「無礼講で戦闘行為?」


 何だかんだで、俺は見通しというものが浅い男だったのだろう。
 自己紹介で『魔法』という単語をこぼしかけたネギにヒヤリとしながら、まあ信じておけば大丈夫と信じた結果――――就任初日で魔法のことがバ・レ・マ・シ・タ!!!
 クラスのみんなが開いてくれた歓迎会の真っ只中、肉まん片手に俺は遠い目で空を見上げた。
 じいちゃん、ばあちゃん、それとヌイ。本当なら歓迎会を楽しみたいけど、少しブルー入ってます。ジローです。
 人間、そう簡単には成長しないんですね? 俺を並行世界から喚ぶという大ポカをやらかしておきながら、ネギ少年は安易に魔法を使う危険性を悟っていなかったようです。
 でもお腹は空いてるので、食べるものは食べてます。ジローです。

「あ、美味い……凄く美味い」
「フフフ、それはウチの自慢の料理人が作った特製肉まんヨ」
――超包子っていいます。よろしければ、また今度お店のほうにいらっしゃってください。

 肉まんを頬張って感激している俺に、健康的な頬と少し片言な喋り方をした、お団子ヘアーの少女が腕組して自慢してくる。
 一緒に近付いてきた、温和で健康そうな体つきをした少女が頭を下げて、自分達が運営しているというお店――『超包子』とやらの紹介をしてきた。
 なんでも結構な繁盛店で、そこのオーナーをお団子ヘアーの少女……超鈴音って娘がしていて、主力の調理人をコロッとした女の子……四葉五月さんが務めておるそうな。
 十代でそういうことを出来るとは、随分シッカリした娘さん達だ。じいちゃん、ばあちゃん、それとヌイ。どうやらこの世界、骨があって自立した少女が多いようです。ジローです、ジローです、ジローです…………。

――肉まんだけじゃなくて色々な中華料理がありますから、よければ今度来てください。
「御代はちゃんといただくけどナ。ま、初回特典で10%OFFぐらいはサービスしてあげるヨ♪」
「しっかりしてるなー……まあ機会があればご馳走になりに行くよ、財布持って」
「フフ、楽しみにしてるヨ。あ、私は超鈴音いうネ。コッチは――」
――四葉五月です。
「はいはい、ご丁寧にありがとうございます」
「じゃ、私達は行くネ。パーティー、楽しんでくれ」

 超さんとやらが、ポケットから超包子のチラシを取り出し、押し付けるようにして渡す。店の宣伝を終えて満足したのだろう、さっさと踵を返して去る超さんに続き、四葉さんも頭を下げて離れていった。
 それに手を振って見送り、胸中で大きく息を吸って叫ぶ。
 さて、ネギさーん! あなた何やってくれてやがりますか!!? せっかく俺を召喚したこと不問にして、さあこれから『立派な魔法使い』の第一歩を踏み出してもらおうって時に!!
 しかもバレた相手は、朝に大喧嘩していた相性最悪っぽい神楽坂明日菜嬢!!
 バレた原因は、階段から落ちた出席番号27番・宮崎のどか嬢の救助って話だから、怒るに怒れねぇぇぇぇっ!
 まあ、アスナと高畑先生の仲を取り持つって条件で黙ってくれるみたいだし、とりあえずは静観の方向でいくとしよう。やったらめったら、記憶なんて消すもんじゃないしな。
 やっぱり麻帆良に来る前に、ネギに一般世間での立ち居振る舞いを叩き込んでおくべきだったか?
 そんなことをぼんやり考えていると、一人の少女がお茶の入った紙コップ片手に歩み寄ってくる。肩口まである髪を左サイドで括った、少し目付きの鋭い小柄な少女だ。

「…………あの、どうかしましたか八房先生? 顔色が優れないようですが」
「あー……確か、出席番号15番の――」
「出席番号15番、桜咲刹那です」

 咄嗟に名前が浮かばなくて言い澱んだ俺に頭を下げ、桜咲さんが一礼してみせる。
 ちと悪い事をしたかと思い、苦笑しながら彼女の問いに答えた。

「教師なんて初めて……なのは当たり前だけど、こんなにテンションが高いクラスだとは思ってなかったから。少し驚いているかもしれない」
「そうですか」

 言いながら、遠くの山でも眺める感じに桜咲さんの様子を探る。
 左肩越しに覗く刀袋。一見すると木刀でも入っている風だが、揺れ方とか見た限り真剣だよなー、やっぱ。
 今時、身の丈もある野太刀を担ぐ少女がいるとはねぇ……やっぱり変な世界だよ、ばあちゃん。
 糸目になって唸っている俺を不思議そうに見て、桜咲さんが話を進めてきた。

「すでにお聞きかと思いますが、私がこのかお嬢様の護衛役です」
「あー、学園長から聞いてるけど……それで何の用?」
「えっと、学園長から聞いていないのでしょうか? 顔合わせを兼ねた腕試しを行うように言われたのですが……」
「…………は?」

 非常に言い難そうに告げられた桜咲さんの話に、目が点になる。聞いてませんよー、そんなこと。
 桜咲さんに少し待ったをかけ、今朝の学園長室での会話を思い出してみるが、やはり記憶の検索にそうした内容はHITしなかった。
 思わずしずな先生と一緒に歓迎会に顔を出し、楽しそうに酒を飲んでいた高畑先生を見て、視線で桜咲さんの言っていることが真か否かを問うてみる。

『――――――』

 なになに、「あっ、ゴメン。伝言するの忘れてたよ」? ダメだコリャ!
 燻された笑いを浮かべ、手を上げて謝る高畑先生に力が抜ける。なあ、ネギ……この麻帆良学園って、意外とダメダメかもしれないぞ。

「あの、それで……」
「あー……どうせ断ったら別の方法で腕試しさせられるだろうし。わかったよ、了解です」
「そ、そうですか……すみません、失礼します。あ、場所は世界樹前広場です……で、では」

 顔を顰め、頭を掻きながら了承した俺に、桜咲さんは綺麗な一礼をしてから去る。
 去り際、かわいそうなものへ向ける瞳で見られたのが、地味に俺の心に棘を残した。

「モグムグ――――ハァ……」
「なにやら湿っぽい空気でござるな……。せっかくの宴なのだから、もう少し楽しんだ方がいいでござるよ?」

 桜咲さんが離れた後、二つ目の肉まんを齧ってからため息をついた俺に、また新しい生徒が話しかけてくる。
 本当に中学生かと問いたくなる長身と、その……俗に言うモデル体系な糸目の少女で、オカッパと見せかけて後ろを尻尾の様に伸ばした珍しい髪型だ。

「まあねー、就任早々面倒事がやって来たって感じで。っと、出席番号20番の長瀬楓さんでよかったかな?」
「ん、正解でござるよ。八房先生……ジロー先生とお呼びした方がよろしいか? まあ、お茶でも飲んでリラックスするでござるよ」
「あー、別に呼び捨てでもいいよ。ところで、長瀬さんは何の用? まさか、桜咲さんと同じで――」

 差し出してくれたお茶をありがたく頂戴してから、長瀬さんに半眼を向けて後ずさる。
 今朝の自己紹介の時、桜咲さんやその他複数の娘達と同じく、興味津々な生徒達とは別の意味で人の事を探っていた人だけに、警戒するのは仕方がないことだ。

「ヒドイでござるなー……。落ち込んでいる様子だったので、こうしてお茶を持ってきたのに」
「う、悪い……」
「まあ、腕前を拝見したいとは思っているでござるが、無理強いするのも失礼でござろう?」
「――気を遣ってくれてありがとう、長瀬さん……」

 疑心暗鬼に陥っていた俺に、呆れ顔でお茶を差し入れてくれる長瀬さん。
 人の優しさに胸を震わせながら、素直にお茶を頂戴した俺に苦笑して、長瀬さんが握手を求めて手を上げて見せる。

「まあ、それを飲んで気を楽にするでござるよ。あと、拙者のことは呼び捨てで構わぬでござる。ジロー殿の方が年上でござるしな」
「あー、いいのか? それじゃあ……至らぬ所は多々あると思うけど、一つよろしく頼むよ、楓さん」
「あいあい、『さん』も別につけなくていいでござるよ」

 ちと躊躇ったが、こうして友好的な態度で接してくれているのを無下にするわけにもいかず。
 恐る恐る手を握って言った俺に、楓さん……楓の方はやんわり握り返して笑った。

「それにしても……凄い手だな。こういう言い方するのは失礼だけど、この歳でたいしたもんだ」
「十六歳のジロー殿が『この歳』でと言うのは変ではござらぬか? そ、それと、そろそろ手を離してもらってもいいでござるか……あまり握って気持ちのいい手ではござらぬだろうし」

 相当過酷な鍛錬を続けているのだろう。手にはいくつかの小さな傷が刻まれていた。
 やはり、女の子としてそういうことで褒められても嬉しくないのか、顔を赤らめた楓が苦言を呈してくる。

「あー、悪い。女の子にこの言い方はアレだったか……でもまあ、しっかり鍛えている証拠だろ? こういう手も綺麗だと思うぞ、俺は」
「そ、そうでござろうか……」
「傷やタコがあるっていっても、充分女の子らしい手だし……。何なら保証してもいいぞ」
「――――な、なかなか変わった御仁でござるな……」
「そうか?」

 手を離してそう保証すると楓は暫し呆気に取られ、それから困った風に頬を掻いて呟いた。
 何気に失礼な楓の呟きに首を傾げてから、ついと視線を巡らせて我が御主人の様子を窺う。
 どういう流れでそうなるのかは不明だが、さっき助けた宮崎さんに図書券を貰ってワイロだアタックだと騒がれていた。
 別に悪いこともしてないのに、ああやって大騒ぎするのはかわいそうじゃなかろうか? 見た目内気な宮崎さんだ、相当頑張っているだろうに。
 まあ、虐め云々じゃないし……大丈夫だろ、高畑先生だっているんだ。

「さてっと」
「おや、もう行くのでござるか?」
「もう少し楽しんでいきたかったけど、桜咲さんがもう広場に行っちゃったみたいだし。あ、お茶ありがとうな。だいぶ肩の力が抜けたよ」
「そ、それはよかったでござる。力が抜けたというか、力が入らなくなった感じでござるけどな……」

 面倒くさいと思いながらだが、さすがに行くと言った以上、行かないわけにはいかず。気遣わしげに言ってきた楓の肩を軽く叩いて、問題ないと伝えて教室を後にする。
 教室を出しな、どこに行くのかと聞いてきた生徒達には『学園長に書類提出するのを忘れていた』と適当なウソをついて誤魔化し、高畑先生には目線で後は頼みますと伝えておいた。
 極僅かに、ネギにばれるかもしれないと心配もしたが、御主人はアスナと高畑先生の間を行ったり来たりしていたので、心配は皆無と判断して放置する。
 まあ、ネギもアレで『立派な魔法使い』候補だ。自分で問題を解決する程度に力は持ってることだし、あまり心配ばかりしてもいけない。
 適当に結論付けた俺は、アスナとネギの凸凹コンビに生暖かい視線を送ってドンチャン騒ぎが続く教室を後にした。

「さって、得物は何にしようかなぁ」

 廊下に出て、ため息と一緒にぼやき混じりで呟く。就任早々、なます切りの危機。ついでに桜咲さんと一緒に、プロフェッショナルな空気を持った褐色肌の少女もいなくなってたし……ハァ。
 重く長くため息をついて、俺は世界樹前広場へ向かって足を進め出した。やっぱり、武器の一つは持っていった方がいいよな――――



 世界樹前広場。如月の刺すような風が吹く中、桜咲刹那はもうすぐここに来るであろう青年について考えていた。
 八房ジロー。正直、ふざけた名前だと思った。元は『次郎』だったらしいが、今時子供にそんな名前を付ける親がいたとは恐れ入ると、刹那は独りごつ。
 今日担任として就任した、ネギ・スプリングフィールドという子供が使い魔召喚の儀式に失敗して、並行世界だか異世界から無理矢理喚んでしまった人間の使い魔。
 学園長に聞いた話だと、半年以上友人――メルディアナ魔法学校の校長直々に『英才教育』を受けたらしいが…………。
 胸中で青年の境遇について考えていた刹那に、隣りで腕を組み目を瞑って立っていた、長いストレートの黒髪で褐色肌の少女――龍宮真名が声をかけた。

「来たようだぞ、刹那」
「わかっている」
「うわ、やっぱり二人いるし……あー、こんばんは」

 いかにも疲れた風にため息をついて挨拶してきたジローに一礼して、刹那は観察する。背広のズボンとYシャツに緩めたネクタイを着け、片手に定寸(刃渡り二尺三寸程度)と思しき木刀を引っ提げたジローの姿を。

「突然お呼び立てして申し訳ありません。今から学園長の命令で、八房先生が『裏』で私達と共に戦えるだけの力を持っているかどうか見させていただきます……その、本当にすみません。私だけじゃなくて、隣に居る龍宮とも戦ってもらうことに……」
「まあ、運が悪かったと諦めてくれ。学園長から報酬を払うと言われてね、仕方なしなんだ」
「とうの昔にわかってるよ。あまり運が良くない方だって」

 面倒くさげにぼやき、持ってきた木刀で肩を叩く不真面目なジローの姿に、僅かばかり刹那の表情が厳しくなる。
 それに気付き、自分の指で眉間を指したジローが刹那に声をかけた。

「桜咲さん、あまり眉間に力を入れない方がいいよ? 皺になったら、可愛い顔が台無しだ。もう少し緩くいこう、緩ーく」
「なっ、からかわないでください! 私がカッ、可愛いなんて冗談……それよりも、これから試合なんです! 気を抜いていたらタダじゃ済まないケガをしますよ!?」
「落ち着け、刹那」

 突然ジローが言い出したことに慌て、顔を赤らめて声を大きくした刹那の肩を真名が軽く叩き、ジローへ薄い笑みを浮かべて言う。

「フッ、最初見た時から思っていたけど……結構な役者だね、八房先生?」
「ん? 俺は思った通りのことを言っただけだぞー、桜咲さんは可愛いなって」
「だ、だからっ……!」

