『魔法都市麻帆良』
The EX2 Story/春風の宴



今、麻帆良学園は春休み
わずか1〜2週間程度の短い休みの中で生徒達が新学期に向けての英気を養っている中
義腕の青年と侍女の住む家では…………


アルベルト宅

アルベルトは自宅の縁側に腰掛けて湯呑みの茶を啜り、その視線は庭に生えた2本の桜に向く
結構な年代を経ているらしいその桜は静かに花びらを散らせ、風情を感じさせる風景を創り出している

『綺麗ですね〜〜』

アルベルトが横から聞こえた声に視線を向けると
その視線の先では身体を微妙に透けさせた白い髪の少女が楽しそうに桜を見上げている
手には湯気を立てる湯呑みを持ち
何故か目の前に手に持つ物と同じデザインの湯呑みが一つ置かれている

「ああ、これだけでもこの家に住んでいる価値がある桜だな」
『はい〜』

少女――さよは幸せそうに頷くと茶を1口啜るが

『――――!』

どうやら予想以上に熱かったらしく口を押さえて顔を真っ赤にするさよ
アルベルトは心配そうに眉をひそめると

「おいおい大丈夫か?」
『ふぁ……ふぁい〜』

未だに顔を赤くしながら呂律の回らない様子のさよの前に水の入ったコップが置かれる
2人が視線を向けると、煎餅の乗った皿や湯気を立てる急須を盆に載せたノインが微妙に眉をひそめ

「大丈夫でございますか? どうぞ」
『ふぁい〜』

さよが微妙に涙目のまま湯呑みを置き、コップを手に取ると
まるで分離するかのように透明度が増したコップがさよの手に納まる
それを見てアルベルトは軽く溜息をつくと

「何と言うか…………奇態な光景だな」
「少なくともいきなりグラスの中身や料理が無くなっていくよりはまともな光景と判断します」
『――――――』

何気無く呟いた言葉に自分の隣に座ったノインが答えるのを見て苦笑しつつ
再度さよのほうに視線を向けると、さよは幾分か落ち着いた表情を見せ

『――ふぃ〜 ありがとうございます〜〜』
「いえ、大事にならなくて幸いでございます
 ―――ところでアルベルト様、1つご提案してもよろしいでしょうか」
「ん? 何だ?」

アルベルトが視線を向けるとノインは一礼し
桜に視線を向けると

「これほど見事な桜を私共だけで見るのは贅沢だと判断します
 3−Aの皆様や教員の方々をお呼びして花見、と言うのはいかがでございましょうか?」
『わぁ、いいですね〜』
「ふむ」

アルベルトは顎に手を当てて桜の生えている広い庭を見渡すと

「――まあ、この広さなら問題あるまい、いいだろう
 しかし生徒は2−Aの面子限定か」
「2−Aの皆様と他のクラスの皆様を混ぜたらロクでもない事になると断定出来ます」
「ふむ、―――良く理解しているなノイン」
「当然と判断します」

何か思うところがあるのか微妙に遠くを見るような視線のアルベルト
対するノインは一礼すると再度告げる

「超様達に話を通してありますのお料理の材料等はお気になさいませぬよう」
「……普通、先に主に話を通さんか?」
「―――少なくとも来週までアルベルト様はお暇と判断しました
 それにアルベルト様が賛成しない筈は無いと断定しましたので」
「確かにそうだがそう言う事後承諾は控えろ
 あまりいい気がせん」

やや咎めるようなアルベルトの視線にノインは頭を下げると

「承知しました、では今後はアルベルト様の許可を得た上で話を進めます」
「それなら良い、―――まあ、そう言う事なら準備をせねばならんか」
「それは私がいたしますので、アルベルト様は皆様にお声をかけて頂けますでしょうか」
「ああ、わかった」

一礼して部屋の中へ入っていくノインの背を見つめながら
アルベルトはふと想う

「花見か…………最後にしたのは10年近く前だったか、ふむ」
『楽しみです〜♪』

アルベルトはさよの声に頷き、少しの間物思いにふけた後
3−Aのメンバーに参加するかどうか問うために
ノインが破壊した後、新しく設置させた電話(最新式)の所へ向かう


約20分後

「―――ああ、そうか、すまんな」

寮にいる面々に電話をかけ終わり、軽く溜息をつくアルベルト

「―――さて、現時点で来るのが確定しているのは
 長瀬、鳴滝姉妹、桜咲、龍宮、神楽坂、近衛、ネギ先生、春日、古菲、宮崎、綾瀬、早乙女か
 チア部の3人は練習、運動部4人集は部活で雪広、那波、村上は出かけている……と
 ノインが呼んだからには超、四葉、葉加瀬は来るだろう
 教師連中はタカミチに任せたからいいとして……」

電話をかけて来る来ないが確定している面々を指を折り数えているアルベルト

「連絡がつかんのはエヴァンジェリンと絡繰、長谷川、朝倉、レイニーディか
 ――仕方ない、呼びに行くか」

アルベルトはそこで少し考えると、縁側で楽しげに桜を眺めているさよに声をかける

「――相坂?」
『はい、何ですか〜〜?』
「これから連絡のつかん奴を呼びに行くが……お前も行くか?」

その言葉にさよは慌てて浮かび上がると
結構なスピードでアルベルトの隣に並び

『は、はい、お供します〜〜』
「お供とはまた古風だなお前は……――まあいい、では行くか」
『はい〜』

アルベルトは頷くと身を翻して歩き出し
さよもそれに続くように飛んでいく


―――数分後、女子寮付近
とりあえずここまで歩いてきたアルベルトはふむと唸りながら寮を見上げると

「―――さて、連絡がつかんのはエヴァンジェリンと絡繰、長谷川、朝倉、レイニーディだな」
『エヴァンジェリンさんと茶々丸さんと長谷川さんに朝倉さんにザジさんですか?』

