が優れているわけでもないのに……サウザンドマスターの息子が……やはりただの子供か。期待ハズレだよ」

石にでもなってもらおうと手を翳した相手の顔は、どうしてか笑顔だった。おかしくなったんだろうか?

「?」
「へっ……へへへ」
『フフフ……』
「ひっかかったね?」
「!!」

掴んだ手を急に曲げられ、胴が晒される。いきなり、空いていた方の手を押し付けられた。

「『解放・魔法の射手・戒めの風矢!!』」
「!?……そうか! これは遅延呪文」

杖を持ってなかったんで油断した。この程度の芸当はできたんだ。

『へっ、その通り!! 水煙の中で、魔法の射手を先に詠唱して溜めておいたんだ!! 予行練習はバッチリ! おまけに零距離射程なら、どんな強力な魔法障壁も効力は最小になるって寸法だぜ!!』
「……」
『どんなモンじゃわりゃああぁ!?』

認識を改めてあげるよ、ネギ・スプリングフィールド―――

〈sideネギ〉

戒めの風矢は基本呪文だけど、まともに喰らったら脱出に数十秒はかかる!

『よし、アスナの姐さんと刹那の姉さんを連れて脱出だ!』
「うんっ!」

僕がこのかさんを助けると見せかけて、実は最初に足止めとして現れたアスナさん達がこのかさん救出の本命だったんだけど、上手くいったみたい。
このかさんも合わせて四人……でも、この場から少しでも距離をとることができれば十分だから、何とかなるよね。

「アスナさん! 刹那さん! このかさんは……!?」
「……ゴメン、ネギ」
「そ、そんな……お嬢様」

ついさっきまで、このかさんが寝かされていた場所には誰もいなかった。おサルのお姉さんも。いたのは、呆然と膝を突いて座る、アスナさんと刹那さんだけだった。
こ、このかさんは――? カモ君の鋭い声。

『オ、オイ兄貴、アレ!!』
「こ、これは……」

手に握った杖がすり落ちて、地面に音を立てて転がる。

「ふふふ……一足遅かったようですなぁ? 儀式はほんの少し前に終わりましたえ」

宙に浮いたおサルのお姉さんと、呪符を貼られて、勝手に魔力を引き出されているこのかさんの後ろ。注連縄の巻かれていた岩に、異変が起きていた。
太い注連縄が引きちぎられ、お腹に響く振動音……というより轟音を立てて、湖中央の岩から、太い、大きな「腕」が生えてきている。

「完全復活にはまだ時間かかりますけど……二面四手の巨躯の大鬼『リョウメンスクナノカミ』。千六百年前に討ち倒された飛騨の大鬼神や。フフフ、喚び出しは成功やな」

岩から這い出ようとするかの如く、水面をかき回す「腕だけ」が発する魔力に、足が震えた。

「伝説では身の丈十八丈もあったと言うけど……こいつはそれ以上ありそうやな」
『こ、こここんなの相手にどうしろっつんだよ……兄貴!?』

ここで諦めたら、全部の行動が無駄になる。ジローさんやコタロー君に酷いこと頼んだり、したりしてまで来たんだ! 最後まで足掻かなきゃ、「本当にやりたいこと」じゃない!
まだこのかさんを助けることができるはずなんだ。あそこの鬼神の「腕」を吹き飛ばせば、術式が狂って封印の解除が中断できるかも!!

「――完全に出ちゃう前に吹き飛ばすしかないよ! 『ラス・テル・マ・スキル・マギステル!!来たれ雷精・風の精!!!――』」
『た、確かに効きそーなのはそれしかねぇが、ここで魔力を大量に消費したら、どうやって全員を運ぶ――!?』
「『雷を纏いて吹きすさべ南洋の嵐!!!』」
「なっ、何!?」
「『雷の暴風!!!』」

僕の体からほとんど根こそぎ魔力を奪って放たれた『雷の暴風』が、鬼神の「腕」に向かって猛烈な勢いで走り、外すことなく命中する。
数秒間、僕の手から放出され続けた『雷の暴風』が徐々に弱まり、破裂音を立てて消えた場所には、這い出そうともがき続ける鬼神の「腕」。

「あ……ぐ……」
「フ……フフ、アハハハハ! それが精一杯か!? サウザンドマスターの息子が!! 
まるで効いてへんなぁ!!」

高笑いを上げるメガネのお姉さん。祭壇の床に手と膝を突いてしまった。急激な魔力の減少による極度の疲労。体から吹き出す汗が止まらない。

「こ、このか……さん……」
『兄貴、兄貴しっかりしろ!!』
「このかお嬢様の力で完全復活したこいつを制御したら明日、到着するとかいう応援も蹴ちらしたるわ! そしてこの力で、やっと東に巣食う西洋魔術師に一泡吹かせてやれますわ! アハハハハハハハ!!!」
『パキャアアアン』
「!………」

