『魔法都市麻帆良』
The 21th Story/変わりだすもの



ネギとエヴァンジェリンの戦いから3日後
今日は休日であるため、普段よりも1時間ほど遅く起床したアルベルトは義腕を外して卓袱台の前に胡坐をかき
左手で持った新聞に目を通しているが、その顔には不機嫌そうな半目が浮かんでいた
その視線を新聞から外し、自分の前方に向けると

「……で、朝っぱらから人の休みを邪魔しに来たお前らは一体何様だ」

その視線の先では卓袱台を挟んで反対側に座るエヴァンジェリンと茶々丸が居る
新聞を降ろしつつ放たれた言葉に、エヴァンジェリンは目の前の皿に盛られたクッキーを取りつつアルベルトを睨みつけると

「ふん、貴様がこそこそ逃げ回って私に話をさせんからだろうが
 今日はわざわざ来てやったんだ、この前の事についてしっかりと吐いてもらうからな」

エヴァンジェリンのその言葉にアルベルトは嫌そうな表情で首を捻ると

「勝手に上がりこんで人の家の物を齧りながらよくそう言うセリフが吐けるな貴様は
 大体俺は逃げとらんぞ。―――面倒だから無視してただけだ」
「同じだ馬鹿独逸人」

アルベルトに輪をかけて不機嫌そうなエヴァンジェリンは苛々とした様子でクッキーを齧っている
その後ろでは茶々丸がやや申し訳なさそうに頭を下げると

「申し訳ありませんアルベルトさん。ですが私としてもお聞かせ頂けないと困ります」

その言葉にアルベルトは顔を上げた
そのまま茶々丸に視線を向けて数秒思考すると

「そうかそうか、お前が知りたいというのなら多少面倒でも話すのを検討せねばならんなぁ」
「おい何か私と対応違いすぎないか貴様」

アルベルトは無視した
青筋を浮かべたエヴァンジェリンが立ち上がろうとするが
目の前に置かれた湯気付きのカップがそれを止めた
出鼻を挫かれた形になったエヴァンジェリンが横を見上げると
いつも通りの表情をしたノインが軽く頭を下げ

「横から拝見して判断したことを申しますがとりあえず落ち着かれるべきかと」
「む……――」

エヴァンジェリンは何か言おうとして沈黙し
ややあってから目の前のカップを掴むと中のコーヒーを口に含む
ノインは頷くと茶々丸の方へ視線を向け

「茶々丸様はいかが致しますか?」

ノインの言葉に茶々丸は申し訳なさそうな表情で首振ると

「――私は飲んでも意味がありませんので」
「左様でございますか」

頷いたノインが不意に視線をアルベルトの方へ向けると
自分の主人は顎を掌に乗せつつ微妙に見開いた視線で虚空を眺めていた
その様子を見たノインは軽く首を傾げると

「アルベルト様、どうなさいましたか。――諸々がおかしくなって妙なものが見えるのかと疑問します」
「単に思考を纏めているだけだ阿呆」

自分の侍女に半目を一瞬だけ向けると
すぐに視線を眼前の2人に向け

「さて、シラを切るのも面倒なので1つ教えてやろう」

その言葉にエヴァンジェリンは一瞬だけ動きを止め
ややあってから口元を歪めつつ偉そうな態度で腕を組むと

「ふん、ならその1つをさっさと言え」
「ああ、お前の呪いが解けるかもしれん」

素面で言われた一言にエヴァンジェリンと茶々丸は硬直した
アルベルトはそんな2人を無視して目の前のコーヒーを一息に飲み干すと
いつの間にか真横に移動していたノインの持つトレイにそれを置く
ノインがエヴァンジェリンのカップも回収して台所に消えるのと同時に2人は復活すると

「……おい、それは一体どういう戯言だ?」

エヴァンジェリンはそう言い捨てると鋭い視線でアルベルトを睨みつけ
その後ろでは茶々丸も厳しい表情でアルベルトに視線を注いでいる
アルベルトはそれを気にした様子もなく肩を竦めると

「おいおい戯言とは酷いな。すぐに人を疑うのは感心せんぞ?もっと心を広くだな……」
「そういう言葉は貴様の今までの行動全部振り返ってから吐け」
「振り返ったところで今は変わらんから話を続けよう
 ――もっとも俺も詳しく知っているわけでは無い、あくまで“かもしれん”だ」
「だからと言って何故貴様がそんなことを知っているんだ
 それに何故今まで言わなかったんだ貴様」
「まあ、ヌカ喜びさせたくないからできれば言わないでくれと言われていたのもあるし―――」