横に浮かびながら問いかけてきたさよにアルベルトは頷くと

「ああ、他の連中は連絡がついたんだが……この3人とエヴァンジェリン、そして絡繰の5人だけは電話を取らなくてな
 エヴァンジェリンと絡繰は家に行けば居るだろうが残りの3人の所在がさっぱりわからん」
『そうですか〜〜…………』

うむむ、と首を軽く捻るアルベルトにさよがふと何かを思いついたように言う

『あ……あの、私飛べますんでちょっと捜してきましょうか〜?』
「む、それはいい、頼む」
『はい〜〜』

ふわふわと、しかし結構なスピードで飛んで行くさよを見送りつつ
アルベルトはふと自分の持つ緑色の義腕に目をやる

「…………しかし……相坂の事といいお前は少々人に気安すぎないか?」

つい先日の出来事を思い出して思わず竜帝に半目の視線を向けるが
緑の義腕は応えずに沈黙を守っている、アルベルトは溜息をつくと

「…………全く…しかし霊帝か
 ―――こんな所でこの神器を再び使う羽目になるとはな……」

8年近く前に名護屋圏総長連合の部下として共に戦った1人の少女を思い出す
総長である自分と情報統括担当の第一特務である彼女とは共に行動することも多々有ったが

「……随分とぶっ飛んだ女だったな今思えば」

思い出すのは今は別の部下と一緒になっている少女の記憶
―――愛用の杖型神形具で未来の夫を殴り飛ばす同年代の長髪の少女
―――神器で呼び出した霊を何故か自分にけしかける少女
―――etcetc…………
ロクでもない映像ばかり浮かんでくるので思い出すのを止め
空中であちこち見回しているさよを眺めつつ歩き出す

「―――ふむ」

数分ほど歩いた所で、何気なく宙に浮いているさよの事を考え出すアルベルト

「(……『60年も前から幽霊をやっている』……『これまで誰にも気付かれなかった』か
 ――ふぅ、せめて他の面々にも見える様になれば良いのだが……、しかしあの妖怪爺は何故黙っていたのだろうな?
 やはり制裁が必要だな、クククク……)」

だんだんと思考が物騒な方へ向いていくアルベルト
かなり邪悪な表情でなにやら考えている

『―――アルベルトさん〜〜』
「(ククク……)―――む?どうした相坂」

いつの間にか降りて来たさよが声をかけると
思考を元に戻し、微妙に白々しい笑顔で問う

『あ、あう〜〜……どうしたんですか〜?』
「……――何でもない、で? どうした?」
『あ、あうう〜〜』
「…………む、すまん、―――これでいいか、それでどうした?」

白々しさの中に何か見てしまったのか
微妙に怯えた状態で話そうとしないさよ
そのまま話が続かないのは困ると考えたアルベルトは
表情を普段の状態へ戻し、再度促す

『あ、はい〜〜、えっと……あっちにですね〜〜』

左手をおたおたと振りながら右手で近くの林を指さすさよ
つられて林の方を見たアルベルトは、林からこっちに向かってくる影を認め
さよがそれに気付いていないのを見ると軽く笑い

「ふむ、―――あっちに……どうした?」
『え、えっと〜〜、あ、あっちにですね〜〜』
「――ふむ、どうした?レイニーディ辺りが居たか?」
『あ、はい〜〜〜、――――ってええ〜!?何でわかったんですかぁ〜!?』

アルベルトはその様子に軽く笑うと

「はは、――自分の指差している方向を見ればわかるぞ相坂」
『へ? ――あ……』

さよが慌てて振り向いた先には
何故か半分に割れたピエロ面を付けた奇術師のような格好の褐色肌の少女が無表情に歩いて来ていた

「ようレイニーディ」
『ど、どうも〜〜』
「…………」

2人が挨拶するとその少女『ザジ・レイニーディ』はピエロ面を外し
アルベルトとさよの両方に頭を下げる、その事実に思わず停止する2人

「『―――……………………』」
「『…………―――む?(ふぇ?)』」
「?」

2人はややあってから間の抜けた声を出す
対するザジは疑問符を浮かべて首を傾げている

「…………見えるのか?」
「…………(コクリ)」

さよを指差したアルベルトが尋ねると
ザジはあっさり頷く事で肯定する

『へ…………、ほ、ほんとですかぁ〜〜?』
「…………(コクリ)」

どうやら声も聞こえるらしく、問いに頷く事で答える
それを見たアルベルトは軽く首を捻ると

「―――ふむ、何故見えるかは知らんが……良かったな相坂」
『はい、嬉しいです〜〜!』
「……?」
「うむ、……―――ああそうだ、レイニーディ、今から家で花見をするが……お前も来るか?」
「………………(コクリ)」

嬉しそうにアルベルトと会話しているさよをザジが小首を傾げながら眺めている中
アルベルトがザジを捜していた用件を思いだしてザジに尋ねると
ザジは少し考えると、相変わらず表情を変えぬまま頷く

「そうか、―――さて、エヴァンジェリンと絡繰は別として後2人
 …………一体何処にいるんだ朝倉と長谷川は?」
『はい〜〜、少なくともこの辺りには居ませんでした〜』
「……?」
「むぅ…………―――仕方ない、先にエヴァンジェリンの家に行くか
 朝倉達は時間を置けば寮に戻っているかもしれんからな、……相坂もレイニーディもそれでいいな?」
『はい〜、わかりました〜』
「……(コクリ)」
「うむ、―――ああ、それとレイニーディ」