ガラスの割れる様な音に振り向いた先には、白髪の少年が立っていた。

「善戦だったけれど……残念だったね、ネギ君」
「……はあっ、はあっ、はあっ」
「体力も魔力も限界だね……よくがんばったよ。……殺しはしないけど、自ら向かってきたということは、相応の傷を負う覚悟はあるということだよね?」

そっと手を翳した少年に、僕は覚悟を決めかけ――

「あきらめてんじゃないわよ、ネギ!!」
「奥義・斬鉄閃!」
「!……そういえば、お姉さん達もいたんだよね」

僕をかばうように現れたアスナさんと刹那さんの攻撃に、白髪の少年がステップで後ろに下がった。

「アスナさん、刹那さん、僕……すいません、このかさんを……」
「私達もこのかを助け出すの失敗してんのよ! いちいち謝るな!!」
「そうですよネギ先生。今やるべきは反省じゃなくて、目の前にいる少年を倒して、何としてもお嬢様を取り返すことです!」
「ぐっ……ハイッ!」

震える体を無理やり立ち上がらせて、転がっていた杖を握り締める。

「……それで? どうするの」
「……決まってます」
「いますぐ、あんたをぶっ飛ばして……」
「このかお嬢様を返してもらう!!」
『〜〜やっちまえ兄貴!!』

身構えた僕達にため息をついて、少年も仕方なさそうに身構え――

「しょうがないから、もう少しだけ付き合ってあげるよ」

――襲い掛かってきた。前には白髪の少年、後ろには、今も岩から這い出ようとする伝説の鬼神。こういうのを『前門の虎、後門の狼』って言うんですよね。
ジローさん……僕達、どうすればいいんだろ?





「ワルプルギスの夜・第八幕」
『ハーフとハーフ』
〈side小太郎〉

「……「男」やからこそ、どんなに苦してもここで「戦わない」を選ばなあかん、か」

最初、真剣勝負のつもりやったのに束縛魔法を使われた時は、俺のことバカにしとるんや思てメチャクチャ頭にきたけど……自分のために道作ってくれた人を、「僕」が殺さんようにって……

「く、くくくっ……はは、あーはっはっはっはっは! 最高や、お前ホンマ格好ええこと言うなー、ネギ!! おもろいわー!」

腹抱えて地面を転がりまくる。ネギが行ってもうてすぐに束縛魔法は解けたんやけど、なんや白けてやる気のうなってもうたわ。そん代わり、いまごっつい嬉しいかもしれん。

「用事のついでやのーて、俺とだけ戦いたい時に戦いたいー、か。本気出せんのかいな、ネギ〜」

地面に仰向けに寝転がって、空を見上げた。
俺とだけ戦いたいって言うてくれたんやよな、あいつ。

「ちゃんと俺のこと、「ライバル」や思てくれとったんや……」

ホンマは、あいつがどんなけ急いでたかなんてわかってた。俺がそれ邪魔したら嫌われるいうんもわかってた。でも、ホンマ初めてやったんや。全力ぶつけられる同い年の奴。
寂しかったんかもな。狗族と人間のハーフなんちゅう中途半端な生まれで、気ぃついたら捨てられとって。いろんな奴らから無視されてバカにされて……それでも、いつか俺のこと見てくれる人がおるなんて甘いこと考えて。結局、誰からも相手されへんかった。
千草の姉ちゃんがなんや大変なことしよいうんもわかってたけど、そんなん関係なしに、ウサ晴らしのつもりで西洋魔術師をぶっ飛ばそう思て、今回の騒動に首突っ込んだ。
そんで会ったんがネギやった。

「あ〜ぁ。これで千草の姉ちゃんが失敗してもたら、俺も牢屋に入れられるんやろな〜」

いつ出られるかわかれへんのに、勝負できんのかいな?