 面と向かって『可愛い』などと言われたことがない為、顔を真っ赤にして言葉に詰まっている刹那を放置して、ジローと真名がそれぞれの得物を用意する。
 ジローは手に提げていた木刀を両手で持ち、刃を横に向けた下段の形に置く。対する真名は制服の懐に手を突っ込み、左右それぞれから黒くて重量のある鉄の塊を取り出した。

「――デザートイーグルで、しかもトゥーハンド? 肩おかしくなるぞ……」
「なに、心配はご無用だ。刹那、そろそろ始めるぞ。明日も学校で朝早いんだ」
「えっ? あ、そうだな――」

 げんなりした顔で注意するジローに微笑み、『ハンドキャノン』の異称を持つ拳銃を二挺構えた真名が、銃口を二つともジローに向けて刹那を注意する。
 急ぐ理由が微妙に学生くさいのはご愛嬌というもの。

「そ、それでは行きますよ、八房先生」
「あー、始める前になんだけど」
「……何ですか」
「……い、いや、気を悪くさせたなら謝る」

 気を取り直して、いざ勝負といったところで掛けられたジローの待ったに、刹那の表情が一段と険しくなる。
 次第に険悪になってゆく刹那との空気に、苦笑しながら謝ったジローが一つの提案を出した。

「あー、一つ提案したいんだけど……二人に俺が勝ったら、『八房』って呼ぶのを止めてくれないか」
「それはどういう意味だい」
「苗字で呼ばれるのは嫌、ということでしょうか?」

 銃と、鞘に納めたままの野太刀を構えた真名と刹那の問いに、ゆっくりと木刀を正眼に構えたジローが小さく頷く。

「まあ、それなりに。あと普通に勝負して「ハイ、おしまい」じゃ、いまいちやる気が出ないし」
「フフッ、それは確かにね。報酬もそう多いわけじゃなかったし」
「龍宮っ! つ、つまり勝負して八房先生が勝った場合、私達は名前で呼べばいいということですね?」
「あー、そうそう。変なこと言い出してゴメン」

 言い終わり、苦笑を浮かべていた顔を引き締めるジロー。

「八房先生のリクエストについては了解した。それで、八房先生が私達に負けた場合はどうするんだい?」

 徐々に硬さを増す空気の中、薄く笑みを浮かべた真名がそう尋ねる。向けられた瞳には、ジローの『二人に勝ったら』という条件が困難だということを言外に語っていた。

「そうだな……じゃあ、俺が負けたら好きなことを『常識内で』一つ要求してくれ」
「フム、それは随分と太っ腹なことだね」
「いいんですか? 八房先生にとって、断然不利で割に合わない賭けなのですが……」

 さも面白そうに頷いて了承の意を示した真名に対し、刹那の方は突然の賭けや、その内容に困惑してジローを窺うように見る。

「あー…………じゃあ、俺が勝ったら二人と同じ様に『常識内で』一つ言う事を聞いてもらうに変更で」
「あ、あまり変わっていない気がするのですが……」
「まあ要するに、それぐらいのリスクを覚悟して戦いますってことで」
「はあ……」

 頑として勝った時の条件を変えないジローに冷や汗を垂らし、それでやるしかないと諦めた刹那が、左手に提げる木鞘から刃を抜き放つ。
 小柄とはいえ、刹那の身の丈に届きそうな野太刀の刃が、寒風の中で燐光を燈した。
 刹那が納める京都神鳴流において、妖怪の巨躯を断ち切るために遣われる野太刀。銘は『夕凪』という。

「京都神鳴流・桜咲刹那――手合わせ願います」
「ネギ・スプリングフィールドが使い魔・八房ジロー。胸を借りるつもりでやらせてもらいます」
「やれやれ、二人して時代がかったことを……まあ、別にいいがな」

 ずっしりと体を沈め、夕凪を脇に構えた刹那が、冬の強い風鳴りにも負けぬ名乗りを上げ、木刀を正眼に構えたジローが同じく名乗りを返す。
 律儀に挨拶を交わす二人に呆れ、かぶりを振った真名がいつでも駆け出せるように腰を落とした瞬間、三人が同時に動き出した。

「ふっ!」
「なっ!?」

 ジローに向かい、真っ直ぐに飛び出した刹那から驚きの声が上がる。鋭い呼気を発して駆け出したジローが向かったのは、正面にいた刹那ではなく、ジローの右側面に回りこむように動いていた真名。

「甘いっ」
「――チッ!」

 木刀を下段に構えて、体を屈める様にして駆け寄るジローへ左の銃を向け、真名が頭・肩・胸の三箇所を狙って続けざまに引き金を引く。
 不意を突いたが容易く反応されたことに舌打ちし、ジローが大きく横に跳んだ。直後、ついさっきまでジローがいた場所の後方に、三つの銃痕が穿たれる。

「ハァッ!」
「せぇっ!!」

 横へ跳んだことで真名の銃撃を避けたジローに向かって、夕凪を大上段に掲げた刹那が一足飛びに近付き、ジローの脳天目掛けて太刀を振り下ろした。
 刹那の苛烈な打ち込みに対し、左脇から切っ先を振り上げるように持ち上げられるジローの木刀。世界樹前広場に鈍い衝突音が響く。

「――っ、随分と……丈夫な木刀、ですね?」
「ッ……魔法の杖を作るのに使う、特別な木から削り出した特注品だからなっ。魔力で強化してやれば、この通り……!」

 夕凪の一撃を受け止め、ろくに傷も付かなかった木刀に驚いている刹那に、口の端を吊り上げて皮肉げな笑みを浮かべたジローが種を明かした。
 ギシギシと、鍔元で噛み合った夕凪と木刀が軋む音を立てている。
 ジローと刹那が渾身の力で鍔迫り合いをしていた時、ジローの左側面に真名が現れ、迷うことなく銃口を向けて引き金を引いた。

「危なっ!!?」
「くっ!」
「クソ、外したか」

 真名に銃口を向けられ、慌てて迫合いう力を緩めて刹那の体勢を崩し、彼女を突き飛ばす反動を利用して後方へ逃げたジローに、真名が舌打ちとともに呟いた。
 言い終わり様、真名の二挺拳銃が火を噴き、後方に跳んで逃げたジローへ銃弾を吐き出す。

「っ、おわっ! 当たったらどうする!?」
「当たってもゴム弾だ! 少し痛い程度で済むっ」
「痛いで済まないだろ、ソレェェッ!?」

 決して足を止めることなく横へ走りながら、身を屈め翻す舞の如き動作で弾を避けたジローが叫ぶ。
 至極まっとうに思えるジローの抗議に怒鳴り返し、引き金を引き続ける真名。

「どけっ、龍宮!!」
「ッ!!?」
「神鳴流奥義――斬空閃!」

 唐突に刹那の声が上がり、それを合図に銃を撃つのを止めた真名が横へ逃げる。ジローに諸手で突き飛ばされ、地面に倒れていたはずの刹那が、真名の背後で夕凪を上段に構えて立っていた。
 世界樹前広場に響く掛け声とともに、刹那が夕凪を振り下ろす。間髪入れず、夕凪の刀身を覆っていた気が、三日月の形となってジローへ飛翔した。
 目を見開いたジロー目掛けて、気の斬撃が飛びかかる。

「――っ、らあっ!!」

 回避不可能な間で放たれた攻撃に対し、ジローが取った行動は至極単純だった。
 手にした木刀を両手で持ち、肩に担ぐようにして振りかぶって――――バットでも振るかの如く、全力で振りぬいた。
 飛翔する気弾と魔力で覆われた木刀の刀身がぶつかり合う。結果、振りぬく勢いも付加されていたのか、魔力で覆われた木刀によって気弾が打ち砕かれた。

「なっ!?」
「気を抜くな、刹那!」
「!」

 野球のボールを打つ様に気弾を叩き砕かれたことに驚き、硬直した刹那に真名が警告の声を発した。
 はっと我に返った刹那の目前で、丁度バットを振りぬいた姿勢になっていたジローの姿が掻き消える。

「――ちょいとごめんよ」
「瞬ど――カフッ!!」

 瞬動を用いて一瞬で刹那の前に移動したジローが、木刀の柄で刹那の水月を強打する。

「チッ――」
「せりゃあっ!!」
「なにっ!?」

 水月を押さえて蹲るように膝をついた刹那の姿に舌打ちし、二挺拳銃をジローへ向けた真名から驚きの声が上がった。
 膝をついた刹那を一顧だにせず、真名へ向き直ったジローが木刀を振りかぶり、全力で投げつけてきたのだ。
 意表を突くジローの行動に、一瞬判断が遅れる真名。その間に、回転して唸りを上げる木刀が真名へ迫る。

「ッ……!」

 咄嗟に左手の銃の銃把で叩き落とすが、手加減抜きで投げつけられた木刀の威力に真名は顔を顰めた。
 その隙に乗じて再度瞬動を使ったジローの姿が霞み、真名の右側面に現れた。

「見えているよっ!」
「!!」

 だが、尋常ならざる速度で反応した真名が、右に持つ銃でジローを狙う。
 地面を擦って停止したジローの眉間に銃口を突きつけ、真名がチェックメイトとなる一発を撃ち込まんと引き金を引こうとして――顔を強張らせた。

「な――――」
「…………ゴム弾でも暴発ってするのかな?」

 銃身を掴み、銃口に親指を当てたジローが尋ねる。真名の頬に一筋の汗が流れた。
 左の手は、木刀を叩き落した時の痺れがまだ残っていた。そんな状態で銃を撃っても、ろくに狙いもつけられずに弾かれてしまう。

「随分と……手馴れた感じだね? 指で銃口を塞ぐなんて下策だけど、銃使いにとっては嫌な手合いだ」
「あー……これで意外と、人生経験豊富だからさ。魔法使いだなんだよりも、むしろ君みたいな相手の方が戦いやすかったり?」

 苦笑を浮かべて言う真名に、同情してしまいそうな笑みを浮かべてジローが首を傾げて見せた。

「どういう訳か、そういう手合いの方々と縁が多くてさー。仲良くなったコレもんの人が、きっと役に立つって教えてくれて……」

 自分の頬を指でなぞり、『業界』の方々との交友があったことをほのめかすジロー。
 「実際に役立つ機会が何度もあるなんて、絶対に普通じゃない」と呟くジローに吹き出しそうになり、頭を軽く振った真名が銃の引き金から指を外す。

「なかなか苦労してるようだね。やれやれ、これじゃまるで私達が悪者じゃないか。なあ、刹那?」
「う……す、すみません。これで勝負は私達の勝ち、でよろしいでしょうか?」

 真名に声をかけられ、いつの間にかジローの背後に忍び寄って夕凪を突きつけていた刹那が、喉に物が詰まったような声を上げた。
 意識を刈ったはずの刹那が後ろに立っていることに、ジローは驚きとショックを隠しきれない。

「もう起きてるし……。かなり強く打ったはずなんだけど……」
「は、はい、かなり効きました。ですが気で強化していましたし、意識を失うまでは……す、すみません」
「あー、いや、別に責めてるとかじゃないよ。そうだった、気や魔力の強化があれば、あれぐらいで気は失わないよな」

 申し訳なさそうに話す刹那を宥めているジローに、真名が声をかけた。

「――それで、どうする? まだ続けるかい?」
「あー……」

 もう左手の痺れも取れたのだろう。さっきまで握っておくので精一杯だった左の銃をちらつかせ、からかう風な笑みを浮かべる真名に顔を引き攣らせながら、ジローは右の銃身からゆっくりと手を放す。

「――――はいはい、参りました。降参です、こ〜さん」

 遊底を握り締めていた手を外してから、両手を軽く頭の位置まで上げ、ジローがため息をついて勝負の終了を宣言した。

「フフ、残念だったね」
「その、お疲れ様でした」
「あー、本当に疲れたよ。学園長め……」

 身に纏っていた剣呑な空気を引っ込めて労ってきた真名と刹那に、ジローは盛大にため息をついてそうぼやいた――



 妖怪と七福神の狭間におりそうな学園長の命令に従い、人の腕試しをせざるを得なかった桜咲さん達との勝負の後、俺は世界樹前広場のベンチに座ってだらけていた。

「あー、ダルい。やっぱ無理して、桜咲さんと龍宮さんを同時に相手になんてするんじゃなかった」
「『なんか』というのは、女性に対して少し失礼じゃないかい?」
「こ、こら、龍宮……」

 ため息と一緒に呟いた科白に反応し、冗談でデザートイーグルの銃口を押し当ててきた龍宮さんを、桜咲さんが窘めている。

「お疲れ様でござったな、ジロー殿」
「おろ?」
「楓?」

 唐突に背後に現れた人物が、俺の肩越しに缶コーヒーを差し出してきた。首を反らすようにして背後の人物を窺うと、そこにはコンビニ袋を提げて立つ楓の姿。

「あー、なんだ見てたのか。お目汚し……というか、気配もなしに背後に立つのは止めてくれ……」
「ちょっとした癖でござるよ。それにしても、惜しかったでござるなー……あ、これ差し入れでござる」
「どこがだよ……まあいいや、ありがとう」

 あからさまなお世辞を言う楓に半眼を送り、差し出された缶コーヒーを受け取る。
 プルタブを引いて缶を開け、一口頂戴してから空を見上げてもう一度ため息をついた。

「ハァ……やっぱり付け焼刃じゃ難しかったかー」
「そ、そんなことはないですよ。学園長から話を聞いた限りでは信じられなかったのですが、半年ちょっとの鍛錬であれだけ動けるのですから」

 俺と同じく、楓に差し入れてもらった缶コーヒーを手で包むようにして暖を取っていた桜咲さんが、苦笑半分・感心半分な顔で励ましてくれる。

「今日の動きを見た感じ、八房先生はかなりいい線までいっています」
「ありがとうな、フォローしてくれて。優しいなー、桜咲さんは」
「い、いえ、お世辞じゃなくて、本当にそう思ったんですけど……え、えーっと、そのっ――」