2人の様子を見てアルベルトは頷くが
そこで何故かザジを半目で見つつ竜帝の爪でザジを指すと

「?」
「こっちから誘っておいてアレだが…………―――その格好で行く気か貴様」
「……?」

突然声を掛けられ、首を傾げながら己の格好を見回すザジ
まあ、確かに全身を黒いローブに身を包んだ状態で花見をする人間はそう居ないだろう

「……?」
「いや「駄目?」と言わんばかりの視線で見られても困るのだが……」
「……」

アルベルトの言葉にザジは仕方ないと言わんばかりに首を振ると
ローブに手をかけ、2人から自分を隠すように剥ぎ取る

「む!?」
『ふぇ!?』

黒衣が2人の視界を覆い、一瞬閉じてしまった目を2人が開けると

『…………ふぇ?』
「……ほぅ」
「……」

元々着ていたのか一瞬で着替えたのかは知らないが
黒いローブはどこかに消え、トランプの模様入りのシャツとジーンズ姿のザジが立っていた
そして彼女が片手で持った仮面を撫でるように隠すと、今度は仮面も消える

『ふぃや〜〜、すごいですねぇ〜』
「ああ、見事だな、……どうやったのかはさっぱりわからんが」
「……」

思わず拍手する2人に頭を下げるザジ
そこでアルベルトは本来の目的を思い出したらしく苦笑を浮かべると

「――っと、いかんいかん、では行くぞ2人とも」

そう言って踵を返して歩き出すアルベルト

『あ、はい〜〜』
「…………」

慌てて追いかけるさよと何故かボールを取り出してジャグリングを始めながら追随するザジ
巨大義腕付き、幽霊、ジャグラーと言う奇怪極まりない3人組はエヴァンジェリンの家がある方向を目指して歩いていく


約20分後、エヴァンジェリン宅
後ろでは可愛らしい外観のログハウスをさよとザジが興味深そうに眺めている
それを横目で見つつアルベルトはドアの前に行き、ドアをノックする
軽い音が3度響くと
少しの間を置いて扉が開き、眠そうな顔をしたエヴァンジェリンが顔を出す

「…………誰だ……って貴様か、何の用だ?」

やや不満げなその言葉にアルベルトは頷くと

「ああ、ちょっとお前を誘いにな」

と、そこまで言ったところで何かに気づいたかのように眉を顰めると

「ところでエヴァンジェリン、絡繰はどうした?」
「私も知らん、何か葉加瀬に呼ばれたとか言って出かけたぞ」
「―――ふむ」

エヴァンジェリンは顎に手を当てて思案するアルベルトからその後ろにいる2人に視線を移すと
今度は猜疑の視線をアルベルトに向け

「―――で? 一体何の用だ? 後そいつらは何だ?」
「ああ、こいつらも一緒に―――待てエヴァンジェリン、そいつ“ら”だと?」

その言葉に聞き捨てならない物を聞いたアルベルトが半目を向けると
エヴァンジェリンは気だるそうな表情を見せ

「――ああ、貴様も見えるとは知らなかったな、―――確か相坂さよだったか」
『ふぇ? は、はい〜』

エヴァンジェリンの声が聞こえたのか返事をしつつこちらへ向かってくるさよ
それを見たアルベルトは目を細めると

「…………エヴァンジェリン」
「何――っだぁ!?な、何をする貴様ー!」

いきなり頭頂部に手刀をくらい涙目でアルベルトに掴みかかるエヴァンジェリン
対するアルベルトは呆れを含んだ声と視線を向けると

「――見えてたんだら声かけるなり何なりしてやらんか馬鹿者、―――ん?」
「……、…………?」

そこで服を引っ張ってきたザジに視線を向けると
ザジは不思議そうな顔を自分を指差す
それを見たアルベルトは軽く溜息をつくと

「いや、お前はいい、多分だがこれまでも相坂を見たりしていただろう?どうだ相坂」
『――え〜〜〜っと…………………………あ、そ、そーいえばそうでした〜』
「…………」
「うむ、そういう事だ」

首を傾げつつも頷くザジと思い当たる節があるのか頷くさよ
それを見たエヴァンジェリンは驚きの色を浮かべると

「んな!?差別か貴様ー!!」
「やかましい」
「貴様はぁ!」

微妙に涙目のエヴァンジェリンをアルベルトは無視して笑うと

「――で、だ、俺達がお前を呼びにきた理由だが……これから花見をするので来い、以上」
「わかりやすい説明ありがとう誰が行くか!」
「これまたわかりやすい否定ありがとう」

アルベルトは頷くと、予備動作無しに竜帝でエヴァンジェリンを担ぎ上げ

「だが暇人に拒否権はない、どうせ絡繰も来るだろうから強制連行させてもらおう」
「おい離せ貴様!と言うか誰が暇人だー!」
「貴様だ」
「決め付けるなぁー!!」

怒鳴るエヴァンジェリンにアルベルトは半目を向けると

「では今何をしていた、言ってみろ」
「ああ、最近買った新作RPGの実名プレイをな、ちょうどラスボス手前だから少々休憩を……」
「それを世間一般では暇人と言うのだ、ああレイニーディ、すまんがドアだけ閉めてくれ」
「……」

アルベルトの言葉にザジは頷くとドアへ走りよって閉める
それを見たエヴァンジェリンはますます声量を増して騒ぎ立てる

「なぁ!?ちょっと待て!せめてあと1時間ー!」
「そんなに待ってられるか行くぞ2人とも」
『あわわわ、は、はい〜〜』
「……」
「は、離さんかぁー!!」

尚も騒ぐエヴァンジェリンをアルベルトは無視
担いだまま歩き出し、さよとザジもそれに習う


約20数分後、アルベルト宅
途中で観念したらしいエヴァンジェリンを降ろし、連れ立って門をくぐった4人を
準備中だったらしく庭にテーブルを設置していたノインが出迎える