「でも……「男」と「男」の約束やで、ネギ!」

寝っ転がったまま、空に向かって拳を突き出した。目だけ動かして見てみたら、湖の真ん中にあったでっかい岩から、アホみたいにでかい鬼が生えとる。千草の姉ちゃん、儀式成功したんやな。
ずっと見とったけど、鬼はもう頭まで岩から出てきてもうた。

「うわ〜、ごっつい迫力やな。敵が応援なんかしたらアカンのやろけど、ネギにはがんばってもらいたいな〜」

それにしても暴れ足りへんな〜。そう思て目を瞑りかけた時やった。疲れきった誰かの声が耳に届いたんは。

「よう、こんばんは、少年」
「!!」

慌てて起き上がって身構えた。やばっ、気ぃ抜きすぎてたわ。頼んでた敵の増援が、予定よりもはよ着いたんか―――って。

「……あんた誰や、兄ちゃん?」

そこにおったんはボロボロの服着て、頭から血流しまくった跡のある兄ちゃんやった。あんまりごっつい格好やったんで、呆気にとられて俺が聞いたら、その兄ちゃんはゆっくりと答えた。

「人に名前聞く時はまず自分から―――って、お前が村上小太郎?」

何でこの兄ちゃん、俺の名前知っとるんや?―――ま、そんなん関係ないか。

「悪いな兄ちゃん、こっから先は通行止めやねん。ネギのことは通してもうたけど……通りたいんやったら、俺のこと倒してから進みや!!」
「はぁ……出来れば、サッサとネギのとこに行きたいんだけどな」
「ネギの知り合いかいな? それならなお更、ここ通したるわけにはいかんなー!」

ネギのせいで消化不良やし……自分では納得したつもりやったんやけど、やっぱストレス溜まってたんやな。やる気満々で構えとるのを見て、兄ちゃんはごっついしんどそーにため息ついて、俺に向かって笑いかけた。

「やれやれ。ネギに聞いてたけど、喧嘩っぱやい奴だな。しょうがない、時間は押してるけど弟の友達の頼みだしな……稽古、つけてやるよ」
「ぬかせや、兄ちゃん!!」

兄ちゃんの言葉にカッとなって飛び掛る。

「兄ちゃんも西洋魔術師みたいやからなぁ! ボコらせてもらうで!」
「俺は兄ちゃんなんて名前じゃない、西洋魔術師でもない――『八房ジロー』だ」

ヤツフサ、ジロー? ホンならこの兄ちゃんが、ネギの言うてた「ジロー」か!
妖怪と戦っとる聞いたけど、何でここにおるんやろな? ちゅうか、よう生きとったな。

「アカン……おもろてゾクゾクしてきたわ。楽しませてくれや、兄ちゃん!」
「あー、優しいサイ〇人みたいだな……」
「? いくでーっ!!」

少しウサ晴らしに付き合うてもらうで、兄ちゃん!!―――

〈sideジロー〉

「――で現在、俺は小太郎の上に座っているというわけだ」
「ぐっ……あだだ」

小太郎をうつ伏せにして、腕の関節を極めています。ホレホレ。いやー、さすがに獣人は力強いわ。T〇Fのガルフ〇ーストの方が強くて怖いけどな。

「なかなかいい動きだったけど……集中しきれていなかったみたいだな、小太郎?」
「う、うっさい…………言い訳はせん。負けてもうたし、とっとと行きや兄ちゃん」
「ホントはそうしたくてたまらないんだけど……腕放しても大丈夫か?」
「…………本気で勝負して負けたんやから、また襲うみたいなセコイ真似はせえへんわ」

潔い小太郎の言葉に、苦笑いしながら体をどけた。……じいちゃんが、いかにセコイ人だったのか、改めて知った気がする。

「おー痛っ。兄ちゃんなんやねん? 獣化した俺の攻撃、ほとんどかすりもせえへんし」
「まあアレだな、動きの速さと攻撃の速さは別物ってやつだ。同じ様な条件下なら、より高い技術を持った奴の方が強いってことだよ」
「どういう意味や、同じ条件て?」

ん? ネギの奴、小太郎に俺のこと話してなかったのか。

「ネギから聞いてないのか、俺が使い魔だって? 半分だけど」
「はあっ!? 冗談いうなや兄ちゃん! 主人より強い使い魔て、そんなんおるわけないやろ! ってか、半分て!?」
「まあ、かなり反則的な性能は誇っているな。すごいだろ?」

自分で自分の力を褒める。人、それを自画自賛と云う。現実問題として、総魔力量は将来的にネギに劣るの確実だし、俺の場合、「強い」じゃなくて「上手い」だけだが。

「っと、悪いな小太郎。ネギが心配なんで、俺はもう行くな」

呆然としている小太郎に断って走り出そうとした時、小太郎が俺に聞いてきた。

「なあ、兄ちゃん……なんでや?」
「なんでやって……何が?」
「今もそうやけど、兄ちゃんの方が俺よりもネギのこと気になってしゃあないって感じやのに、何で俺と最後まで勝負したんや?」
「……そうだな。やろうと思えば、お前が獣化する前に気絶でもさせて、もっと早くネギのとこに行けたよな」
「ほんなら何でや!?」