「それに貴様がそうやって問い詰めてくるのが目に見えてたと言うのは答えにならんか?」
「やかましいっ!」

エヴァンジェリンが苛々とした様子で卓袱台を強く叩くのをアルベルトは嫌そうに見ると

「まあ、ともかく教えたぞ。これで文句はないな?」
「そんな話が信用できるわけないだろうがっ!」
「マ、マスター、落ち着いてください」

立ち上がりながら怒鳴るエヴァンジェリンを茶々丸が慌てて宥める
少し気を落ちつけたエヴァンジェリンは忌々しげに座り込み、アルベルトを強く睨みつけると

「――ともかく貴様はまだ何か隠してるに決まってる、吐け」
「さて、それはどうだろうな」

そう言うなりアルベルトは立ち上がった
突然の動きに反射的に身構える2人を無視し
いつの間にか戻ってきたノインに視線を向けると

「――少し出てくる。おまえは好きにしていろ」
「承知いたしました」

ノインが会釈するとアルベルトはうむと頷いてから歩き出す

「――おい!どこへ行く気だ!」

そのまま部屋の襖を開けて中に入ろうとするアルベルト
立ち上がったエヴァンジェリンがその背に怒鳴ると、アルベルトは意地悪そうな顔で振り向き

「着替えだ、その後はこの辺りの見回りだな。――覗くなよ?」
「誰が覗くかっ!」

背後からの怒声にアルベルトは笑うと、軽く手を振ってから襖を閉める
その襖を睨みつけるエヴァンジェリンだが、少しして諦めたらしく振り向くと

「――ん?」

見ると、台所で洗い物をしていた侍女の後ろ姿が消えていた
エヴァンジェリンは首をかしげながらドカリと腰をおろし、眼前のクッキーを口に放り込むと茶々丸に視線を向け

「おい茶々丸、ノインはどこ行った?」
「ノインさんは……」

そう言って茶々丸は縁側の方へ視線を向けた
エヴァンジェリンがつられて同じ方向をみると、縁側に腰掛ける後ろ姿が目に入った
そして、その肩口には見慣れないものが覗いていた

「……木刀か?」
「どちらかと言えば木剣でしょうか、まだ完成していないと判断できますが」

眉をひそめたエヴァンジェリンの言葉に身体を反らしてこちらに視線を向けたノインの言葉の通りのものがそこにあった
所々が荒削りのままであるものの、それも片手に携えた小刀で削り、均されていく
視線をエヴァンジェリン達に向けたまま手際良く木剣を整えていくノインの手際に感心しつつ、軽く首を傾げ

「しかし何故そんなものを?」
「色々と必要になりますので」

答えとは言えない答えにエヴァンジェリンが首を捻ると同時に

「おい、もう出るからな――」

と、玄関の方からアルベルトの声と引き戸が開く音が聞こえる

「……うむぅ」

唸りつつドアの方向を苦い表情で見るエヴァンジェリン
それを見たノインは木剣を縁側に寝かせ、傍らに置かれたものを取るとエヴァンジェリンに差し出した

「これを差し上げますのでアルベルト様と一緒に行かれては?」

差し出されたものを受け取りつつ半目をノインに向けると

「……今のをどう見たらそういう答えが出るんだ?」
「私や茶々丸様抜きで話せば何か違う情報が聞けるかもしれないと判断いたしました」
「何だその曖昧な判断は?あいつの行動なんてお前には手に取るようにわかるだろ」

エヴァンジェリンの言葉にノインは首を横に振った

「そのようなことはあり得ません。私はあくまで侍女、主の付属物でございます
ある程度の予測はできましても私が主の考えを完璧に把握するなど到底不可能なことだと判断します
ましてや干渉するなどとてもとても、と申し上げさせて頂きます。」

