「テスト明けは遊ぶに限る?」


 人には皆、秘密というものがある。
 誰にも知られたくないと己が胸の内に隠し、ただただ知られたくないと祈りを捧げる重大な秘密がだ。
 下手をすれば、相手の『これまで』を台無しにしてしまう可能性がある秘密を不可抗力により知ってしまった時、果して俺はどう接すればいいのだろうか――

「……とまあ、のっけからやや重たげなことを考えてしまったわけだが」

 期末試験も終わって、無事……ではないけど2Aが最下位を脱出して、晴れて正式な教員として麻帆良に迎えられたのがつい先日のこと。
 只今、学生達にとっては楽しい楽しい春休み真っ最中。一応、先生も普段より多く休めたりするのだが、補習や生徒指導その他で忙しくて仕方がない。
 頭の中で軽く愚痴をこぼしてため息をついた後、俺は世界樹前広場にいる少女に近付き、軽く手を上げながら挨拶する。

「あー、おはよう」
「……おはようございます」

 麻帆良在住の老若男女の待ち合わせ場所の定番・世界樹前広場。そこに設置されたベンチに座る、茶のロングヘアをうなじ辺りで括った眼鏡の少女――長谷川千雨が顔を上げ、恐ろしく不機嫌そうに挨拶を返した。

「あー……」

 気まずい、ものっそ気まずいぞ。目の前にいる少女の反応に、冷や汗が一筋だけ頬を伝う。
 何故、こんな緊張感に満ちた空気を味わわねばならぬのだ。恨むぞ、ネギ。
 思い出されるのは終業式当日――




 全ての元凶は、めでたく正式に麻帆良の教員として紹介された終業式の日に持ちかけられた、ネギからの相談であった。

「ジローさん。長谷川さんなんだけど、何だかクラスに馴染めてないみたいなんだ。今日も、寮でやるパーティーに来ないんですかって聞いたら、『ああいう変人集団とはなじめないんです』って先に帰っちゃったし。どうしたらいいんだろう?」
「あー、そう言いたくなる気持ちもわからなくはないけど……それはそれで、少し問題があるかもな」

 正直、2Aの空気に馴染めないと言う長谷川に理解を示しつつ、それでもそうしたことを実際、口にするのは如何なものかと思って、長谷川の部屋を訪ねてカウンセリングみたいなことをすると言うネギと一緒に、女子寮の彼女の部屋を訪ねたまではよかったのだが――

「アレ? 鍵が開いてる……千雨さーん?」
「ぇ……あ、いやいやいやっ、ちょっと待て。何故にお前は、限りなく自然体で部屋に入って――」
「私は女王なのよ! いずれはNET界のbPカリスマとなって、全ての男達が私の前にひざまずくのよー!!」
「あー…………?」

 人の制止の声を聞かず、鍵が開いているとの理由で部屋に侵入かましたネギを追う俺を待っていたのは、「ヒャホホホホ」と奇妙な高笑いを上げる、毛の生えたバニーガール(?)という珍奇な格好の長谷川だった。
 それを見て間抜けな呻き声を上げた後、俺は静かに胸中で告げた。さよなら長谷川。そして、こんにちは長谷川。
 今まで君のことは、2Aでは珍しく普通の子と認識していたけど……やっぱり君も2Aの一員だったんだね。

「わー、これ長谷川さんですか? すごい綺麗ですねー」
「……ん? ギャーーーー!?」
「あー、その、なんだ……ゴメン」

 よっぽど楽しかったのだろう、喜悦に顔を歪ませてパソコンのキーボードを打っていた長谷川の肩越しにネギが画面を覗き込んで、ようやく侵入者二人(俺達)の存在に気付き、血を吐きそうな悲鳴を上げた長谷川から目を逸らして謝る。
 見てない見てない、俺は何も見ていない。数少ないクラスの常識人な長谷川が、毛の生えたバニーガールの格好で高笑いしながらブラインドタッチしていた姿なんて目にしていない。

「なっ、なぁ、なっ、何であんたが……ってか、二人して何で勝手に部屋に入ってやがる!?」
「いや、まあ……その、何でだろう?」

 こちらを掴みかからんばかりの勢いで睨みつけ、俺に詰問してくる長谷川を視界に入れないようにして答える。
 自分の勘が告げているんだ、今の長谷川は本当の長谷川じゃない。だから、この毛の生えたバニーガールみたいな格好は記憶に留めちゃいけないんだって。

「わー、パソコンで色んな人と会話もできるんですねー。え〜っと、『この間の話の続きなんだけどねー、その変な名前の先生、言動まで変わっててー!! 普通なのに普通じゃないっていうかー、アナタ何歳ですかってぐらい大人びて……老け老けなんだよん(><)i』?
 『出ター、ちうちゃんの『君って少し変だよ(><)i』シリーズ!』、『きっとそいつ、人の皮を被った妖怪だよ』、『いやいや、宇宙人とか』、『実は開発途中の薬を飲んだ〜』……へー、千雨さんの知り合いに面白い人がいるんですねー。最近、その人の話題ですごく盛り上がって…………あっ、もしかして千雨さんの気になってる人ですか? わー、僕も会ってみたいなー♪」
「な゛っ!? ちょ、お前、何勝手に人のサイト覗いてやが……だーーーー! それ以前に読み上げるなぁぁぁぁぁっ!!」
「その……ご愁傷様」

 勝手に人の秘密を覗き見した挙句、クリティカルヒットまで出したネギにある種、畏敬の念を抱きながら、長谷川に謝罪込みで同情の言葉をかけておいた。

「〜〜〜〜〜〜ッ!!」
「あー、目撃者を消したい気持ちはわかるけど、クッションじゃ無理だから」

 周囲にひた隠しにしているであろう秘密を見られ、羞恥心と混乱が絶頂に達したのだろう。
 親……祖父母の仇でも見るような目で俺を睨み、ニンジン型の巨大クッションを振りかぶる長谷川を糸目で宥めながら、あまりの不憫さに涙した。

「忘れろ……今すぐ記憶を消せぇぇぇ〜っ!」
「いや、何故に標的が俺なんだ? 狙うべきはネギだと思うぞ」

 アスナに対してネギが言ったのと同種の科白を叫び、長谷川が振り下ろすニンジンクッションを避けつつ、糸目の状態を維持して呟く。
 この反応から見た感じ、ある程度ネギの読みは当たっているんだろうな。
 まあ、掲示板に書いている文から察するに、まだ本気で好きとかじゃなくて、少し気になるかもってトコだろうけど。
 そう考えながら、長谷川の気になっている相手が誰なのかを予想する。名前が変わっていて、人の皮を被った妖怪や宇宙人っぽい老け込んだ人………………………………それってどう考えても、学園長な近衛近右衛門さんだよね。

「――――――――――まあ、あれだ。相手の顔が見えないからこそ、言える書けるって事はあるよな、うん」
「ハッ? な、何のことだよ?」

 長谷川の気になる人の目星はついたけど、なるべく触れない方が良かろうと判断し、引き攣った笑みを浮かべて当たり障りのない慰めを口にする。
 そりゃあ、パソコンの向こうにいる人にしか言えんわな。まかり間違っても、2Aの連中には絶対に話せない。

「辛かったんだな……相手は歳の差を超えて〜、なんてフレーズが霞む存在だし。大丈夫、男の好みは人それぞれだ、人がどう言おうと貫き通せばいい」
「ちょっと待てよ……あんた、何かトンデモナイ勘違いしてないかっ!?」

 俺の口振りから、自分の気になる人が学園長であるとバレたことを悟ったのだろう。俺に向かって飽くことなく振り下ろしていたニンジンクッションを放り投げて、俺の胸倉を掴んだ長谷川が声を荒げる。
 心配しなくても、俺は誰かさんと違って口の堅さには自信がある。長谷川が学園長のことを気にしているっていうのは心に秘めて、貝の如く口を噤ませてもらうよ。
 そう誓いを立てて、長谷川の気になる人の存在を心の引き出しに仕舞い、何重にも鍵をかけた後――

「は……は――」
「ちょ、またクシャミかっ!? 逃げろ、長谷川ッ!!」
「はあ?」
「――はくしゅん!!!」

 俺が警告を発するが、時すでに遅し。もうお約束な感じで炸裂するネギのクシャミ(ちなみに、俺はネギと違って見ていない。クシャミが出る直前、二足跳びで廊下へと跳び出したから)。
 何にせよ、俺と同じクシャミ被害者となり、ちゃんとした服に着替えざるを得なかった長谷川を説得して、『長谷川の2A歓迎会』を兼ねた『2A学年トップおめでとうパーティー』&『ネギ(ついでに俺)の先生就任記念パーティー』に出席させたのだった――