自分の言葉に、本当に自分の使い魔らしからぬ行動に苦笑する。困った風に頭を掻いたんだが……うう、血で髪の毛がバリバリしてら。

「興味があったからだよ。ネギがボコられて悔しいって言っていた村上小太郎に」
「ネギが俺のこと?」

意外だったのか、小太郎が軽く目を見開く。

「ああ、本当に悔しそうに話してくれたよ。同年代の子に負けたのは初めてだー、って」
「そ、そか……ネギの奴、そんなん言うてたんか」

嬉しそに呟いた小太郎に微笑み、頭を下げる。

「ネギのこと、「ライバル」に選んでくれてありがとうな、小太郎」
「!? な、なんで兄ちゃんに、そんなんでお礼いわれなアカンのや! そ、それに俺の質問に答えてないやないか!?」

照れ隠しにも見える小太郎の悪態に、今度こそ吹き出しそうになったが耐える。その代わりに、俺が出来る最大限の真剣な顔で小太郎を見て、「何でや?」と聞かれたことに答えた。

「時間がなくて焦っているのに小太郎、お前と戦った理由――それはな、「ネギ達から聞いた村上小太郎」じゃなく、本気のお前とぶつかって「本当の村上小太郎」のことを知って、友達になりたいと思ったからだよ」
「な――っ!!?」

予想だにしなかった俺の答えで、完全に沈黙した小太郎の頭に手を置き、腰を屈めて目線を合わせる。手を振り払われるかも、と思ったけど、それはなかったようだ。

「お前流に言うとだな、「男」なら拳と拳で語り合ってこそ真の友情が生まれる、ってやつだ」
「………ぁっ」

小太郎の頭から手を離し、湖へ目をやる。このかの力で封印を解かれたらしい鬼神は、すでに腰辺りまでその巨体を顕現させていた。

「『ネギ』を『ネギ』として見てくれてありがとうな、小太郎。お前みたいな子が、ネギの「ライバル」になってくれて嬉しいよ」

そう言って、小太郎の前に拳を突き出した。

「よければ今度、麻帆良に遊びに来い。歓迎するよ」
「?」

唐突な俺の行動に、首を傾げた小太郎に言ってやる。

「男と男の約束だよ。全力で喧嘩した仲だろ? 俺達」
「!……ホンマ、今回の計画に参加してよかったわ…………おもろい奴にまた会えた」
「あそこに生えてるでくの坊をどうにかしてひと段落ついたら、お前とゆっくり喋りたいな」

ボロボロで汚い俺の拳に自分の拳を軽くぶつけ、小太郎はにかっと笑った。いい笑顔だ。

「甘いで兄ちゃん! 「男」ならいつでも、拳と拳で会話せな!」
「ははっ、なんとも熱いお喋りだ、それは」

おっと、最後に聞いておかないと。

「小太郎、ネギが束縛魔法を使ったこと、恨んでるか?」
「……怒ってへんわけちゃうけど、ネギが急いどったんも知ってたから……どうなんやろ」

すこし拗ねた表情だったので、頭をワシャワシャとかき回してやる。

「それが普通だ。小太郎だって真剣だったもんな、納得いかないのは仕方ないことだよ。でも、せっかくの「ライバル」なんだから、本気で戦るのはもっと格好いい機会でやったほうが気持ちいいぞ?」
「そうやろか……」
「ああ、世の真理だ。ネギと小太郎の対決、見るの楽しみにしてるぞ」
「へへっ、どーせ勝つのは俺やけどな! ちゃんと次戦る時は、決着つけたるわ!」
「ネギの使い魔が言うのもなんだけど、ガンバレよ。あいつ、必要以上に相手のこと気遣っちまうことがあるからな。全力全開で、力尽きてぶっ倒れるまで「遊んで」やってくれ」

それだけ言って、今度こそ本当に走り出した。

「小太郎! ネギがお前と「戦わない」ことを選んでまでやろうとしてること、気が向いたらでいいから見てやってくれよー!」

ただでさえ尽きかけていた体力が、小太郎との戦いで激減して体調極悪な俺だったが、ああいう熱血なノリもいいかもなー、と思ってみたり。

「何か忘れているような気もするけど……さあ、問題ばっか増えて山積みだ。使い魔冥利に尽きるね」

やれやれ、使い魔も楽じゃない――やっぱこれって俺限定か?