 どうやら焦れば焦るほど、桜咲さんは自分でドツボに嵌っていく娘らしい。生暖かい目で見てやると、桜咲さんは焦りからか真っ赤になり、言い繕おうとして何かいい言葉はないかと顔をキョロキョロさせ始めている。
 そんな少女の様子に苦笑しながら、楓が話しかけてきた。

「刹那の言う通りでござるよ、ジロー殿。確かに動きの荒い部分はあったでござるが、たいしたものでござる。相等に鍛錬を積まれたと見受けられる」
「そうか? だったら嬉しいんだけどな」
「拙者が保証するでござるよ。どうでござる、今度機会があれば手合わせでも」
「あー、いいかもなー。メルディアナじゃ、もっぱらゴーレムの類としか戦わなかったし、対人戦の呼吸が鈍ってる感じだったから」
「それはイカンでござるなー。声をかけてくだされば、いつでもお相手するでござる」
「…………」

 恐らくというか、ほぼ確実に今の俺よりも手練であろう楓なら鍛錬の相手に持って来いだと思って乗り気になる。
 楓の方も時間があればいつでも相手になってくれると言ってくれたので、ならお願いしておこうかと思ったところで、横に座って少し微妙な顔をしている桜咲さんに気付いた。

「どうかしたのか、桜咲さん?」
「あっ、いえ……今日会ったばかりなのに、随分楓と打ち解けているなと思って……」
「なんだ、羨ましいのか刹那?」
「な゛っ!? ち、違う!!」

 龍宮さんにからかわれ、名誉毀損とばかりに慌てふためく桜咲さんに苦笑して、暫し考えてから口を開く。

「あー、アレだ。学園長の職権乱用による横暴にへこんでいたのを労わってくれて、第一印象が良かったのと、親しみやすそうだったから……かなぁ?」
「なにゆえ疑問形なのでござる……ま、まあ、構わぬでござるけど」
「そ、そうですか……」

 まあ、初対面の人間に対して馴れ馴れしいとでも思われているのだろう。
 適当にこうではなかろうかと思える理由を話すと、楓と桜咲さんの両名はやや困った風に呟いていた。
 そんな二人の様子に苦笑を浮かべて、缶コーヒの残りを呷るように飲み干してベンチから腰を上げる。

「楓、缶コーヒーご馳走様。それじゃ時間も遅いし、俺はそろそろ帰るよ……念の為、歓迎会が終わっているか確かめてから」
「どういたしましてでござる」
「あっ……学園長の指示とはいえ、今日は申し訳ありませんでした!」

 礼を言った俺に楓は気にするなと手を振り、桜咲さんの方は急いで立ち上がって、深々と一礼して侘びを入れてくれた。

「気にしなくていいぞ、桜咲さん。悪いのはあのデッパリ頭蓋骨だ」
「あ、あのっ!?」

 ネギにするみたく、軽く頭を叩くように撫でながら非は学園長にあることを諭してやると、桜咲さんは赤らんだ顔に狼狽の表情を浮かべた。

「寒空の下にいたせいで顔が真っ赤だぞ? それじゃ俺は先に帰るけど、三人も早く帰って風邪引かないようにしろよ」
「ぁ、は、はい……」

 困り顔の桜咲さんの頭から手を離し、地面に放ったらかしだった木刀を回収して歩き出す。
 だが、いきなり頭を撫でるのはちと失礼だったなと反省しながら歩いていた俺の背中に、唐突に龍宮さんが待ったの声をかけた。

「おっと、どこに行く気だい? 八房先生」
「ん?」

 内心、八房と呼ばれるのは嫌だと思いながら振り返った俺に、龍宮さんは首を傾げながら言ってくる。

「確か、勝負の前に八房先生は言ったな。私達に先生に勝った場合、好きなことを『何でも』一つ要求してもいいんだったよね?」
「おお、そういえばその様なことを申していたでござるな」
「あ……」

 勝負のせいで、すっかり記憶から抜け落ちていたことを指摘され、間抜けな声が上がる。
 いや、少し待て黒髪褐色少女よ。俺が出したのは『常識内で』一つ要求してもいいではなかったかい?
 楓も中途半端にしか記憶してないくせに、龍宮さんの言葉がさも正しいかの如く、顎に指を当てるな。

「た、確かに結果は私達の勝ちだが……。で、ですが元より不利な条件での試合だったわけですし、律儀に守っていただかなくても……」

 都合よく記憶改竄している黒髪褐色少女と忍び娘に胸中でツッコミを入れていた俺に、気遣わしげな表情で桜咲さんが賭けの無効を申し出てくれる。
 だが、自分が言い出したことを条件が不利だったからで無効にしてもらうというのは、男として……否、人として情けない。
 賭けに負けたら、さもボケたように賭けを無かったことにするじいちゃんみたいになりたくないしな。

「あー、まあ自分で言い出したことだし。『何でも』は無理だけど、『常識内』でなら一つ要求を聞くさね」
「ふむ、いい覚悟だ。さて、どうするかな――――」

 頭を掻いた後、了承の意を示した俺へ満足そうに頷き、腕を組んだ龍宮さんが虚空を見上げて黙考を始める。
 正直、何を要求されるかわかったもんじゃない。桜咲さんと楓に労わる様な視線を送られながら、恐々と龍宮さんが要求を口にするのを待つ。

「――――フッ」
「あ、あの、ちゃんと『常識内』で決めてくれましたか?」
「た、龍宮、あまりに無茶な要求をするんじゃないぞ」

 虚空に向けていた視線を俺に当て、口の端を静かに吊り上げた龍宮さんの表情に、空恐ろしいものを感じた俺と桜咲さんの言葉が重なった。
 わかっていると言いたげな顔で頷き、俺を見ながら龍宮さんは要求の前に質問をする。

「さっきの歓迎会でネギ先生が話していたんだけど、八房先生は今日どこで寝るんだい?」
「へ?」

 龍宮さんに聞かれて、今日の寝床を決めていなかったことを思い出した。
 そういえば、しずな先生に聞くの忘れてたな。ネギはどうするんだろう?
 俺の問いたげな視線を受けて、龍宮さんは小さく肩を竦めて教えてくれた。

「ネギ先生は神楽坂と近衛の部屋で厄介になるそうだ」
「そうか、このかの部屋なら安心だ」

 それを聞いて一安心。別にアスナの名前を出さなかったことに他意はないぞ。
 だけど、あのアスナ嬢と同室とは……魔法がバレた問題はどうにかなったと言う事か?

「しずな先生から伝言を預かっていたのを伝え忘れていたと、ネギ先生が言っていたよ。何でも男子寮も教員用の寮も部屋が余ってないから、クラスの誰かに頼んで寝泊りするよう学園長に言われたそうだ」

 おかしそうに笑う龍宮さんを余所に、俺は痛くなったこめかみに指を当てて唸る。
 なるほど、あれか。今朝、学園長室の前でアスナが騒いでいたのはそれが原因か。男子寮も教員用の寮も余ってない? 絶対にウソだろ、学園長……。
 教育者として色々と間違っている妖怪、または七福神の一柱に対し、心の中で脳みそ入っているのかと暴言を吐いておいた。

「それで、寝泊りする部屋の当てはあるのかい?」
「いんや、まったく。けど、いくら学園長の許可ありとはいえ、女の子の部屋に泊まるのは気が引けるし……。寮が空いてないなら市街でアパートなり探せばいい話だし、今日はどこかで宿を取るとするよ――――最悪はまあ野宿だけど」

 腕時計を見て、龍宮さんの問いに答える。
 野宿の辺りで桜咲さんと楓の表情が曇った気がするが、心配はご無用。知っているか、二人とも? ダンボールを敷いて新聞紙を布団代わりにすると暖かいって。
 まあ暖かいといっても、二月の寒空の下ではそこまでの恩恵を与えちゃくれないだろうけどね。

「ふむ、これなら特に問題ないか? おい、刹那――――」
「ん、どうした龍宮――――」

 今日の寝床の心配も出てきた為、一刻も早くここを離れたい俺を放置して、龍宮さんが桜咲さんを呼んで耳打ちを始める。
 そろそろ、要求とやらを聞かせてもらえないのだろうか? いい加減、体も冷えてきたんだけど。

「――ぅ、む……ま、まあ、確かに八房先生なら。ここで見送って野宿されるのも心苦しいしな……」
「よし、決まりだな。なあ八房先生、私の要求はコレにするよ――『八房ジローは私達の部屋で寝泊りすること』だ。拒否は無しなんだよね?」
「あー、いや。自分で言い出したことだし、今さらNOとは言わないけど……龍宮さんはいいとして、他のルームメイトはどうするんだよ? やっぱり男が同室だと嫌がると思うけど」

 正直、宿を取れるかどうかギリギリの時間帯での申し出だけに、龍宮さんの申し出はありがたくはあった。
 だからと言って、「はい、どうも」で言葉に甘えるわけにもいかない問題だけに、何とかして波を立てない様に断ろうとする。
 だが、俺のそうした行動を龍宮さんは予測済みだったらしく。

「その心配は必要ない。私と同室なのは、ここにいる刹那だからな。すでに許可は取り付けてある」
「あー……本当なのか、桜咲さん?」
「ま、まったく気にならないと言うとウソになりますが、この季節に野宿させるのもなんですし……。ひ、人柄を信用しての申し出ですっ」

 逃げ道を塞がれていたことに顔を引き攣らせながら、窺うように桜咲さんを見ると、彼女は目を逸らして頬を朱に染めてだが許可を出してくれた。
 腕を組み、暫し考える。女子寮というのは問題ありだが、そこで寝泊りすればネギにも目が届くし…………やっぱり、ここは申し出を受けておいた方がいいか?

「あー、不束者ですが、どうかよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく。まあ心配ないだろうが、下手なことをしたら躊躇い無く撃たせてもらうからね」
「そ、そんなに広い部屋ではありませんけど、そこは気になさらないようお願いします」
「了解。まあ最大限で気をつけさせてもらうよ」

 最終的に、頭を下げて感謝の意を示す。ありがたい、これで寝床の問題が解決した。
 女子寮特有の色々な問題や危険があるだろうから、そうそう喜んでもいられないけどな。

「ハァ……そうだ、桜咲さんは要求何かある? 龍宮さんはこれで要求終わりだし、できれば今日中に済ましておきたいんだけど」
「あ、私ですか……? そ、そうですね――」

 ついでに桜咲さんの要求もこなし、自由の身になりたがっている俺に苦笑して、桜咲さんが顎に指を当てて考えだす。

「――――で、では……私の要求は私達を名前で呼ぶということでどうでしょうか」
「えーっと?」

 こちらを真っ直ぐに見据え、告げられた桜咲さんの要求に首を傾げる。
 意味を量りかねている俺に、桜咲さんが要求の意図を教えてくれた。

「交換条件という奴です。さっき『苗字で呼ばれるのはつらい』と仰られていたので。私達が八……ジロー先生と呼ぶ代わりに、ジロー先生も私達のことを名前で呼んでくだされば」
「あー……」

 まさかそういう方向で要求されるとは思っていなかっただけに、桜咲さんのことを惚けた顔で眺めてしまう。

「えっと、いいのか? 俺、勝負で負けたんだけど」
「い、いえ、学園長の命だったとはいえ、就任したての先生に迷惑をかけましたから」

 じいちゃん、ばあちゃん、それとヌイ。世の中、まだまだ優しい心を持った人がいます。
 申し訳なさそうにしながら苦笑する桜咲さんに心底感謝して、敬意を払いながら頭を下げて要求を呑ませていただいた。

「ありがとう、桜ざ……刹那さん」
「あの、呼び捨てで結構です。楓の方もそうですし」
「あー……じゃあ刹那」
「はい」

 さん付けをしなくていいと言われ、改めて名前を呼び捨てで呼ばせてもらう。
 よくわからないが、微妙に恥ずかしかった。名前を呼び捨てにされた刹那さ……刹那の方も恥ずかしかったのか、頬を朱色に染めているし。

「刹那らしいというか……まあ、本人が嫌だと言っているのに苗字で呼び続けるというのもなんだしね。では、私のことも名前でお願いするよ、ジロー先生」
「あー、いや、無理してそうしてくれなくてもいいんだぞ? あれは俺のわがままみたいなものだし――――ま、真名でいいのか?」
「ふむ、まあいいだろう。あくまで主導権は私達にあるというのを忘れてもらっては困る」

 勝った側である刹那達に気を遣ってもらったのを申し訳なく思い、龍み……真名の方は遠慮しようとしたら、銃を突きつけられて強要された。
 何かが激しく間違っている気がしないでもない。楓や刹那は善意から申し出てくれたというのに、この黒髪褐色少女は……まあいいけど。

「夜も更けてきたことでござるし、そろそろ寮に戻るでござるか。歓迎会の方も、とっくにお開きになっているでござろう」
「そうだな。じゃあ寮まで案内するよ、ジロー先生。荷物の方はもう、学園長の手配で玄関前にでも運ばれているだろうし」
「……もしかして、最初から台本でもあったのか? 物凄く気分悪いぞ、学園長……」
「お、お疲れ様です、ジロー先生」

 世界樹前広場を離れ、三人の後に続いて女子寮に向かい始めた時、真名がイタズラっぽい流し目を送りながら頭の痛くなることを告げてくる。
 断り無く勝手に話を進めやがって、あの寿老人め。刹那の同情の視線に少し癒されながら、俺は頭を掻いてため息をついた。
 なんだか、初日からとんでもない密度で活動した気がする。きっと明日も忙しい一日になりそうだし……とにかく休もう。
 ああ、今日は疲れた――――




後書き?) 改訂版と見せかけて、ほぼ丸々書きなおし。その割りに文のクオリティーが上がっていない気がしても、気のせいだと目を瞑ってやってください。
 ちなみに、二尺三寸は今の単位でだいたい70cmぐらいかと。それでは、この辺りで。ではでは



「魔法の書を探せ? 地獄編」


 お元気ですか、ネカネお姉ちゃん? 僕は元気です。
 ウェールズを離れ、日本を訪れてから一月程経ちました。来たばかりと比べて日差しもだいぶ暖かくなって、段々過ごしやすくなっています。