 回想から現実に帰還して、ため息をつきながら思う。
 何故に俺は試験が始まる前、早乙女の持ちかけた『何でも言うことを聞く』という罰ゲームに同意してしまったのだろうか、と。
 その話に同意さえしていなければ、こうして気まずい相手と二人きりになる状況は生まれなかったのに……。
 テストの成績順位で最下位脱出を果し、それどころか学年一位の座を獲得するという快挙を成し遂げた2Aの連中が、俺やネギに約束は守ってもらうと詰め寄ってきたことは記憶に新しい。
 試験を頑張るなんて、学生のやるべきことをやっただけなのに、何とも図々しいことだ。
 それはさて置き、『ネギの一日占有権』を獲得した生徒十名によってネギには十日間の地獄を、そして俺は先に述べた約束による苦界を迎えることになった。
 ネギの方は……まあ、子供ということで手加減してもらえたのだろう。それなりに楽しんでいやがった。
 最後の最後で権利を獲得した雪広さんについても、深刻な被害を被ることなく、両者実に有意義な一日を過ごしたとのこと。
 このかから聞いた話、その日は雪広さんの弟さんの誕生日『だった』そうなので、特に文句はないのだが…………………待遇が俺と違いすぎないかと、僅かながらに考えてしまう。
 俺の場合は双子を筆頭に、抽選に当たった奴ら全員に物を奢らされたというのに。

「ハァ……」

 改めて、世の理不尽さにため息をつく。遠慮というものを知らないのだろうか、2Aの少女達は? 上限金額を設定していなければ、間違いなく俺は赤貧に喘ぎ、爪に火を燈す生活を余儀なくされるところであった。
 よくよく考えたら約束したからと言って、生徒の命令で日に三万もの金銭を喪失するというのは、先生として正しいのだろうかと思わなくもない。
 だが、それも今日で最後。無駄にお金を浪費して、自分には何ら得のない物を買わされる日々ともおさらばと意気込み、十人目の権利獲得者の名が記されたクジを引いた俺を待っていたのは――――凄まじく重い気まずさ。救いがなさすぎて泣けてくる。

「あー、それで、長谷川が最後の抽選に当たった人になったわけだけど……何か命令はあるか?」
「……いえ、特に。というか、律儀に守る必要はあるんですか? 『何でも言うことを聞く』なんて無茶な要求」
「…………そうだよな、普通はそう思うよな」

 恐る恐る要求はあるかと尋ねた俺に、膝の上に乗せていた小型ノートパソコンの画面を閉じた長谷川が、冷ややかな目で問いを返してくれた。
 不機嫌になりながらも呼び出しに応じて、世界樹前広場で待っていた長谷川も大概律儀ではなかろうかと思いながら、奇妙な安堵を覚えて肩を落とす。

「……とりあえず、どこか適当な所でお茶でも奢ってもらえればいいです」
「…………」

 肩を落とした俺に憐れみの視線をぶつけた後、長谷川がそっぽを向いて要求を伝えた。できるだけ早く帰りたいがために出した要求であろうが、長谷川のあまりの欲のなさに目を剥いてしまう。
 そして、すぐに思い直す。世間一般からすれば、これで普通なんだと。
 長谷川の前に抽選に当たった奴らに見せてやりたい。あえて名前は伏せておくけど、これ幸いとばかりに新しいバッシュやシューズを買わせたり、超包子のメニューを制覇しようとしたり、食堂塔のデザート全種頼んだり、LとVだらけで目が痛くなるバッグを買おうとした連中にだ。
 まあ、全ては過ぎ去ったことと綺麗に諦め、本当にお茶を奢るだけでいいのかと長谷川に尋ねる。

「あー、他に比べて要求のレベルが著しく低いんだけど、遠慮しすぎじゃないか? もう少し贅沢を言ってもいいと思うぞ」
「著しく低いって……ほ、他の人はどんな要求をしたんですか?」

 俺の物言いに困惑し、眉根を寄せた長谷川が聞いてきたので、暫し中空を睨んで他九名の要求を振り返る。

「えーっと、上限三万で八名が±千円内に納めて、未遂に終わらせたけど一名は十二万程overした」
「……………………おかしいだろ?」
「…………俺もそう思う」

 唖然とした顔で俺を見上げ、搾り出すような声で長谷川がツッコミを入れてくれた。

「――あ」
「ん?」

 力なく笑ってツッコミに同意した時、ふと一つの良案らしきものが浮かんだので聞いてみる。

「あー、そうだ。長谷川、お茶を奢る前に服屋を見てもいいか?」
「はあ? 服屋ですか?」

 唐突に言い出した俺に訝しそうな顔を向け、長谷川が首を傾げる。
 そんな彼女の様子に苦笑を浮かべて頷き、話を続けた。

「いやー、時期的に何か羽織る物が欲しいなって。あと……その、あれだ。この間、ネギのせいで服がダメになってたし……よければ代わりのもの買うぞ? 一応、これでも就労者だし」
「――――」

 顔色を窺うような俺の言葉を聞き、長谷川の口元が引き攣って歪な笑みを形作る。どうやら、本人のあまり思い出したくない過去を蘇らせてしまったらしい。
 だが、「もしかすると、お茶を奢ることなく解散かも」という俺の懸念とは違い、長谷川が動かした口から出たのは――

「……ま、まあ、そこまで言うなら」
「え? あ……そ、そうか」

 顔を赤らめてこちらから目を逸らし、渋々といった感じに提案を承諾した少女に、やはり女の子にとって服や小物というのは抗い難い魅力があるのかと感心した。

「それじゃあ、まあ……そろそろ移動しようか」
「そうですね……」

 両者の間に少し気まずい空気が流れた後、ベンチに座ったままの長谷川を促して世界樹前広場を後にする。
 小型のノートパソコンを脇に挟んで後ろを歩いている長谷川を、肩越しに盗み見してから頭を悩ませた。
 勢いで服を買うって流れになったのはいいけど……どういう店に行けばいいんだ? この間、長谷川が着ていたような服を売っている店なんて知らないぞ、幸運にも。

「あー、長谷川……」
「な、何ですか?」
「…………特に目新しい、変わった趣向を凝らした服は売ってないけど――いいですか?」
「――そういう中途半端な気の遣い方をしないでくれますかっ!? っていうか、人を何だと思ってる!?」
「そ、そうか……そうだよな、やっぱりそうだよな」

 春休に入ったばかりの麻帆良。その麻帆良を象徴する世界樹を揺らせそうな長谷川の怒声に安心してしまった俺は、果して間違っていたのだろうか――――




「ったく、冗談じゃねえぞ、あの立ち枯れ癒し系が……」

 立ち枯れ癒し系……八房ジローって変な名前の男に連れられて入った服屋の試着室。その中で服を脱ぎながら、私は苛立ちを紛らわすように悪態をこぼした。
 あいつは私を何だと思ってやがるんだ。人のことを年がら年中、コスプレして生活してる痴女とか考えてんじゃねえだろうな?
 春休の初っ端から嫌なこと思い出させやがるし。脳裏に蘇った終業式当日の悪夢に、思わず舌打ちする。

「まあ、あの悪夢があったからこそ、こうやってタダで服をゲットできるんだけどな」

 クシャミで人の服をボロボロにするっていう、子供教師の変な手品でダメにされたバニー服の代わりとしちゃあ上々。
 精々、上限の三万を超えない程度に贅沢させてもらうぜ。服を脱ぎ終えた後、小さく呟いて試着室のハンガーに吊るした服の一つを手に取る。

「……半分嫌がらせのつもりで言ったんだが、それなりのもん選んでやがるし」

 試着用に持ってきた服を暫く眺めて顔を顰めた。下手なもん選んだら、嫌味の一つでも言ってやろうと思ったのによ……。
 手に持った、そこそこ有名なブランドの黒ジャケットに黒カットソーのインナー・グレーのショートパンツのセットに、ライムのヘンリーカットソーにグレーのカットソースカートのセット、黒のニット帽に薄ベージュのジャケット・ベージュ系のショートパンツのセットと視線を移して、張り合いがないとため息をついた。

「――って、なにガッカリしてんだ、私は!?」

 それからすぐに、自分がジロー先生に2A……もうすぐ3Aの変人達と同じ、ツッコミどころ抜群のボケを求めていたことに気付いて、猛烈に頭を振って危うい考えを霧散させる。

「あ、危ねえ。もしかして私、クラスの変人どもに感化されかけてないか?」

 さっさと試着を終わらせていきながら、怖すぎる自分の考えに肩を震わせた。
 基本、干渉しすぎない程度にしてるっぽいジロー先生はともかく、あのガキ……ネギ先生が来てからこっち、調子を狂わされてばっかだ。
 ちくしょう、私の普通の学園生活を返せよ! こう、特に変わったこともないけど、たまに学生らしいイベントで盛り上がるー、みたいな!?