「変な兄ちゃんやったなー」

そう呟いて、小太郎は自分の拳を見つめる。思い出すのは、ボロボロで血まみれ、けれど温かくて優しいと感じた拳。

「拳と拳で語り合ってこそ、か。くくっ、わかっとるやないか、あの兄ちゃん」

笑いながら、小太郎はゆっくりと歩き出した。目指すは湖の岸辺。

「俺との勝負より優先したんや。情けない面しとったらぶっ飛ばすで、ネギ」

ジローに言われ、自分の「ライバル」がやろうとしていることを見届けようと歩き出した少年は、ひとつの異物を発見した。

「はう〜〜〜センパイ……激しいですわ〜♪」
「…………なにしてんのや姉ちゃん?」

そこにいたのは蝶の標本よろしく、木に自分の刀で縫い付けられ、全身を電流かなにかでこんがり焦がされた、メガネ剣士の少女の姿が。

「うふふ〜〜。ジローさんとは殺し愛できへんかったけど〜、センパイと戦えてしあわせやわ〜〜〜♪」
「………ジローの兄ちゃんも大変なんやな」

本人の預かり知らぬ場所でまた一人、ジローの苦労を知った少年が呟く。目の前の不思議系剣士・小麦色ちゃんを見て、ため息をついた。

「見て見んフリすんのもなんやし……降ろしたろか」

口と態度は悪くとも、本気で女は殴れない。なんだかんだで女には優しい。どこかの「使い魔」とは違い、まだまだ真っ直ぐな少年だった。

閑話休題―――





「ワルプルギスの夜・第九幕」
〈side刹那〉

「あぅっ!」
「はうっ!?」
「うあっ!」

この少年――強い! さっきから、私達が三人がかりで戦っているというのに、まったく相手にならない。三人とも疲労がピークに達しかけているとはいえ、たった一人の少年に足止めされるなんて。一撃の重さといい、私の斬撃さえ阻む障壁の厚さといい。厄介な!

「……」
「!!」
「わあ!?」
「ちょ……キャアアッ!」

一瞬で私達の前に踏み込んできて、流れるように拳打を打ち込んでくる。突き出された肘を夕凪で何とか防いだが、あまりの威力にアスナさん達を巻き込んで吹き飛ばされてしまった。

「あぐっ」
「ネギ!? 大丈夫!」
「くっ……」
『つ、つええっ、ハンパなくっ!』

少年が攻撃してくる度、私達は祭壇から遠くへと押し返されてしまう。湖の中央には、すでに腰辺りまで出現した鬼神の姿。焦りだけが、川底の泥のように積もっていく。

「ふう……しぶといね、君達」

ゆっくりと歩み寄ってきた少年が、不思議なものを見る目でため息をついた。貴様に何がわかると叫びたくなるのを、必死で堪える。
だが、口を噤んだ私とは逆に、アスナさんは少年に指を突きつけて叫び返した。

「友達を助けるためなんだから、当然でしょうが! 刹那さんもガマンしないで、何か言ってやりなさいよ!!」
「アスナさん……」
「大事な人を助けたいって、全然恥ずかしいことじゃないから。目の前の白髪ガキに、おもいっきり言ってやりなさい!」
「クスッ、そうですね……」

場違いな笑みが浮かぶ。こんな状況なのに……明るくて力強い人ですね、アスナさんは。

「理解できないな」
「お前みたいな奴に、理解してほしいとも思わない。お嬢様は……私が助ける!!」
「…………」

目の前の少年に、アスナさんの真似をして、私の誓いを叫んでやった。そう、私はお嬢様を助けなくてはいけないんだ。たとえ、この身を犠牲にしようとも。

「つきあいきれない……『ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト・小さき王・八つ足の蜥蜴・邪眼の主よ――』」
『な、何!? これは呪文キー!? こいつ西洋魔術師!! しかもこれは……姐さん、奴の詠唱を止め――』

少年の呪文を聞いたカモさんが、慌てて詠唱を中断させるように叫んでいるが――

「ダメです! 間に合わない!!」

急いでこの場から脱出を――

「『時を奪う毒の吐息を――石の息吹!!』

――地面を擦りながら、祭壇に向かう橋に着地……何とか間に合ったか。さっきの場所からだいぶ離れてしまったが、奴もまだこっちに気付いていないはず。

「だ、大丈夫ネギ? ひどい……死にそうじゃん!」
「あ、ありがとう。アスナさんも……」
「――!?」

後ろでネギ先生を気にするアスナさんの声に振り向いて、私は目を見開いた。視線の先に、指先が石化したネギ先生の手があったからだ。

「ネギ先生……その手」
「え?」
「だ、大丈夫です。か、かすっただけですから」
「!………」

指先の石化してしまった手を隠して、強がりを言うネギ先生。あまりにも拙いウソだ。
これでさらに状況が悪化した。もう、お嬢様を助けるには『アレ』を使うしかない。私は……覚悟を決めようと思います。たとえ、何を失うことになったとしても。