無表情にそう言うノインにエヴァンジェリンは呆れ半分不審半分の視線を向けると

「……その割にはあいつの行動先読みして潰してた事もあったような気がするんだがなぁ」
「アルベルト様に間違った道を歩んで頂く訳には参りませんので」

頷きながらそう言い切るノインにエヴァンジェリンは一瞬だけ天井を見ると

「……何か適当に理由つけて私を追い出そうとしてないか?」
「気のせいでございましょう」
「……」
「まぁ、世の中には駄目で元々という言葉がございます」

私はあまり好きな言葉ではございませんが、と前置きすると

「駄目で元々、聞いてみればよろしいかと判断いたします」

そう言い切ってから姿勢を戻し、再度木刀を削り始めるノインと
やや不安そうな様子でその後ろ姿と自分を交互に見る茶々丸にエヴァンジェリンは盛大に溜息をついた



「――で、付いてきたわけか?」

家を出てからすぐ自分の隣に並ぶように走ってきたエヴァンジェリン
アルベルトは彼女の手にやたらと膨らんだ紙袋が握られているのを見つつ楽しげに口元を歪めながら言う
対するエヴァンジェリンは若干疲れたような表情でノインから貰った袋からクッキーを取りだして齧りだすと

「やかましい、しかし出がけに庭を覗いたら木製武器があったんだがあれは何だ」

思い起こされるのは何種類かの木製武器の数々だ
出がけに削っていた剣や槍はともかく――

「曲刀とかもはや木製の意味ないだろう、撃ち合わせただけで折れるぞアレ」

おまけに装飾まで彫ってあるんだが、と感心を通り越して軽く呆れている様子のエヴァンジェリンにアルベルトをは軽く肩をすくめると

「ノインの趣味だ」
「あれがか?」
「あれがだ」
「―――いつも思うがあいつはメイドの恰好してる割に行動が戦闘系だな」
「まあそれは否定せんが本人には言うな。顔には出さんが気にはする」

ああ、と頷くエヴァンジェリンにアルベルトは笑みを浮かべると

「まぁ、ノインの言うとおり茶々丸を連れてこなかったのは正解ではあるな」
「何故だ?」
「俺の知る情報は全部超達からだからな」

茶々丸が知るのなら紅華かお前辺りが伝えた方がいいだろう、と言うアルベルト
エヴァンジェリンは少し思案してから微妙に感心したような視線を向けると

「……――それで茶々丸の前でははっきりと言わなかったのか?」
「いや、主な理由はやっぱり面倒だったからだな、うむ」
「貴様本気で1度死ね」

あと「うむ」って何だと、エヴァンジェリン腹の底が冷えるのを感じつつ思ったが
それを抑えつつクッキーを取りだして思いっきり噛み砕き、そのまま咀嚼すると

「……で、だ。今度こそ言うんだな?」
「まあ、茶々丸も居ないし教えてやる分に問題はないと思うがな」

ただ、マジに知ってる情報は少ないぞ?と気のない顔で言うアルベルト
対するエヴァンジェリンも微妙に疲れたような顔をすると

「かまわん、何か色々どーでもよくなってきた」
「ほう、呪いや小僧の父親の事もか?」
「それは別だ馬鹿」

エヴァンジェリンの言葉と共に少しの間会話が途切れた
アルベルトは周囲を軽く見渡しながら気持ちエヴァンジェリンに歩調を合わせながら歩き

「―――まあもう1度言うが俺が知る情報は超や紅華から聞いたものがほとんどでな
 俺はこっちの魔法とやらには詳しくないからそれが本当に正しいのかは判断できんぞ」
「そこまで期待しとらんわ、――まあ、いざとなったら超鈴音をシメればいい話だろう」
「何か嫌なフラグが立った気もするが俺に被害は及ばんので良しとしようか」

何やらサディスティックな笑みを浮かべるエヴァンジェリン
アルベルトはそれを見て他人事のように呟きつつ肩をすくめると

「まず、必要なのは満月である事だ」
「満月?」

エヴァンジェリンそう聞いて3日前の夜を思い出す
視界に入った月は半分より大きく、歪な円だった筈

「俺の記憶が正しければ半月を過ぎた――日本なら十四日月、小望月とも呼ばれる辺りだな」

エヴァンジェリンの気持ちを引き継ぐように月の形とその呼び名を言うアルベルト
その呼び名なら日本に造詣の深いエヴァンジェリンも知っている
3日前にその月相であるのなら満月は―――

「――うむ、ちょうど2日後だな」
「そ、そんなに早く解けるのか?」
「知らん」
「貴様っ……!!」
「やかましい、俺は解くやり方は大体聞いているがその理論が理解できんのだ」