「……あ゛ぁ〜、もう! 止めだ止めっ」

 『普通の学生生活』がどんなかについて考えるのを途中で放棄して、ジロー先生に選ばせた服の中からどれを買わせるかについて考え始める。
 何だかんだ言って、今日はその変人集団の一人に含まれてそうな相手に付き合ってるし、これ以上文句を言っても仕方ない。
 それに――

「ま、まあ、今日ぐらいは変人達の仲間に付き合ってやってもいいかって気分だしな……」

 試着室の鏡に映った自分を見ないようにしながら、そう呟いた。
 意味もなく赤くなった顔を意識しないようにして、選んでもらった服の中から一つ――黒ジャケットに黒カットソーのインナー・グレーのショートパンツのセットを買ってもらうことにする。
 時期的に羽織るものもあった方が助かるし、値段的にもこれが一番手頃だ。
 それなりに値段は張るけど、それでも二万でお釣りが来るし問題ないだろ。本人も上限三万って言ってたし。
 そうやって言い訳しながら試着室を出た後、試着した服を二つ元の場所に戻して、黒ジャケットのセットを持ってジロー先生を探す。
 そう広くもない店内。それなりに背もあるし、何故か微妙に目立つジロー先生の姿はアッサリ見つかった。

「お待たせしました、ジロー先生。一通り着てみましたけど、やっぱりこれが一番いい感じでし……た?」
「あー、その黒いジャケットと半ズボンのセットにしたんだ。じゃあ、それ籠に入れておいて。俺の分と一緒に払うから」

 胸中で、雰囲気が独特なせいで微妙に目立ってるのかもなと呟いて、ジロー先生に近付いて声をかけた時、偶然ジロー先生が買おうとしている服が目に入って言葉に詰まる。

「…………」
「……どうしたんだ、長谷川?」

 急に沈黙した私に、ジロー先生が不思議そうに首を傾げた。そのジロー先生の手には、背中側に『座って背中を見せている猫のシルエット』がプリントされた灰のジャケット。

「あ、あの、ジロー先生? 一体何を買おうとしているんですか?」

 思わず怒鳴りそうになるのを堪えて、震える指で眉間を押さえながら尋ねると、ジロー先生は微妙に嬉しそうな顔でニャジダスのジャケットを広げながら答えた。

「え? あー、ニャジダスの新作ジャケットだよ? だいぶ暖かくなったけど、まだ夕方辺りは寒いから。結構いいだろ、コレ」

 おいおいおい、あんた何でそんなに嬉しそうにパチモノブランドの新作ジャケット買おうとしてんだよ?
 なに、『この猫のシルエットが可愛いから愛用してる』?

「…………人の服を選ぶセンスはあるのに自分のはダメダメってなんだよっ!? つーか、嬉々としてパチモノブランド買おうとしてんじゃねえ!!」
「う、うおっ!? は、長谷川っ?」

 どうにか我慢しようとしたけど、やたら嬉しそうにパチモノブランドのジャケットを見せるジロー先生が無性に腹立たしくなって、私は手に持った服のセットをジロー先生の足元にあった籠に放り込み、店のメンズ服を置いてある場所に向かって歩き出した。

「ちょっとそこで待ってろ! いいな!?」
「へっ? あ、ハ、ハイッ」

 ニャジダスの新作ジャケットを手にしたまま固まっているジロー先生に釘を刺して、メンズ売り場を突き進む。このちう様が「まあまあセンス良い」って思う服を選んだ奴がパチモノブランドを買おうとしてんじゃねえよ。
 まったく、世話の焼けるっ! 大きく舌打ちした後、私は振り返って後ろに突っ立っているジロー先生を睨みつけて呟いた。

「上等だジロー先生、あんたが選んだ服よりもセンスの良い服を選んで着飾ってやるぜっ、bPネットアイドルの名にかけて!」

 感謝するんだな、このちう様に服を選んでもらえることを!!
 やけに不安そうにしているジロー先生に口の端を吊り上げ、私は大量に並ぶメンズ服の山を掻き分け始めた――――




 俺は一体どういう内容で、長谷川の気を悪くさせたのだろうか?
 麻帆良商店街にある服屋で買い物を終わらせた後、後ろで顔を顰めて歩いている長谷川を肩越しに盗み見して、胸中で自問してみた。
 最初から機嫌悪くはあったが、購入希望の服を渡しに来た時は少なからず機嫌良さげだったのに……。
 暫く考えてみたが、俺の疑問を満足させるに足る答えは見つからなかった。

「……結局、ニャジダスのジャケットも買ったんですね」
「え? あ、ああ、うん」

 さっきからずっと、眉根を寄せてしかめっ面をしている長谷川に声をかけられ、内心オドオドしながら返事を返す。
 店にいた時からそうだけど、随分とニャジダスジャケットに執心している感じがする。もしかして、長谷川もニャジダスグッズに興味が湧いたのだろうか?
 パチモノブランドでありながら、しっかり丁寧な作りと遊び心満載のグッズで幅広く商品展開しているブランド――それがニャジダス。
 服屋の一件でわかったけど、着る物や身に付ける物に結構な拘りのある長谷川のこと。大手のメーカーではできない小さな(小さすぎる)気配りや、買い手に語りかけるパチモノ特有の良さに気付いたのかもしれない。

「あー、ところで悪かったな、何か気分悪くさせた上に、俺の服まで選ばせたみたいで」

 密かに、今度ニャジダス専門店の場所を教えてあげようと画策しながら、手に持った袋を持ち上げて謝罪と感謝の言葉を送る。
 袋の中身は言わずもがな。店内で急に怒り出した長谷川が、その勢いに乗ってメンズ売り場から狩ってきた(誤字にあらず)服である。
 英字ロゴ入りの白いジップパーカーに灰色シャツ、それに黒いジーンズのセットと、カーキ色のボタンジャケットにストライプシャツと、青いジーンズのセット。
 服関係の雑誌は稀に立ち読みする程度で、世間一般男子の格好にそこまで詳しくはないが、長谷川が選んでくれた服は派手すぎず地味すぎずで、正直気に入ったかもしれない。
 まあ、ここ最近忙しいので、この服を着て出かける機会は少ないだろうが。

「い、いえ、私だけ良い服買ってもらって、連れが安っぽい服一枚だけっていうのもあれですし」
「……まあ、会計はこっち持ちだから問題ないんだけどね」

 顔を逸らし気味にボソボソ話す長谷川に聞こえないよう呟く。安っぽい服と仰られましたが、ニャジダスのジャケットは意外と高いのですよ?
 胸中で、作りがしっかり丁寧な分、一枚五千円を下らないニャジダスジャケットの弁護をしながら、ほんの少しだけ財布の中身に想いを馳せる。
 今日一日で、諭吉さんが六名も旅立たれました。出費の内訳は、長谷川の服――一万七千円・ニャジダスの新作ジャケット(灰色)――六千八百円、長谷川が選んだ俺の服二種類――三万六千円で、締めて五万九千八百円…………華々しく散ったなあ、おい。

「ハァ……まっ、いいか。それで、どうする長谷川? だいぶ日も落ちてきたけど」
「え? あ、本当ですね」

 今日の出費は実のあるものであったと、自分を納得させて長谷川に話を振る。携帯の画面に表示された時刻を見て、長谷川が軽く驚きの声を上げた。
 時刻は現在、夕方の五時過ぎ。春に突入したとはいえ、日が落ちる早さは健在で、すでに周囲は薄闇に包まれていた。
 それを踏まえた上でもう一度、長谷川に尋ねる。

「あー、このまま寮に帰るなら送るし、どこかで外食するなら、服のついでにご馳走するけど?」
「え……い、いいんですか? 服屋でだいぶ出費してたんじゃ……」
「まあ、あれは半分以上、俺の私物になるわけだし。長谷川自身は上限の半分ちょっとだろ?」
「そ、それはそうですけど……」

 服屋で諭吉さん六名が討ち死にするところを見ているだけに、長谷川の方もこれ以上の出費は厳しかろうと判断したらしい。やや気まずそうに、俺が持つ服屋の袋をチラチラ見て遠慮してくれる。
 実に良心と常識に溢れた長谷川の気遣いに、外で苦笑を浮かべて内で涙しながら、そこまで心配することはないと手を振って見せた。

「大丈夫大丈夫。お金は貯める為にあるんじゃなくて、使う為にあるんだぞ?」
「いや、そーいう科白をジロー先生が言うのはどうなんだよ……どうなんですか?」
「あー…………言われてみるとどうなんだろうな」

 薄闇の中でもわかる長谷川のジト目に、思わず考え込んでしまう。
 金は水物、天下の回り物。一箇所に溜め込んでは役に立たず、むしろ無用の長物、毒と化す。宵越しの金を持たぬ江戸っ子ではないが、なれば使う時は派手に使うが宜しかろう――とか考えてしまう俺は、もしかすると変わっているのだろうか?

