『魔法都市麻帆良』
The EX1 Story/創始の物語



夜、麻帆良学園女子中等部女子寮警備員宅


異世界より義腕の青年とその青年の侍女が訪れ
この和風の屋敷に住み始めてから約3日……
今現在のこの家の主ことアルベルトは
何故か浴衣姿で目の前の状況に眉を顰めている

「―――…………何しに来た貴様ら」
「―――夕食を頂きにでござるが?」

半目のアルベルトの問いに答えるのは糸目の少女
彼女ともう2人の少女が、部屋の中心に置かれているちゃぶ台(何故か巨大)についている

「―――……玄関からこの部屋までは罠を40は設置していたはずなんだがな?」
「ノインさんが外してくれたよー!」
「ですよー!」

何気なく呟かれた疑問に答えるのは髪型以外はそっくりな2人の少女
アルベルトはその2人に視線を向けつつ溜息をつくと

「鳴滝風香に鳴滝史伽……
 やはり罠を解除したのはノインか……―――……仕掛け直すのが面倒なのだがな……」

ボソリと呟かれた一言を3人は無視し、嬉々として台所のほうを見る、その視線の先には……

「おいしそーですー」
「だねー」

ちゃぶ台には和風の食事が並んでおり
更にノインが盆に乗せた茶碗を幾つか運んでくる

「―――お待たせしました
 どうぞお召し上がりください」
「申し訳無いでござるなノイン殿」

そう言いながら軽く頭を下げる楓
対するノインも同じように一礼して言う

「お気になさる必要は無いと判断します
 ――それに、食事程度なら何時いらっしゃって頂いても構わないと判断できますので」
「え、いいんですか〜?」
「勿論と断言できます」

史伽の言葉にノインは頷きながら、彼女には珍しく柔らかな笑みを浮かべる
楓、風香、史伽は嬉しそうに頷くと、瞬時にちゃぶ台の周りに並べられた座布団に座る
そんな3人にアルベルトは半目を向けると

「――――…………一応この家の主は俺だぞ……?」
「―――家事を一手に担っているのは私なのですが?」

む、と唸りながら、3人と同じように座るアルベルト
そしてノインが壁際に座り、4人は目の前に並べられた食事を食べ始める


約1時間後


楓、風香、史伽は3杯ほどおかわりをして、かなり満足そうな表情で帰って行った
その際また来ると言っていので、次回は今回よりも多い人数で来るだろう
そんな事を考えながら縁側に座り、食後の茶を啜りながら外を眺めるアルベルトに
横から何かが差し出される

「―――む?…………ノイン、何故お前がこれを持っている?」

その何かを差し出しているノインに対してアルベルトはやや意外そうにそう言う
対するノインはそれを差し出したままの姿勢で頭を下げると

「緑獅子・改の副座を掃除している最中に発見しました
 アルベルト様が所持しておくのが最適と判断しましたのでお持ちしました」
「―――そうか」

その何かを受け取るとアルベルトは再び外を眺めだす
夜空に浮かぶ月を見つつ、何気なく浴衣の裾から見える己の義腕に目を向けるが
緑の装甲を持つ巨大な義腕は何の反応も示さない

「―――この世界の月は単なる岩石の塊……だったか」
「はい、私達の世界の月の様に精霊石で構成されている訳ではないようです」

隣に腰掛けたノインがそう答えるのを聞いたアルベルトは再度月を見上げると

「…………寂しい物だな
 月が俺達が知る物とは全く別物と言うのは……」
「――仕方の無い事だと判断します」
「……分かっている、…………分かっては……いるのだがな」