「連れてきたぞ」
「お帰りなさいませアルベルト様、相坂様」
『は、はい〜〜』

ノインは続いてアルベルトの後ろに居たエヴァンジェリンとザジに一礼し

「いらっしゃいませエヴァンジェリン様、ザジ様、ゆっくりとお寛ぎ下さい」
「…………」
「ああ」

ノインの言葉にザジが軽く礼をし、エヴァンジェリンが腕を組みながら頷く
その様子を眺めていたアルベルトがふと部屋の中から気配を感じ、そっちへ視線を向けると

「やホー」
「超か、早いな」

視線の先に居たのは楽しげに手を振る中華風の少女
更にその後ろから2人の少女が顔を出す

「私も居ますよー」
――どうも、こんにちは

顔を出した2人――葉加瀬と出席番号30番『四葉五月』
楽しそうな笑顔の2人にアルベルトは軽く手を上げて挨拶する

「葉加瀬に四葉、皆わざわざすまんな」
「いえいえ、私としてもこう言うのは嫌いじゃないですし」
「楽しいことは良いことネ」
――はい、そうですよ

そこで自分の従者が居ないことに気づいたエヴァンジェリンが腕を組みつつ葉加瀬に問う

「―――ん?おいハカセ、茶々丸はどうした?」
「――あ、ちょっと足りないもの買いに行かせたんですけどー、ちょうど入れ違いになっちゃいましたかねー?」
「むぅ、……そうか」

納得したように頷くエヴァンジェリン
ちょうどその時

「―――おっじゃましまーすってぬひょぁぁぁぁぁ!!?」

家の反対側、裏口の辺りから叫び声と同時に大きな物音が響く
何事かと構える面々をアルベルトとノインは無視し冷静にその方向を見ると

「む、誰かが引っ掛かったか」
「あの声は朝倉様のようです」

アルベルトとノインの言に皆も何があったか理解したらしく
後頭部に漫画汗をたらした葉加瀬が問う

「な、何で裏口に罠があるんですかー?」
「趣味だ」
「あえてストレートに言うけど性質の悪い趣味だナー、今更かもしれんガ」
「やかましい」

超に半目を向けていたアルベルトだが、すぐに溜息をつきつつ立ち上がると

「仕方ない、少々見てこよう」
「よろしくお願いいたしします、私共は料理の続きに取り掛かりますので」
「にゃはは、そう言えばそうだたナ」
「私は運ぶだけですけどねー」
―――がんばりましょう

そう言って部屋の中へ向かう4人
アルベルトはエヴァンジェリン、さよ、ザジが縁側に座って桜を眺めているのを横目で見つつ裏口へ向かう


1分後、アルベルトが裏口の近くへ行くと
裏口の門から入ってすぐのところに直径1m弱の穴が開いており
穴の端から朝倉が顔を手を出して伸びている
その様子にアルベルトは苦笑しつつ近づき、声をかける

「大丈夫か朝倉」

声をかけられた朝倉はゆっくりと首だけ動かし、アルベルトと目を合わせると

「あ、アルベルト先生……花見にお呼ばれしたので来ましたけど…………何ですかコレ?」
「うむ、趣味と実益とやはり趣味を兼ねた防犯用の落とし穴だ」
「そ、そうですか…………っと、あとこの謎の音は何ですか?」

その言葉にアルベルトが注意を後方へ向けると
金属で何かを叩くような音が異様なほどの速度で重奏している
アルベルトは一度頷いてから振り返ると

「ああ、ノインが料理中でな、あいつが急ぐとこうなる」
「さ、さいですか……」
「うむ、――しかしどこから嗅ぎ付けてきたんだお前は?」

身を起こしていた朝倉はその言葉を聴いて気楽そうに笑うと

「いやぁ、先生留守電入れたでしょ?ついさっきそれ聞いたもんで」
「ああ、そういう事か、…………ふむ、朝倉、1ついいか?」
「何です?」

アルベルトは顎に手を当てつつ問う

「長谷川を知らんか?お前以外だと連絡がつかんのはあいつだけなんだが」
「千雨ちゃん?」

そこで朝倉は少々思案
何かを思い出したように手を打つと

「あ、そーいえばさっき駅のほうへ行くの見ましたよ?」
「ふむ、――では来るのは無理か?」

アルベルトの言葉に朝倉は軽く頭を掻くと

「本当にさっきですからねー、結構かかるんじゃないですか?」
「そうか、では仕方ない、ではお前は手伝うなり待ってるなり好きにしろ、もう30分はかかるからな」
「あ、はいはいOKです」

と、言いながら表へ回る道へ行こうとする朝倉の背に
アルベルトは何故か半目で声をかける

「朝倉、一応言っておくが家の中は撮影禁止だ、いいな?」
「えーそ「い・い・な?」……はい」

笑顔で言ったら何故か顔を青くした朝倉に首を捻りつつ
アルベルトも表への道を歩いていく


―――30分後、テーブルや椅子、キャンプシートなどが設置され、花見場というよりも野外宴会場と化している感のある庭
アルベルトは竜帝から通常義腕へ換装し、桜の木の下辺りで新しい椅子を設置していたが
ふと顎に手を当て桜を見上げつつ思案する