「失礼なこと聞きますけど、教師ってそんなに収入があるものなんですか?」
「んー? 俺の場合、変な手当てとか付いてるし……少なくとも、ネギよりは多いと思うぞ」
「へ、変な手当てですか?」
「ああ」

 僅かに動揺を見せる長谷川に軽く頷き、頭の中で変な手当てを挙げていく。
 ネギのサポート料だろ、クラス副担任手当てだろ、学園の警備手当てだろ……うん、金額的には最後の警備手当てが一番大きいのに、前二つの方が仕事をしている気がするぞ。

「まあ、迷惑料とかご苦労様って意味を込めて渡される…………慰謝料?」
「そ、そーかよ……そうですか」
「それに今日で罰ゲームも最後だし、長谷川だけだったから。財布の中身を心配してくれたの……」

 だからこそ、こうして逆に贅沢を言ってくれて構わないという気になっているのだろう。
 やはり人間、ある程度の謙虚さや遠慮を持って人に接するが吉。そう結論付けて、柄にもなく人を食事に誘ってみた。

「というわけで、次の給料日までの最後の贅沢に付き合ってくれないか? 一人でやけ食いしたりするよりは、誰かと楽しくご飯食べた方がよっぽど有意義だし」
「ま、まあ、そうでしょうね……」

 至極もっともに聞こえる俺の言葉に、暫し腕を組んで長谷川が考え込み、それから酷く遠慮がちに聞いた。

「それじゃあ……夕食も奢ってもらっていいですか?」
「はいはい、どうぞ。まあ、今日でお勤めを果して、晴れて自由の身になる俺を助けると思ってくれるとありがたい」
「それだと逆に、私が奢った方がいいんじゃ……」
「あまり細かいことを気にするな。正直に言うと、ここ十日ほどで盛大に散在したから、半分自棄だったりするし」
「――プッ、クク……ス、スミマセン」

 なかなかに鋭い長谷川のツッコミに肩を落として、半眼で呟きを返す。
 その姿がツボに入ったのか長谷川が吹き出して、ようやく表情が柔らかくなった。

「あー、それじゃ行くとしますか、最後の贅沢に」
「じゃ、お言葉に甘えてご馳走になります、ジロー先生」

 頭を掻いて歩き出した俺に、後ろから長谷川が声をかけてくる。話し方が少しだけ砕けたように感じるのは気のせいだろうか?
 まだ猫を被っているというか距離を置かれている感はあるけど、とりあえず、ネギ関係で被った迷惑分は今日で返すことができたかもしれない。
 肩越しに盗み見た長谷川の表情からそう判断して、ようやく肩から力抜くことができた俺は、肺の中の空気を全部吐き出せそうなため息をついた。

「まあ、慰謝料云々は別として、楽しんでいただけたのなら僥倖さね……」

 歩きながら首を鳴らし、長谷川に聞こえない程度に呟く。
 さて、どこかに食べに行くと決めたのはいいが、果してどこに行くべきか。パッと思いつく限り、超包子しか思いつかないのだが…………特に問題ないだろう。
 頭の中で超包子行きを可決し、俺は手に持った袋を持ち直してゆっくりと足を進めた――――





後書き?) 初期の頃の原作を参考に書くと、話が全然作れない(キャラが掴みにくかったです……今も掴めてないだろうというツッコミは遠慮願いますが)。改訂版という名の、新しい話作りの最終話を終えたコモレビです。
 オチを付けるために、最後がかなりグダグダになった感がありますが……勘弁してつかぁさい。自分の勝手で削除してもらった分の話も補完しなければならなかったので。
 話に長谷川千雨を登場させたのは、服関係の話を書いてみたかったから。正直、ファッションが嫌いになるぐらい難しかったです。センスのなさが憎い。

 とりあえず、今回で新しい話を書くのはおしまいで、次からは細かい誤字の修正や段落つけ、ネタの加筆修正になると思います。
 密かに戦闘シーンをちゃんと書きたいがために改訂を始めたのかもしれないとこぼしつつ、それではこの辺で。
 ではでは。



「ライバル登場? 前編」


 拝啓 あの世のじいちゃん、ばあちゃん、それとヌイ。
 自分は先日、どうにか最終課題に合格したネギとともに、めでたく正式な麻帆良学園の教師としてスタートすることになりました。
 2年A組改め、3年A組となった彼女達も少しは落ち着きが出るかと思ったのですが、どうやら僕は甘かったようです。
 毎日毎日、騒がしいことこの上なく、毎日のように騒動に巻き込まれます。主な被害者はネギなのでまあいいか、と思っているのは秘密だけど。
 それにしても、最近の女子中学生は元気だ。双子の姉妹のやんちゃに漫研部員の『神託』は序の口。果ては野太刀を振り回したり、銃を撃ってくる銃刀法違反コンビに忍者っぽくない忍者、夕飯を買いに出た俺を襲う小麦色カンフー娘……騒動の種は尽きません。
 そんでもって現在、俺がどんな騒動に巻き込まれているかというと――新学期早々、クラスで騒がれていた『桜通りの吸血鬼』事件の犯人が、うちのクラスの金髪幼女・エヴァンジェリンさんでした。さらに真祖とかいう強力な吸血鬼だったとか。
 何故に麻帆良学園なんぞに、魔法界でその名を出せば、秋田のナマハゲ張りに子供を震え上がらせる御方がいるのかというと、彼の英雄・サウザンドマスターに『登校地獄』なんつー、冗談極まりない呪いをかけられたからだそうです。
 メルディアナである程度、人となりを聞いていた俺ではありますが、ハッキリ言って縁を持ちたくないと思いました…………もう十二分に手遅れかもしれないけど!
 まあ、行方知れずの阿呆は置いといて、『登校地獄』を解く鍵である血縁者――ネギの血を吸うために、『従者(ミニストラ・マギ)』の絡繰茶々丸と協力して生徒の血から魔力を集めておられたそうな。
 麻帆良のピンクの……じゃなかった、佐々木さんに続いて宮崎さんがエヴァンジェリンの魔手にかかりそうになったのを目撃したネギさんは、エヴァンジェリンを捕まえようと奮闘したんだが逆に返り討ちにあい、あやうく血を吸い尽くされるところでした、と。
 寸前でアスナが追いついたから助けられたけど、ネギは相当怖かったらしく、朝から学校に行きたくないと登校拒否をかまし。いつぞやの期末前と同じく、俺がネギの代わりに授業をする羽目になって大変疲れましたとさ。
 それでもって今は――

「それーー、やちゃえーーーーーー!!」
「あははは、ネギ君のちっちゃくてかわいいー!」
「うわーーん!? た、助けてジローさーーーん!!」

 女子寮内に設けられた、百人は入れる大浴場『涼風』。そこで何故か、ネギに対する大セクハラ大会が行われております。
 落ち込んでるネギを励まそうという、3Aのありがたい心遣いで始まった大浴場での宴会だったはずなのに。
 しかし、「ちっちゃい」ってあからさまな。もう少し奥ゆかしさを持とうよ、佐々木さん、和泉さん、椎名さん、他多数。一人、鼻を押さえて震えている雪広さんがぶっちぎりで犯罪者に見える。なるたけ程々にね、色々。

「……助けないですか?」
「まだ動けないし。それに、あの中に俺から入って逝けと?」

 大浴場のタイルの上で転がされている俺の横に立ち、顔を顰めた夕映ちゃんが酷なことを聞いてこられたので、同じく顔を顰めて問いを返す。
 俺には好き好んで、人の尊厳を失う危険を冒す趣味はありません。それをするぐらいなら、戦闘用な機人集団と一人で戦う方を選ぶね。
 かく言う俺も――

「ジローちゃんもこっちおいでよー」
「楽しいよー」
「おー、ジローも来てたアルか。こっち来て遊ぶアル!」
「あー、こっちに来るなー……っていうか、何故に俺はここにいる!? うわっ、服を脱がすなぁぁぁっ!!」