「――お二人は今すぐ逃げてください。お嬢様は、私が救い出します」
「えっ!」
「お嬢様は千草と共に、あの巨人の肩の所にいます。私なら、あそこまで行けますから」
「で、でもあんな高い所にどうやって?」

不思議そうなアスナさん。これから目の前の二人に、「あの姿」を見せなくてはいけない。
「あの姿」を見て、この二人はどう思うのだろう?
やはり罵られるのだろうか……「化け物」と。怖い、怖い、怖い……

「ネギ先生、アスナさん……私、二人に……このかお嬢様にも秘密にしておいたコトがあります」

ジロー先生にも黙っていた私の秘密……疎まれるのがイヤで、ずっと隠し通そうとした。

「この姿を見られたら、もう……お別れしなくては――」
「何をお話しているのか知らないけど、余所見するなんて余裕だね?」
「!?」
「あっ!」

急に中断させられた私の告白。驚いて声のした方向を見上げた私達の先にいたのは、手に魔力を集め、呪文を詠唱する白髪の少年だった。

「『ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト!小さき王・八つ足の蜥蜴・邪眼の主よ!その光・我が手に宿りし―――!』」
「しまった!!?」
『う、うおおぉ!あの呪文はぁ!!?』

自分の想いに沈んで、敵の接近に気付かなかった……なんて間抜けな!!

「くっ――」
「ネギ!!」
「あっ!?」

後ろでネギ先生を庇ったアスナさんの声。私の攻撃は――ダメだ! 間に合わない。こうなったら、私が楯になって二人を守る。そう考えて、私はネギ先生達の前に飛び出した。

「『災いなる眼差しで射よ!――』」
「申し訳ありません……このかお嬢様」
「せ、刹那さん!!?」
「えっ?」

二人の前で手を広げ、少しでも大きく敵の魔法を防ごうとする。お嬢様を自分で助けられなかったのは無念ですが、ネギ先生のことも任されましたから。
最後ですから、「先生」じゃなくて「さん」付けで呼んでもいいですよね? 白髪の少年はすでに魔法を放つ体勢になっている。覚悟を決めたとはいえ、やはり怖い。ぎゅっと目を瞑り、叶うはずもない祈りをあげる。

「(……助けてください、ジローさん!)」
「『石化――』!?」
「バカのひとつ覚えか、コラアァァァッ!!!」

爆弾が爆発したような轟音が響き、祭壇へと続く橋を突き破った何かが水柱を上げた。信じられないものを見たといった感じに、自分の口から、間抜けな声が漏れる。

「あ……」
『あ、相棒〜〜』
「ジローさん?」
「ジロー、あんた……」

ゆっくり瞑っていた目を開けた先。私に背を向ける格好で立っていたのは、ユラユラと揺れながらも、しっかりと二本の足で立つジローさん。無事でいてくれたんで――

「は、腹に来たっ……げぼっ、ごほっ……ふぅ。た、たまには目立ちたいな、と。こんばんは、この阿呆」
「きゃっ!?……な、何をするんですかジローさん!」

突然、頭を拳骨で殴られた。あまりの痛さに目に涙が滲む。痛かっただけですよ。怖かったところを助けてもらえて嬉しいからって、涙なんて出していませんから。というか、こういう場面でどうして拳骨なんですか!?
つい涙目で睨んでしまった私に対して、ジローさんは半眼で首を傾げながら言ってきた。

「ネギのお守りは頼んだけどな、犠牲になってくれ、なーんて言った覚えは、コレっぽっちもないぞ? このド阿呆」

そ、それはまあ、言われてませんから。そう答えかけ、慌てて口を閉じた時、目の前に突然、アスナさんが現れて、私の頬を両手で思いっきり掴む。

『ア、アスナさんい、痛いです! ほ、ほっぺをつねらないで!?」
「……ほー、ジローが気持ち良さそうにつねったわけだわ。すんごい柔らかい……じゃなくて、なんで刹那さんが私達の楯になろうとするのよ!? 危ないでしょ!」
「そうですよ、刹那さん!」
「で、ですが……」

え? ジローさんが気持ち良さそうに私のほっぺを……い、今はそんなことで喜ぶ時じゃないですね! 一瞬だけ緩みかけた私の意識。それを凍らせる言葉が、ジローさんの口から放たれた。

「こほっ……はあ……『変身』や『解放』の瞬間は攻撃不可!って約束を知らないのか、あの白髪頭……」
「えっ……?」

ジローさんの言葉に、意識が白くなる。もしかして、ジローさん……? こちらを見ていたジローさんの視線とぶつかってしまう。急に私を見るジローさんの目が、昔浴びせられた「醜いモノ」を見る目に変化した。そんなはずはないと、心の中で叫ぶ。