「ふむ、敷物は引いた、後は人数分の食器か…………何人来るんだったか?――む?」

アルベルトはふと視界の隅の門に人影を認め、そっちへ視線を向けると

「お、おじゃましますー……」
「おっじゃましまーす」
「おじゃまするです」

目に映ったのはのどか、ハルナ、夕映の3人
アルベルトは軽く手を上げつつ笑うと

「む、お前らが1番手か、よく来たな」

その言葉にハルナは能天気に笑いながら言う

「あははは、何かネタになりそうな気がしたもんで急いできた訳ですよ」
「む?」

唐突に妙な事を言われて首を捻るアルベルトにハルナの後ろに居た夕映が呆れ声で言う

「すいませんがハルナの戯言は無視してくださいです」
「ああ、了解した」
「うわ2人とも酷いなぁ」

内容とは裏腹に楽しげなハルナの声を2人とも無視したのとほぼ同時

「おじゃまするでござるよー」
「おじゃまするよー!」
「するですー!」

その声に振り向いた4人の視線の先には楽しそうに走ってくる髪型意外そっくりな2人の少女と
その後ろをのんびりと歩いてくる長身で糸目の少女
アルベルトはそんな3人を見て笑うと

「っと来たかアンバランス3人組」
「いきなり失礼なこと言う人が居るでござるなぁ」
「そうだよー!どこがアンバランスなんだー!」
「いや全体的に…………なぁ?」
「そんな事ないですー――ってどうしてみんな目をそらすんですかーー!!!?」

その後も続々と2−Aの面々が揃っていき
あっという間にその場は騒ぎの場となっていく


更に20分後、すでに宴会状態の2−Aの面々を横で見つつ
ふと門の方向に視線をやると、面識のある数名の人物が門をくぐったのが見え
その内の1人を視界に納めると、口元を歪めつつ近づき

「おいおい誰だ妖怪を呼んだのは、摘み出せ」
「い、いきなりそれかのアルベルト君!!?」

本人にとってはあんまりな台詞に妖怪――もとい近右衛門が騒ぐが
アルベルトはそれを無視してにこやかに笑うと

「冗談にきまっているだろう、ん?」
「そ、その割には一瞬目がマジじゃったぞ!?」
「やかましいさっさと行け後がつかえるだろうが本当に摘み出すぞ?」
「うう、老人虐待じゃ…………」

アルベルトは無視、肩を落として歩いていく近右衛門
その後ろに居た修道女服を着た女性と少女を見て今度は微笑すると

「さて、突然で済まなかったなシスターシャークティ、歓迎しよう」
「学園長と対応が激しく違うんですね……」
「おじゃましまス……」

アルベルトに半目を向ける褐色肌の長身の女性と礼儀正しく頭を下げる少女
対するアルベルトは微笑を絶やさぬまま言う

「ははは、気にするなシスター、それと……
 確かココネだったか、まあ楽しんでいってくれ」
「貴方は――……まあいいでしょう」
「はい……」

首を捻りつつ歩いていくシャークティと無表情でありつつも楽しげな雰囲気のココネ
それを見送ると、更に背後に居た3人の成人男性のほうへ向き直り

「さて、済まなかったなタカミチ」
「はは、まあお安いご用さ」
「瀬流彦教諭も神多羅木教諭…………教師は貴方達だけか、何にしても楽しんでくれ」
「……そうさせてもらうさ」
「他の先生方は用事があるそうですよ、ま、ともかくおじゃまします」
「――そうか、了解した」

アルベルトの声に笑いながら応えるのはタカミチと
ニヒルに笑う黒スーツにグラサンに顎を覆う髭と言うあまり教師に見えない格好の『神多羅木』
そして温厚そうな顔に人好きのする笑顔を浮かべた青年教師『瀬流彦』
アルベルトはタカミチの姿を見て妙に騒ぎ出す明日菜の声を無視しつつ頷き
3人を案内しようと振り向いた先には、料理の皿を載せた盆を持つノイン達が見える
そこでノインが皿を置きつつ頭を下げながら言う

「―――私が独逸料理、四葉様と超様が中華料理、残りは3人で製作しました、ご賞味いただければ幸いと判断します」
「これを機に超包子もご贔屓にネー」
―――はい、よろしくお願いしますね

ノインの後ろから顔を出して心底楽しそうに言う超と更に後ろで嬉しそうに笑いながら頷く五月
その言葉を待ち構えていたように一斉に料理に手をつける面々
数秒もしない内に各所で喜びの驚きの声が上がる
アルベルトはそれを見て笑いつつエヴァンジェリン達が腰掛ける縁側まで歩き、腰を下ろす
料理の脇に置いてあったグラスと酒瓶に手を伸ばそうとするが
そこで自分が補佐している子供教師が自分の方を不安げに見つつ走ってくるのを見てその手を止めると、声をかける

「―――む、どうしたネギ先生」

それを見たエヴァンジェリンが首を背けるのに気付かず
声をかけられたネギは生徒たちが食べている料理を不安そうに見ると
そのままの表情で言う

「あ、あの……いいんですか?こんなに豪華なの……」

言われたアルベルトは一瞬訳がわからないと言いたげな顔をするが
すぐに何なのか思い至ったらしく、呆れ顔で言う

「馬鹿者、子供がいらん気を使うな、神楽坂を見ろ、遠慮の欠片も無い」
「――うっさいわよ!おいしいんだからいいじゃない!」

そういって指差された先では明日菜や古菲、鳴滝姉妹達が恐ろしいほどのスピードで料理を消化していく
アルベルトの台詞が聞こえたらしい明日菜が手を休めて怒鳴ってくるのを見て軽く肩をすくめると

「―――と、あの呼ばれといて家主を敬わん人非人のようになれとは君の性格上無理だろうから言わんが
 とにかく気にするな、好きに食って好きに飲んで桜を楽しめ」
「は、はい……」