判断の出来ない表情で月を見上げるアルベルト
傍らに座るノインも何も言わず、同じように月を見る

「…………なあノイン」
「何でございましょうか?」
「貴様は―――どこまで俺について来る?」

月を見つつ放たれたその台詞にはどこか寂しげな雰囲気がある
だが、傍らに座る自動人形は淡々とした、いつもと変わらぬ口調で言葉を紡ぐ

「これは異な事だと判断します、“どこまで”――すなわち果てを決めるのはアルベルト様です
 私はただ、侍女として、自動人形として、主に従うだけなれば――」

アルベルトはその言葉に一瞬だけ驚きの表情を見せるが
すぐに悠然とした笑みを作り
楽しささえ含んだ口調で言葉を紡ぐ

「――そうか、ならばどこまでもついて来るがいい
 この身に騎師の意思ある限り……俺の道に果ては無いのだからな」
「はい、至極当然の事だと断言します」

アルベルトは一瞬だけ微笑を浮かべると再び月を見上げ
ノインは一度自分の主に視線を向け、同じように月を見る


―――そして夜はふけ


翌日午後2時頃、図書館島


麻帆良学園にある湖の中に存在する島の中に造られた巨大な図書館
ここには様々な蔵書が有り、日々新たな部屋が見つかっている
また、地下にある図書室には何故か罠等が仕掛けられている
そんな図書館島を活動拠点とする麻帆良学園の部活の1つ
『図書館探検部』に所属する、綾瀬夕映、宮崎のどか、早乙女ハルナ、近衛木乃香の4人は
休日にもかかわらず、図書館探検部の活動をするために図書館島を訪れていた

「―――今日はどのくらいまで行ってみますか?」
「そやな〜〜」
「あ、地下2階の南側に新しい部屋が見つかったみたいだよ?」
「じゃあそこに行こうかー…………あれ?あれは……」

少々独特な髪形をして何故かジュースパックを持った少女『綾瀬夕映』の言葉に
黒い長髪をなびかせ、おっとりとした雰囲気を持った少女『近衛木乃香』がニコニコと笑いながら応えている
その横では、前髪で目を隠した少女、『宮崎のどか』が発したの言葉に同意しようとした少女
『早乙女ハルナ』が視線の先に珍しい人物を目撃する

「あれは……」
「アルベルト先生……やな?」

それはスーツを着た1人の男
3日程前に自分達の副担任となった青年が何かを探すように周囲を見回していた
ただ、その容姿から特徴的だった緑銀の巨大義腕が消え、手袋をつけた普通の右腕が存在していた
それを不思議に思いつつ、4人はアルベルトの下へ歩いていく
(男性恐怖症の気があるのどかは他の3人のやや後ろを歩いているが)

「―――む?近衛に早乙女、綾瀬に…………宮崎か」
「どうもです」
「こんにちは〜」
「どーもー」
「ど、どうも…………」

アルベルトは4人を見つけて声を掛けると(のどかはハルナの影に居た為気付くのが遅れた)
4人も挨拶を返すがやはり右腕が気になるらしく、視線は右腕に集中している
その視線を受けたアルベルトは苦笑しながら言う

「はは、――やはり気になるか?」
「はいです」
「そりゃアレだけ目立つ腕が無くなってればねー」

率直な返答を返す夕映とハルナにアルベルトは苦笑すると
不意に右腕を隠す手袋を脱ぎ外した

「「「あ………」」」
「あ〜……」

手袋の下からでてきたのはワイヤーシリンダーで動く陶器で出来たような手指
アルベルトは小さな駆動音を立てながら指を動かすと

「――ま、こういう訳だ
 ――――まあ気にするな、別に生活に不便は無いのでな」
「そ、そうですか…………ところで何してるですか?」
「あ、そやそや、本を探してるならウチらが手伝うえ?」
「――いや、そうでは無くてな」

アルベルトは苦笑を浮かべながら右手に手袋を着け
のほほんとした木乃香の問いにやんわりと答えると
頭をかきながら周囲を見回し

「――少々本を読もうと思ってな、落ち着いて読める場所が無いかと探していたのだが……」

アルベルトはそこで言葉を切り
呆れと感嘆の混じった表情で周囲を見回すと

「――まさかここまで広いとは思わなくてな、少々……」
「迷ったですか?」
「――その通りだ」

アルベルトは苦笑混じりで頷く
夕映達はそれを聞くなり顔をつき合わせ
何やらボソボソ相談した後、一斉にアルベルトへ向き直り
何故か楽しそうなハルナが言う

「――なら私達が本読むのに良い場所へ案内したげよっか?」
「ん?――ああ、助かるが……良いのか?」
「ウチらはええよー?」
「探検はいつでもできるのです」
「あ、はいー……」