 寮の風呂場にて、結構ピンチしていたりします、主に貞操関係で。
 部屋で淹れてもらったお茶に眠り薬が入っていたらしく、気がつくと風呂場の床に転がっておりました。
 油断してたよ……疲れただろうと、やたらと親切にお茶を勧めてくれた真名を疑いもしなかった自分が情けない。
 ちなみに、俺がこんな目にあう原因を作った真名は、すでに「私の役目は終わった」とかほざいて部屋に戻りやがったし、眠り薬の提供者であろう楓は、俺が呪いでもかけられそうな目で睨んだ時から、風呂場の壁に同化しようと試みている。

「――――ニン……」
「いや、声出しちゃダメだろ」

 というか、その努力自体無駄だぞ、なんちゃって忍者。壁隠れ用の布より大きいから、足が見えている……っていうかその、なんだ…………女子中学生にあるまじきプロポーションのせいで壁に妙な凹凸が出来ていて、非常に目のやり場に困るんだけど。

「おほー! シャッターチャーンス!!」
「うわあっ!? 何をやっているんだ、朝倉!」
「キタよキタよー!? 次の新作のシチュが降臨したよーーー!!」
「何で風呂場にスケブと鉛筆持ち込んでる、早乙女!? クッソ、止めろ阿呆どもッ!!」

 嬉々として服を脱がしにかかってくる鳴滝ツインズとクーフェイのお子様トリオに抵抗しようと試みるが、まだ体がだるくてまともに動けん。
 人が剥かれていく様を激写しまくっている朝倉に、スケブに猛烈な勢いで鉛筆を走らせている早乙女。
 ネギで遊んでいた生徒達の何名かも、こちらの非常事態に気付きはしたが、まったくもって助ける気配なし。本当に教会で働いているのか聞きたくなる少女に至っては、理由は不明だけど朝倉に何やら交渉していやがる。
 オボエテロよ美空? 後でお前の指導役に告げ口してやるからな!

「いかん、一人じゃろくに……助けて夕映ちゃ――遠いっ!!?」

 上部分の身包みを剥がれてさすがに危機感を覚え、つい先ほどまで隣りに立っていた夕映ちゃんに助けを求めたのだが。
 いつの間に離れたのやら。優に十メートルは離れた場所で、顔を赤らめながら傍観されていました。

「せ、先生、騒ぎを楽しめとは言ったけど、人が辱められる様を放置してまで楽しめとは言ってないですよ?」
「イヒヒ、上は全部脱がしちゃったぞ〜♪」
「お、お姉ちゃん、さすがにこれ以上脱がすのはやり過ぎなんじゃー……」
「おお、かなり鍛えてるアルな。さすがアル、ジロー!」
「いい加減にしろ、お前らっ! クーフェイも、訳の分からない感心をするな!!」

 愕然とした表情で呟いた俺を余所に、危機的状況は進む。
 間違った方向で興奮したお子様(風香)が、最後の領域侵犯せんとズボンを剥きにかかる。たぶん、抵抗できない俺に必要以上に興奮してるのだろう。わきわきと動かされた手が、必要以上に怖気を誘う。

「ふふふふふ、次はズボンだー」
「や、止めろ、バカッ! 君が俺に刻もうとしているのは、最悪の記憶だぞ!?」
『きゃあああ〜♪』

 薬でまともに動けない男が、無理やり服を脱がされていく。考えるまでもなく危険なシチュエーションだ。
 ネギは一足先に死に体と化していて、もはや生贄は俺のみ。一際大きくなるクラスのみなさんの黄色い悲鳴。冗談抜きに、こんなことで黄色い悲鳴は浴びたくない。
 じいちゃん、女子中学生のテンションって、暴走すると凄いことになるんだね。

「あ゛あー、もう! いい歳さこいた娘が、なんつーはしたないことしてんだ!! 親御さんが泣いてるだよ!? ちょ、待って……許してぇぇぇっ!!」
「うーん、いいね、いいね、ジロー先生のその表情! そそられるわ〜♪」
「ネ、ネームが上手に描けましたーーー!!?」
「ハルナー、それって下書きなんじゃー?」
『おおお〜〜♪』

 得体の知れぬ恐怖にただ叫びを上げて、許しを乞う俺を朝倉は激写し続け、赤いベレー帽が降りた漫研一名はネームを通り過ぎた、ペン入れベタフラトーンで完成な絵を掲げて雄叫びを上げる。
 周囲には恥で死んでしまえそうな俺を見て、未知への好奇心に湧く少女達。うう、人前で三遍回ってワンと鳴く方がマシな恥ずかしさだ。

「誰か助けてくださいー!!!」

 顔を上げ、大浴場の天井を見上げた俺の視界に、いつも親切にしてくれる生徒指導の新田先生や高畑先生の顔が浮かぶ。二人ともやけに爽やかな笑顔で、明後日の方角を見ていた。
 タイトル・麻帆良女子寮の中心で哀を叫ぶ。

「も、もう駄目だ。舌を、舌を噛んでやる……!!!」

 そう声に出して覚悟を固め、己の舌を歯と歯の間に挟んだ瞬間、某青狸型ロボの悲鳴が浴場に響いた。

「きゃー、ネズミー!?」
「えっ!? うそ、イタチじゃないの!!?」
「キャーー!? このネズミ水着を脱がすよー!!?」

 あっという間に混乱の渦に飲み込まれる大浴場の空気。
 よくわからないけど、風呂場に潜入した謎の白くて細長いネズミだかイタチのお陰で、俺への注意が逸れたらしい。

「た、助かった……のか? よかった……」
「あんた達何やってんのよーーー!!」
「ああ、女神様……って、なんだアスナか……」
「アスナさーーん!」

 おかん、いや、いかん。どうやら、俺は精神的にかなり参っていたらしい。乱入してきたアスナが女神に見えてしまった。

「きゃっ!? ちょっと、ジローにネギ? どうしたのよ、何があったの!?」
「大丈夫、何でもない。ただ、遊び半分で一生物の傷を負わされそうになっただけで……ハハ、安心したら眠くなってきたなあ〜」

 素っ裸のネギと上半身裸の俺を見て赤くなるお年頃のアスナに苦笑しつつ、込み上げてきた眠気に誘われ、欠伸を一つ。
 理由は不明だが、目の前に長くて淡い水色の髪をした、どこか幸薄そうなセーラー服姿の少女が浮かんだ。
 側で騒いでいるネギとアスナを無視して、ただボンヤリと足のない少女を眺める。

「怖かったですー、すごく怖かったんですー!」
「抱きつくなこのエロガキー!」
「そうか、相坂さよって言うんだ。うん、そうだね相坂さん、ここは暖かいね……ああ、一緒に上がろうか」

 アスナと同じく顔は赤いが、何やら必死の形相で口を動かしている少女を見つめて、そして静かに目を閉じる。

「ひっ!? ジロー、あんた口からなんか出てる! 出てるから!」
「ジ、ジローざーん!!?」
「おかしいな、風呂に浸かってないのに湯中りしたのかな? もう、眠いよ……」
「寝るなー! 寝たら死ぬわよ!!?」

 結局その後、ネズミだかイタチの起こした騒動もアスナ様の活躍により鎮火し、俺とネギはそろって現世へと帰還することができた。
 風呂場から出て部屋へと続く廊下を歩きながら、顔を顰めたアスナがブチブチと愚痴をこぼしている。

「まったく、うちの連中ときたら! たまに悪乗りが過ぎるわね」
「たまになのか? さすがに今回は、俺も舌を噛み切ろうと思うほどに危なかったけど」
「あんたね……。女子中学生に剥かれそうになったぐらいで、死のうなんて考えるんじゃないわよ」

 ジト目で見てくるアスナに半眼を返しながら、心の中で問う。はたして、どこの世界の女子中学生が、薬で体の自由を奪って男の服を剥くんだ?
 人事だと思って簡単に言ってくれる。彼女もいないピュアな俺にとっては、人生が終わるかどうかの瀬戸際だったんだ。
 「ぐらい」なんて、そんなこと言うアスナには、明日の昼に食堂でおかずを一品、追加で注文してやる。当然、俺の自腹で。

「本当に助かりましたです、アスナ様。この御恩はたぶん忘れませんです、はい」
「は、はは。よっぽど怖かったみたいね」
「う、うう……はい〜」

 アスナの言葉に呻きながら頷いて歩くネギを見て、僅かに苦笑を浮かべる。怖かったんだな、お前の恐怖はよくわかるよネギ。

「まったく、エヴァジェリンのことで引きこもってたと思ったら、またドタバタしてるし」
「あはは。でも、みんなのおかげで少し元気が出ました」
「いやいや、あのセクハラで元気が出たなんて滅多なことは言わない方がいいぞ、ネギさんよ」