まだ不安気ながらも、とりあえずは納得したらしく、立ち去っていくネギ
さて、と呟きながら再度酒瓶を取ろうとするが

「―――っとおいそこの未成年人の酒を勝手に飲むな」
「な!?」

と、グラスに酒を注ごうとしていたエヴァンジェリンから酒瓶を掠め取る
エヴァンジェリンはその行動より言葉の内容の方が気に触ったらしく

「おい貴様!一体誰が未成年だ!?」
「お前だ金髪ちびっ子」
「貴様……っ!」

騒ぐエヴァンジェリンとそれを涼しい顔であしらうアルベルトだが
別種の料理を持って家の中から歩いてきたノインはそれを見て眉を顰めると

「いけませんアルベルト様、今のアルベルト様の言には訂正すべきところがあると判断できます」
「―――ほお、流石にノインはわかってるようだな」

ノインの言葉にニヤリと笑うエヴァンジェリン
対するノインははいと頷くと

「第一アルベルト様が瓶を手に届く位置に置いたのが原因でございましょう
 そういった場合は子供の責任とは言い難いと判断します」
「…………………………だ……だから私は子供じゃないーーー!!」
「やかましい」

ノインにまで子供扱いされたのは効いたのか益々騒ぐエヴァンジェリンだが
アルベルトはそれを無視して酒瓶の中身をグラスに注ぐと、一息で飲み干す

「―――む、貴様随分といけるクチだな?……やはり私にもよこせ!」
「代々かどうかは知らんが家族全員酒豪でな、それと貴様の提案は却下する、―――む?何だレイニーディ」
「……?」

酒瓶を奪い取ろうとしてくるエヴァンジェリンをあしらいつつ再度グラスをあおるアルベルトだが
いきなり服を引かれ、その方向を見るとザジが1度グラスを指差し、そして自分を指差すがアルベルトは首を振り

「駄目だな、お前が飲むには6年早い」
「…………」

残念そうに首を捻りつつ引き下がるザジ
その横でさよがわたわたと手を振ると

『わ、私はー……駄目ですかー?』
「年齢的には大丈夫だろうがやめておけ」

そうですかー、と、さして気にして無さそうに呟くさよ
それを見て肩をすくめつつ3杯目を喉に流し込むアルベルトだが

「あ、なあなあアルベルト先生ー、ちょうええー?」
「む、何だ?」

声をかけてきた木乃香にアルベルトが応えると
木乃香は不思議そうに首を傾げつつある一点を指差す

「アレなんやけどー」
「む?」

その方向にアルベルトが視線を向けると

「――――よろしいですか近右衛門様、木乃香様の年齢ならばまだ見合いなど早いと申し上げているのです
 第一好きでもない人物と見合いしろなど今時分には流行らないとお知りになるとよろしいと進言します
 源様から聞いた話ではそれを趣味とされているそうですがロクでもない趣味だと判断しますまだアルベルト様の趣味の方がまだ真っ当であると申し上げさせて頂きましょう
 よろしいですか、木乃香様は未だ14歳、子供と称してもなんら問題はありません
 そんな木乃香様と見合いがしたいなど特殊な趣味の持ち主か資産目当ての輩がほとんどでしょう
 そのような人物と木乃香様を見合いさせるなどよろしくはないとお分かりになりませんか、木乃香様も逃げて当然だと判断します
 仮に木乃香様が自分で好きな方を見つけその方とお付き合いの後婚約するのならばなんら問題はありません
 ですがそれと見合いからのお付き合いでは意味合いが全く違うと判断できます、――――聞いておられますか近右衛門様?」
「フ、フォ…………」
「何でいきなりお爺ちゃんがノインさんに説教されとるん?しかも正座で」

困ったように笑う木乃香の言葉通り、どういう経緯があってそうなったかは知らないが
ノインが近右衛門をシートの上に正座させての説教を実行していた
それを見たアルベルトは軽く笑うと

「はは、まあ気にするな木乃香嬢」
「あー、だから嬢ってつけんでーって前言うたやんアルベルト先生ー」
「ははは、すまんな」
「もー、今度から気をつけてやー」

そのやり取りで近右衛門の事を気にしないことにしたのか単に忘れたのかは不明だがその場を離れる木乃香
一方ノインは説教を中断し、手に持っていた何枚かの皿の1枚を近場のシートの真ん中へ置く
待ちかねたように鳴滝姉妹がそれを取り、楽しげに口に運ぶと

「これおいしいねー!」
「おいしいですー!」
「風香様、史伽様、まだありますのでごゆっくりどうぞ、ココネ様もいかがでございましょうか?」

ノインは頷くと、近くに居たココネの方に皿を差し出しながら言う

「……ありがト……」

ココネが頷きながら手に持ったフォークを皿に伸ばすのを見て微笑すると

「――では私は仕事に戻りますが……近右衛門様、私が申し上げたことをお忘れにならぬよう要請いたします」
「う……わ、わかったわい……」

ノインは近右衛門が若干頬を引きつられつつも応えるのを見て頷くと
身を翻して再度家の中へ入っていく
一方庭の各所では―――

「サツキ、桜をテーマにした肉まんとかアリじゃないかネ?」
――いいですね、今度考えてみましょう

―――と、超と五月が桜を見上げつつ談笑していたり

「茶々丸、あなたが現状で全力を出すのは不可能だから気をつけてね?」
「はい、わかりましたハカセ」
「あはは、あとはエネルギー関係だけなんだけどねー」


葉加瀬が先ほど戻ってきた茶々丸になにやら注意をしていたりと、賑やかかつ穏やかな空間が出来始めていた

約10分後、いつの間にやら朝倉司会の隠し芸大会が始まり
ザジがジャグリングを披露したり超と古菲が演舞を行ったりで盛り上がる中
ハンドマイクを掴んだ朝倉が楽しそうに周囲を見渡すと