4人(のどかは微妙だが)が頷くのを見て、アルベルトは苦笑を浮かべると

「―――ではお願いしようか」
「わかったです」
「じゃあ付いてきてや〜」

4人が歩き出すのを見てアルベルトは苦笑をやや濃くすると、軽く肩をすくめてついていく


約20分後


アルベルトが案内された先は陽光が降り注ぐ広いラウンジのような場所
大きく開いた窓から湖の先の学園を一望できる場所にはアルベルトを含む5人が見知った人影が3つ有った

「あれは……」
「超さんに…………エヴァさんに茶々丸さんですね……」
「何してるんやろなー?」
「なんだろね?」

なにやら話し込んでいた3人はアルベルト達に気付き
軽く手を振りながら歩いてくる……

「あや?意外な組み合わせでどーしたネ?」
「アルベルト先生に会ったら本を読むのに良い場所はないか
 と聞かれたので案内してきたのです」

頭の上に疑問符を浮かばせて尋ねてくる超に夕映が答える
そこで、ハルナが何かに気付いたようにアルベルトに問う

「…………そー言えば先生は何を読む気なの?」
「ん?――ああ、ちょっとした私物でな、
 あまりたいした物では無いが……――おそらくここには無い本だろうな」

そう告げる口調は軽く、何でも無い事の様に放たれる
しかし周囲の反応は違った
木乃香とエヴァンジェリン、そして茶々丸はあからさまな興味を示し
早乙女と超は軽い驚きと興味の視線を送る
のどかは相変わらずアルベルトと距離を置きながらも、視線をアルベルトへ向けている
最も反応が強かったのは夕映
彼女は読む場所を探すために周囲を見回すアルベルトに近づくと、両手を出し

「―――見せるです」
「…………俺が読むと言ったのだぞ?」
「では私も一緒に読むです」
「おいおい俺は一応教師だぞ?少しは敬え」

苦笑と共に言葉を放ちつつ
アルベルトは懐に手を突っ込み、一冊の本を取り出す
それは表紙に金属のような模様が描かれた薄い本
独語で題が書かれているそれを、夕映はひったくる様に受け取ると

「え……えっと…………ネ……ウエ……?」
「何を無理矢理ローマ字読みしようとしているんだ貴様は、――――これはNeue(ノイエ) Unreife(ウンライフ) Germania(ゲルマニア)と読む
 日本語に直せば“新解・独逸創始記”と言った所か
 4つの部数に分かれた物語の1つを6つの節に分けた物だ」
「独逸?…………ふむ、確かにこれは独逸語だな」
「あ〜、エヴァちゃん、ドイツ語読めるん?」

夕映の手から創始記を取り、顎に手を当てながら本を眺めつつ呟くエヴァンジェリン
横に居た木乃香の問いにああと答えると最初のページをめくって読み始める

「……とりあえず向こうに行くか
 ここに居ても邪魔にしかならん」

周囲に人は余り居ないとは言えラウンジの入り口に固まっているのはまずいと判断したアルベルトは
創始記をエヴァンジェリンの手から取ると、ラウンジの隅の方へ歩いて行く

「あ、待つです!」

それを妙に気色ばんだ夕映が追いかけ

「ゆ、ゆえ〜〜〜」
「あらあら、すっかり暴走モードに入っちゃってるねぇゆえっち」
「あはは〜、楽しそうやなゆえ〜」

更に残りの図書館探検部がやや楽しそうに追い

「超鈴音、貴様はあの創始記とやらの事は知らんのか?」
「にゃははは、生憎だけど全然知らないネ」
「マスター、超、皆さんが行ってしまいます」

エヴァンジェリンが超に問い掛け
そのまま立ち止まる2人を茶々丸が急かし
慌てて走る2人の後に付いて行く


ラウンジの隅


近くに大きな窓のあるエリアで固まっている5人にエヴァンジェリン、茶々丸、超が追いつくと

「――……で?何時になったら返してくれるんだ綾瀬?」
「ちょっと黙ってるです!え、えーと……?」
「ゆえ〜……、もう諦めようよ……?」
「あはは、のどか、この状態のゆえっちには何言っても無駄よ」
「あははは〜〜、ごめんなあアルベルト先生〜」