「それそろあったかくなってきたねー」
「そーですね、このかさん」
「二人ともしゃべってないで走りなさいよ!」

 現在、僕達はいつものように遅刻しないためのランニング中です。何だか、毎朝のランニングが習慣になったみたい。
 僕の横をローラーブレードで走りながら、このかさんが話しかけてきました。
 相槌を打った僕の声を聞いて、少し前を走っていたアスナさんが振り返って叫んできます。

「ネギ君おっはよー!」
「やっほー、ネギ先生」
「あ、佐々木さんに和泉さん!」

 学園の校舎が見えた所で、走っている僕達と同じようにラストスパートをかけていた、肩まで伸ばした髪の両サイドをリボンで括った女の子――佐々木まき絵さんと、セミショートの髪型の女の子――和泉さんが挨拶してくれた。
 麻帆良学園の先生になってから色々失敗はしたけど、最近はクラスや他の生徒さんに挨拶してもらえるようになって、ようやくみんなに受け入れられた感じ。
 僕としては、『立派な魔法使い』への道を順調に進んでると思うんだけど、ジローさんにそこで気を抜くと痛い目に遭うから気をつけろと注意されました。
 あ、そのジローさんだけど歓迎会の日以来、桜咲さんと龍宮さんの部屋でお世話になっています。
 あの日、途中でいなくなったけど、どこで何をしてたんでしょうか? タカミチに聞いても、ただ笑っているだけだったし……仲間はずれなんて酷いよ。
 そういえば歓迎会以来、僕はこのかさんとアスナさんに仲良くしてもらってます。
 アスナさんは最初、少し意地悪な人だと思ったんだけど、実はそんなことないみたい。

「おはよー、ネギ」
「おはよう、ネギ先生」
「あ、おはようジローさん、タカミチ!」

 予鈴が鳴り終わる寸前に玄関に滑り込んで、ホッと一息ついて足を止めていた僕達の前をジローさんとタカミチが通りがかって、朝の挨拶をしてくれた。
 二人とも脇に出席簿とか教材を抱えてる……もしかして、もう教室に行くつもりだったのかな?

「おはようございますー」
「きゃー、高畑先生!? お、おはようございます! と、ついでにジローもおはよ」
「おう、おはよう、このかにアスナ。今日もギリギリっぽいな」
「うるさいわね、別にいいでしょ!」
「ははは、アスナ君はいつも元気だね〜」

 僕に続いて、このかさんとアスナさんが二人に挨拶する。アスナさんのタカミチへの態度は相変わらずで、ジローさんへの挨拶はついでみたい。
 でも適当っぽい挨拶をされたのに、普通に笑って返事を返してるジローさんに少し感心しちゃいます。
 初めて会った時からそうだけど、ジローさんって大人だよね。うーん、日本人の男の人って、みんなこうなのかな?
 アスナさんとこのかさんを先に教室へ送り、タカミチと別れてジローさんと二人で教室へ向かう。

「ふぁ……あ〜ぁ。眠い……」
「大丈夫、ジローさん? 何だか最近、ずっと眠そうだけど」
「あー、まあ、慣れない『お仕事』ばかりだしな。この歳になって、本気で鬼退治するなんて夢にも思わなかった」
「そうだよねー、先生の仕事って考えてたより大変…………鬼退治?」

 思わず聞き返した僕を無視して、妖怪がどうのって呟くジローさんに首を傾げて追いかけながら、二人並んで教室へ続く廊下を歩いていた時、後ろから騒がしい足音が近付いてきました。

「オーーーッス! ジロー」
「オーッス!」
「うわっと! あのな、いつも言ってるけど飛びつくのは止めてくれないか? 二人だとさすがに重い」
「うっわー! 女の子に重いって言うなんてひどいんだー」
「ひどいんだー」
「はいはい、悪うございました」

 後ろから駆け寄ってきて、ジローさんにいきなり飛びついてくる影が二人分。
 アスナさんみたいに、髪をツインテールした吊り目気味の女の子と、お団子頭で目元の穏やかな女の子。双子の姉妹、鳴滝風香さんと史伽さんだ。
 ジローさん、風香さんや史伽さんたちに好かれてるっていうか、懐かれているんだよね。
 ジローさんの方も、口では怒ったり迷惑がったりしてるけど、面倒見がいいから最終的に毎回のように相手をしてあげてるし。

「今日の放課後ひまー?」
「ひまー?」
「あのね、今がどういう時期かわかってますかー? 学校が終わったら、おとなしく寮に戻ってお勉強でもしてなさい」
「えー、じゃあ勉強教えて!」
「教えてー!」
「駄目、無理、忙しい。だいたいお前ら、俺が行ったら勉強しないだろ」
『ジローちゃんのケーチ!』
「耳に響くからはもるな」
「ちぇ〜、やっぱりかえで姉ぐらい『ぐらまー』じゃないと相手してくれないんだー」
「お兄ちゃん先生はやっぱりむっつりなんだー」
『ムッツリスケベー』
「ハァ……あらぬ誤解を受けるから止めろ。実はお前ら、『お兄ちゃん先生』をきちんと嫌がらせで使ってるだろ?
 まったく、お前らにいらん単語を吹き込んだのは早乙女か? 健やかに成長したいのなら、あいつの言葉は聞き流せ……っていうか、予鈴鳴ってるのに何でお前らここにいる!? 遅刻扱いにするぞ!」
『逃げろー!』

 唐突に、HR前なのに鳴滝さん姉妹がいることのおかしさに気付いたジローさんが二人に怒鳴ると、二人はきゃっきゃと悲鳴(?)を上げながら逃げていった。

「やれやれ、朝からなんであんなに元気なんだか。やっぱりお子様だからか……?」
「あはは……」

 教室の前で立ち止まって、こっちを振り向いてあっかんべーをしてきた二人に半眼を向けて、ジローさんがぼやいてる。

「よーし、今日も一日頑張るぞーッ」
「おー、頑張れ。ほら、出席簿」
「ありがとう、ジローさん! すぅ――――おはようございまーす!」

 気合を入れた僕に苦笑して、ジローさんが出席簿を差し出してくれた。それを受け取ってから大きく息を吸って、教室の扉を元気良く開いて挨拶。
 さあ、まずはHRからだ。やるぞー、オー!!




 HRをして、担当の英語の授業が終わった後、僕はジローさんと一緒に職員室へ向かって廊下を歩いていました。

「……だいぶテスト前な空気になってきたなー」
「え、なんですか?」

 廊下から余所のクラスを覗き込んで、ジローさんがポツリと呟きました。

「ああ、テストだよ、期末テスト。学生生活における最大最強の敵」
「さ、最大最強なんですか?」

 首を傾げて聞いた僕に、ジローさんは腕を組んで重々しく言いました。
 学生生活における最大最強の敵……魔法学校じゃそんなの無かったから、日本の学生さんは大変だなーなんて考えてたら、しずな先生が慌てた様子でやってきました。

「――――ネギ先生っ」
「あ、はい? どうしたんですか、しずな先生。そんなに深刻な顔して……」
「あの、学園長がこれをあなたにって――」

 慌てた様子で、しずな先生が差し出した手紙を受け取って驚く。
 なんと、学園長が僕とジローさんに正式に先生になるための最終課題を出してきたんです。
 緊張しながら、差し出された封筒の中に入っていた紙を取り出す。書かれていた内容は、2年A組がテストの平均点で最下位を脱出するということでした。
 もしかしたら、悪のドラゴン退治や攻撃魔法の大量修得なんて無茶な課題かも、なんて考えていただけに、気が楽になった僕は自信を持ってしずな先生に言いました。

「なーんだ、簡単そうじゃないですかー! びっくりさせないでくださいよー」
「そ……そう?」
「――――――――ハァ……」

 笑いながら言った僕に、しずな先生は凄く不安そうな顔をしていた。ジローさんなんて課題の内容を聞いた途端、壁に手をついて影を背負ってため息をついてる。
 ど、どうして二人とも、そんな不可能に挑戦する人みたいな顔をしてるの!?

「ネギ……これはもしかしたら、今まで体験したことのない試練になるかもしれないぞ……」
「そうね。くじけずに頑張ってね、ネギ先生」
「え? え? どうして二人とも、そんなに難しい顔をしてるんですか?」
「すぐにわかる」
「すぐにわかると思うわ」

 正直、この時はまだ理解してなかった、この課題の難しさを。
 だけど――まったく同じタイミングで二人が言った通り、この最終課題の難しさはすぐに認識させられました。他でもない、2Aの皆さんによって。
 特別に設けた大勉強会で登場した、アスナさんを筆頭に楓さん、佐々木さん、クーフェイさん、夕映さんの五人組――その名も「バカレンジャー」の成績は壊滅的。
 しかも、さすがは2年A組というべきなのか、勉強会で脱衣ゲームを始めようとしたりと果てしなく能天気な人ばかりです。脱衣ゲームに関しては、桜子さんが提案した瞬間、ジローさんの一喝で中止になったけど。

「み、みなさーん、席についてくださいー!」
『あははははー、やっぱバカレンジャーはバカばっかだー♪』
「み、みなさーん!」

 駄目です、全然言うことを聞いてくれません。どうしようもなくて泣きそうになったとき、後ろで目を瞑ってたジローさんがゆらりと前に出て言いました。

「あー、注目ー。みんな、ちょっとしたゲームをしようか」
『え?』

 手を打ちながら間延びした声で呼びかけたジローさんに、クラス全員の動きが止まりました。
 それを満足そうに見渡して、ジローさんはゆっくりと喋り始めます。

「みんなに少しやる気を出してもらおうと思ってね。ゲームの内容は簡単。ただ単に、このクラスが最下位を脱出すればみんなの勝ち。最下位を取ったら俺達の負け――以上」
「単純明快でわかりやすいですね。えーっと、ゲームと言うからには、私達が勝った時に何か賞品が出るんですか?」
「あー……そうだな」

 興味を惹かれたらしく、手を上げて立ち上がった朝倉さんがジローさんに尋ねます。
 朝倉さんに尋ねられて、頭を掻いて天井を見上げながらジローさんが考え始めた。

「――――無難に『ネギの一日占有権』でどうだ? さすがに全員だとネギがしんどいだろうから、ボーダーの点数を決めて、それ以上の点数を取った人からランダムに選んで限定十人」
「ええ゛っ!?」

 僕のことを横目で見た後、ジローさんは力の抜けた半眼の状態で、教室のみんなにそう言った。
 まったく相談なしの提案に、思わず僕が抗議しようとした時――

「その賭け乗りましたわ!!!」
『賛成―!!』
「ええー!?」

 委員長の雪広さんの声を皮切りに、クラスから次々に「乗った!」とか「面白くなってきた!」なんて、みんなノリノリで勉強を始めてしまいます。
 だけど、どうしようもなくて少し泣きたくなった時、唐突に反対の声が一つ上がりました。

「私は嫌よ! どうして、こんなガキンチョ占有権のために頑張らなくちゃならないのよ!」

 僕のことを指差して、噛み付かんばかりに叫んでいるアスナさんの姿に、僕は思わず嬉し泣きをしそうになります。
 ああ、アスナさん。どう頑張ろうが、バカレッドのアスナさんがこの賭けに勝利する確立は低いですけど、この賭けを成立させないように頑張ってください!

「あー、アスナ。ちょっと耳を貸してくれるか?」
「なによ? ふんふん……マジなのそれ!? ふんふんふん……」

 僕が心の中でアスナさんの応援を始めた時、極自然な歩みで前に出たジローさんがアスナさんに近付いて、何やら耳打ちを始めました。
 段々輝いていくアスナさんの顔に、ジローさんは一体何を話しているのかと不安になったところで話が終わります。
 話し終わった後、首を鳴らしながらジローさんが戻ってきました。アスナさんは俯いてます。

「ふ、ふふふふふ……やってやる、やってやるわ!」
「ア、アスナさん!?」
「おー、バカレッドが燃えてるよー!」
「なになに! どんなこと聞かされたの?」

 な、何でそんなにやる気になってるんですか、アスナさーん!?

「自分でやっといてなんだけど、アスナの将来がちと心配だな」
「い、一体何を言ったの? 勉強の苦手なアスナさんがあんなに燃えるなんて」
「あー……高畑先生には後で、ちゃんと部屋の窓は閉めるように言っとこ」
「だから、一体何を吹き込んだの!?」

 まあそんな感じで、結局僕も今回の勝負を承諾させられました。みんな酷いです……。
 うう、ジローさんも僕みたいに罰ゲームしてくれないと怒るからね!?