「せ、刹那さん?」
「ちょ、どうしたの!?」
「え? あ、ウ……ウソ、ですよね? わ、私の秘密……」

知らず後ずさりしていた私に一歩近寄って、ジローさんが手を上げた。耳鳴りのせいで、周りの空気が急に厚くなったように感じる。

「――」

何も言わずに伸ばされたジローさんの手から逃れたかった。私のことを殴るかもしれない、ネギ先生の側にいるなと押しのけられるかもしれない……「化け物」と私を罵るのかもしれない。
それだけは止めてくださいと口にしたいのに、歯の根が合わずに音だけを立てる。お嬢様に、ジローさんに、大切な人達にそんなことをされたら私は――

「ひうっ……!」

頭に置かれた手に体が竦む。髪を掴まないで……引き摺り倒さないで!! 体が急に震え出し、目も勝手に閉じられる。暗くなった視界の中、どこか気まずそうな男の人の声が届く。

「はぁ……想像以上か…………ほれ、ちょっと落ち着け」
「きゃあっ!!?」

殴る、押しのける、髪を掴む、引き摺り倒す。ジローさんがしたのは、そのどれでもなかった。手を置いた頭を、自分の方へ抱き寄せて―――!!!?

「「『き、奇跡だ……!』」」
「ジ、ジジジジローさん!!? い、いきなり何を!?」
「あー、よしよし。動くなよ? 俺も恥ずかしいから。刹那が落ち着いたら、すぐに止める」

は、恥ずかしいならなんでこんなことを……い、いえ、別に止めなくていいですよ?
怯えていた私をあやすつもり「だけ」、だったのがあれですが。頭は叩かないでください。

「まったく。秘密を知ってたからって、そこまで怯えることないだろうに。つーか、俺ってそんなに外道なことするように見えるのか?」
「い、いえ……それは、その……」

優しく私の頭を叩きながら、ジローさんが静かに語りかけてくれます。

「あー、ゴメン、怖がらせたか。なんだ、お前の生まれは詠春さんから聞いた」
「長から……」

ということは、総本山に少年が現れる前から、ジローさんは私の秘密を知っていたということでしょうか? 普段と変わらない態度で接してくれていましたけど……

「刹那のこと、「よろしく」だってさ」
「!!!!!?」
「「『ええっ!?』」」

そ、それはつまり、え〜と、も、もしかして……!?

「詠春さんにも言われたけど……心配するな、大事な友人のことを見捨てたりはしない」
「……」
「「『はあぁー』」」

わかっていました。ジローさんに期待しても無駄だと。『仮契約』のためとはいえ、キ、キスまでしたのに。半分以上、というか八割ほど強引に、でしたけど……え? 1000%?

「刹那がどういう暮らしをしていたのか聞いただけだから、軽々しく「辛かったね」、とは言わないが……まあ、あれだ、『今』は違うだろ? 前にも言ったけど、難しく考えすぎるな。刹那の正体一つで、誰も対応を変えたりはしないって」
「あ……」

それだけ言って、ジローさんが私を離す。体が風邪を引いた時みたいに熱い。

「……もっと肩の力を抜いて。『使い魔』に『魔法使い』、果ては『吸血鬼』までいるんだぞ? 『こっち』に来た俺からすれば、『羽』ぐらい何もおかしくない」
「で、ですが私は……」

そこから先は、口が強張って言えない。自分の体に「化け物」の血が流れているなんて。言いよどんだ私に、ジローさんは「あー、俺は何を言いたいんだ? もう、支離滅裂になってきた……」と言って頭を掻きながらも、言葉を続ける。

「『奇麗事』だけど、生まれがどーとかだけで幸せになれないなんて悲しすぎるぞ。「自分はこうだから」なんて理由を作って、友達とか、幸せになろうとすることから逃げるな。
それって、刹那のこと友達だと思ってるネギやアスナを……シネマ村で、お前が助けるって言ったから絶対に大丈夫だって信じた、このかのこともバカにすることになるぞ」
「そ、そんなことは……」
「もう少し友達を信じろ。俺だって『半端者』だ」

そう言ってジローさんは私の背後に回り、お嬢様のいる方へ押し出した。強くでもなく、弱くでもなく。自然に足が前に出てしまう力加減で。

「ほら、このかが待ってるんだ。さっとひとっ飛びして助けてこい」
「――――はい」

……本当におかしな人ですね。真面目なのかふざけているのかわかりません。笑って私を促すジローさんに苦笑してしまう。でも……勇気はもらえました。
ジローさんに返事を返した後、ずっとこちらを見ていたらしいネギ先生達に声をかける。