――と、中々に混沌とした状況となっていた
読めるまでは絶対に返しそうに無い雰囲気の夕映をみたアルベルトは軽くため息をつくと

「………………仕方有るまい、日本語訳を朗じてやるから今日はそれで我慢しろ、いいな?」
「……できるのですか?」
「あいにく俺が最初に憶えた日本語がそれの日本語訳でな、見ないで朗じるぐらいは余裕で可能だ」
「む〜〜…………ではお願いするです……」

やや不満そうな夕映を苦笑交じりで見ると
アルベルトは夕映に創始記の表紙を開くように言う
表紙を開かれたのを見ると、アルベルトは目を閉じ、良く響く声で言葉を紡ぎだす

それは彼の世界の彼の国に伝わる物語
国を護るため、そして大切な人の為に駆け抜けた1人の女性が成した事の軌跡

それは後の世に予言として残され
自分を含む様々な人々に影響を与え続けてきた物語




「それは この国が乱れ 不安が漂い出した頃」

最初の見開きのページには、夜の森に広がる暗き闇の中
蒼い竜の鼻先に手を触れる女性が子供向けの緩やかな画風で描かれている
それは、まるで互いの存在を失わぬためのように

『黒き森の暗き闇
 深淵にて生まれ
 深淵より転輪す

 疾風を巻きて竜と語り
 風を読みては詩を朗じ
 手には力を抱いて逡巡』



「ある日 1人の男が 竜と親しい女の人の下を訪れました
 彼は 女の人の事を 救世者と 呼び
 貴方の力が 今 必要なのだと言いました」

次のページには、前のページと同じような暗き森を背景に
白い長髪と髭をたたえた長身の男性が先ほどの女性と向かい合う姿が描かれている
女性は目を瞑って静かに立ち
男もまた静かに彼女の言葉を待つ

『隻腕の者は救世者を連れ
 月下に二人は大地に戻る
 今宵にて竜は集いて踊り
 全ては全ての前途を見る』



「救世者は この国の騎師の力を 束ね
 人の乱れを 治し 竜の乱れを 治して行きます
 不安に 満ち始めた 大地を 海を 空を」

更にページをめくると
剣を携え、高き山の上からいくつもの城と山
そして大地と自然を見据える救世者の姿が在る

『風が吹き 夜に吹き 竜が起き 人は動き 竜が鳴く
 北の方から風が生まれ 北の方から道が生まれ
 騎師は騎師として下り 竜は竜として空駆ける
 全ては北の星に至る道 壁を越えるための物語』



「長い戦いが 続きました
 しかし 北に住む 大きな黒竜を
 倒した時 空が晴れました」

救世者と幾人もの騎師達、そして青き竜が
巨大な黒き竜に立ち向かい、戦う姿が描かれている
黒き竜の上では暗雲が立ちこめているが
救世者達はそれをも抑えるように剣を振るう

『懐かしい己が至る道を 確かめるように
 手を届かせ声を届かせ 月に手を広げる
 集う者達の宴は始まり 二人は壁を挟み
 同じ詞で同じ道』



「満月の見える空の下 救世者は 皆と笑いました
 騎師達は 喜び 人々は 踊り 竜は 吠えます」

次のページに描かれていたのは見開き一杯の宴の絵
剣や盾は地に置かれ、人は火を囲って踊り、蒼き竜は平和を唄うように吠え
そして救世者も口元に笑みを浮かべながら立っている
そんな絵が子供向けの画風ながらもしっかりと描かれている

『宴は始まり村は踊る 竜は吠え騎師は集う
 救世者は無冠のまま 彼に言葉と力を預け
 かくして彼女は独り この地にて夢を見る』



「隻腕の男は 救世者から剣を受け取り 立ち去りました
 皆が 平和を喜び 宴を開いた翌朝でした
 戦いが終わった事を 王様に告げに」

「王様は 皇帝となり 騎士達は喜びました」

「しかし 隻腕の男は 帰って来ませんでした
 どこかに 旅に 出たのです
 救世者は 何も言わずに居ました
 彼女は ただただ たくさんの手紙を 書いていました」