 前略 あの世のじいちゃん、ばあちゃん、それとヌイ。
 ネギが正式に教師になるための課題を聞き、それなりに絶望というものを味わったジローです。
 とりあえず地道に勉強するのが一番効果的だということで、LHRを潰して大勉強会をすることになりました。
 クラスの連中に自習をさせ、わからない所は教室を回っている俺かネギに質問する形でやっています。

「あの、ジロー先生。ここがわからないのですが……」

 丁度横を通りかかった時、我がクラスきっての成績低迷者集団『バカレンジャー』のリーダーにして黒の、前側は三つ編みのおさげで後ろは二つの房に纏めた、ちと複雑な髪型をした小柄な女の子――綾瀬夕映ちゃんが助けを求めてきたので足を止める。

「えーっと、どこ?」
「ここです」
「なになに……『As well as shells on the shore, so many pains are in love.』?」

 そう言って夕映ちゃんが指差した英語の一文を読み、さてどうヒントを出したものかと頭を捻る。
 手っ取り早く、辞書を引いてくださいと言うのもかわいそうだしな。

「あー……最初の『As well as shells on the shore』の部分はわかる?」
「はい、たぶんですが……『浜辺に貝殻があるように』、になるのかと」
「うん、正解。それじゃそこは飛ばして続きの英文にいくけど、『so many』には『そんなに多くの・同じ数の・それだけの数の』って意味があります。続く『pain』はー……まあ本好きな夕映ちゃんならわかるよね?」
「えっと、『苦痛・痛み・苦労』かと」
「まあそんなところ。で、その『pain』は最後の『love』にかかっている、と。じゃあ単語の意味を一本にしてみて」
「はいです」

 英文の単語を一通り和訳してもらい、英文全体の訳に挑戦してもらう。
 何気にヒント出し過ぎな気がしたりするけど、その辺の加減がイマイチわからないので勘弁して欲しい。人に教えるのって、無茶苦茶難しいんだよ……。
 改めて、自分の意思で教師になった人間はスゴイと感心していた時、和訳を終えたらしい夕映ちゃんが声をかけてきた。

「ジロー先生、いいですか? 恐らくですが、『浜辺に貝殻があるように、同じだけ愛にも苦労がある』……になるのかと」
「あー……まあ、ほとんど正解かな。ただ、そこは意訳して『浜辺に貝殻があるように、同じだけ恋に悩みはつきものである』にすればいいかも」
「なるほど、そちらの方がすんなり意味が通るですね」
「ん、納得してもらえたようでなにより。それじゃ、続き頑張って」

 わからなかった問題も解けたようなので、また教室の巡回に戻ろうと歩き出した俺に、夕映ちゃんが礼を言ってくれる。

「ぁ――い、いえ、わかったです。ありがとうございました、ジロー先生」
「どういたしまして。またわからない所があったら、俺かネギに遠慮なく聞いてね」

 礼を言う前、少しガッカリしていた気もするけど……たぶん気のせいだろう。
 そう考えて、礼に礼を返して夕映ちゃんの席から離れ、教室の前側に行く…………つもりだったのだが、すぐ隣りの席で気味の悪い動きをしている少女に気付いてしまい、ジト目で見下ろして声をかけた。

「……で? お前はさっきから、なに触覚震わせて悶えているんだ?」
「い、いや、隣りで淡くて甘酸っぱいラブ臭を散布されたせいで……も、もうごっつぁんです」

 悶えるのを止めて震える手で眼鏡を押し上げ、頭に某『黒い悪魔』みたいな触覚を二本生やした黒髪ロングヘアーの少女――早乙女ハルナが意味不明な単語を呟いた。
 年頃の少女なのにもう耄碌しているのかと、憐れみを込めた半眼で見下ろしていた俺を見上げ、口をいやらしく歪めた早乙女が尋ねてくる。

「しっかし、ジロー先生もやるね〜。初めて会った時から『只者』じゃないって睨んでたけど……教師始めて一ヶ月ちょいで夕映を攻略するなんて」
「…………」

 全然、褒められている気がしないのは何故だろう?
 感心したように目を瞑り、腕を組んで頷いている早乙女を見下ろしながら首を傾げた。

「上手くやったじゃん、コノコノ〜♪ どうやって、基本『我関せず』な夕映と仲良くなったのか、おいちゃんに教えてくれない〜?」
「君ね、一応年上で教師な人間に対して、何故にそこまでフレンドリーな態度なんだ? あー……」
「…………」

 微妙にプライバシーに関わることを聞きつつ、肘で人の脇腹を突いてくる早乙女に顔を顰めた後、後ろで今も英語の和訳に没頭している夕映ちゃんを肩越しに見る。
 勉強に集中していて、こちらの会話に気付いていないらしい夕映ちゃんに感心してから、再び早乙女に視線を向けて尋ねた。

「あのさ、話すようになった切欠とか、そういうのは夕映ちゃん本人に聞けばいいと思うんだけど? 別に大層なものがあるわけでもなし」
「あっはっはっ、そう思ってるのはジロー先生だけだと思うよ〜♪」
「はあ?」
「ま、細かいことは気にしない、気にしない。それに前に夕映に聞いた時、『そんなのジロー先生に勝手に聞いたらいいです』って言われたし」

 そう言ってケラケラ笑う早乙女に、頭を掻きながらため息をついた。会話の要所要所で意味のわからないものが多すぎて、真面目に聞いていると頭が痛くなる。
 まあ、これが女子中学生のノリって奴なのだろうと諦めておいた。

「ハァ……まあ、本人から許可出てるなら別に問題ないか。聞いたらちゃんと勉強しろよ?」
「わかってるわかってる♪」

 あまり信用できそうにない返事だが、確か早乙女は学年順位で真ん中辺りに位置していたはず。
 そこまで心配することもなかろうと考え、適当に端折って夕映ちゃんと話すようになった切欠を話しながら、ついでに回想を始めた――




 ――そう、あれはネギが違法であるホレ薬を製造しただけに飽き足らず、何故か飲ますはずだったアスナに飲まされ、2Aの連中はおろか校内で出会った生徒全員に追いかけられるという騒動を起こした後のこと。

「…………何してるですか」
「……見事なまでに散らばった本の片付けです」
「……そういうことを聞いてるわけじゃないです」

 アスナが扉を蹴破ったせいで……まあ元をただすと、子供先生のせいで滅茶苦茶になった図書室に入ってきた人物の問いに、俺はいかにも不機嫌ですという口調で答えた。
 片付け真っ最中の部屋に、数冊の本を抱えて入ってきた少女に尋ねる。

「……確か、出席番号4番の綾瀬夕映さんでよかったかな?」
「はい。好きに呼んでくれて結構です」
「あー…………じゃあ、夕映ちゃん」
「……呼び方に微妙な子ども扱いを感じるです」
「気のせいじゃないか?」

 ジト目で聞いてきた少女に空惚けて、図書室の片付けを再開する。
 どうしてか、「ちゃん」付けで名前を呼んだせいだけとは思えない程、少女が俺に向ける視線がきつい。
 そのことに疑問を覚え、顔を上げて睨んでいる理由を視線で尋ねる。

「こんなに本を散らかしたのはあなたですか?」
「…………ハァ」

 理由が判明した。当方、図書館をこのような惨状にした犯人と思われているらしいです。思わずため息をつき、ここにはいない人に胸中で文句を送っておいた。
 お前のせいで濡れ衣着せられて、生徒に悪印象を抱かれたぞ。恨んでやる、主にネギ。

「原因の関係者ではあるけど、今回は俺も被害者です」
「はあ、つまりネギ先生ですか。そういえばさっき、凄まじい勢いで走っていたですね」

 濡れ衣を着たままでは辛いので、事の真相を手短に伝えた。
 ネギと距離があったお陰で、ホレ薬の効果が届かなかったのだろう。至極冷静な状態でネギの不幸を目撃したらしい少女……夕映ちゃんはそれで納得してくれた。
 話が早くて実に助かるさね。諦観を感じさせる笑みを浮かべて頷き、再度片付けを再開する。

「…………」
「あー、ありがとう……」
「別にお礼はいいです。この図書室も貴重な本が多いですから」
「左様ですか……まあ、ありがたいことに代わりはないけど」

 無言で手伝いを始めてくれた夕映ちゃんにお礼を言うと、なんとも素っ気無い言葉が返ってきた。どうやら、貴重な本が雑に扱われないか心配なだけらしい。
 暫し黙々と片付けをするが、側に人がいるのに無言を続けるというのは地味に辛いものがある。
 せっかくというのも変だが、話をする機会としては手頃だろうと思い話を振ってみた。

「あー、ここに来たのは何か読みたい本があったから?」
「はい。瀬田記康著『パラケルスス島遺跡調査日記』を借りに来たです」
「『パラケルスス島遺跡調査日記』……? それならこの辺にあったような――――」

 夕映ちゃんのお目当ての本の題名を聞き、つい今しがた本棚に仕舞ったことを思い出す。
 片付けを中断して、仕舞った記憶のある棚の前に移動して探索を開始。きっちり著者名五十音順で片付けていたのが功を奏し、目的の本はすぐに見つかった。

「あー、あったあった。はい、コレ」
「ど、どうもです」
「いやいや、どういたしまして。俺も読んだことあるけど面白いよね、その作者さんの本」

 正直、夕映ちゃんみたいな娘が古代遺跡や古代史に関する本を読むとは思わなかったけど、こうした分野の本というのは意外と面白いものが多い。
 何故か『向こう』の家にそうした関係の本が積んであったので、小さい頃から読む機会は多かった。
 『こちら』でも同じ作者の本があるのには驚いたけど……まあ、次郎が二人いるんだ、別におかしなことでもなかろう。
 適当に納得している俺に、大事そうに『パラケルスス島遺跡調査日記』を抱えた状態で、夕映ちゃんが聞いてきた。

「『瀬田記康シリーズ』を読んだことあるですか?」
「あー、何か家にそういう関係の本が積んであったから。確か、初版全十四巻セットとか置いてあったかな」
「!!!?」

 夕映ちゃんの表情が驚愕に染まって固まる。その後、表情が一気に恍惚へ。
 もしかして、夕映ちゃんには愛読狂の気があるのだろうか? あれは一種の立派な病気だぞ。

「意外って言うと失礼かもしれないけど、夕映ちゃんもこういうの好きなんだ?」
「普段は児童文学や哲学書ですから、こういったのは息抜きに読むです。特にこの『瀬田記康』シリーズは面白さに置いては逸品です」
「それは確かに。たまに眉唾ものな話があるけど、たぶん本当だろうし」

 夕映ちゃんが愛しそうに抱いている本の作者について思い出し、つい苦笑してしまう。
 異端の考古学者・瀬田記康。某国立大学の教授をやるかたわら、助手の青年を連れて世界各地の未知の遺跡を発見しまくった半伝説の人。
 一番の発見はパラケルススの亀文明の発見だったか? とにかく、考古学を志す人間の間では憧れと共に、「〇ンディー〇ョーンズの再来」なんて言われている。
 過去は謎な部分が多く、恋人とテロ組織を壊滅させた、はたまたバンで太平洋を横断した等々諸説交々な人でして……。

「私はいまいち信じられないですが……」
「まあ、世の中色々あるもんだし。そういうこともあるかもしれないなー、ぐらいで読んでおけばいいんじゃないかな?」
「そんなものでしょうか?」

 雑談を交わしながらだが、手を止めずに片付けを続けているうちに終わりが見えてきた。

「話を聞いた感じ、いつもそんなに本を読んでるの?」

 自分達の好きな本のジャンルやらなにやらを話し、それなりに楽しんでいた時、ふと俺がそれについて聞いた途端、笑顔ではないが雰囲気で笑っていた夕映ちゃんの表情が翳る。

「本ばっかり読んでないで、少しは勉強しろって言うですか?」

 「勉強もしろ」なんてことを言われると思ったのか、夕映ちゃんは少し不快そうに俺のことを見てた。
 先生、思ってもないことで不快な顔をされるのは悲しいです。再度着せられた濡れ衣に、心の中で涙する。
 麻帆良学園に来て以来、心労が増えた気がするぞー………………しかし、勉強ねえ?
 ヘソを曲げたのか、こちらを無視して本を読み始めた夕映ちゃんに苦笑を浮かべ、頭を掻いてから聞いてみる。

「ひょっとして、成績芳しくない?」
「……勉強嫌いなんです」

 こちらの問いかけに対し、実に明瞭な返答が跳ね返ってきた。
 まあ、学校の勉強が好きですなんて公言する人間がいたら、間違いなく俺は頭を揺すると思う。
 意外でもなんでもない夕映ちゃんの返事に、俺はただ頷くだけで済ませた。

「ふ〜ん」
「…………それだけですか?」
「まあ、勉強はめんどくさいし」

 一応とはいえ、教師にあるまじき発言をしたからだろうか? 軽く目を見開いて聞いてきた夕映ちゃんに、特に考えることなく答える。

「…………」
「…………あれ?」

 だが、それが悪かったのだろう。意外なものを見た感じの顔で押し黙った夕映ちゃんによって、図書室全体に結構重めな静寂が下りてきた。
 二人っきりの状況でそれは辛いと、どうにか空気を明るくする話題を探して頭を捻っていると、夕映ちゃんがぽつりと呟いた。

「本はいいです」

 どことなく暗い表情で図書室の天井を見上げ、夕映ちゃんがため息をつく。
 まるで素晴らしい夢から目覚めてしまった表情で、物語が面白ければ面白いほど、現実がつまらなくてやってられないという感じだ。

「悟っているというか……なんともまあ、『くたびれてる』とか『老成している』って表現が似合うことで」
「嫌味ですか? まあ自分でも自覚しているですが、それをジロー先生に言われると納得しがたいものがあるですよ?」

 思わず苦笑して老成していると評価した俺に、夕映ちゃんは同じように苦笑して、俺も人のことを言えない程度に老けていると返してくる。

「現実にファンタジーなんて存在しないからどうしようもないですけど……そんなことを考える私にでも、本は夢を見せてくれるです。まあ物語が秀逸であればあるほど、現実に戻ったときの落胆は大きいのですが」
「重いねー、中学生でそこまで言うなんて」
「これでも哲学研究会の一員です」

 皮肉のつもりで言ったのだが、相手も然る者。無表情でさらりと受け流してくださる。
 本当に中学生なのかと顔を引き攣らせつつ、「魔法が存在しないっていうのは嘘だけどね〜」と、胸中で付け足しておいた。
 何といっても魔法を否定している少女の目の前にいるのは、紛うことなき使い魔ですし。

「あー、その言い方からすると、こっちの世界は楽しめないのかね?」
「……楽しくないわけではないです。のどかやハルナ、このかさんみたいに気の合う人達もいるです。ただ、拭い切れない物足りなさがあるだけです」
「は、はは……あの2Aメンバーが『物足りない』と言いますか」
「ええ、言うです。あのクラスはアホばっかですし」

 使い魔と言ってもネギから何か命令されたことはないし、使い魔らしいことをした覚えもない存在を本当にそう呼んでもいいのかと考えながら、実にお利口さんな娘さんの意見を吟味する。
 暫し考えた上で出てきたのは、夕映ちゃんの纏う雰囲気とはかけ離れて、えらく気の抜けた問いかけだった。