はっきりした答えなどやれるか馬鹿、と半目でエヴァンジェリンを一瞥するアルベルト
その反応がやはり気に入らないのか14個目のクッキーを口に放り込みつつ睨み返すエヴァンジェリン
そうこうしている内に世界樹前の崖のような所にある広場に到着すると、広場の真ん中あたりに黒山の人だかりができていた
2人がその様子に眉根を潜めつつも近づいてみると

「―――ああぁぁぁ〜〜〜」
「む?」
「ん?」

いきなりやや上方から少々間の抜けた悲鳴が聞こえてきた
反射的に2人がやや上方を見ると、肩に『麻帆良学園空手部』と記された胴着を着た男子生徒が勢いよく宙を待っていた
軌道を考えるに自分に激突する―――そう予測したアルベルトは半歩を下がると

―――アルベルト・視覚技能・発動・目標固定・成功!
   ―――アルベルト・体術/腕術/義体技能・重複発動・目標確保・成功!

竜帝で勢いを殺しつつも生徒を受け止めるアルベルトだが、その視線は前方やや上に向けられ

―――アルベルト・体術/腕術/義体技能・重複発動・滞空迎撃・成功!

その方向目掛けて男子生徒を投げ返した

「おおおおおおおぉぉぉぉ〜〜〜――?」

いきなり飛んできた方向へ投げ返された男子生徒は疑問の叫び声を上げながら飛んでいくが

『――ゲフォア!?』

同じように宙を舞っていた剣道着に身を包んだ生徒と空中で激突した
妙に鈍い激突音と共に2人が抱き合うような状態で落ちる
周囲の学生達の視線が一斉に自分に向くがアルベルトは気にしない
逆に感心したような表情を浮かべつつ2人を見ると

「ふむ、一応教師に対していきなり奇襲とは中々剛毅な連中だな」
「明らかにブッ飛ばされてただけの奴を問答無用で投げ返した上に別の奴に命中させておいてそう言うこと言うか貴様……」

後からついてきたエヴァンジェリンの声と周囲の恐怖の視線をアルベルトは無視した
その上で2人が飛んできた方向に半目を向けると

「――で、原因はお前か古菲」
「おー、アルベルトにエヴァンジェリン、奇遇アルね」
「何が奇遇だ能天気中華娘」

アルベルトの声とそれに応じる声を聞いたエヴァンジェリンが反射的に同じ方向を見ると
私服姿の野次馬の視線の先では40人近い武術系の部活の面々やヤンキーに囲まれた古菲が緩い笑顔を浮かべていた
それを見たアルベルトは少しばかり眉根を詰めると、竜帝で引きずってきた先ほどの2人を横に放り出し

「……で、何やっとるんだ貴様らは」

その言葉と周囲を見渡すと、視線を向けられた生徒達が一斉に視線を逸らす
役に立たない、そう判断したアルベルトは周囲で倒れている何人かの生徒を無視すると緩い笑顔を浮かべる古菲に視線を向け

「もう1度聞くが何をしてるんだ?」
「いやあ、私への挑戦者アルよ」
「……何だそれは」
「いやぁ、人気者はつらいアルね〜」

話が進まない、そう判断したアルベルトは背後で15個目を口に放り込むエヴァンジェリンに視線を向けると

「こいつらは何をしてるんだ?」
「ああ、古菲は格闘大会で優勝したりしているからな」
「成程、1対1では勝てんから集団で来ているわけか」

成程なぁと、再度繰り返しつつ半目で周囲を見渡すアルベルト
その視線を受けた生徒が冷汗をかきながら1歩下がるのを見て不服そうに頭を掻くと

「さっきから失礼だなお前ら、――そこまで怯えられるような行動を取った覚えはないぞ」
「どう考えてもさっきの投げ返しのせいだと私は思うアルなー」
「おいおい、そもそも吹っ飛ばしたのはお前だろう。――原因が何を言ってる」
「この場合原因がどうこう言う話じゃなく完璧にお前自身のせいだろう」

エヴァンジェリンの言葉に周囲の学生たちがうんうんと頷いて同意する
その内の1人が竜帝に視線を送りつつ手を挙げると

「第一、そんなバカでかい義手で教師なんて無理があるとおもいまーす」

睨んだらその生徒は逃げ出した、アルベルトはその後ろ姿から視線を外して溜息をつくと

「まあ、止めるつもりは無いから好きにやれ。ただしやり過ぎるなよ」

いや普通は止めるだろ、と言う周囲の視線をアルベルトは無視した
言われた古菲は能天気な笑顔でしゅたっと手を挙げると

「わかったアルよー」

アルベルトはうむと頷くと、踵を返して集団から離れ
先に離れていたエヴァンジェリンが16枚目のクッキーを齧るのを半目で見ながら近付くと

「――おい、流石に食い過ぎだろう。……太るぞ?」
「き、貴様はデリカシーという言葉を知らんのかっ」
「知ってはいるぞ、――活用する気は全く無いが」
「最悪だな貴様!」