 アスナの愚痴に対して、愛想笑いを浮かべて衝撃発言をするネギに目を剥く。
 主人であり弟分の将来のために忠告しようとして――唐突に投げかけられた第三者……四者(?)の声に、緩んでいた体に緊張が走った。

『情けねえなぁ、使い魔のくせに主人を守るどころか、一緒になって酷ぇ目に遭ってるなんてよぉ。なんなら、有能な俺っちが代わってやろうか?』
「――!!」
「ふえ、だっ、誰!!?」
「ちょっと、何よいきなり!? てか、誰が喋ってるの!?」

 慌ててネギとアスナを背後に庇い、周囲に視線を巡らす。
 その間も、謎の声は人を喰った調子を変えずに朗々と響いて、俺達の耳朶を打つ。

『ふふふ、まさか人間の使い魔がいるとは驚きだぜ。巧妙に気配を隠しちゃあいるが、甘ぇ甘ぇ。俺っちにかかれば、そんなもん頭隠して尻隠さずさ――』
「だ、誰なの!?」
「ちょっと、もしかしてエヴァンジェリンがなんかちょっかいかけてきたの?」
「ふえええー!? ここ、殺されるー!!」

 声だけが聞こえてくる相手に、俺だけでなくネギとアスナの緊張も高まる。 気が抜けていたとはいえ、こんなに近くまで接近を許すとは……不覚。知らず頬を伝っていた汗を無視して、いつでも動けるように腰を落とす。
 気配が微か過ぎて、相手の正体が掴めない。ネギを襲いに来たエヴァンジェリンの刺客だろうか?
 今のネギは魔法の杖も持っていないし、茶々丸のように戦闘で助けてくれるパートナーもいない。アスナもかなり動ける方だけど、喧嘩じゃないんだ。ネギの代わりに戦わせるなんて考えは却下。
 戦うのは我一人。必然として浮かんだ選択に、自ずと高まっていく集中と緊張感。発見即殲滅――半ば自動的にその状態へ切り替わった瞬間、鋭敏になった神経が声の主の気配を捕らえた。

「そこだっ!」
『ぶげらっ!!?』
「え、なにっ!?」

 気配の下へ滑り込むように距離を詰め、掬い上げるようなアッパーカットで、白くて細長い何かを空中に打ち上げる。
 次いで、メルディアナで校長達に教えてもらった何種類かの魔法の中から、攻撃魔法の基礎中の基礎である魔法の矢――相性が良かったというか、攻撃に関してはそれしか覚えることのできなかった、火属性の『魔法の射手』を空中に生み出して拳に纏わせる。
 名づけの親はネカネさん。対象に当たった瞬間に炸裂する炎の拳打を、有無を言わさず謎の白くて細長い的へ叩きつけた。

『ぢょっ、待って――』
「抉り込むように穿つ……『閃花・紅蓮(せんか・ぐれん)』!」
『ふんぎゃッ!!?』
「ちょ、なにいきなり魔法使ってるのよ!?」

 拳から咲く灼熱の花に打ち貫かれ、車にひかれた蛙の如き呻き声を上げた何かが壁まで飛ぶ。
 突然の戦闘行為に驚いて困惑の声を出すアスナを余所に、さらなる追い討ちをせんと拳を振り上げた俺に向かって、地面に落ちて痙攣していた白い……訂正、こげ茶色の生物が体を起こし、つばきを飛ばしてきた。

『う、うぅぅ……や、やってくれるじゃねえか! この落とし前はどうつけてくれんだ、コラッ? 俺っちを舐めてると痛い目に遭うぜー!!?』
「痛い目に遭ってるのはお前の方だろ……」

 まなじりを吊り上げて抗議してくるナマモノをジト目で見下ろし、呆れ半分に言葉を返す。
 いきなり人を使い魔と看破したり、強気な発言をしたりしていたから、相当な曲者だと思ったんだけど……。
 そこにいたのは、やたらと偉そうに踏ん反り返っている、白くて細長い――

『このケットシーに並ぶ由緒正しき妖精の中の漢。その名も――!』
「テン? それともハクビシン?」
『オコジョ妖精のアルベール・カモミール様だ! てか、ツッコミにくい動物出すんじゃねーよ!? そこは普通、フェレットだろうが! やりずれーだろーが!!?』

 自称・オコジョ妖精のアルベール・カモミールとやらが、人のボケに対してツッコミを入れてくる。
 オコジョ……オコジョねえ? 俺の知っているオコジョは、唐揚げ大好きでヤンキーな可愛い小動物だけど……何故だろう、確かに同じオコジョの形をしているのに、こいつには某オコジョさんのような魅力がない。
 胸中で、やはり魅力というのは姿形ではなく、そのものが持つ人間性その他で決まるのだと結論付ける俺に代わって、驚いた表情のネギが自称・オコジョの前に出てくる。

「あーーっ、カモ君!?」
『へへ、久しぶりさーネギの兄貴♪ 恩を返しに来たぜ』
「知り合いか、ネギ?」
「うん、五年前にちょっとしたことで知り合いになったんだ」
「オ、オコジョがしゃべった……」

 思わぬところで知り合いに出会って嬉しそうなネギと、動物が喋るという光景に立ちくらみを起こしているアスナ、そしてオコジョなのに可愛くないカモミールに困惑し、眉根を寄せている俺。
 三者三様の反応を見せる者達を一瞥し、そのおこじょ妖精なるアルベール・カモミール、通称・カモはのたまった。

『さっきから景気悪そうな顔してるな、大将達。助けがいるかい?』
「いらない、帰れ」
『そ、そんな釣れねえこと言うなよ、相棒〜。同じ使い魔じゃねえか』
「そ、そうだよ、ジローさん。カモ君はきっと頼りになるよっ」

 素気無く助力を拒否した俺に対し、馴れ馴れしく話しかけてくるカモミールや、一先ず話を聞いてあげような姿勢のネギが説得を試みてくる。
 次第に興奮して迷走してくる子供とナマモノの語りを聞き流しながら、俺は密かに思った。

(混ぜるな危険って、薬品だけじゃなくて人間関係にも表示すべきだよな)

 真祖の吸血鬼とロボット娘だけでも大変だったのに、また厄介そうな新キャラが出てきたよ。
 新たに訪れた騒動の予感に、俺は一人暗鬱とため息をつくのだった――――



後書き?) うちのカモの声は『フルハウ〇』のダニーさん(吹き替え版)がいい。コモレビです(ネタが微妙でわかりにくい方は、飴を配る主夫イマジンで)。
 アニメ版でもいいけど、暇な時に興味本位でやってみたら、某ドラマで宇宙最強になってしまったオコジョぐらいには笑えました(ジロの声も決めれば、今より書きやすくなると友人に言われたのですが……そこまで声優さんに詳しくないので、わかりやすいアニメやゲームのキャラを挙げて欲しいかもです)。
 ちょっとづつ改訂が楽になってきたと見せかけておいて、もうすぐエヴァ戦……頑張ります。
 ではでは。



「ライバル登場? 後編」


 前略 あの世のじいちゃん、ばあちゃん、それとヌイ。
 詳細は疲れるから省くけど、例のオコジョを騙るナマモノが来てから大騒ぎでした。
 女子寮の生徒達が唐突に現れたペット的存在の飼育許可を取るために、今までにない程の自主的行動を迅速に行い、居住権を獲得した動物は動物で、ネギに生徒達の中から『従者』を決めろとせっついたり。
 果ては、俺のことを『同じ使い魔として、お前のことは相棒と呼ばせてもらうぜー』なんて宣言するし。
 まあ、アスナから聞いた限り、エヴァンジェリンの奴は次の満月まで大人しくするみたいだから、馬鹿やっててもいいんだけど――なんて、そうも言ってられないことを仕出かしてくれやがりました。
 今思えば、あの某淫獣に似た動物とネギを信じて放置していた俺が悪いんだけど。というか、俺は何度信じて後悔すればいいのかと、真剣に問い詰めたくなるのですが?
 先の図書館島の件然り、今回の件然り。さすがに温和な俺でも、ちょっぴり機嫌を損ねてしまうよ?
 ちなみに、俺が今いるのは麻帆良女子寮裏庭。そこで多少の怒りを滲ませながら、足の下でパタパタともがいているカモに俺は尋ねた。

「なあ、自称・オコジョのカモミールさんや。何か申し開きはあるかね?」
『い、いや、これはよ相棒……』
「誰が相棒だ、コラ」

 ネコ目(食肉目)イタチ科のオコジョ(学名・Mustela erminea)を騙る不届き者を踏み潰して尋問する。
 主な疑惑としては、ネギと一般人である宮崎このか嬢を騙し、『従者』として仮契約させかけた詐欺罪と、実は脱獄犯だったという身分詐称の罪。
 ことが露顕したのは、今日届いたらしいネカネさんの手紙がゴミ箱に捨てられていたことに、アスナが気付いたからだ。
 実に危ないところだった。手紙が来たことに気づかずに返事を書かなかったら、近いうちに本人が来ていたよ。ネカネさんの心配性は、実の家族であるネギに留まらないからな。
 ゴミ箱の中にある、丸められた手紙に気付く注意深さは脱帽もの。やっぱり君はすごいよ、アスナ!