「でも、楽しいだろ?」
「……は?」
「いいんじゃないかな? もう少しはっちゃけても」
「は、はっちゃけ?」

 いきなりの大阪弁に虚を突かれ、呆気に取られた顔になる夕映ちゃん。
 そのことにしてやったりと口元を緩めて、自分なりに考えた『こっちの世界の楽しみ方』を続ける。

「『郷に入っては郷に従え』。せっかくあんな面白そうなクラスで、面白そうな連中と一緒にいるんだ。適度に楽しまないと損だと思うよ?」

 俺だって、流れで決まった使い魔人生をそれなりに楽しんでいる。
 郷に入っては郷に従えの典型が言うんだ、『適度に楽しんで生きる』というのは間違っていないはずだ。

「で、ですが適度に楽しめと言われても、今さらみなさんのように明るく振舞ったりは無理ですし……。それに、私みたいに無愛想で極端に発育も悪いような人間が他の人達みたいにしてみたところで、可愛いどころ逆に見苦しい印象を――」

 たぶん頭が良いからこそ、自分の欠点が余計に目に付くのだろう。
 少なからず俺にも原因があるので、マシンガンでも撃つように自分のコンプレックスを話し始めた夕映ちゃんの言葉を中断させ、自分の考えを喋らせてもらった。

「あー、関係ないない。副担任になってまだ二日目だけど断言するよ。夕映ちゃんがはしゃいだとして、あのクラスの連中がそんなことを気にしてバカにするように見えるか? ありえないと思うよ、俺は。
 大体、夕映ちゃんもそう変に先を予想して行動してるから、物足りなさを感じるんだよ。そうやって客観的に自分の日常を捉えていたら、これからもっと物足りなくなるぞ?」
「これからもっと、ですか?」

 小さく首を傾げた夕映ちゃんに苦笑を浮かべて、物足りなくなる理由を明かす。

「そりゃあもう、当たり前。ただでさえ変わったのが多いクラスなのに、ネギや俺みたいな奴が担任と副担任になったんだ。これで騒動の種が生まれなかったら嘘だろ?
 だから……踊る阿呆と踊らぬ阿呆じゃないけど、もう少し当事者側に近寄って楽しめばいい」

 これから必ず騒動が増えるから、楽しめるものは当事者として楽しめばいいと勧めてやると、夕映ちゃんは呆れたようにため息をついた。

「それを自分で言うですか。変ですよ、ジロー先生」
「あー、これぐらい開き直って考えておかないと、こっちが持たないから。俺じゃ役不足かもしれないけど、夕映ちゃんの相談相手ぐらいにはなれるし、疲れるの覚悟で少しは馬鹿やってもいいんじゃないか? 疲れたり問題が起きたりした時は、俺が責任取ってどうにかするよ」
「…………ハァ。ジロー先生の話を聞いてると、悩んだり物足りなさを感じてる自分が馬鹿らしくなってくるですね。何気に、ジロー先生の方が苦労されてそうですし」

 いかにも呆れた様子でもう一度ため息をついた後、淡くはあるが、初めて俺に向かって笑顔を見せてくれる。
 想像していた以上に可愛かったのだが、いささか不敵にも感じる笑みを浮かべた状態で、夕映ちゃんが小首を傾げて聞いてきた。

「『口は災いの元』という言葉があるです…………後悔しても知らないですよ?」
「あー……まあ、その時はその時で考えるよ。誇れるものじゃないけど、事後処理は得意なんだ」
「クス……なんだか今日はいつも以上に疲れたから、もう帰るとします。それじゃあジロー先生、また明日です」
「ああ、さよなら夕映ちゃん。また明日」

 やれやれと首を振り、一礼して図書室から立ち去ろうとした夕映ちゃんに、ちょっとしたからかいの意味を込めて声をかけた。

「あっ、そうそう。さっき、『可愛いどころか逆に見苦しい』って言ってたけど――――本の話をしたり笑ったりした時、充分可愛かったから。そんなに悲観することはないと思うぞー」
「そ、そういうことを廊下に響く声で言わないでくださいです!」
「あー、ゴメン。じゃあ、また明日……っと、それと会って早々にお願いして申し訳ないけど、まあ知り合った誼ってことで。
 今度、気が向いたら図書室のどこに面白い本があるとか教えてくれないか? 広くて本が多いのはいいけど、どこに何があるかわからないし」
「仕方がないですね……まあ、いいですよ。ついでに気が向いたら、図書館島の方も案内するです」

 逃げ出すように歩いていた夕映ちゃんが足を止める。振り向いた夕映ちゃんは、まだ赤さの残った顔に苦笑を浮かべて頷いてくれた――




「――とまあ、こんな感じだったかと」

 回想しつつ、適度に略した図書室での顛末を語って聞かせ終わる。
 あれから、もう一月以上経つんだよなぁ。最初の頃は、それはもう心を抉るような毒舌でツッコミを入れられたりしたものだが……やはり人間、話し合うことで仲良くなれるんだ。

「――――ハー……すごい、すごいよジロー先生! 二日目でそんなイベントとフラグを起こしてたなんて! しかも相手はあの夕映とは……そっかー、睨んでた通り夕映はツンデレだったかー」
「あのさ早乙女、もう少し俺に理解できる単語を使って話してくれるか? イベントだのフラグだの、さっきの回想シーンのどこに出ていた」
「イタッ! やー、ゴメンゴメン」

 半眼で尋ねながら、一人異常に興奮している早乙女の頭に軽く拳骨を落とす。

「ほら、ちゃんと話したんだ。約束通り勉強再開してくれ」
「ちぇー……あっ、そーだジロー先生!」
「まだ何かあるのか……?」

 いい加減、うんざりした顔で見下ろしている俺に構わず、早乙女の奴はさも大事なことを忘れていた風に尋ねてきた。

「さっき話したゲームで、私達が勝ったらネギ先生の一日占有権って言ってたじゃん。それはそれでいいんだけどさ、ジロー先生は? 何か罰ゲーム的なことしてくれないの?」
「罰ゲーム的なこと、ねえ」
「そそ。ネギ先生にだけ、私達が勝った時の景品役させるのはズルいと思ってねー」
「まあ……言われてみるとそうかもしれないな」

 頭を掻きつつ、早乙女の言い分に多少の理解を示す。
 でもなー、ネギにだけゲームの景品役をやらせるのはズルいかもしれないけど、俺に何をしろって言うんだ?

『み、みなさーん、お願いですから勉強してくださいー!』
『アハハ、だいじょ〜ぶ、だいじょ〜ぶ♪』
「あー……」

 小さく呻きつつ、クラスの連中にからかわれながらも、どうにかして勉強させようと四苦八苦している御主人を見やり、糸目になってため息をつく。
 あまりネギを景品にしても効果がなさそうだ。今現在の状態でも、充分弄られて遊ばれているし。
 やる気出してもらわないと困ったことになる……かもしれないしなー、俺達。正直、一昔前の悪い冗談だと思うけど。
 仮にあの条件が本当なら、採用の合否を教育委員会に喧嘩を売った条件で決定する麻帆良は治外法権に違いないと考えながら、俺用の適当な罰ゲームを提案した。

「じゃあ、お前らが最下位脱出できた場合、ネギと同じ方法で十人くらい選んで食券十枚プレゼント、とか?」
「んー、それもいいけどもう一声! 例えば『なんでも言うこと一つ聞いてやるぜ!』とか♪」

 俺が提案した罰ゲーム内容では納得いかないと、早乙女がより過酷な内容の罰ゲームを提案してくださる。

「何故に熱血系? というか、ネギより俺の罰ゲームの方がきつそうなのは気のせいですか?」
「ま、まあまあ。これも成績低迷に苦しむ2Aの少女達を助けるためと思って――――あ、チャイムだ」
「あー……」

 どうして担任であるネギより、副担任である俺に科せられるものの方が重たげなのか、懇切丁寧に説明願いたいと申し出る瞬間を見計らったかのように、授業終了のチャイムが鳴り響いた。

「それじゃあ、もうそれでいいよ。授業も終わったし、俺は職員室に帰るな」
「おっ、ジロー先生太っ腹〜♪」
「要求しておいて、その評価はおかしく…………まあいいか。希望通り、俺の罰ゲームも決めたんだから、それ相応に勉強しろよー」

 結局、雑談だけで授業終わってるし……。顔を顰め、渋々とだが了承を伝えた後、ネギを引っ張って職員室に戻ることにした。
 職員室へ向かう道すがら、先行きが不安すぎてネギがグズっている。

「ううぅ〜、みんなが真面目に勉強してくれないよ〜……ハッ、そうだ思い出したぞ! 副作用で一ヶ月程パーになるけど、三日間だけとても頭が良くなる禁断の魔法が――――!」
「いやいやいや、サラッと怖い方向に走るな」
「で、でも、このまま最下位だったら僕、先生になれないし……『立派な魔法使い』にも……」
「……あのさ、生徒を率先してダメにする奴が先生になろうとするなよ、阿呆」

 危うく犯罪行為に走りかける御主人を押し止めたのだが、未来の『立派な魔法使い』様を目指す少年は口を尖らせ、異議を申してくださる。
 そうやって自分に都合の悪いことが起きる度、魔法に頼ろうとする所は直してもらいたいものだと思い、胸中でため息をついた後で苦言を呈させてもらった。

「あー……あのさ、このテストを見ればわかると思うけど、あれでアスナも頑張って成績上げているんだけど? 平均水準よりだいぶ低いけどな」

 脇に抱えたファイルの中から、先日行った小テストを取り出して見せる。本当はさっきの時間に返すつもりだったのだが……予告なしに出された変な課題のショックが大きくて、返却するのを忘れていたんだ。
 まあ帰りのHRで返せばいいだけの問題だし、怪我の巧名ってことで勘弁してもらえるだろうと自己完結して、口を尖らせたままだったネギにアスナの答案用紙を手渡す。

「あ……まあまあできてる!」
「まだまだ不安ではあるけどな。とりあえずだ、魔法で成績をどうこうっていうのは止めておけ。正直いらぬ節介だし、アスナが知ったら気分悪くするぞ? せっかく努力してるのに、そういうことされたらみんなが迷惑だーって」
「――!!」

 「大事なことを忘れていた!」的な顔で固まったネギからアスナの答案を取り返し、ファイルに挟みながら釘を刺した。

「少しきつめに言わせてもらうけど、安易に魔法で成績を上げようとか考えるなよ? 最下位を脱出できればいいだけで、別に一位を取れって言われたわけじゃないんだ。もう少し正攻法で成績上げる努力をしろ」
「…………うん」

 軽くネギの頭を撫で、なるたけ穏便に聞こえるように告げる。
 暫く俯いて押し黙ったネギが、やや不安そうにだが頷いたのを確認してから手を退け、止めていた足を動かして歩き出した。

「……それじゃ、職員室でテスト対策のプリントでも作るか。テストまであと三日あるんだ、何とかなるなる」
「そ、そうだね……うん、僕先生として頑張るよ。一教師として、生身で生徒にぶつかるんだ!」
「あー、そこまで気合入れる必要はないと思うけど……まあいいか」

 握り締めた手を見て、気合を入れているネギに苦笑を浮かべて呟く。

「あっ、そうだジローさん! 僕、やっておかなくちゃいけないことができたから、先に職員室に戻ってて――――!!」
「へっ? あ、ああ、わかった……って、廊下を走るなよ」

 情熱の炎を燈した瞳を向けられたことに驚き、半ば勢いに押されて俺が頷いたのを確認した瞬間、ファイルやら教材を人に押し付けたネギが走り出した。

「やっておかなくちゃいけないことって……何だ?」

 ドリフトで地面を削り、廊下を直角に曲がって姿を消したネギの後ろ姿を思い出し、一抹の不安を覚えた。
 何故だろう? 手が届かない所へ行ってしまった小さな背中に、途方も無く失敗したと感じてしまったのは――――





後書き?) またまた、改訂版と見せかけて新作気味な話になりました。
 でも、図書館島で大幅な改訂は終わる……かもしれないので、頑張って改訂を続けていきます。

 先に進むにつれて改訂は楽になるのである程度気は楽だけど、改訂は本当に難しいと実感したコモレビでした。
 ではでは。



「魔法の書を探せ? 極楽編」


 こんばんは。僕は今、このかさんやバカレンジャーの五人と、図書館島の最深部にいます。
 ここに来るまで、色々ありました。本棚の隙間から矢が飛んできたり、本棚が倒れてきたり、落とし穴があったり、図書館内にある湖を渡ったり……本当にココって図書館なの!?
 どうして期末テストも近いのに、トラップだらけの危険な所にいるのかと言うと、それは寝ようとしたところをアスナさん達に連れてこられたから。
 何でも、読むだけで頭がよくなる魔法の本が図書館島の最深部にあるって、それを取りに行くからみたい。
 魔法を封印してしまっていて、みんなの足手まといになっているのを心苦しく思いながら、アスナさん達に連れられて訪れた図書館島の最深部。
 そこで僕やこのかさん、バカレンジャーの五人を待っていたのは、『メルキセデクの書』を守るゴーレムから出される英単語を、ツイスターゲームで和訳するという試練。何で?
 と、とにかく何問か正解して、とうとう最後の問題がきました。出題された問題は『DISH』。

「わ、わかった! 『おさら』ねっ」
「『おさら』OK!!」

 僕とこのかさんが出したヒントで答えがわかったと叫んで、アスナさんとまき絵さんが手足を床に描かれた円に置いていきます。
 『お』、『さ』と順調に手足を置いていき、最後の最後でアスナさんが足を、まき絵さんが手を置いたのは――『る』の円でした。

「…………おさる?」
『ハズレじゃな、フォフォフォ』

 最後の最後で間違い、目を丸くして固まっている僕達に向かって振り下ろされたゴーレムの石槌が床を粉砕して、僕達を下に広がる暗闇に放り出します。

「アスナのおさる〜〜〜〜!!!!」
「いやああああ〜〜〜!!!」
「みんなゴメーーン!!!」
『キャアアーーーーッ!!!』

 闇の中、結構長い時間を重力に従って落ちた僕達を迎えたのは、地底なのに湖が広がる、何故か広くて眩しい場所でした―――――




 テストまで残りあと二日となった土曜日の朝。出勤……登校(?)して早々、俺は早乙女と宮崎さんに話があると図書室に呼び出された。
 そこで語られた驚愕の内容に、思わず目を覆って天井を見上げてしまった。

「――てーっと、何か? 今回の試験で特に悪かった人は留年通り越して、小学生からやり直しになると聞き、死ぬ気で勉強しても間に合いそうにないので、図書館島深部にある『読めば頭が良くなる魔法の本』を探しに地下へ潜って、魔法の本の安置室に着いたまでは良かったが…………『アスナのおさる』を最後に連絡が途絶えたと」
「ま、まあ、そうなるのかなー……」
「ごごご、ごめんなさいーっ」
「…………はぁぁぁぁ」

 どうやら運命の輪というのは、ホントこちらの意志とは関係なしに回っているらしい。冷や汗をびっしり浮かべて苦笑する早乙女と、ただ只管に頭を下げる宮崎さんを前に、重くて長いため息をつく。
 何でネギから目を離して一人にしたのだろう? ばあちゃん……最近、自分の間抜けさ具合にほとほと泣きたくなります。
 まあ、それはさて置き……日本の義務教育を舐めているのか、君達は? 成績不振で留年や学年が下がる中学校なんてあるわけないだろうっ!