そして、描かれていたのは一本の剣を携え、長き道を歩いていく隻腕の男
青空を眺め、手にはペンを持って何かを書き記していく救世者がそれと対となるように描かれている



「しかし ある朝 救世者は だんまりをやめ 皆を集めました
 そして 救世者は 約束しました
 これからの平和が 千年は続き 収穫が 有る事を」

「忘れないで
 戦う事と 護る事と 発展していく事を
 そして あなたが あなたで あることを
 それを忘れなければ この丘は 毎年 金色に染まるでしょう
 そして どんな身分の どんな人であろうとも 壁に隔てられる事無く―――」

救世者が金色に光り輝く麦畑の中に立ち
前に立つ人々に何かを告げ
1人の少女に赤珠のペンダントを授けている
何かを託すように、全てを引き継がせるように

『己の傷みを恐れるなかれ 戦う力を欲すならば
 叫びのことごとくは傷みの先に全てある
 己の震えを恐れるなかれ 護る力を欲すならば
 抱きのことごとくは嘆きの先に全てある
 己の疲れを恐れるなかれ 進む力を欲すならば
 不断のことごとくは再発の先に全てある
 疾風は共に彼の心も共に 己の詞を求められよ
 迷いのことごとくは壁を穿つためにある』

「アルヘイムへ そこで 千年を眠り また世が乱れたら 目覚めましょう
 救世者が 祠で 眠ると 隻腕の男が 戻ってきました
 彼は 祠の傍らに 二つのお墓を立てて 護り続け
 ――そしてある静かな朝 眠るように息を引き取りました」

最後の2ページには
壁を背にし、何かを護るように座る隻腕の男
そして、身を巻いた竜にもたれる様にして眠る救世者
彼女は眠り、彼は逝く
それぞれがそれぞれの責務を果たし、果たした結果として―――

「いまはもう
 それから 千年が 立っています
 きっと 救世者は 既に目覚めて この国のどこかに 住んでいるのでしょう
 永い時を超えて 誰かの詞を 聞く為に
 ――ええ そうでしょうとも!」



―――アルベルトが語り終えた後
少しの間誰も口を開かず
窓から入った風がアルベルト達の間を通り抜けていく
ややあってから、本を閉じた夕映が口を開く

「―――この救世者と呼ばれた女性は…………無事に目覚める事ができたですか?」
「―――ああ、――……少なくとも俺はそう信じている」
「―――そうですか……」

夕映は閉じた本をアルベルトに返すと
何やら決意に燃えた瞳で図書館の方向を見る

「……―――綾瀬?」
「……こんな物語があるとは知りませんでした……
 ふふふ……やはり本は奥が深いです
 ――のどか!このか!ハルナ!図書館探検部活動再開です!行くですよ!」