「……ネギ先生、アスナさん。これが、さっき言おうとした私の秘密……私の正体です」
「「『!……』」」
「へえ……」

軽く屈むように力を込めて背を伸ばした。瞬間、外に出ないようにしていた私の「翼」が飛び出す。風を叩くバサリという音に、周囲を舞う白い羽毛。
驚いて、ポカンとなっているネギ先生達を振り返る。やはり驚かれましたね。

「これが私の正体。みなさんには「化け物」に見えるかもしれませんが……誤解しないでください。私のお嬢様を守りたいという気持ちは本物です!……今まで秘密にしてきたのは……この醜い姿をお嬢様に知られて嫌われるのが怖かったから……」

秘密を知っていても、ジローさんもこの姿を見てきっと醜いと思ったに違いありません。胸の痛みで涙がこみ上げてくる。
自分のことを「化け物」と呼んだのも、そうすれば「化け物」と呼ばれた時のショックが小さくなるからという、ずるい考え。まだ逃げようとしている。

「私っ……宮崎さんのような勇気も持てない、情けない女で――」
「ふぅーん」
「ひゃ!?」
「くっ、くく……」

泣き出す寸前、叫ぶように喋っていた私に近づいていたアスナさんに、羽を掴まれた。
な、何するんですか? い、いちおう感覚があるのでこそばゆいというか……き、気持ちが良いというか。か、顔を埋めないで。呆然となる私を見て、ジローさんが笑っている。

「あの……アスナ、さん?」
「……」
「え?……きゃう!?」

何も答えずに上げられたアスナさんの手。それがいきなり、私の背中に落とされた。
ど、どうして背中に平手うちなんですか!? 痛くて涙を溜めた私にウインクをして、アスナさんはこう言ってくれました。

「なーーに言ってんのよ刹那さん。こんなの背中に生えてくんなんてカッコイイじゃん」
「え……」
「アスナさん……」

呆気にとられた私の肩に手を置いて、アスナさんは言います。

「あんたさぁ……このかの幼馴染で、2年間も陰からずっと見守ってたんでしょ? その間、あいつの何を見てたのよ? さっきジローにも言われたでしょ、友達を信じろって。
このかがこの位で、誰かのこと嫌いになったりすると思う? ホントにもう……あんたもジロー並のバカね」
「え? 何でそこで俺が……」
『黙っといた方がいいぜ、相棒』

胸の奥が熱くなってきた。さっき、ジローさんに抱きしめてもらった時と同じか、それ以上に。

「行って、刹那さん! 私達が援護するから。いいわよね、ネギ! ジロー!」
「ハ、ハイ!」
「もちろん」

私に早く行くよう、アスナさんが促す。その視線の先には、さきほどジローさんが蹴り落とした?少年が立っていた。

「……」
「ホラ、早く刹那さん」
『Good Luck! だぜ、刹那の姉さん』
「……ハ、ハイ!」

仲良くなったのがこの人達でよかった。心の底からそう思う。飛び立つ前にもう一度、後ろを見た。

「ネギ先生……このちゃんのためにがんばってくれて、ありがとうございます」

ネギ先生の次は、『使い魔』とは名ばかりの、優しくて頼りになる『人』に。

「ジローさん……」
「とりあえず、言った通りだったろ? 刹那、心置きなく助けてこい」

ジローさんは笑っていた……血まみれで、体はボロボロで本当は立っているのも辛いのに、私なんかより力強く。見る方が痛々しい手を上げて、それでも私を送り出してくれた。

「刹那、『いってらっしゃい』」
「……はい、『いってきます』!」

湖の真ん中。すでに腰まで顕現してしまった鬼神へ向かって体を縮め、短距離走のように一気に体を伸ばした。
高く舞い上がる自分の体。私にとって「辛さ」と「不幸」の象徴だった「翼」で、自分の大切な人を助けるために飛ぶ。高揚感とはまた違う、胸の高鳴りを感じた。

「(すぐに迎えに行くからな、このちゃん!!)」

心の中の叫びは大停電の日と違って、ちゃんと返事が返ってきたように感じる。今までにないぐらいに軽く体は舞い上がり、すぐに鬼神よりも高い場所に到達した。この近距離では、「リョウメンスクナ」の力を使えまい。

「お嬢様を返してもらうぞ、天ヶ崎千草!」
「なぁ!? あ、あんたは……!?」

しっかりと千草を見据えて宣言したと同時に、私の体は弾丸のように飛び出した――

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