「仮に留年や学年が下がるって話が本当だとしても、何故に魔法の本なんてあやふやな物を当てにするかな?」
「いやー、だって……ココならありえる話かなー、って思っちゃって。それに、最下位脱出したら『ご褒美』が待ってたわけだし?」

 疑問形で言い訳を述べる早乙女に渋面になりながら、忌々しげに頭を掻く。 ご褒美って、そんなに俺達に罰ゲームをさせたかったのか? まったく、その熱意を勉強に向ければ、楽勝で赤点は免れただろうに。

「正攻法で成績上げる努力しろって言ったじゃないか。生徒を率先してダメにしない代わりに、自分がダメダメにされてどうするよ……」

 今現在、頭痛のタネになっている失踪者の一人にして、我が御主人な子供に小言をぶつけたい。
 昨日、『やっておかなくちゃいけないことができた』と走り去るネギの背中に感じた不安が的中したと判明したのは、それから十分程後のことだった。

『ジローさん、僕期末までの間、魔法を封印することにしたよ! これから三日間、ただの人として正々堂々、先生としてがんばるよっ!』

 ネギから誇らしげに、腕に三本刻まれた魔法封じの刻印を見せられ、思わず職員室のマイデスクに突っ伏してしまったのは記憶に新しい。
 確かにさ、『安易に魔法で成績を上げようとか考えるな』って忠告はしたけど、それを真に受けて魔法を完全に封印するのは行き過ぎではなかろうか?
 だいたい、君から魔法を取ったら何が残るというのか、いや何も残るまい。君の体は魔法でできている……などと、頭の中で軽く錯乱した科白を垂れ流してしまった。

「それで、いまだに信じられないんだけど、その魔法の本を盗りに行くって計画を発案したのが夕映ちゃんだって?」
「あ、あはは、そうなんだよー。こう、『ただ及第点を取るだけでは、権利獲得は危ぶまれます』なんて、気合に満ち満ちた顔でさ」
「ははは、疲れるの覚悟で少しは馬鹿やってもって言ったけど……『口は災いの元』を実践させるのは遠慮して欲しかったなー、夕映ちゃん」
「んー、悲しいけどそれが『戦乙女』なんだよ、ジロー先生。大浴場で提案した時の、勝つためには何でもするって気迫に満ちた夕映の姿……私は思わず胸が熱くなったよ」

 今回行方不明になったネギとこのか、そして我らがバカレンジャー御一行の中で、恐らく一番常識を持っていたはずのブラックの御乱心を嘆いた俺に、早乙女が苦笑で当時の胸の内を方ってくれる。
 戦乙女ね……確かに言い得て妙だ。期末試験という、学生生活における最大最強にして最悪最凶な敵を打ち倒さんとする、夕映ちゃんの決意の程がよくわかるよ。

「どう、どうしたらいいんでしょうー、ジロー先生ー?」
「テストまでに戻ってこなかったら、いいんちょとか騒ぎそうだよねー……ていうか、担任が行方不明ってさすがにヤバいかも」
「あー………………まあ、何とかするよ。一応、コレでも副担任……というか、こういう時のために副担任させられているんだろうし」

 暫し考えた後、正直面倒くさいと思いながらだが、副担任としての務めを果すことにする。

「とりあえず教室に顔出した後、俺は学園長に事情を説明……してもらいに行くから。二人はみんなと一緒に教室で、この試験対策用のプリントで自習しておいてくれ」
「はーい。わっ、芸が凝ってるねー、今時わら半紙のプリントなんて……って、うん? 『説明してもらう』?」
「あー、言い間違えただけだ。すまん、これで意外とテンパッてるんだよ」
「ま、まねー。私達も、まさかこんな事態に陥るなんて考えてなかったし」

 うっかり洩らした本心を耳聡く捉え、首を傾げて小さく繰り返した早乙女を誤魔化して、二人を連れて図書室を後にする。
 早乙女の話に出てきた『魔法の書』だの『動く石像』だの、絶対にあの七福神の成り損ないが一枚噛んでいるに違いない。
 あーでもないこーでもないと、背後で今後の対策案を練っている宮崎さんと早乙女の声を聞きながら、胸中でこれからの行動を決めていく。

(あー、まずは……適当にクラスの連中を誤魔化して、その後は刹那に事情説明。それで落ち着いてくれなかった場合……まあ、絶対に落ち着いてくれないだろうから、刹那を連れて学園長に話を聞きに行く、と)

 指折りに行動を数え、思わずげんなりする。まだ文句言われるだけなら耐えられるけど、「護衛でありながら、見す見すお嬢様を危険に晒してしまいました……」とか言って落ち込まれた日にゃあ、どうすればいいのやら。

(そもそも、側にいない状態で『見す見す』って言葉は使えるのだろうか?)

 しょうもないことを考えて、先に待っている辛い現実から目を背けながら足を進める。
 テストまであと二日。はてさて、ネギ達ちゃんと戻って来てくれるのかね?
 失踪者メンバーの中に楓とクーフェイがいるから、多少危険な目に遭っても大丈夫そうなのが救いだけど。

「やっぱり人間、地道にコツコツした方がいいって教えだよな、これは……」

 テスト勉強にしたって、日頃から真面目に授業を受けておくなり、一日三十分ずつ復習なりしていれば最低限の苦労で済むのに。
 もう目と鼻の先に迫った2Aの教室を前に、俺は何度目になるのかわからないため息をついた――――




 魔法の本を守るゴーレムによって、図書館島の地下深くに落とされた僕達を待っていたのは、夕映さん曰く『幻の地底図書室』と呼ばれる場所でした。
 担任の責任として、脱出手段が見つからず途方に暮れていたみんなを励ました後、僕の提案で期末テストに向けての勉強をすることになって。
 どうしてか、テスト勉強に必要な教科書類や食料その他が完備された地底図書室で、一日みっちりと授業した次の日――

『待つのじゃ〜〜〜〜!!』
「キャー♪ 魔法の本取ったよーーーっ♪」
「よしっ、目的の本を取ったからにはズラかった方がいいわね!!」
「あの石像の慌てよう! きっとどこかに地上への近道があるです!!」

 僕達は追いかけられていたりします。たぶん昨日、僕達を地底へ落とした時に一緒に落ちてきたらしいゴーレムに。
 そのゴーレムの体に『メルキセデクの書』が引っかかっていて、佐々木さんがリボンで手に入れたまでは良かったんだけど……ううっ、魔力さえ戻れば、僕の杖でビューンってすぐ外に出られるんだけど――

(でもでも、みんなに魔法がバレたら先生どころか強制帰国だし…………素直に走って出るしかないっ!!)
『で、出口は見つからんと言うとるじゃろーが。諦めて捕まるのじゃー』
「あっ、見つけた! 滝の裏側に非常口です!!」
『フォ〜〜〜!?』

 夕映さんが見つけた非常口の扉を抜けて、非常階段を上り始めたまでは良かったんだけど、ゴーレムが予想以上にしつこくて今もすぐ後ろに迫って来てるーー!!

「あうっ」
「夕映ちゃん!?」
「こんなところに木の根が……あ、足を挫きました」
「ええ〜〜〜〜っ!?」

「自分を置いて先に行ってください」と夕映さんが言いますが、生徒を見捨ててなんて行けないよ。
 それに、そんなことをしたら僕がジローさんにぶっ飛ばされちゃうっ! と、図書館島に行くと聞いても止めないで、こうしてみんなを危険に晒してる時点でダメかもしれないけど……!!
 こっそり浮いた汗を拭いて、足を挫いた夕映さんを負んぶしようとしたけど、まだ一日分魔法を封印されていて、普通の子供並の力しかない僕はすぐに潰れてしまいました。
 うぅ、ジローさんに言われたからって、魔法を完全に封じたりするんじゃなかったよぉ。

「拙者に任せるでござる」
「お願いします長瀬さん!!」

 落ち込んだ僕に代わって、長瀬さんが夕映さんを運んでくれました。

『返すのじゃ〜!』

 そうこうしている間にも下から近付くゴーレムの声と、壁を削りながら登ってくる轟音。こうしちゃいられない!

「『問29 語句を並べ替えて文章を完成せよ This is a picture (ア)on September 21(イ)took(ウ)We』!」
「段々めんどくさくなるアル〜〜!」
「『ウ―イ―ア』です!」

 大きな声で、夕映さんが問題の答えを叫びます。非常口の扉を開けるための問題といい、途中にあった壁を開くための問題といい。
 『メルキセデクの書』の効果かな? バカレンジャーのみんなが、扉の問題を次々に解いてる。

「あ……け、携帯の電波が入りました!! 地上は近いです、早く外に出て助けを呼びましょう!」
「ち、地上が……!?」

 夕映さんの言葉に、みんなの声に力が戻ります。地上への直通エレベーターを発見した僕らは、最後のスパートをかけてエレベーターに飛び乗りました!

『ブブー! ――重量OVERデス』

 最後の「デス」が「DEATH」に聞こえたのは僕だけでしょうか? そんな僕の外れかけた思考を余所に、アスナさん達は大騒ぎを始めてます。
 え? ちょっとみんな、どうしていきなり服を脱ぎだすんですか!? へっ? 「片足を出すだけでブザーが止まるから、服を脱いで軽くする」?
 うう、すごく目のやり場に困ります。僕は英国紳士なのにー! 僕は慌てて目を覆って、エレベーターの隅に逃げました。
 でも、みんなの恥を忍んだ頑張りも意味を成さず、ブザーは鳴り続けています。

『フォフォフォ、追いつめたぞよーー!』
「キャーーーーッ!?」

 とうとう、ゴーレムに追いつかれました。どうするかなんて考える間もなく、僕はエレベーターから飛び出します。
 先生として、たとえ魔法が使えなくても生徒を守るのが役目だから!

「ゴーレムめっ!! 僕が相手だっ!」
『フォフォ、いい度胸じゃ。くらえーーい!』

 ゴーレムが、僕のことを握り潰そうと手を伸ばしてきた。怖かったけど歯を食いしばって目を開いて、杖を握り締めた僕にゴーレムの手が迫る。
 でも、ゴーレムの手が握り締められる直前、僕はアスナさんに無理やりエレベーターの中に戻されました。

「あんたが先生になれるかどうかの期末試験でしょ? あんたがいないまま試験受けてもしょーがないでしょうが。ガキのくせにカッコつけて……もーバカなんだから!」

 僕にそう言って、アスナさんは手に持った分厚い『魔法の本』をゴーレムに向かって投げつけます。

「それーーっ!!」
「あーーーっ!? ま、魔法の本がーーーー!!」
「あーーーーー……」
「やはりアルか……」
『フォッ、フォ〜〜〜〜〜!?』
『ピン♪』

 頭に本をぶつけられてゴーレムが地下へと逆戻りしていくのを尻目に、重量の問題をクリアしたエレベーターは扉を閉め、久しぶりの地上へ向けて順調に上昇していきます。

『チ――ン♪』

 停止したエレベーターの扉が開き、本物の日の光が僕達を照らしてくれました。

「外に出れたーーーーッ!!」
「いえーっ♪」

 一日と少しぶりに浴びた太陽の光と地上の開放感に包まれ、大きく伸びをしたり大声を上げたりで一頻り喜んだ後、僕の横に立っていたアスナさんがポツリと呟きました。

「服、どーしよ……」
「…………」

 き、期末テスト開始まであと十五時間。魔法の本も捨ててしまったし、アスナさんたちバカレンジャーのみんなは大丈夫なんでしょうか?
 そして、2年A組は最下位脱出を果たして、僕とジローさんを正式に麻帆良学園の先生にしてくれるのでしょうか!?