最後の言葉と同時にかなりの速度で駆け出す夕映
相当に興奮しているのか、目は爛々と光り
標準よりやや小さめな身体からは考えれられない速度が出ている

「あ、ゆえー?」
「あはは〜早いなゆえ〜」
「あーらら、んじゃアルベルト先生、また明日ねー」

残りの面々も、アルベルトに軽く挨拶してから夕映を追いかけて走り出す

「ふむ――――…………綾瀬の席付近の罠を増やしておくか……」
「やめておけ貴様、―――と言うか増やす?……すでに仕掛けているのか貴様は」

走っていく後姿を見ながらボソリと呟かれた言葉
それにエヴァンジェリンが半目でツッコミを入れると、アルベルトは爽やかな笑顔をエヴァンジェリンに向け

「ああ、ちなみに学園長室や職員室にも仕掛けてあるがそれがどうした?」

楽しそうに呟かれた一言を3人は無視した
アルベルトはそれを特に気にするでも無く創始記を再度開いて読み出す

「―――そう言えばアルベルト」
「? 何だ超」
「さっき話した物語……すなわちその本だがネ……」

超の視線の先に自分の持つ絵本があるのを見たアルベルトは軽く頷くと

「……――ああ、本当にあった事だ
 ついでに言えば俺の祖父と祖母に当たる人物が関わってもいるがな」
「……アナタの祖父と祖母がかネ?」
「――ああ」

答えるアルベルトの視線はどこか遠く
ここでは無いどこかを見るような瞳で外の青空を眺めている

「―――アルベルト様の御爺様と御婆様が関わっていると言う事は……一体いつごろの話なのでしょう?」

首を傾げつつ問う茶々丸
アルベルトは視線を動かさずに応える

「約60年前……、―――詳しい事はノインに聞くと良い
 あいつは俺の祖父、祖母、そして救世者にも会っているのだからな」
「? じゃああの話は……創始と言うからには相当前の話だろう」

エヴァンジェリンが行き着いたのは何気ない疑問
それに対する答えはすぐに返ってきた

「―――約1000年以上前――に、なるな……」
「「!!?」」
「―――ああ、……そういう事かネ……」

何でも無い様に呟かれた言葉にエヴァンジェリンと茶々丸は言葉を無くし
超は納得したような声を上げる
アルベルトはその様子を無視し、まるで独り言のように話し続ける

「―――救世者は60年前の時代に生まれ
 そこから1000年の時を越え、過去で自分の成すべき事を成し
 そしてまた1000年の時を眠り、戻ってきている
 ―――俺の世界の独逸でもG機関の、更に一部の者しか知らない事だ」

本来は重要機密なのだがな、そう付け足すアルベルト
エヴァンジェリンと茶々丸は驚愕の余り言葉を失うが
ややあってから茶々丸が恐る恐る問う

「―――そ、そんな事が……?」
「有り得ない、とは言い切れんだろう?
 何せ実例に近い者がここに2人も居るのだからな」

創始記を懐に仕舞い
肩をすくめながら告げるアルベルト
その横で超も笑いながら告げる

「――まあ、ワタシ達は時間移動と言うよりは次元移動だがネ」
「違いない」

アルベルトは軽く笑いながら視線を再び外に向け
既に自分の世界の自分の時代には生きておらず
しかし自分を含む様々な人間達に影響を残した1人の女性に
答えを返される筈も無い言葉を問う

「(救世者……――いや、ヘイゼル・ミリルドルフ
 貴女が護った世界で無い世界に俺は居る
 貴女や、貴女の大切な人であった黒衣の青年
 そして貴方に従いし騎師達は俺を見て何を思うだろうか?
 しかし、世界が変わろうとも我が騎師の心に変わりは無い
 騎師とは人を護る為にあるもの、その意思、―――我が命尽きるまで貫き通して見せよう)」

青空は答えず、ただ雲が流れていくのみだが
アルベルトはその中に蒼き竜と、その背に立つ人影を見たような気がした
彼は周囲に気付かれない程度に微笑を浮かべると
3人の少女に手を振り、ラウンジから立ち去る




―――さて、番外として今回語られた物語
それは青年の世界の青年の国に語られる物語
青年の遠き先祖達を束ね、大地を癒し、空を癒し、海を癒した女性の話
永き時を眠り、青年にとってまだ近き過去に目覚め
己を待つ黒衣の青年との再会を果たした筈の女性の物語




EX1 Story後書き

はい、『魔法都市麻帆良』EX1 Storyをお送りします
都市シリーズの『機甲都市 伯林1937〜1943・Erste−Ende』を知っている人にしかわからないネタですがご容赦ください
ちなみにアルベルトは『伯林1937〜1943(通称新伯林)』の登場人物の内の2人の子孫です
誰と誰の子孫なのかはかなり明白だと思いますがあえて伏せておきます
プロローグに今回載った詩と良く似た詩がありますが、良く見ると内容が結構違いますので確かめていただけると幸いです
それと、詩ではなく物語の方(「」で囲まれている方)は本来ならば平仮名だけですが
読みやすさ重視で漢字に変換しました

これからも「魔法都市麻帆良」をよろしくおねがいします

それでは

〈続く〉

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