そうこうしている内に1時的に中断していた古菲と生徒達の戦いが再開したらしく

『―――覚悟――――!!!』

空手や剣道、その他にも様々な格好をした学生たちが一気呵成に襲い掛かるが

「―――っ!!」

しかし、様々な形で繰り出される攻撃を古菲は笑みさえ浮かべながらいなし
お返しとばかりに片っ端から叩きのめし、何人かは思いっきり吹き飛ばされていく
学生たちの数があっという間に減っていくのを見てアルベルトはほうと唸ると

「――確かに強いな、この分なら心配はいらんか」
「まあそうだろうな、しかし派手に暴れてるな。……広場は大丈夫か?」
「広場は大丈夫だろう。あまり長引けば解らんがな」
「ブッ飛ばされてる連中は?」
「我慢できるだろう」

そんな他愛も無い会話をしつつ、アルベルトは時々自分達の方へ飛んでくる生徒を受け止め、すぐ横へ放り出していく
しばらくして生徒達がその数を10人ほどまで減らし、アルベルトの横にちょっとした山ができた頃

「アルベルトー!!」

不意に聞こえた声に2人が振り向くと、アルベルト目掛けて思いっきり走って来る風香と
それを追って小走りで向かってくる史伽と楓が見えた
アルベルトはそれを見て無駄に嫌そうな顔をするが、それに気づかない風香は笑いながら身を屈めると

「とぉーーーーう!」

―――アルベルト・体術/回避技能・自動発動・超回避・成功!

顔の辺り目掛けて飛びかかってきた風香をアルベルトは思いっきり体を落として避けた

「ひゃああぁぁぁぁっ!?」
「!?おっと」

いきなり目標を見失ってバランスを崩しかけた風香を前方にいた青年が受け止めた
青年は一瞬だけ眼を瞬かせるが、すぐに風香を降ろし、その肩の辺りを軽く払うと

「はい、大丈夫ですか?」
「あ、うん。ありがとー」
「いえいえ」

赤味の掛った青髪をサイドから一房垂らし、耳元をヘッドホンで覆った青年は優しげな笑みを浮かべながら風香の頭を軽く撫でる
それを妙な表情で眺めるアルベルトを隣にやってきた楓が咎めるような視線で見ると

「アルベルト殿、今の避け方は流石に好感度下がるでござるよ」
「いやあすまんすまん、つい反射的にな」

あまり悪いと思ってないでござろう、と半目を向けてくる楓を軽く手で制すと
眼前で困ったような笑いを浮かべる青年に視線を向け

「誰だか知らんがすまなかったな、ふむ―――」

そこまで行ったところで眼前の青年の名を知らないアルベルトが首を軽く捻ると
青年もそれに気づいたらしく、笑いながら頭を下げ

「いえいえ。――あ、僕は紫諳(シオン)と申します」
「そうか、俺はアルベルト・シュバイツァーだ」
「拙者は長瀬楓でござる」
「……エヴァンジェリンだ」
「鳴滝風香だよー!」
「史伽ですー」
「いやいや、これはご丁寧にどうも」

紫諳と名乗った青年に1人を除いて友好的に返すアルベルト達
それを1つ1つ頷きながら聞くと、紫諳は落ち着いた笑みを浮かべながら頭を下げるが
不意に遠い目で遠方を見ると

「……やっぱりこういうの普通なんですかねぇ」

いきなり重々しい様子で言葉を吐く紫諳にアルベルトは眉をひそめ

「どういう意味だそれは?」
「いえ、皆さんに比べると僕の知り合いが一部除いてとても外道でして」

紫諳はそう言って心底困ったような苦笑を浮かべると

「こうやって普通に話せるだけで安心しますよ、色々と。ええ、色々と」
「そうなのござるか?……と言うか2度言う必要はあるのでござるか?」
「あはは……」

少々呆れた様に呟く楓に気まずそうに笑う紫諳
そんな2人を見たアルベルトは少し困ったように首をかしげると

「しかし、初対面なのにいきなりそういう事を言われてもな」
「あ、確かにそうですね。すいません」

ふと、そこで紫諳は自分の腕時計を見ると、申し訳なさそうな表情を浮かべて頭を下げ

「……おっと、では僕はこれで失礼しますね」
「ん?ああ」
「そうでござるか」

自身の言葉に頷く2人に頷き返し、もう一度軽く頭を下げると+

「ええ、ではまた縁があればお会いましょう」

そう言って皆に背を向け、広場の外周辺りにある下へ降りる階段へ向かう紫諳
その姿が階段のすぐ近くまで差し掛かった時、皆の上にふと影が差した
何かと思った皆が見上げると