「さぁーさぁ!お次は誰かなぁー!?」

やや遠くからそれを見ていたアルベルトは少々思案
ふと楽しげな表情を横のノインに向けると

「――ふむ、ノイン、ちょうどいい、アレをやれ」
「ほぅ?」

横のエヴァンジェリンが興味深そうに呟き
視線を向けられたノインは一礼すると

「承知いたしました、では僭越ながら――」

と、朝倉の横まで歩いていき、皆を軽く見渡すと

「申し訳ございませんが早乙女様、スケッチブックと鉛筆をお借り願えますでしょうか?」
「ん?いいよー、何ノインさん、絵でも描くの?」

ノインは楽しげに問うてくるハルナから鉛筆とスケッチブックを受け取って一礼し

「似たような物と判断します」

そう言うとスケッチブックの1ページを開く
そして右の手袋を取り、それを懐にしまって鉛筆を持つと

「―――では」

と呟くなりノインの手が自動人形――機械の高速動作を持って絵を描いていく
あまりの速度に傍らの朝倉や皆が沈黙して見守ること1分

「―――完成いたしました」
「へぇー、一体何を―――…………へ?」

そこに描かれていたのはノインの視界に写った皆を書き写したもの
それも単なる絵ではなく、陰影やぼやけも詳細に描かれ、絵というよりはモノクロ写真の様相を呈した一枚の絵がそこにあった
爪を引っ掛ければ綺麗に剥がれそうなそれを見た朝倉が呆けた声を出すのもある意味当然だろう

「どうかなさいましたか」
「ど、どどどどどどどどどどうやったらこんなの描けるのノインさん!?」

過剰に慌てた朝倉に首を傾げるノイン
懐にしまった手袋を再び取り出して手にはめつつ言う

「いえ、単純に見たままを描き上げたのですが何か」

と、スケッチブックから絵を切り取って皆に回していく

「すご……」

と誰かが呟くのと同時

「――――ノインさん!!」

凄まじい勢いのハルナがノインに飛びつく

「……どうなさいましたか早乙女様」

あまりの勢いにノインすら若干引き気味だが
当のハルナはそんなことに気づきもせず

「漫研に入らない!?て言うか入ってお願い!」
「……始まったです」
「……ハ、ハルナー……」

後方で夕映が呆れたように、のどかが不安そうに呟くがハルナは無視する
対するノインは少し思案すると、申し訳無さそうに頭を下げ

「真に申し訳ございませんが……」
「―――あ、……無理?」

その様子を見てバツが悪そうに頭をかくハルナ
ノインは再度頭を下げると

「はい、―――たまにお手伝いさせて頂く程度ならよろしいのですが」
「んー、わかった、じゃあ時々お願いしますね」
「はい」

頷くノインにハルナは楽しげな笑いを浮かべると
軽く手を振りながら、夕映とのどかの所へ戻ると、揃って珍しいものを見たような視線を向けてくる

「あなたにしては随分と物分りがいいですねハルナ」
「うわぁ酷いなゆえっち、ノインさんってしつこく頼む気が起きないんだよねー何故か」
「そうですか?」
「?」

ハルナの言に首をかしげる夕映とのどか
それを見てハルナは頭を掻きつつ笑うと

「んー、―――ま、時々は手伝ってくれるみたいだし、それだけでも良しとしとこうかなぁってね」
「そうですか」
「へぇー」

そのまま桜を眺めつつ談笑する3人
それを遠くから見ていたアルベルトはふと上を見ると

「ふむ、―――それにしても」
「む、どうしたアルベルト」

横で視線を向けてくるエヴァンジェリンに苦笑すると

「いや、平和だと思っただけだ、――ふむ、こういうのも悪くない」
『そうですねー』

静かに呟くアルベルトとその横で楽しそうに浮かびながら笑うさよ

「―――ふん」
「何だ文句でもあるのかエヴァンジェリン、今何かしたら摘み出すぞ?」
「するか馬鹿者」

そんな2人を見て気に入らなさげに鼻を鳴らすエヴァンジェリンにアルベルトが半目を向けて問うと
エヴァンジェリンは逆に半目を向け返して呟く、一方庭では―――

「――皆様、ケーキが出来上がりましたが如何でございましょうか?」

そう言いながらノインが盆に乗せて来たのは苺の代わりに桜桃を乗せ、中心に削ったチョコレートをまぶした薄桃色のショートケーキ
たまたま近くに居た美空が興味と食欲の混じった視線を向ける

「へぇー、おいしそうっすねぇー、何て言うケーキっすか?始めて見るんすけど」
「名は『シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ』でございます、我が祖国に広がる黒い森をイメージして造られたものです」

ノインはそう応えるとそれを懐から取り出したケーキナイフで手早く切り分け、一緒に持ってきた皿に乗せて配っていく

「ああ、どうも、へぇ……おいしそうだね」
「独逸ではよく造られる物でございます」

それを受け取った真名が嬉しさと楽しさの混じった笑いを浮かべ
対するノインも軽く微笑し、配る作業を続行する

「……おいしイ……」

一口食べたココネが微笑を浮かべるのを見たノインは軽く一礼し

「そう言って頂けて幸いでございます」
「あー……これだけアルかー?」

そういって一礼したノインに古菲がやや足りなさそうな様子で声をかける
ノインは古菲に頭を下げると

「こういう物は1切れだけ食す故に美味と感じると判断します
 また今度いらして頂ければお造りいたしましょう」
「む〜……わかったアル」

フォークを口にくわえながら残念そうに呟く古菲を微笑しつつ見るノインだが
ふと視界の片隅、皆から少し離れたところで
黒髪を右で縛った少女がケーキを食べ、少しの驚きと嬉しさの混じった笑みを浮かべるのを見ると
皆に頭を下げてからその少女に近づき、背後から声をかける