「あ、あのジローさん……こ、これはその〜」
「で、何か申し開きは?」
「ひうっ」

 恐る恐るカモミールの弁護をしようとしたネギを無視して、足で僅かに捻りながら問う。
 何か怖いものでも見たのか、ネギが声を引き攣らせていた。
 俺の隣に立っていたアスナが、手にしたクシャクシャの手紙を突きつける。

「あんたね〜、子供をたぶらかせて何しようとしてたのよ!? ホラ、お姉さんからの手紙!! 見たわよ〜〜〜!」
「それで、何か申し開きは?」
『うっ、い、いやこれはよ〜』

 威勢良くカモミールを問い詰めているアスナを横目で見て、すぐに視線を下に向けた。
 さっきよりも大きく足の捻りを加え、眼下でもがいているオコジョ妖精っぽいものに聞く。

「で、何か申し開きは?」
「ジ、ジロー?」
(ひ、ひ〜〜っ、ジ、ジローさんがキレてるー!?)

 捻じ込ませる足の力が増しているのは、たぶん俺の気のせいだろう。こちらの様子を伺っているアスナとネギを無視して、足でカモミールを押さえながら質問を続けた。
 心なしか、白いはずのカモミールが青っぽく変色しいるような? はてさて、おかしな話があったもの。年に二回換毛するとはいえ、今はまだその時期ではないはずだけど?
 それに、換毛したオコジョは茶色と白になるはずだから、どう考えても青色はおかしいよな。
 徐々に青っぽい色から、深い藍色じみた色に変色していくカモミールを眺めて、嗜虐的な感情に目を歪める。

「でっ、なーにーかー申し開きはないんですかー?」
『あ、相棒、これには訳が! 俺っちには……』
「ん? 悪い、よく聞こえなかった。もう一度よく聞こえるよう、ハッキリ大きな声で言ってくれるかなー?」
『ぐ、ぐえええぇ〜!?』

 さあ、もうすぐ本性と正反対な白い毛並みが、腹の内と同じどす黒い色に染まる――頭の中でそう考えて口の端を吊り上げ、あと一息と力を込めようとした俺を止めたのは、横にいるアスナが繰り出した額狙いの上段蹴りだった。

「い、言い訳ぐらい聞いてあげなさいよーーーっ!?」
「はぐほっ!?」

 間抜けな声を洩らして、カモミールに乗せた足を退けてたたらを踏む。
 かなりの衝撃で揺らされた頭を右手で押さえながら、アスナにジト目と抗議を送らせてもらった。

「痛いな……急に何するんだ? もう少しだったのに」
「い、痛いのはこっちよ……あんた、どういう頭して――ってか、も、もう少しって、何するつもりだったの!? まずはこのエロおこじょに話を聞くって言ってたじゃないっ」
「いや、でもね? 勝手に『仮契約』の儀式をしようとしたし、それ相応の罰を受けてもらわないとダメだと思ってさ」
『ひいっ!?』

 俺の頭を蹴った足をブラブラさせながら、アスナがカモミールを指差して噛み付いてくる。
 そういえば、そういうことを言った気もしないでもないけど、話を聞く前に痛い目を見るのもいいのではと主張する俺を見て、ネギの横に逃げたカモミールが引き攣った声を上げていた。
 はは、いい具合に怯えてくれているじゃないか、カモよ。
 しかし、そこではたと冷静に考える。痛い目に遭わせてお陀仏になられると、話を聞く事もできない。そんな手落ちはしない自信はあるけど、なんと言っても相手は小動物もどき。
 コロッと逝かれては洒落にならないし、アスナの言い分の方が正しいのかもしれない。聞き出すだけ聞き出して、それから処分するのは使い古されているけど定番の手法だしな。

「あー、仕方が無い。アスナに免じて話だけ聞いてあげるとしよう」
『ほ、本当か!? ありがてえ、感謝するぜ姐さん、相棒!』
「よ、よかったねカモ君」
『ああ、まったくだぜネギの兄貴。それじゃ話すがよ、俺っちは無実の罪で――』

 顔に喜色を浮かべて、己の日本来訪の理由を喋り始めたカモミール……面倒くさいな、カモでいいや。カモの話を必要と思える部分だけ拾い上げながら、地面に倒れたままの宮崎さんを抱き上げ、寮の壁にもたれさせる。
 後でちゃんと部屋に運ぶけど、今しばらくは壁で我慢してくれ、宮崎さん。
 胸中で謝りながら、密かに考える。確かにカモが目に付けたように、ネギの『従者』として宮崎さんみたいな娘は良いと思う。
 ただ、コッチ側関係者じゃないからなぁ。アスナみたく、それに関わって大丈夫っていう保証もないのに、カモがことを進めるなんて想定していなかった。
 最初から一般人を巻き込むなって釘を刺しても、意味がなかった気はするけどね。類は友を呼ぶって言うし。

『それで保湿性に優れた人間の女性下着を――』
「立派な下着ドロじゃない」
「カモ君……」

 小さく嘆息して話しに耳を傾けると、カモの奴はいまだに下着について熱く語っていた。いい加減、脱獄してまで日本に来た理由を言えよ。
 そろそろ面倒くさくなって、口を挟ませてもらう。

「結局のところ、何のために脱獄してまでネギのところへ現れたんだ?」

 まあ、返答次第でそれなりの目に遭ってもらうぞと目で語りながら、カモに尋ねた。
 生き延びるための知恵に関しては、ネギよりもよっぽど高いであろうカモが冷や汗をかきつつ、身振り手振りを加えて理由を話し始める。

『そ、それはよ相棒、お前ぇと同じく兄貴に使い魔として雇ってもらおうと思ってよ。『立派な魔法使い』候補の使い魔ともなりゃあ、追っ手も手出し出来ねえって寸法でね』
「なるほど、理に適っているな」
「あ、あんたね〜」

 実に清々しいまでに計算された理由に、呆れてぼやいているアスナの横で軽く納得の声を上げてしまった。

「要するにあれだな、お前さんは自分の隠れ蓑を確保するために、ネギを騙して『従者』の仮契約を結ばせて、有能な使い魔としてポイントを稼ごうとしたわけだ」
『そうなるな。いや、実際相性がいいから、そのお嬢ちゃんを選らんだんだがよ――すまねぇな、兄貴に姐さん、それと相棒。ネギの兄貴に助けられた恩を仇で返そうとした俺を笑ってやってくれ』

 特に怒るでもなく、再度繰り返して尋ねた俺に頷き返したカモが帽子を取り出す。
 最後くらいは潔くいきたいと考えたらしく、取り出した帽子を被ったカモは、夕焼けに染まる寮の裏庭から去っていこうとした。
 それなりに哀愁を漂わせたカモを背中と、沈みかけな夕日が生む影法師を横目に、アスナがこっそりと聞いてくる。

「ねえ、どうすんのよジロー。あいつ、あのまま逃がしてもいいの?」
「さて、どうするって言われても……放っておけばいいんじゃないか?」
「あんたね……まあ、気持ちはわかるけど」

 半眼でカモを見送りながら言った俺に、アスナの奴も呆れ半分で同意している。
 実際、捕まえて引き渡すのも心苦しいしな。俺としては――生きるために必要だったのなら仕方あるまい。今の世の中、就職難だしって気分だ。
 さらばだ、カモ。縁があったらまた会おう、次はヘマをするなよ? 些か不穏な激励をかけつつ、俺が小さくなるカモを見送っていると、ネギの奴が唐突にカモを引き止めた。

「ま、待ってカモ君!」
「ハァ……」
「し、知らなかったよ……カモ君がそんな苦労をしていたなんて」

 ネギの制止の声を聞いて、ため息一つ。まあ、ネギの性格からすれば、こうなるのはわかりきっていたけど。
 新しい使い魔、予想はしていましたよ。これでも、ネギのことを一年近く見てきましたから。
 世間の魔法使いのイメージより過分に純真すぎる気もするけど、そこはまあ、ネギの長所として見てやってもいい……のか?