『あ』

皆が声を上げるのと同時に、紫諳の背に吹き飛ばされたとおぼしき空手着の生徒が直撃した
生徒の体が紫諳の体で勢いを殺されて地面に転がり
それと同時に不意の衝撃を受けた紫諳は転落防止用の手すりを越え

「あああああああぁぁぁ〜〜〜―――」

情けない悲鳴とともにその姿は崖下に消えた
瞬間の出来事に流石に唖然となる一同だが、アルベルトは背後を向き
生徒を飛ばした元凶である古菲に半目を向けると

「おい、何しているかお前は」
「いやあ済まないアル。加減間違えて思いっきりぶっ飛ばしてしまったアルよ」
「それで済ますなこのバカイエロー」
「あいたっ」

そんなやり取りの横で風香が青い顔で冷や汗をかくと

「確かこの周りの崖って高くて危ないんだよね……」
「し、しおんさん大丈夫なんですか?」
「……確かに少々やばそうでござるなぁ」

青い顔でそう呟く双子と楓は自身も落ちないように気を払いつつ崖下を覗き込むと

『……』

紫諳は5、6メートル崖下の道路で情けなく手足を伸ばしたまま転がっていた
途中で崖に接触したらしく、全身が泥と草だらけになっているのが見える

「大丈夫でござるかな……」

心配そうに見る楓達の視線の先で紫諳はゆっくりと身を起こした
そのまま自身の体を手で軽く払うと、楓達に向かって大丈夫だと言わんばかりに手を振って見せる

「頑丈でござるなぁ……」
「だ、だね……」

手を振ったり頭を下げたりを繰り返す紫諳に手を振り返す3人
それを見た紫諳は最後に大きく手を振ると、そのまま麻帆良大学の方へ歩き去っていく
楓は紫諳をを見送る双子から視線を外し、背後のアルベルトへ振り向くと

「アルベルト殿……、もう少し心配してもいいのではなかろうか?」
「いやあ男なんぞ心配しても全く楽しくないからなぁ」
「結構解りやすい性格してるな貴様……」

咎めるような楓の視線とエヴァンジェリンの呆れ声を受けたアルベルトはうむと頷くと

「まあ女でも相手によるがな、基本的には放置だが」
「最悪でござるなこの男」
「全くだな」
「女の敵アルねー」
「おい、何で何もしていないのに周囲が敵だらけになる?」

嫌そうな呟きを4人は無視した
それを見たアルベルトが眉間に皺を作っていた頃
湖沿いの道を歩く紫諳の胸ポケットから軽快な音楽が鳴り出す
不意の着信音に耳を覆っていたヘッドホンを首に掛け、携帯を取り出すと

「――はい、僕ですが。――ああ、はいはい」

電話の相手からの言葉に頷くと気まずそうに笑い

「ええ、大丈夫ですよ。崖から落ちた時は焦りましたが。――ええ、本当にすいません」

そこで電話の相手に見えるはずもないのに頭を下げると
後頭部を掻きつつ困ったような笑顔を浮かべ

「まあ頑丈なのが数少ない取り柄ですからね。――はい?はい」

紫諳は相手の言葉に表情を締め、強く頷くと

「ええ、わかりました。すぐ戻りますよ」

紫諳は電話を切り、それをしまうと
工学部の方へ向けて走り出す




21th Story後書き

『魔法都市麻帆良』21th Storyをお送りします

また凄まじく遅くなってしまい申し訳ありません
そして紅華に続くオリキャラの紫諳(シオン)の登場です
名前がかなり読みづらい当て字になってしまいました
とりあえず他のオリジナル連中よりはまともな性格です

次の投稿までまた開いてしまうと思われますが、気を長くしてお付き合いいただければ幸いです
それでは

〈続く〉

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