「とりあえず、のどか達に救援を頼むです。暖かくなってきたとはいえ、この時期にこの格好は寒いですし……正直、恥です」
「そ、そうねっ」

 目の前の問題から目を逸らして、テストを乗り切れるのかと悩んでいた僕に代わって、夕映さんが問題解決のために携帯で電話し始めました。

「あっ、もしもし、のどかですか? ええ、はい、みんな無事です。それで、詳しい話は後でちゃんとするのですが……その――――え?」
「ど、どうしたの、夕映ちゃん?」

 電話の相手らしいのどかさんと話していた夕映さんの顔が、とてつもなく不吉なことを聞いたみたいに強張ります。
 それを心配して恐る恐る尋ねたアスナさんをゆっくりと見上げて、物凄く小さな声で夕映さんが教えてくれました。

「あの…………のどかとハルナがこれから服を持って来てくれるそうなのですが――」
「う、うん……」
「服を、着たら…………『少〜〜〜し話があるから、全員揃って職員室に来るように』……と、ジロー先生がみんなに伝えるようにと。もちろん、ネギ先生も込みで」
『――――――――――』

 夕映さんから伝えられたジローさんの伝言で、地底から生還した僕達に重い沈黙が覆い被さる。
 ど、どどど、どうしよう……やっぱり怒ってるよね、ジローさん。

「ど、どうしよう……本気で怒っちゃいや〜ん♪ とか言ってみる?」
「ほ、ほら、私達、明日テストあるし! そんなに長い時間は怒られないよ……たぶん」
「短時間な分、お説教の密度が上がる可能性は捨て切れませんが……」

 顔が青ざめてるに違いない僕の横で、佐々木さんやアスナさん、夕映さんが不安そうな顔で相談していました。

『ど、どうしようーーーー!!!?』

 当然と言えばいいのか、地上に帰還した僕達を待ち構えていた期末試験と同じ位に最凶最悪な問題に、僕達はみんな揃って頭を抱えました。
 結局、『誠心誠意の心を籠めて許してくれるまで謝ろう』で意見が一致したのは、のどかさん達がみんなの服を持って来てくれる直前のことでした――――




 前略 あの世のじいちゃん、ばあちゃん、それとヌイ。
 先日、図書館島で遭難かましてくれた御主人達が帰還したとの一報を受け、思わず指を鳴らしてしまったジローです。
 まあ、お約束ではありますが御一行を職員室へ呼び出した後、全員にプリントを解かせてやりました。現国と古典、英語の控え教師らしく漢字の書き取りや読み、英単語の虫食いと和訳が入り混じった、特製の試験対策プリント(反省文風味)を。
 本当はバケツでも持たせて廊下に立たせてやりたかったのですが、試験まで時間がないのでそこで赦免。
 ちゃんと休むよう言い含めて一同を寮へ帰した後、反省文の採点をしたら、バカレンジャー全員がちゃんと成績向上していることに僅かに驚きつつ、これなら最終課題も大丈夫かと一安心したのですが――

「潔いというか、直情短絡的っていうのか……。最終課題がダメで正式に採用されないにしても、きちんと手続きして帰らなきゃダメだろうに」

 試験当日、バカレンジャー+図書館組他一名が来ていないと知り、2Aの連中に思わず「お願いだから、全員十点増しでお願いします」と頭を下げたのは、つい二日前のこと。
 ネギ達が行方知れずになったと知った土曜の時点で、学園長から事のカラクリを聞き出して……もとい、錯乱しそうな刹那の様子で自白してもらっていたので、別に2Aが最下位のままでも問題なしなのだが――――一応、これで先生っぽくテスト対策な授業をしてみたのだ、ネギの代わりに。
 少しは授業の成果……というか、2Aの連中が覚えようと思える授業をした可能性を見てみたいと思うのは、人として当然の欲求ではなかろうか?
 ちなみに、別室で試験となった遅刻組・バカレン&本組に対して、ネギが元気回復の魔法を使ったとのことだが…………試験でやっちゃいけないのはカンニングぐらいだ、問題ない。

「とにかくまあ、これで最下位はなかろうって勢いで挑んだ成績発表。まっさか、一番肝心な連中の答案用紙を預かったままにするとは……」
「ふぉ、ふぉっふぉっふぉっ……いや、すまん。遅刻組のテストは自分で採点したいなー、と思っちゃっての」

 挫折に打ち拉がれ、故郷に戻ると決めたネギが向かったであろう場所――麻帆良中央駅に向かって走りながら、俺は横で髭をしごきつつ笑う半神半妖生物を見下す。
 全力で走っている俺に並走した状態で笑いながら、余裕見せて髭を撫でるのは止めて欲しい。冗談抜きに気味が悪いし、それ以上に気持ち悪い。
 ていうか、組織の頭が私情挟んで行動した挙句、肝心の答案用紙を手元に置いたまま忘れるってどうよ? そうしたウッカリのせいで、今も戦時中の重要書類等が行方知れずになっているとわかってください。
 じいちゃんといい、メルディアナの校長といい、麻帆良の学園長といい……大事なところが抜けているから困る。
 ジト目で学園長を見下して胸中で文句を言っているうちに、麻帆良中央駅の改札口が見えてきた。

「――そりゃ最初はガキでバカなことばかりするから怒ったけど……私なんかよりちゃんと目的持って頑張ってるから感心してたんだよ!?」
「ネギ君、もう一度おじいちゃんに頼みに行こ。な?」
「そうだよ、ネギ君こんな子供なのに厳しすぎるよー」
「もう一度テストやらせてもらうアル!」

 俺達よりも一足先に追いついたらしいアスナ達が、駅の構内でネギを捕まえて説得している。

「い、いえでも、最終課題は僕も納得の上でのコトですから……」

 だが、みんなに囲まれて僅かに混乱しながらも、ネギは課題に失敗したのだから潔くイギリスに帰りますと言い張っていた。

「あー、あのさネギ。泣き顔でそういうこと言い張られても、全然納得してるようには思えないんだけど?」
「ジ、ジローさんっ?」
「ハァ……よう、聞かん坊。えっとさ、イギリス帰るなら帰るで別にいいんだけど、それならそれで、ちゃんと手続き踏んで帰ろうや?」
「あ……」

 ため息混じりに苦言を呈すると、ネギの奴は今頃思い当たって惚けた声を出していた。
 ついでに言わせていただきますが、その様子じゃ君は使い魔な俺のことも忘れていましたね? 何ですか、捨て犬ならぬ捨て使い魔ですか?

「ちょっとジロー、どうして帰るの止めないのよ! あんた、ネギの味方なんでしょ!?」
「あー、まあ味方には違いないけど、やはり注意すべきところは注意しないといけないので……」

 ネギを引き止める様子を見せない俺が気に食わなかったのか、大層な剣幕で噛み付いてきたアスナに、顔を引き攣らせて笑いながら落ち着けと宥めた。

「それとだ、ネギ。さっきの話の続きだけど、潔く帰るのもいいけど……世の中いろいろあるからな。沢庵みたいに切れたように見えて、実は切れてないこともよくあるわけでして」
「た、沢庵……?」
「ハア? いったいなにが言いたいのよ、もったいぶらずに教えなさいよ!」

 少し捻った謎かけみたいな言葉に、ネギとアスナの二人が首を傾げる。
 そんな二人の様子に、やはり捻りすぎたかと苦笑しつつ、個人的にはもう少し『言葉遊び』というものを覚えてもらいたいものだと思った。
 最終課題の合否を切った沢庵に当てはめて、暗にまだ完全に(望みは)切れてないぞと言ったんだけど。
 内心、気付いて欲しかったと口をへの字にした後、俺は全ての騒動の元凶である学園長を顎でしゃくって指し示した。

「ここから先は、あちらに御す学園長に任せたいと思いますです」
「ふぉふぉふぉ」
『が、学園長!?』

 顎で指した先に立っている学園長の姿に、ネギやアスナ達が驚きの声を上げる。
 その反応を満足そうに見渡し、髭をしごいた学園長がネギに謝罪の言葉を述べた。

「いやーすまんかったのネギ君。実はの、遅刻組の採点だけはワシがやっとってのう。採点が終わった後、うっかり2A全体と合計するのを忘れとったんじゃよ。ほれ、これがちゃんとした結果表じゃ」
「な、なんですかそれはー!?」

 冷や汗を垂らしながら学園長が謝り、作務衣の懐から新しく集計し直したクラスの順位表と、採点を終えた答案用紙を取り出して読み上げ始める。

「まずは佐々木まき絵。平均点66点、ようがんばった」
「ええっ、うそっ!?」
「次に古菲67点、長瀬楓63点」
「ホ、ホントアルかっ?」
「うむ。では次、綾瀬夕映63点。普段からもっとマジメにの」
「…………」

 平均点数を読み上げ、一言二言それらしい言葉を送っていく学園長を横目に、俺はみんなの意外な健闘に胸中で感心していた。
 正直、赤点の三十点を超えれば良しと考えていたので、バカレンジャーの中でも特に心配していた佐々木さん、クーフェイ、楓の三人が六十点以上取ったというのは驚きです。
 夕映ちゃんの方は…………まあ、基本性能は高いはずなので、少しその気になったってところか。
 学園長にもっとマジメにと言われて口をへの字にしているトコを見ると、たぶん『やだ』とか思っているのだろう。

「早乙女ハルナ81点、宮崎のどか95点、このか91点数。この辺は問題ないかのう」
「宮崎さんとこのかはともかく、早乙女の点数には……こう、納得し難いものがあるよな」
「そうですね、いつも同人誌がどうのと言っているのに」

 ピンク、イエロー、ブルー、ブラックの成績に続いて発表された早乙女の成績に、一緒の理不尽さを感じて呟いた俺の横に立っていた夕映ちゃんも、複雑そうな顔で頷いていた。
 確かに夕映ちゃんの言う通り、同人誌のネタがどうのと叫んでいる人物からは想像できない好成績だけど…………まあ、中学校のテストだし?
 授業さえ聞いていれば70近くは取れるのだろうと思いながら、頭を掻いて夕映ちゃんに労いの言葉をかけておいた。

「手っ取り早くいい点取ろうとして、結局遭難したのは褒められたことじゃないけど…………まあ、お疲れ様。すごく頑張ったんだね、驚いたよ」
「……ど、どうもです」

 痛いところを突かれたからか、恥ずかしそうに俯いて呟くように礼を返す夕映ちゃんに苦笑した後、最後にアスナの成績発表を行う学園長を見やる。

「――――最後に神楽坂アスナ……71点! ようやった、アスナちゃん!」
「え……」
「あ……スゴイ」

 学園長の発表を聞き、ネギから惚けた声が洩れた。
 思いも寄らぬ好成績を告げられ、暫し呆気に取られるアスナ。その呆気にとられた表情が、徐々に喜色に染まっていき――

「お主らの全教科の点数を足して、もう一度計算すると平均点が81.0点となり、0.2の差で――――なんと! 2Aがトップじゃ!!」
『や、やったーーーーッ!!』

 麻帆良中央駅の構内に、騒がしい喜びの叫びが響き渡った。

「え、うそ……でもそんな、魔法の本もないのに一体どうやって!?」
「これのことかの?」
「あ!?」

 再度懐に手を突っ込み、学園長が取り出した黒表紙のゴツイ本を見て、ネギが息を呑む。

「こんなもので簡単に頭が良くなったら苦労はせんて。今回のことはな、全てみんなの実力じゃよ、実力」
「――――――――」

 サラッと明かされた『頭の良くなる本』の真実に、口の端を引き攣らせているネギの肩に手を置き、耳元で囁いてあげた。

「最終課題っていうのは口実で、俺達が先生をやっていけるかを見るのが目的だったというわけだ。
 冷静に考えたらわかると思うけど、逆に危なかったんだぞ? 最終課題に受かりたいがために、安易に旨い話み飛びついたと取られていたら……なあ?」
「さ、最初に行こうって言い出したのは僕じゃないないよぉ」
「共犯は同罪だ。ただでさえ忙しいのに、お前の抜けた穴を埋めたり、他の先生を誤魔化したりで大変だったぞ」
「うぅっ、ゴメンなさい……」

 軽く叩くように頭を撫でながら小言をぶつけると、ネギの奴は一本だけ立ったアホ毛を萎えさせて頭を下げる。

「……まあ、アレだ。亀にしろ兎にしろ、地道にコツコツするのが一番だってわかればよろしい」
「は、はーい」
「精進しようや、お互いにさ。あー、いい機会だし、改めてみんなに挨拶しておくといい」

 これ以上グダグダ言っても仕方がない……というか、ネギ達が失踪してから一睡もしてないし、いい加減もう疲れたから帰ると決心して、後は任せたとばかりにアスナの方へネギを押し出した。

「あ、はい。アスナさん……僕――」
「あはは、許してもらえて良かったね、ネギ。まっ、とりあえず新学期からもよろしくね」
「は、はいっ……よろしくお願いします!」
「よかったねー、ネギ君♪」
「それー、胴上げアルよー♪」
「キャアッ!? コラ、ちょっとあんた達!」

 普段の付き合いからは想像もできないと言うと失礼だが、アスナがネギの頭を優しく撫でる。それを見て苦笑しながら二人に背を向け、学園に戻るために歩き出した。
 背後から、クラスが学年一位を取った喜びでテンションの上がっている連中にネギが担がれ、無理矢理胴上げされているのを聞く。

「まー、めでたしめでたしで終わったとしておこうさね」

 背後の騒ぎをBGMに頭を掻きながら呟き、ため息をつこうとして――

「――――あ」

 唐突に大事なことを思い出して、思わず足を止めた。
 後ろを振り返り、今もバカレンジャーや図書館組に胴上げされ空中を舞っているネギを見る。

「そういえば、2Aが最下位脱出した場合、罰ゲームだったよな……」

 確かボーダーの点数決めて、ランダムで十人に『ネギ一日占有権』。俺の場合、『何でも言うこと一つ聞く』だったか。
 今さらながら、どうしてそんな約束をしてしまったのかと思う。ネギの最終課題が『2Aを最下位から脱出させる』だったのだから、俺達は2Aが最下位だった時に罰ゲームをするべきなのでは?

「あー…………今さら言っても仕方がないか」

 何だかんだで、クラスの連中全員が頑張ってくれたからこその結果だし、ネギはともかく、俺の場合は食事奢る程度で済むだろう。
 多少の希望的観測と大部分の諦めからなる言葉で自分を納得させ、また学園に向けて歩き出した。

「あー、口では仕方がないって言ったけど……無性に不安になってきた」

 学園へ向かう道すがら、ボウッと空を見上げて呟く。調子乗りな2Aの連中のことだし、何を命令されるかわかったもんじゃない。
 ネギはまあ、今回の騒動のバチが当たったと考えればいいとして、俺まで罰ゲームがあるっていうのは理不尽な気がするぞ。

「――――――――ハァ」

 足を止めないまま、俺は拭いきれない嫌な予感に対してため息を一つ洩らした。
 騒動の皺寄せが大半、俺に回ってきてるように感じるのは気のせいじゃないんだけど…………何だかんだで慣れつつある自分が怖いよ、じいちゃん、ばあちゃん、それとヌイ――――




後書き?) 改訂前に比べると、展開急でローテンションになったかも。
 まあ、最後に罰ゲームを思い出すのは次の話の伏線なので、それで勘弁していただけるとありがたいです。
 ではでは。

inserted by FC2 system