「あー、これで俺が楽できるなら、新しい使い魔仲間大歓迎なんだけど……。どうしてかなー? 身内が増える度に、俺の気苦労が増加傾向にあるように感じる」
「ま、まあまあ、仕方ないじゃん」

 空を見上げてボヤいた俺に苦笑し、取り成すようにアスナが慰めてくる。
 知ってるかい、アスナさん? 諦めは愚か者のすることらしいぞ?
 そんな俺達のやり取りも知らず、ネギとカモは三流な芝居を続けていた。

「わかったよカモ君!! 君も僕の使い魔、ペットとして雇うよーー!」
『あ、兄貴? い、いいんですかい、こんなスネに傷持つ俺っちなんかで!?』
「うん! 月給は五千円でどう!?」
『じゅ、十分でさあ兄貴ーーー!』

 誰のお陰で、俺が今もこうして使い魔してるのか知っての発言か、あ゛ぁん?
 いや、別にいいんだけどね。ネギの使い魔兼ペットとして発言を聞き、僅かにこめかみに血管を浮かべながら、冷静さを取り戻すためにため息をつく。

「まあ、今の状況そのものに不満…………は多々あるけど、嫌気が差してるわけじゃないし」

 その後、ネギとアスナに宮崎さんを運んでもらって御退場願った俺は、寮の裏庭でカモと差し向かいで立っていた。
 さて、と一拍置いてから話の本題にはいる。ここからは使い魔兼保護者な俺と、世間の荒波を知っているカモとの『大人』な会話だ。

『……それで、なんの話があるってんだい相棒?』
「あー、ある程度は想像ついていると思うんだけど?」
『まあな』

 訝しげな表情で尋ねてきたカモを見下ろし、互いに腹を探り合うように視線をぶつける。
 ネギは信じていたけど、普通に考えて妖精のカモが下着を盗んだ程度で刑務所送りにはならないだろう。イギリスの妖精のイタズラなんて、洒落にならないのばかりなんだから。
 たった一年足らずの俺でもわかるんだ。こいつも結構、魔法関係……延いては世の中の「表」だけではない、「裏」の汚いものも見てきているはず。

『とりあえず、兄貴にゃ必要のないことは極力黙っておく、でいいのかい?』
「時期が来れば、勝手に関わるか知りたがるかするだろうけどね。正直、今のあいつじゃパンクするだけだろう」
『確かにな……。真っ直ぐで人が良いのは兄貴の長所だが……ちぃっとばかし甘ぇな。人に付け込んでくれって言ってるようなもんだぜ』
「まあ、今回はお前がそれをしたわけだけど」
『そ、それは言わねえ約束だぜ、相棒♪』

 話の焦点を微妙にぼかしながら、ツーカーで話を進めていく。
 あー、何だか久しぶりに真面目というか、まともな会話をしている気がする。基本、『良い人』しかいないし、麻帆良って。こういう、酸いと甘いが入り混じった話をすると、みんな嫌な顔するんだよねー、自分達は無自覚で話すくせに。
 苦虫を噛み潰した風な俺の顔を見てか、カモの奴は苦笑を浮かべている。

「まあ、あれだ。今回みたいなことをしたら仕置きするとして、行き過ぎない程度に『世の中の仕組み』を教えてやってくれ、純粋無垢な『立派な魔法使い』の卵に」
『フッ、オッケーだぜ、相棒。でもよ、いいのかい? 使い魔ともあろう者が、主人に悪いことを教えろなんて言ってよ』
「仕方がないだろう? 周りにそれを教えてくれる『大人』がいないんだから。当の本人も、周りの環境を理解していない節があるし」
『表現としちゃあ、ちと外れるが……反面教師になれってことだな? 俺っちに』
「まっ、そういうこと。八房家のもっとーは、『清濁併呑によりて強く逞しくなれ』だし。非行に走らないよう程ほどに頼むよ、先生?」

 最後に多少の遊びを交えて結託を結ぶ。両者の顔に浮かぶのは、どこか皮肉めいた苦笑。
 真っ白でもなく、真っ黒でもない。程ほどに綺麗に見えて、程ほどに汚れても見える、灰色な使い魔二人の密談がそこで終わる。

「あー……これからよろしくな、相棒」
『こっちこそよろしく頼むぜ、相棒』

 肩にカモを乗せて、宮崎さんを運んでいったネギ達に合流すべく歩きながら、こいつとは何だかんだで気が合いそうだと思った。
 たぶん、向こうもそう思っているのだろう。肩に乗るカモの横顔からは、鼻歌でも歌いだしそうな気楽さが感じられた。
 カモと共感らしきものを得て、心強い味方が現れたものだと、胸中で密かに呟いたその翌日――

「――そうそう、タカミチや学園長に助けを求めようなどと思うなよ。また生徒を襲われたりしたくないだろ?」
「――――」
「うぐっ……うわああ〜ん!」
「あー……」

 翌朝、学園の下駄箱のところで鉢合わせ、嘲笑を浮かべながら脅しをかけるエヴァンジェリンと、礼儀正しく一礼する茶々丸。
 その二人から、泣き声を上げてダッシュで逃亡をかます我らの御主人様がいたとさ。
 敵とはいえ、サボりをかますと宣言した生徒に脅され、泣きながら逃げるのはどうかと思う。

『相棒よ〜、こりゃ先は長そうだぜ』
「そうだな……。あー、カモ、お前は先にネギのとこに行っておいてくれ」
『合点承知だぜ!』

 俺の言葉に頷き、肩から飛び降りてテッテコと走っていくカモを見送り、一瞬だけだが思う。
 ああしている後ろ姿だけは、本性を知っていても少し可愛いかもしれないと。

「それで、貴様はなんの用だジロー先生? 何か私に文句でもあるのか?」
「いや、別に。あまりネギを虐めないでほしいな〜、この金髪幼女! とか、茶々丸も従者なら主人の非行を諫めてほしいな〜、なんてこれっぽっちも考えてないぞ?」
「申し訳ありません、ジロー先生。マスターの命令ですので」
「ええい、律儀に謝るな茶々丸! 貴様もキッチリ文句言ってるじゃないかっ、喧嘩を売ってるのか!?」

 こちらの軽口に対して律儀に怒るエヴァンジェリンを見下ろして、胸中で診断結果を述べる。カルシウム不足だな。しっかりとっておかないと背が伸びないぞ?
 まあ、骨粗鬆症始まってもおかしくない年齢だけど本人が真祖の吸血鬼である以上、関係のない話かもしれないが。ただ単に、本人の沸点が低いだけっぽいし。
 軽く苦笑して、敵意も害意もないことをアピールしながら話を続ける。

「いいや、滅相もない。少し唐突に、エヴァンジェリンさんと茶々丸さんが茶道部だったと思い出して。よければ今度、お茶を飲ませてくれないかって頼みたかったんだ。何だか久しぶりに抹茶が飲みたくて」
「はあ? ふざけているのか貴様――」
「それでしたら、今度部室までお越しください。お待ちしております」
「あー、どうも。それじゃお言葉に甘えて、近いうちにお邪魔させてもらうよ」
「おおいっ!? 勝手に許可するなよ、このボケロボッ!」
「ああ、そんなに勢いよく巻いては……」

 こちらの意図を測りかねてか、はたまた自分の縄張りに入ろうとする俺が気に入らなかっただけか。とりあえず、警戒を浮かべた瞳を向けて詰問しようとしたエヴァンジェリンを余所に、クールな無表情を湛えた茶々丸が了承してくれた。
 彼女が話のわかる娘でよかったと内心で安堵の息をつきながら、話を勝手に切り上げてその場を立ち去る。
 サボリを注意した方がいいのかもしれないけど……まあ、最初に諫めるべき立場の担任が逃げた以上、副担任な俺には荷が重い問題さね。
 適当な言い訳で自己弁護しつつ、わめきながら何故か茶々丸の頭にゼンマイを差し込んで巻いているエヴァンジェリンを残し、俺は今後の展開を考えて苦笑を浮かべた。

「カモが反面教師だとして……だったら俺は何になるんだろうな?」

 さしずめ、問答無用で試練を与える師匠キャラ辺りかもしれない。
 ふざけたことを考えて、あまり似合ってないなと思いながら、俺は教室へと足を進めるのだった――――



 後書き?) 改訂することで少しは読みやすくなったかな、と微かに思ってしまうコモレビです。
 書いておいてなんですが、バカ息子の枯れ具合……とは少し違う何かが大幅に増加している気が。まあ、ジロだから別にいいのですが(全体のテンション高いのにこいつまで高かったら収拾がつかなくなりそうですし)。
 とりあえず熱湯にぬるま湯入れて、程よい温度にしていきたいと思います。
 ジロのコンセプトとして、『魔王に一泡吹かせる老人』等を目指していますと、適当なことを言い残して。
 ではでは

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