「―――如何でございますか桜咲様?」
「ふぇ!?」

その少女―――刹那はノインに気付いていなかったらしく
一瞬ビクッと震え弾かれたように振り向くが、ノインを視線に納めたところで安堵の息を吐き

「は、はい、……おいしいです」
「それならば光栄でございます
 やはり料理や菓子は楽しく味わって頂けるのが侍女としての幸いでございますので」
「は、はい……」

応えつつもどことなくバツの悪そうな刹那
それを見ていたノインはいつもの無表情で言う

「無論桜咲様が木乃香様の護衛であることは承っております、ですがこういう場では楽しんでもなんら問題ないと判断できます
 ……もしや護衛が楽しんではいけないと言う契約をなさっておられるのですか?誰がどう見ても不当な契約だと判断しますが」
「い、いえそんな事は」
「では何故でございますか」
「で、ですが……」

ノインは自分の言葉に慌てる刹那に更に問う
だがどうにも煮え切らない態度の刹那を見てノインは軽く溜息をつくと

「もしも木乃香様の身の安全を危惧なさっているのならば―――ご安心なさっても問題ないと判断します」
「え?」

疑問の声を上げる刹那
ノインは周囲を軽く見渡すと

「ここには高畑様や神多羅木様、シャークティ様がおられます
 他にも龍宮様や長瀬様やエヴァンジェリン様、アルベルト様もおられるのです、―――それでもご心配でございますか?」
「い、いえそんな事は…………、あの……学園長を意図的に除外してませんか?」

ノインは最後の一言を無視すると、さらに言葉を重ねる

「ともかくご安心ください、常時気を張っていたら護衛もままならないと判断できますが如何でございましょうか?」
「は、はぁ…………わかりました……」
「それがよろしいかと、―――出過ぎた真似をいたしました、失礼いたします」

ノインは最後に深く一礼し、踵を返して立ち去る
後に残された刹那は憂いを帯びた顔で桜を見上げると

「……ふぅ………………ままならない……かぁ……」

ノインがアルベルト達の方へ戻ると、酒瓶を奪うのを諦めたらしいエヴァンジェリンがブスッとした顔で茶を啜り
その様子を意地の悪い笑いを浮かべて眺めていたアルベルトが振り向く

「む、どうしたノイン?少々遅かったようだが」
「いえ、老婆心からの軽い忠告をいたしておりました」
「……誰にだ?」

その言葉にアルベルトが首を捻って問うと
ノインは軽く目を伏せて少々思案し、目を開いて言う

「桜咲様でございます」
「桜咲か……ふむ」

何故か考え込むような顔を見せるアルベルト
それを見たノインは首をかしげると

「どうかなさいましたか?」
「いや、何でもない、それにしても……む」

アルベルトが呟いた瞬間、突如吹いた風が桜の花弁を舞い上げる
舞い上がった花弁が空中で散り、さらに吹いた風に煽られる

桜花乱舞

無数の花弁が舞い踊り、至る所で感嘆の声が上がる

「ほぅ、―――……ふむ、こう言った物には純粋な美しさがあるな」

アルベルトがそう呟くと
横でエヴァンジェリンが桜を見ながら鼻をならしつつ言う

「ふん、……その点は同意してやろう」

そして、いつの間にか後ろに居た超が妙に楽しげな表情で言う

「にゃはは、これだけ立派な桜ならば何か宿っていてもおかしくなさそうだナ」
「クククッ、確かにな」

能天気に言う超と意地の悪そうな顔で笑うエヴァンジェリン
対するアルベルトははははと笑うと

「――その時は物理的にどうにかする、安心しろ」
「…………冗談に聞こえんネー」
「本気なので当然かと」

真顔で言ったアルベルトを見てゲンナリとした顔を作る超と半分呆れ顔のノイン
ふと茶々丸が懐から大量のメモの束を取り出すと、おずおずと問う

「あ、ノインさん、今回もらったレシピなのですが……いいんでしょうか、こんなにたくさん……」

何となく不安そうな茶々丸を見てノインは微笑すると

「ご安心ください、それは私の記憶にあるものを書き移した物ですございます
 なので遠慮なさらずお持ちくだされば私としても幸いだと判断できます」
「―――あ、ありがとうございます」

嬉しそうに頭を下げる茶々丸と、微笑を浮かべつつ一礼を返すノイン
2人仲良く桜を見上げるさよとザジや楽しげに談笑を重ねる超や葉加瀬達
アルベルトは楽しげに騒ぐ皆を見て笑みを浮かべ
乾杯するようにグラスを揺らしてからそれを飲み干す




EX2 Story後書き

はい、『魔法都市麻帆良』EX2 Storyをお送りします
花見ネタという事でもっと馬鹿騒ぎさせたかったんですが、私にはこれが限界ですね
後ノインは結構笑ったりします
普段無表情なのは感情を隠したりしている訳ではなく単に性格です

あと今回登場した『シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ』ですが
これは実際にあります
日本語に直訳すると「黒い森の桜桃ケーキ」でしょうか
日本では「キルシュ」と呼ばれてるそうです

どうにも遅筆な私ですが気を長くしてお付き合いください

それでは

〈続く〉

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